はてなキーワード: 自尊心とは
古い性役割を「抑圧」と呼んで壊そうとするのが昨今のウーマンリブであり、ディズニー作品はそういう社会を反映している。
自分の問題は自分で解決できるのだという確信、主体性を持つこと。
すべての男性がヒーローになれるわけではない。弱い人、賢くない人、色んな事情を持った色んな人がいる。そこを配慮せず弱者を切り捨て、マッチョイズムだけをよしとする社会は公平さに欠け賢くない。
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多様性の時代になってるわけだし、弱いものに底上げが必要なんだと思う。アファーマティブアクションってやつ。女性もそうだけど、いわゆる「弱者男性」だってそうだ。誰もが自尊心を持って生きる権利がある。
前半でこういう価値観の変化を論じていてふむふむと思っていたのに、後半になると
「Metoo」や「女性専用車両」や「女性だけの街」、性犯罪やジェンダーの話題はとにかくネットで炎上しやすい。
そのときの会話の噛み合わなさに、いつも此岸と彼岸の隔たりのことを思う。見えているものが違いすぎると思ってしまう。「女性専用」という言葉や、性犯罪者の告発に怒り狂う男性たちはあまりに不可解で、言葉が通じない恐怖がある。
「すべての男性が性犯罪者ではない。俺を犯罪者扱いするな」というのがよく言われる意見だ(ノットオールメン)。しかしそんなことは自明なわけで、誰も「男全てが性犯罪者だ」なんて言っていない。
なのになぜ自分を「男性」という共通項のみで性犯罪者側に寄せ、「俺への攻撃だ」と思い込んで怒るのだろう? 同じ「善良な市民」という共通項で、被害者女性側に寄せ、性犯罪者に対して怒ることはできないんだろうか?
という話になって「え?」と思った。
女性専用車の話が一番分かりやすいと思うのでその話をするけど、女性専用車って結局「男は暴力的な生き物だ」「男は女を守るために献身的になるべきだ」みたいな古い固定観念を追認するものでしょ。こういう固定観念がなかったら、女を別の車両に隔離したら性犯罪が減るとか男は多少の不便さを受け入れるべきだなんて発想は生まれるはずもないよね。
そういう性別のみに基づいた役割の押し付けから脱却して、《誰かの救済を待つのでなく、みずからヒーローになる》《自分の問題は自分で解決できるのだという確信、主体性を持つ》ような社会を目指していくべきだっていうのなら、女性専用車という概念はむしろ邪魔だよね。女性専用車が存在する限り、我々は「男から女への性暴力だけが電車内で起こるトラブルである」「いつも男が加害者で女が被害者である」みたいなまやかしをずっと刷り込まされていくことになるんだよ。
こういう古い固定観念に基づいた差別を指摘する声に対して「どうして男は女の気持ちに寄り添わないのか」みたいなことを言ってる限り、《同じ「善良な市民」という共通項》を共有することなんて無理だよ。
若干話題が古いけど、こういう対談がある。
「アナと雪の女王」のクリストフはなぜ業者扱いなのか? 夏野剛×黒瀬陽平×東浩紀の3氏が男性視点で新解釈 https://www.huffingtonpost.jp/2014/08/07/anayuki-genron_n_5660493.html
ざっくり要約すると「アナ雪は女性だけで解決してしまい、クリストフはただの業者扱い。男としては疎外感を覚える」というような内容。
>「わざわざ男いらないって強いメッセージを出している。なんでそこまで王子モデルを攻撃しないといけないのかと」
クリストフは王子様じゃないけれど、誠実で素朴ないいやつだ。孤独な変人だけど、仕事と家族を大切にしている。
そこらの王子様モデルよりよほど親しみが持てるし、ありのまま、人間らしく描かれていると思う。
ただ役回りが脇役で、「なんでも解決できるヒーロー」ではないだけだ。
そのクリストフを「業者」と呼んで、アナ雪を男の「排除」「攻撃」と感じる男性の心理っていったい何なんだろう???
◆
個人的に、「アナ雪」は「男いらない」とは言っていないと思う。ただ「ヒーローの男はいらない」と言っているだけだ。アナもエルサも自分たちの問題は自分たちで解決したいし、しなきゃいけない。
ヒーローの男がいると、女は人形みたいなプリンセスとか、救われる村娘Aとか、後列で回復呪文を唱える係とか、とにかく救済されたり、弱者だったり、よくてサポートの役回りを演じさせられる。物語のラストには弱い自分を救ってくれたヒーローと恋に落ちて、結婚するまでが一連の流れだ。まるで舞台装置か優勝トロフィーみたいに。
そういう王道ストーリーを完全に否定するわけじゃないけど、もう古いよねっていうのが今の時代の流れだ。
古い性役割を「抑圧」と呼んで壊そうとするのが昨今のウーマンリブであり、ディズニー作品はそういう社会を反映している。
自分の問題は自分で解決できるのだという確信、主体性を持つこと。
期待される「プリンセス像」を捨て、「ありのままに」なることが抑圧からの解放だと描くこと。
それらが今の時代に生きる多くの女性の支持と共感を集めたんだと思う。
(私個人としてはアナ雪はそんなに好きじゃなかったけど、こういう社会問題をいち早く取り扱って幼児向けのエンタメにできるディズニーってやっぱすげえなと思う)
◆
そんな感じで「脱プリンセス・ありのままのわたし」運動は着々と進むのに対して、「脱ヒーロー・ありのままのおれ」運動は全然進まないように見える。
こっちの此岸では「美しく従順でなんでも受け入れるプリンセス像」を火にくべ始めたのに、
あっちの彼岸では「強くて賢くてなんでも解決できるヒーロー像」を街の中心に据えて崇拝し続けているように見える。「美しく従順でなんでも受け入れるプリンセス像」も現役アイドルだ。
だからそのヒーロー像、プリンセス像を正面から否定してみせた「アナ雪」に、対談の男性たちは反感を覚えたのかもしれない。
男性社会の最高神である「ヒーロー像」を否定することが、まるで「男という性別」への攻撃のように感じられたのかもしれない。
ただ思うのは、脇役のクリストフこそ、「ありのままのおれ像」なのではないかということだ。
確かに、そういう強いヒーロー像を崇拝する男性社会はこれまで人類史で栄華を誇ってきて、結果も出してきた。歴史があるし今も続いている。
だけど、すべての男性がヒーローになれるわけではない。弱い人、賢くない人、色んな事情を持った色んな人がいる。そこを配慮せず弱者を切り捨て、マッチョイズムだけをよしとする社会は公平さに欠け賢くない。
ヒーローの強さだって言っちゃえば暴力だし、そんなのこの21世紀にアナログすぎる。
だから多様性の時代になってるわけだし、弱いものに底上げが必要なんだと思う。アファーマティブアクションってやつ。女性もそうだけど、いわゆる「弱者男性」だってそうだ。誰もが自尊心を持って生きる権利がある。
多くの男女の自尊心を削る「ヒーロー像」「プリンセス像」は一度打ち壊して、火にくべるときが来た。父権社会の解体が、今世界的なムーブメントになっている。
◆
男性はどうも「モテ」に固執してしまうふしがあるようで、女を「モノ」にすれば「男になった」と認められるような悪習がある。
まるで男が自尊心を得るには、女の人権をかすめ取らなきゃいけないみたいな言い方だ。
より多くの美しい女を取得することを自己価値のバロメータとして、他者と比べあい、自分をいじめるみたいな悪癖がある。
女性もそういうことは普通にするけど、男性のそれは比じゃないというか、ちょっと理解の範疇を超えてくる。
そこには生物的な性欲の違いや繁殖欲だけでは説明しきれない、人間的なドロドロとしたもの、文化形成された支配欲や加害欲と入り混じった、「女」への憎悪・悲哀・妄執を感じる。
そういう恋愛観のまま接するからお互いうまくいかなくなる。女からすればそういう男は背後に暴力性がちらついて見えるわけで、嫌悪感や恐怖感が出てくる。性行為と性暴力って全然別のものだと思うのに、相手はしばしば混同しているように見える。
そもそも自尊心や自己肯定感というのは、自分の中で育てるものだ。社会的地位や容姿、「モテ」「非モテ」と関係なく、無根拠に持っていていいものだ。自己価値は異性にアウトソーシングして調達するものではない。
やはり男性も、「ありのままのおれ」になるときだ。「男らしさ」から解放されるときなのだ。
◆
「Metoo」や「女性専用車両」や「女性だけの街」、性犯罪やジェンダーの話題はとにかくネットで炎上しやすい。
そのときの会話の噛み合わなさに、いつも此岸と彼岸の隔たりのことを思う。見えているものが違いすぎると思ってしまう。「女性専用」という言葉や、性犯罪者の告発に怒り狂う男性たちはあまりに不可解で、言葉が通じない恐怖がある。
「すべての男性が性犯罪者ではない。俺を犯罪者扱いするな」というのがよく言われる意見だ(ノットオールメン)。しかしそんなことは自明なわけで、誰も「男全てが性犯罪者だ」なんて言っていない。
なのになぜ自分を「男性」という共通項のみで性犯罪者側に寄せ、「俺への攻撃だ」と思い込んで怒るのだろう? 同じ「善良な市民」という共通項で、被害者女性側に寄せ、性犯罪者に対して怒ることはできないんだろうか?
もちろんそういうことが自然にできている男性もいるが、現状では少数派に思えるのだ。
そういった怒りの背景には内面化された強固なホモソーシャルの価値観や、ミソジニーや、「ヒーロー像」へのコンプレックスがあると思うのだが、ここらへんを掘り下げた男性自身の話はあまり聞かない。
男社会で男であるということは、特権であると同時にプレッシャーでもある。うまくやれればまだいいが、うまくやれない人はやはり苦しい。
男社会ゆえの苦しさを、男社会ゆえの特権でもって、女に加害したり、女に癒されようとしているように見える。そうやって留飲を下げる男性たちは歪んでいるし、やはり何かに呪われているように見える。
脱線したけど、そういったヒーローになれない男性が救われるかどうかは、男性の意識の問題なのだと思う。
「ヒーロー像」を手放すこと。「プリンセス像」を押し付けないこと。
クリストフみたいなキャラクターを否定せず、「ありのままのおれ」を受け入れること。自分と同じように、他者も尊重すること。
旧来の「男らしさ」にとらわれて、自分を大きく見せようとしたり、誰かを貶めないこと。ささやかな自分自身の中に自尊心を見出すこと。
そのへんが大事なんだと思う。
ツイッターの観測範囲だと、そういう呪いを手放して楽になった男の人も散見するようになった。今は過渡期なのかも。
男だ女だって主語デカイ話書いたけどみんな楽になればいいのにな。いや理想論だけど理想のないリベラルって存在価値あんのか? 民主主義だって奴隷の解放だって女性の社会進出だってかつては理想論だったやん??って思う(このへんルトガー・ブレグマン著『隷属なき道』にくわしい)
マイケル・キンメルatTEDWomen 2015
「漢文は社会で役に立たない」と切り捨てる“意識高い系”の勝ち組へ | 文春オンライン
知らないより知っていた方がよいと思う。
取り入れられたりしている。
中国語のみられ方が
変わってきてるのだと思う。
わたし想うわ
ウォーアイニー
彗星ハネムーン / ナユタン星人(cover) - Eve - YouTube
◯ いーあるふぁんくらぶ
〔れをる〕 いーあるふぁんくらぶ 〔歌ってみた〕 - YouTube
この人もそんなに文句を
言わなかったんじゃないかなと思ったりもする。
わいのような低所得は学ぶべきではない。
他に学ばないといけないことがある。
やったらよいことはたくさんある。
でも、やるべきことは他にある。
何を学ぶかは慎重にならないといけない。
この手の記事は大抵
それに引きずり回される必要はないと思う。
内容が何であれ、必ずファミレスで話をする。
「形骸化して名前だけが残っている一例だよな、ファミリーレストランって。オレらみたいにファミリーじゃない奴らのほうが多く利用している」
シューゴさんはレバノン料理を食べながら他愛のない雑談から始めようとするが、父はそれを無視して質問をする。
会話にかける時間は、初めに注文したメニューを食べ終わるまでと決まっていた。
「……今は監督業からは身を引いている。もともとオレはアニメーターだから、そっちの仕事をやろうと思っているんだが、どうも監督のイメージが強すぎるようで“恐れ多い”らしい」
「では、今のところは仕事の予定は入っていないと?」
「一応、あるっちゃあるけどな。まだ不確定の企画だが、スタッフの募集は始めているらしいから、これに申し込もうかなあと」
画面には『パンチスターター』とかいう、クラウドファンディングみたいなことをやっているサイトが映し出されている。
そこには「完全オリジナルアニメ」と銘打った企画が書かれていた。
「シューゴさん……その企画、製作委員会方式を一般人まで巻き込んでやってるようなものですよ。しかも企画側がかなり有利な条件になってます」
「別にオレは構わん。アニメのビジネスなんて、何も考えずにやったらギャンブルだってのはマスダさんも分かってるだろ。ギャンブルで破産しないようにするにはリスクヘッジをするか、どこかから搾取するかの二択だ。それを選べたら上等ってわけでもなかろうよ」
「そんなことしてまでアニメを作りたいんですか」
「そんなことしてまで観たい人間がいる。素晴らしい環境じゃんか」
シューゴさんが大仰な言葉で何かを褒めるときというのは、大抵は皮肉である。
それは現状にあまり満足していないことを露にしていた。
「シューゴさん、ハテアニに戻ってきてください」
やはりその話か、とシューゴさんは溜め息を吐いた。
「そうは言われてもなあ。監督だとか大層な役職に聞こえるかもしれんが、所詮オレは雇われだ。あんたらが戻ってこいって言って、俺にその気があれば万事OKってわけじゃないんだ」
「ただ真っ向から戦うには、まずシューゴさんがその気になってくれなければ」
「そこまでして誰が得する。皆が思ってるほど、オレは大した監督じゃない。『ヴァリオリ』を作るのにオレである必要なんてねーんだ」
シューゴさんは口ではそう言うものの、彼が作品に対して強い思いのある人間なのを、父は知っていた。
でなければ、アニメの監督を何年も続けられるわけがないからだ。
「次の『ヴァリオリ』の監督、ヒキイ・セメルさんが第一候補ですよ」
「ヒキイ・セメル!? 確かにすごい監督だが、『ヴァリオリ』の作風に合わねーよ。哲学的だったり宗教的な要素を入れたがる奴だぞ。しかもラブコメにすら戦車を出したがるミリオタだ」
「サンユタ!? イメージ回復のためにオレを監督から降ろしておいて、なんでアクの強い監督を後任に選ぶんだ?」
「まあ、ちょうど手が空いてそうなのがその人ってのも理由としてありますが」
そこで父は、シューゴさんをその気にさせるため、根も葉もない情報で彼の自尊心をくすぐる作戦に出た。
そして、その作戦は見事にハマった。
「ああ? もしかしてオレを焚きつけるためにそんな話をしたのか……分かったよ。挑発に乗ってやる」
これで準備は調った。
後は上に話をつけにいくだけだ。
皆さんも1度は経験があるだろう。おならの臭いがして、鼻を啜ったり、警告のつもりで咳払いをしたこと。
しかし、世の中には、おならを出したくもないのに体が勝手におならを排出してしまう病気がある。
「過敏性腸症候群ガス型」という病気だ。この病気を患った人は、出したくもないのにおならが大量に出て、酷い人は1分間に何十回も出るという人もいる。
更に酷くなると、「おなら漏れ」という症状が出てくる。おならが出ている自覚がないのに、勝手に臭いが漏れ出てしまう病気だ。
この病気を患った人は、学校、職場、電車内などで周りから「臭い人」と軽蔑され、いじめを受けたり、1日中咳払いをされて、自尊心が傷付いて、最終的に家から出られない状態になったりする。
これを見た貴方は、そんな悪臭を発する人は社会に出てこれなくて当然だと思っただろう。
しかしながら、当事者は、誰よりもこの病気を恨んでいるのだ。ガスが出るたびに心の中でごめんなさいごめんなさいと謝り、そのうち自分は社会に居てはいけないのだと悟り、精神を病む。
確かにそうだ。中には精神科に行って薬を処方してもらうことで完治する人もいる。
だが、大半はそこで治らない。逆に、医者からは「おならは出て当たり前」「おならが出るのはいいこと」「おなら漏れなんて医学では認められていない」「妄想だ」と言われ、医者を信用しなくなる人が少なからずいる。
中には「自臭症」という病気で実際は臭いを発していない人もいる。しかし、多くは実際おならが出て、その臭いに苦しんでいるのだ。
更に辛い現実は、家族からも理解を得られないということだ。家でもおならが出てしまう人は家族からも軽蔑され、しかしながら「おならは誰でも出る」と片付けられる。
逆に、家では緊張が緩み、おならが出ないタイプの人もいる。その人達はもれなく、「妄想だ」と言われ、取り合ってもらえない。これ程辛いことがあろうか。職場や学校では臭いと軽蔑され、家ではそれを「妄想だ」と言われ、その辛ささえ取り合ってもらえない。
理解してもらわなくていい。臭いと思っていい。ただ、知って欲しい。
そして、この病気の人達が社会で苦しまず生きていける方法を作って欲しい。
それがこの病気を患う私の願いだ。
それほんと思う。
差別的とか主語が大きいとかいわれるかもしれないが、こういう場合女のほうがその欲求を満たしやすいかも。
他に記載があるように、土下座でもしてお願いしたら、本当に抱いてくれる男は一定数いるような気がする。
男は自尊心や征服欲が満たされて気分がよくなる上にセックスまでできるのだから考えようによっては一石二鳥。
https://www.youtube.com/watch?v=GXrCbgnBIVs
日捨てて行かない
そのドアを残していない
どこをガシナ
舌にもとげが私
人々の監視が
心臓にとげが私
痛い痛い痛い
Musicians are saying
数えたらヒョクオ
気の利いた私は巨大素敵いるのが好き
ごめん私いい子Complex
ところでWhat a pity boy
ないて
人々の関心
ある良くないでください
私はこのままパーフェクト
自尊心は空を刺す
実際には、私のオタながら
それは言いHesitate
Haterがなくて
私はいくつか作ってみ
私は子供のず
アリンががドゥェルレ
グィチ代わり
イヤリングをしたいです
グッチの代わりに
私ナイキをメルレ
不満あり努力
Hook Making
腹いっぱい食べに
水不ない選別
優しいリングで
今朝のおかずはオイジ
私のFanが増える音か
これじゃない体の部位
同社強調グクディルてまるで
そう君を知ってドゥトギルたい是非
口の多着
裸君よりHot
ラップを聞く想定ところ
みんなの足に目が
ああ、誤解かと思って言ってた
姉はロリータではなく
セクシーコンセプトだよ
二日後に百万以上のヒット
ペブクページごとに
ノネン不利であることを望む
誰つかんBully
前回の言ったように
私はすべてをかむ食べる腹いっぱい
Eat Me
英語を話すことを知らない
友人のために説明してみると
Minty Minty Just be Minty
誰かは驚愕して
誰かは賛美をして
私は私いい子供とだけ驚か
よくてもできないかどうか
あきらめないSwag
Mic前
Recordingで見せてあげる
今年ヒプゲル晴れる与える
すでに決まったから
石を投げた者は皆
曲げてください
ディクションてなんとして
ハァッの中溢れ
それでも地Listener下
ところで、現実は私に連絡来た
お前らが夢だと言う
あらゆるラベルにおいて
これじゃない体の部位
同社強調グクディルてまるで
日捨てて行かない
そのドアを残していない
どこをガシナ
舌にもとげが私
人々の監視が
心臓にとげが私
痛い痛い痛い
爪を隠して
勝利は圧倒
Be minty
날 버리고 가지 마
그 문을 떠나지 마
어디를 가시나
혀에도 가시가 난
사람들의 감시가
심장에 가시가 나
아파 아파 아파
사람들은 뭐가 대단한지 몰라
뭐가 좋은지 나쁜지도 잘 몰라
Musicians are saying
꼽히면 혁오
아이유 장기하 아니면 지코
간지나는거 멋있는게 좋아
미안해 난 착한아이 Complex
근데 What a pity boy
쎈 척 해봐야 걔들은 니 음악
안 들어
난 의지보다는 욕망을 말해
사람들의 관심
있음 좋고 아님 말고
난 이대로 완벽해
자부심은 하늘을 찌르네
사실은 내 덕후면서
그걸 말하기는 Hesitate
Hater가 없어서
내가 좀 만들어봤어
나는 어린이 말고
아린이가 될래
귀찌 대신
귀걸이를 할래
구찌 대신
난 나이키를 맬래
불만있음 노력해야
Hook Making
배불리 먹으려면
물 불 안 가려야
착한 아린이지
아빤 리니지
약 빤 Why지
오늘 아침 반찬은 오이지
아 정말 짜증 나는 사춘기지
변태라는 이름의 신사 쿠마키치
숙녀가 되고픈 소녀는 민티지
이 랩핑 오늘 레알로 So dizzy
내 Fan이 늘어나는 소리지
이건 아냐 신체 부위
동사 강조 극딜해 마치
이사 Century 문법 나치
그러 니 알아듣길 바래 부디
입을 것 다 입어도
벗은 너보다 Hot
랩을 들으랬더니
다들 다리에 눈이 가
아 오해할까봐 말해두는데
언니는 로리타 아니고
섹시 컨셉이야
이틀만에 백만이 넘는 조회수
페북 페이지마다
내 다리를 불 펌 Ho
너넨 불리하다 싶으면
누구든 잡고 Bully
저번에 말했듯
난 다 씹어 먹어 배불리
Eat Me
영어 할 줄 모르는
친구들 위해 설명해보자면
Mint의 숨겨진 뜻은 새것
Minty Minty Just be Minty
아직 들어보지 못한 음악을 줄게
남들과 확연히 다른 Style 시도할때
누군가는 경악하고
누군가는 찬양을 해
난 나 좋다는 애들이랑만 놀래
잘하든 못하든
포기하지 않는 Swag
Mic 앞에서
Recording으로 보여줄게
올해 힙갤 갤주는
이미 정해졌으니까
돌을 던진 자들은 모두
머리를 숙이세요
멈블랩은 빨면서
딕션갖고 뭐라 해
어휴 속터져
그러고도 지가 Listener래
근데 현실은 나 연락 왔어
너네가 꿈이라고 말하는
온갖 레이블들에서
이건 아냐 신체 부위
동사 강조 극딜해 마치
그러니 알아듣길 바래 부디
날 버리고 가지 마
그 문을 떠나지 마
어디를 가시나
혀에도 가시가 난
사람들의 감시가
심장에 가시가 나
아파 아파 아파
발톱을 숨겨
승리는 압도
Be minty
今気付いたんだが、別に話を振ってもらいたいんじゃない。
「異性に興味を抱かれ、関心を寄せられ、大切にされている自分」を(錯覚でもいいから)全身で味わいたい、つまり自尊心が満たされることが一番の望み。
ガールズバーだろうがキャバクラだろうが彼女ができようが、満たされないかもしれない。
異性に興味を抱かれ、関心を寄せられ、「客として」大切にされている自分、なら感じることができそうだが、それで満足するかな。
『鋼の錬金術師』を読んだことがある人なら、「やらない善よりやる偽善」という言葉に覚えがあるかもしれない。
うろ覚えだが同漫画の中で、敵国の国民を治療する医者を偽善者だという人にその医者が返した言葉であったと思う。
この言葉を聞いた当時、非常に感銘を受けた。『人を助ける行為が悪であるはずがない。自分もこの医者のように利害を超えて人を助ける人間になりたい』と思った。
しかし、最近『偽善とはこういうことか』と気づくことができた。きっかけは仕事で大きなミスをしてしまったことだった。
ミスを責められ、自尊心が傷ついた私は、その自尊心を修復するために何か人に親切なことでもするかと考えた。
しかししばらく考えた末、この親切は完全に自分のための行為であることに気づき、『これが偽善か』と実感することができた。
では、『偽善は悪か?』と聞かれれば、決してそうではなく、偽善だと指摘する人が一番悪いと思う。
例えば
自分のために善をする人A
善を受け取る人B
の三人がいるとする。
もし、Cが存在しなければ、AとBはWIN-WINの関係で終わるのではないだろうか。
Aは感謝されることで自尊心を取り戻し、BはAの行為によって助かる。
Cがいることによって、得をする人は一人もいない。いるとすれば、C自身だろうか。
しかし、Cの行為によってAは自尊心がさらに傷つき、Bは『厚意で助けてくれたと思って感謝したのにだまされた』とAの行為を責めるようになるかもしれない。
このことから、自分のためとはいえ人を助ける行為をする人間は責められるべきではなく、責めるべきは他人の親切を曲解し、偽善だと言う人間なのだと言える。
完全に遊ばれた。よくある話なのかもしれない。でも、私は凄く傷付いた。今でも辛い。
ヤリ捨てされたけど、人間関係は何も変わってないし、表面的には何も失ってないけど、実際はすり減ってるよって話。
簡単にサマると、一時の快楽に流されて都合のいい女になり、簡単に捨てられて死にたい&殺したい感情で辛い、という私が一番軽蔑していたバカ女に、私もなってしまった。
思い出したくないし、今でも辛い。他の人がどうやって乗り越えてるのか教えてほしい。
なんとか立ち直りたくてググって同じ状況の人を探したところ、たくさんいた。そこでの返信コメントで 「何も失ってないじゃん。」「何もないよりマシ。」みたいな意見が多数あった。
物理的にはそうかもしれない。私も実際にその体験によって崩れた人間関係もない。
でも確実に何かは失った。
それは例えば自分自身の自尊心だったり、他人への信頼だったり。
ずっと真面目ないい子で生きてきたのに人生で初めて殺したいと思った。
こんなに人を憎むことが私の人生に訪れるなんて思っていなかった。
小さな女の子をあやしてるイクメンを見るだけでも思い出して憎らしくなってくる。
捨てられたけど、いまだに顔を合わせざるを得ない状況にいるから、また誘われないかなって願ってる。
抱かれたいからじゃなくてこっぴどく断って傷付けてやりたい。
そのためにもいい女になりたい。
ちろん嘘をつかなくてもいいし、むしろ正直であるべきだし、そういう人間が多数派なのだろうが、少なくとも自分はそれで上手くいかなかった。周囲も自分自身をもごまかして生きてきたが、心がもう耐えられなくなってしまった。激しい罪悪感とボロボロの自尊心とで、生きているのが本当に辛い。
これまで数年がかりで修正を試みてきたものの、上手くいかなかった。そんなことを連休中にずっと考えていて、今朝起きたときにふと、今の仕事は自分の性格に合っていないのかもしれない、今の仕事に適性がないのかもしれない、この道で生きていくのは諦めた方がいいのかもしれない、という気になった。今までも諦めようと思ったことは何度もあるのだが、それは自身の能力不足と思っていた。しかし今回やっと、自分に適正が無いのだと気付くことができた。むしろなぜ自分に適性があると思えていたのか、今では逆に不思議ですらある。
久々に副業でバイトでもするかと思って求人を眺めたけど昔の何も出来なかった自分を思い出して辛くなってきた。
私は世の中の多くの仕事、比較的簡単に就ける職にものすごく向いていない。
人と話すことが苦手だし人の顔を覚えられないし気を遣えないので接客業は無理。
事務のようなことも中々覚えられないしミスばかりするので無理。
声が小さいので大きな声を出さなきゃいけない仕事も無理だった。
正社員で働いてたこともあったけど本当に何も出来なくて失敗ばっかで毎日怒られててひどいミスもいっぱいしてて自分は生きてる価値ないなーとばかり考えてた。
最終的には趣味でパソコンばっか触ってたし絵を描くのも好きだったので
今は流れ流れてそういう仕事をしてるけど。
人と話したりマルチタスクに色々こなしたり、ものすごくハードルが高い仕事だよなぁ。あんなの。