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はてなキーワード: 事態とは

2017-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20170325090842

理解できないなら黙ってろよ

とにかくアベがいるってことが最悪の事態から辞めさせなければならないことくらい自明だろうが

家庭板や小町系のネタ汚染されるネット

突然アムウェイを始めた幼稚園の距離梨ママ→幼稚園から「マルチ商法にご注意を」という書面が保護者に配られる事態に - Togetterまとめ

こういう距離梨だのキモい用語ネットで広まってるのは悲劇だと思うし、こういうネタ大好きなやつらなんだって一瞬でわかって不快になるよね。

あと小町釣りやってました(笑)みたいなカミングアウトしてる人間たちのおかげで、もうこういう用語使うやつらの信頼度も一切ないし、突然ネットスラングつかって話し出す人間と同じキモさがあるよね。

2017-03-22

難しいことを易しく説明してくれると頭がいいと感じる馬鹿

複雑な問題簡単解説しようとすると、絶対重要な要素を落としてしまって、わかりやすいけど、まちがっているという事態になりかねないような気がします。

http://www.newsweekjapan.jp/hosaka/2017/03/post-10.php

何がいいたいのかというと、馬鹿には難しいことはわかんねーんだよ

世の中面倒になって困っている

昔は「政府自民党が進めている事だから怪しい」「とにかく抵抗している人は素晴らしいし」みたいな素朴な価値判断しても、そんなに問題は無かった。

実際に近隣の国がミサイルで狙っているみたいな事態になって、複雑な個々の事案について、情報を入れて自分判断しないと白黒が付けられなくなってきたんだが、正直それは面倒だし能力的にもきつい。もう「自民党が決めるんだからろくでもないことだろう」みたいな素朴な判断では追いつかなくなってきている。

2017-03-21

はてな初心者への備忘録

1.はてなは頭の悪いサイトです

はてなを頭の良いサイトだと思って使うと痛い目を見ます2chニコニコよりも馬鹿だと考えておいた方が安全です。



2.はてな意見は偏っています

はてな住民は先導されやすい、自分たちの考えに固執する、新しい考えを受け入れない、負けを認めたら死ぬと思っている、等のどうしようもない性質を持っていますはてな多数派意見世間ではかなりの少数派であることはよくあります。そしてそれらが大間いであることにはてな住民けが気づいてないない素敵な事態が発生してることもあります。気をつけましょう。



3.はてな成功するのはまず無理です

一部のアフィリエイター互助会で上手くいったりしてますがあれはほんの一握りです。そんな事を夢見るぐらいなら競馬場10万円大穴に突っ込んで当たらなかったら諦めて普段仕事勉強に戻った方がよっぽど人生をまともに使えています



4.はてはにいても頭は良くなりません

役に立ちそうな情報や優秀なエンジニア活躍等が次々に流れてくるのではてなにいると成長できそうな錯覚を覚えるかも知れませんが、それはありえません。成長したいならあとで読むを増やすのに使う時間勉強しましょう。成功したエンジニアはてなをやっているから成長したのではなく、仕事勉強をしたから成長したのです。勉強をするのにはてなはあまり役に立ちません。



以上の4つは絶対に覚えておいてください。そして絶対に忘れないでください。

2017-03-19

こどもひとりでどこまでいけるのか

妙なタイトルを打ってますが、先日のソシャゲキャラソンCDのお渡し会に未就学のおこさんが当選して、一人で会場入りしていたという話を聞いて。

自分の周りは「イベント主催にお伺いを立てて、当人が行きたいって言ってて無事に終わったんだからそれでいいじゃない」派が多いんですが、自分は「ごめん、それないわー」派。

自分が外れたから僻み乙、って言われるかな、いや正直それもあります。知人友人にシリアルもらって応募して外れてるし。自分けが買った分なら仕方ないとも思うけど、人に寄せてもらった善意も入ってたから本当悔しかった。加えて地元だったのも大きかった。日ごろこの手のイベントってどうしても東京になるじゃないですか。そりゃ行きたいに決まってます

という自分の僻み部分も入って「ないわー」なのかもしれませんが、それを抜いてもこれはないと思います

未就学のこどもさんって、「何か不測の事態があったとき自分対処できる」んでしょうか?

(会場内で怪しい人が暴れるとかもそうだけど、おこさん自身問題いかというとそうでもないし。身近な問題だとお手洗いとか。ちいさいこはどうしたって近いしがまんもできないときもあるし)

会場のすぐ外でお母さんが控えていらっしゃったか大丈夫。本当に?

そもそもCDをお子さん自身が買ってるの?お母さんが買ったんじゃないの?

そもそもゲーム好きな人向けの企画なのにおこさんはプレイしてるの?

スタッフさんにお願いしたとのことだけど、それでスタッフさんのリソース割り当てられてますけど?

考えると色々と疑問が出てくるのです。

自分がこども(もう結構大きいんですが)を持つ親だからかもしれないですが、自分だったら本人に機会すら(エントリーすら)与えません。教えないし行かせない。もし何かで知って行きたいと言われたら大きくなってからと言い聞かせます。そもそもスマホゲーはそのこの年だったらさせません。

じゃあいからだ、という話になると、「自分自身で参加の意思があり、自身出資資格(今回だとCD購入)を得た上で、自身エントリーから当選確認が出来て、自宅から行って帰ってこれる」年になるまでは参加しない方がいいのではと思います。私見ですが。(目安は義務教育の終わりくらいかとは思うんですけど)

2017-03-18

好みじゃないコーヒーカップを頂いた

例えばコーヒーカップが欲しいと思っているとする。

その場合、色・形・素材等自分の好みにぴったりな物が欲しいのであって、コーヒーカップなら何でもいいという訳ではない。

先日、コーヒーカップを欲しがっていると聞いたから、と全く自分の好みでは無い物を頂いた。祝い事に対しての完全な善意からの贈り物なので遠慮することができなかった。

今度あの店に行ったら、あのコーヒーカップを買おう、と吟味を重ねて決めていたのに、意図せず新しいコーヒーカップが増えてしまった。

別の物を貰ったからといって、自分で決めていたコーヒーカップ買ってはいけない訳ではない。欲しければ買えばいい。

ただそうすると結局自分で買った好みにぴったりな方しか使わなくなるのは明白で、食器棚で使わない頂き物を見ては罪悪感を感じる事になる。

贈り物は頂いた時の感謝気持ちで役目は果たしていると日頃から思っているけれど、とても良くしてくださる方からの贈り物なのに心から喜べない自分自己嫌悪もしてしまう。

これが欲しいなとぼんやり思っているけれどまだ具体的な希望が固まっていない物だったら心から喜べたかもしれない。

物に対してのディティールにこだわりが強い性格が悪い方に作用してしまっての感情だと思う。

今回私が一番引っかかったのは、コーヒーカップを欲しがっている情報は夫へのリサーチで入手したということだった。

夫にはあの店に置いているあのコーヒーカップが欲しいとまで話していた。

夫は私が不本意に所有物が増えるのは好きでない(増えた場合すぐに処分する)事を知っているはずなのに、そうした事態を招くような伝え方をした点についてがっかりした。

どうせなら欲しいコーヒーカップの詳細まで伝えてほしかった。もしくはコーヒーカップ自分で買おうとしていたのだから、全く違う情報を伝えてほしかった。

私は好みのコーヒーカップ自分で買って使うといった一連の動作を楽しみにしていた。あのお店に行ったらついでにお茶請けも買おう、あのカップにはカトラリーはあれが合うかなあ、といったワクワク感を台無しにされたような気持ちになってしまっている。

贈り主の方を自宅にお招きする機会もあるのでこっそり処分する事もできない。それに前述したようにとても良くしてくれている方の完全な善意からの贈り物なので処分は胸が痛む。

以上の内容はすごく自分勝手かつ被害妄想であることは分かっている。

分かっているけれど、好みではないコーヒーカップを見る度に、贈り主の方への罪悪感と夫へのもやもやした気持ちが生まれしまう。

もう少し時間が経って振り返った時に、つまんない事を増田に書いたなって思えるようになりたい。

2017-03-17

モリトモ学園

モリトモ学園の記事が出ているのは十月二十日号だった。僕はその部分のコピーをとって、近くの喫茶店に入り、コーヒーを飲みながら腰を据えてそれを読んでみた。わかりにくい記事だった。きちんと理解するまでに、何度も読みなおさなくてはならなかった。記者はわかりやすく書こうと精一杯努力していたが、その努力事態の複雑さの前には歯が立たなかったようだ。おそろしくいりくんでいるのだ。でもまあじっくりと読めばおおよその輪郭はわかってきた。記事タイトルは「大阪土地疑惑。黒い手がうごめく都市再開発」とあった。空から写した完成間近のモリトモ学園の写真も載っていた。

2017-03-15

機械室で事務仕事してたら心と体がぶっ壊れた話

 三月機械室は寒いビル全体に快適な空調を提供するための機械が詰め込まれ、常に忙しく稼働しているが、地下三階のこの部屋自体は空調の対象外だ。本来人間のいる部屋ではないから当然である

 束の間静かになったかと思うと、あちらの機器が動き、こちらの機器が唸る。遥か上層まで温風を送るための、巨大な機械の稼働音。出入口の重たい鉄の扉には、騒音漏れ出しを防ぐためだろう、「開放厳禁」のプレートが貼られている。

 その扉の横には、在室者表示パネルがあるのだが、あまり意味はないのかも知れない。人がいると表示されているにも関わらず、全ての照明をオフにして出てゆく人が時々いる。後に残るのは機械が動く音と、非常誘導灯の光だけ。

 私はその、地下三階の機械室で働いていた。申し訳程度に置かれたストーブは、部屋の寒さと広さに対してあまりに貧弱で、温かいと感じたことはなかった。仕事中もコートは脱がず、ヒートテックの腰と肩と下腹部に、貼るタイプカイロを仕込む。電気ポットも電子レンジももちろんないので、温かい飲み物を一日に二本は買いに行く。それだけやっても、夕方には体が氷のように冷たくなる。大きな音をずっと聞いているためか、外に出ると全ての音が遠く小さく聞こえた。

 ここまでの文章を読めば、そういう場で働く職業の人か、と思われるだろう。だが、実際はタイトルの通りであるExcelや専用ソフトを用いた書類作成が主な仕事であり、その他コピー取りや備品の注文といった雑務も行う、私はただの「派遣事務女性」だ。機械室の奥の、気休めのようにパーテーションで区切られた広場という就業場所以外は。

 そこに常駐しているのは私一人だった。他の人は打ち合わせで外に出たり、営業所に出向いたり、同じ建物内の別の事務所仕事をしていた。

 ただの事務のくせに、スマートフォンは常に手元に置いていた。心証が悪いのは分かっていた。それでも手放せなかった。一人きりで機械室に置かれた心細さも多分にあったが、在室表示を見落とした誰かに照明を落とされてしまったら、光源は非常灯とパソコンモニターだけになる。そうなると私はスマートフォンLEDライトを点けて、機器の間の通路を通り抜け、自分で照明スイッチの所まで行かなくてはならない。そういう事態が、一日に三度は発生する。昔、自分懐中電灯を持って歩くお化け屋敷に入ったことがあるが、今は何故あんものお金を出していたのかと不思議に思う。機械室に、脅かしに来るお化けはいない。誰も居ない。こちらの方がずっと怖い。

 そんな環境で三日ほど働いた。たったの三日。その三日間で、私の心は駄目になった。四日目の朝、起き上がれなくなった。


 目は覚めているのに体が動かない。スマートフォンの目覚ましアラームが鳴っている、うるさい、止めなければ。頭では分かっているのに、全身が鉛のように重く、手を伸ばすのも一苦労だった。起き上がることはもちろん出来なかった。

 毛布にくるまったまま、体調が悪いので休みます、と派遣元派遣先にそれぞれ電話を入れた。そのまましばらくぼんやりしていた。食事を摂るべきだと思い至って、ベッドの上を這い、落ちるようにして床に降りた。その姿勢のまま、壁を見つめて泣いた。

 休むつもりなんかなかった。少なくとも昨日の終業の時点では。テキスト形式のToDoリストに、明日作業に使うはずのファイルパスを貼り付け、紙の資料は机の上に出しておいた。温かい飲み物を毎回買うのはお金がかかり過ぎると思い、買い物リスト魔法瓶と書き込んだ。小腹が空いた時のための飴のストックも、どの職場にも持ってゆく自作マニュアルも、引き出しの中に入っていた。明日もここで仕事をするのだと信じて疑わなかった。

 最後の一藁が積まれたのは、おそらく退勤後、帰りの電車に乗った時だ。運よく空いた座席に座ることが出来た私は、鞄から文庫本を取り出したものの、読む気になれず膝の上に置いてしまった。凍え切っていた体が、車内の暖房に温められて緩むのを感じた。それを自覚した時、ああ、今の私はホームレスの人みたいだ、と思った。

 ローカル現象かも知れないので補足しておくと、私が利用している普通電車には、時々ホームレスが乗ってくる。全財産であろう荷物を抱え、申し訳なさそうに体を縮めている。彼らが乗ってくるのは、決まって冷え込みの厳しい早朝や深夜だ。深夜営業マクドナルドも、地下街もない田舎から、初乗り料金の切符を買って電車の中で暖を取るのである

 彼らのほとんどは、きっと悪いことをしたわけではないのだろう。好き好んでそうしているわけでもないのだろう。私も同じだ。それなりに一生懸命やってきたつもりだった。そうして勝ち取ったものが、この労働環境と、冷え切った体だった。

 心の背骨が、音を立てて折れた。


 たった三日で、と書いたが、実際はそうではない。実は夏から、私は似たような環境で働いていた。

 そこはとあるビルの、やはり本来機械室で、冷房機器がなかった。もちろん窓もなく、日差しに焼き殺されることこそなかったが、這い上がってくる湿気に蒸し焼きにされるような、座っているだけで体力を削り取られるような環境だった。

 体調を崩して病院に行くと、熱中症と診断された。冷房を付けないと体に毒ですよと医師に言われ、冷房機器自体職場にないと伝えると絶句された。月の医療費は一万円近くに上り、休んだ分の給与はもちろん出ず、家計は逼迫した。冷房なしでも平気な鋼の肉体ではない私が悪いのか、と理不尽に感じた。

 それでも働き続けたのは、頑張れば良くなると信じていたからだ。冷房は今手配してるから、という雇用主の言葉を信じていた。臨時事務所と言えどここまでひどいことはそうそうない、とも聞かされていた。認められれば営業所への配属も叶うと思っていた。結局、夏も終わる頃になって馬力不足のエアコンが付いた。そんなものが要らない秋が来て、防寒着とカイロヒートテックで武装するしかない冬が来た。

 なんとかそこでの仕事を二月いっぱいまで勤め上げ、三月からの配属先も機械室の臨時事務所だと聞かされた。今度はきちんとした事務所でしょうね、と私は確認した。ちゃんとした事務所体裁になっている、という言葉を信じて、契約更新書類に判を押した。

 ちゃんとした事務所

 机とパソコンが置かれ、電話通信環境さえあれば、それは「ちゃんとした事務所」ということになるのだろうか。パーテーション暴力的に乗り越えてくる冷気と騒音は、ないものと見做すのが一般的なのだろうか。私には分からない。

 ただ、体を壊し、薄給にも耐えて、それでも次は良くなると信じて頑張った結果がこれか、と絶望を噛み締めるには十分だった。新しい事務所環境も、三日間という時間も。


 仕事に行こうとして起き上がれなかったあの日から一週間、ずっと泣いて過ごしている。正確に言うと、何をしても涙が出て止まらないのだ。あの機械室で過ごした時間よりも、自室の壁を見つめて泣いている時間の方が長いというのはどういうことか、自分でもおかしいと思う。

 年甲斐もなく泣きじゃくりながら関係者電話をして(泣き止んでいる時間ほとんどないのだからやむを得まい)、とりあえず休職することが決まった。仕事休みになったらやりたいと思っていたことは沢山あったはずなのに、旅行はおろか、買ったままになっていた本を開く気力もまだ湧かない。せめて気持ちを整理しようと、布団に潜り込んだままタブレットを使ってこの文章を書いている。


 まだ耐えられる、という考え方は危ない。自分限界と、改善の時期を正確に見極められるのならその限りではないが、少なくとも私には無理だった。まだ働けると思っていた。自分限界は、思っていたよりも小さかった。

 雇用主の人は、どうか労働環境に気を使って欲しい。口では耐えられると言いながら、無自覚ダメージボロボロになっている、私のような人もいるかも知れない。同じ環境に置かれても、年に八百万円貰っている管理職と、四百万円貰っている社員と、二百万円貰っている派遣社員と、仕事が大好きで報酬なんか気にならないという人では、耐えられる限界がそれぞれ違う。

 もし望まずに似たような環境に置かれている人がいたら、出来れば逃げて欲しい。次の仕事も見付けられていない私が、逃げても大丈夫だよ、とは到底言えないから、「出来れば」としか言えないのだけれど。朝から晩まで涙が止まらず、食べ物を買いに出れば道行く人や店員にぎょっとされ、転職活動をしようにも履歴書に貼る写真が撮れない、自分の好きなことも楽しめない、友人から電話を受けてもロクに話せない──こんな状態になるくらいなら、もっと早く逃げておくべきだったのだと思う。


 涙が止まったら、仕事を探しに行くつもりだ。最低限の空調機器の備わった居室で働かせてくれる転職先が、見つかるといいのだが。


【同月16日23時 追記】

 勢いのまま書いて投稿したものに、多少の加筆修正を行った。面白くもない話題の長文なのに、予想よりもブクマ数が多くて驚いている。目を通してくださった方、ありがとう。その程度で休むのか、とのお叱りも覚悟してコメント欄を開いたはずが、今は世界の優しさを痛感している。

 子供の頃の夢は作家だったので、文章力を褒められたり、覆面作家じゃないかと疑われるのは面映ゆい。私が本当に作家だったら、有名なジョークよろしく「良かった、可哀想派遣社員はいないんだ……!」となって、それはそれで良かった気もする。

 現実の私は、ボイラー技士の資格は持っていないが、その類の業界の専用ソフトの扱いに慣れている。派遣会社業界経験者優先で仕事を紹介するし、少人数の臨時事務所特に教育不要経験者を欲しがるわけで、私が同じ業界の似たような職場に続けて派遣されたのはさほど不思議なことではない。


 この労働環境が法に触れるものであることは、私も承知している。ただ、同じ事務所に出入りする他の社員たちは、不満は言っても我慢は出来るという様子だった。性別給与も、滞在時間も違うのだから仕方がない。

 私が一人で告発したとして、正社員ならふてぶてしく居座ることも出来るだろうが、派遣社員場合はそれが原因で(表向きは「経営上のやむを得ない事情」で)即座に切られる可能性がある。自分就業中にはとても出来なかった。逆に今の私は失うもののない身なので、後任が同じ目に遭う前に一言言っておきたいとは思っている。

 本文中にも書いた通り、もしこれを読んでいる中に環境を作る側の人がいらしたら、少しの配慮をお願いしたい。この記事へのブクマコメントだけでも、「私より辛かったんじゃ……?」と思うような書き込み複数あった。それらは全て、改善されるべきものだ。改善出来ない立場の人は、どうか自分の身と心を守って欲しいと願う。


 幸いだったのは、今回の派遣先短期契約で、私も近々次の仕事を探す心積もりであったこと。転職情報を集めたり、職務経歴書を作り始めた矢先だった。自分の心が折れたのは計算外だったものの、少し休んで五月くらいに次の仕事を見付けられれば大体予定通りだな、と結構気楽に構えている。

 収入が絶えることだけが不安だったので、傷病手当金を貰える可能性があると教えて頂けたのは助かった。貰えないとしても、自分メンタルケアのためにも明日病院に行くつもりだ。


 名も顔も知らぬ私の文章を読んで、心配してくれる人がいる。それだけで心が軽くなった。本当にありがとう

 ストレス要因はなくなったので、たっぷり寝て美味しいもの食べて、あとはジョギングしてプール行って本読んで映画観てカラオケに八時間くらい篭もれば回復すると思う。今はまだ泣いてるけど。私の今後のことは、どうかご心配なく。

2017-03-14

結局バカを釣るのが一番伸びる

バカ「すげー!おもしれー!」

普通の人「これ本当に面白いの?」

頭のいい人「これが面白くない理由を簡潔に述べる」

みたいな感じで全部釣れる。



普通の話はバカが釣れない。

頭のいい話は普通の人もバカも釣れない。

から結局世の中に蔓延するのはバカを釣った話だけになる。

これはPVが金になり信用と置き換えられている以上避けられない事態だ。

解決策はそれぞれをレイヤー分けすることだけど、インターネットという玉石混交世界でそれをやっても無意味

インターネット希望を見いだせないほどに金まみれになってしまったということだ。



ちなみにこの話はかなり高度な内容のことをあえてわかりやす言葉で書いているのだが、それでもバカには理解ができない。

ゆえにこの内容が伸びることはない。

まりこの理論自らが正しさを証明することになるのだ。

こんな美しい理論理解できないだなんて、バカとはなんて悲しい生き物なのだろう。

2017-03-13

[] #18-4「俺の時給は980円」

「じゃあ、相対的に増減するのはこの際いいですよ。でも納得していないことはまだあるんです。店長、これどういう見方給料を決めているんですか」

「そうねえ、例えばあの子。決められた業務事態はキミと同じレベルパフォーマンス。でも、あの子の方が人当たりが良いの。さて、給料あなたと同じにすべき?」

「そりゃあ、業務関係のない要素で給料が上がるのはオカシイでしょう」

「本当にそうかしら? あの子の人当たりのよさは、間接的に社員全体のパフォーマンス向上に貢献しているといえるわ。生産力も上がっているといっていい」

「いや……そんなところまで個別評価していられないでしょう」

「働きに値する報酬を徹底するならば、そういう部分も含めて評価し、給料に反映すべきだと私は考えているわ。分かりやすい部分だけ評価して給料に反映させるなら、それこそ不当ではないかしら。そして評価とは比較の側面も持つ以上、私はこの配分について不当とは思わない」

このあたりで、俺は自分給料が上がる可能性をほぼ諦めていた。

店長理論武装は、一介の学生が崩すにはあまりにもかたい。

「キミ自身、改めて客観視してみなさいな。自分自身が、社内全体、なんなら社会全体を見渡して、どの程度の給料を貰えるに値する労働力なのか、成果を出せる人間なのか、本当にちゃんと考えたことはある? キミは自分労働力が、自分給料が、自分への評価が、“相応ではない”と本当に思えるのかしら」




タケモトさんの、あの時のリアクションを思い出す。

働きに応じてという文言に騙された。

いや、俺が良いように解釈しすぎた、というのがこのオーナーの主張なのだ

頑張れば頑張るほど給料が増えるという考えは間違っていなかったが、間違いでもあった。

俺が頑張っても、他の人がより頑張っているならば、俺のは頑張っているとはいえないのだ。

2倍頑張れば2倍の給料を貰える世界、それはとても良いことだ。

けど、それで得をするのは“その世界で2倍頑張れる人間”で、そうじゃない人間は割を食わされるのだ。

(#18-5へ続く)

2017-03-12

近年起きている問題

 ヘイト現在、話が大きくなったこととインターネットから離れた場所でも行われるようになったことによって、多くの方がその存在認識するようになっています

 中には「ヘイト問題」というもの自体を詳しく知らないという方もいます。それは別に構いません。

 問題なのは、「ヘイトと正常なもの区別派は晒し言論弾圧を行う過激な人しかいない」と言う人たちが現れたことです。それも、事態の流れをよく理解しないままに。

 ここで言いたいのは以下のことです。

 現在ネットリアルわずにこの問題を取り上げ精力的に活動されている方々は、「ヘイト行動をするな、共謀するな」とは一言もおっしゃっていません。それは、彼らの意見提案最初から読めばわかることだと思います

ましてや彼らをを断罪したいとか、追いやりたいとか、そんなことは決してありません。「人の意見曲解して批判する」ことがいか相手に対して礼を欠いていて、真剣問題を考えている人を傷つけるかということを考えてください。

 これは別に、「問題提起反対派」の人に限ったことではないです。すべての意見価値があるもので、人ひとりの考えとして尊重されるべきものです。しかし、それは問題をしっかり把握している意見である場合に限ります

問題を把握し、実際に考え、動いている人の意見と、ろくに調べもせず、相手意見にすら目を通さず、「この人はこうだからこんな意見を持つのだろう」という決めつけで反対する人、どちらの意見が重みをもっていると思いますか? 誤解しないでいただきたいのですが、私は「どちらの意見が『正しいか』」と尋ねているのではありません。

 意見というものはまず「正当性の有無」ではなく、「価値の有無」で判断されます問題認識していない人の意見にどれほどの価値があるのでしょう。富や自由に目がくらんで義を捨てる人並みに無価値ではないですか(もちろん、実際の人間はそんなことはしませんが)?

 少々荒っぽくなってしまいましたが、要するに、「意見をする前に、相手の主張を正確に読み取ってくれ」ということです。先にも書いた通り、この問題が注目されるようになって以来、問題を把握していない人の意見が出てくるようになりました。タイミング的な問題で、問題提起側の方が過激と捉える人も多いようですね。

 それについては私からは何とも申し上げられません。思想や考えを軽視することはできません。ですが、「よくわからないけど」問題提起側が悪いという方たちは、笑い飛ばしてくれと言っているのと同義だと認識していらっしゃるのでしょうか?

 問題を把握していないなら、迂闊に口を出すべきではありません。これは別に限られた場所でのマナールールの話ではありません。正式場所で「よくわからないけど、その意見は間違っている」とか言ったらつまみ出されますよ。

 「よくわからない」のは悪いことではないと私は思います。丁寧に「これがわからないのですが、どういうことでしょう?」と聞かれれば、問題重要性を知ってほしい人は「これはこういうことなんですよ」と丁寧に教えてくれます。それによって正しく問題理解し、考えてくれることを期待するからです。

 ですが、「よくわからない」を盾に発言者意見を叩くことは間違っています批判されれば当然反論しますが、「よくわからないけど、それって発言者おかしいんじゃないの?」というふわふわした意見では「あなた問題理解していないですね、ちゃんと把握してから出直してきなさい」といわれるのが関の山です。

 話し合いをするには、双方が問題を正しく(齟齬なく)理解して、それに対する明確な意見を持ち、その意見反論されることを予期し、その反論に対する反駁を用意しておく必要があります。その第一段階から用意されていないのであれば、話し合いは到底成立しません。

 この意見文を読まれた方は、どうか最近ヘイト問題を追ってみてください。現状に至るまでの過程理解して初めて、Aはおかしい、Bは間違っていると論じることができるのです。


 話が変わりますが、ヘイト行動を好む方は、文明社会という場所をよく考えて行動してください。振舞うのは当然自由です。書きたいネタがあれば書くし、面白そうな話があれば読むでしょう。しかし、それを快いと思わない人もいるのです。「そういう属性」というものを、色眼鏡で見る人もいます

 皆さんの言論自由保障されているものです(倫理的問題があれば別ですが)。また、皆さんがいるネットという場所は、少し検索すれば引っかかるような、開かれた場(悪く言えば、何の壁もない常に公共に晒された場)なのです。

 それを理解してください。最近社会右翼問題に限らず、何かあった時に困るのはそういう場所活動していたあなた方です。ネットという場所脆弱性危険性、いかに周りに筒抜けなのか、そういったことを認識しないままに活動していたあなた方です。これはすべての方に言えることです。

 そんな事態にはなってほしくないのです。私は住み分けをしてほしいと思っているだけの一人であり、誰の敵でもありません。私が理想としているのは、ネットが「すべての人にとって」心地いい空間になることです。

エスカレーターの降り口で急に立ち止まる脳みそパッパラパーな女どもへ

きみたち半径50cmくらいの世界で生きてるの?

後ろからから次へと人が来るってわからないの?

今までの人生でもエスカレーターの降り口で立ち止まって他人迷惑になったことあったでしょ?

今日が初めてじゃないよね?

前にもあったよね?

なんで今日も立ち止まった?

きみたちが女子小学生なら文句は言わないよ。

女子小学生なら「エスカレーターの降り口で立ち止まると危ない」という経験がなかっただろうし。

でもきみたちいい年したおばさんだよね。

40代、50代、60代……

どうして立ち止まったの?

今までの人生でなんどもなんどもエスカレーターの降り口で立ち止まって後ろの人の迷惑かけてきたよね。

エスカレーターの降り口で急に立ち止まってきょろきょろ見回してその階がおめあての階かどうか確かめるのがかわいいとでも思ってるの?

ぼけーっとアホみたいに突っ立って、後ろから人が来ることなんかまったく考えもせず、「うーん、おかしいなあ、この階じゃなかったっけ?あたしわかんない」みたいに首かしげてさ。

ぶつかる寸前に前に歩き始めたから、ああその階だったんだ、よかったよかったと思ったら後ろも確認せずに急にまた戻ってきたりとか、ねえきみたちほんとに半径50cmの世界で生きてるの?

一体全体どこまで愚かなの?

なんで学習しないの?

40年以上生きてきた人生のなかで「エスカレーターの降り口で立ち止まると危ない」なんてことは学習するはずなんだ。

普通人間ならね。

でもきみたちはまったく学習してこなかった。

なぜなんだい?

いい年したおばさんが半径50cm以上自分から離れた世界について想像することもできず、自分の行動がどういう事態を引き起こすかについてまったく予測もしない。

きみたちどんだけ野生の勘が鈍ってるんだよ。

安心しすぎ。

自動で動く階段があります

その動く階段は次から次へと人を運びます

この階段基本的には止まりません。

きみは動く階段から降りました。

さて次はどうなるでしょう。

きみがそこで立ち止まっていたらどうなるでしょう?

わかりませんか?

からないのですか!?

動く階段は動き続けているのできみの真後ろから人が運ばれて来るんですよ!

え?

想像できなかったって?

自分が動く階段を降りた瞬間に動く階段は動かなくなると思ってたって?

きみは時間を止める能力者かなんかですか?

そうじゃないよね?

それくらいはさすがにわかるよね?

でもきみたちはそんなこともすぐに忘れてしまう。

エスカレーターから降りるときみたちはエスカレーター自動で動く階段だということも忘れて立ち止まってしまう。

ぼくには理解しがたいよ、その愚かさが。

しかしたらきみたちは「避ければいいじゃん」なんて思ってるのかもしれない。

恐ろしいよ。

実に恐ろしい。

2017-03-10

関西駿台東大文系コースについての紹介

インターネット上に関西駿台の実情に関する情報ほとんど無いので関西(主に兵庫大阪京都奈良近辺)在住の文系東大志望の方の予備校選びの一助となるように書き残しておきます理系の方でも多少は参考になるかと思います

どのクラスをどの講師担当してるかとか一年の予定みたいな情報は「駿台大阪wiki」が詳しいのでそちらを参照してください。



1.自己紹介

2016年3月私立中高一貫校を卒業東大不合格を経て駿台大阪LSクラス入学したのち2017年3月東大文科某類に合格しました。

ゆえに以下の内容は2016年度に大阪校のLSクラスに在籍していた頃の生活に基づくものになります

特に4の項目は年度次第で実情とは異なる可能性があります。ご了承ください。



2.クラス分けについて

 駿台パンフレットにはコースについての説明はあってもクラスについての説明ほとんど無いと思うので説明しておきます

まず東大志望が入りうるクラスLSLA、校舎によってはLBがあります

このうちLS大阪にのみ設置されているクラスで、東大文系EXコースの生徒は無条件で通年このクラスとなります

東大文系EXコース模試認定テストで相応の成績を取れば入れるコースですが、まあ不合格B以上ならほぼ間違いなく入れるんじゃないでしょうか。

合格率とかクラス平均点みたいな指標を頑なに開示しようとしなかったのでクラスの具体的なレベルは把握しにくいですが、聞いた話と自分の知ってる範囲では合格率は7割ぐらいです。

また生徒は某大寺とか某陽や某(一文字なので伏せようがない)高校の生徒が多く生徒の質はかなり高いです。

 次にLAやLBですが、上述のEXコースではない普通東大コースに入った場合このクラスとなります

このクラス東大志望から阪大志望までまとめられるクラスなので、仲間と切磋琢磨出来るかというと微妙と言わざるを得ません。

また往々にしてクラスの人数が多かったり講師の質も落ちるなど待遇面の粗悪さも見られます

合格率に関してはそもそも東大受験者が少ないのでサンプルが少ないですが、まあお世辞にも高いとは言えないんじゃないかなあと。

以上まとめると、「東大志望は極力大阪校の東大文系EXコースに入ってLSクラスに入るべき」だと言えます



3.LSクラスについて

上でざっと述べた内容を詳しく掘り下げます

まずクラスの人数は例年40人~60人だそうです。2016年度は60人弱でした。

男女比は年によってかなり揺れがあるようで2015年度は10%を切っていたそうですが2016年度は20%ぐらいでした。

関東御茶ノ水のSXでもあるようですし他のクラスもそうなのかもしれませんが上位進学校の生徒が多いので高校ごとにかなり群れます。おまけに男子校が多いので騒ぎます

そういう進学校の方々は快適なのかもしれませんがそうでない方はあまり快適に感じられないかもしれません。

実際僕が後期から授業にほとんど出ずに自習室に篭っていた一因はそこにあります

まあ彼らが排他的ってわけじゃないですし他人に直接危害を加えるわけではないですから上手く付き合えば快適には過ごせるんでしょうが



4.授業について

科目別に書いておきます

国語

 現代文は全て中野芳樹師の担当です。やや好き嫌いが分かれます。現役時に林修帰依していた人々は嫌う人が多かったようですが僕は好きでした。

現役時に現代文をほぼノー勉だったあるいは確固とした解答スタイル確立出来ていなかった人にはうってつけの講師だと思います

市販の「現代文読解の基礎講義」を読めば師の授業スタイル垣間見えるんじゃないでしょうか。

 古文複数講師担当しますがお勧め前田師の授業です。

これまた好き嫌いが多少分かれます古文フィーリングでなくちゃんと読むことが出来るようになる授業です。

漢文は週1時間しかないですしその1時間もはっきり言って出る価値はない授業だと思います自習室で句形覚えて赤本解いてる方が有意義でしょう。

数学

僕は数学を現役時にほぼ完成させていたので授業の大半の時間解説を聞き流しながらひたすら大数とか過去問を解いていました。

そのためどの講師がいいのかをはっきり述べる自信はありませんが、どの講師もハズレはいなかったように思います

テキストレベルは前期→後期にかけてかなりレベルが上がります

後期の難しい問題は解けなくても何の問題もないと思います。ただ解けなくても問題いからといって授業を放棄するのは考え物でしょう。

解説をしっかり聞いて考え方のエッセンスを吸収していくことが大事なんじゃないでしょうか。

また週に1回EXLといって大数C~クラス問題を2問50分で解くテストがあります

平均点は毎回10点(2割)程度です。出来なくてもしょうがないけど問題面白いですよ。

英語

概して京大意識した講義が多いです。長文英作の授業と普通の英作の授業が1時間ずつありますし精読重視の授業がめちゃくちゃ多い。というか精読重視の授業しかない。

はっきり言って東大が求めている英語力を養成するのは難しいカリキュラムだと思います。4分の1をを占めるリスニングの授業も5分の1ぐらいを占める自由英作の授業も皆無だし。

東大英語という講座は後期からありますけど1週間に1問要約などの過去問を解くだけのゴミみたいな授業です。

英語の授業は自分に合うものを何個か選んでそれ以外の授業の時間東大に特化した対策に充てるのがいいんじゃないかと思いました。

ただし竹岡師の授業は絶対に出たほうがいいと思います。僕の駿台学費の7割は竹岡師に払ったつもりです。英語観変わりますよ。

通期授業だけじゃなくて講習の自由英作文のエッセンス英単語/熟語特講、直前期の差がつく英単語300(正式名称忘れた)もかなりお勧めです。

特に最後の講座は慶應経済でconventional wisdomとか当たりまくってて試験中笑ってました。

理科基礎

授業に一回も出たことがないので分かりません。東大志望の方なら相当現役時代理科をサボっていたのでもなければ直前期だけちゃんとやれば満点近く取れるでしょう。

●地歴

平常授業(世界史通史、系統地理)は時間無駄判断したのでほとんど出ませんでしたが本試で知識不足が露呈して点数を落としまくったのでちゃんと出た方がいいと思います

ただテキストの質はあまり良くないと思います特に世界史テキストはさっさと捨てて教科書だけ読んでいた方がいいでしょう。地理も絵抜きで白黒の資料集みたいな感じ。

地理論述東大世界史はぼちぼち出ていましたがまあ質は普通でした。

世界史テキストに1980~の東大過去問が全て載っているのが素晴らしいです。赤本を買う必要が無くなります

解答はありませんが赤本程度のレベルの解答があっても特に意味はないのでデメリットにはならないんじゃないでしょうか。

●講習

東大対策の講習はほとんど無いです。確か英語数学しかない。

それ以外に東大志望の方が魅力的に見えるだろうなあと思える講習もあまりありませんでした。

関東駿台の講習のパンフレットを見ると面白そうな講習がたくさんあって羨ましい限りです。

まあ休暇中にやるべきことは講習のバイキングではなく平常授業の復習なんでしょうけどね。



5.模試について

スカラシップ認定はめちゃくちゃ厳しいです。東大志望内3位でも5万しか貰えなかったらしい。

なので必死スカラシップ狙いで全部の模試本気出す必要はないです。駿台全国と東大実戦だけ真面目に受けて後はサボるか肩慣らしでいいんじゃないでしょうか。

ただサボると家に届く成績表が悲惨なことになるので事前にサボる理由を親に説明出来る人だけサボるべきでしょう。あとサボったからにはその日はちゃんと勉強しましょう。



6.総論

 僕は関西駿台東大コースカリキュラムにはかなり不満があります

特に英語は全く東大対策には適していません。まあ京大志望が多数派だしリソースは限られているので仕方がないことではあるんですけど。

また上述の通り東大対策の講習はほとんど無く直前期のプレ講座もほぼ全て映像授業とかいう有様でした。

これは河合塾のエクシードでもおそらく似たような事態になっているので(違っていたら申し訳ない)、散々関西駿台について説明した挙句元も子もない話ではありますが、

金銭的な余裕があるなら東大志望の方は駿台御茶ノ水3号館の東大コースとか河合塾本郷校に入学することをお勧めします。

 金銭的な余裕があまりないとかそこまでする気がない関西在住の方は河合大阪エクシードとか駿台大阪EXでいいと思います

なんだかんだ7割は受かるんで予備校の犬にならずに、また予備校から離れて堕落することが無ければまあ大体受かるでしょう。

あと宅浪は全くお勧めしません。概して生活リズム崩壊しますし鬱になってる人が尋常じゃなく多いような気がします。

予備校100万は決して安くはないですが東大合格のためならそこまで高い買い物ではないんじゃないかなあと個人的には思います

2017-03-09

手のひら返し

恩恵に与っていたのにもかかわらず、事態悪化したら手のひらを返すってのは人としてどうなんだい?って思うんだ。散々便利さを享受したくせに、自分に不利になった途端、手のひらを返す。どうかと思うんだよなぁ。

歴女とかウケるんだけど

自称歴女がやたら知識をひけらかして特定武将のことを熱く語ってるの見るとウケるんだけど

過去から学ぶべきものを学んでその先の事態への判断に生かそうってんならかろうじてわかる

でもただ単に武将にのめり込んで何度も墓マイラーして誰よりも理解者気取るってなんなの

それってただの依存だしオタクだし寄りかかられた武将さんも迷惑つーかそんなの望んでないと思うよ?

本人が今を活き活き生きていってほしいってのが武将さんが男女問わず生きてるうちらに望んでいる願いだと思うよ?

どれだけ妄想ふくらしても過去を100パー生きることなんて出来ないんだから、今をきちんと生きようぜ

のめり込んでどれだけ墓参ったって武将は生き返って彼氏旦那になってくれたりしないよ?

しろ婚期を逃すんじゃないって思っちゃうよ?

歴史歴史、素晴らしい、でもしょせん過去

学ぶべきものを学ぶべき対象なだけで、それ以上でも以下でもない

今と、この先をきちんと生きようぜ

頑張れクロネコヤマト

ヤマト運輸サービス残業は凄まじいんだろうなと思う。

だって、あそこの社員東日本大地震の時、本社はおろか支社の許可上司許可も取らずに、社用車ボランティアを始めたくらいだ。

自分サラリーマンだが、ペーペー自分自分判断行政と話をつけ、会社財産勝手に使ってボランティアを始めるなんて、極限状況とはいえ出来ない。

会社側が全面的現場を信頼し、社員を信頼してることの、社員一人一人が社会のためを思って仕事をしてることのあらわれだと思う。

あん社員たちだと、仕事が終わらなかったら、36協定にかかるから残業しないなんて選択肢はないだろう。

訴えられたわけではなく、会社から未払いを調査するというこの事態、私には美談に聞こえる。

お客様神様、そんなことをいう会社は数多くあれ、ヤマト運輸にとってのお客様ちょっと変わってる。

お金を払ってくれる依頼主はもちろん、荷物を受け取る人のためを思ってくれる。

それを、ヤマト運輸は誇りに思ってる。

からほとんど空のトラックだろうと、深夜だろうと、コスト度外視で走らせてた。

ヤマト運輸は年間純利益の4割を東日本大地震寄付した。

あの頃よくあったいろんな会社の値上げぶんを寄付ではなく、運賃は1円も上げずに、身を削って寄付した。

142億円、もう一度言うけど、142億円。

熊本地震にも3億円。

どんなに値上げしても、私はヤマトを使いたい。

値上げ、してもいいよ。

ドライバーさんの賃金を上げてあげて。

人を増員して、トラックを増やして。

はいつまでも応援してる。

なにげに子育て支援のあつい市に住んでいるんだけど。

私の住むA市は昔から貧しくて住民のガラが控えめに言っても悪い事で知られているらしい。(私自身は他県出身者なので伝聞で知るのみなのだけれど)

まりにもA市が不人気なので地価が周りの市よりも大分安く、お陰で家賃も安いので、助かるが。

実は地価が安い事以外にもA市には良いところがあって、それは子育て支援が手厚いことだ。

狭い市なわりに保育園は充実しているし、料金も安価。ちゃんと機能している児童館があり、学童保育もあり、子育て支援センターがあり、公共スポーツ施設では子供向けの安いスポーツ教室が多数ひらかれているなど、子育て世帯にとってはここは穴場だ。

それでも全体的に印象が悪いし、ベッドタウンとしては優秀でも仕事も無ければ遊ぶ場所もないので、あまり住みたい人は多くないらしい。

旦那さんが国家公務員をしているという知人から聞いた話では、

「こんな所に住んでると同僚達に対して格好がつかないので、地価が高くても保育園がなくても境界を一歩跨いで隣のB市に住みたい、と、旦那がゴネてて困る」

のだそうだ。

(ちなみに知人の家はB市との境界線のすぐ側にある)

子育て支援は充実しているが市は不人気で段々過疎りつつあるので、私の育児ライフ最初の数年はかえってとても快適だった。

運動公園子育て支援センター児童館、市立幼稚園、市運営する習い事etc.どこに行っても空いているので、のびのびと子供を遊ばせる事が出来た。各所にいる指導員さんや先生達も気持ちに余裕があって、おおらかに子供達と接してくれる。その為か土地の子供達もまっすぐで穏やかな子へと成長していっている様に見える。

ところがここ二年ばかりで状況が急激に変わりつつある。

というのも、子育て支援センター児童館や市の習い事がやたら混む様になった。

その原因はというと、各種子育て支援事業フリーペーパーインターネットなどを通じで広く宣伝されるようになったからではないか?と私は見ている。

あるいは、保護者情報収集能力が上がっている。

今、施設利用者の多くが周辺の市から来た人々である

運営習い事に通う子供達のほとんどが他市の子供達で、A市の子供達が応募に受からないという事態になった。

元々A市は貧しく情弱の多い地域である。実は市内の幼い子を持つ親達はA市の子育て支援事業が充実している事を意外と知らない。

何もしらずに昭和みたいな密室育児祖父母頼みの育児で頑張っている人が多い様だ。

A市の保護者は他市の保護者情報戦で負けて各種サービスを受ける機会を逸している、ということ。


多くの子育て支援事業納税者ではない人達が好きに使っている、というのがどうやらついに問題として行政から認識されたらしく、次年度からは多くのサービスで市外出身者の利用を制限する事が決まった。

子育て支援センター等で無料で開かれていたイベント講習会などが一部取り止められたり有料化され、市民と市外民とで応募枠と料金が差別化された。

運営習い事にも市外民の利用には大きな制限がかけられる事になった。


そういう訳で、来月からはまたA 市の子供達とその保護者ガラガラ施設のんびり遊んだり学んだり出来るという訳だが、今度は人が来なさすぎてせっかくのサービス予算が着かなくなったり廃止心配が出てしまう……。

A市の保護者乳幼児を0歳から保育園に入れて朝から夜遅くまで働かなくて済む人は多くはなく、よって市営のベビーマッサージだの親子水泳教室だのは間違いなく閑古鳥が声高に啼いてしまうだろう。


そんな状況にもモヤモヤを感じずにはいられないのだけれども、それ以外にもとても気になるのが、市外から子育て支援センター児童館を利用しに来る人々の事だ。

そういう人は殆どが職を持ち一年前後の育休中である子供は小さい子は生後一ヶ月に満たず、大きい子は一歳くらい。

そういう保護者の話を聞いてみると、大体の人が沢山の施設ハシゴしてまわっている。

ある人は周辺数市の支援センターを全部周り尽くして、ここが最後の一軒だと言っていた。

一年程度の限られた期間そうしてベスト支援施設を探して放浪の旅をすることに費やしている。

ハイハイもままならない赤ちゃんをたった一、二時間遊ばせる為だけに、車で往復一時間以上かけて、育児道具フルセットを詰めた荷物を背負ってやって来る。


どこもかしこも気に入らないと言う。

曰く、子供がグズってしま施設に馴染んでくれない。

曰く、施設職員があまりフレンドリーではない。

曰く、どこも数人のママ友グループが出来ており、誰も話し掛けてくれない。

要は、一見でパーフェクトに快適な施設でなければ二度目はないという事らしい。

なんだか、受験戦争就活的な逼迫感があり、育児の楽しさが無さそうだ。

一体何がそんなに彼らを追い立てるのだろう?

2017-03-08

上司死ね

お前はなんのために高い給料貰ってんの?

部下の責任をとるためだろ?

担当がー、担当がーってうるせえ。

その担当の手に負えなくなってるから相談してんだろうが。

うちの課長勘違いしてるみたいだけど、別に上司部下の関係性って偉いとか偉くないじゃねーぞ?

部下と上司って責任範囲が違うだけじゃないの?

上司は部下の責任を負うから、万が一自分責任をとれなくなる事態を避けるために、部下を管理してるだけだろうが。

今日今日まで、増田で見かけるクソ上司なんて本当に居るのかよってる思ってたけど、部下を管理している=俺偉いって思うクズが世の中にいるんだなーって実感しました。

今まで、部下の仕事上司出世させることだと思ってたけど、ヤル気なくなっちゃうよね。

あーあ、こんな尊敬できないクズにだけはなりなくないや。

http://anond.hatelabo.jp/20170308111518

アマゾンは困らんと思うよ。

ダイレクトに客だけが困る事態になると予想。

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170307085009

高校によって違うだろうし、一概にも言えんが、少なくともうちの学校は授業の質においてはお話にならなかったよ。



中高一貫校で6年間英語をやっているのに、ぜんぜん読めるようにならない。文法の穴埋め問題集やらせ教科書日本語訳言ってるだけなんだから当たり前だよね。

結局生徒の大半が高校2年生から伊藤和夫参考書を読んで、英文が読めるようになっていた。今までの5年間で出来なかったことが、2か月で出来るようになっちゃうんだからみんな唖然としていた。



日本史に関しても、武士が発生した理由とか、緊縮財政の仕組みとか、全然からない。板書をひたすら写してるだけなんだから当たり前だよね。そもそも現代史までたどり着かなかったし。

結局みんな予備校に通って旧石器時代からやり直して、夏が終わるころには基本的なところはあらかた分かるようになっていた。



高校受験予備校じゃない」ってのはよく分かるが、上みたいな事態に対するエクスキューズになってんのかなぁその理屈は。まぁうちの学校だけかもしれないか一般化はしないけど。

2017-03-06

結構な金を注ぎ込まれた母のその後

以前、『母親結構な金が注ぎ込まれてる』(http://anond.hatelabo.jp/20160823232626)『はてなーが案外やさしかった件とその他のもろもろ』(http://anond.hatelabo.jp/20160824212145)というタイトルで、月60万円の抗がん剤を使いながら、日本保険制度のおかげで、月1万5000円しか負担していない「相対的貧困者」である母親の闘病生活について書いた増田です。



日付みたら、もう半年がたっているのだが、ここにきて大きな変化があったので、つらつら書いていくことにしたい。



母はその後、一進一退の闘病生活を続けていた。

体調が良い時は、映画を観に行く時もあるし(『君の名は』は案外気に入ったらしい。)、副作用がきつい日は一日寝ていたり。

先週の金曜日までは。


抗がん剤をうって、体調が悪い時期をおえたばかり。

先週の水曜日は一人で病院に行き、とくに問題にすべき所見がない状態だったのだが、金曜になってどうやら尋常ならざる腹痛を覚えたらしく、土曜日に同居している姉が病院に連れて行った。

取りあえず、当直の内科医が診断したところ、腹膜炎をおこしているらしいとのことで、痛み止めをうったりレントゲン撮影などしているうちに、主治医外科医が到着。


通常のCTスキャンだと、造影剤をつかうのだが、抗がん剤で体が弱っているため、造影剤をつかわずCT撮影

小腸大腸に穿孔が疑われるのだが、画像では今一つ患部がはっきりしないらしい。

通常の患者ならば開腹手術に踏み切るところ、はたして、母の場合は体力がもつのか、また、抗がん剤の影響で、術後、傷がすぐにふさがるのかどうかが判断付かず、医者協議がつづく。



主治医産婦人科医。母が卵巣ガンのため)は、手術を主張するも、外科医内科医は反対するという状況の中、結局、週末のため麻酔医の手配が付きそうもなく、また、あらためて放射線医の主導のもと、造影剤を使ったCT撮影の上で、精密な診断を下す必要があるとのことで、月曜日までは「保存的療法」(ようするに、点滴で栄養補給しつつ、抗生物質で炎症を抑える対症療法)をとる、との診断に落ち着く。

(なお、ここまでは姉からの伝聞)





そして今日

CT診断を経て主治医放射線医、外科医内科医などなどの協議の結果、正午過ぎにやはり手術をすることになる。

ただし、緊急の手術が入ってしまったたこともあり、開始時間がいつになるか分らないという。

準備をしてまつこと2時間くらいたっただろうか?

いよいよ手術ということで看護師なに4人がかりでベッドからストレッチャーに母を移す。

いや、自分で立ち上がれる(と、本人は思っているし、実際たちあがる)のだが、腹部にできるだけ圧迫を与えてはいけないとのことで。

母は手術に若干の不安を抱えているものの、現状では、うがいが許されている以外は一切、なにも口に入れることが許されず、手術によってその状況が改善されるのならば、と望んでいるようだ。



スタッフステーション最近は、ナースステーションとは言わないらしい)横の病室からエレベータ、長い廊下を運ばれる母にくっついて、自分と姉も移動し、弱弱しくベッドで手を振る母は、「手術棟」の自動ドアの向こうに運ばれていった。


体力を考え、できれば1時間、最長でも3時間

患部の状態確認し、最悪、内臓の消毒や洗浄だけで、それほど積極的処置もできずに終わるかもしれない、と説明されていたが、果たしてどうなることか・・・と待合室に席を落ち着けた途端、自動ドアあいて、看護婦が「増田さん!」と叫んだ。



何事!!!



本来なら患者のみが呼びこまれるドアの内側に、姉と自分が駆けつける。

手術衣を来た外科医協議議論リードし、重鎮っぽい空気を醸し出していた、いかにも精力的な医師である)が口を開いた。

「実は、私どもに認識の違いがありまして・・・

どういうことか?


母が現在抗がん剤を使い始めたのは、昨年5月からである

ところが、外科医は、昨年5月「まで」と、今の今まで勘違いをしていたようなのだ

医師説明するところでは、現在の薬を使っている場合最後に投与して最低でも8週間は外科手術をしないほうがよいという。

もちろん、「明らかに今開かなければ、もう数時間で確実に大変なことになる」などという状況であれば判断もかわるが、母はまだ、そこまでの段階にはない。

腹部を押した場合、まだ痛みを感じるところと感じないところがある、という。

実際、つい先ほどまで、スマホをいじってメールを返信したり、電話対応しているくらいなので、「もう我慢できないほどの痛みでのたうちまわっている」とか、そういう状態ではないのだ。

「ここまで来ていただいて、まこと申し訳ないのですが、やはり、もうちょっとだけ保存的な療法で様子を見るべきと、最終的に判断させてください」と頭を下げられて、「いや、手術してください」とはだれも言えない。

一緒に聞いていた母の心中は分らない。

手術への恐怖から一瞬だけ解放された安堵か、現状を劇的に回復される手段が先送りになったことへの絶望か。






もとの病室にもどり、しばらくして改めて主治医説明を、母と姉と共に聞く。

「正直、腹膜炎の手術に関しては、自分の専門外の部分も多く、外科内科判断に従わざるを得ない。

『五月まで』と『五月から』の認識違いが生じてしまったことは誠に申し訳ない。

まずは、抗生物質で炎症を抑えつつ、点滴の種類を追加して栄養補給し、しばらく様子をみる。

何分、抗がん剤は癌細胞だけでなく、内臓の正常な細胞にも影響をあたえるので、手術後、傷がふさがらなくなる可能性もある。

もうしばらく、抗がん剤の影響が少なくなるまで頑張りましょう、しばらく点滴だけで食べ物飲み物もとれませんが云々」

といった説明があった。


やれやれ、ということで病室で落ち着いたところで、自分と姉だけが再び呼ばれた。

その瞬間、「来たな」と思った。



なぜ、もう説明が済んでいるのに、もう一度呼ばれるのか。

それは、「本人には伝えにくい診断があるから」以外に、理由はない。



「正直、私としては手術で状況を打開したかったのですが、申し訳ありません。

 現在の薬には、消化管穿孔の副作用が起こる可能性が、ごくわずかながら起こる危険があるというのは以前からお伝えしていましたが(実際、それは母にも伝わっている)、

 まさに、その、危惧した状態がおこっているということです。

 新しい薬ですから、正直、そういう症例が、当院では初めてですし、国内的にも症例はそう多くない。

 だから、お母様に今後なにが起こるのかは、何とも言えません。

 普通の消化管穿孔ならば、手術をしてしまうわけですから、消化管穿孔の患者に保存的療法を続けた場合症例というのも多くないのです。

 なにが起こっても不思議はない。」


「がんの発見から、もうすぐ丸6年ですから、お母様は大変よく頑張ってこられましたが、私にして差し上げられることが、現状では、なくなってしまったというのが正直なところです。

 このまま持ちこたえれば、また手術もできるのですが」




そして、以前、父の時にいわれたセリフがでてきた。

母を外した席で説明を始めた時点で、想像はしていたのだが。

曰く

「もし、会わせておきたい人がおられたら、そろそろ連絡を始めて下さい」





さて、ここで問題だ。

母はどの程度、自分の病状を認識しているのかが、つかみかねるのである

実母と夫もガンでなくしている母は、ガンの末期というのは相当苦しく、また、その痛みを和らげるための薬を使ったりすることを知っている。

そして、今の母は、そういう状態にない。

考えてみれば当然であって、今の母は「がんの末期」で苦しんでいるのではなく、腸閉そくと消化管穿孔の症状で苦しんでいるのだ。

それは、ガンとの戦いの結果ではあるのだが。



突然、いろんな人が訪ねてきたら、それはそれで、母が何事かをさとり、精神的に追い詰めることにもなろうが、かといって、「間に合わなかった」ら悔いが残る。

この状況で「精神力」が病気と闘うのにどれだけ役に立つのか、良くわからないが、「アマゾンで注文した本が届いているはずだから明日もってきて」などというほど頭がはっきりしている人の、生きる気力を奪うことはできない、というのが姉と自分結論となった。


とりあえず、何人かの方に話をして「偶然近所に来る可能性がある人」から順番に呼ぶことにした。






明日以降、日々、状況は変化するだろう。何が起こるか、起こらないか






6年前、「このままでは、1か月も持たない可能性もあります。即、手術です」といわれて、大震災後の輪番停電が続き、大至急の手術は延期するという状況の中で、母は最初の手術を受けた。

その時点でステージⅣ、五年後生存率は20パーセント

あれ以来「最悪の事態」を常に裏切ってここまできたが、はたして今回はどうなるか。


もし、外科医が「勘違い」に気が付かずに手術を結構していたらどうなっていたか


誰にもわからないといは、とりあえず封じ込めて、明日も取り急ぎ有給をとっているので、「アマゾンから届いた本」をもって病院に行くことにする。













2017-03-03

キモオタに振り回されるな!

 権力を持ったキモオタほど有害ものはない。自らの価値観普遍的ものだと盲信し、横暴と言うべき強引さで、世間にその価値観押し付ける。なまじ権力がある分、世間も疑問をいだきづらい。横柄な暴君がのうのうと権力椅子に座り続けるのである

 何の話をしているのかというと、ファッションオタクの話であるもっと言ってしまえば、ファッションキモオタの話である

 オシャレを盲信する連中にとって、服装流行一年で終わる。そして連中にとって、流行寿命服装寿命だ。つまり連中からすれば、服装寿命一年なのである。そして寿命をすぎた服装は――実用性の有無にかかわらず――無価値とみなされる。

 もちろん、「一年前の服など絶対着ない」という筋金入りのファッションキモオタは少数派である。また成長期の子どもなど、服を買い替えざるを得ないような例外もあるだろう。しかし冷静に考えてみてほしい。多くの成人が、一年に一度以上は(下着や靴下のような消耗の早い衣類を除いた)服を買っているのではないだろうか。

 まだ着られる服だけれど、なんとなく流行遅れな気がして、なんとなく恥ずかしくて、いつの間にか着なくなってしまう。

 私たち社会では、このような現象が頻繁に生じている。これは明らかに異常な事態である。端的に言って、相当キモイ社会である。ごくごく少数のファッションキモオタが、あたかも己の価値観を正統なものとして吹聴し、ファッション人生を賭けていない人々の精神を不当に追いつめているのであるしか被害を受けているのは精神だけではない。不必要な出費を強要し、私たち生活をも逼迫させているのである



 とはいえ、私は決してオシャレしたい人を否定したいわけではない。少数のファッションオタクが、世間価値観干渉せず、ただ気ままにおのれの嗜好を満たすのであれば、私はなんとも思わない。そのような人々に対してまで、「キモオタ」という蔑称をぶつけるつもりはない。単に自分趣味を追求するだけオタクに対しては、なんら「キモイ」と思わないから。

 だが自分趣味世間押し付けてくるのであれば、それは端的に害悪であるしかファッションキモオタは、自身価値観押し付け"ようとしている"のではない。現に圧力をもって押し付けているのだ。現に私たち一般人価値観侵食し、精神を追いつめ、生活を蝕んでいるのだ。「キモイ」という罵倒語を以ってもまだ罵倒し足りないほどである



 大抵の服は、五年は着続けられる。もちろん素材や品質や着かたにもよるが、現に私はデニムシャツなどを五年以上着続けている。冬用の厚手のズボンにいたっては、もう十年以上の付き合いになる。現実問題として、世間が思っているよりも服は長く着られる。世間全体が、ファッションキモオタに毒されているのだ。



 私たちは、戦わなければならない。

 自分の財布を守るため。

 自分の服を守るため。

 新品同然の服を一年で見限るばかりか、そんな所業グローバル・スタンダードであるかのごとく吹聴する。視野の狭い、横暴な、そのうえ権力を持った、有害キモオタ。連中を社会スタンダードから引きずりおろすために戦わなければならないのだ。



 にもかかわらず、これまで「キモオタ」という言葉攻撃されてきたのは、むしろ権力のない側だった。彼らはようやく存在を許されるようになったものの、せいぜいネットの限られたコミュニティ内で吠える程度の犬だった。最近ようやく権力に対して噛みつける程度の立場になってきたようだが、あいかわらずネット外への圧力は微弱である

 ファッションキモオタは、自身キモオタっぷりを棚上げして、権力のないオタクを「キモオタ」として排撃してきた。しかし真にキモオタとして指弾されるべきは、ファッションキモオタである。オシャレを普遍的魅力と盲信し、世間にその価値観強要する連中である



 私は、横暴で強権的ではないオタクを「キモオタ」とは呼ばない。繰り返すが、ファッションキモオタが自らの価値観世間押し付けるのを止めさえすれば、ファッションは大いに結構であるしかし、オシャレという基準に従わない者を差別する思想をばら撒き続ける限り、私はファッションキモオタという罵倒語を使い続けるつもりである

 これは、ファッションキモオタから自分の服を守る戦いである。

2017-03-01

http://anond.hatelabo.jp/20170228161802

これはある.

まーでも,子は他人いじめてることを自分の親にいちいち報告しないだろうし,いじめっこ側であることも深刻な事態に陥るまで親は気付けないんじゃないか

2017-02-28

気遣いのできるいい子

2月が終わる。今年はうるう年でもないので、例年通り28日までだ。

2月が終わるから時効だろうと思って、書いてしまう。

思い出すといまだにもやもやとする、今年のバレンタインの話だ。

 

 

***

 

 

私が所属する部署は、私を含め女性が二人しかいない。

先輩の女性社員と、私だけだ。

私は入社したあと、初めてのバレンタインが近づいてきたときに先輩に確認した。

会社によって、チョコに関する色々な習慣があるのをわかっていたからだ。

先輩は社則で決められているわけではないが、全社員暗黙の了解義理チョコはないと教えてくれた。

ただし、仲の良い女性社員同士は、こっそり友チョコ交換しているよ、と。

私はそれを聞いて、チョコの用意をすることなバレンタインを迎えた。

先輩に教えてもらった通り、誰も男性社員義理チョコを配っていない。上司例外なく、だ。

昼食を共にするような仲のいい女性社員たちは交換しているのを見かけたりしたが、それ以外は本当に誰も配っていなかった。

 

 

そうして、何年もすぎた。

相変わらず私の会社義理チョコ禁止だったし、自部署も他部署も、誰も公にはチョコを配らなかった。

今年のバレンタインも近づくけば、女性社員チョコ話題をそこここでしていた。

もちろん私と先輩も、友人の会社義理チョコがあって大変らしいという話題をしてみたり、自分たち会社義理チョコがなくてよかったと笑いながら話していた。

 

 

そして、バレンタイン当日。

今年は平日がバレンタインだったので、いつも通り仕事をしていた。

仕事をして、お昼もすぎ、おやつ時間になってきたころ。

ふいに、先輩が席を立った。

お手洗いかな、と最初は思った。

けれど、給湯室に向かって行く姿を見て、おや?と疑問が生じる。

給湯室に姿を消してすぐ、先輩は何か箱を手にして出てきた。

かわいらしいピンクの箱と、そのあとに続いた先輩の言葉で、初めて事態を察した。

 

チョコだ。

 

先輩は自部署人間に「今日バレンタインなので、よかったら、チョコどうぞ」と、言葉を添えて、配り始めた。

個包装になっている、明らかにばらまき用とわかるチョコだった。

それでも、男性社員はそれだけでワントーン明るい声を出して、先輩からチョコを受け取っていた。

先輩がチョコを配りながら自部署を練り歩くその姿を見て、足元がぐらつくような心地がした。

チョコを買いに行ったと話したときも、そのあとに会社で配らなくてよかったねと話した時も、今年に限って配るだなどと一言も聞いていなかった。

やられた、と、その一言が頭の中を渦巻いていた。

 

そんな私のところに最後に来た先輩は、私にもチョコどうぞ、とすすめてくれた。

私は、はい、と小さく答えて、引きつった笑顔で受け取る以外に道はなかった。

退社するまでのそのあとの時間は、針の筵に座らされているような心地だった。

男性社員たちから気遣いのできない嫌な女だと、感謝配慮の足りない女だと、そう見られているような感じがした。

もちろん、私の被害妄想だと思う。

けれど、確かにそう思われているような気がしたのだ。

男性社員たちは表に出さないけれど、心の片隅でなんで私はくれないのだろうと思ったことだろう。

もともともらえなかったところで、急にもらえるようになったら、比較してしかるべきだろう。

 

 

退社して、電車に乗って夜に沈む街並みを見ながら、私はぼんやりと裏切られたと感じていた。

チョコを配らなくて楽だと、あれほど話したのに、どうして急に配ったのか。

チョコ話題はそれこそ何度も出たのに、どうして一言教えてくれなかったのか。

一言教えてくれさえしたら、私だって安かろうが配る用のものを用意したのに。

そんな気持ちでいっぱいだった。

同時に、私への評価相対的に下げられたのだろうなと思った。

感謝気持ちがないから、チョコを配ることもしない、気遣いの足りない女なのだというレッテルを貼られたのだろうと。

 

 

前々から人間としてどうかと思うところがある先輩ではあった。

仕事に対する態度も社会人としてどうなのだろうと疑問に思う点があったり、仕事をよく押し付けてくるのでずるい人なのだなと思うところが多々あった。

けれど、わざとらしい今回の件は、さすがにひどくはないだろうか。

そこまでして、自分評価を上げたいのだろうか。

 

 

こんな小さなことでうだうだいまだに悩んでいる自分もばからしいとは思うけれど、どうしても毎日先輩の顔を見るたびに思い出してしまうのだ。

不意打ちの、苦い気持ちしかならないバレンタイン出来事を。

そうすると、どんどん嫌な点ばかりが目について、先輩のことが余計に嫌になってくる。

人を嫌ったりするのは仕事という公には不要な点だと思うから、たとえ苦手だろうと平等に接する努力はしていたのだ。

だけど、どうしても、この先輩だけは人間として尊敬できないし、いまだに唖然としてしまうことをしているのだ。今回のこと然り。

私生活交流があったら、軽蔑して速やかに人間関係を整理するような相手だと、私は思う。

仕事から付き合いがあるだけで。

 

 

抜け駆けする人間なんて、いくらでもいることはわかっている。

誰もが平等に行動してくれるなんて、そんな性善説は唱えない。

けれど、私にも一言言ってくれていても、いいのではないだろうか?

そんな気持ちが、消えない。

気遣いのできるいい子だとアピールしたのだろうが、私から見ると、抜け駆けしたごますり女だ。

やられた人がどう思うか考えられない、そんな想像力もない人間が、気遣いなんてできると思えない。

 

 

端的に言えば、この先輩に対して呆れて、そして失望している。

たったそれだけ。

それだけのために、こんなに時間文字を消費して、心を沈ませていた私はバカみたいだ。

こんなこと、ずっともやもやとさせていたなんて。

 

 

毎日、何かしら、この先輩が呆れることをしてくる。

そのたびに、もやもやするのだ。

私の気にしすぎだということはわかっている。

けれど、一度染みついてしまった苦手意識は消えないし、嫌な気持ちは増えるばかりだ。

 

どうしたらいいのだろう。

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