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2017-02-23

早稲田落ちた文科省死ね

去年だったら受かってたのに、合格者数減らしてくれたせいで落ちたぞこんちくしょー!!

文科省バカみたいな圧力かけてんじゃねー!てか大学もいきなり入学者数減らすんじゃねーよ!

早稲田去年1400人受かってた所を800人に削るとかやりすぎだろ糞が。

てか、そこまでやるなら一言言えよ!

TEAPもどうなってんだあれ!あん簡単な何回も受けられるテスト簡単合格させっとか、頭おかしいんじゃねーの!!一般で落ちた奴の方がよっぽど英語力高いじゃねーか!

合格者減らしたって別に浪人する奴が増えるだけだぞこんちくしょー。地方なんか行くわけねーだろバーカ。

浪人勢の事を考えろよ!一年で何でこんなにハードになってんだ!来年また減らすとか馬鹿じゃねーの!!いきなり難しくしといて来年更にハードモードとかふざけんじゃねー。

人数減らしたいなら推薦だかAOだかを止めれば良いじゃねーか!指定校推薦とか持ち上がりの馬鹿入れるよりよっぽどいいだろ!!馬鹿じゃないなら自力早稲田一般で入ってくるっちゅーの!!なんで一般から減らすんだよ!どうせ一般受験料でガッパガパ稼いでんだろ!!なんで一番のお得意様につらくあたんだよ!文科省天下り野郎に払った金だって結局俺らが払ってんじゃねーかばーか!俺らの金で賄賂した結果がこれかよ!!!良いご身分だな本当に!!!

商と社学落ちてたら一生恨むからな、定員減らすなよ!!!入れろよ!!!俺を!!!今年試験場で泣きながら俺が試験受けてんの見ただろ!!!ただでさえ御三家落ちこぼれは肩身が狭いんだよ!!!メンタル弱い所に更に追い討ちかけてんじゃねーよ!!!糞が!!!アダルトチルドレンなめてんじゃねーぞ!!

てか、AOとか入れてるけど、どういう社会理想としてんのか分かんねーよ!

AO人格力図れる訳ないだろ!結局就職みたいにハウツーが出来て量産型が増えるだけだっつーの!!!

アメリカみたいに人格重視で入れようとか考えてんのかもしんねーけど、結局アメリカってそうやって学力よりも他のことを重視した結果、学歴が信用出来なくなって、就職ほぼこねとか聴いたぞ!だったら自分が頑張った学歴オンリー評価される方がましだわ

てか、AOとか結局人気投票じゃねーか!!活気ある高校生活が良いとか、勝手高校生活に妙な価値観押しつけんじゃねー!!ただでさえ女子力やら、親から圧力やらに苦しんでるところに、理想的高校生活みたいなキツくて具体性のないレッテル加えてくんのマジ無理!今の高校生は反抗や少しの停滞や失敗も許されないのかよ!!全ての子供が順調に発育出来るわけでも、家庭環境に恵まれふわけでもないんだぞ!!愛されない環境でもそうやって色々折り合いつけて大人になってくんだろうがよ!!結局いい子が欲しいだけじゃねーか!!アメリカ女子チアリーダー男子アメフト学校ピラミッドトップみたいな、妙なヒエラルキー高校生活のなかに作るだけの結果なるだけだっつーの!!こんな生徒が理想的みたいな価値観作った所で、そんな空虚な考えに違和感なく飛び込める馬鹿が得するだけだろーが!!AOかるために○○します!とか、それもう自主性測れてるのか分かんねーじゃねーか!!普通の奴ならそんなの馬鹿らしいって思うし、そういう風に世の中を疑える奴の方がよっぽど学問てきには需要あるだろ!結局人気投票じゃねーか!そんなもんに大学が荷担すんじゃねーよ糞が

早稲田の社学入れてくれマジで

2017-02-22

管理者養成学校が続いている理由と仕組みを卒業生説明する

サラリーマン幹部養成学校の一日が刑務所と変わらない→実際に行った人たちが続出 - Togetterまとめ - https://togetter.com/li/1083373

▼Q:なんでこんなものが続いているのか

ビジネスモデル確立してるからです。

ここの母体は「社員教育研究所」という会社で、ビジネスマナー等の半日研修セミナーをメインにおこなってます。昔いた会社では、正社員は全員ここの半日研修を受けることになっていました。管理者養成学校に行くのは管理職新卒社員だけでした。

半日研修は、意外にもいたって普通の内容です。笑顔の耐えない講師の人が当たり障りのないビジネスマナーを教えてくれます半日話を聞いて仕事サボれてラッキー、くらいの感覚で受けました。しか講師笑顔にだまされてはいけません。それはただの仮面です。ここの講師は全員管理者養成学校教師を兼ねてます。いつでも怒鳴り声があげられるのを、セールス向けに意図的にゆるーくゆるーく振る舞ってるのです。

この、セミナーの使い分けがポイントです。管理者養成学校卒業生は一部が完全に洗脳されます。よしんば洗脳されなくても、管理職的な視点から後述の「一定の効果」を認めるひとは少なくありません。そのため、「管理者養成学校いかせるまでもない(行かせたくない)けど、多少学んでほしいことがある」と考えた管理職は、このゆるーい半日研修採用するのです。つまり

「ここの卒業生管理職になった企業管理職になる」

→「この企業運営する半日研修セミナー社員を受けさせる」

(→「一部の社員合宿セミナーへ参加させる」)

というサイクルが発生しています。飴と鞭に近いものを感じるというか、よくできています。多分なくなりません。

▼Q:「一定の効果」ってなに?

トップダウン式の企業における「上から命令には迅速かつ忠実にしたがう」という感覚を身に付けることです。

命令に従わなかったり、勝手判断で動く社員はどの企業にも一定数発生します。それを許容する文化もあれば、「上から命令絶対に守る/言われてないことは絶対にしてはいけない」という文化もあるでしょう。そして、例えば急成長して組織構造確立していない大企業のような「企業風土はまだ根づいてないけど、上としては絞めるところをしっかり絞めたい」という意識が働きやす企業は、荒療治であっても命令絶対服従の社員を育てたいと思うではないか…というのが私の予想です。

他にも「承認体験を与える」「ブレインウォッシュしたあとにある種の価値観を植えつける」とかもありますがこれも後述します。

▼Q:実際にはなにやるの?

意味のないことをやります

本当です。たとえば、「駅前に立ち、大声で歌を歌う」「歌で審査員を感動させる」「動きを激しくアレンジしたラジオ体操を覚える」「行動力基本動作10ヶ条を暗記する」といった課題を与えられます。それらがすべて合格にならないと補講が発生し、強制的宿泊数が一日延びます。そんなことをわたしは7泊8日で怒鳴られながらおこないました。

この「意味がない」というのは実はとても効果的です。そもそも、入校初日先生から

「ここで教えることに意味はない。大声を出そうが、歌が歌えようが、仕事はできるようにならない。だけど、ここは研修練習の場だ。練習でできないことが、本番でできるわけがない。ここでの訓練を通じて、社会人としての一挙手一投足を学んでほしい」

とか言われます。そしたら「意味がないじゃん」という反論意味をなさなくなりますしかも、「意味はない」けど「歌で審査員を感動させる」ために歌う歌が

要領とごまかしで 長い坂はゆけない

仕事場は戦いの場 半端ではない

やる気になって汗を流せど 力なき悲しさ

いつかみじめな自分を見るだろう

年をとってほぞを噛むなら いまやるがいい

君よ知るか仕事ができて、人生幸せ

ひらけゆく青空の大きさはどうだ

しなやかな若竹にできないということはない

なんて歌詞なんです。

ここが恐ろしい、そして本当にすごいところで、教師意味提示しないので、自分で考えるしかないんです。

意味がない」からこそ、「自分意味内面化する」。このための仕組みが管理者養成学校はとにかく高度に作られています。たとえば、大声で歌を歌うとどうなるか。脳が酸欠になり、思考力が低下します。どれだけ歌っても鬼の形相の教師が怒鳴ってきます。何度も審査に落ち限界限界を重ねて大声で、精一杯気持ちをこめたあと、教師が満面の笑みで「合格!」って言って抱き締めてくるんですよね。このとき承認された感覚半端ないです。涙がボロボロますし、ボロボロ泣くのは気持ちいいです。承認体験は人を盲目します。

なお、こういった方法論は一般的にbrainwashingと呼ばれているはずです。そういった仕組みを利用しているのは軍隊カルトの二つが一般的ですね。

▼Q:嫌じゃなかった?

→嫌だと考える時間と余裕があらゆる点で排除されています

ポイントは「秒単位の余裕すらない規律」「徹底した団体行動」「常に見られていること」「でも絶妙息抜き」の4つです。合宿中は一日を5時起床/22時30分消灯で行動します。自由時間はこのうち合計3時間ほどありますが、単独行動禁止です。研修グループでおこなうので、一人だけ休む、一人だけ練習するなどは禁じられています。本当の意味での自由時間は、起床と就寝のための30分くらいです。それらは布団の出し入れと着替えでつぶれます

なお、行動と行動の間に1分でも空き時間があれば、なにか練習しないといけません。寝泊まりと訓練をする部屋は一面ガラス張り、かつ消灯時以外はカーテンを閉めるのを禁じられています教師は常に見回りをしており、なにもしていなかったら怒られますあなた方はパノプティコンをご存じでしょうか。

見られているのは教師だけではありません。同じグループのひとや、違うグループのひとも同じです。学校では実に細かなルールが設定されています。「部屋を出入りするときは『失礼します』とおじぎをしてから出入りする」「移動時には常に小走り」「椅子から立ち上がるときには椅子を必ず机の奥まで入れる」等々。そして、「ルールを破った人がいれば他のひとが注意する」「注意されたら『ありがとう』と返す」等々。ここでは生徒もまた監視している存在なのです。

しかし、ガッチガチでありながら、休憩時間ビールタバコを嗜むことは許されています絶妙です。縛るところは縛りつつ、一握りの自由を与えます。また、グループ内でのコミュニケーション促進にもなります

▼Q:みんなこんなルールを守るの?

→守ります意味がないルールでも、ここでは規律内面化されるからです。

一番面白かったのは、「風呂に入る前には、風呂場の上に書かれている『風呂に入るときは、1:頭からお湯を二杯かぶる 2:頭を二分洗う 3:お湯を三杯かぶる 4:水を一杯かぶる 5:体を五分洗う ...』の規則を必ず読み上げてから入る」でした。みんな読み上げるし、書かれている「体を洗う順番」を守ります。本当に。風呂息抜きの場ではありません。厳密には、「息抜きをしつつも、規律規則として必ず守る」という感覚が四六時中植えつけられます

▼Q:あなたは何を学んだの?

ラジオ体操でぶっ倒れるとか、40キロ歩いて本当に立ち上がれなくなるとか、あとは四六時中怒鳴られたときに何度も発生したミスがあるとか、そういった点での「私自身の体力的・精神限界を知れた」ということは結果的によかったかなと思います

また、『1984年』の二重思考ってこういうことなのかと体感しました。承認体験が重なるにつれて、「規律めんどくさい!」が「規律を守ることは楽しい!」に刷り変わっていく感覚は絵も知れぬものがありました。訓練の最後には「この学校は最高だ!!」って本気で思ってました。でも「学校を補講なしで卒業し、一日でも早く出たいから全力で試験合格しようとする」んです。

矛盾してるでしょう?でもそれを可能にするのが管理者養成学校なのです。

▼Q:管理者養成学校さないと

→同感ですがつぶれないと思います洗脳されてるひと結構ますし、この「洗脳されてる」が「『個人人格』とは別の『社会人としての規範人格』を学ぶ」と錯覚してるひとは多いです。私も、管理職立場になったら部下に行かせない保証はないなと思います

▼Q:おまえは既に洗脳されてる

洗脳っていうのは「こんなの絶対おかしいよ!」って理屈理解していても「わー!たーのしー!すごーい!」と思ってしまうから洗脳なのです。

2017-02-21

「○○の見分け方」がうさんくさい理由

そもそも、一点豪華主義のやつを排除できない時点で、そういう見分け方だけに頼るのは危険だ。

しかし、指標一見もっともだった場合も注意が必要である

人間というのは、得てして安易対策に走る。

指標本来目的より、指標の結果それ自体目的になってしまうのだ。



試験なんてだいたいそうだ。試験をする側は、学習内容を把握しているかどうか知りたいのに、

受ける側は内容なんてどうでもいいから、とにかく高得点を取ることを優先する。

試験形式カリキュラムを変更しても、この方針だけは絶対に変えられない。

入学試験から性格検査に至るまで、この世に対策のされないテストなど存在しない。

それから結婚願望のない男の見分け方」なんてものインターネット上にも転がっているが、

おそらく世のヤリチンどもは、そういう対策対策をして、相変わらず遊ぶはずなのだ

そうやって対策対策対策対策対策を始めたあたりで、もはや当初の目的無視される。

指標は世に出た時点で陳腐化が始まっているのだ。

2017-02-19

管理職研修 ブラック

某所でブラック研修を受けた

その中身を書く

場所

会社ではなく、別の研修施設。泊まり込みで行う。

俺の場合は最寄り駅から徒歩1時間程度。

日常演出するため。

宿泊は一人部屋ではなく、複数人が一部屋になることが多い。

内容

座学

精神論が中心。

やる気と気合があればなんでもできるみたい。

修了条件

一定試験クリアしないと修了しない。

素読

企業理念電通鬼十則のような文章を全力の声で音読

暗証しないとクリアできないが、暗証中は講師視線を合わせないといけない。

反抗的な態度の相手には視線を外したと言いがかりを付けて認定しない。

運動

体操筋肉痛になるレベル。穴掘りや行軍を課す場合もあるそう。

恐怖で支配

大声で恫喝人間て、恐怖で支配されると思考しなくなる。

最初

会社上司から、全権委任されている。生殺与奪自分にある。

途中で研修放棄するということは業務命令違反から、帰るんなら辞表を書け」

と釘を刺される。

反抗的な返事をすると、大声で恫喝する。

恫喝すると同時に「なんだその目は」

文句があるなら帰れ、金なんて返す」

思考停止

朝は早朝、夜は深夜まで。

睡眠を奪うことと運動思考力を停止させる。

座学中に大声で相槌を要求。できないと恫喝

質問には解らなくても挙手を要求。できないと恫喝

指名され、返事ができないと恫喝

考えずに動くようになってくる。

考えられないから失敗すると恫喝

失敗すると、周りにも「なんでお前らが注意しないんだ」と恫喝

スピーチ

徹底的に自己否定させる。

取り繕うものであれば、恫喝

恫喝して、思ってもいない方向に誘導

声に出すと、「そうだったのか」と思い込んでしまう。

だいたい泣きながらスピーチさせる。

アメ

言うことを聞くと優しくなる。

そのうち、講師の顔色をうかがいだす。

最終日には最終課題として出したモノを発表させるが、その段階で上司TOPを呼んでいる。

終わったら泣きながら抱き合うなんて普通

講師とも泣きながら抱き合う。

得たもの

辛い内容をクリアしたという達成感、高揚感、仲間との連帯

まあ、すぐに元に戻るけどね

危険物の貯蔵

乙四の試験今日受けてくるよ

それはともかく、会社の少量危険物庫にアルコール類や第一、第四石油類(危険物第4類)を保管してるんだけど、

硝酸の入った洗剤(第6類)も同じ部屋に保管してるよね

第4類と第6類って同じ部屋に保管しちゃいけないんじゃないの??

乙四保有者は会社にもいっぱいいるのに何で誰も指摘しないの??

100人以上いる事業所なんだから誰か気づけよ

なんのためのISO委員会だよ。安全衛生委員会だよ。

俺はただ前任者から引き継いだだけの洗剤の発注担当だぞ

ただでさえ消防に届け出てる貯蔵量を大幅に越えて保管してたから俺が騒いで今消防に届け出しなおしてるじゃないか


上司にまた直訴するの嫌だなぁ

でも消防法違反行政命令くらうわけにもいかないしなぁ

2017-02-18

リルケ軍曹ここ見てる??

明日クラン戦俺、行けなくなったーかあちゃんとにいちゃんが部屋にやってくるよぉおおおおおおおおおおおお就職活動やめて試験講義いかずに年越しソシャゲしてたらずっと大学行ってないのとうとうばれたぉ

おやじきたら殴られるん確定なんやけどやべーから今逃げる準備してネカフェ回るけどネカフェで寝泊りしてもラインしたいしスマホ電源きれねーしうぐうううううううううううううスタバは高いからなああああああああああああカラオケフリータイムで充電はできるけどクラン戦のことが気になるがかーちゃんにーちゃんきたらおこられるぉやべえ留年確定で大学がちくりやがったなあいつらああああ

2017-02-16

図書館に行ったらお持ち帰りされた話

少し前の出来事になる。



僕は自宅で勉強ができなかった。

昇進に必要試験のため、勉強しなくてはならないのだが、どうしてもテレビPCスマホに気を取られ捗らないのだ。

幸い、近くの図書館自習スペースがあるので、少し前から休日はそこに通いつめていた。

休憩中に色々な本を読むことができるのも良かった。



思い返せば、大学受験の頃もこうして図書館自習室勉強に励んでいたものだった。

から、人の目がないと集中できないタイプだった。

今の僕は、あの頃の自分が思い描いていたような人物になることができているのだろうか…。そう考えると、いっそう勉強に身が入るのだった。



しかし、僕の仕事結構忙しく、その上休日は全て試験勉強に充てていたため、しばらく体が休まるときがなかった。

少し睡眠不足になっていて、ぼうっとすることが増えていた。

そうでなければ、あの日図書館に行った帰り道であん事態に巻き込まれることはなかったのだろうと今になって思う。



***



その日の夜、閉館の音楽が流れるのを耳にすると、僕は参考書ノートを鞄にしまって立ち上がりエレベータへと向かった。

図書館はある建物の高層階に位置しているので、出入りにはエレベータを用いなければならなかった)

図書館で思い思いの時を過ごしていた僕を含む老若男女が狭い箱に押し込まれ、地上で吐き出された。

外は当然ながら真っ暗だった。街の明かりが疲れ目に染みて、僕はあくびをかみ殺した。

その時だ。後ろから声をかけられたのは。



「なんだ、来てたんですね。声をかけてくれれば良かったのに」

最初、その言葉が僕にかけられた言葉だとは気が付かなかった。何しろ、知らない女性の声だったから。

ちょっとちょっと、聞いてます?」

肩を叩かれてびっくりして、僕はその人を慌てて振り返った。

誰だ?

まったく見たことがない女だった。年は多分大学生くらい。長い黒髪が色白の肌に映えている、地味な雰囲気の女だった。

僕があっけにとられていると、彼女ちょっと笑って僕の手をちょっと握って、駅まで一緒に帰りませんかと言った。

意味がわからなかった。一体何が起こっているのだろう。

彼女は僕のことを知っている、でも僕は彼女のことを知らない。まったく知らない。

もしかして、僕らのどちらかが若年性の痴呆症だったりするのだろうか?脳が疲れていて、頭がうまく回らなかった。



風邪引いてますか?ちょっと声が変じゃないですか?」「お腹すきましたね」「ちょっと痩せました?ちゃんと食べてますか?」

など、女がときどき投げかけてくる質問に生返事を返しながら歩いている間に駅についた。

「帰りは反対方向だから、ここでお別れですね」彼女は言った。

僕は、あの図書館から徒歩10分の場所に住んでいる。電車は使っていないのだ。

けれどもなんとなくの流れで一緒に改札を通ってしまった。

そればかりか、反対のホームに向かうため、図書館を出たときからずっと握っていた手を名残惜しそうに離して小さくバイバイをした彼女

少し淋しそうではかなく見えたから、僕は踵を返してまた彼女の手を握り、同じ方向に向かう電車に乗ってしまった。

僕は何をやっているのだろう?

明日仕事休みなんですか?」嬉しさで口元が緩んでいるのを隠し切れないらしい彼女が僕に聞いてきた。

今日土曜日明日日曜日から、それは間違いなく真実で、だから黙って頷いた。

行ったことのない方面へ向かう電車、窓の外を流れる見慣れない景色、そして横には知らない女。

何もかも非現実的だった。

ガラスに映る僕達二人の姿を眺めながら、多分これは夢だろうなと僕はその時初めて思い当たった。

そう考えれば何もおかしいことはないし、どうせならこの状況をとことん楽しんでやろうと思った。女は地味だが笑うと可愛かったし。

そういうわけで、彼女アパートに到着してドアを閉めるとすぐに押し倒して、そのまま彼女が気絶するまで滅茶苦茶セックスしまくった。

その女は着やせするタイプのようで、ものすごくエロい体をしていた。

気持ちよかった。



次の日の朝、女の悲鳴で目が覚めた。

目を開けるとあの女が居たが、昨日とはちょっと違っていた。けっこう度が入った眼鏡をかけていた。

あなた誰なんですか」怯えた顔をしていた。

「それはこっちの質問だ。君こそ誰なんだよ」僕は言った。「僕の手を握って家まで連れてきたのは君じゃないか

彼女は混乱していたので(僕もだが)、落ち着くのを待ってから昨日の話をした。

とても驚いて、青ざめた顔をしていた。



事の顛末はこうだ。

彼女には昔付き合っていた年上の男がいて、別れた後もしばしば連絡を取り合っていたが、最近は途絶えがちになっていたそうだ。

その男彼女はかつて、図書館に来てお互い自分用事を済ませ、帰りにデートしたりしていたらしい。

彼女はまだ、その男のことが好きで、それでそいつ便利屋扱いされていたようだ(色々な意味で)。

写真を見せてもらったら、なるほど、その男は背格好や顔立ちがなんとなく僕に似ていた)

前の日(つまり僕がお持ち帰りされた日)、彼女は目が痛くてトイレコンタクトを外し、その際にうっかり水で流してしまったが、後は帰るだけだしと裸眼で過ごしていたらしい。

それで、僕とその男とを見間違ったのだった。



事情がわかると、彼女は半裸のまま、色んな液体がカピカピになったものを体にこびりつけたまま、土下座して僕に謝った。

「そんなに謝ることないよ、僕がちゃんと言わなかったから悪いんだ。ちょっとぼうっとしてて訳がわからないまま来ちゃったのはこっちだし、それに…」

「それに?」彼女は、擦り付けていた頭を上げ、黙ってしまった僕に尋ねた。

何でもない、と僕は言った。何を言おうとしていたんだろう。そうして、彼女をじっと見つめている自分に気が付いた。

僕は眼鏡をかけている女の子が大好きなのだった。



***



それから何となく一緒にお茶を飲んだりごはんを食べたりするようになり(もちろんセックスはなし)、

彼女社会人だった)と僕はなんと出身大学学部も同じ、好きな本が同じ、食べ物趣味が合う、などが判明した。

一緒にいると心地よくて、割と可愛くて、何よりあの夜のことが衝撃的だったので

つのまにか好きになっていた。

あんなことをしておいて可笑しいかもしれないが、二人とも奥手だったため、

初めて出会ってから正式に付き合うまでに一年間の時間を要した(もちろんその間セックスはなし)。



図書館に通っていただけで、彼女もでき、それから試験でそれなりに良いスコアもとれて無事に昇進できた。

たまにはこんなすごい幸運もあるのだなと思った。



このことを思い出して書こうと思ったのは、彼女本棚からアルバムが出てきたからだ。

彼女はその時、夕飯の買い物に出ていて、僕は好奇心からついそれを見てしまった。

前に付き合っていたというあの男の写真も混ざっていた。処分し忘れたのだろう。

久々に見ると、僕に本当によく似ていた。

それらの写真は七葉あり、彼女が前に見せてくれたものを除き、なぜか全て少し離れたところから撮られていて、ほとんどが横顔だった。

そのいくつかの写真の中で、彼は僕が持っているのと同じシャツを着ていた。



似た雰囲気の男は、持ち物の趣味も似てくるのだろうか。

なかなか興味深いとは思いませんか?

2017-02-15

今日ちょっと疲れた

私はとあるメーカー設計をしている。

今日は、お客さんに誘われて工場試験立会に行った。というか、そのお客さんは文句が多いお客さんで、数多の手直しに現場辟易していて、私はお客さんに気に入られているので、現場に呼ばれて行った。試験現場に任せて、お前はお客さんの話し相手していればいいから、と事前に言われた。

うちの設計チームのリーダーは、私が度々お客さんに呼び出されて工場へ行くことに良い顔をしない。それは別に「私が」お客さんと無駄話して設計仕事をサボっているから、ではなく、若い女の子仕事にかこつけて呼び出す「お客さん」と、それでお客さんの機嫌が取れるならと良しとする「現場」に良い顔をしない。

そもそも以前に一度、お客さんの出した契約仕様外の要望について私とリーダーでお客さんに話しに行ったことがあり、お客さんの吹っ掛けとも言える仕様要望リーダーうんざりさせられたことがあるので、リーダーはそのお客さんを良く思っていない。その時、お客さん側に一緒に立ってやいやい言ってきた現場のことも良く思っていない。お前はどっちの味方なんだ、と。

私が気に入られて以来、明らかに私の設計チーム(だけ)お客さんからの追加要望が減った。というか、全く無くなった。

お客さんは私が行くと歓迎してくれる。現場はお客さんの機嫌が取れて感謝してくれる。ならそれでいいか、と、私はたまに現場に呼びだされて行く。

今日試験は、その工場では初めて立会う試験だった。他所工場では2,3回くらい見たことがある。まあ、分かる内容もあれば分からないものもある。お客さんは元々他社の設計をしていた人で、試験解説してくれたり、設計昔話をしてくれたり。

から始まって昼前に試験は終わり、その後お客さんの控室で昼休みに食い込むまで(いつも通り)設計の心構えだとか、昔話だとか、少しは現場を見に来なさいだとか、試験内容についてとか話した。

これは私の不徳の致すところだが、最後の方は苛ついて無愛想な口調になってしまった。

お客さんは困った顔をして、現場のおじさんは苦笑気味だった。

きっと後で現場からリーダーに私の教育が悪いと苦情が来るだろうな(前にも一度あった)、と、事前に伝えておいた。

うちの設計チームのリーダーは、仕事がデキる人でチームから尊敬されている。私もそうだから、勿論リーダーにそんな反抗的な態度をとることはない。だからリーダーはお客さんが以前一度会ったときのように嫌味な口調でくどくどと説教してきて、それで私と口論になったとかだと思っている。私は信じられている。

憂鬱だ。

追加要望対応は面倒だし現場には感謝されるし、それでいいと判断したのは私だ。リーダーは断っていいといったし、現場は私に試験は見てるだけでいいといったし、お客さんは私とおしゃべりしたかったのだろう。

お客さんも現場も、勿論リーダーも嫌な人じゃない。私が上手くやれないだけだ。

年配者の説法を上手くかわせない自分に腹が立つ。

2017-02-14

頭がいい人と悪い人の違い

って結局、身体能力帰着するんだなあと思った。

視力がいいとか、聴力がいいとか、そういった単純なハード面の優秀さは、

細かな差異認識できるとか、会話から多くの情報を得られるとか、そういった副次的な利点を産む。

ということは、機械的情報処理するペーパーテストでも、人の顔色を伺う面接試験でも、優れた能力が発揮できると言うわけ。

したがって身体能力の優劣はあらゆる場面で差を産む。

って当たり前じゃねーか。

まりこの文章書いてる俺はバカ

大川隆法の経歴笑っちゃうよね

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B7%9D%E9%9A%86%E6%B3%95

来歴

生い立ち

1956年6月徳島県麻植郡川島町(現在吉野川市)に、畜産コンサルタントであった[4]父・善川三朗[2](本名中川忠義)と母・君子次男として生まれる[4]。出生名は「隆」。吉野川市立川中学校徳島県立城南高等学校卒業。幼少期の頃は、GLA高橋信次生長の家に感銘を受けて日本共産党活動家から転向した父[9][10]に「聖書」や「無門関」について教えられる[4]。10歳の頃、将来の夢は学者外交官だったという[4]。一浪の後1976年東京大学文科一類入学し[4]政治コースに進む[2]。ハンナ・アーレント研究論文作成した時には、教授からマチューアー(成熟している)」という評価をもらったという[4]。その後、司法試験国家公務員上級試験受験したがいずれも不合格となり、また学者の道に進むこともなかった[4]。大川は、司法試験について論文問題学者的な視点過去判例批判する答案を提出したために合格できなかったとし、大学に残らなかったのは自分師事すべき教官がいなかったと悟ったためと自らを振り返っている[4]。1981年法学部卒業し、総合商社トーメン(現豊田通商)に入社[4]。翌年1982年8月ニューヨーク本社研修生として派遣され、その間にベルリッツ語学学校ニューヨーク校を卒業[4]、ニューヨーク市立大学大学院センターで国際金融論を学んだ[8]。

大学卒業して商社マンとして勤める一方、この時期に宗教家としての「霊的覚醒」が始まったとされる[8]

東大法学部出て,ビジネスマンやって,法的に問題ない金儲け思いついただけじゃねーか

せめて,キリストブッダアッラーばりの逸話作れや

111医師国家試験受けてきた

以下感想

試験の内容について

 必修ブロック以外はそこまで難化していないと思う。一部?と思う問題があったもののヒントがあるし、使い回しの問題はあからさまに簡単問題がチョイスされていたので

「ここは悩ませる問題でこの問題は確実に点とってほしい問題」というのがハッキリしていたと思う。

現場的な問題は増えたと思うし、疾患がわかっても、患者状態評価できないと解けない問題結構あった。ここらへんをmedu4の某先生は良問だと評価しているのだと思う。

ただネットを見ると出題内容がおかしいという意見結構。確かに変なこと聞くなあという問題散見されたし全体を通して良い国試だったとは個人的には思えなかった。

 必修は明らかに難化。とはいえ、臨床問題文章題)については一日目の難易度に会場がざわついたものの二日目・三日目と徐々に簡単になっていったので

多くの受験者は三日間を平均すると8割に乗ったと思う。逆に一般問題(知識問題)は3日通して難化していたと思う。難化もそうだが何でこういうの出題するの?っていうのが多かった。

まずMLF症候群とか脊椎靭帯に関する解剖の問題が「必修」というのはおかしいと思うし、胃管に関する理念問題はまあ良いとしても学生が実習で経験できない動脈穿刺の手技の問題出すのはどうかと。

必修といえど簡単すぎるのもどうかと思ったのか知らないけど、難易度以前に必修らしい問題がどういうものかをもう少し考えて出題してほしい。

選択肢もなんか微妙感じのが多くて掲示板でも割れまくってるような問題を必修にするのはやっぱりおかしいと思う。

まあ多分出題者も一般は配点低いからっていう理由意図的に難しくしたのかな、とは思った。自分一般75%臨床85%みたいな感じなので出題者の思惑通りの点のとり方したのかな。

試験の結果について

 まだお偉いさんが正式な回答を発表してるところがmedu4しかない(しそこも重いから見れない)けど、まぁ合格基準にはなんとか乗っていると思う。

少なくとも一般と臨床は7割くらいは取れてるし流石に落ちないと信じたい。

ただ、必修が今年からいきなり臨床と一般で各々、基準もうけるとかされたら落ちる可能性ある。必修だって掲示板意見割れてる上に正式解答がハッキリしてないしね…

・実際の試験場の感じについて

殆どの人が大学単位専属バスにのって、大学単位で注文してたお弁当食べてた。

自分自力で会場行ったし、コンビニ食事してたけど周り見る限り立地が悪い会場だったので少なくとも移動バス大学単位のを利用した方がいいと思った。

あたりを見回すと自大学の弁当は揚げ物ばっかりの胃に貯まるヤツで後輩のメッセージも「勝利」とだけ書かれたそっけないものだったけど

他の大学のはバランスが良くてお腹に優しい弁当の箱にムーミンとかのイラストが直筆で書かれてて後輩のホスピタリティ格差を感じられて面白かった。

会場内はいくつかの大学学生が入り混じってるけど結構な人が立ち食いor椅子を持っていってまで知り合いと食事をしようとしてるのが少し気持ち悪かった。

自分は一切かかわらなかったが会場の外で(受験者以外会場内立入禁止なため)栄養ドリンクチョコを持って待機してる後輩が散見された。

後輩自信に何のメリットがあるかわからないがあれは見てるだけで可愛いし癒された。

ただ、一つだけ言わせてもらうと仮にも医学部なんだから会場の近くでタバコ吸うのはやめたほうが良いと思う。

・実際に試験受けてみて感じたもの

 試験開始前の空き時間が非常にダルい試験管理者の方がかならず20分近い事前説明をするから時間試験でもトータル1時間30分の作業になる。余りキリキリしてると精神がすり減る。

あと試験管理者に間違いなく当たりハズレがある。荷物の置き場所とかに細かい人とおおらかな人が居るのはまあ良いとしても、

何故か必ず問題冊子を画像冊子の下にのせて配る試験管がいて、自分の周りだけ試験開始までに試験の注意事項の1ページ目が読めないって状況が三日間ずっと続いた。

たった1ページの、何回も読み飽きた情報はいえ、こういうのは不公平になるからやめてほしい。

それと、マークシートも縦長型と横長型が三日間ずっとどちらかで固定されるからこれも人によっては影響あると思った。自分は縦型だったけど模試で横型シートだとマークミス多いタイプから助かった。

 必修うけるときメンタルが凄く大事だと思った。実際八割って結構キツイ問題は一日分で30問あるけど実際は臨床問題の配点が三倍もあるから

一日30題中の臨床問題15問で3ミスに抑えないといけないってことになる。今回みたいに問題が難しいと2つに絞れるけど最後が絞れないみたいな問題が一日に5問とか普通にあったりする。結構どぎまぎする。

 当日に掲示板をみて答えを確認するかについては意見があるけど自分絶対にやったほうが良いと思ってる。少なくとも必修はすべき。

メンタル弱い人はだめかもしれないけど、自分がどれくらいできてないのか、周りとどう考え方違うかはチェックしておいたほうが良い。

必修の難問は採点対象外になることがあるけど、問題が変でも皆がなんとなくあってるところは削除されないこともあるし、自分の間違え方・当たりが他の大多数と一致してるかは絶対確認すべき。

自分は一日目に考え方が違うのがわかって二日目から矯正してなんとか八割のれたと思ってる。

あと意外と同じような出題が多かったか掲示板で復習できるとちょっとお得。梅毒とか何回だすのって感じのも多いし、必修もやたら循環器・公衆衛生(臨床研究周り)・注射あたりの出題被りが多かった

・これから国家試験対策(もし落ちた時の自分来年のためにも)

 必修対策絶対必要になったと思う。テコムとかmedu4とか多くの塾会社が口をそろえて

「必修で8割いかない人はそもそも一般・臨床で点が足りない。だから一般・臨床で合格ライン乗る勉強すれば必ず必修も合格してる」

みたいなこと言うけど今回の内容見るにこれからはそういうの通用しないと思う。

どうせ今回も難しい問題が除外問題になって調整されるんだろうけど(願望込み)、実際どれが除外になるかなんて偉い人の考え方一つだし、そんなの試験中の安心材料になんて全くならない。

それに、必修の内容が明らかに実践向けになってるから一般・臨床向けの勉強だけじゃ通用しなくなってきてる。

「この病気のこの治療法はどの段階で有効でどんな人にだめなのか」を徹底的に覚えないといけない。とくに心筋梗塞とか脳梗塞とかの有名な救急疾患は絶対覚えないとだめ。

あと、手技的な出題が物凄い増えてるからこれも対策必須動脈穿刺とか胃管挿入とかCSF採取とか皮内注射とか学生経験させちゃいけないことでも平然とその手技の仕方が出題されてる。

手技の本で勉強することはこれからの国試考えると必須になると思う。

・塾講座について

 すくなくとも国試直前講座についてはMECが結構的中していた。当日予想メール?もかなり当たっていたらしい。直前講座とかはMECに依存したほうが良いと思う。

通年講座はtecomとMECがあるけど個人的にはMECの方が良いのかなと思った。テコム病態学習には凄くいいんだけど、ノート取るのめんどくさいし今となってはmedu4の方が良いように思う

(tecomは大学単位で申し込むせいで五年にならないと動画見れないのもかなり痛い。)

あと年末から開催されるまとめ講座みたいなのはコムのtargetとメックのsummarizeがあるけど、テコム過去問の寄せ集めだから最新の話題仕入れたいならsummarizeのほうが良い。

全体を通して、これから現場的な考えを教えてくれるMECが通年講座でも良いように感じた。

 一方で模試はテコムのほうがオリジナル問題多いし、結構予想が当たっていたので模試はテコムオススメする。

 公衆衛生自分はテコムでやってある程度出来るようになったけど評判悪いみたいなので一般的にはMEC+αで公衆衛生といった所だろうか

大学を通した勉強について

ぶっちゃけ基礎は殆ど訳に立たないと思う。強いて言えば病理と薬理、解剖当たりの考えが身についてる人だと4年から勉強が楽になるのは間違いないけど。

周り見ても卒試国試に強いやつの中には一年から成績良かったやつもいるけど六年から勉強がんばり始めた人も沢山いるし。前半学年は、ゲームなり部活なり恋愛なり好きにすればいいと思う。

四年生の時の動画講座は何故かCBT用の内容絞ったやつがあるけどアレは全く意味いからやらないほうが良いと思う。CBTはquestion bankやれば動画なんて全く要らない。

でも四年生とき時間が沢山あるからこの時に自分お金はらってmedu4の臓器別講座を授業で並行してやればいいと思う。授業では国試に向けて話すのにCBT部分だけ勉強するとか無駄すぎる。

大学の講座はどうせ授業中のプリントなんか捨てるんだから、medu4の国試用の臓器別講座のプリントレビューブック当たりを持ち込んで授業でなるほどと思ったことを書き込めばいい。

よく塾会社の最新の話題当たって凄い~みたいな話あるけど、ぶっちゃけ四年生の授業で最近~ってのがありますって先生が言ってた所とほぼおなじだった。みんな大学の授業聞いてないんだなと思った。

国試の勉強でイヤーノート個人的はいらないと思う。高いし分厚すぎて持ち歩けない。中古レビューブック買って過去問動画講座みて学んだことを書き込むだけで十分合格点くらいは取れると思う。

ただ、レビューブックだけだと手技系とか各課検査の基礎値とか心電図とかそういうのが弱いからそこだけは自分ノート作ったほうが良いかな。

六年のときは皆切羽詰まって勉強してるけど、受かるだけだったらそんなに勉強しなくて良いかも。結局1月から頑張れば就活卒試の勉強しっかりしてる人は大抵受かる。

人によるけど卒業試験終わってから10月末~12月前半は遊んで良いと思う。この時期凄く安いし早めに卒業旅行でも良いと思ってる。



 

受験は終わらない。

今年は受験生だった。大学受験

ただ幸か不幸か、高2の冬にオタクになった。

私は幼いころから漫画が身近にあって周りと比べるとまあまあ読んでいたほうで高校生になりバイトを始めると、使える限り漫画に費やしていた。

けどそれだけ。漫画をほかの人より多く買うだけ。

アニメはたま~~~~に見ていたけれど、アニメオタクと語れるほどのものではない。ワンクールに3つ見ていたら多いほうで、声優はいくら有名どころでも名前がわかっても声がわからない、逆もまた然り、その程度。

けどすべて高2の冬に変わった。もっと遡ると夏が原因かもしれない。

夏にとあるソシャゲにハマって毎日ログインしてはランク上げに励み、イベントがあれば上位に入ってレアカードを狙い、石を集めてはガチャを回した。無課金だったけれどCDが出れば買っていた。

そしてそこで出てくる声優を覚えた。

でもやっぱりそれだけ。

冬…というか秋アニメとあるアニメにハマった。そこで人生が変わった。

しかも夏から始めたソシャゲと出演声優が被っていて、その人自身への理解も深まりアニメに恋をしてなんとかぎりぎり一般チケットをとりイベントへ参加した。

そのイベント声優のものに恋をした。ファンになった。

ハマる、という言葉の本当の意味を知ったような作品になった。


そこからと言うものアニメは一旦終わったものの、コンテンツのものは終わることな情報小出しに細く長く続いて、1年経っても月1で何かしらある状態にいて冷めることができずに追いかけ続けた。

声優に関してはどうせ1か月後には興味を失ってるという線引きを一応するスタンス応援し続けて結局いまだに好きという状態

出演アニメはとりあえず録画するし、イベント情報が手に入れば、一応全部検討して行けるかどうか考えた。何回かは行った。

シチュエーションCDという存在をその人をきっかけに明確に認識し、フォロワーオススメされた作品にまんまとハマっては、めちゃくちゃ熱を入れた。

自分乙女系の作品が好きだと自覚し、推しがいなくても好きそうなものは追いかけた



また、舞台にもハマった。まああるところから繋がりがあり、興味が出て見ては好みにどんぴしゃ


まり

馬鹿みたいにオタ充した。それが高3。


季節が変わるごとに放送アニメは変わり、シチュエーションCDなんてシリーズで追いかければ、月1で新作が出る。

イベントは定期的にあるし、ものによっては円盤も出る。出ないものもある。

常に供給があり、しか結構限定的

リアルタイムで追いかけなければリアルタイムで感じた感想に巡り合えない、もしかしたらインタビューとか逃してしまうかもしれない、雑誌も買わなければ…そう思ったら情報のチェックは欠かせない。

あとから知っては遅い。その価値観さえ捨てれば我慢できたのかもしれないけれど無理だった。

だって好きになったものは全部追いかけたいじゃん!

終わったあとに知るのは悔しい!


もうなんていうか本当にどうしようもなかった。

きっと私以上に時間趣味に費やしていてもきちんと勉強できる人はいたのかもしれないけれど、私は私だ。

まったく勉強しなかったよね。しか試験が近づけば近づくほどする時間は減っていくばかり。夏にはまだ1日10時間していたのに。それでも足りないけれど。

結果大学全落ちして今日家族会議

どうしたいかと言われても難しい。

想像能力が乏しく、将来よりも目の前の幸せを優先させることに必死

例えば浪人することにしよう、そしたら私はまた1年趣味に全力を出せない。大学にいけば全力を出せるかと言われてもそれは違うけれど少なくとも受験生という負い目はない。

趣味を一切我慢するなんて考えられない。



それに好きな作品にはファンが願って願ってお金を出し続けてついにアニメに続編が来た。

思わぬハマりを見せたシチュエーションCDも、続編が決まっていた。また半年間のマラソンだ。

舞台もまだ続く。

推しの出演作品も続々と決まる。過去だって見たいのに。



もどかしい、もどかしすぎる。さっさとお金を稼いで自分のすべてを費やしたい。



そんな誘惑に負けていいとは思ってない。私にだって勉強したい気持ちはある。教養がほしい。もっと得たいなにかがある。

馬鹿が嫌いなわけではないけれど、それ以上に勉強ができる人間に恋い焦がれる。あこがれる。頭の良い人は面白いから好きだ。

私が好きだと思った人の頭はよかった。恋愛対象としてじゃなくて人間として。

頭の良い人が集う環境にいたほうが効率よく頭の良い人と出会える。

もちろん勉強するために大学に行きたい。



さいこと書いてるように思えてきたーーーーー。

実際そう、くさい人間で、ただの勉強のできないオタク



大好きな作品出会うことのできたあの日々に後悔ができない…タイミング大事だし人生は潤った…。

自業自得でも幸せは得た。その分たくさん苦しまないと何も得られないのだと知った。私は天才ではないから。


どうするべきか決まらない。今からでも出願が出来て確実に受かる適当大学に行って趣味に費やしたいけれど、ちゃんと今勉強して来年また大学を受けるべきか。

浪人したって成績はそこまで上がらないとはよく聞く。じゃあ私はまた来年同じ思いをする。

現役で一所懸命できない人間浪人しても受からない。

私は経験がないから知らない、でも多くの受験生を見てきた人々がいうのだからそれが正しいと信じる他がない。

すべては自分次第だろうけど、自分を信じられるほどの実績が自分にはない。

気持ちだけで終わる。

ただの馬鹿受験生ぼやき

こんなこと書いてないで勉強したほうがいい。

[]2017/02/13

何度かおきては寝てを繰り返したから3つある

1つ目

まったく勉強をしない状態センター試験をぶっちして次二次試験って状態で、同じように勉強してなかったように見えた中学校同級生の川久保くんに、さすがにセンターは受けた?ってへらへらしながらでも内心バクバクできいたら、受けたって答えられて、ああセンターをぶっちするのはさすがにあほすぎたそれに川久保くんなら勉強してねえっつっても実際はしてるパターンだろうしって思って内心めっちゃあせる夢

現実ではちゃんと勉強してセンター二次も受けた

たぶん今のぐーたらな状態受験期を迎えてたらこうなってたであろうっていう感じの夢ってことだと思う

あと試験をぶっちしたといえば基本情報技術者試験だな

2回くらいぶっちした

今日いい天気だから布団ほそー!試験なんか勉強してないしいくのやめよー!とかで

その2つがまざってこうなった感

閑話休題

2つ目

なんかすげー怖い存在にめちゃくちゃ追いかけられて周りの人間もどんどん殺されていく夢

寝起き最悪だった

3つ目

そのあとまた寝なおしてみた夢

小学一年ときにはじめてラブレターもらった女の子がいたからその子セックスしていい?ってきいてOKもらえたのでセックスする夢

ちょっときもちよかった気がするけどなにぶん未経験のことだから想像力には限界があった

でも2つ目の夢とまじってたような気もする

逃げながら駅弁してトイレの個室に隠れたような気がする

2017-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20170211141746

なんの問題もない

結婚しない方が幸せな人はたくさんいる

試験頑張って

けものフレンズ

最新話のあまりのつまらなさで目が覚めた。あれは何だったんだ。

やはり試験終了直後に見たことによる脳の解放だったのか。

2017-02-09

ADHD発達障害)の、つまずきながらも終わらずに生きられた半生

ADHD診断済の者です。

ここ最近借金玉氏のブログhttp://syakkin-dama.hatenablog.com/)が立ち上がったり、そこでの記事話題を呼ぶのを見て、にわかはてな界隈でも発達障害に関する話題が盛り上がっているのかなと思っていた所、

http://anond.hatelabo.jp/20170206102543

↑こちらの中学受験の話と、それに付いていたブクマコメントが、あまりにも「そうッ!」という思いだったため、少し乗り遅れた感ありますが思わずキーを叩いてしまっています

そのコメントとは、id:Outfielder 氏の

知能に遅れのない高機能発達障児は、中学で内申が出ないか高校受験で詰んでしま人生終了がほぼ確定してしまうから少々無理してでも中学受験すべき、という体験談は聞いたことある

というもので、まさに自分がそれだった、その通りや…と瞠目してしまいました。

自分がそれ、と言っても結局中学公立に進んだのですが、幸いなことに人生終了は(おそらく)しておらず、今は自分にとっては環境面・経済面でも充分有難い場所で働かせてもらっています

でもそれはたまたま、運が良かっただけという気がしていて、振り返るとこれまでの人生の中で、ADHDのせいとは一概には言えないけれど、幾つかの「挫折ポイント」があったので、もしこれからの進路にお悩みの発達障害傾向のあるお子さんを持つ方などが居たら、参考になればと思いつつ振り返ってみます

(多分あんまり参考にはならないですし、それよりも自分が整理して書き出してみたいというADHD衝動によるもの本心です)


小学生時代中学受験でつまずく)

子供の時から自分は周りとは違う人間だ、という自覚は多少なりともありましたが、それは割とポジティブに捉えていました。運動は苦手だけど、勉強はわりといいところ、そして休み時間や家ではマンガを書くこと、それを披露することでクラスで固有のポジションを得ていた覚えがあります

絵師の皆さんなどもどこかで記憶のあるような体験なのではないでしょうか)

問題ポイントが、中学受験。親の方針もあり、自分もなんとなく説得され特に断る理由もなかったので(通学が遠くなるのはめんどくさいなあくらい)小4くらいか中学受験に向けた塾通いをするようになります

しかし、それがだんだんキツくなり、小6のいつ頃だったか、日曜も朝から夕方まで模擬試験しか提携してる友達も居ない知らない塾まで通っての体制になり、多分その環境自分ストレス耐性がピークに達してしまった気がします。

と同時に、なぜ今の小学校友達と離れてまで、遠い中学に通わなきゃいけないのか、さっぱり意味がわからないと涙ながらの突然の抵抗。自分が覚えている限りの自我の芽生えその1です。

結局、これ以上は無理と親も理解したらしく、中学受験は断念、塾も同じ塾内の進学コースから普通コースに移動しました。この時の迎えてくれた友達安心感たるや今でも思い出します。


中学生時代(内申でつまずく)

この公立中学地域圏内では割と悪評の高い、まあいわゆる「荒れてる」と言われるような学校だったようなのですが、幸いなことに僕が入学する直前辺りから目立って悪い行いは無くなっていったようで、中学の3年間は気の合う(ヲタクな)友達も狭い付き合いながらも出来、全体的には、例えばいじめに遭うなどという特段嫌な思い出もなく平和に過ごせました…

が、

心境的には、中学2年辺りから周囲との違和感を強く感じ始めていました。

まぁこれは、誰にでもある思春期の訪れだとも思うのですが、良くないことに同時期に、インターネット桃源郷見出ししまいました。

テレホタイムは親のPCでこそこそチャット掲示板に入り浸り…(なんとなくこれで年齢が分かりますね)

今思えば、このあたりもADHD衝動性、過集中にフィットしてしまい、その後にやってくる虚脱によって学校を休むことが増え、やがて内申はどんどん悪くなっていきました。。


高校時代公立高校でつまずく)

はい。ここで2度めのポイント、そして最大の「人生終了」感を味わいました。

中学での内申に引っ張られ、「お前はここにしか行けない」という公立校にヒィヒィ言いながら入りました。(試験の点数だけで言えば中の上レベルの人たちと張ってたのに…と今でも悔やむことがありますが、まあしょうがない)

そして、1年ももたずその高校を辞めました。

なんで辞めたのか。今でも正直言ってこれといった理由言葉に出来ないのですが、幾人かの「いやなタイプ」の人の顔、そして、排外的雰囲気、それに合わせることの絶対できない自分の中の何か。

気づいたら高校に行けなくなっていました。僕みたいな人間は、居心地が良くないとマジで死ぬんだなあ、ということが身に沁みてわかりました。

多分この時ほど親は、上記のコメントと同じことを思ったことは他にないでしょう「少々無理してでも中学受験すべきだった・・・

その後、半年ほど引きこもりをしてから、今度は底辺私立校一年から入り直すことになります

ぶっちゃけ誰でも入れるような所で、周りを見渡せば一目瞭然の発達障害ヤンキー、そしてほぼ知的障害とも言えそうな人まで、ワケアリな人種ばかりが揃った愉快な空間でした。

それでも、そんな所に高いお金を払って再チャレンジさせてくれた親には大変感謝しているし、また学校行けなくなるのではという恐怖も乗り越え再びやり直すことを決めた当時の自分も、割とがんばってたと思います。(引きこもってた時分は外に出るだけで怖かったです)

そしてこの私立校が、思いのほか自分には合い、割と気ままに過ごすことが出来、大人になった今でもLINEでくだらないことを言い合うような親友も出来ました。

特にその学校ではPCを使った授業に力を入れていて、もともとネットにハマってたくらいなのでPCに触ることは自然だったのですが、その中で自分特性に合ったジャンル先生見出してくれて、「大学受験してみないか?」という運びになります


大学時代ADHD完熟期)

その高校での先生たちの手厚いサポートのおかげで、(あの悪評高い)AO入試制度を使い大学への入学を果たします。

2ちゃん等ではFランと呼ばれるランクしょうが世間的にはそこそこ名だけは知られているところでした。

そして自分学生時代を見返してみても、この大学時代が一番輝いていたように思います

興味のある授業内容、自由雰囲気キャンパス、そしてどことな普通じゃない人達の集まる文化系サークル出会い、居場所と夢中になれることの両方が目の前に広がり、自分人生が本格的に始まった感じがしました。

色々あったけど、特にここで語るべきことはこれ以上ありません。

就活は例に漏れ苦痛でしたが、それでも思ったよりあっけなく、自分に合いそうな所に内定を得ることが出来ました。


社会人のはじまり(つまずき続けつつそして現在

そして、光に満ちた4年間が終わり、ここから暗く長い旅の始まりです・・・

といっても、第3のポイントは1年目序盤にあっさりと訪れます会社に数日行けなくなりました。

体が動きません。会社メールも見れません。連絡したくありません。何もかもから逃げ出すことしか考えられなくなりました。

それでもなんとか数日休んで、這うような思いで出社し、耐え、またしばらくすると行けなくなる、を繰り返しました。

メンタルクリニックにも行き、「抑うつ状態」の診断書を突きつけたりもしつつ、それでも時には自分に合った業務に携われる期間もあり、何より会社の人が良い人だったので、なんとか辞めたり休職したりはせずに、自分の心と身体を騙し騙し、一つの仕事に人より何倍も時間を浪費しながらも、続けられていました。

ADHD的に特にしかったのは、やはり外部とのコミュニケーションスケジュール管理企画書作成といったところでしょうか。

これらを、自分を無理に奮い立たせながら乗り切っていたため、やがてそういった業務をすればするほど、図太くなるどころか気づいた時にはストレス耐性が全く無くなり、再びしょっちゅう休むようになりました。

それがここ1年ほどのことです。

再びクリニック通いを再開し、軽うつ対応するような薬を飲みつつも、相変わらず同様の環境仕事を続けており、このままじゃどんどんダメになるのではという漠然とした不安と焦りが募っていました。

そして約半年前、同じクリニック内で医師が代わり、その医師の診断方針もあり状況を見直した所、「ADHD」という判断を受けました。

それまでもネットで色々情報は見ていたため、あ~やっぱり、という感じでした。

その後、自分ADHDであり、こういう業務はどうしても脳の形状的に難しいのだと諦めがつくようになり、まずは環境を変えなければどうしようもないと思い、同じ社内ではありますが異動を相談したところ、あっさり通り、そして始めのほうに記したような、落ち着きつつある現在の状況があります


振り返ると

中学受験高校社会人と何度も「周囲との違和感」「やってみてはダメになる」「周りと同じような適応は出来ない」を繰り返してしまっていたのですが、それでも、親や教師理解サポートたまたま巡り会えた環境に恵まれ、なんとか人生終了せずに、今は地道に日々の幸福度回復させていけるようになりました。

中学受験成功していれば全てが上手くいった、とは思わず、結局はどこかで周囲とのギャップ、そして挫折経験していたと思いますが、それでももっと早くADHDという認識を与えられ、それに対応した生活見直しや進路を定められていたら、もうちょっと楽に歩むことが出来たんじゃないかなと思います

一歩間違えれば人生終了待ったなしだった気がするので、それを回避するためにも、もし自分が、そして自分の子供がちょっとあやしいなと思ったら、診断を受けてみたり歩み方を普通の人とは変える、認識を良くも悪くも諦めるようなタイミングが、必要なんじゃないかなと思うのでした。

まぁ、今はどこのクリニックも発達障害の診断で激混みという話も聞きますけど…

空前の発達障害ブーム(?)に備えた人生設計の、一つの参考例にでもなれば幸いです。

2017-02-08

地域差が大きいので別の県に移動してはどうでしょう

子供の感じからすると関西の南の方にいらっしゃるような感じがします。子供が「教育委員会に言いつける」とか体罰だとか騒ぐ感じが(軽くやくざで、親もそんな感じなんだろうと思います。)

東京でも北東の方は大変だと聞きますしょっちゅう警察にお世話になる子供とか色々いて。

でも同じ教員でもそういう目に合わない地域もあります。何十年も教員をやっていてもそういう子供に当たったことがないという知り合いが何人もいます子供の中でのいじめとかはあるけど、教員イジメるという発想が子供の中にない。

そういうところは教員採用人数が少なく、採用されるのがかなり大変です。少子化過疎化さら採用が減っていく。でも採用されるとそれなりに尊敬され、今の増田さんのしているような苦労はありません。

増田さんがそういう難関なところも合格できる、という自信があるなら県を変えてみるのもありかもしれません。

私が育ったのは教員採用されるのが難関な県で、教員になる方は結構優秀な方が多かった。偏差値50くらいの東京大学を出て地元に戻りたいからと採用試験を受けたけど不合格で、結局東京とか都市に戻って就職という人も何人も知っています

http://anond.hatelabo.jp/20170207224412

2017-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20170207223033

面接とかで取る入試制度を取ってる大学もあるよ。全部が完全にペーパーテスト大学はかなり少ない。勿論難関大学でも私立はそうだ。

まあ、ほぼ合否に関係ない名目上の書類提出とかは勿論そういう入試形式でも有りうるけど。



しろ今の入試制度は、ペーパーテストだんだん軽視されつつある。

一般入試こそペーパーテストだけど、他の形式の占める割合が大きくなってきている。

僕も昨日今出川大学を受けてきたけど、私立入試は何回設けれるから「一発勝負」じゃないし。

地元で受けれるから負担も昔より減ってるし。まあ僕もちょっとあとにはW大受けるため新幹線を使わないといけないわけだけど……。



ただ、学問を学ぶ意義もないのに最難関大学就職のために行くってのが問題だってのはとても良く解る。

例えば論文高校生のうちに、仮に稚拙ものであっても「意欲」が図れるようなもを書く風習があったほうが良い気はしたし僕もそれを活用して大学を目指しただろう。

あとまあ国公立だとチャンスが限られてくるってのもアレかもしれん。




しかし、面接などで「意欲」を図るのは、ペーパーテストなどよりもよっぽど真の力が図りにくい。

時間に渡る試験でも図れないようなパワーを、数十分の面接でどうこうできるとは思えない。所謂コミュニケーション」出来るだけで、学ぶことの適性なき人間が有利になりかねない。

就職予備校は十分かもしれんが、学問を学ぶ場所としてのにそれはまずい。現状はペーパーテストが一番「マシ」なのだと思う。それを、推薦、AO特殊科目入試などで補っているのが現状だと思う。



なお、科挙廃止されたのは、アヘン戦争敗北から洋務運動・戊戌の政変などで「西洋近代化」が推し進められる中で、

科挙の出題科目は「儒学」であったことが、守旧的とみなされてなくなっただけのようにも思える。「古典を暗記して、解釈をする」だけが入試範囲だった。

今の入試は違う。どの科目も、なんだかんだ行って大学学問をやるには役に立つ。あと、科挙あくまでも「官僚採用試験」であり、官僚の適性を見るのが役目だった。それに古典しかないというのも問題だった。大学入試とは訳が違う。



まとめると、ペーパーテストはそれなりに合理的。回数を増やすことで、一発勝負不安定感も一応軽減している。

形式で、ペーパーテストで図れない力をみる入試もやっている。

それでもやはり、大学就職予備校とみなして、学問を学ぶためでないのに入ろうとする人達は困りものだしそういうのと学びたい人を分けることのできる仕組みはやっぱり存在したほうが理想ではあると思う。ただ、現実にはそれはとても難しい。


自分もまだ19歳、よくわかってないところもあるだろうけど、取り敢えず書き立ててみた感想ってことで。

教育困難校に勤務してるけど、もう無理

最近東洋経済オンライン教育困難校シリーズを読むと泣きたくなる。

これ、うちの職場の話だ、と思って、泣きたくなる。

これ、どこにでもある話なのかな。

日本全国?

日本、まずくない?

毎日、授業にもならなくて、毎日ババアとかブスとか、死ねとか言われまくって、

ちょっと強く言ったら、

教育委員会に言うぞとか、体罰だとか騒がれて、

でもそれが教員仕事でしょ、って言われて、

そういう子に情熱を傾けるのが教員でしょ、それがやりたくて教員になったんでしょ、って




そんなわけねーだろ、バーーーカ!!





こんな目に遭うことまで想定して、教員になる奴なんていねーよバーーーカ!!





そりゃ仕事から時間かけて生徒には関わるよ。保護者とも話すよ。

すぐに結果が出ないってことだってわかってるよ。卒業して何年も何年も何年も経ってから、本人も気づかないところで人生に少しでもプラスになれば万々歳で、そうじゃないことばっかりだってことも理解はしてるよ。



公務員給与プラスアルファで、朝7時から夜9時まで、昼休みなんて、パンを体内に詰め込む5分くらいで、クレームにうまく対応しながら、全く学校に行かない日なんて月に2、3日でも、休みの日だって狭い生活圏で、あの人は先生だって周囲に見られながら生活して、それでもそういう仕事だって、思ってるよ。



そりゃ、世間ネットで騒がれるアホな教員もいる。生徒にバカにされて当然っていう教員もいる。一つの専門分野に偏った知識けがあって、コミュニケーションが苦手で。いわゆる発達障害だよね?っていう、生徒とも同僚ともうまくいかない、黒板と問題集けが友達教員もいるよ。別にそれに特化して受験指導で力を発揮してるならいいよ。教育困難校にいたら、本当にただただプライドが高いだけで邪魔だけど。



でも、教育困難校で、罵詈雑言を浴びながらも生徒と向き合って頑張ってる人もいるんだよ。これまで大人にかまってもらえなかった生徒たちに少しでも役立つ知識経験を、と思って毎日授業を工夫してる人だっているんだよ。


どんなに無茶苦茶言う生徒にも、説教するけど、最終的には皆でフォローするよ。

児童相談所保護されると学校通えなくなるから、どんなに親に虐待されようと保護されるのだけは嫌だって泣く生徒を家に置くこともあるよ。

発達障害で親の言うことが理解できなくて家を飛び出した生徒を迎えに夜中2時に隣町まで車を走らせることもあるよ。



でも、毎日毎日毎日毎日

そんなことを言われて、そんな対応をされて




そりゃ鬱になるよ。やりたくなくなるよ。一生懸命やるだけ無駄だって思うよ。



好き勝手やってる生徒たちにも事情や背景があるのかもしれない。それをできるだけ汲み取りたいとも思うよ。


でも、事情があったら、教員は何でもかんでも受け止めなきゃいけないのか。



いい加減にしてほしい。






別に学校に来なくたって社会で生きていける奴はたくさんいるんだよ。学校けが世界じゃない。全然学校にこだわる必要はない。

学校が苦しいなら、いくらでも道はある。

勉強も、コミュニケーションも、経験も、学校以外でもできるようにしてくれている大人がたくさんいる。


から別に無理して学校に来る必要はない。邪魔から退学しろ、ではなくて、きっと君にもっとぴったりの道があるよ、って思ってしまう。


高校は、社会に出てから少しでも苦労しないように色々経験するところで、好きにやりたいなら、社会に出たらいい。

そう思ってしまうのは、教員失格なんだろうか。







全国、いろんなところにあるらしい教育困難校先生


しんどいですよね。

私は今日は久しぶりに8時に帰れました。

試験期間に入ったからです。

これから1週間で試験を全部で4つ作ります

国語なので、採点も大変です。

しんどいです。

私はもう次年度いっぱいで辞めようと思っています

転勤も、研究発表とかに時間を費やしている器用な人ばかり優遇されて、嫌になったし。

あなた大丈夫ですか。

自分を保ててますか。

http://anond.hatelabo.jp/20170207112805

やる気のないチラ見で答えられるレベル問題かどうかで差異が出てるだけなんじゃないの?

他の問題見てても、ポーランド侵攻は?→ソ連の間違いとか(ポーランドという文字のすぐ間近にソ連という文字がある)

やる気のないチラ見で答えてやがるなーとわかるもんばっかじゃん。

それにこの試験で良い点数を取れないか学力が低いはあてはまらないよ。

だってこの試験をまともにやるインセンティブ学生にないもの

僕のすべての受験体験

http://anond.hatelabo.jp/20170206102543

これを読んで懐かしくなった。

すべて関西エリアの話です。

幼稚園受験

最初受験記憶はこれ。完全に親の力で決まる受験

高校までエスカレーター私立幼稚園で。周辺の3つの市くらいか金持ちが集まり、お母さんが派手な美人が多い。親が元女優プロスポーツ選手ヤクザ幹部みたいな人も多い。

受験対策というのはほぼ無いので、親の職業年収寄付金なんかで決まる。

受験でしたことと言えばちゃんと記憶にあるのは面接。多動気味だった僕は面接中にもう全身が痒くなって大暴れしたのを覚えている。一応それ以外にも先生と遊ぶ時間もあったから、そこでも見られていたんだろう。

うちは普通サラリーマン家庭だったがバブルで潤っていたこと、母方の祖父母がそれなりの中小企業社長だったこともあってか合格

袖の下も渡したらしいという話は後から聞いた。

キリスト教系だったので、様々なクリスマスハロウィンミサなんかを味わえたのはい経験

小学校受験

エスカレーターで上がれるところを、親の意向で母の母校を受験することに。(幼稚園は人気高い小学校は頭がわるいイメージの強いところだったので、50%くらいの園児が別の小学校に進学する)

受験対策として塾に通わされる。もちろん塾と言っても勉強ということではなく、マナーとかお作法とか創造力があるか、といった試験クリアするためのもの

ひたすら折り紙練習や、箸を正しく持って小豆を皿から皿へつまんで移動できるか、面接で受け答えできるかの練習

そして迎えたお受験日。事前の練習通りやったし、面接もなんとなくだがよく喋れた記憶がある。しかし、結果は不合格。後の親の感想によると、サラリーマン家庭であったことと年収

中学受験

小学校公立に入ることになった僕だが、小2から学習塾に通い出す。小3の夏期講習をきっかけに進学塾へ。

小5の終わりまでは灘クラスにいたものの、常にその中の最下位だったのでワンランク下のクラスへと変更。あと、僕自身の二度と受験したくないという意向を受けて大学までエスカレーター中学第一志望に。

エスカレーター高校までの滑り止め中学合格したものの、第一志望は不合格

正直なところ第一志望は余裕で問題を解けていたが、珍しく内申点を重視する学校だったことが仇になったんじゃないかと見ている。なんせ受験反対派の先生クラス受験のために小学校休みまくっていたので。

高校受験

先述の通りエスカレーターのため無し。

大学受験

普通にすごしていたものの、怠けまくったせいで中学受験第一志望だったところ大学がD~E判定という状態で高3を迎える。まぁ一年留年するか〜と思っていたところにネットAO入試を知り先生相談

さすが私立高校ということで当時は珍しかったAO対策室みたいなところがあり、そこの指導のおかげで、中学受験第一志望だった大学と同ランク大学合格

人生史上一番苦労していない受験

就活

元々行きたい業界は決まっていたので、ちゃんと早めに3年の夏のインターンから就活を開始。3つほどインターンに参加し、そのうちの第一志望だった会社からかなりの早期に内定をもらう。

通常の就活より相当早めのいわゆるインターン裏枠選考だったため、そこで就活終了。なのでちゃんとした就活はしないまま終わった。そして、今も最高の会社だなと思いながら働けている。


うん、やっぱりちゃんと早めに受験対策してりゃ、いい人生送れると思うんだ。

2017-02-06

簡単文章構造なのに誤読してしまう人って結構いる。

はてなにもTwitterにもたくさんいる。

あいう人って中学の頃、関係代名詞とか苦手だったんだろうなあ。

みんなが日本語ちゃんと読めたら現代文試験になったりはしないだろうさ。

悪夢について聞きたい

みんなが見る悪夢ってどんなの?  


よく聞く話だと

いかけられる夢とか、試験当日寝坊する夢とか、落下する夢とか…  



でもそんな夢って正直悪夢に含まれるの?

だってから覚めたとき「夢でよかった」って安心できるじゃん。  



この前見た夢の悪夢の話。

どこかの力仕事みたいな現場にいる。

そこでは現場ボスと同僚がいるんだけど、

さなミスをしてボスに凄い怒られる。

そのことでそんなに怒るかってくらい。

怒りは収まることなしまいには仲間が見てる前で土下座

この時点で凄い嫌な気分なのに、さらに追い打ちをかけるように

顔に石を投げつけられ、土下座してる上から頭を踏まれる。

仲間は見て見ぬふり、皆の視線が冷たい。

上司はあの手の手の言葉自尊心破壊してくる。それもリアルコンプレックスだったりする事を言って。

そして土下座が終わった後は同僚から無視が始まる。

上司には自尊心破壊され、同僚から無視をされ…

そこで目が覚めた。  



起きたときは寝汗がやばい

それにこの手の悪夢は後味が非常に悪い。

ただの恐怖体験なら現実に戻ってきた安心感ちょっとはあるだろうけど、

虐められて土下座して起きた後は精神的にくるから自己嫌悪がとにかくやばい

自己嫌悪人間不信屈辱感。

とにかく泣きたくて仕方なかった。  




こんな悪夢を1年に1回くらい見るんだけど、わかる人いる?

中学受験体験

小6の息子がめでたく中学受験を終えたところ、通っていた塾から受験体験記」の執筆依頼が来たのだが、1200字程度で収めないといけないらしく、思いの丈の全ては到底書ききれないので、その下書き代わりにこちらに字数制限なしで書こうと思う。

それに、どれだけうまく1200字に収めようと、自分がこれから書く内容はきっと塾の受験体験記集には採用されないので、せっかく書くのに日の目を見ないのも切ないという事情もある。

公立派 vs. 私立

そもそも自分中学受験必要性を何ら感じていなかった。気軽に通える範囲私立中学などない田舎で育ったし、気合を入れて遠距離私立中学に通わせようとなどという教育熱心な家庭でもなかった。

通った近所の公立中学は荒れていた。不良な上級生が授業時間中に教室外にたむろして騒ぎを起こし、先生一同でそれに対処するために授業が中止になることや、校内を卒業生バイクで走り回るなんてことはザラにあった。

力の強いやつが偉い、という暴力的世界ではあったし、自分クラスで一番のチビというハンディもあったが、それでも気の合う友人もできたり、部活に精を出したりと、自分なりに楽しく過ごせた3年間だった。

その後も地元では一目置かれる県立高校に進学できたし、大学東大京大ほどではないが、世間的には高く評価されるところに現役で合格することができた。

自分自身がこのように特に不満のない経歴をたどることができたので、公立中学に対するネガティブイメージもなく、息子についても近所の公立中学への進学で何の問題もないと考えていた。

しかし一方で妻は私立派であった。

私立派と公立派は基本的には分かり合えるものではないと思ってる。何しろ、1人の人間私立中学と公立中学の両方に通うことは基本的にはないのである公立中に通い、そこでの生活に満足した人は公立派になるし、不満足ならアンチ公立派=私立派になる。私立中に通った人も同様である。両者を公平かつ客観的比較するのは難しく、どうしても主観が入り交じる。

塾に通うきっか

4年生の終わりくらいに中学受験のための塾に通う話が持ち上がってきた。自分公立派ではあるが、それでも塾に通うことに反対はしなかった。

先に述べた通り自分田舎の狭い世界で育ち、教育熱心な家庭でもなく、例えば東大のような高い目標を目指したりすることもなかった。

息子は幸い勉強の才能に恵まれ、昔の自分よりは頭が良さそうなので、ぜひ広い視野と高い目標を持ってもらいたいと願った。中学受験塾は、頭の柔らかい小学生のうちから高度な勉強をして脳みそを鍛えたり、世の中には自分よりも頭の良いやつがたくさんいることを知るのには良い場所だと思ったのが、塾通いに反対しなかった理由だ。

最終的に私立中受験するかどうかは自分にとって重要ではない。勉強するだけ勉強して、受験せずに近所の公立中に進んだって何の問題もないと本気で思っていた。

そして中学受験

しかし息子本人はやはり段々と私立派に感化されていった。母親絶対私立派、父である自分公立肯定派ではあるが私立別に否定はせず、そして当たり前なことに塾に通う友達はみな私立派。塾の先生は...言わずもがな

仕方ない、分かった。私立に行くのは構わない。で、どの学校に行きたいんだ?

息子は御三家と呼ばれる男子校一角名前を挙げた。

受験方針

当時の息子の塾での成績からすると、その学校ちょっと高望みであった。一方、自分が見込んでいる息子の潜在能力からすれば、合格レベルに達することは可能だし、追い込んで勉強させれば御三家を超える最難関中学すら可能性はあるという思いもあった。

しか偏差値の高い学校に入ることに何の意味があるだろう?

聞くところによると私立中学の人気というものは、どうやら併設の高校東大合格者数の増減に大きく影響されるらしい。しか自分の考えでは、東大合格者数に大した意味はない。難関私立中高の東大合格者数が多いのは、教育力が高いからではなく、東大合格できる素質を持った生徒を選抜するからである。それにどれだけ多くの同級生東大合格しようとも、その中に本人が入ることができなければ、その指標には何の意味もない。逆に、素質があって、実力を高める努力を怠らなければ、どの学校に進学しても東大は狙える。

何はともあれ、私立受験が不可避となった段階で、自分

  • 「無理はしない」
  • 学校選びには口を出す」

という2つの基本方針を立てた。

無理はしない

中学合格した直後が自分人生ピークでした」という話しをいくつか聞いたことがある。親が積極的に介入して受験勉強に追い込み、より難易度の高い学校合格させることはできたとしても、それで燃え尽きてしまっては何の意味もない。

勉強というものあくまでも自主的にやるものである

本人がやる気になるような声掛けや仕掛け作りはしたが、無理に勉強させることはしなかった。そもそも教育熱心な母親というもの一般的に「勉強しなさい!」と口うるさく言わずはいられない生き物なので(偏見)、そこで父親まで同じことを言ってはいかんだろう、という思いもあった。

人生ピークはもっともっと後に来なければならない。そのためには中学受験とき限界まで追い込む必要はなく、いくらかの余裕をもって終えるくらいがちょうどいい。

学校選びには口を出す

いや、まあ、普通の親は口を出すものだとは思うけれども。

息子が御三家校に行きたいという理由は、本人に言わせれば「文化祭見学して自由雰囲気が気に入った」ということらしい。しか文化祭体育祭というのは「特別な日」であり、それだけ見てその学校のことを理解するのはほぼ不可能である

だいたいその理由すら本当かどうか怪しい。たまたま一番最初見学に行ったのがその学校だったので、一番強烈な印象を受けたのかもしれないし、母親が勧めたのを鵜呑みにしたのかもしれない。あとは塾の同級生である。親から刷り込まれ学校観を友達披露するような子もいたのではなかろうか。

いずれにせよ、中学受験において男女御三家というのは正義である

しか公立に行けば払う必要のない大金を払わされるこっちの身からすれば、偏差値ステータスなんてものには何の興味もなく、払うからには最も高い実利が得られる学校を選びたいと思うのは当然である

息子本人が言う志望校なんぞ当てにならん。行く価値のある学校自分で見極めることにした。

学校説明会に通う日々

6年生の春になってから候補となりそうな中学学校説明会にはことごとく足を運んだ。普通はもう1年くらいは早くこういうことをするらしいが、まあその時は自分中学受験に興味を持っていなかったので仕方ない。

学校説明会では目から鱗が落ちる思いをした。

正直言うと、それまではどの学校も大した違いはないと思っていた。しか校長の話しからは教育に対する信念や熱い思いが伝わってきたりこなかったり、個性的カリキュラムを持つ学校があったりと、それまでの自分の考え方は誤っていたことに気付かされた。

なるほど、これが私立か。

確かに高いお金を払ってでも通わせてやりたいと思う魅力的な学校がいくつかあった。難易度も低くはないが、届く範囲。そして息子の志望する御三家校は、魅力的ではあるが上位ではなかった。

学校選択プレゼン

さあ、本人を説得だ。

仕事クライアントを説得するかのようなプレゼン資料を作り、リビングテレビに映して、自分の気に入った学校誘導するプレゼンを行った。

学校選びに関する様々な観点提示し、各候補校のメリットデメリット説明した。内容を正しく理解すれば、自然自分の勧める学校第一志望になるはずの渾身のプレゼンである

そしてプレゼン終了後に改めて息子に志望校を尋ねたところ、あっさりと従来から御三家校の名前を挙げた...。自分プレゼンは何の効果も発揮しなかった。

説得を諦めるわけではないが、気分良く勉強してもらうために、ここはいったん退くことにした。最後最後に説得が成功すればいい。

勉強の日々

夏休みが明けると生活受験一色になった。1年生から続けていたスポーツクラブは休部した。塾通いはそれまでは平日2日+土の週3日だったのが、日曜も加わり週4日になった。

しかし、塾以外での勉強時間特別に多いわけではない。多くのアドバイスによると、朝は早起きして勉強すべし、と書いてあるが、それは結局無理だった。息子はどうやら夜型人間で、夜は11時、12時まで勉強して、朝は学校に行くギリギリ時間まで寝るというスタイルに落ち着いた。自分も夜型だから理解はできたし、それも個性だと割り切ることにした。

テレビマンガもちょこちょこ見ていたが、それこそが必要な「余裕」だと思い、特に勉強に追い立てるようなことはしなかった。(自分は。妻は別。)

ちなみに中学受験は親子の二人三脚、とはよく言われるが、生活面はともかく、こと勉強に関して言えば完全に塾と本人任せ。机に向かっている間、何の勉強をしているのかも知らない有様。

しかしそれが功を奏したのかどうかは分からないが、塾での成績は徐々に上昇してきて、10月から御三家校を完全に射程に捉えた。

その後は概ね合格圏内キープ、上昇ペースが予想よりも2ヶ月ほど早かった以外は、ほぼ自分見立てた通りのシナリオだった。

そして本番

第一志望は相変わらず御三家校だったが、第二志望は父に義理立てしたのか、自分お勧め校ということになった。加えて第三志望群に何校か。

この中で最も試験が早いのが第二志望の学校。定員が2つに分割され、試験は2回実施される。1月中に行われる1回目で合格することができれば、後はもう第一志望を受けるだけでよくなり、その後のスケジュールが非常に楽になる。

が、残念ながら不合格

さすがに本人も多少はショックだったようだ。しかしここは切り替えが大事

「失敗というのは、そこから学びがある限りは失敗ではなく、次の成功必要過程ひとつになるのだ。この不合格をそうできるかどうかは、この後の頑張り次第だぞ。」

そして迎えた2月1日からは怒涛の試験ラッシュ

2月1日

午後に受けた学校は当日夜にインターネット合格発表があり、めでたく合格!この学校自分評価は高く、本人もかなり気に入っていたので一安心である

なお第一志望校合格発表は2日後の2月3日午後。

2月2日

お勧めの第二志望校に二度目のチャレンジ合格発表は翌日朝。

午後校は当日夜の合格発表で、こちらは合格

2月3日

受験会場まで息子を送り届けてから少し経った頃に、前日の第二志望校合格発表時間がやってきた。緊張しながらホームページを開く...息子の受験番号を探す...

うーむ、残念!父の目論見はここで潰える。

実のところこの学校偏差値的には第一志望の御三家校よりも高いのである。ここを第一志望にして対策してきている受験生がたくさんいることを考えると、こっちは過去問ちょっと問いたくらいの準備で、まあ仕方のない結果ではある。

そして第一志望校合格発表

午前の試験終了後、息子と昼食を取り、気を取り直して向かうは第一志望校合格発表。これまでの合否確認はすべてインターネットだったので、実際に掲示板を見に来るのは本人も自分も初めてである

緊張の一瞬。

遠くから掲示板を見つめていた息子の顔が一瞬ハッとする。あれは自分の番号? 遠くてよく分からない。人混みをかき分け掲示板に駆け寄る。そして歓喜の瞬間。

合格

総括

父としては御三家校に合格したことよりも、息子が自分で立てた目標に向かって努力し、見事それを達成したことこそが喜ばしい。この成功体験はきっと今後の成長の糧になることだろう。

そして望外に嬉しかったのは、息子が「僕を塾に通わせてくれてありがとう」と言ってくれたこと。最近は塾で鍛えた脳みそをひねくれたことを言ってみたり、屁理屈こねることにばかり活用していたので、こんなにも素直な感謝言葉をもらえるとは思ってもみなかった。

また、自身合格を喜びつつも、残念ながら不合格だった塾の友人たちの気持ちを慮る言葉もあり、そこにも成長を感じとることができた。

自分としては第二志望校(父の第一志望校)不合格で、息子を説得する機会さえなかったのは少し残念ではあるが、合格した第一志望校も実のところ非常に魅力のある学校であり、本人の喜びようも見れば、きっと説得には耳を貸さなかっただろうし、自分もあっさり諦めたことと思う。

それに何より、自分がこれまで全ての場面でそうしてきたように、息子にも自分人生自分で決める権利があり、これはその第一歩だったのだ。

自由校風を大きな特徴とするその学校で、大いに自由を謳歌したまえ。

(ただし高い学費の元は取ってもらわないと困る。)

アドバイス

来年以降受験するご家庭へのアドバイスなんてものほとんどない。

息子の受験成功裏に終わったが、自分の立てた受験方針戦略あくまでもその息子が前提のものである。下の子が数年後に受験することになるかもしれないが、その子はまた違う個性を持っているので、同じ戦略は使えないと思っている。

あえて言うなら、

くらいなものである

以上、長文乱筆失礼致しました。

2017-02-05

勉強は役に立たない

なんで勉強するのか? 多くの子供たちの疑問であることと思います。 大人になったら勉強したこと役に立つの?はっきり言います 勉強なんて大人になって役に立ちません。 昔は勉強しとけば将来仕事に役にたつって思われてきましたが ネット上で高学歴ニートを見かけることができるようになったためちょっとずつイメージも変わりつつあると思います。 東大京大からニートネットには何人かいますから


自分の今や前の職場を見てみると 若いころぜんぜん勉強して来なかった人がいます。私は中学高校勉強ばっかりです。どっちが仕事できるかって?

そう 勉強して来なかった方たちです。 周りの方がなぜ こいつ勉強できるのはずなのに仕事できないんだろうって疑問に思うことが多いのですが、理由簡単 勉強で得た知識仕事必要いから。私は中学高校と人と話すことも 運動もろくにせず勉強ばっかり ネトゲ廃人ならぬ勉強廃人でした。別に楽しいこともなかったけど ただ追い詰められて勉強してきた。 そしてそれがやっぱり無駄だったと・・・ 大学中退してやりました。 大学入試までは勉強だけでいけます

ただ就職となった時不思議なことが起こります。 大学名は重視されるが学力は重視されない。 学力テストはあってもネット上で行われるため頭いい人に教えてもらえればバカでも余裕です。そして勉強できても面接で落ちます特に女なんて顔で落ちますよ 会社かわいい女の子ほしいですから・・・


そして、仕事もないままいろんな会社採用試験に行くわけですが 20歳という若さでもなかなか採用されない、35過ぎたらダメって言われてたが20でもダメみたいです。 そしてとあるさな会社採用試験 なんと自分の得意な数学だけテストをやって 数ⅡBあたりの内容だったかな?これこの会社の人もわからないとか言ってたけど・・ 満点とっちゃった(数学問題数すくなく満点になりやすい) そして面接どう答えていいのかよくわから・・・不採用でした\(^o^)/ 


そうこう言っても 県内零細企業金属加工系)とあれば自分卒業した高校名で驚かれることも多いのです。県内公立偏差値2位だからかこういう会社採用試験では珍しいのかな 就職難でこういう人間いくらでも余ってるはずだが その日だけで面接に5人 一人ずつ順番に そして、それを期待した社長が私を採用しちゃいました。馬鹿じゃねーのその社長ww 他に使えそうな人いたと思うけどなあ

体力的にきつい仕事でしたが、やってれば慣れるだろうと思い 無理をしながら働いてました。 他に行く当てないからね 零細企業正社員でも仕方ない。みんな定時で帰ってる会社でした。他行けばここから残業かなみたいに思ってました。 なお当たり前だが勉強はここでも役に立たない

そして1か月弱でクビになりました。 社長さん私の何を期待したんでしょう 勉強できる人ってこういうとこでは珍しいんだろう、見たことない生き物だから期待しちゃうとこもあるんだろうか。

自分にも問題はあるだろう ただ直前に採用した人がクビになったがやめたんだろう だから次の求人が出て私が採用された そして次の求人・・・

こんなことを何度か繰り返しました 今の会社でしぶしぶ・・・  勉強って何の意味あるの? その答えはいまだ見つかりません。

微分積分二次関数 一応自分はできるのですが何に使うんだろうね? 世の中にはこれを使う仕事もあるのでしょうけど それができてもそういうとこで採用されないのです。 


中高生諸君 勉強なんて役たたんよ

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