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はてなキーワード: 自己実現とは

2017-05-24

上京

そこそこデキる奴は自分を含め大勢いることは高校生くらいの時に気づいた。大学卒業するまではそれで良かったんだけど、卒業してからは違う。そこそこデキるだけの奴は必要ないんだな。特に僕はベンチャーで働いているから。

そこそこデキるだけの奴以上の人は自己実現への「貪欲さ」と「野心」を持っていた。僕の居るベンチャーには僕を含めて誰一人それらを持っていない。このままでいいのかと思い始めていた。

僕は今まで自分はデキる奴だと思っていたが、自分組織も5年以上何も成長していない。何となく食えて、何となく生活できる状態が続いている。FacebookAppleみたいになりたいね最初の方は話していたのに「貪欲さ」と「野心」を持っていないから.....。これからも….?

そんなの嫌だ。そこそこデキるだけの奴で留まりたくない。

から僕は大学卒業してから5年間以上紡いだ人生ピースを全て壊し、今週末ほぼ無計画状態で1人上京する。

僕は29歳。もう遅いかもしれないが、とりあえずやってみる。

エリート女子ホストにハマらないのか?

http://anond.hatelabo.jp/20170523181252

確かにステータスの換金という視点はなかなか面白い

では男が性的もので換金することに対応する女のものってなんだろう?

と考えた時、すぐに思い当たるのはホスト

でもまあ一定数は存在するんだろうが、どうもむしろ例外のような印象がある

エリート女子だとホストにハマるのがありがちという統計がもし仮にあるなら、

ワイドショー女性誌などがここぞとばかりにそういった特集を組むはずだ

そうすると、エリート女子はじゃあ何をゴールに生きてるのか?ということになる

実はエリート女子たち自身も分かってないんじゃないか

男は成功ロールモデルがある程度確立されているから、

そのモデルに沿った自己実現をすればまあ満足は行く

だがエリート女子はそのモデルがないから、

それすらも自分自身で築き上げるしかない

だが女はそもそも男以上に世間で受け入れられることに価値観を置きやすい生き物だから

独自生き方を貫くってのは実は相当ハードルが高い

バリバリキャリアウーマンみたいなモデルまではマスコミが用意してくれていたが、

その先は実は行き止まりというか崖というか、

子ども持てないし幸せで平凡な過程も目指せないし、

かといってでは50、60でもエリートっぽさを保ちながら生きていける女の成功モデルも見当たらないし、

(蓮舫とか丸川珠代みたいなのが良いか?まあアレが女なら憧れる生き方、ではまずないだろうし)

どうすればいいの?

という状態なのではないか

から要領のいい狡猾な女子フェミニズムの美味しいとこを取りながら、

男との関係旧態依然マッチョイズムの価値観の中に逃げ込む戦略を取り始めている

フェミニズムは本当はこういう女を攻撃したいのだが、

内部分裂するのが恐ろしいからか、こういう女を無視して、こういう女が出現すること自体も含めて男のせいということにして攻撃性を増してきている。


フェミニズムの行き詰まりは畢竟、

エリート女子ライフプランを描ききれずに挫折した点にあるのではないだろうか?

2017-05-20

承認欲求

マズロー欲求5段階説

承認欲求の上にある自己実現欲求に行くには

有る特定の人との人間関係が大切

その人とお互い認め合える関係になることで

次のステップに進める

2017-05-17

http://anond.hatelabo.jp/20170517124553

横だけどいい服ってなんなんだろう

女性自己実現としての服飾もあればある状況に特化した機能のものもあるだろうし

普通に生活しているときにはその中間にあるだろうけど

服をセックスの途中で感じるとしてそのとき服はどういう立場にあるんだろう

2017-05-07

こんだけ便利グッズが充実してるのに自己実現に近づかないのは何故か?

スマホとか思いついたときに記録を残せるガジェット

TODOリストもいつでも見られる

GTD法なんかの優秀なメソッドも開発されている。

調べ物をするとき簡単検索ができる

電話のような突然鳴り響いて集中を阻害するくそガジェット駆逐されつつある

なのに自己実現に近づいてるような気がしないのは何故?

理由として考えられること

  1.  子供が小さくてうるさい
  2.  日本の景気が悪い
  3.  貧乏人まで車を所持しているためか渋滞率が高い
  4.  職場環境が悪い
  5.  飲酒の誘惑
  6.  くそみたいな知恵袋やりとりやくそブログ検索上位にきちゃう

2017-05-06

愛に気づいた。

ゴールデンウィークから実家に戻った。

正月以来だった。

正月に会った時は何も感じなかった。

きっとその時は正月というイベントの一部だと感じていたのだろう。

でも今回のゴールデンウィークを終えて、家に戻ってふと涙が出た。

少し寝て、起きて、今これを書いている。

親は私を受け入れてくれていた。

少なくとも今は受け入れてくれている。

私がどういう人間なのかを受け入れてくれている。

今の自分を一番受け入れてくれているのは親だ。

親を失えば、私を一番受け入れてくれている人がいなくなる。

それはとてもさびしい。

インターネットの知り合い、昔の友人、彼らには親に見せていない自分を受け入れて貰っているが、それは精神の裏側の部分だ。

肉体の表側、精神の表側にいる自分を受け入れてくれているのは親だ。

心の内側に居る自分は本当にたまに少しだけ受け止めてもらえるだけでもいい。それは本やSNSで同じ価値観を共有している人がいるのを知るだけでいい。

だけど、世の中に出している表側の自分は、定期的にしっかりと誰かに受け止めて貰う必要があるようだ。

外側に出しているからこそ傷つきやすい。否定されやすい。お前は認めないと日々何度も浴びせかけられる事になる。

滅多に出さない内側の姿と違い、日々傷つき続ける表側の自分には、はっきりと受け止めてくれる人が必要なようだ。

だけど、親はいれいなくなる。

母は自分から見ての祖父母、母から見ての両親をずっと前に失っている。

それでも今母が表面上元気に暮らしているのは、自分と父がいるからなのではないだろうか。

確かに自分はよく母に突っかかるが、それでも存在を認めないような態度を取り続けてはいない。

父も同じだ。

子か配偶者がいれば、誰かが自分を認めてくれるのだ。

だが自分には子供はいない。

配偶者もいない。

ふと、子供が欲しいと思った。

子供自分が受け止める時、子供を受け止めようと思った自分気持ちが、内側から外側を突き抜けて自分を通り抜けていくんじゃないかと思った。

その時、その気持ち自分も感じるのではないだろうか。

自分が誰かを受け入れる時、誰かを受け入れる気持ち自分も感じるのではないだろうか。

愛とは、それを誰かに与える時に自分身体から通り抜け、自分にも愛を与えるのではないだろうか。

自分が何かを愛する時に感じたあの快感は、誰かから同じように愛される感覚に似ているのかも知れない。

まり自分にも子供が居れば、人が人を受け入れる感覚に対して飢える事はなくなるのかも知れない。

ふとそう思った。

勝手かも知れないが、生まれて初めて、子供が欲しいと思った。

自分の中にある子孫繁栄の回路は長らく断線していたが、それが繋がりつつあるのを感じる。

恋愛社会的立場本能自己実現、そういったルートを通って子孫繁栄を目指す回路はとっくの昔に断線したままだった。

そうしてずっと錆びつかせていた。

そこに電気が走った。

新しい道を通って、子供が欲しい、家族が欲しいという気持ちが生まれた。

今まで、家族が既にあったから気づかなかったのだろうか。

私の家族はいつか失われる。

しかしたら、今まではもっと早く死ぬつもりだったから、自分より先に親が死ぬことを想像していなかったのではないか

長く続きそうな仕事にありつき、長生きの目が見えてきた。

そうしてようやく感じた。

いつか自分孤独になる未来を。

その時自分はどう生きるべきかを考えてしまう。

誰か私を受け入れてくれ。

本や映画SNSメッセージを詰める形ではなくて、私の目の前で私を受け入れてくれ。

やっぱ若い時は自己実現とか考えてしまうからなあ

人のことは言えない

2017-04-30

育児には参加しないけど子供は欲しいと言われた

婚活で会った男性に、

子供は2人くらいは欲しい。でも俺は育児には参加できない。仕事で帰りが遅いから」

と言われた。

因みに彼は、子無しなら結婚意味を見出さなタイプで、共働き希望

共働き希望子供が欲しいのは私も同じだし、仕事が忙しいのは理解できるんだけど、なんだかなあ。

だって、本当なら、悪阻陣痛で苦しみたくなんてないよ。24時間授乳乳児のお守りなんてしたくないよ。

本当は思う存分、仕事残業して稼いで自己実現したいよ…。

2017-04-27

7つ目のボムスター仏教的な悟りなのではないだろうか

7つ目のボムスター存在するけど存在しない。

まさに色即是空精神です。

このエントリボンバーマンジェッターズネタバレを含みます。まだ見ていない人は今すぐ見てきてください。その後この増田を読むかどうかは関係なく今すぐ見てください。

さて、7つ目のボムスターをシロボンが与えられたとき緑色の光を発しましたが、アレと同じ色の光が作中で出てきたことがあります

それはマイティ最後の戦いに向かったときです。


決死覚悟を決めボンバーマンとしての使命を貫く瞬間、マイティが投げたボムの色がまさにあの緑色なんです。

そのボムの名は「サニティボム」、サニティ、つまり正気という意味

相手基地と共に自爆しておいて正気とはこれ如何に。

ですが、ゼロに残されたマイティの姿はまさに正気のものだっのです。

人々の期待に応えるために自分を見失っていたマイティではなく、自分の大切な人を守りたいという思いに燃える、優しく気高いかつてのマイティだったのです。


ボンバーマンボムスターを集めていくなかで、ボムスターを集めたことによる慢心、そして真のボンバーマンという栄光への思いに取り憑かれていきます

シロボンも何度となくボムスターを手に入れる事を焦り、ボムスターを手に入れたことに驕っていました。

これは私の勝手妄想ですが、7つ目のボムスターはその真逆の方向にあるのではないでしょうか。

手に入れてきた物に囚われず、栄光に目をくらませず、純粋自己実現を求めていた頃の思いこそ、7つ目のボムスターなのではないでしょうか。


シロボンが7つ目のボムスターを手に入れたとき、その気持ち純粋に今目の前にある世界危機を見つめていましめ。

人を助けたい気持ち、人々を守るボンバーマンのあるべき姿でありたい気持ちが極限まで高まっていました。

そこに最後ピースとして、マイティが与えたモノが、マイティの弟であり、マイティが信頼するシロボンであることの再認識、つまり自分ならば出来るという自信です。

人というものは自信がないと、様々な理論武装を固めてしまい、心が硬直してしまます

かつてマイティが己を見失ったのも、自分が心のボンバーマンに相応しいかどうかという事に迷い、自信を失ったからです。

そのマイティを救ったのは、シロボン純粋な憧れの目、自分への絶対の信頼でした。

そして、物語の終わりで、マイティがシロボンに送ったものも、シロボン純粋さひたむきさへの純粋な信頼なのです。

自分を真っ直ぐに信じることからまれる、ある種の悟りのような状態こそが、7つ目のボムスターなのです。

さて話は表題へと移ります。この世界には悟り悟りに対する無知すらもないと語る教えこそが般若心経です。

そのマントラに「ぎゃーてーぎゃーてはらぎゃーてーはらそーぎゃーてーほーじーそわか」というものがあります

これは「行きなさい行きなさい彼岸に行きなさい、彼岸に行くものよ幸あれ」という意味だそうです。

これの意味を詳しく語ることは私には恐れ多くて出来ません。

それはさておき、この言葉が7つ目のボムスターと近しいものように私は感じるのです。

7つ目のボムスターを手に入れよう手に入れよう、手に入れた者こそが真のボンバーマンなり幸あれ、どうでしょうか?

7つ目のボムスターを手に入れたボンバーマンこそが、真のボンバーマンです。

しかし、真のボンバーマンに執着していては7つ目のボムスターは手に入らないのです。

ですがそれは悲しいこととして描かれていません。

真のボンバーマンであるということは、そこがゴールであることを意味します。

まり自己実現に果てが生まれしまうということです。

今より自分を高めたいと願い純粋に日々を励む人生にこそ、曇りのない幸福があるのでは無いでしょうか。

今よりよい明日を信じて祈るように、ボンバーマンは日々7つ目のボムスターを探すのです。

そして、その境地に達した者が、ただ純粋ボンバーマンの使命感に燃え自分限界を引き出そうとするとき、真のボンバーマンとなるのではないでしょうか。

そして、その者が真のボンバーマンであるがゆえに、日々をよりよく生きようとする願いに応え、7つ目のボムスターは再び姿を消すのではないでしょうか。

ふと夜中に寂しくなり、唐突子供向けアニメ考察をしてしまいました。

どうもお目汚し失礼いたしました。

2017-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20170418102858

そういうのは地域の協力がなければ無理だからねえ。

つかそれが出来る地域は、保護者学校運営に協力的で教育熱心で子供の為に労力を厭わない人が沢山いるから揉めないってのもある。

有志で募集しても必要な数が足りるってのは、そういうこと。

元増田みたいな地域は、地域にも保護者にも協力的な人がいないか強制せざるを得ないわけで。

酷い地域になると、有志募集して出て来た人を何もやらない奴が寄ってたかって叩くって事もあるらしいね

から内心やりたいと思ってる人ですら「頼まれたから仕方なく嫌々引き受けた」というポーズをとらなければならない、という。

http://anond.hatelabo.jp/20170418103250

うそ、こういう連中もやる気がある人のやる気を削ぐ。

PTAなんて暇な主婦自己実現だろw」ってやつね。

「暇なジジイやらせときゃいーだろw」ってのもね。お前の何がそんなに偉いのかと。

何故か、何も知らないし知ろうともしないしやろうとしない人ほどこう言いたがるらしい。

学校地域の為に協力しようとする人が「脳無しの暇人」として見下されるってなら、そりゃ誰も協力しようとは思わなくなるわな。

こういう日本人によくある、面倒な役割を引き受けてくれる人に対し感謝尊敬ではなく侮蔑で返すって風潮は何なんだろうね。

http://anond.hatelabo.jp/20170418102858

省力化しようとすると、PTA自己実現()してる暇な主婦が「みんなでベルマーク集めることに意味があるんです!!」とか言って反対するという話は聞くw

http://anond.hatelabo.jp/20170418044917

役員権限無駄仕事全部なくしますっつってslack (https://slack.com) チャンネルでも立ち上げて全部そこでやるようにすればいいんじゃね。嫌なら辞めますっつって。

どうせPTAなんて暇な主婦自己実現()に過ぎない。

2017-04-17

http://anond.hatelabo.jp/20170417000720

たぶんあなたは優しい人。

そんな態度を取られたら怒る男はたくさんいる。

から普通女性は心の中に思っても言うことはない。

私も同じような事態から結局は離婚の道に至ることになった。

失敗した人間からアドバイスできることは、絶対にそういう態度に我慢してはならないということ。

夫婦の間に愛がないのなら、どう愛し愛されるか真面目に話し合わないとだめ。

それでも話にならなかったり、妥協点が見つけられない場合は別れを切り出すこと。

特に共働き実家などの帰ることができる場所がある女性は、旦那存在価値自己実現踏み台になることが多いのだと思う。

生活を作るのではなく、自己実現の道具にされてしまう。

それぐらいであれば別れてしまいましょう。

結婚というのは最終的には二人でいることで欠けた心をつなぎあわすことに意義がある。

それなのに離婚前提の自己実現の道具にされてしまうのなら、まだ一人で孤独に耐える方がましだ。

2017-04-10

http://anond.hatelabo.jp/20170410092217

横だけど社会性が少ない人って独特の謎理論持ち出すよね

そのロジックだと

父は一切育児参加せず、全て母に押し付けるのが当然

という旧態依然とした考えの父を容認しろってことになる

 

文章を読み取る力全くない人間ほどネットで偉そうに語っちゃうのはなんでだろ

子育て経験どころか他人と触れあった経験すら全くないんだろうね

ネット論破自己実現人生って楽しいの?

2017-04-08

http://anond.hatelabo.jp/20170408230205

君の頑張りを否定するつもりないよ

自分にできることとできないことを捉えて

その上でどうやって社会に順応していくか

自己実現をなしていくかを

考えている人を僕は否定するつもりなんてない

でも「発達障害から優しくするのが道理でしょ」っていう態度の当事者

やはり周囲からするといい気しないし

そんなんじゃできることもできないじゃない?

障害関係なく基本的なところで頑張る姿勢大事だし

できないことを誰かに肩代わりしてもらうってことは

誰かに負担をかけているってことだから

負い目を感じる必要はないけど

やっぱりある程度気にはかけてほしいな

って思うわけよ

想像力があるからレアケースを想定して断定せずあやふやな言い方になるんだよ

あくまで「こう思う」っていう個人的心情だから

気に食わないならさっさと忘れたほうがいいよ

こんなの読んで気分を害する価値もない戯言だから

2017-04-07

みんな自由が嫌いなのかもしれない

イギリスで胃を痛めて1ヶ月以上が経過しているはずなのに、未だに痛みが引かない。

痛いのに、大学の授業は始まるので仕方なく新幹線京都の3流大学底辺学部に向かう。

大学に行くと、自分政治への関心が薄まった気がした。

というのも、東京では政治的関心が大いにあったのだ。

色々と書籍も読んでいた。

自分たちから自由が無くなりそうな気配をとても心配していた。

しかし、頭の悪い大学では女やらが自己実現の為に化粧をしてセックスアピール必死だ。

男はやることしか考えていない。

その様を見て、こいつらは所詮セックス就職のことだけしか考えていないのだと気付いて呆れる。

そして、己の容姿の醜さで胸が締め付けられる。

自分自由になれないと。

ますます自分自由はなくなりそうだ

毎年、春に大学に行くと容姿がいい人間が増えているように感じる。

恋愛主義やらによる淘汰の結果なのだろうか。

自分ますます、苦しくなるのだろう。

容姿就活が全てで、みんな政治なんか興味が無いのだろう。

いや、本来思想やら内心の自由に興味がない。

村で一番になろうとすることしか考えていない。

いや、それが彼ら、私の自由への最短なのだ

自由になるためにはセックスアピール必要なのだ

そして、他人自由が嫌いだ。

美容整形をするには足りる額が口座にあるが、そもそも相談サイト医者が匙を投げるような酷く深い大量のニキビ跡がよくなりそうもない。

また、そもそも顔が大きく、持病で免疫抑制剤を飲んでいる。

政治的無関心自分権利が狭められようとしても平気な見てくれの良い人間を見ると絶望してしまう。

2017-04-04

仕事において「成長」って何?

よく耳にする成長!自己実現社会貢献!的なフレーズ

抽象的過ぎてよくわからん

特に成長って言葉

研究&開発エンジニアなら最先端技術や幅広い知識であり、実績だろう。

商社マンなら外国語力、交渉力だろう

コンサルなら経験、実績、プレゼン能力マインドだろう。

クリエータなら経験と実績だろう。

じゃあ他の職種の成長って何?

金融マンとか

事務とか営業とか経理とか広報とか企画開発とか品質管理とか

仕事における成長ってなんなの

2017-03-24

何のために働くか

お金でしょ。

社会貢献自己実現あなた毎日もやし炒めを食べながら社会貢献したいですか?

美味しい焼肉、食べたくない?

子供養育費いくらかかると思ってるの

3000万。

2017-03-16

政治に関心があることを負け組だと感じる

政治に興味がある人間負け組存在だと思われる土壌があるのかもしれない。

自分2月に豚みたいな顔したネトウヨイギリス旅行に行かざる得なかった。

いつも口論になった。

しかし、ロンドン市内のホテルで彼と会話した時の「一番いいのは政治なんかより別のことに興味があることだよな」という自分発言には同意した。

だってイケメンで楽しくセックスして、就活を頑張れたほうがいいということなのだろう。

確かに彼は豚みたいな顔で楽しい大学生活を送れているかと言えば怪しい。

恐らく、国際政治かなんかをぐちゃぐちゃやる学科で、治安秩序的な独自理論を深めている。

その隣で何も考えていなさそうで楽しそうなイケメンがいるのだ。

これはコンプレックスを抱かないわけがない。

政治に関心を持つこと自体負け組の発想というのは、間違いなく存在する。

自分負け組なのだろう。

容姿が醜くて、この自己実現時代政治なんかブサイク同士で口論をするのだから

2017-03-14

豚みたいな顔したネトウヨイギリスに行って胃を痛めた

豚みたいな顔したネトウヨイギリスに行ってから、胃が痛くて胃カメラを飲んだりと大変である

一時、帰国後に解消したが、その後花粉症の薬の副作用やらで悪化した。

すでに1ヶ月が経過していて、だいぶ症状が軽減されたが外で食事をすると胃液が逆流してくる。

行かなければよかった。

自分ロンドン市内で胃を痛め食べるのが苦しい状態に成っていた時も、豚は残さずに飯を平らげていた。

家畜しか見えない。

いろいろあったが、印象的なことがある。

ロンドン市内のホテルで彼に対して、民主党政権が行ったこととして第二次安倍政権のやったことを批判した。

そうしたら、豚も批判を始めた。

実は、「ごめん これは第二次安倍政権がやったことなんだ」と言った瞬間に黙り込んでしまった。

もはや、個人崇拝の域に達している。

彼だけの問題であれば良いのだが、ウェブにはそんな人間が多い。

ウルトラ理論いかなることでも、自民党擁護する。

理系やらの人間に割と多い印象を受ける。

野党が悪だとすら思っていそうだ。

最近の傾向であるし、とても恐ろしい。

結局、よくわから権力肯定してあわよくば自分利益を授かりたい奴らばかりなのかもしれない。

映画政治韓国の方がずっと足掻いている。良くしようとしている。

しかし、最終的には自己実現でうまくいく人間が一番なのかもしれない。

自分の顔が醜いから、豚みたいな顔したやつとイギリスに行き胃を痛めたのだ。

大量のひどいニキビあとにくわえて、ひどい吹き出物が生えている。

そして顔がでかい

何もかもが醜い。

自己実現で来ている顔が良い人間を見るととても腹が立ってくる。

2017-03-04

http://anond.hatelabo.jp/20170304184406

横だけど

その「カワイイ」観は結局のところ観客に受け入れられる程度の「カワイイ」であって

その受け入れ幅はい現在すでに現実なりフィクションなりで提示されている「カワイイからミリも逸脱していない

(たとえば観客がギョッとしたり賛否両論になったりするような「カワイイ」観は提示されない)

からこそ良くも悪くもオタク向けであり保守的と言える、それがいいかいかは人によるが

自分のような者にとっては保守的価値観は古いもの、見た事あるものからイコールまらないとなってしまうな

KISSコスプレなんてギャルバンやロック少女定番ちゃ定番だし田舎のイモ臭い女子高生文化祭なんかでやりそうな

2017年KISSなんかやってる女の子たちの何が新しいのか本気でわからん

小泉さんがXJAPANを好きだと聞いてわー新しいと言ってる人みたい

オタクの人たちは「カワイイ」に限らず予定調和安心できるものだけ見ていて窮屈じゃないのかな、とたまに思う

予定調和が好きというのは好みだからいいんだが、予定調和なのに革新的と思い込んでるような内容なんで気になった

あとファンの期待に応える云々はさすがにいいように言いすぎなんでは

恋愛した罰として丸刈り謝罪させられるような現実を丸ごと無視・なかったことにしてるだけなのに、アイドル自主性を尊重しているかだってのはそりゃないわ

自主性を尊重してるってのは横暴な事務所芸能界のしきたりや慣習に逆らって自己実現する様を描いてこそ言えることだろ

去年スマップのあれがあんだけ話題になったのにアイドルアニメとやらはそういう構造について何も触れないの?それでアイドル物語ですってずいぶん気楽だな

過酷現実対峙する気がないならないで娯楽作だと割り切ってるならいいんだよ、でもまるで問題意識があるかのように言うのは違うと言いたい

http://anond.hatelabo.jp/20170304132425

最近アイドルはもう「見世物」ではなくなった。

 

あの作品アイドル=カワイイを脱却できていると思う点は大きく二つある。

ひとつは、主軸として「(私達で)終わりにする」物語だというところ。

カワイイという他人に媚びた、というと言い方が悪いが、他人のウケに依存する状況を続けていると、

どうしても商業的になってきてその「カワイさ」を演じ続けることを強いられるようになっていく。

それは現実的に考えても辛いことだし、アニメはい女性人間、歳をとり成長し進学就職していくもの(=ずっと一緒には居られない)というリアル思考が、暗黙的にキャラクターたちにも存在していた。

そこで彼女たちは、アイドルという青春を引き伸ばす道を選ばずに、作中にして若干1年、現実声優ユニットとしても5年で「おしまいにした」。

それも、人気の絶頂最中でその決断を、予め意図したとおりに断行した。

その振る舞いには、これまでのアイドル文化に対して投げかけるような強烈な思想を感じる人もいるだろう。

作中のライバルグループは、メジャーデビューして続けていくことを選んだが、

彼女らはそれを否定するでもなく、「私達がどうありたいか」という思考を大切にした。

その思考について、本編だけでなく劇場版の過半をそれに割いてまで、伝え続けた。

そういうところが非常に現代的だと思うし、観る者に旧来のアイドルからアップデートを促すようにも感じられる。

 

ふたつ目は、作中における「カワイさ」の表現について、あくまでも彼女自身の「カワイイ」観・美意識に基いているところ。

パフォーマンス自分たちの手で、裁量で、決定し作り上げているというところから現代的な感覚に寄り添う配慮がみられる。

そもそもアイドル活動部活という設定にしたところからそうだけれど。

もちろん美少女ものメディアを原点にした作品から彼女らが自発的表現した「カワイさ」自体男性ウケに寄せてあることは否定しない。

けれども内発的に行動している設定にすることで、「やりたくないけどウケの為にやらされる」ような見る側も心苦しい媚び方を見せなくてよくなった(少なくともアニメ上では)。

それどころか、彼女らの美意識に従えば、それの転び方によっては「ウケは悪いが独特な自己表現をするグループ」になっていたかもしれない。

実際に作中で迷走してロックバンドKISSコスプレをしだす一幕があったほど。

ともかく、そうした主体的に行動するウーマンパワー的な土壌を作っておくことで、女性視聴者作品を受け入れやすくなった。

結果として「一見男性向け作品なのに女性ファンも非常に多い」コンテンツとなった。これも今時のヒットコンテンツではよくある現象だ。

ちなみに、この「自分たちカワイイと思うことはやるけど、そう思わない(嫌な)ことはやらない」という、

女性アイドル自身尊厳を守るというかパフォーマーとしての意志尊重する動きは、大手に属さずにアイドル的な活動をする現実若者にも広がっており、

もはや今の若者はそういうグループしか応援しない、と言うと大げさだが、そういう審美眼はちゃんと持っている人が多い。

他のアイドルアニメ作品でもそういう思想共通していて、例えばアイドルマスターシンデレラガールズも、

アイマス作品は土壌としてファンを大切にする文化があるにもかかわらず、アニメでは「ファンの期待に応える」ような描写ほとんどなかった。

描かれたとしても「ファンはいつも支えてくれている」というような、受容の存在として描かれていて、ファンの期待や要望圧力に従うような描かれ方はしなかった。

その一方で何が描かれたかというと、一貫して、アイドルたち自身内面の成長が描かれた。

ただ、外面から圧力がなかったわけではなく、それはプロダクションTV局側の方針との衝突いった形であらわれており、

それと折り合いをつけながら、けれども自分の守りたい個性や魅せ方も守っていくあり方を、

周囲の支援のなかで「彼女自身が」見いだしていく、という大筋になっている。

やはりラブライブと同様に、いい意味で「内輪で閉じている」のだ。そしてそれを良しとしている。

まるで、この世界プロデューサー仕事は、個性的な人たちの自己実現を助けることが主で、

その過程で生まれキラキラパフォーマンスという副産物に変えて売っているかのよう。

そして、「それは創作上だからこそできる綺麗言だよ」とはもはや言い切れない時代だと感じる。

 

最近アイドルはもう「見世物」ではなくなった。

他人目線価値観に、自分生き方翻弄されたくない。

自分たちがやりたいようにやるから共感してくれる人はついてきて。

そういう思想ベースに、角が立たないように上手にやっていく。

これが多様化した文化の中にある、今のリアルアイドル

もちろんそういう風潮にもマイナス面は当然ある。

商売に長けたプロデューサー主体性を奪われないために、アイドル自身セルフプロデュース力が求められる。

成功するグループとしないグループの差はより残酷可視化される。

けれども私たちは、往年のアイドル文化を作ってきた人たちが、丸坊主にしたり惨めな謝罪会見をさせられたりと、もっとむごたらしいものを見てきた。

からアイドル主体性を取り戻した「パフォーマー」に変化していくのは時代の流れだし、そういう価値観を含む創作がヒットするのも必然のことだと思う。

かつてのオタク文化評論などで有名になって文化人を気取っている40、50の方々は、やはり頭がカタくなっておられて、

まり最近アニメ、とくにアイドルアニメなんかについて好意的な評をしない、どころか言及すら嫌がるレベルで卑しめがちな感じがする。

けれど今、もっとも、文化的ホット考察すべきジャンルアイドルものなのだと私は思う。

幸せになる方法(後編)

幸せになる方法(前編)

http://anond.hatelabo.jp/20170304120801

さて、前編では「何故俺が不幸なのか」を考察し、納得するところまでいった。

後編では「そんな俺が幸せになるにはどうすればいいか?」を考察したい。

長いので3行で

幸福必要な要素は「自己実現と成長」「独立マイペース」「つながりと感謝」「前向きと楽観」

・俺には「つながりと感謝」が圧倒的に足りていない。

・俺の「溢れる金と時間」を「つながりと感謝」と交換すれば解決

⇒俺は幸せになるぜ。

幸福感を感じるために必要な項目

最初に「何を持ってれば幸福感を感じるのか」をまとめておこう。

色々と記事や本に目を通していたところ、前野隆司さんの「幸せメカニズム」という本が参考になりそうだった。

それによると、幸せを感じるためには以下の4つが必要だそうだ。

自己実現と成長

独立マイペース

・つながりと感謝

・前向きと楽観

一人で素晴らしいサービスを作っている俺としては上記の「自己実現と成長」「独立マイペース」「前向きと楽観」は満たされていると実感している。

ただ一つ「つながりと感謝」だけが圧倒的に足りない。

つながりと感謝

俺は「収入が上がれば、幸せになるだろ、普通に考えて」と思っていた。

そもそもなんでこんな勘違いをしていたんだろう?

この謎が氷解した。

実は俺以外の多くの一般人にとって、「収入が上がれば、幸せになる」というのはだいたい正しいのだ。

何故なら、日本人の大多数である会社員公務員にとって「収入が上がる」というのは「昇進して地位が上昇する(つながり力アップ)」ことによって副次的にもたらされるからだ。

たとえば俺みたいに年収3000-4000万円といえば会社員であればそこそこ大きな企業取締役レベル収入になる。

そのくらいの地位になると、「可愛い部下が尊敬眼差しで見てくる」だの「地域に顔が効くのでツテがある病院で好待遇を受けられる」だの「数百人の部下を持つトップとして君臨する」だのということがあり良い感じの「つながり」が大きくなる。

から、多くの人にとって「昇進して地位が上昇する(=収入が上がる) ⇒ つながりが増える ⇒ 幸福感に繋がる」わけだ。

しかし俺の場合は「昇進とか無くて地位とか無いけど収入が上がる ⇒ つながりは増えない ⇒ 収入は高いが幸福には繋がらない」となるわけ。

俺には「つながりと感謝」が圧倒的に足りていない。超ドライ

なんでこんなことになったんだろうって思い返したところ、そもそも俺は次のような性質を持っている。

自由が好き

効率が良いのが好き

個人プレーが得意

この性質を満たして仕事をしようと思うと「極力他人と関わらない」という仕事スタイルになってしまう。

一方で、自分に合ったスタイル仕事をしていたため、能力を十二分に発揮することができ、仕事自体はうまくいき、収入は上がっていったわけだ。

逆に言うと、つながりを重視して「自由」「効率性」「個人プレー」という俺の性質放棄すると俺は力を発揮できなくなり、「自己実現」「マイペース」「前向き」といった他の幸せ要素を阻害することになってしまう。

では、どうすれば俺の性質をある程度考慮した上で「つながり」を増やすことができるだろうか?

解決

考えた。

俺には金と時間がある。

ついでに言うと、それなりの仕事力もあると思う。

では、この「金と時間仕事力」を「つながり」に変換できないだろうか?

そもそも「金」というのは交換手段であり、色々なものと交換できる。では「つながり」と交換できないだろうか?

直接交換する・・・というのは難しそう。「お金あげるから友達になってください」「お金あげるから恋人になってください」っていうのは本当の意味で「友達」「恋人」ではないだろ。

せいぜい悪質な「つながり」ができるだけ。

ただ、「金 ⇔ 何か ⇔ つながり」というふうに間に何かを挟んでやれば、成立するのでは?

この「何か」をウンウン考えてたところ以下の観点から訪日外国人×地方創成」のビジネスが良いのではないかと思った。

・その土地根付ビジネスなため、事業パートナーとして地元の人々との繋がりができる。

お客様として、多様な海外の方との繋がりができる。

・部下として、多数のバイトインターンと繋がりができる。

短期間で儲けるのは難しそうだが、他ビジネスで日銭は稼いでるため問題ない。

グローバル感覚あんまりないけど、興味はある俺にとって、面白みがある。

ただ、「自由」「効率性」「個人プレー」という俺の性質を妨げないよう以下の制約を設ける必要はある。

メンバーは超少数精鋭で。MAXは6人。できれば俺を含めて2〜3人程度のメンバー事業を進める。

メンバーは俺とフィーリングが合うかどうかを最重要視する(下ネタが好きというのは必須)。

書きながら思い付いただけなので、これからもっと深く検討する必要あるな。

2017-03-03

はてなー互助会について

はてなーはさ、

結局承認欲求が足りてないやつばっかりなんだよな。

ブログ書いて、ブクマがほしい、スターがほしい。自分のことを褒めてほしい。

コメント書いて、スターがほしい。

 

一生懸命がんばってる中流階級の人たちが、なかなか現実で結果が出なかったり、認められなかったり。

けれども一定以上の自負やプライドはあって。

そういう人たちがネット上では認められたくて、一目置かれたくて、何年もはてな村で集まって過ごしてる。

 

そんな中で、

新参者たちが簡単に仲間内相互ブックマークして、ホットエントリーにはいってPV稼いでるのが許せないんだよな。

ホットエントリーにはいったら、認められた感があるもんな。

自分のほうがいい記事書くのになぜ」

自分のほうがずっと長く続けてるのになぜ」ってことだよな。

 

新しくはてなブログを使う人たち、普通の人たちって、

はてなブログってサービスがあるんだ、使ってみよう^^

 これって似たような人たちとコミュニケーション取れるんだ~

 あ、この間私の記事ブックマークしてくれたあの人が、記事書いてる。この内容分かる~私もブックマークしてコメントしよう^^」

って、普通にコミュニケーション取ってるだけなんだよな。

 

それを、昔から住んでる人たちが、こういう場合ブックマークじゃなくてこうしろ相互ブクマPV稼ぎの互助会だ、なんて自分たち暗黙のルールらしきものを振りかざして、勝手に怒ってるんだよな。

運営も、ヘタクソだと思うよ。ブクマツールコミュニケーションツールのどっちつかずだから最近うだつが上がらないんじゃないの。

 

こういうはてなーたちって、コミュニケーションに難を抱えてる人たちが多いんだと思う。

そうでしょ?

みんなでコミュニケーションとればいいじゃない。わいわいやればいいじゃん。

で、結果コミュニケーションが盛り上がって、他の人にもたくさん見られるようになれば、それっていいことじゃん。

 

単に、そういうのが苦手なんでしょ。

自分からコミュニケーションとるのが苦手だから自分からコミュニケーションとるのではなく、

自分が書いた記事に対して、向こうから人が集まってきてその場でコミュニケーションが起こってほしいんでしょ。

それって受身だよ。

当然、なかなかコミュニケーションなんて起こらないし、ブクマなんてつかないよ。

その怒りや情けなさをすりかえて、日常のご飯の記事とかクソつまらん、自分が書いた高尚で有益記事になぜブクマが集まらんって怒ってるんだよな。

 

互助会のせいで良記事が上がってこないって?カスみたいな記事ばっかりになっちゃうって?

だったら、別のサービス使って、アンテナはったらいいよ。高尚な記事ばかり集まるサービスを使ったらいいよ。

1つの場所固執ちゃうのって、つまらないよ。他にいいサービスたくさんあるんだから、使ってみれば?

 

けど、あんたらは変化が嫌いなんだよな。

新しいサービスうつって、そちらで自己実現なんて、面倒でできないよな。

からあんたらは、あんたらの嫌いな老害たちと同じように、ふるきよきあの時代はああだった、こうだった・・・・新参者はここがいかん、暗黙のルールは守りなさい って言うんだよな。

 

おれはきみらの嫌いな相互ブクマを、ゴリゴリやるぜ。それってはてなってサービスを使う上での重要コミュニケーション方法なんだから

みんな(表面上かもしれないが)いいやつばっかりだからな。ブクマは惜しまないぜ。

1円にもならない、他人にとってはカスみたいなコミュニケーションかもしれない。が、俺と当人にとっては重要コミュニケーションなんだ。

なにをブクマしようが、文句言われる筋合いはない。ブクマするのって、公式から認められているおれの権利だったよね?

 

おれからブクマがほしいって人は、コメントでもトラバでもブコメにでも、何でもいいかメッセージを残してくれ。

君が記事を書いたとき、それに共感したら、必ずブクマコメント残すよ。

 

2017-02-28

趣味も考えも合わない人間イギリスに行った

二週間ほどイギリスに行ってきた。

久々の海外であり、初ヨーロッパであった。

寒かったし、水も油も体に合わずに帰りの飛行機嘔吐しっぱなしで素敵とは言えない。

旅を共にしたのは高校時代に仕方なく一緒にいた豚みたいな顔をしたネトウヨ批判するネトウヨである

彼とは趣味も考えも微塵も合わず自分から話して口論になったり別行動が多くなった。

旅程の都合で彼と戦車博物館に行った時は、苦痛だった。

彼の趣味で行ったのだが破壊兵器戦車が好きではないし、そんなもののために田舎に連れてこられて疲れていたのだ。

実際に乗ればいいじゃんと彼に言うとそれは違うといい、それなのに戦争万歳的な考えであるのに呆れた。

他にも女王陛下が乗っていた船やらの見学の時には、立憲君主制を維持するか云々で口論になる。

システムを持たせるために云々という。

正直顔が悪くてマクロ的なものに走るものほど虚しいものはない。

一番呆れたのは、ホテル野党は緊縮がーとか言い始めた時だった。

彼は財政緊縮意味はあまりわかってなさそうだし、大好きな党が何をやっているか直視していない。

結局は自民党が好きで、あれこれ理由をつけていたとしか思えない。

肉屋を支持する豚である

最終的には、食事をしているところが家畜食事をとっているようにしか見えなくて不快であった。

なぜ、自分がこんなに考えが合わないやつと旅行に行ったかといえば、自分の顔がひどく醜いからだろう。

容姿が悪いもの同士でいるだけなのだ

自分が顔がよければ、こんなやつと旅行に行かないで済んだし自分もっと楽しく過ごせるのだろう。

お顔がよく生まれマナカちゃんは慶応大学に通いながら自己実現に専念してペニスをしゃぶり楽しく過ごせたりするのだろう。

あぁ、自分も顔がよくなりたい。

美容整形外科では自分免疫抑制剤を飲んでいるという理由から断られた。

もう、彼とは連絡を取ることはないだろう。

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