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はてなキーワード: 年末とは

2016-08-24

道ならぬ恋(笑)におちた女の独り言

道ならぬ恋、というヤツに今現在の私は身を置いている様だ。

様だ、等と断定を避けたのは私自身この状況に大いに迷っている有様で、認めたくもあり、しかし認めたくもないという思いの間で立ち尽くしているからに他ならない。

頭を整理するためにも、と言うことでこんなふうに書き出し始めた。

そんなもんチラシの裏にでも書くか穴でも掘ってその中に喋らんかい、と思われるかもしれないが、恋愛ごとに悩みを募らせる女性のご多分に漏れず、私にもどうしても誰かに話を聞いて欲しいという構ってちゃん根性がある。

故にこの場を選ばせて頂いた。

前置きが長くなったがこれより先は一人の女が悲劇(笑)に身をやつした己に酔いしれているだけの何の面白みも無い独白だ。

読むも読まないも、自由にして頂きたい。





さて、非常にありきたりな話ではあるが、私が私のこの恋を道ならぬ恋と呼ぶ理由は恋の相手が既婚者で子供いるからだ。

幸いにも、相手が私に対して恋愛感情を抱いていない事と、私にも理性とそれを上回る恐怖心があるお陰で明確に道を踏み外している訳では無い。

ならば別に良いではないか、と思われる方もいらっしゃることだろう。

問題が無ければ、誰が誰を好きになるのも自由だと。

私もそう思っていた。

恥ずかしながら、私は過去に幾度かの恋の中で既に恋人がいる人を好きになった事もあり、その理論で武装して開き直った事もあった。

しかしその言葉を発している時の自分は、大体が「苦しい恋」に酔いしれていた。

悲劇のヒロインであるかのような、大層な自惚れだった。その人が好きだったのではない。私は苦しむ私が好きだった。



だが、苦しみというものは、外的要因だけからなるものでは決してない。

その外的要因を受け、それらが内的要因へとシフトして初めて本当の苦しみに転化する。

私にはそれがわからなかった。



私が恋心を抱いている人は、私より二回りも上の他部署上司だ。名を仮にAさんとしよう。

部署とは言っても、私の属する部署とはかなり密に連携を取るので、Aさんとはほぼ毎日顔を合わせる。

私が去年新入社員として今の会社入社してから、何かと絡んできてくれた人だった。

最初は何の想いも無かった。互いにからかいあってふざけるだけの他愛も無い関係だと信じてやまなかった。

どちらかと言うと、兄を慕うような、いや、年的にいえばむしろ父親を慕うような感覚に近かっただろう。

ただ、私は年上の(失礼を承知で言うと)いわゆるおじさん世代と昔からウマが合いやすかった。

なのでAさん以外にも、そういう風にからかいあう男性上司は何人かいた。なので別段その気持ちに不信も抱かなかったし、周囲からも「おじさん達と仲良しな子」程度にしか認識されていなかった。

何よりもAさんには妻子があるのを私は知っていて、からかいあってはいても大きく踏み込むような事はしなかった。



だがある時、それは起こった。

年末部署混合の飲み会が行われた。

何度か部署混合の飲み会は行われていたのだが、Aさんが参加するのは初めてだった。

初めて同じ席で飲めるという事で、私はガラにもなくはしゃいでいた。

この頃には既に周囲からも「Aさんと仲良くコントやってる賑やかし要員」という感じに扱われていたので、私もその役を演じようとしていた節がある。

少し遅れてAさんが参戦する頃には、私もほろ酔いで上機嫌この上なかった。

わざわざ席替えをして、Aさんの隣に腰を落ち着けていつもの様にからかいあった。

だがこの時はほろ酔いで羽目が外れていた分、私の方がAさんをからかっていた。

恋人にするならAさんが良い、等と間抜けなことを口走った記憶もある。

しかしその後、再び席替えをして私は別の先輩の隣の席へと移動した。

もうこの時には完全に出来上がっていて、記憶も正直曖昧だ。

ただ、何席か離れたところにAさんがいるのをちらりと見たのだけは覚えている。

私の記憶は一度そこで途切れた。



気付いたら私は吐いていた。

正確に言えば吐きそうになっていた。

だが寸でのところでAさんがおしぼりで私の口元を抑えてくれていた。

私が吐きそうになっていたのを誰よりも早く気付いたAさんが、慌てて私の所へ駆け寄ってきて口元を抑えくれたのだ。

しかも一度はおしぼりでなく、そのまま素手を差し出していた。

彼は私が堪えられずに吐いた時には、それをそのまま素手で受けるつもりだったのだ。

吐き気朦朧としながら、私は近くにあるAさんの体温を感じて、ただただ混乱した。



この人は何故気付いたのか。

何故駆けつけてくれたのか。

何故躊躇わなかったのか。



その後は女子の先輩にトイレで介抱して貰いしこたま吐いて、そのまま帰宅の途に就いた。

翌日は当然二日酔い。起き上がれもせず、辛うじて這うようにトイレまで行きそこで一日を過ごした。

しかしそんな中でもAさんのあの体温がまだ近くにあるような気がした。

心臓がざわついた。



大きな温かい手のひら、耳元で何度もかけられた身を案じてくれる言葉、今までに無い程近い体温、洗剤の匂いに微かに混ざった煙草香り



しまった。

好きになってしまった。



瞬間そう悟った私は、吐きながら涙も鼻水もボロボロ便器に零して泣いた。

嘘だ。

それが私が一番に考えたことだ。

目の前が真っ暗になった。

初めて感じた絶望だった。

始まった瞬間に終わる、しかし長く続く恋が始まったのを感じたせいで、だ。



苦しみは外的要因だけからなるものでは無い、と私は前述した。

外的要因と内的要因の二つが揃った時、初めて苦しみは始まる。

叶わぬ恋をしたから苦しいのではない。叶わぬ恋が叶っても叶わなくても、どこにも幸福が無いことに気付いて苦しくなるのだ。

叶わぬ恋であり続ける事が相手幸せであることに気付き、既に蓋もできない程に大きくなっていた自分の心を持て余し続ける。

まるで真綿で首を締められているような、そんなある種心地良さを纏った不快感が心に根を張る。

根は奥深くまで伸びて、やがてどうしても取り除けなくなる。

そうしたら最後

何度芽を摘み取っても、根から再び新しい芽が生えてくる。

繰り返す。



不倫を望んでいる訳では無い。

離婚して欲しい訳でも無い。

それなのに、心のどこかで叫ぶ声が聞こえるのだ。

「愛して欲しい、私を選んで欲しい」と。

その度に根は深くなる。



幸せになって欲しい。

でもあの人の幸せを願う度、心がジクジク痛んでいる。

私の隣で幸せになってもらいたくて、けれど私の隣ではあの人は幸せになれない。

矛盾した感情思考

私は怖い。

この感情のままにあの人を傷つけてしまうのが、不幸にしてしまうのが怖い。

どうか私がこのまま臆病者であることを願う。

あの人の何をも壊してしまわないよう、優しいあの人を傷つけてしまわぬよう、ただ恐れ、縮こまって生きてゆくことを願う。




こんなくだらない文を読んでくださった方、本当にありがう。

我が身可愛さの胸糞悪い文章で、大変申し訳ない。

ここにこうして公開した事で、心が幾らか軽くなった。

頭の整理もついたし、今後も周囲及びAさん本人にもこの感情がバレないよう上手くやっていける自信もついたところで、この文章の締めとしたい。

2016-08-16

[]一時的預金ゼロ

現状から物事好転させるにはエンジンをふかして前に動いていくしかないんだけど、あまりにも望み薄に思えるしあんまりそういう元気がない。かといってこのままだと更に状況は悪くなっていく一方なんだよな。寿命は近いかもしれない。悪くない人生ではあったが。

雀の涙ほどの預金漸減傾向だ。足してもすぐに減っていく。今の収入では自分ひとり食べていくのに精いっぱい。それでも付き合いとか、帰省とか、いろいろあるので貯まらない。

年末海外出張。取りあえず概算払い請求はしたが、しばらくのあいだ立て替えることになった。その間、ほぼ預金ゼロになる。もしかしたらマイナスになるかもしれない。自分生活の果てが一瞬見えた。

東京五輪までは生きられないかもしれない。

初めてSMAPを見た時は4人だった

アラサーになってもまだジャニヲタやってるなんて笑う。

今はSMAPの後輩のグループを追いかけているけど。

2001年ウラスマツアーだった。

もう今から15年も前になるんですね。

当時の私は13歳。中学1年。

同年誕生したばかりの札幌ドームコンサート

母の友人がジャニヲタだった。

経緯は聞いていないがその友人から急遽チケットが余ったから来ないかと誘われて行った。

当時の人気から考えれば相当なラッキーだったが、

今考えると吾郎ちゃんが例の謹慎で参加しないことがわかったから急遽余ったのかもしれない。

少し母の話をすると母は元々郷ひろみが好きで、

たぶんその流れでSMAPも好きだったんだと思う。

所謂「誰担」かというと中居くんだと思う。たぶん。

でも「木村はやっぱかっこいーわー」と現場に行くと言うタイプ

そんな母の元に生まれた私は

気がついたら当たり前にテレビSMAPを見ていて、

気がついたら慎吾ちゃんが好きだった、俗に言うジャニヲタ英才教育タイプだと思う…

相当早くから茶の間ファン(他ジャンルでいうと在宅ヲタというやつ?)はしていたか

森くん脱退時のスマスマを見た記憶も残っている。


話を戻し、2001年に始めてドームに足を運んだ私は

まれて初めてジャニーズを生で見る。

しかも今思い出すと座席アリーナBブロあたりだったと思う。

当時まだ150センチほどしか身長がなかった私は必死で人の間から見たのを覚えている。

周りのお姉さん方、開演前に厚底ブーツに履き替えてたのよく見かけてた。笑

初めていったし、今みたいにSNSが発達していたわけでもなく

アルバムを事前に予習して現場に行く、なんて当たり前の現場ライフハックも当然知らない私。

しかも「ウラスマツアー」は「ウラスマ」というカップリング曲ベストアルバムツアーだったため、

本来ツアーよりもおそらくメジャータイトル曲は少なかったはずなのである

それでも私は今でも当時のブロンズみたいな髪色でロン毛の慎吾ちゃんがかっこよくて、

とにかくかっこよくて、手を伸ばしても届かないのにすぐそこにあった眩しいステージに引き込まれて魂ごと持っていかれる経験をしてしまった。

色々拗らせて、それなりに色んなグループを見た今とは違う、

まっすぐにエンターテイメントに心動かされた初めての経験SMAPだったのは本当に贅沢だけど本当に良かった。

15年立ってもかすかに映像として記憶に残ってるんだから、たぶん死ぬまで忘れないと思う。

そのあと超名盤だと今でも思っているDrink SMAPツアー慎吾ちゃんがTarzan企画ダイエットして

めちゃくちゃイケメンだったMIJツアーと足を運んだ。

Drink Smapツアーでやっと5人揃ったSMAPを見られたし、仲間って強い、SMAP強い!と

グループとはなんぞやというものを教わった気がする。

ただ、実を言うとこの後デビュー当時からSMAPと平行して茶の間ファンをやってた嵐に降りてしまい、SMAPからは少し遠ざかった。

MIJの後のツアー個人的事情で急遽いけず

さらにその次もチケットが取れず現場に実質4年ぐらいいけなくなったこととそもそも長く続いた世界に一つだけの花ブームうんざりしてしまったことが原因)

それでも一線で活躍している彼らの活躍テレビで、CDで定期的には見続けていた。

そんな彼らの新たな一面を見られて、また魅力を感じたのはKis-My-Ft2(以下キスマイ)のデビューが大きかった。

デビューする少し前からキスマイ応援し始めた私だったが、(ちなみにキスマイデビュー後に前述の嵐からキスマイに降りています

デビューするとSMAPの後輩としてテレビに出るようになる。

所謂バーターというやつである

賛否両論あったし相当露骨バーターだったので私自身も首をかしげることもあったが、

SMAPが先輩として後輩を可愛がる姿というのは新鮮だった。

あの頃よりおじさんになっていても、やっぱり圧倒的オーラそのままで、やっぱり格好よかった。

露骨バーターのおかげか、歌番組の観覧にキスマイ目当てで応募し、SMAPも一緒に見るという(世間価値は逆なのでしょうが私の価値としてはこの感覚なのです。笑)

一石二鳥経験をしていくうちに、やっぱりもう一度SMAPコンサートに行きたいか・・・と思うようになった。

そして私は2012年Gift of SMAP東京公演に足を運んだ。

圧倒されるばかりだった。あの頃もすごかったけど、やっぱり今もすごかった。

しろ今の方が、すごかった。痺れた。震えた。

あの頃と違ったのは周りの観客におばあちゃん達が増えていたことぐらいか。笑

脳天から突き抜けて舞台上の眩しい光の中に魂ごともっていかれそうになるあの時の感覚

初めて足を運んだ2001年からはもう10年以上経っていたのに、まだその感覚味あわせてもらえるんですかと驚いた。

興奮しながら母に連絡したのを覚えている。

母は嵐にはてんで興味を持ってくれなかったが、SMAPと一緒にいるキスマイには少し興味をもってくれるようになり

上京して離れて住むようになった私と連絡することが増えていた。

その後のMr.Sツアーチケットが取れず、足を運べなかった。

でも、次は母と入りたいし、2年後は25周年だし、こりゃあ次は楽しそうだな~と呑気に考えていた。

そしたらこうなった。

今年の1月の時点から母とは色々話していた。

どれが本当の話でどれが嘘なのか陰謀なのか陰謀なんてそもそもあったのか、本当のことは知りえない。

母は例のマネージャーさんの話も副社長とその娘の話も通じるので

あーでもないこーでもないと話していたが

ぽつりと、もう解散でいいよ・・・と言っていた。

諦めではなく「もう痛々しくて見ていられない」という意味でそう言っていた。

どんな形でも残ってさえくれればと願うファンがいる一方で

もう無理してまで一緒にいることないよと思うファンもいる。

私も母と似たような感覚でいる。

元をたどればメンバー内の確執なんかではないことくらいわかってる。

それでも結果こうなった。

一緒にい続けるって労力がいる。

仲良しこよしの飲み仲間ではなく、一緒に戦うパートナーからこそ

妥協した関係じゃないからこそ、我々の想像を超えた関係からこその結果なのかもしれない。

年末までまだどうなるかわからないし

復活を期待する声もある、本当の原因ってやつを探している人もいる、

だけどそんな周りの状況を含めて、「もういいよ無理しないで。」と思う人もいるんです

しかったあの日の思い出を傷つけられたくないだけかもしれないですけどね。

私と母の大事な思い出ですから

何もまとまっていないけどとにかくつらつら吐き出したかったのでここで。

ファイナルファンタジー15 発売延期にあたって


てかさ、何で皆そんな冷静でいられるの?


納期に間に合わないってさ、会社として失格じゃない!?

しか自分で決めた納期でしょ!?てか10年もあったんだから、完成してから発表しろよ!


ファンファンで、なんで「スタッフの皆さん、体調に気をつけてください。私たちは待ってます。」

みたいな感じなんだ。もっと怒れよ!それとも私みたいに本心では怒ってるけどTwitterだと他のファンが怖いか自重してるの?

スクエニさんだって仕事でやってるんだからさ、納期守るのは基本でしょうよ!

趣味で作って配信してくれるんだったら、あらそうええどうぞ待ちますよってなもんだけど、

こちとら何ヶ月も前から限定版も予約しているわけ。カウントダウンして待ってたわけ。

てっか、そもそも10年前、一番最初に発表された時から待ってたわけ。FFファン歴19年だけど、半分以上FF15待ってるのよ。

途中、「えっ…、開発…まだ続けてるよね?」って時期とか、「ヒロインわっちゃってるやん!ステラじゃなくなってるやん!」いう時代FFへの愛ゆえ耐えた。

そして、もしかたらこ10年で一番変わってしまったのは私自身かもしれない…。とかセンチメンタルになったりもした。


ともかく、9月30日、もう有給とるって職場宣言してたし、その日に向けて心身ともにコンディションを整えていたのだわさ。

時間プレイしても疲れない最適な家具の配置。徹夜対策として、短期間で疲れがとれるように快適な寝具の準備。

新しいテレビの購入。キングスグレイブを定期的に鑑賞してモチベーションの維持。当然のごとく体調管理

そして発売までに決して事故に遭うことなどないよう、細心の注意を払いながらの生活。それらの私の努力はどうなる!?


若い子だったら他にも楽しみがあるから2ヶ月くらいの延期だったらなんてことないのかも知れないけど、

ババアには、FF15けが生きる希望なんだよ。

あと1ヶ月半で絶対退院できますって言われてて、「ごめん、やっぱり3ヶ月半ね」とか言われたら

心臓弱い患者だったらショック死するレベルからね?


もうさ、極上クオリティとかはいい。たぶんグラフィックの精度とかの話でしょ。

FFの魅力はそれだけじゃないよね。ストーリー音楽

モンスターとかハリボテでもいいから、プロトタイプ的なのでいいから、とりあえずやらせてくれ。

完全版は後でいいから...冨樫先生みたいにさ、ジャンプには下書き載せる感じでいいからさ、

単行本修正したらいいからさ…


2ヶ月あったら、本来9月末ならプレイできたのに、亡くなったりしてプレイできなくなる人もでてくるよ。

それを言ったら、10年の間に既に何人かお亡くなりになってるだろうけど…。

もし私が2ヶ月延期したせいでFF15できなくなったら、ラグナロクなっちゃうよ。

そして、「絶望を贈ろうか」とか言って真っ先にスクエニ本社のあの窓落ちてきそうなビルアルテマだよ?

そしたら多分その話がFF16になるかもね…?


そういえば噂では、プレステNeoだかVRだかのタイミングに合わせて云々…とか言ってるけど、

もしそうだったらマジで怒るからね。それこそなんでソニーさんと予め打ち合わせしてなかったの!?ってなるからね。


そもそも、田畑Dが発表する前に、延期情報ネットに流れてたよね。なんで?

このご時世、どこかに延期情報伝えたら、全体への流出は必至だよね?

販促用のシール配るより先に、ファン公表すべきでしょがや!

悪い情報相手から直接聞くんじゃなくて、別ルートから聞くって、古今東西最悪のパターンじゃないの。

悪い情報ほど、相手に直接すぐ伝えるってビジネスの基本だよね。

こっちはさ、よそから情報が流れてきても、「きっとデマだ」って心を強く持ってたのよ。

こんなデマ流す愉快犯かいるんだねっ…。怖いねって。

からさ、田畑Dの動画みたときにはリアルガチで泣いたよ…。えっ…、ほんとだったんだ…って。

2年ぶりくらいに涙流したよ。あれ、私の乾燥しきって砂漠のような心でも涙って流れるんだ…ってちょっと感動しちゃったよ。


それとさ、何で火曜日なの?ファンのこと考えてないの?火曜はうん、休むよ。水も場合によってはいけるかも。

でも、火水木金て連休絶対無理じゃん。ならもういっそ、年末に出して欲しかった。紅白と笑ってはいけないに挑戦状叩き付けて欲しかった。

なんでそんな微妙な日なんだ。なんかあるのか。なんなんだ。電通陰謀なのか?

世の中のことはだいたい電通が操ってるってお姉ちゃんも言ってたからな…。


CMとかもこれからバンバンやるんだろうか。

Twitter界隈とかではオフ会とかやって盛り上がってるけど、もっと、9の時のコカコーラとのコラボとか

ポーションとか、実生活に食い込んで来るイベントやって欲しい。アメックスとか、微妙コラボじゃなくてさ〜。

キングスグレイブだけじゃなくてさ。

金なら有るんだよ。金なら。今ならコカコーラを買い占めできる。



まあ結局ね、長々と書かせてもらったんですが、

なにがいいたいのかっていいますとね、

FF15超楽しみにしてます。待ってますから。おねがい。よろしく。」ってことです。

2016-08-07

我々は経済効果に変えるためにやるわけではないので、そこは絶対に踏み外さないようにしましょう、と。「コンテンツには必ず終わりが来るので、コンテンツにばかり寄りかかっていると、なくなった途端また元に戻っちゃう。次に皆さんがやったほうが良いことは、いま来てくれているお客さんに“大洗ファン”になってもらうことですよ」


我々はそんなおこがましいことを考えていませんでしたと。我々は面白い作品を作るための努力はできるけれど、それ以上のことはできません。(ヒットする約束を)先物取引のように、舞台となる町との交渉材料には使えません。



「我々も町には必要以上に甘えません。だから町の皆さんも我々に必要以上に甘えないでください」と。どちらかがどちらかに甘え始めた途端に、関係はきっと不健全になります



ロイヤリティーは当然必要ですが、MGについては大洗だけではなく――ケース・バイ・ケースですが――ガルパンに関しては商品化にあたってMGをいただいたことはほとんどないですね大きな企業以外は、商工会版権の利用申請受付と利用状況をまとめてレポートし、それを元にバンダイビジュアルさんから商工会請求が届き、商工会がお支払いする、という流れ



大洗に行って、実際に商品を手に取ってみるとわかりますが、ほとんどロイヤリティーが乗っていないような金額商品販売されています最近大晦日ガルパンファンが、磯前神社初日の出を見ようということで夜明かしをするんですね。年末の海のそばだからものすごく寒い。そうしたらウスヤさんは朝の5時まで店を開けてくださったんです。ファンが暖まれるようにって。串カツも売るんですが、一緒に甘酒を振る舞っちゃう。それ、下手をすると赤字でしょ、と。でもそれをやる人たちなんですよ。誰からまれるでもなく、自分たちでやり始める。そういうことをしてくれる町だからこそ、「ガルパンきっかけだけど、大洗が好きで、どこそこの商店のおばちゃんに会いに来ました」って、ファン手土産持っていく



大洗って、もともと観光地で、ホスピタリティーが高く、年間を通じてイベントが多いんです。いろんな仕掛けをしてお客さんを誘引する努力をしてきた町なので、ガルパン1つに町の命運を委ねる気はない おカネ・経済効果度外視してみんなでガルパン面白いねって言ってくれる町だからファン安心して来られる。そもそも大洗は、まちおこしなんてする必要がないレベルの有名観光地でしょ。おカネにならなくてもファン歓待するというのは、目の前の利益じゃなくて、町や店を好きになってもらうほうが先……といった商売人ならではの嗅覚が働いている




年季が入っているオタクって――わたしもそうですが――いわゆる偏見に晒されながら生きてきたので、自分たちがどういう風に見られがちか、よくわかっています。せっかく町の人たちがよろこんでくれているのに自分たちが間違った行動をして、それを台無しにしてはいけない、という認識の人がすごく多いのです。

ラブライバーポケモンGOやってるDQNは×んでほしい





たまに、コンサルタントから送られてくる企画書を見るんですけれど『うーん』って。過去事例を並べて「あなたの町もこうすれば……」という内容で、言い方は悪いけれどお手軽過ぎというか『考えてないでしょ』って思っちゃうんですよね。―― あなたたち、6年間毎月のように通って、面倒事もモデレートしながらやっていけるんですかっていう。町の人たちを中心に作って盛り上げていく形でないかぎりは、たぶんうまくいかないんじゃないかなあ……。




輪廻のラグランジェの話はそこまでだ。

2016-07-29

マイナンバー住基ネット

血税3兆円がムダに!?総務官僚が引き起こした、マイナンバーという名の「人災」 カードが発行できない、届かない… | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]

ものすごい記事である。なにしろ、冒頭のマイナンバーカード発行に関するトラブルに関する部分以外に正しい箇所が一つも無い。((天下りの規模、とかの不確定情報を除く。))


専門家どころか、マイナンバー関連のニュース普通に追ってきていればそんなことは言わないような基礎的な部分から間違っている。



住基ネットとは2000億円を超える巨額の税金を投入しながらほとんど普及せず、しか情報漏洩など数々の問題を起こした天下の大愚策

現在発行されている住民票はすべて住基ネットを介して処理されている。普及しなかったと言えるのは住基カードである

ひょっとして住基ネット住基カードを使うためのシステムだとでも思っているのだろうか?



しかし、そんな住基ネットカード発行が'15年末に終了することが決定。総務官僚住基ネット利権がなくなることを回避すべく、起死回生の一計を案じる必要が出てきた。そこで考え出されたのが、住基ネットシステム活用して新しくマイナンバーシステムを構築するというものだったのです

住基カードが終了することが決まったのは、後継であるマイナンバーカードの発行が決まったかである時系列が全く間違っている。

簡単に分かることとして、マイナンバーカードという後継なしに住基カード廃止した場合電子申請による確定申告などが出来なくなるわけであるマイナンバーカードの発行が遅れたことで一番問題だったのは、次の確定申告に間に合うかどうかという点であった。



住基ネットシステムを無理に活かそうとしたために

マイナンバーとはそもそも住基ネットの「住民基本台帳番号」を直接使うのは危険からワンクッション置こうという趣旨で作られたものである

住基ネット接続するのは本来データを引き出すためである

住基ネットが使われていない」という間違った前提があるのでそんな発想になるのだろう。



なお、会社勤めの人は会社マイナンバーを提出したので分かっていると思うが、マイナンバー徴税管理に使われる。




こちらと読み比べるのも味わい深い。

血税1兆円をドブに捨てた「住基ネット」〜元祖マイナンバー、あれはいったい何だったのか? 【怒りのレポート】 | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]

この記事では「住基ネットを捨てた」となっている。同じ編集部なら、こちらには訂正は出したのだろうか。

2016-07-17

大腸内視鏡検査日記う○こを漏らす君に伝えたい事

先日、大腸内視鏡検査を受けて来た。


事の発端は、昨年末から原因不明下痢軟便が続き、街の消化器化にいったら「胃潰瘍ね〜」と言われたものの「いや胃は分かったんですけど、下痢軟便といったら腸では?」と思ったが、先生あんコミニュケーション取ってくれないタイプで、じゃあいいや、ってんで自分内視鏡検査を予約。

しか分からんもので、思い切って予約を取ってほどなく、半年ほど続いたお腹の不調がボタンを押したかのように収まってしまい、腸なのに肩すかしですか、と思ったもの「まあ原因がはっきりしなかったのは確かなんで、一応見とくか」という事になった次第。


ストレス社会で日々う○こを漏らしている増田はてなー諸君である

「ひょっとしてなにかマズい事が我が腸に起きてるやも」と思うかもしれないので、そんなときに腸をチェックできる内視鏡検査とはどのような物であるか、自分体験を書きたいと思う。


大腸内視鏡検査はそれを得意とする病院が点在している。

これらから良さげな病院を予約して、事前診察に赴く事になる。

ここでは特筆すべき事はなく、お腹調子とか、便に血が混ざってたとかそういう事をきかれたのち、検査日を予約して、診察終了となる。

検査日は2ヶ月後なのであった。

自分場合お腹問題は去っており、さらに2ヶ月後であるが、決めちまったものは仕方ないんである


さてこの際、検査前日に取る食事を渡される。

検査には前日から準備が必要なのだ

この検査であるが、キ○ーピー謹製レトルト食品「ジャ○フ」である

キ○ーピーってマヨネーズドレッシングばっかり作ってる訳じゃないんすね。


時は流れて検査前日になり、この検査食で1日過ごさねばならないのであるが、これがおかゆみたいな、よく言えば優しい、有り体に言ってしまえば味も歯触りも薄い食事で、なんか食べてるとちょっとテンションが下がってくる。

こういう食事に「わー、宇宙食みたいだー」とワクワク感を発見できる人は素敵だと思います


この検査食の目的は腸を綺麗にする事なので、3食(+間食つき)食べ終えたら、下剤を飲んで就寝となる。

この下剤は別に変な味はしないので安心してほしい。

変な味がするものは、後できっちり飲む事になる。


検査当日である

ここで、本来ならば下剤の効果により1次う○こが出ていることが望ましいのだが、お腹というのは意外という事をきいてくれないモノで、自分は結局1次はパスして病院に向かった。


診察から時は流れて、久々にくる病院も「あー、今日ここでカメラをケツに突っ込まれるんだなー」と思って見上げると、なにか狂気化学実験場のように見えてくる。


さて、下剤をのんで1次う○こがでなかった場合はどうするのか。

座薬で出すんである

子供とき以来久々に見る白いロケット状の錠剤は、メンタルにボディーブローを食らわしてくる。

よくよく考えると、自分でこれを入れた事はないだが、トイレで中腰になりながら「おっおっ」とポジションを探りながら四苦八苦するのと、いい歳こいて看護師さんに「すんませんケツ突き出すんで突っ込んでもらっていいですか」と言うの、どちらが良いんだろうか、と迷った挙げ句自分で入れる事にした。


しかし、やっぱりどれくらい突っ込んだものかわからない。

ちょっと油断して浅く突っ込むとすぐに「ただいまー」と戻ってきそうになる。

しかも俺、自分アナルに初めて指突っ込んだよ、何だこの感触かいろいろ邪念が沸いてきてどうにも往生したが、どうにかベストポジションを得たようで、しばらくして、晴れて腸に待機していた使途が便器ファーストインパクトを起こすことに成功した。


これでカメラを突っ込めるのか。

それで済むならこんなに楽な事はない。

大腸内視鏡検査というのは、この後、半日がかりで腸のコンディションを整えてからではないと出来ないのである


待合室のような所に通されて、そこで待っていたのは2lの整腸剤。

これを1時間ほどかけて飲んで、あとはひたすらトイレに行きまくって腸を空にするのであるが、この整腸剤が、海水を水で割って人工甘味料を混ぜたような変な味なのだ

一口のんでも微妙なのに、これを飲みまくらないといけないとなると「早く終わってくれねーかな」という気分になってくる。


そうこうしてるうちに、いよいよ我が腸も便意を訴えてきて、トイレへのう○こピストン輸送が始まった。

はじめはまだ固形をたもっていたそれも、回数をこなすうち、どんどん水状になってくる。

普段肛門から液状のものがでるのは不快で仕方ないものだが、5回も6回も繰り返しているうち、「え、肛門からはシャーって出るのが普通じゃないっすか?」という気持ちになるから不思議である

それより参るのが、こんなに肛門酷使すると、尻が痛くてたまんない。

これについては「初回から紙をつかって拭く戦術」が失敗であったと気づきウォシュレットをつかおうとしたのだが、時既に遅く、破損した門への水流は、強烈なアラームをわが痛覚に送りつけてきたのであった。

諸君に助言するなら、初回からウォシュレットを最大活用すべきだ。このテクノロジーの使いどころはここである


さて、腸がきれいになったかどうかは「目視」で、何を誰が目視するのかというと、「トイレの結果を看護師さんが目視する」のである

この微妙羞恥プレイも来るものがあるが、自分にとって朗報であったのは、始めは事務的で怖い感じの看護師さんに「どうですか僕のう○こ」とやっていて「まだですね、整腸剤追加です」とバッサリ切られていたのであるが、あまりに繰り返していたので、人当たりのよい看護師さんに交代になり、「うーん、もう一回いきましょうか☆」という声で幾分心が軽くなった事である

屈辱概念が塗り替えられる1日にあって、優しい言葉笑顔重要だと感じたのだった。


さて検査準備も後半に差し掛かり、いよいよ検査着に着替えると、パンツのケツに穴があいている。

こんなセクシーパンツを履く事になるとは人生というのは分からないものだ。

ここまでくると、あきらめの境地に達してくるものの、肝心の内視鏡は鎮静剤を射たれるので、ほぼ眠ったような状態で受けるに違いなく、「はじまりゃあっという間」というのが一つの心の救いはである

しかしまだあった。

点滴だ。

こんなにう○こしてると脱水症状を起こすので、点滴で水分補給をするのだ。

これで便意がきたら最悪だ。

このガラガラを引きずって、腕からのびるチューブに気を使いながら、検査からケツを放り出すことになる。

まり良くない事ではあるのだろうが、なんとか便意を我慢したのであった。


長い一日だった、いよいよ内視鏡検査の番が来た。

本郷猛仮面ライダーに改造されるような部屋に緊張が走るが、それも一瞬だ、鎮静剤で安らかに眠れば目が覚めた頃には改造は終わってる、違った、検査は終わっているのだ。


しかしここで意外な事実が判明する。

点滴の管を利用して鎮静剤が身体流入してきても、一向に眠くならないのだ。

助手メガネ君は「はい、脚をくの字に曲げて右向いてくださーい。もうちょっと『くっ』とまげてくださーい」と指示してくる。

そう、鎮静剤は意識が無くならない程度の用量で射たれるのだ。


こうなっちまうと、ケツへの意識はビンビンに残っているのであり、別のところがビンビンになりゃしないかと変な心配が頭をもたげてくるのであるが、幸いなのかなんなのか、肛門性感に目覚めるには自分はまだ青かったらしく、「うーん、女の子ってこんな感じなのかなー、変な感触だけど別に気持ちよくはねーなー。そういや結構演技するって言うよなー」などと言う事を考えたりしたのだった。

あと、なぜか目をつぶっちまった訳だが、世の女の子が事に及んで目をつぶりがちである事とは別の状態であるように思う。

検査の為にお腹なかにガスを入れられたときに「おっおっ」といってしまったのも、エロマンガ美少女が忘我の境地に達している時の嬌声とは違うものに違いない。


ややあって先生の「特になにもないですねー」という気の抜けたような声が聞こえる。

そうだ、俺、大腸に異常がないか見にきたんだった。

よかった、半年前のう○こ異常は胃潰瘍、せいぜいが神経性の過敏性腸症候群ファイナルアンサーだ。

ここで眠れれば楽だろうが、そんな量の鎮静剤は射たれてないので、「そうすか、良かったです」とこれまた気の抜けたような返事を返してベットを降りたのだった。


これが自分体験した大腸内視鏡検査の全てである

結論から言えば、腸に大した異常はなかった。

検査をする時期には半ば意義が怪しくなっていたが、心配の種の一つが否定されたのは心が軽くなったのであった。


増田諸君はてなーたちよ、君がもしもし思い立って、大腸内視鏡検査を受けようとおもったなら、この記が参考になれば幸いである。

2016-07-14

18歳選挙権で忘れられた人たち

今回は選挙権20歳から18歳に引き下げられた、ってことで、メディアはどこも18歳の投票行動に注目していた。期日前投票で一番最初投票した高校生を取りあげてみたり、18歳のアイドル宣伝する話を取りあげてみたり。

確かに、選挙権の年齢引き下げは大きなニュースだ。注目したくなるのもわかる。年齢が引き下げられたので投票について考えて欲しいとイベントを頻発するのもわかる。

でもね、今回の選挙が初めての国政選挙だったのは18歳の高校生だけじゃなかったんだよと。

それをなんとなくわかっている人は、18歳選挙権、と言わずに、18歳、19歳と並立して語ったりしてたが、それだけじゃない。

前の選挙は2年前の年末20歳、21歳な人にだって初めての選挙だったんだ。

こういう狭間はどうしても出来るものだけど、だからって新しく引き下がった年齢部分の人だけになんかイベントをするのってなんだかモヤッとする。

2016-07-13

姉がブラックバイト呪縛から解放された


姉は20代後半、専門学校卒。個人経営店でアルバイトをしていた。

職場は犬のトリミング専門店。犬・猫のシャンプートリミングペットグッズの販売ペットホテルサービスを行ってる。



ブラックだったと思う点

  • 人員が足りていないのに、飛び込みの依頼も受け付けているため、残業が多い(下手すると1日12時間以上働いていることもある)

店の現状

ペット理容業界についてよく知っているわけではないが、この店については、

カット代、シャンプー代が他店に比べると安い→多くの頭数を捌いていかないと店がまわらない→少ない人数でキャパオーバー件数を受け付ける(繁忙期の初夏、年末アルバイト3、4人で1日20~30頭受け入れることもある)→自転車操業状態

という悪循環から抜け出せない、もしくは抜け出そうとしていないことが原因だと思っていた。

しかし、最近姉貴から店長が「パチンコ行って勝った」とか「○○県に旅行に行ってきた」という話をしていたと聞いたので、そこまで厳しい財政状況ではないと思われる。



姉の現状

店側から金銭的な余裕の無さから正社員にすることはできないと言われていた(現在勤めているスタッフ店長以外全てアルバイト契約社員)。

このような生活をこれからも続けていくのは無理だ。体力的にもたないし、手取りから国民年金などの税金も差っ引かれるからお金が貯まらない。

最低賃金以下なのに夜遅くまで働かされていること、湿布を貼っても筋肉痛で痛そうにしている様子を見て、明らかにこれはおかしいと感じていた。


辞めることを勧めたが、地方のため、トリマーとして募集していた店舗がここしかないこと、少ない給与で働かされるのは自分能力が低いかしょうがないことだと姉自身が思っていたこから、ここ数年は「頑張って続けてみる」と頑なだった。(今思うと、店長から洗脳されていたんじゃないかと思う。常々、「店番を一人で任せられるレベルになったら給料を上げることも考える」と言われていたそうだ)


それが最近、劣悪な雇用条件に加えて、客の前で叱る、一人だけ夜遅くまで残業をさせる等、店長の態度がパワハラ染みてきたことから、とうとう我慢が臨界点に達したらしい。辞めて、ハローワークに行って別な仕事を探すことになった。

本当に良かったと思う。

2016-07-12

http://anond.hatelabo.jp/20160712184650

年末にひっそり開設された裏はてなの方は相変わらずキモエリート巣窟だけどな。

2016-07-05

牛乳

帰り道10分遠回りしてサービスデーの2本300円の牛乳4本買って帰る週刊続けて一年超えたがついに320円に値上げしてた。しゃーなし。

で、思考停止でこの生活続けてた間の昨年末通勤路に新しくスーパー出来たかホント無駄ないルート牛乳買って帰れたんだけど1本179円見て即閉じしてたこと思い出して、数えやすいように一週間で4本固定しか飲まないとして、40×53で2900円差か。さすがに30円差だとこっちの値段で買いたくねえ~の心理的苦痛のが徒歩10分を上回っていたが20円差で月額160円課金牛乳以外一切買わない買い物しなくてなるとなるとこっちのがいいか。いいな。

まず一番嫌なのが日常的な買い物に出先で悩む選択肢を入れないといけないことで本当に全て通販で済ませてしまいたい、だからこうと決めて判断挟まなくていいならそれがいい、で、同じぐらい嫌なのがわざわざ生鮮食品を買うためだけに外出すること、だから慣れて目を反らせてたとは言え、帰宅最短ルートから逸れる上に牛乳以外何一つ買うことのない店に行くのは本来的にとてつもなく苦痛、これを解消出来るのは大きい。

そしていくら損しているのか定量的に数えられないまま仕方なく高い方の物を買うことも大変苦痛しかしふとしたきっかけで書き出したことでオチついて決断する叩き台が出来た。この情報を元に確信して無駄の無い店で高い牛乳を買うことが出来る。いつか忘れて高い方で買うことに疑問を持ったとき判断基準を明朗に示すソースが出来た。これで良し。

2016-07-03

もう耐えられない。

こんなに我慢しているのにそれでもダメならもう耐えられない。

一番耐え難い事に耐えているのだから、少しはこちらにも寄る姿勢を見せてもバチは当たらなかったよ。もう何もかも遅いが。

年末までにケリをつける。もうたくさんだ。もう疲れた

2016-06-27

41歳無職、今年の紅白を見ることができるか

大学卒業後、就職氷河期の影響もあり非正規で働く。

ほどなくして正社員になるものの、リーマンショック会社倒産して非正規に戻る。

派遣で数年ほど働いていたが、昨年9月派遣先から切られる。

切られた理由改正派遣法で派遣の受け入れが3年縛りになったため、

社内の規定が変更になったからというもの

(直接雇用に切り替えたようだが、私には声がかからなかった)

その後、就職活動をしているが正社員はもちろん派遣でも働き先が決まらない。

イギリスEU離脱で景気が不安定になり、ますます働き先が決まらないのではないかという不安ばかり募る。

最近ではお祈りメールが、レクイエムに見えるようになり

この状態をつくたのは自己責任なので、自分の生を自分で終わらせても自己責任でいいのではと思うようになった。

年末紅白を見ることができるのか、今の時点では自分でもわからない。

2016-06-16

障害者施設で働いていた

初めてここに書く。

以前、障害者施設で働いていた。何年か前にやめ、今は別の仕事をしている。

身の回り介護施設で働いている、いたという人はそれなりにいるのではと思うが、「障害者施設」となるとなかなかいないのではと思う。

障害者施設とは

施設には色々種類があるのだが、私がいたのはいわゆる授産施設である正規雇用で働けない、働きたくても働けないという障害者に向け、内職仕事などを行う場を提供し、工賃を得てもらう、という場所である。月々の工賃額は、全国平均で見れば2万円行けば御の字というところである障害者が月2万でどう生活するのかと思うかもしれないが、ここに来る人はほとんどが生活保護障害年金を受け取っており、そこから差っ引かれる税金等はほとんどないので贅沢さえしなければそれなりに生活はできるのである

そして利用者が通所することで、障害者福祉サービスを与える対価として行政から施設収入が入る。1人の利用者が1ヶ月休まず通所(平日のみ)すると、施設形態地域によっても差はあるが概ね10万円程度は施設収入となる。つまりここの職員賃金税金から支払われており、立場としては半官半民、みなし公務員というのが一番近い。

なお関連する資格として「社会福祉士」や「介護福祉士」などがあるが、なくても業務可能である。あると待遇採用時に優遇はされる。

仕事内容

9割方は作業をしに来る利用者支援である支援とは何か、であるが、例えば作業のやり方を教えたり、何か困っていたら手を貸してあげたり相談に乗ったり、送迎を行ったりという具合だ。とりあえず利用者から要請があれば、すぐに駆けつけできる範囲対応を行うと考えてもらえればと思う。要請がなくても、利用者の小さなサインを見逃さず、こちらから声をかけることも必要である

支援を怠ったり支援を行う中で職員に落ち度があったりすると利用者家族)が管轄する役所に苦情を入れたりして、最悪施設行政処分を受けることもある。利用者不快にさせないように常に気を揉むところから始まる。


何が大変か

作業支援

ただ作業を教えるだけであれば楽に見えるかもしれないが、そもそも利用者作業が「できない」人たちである。何度話してもやり方を覚えられないこともあるが、視力障害があれば製品に傷をつけてもわからない、精神障害があれば突然取り乱してしまうこともある、知的障害であれば作業を行うように促しても何も行えない、と言った具合に、ここの「できない」は単純に技能習得が遅いこととは限らない。そういった彼らをサポートしなければならない。

その上で、製品には当然納期がある。納期を守りつつ、製品不良品が混じらないように検品し、納品して次の作業を持ってくるところまで職員は行う。なお利用者とは労働契約を結んでいるわけではないので、ノルマ等はない。ミスってもズル休みしてもまずお咎めはない。利用者の欠席が続出したり大量に不良品を作られるなど、トラブルが重なると作業管理するはずの職員作業を行わなければならないこともあり、こういうときは肉体的に疲れる。

対人関係支援

福祉現場はどこもだが、職員が少ない。1人で多くの利用者の面倒をみなければならない。利用者たちだが、年齢層は様々、持っている障害も様々、意思疎通が難しかったり拘りが強かったりとキャラクターも様々、障害の他に持病を抱えいつ倒れるかわからない、etc...作業の以前にそういった人達相手をするのである。そんな個性派同士が狭い空間で過ごすのだから職員いくら配慮しても喧嘩トラブルの類は絶えない。こういった時職員解決仲裁に向けてもちろん支援しなければいけない。他にも突然利用者職員に食って掛かったり、延々と不満をぶつけてきたりすることもしばしばだ。くどいがとにかく気を揉む。精神的に疲れる。もはや参る。

事務処理

事務仕事だが、まずはトラブルが起こったら事の顛末をすべて書面に残す必要がある。先ほど書いたとおり、まず何かトラブルがあるので必然的に書く量は多い。その他、利用者の通所管理支援プラン作成、工賃の計算作業に関わる伝票の作成など、細々とした書類を上げるとキリがない。一つ一つで見るとそれほど作業量は多くないのだが、種類が多岐に渡るので管理できないと間違いなく混乱する。それはどこの会社でも組織でも同じかもしれないが、支援ストレスを抱えた上で行うので単純比較はできないかもしれない。

虐待

今まで話してきたとおり、障害者相手はとにかくストレスが溜まる。そしてその捌け口として職員虐待に走ってしまう、という事例はニュースでも時々報道されている。私の施設新聞沙汰になるような問題はなかったが、第三者が見れば虐待にあたるかも…ということは(ストレスが原因と断定はしないが)ゼロではなかった。人間は必ずミスをするということから考えると、こういったことは頻度の差はあれどこの施設でもあると思う。施設職員虐待について常に留意しなければならないのは当然にしても、実はこれが結構ストレスになる。

断言するが、こういった職場に勤めるなら合法的ストレスの捌け口を何か用意しないと精神的に壊れる。


待遇

介護業界給料が安いとはよく言われるが、そもそも福祉業界給料基本的に安い。どの都道府県にも大卒なら月〜十万円から、といっただいたいの基準があると思うが、それよりは明らかに下であるパートだと時給800円も行けばいい方ではないだろうか。賞与については、年間で2ヶ月分も出れば良いのではないかと思う。そもそもない所も多いと聞いた。

国は給料をあげようと手当などを拡充しているが、せいぜい1万円程度でありその手当を受け取るにしても一定の条件を満たさなければならない。全部が全部とは言わないが、施設側が給与を出し渋っているフシは強く感じる。

福利厚生はあってないようなものである。例えば外食チェーンでちょっと安く食べられるサービスがあったが、巷で手に入る各種クーポンを使ったほうが特だった、というオチであった。当然、使わなかった。なお、独身寮とか保険に安く入れるとかわかりやすものほとんどなかった。

年間休日では、取引先の年間暦に合わせる事が多いのでだいたいは土日や盆、年末休みである。このパターンであれば年間で110日程度はあるのではないかと思う。なお利用者が通所ではなく寮等を併設している場合になると、当然24時間365日休みなく業務が続くので、シフト制になる。

やりがい

対人関係を築く商売としては福祉以外にも教育医療があるが、それらは「子供の成長する様子が見られる」「患者治療を通じて笑顔になっていく」といったところから、いろいろ大変でもやりがいが生まれてくるのではないかと思う。

ここには、反論覚悟で言うが、まずない。トラブルの処理に追われ、利用者にいつ怒鳴られるか気を揉む毎日やりがいはあるか?どれだけ利用者支援しても作業の正確性や能率が上がらず、不良品を処理する毎日に充実を感じるか?毎日製品検査に追われる毎日に楽しさはあるか?とにかく仕事の中で楽しいと思えることがないのだ。それで薄給である

働きやす

これについてはトップ施設長、理事長)の一存ですべて決まるフシがあるので、なんとも言えない。いいかいかは運次第。拘束時間については事務処理をすんなり終わらせることができれば、早く帰れることが多い。けど早く帰れたところでストレスが溜まりに溜まっている以上、余暇を楽しむ余裕は一切なかった




こういった具合である

福祉施設もいろいろあるので、私の書いてあることに疑問を感じる人もいると思うが、あくまで一例として読んでもらえればと思う。

2016-06-13

ゆるふわ女子会に巻き込まれて辛かった回

女子大時代の友人二人と3-4年ぶりに会ってお茶をすることになったのだが、二人と私の住む世界、流れる時間が違いすぎて軽く吐き気がした話。



増田(28歳):

院卒、メーカーの開発職。今年の年末にも職場の同期と結婚する予定。




A美(28歳):

大学院博士課程(しか国文学で)まで行ったけど、曰く「私普通に就職することにしたの」とのこと。

なかなか論文も書けないし、満期取得退学?して就活するつもりらしい。

だけどその決心もつかないか最近マイブームは「スピリチュアル」。タロット占い風水一生懸命精を出しているらしい。

しょ、正気なのか…。

ちなみに結婚の予定はなさそう。彼女恋愛については話したがらないが恐らく彼氏いない歴=年齢。しかしもはや突っ込める雰囲気ではない。




B子先輩(30代後半?※):

大学時代は1個上の先輩だったが、彼女諸般の事情があり年齢が少し離れている。

大学院修士まで出たあと、3-4年非正規で職を転々としていたはずだが、先月結婚

そこからなんと専業主婦に。今の日本にそんな選択肢あったのかよ。

まあ旦那さん士業だし歳も先輩と近いし、そのへんの20代サラリーマンよりよっぽど収入安定してんだろうけどさあ。。

最近マイブームは「妊活」。

寒い地域でとれるものが良いんだよ増田ちゃん!」と力説された。

※歳があいまいなのは度々公称年齢が2-3歳変わるから。そこに突っ込まないのは仲間内でのお約束になって久しい。




都内高級住宅街実家を構えるザ・お嬢様な2人。

性格ふたりものんびりしていて、学生時代からうすうす住む世界が違うことはなんとなく感じていたが。。

二人といわゆる本音トークをしている時、私が何度「あんた甘いよ」「それ本気?」と言いたくなるのをぐっとこらえたことか。

私が学生時代から長く働きやす会社を探したり、理解ある夫に出会うのに努力したのがアホみたいに思えてきて目眩がした。

そんなの許されるのかよ。

…私もそういう生き方がしてみたかったよ。

2016-06-05

WANTEDというオークションサイトが昨年末に閉鎖してた事に気付いた。

サーバ事故で復旧不可となってしまったらしい。



2000年頃にはヤフオクビッダーズに続く3番手として微妙存在感があった。

アカウントの維持が簡単で、手数料がかからない事から出品自体結構な数があったが、

落札される事がほとんどなくて次第にフェードアウトしていった記憶がある。



メルカリ全盛の今、一つの時代(?)がひっそり終わった感が有るとか無いとか。

ともあれ、合掌。

今年の年末自殺します。

理由生活費の枯渇。

この日本じゃ、天気予報並みにありふれた自殺理由です。

だったら働けばいいじゃない。おっしゃるとおり。えり好みしなければワタミだって仕事はある。

ただ問題は、私がうつ病患者で、もう働いてもこれ以上の生活は望めないと見切りをつけたことだ。

 

 

順をおって話します。

現在私は36歳、独身彼女子供友達なし。

28歳のときフリーターから営業職に転身。

ここはいわゆるファミリー企業ワンマン社長建設会社というブラック満貫な会社だったが、当時の私にはそれを見定める知識も無く、30という年齢を前にあせっていた。

この3ヵ月後に民主党政権に変わり、どん底の不況に陥ったのだからある意味ではベター選択だった。

だが、ベターの中でも最悪に近いベターだった。

 

 

3年後、のどに違和感を感じた。

このとき、私は10キロ以上の増量をしていたため、てっきりネクタイシャツが首を絞めているのかと勘違いした。

半年後、落ち着かなくなった。何もかもが不安に感じ、電話がかかってくる音でさえ恐怖に感じた。

さら半年後、私は眠れなくなった。

 

 

こういう時にネットは便利だ。

すぐさま「不眠 ストレス」で検索して、会社近くの心療内科に駆け込んだ。

診断結果はうつ病職場でのストレスが原因だろうと話していた。

私はこのことを会社に報告しなかった。

営業は5人しかいない会社だった。その中でも、私の成績はどん底だった。先輩社員仕事おこぼれをもらって糊口をしのぐありさまだった。

今考えれば、ここで転職に踏み切れば、私の人生も大きく変わったのかもしれない。

なぜなら。朝4時から千葉県都内現場を3件ハシゴして夜11時に帰還。それでも深夜手当ては付かず、残業代給与の中に含まれているといわれ、10年間給料手取り17から一向に変わらない先輩がいたのだからボーナス諭吉さんが1枚ぐらいです。

 

 

クビの恐怖と仕事の恐怖、そしてクスリの相性合わせも相まって、私はどんどん精神的に追いやられていった。

そしてそれを見た社長からも、担当物件から外すように言われた。

それでも先輩は小さな物件であったが、少しずつ回してくれた。

それでも精神的に追い詰められ、決壊した。

 

 

10件ほどのタスク

それを書き出した後で、私は固まってしまった。

から晩まで机の上のリストを見続けて脂汗を流す私に、上司不審に思ったのだろう。声をかけてきた。

私は全て話した。うつ病のことも。仕事のことも。

上司は、どのように仕事を進めるか指示を出して、先輩にサポートにまわるように指示を出してくれた。

そして社長からは「もうアイツクビだな」

にべもない反応であった。

 

 

それでも1年ぐらいは雇い続けてくれた。

会社社長がいる千葉と、上司がいる営業本部がある東京の二箇所があり、社長と顔を合わせる機会を上司限界まで削ってくれた。

だが、それにも限界があった。

それとなく、自主退職上司が奨めて来たときは、地獄に突き落とされたような気分だった。

わたし労災下りいかどうか、全国労基準監督署をたずねた。

そこで知ったのが、私の健康保険に関する手当てだった。

監督所の職員さんの友人が似たような事例に陥ったとき全国健康保険協会傷病手当金を利用したというのだ。

それを聞いて、すぐさま全国健康保険協会に向かった。

相談の結果、医者の診断証明があれば手当てが下りることがわかった。

 

 

これを上司に伝え、残った有給をフルに使いGW前に仕事を辞め、5月末に依願退職をすることを上司に伝えた。上司笑顔をはじめて見た。

 

 

そして、1年が経った。

今、私がどんな生活をしているかと言うと、ハッキリ言ってひきこもりである

 

 

まず、私はフリーターを始めたときから一人暮らしであった。

20キロもいけば実家があるのだが、地元に悪い思い出、具体的にはイジメに遭っていたので、二度と足を踏み入れたくないのと、私は両親が苦手だった。

今回のうつ病の件も、失望一言であった。実家に帰れという言葉必死拒否した。一緒に暮らしたら人傷沙汰になるのは目に見えていた。

手取りが7割に下がった。具体的には、28日で174,160円。これは傷病手当金の最低受給額でもある。

そして市民税健康保険税が自分負担になった。

これだけで、かなりカツカツの生活である

年金シカトブッこいてたら、特別催告状というのがきた。

 

 

http://ferret-news.com/archives/2937

 

 

まぁ、来週にも説明しに行ってこようと思う。

 

 

友達は元々いなかった。

まれたころからそうだったので、さみしいという感情理解できない。まぁどうでもいいことだ。

風呂も数日に一回。具体的には病院にいくときと、自分かゆいと思ったときだけになった。

延々とネットゲーム時間を費やしていた。他にやる事が無いのと、機械的作業は苦になる時間を減らしてくれた。

後は思いっきり眠った。といっても6時間程度だったが、それでも快適だった。

 

 

そして、傷病手当金受給が後半年で終わる、今になって考えた。

私は今後どのような人生を送るのであろうか?

 

 

答えは簡単、今より悪くなることは確実。死ぬ確率は5割以上だった。

まず、正社員の道はない。経歴はごまかせても、そのあとの純粋試験の門が狭すぎる。30代後半・管理職歴なしが受かるとは到底思えない。

となるとパートだが、よくて12万。ここから税金を引かれたら5桁だろう。

 

 

まり、どんなに努力しようと、現状の生活以上のものを求めることは不可能である

当たり前の結論であった。

 

 

いや、最後の手段はあった。親に泣きついて養ってもらうことである

だが、最後プライドがそれを良しとしなかった。

それに、自分で稼いだ金を、自分の老後に使う。それは当然の権利だ。子供からと言って奪い取っていいものではない。

 

 

では私はどうなる?このまま仕事の道を行けば、どっちみち体か精神、どちらか・もしくは旅方が壊れることは間違いない。

それに、精神が未だに元に戻ってなかった。

うつ病こころ複雑骨折と言ったマンガコマがあったが、それに近い。未だクスリという杖を使ってでさえ、満足に歩けないでいた。

 

 

できる限り周囲に迷惑をかけない方法。それは給付金が終わった直後の自分の死に他ならなかった。

一番負担がかかり、一番収穫が望めない部分を切り取る。実に合理的で正しい手段だった。

から私は自殺をする。

 

 

できるなら保険金などを付けたいところだったが、自殺の恐れがある精神病患者等は適用外だった。残念。

あとは、国有林などで自殺しておけばいいだけのことである。そうすれば損害賠償も来ない。

遺書は、自分ポケットにでも入れておけばいいだろう。

あとは警察に「自殺します」と封書免許証でも送っておけばいいだろう。

自殺者を出した家族は恥を感じるらしいが、まぁそれは死んだ後のことだ。気にするべきことではない。

 

 

とりあえず、大体の方針が決まった後で、私はオンラインゲームに戻った。

いつも通り、なにも心に残らない虚しい時間で、それが今の私の唯一の心のよりどころである

2016-06-04

マジなら病院行け大きなところに急いで

ネタじゃないなら即病院に行った方が良い。

それも消化器科のある大きな病院に。


健康状態のことブコメに書く気になれないのでトラバするが、俺も昨年末から結構長い下痢軟便に悩まされた。

まれて初めてだったので、異変を感じて病院に行った。

自分結論から言うと胃潰瘍と、まだ原因不明の何かがあるかもしれん。


一旦一般論に移ると、通常、下痢軟便は悪いもの食ったみたいな健康状態の振れなら2〜3日が関の山で、2週間続くとなにか不調が起きていると考えた方が良いらしい。

考えられるものは、軽いものからレアで重いモノまで、あまりに多く、急性の炎症、胃潰瘍膵臓のなにか、十二指腸過敏性腸症候群みたいな免疫のもの、あとヘビーなのは、まあ諸々だ。

消化器系は痛みも感じづらく、特に意識しないと「気のせいかな」で済ましてしまいがちだが、それも上記諸々の重要サインでもあるのだ。


なんで、結構続いているならまず病院に行くべきであるが、ここから経験を話す。

消化器科のあるしっかりした病院最初に行くべきだ。


自分は不調が続いていたので、近所のクリニックを受診したが、胃潰瘍は判明したものの、それ以外の診療があまりにあっさりしていた。

他でも別の視点で診てもらいたかったので、大病院受診しようとしたが、大きな病院は、他の病院ですでに受診していると、紹介状を持ってこない限り門前払を食う。

セカンドオピニオンですら紹介状がないと診てもらえない。

結局、検査専門医内視鏡を別で予約している。

病院は初診が高いが、体の事なので、ケチらず、恥ずかしがらず、多角的に診てもらえる病院に行った方が良い。


あと、内視鏡の話が出たから、自分経験を話すと、口から入れる内視鏡、あれは大丈夫だ。

あれを入れる前は、鎮静剤を打たれて、眠るというか気絶するような状態になるんで、痛いかどうかなんて分からん記憶にも残らん。

医者さんに肘打ちかましたそうだけど、全然覚えてねーもん。


そこまでして診てもらって、消化器の不調の大部分を占める過敏性腸症候群で「あーよくあるね」でも良いじゃないか

病院の混雑という社会問題もまたあるが、まずは自分の体を最優先することを勧める。

病院が近くに無くても、消化器を見てくれる病院受診することを勧める。

ところで、小児科とか、専門外のとこ行くなよ。

クリニックってのは来た患者はなんでも診るけど、やっぱ専門外なんで、変な診断になったりするからな。


あと他のトラバとか、今後くるかもしれんブコメに言っとく。

他人の身体の不調に関わることで不安煽って遊ぶなボケ


http://anond.hatelabo.jp/20160604120729

2016-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20160530212432

同業のもんだが、全く貴殿の言うとおりで完全に狙ってやってる奴。

ただハッピーメールは去年の年末に手入れが入ってしまった、訳ありの商材なので、ここまでアグレッシブあなたように拾う人が出てくる)にやる人(それだけ儲かるからな)も出てきちゃうねっていう。

まぁここでのこれも被リンク寄与ちゃうのはご愛嬌だけど。


自分はここまで露骨に分かりやすいのは、やってもたいして利益にならないのでやらないからご苦労なこってとしか思わないが。

2016-05-25

http://anond.hatelabo.jp/20160525115215

ソースである2chコミュニティ高齢化劣化してるからしゃあない。面白いこと探してる奴はみんな他所行って居なくなっちゃったし。

年末名物雑談スレを久しぶりに見に行ったら、寂れきったスレに一人残った粘着荒しけが毎日書き込み続けてるのを見て諸行無常を感じたよ。軽いホラー

今でも好事家に需要のある情報をやり取りしてるスレはそれなりに活況あるけど、まとめサイト的には全然PV稼げないから美味しくないだろうし、構造的にもう面白くなりようがないので大いなるマンネリとして生きていくしかない世界だなと思う。

2016-05-03

誕生日になると死にたくなる


大体20歳ごろから始まったのだろうか。誕生日が楽しくなくなったのは。

別に、誰にも祝ってもらえないからとか、年を取ってしまったとか、そういうことではないのだ。

自分の中から湧き上がってくるのだ。


もっとうまくできなかったのか」

もっとがんばれなかったのか」

「だからお前はダメなんだ」


と。


誕生日になると、自分の周りを俯瞰して見る。

すると、子供のころ思った未来像とずいぶんと隔たりがあることに胃が重くなる。

このころには妻がいたはずである

子供もいたはずである

会社でも少しは出世しているはずである

そばには誰か、いたはずである


だが実際には、そばには誰もおらず

ろくに稼げず

友人と呼ぶ人物すらいない、社会人とすら言いたくない哀れな生物がのたくっているだけである

この時点で、まず死にたくなる。


次に、将来のことについて考えてみる。

ここから這い上がるにしても、もはや普通に就職すら困難だ。

傷病手当年末で終わる。その前に就職活動して、飢え死にから脱出できるか?

答えは否だ。

仮にバイトにありつけたとしても、9万ぐらい稼ぐのがやっとであろう。それは、すぐ死ぬか1ヶ月後に死ぬかの違いでしかない。


詰んだ

未来がない。

絶望する。

そして、腹の底から私が叫んでくるのだ。


もっとうまくできなかったのか」

もっとがんばれなかったのか」

「だからお前はダメなんだ」


ごめんなさい

ごめんなさい

ごめんなさい


何を言っても状況は変わらないし、命乞いをしても誰も救ってくれない。

から、せめて最後だけは迷惑をかけないようにと、12ミリ径のロープ20メートル分。Amazon発注した。

これが私の最後誕生日プレゼントになる。


このプレゼントで、私は苦しくなる誕生日から永遠に解放されるのだ。

Amazonステータスが早く発送中になるのを、私は楽しみに待っている。

婚活サイトに1か月間いてわかったこと

当方スペック

70年代まれ。♀。身長161センチ、ややぽっちゃり大学理工系)卒。結婚歴なし。

自分で言うのもなんだがちょっとツンケンとした美人系だと思う。

年末に大病を患い仕事をやめ実家に身を寄せている。うまく言えば「家事手伝い」。

 

なぜ婚活サイト登録たか

病気はどうやら寛解一歩手前までたどり着いたものの、通勤不可能

同じく大病を経験した友人に打ち明けたところ、

絶対婚活したほうがいい!」

彼女経験を基に強く説得されたので、なんとなく登録

 

登録して1か月経ったいま感じていること

もうあんな所無理。ダメ絶対

 

なんで無理なの? なんでダメなの? 根性ないなお前。

ではその理由を詳しく説明します。

いっき主観で書いていくのでその辺は勘弁。

 

日本語すらままならないヤツが多い

一行だけ

「おつきあいして下さい。よろしくお願いします!」

とだけ送ってくるヤツが結構いる。

大抵そういうのはプロフィールも貧弱で、どこから話のとっかかりをつかめばいいのかわからないレベル

それでもこちらは返事を返す。丁寧な文面を考えてね。

するとこちらの文章表現はガン無視

「僕は日本語が下手なので文章は書けません! とにかくおつきあいして下さい! よろしくお願いします!」

と返事が返ってくる。お前はオウムか?


それで「あなたが書いたプロフィール以上のことを私は知りたいんです。あなたのことを聴かせてくれませんか」

と返事すると、いきなりお断りメール

それも、サイトの標準装備でお断りの文面を生成するサービスがあるので、

だいたい6〜7行ある、よく練られているけど慇懃無礼定型文が返ってくる仕組み。

 

いっそ最初に送るメール自動で文面を選べる機能にしたらどうだ?

 

ここまでひどくなくても、こっちは「身体が弱いのでスポーツ系の活動はできません」

プロフ最初に書いてるのに、

「一緒にフルマラソンに出ませんか」

とか書いてくる奴もいた。もうこの時点で泣きそう。

 

アプローチコミュ障っぽい

いきなり初対面(というか、顔すら会わせてない)人間に、

ボッティチェッリ展を観に行ってそのあとラブホテルに行きましょう」

かいメールを送るか??

 

ほかにやりとりが続いた例としては、なんとなく流れでこちらは今日起こったことを書いているんだけど、

返事が

「なるほど、それはよかったですね(^^)」

といつも返ってくる。いつもこの1行だけ返ってくる。それでも眼をつぶってた。

ある日

「うちのねこ喘息発作を起こして心配です」

と書いたら

「なるほど、それはよかったですね(^^)」

ときたもんだ。即座にお断りしました。自動生成ではない文面で。

 

LINEユーザマジ勘弁

プロフに「LINEは使っていません」と書いていたんだけど(単に嫌いで使っていなかっただけ)、

あんまりにも

LINEID教えて」

というリクエストが多いので、しかたなく入れました。

そうしたら、いちにちの半分くらいLINEに費やす状態になってしまった件。

こちとら無職で、就職活動してるんだけど、そういう事情無視

「どうしてすぐ返事をくれないの?」

とか、お前はほんとうに30代(それ以上もいた)か? と文句つけたくなった。

 

こちらもだんだんすり減ってきて、LINEID携帯電話契約ごと解除して、

メールしか連絡しません、とプロフ変更した。

それ以降知り合った人間とはGmailで遣り取りをしたんだけど、

今度はGmailがいちにちチャット状態

バイトの休憩時間メールチェックしたら40通以上メールが入ってたときも。

 

結局Gmailアカウントごと潰しました。

 

これから婚活サイト登録しよっかな、というひとへ

まず登録婚活につかうメールアドレスヤフーメール無難

Gmailはやめとけ。

ヤフーメールだったらエイリアスも使えるし、着拒もできる。

 

それと、上で書いたディスコミュニケーションは「ほんの序の口」だと思ってね。

ほんとうはここに書けない事情警察にまで行ってしまったので

ストーカー行為と思ってくれればほぼ正しいです)。

 

それでも婚活サイト登録しようとするなら、

いちにちの半分以上は婚活に費やされると考えたほうが適当

下手すると仕事に影響が出かねないレベル

あ、あとソメイヨシノには気をつけて。男女ともに。

気をつけていても引っかかりそうになる。それくらい多かった。

 

そういうワケで、婚活サイトはもうこりごりです。

 

このGWから婚活していることを周りに公にしていますが、

みんな案外親切にしてくれて、

最初からオープンにすればよかった…と反省してる。

眼鏡で見られる、と思っていたけど、そんなことはぜんぜんなかった。

婚活サイトでのこともいつか笑って話せるようになれますように。

2016-04-28

http://anond.hatelabo.jp/20160424205934

北朝鮮に例えられていたのは昔からみたいですね

https://twitter.com/powerofsmiles/status/135992114176729088

江戸川区私立幼稚園、区から補助金は2万6千円。他区と比較しても高い。区立の幼稚園保育園をなくす予定なので、まぁ当然。区政的には、区立幼稚園を抱えるより、補助金ばらまく方が安価で楽。にもかかわらず、私立稚園PT連合で毎年末区長を讃える、祝会なるものが開かれる。北朝鮮状態

2016-04-27

目標設定という名のノルマという地獄

目標設定表なるものを渡された。

見れば、20もの項目に対して目標を設定して、年末に達成できているかどうかを調べて人事評価に使うらしい。

情報収集効率化、有用分析、新しい視点での構想、企画力向上、社内環境改善相互成長、チーム体制改善エトセトラエトセトラ

明らかに平社員向けじゃない項目が大量に設定されてるんですけど?

チーム環境とかマネージャーがなんとかしろよw

この目標設定表作ってる暇があったら仕事片付けてーわマジ。

しかもこれ全社員がやってるとか。

洗脳かな?

1000人*作成時間でどんだけ金使ってんだか…。

その金を少しでも給料に回せよ。

2016-04-24

江戸川区 喜び組

新学期、娘の通う幼稚園でクジを引き、父母会役員になってしまった。

と、同時に区の私立幼稚園PTA連合会理事兼任することになってしまった。

最初の2週間くらいは「私に出来るのだろうか」と不安不安で眠れない夜も

あったが、娘や娘のお友達が喜ぶために精一杯頑張ろうという気持ちにやっと

なってきた。それは、父母会役員に関してだけだ。これは、幼稚園のバザーや

運動会や、幼稚園行事運営であり、子供達に直接関係のある行事からだ。

父母会活動を頑張れば、子供達の笑顔を見る事ができる。考えてみれば、

やりがいのある貴重な仕事だ。

しかし、先日、PTA理事会に初めて出席をして、疑問と不安と怒りが沸々と

込み上げてきた。PTA協会上層部のおじさん(役職は忘れた)が、PTA協会

会費では運営が難しくなってきたので、来年か再来年に会費を上げたい旨の

挨拶をしていた。が、実際、PTA役員達のやっていることは、話し合いの後に

必ず付いてくるランチ。このランチ必要?豪華ランチが食べたいための無理やりの

まりじゃないの、って思ってしまう。そんなランチ食べるお金があるなら

会費を上げたいなんて発言はやめてほしい。

あと、忘年会の催し。各地区毎にお母さん達が歌ったり踊ったりの催しを義務付け

されている。なぜ?忘年会自体必要ないし、なぜ、あの上層部のおじさん達の

前で踊ったり歌ったりしないといけないの?北朝鮮喜び組と変わらないよ。

向こうはお金をもらって仕事でやってるから、まだマシかも。こっちは、9月ごろ

から毎週練習に出かけて、忘年会当日はおじさん達の為に踊らなきゃいけない

なんて、親が聞いたら泣くよ。数年前は、「26,000円ありがとう」なんてタスキを

から掛けさせられてお母さん達踊ってたそうな。26,000円は江戸川区私立

幼稚園補助金金額だ。税金等払うもの払っての補助じゃないの?それを、

わざわざタスキを掛けられて踊らされるなんて、なんという屈辱ほとんどの

お母さん達が「この1年だけ我慢すれば、この1年だけ我慢すれば」という気持ち

やっているはず。私も今年の年末には喜び組の一員にならなければいけない。

それを考えるだけで胃が痛い。泣きそうだ。