はてなキーワード: 立身出世とは
思うんですけどね、ぼく、脳にチップを埋め込んで知識を頭に直接ダウンロード的な世界が本気で到達しないかなーと思ってるんですよ。でも一言で知識といっても。全知識のことでは無く、いわゆる理科学系的な知識のこと。
そのような未来感に対して在野の方は「知識を頭に叩き込んでも知識の使い方を覚えられない」という文句がでるんですが、僕はそんなもの詭弁に過ぎないと思うんですよね。
何故ってそもそも人ってあなたみたいな偉そうな人が言うほど馬鹿じゃないよって思うし、論理とやらは数学でも良く出来た人文系の本でも読めば会得できるものだと思うからです。
加えて理系的知識のみ頭に直接叩きこんでも構わないというのは、理系的知識が(複雑系的な言説が代表する最先端の知を除いて)すべてがファクト(らしい)だからです。
例えそれが原理的に「ファクトらしい」ことであるとはいえ、少なくとも恣意的では無いんですよね。それでですね、そしてそんなファクトらしいことをファクトとして扱って科学はここまで技術化され人類の進歩発展に帰依してきた(ここれ辺が人文知とは異なるところです。人文知はその恣意性が暴力的な力を持っている。そしてその暴力性が人文知の力。すなわち文脈を書きかえること。個人にとって一見関係無かったものを一つの視座を持って関係づけ、切実なものにする。それが人文知の力、だと思ってます。)(一方理化学的な知識にも別種の暴力性が当然あります。そのことに自覚的でない科学者はみんな根本的には自分勝手なクソ野郎なんだと思います。残念ながら。)
うう、かっこの中の話で本筋から遠ざかった…。
ぐだぐだ言ってきましたが、ここまで言ってきたことは一言です。基本的な理系知識というものは大抵が世代を超えて一個の人間がまた改めて一から学ぶほど価値があるわけではないということ。
いわゆる理系学生の中に以下の現実に気づいて憂鬱な気分になっている人は多いと思うんだけれど、若いころの時間を使って結果の分かりきってる学生実験をする価値なんて99%以上無いんですよね。
え、実験道具の使い方?レポートの書き方?全部別プログラムでやらせた方がよっぽど効率的です。だってどちらも理系的な知識を使わないじゃないですか。どちらかというと体育と国語ですよ。
そりゃ回数重ねてれば何かの偶然で新しいことが起こるかもしれないけれど、そこに若い学生の時間を使うのはいかがなものかと思います。どちらかというならこれから寿命がますます伸びた年配の方がおやりになればよい。しかも年配の方々は数が増えるのは分かりきっていることなのだから。可能性の伸びしろとしてはそちらの方が全然優位なはず。
そしてぼくはそのような年配の方(時間があって、科学とかゆるく好きで、しかも高校の教科書的な所から大学の2~3年程度の知識が頭に一括ダウンロードしてある方)が自由に研究を趣味的にできるような場がこれからあると良いなーと思います。
知識があったとしても大抵は無駄な研究もどきなるとは思いますいが、それでいいんです。無駄は文化になります。文化は物語化されてブランド足り得ます。
今までに比べてはるかに安いコストで、気軽に研究できる。しかも初めから自分の興味のある分野を。これってとてもいい社会だと思います。それにそのようなある種のハードルを下げるにはとても良くて、実際的に何がいいのかというと人材流入のハードルが下がれば在野の人の既得権の縛りが解かれる+競争激化+多様性が増しイノベーションが起こりやすくなるんですよね。(その弊害は例えばPixivなんかで散見されますね。すなわち雇用の問題。)
これからデジタルに親和性の高い世代が高齢者になったり、ある程度英語等でコミュニケーションで来て人材の移動性が高まる時代に、それを実現できたら、かなりのその地域引いてはその国のブランドになりえるし、いいことだと思うんですよね。
日本というのは自然災害がその立地条件からして根本的に多い国だし、今回の放射能ははそもそも強いと思われていた農作物のブランドの(程度はどうであれ少なくとも方向性として)下落につながった。その後の日本政府の立ち振る舞いも同様に日本全体をパッケージとして観たときのブランド価値は下がったと思う。
つまり日本というのは根本的に他国に比べブランド価値が強くなければ優秀な人材を引っ張ってこれない国だと思うんですよ。例えばわが身ひとつで立身出世しようと考える優秀な中南米人が「日本は色々災害とか身の危険あるけど○○があるからここで仕事をしよう」と思ってくれないとダメなんですよね。でなければきっとこれから日本という国は戦えなくなる。(経済的に豊かでなくなってくると無駄の確保ができなくなります。無駄の重要性は上に述べてきたとおり)。
さて、ここまでメリットばかりあげてきましたが批判も数多く考えられます。例えばその筆頭にしてもまっとうなものが「科学の発展が加速したらますます倫理の側が追いつかなくなるじゃないか」というものです。
しかし、僕はこの観点も保証できます。なぜなら時間に余裕のできたものは、退屈な事実の再確認や荒唐無稽な技術への信仰ばかりするのではなく、確かな今を見据える人文知的なものを学びたくなる欲求が高まるはずで、加えて言えば知識の記憶に費やす時間が短くなれば余暇が創出できるので、そのような歴史、思想史、哲学史を学べる機会は増えるはずなんですよね。たとえあなたが時間があるから大丈夫(=自身の倫理を構築できる)とは限らないなんては思えなくとも、学生実験をやるよりはよっぽど有意義な時間が過ごせるとは思いませんか?
以上のことがもっとも実現可能性の高い場はラボをシェアするという理念の元運営されているいくつかの団体だと思います。なぜなら人材の流動化がこれから激しくなる時代に情報系のものを除く理化学系研究が根本的に抱える問題とは研究はラボというその場でしかできないことで、その土地でしかできないならその場にしかいられない。そこをシェアをすることでより開放するサービスが圧倒的に人々に受け入れられるだろうからです。
また実現に向けて初めに脳内に知識ダウンロード、と言いましたが、それより若干コストは高くなるかもしれないけれど海外のよく勉強したにもかかわらず文系就職しそうな元理系学生とか先生に雇って、そのサポートに比較的リーズナブルに提供できれば十分今まで述べてきた未来の足場としては実現可能だとも思います。
匿名であってもこんな事を書くのは恥ずかしいが、自分にとってとても大きな事件だったし、
はてな匿名ダイアリーは恥ずかしい文章ばかりだし、何より思いを外に吐き出したいので書く。
何人分かインターネット上で検索してみたら一人の元同級生のブログが見付かった。
12年振りに見た同級生の顔はえらい老けていて驚いたが、
それでも確かに中学生当時の可愛い顔を成長させた様な可愛いらしさが有った。
その人は家柄と経歴と育ちがまず凄い。祖父の代から家族全員が音楽好きで、女子高出身で音大の大学院を出て、
普段はフルート奏者だが男子校でのフルート講師や絵のモデルをやっている。
しかも一日12時間フルートの練習をこなす事もあり、人柄もキャピキャピした派手さが無く
犬好きで犬を見かけるとつい撫でてしまう、というぶりっ子と言われかねない可愛らしさを自然体で有している。
家の写真やフルートを有したり音大の大学院に進む点からは富裕層である事が伺える。
『何だよこの化物じみた完成度。誰が作者の漫画の登場人物なんだよ。男子生徒はこの先生に絶対惚れるだろ』
と突っ込みを入れたくなる。
正に物語に出てくる様なお嬢様そのもので、ブログを読み進めていく内に俺はうっかり惚れてしまった。
中学校時代は可愛い女子生徒だな程度にしか思っていなかったのだが、
まさかこんなに漫画みたいな人だとは、俺が今になってこんな形で惚れる事になるとは思いも寄らなかった。
ブログを読んで情報を得てはその人が自分の彼女になった妄想をする様になった。
街に出ても、今擦れ違ったのはあの人かも、公園に行けばあの人に会えるかも、と想ったり、
今迄していた自分が金持ちに成る妄想にその人を嫁として組み込んで、
嫉妬したり相思相愛になったり盲目的に恋したり離婚したり死に別れたりと
危ない。このままじゃいずれ現実と妄想の区別が付かなくなって本当にストーカーになりかねない、
■ところが今日、その人のブログを久し振りに見たら入籍の報告が書いてあった。
妄想の源泉が尽きてしまった。それも一番起きて欲しくなかった抗い様の無いはっきりした形で。
絵に描いた餅が破れた。砂絵が掻き消された気分だ。
あまりに早過ぎる。せめて後半年位は僅かな希望を、夢に浸らせて欲しかった。
可愛い子なんだから彼氏が居ても不思議ではないなと思っていたのだがそれでも悔しい。
まさかこんな事がという信じられない気持ちだ。残念だし間違いであって欲しいと思う。
なんでよりにもよって俺が好きになったこの人なんだと。
ブログに2~3度書かれた結婚への憧れも彼氏を前提にしたものだったのか。
300本近くの記事に彼氏を匂わせる文章は一つも無かったから、単なる遠い憧れとして捉えているのだと思っていた。
■これからはどうしよう。こんな事実を知ってしまっては妄想を楽しむ気も起きない。
俺も使い始めようかと考えていたがその必要も無くなってしまった。
何をどうしよう。心の宛て所を見失ってしまった。
その人の名前で検索すると検索結果の一番に入籍の報告が出ていて心が痛い。「いいよ、もう知ってるから出さないでよ」と思ってしまう。
結婚相談所の広告も見る度に入籍の話を思い出して憎い。地震後に彼氏との結婚を考える女性が増えた、という報道も今思い返せば憎い。
地震さえなければ入籍なんか無かったのか、一縷の望みが消えなかったのか、と考えてしまう。
ただ、その結婚相手が自分以外の中学校の同級生でなかったのは微かな救いだった。
若しそうだとしたら折角の機会を無駄にしたという理由で後悔はより強くなっていたから、そうでないのは良かった。
よくよく考えれば、漫画に出て来る様なしっかりした人なんだから婚期を無為に伸ばしたりせずちゃんと人生設計を立てて
職業柄いつもドレスを着ているし結婚式への参加も多いが、ウェディングドレスに新鮮味を感じたりするんだろうか。俺が着せてあげたかった。
もうすぐ誕生日だが、実家で過ごす最後の誕生日になるかも知れないから彼氏や家族と何か特別なお祝いをするんだろうか。
何故か一度書かれた同い年の従姉妹の結婚式についての記事が消されている。
ブログは個人的な日記ではなくファンの閲覧を前提しており、記事も仕事絡みが大半で私的な内容は少ない。
固定ファンが記事のほぼ全てにコメントを付けているしつまらないコメントであれ返信も細目に行い欠かしていない。
どう考えても一般人ではなく小さなアイドルとしてのブログだと言った方が正しい。
俺は『立派な元同級生』に惚れたつもりだったが、その実単に『アイドル』に惚れてしまっていたのだろうか。
いやしかし、ブログという文字情報や仕事としての振る舞いを理由に惚れるのも含めて恋愛と呼ぶ気もする。
■俺の記憶に有るあの人の声と笑顔を独り占めさせて貰えるのも、
何か小さな冗談を言い合ったりふざけてじゃれあったり愛だ好きだを語ったり
二人の人生について悩み合ったり頼ったりする相手、『人生の伴侶』も決して俺ではなく彼氏なんだろう。
俺には何の相談も無しに大切な事を決定し、どんどん幸せになっていき、勝手に自分の人生を生きて満喫するんだろう。
俺はといえば、これからも何か有る度にこの人の事を思い出してブログを読んでみては、
旦那との日常や妊娠、出産、子供の成長話やこの人自身の立身出世振りにやきもきして自分で自分を苦しめるんだろうか。
そういえば、俺の誕生日に書かれたブログ記事には当たり前だが何も特別な事は書かれていなかった。こんな事がいちいち空しい。
嫌われたり疎まれても構わないからこの思いの一片でもあの人に伝わって欲しい。
今日ブログを全部読み終わったらあの人の家の凡その位置が分かってしまった。
中学校の同級生だから同じ学区の範囲内に住んでいるのは当たり前だが、憧れの人がこんな近くに住んでいたとは思っていなかった。
グーグルストリートビューで自宅写真を探すが見付からなかった。
久し振りに大きな地震が起きた。あの人もこの地震に揺られたのだろうか。
同じ体験が出来たと思うとこんな事でも嬉しいが、こういう共通体験を話し合う機会は一生無いのだと思うと虚ろな気分になる。
あの人の自宅が在りそうだと目星をつけた所を周る。いよいよストーカーの様になってしまっているが、
この辺りには別の理由で一度来てみようと思っていたのでそれを自分への言い訳にする。
それにしても、あの人は果たしてこんな所に住んでいたのか。
あの人と同じ体験を僅かでも積み重ねられてより理解を深められた事は何となく嬉しいが、
市内にこんな所が在ったのか、という驚きの方があの人への興味を上回ってしまう。
あの人の誕生日だ。今日も自宅の在りそうな周辺を周るが、全く見付けられない事もあって公園で遊んでいる方が楽しい。
あちこちに普段しない遠出をした事も働いてか、漸く最近になってあの人への思いが薄くなってきた。
恋人が居ないという事は妄想上の恋人であっても寂しいが、やっと恋人の妄想をする以前の状態を思い出してきた。
もう『他人』なのだから普通に適当に幸せになればいいんじゃないか、という他人事な投げ遣りな気持ちであの人の事を考えたりする。
あの人のブログの更新分を読むと、入籍した前後に既に引っ越していたらしい。
自宅の近所をうろついて擦れ違う事が出来れば、一目見る事が出来れば、と思っていたがブログを読み終わるのが遅過ぎた。
もう完全に機を逃した。一生擦れ違いもしないだろう。
結婚式は今日行われるらしい。何の問題すら無く順調に準備が進んでいる。
俺と彼女の無縁っぷりに改めて感心するばかり。俺の悩みは何の障害にもならずにスイスイ自分の道を進んで行っている。
俺の存在に気付いてもらうにはもう超自然的な何かに祈る他無いな。
妄想の中のあの人は俺の子供を二人産んでいつまでも若々しいままでよく俺を叱ってくれた筈だが、
そんな昔の出来事を思い返して現実と比較してどうのこうの考えると、馬鹿らしい上に自分が辛い。
数年内には子供が産まれるのだろう。彼氏の名字を冠した子供が。俺の知らないどこかの土地で幸せな子育てをするんだろう。
その頃にはもう未練なんて無くなっているだろうが、自分が置いて行かれている気持ちを味わう様な気がする。
もう結婚式を終えて初夜を迎えたんだろうか。二人で裸で抱き合ったまま寝たんだろうか。我乍ら気持ち悪いがつい考えてしまう。
もう名字も変わっている筈だ。妄想しようにもあの人の名前すら不明になってしまった。
次の22日は『いい夫婦の日』だ。実際いい夫婦になるんだろう。
次のクリスマスはやっぱり仕事なんだろうか。それとも新しい家族の為に休むのだろうか。
消し切れない雑多な思いを書き出す事で何とか解消したい。
13時頃あの人の自宅が隣に在るらしい公園に行くと、真っ赤な晴れ着姿の女と袴姿の男がカメラマンに撮影されていた。
まさかあの人なのか、と思って顔を確認するとあの人よりも若い20代前半の全然違う顔の女性だった。
あの人と擦れ違える可能性は無くなった訳だし、もうこの公園に来るのは暫く止めよう。
あの人は大阪で結婚式を挙げて今は海外で新婚旅行中らしい。結婚式の写真を見るととても様になっていて嫉妬も何も湧かない。
ブーケも投げたらしい。本当に出来の良い人だ。
IMF専務理事が準強姦で捕まったらしい。次期フランス大統領最有力候補だったのに。
アメリカの元大統領はホワイトハウスでマンコに葉巻突っ込んでたし、
親子丼やったり聖水プレイやったりしてた自民党元幹事長もいる。
選挙運動中にウグイス嬢の股間を触って捕まった元府知事もいる。
それまでいくら立派なことを言っていても、セックススキャンダルは一瞬で全てを台無しにするインパクトがある。
政治家に限らず、一時の性欲でそれまで積み上げてきたキャリアを台無しにする例はいくらでもあるんだが、
やはり理性で本能を制御するのは無理ということなんだろうか。
それとも、偉くなったがゆえに「これくらいやっても大丈夫」という驕りが出てしまったんだろうか。
逆に、エロいことするためだけに金持ちになったり権力者になった人もいるんだろう。
エロいことできないなら金も権力も意味が無い、失脚する危険を犯してでもエロいことしたい、という人。
そこまで性欲が強い人だからこそ、政界や財界で勝ち抜くパワーがあるということなのかもしれない。
つまりは、立身出世をあきらめる、と。
次の5種類に分けられる。
2.文系が好きだから文系に行く。(歴史オタ・文学オタ・芸術オタ)
3.理系がキライだから文系に行く。(数学できない、遊びたい、法経(ほうけい))
4.文系がキライだから理系に行く。(対人関係が苦手、ただのオタ)
5.立身出世したい。(有利そうな学部へ行く、エリートビジネスメン予備軍)
※女性についてはこの限りではない。(わたしにはわからないから)
※医療系は除外する。
上記5は、国によって行く学部が異なる。
たとえば、日本では文系の法学部や経済経営が、企業においては出世するのに有利だと考えられている。しかし、中国やフランスでは、むしろ経営指導者層は理系出身者が多い。カルロス・ゴーンも理系だ。(フランスではエンジニアの社会的地位はかなり高い)
ここで注意しなければならないのは、日本で言う「理系の人」と海外の「理系の人」は、果たして同じ人種であると言えるのか、ということだ。完全には一致しないだろう。
言い換えれば、たとえば、日本で言うところの三木谷浩史(商学部卒)は、もしフランス人(イロシ・ミキターニ)として生まれていたら、理系に行っていた可能性が高い、ということだ。
したがって、もし将来的に、理系のほうが文系よりも優れていることが実証され、出世に有利ということになれば、必然的に、三木谷的な人種(上記の5)が理系にも増えていくことになると考えられる。
逆に、現在において、理系の管理職が少ないのは、三木谷的な上記5の人種が、あまり理系に進学していないからだと考えられる。
したがって、理系の社会的地位向上のためには、上記5の人種を積極的に理系に誘致し、社会で活躍してもらう必要がある。
基本的には、理系の面白さよりも、理系に行くとこんなに儲かる(有利だ)、というメッセージを発信しなければならないだろう。
どこに就職したいのかによる。
正直な話で言えば、いきたい企業に推薦枠持っている大学があるなら、ランク落としてそこに行って、学年首位とって推薦で就職するというのも手。
無里にランク上げて、成績下位だと泣けるよ。面接トークに自信があるなら、そっちのほうが良いかも知れないが。
あと気になっていたんだが、大学名は新卒には役立つが、そこどまりだよね。30最過ぎてどうやって出世するつもりか40代でどうやって出世するつもりかちゃんとビジョンを立てた方が良いよ。まさか、大学名が30、40になっても通用すると思っているわけじゃあるまい?
ソニークラスですら、リストラの話を聞くようなこのご時世 JALなんかのニュースも胸に痛かろう?まさか、増田の定年まで終身雇用制度が残ってるなんて思わないよなぁ?
じゃぁ、転職も人生プランに入れて、転職できる職歴でないと困るわなぁ・・・30になって誇れるものが大学名だけって・・・それは、ないわー
自分が立身出世するためのコアスキルを何にするか?をちゃんと決めて、それが身につく大学を選ばないと苦労する。チャラいのが通じるのは20代だけだな。リーダーになっても数回失敗が続いて、転落するタイプにはなるなよ。御用聞きしかできなくて、なんでも下に流すだけの中間搾取職はもう、増田の30代では通用しないだろうな。時代的に。
あとは、金が欲しいのか、権力が欲しいのか、打ち込める仕事が欲しいのか、明確に決めて奥と良いよ。20代後半から60才定年は長いよ。
金がほしいなら証券会社とかを目指せ、権力が欲しいなら商社とかを目指せ、打ち込める仕事が欲しいならメーカーだ。
良い会社つとめて、脱サラしてラーメン屋やるなら、最初からラーメン屋やる方がよい。
大学入ったら、オヤジと人脈作って、いろんな人の人生を飲み屋で聞け。そういう意味では、年齢層が幅広いパブっぽい所の常連になると良いかもな。
自分の将来に合わせた大学を選べ。少なくとも、ソフトウェアの開発の会社に入ってるのに、有名大学の『英文学科』卒ですみたいなのにはなるな。本当にいるから、この業界驚く。そして、スキルもそれなり・・・。まぁ、それでも、食ってはいけるが、くっていけるだけだぞ。
多分こういう話は忌避されるんだろうが
そんなことは考えないようにしよう
知りたい人はググってください
なぜか?
それは歴史を鑑みれば一目瞭然だと思う
徹底されている国であるからではなかろうか
士農工商が成立する以前に
その体制の地盤が既にあったから
受け入れられたわけで
ある日突然
「おまえは士で、おまえは農、商で工だ」
となったわけじゃないと思う
もしそうだとしたら何らかの反対行動が
歴史的にあったはず
(私の勉強不足かもしれないがそんなことは存じ上げない)
中国だって春秋時代、戦国時代ですら家系や地位でもって国を動かすという制度が成り立っていた
漢民族の統治下、唯一の例外の状元を目指して進士になり立身出世を目指すという形式ですらそれ相応の財力がなければ十分な教育を受けれない
そういった環境の中では
その原理を発揮できないと思う
一概に言うのはおこがましいが
選挙にもいかず
政治論議が闊達なのをみると
ちょっと待てと思いそんなことを考えた
そう少なくない人が、自身の行動や能力が、社会や会社の役に立っていると認識していると思う。
その延長で、自身の能力を最大限発揮することは、社会や社会のためになり、また、立身出世し社会や社会に対してより大きな力を発揮できるなら、社会や社会をより良くしたいし、そのような大きな力を得る実力を持ったならそれが出来るはずだ、と考えていると思う。
個人的には、感動して泣いたんだけどさ。
どうも、暗い気持ちになる。
主人公は冴えないように見えるが、よく考えると凄い設定だし、通っている学校も間違いなく偏差値の高いブランド校だ。
出てくる家族の家柄も凄いということだし。
昨日、ポッドキャストを聞いたんだけど、細田監督は、「普通の人を描きたかった(英雄は好きになれない)」みたいなことを言っていたけど、彼らは、全然普通じゃないと思うんだが。彼自身エリートだから、普通の人の気持ちが分からないのかも知れないけど。
Wikipediaによれば、
なお、エリートはもともとラテン語で「神に選ばれた者」のことを指す。神に選ばれるというのはキリストに代表されるように、他人のために死ぬ用意ができているということであり、結局、「自分の利害得失と関係なく他人や物事のために尽くせる人」、を意味する。したがって、ラテン語でのエリートとは「人」について使う言葉であって、地位とか階級に使う言葉ではない。
らしいので、それはそれで描く意義はあると思う。
ただ、現実のエリートって、自分のことや自分の一族のことしか考えていないように見える。
知識人と呼ばれている人達も、自分の立身出世しか考えていないように見える。
はてなで話題になるITベンチャー関係者にしても、社会を良くしよう!というよりも、あるのは損得感情ばかりなり、ではないか?大体、シリコンバレーの自称エリート達の発言は(彼らの言う)下々の人間の感情を考えているとはとても思えない。
エリートがちゃんと国や社会のこと(つまり我々の社会のこと)を考えてくれるなら、我々のような下賎の者は、ヘラヘラ生きていける。でも、現実の彼らは世界を救う気なんてないんだろうし、立身出世と自己保身しか考えていないだろう。全く、戦後民主主義教育の成果は素晴らしいものだ。だから、これからもサイレントテロは進んでいくし、少子化も進んでいくのだろう。第三のビールが売れ、パチンコのおかげで子供が焼き殺される訳だ。死にたくなるほど感受性はなんてものはないが、多少、自分が暗鬱な気分になっても仕方が無いような気がしたんだな。
http://anond.hatelabo.jp/20090108032554
これ見てて思ったんだけど
「女の幸せ」とかっていう人って多いよね。
しかもそれって男よりも圧倒的に女が言うことが多い。
「仕事もいいけどやっぱりいい人と結婚してあったかい家庭が女の幸せでしょー」みたいな
フェミかぶれの俺からしたら
「そりゃあんたの考える幸せでしょ?勝手に"女"に一般化してるのは何なんだ?」
って余計な口挟みたくなるんだけど、
いい大学入ってるような人でもなんか無自覚に「女の幸せ」を信じてるんだよなー。
それに比べて「男の幸せ」みたいなワードはそんなに聞かないし見ない。
仮に定義するとすれば「男の幸せ=立身出世!いい車!いい女!」ってとこなんだろうけど
今時の若い男だとそんなガチガチにマッチョな考え持ってる奴のほうが少ないと思うし、
「やっぱ○○するのが男の幸せだろー」みたいな言う男ってあんまいなくない?
おいおい、都合のいいとこだけ拾ってレスすんなよwww
>村の掟とかのレベルまで制度に含める気か?
そもそも、俺は現代のロリコン論を、明確な婚姻制度がなかった時代の事情と
比較しても意味が無い、という話をしていたと思うが。
それとも、戦国時代はおろか、近代法治国家が成立する以前の時代の概念でも、
不文律の婚姻制度さえあれば、現代のロリコン事情を語れるということか?
そもそも、現代の話してるのに、秀吉の例を出して来るのが屁理屈だって言ってるの。
あと、これを意図的に無視せずに、回答よろしく。 ↓
>俺は明確な制度は無かったと思うよ。あったと言うなら、ソースをくれ。
不存在の証明は悪魔の証明で、存在証明のほうが簡単なんだから、
ごめん、文章の意味がわからない。
意図的な誤読、ご苦労さん。
「恋愛結婚以外では本人の意思はない」なんて一言も言ってないよ。
少なくとも、恋愛結婚なら本人の同意があることは確認出来る、というだけ。
論破できなくなると、人格攻撃を始める好例。
そもそも「彼がどういう情欲を抱いていようがそんなこととは関係なく、別にキモくない」
っていう理屈抜きの全面肯定なら、例にあげる必要無いだろw
キモいのか? と聞いて来たから、俺は3つの条件に当てはまるのでキモくないと答えたまで。
そしたら、批判の矛先が無くなって、時代背景がどうのと言う細かい揚げ足取りに移行した、と。
>>>>例え現代でも、24歳の男が親公認で16歳の女と恋愛結婚したら、キモくないと思うよ。
>>>親公認であるかどうかと欲望が一方的であるかどうかには関係ないよね。
>>これも、俺があげた3つの条件の判断基準。
>>一方的な欲望を抱いているロリコン野郎と自分の娘との婚姻を
>>認める親なんて、非常にレアケースでしょ。
>>そういう事例、ここ30年くらいとかであったらあげてみて。
根拠にもなんにもなってねえw 少なくともかつては立身出世のために幼い娘を使う親は結構いただろうな。
なんでまた戦国時代に話が戻ってるんだよwww
お前は、現代のロリコンについて語るために、戦国時代の例を引用して来たんだろ?
これ、ちゃんと答えてね。 ↓
>>一方的な欲望を抱いているロリコン野郎と自分の娘との婚姻を
>>認める親なんて、非常にレアケースでしょ。
>>そういう事例、ここ30年くらいとかであったらあげてみて。
だって一行ごとに変なこと言ってんだもんよw
村の掟とかのレベルまで制度に含める気か?
そりゃ含めるだろ。でないと近代法治国家が成立するまで婚姻制度がなかったってことになっちゃうぞ?
西洋では擁護されるべき「子供」という概念が発明されたのは、産業革命の後。
性的自己決定能力があるかどうかは、かつて社会が14歳をどうみなしていたかとは独立だろw
ニュートンが発見する前から万有引力の法則は成り立っていたんだぜ?
相手の意思がそこにあるか無いかの判断基準。それだけ。
恋愛結婚以外では本人の意思はない、というのは十分にイデオロギッシュだと思うぞw
頭悪い子? 彼がどういう情欲を抱いていようがそんなこととは関係なく、別にキモくない、と言ってるんだが。
根拠にもなんにもなってねえw 少なくともかつては立身出世のために幼い娘を使う親は結構いただろうな。
もく‐てき【目的】
1 実現しようとしてめざす事柄。行動のねらい。めあて。「当初の―を達成する」「―にかなう」「旅行の―」
2 倫理学で、理性ないし意志が、行為に先だって行為を規定し、方向づけるもの。
[用法] 目的・目標――「目的(目標)に向かって着実に進む」のように、めざすものの意では相通じて用いられる。◇「目的」は、「目標」に比べ抽象的で長期にわたる目あてであり、内容に重点を置いて使う。「人生の目的を立身出世に置く」◇「目標」は、目ざす地点・数値・数量などに重点があり、「目標は前方三〇〇〇メートルの丘の上」「今週の売り上げ目標」のようにより具体的である。
もく‐ひょう〔‐ヘウ〕【目標】
1 そこに行き着くように、またそこから外れないように目印とするもの。「島を―にして東へ進む」
2 射撃・攻撃などの対象。まと。「砲撃の―になる」
3 行動を進めるにあたって、実現・達成をめざす水準。「―を達成する」「月産五千台を―とする」「―額」
目的は1年後の決算で黒字にする、目標は1ヶ月の売り上げを2500万円を目指す。
目的は持続可能な社会を目指す、目標は生産→消費→破棄→資源(循環を目指す)
・・・これではわかりにくい。一つの目的に複数の目標があるって考えたらわかりやすいかな。
目的は○○大学に受かりたい。目標は偏差値60以上、金銭面で大丈夫か確認。
目的は偉人たちの考え方、発想法、創造力を取り込みたい。目標はヴィトゲンシュタイン、アインシュタイン、カントの原著を読む。
目的は言葉の使い方を知り、区別することで考え方を整理する。目標は、目的と目標の区別をする。
んー、戦略と戦術みたいな違いだろうか。理念と方針の違いとか。抽象的とか具体的とかを考えるとき、集合を使って考えた方がわかりやすいような。KJ法みたいに、ラベルが目的で、各要素が目標・・みたいな。
「橋下もそう。全く論理的な事を話さない。」
橋本に限らないけど、日本には「政治とは結果責任だ」という人が少なからずいる。
村上春樹が小説の登場人物:政治秘書に理想溢れる政治家がどんどん堕落していくのとか
唾棄すべき最低な性根が見事な結果をだしたことなんて、いくらでもある、みたいな感じのことを
「ねじまき鳥クロニクル」で言わせていた。
その「結果責任」の立場を取る人からみれば、タイゾー騒動なんて全く持って論理的ではない。
タイゾーが何をしたか、あるいはしなかったかを議論するのなら解るのだけど、彼の非政治的な言動を
マスメディアが報じるのってなんなんだ?とか。
もちろん「政治家は信条責任だ」と思っている人達にとっては、結果がどうあろうが評価には関係ないんだよな。
ちなみに竹村健一も昔そういう「信条責任」を批判して辛口評論家と言われていたんだが、それはまぁいい。
橋本の立場に立たない、知りたくもない者には論理が解らんだろうな。俺だって全て理解している訳じゃないが、
母子家庭でいじめられっ子だった少年の立身出世の過程で培った信念とか思想を、聞きかじった程度では
論理的だと思っている。
「没落エリートの出現」
http://d.hatena.ne.jp/iammg/20080730/1217359666
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51088798.html
「弾氏への応答」
http://d.hatena.ne.jp/iammg/20080730/1217439217
はてさて。
一言書きたくなったが、
はてな村に入村して日が浅い私は個人ブログでこの件に関する記事を書く勇気がない。
だから匿名でやるお!
でもこれってすごく特殊な環境にいる人たちだよねーというのが最初に抱いた感想。
まかりなりにも一流といわれる大学に席を置く私が思うに大学なんてお遊びの場だし、社会に出て立身出世するには「一流大卒」の肩書きが未だ必要なのだからじゃあ通って卒業しようかー程度のものである。
就職活動も世間や給料と相談しつつ、一応、一流と呼ばれる企業から内定をもらった。
なんら恥じることはない人生である。
恥じることがあろうとすれば私がアホウであるということくらいだろうか。
が、周囲も私以上にアホウであるので別に気にしない。
ましてや腕一本で人生渡っていこうなどというマッチョなどでもない。
そんな私から見るに、
今のシステムは別にさしたる問題もなければ不満もない。
京大でもおそらく似たようなものなのだろう。
身の丈をしっかり見るとか、足ることを知れば就職など近年は余裕である。
大学教育がお遊びでしかないのだー!云々との言はもっともであるが、
ましてやコミュ力なんかが問題なわけでもない。
変なこだわりや存在しない自分探しに没頭する姿勢こそ問題なのであって、
その泥沼を生んだものこそ能力だとか何だとか言う何かよくわからない西洋的なものなんじゃないだろうか。
年功序列…あぁ、甘美な響き。
個人的には30前くらいで嫁さんをもらい、子ども3人を立派に育てつつ定年まで勤め上げ、嫁さんと茶でも飲みながらまったりした老後を暮らしたいものだ。
そして小飼氏。
西洋的な何かにおける雄みたいなところがあるよね!
たぶんすごくすごく、自分なんかが一生かかってもとどかないくらい能力がおありなんだと思う。
でも、あなたはたぶん究極的なまでに特殊な人種ですよ。今の社会の中では。
平均化された集団の中ではやはり学歴が高い者ほど能力が高いし、(3割くらい例外がいるかも)
私がこれまで見聞きしてきた経験でもそれは実感している。
きっと小飼さんから見れば私達のような没個性的で唯々諾々と社会のベルトコンベアーに乗ってる人間はブタにも等しい存在なんだろう。
自分の先輩も後輩も似たような考え方であるし、同級生らも似たり寄ったりとなれば、多数派であると言って大丈夫だと思う。
なんだかバカバカと連呼されていることに釈然としないものを感じるが、
バカだってバカなりに生きてるんだよ!
それでもがんばって生きているのです。
それをあまりバカよばわりしてもらいたくない。
せめてアホウと言ってくれ!
それに暗に死ねと言われても
この根性、もう直りませぬ。
みなさまご期待ください。と言いたい所だが、
私達だってこれまでずっと殻の中から社会を見てきた。
志すところだってある。
変えていきたいものもある。
その辺を少し生暖かい目で見守ってもらえませんかねぇ!
書いてみてすごく支離滅裂になってしまった。
己の魂の未完成を恥じる。
追記
まぁあれだ。
ロスジェネの一員として、「戦争を望む」などと思ったことは一度もないし、あれは、論壇向けのアピールに過ぎないと思っていた。あんなのを喜ぶのは左翼的知識人界隈だけで、どうせ著者だけが注目されて終わるだろうと思っていた。
いや、全く。
つーかさ。なんかさ、なんかさあ。おかしいよ、みたいな部分がある。
何も、上だけの話じゃなくて。
例えば、
決断主義トークラジオAlive2 ビューティフル・ドリーマー
http://talkradioalive.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/alive2_ed70.html
を聞け聞けいわれて聞いてみたが、売り出し中の評論家(宇野常寛)をどう戦略を立てて売っていくかみたいな話になってる。お前らが頭が良いのは分かった。でも、お前の人生設計なんてどうでも良いよ、正直。どんどん影響力の低下している論壇という狭い世界の中で、さも重要そうにみみっちい話をしている。
でも、なんつーか、スケールが小さいな、お前ら。みたいな。世の中を良くしようとかじゃなくて、自分の立身出世の方便な訳だね。みたいな。もういいよ。権威は消える運命にあるみたいだな。別に良いけどさ。
エリートは立身出世しか考えていないし、左翼は日本政府を責めることしか考えていないし、ネット右翼は言動は勇ましいけど、頭が悪いから快楽に流されて暴れるだけだし。もう、ワハハハな感じ。
日本の中の異国。
もし大阪が今の自分の立ち位置を無視して精錬潔白な都市になったとする。
するとどうだろう、いままで大阪に集中していたものが各地に分散してしまうことだろう。
だから、大阪はいまのままでいい。
大阪に憧れて大阪を目指す人は大阪の中で切磋琢磨し立派な大阪人になる。
大阪だったら簡単にひねり潰されるような小物も地方都市でなら幅を利かすことができる。
大阪では小物のチンピラかもしれないが、地方に行けば大悪党である。
地元じゃ負け知らずの大悪党は立身出世を夢見て大都会大阪に出る。
でた瞬間おばはんの「なんじゃわれ!なにしてけつかんねん!!」で一喝され世界の広さを知る。
たまに大阪もんでもツッコミきれない事態が発生するが、もしそれが大阪以外の都市なら未曾有の大災害になっている。夕飯くってる最中に拉致されたとしても大阪以外なら泣き寝入り。いや、そもそもその後が怖くて逃げられないだろう。被害はどこまでも広がるし、被害者の数も増える。