はてなキーワード: 憲法14条とは
姫路市長が外国人の料金を4倍にしたいという話をしたニュースについて、外国でもやってるから〜みたいなコメントが見られる。ただの私人による観光施設ならそんな話で片付くこともあろう。しかし、姫路城は地方自治体の施設である。本邦の地方自治法に基づいた存在として、単なる海外事例の追随では終われない。
「公の施設」とは地方自治法244条1項にて「住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供するための施設」と規定されている。
また、同法244条の2第1項において、法令で特別な定めがある場合を除き設置や管理は条例で定めることとされている。
翻って姫路城であるが、姫路市の条例にその名もずばりな「姫路城管理条例」というものがあり、公の施設である。
地方自治法225条において、公の施設の利用について使用料を徴することができる旨定められている。この使用料であるが、当該公の施設に係る住民とそれ以外とで格差を設けること自体は可能と解されている。
実際のところ、文化会館やプールなどで市内在住者とそれ以外で料金が異なる例は見たことがあるだろう。
使用料以外でも、図書館で本を借りられる人が市民に限られている例などが挙げられる。
地方自治法244条3項は「普通地方公共団体は、住民が公の施設を利用することについて、不当な差別的取扱いをしてはならない。」としているが、この住民は当該公の施設を設置する団体の住民である。
また、公の施設は同条1項のとおり「住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供するための施設」であり、一義的には住民のためのものだからだ。
ちなみに、外国人住民も住民であるため、当該自治体の住民ならば、格差を設けることは基本的に「不当」としてできないだろう。
公の施設について、住民と非住民とで使用料や対象者に差を設けることは可能である。
また、非住民間であっても、その地域との関係性や政策の意図で差をつけることは否定されない。市民のほか、その市への通勤通学者なども使用できる施設は見たことがあるだろう。
しかしながら、憲法14条(法の下の平等)もあり、著しい格差はよしとされず、これらの差には当然一定の合理性が求められる。その上で、ざっくり2つの懸念がある。
料金を上げるとして、公の施設での使用料の格差はあっても2倍程度が相場であり、4倍は著しい格差であるとの指摘は当然出て来よう。この格差に至る理論武装は避けられない。
姫路城は公の施設であり、基本的には姫路市民のための施設だ。差を設けるのなら市民とそれ以外で分けるのが基本であり、次いで近隣市町など一定の生活圏などで区切るのが常道だ。裁量こそあるものの、線引きの妥当性は求められる。市長の言う「外国人」が指す者は推測の域を出ないが、生活圏や来訪頻度に求める場合は外国人観光客と遠方からの邦人観光客など、居住地に求める場合は在日外国人と在外邦人など、差をつけるに足る理由はあるのだろうか。
姫路市長がどこまで考えて発言したかはわからないが、こういったハードルにどう対処するのか、姫路市役所の職員の手腕に期待である。
と書いてあるが、この「のみ」は「合意」にかかる。つまり、「合意なしでは結婚できない」ということだ。
ところが増田はこれを曲解して、「のみ」が「両性の合意」であり、特に「両性」がともに存在することを必須だと決めつけている。これは過剰解釈だ。
憲法は、「両性」がともにいることを要件とはしていない。つまり、同性婚を否定してはいない。
「両性がともにある」ということを前提とした上で、「両性がともにあるならば、両性の合意が必要だ」と述べているだけだ。
したがって、「両性がない場合」つまり「同性同士の場合」は、前提が成立していないので、話の対象外となる。したがって、憲法24条は、同性婚については否定も肯定もしていない(話の対象外だ)というのが、妥当である。
一方、憲法14条 「法の下の平等」 があるので、こちらにおいて、同性婚に準ずる制度は、必要となる。なければ、違憲となる。
殆どの国の政教分離は国家の宗教活動を禁じている。例えば政府が特定の宗教を利すること、国民に特定の信仰を強制することなど。つまり宗教団体の側から政治活動に参加することは禁じられていない。日本は当然のこと、イギリス、ドイツ、アメリカなんかも同様。もし今の日本で宗教団体の政治活動を法律により禁止すれば、憲法14条一項、19条、20条一項、21条との関係で違憲となる。そのため公明党や統一教会が闊歩する事態となっている。そもそも我が国の君主(笑)が税金で生活し国事行為を行う存在なのに神道の祭祀みたいなことしてるし。
一方厳格なのはフランス。フランスは政府が宗教活動をすることは無論のこと、公共空間での市民の政治活動も禁止されている。宗教教育もダメ。完全にプライベートな空間で信仰するのは当然OK。それでもカトリック勢力が日本の日教組みたいに教育現場に強く影響を及ぼしてるそうだが、日本の宗教団体程の影響力はない。日本もフランス型の政教分離を採用してはどうだろうか。
日本語で「差別主義者」という言葉は、オタク差別とか、ホームレス差別とか、田舎者を差別とか、他人をその人の属性によって異なる扱いをする人全般を指す否定的な表現です。
これは、不思議な言葉です。差別解消とかいうのは、おそらくアメリカの公民権運動が世界で一番有名な例だと思うのですが、そのアメリカには、一般に「差別主義者」をあらわす単語はありません。和英辞書で差別主義者という単語を調べるとracist (人種差別主義者); sexist(性差別主義者); segregationist(人種差別主義者(硬い))の三つが出てきます。あえて言うならsegregationistになりますが、そもそもracistに比べると使用頻度が1/50の単語ですし、segregationを英英辞典で調べれば、まず出てくるのが「人種および階級による差別」なので、一般の日本語で言う「差別主義者」にはあたらないでしょう。
アメリカでは人種差別は厳しく否定されています。レイシストという単語は、日本でいう性犯罪者よりもさらに否定的な言葉で、ほとんどの上場企業では、レイシストは無条件で一発クビというルール(zero tolerance)があります。大学だったら一発で退学です。BLMとか警察の暴行はどうなってるんだ、という話ですが、警察側の建前としては、一応「犯罪の疑いの高い人を制圧した」とか、「犯罪の起こりやすい地域を重点的にパトロールした」みたいな話になっています。もし「黒人だから怪しいと思った」みたいなことを言ったら、それがプライベートな場だったとしても、その録音がネットに流れたりすれば、即クビでしょう。実際、根拠のない偏見で勤務時間外に黒人男性を警察に通報した白人女性が、それだけで解雇されています。
もちろん、アメリカでもプライベートな場で「オタクきもいよねー」って言ってもクビにはなりません。つまり、オタク「差別」と、人種「差別」は根本的に違うものとして扱われています。これは妥当な話で、「差別」なんていうのは定義できないからです。人種差別禁止や宗教差別禁止なら具体的に社内規定に落とせるし、それに基づいてクビにもできます。ですが、「差別」っていうのはどこまで含むのかが非常にあいまいで、クジラ食べる人のことを理解できないとか言ったらダメなのか、AndroidのことをiPhoneのパクリって言ったらダメなのか、きりがないです。そもそもそんなことをやるつもりがないから、「差別主義者」っていう単語がないのでしょう。
だから、「差別のない社会」とか聞くと、そんな一般に他人をその人の属性によって異なる扱いをすることを排除するなんてできるわけないし、そんなに人々の内心を強く規制するなんて、ディストピアだよ、って思います。「差別のない社会」みたいなのはナンセンスで、目指すべき社会ではありません。
日本でも、増田の適当な議論とかじゃなくて、憲法とかはしっかりしています。憲法14条では、差別を受けない属性は具体的に列挙されており、それ以外のことは保証されていません。「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別を受けない。」ってやつです。
注:日本語の「差別」に近い単語としては、discriminationっていうものがあります。遺伝子に基づく差別とか、広がりを持つ言葉です。ですが、これは行動に対して使われる言葉で、人に対して使われる言葉ではありません。discriminationistという単語は、ネットには存在しますが、辞書には記載されていません。
https://this.kiji.is/530717544895661153
これは俺の想像だけど、何が特別保存の対象かなんて内規はないと思うよ。想像ではあるが、国籍法違憲判決の記録すら廃棄するぐらいだから、まちがいないでしょう。で、最高裁で判断が確定したら地裁に記録を送って、あとは地裁が判断する。
だが送られた記録を受け取るのは記録係であって裁判官じゃないし、最高裁から送られてくる時点で既に地裁の手を離れて何年も経過しているので、当時担当した裁判官なんて残っていない。そもそも裁判官は、これは弁護士もそうだけど、事件を処理し、判断する訓練を受けているだけであって、自分の担当した事件に歴史的な価値があるかないかと問われても、そんなの知らんとしかいいようがない。まして人の担当した事件が社会的に重要かどうかなんて聞かれても困るよ。
そんな状態で、最高裁から送られてくる膨大な事件記録のうち、どれが特別保存の対照で、どれが廃棄していいかなんて判断できるわけない。おそらく東京地裁にはこうした判断をする部署すらなく、記録係の主任に丸投げだったんじゃないかな。大規模庁である東京地裁ですらそれだったとしたら、他の地裁なんてさらに無理。裁判官も書記官も忙しいしね。
地裁からしてみたら、最高裁から具体的に指示されるか、明確なルール作ってもらわないと判断なんてできないと思うよ。
戦後、マイノリティの権利について憲法14条違反として法令を違憲無効とした判決は、国籍法と女性の再婚禁止期間100日超の部分を違憲とした判決しかない。だが記録がなければ、後の研究者が訴訟の過程を詳細に検討したいと思っても、当事者か代理人に聴くしかない。
国籍法の場合、判例集に載っている事件は、集団訴訟で報道された別事件と違って、強制送還の命令から始まり、強制送還を命じられた本人が実は日本人でした、というところに特殊性がある。1人でちまちま始めた事件で、メディア対応等はしていないが、集団訴訟より1年早く始まっているので、判例集にはこちらが掲載されている。研究者なら事件名が「退去強制令書発付処分取消等請求事件」となっているのを不思議と思うはずだ。http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=36415
退去を命じられた人が、実は退去の判断が裁量違反で無効であるというに止まらず(これは"if"だが、もしも国籍を問題として提起していなければ、原告は強制送還されていたと思う。)、憲法的には日本人だったという奇妙な経過と結論は、日本の社会における外国人の地位について示唆するところが多いはずだが-不思議だよね。本人の社会的な地位はいっさい違わないのに、争点がズレるだけで、「煮て食おうが焼いて食おうが国の自由」と切り捨てられる対象から、最高裁の裁判官が15人も集まって、やれ憲法に違反するとか違反しないとか大議論の的になる-俺が忘れたか死んだりしたら(いちおう国の書面や証拠も含めて全部PDFにはしているけど)準備書面すら読めず、判決を読んで国籍法が違憲になったロジックは理解できても、なぜそんな事件名になっているのか、そこで問われたのはどういう問題だったのか、永久にわからなくなる。 (一審判決まで辿れば少しだけ触れられててはいるけど)
俺は学者じゃないし、そもそも俺にとっては終った話なので、東京地裁が廃棄したからけしからんというつもりはないけど、学問的には損失かも知れないね。