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はてなキーワード: 創作とは

2016-09-25

簡単エントリー

http://anond.hatelabo.jp/20160924060900

一種社会風刺に思えた創作の話。

現実就職活動をしていくであろう、この無職の人は

某らくらくかんたんエントリーシステムを使うだろうか?

標準を合わせて、目標を考えて

エントリーした数を友達と話し合う。


これは、もちろん空想だ。

面白い空想科学の話でもあれば教えてくれ。えっへん。

[]

今回は裏サンデー


市場クロガネは稼ぎたい 93時限目(後編)

ふぅむ、まあ前回書いた感想とおおよそ同じ理屈が書かれているかな。

ただ、ここまでのことを実行に移せる存在としてシロガネが適任というのはメタ的に見れば分かるのだけれども、シロガネ自身がそこまでの執念を燃やす理由が、作中の描写だけでは弱いと思うんだよなあ。

ちょっと雑というか、丁寧にやるべき部分を間違っている気がする。

ラストのああいう展開は、まあクロガネたちのこれまでの活躍の結果だとか様々な因果を考えれば、そこまで不自然というわけではないんだけれども、やや予定調和感があるのも否めない。

や、嫌いじゃないけれどもね、ああいうの。



栄冠は俺に輝く 5話

個人的に、もうこういう展開やキャラで話進めようとするのは正直ウンザリしているんだよね。

しかも、それの解決法が発破をかけるだけとかさあ……。

最後の展開も、2軍の選抜でそんな大物感出されても困るし。

あと、2軍の大物感を演出するために、「俺たちが苦戦した石垣を軽々登ってる!」って。

そもそも2軍の選抜組みの方々は何も荷物背負ってないんだから、実質ちょっと急な斜面登ってるだけだろう。



秋月さんは大人になれない 第32話

なんだこりゃ、世界観的にちょっと素っ頓狂すぎやしないか

まあ、なんか夢オチだとか妄想オチあたりにするんだろうけれども、それを前後編仕立てにされても、気持ちの置きようが……。



ねじの人々 第22話

まあ、正解がない以上、物語がどういう主導から作られてきたかで語るのはアプローチとして分かりやすくはあるかな

そういうのを要素を描くと角が立ちやすい、つまり創作世界美男美女(ブスではない)キャラばかりなのはコンプライアンス的なものを逆に意識しすぎた結果ってのは恐らく合っていると思う。

相対的に見て美醜が決定されるなら、最初から全員美男美女にしてしまえってのは、すごく歪ではあるが。

その他もろもろの考察の結果、今の作品作りの傾向は「みんなが語り部の時代」とし、それがカオスすぎてファシズムであるってのは、中々に思い切った解釈だな。

考察自体面白くはあるんだが、最終的な結論がそういう見えない風潮への挑戦ってのは残念。



ケンガンアシュラ 157話

ほぉ、勝ったか

刹那の執念や得体の知れなさ、ポテンシャルもあったが、それをきっちり地力熟練の差で倒したってのがイイね。

メタ的に見れば因縁のある刹那が勝つと思っていたから意外ではあるが、無理筋ではない。

まあ、もちろんこれで刹那物語のものから退場ってわけにはいかないだろうから、どこかで因縁の決着自体はすると思うけれども。

映画聲の形』は商業的なマイナス要素を極力排除して再構成することで売ることに逃げ切った作品

観終わった最初感想は、漫画聲の形』が映像化されないことを確信したショックだ。

 

まず先に断わっておくが私が言いたいことは原作を崇めて原作未読者や映画馬鹿にするといった内容ではない。

映画製作に携わる人間が『聲の形』をどういったつもりで再構成したのか、

またその再構成の結果として商業的な成功を収めたことや、

そのせいで映画聲の形』(以下、映画しか漫画聲の形』(以下、漫画)に触れていない多くの人に誤解させてしまったということ、

そしてこの世で漫画聲の形』が漫画聲の形』という作品しか伝えられなかった、他のラブストーリー青春物語ではできなかったこと…映画からは外されてしまったことについて触れる。

この日記を読んで少しでも漫画に興味を抱いたのなら、漫画にて『聲の形』というコンテンツを全て消化すべきであり、

本当の答えを噛みしめ、確認しなければ作品聲の形』には全く触れないで人生を終えるといっても過言ではないと言っておこう。

これはステマではない。

なお漫画ネタバレになりかねないよう、これから漫画を読む人間にとって害にならない程度に極力抑えるつもりだ。

これはステマではない(繰り返し)。

 

そしてあくまでも日記なので読みづらさや誤字脱字などは勘弁してもらいたい。

 

制作スタッフが行った再構成とは

単純に2時間半に収めるには物理的な無理があったため、大幅にカット再構成されている。

その点だけでも漫画映画は全くの別物と言っても差し支えない。

しかしこれは映画1本に収めるという制約上仕方のないことで、これに関しては特に言及するつもりはない。

要は、漫画が伝えたかった要素をコンパクトにして映画で伝えられたらいいだけだからだ。

まり、私が問題にしているということはその再構成漫画が伝えなければいけなかったことを大部分が外されているからだ。

 

制作スタッフ映画を見に来た観客にできるだけ「負の感情」を強く抱かせないように気を使って再構成している。

分かりやすく言うと「なんだよこのクソ鬱映画!!」みたいな感想にならないよう、できるだけイライラ不愉快になるような要素や、

生々しい要素をオミットしている…その商業的にも負になりかねない要素たちだけ、

この映画への梯子が外されて下に蹴落とされている…といったイメージだ。

漫画では読者の心をえぐってくるような要素が宝石箱のように詰め込まれている。

主人公石田にともすれば殺意を抱かせるだけの強いクズ描写がされており、

小学生時代石田を無条件に悪だと読者は強く確信でき、そこに同情の余地もなければクラス手のひら返しにも憤慨するだろう。

映画ではかなりあっさりと流されていて、このせいで不快な思いをだいぶ軽減されているが、

石田の「俺は清算して死ぬべきだ」という気持ち映画視聴者に軽く受け取られやすくなってしまった、薄っぺらく見られやすくなってしまっている。

漫画の特色として、読者の暗い感情をこういった不快いじめや生々しい描写で刺激しつつ、

当事者である石田がどうやってそれを乗り越え、まともに生きることはできない、けれど死ぬこともできなくなったところを出発点に歩き出した、

というのが最初石田西宮出会いで、だからこそいじめた本人である自分友達になろうとするという不条理を進まなければならなくなったという経緯がある。

まり最初の死への渇望とその道を閉ざされた石田心理描写を読者に刷り込ませるためには、

石田所業が到底擁護できないくらい行き過ぎた描写であることが『聲の形』という作品には不可欠なのだ

それを見た読者の底にドロドロと横たわりだした感情を燃料にして、出会いが種火となり燃えながら、時には火が消えかけながら、それでも何とか大きくなろうとする炎の様子が、本当の『聲の形』の姿だ。

作品として、「読者(視聴者)の負の感情」が必要なのだが、これは前述したとおり耐性のある人間を選んでしまうため商業的に足かせともなりかねない、

判断され軽減・外した、というのが制作スタッフ再構成で行ったことだ。

ピンと来ないなら激辛だと食べれないから中辛にした、ということだと思って欲しい。

そのおかげで結果として極力不快要素を外し京アニ作画力とキャラの可愛さで万人が食べれる作品へと変化し、

商業的に成功を収めることができ、映画映画として勝利した。

映画聲の形』は売れることに邪魔になる重りを捨て去り新品のランニングシューズを履いて走り抜けた。

でもそれは漫画が這いつくばってたどり着いたところとは違うゴールであり、

その漫画がたどったコースとゴールは今後二度と映像化され現実化されないということを確信し、制作の手腕の勝利も同時に確信し、私はショックを受けた。

 

映画だけを視聴して誤解してしまった人々

帰ってレビューに目を通すと、やはり石田心理描写が把握しきれていなかったり、

よく分からなかったという感想もちらほらと目立った。

障碍者としての西宮葛藤や苦悩もかなりあっさりされているので重いテーマだったという感想はありつつも、

そこから広がりを感じるような形としての感想が出てこず、実は何も考えさせられてないというのが観察できた。

西宮がなぜ笑い続けなければいけなかったのか、西宮がなぜ思い詰めてしまったのか、

石田も同様になぜ最初に思い詰めて、それでも西宮と違い諦めなかったのかということに説得感を出すためには、

やはり前述した「読者の中に生まれたドロドロとした暗いもの」を燃料にするための不快要素がオミットされたことが原因である

 

聾唖の人たちから意見も、この不快要素オミットのために発生した説明不足、その他ところどころに出てきてしまった脈絡のないように見える行動もこのオミット行為副作用となっている。

から必要なのだ

聲の形』という作品を完成させるためには必要な要素だった。

ただ、それは商業的な成功には必要なかったし、事実それで勝利を収めてしまった。

これは作品の特色であってもビジネス上で不利益とみなされたものは無かったことにしていいという資本主義思想に対する芸術創作の完全敗北と言い換えてもいい。

とにかく大多数に対して理解されやすければ、消化しやすコンテンツであるならばいくらでも特色を消してしまっていいという姿勢だ。

それに深く静かな絶望を覚えたのは、漫画既読組には少なからずいただろう。

家に帰ったあとそれは視聴した沢山の人のレビューを読んで感じているかもしれない、私みたいに。

一体、映画を見た人の何割が石田自分を重ねることができたのだろうか。

嫌な汗はかくことができただろうか。

 

漫画聲の形

漫画の『聲の形』は、一度死を望んだ石田自分が行ったことを思い知らされ、なおかつ死ぬという逃げ道すら断たれたことで、

前を向いて、半ば仕方なく、半ばやけくそで行動する・西宮友達になるというスタート物語が始まる。

石田のやったことがどれだけ許されないことなのか、また当時の登場人物たちが流され、無力で、愚かで、間違えてきたことが心をえぐられる程度に描かれている。

この最初の導入でしつこいまでに鬱要素をぶっこむことで読者は自分過去やってしまった罪の意識を思い出し、無意識石田に重ねる、石田は読者の暗い過去だ。

今風にいうと黒歴史人物化したキャラクターとしてこれで形作られる。

過去が黒ければ黒いと形をはっきりしてくるキャラクターだ、それは視聴者の闇の色と同じ色をしているからだ。

それをやらなかった映画石田に対する感情移入がバラバなのは、つまりは、その黒歴史へのアクセスが不十分になってしまたからだ。

普通、そこまで思い返すほどのトラウマ黒歴史を持つ人間は少ないので、

その場合石田に代行させて罪の意識を増幅させるためにも石田のやったことは大きく描写されていた方が感情移入のためのパイプを築ける。

 

そして、死ぬことを閉ざされた石田が、つまり黒歴史から目を背けずに、常に意識して生きなければいけなくなった「あなた」は、

どうやって生きていけばいいのか、どう周りと接していけばいいのか、取り返しがつかない過去石田あなたはどう向き合っていけばいいのか。

それが『聲の形』の作品としての本質だ。

決して障碍者と涙ホロホロ最後ハッピーなだけの作品ではない。

石田黒歴史を貼りつけながら歩き続けるプレイヤーとなり、読者は過去が脅かすことに石田と共にドキドキしながら、辛さを共有しながら、

最初不快感を感じていたはずの石田自分に、いつしか何とかしようと奔走する石田応援しだす。

過去は取り返しがつかないかもしれない、

けれどこれから西宮未来は泣かせないように行動することができる。

それを問いかけてくる作品なのだ

それが『聲の形なのだ

 

過去の追跡がどれだけ辛く暗いものなのかが、このテーマを重く受け止めるために必要な手順だ。

ところが、何度もいうがこれをオブラートに包むか削除してしまったため、このテーマが盛大にぼやけてしまった。

漫画では西宮の家庭環境小学校教師との再会や映画作り、いてもいなくても一緒だった真柴のちゃんとした存在意義など、

この暗さと前向きにもがく様を描くための要素が何度も繰り返されている。

その最後の結末が、読者のこれから背中を押す形で終わっている。

生き続ける石田現実に生きる私たちへの、エールへと繋げられている。

それが『聲の形なのだ

 

そしてそれが他のラブストーリーにできなかったことで、『聲の形』だけができたことだった。

他のラブストーリーに、何とかしようとして上手くいかずに古傷をえぐらせるような真似をして、

それでも読まざるを得ないという状況にもっていけるだけの能力がない。

「これはどうなってしまうのか?(他人事とは思えない感想)」と思わせるのがこの作品面白さでもある。

 

聲の形』にとって障碍者という要素はいじめの歴史を作るためのただの道具の1つに過ぎず、それが本質ではない。

本質は、変えられない過去と変えられる未来、そして過去を受け入れるというこの3つの要素だ。

消極的に変わらざるを得なかった石田が変えられない西宮を救い、

一緒に変わっていこう、と2人とも前向きになるという完全に内面の話なのだ

そして変わりたいけど変われなかったという気持ちの重さ、辛さ、ドロドロした暗い時間の積み重ねを描き切ったのが漫画だ。

読んでいる人間石田の状況に嫌な汗をかき、そして小さくホッとする作品なのだ

その作品映像化はできていない。

できていないのに、商業的に成功している。

 

変わることの重要性を訴えた作品が、

そのメッセージの大部分を消失しながら、

大ヒットをしている。

 

まず私はその現実に立ち向かわなければいけない。

そう、思った。

 

…私はこの映画を予約するのに3時間かかった。

ネット予約操作方法が分からないのではない。

映画館聲の形から心をえぐられることに2時間半耐えられるか悩んだからだった。

ところが実際は、別のことでえぐられるとはそのとき私は思いもしなかった…

2016-09-24

個人飲食店だけど、2回目でバイト求人募集広告成功した

地方飲食店2つ出してる自営業者のものです。

バイトがなかなか集まらなくて、B5サイズで表側が広告、裏側が履歴書パターン広告を出した。

ただ前回出したとき面接に一人しか応募がなかった。

今回は履歴書志望動機チェックシート方式で極力書かせないようした。

そしたら不思議。1回目→3人→20人と大幅増。

世の中は単純な仕組みで動いてることを確信した。皆も良ければ真似してくれたまえ。

追記:本当は飲食店なんてやってないただの無職だよ。

今朝、表が広告で裏が履歴書のチラシ見て応募しようと思ったら、

志望動機書くのめんどくさかったから、適当に話を創作したんよ。嘘ついてごめんよ。

2016-09-23

他人創作いじめ案件自分自身投影して許せだの許すなだの言っても、

いや、この件に関してはあなた被害者でなくただの第三者やん……って思う

俺だったら絶対に許さない、なら言ってもいいけど、

境遇が似てるからって勝手に代弁したってナンセンスだよ

それは質問か?

質問のつもりなら教えてやる。

気持ちよくなるフィクション気持ちよくなる「ための」フィクションは全く異なるものだよ。フィクションにはフィクション文法があるが、後者場合は「気持ちよくなる」という目的に反するもの可能な限り排除され「気持ちよくなる」という目的に沿うならどんなご都合主義原則許容される。体力の限界とか性欲の限界とか。あるいは「そもそも呼吸できんのか?」からまらない異世界召還ものラノベとかな。そういうことをなおざりにせずきちんと積み上げて創作する界隈から、そういう面倒を全部すっ飛ばし快楽に「のみ」奉仕するフィクションポルノと見下げて言うんだよ。読んでて苦しくなるようなフィクション、はっと胸をつかれるような台詞、綿密な考証と舞台設定や周到に練り上げられた伏線…それらも、結末のカタルシスに至るための手段として機能しているのではないかという意味でなら、もちろんその通りだ。あらゆるフィクションは、たとえば孤島で3日間生き延びる上で絶対必要不可欠な何かかと言われればそうではないだろうし、その意味所詮娯楽のようなものだと言われればそれはもちろんそうだ。だが、孤島で、ジャングル10年生き延びていくときには、カレンダーというフィクション、主人と従僕というフィクション、あるいは「日本は負けてない」といったフィクション必要なのであり、フィクションが我々の精神人間的な生活に対して果たす役割、その必要性は、物質的な何かに比べて劣るというものではない。だからフィクション=娯楽=ポルノ、という短絡は、やはり少し違う。フィクションの果たす役割はもう少し大きくて広いものであるし、その点から考えれば、いくつかのフィクションにおいては、娯楽性やカタルシスの方がむしろ手段だとさえ言える。

従って「そういう(結果的にはカタルシスにつながる)目的のためであっても原則として快楽を味わう上での面倒はすべて避ける」という文法作法に基づいて作られるポルノは、フィクションの一ジャンルではあっても、その総体イコールであるとは言えない。ポルノと非ポルノの分類は、決して不可能ではないんだよ。



なお、ツッコミのつもりで書いたとしたら、それはお前が普段消費しているフィクションが大体全部ポルノだという告白に過ぎないので、自爆乙としか言いようがない。

http://anond.hatelabo.jp/20160922224123

2016-09-22

アニメ好きを公言できる理由わからん

アニメ以外にも、小説漫画等も同じ。

君の名は。も諸事情で見ることになったけど、確かに面白い

所詮創作である



男向けの恋愛漫画みたいに女に何もしなくてもハーレム状態になるなんてあり得ない。

女余り地域西日本ならもしかしたら多少あるかもしれないが、

女が調子乗ってる東京ではまず無いわ。



良くも悪くも現実世界を知っている奴の話の方が面白いんだが。

2016-09-21

政治的な正しさ邪魔をする

二次創作をしたいと思った。

とあるアイドルプロデュースするゲームの、とあるアイドルが凄く気に入ったので、

公式供給だけじゃ物足りず、自作しようと、日夜頑張っている。

頑張っているのだが、どうも自分の中に「政治的な正しさを元に創作物批判する人達」が住み始めたようで、

文章を書いていると、その人達批判するので、修正するのだけど、はっきり言ってキリがない。

例えば、今書いている二次創作の冒頭の三行だけでも、



「うひひひ、お山、お山、あたしのお山、このお山、あたしのお山、うっひょー! お山、お山の先っちょも登るうううううう」

夏場の外回り仕事を終えて、クーラーがよく効いた自社に戻ると、いつものように○○ちゃんが△△さんのおっぱ……もといお山を堪能していた。

今部屋に居る事務員も、他のアイドルたちも止めようとしていないし、△△さんもあきらめの境地に達しているのか黙々といつものように読書をしていた、それとも熱中して気付いていないのかもしれない。



たったこれだけの文章なのに、

同性愛者を色情症のように書くのは間違っている」(いや、同性愛者かどうかは、そのちょっとよくわからないんですが……)

「たとえ同性同士であってもセクハラセクハラ、正しく罰するべき」(はい、その、ですので、これをセクハラと咎められたあと、きちんと告白をして同意の元に恋愛関係にですね……)

「そもそも、中学生女子と、大学生とは言え未成年女性のペッティング描写など論外」(それは……その……はい、すいません)

「もう大前提アイドルという職業のものが……」(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい)

などと、自分の中に「政治的に正しい表現をするべき委員会」が立ち上がり、いろいろと評論をしてくる。




それで、なにかを創作するってことは、なにかを切り捨てるってことなんだなあ、と思った。

政治的な正しさもそうだけど、そもそもこうして、公式の外でキャラクタを動かすってことは、どうしたって、それを認められない人がいる。

なにしろ公式の中ですら、そうなのだから




「でもさ、こうも考えられない?」

え?

「目が前についてるのは、前だけを見て生きろと与えられた使命に違いない」

去った、過去気にせず……

もっと、ずっと未来を、この目で早く見たい」

予想をも、つかない、素敵な運命

「待ち構えている。……かもじゃん。だから、がんばろうよ、いっしょに」

そっか……

そうだよね……

頑張る、僕、頑張るよ……

2016-09-20

ストレスを感じると胃が痛くなる」

もう12年近く前になると思うが、「釣りバカ日誌」がアニメがやっていた。

僕の家はビッグコミックオリジナルをずっと買っていて、僕もわから漫画という事で読んでいたので、「釣りバカ」を家族みんなで夕飯時に見られるのが楽しかった。

アニメになって印象的だったのが、ハマちゃんやらかして、佐々木さんが思わずトイレに駆け込んで胃薬を飲むという一連の流れだった。

僕はそれが全く理解出来なかった。学生だった自分にはストレスを感じる事自体はもちろん、胃が痛くなるという経験すらなかったし、父も母も胃薬を飲むシーンはほとんどなかった。

から胃薬を飲む事自体創作の中で大げさに何かを表現する時の出来事の一例だと思っていたのだ。(驚くと目玉が飛び出るのと同じだ)




大人になって仕事をするようになってしばらくすると僕は逆流性食道炎を患い、胃酸を抑える薬を常に持ち歩くようになってしまった。

もどすような咳をして、個装になった粉薬を飲む。飲むたびに医者に「逆流性食道炎花粉症みたいなもので、対処療法しかないんだよね」と言われたことを思い出す。


僕はハマちゃんにもあるいは山口六平太のようになることも、かといってC級さらりーまんになることも出来ずに、今日も胃酸を抑える薬を飲む。


寝る前に飲む薬は錠剤で、効き目の少し強いやつだ。

2016-09-19

厨房増田ケンカん毛駄住まで雲母ゅち(回文

久しぶりに友達と会って、

適当駅前居酒屋に行ったの。

もちろんチェーン店とかはつまらないので

せっかくだし、地元で営んでいるお店にしようね、ってことで、

駅前商店街のイキフンの良さそうなお店に入ったの。

カウンター席を案内されて、

カウンター席は中の厨房が見えるから好きよ。

で、そこの大将っていうか板さんは、

見た目結構ヤンチャが抜けた若い感じの人で

大丈夫かな?と心配してたの。

ま、お料理は美味しかったわ!

でも、厨房での給仕さんたちとの雰囲気が最悪なのよ!

挙げ句の果てに、厨房で言い争いしちゃう、みたいな。

こっちがもうヒヤヒヤしちゃうわ!

「そんな(注文)聞いてない!お前らが悪いんだろう!」って

もう、ドキドキしながら見てたわ。

私ゃ「寺内貫太郎一家」の小林亜星ばりに、

カウンター席をひっくり返してやろうかと思ったわ!

美味しかったのに、それで味忘れちゃったわ!

逆にインパクト居酒屋よ!

駅前居酒屋、そうその店名は「人情居酒屋小林亜星劇場

また訪れたいわね。

案の定レビューは荒れよ!

でも、旅先で素敵な思いが綴れてよかったわ。




今朝の朝ごはんは、

旅先での素敵な喫茶店モーニング

ルナティック丼よ!

月に見立てた、玉子の乗った創作海鮮丼

デトックスウォーターは、

今日伊藤園の麦ウォーラーしました。




すいすいすいようび。

今日も頑張りましょう!

童貞ポルノ

セックスという行為風習実在するのか甚だ疑問になってきた。(自分調べ)

いやそもそも女性と付き合ったことがないので、よくわからない

セックスとか恋とか付き合ってるとか付き合ってないとかそういう話になると

テレビ映画とかでやってたアレのこと?みたいな。

僕の職場けっこう体育系なので童貞カミングアウトすると

いわゆる”おまえはなぜ童貞なの?人生何してきたの?”という

悪意の有無は定かではないが事実上尋問が始まるのは目に見えてるので

キトーウェブや聞いた話を混ぜた創作でその場だけは非童貞なんだけど

童貞ですとか正直に言って、生殖に対して意識高い人にいろいろ言われている後輩や同期つらそう

(その場ではいじられキャラ的な顔してるけど)

童貞からしたら普通に生きてきた結果童貞なんだよね、

しろ逆にどうやって生きたら女性セックスできるんだろうか、風俗とかはともかく。

顔はそこそこイケメンだと言われることが多く

女性と付き合ってないの人生損してるよなど言われるが、知らないよそんなこと。

女性と付き合っていないことに頑なに原因を見つけて悪者扱いするひとは一定数いるけど

僕は生殖に対する意識が低い、もしくは性欲が無い人間なんですとしか言えない。

女性のことを好きになったり、恋をしたいと思うことは真っ当で僕もそうしたいと思うけど

結果的に僕は傷つくのが怖かったりめんどくさかったりで

色恋沙汰を起こさなくても生きてきたのでそこはほっといておいて欲しいのですよ。

あ、昔2ちゃんえるに"なんで童貞じゃいけないんですか?www"というスレを立てたんですけど

少子化が進むと朝鮮人日本支配されるから」というアドバイスを頂きました。

2016-09-18

http://anond.hatelabo.jp/20160918175447

また増田自称ジャニヲタ語り創作かよ~

30代既婚設定にしては精神構造が幼稚すぎるだろ~

2016-09-16

増田のおかげで承認欲求オバケ成仏した話

ちょっと前にここで憂さ晴らし程度に記事を4つ程更新したら、思った以上に反応を頂いた。

賛否両論ではあったけど、共感や励ましのコメントを読んでいくうちに自分の中の憑き物がすとんと落ちた気がした。

自分の書くものはちゃんと人の心を動かせるのだという実感は、とてつもなく自分を強くした。

私は趣味漫画小説二次創作をやっている、いわゆる腐女子だ。

承認欲求人一倍強く、他者評価されているのを見ると平気な顔を装いつつも内心にはドロドロとした感情が渦巻いていた。

私生活も上手くいっていない部類だったので、増田として書いた記事は本当に日頃の自分感情を吐き出す気持ちでまとめ上げた。

Twitterなどで自分記事引用RTされるのを見て、うれしさの半面、ヒヤヒヤもしていた。誰かがこれを私だと特定したらどうしよう。そんな自意識過剰の日々が数日続いた。

でも、幸か不幸か、誰もそれが私だとは気付かなかった。

そりゃそうだ、誰にも話したことのないことを書いたのだから特定のしようがない。

でも、私の心の中にだけは「あれは私だ」としっかりと記憶として残った。

しょうもない匿名日記ではあるけれど、私の書いたものであることは確かだし、嘘偽りはない。ログだってしっかりと残っている。

数字ばかりが評価ではないと思う。

でも、私はいやらしい奴だから数字も欲しかったんだと実感した。

讃えてもらうだけが全てではないとも思う。

でも、讃えてもらって私は救われたんだと思った。

私の人生や考えは、読み物としては面白いのかもしれない。

その気付きは、私の生活と考えを塗り替えた。

認められたかったら、思いを込めて、形にすればいい。

私にはちゃんとその才能があるのだ。

それ以来、表現は認められる手段からちょっと離れた。

矛盾してるようだけど、認められるためのものを作るんじゃなくて、一生懸命作ったものはある程度は絶対認めてもらえる自信がついた。

から数字一喜一憂しなくなった。

気楽な気持ちで作ったものはそれなりの評価だし、表情や台詞言い回し一つに気を配って、沢山の人に読んでもらいたいと願って作った本気の作品はちゃんと多数の人に読んで頂けるようになった。

それでも大手の描くような美麗な絵ではないから、爆発的には伸びない。

それでいいのだ。私は私の作品を、私の想定するクオリティで作れるようになったことが、今なによりも嬉しいのだ。

オバケのように纏わりついていた、承認欲求

タイトルでは「成仏した」と書いたけれど、形を変えて側にいてくれるような気もする。

あれも、私の一部分だった。

このエントリーを読んでくれている人の中に、前書いた記事コメントを残してくれた人がいるのなら、心からお礼を申し上げたい。見てくれただけでもいい。

ありがとうございます

おかげで私は、私のために創作が出来るようになったよ。

ただ、それだけの気持ちです。

ギリギリじゃないと僕だめなんだよ〜♪

ぼっちかつ趣味に対する情熱も薄いやつは、ギリギリじゃないとツライと言う話

 

これまで5年くらい社畜やら掛け持ちやらしてきたんだが 

最近時間に余裕が出てきた

  

また、ここ10年くらい借金を抱えていたが

給料が3倍くらいになったので来年には完済できそうだ

 

そういう風にいい方向に向かっているはずなのに、何故か気持ちはどんどん落ち込んでいく

まるで定年退職してやることが見つからないおっさんみたいだ(私はまだアラサー

 

埋没費用サンクコスト)」という概念がある

最近はよくソシャゲ業界で耳にするが

「ここまで投資したんだから、見返りが期待できなくても投資し続ける」という話で、「もったいない効果」とか言ったりする

私の状態も、これに近いのかもしれない

スキルアップの術も金の稼ぎ方も頭打ちが近く、これ以上そこに注力しても大した効果は得られない

しかしずっとそこに注力してきたため、酷い喪失感を覚えるのだ

 

これが行き過ぎると、今度は「中毒財」となるらしい(この前テレビで見た)

残業しすぎるのもこれだそうだ

 

例えばRPGゲームなんかでも同じだ

レベルアップのテクニックをひたすら磨いたあとに、Lvカンストしたり、クリアしてしまって

そのテクニックが無価値となったときの、何とも言えない喪失感

他のゲームをやらず、ついつい二周目に突入したりする

 

創作なんかでも、そういうことに執着してしまキャラはよく出てくる

「殺し合いゲームの生き残りが、なぜかまた殺し合いゲームに戻ってくる」ようなやつ

成長した主人公に「お前は俺と同じだあああ!」とか言いながら散っていくのがお約束

私はああ言うのを見て「こいつバカだ」と軽蔑していたが、私も同類だったようだ

 

艱難辛苦というのは当たり前だが苦しい

苦しいが、そこからの脱却は”ちょっとだけ”楽しい

幸福度マイナス100から0にする過程は、幸福度プラス100を知らない人にとって魅力的に感じてしま

 

幸福度プラスというのは、家族恋人、仲間、あるいは趣味なんかで得られると思う

中毒財ではなく、地位財でもないもの、と言う感じだろうか

エキサイティングではなく、幸福というやつだ

 

そういうものを持たない奴は、マイナス100から0まで戻ったあと、プラ転させるのが非常に難しい

マイナス100から0への回帰には必死努力しなければならない

すると心身共に荒むし、「必死努力」が癖になってしま

 

でも実際にプラスにもっていくには、心身ともに朗らかで、「適度な努力共感」が必要なのではないかと思う

そうしないと「あいついつも怖い顔して怖い。いつも必死で何か嫌。笑わない」と思われてしま

でもでも、無理に取り繕うように笑ったり明るく振る舞うのは、それも「必死努力」に違いない

自然に笑えない時点で詰んでるのだ

 

ちなみに、0からプラスにしてくれるサービスというものは案外少ない

ギャンブルソシャゲは当たり前だが中毒財だし、風俗も実はテクニックに対する中毒財だと思う

あるとすればせいぜい漫画シミュレーション系のゲームだろうか。ギャルゲとかね

そういう意味で、金を無尽蔵に貯めても大した意味がない。これはRPGと似ている

 

そんなわけで、こういう輩が取れる選択肢はとても少ない

しまとめてみる

 

前提:ぼっち趣味に打ち込めない、必死癖で根暗

ぼっち → 幸福度が0から増えない

趣味に打ち込めない → 幸福度が0から増えない

必死癖で根暗 → ぼっちが解消されない

 

思いつく選択肢

 

【頑張る】

・無理やりどっかに属してみる

・無理やり趣味を作ってみる

必死趣味創作に打ち込み、そこからから楽しめる人脈形成する

 

【諦める】

・諦めてボーっとする

・諦めてはてブをボーっと見る

・諦めてブコメでさっさと死ねとか言ってみる

 

【ズブズブ】

・再び中毒剤を求めて仕事ギャンブルに打ち込む

 

サービスコンテンツに身を委ねる】

日常系アニメを見て「ああ^〜」とか言う

 

【強行パターン

・「さすがに飽きた」とつぶやいて死ぬ

ハッピーターン気持ちよくなる

 

どれもこれもキツイし先がない

そしてできれば、多幸感に包まれるようなサービスコンテンツもっとほしいね

猫カフェとかどうなんだろ

 

つかそもそも何でこんなことになったんだっけ・・・あ、生まれつきか

 

しあわせになりたいね

 

______

追記:

俺なんかがペット幸せにできるわけないじゃないか!w

感情移入しすぎてだめなのよ、かわいそうになる

ペットを飼うには広い一戸建て家族子供と婆ちゃんが必要

 

ちなみに野良ネコは家の前にうじゃうじゃいるけど、すごい勢いで逃げられるから、すごい遠回りで避けていくようにしてる

2016-09-15

http://anond.hatelabo.jp/20160912120633

嘲笑うんじゃなくて怖いんだよ…!

連絡先を訊かれる、って

きもがられて終わりじゃなくて彼女にとってはトラウマになりかねないって事が分からないの?

おっさんから性的な目で見られていた気持ち悪さ、恐ろしさ…バイトをやめてもその恐怖は残る

創作じゃないんならマジでやめてあげてくれ

可哀相

2016-09-13

http://anond.hatelabo.jp/20160913154623

その坊さん創作実話とかさまざまなめりっと読んでそうできもいな。

http://anond.hatelabo.jp/20160913025321

他人評価自分感性とどうしても比べてしま思考が染み付いているあたり、自我肥大しすぎじゃないかと思う。

自我を満足させるために貪欲になるのではなく、作品自体の良さを汲み取ることに全力にならないと、創作を楽しむのは難しくなる。

2016-09-12

http://anond.hatelabo.jp/20160912144336

これ見て思うと、著作権侵害非親告罪化なんてもんが起きたら、

同人アンチの密告で本家も大幅に手を焼かされて創作文化マジで終わるだろうなー

http://anond.hatelabo.jp/20160912124410

お、あらゆる創作スレに必ず沸く星一つニキの仲間か

2016-09-11

私がアイナナに見切りをつけた話

 「アイドリッシュセブン」、通称「アイナナ」をご存知だろうか。

 iOSAndroid一年ほど前から配信されているソーシャルゲーム、それがアイドリッシュセブンだ。

 近年人気ジャンルの一つになった「アイドル育成ゲーム」であり、そしてそのアイドル達が実際に歌う曲をゲーム中でプレイする、俗に言うところの音楽ゲームとして宣伝されてきた。

  豪華声優陣が演じるフルボイスストーリーも売りの一つで、着実に人気を得ていたアプリゲーム

この記事を書いている私も配信当初からプレイし、アイドル達の物語一喜一憂し、トラブルにも負けずに前を向く姿を応援していた。

 グッズは購入しないけれどその分アプリ課金して、とにかくハマっていた。

 最初は暇潰しに丁度いいや、と軽い気持ちだった。それがフルボイスのストーリーに触れ、追加されるカードイラストが見せる表情や動きに次第に傾いて行き、気付けば暇潰しどころか毎日の空き時間睡眠時間までも削るゲームになっていた。

 「でも、楽しいし推しのイラスト可愛いゲーム楽しい睡眠時間お金も惜しくない」、そう言ってゲームを続け、何かあればゲームに逃げ込んだ。

 推しは運営にも愛されている。だってカードを定期的に追加してくれるし、ストーリーキャラを崩されないし、誕生日だって祝ってくれた。

 アイナナにはキャラ誕生日ガシャというものがあって、そのガシャでは「誕生日キャラカードしか出ない」という仕組みだ。アイナナのガシャは普段なら候補生といって、所謂モブのRカードが平気で排出される。

 他のゲームでいえば、フレンドポイントなどで回せる無料ガシャで出てくるようなカード課金で回すガシャで出てくるといった具合。

 それが一切出てこない上に、大好きなあの子カードしか出て来ない。日々課金しては出てくるモブ辟易していた私にとって、まさに「神のようなガシャ」といえた。

 そうすればユーザーは「運営ありがとう!」と感謝するし、確実に欲しいキャラを手に入れられて苛々は霧散して、自然好感度が上がった状態になるのだ。

 仮にその後のガシャを回しモブが出て来ても、ユーザーは「また次の誕生日ガシャがある。もしかしたらその前に何か特別なガシャがあるかもしれない、あんなガシャを開催してくれるんだから希望はある」と勝手自分自分を納得してくれるのだ。

 言い聞かせ続ければユーザーはいつの間にか思考を停止するし、そこにトドメのように事あるごとに課金アイテム(石)を与えておく。

 アイナナは同じSRを特訓(合成)すれば、上位レアSSRになる。更にSRもRの合成で持つことが出来るカードがある。故に他のゲームより、課金が出来ない学生割合も多かった。

そんな中課金アイテムを多く配布したらどうなるか? 簡単だ、優しい運営を崇拝するようになる。

 課金している人にも石の足しになり、当然文句を言う人は少ない。


 CDを出せば必ずランキングCDTV話題などを公式アカウント――それもゲーム中に実際に出てくる大神万理というキャラが言っているようにツイートすることで、更にユーザーはいかに運営がアイナナを大切にしてくれているのか!と感動する。

 不定期だがプロデューサーレターというものもあり、ユーザーはより一層「このコンテンツ私たちが育てた」と優越感に浸れる。

 私もそうだ。日々の仕事で疲れ果てていたのを、そんな気持ちを抱くことで誤魔化すことが出来た。



 アイナナは最高だった。曲追加もストーリー追加も遅く、待ち飽きる時間だって楽しみになった。推しのカードが出るならそれくらいいいとさえ思っていた。

 私はTwitterもやっていて、そこではアイナナ好きの人とも他ジャンルの人とも繋がっていた。布教はしなかったが毎日何らかのスクショをアップし、公式からの告知をRTしては「可愛い!」と言う。

 アニメ化も決まった。冗談抜きで泣き崩れたし、フォロワーと喜び合った。楽しかった。


 その日も仕事帰りの疲れの中、Twitterを開いた。私は電車の中で思わず声を出しそうになったくらい驚いた。

 アイナナが炎上している。他ジャンルメインの人が特に苦言を呈しており、カードキメラトレスや構図パクだと訴えかけるツイートが回ってきた。

 更にキャラの設定パクを纏めたwikiまで出来ている。恐る恐る覗いてみると、そこには私の大好きなキャラの被り点を指摘する記述が並べ立てられていた。


 私は何とか空いた席に座ると、スマホを片手にしばらく放心した。身動きが出来なかった。

 ソシャゲ以外に疎かった私は「そのジャンルはアイナナの後に出たんじゃないのか」と、怒りで頭を真っ赤に染め上げてすぐに検索を掛けた。

 ……もう5,6年は続くジャンルだった。対するアイナナは一年。おまけに原案は、その長寿ジャンル同人誌を書いていたこともあるらしい。


 設定であげられていたジャンルだけじゃない。某アイドルゲームが好きなフォロワーさんが怒っている。

 アイナナ繋がりの人は皆黙するか、知らぬ存ぜぬという素振りツイートをするか、「こんなのありふれてる!」と言う人がほとんどだった。情けないことに、私も運営を信じてしまった。

 「たまたまじゃないの?」とツイートしたのだ。

 

 するとひとりのフォロワーさんがこういった。

「私がこの子をずっと応援してきたのは、その子アイドルとして輝く姿を見る為だ。最初は出番が少なかったけど、必死に出番を貰えるようにお金を入れてきた。全てはアイドルとして未来で笑って欲しかたから。

 このゲームカード制作の手間を減らしてやるためでも、素材を提供してやる慈善でもない。ステージで輝く姿を馬鹿にしないで」


 私はハッとした。私も、同じような気持ち応援してきたのだ。

 輝いてほしい。アイドルとしてステージで誰よりも素敵になった姿を見たい。だから応援するし、お金も入れた。


 …………それじゃあ、今私の手元で笑顔を見せるこの子カードは何だ?

 見れば見るほど似ていた。この笑顔ステージ上の姿も、この子であるはずなのに決してそうではない。あろうことかキャラ構成する骨組みでさえ、よそからつぎはいものだという。

 私の大好きだったアイドルは、他のジャンル人達がずっとずっと応援してきたアイドルを平気で横取りした材料で生み出された?

 ぐるぐるする頭で考えていた私の元に更なる衝撃が飛び込んできた。根岸綾香の問題だ。

 アイナナに登場する如月あると。それが根岸Pが自己投影しているキャラクターだ、というツイートだった。


 アイナナで「あると」と言えば、「如月あると」という人気女性アイドルという設定のキャラクターだ。

 この「如月あると」は、2(キャラ名は一応伏せておく)とゲームストーリーで共演し、公式ノベライズでは撮影現場でも仲良くしており、「ある坊」と呼ぶ程親しい仲なのだとも言われている。

 根岸PのTwitterアカウント名が「あると」であること。アイナナ関連の(恐らく製作に関わる重要な)情報ツイートしていることから裏付けが出来ると、スクリーンショット付きで流されていた。


 なんで?私がお金を払っていたものは他の人がたくさんの愛情を込めたコンテンツを平気でパクったものなの?ゲームプロデューサー夢小説ってどういうこと?

 グッズについても言及する声があった。やはりそちらも類似しており、眩暈がした。

 それでもツイッターのアイナナ好きは意見を変えない。寧ろおかしいと声をあげることを赦さない、異様な雰囲気のままTLが流れていた。私は先ほどの訴えと根岸Pの件を耳に入れ、ようやく決心した。


 アイナナに課金するのは様子を見よう。そして一度運営に問い合わせよう。

 大丈夫だ。あれだけキャラに愛を持っていた運営だ。ユーザーに優しいツイートを流し、プロデューサーレターまで用意する様な彼らなら、誠意ある対応で今後も安心して遊ばせてくれるはず。

 そんな期待もあった。私は運営メールを送り、調査を待った。何の根拠もなく調査してくれると思い込んでいた私の元に、翌日返信が届いた。


 内容は典型的挨拶それから「そのような事実はない」という否定

 ……調査は?と思った。ツイッターを開き検索すると、同じような内容が返ってきたというツイートを見かける。おまけに課金していないのに勝手に代金を請求されるという「課金エラー」も起きており、早急な対応をするべき問題ノータッチ

 愕然とした。どうして?なんで?あんなにキャラを、ゲームを大切にしていたなら、ちゃんとするべきじゃないの?


 「本当に大切ならその子固有のポーズや表情を考える。その子だけの煌きの一瞬を切り取るはずだ。アイナナは、そうじゃなかった」。

 私はあれだけ熱に浮かされ、運営を信じ込んでいた頭が一気に冷えて行くのを感じた。本屋でアイナナが表紙になっているのを見かけ、コンビニでアイナナの商品があると知らずのうちに嫌悪感を抱いていた。

 キャラは好きだ。ストーリー応援していた。運営も好きだった。なのに対応杜撰根岸自己投影。何よりもパクリ問題や他の俗に言うラレ元ファンの人を踏みにじった。

 ツイッターを見るとアイナナファンはみんな口をそろえ、「アイナナは悪くない」「どこにでもある」「他のゲームも被ってる」という。傷付いた人たちのことは顧みない。どこにでもあるという構図は、そのゲーム運営イラストレーターがきっと必死になってそのキャラの為に考え生み出した一枚だ。

 私自信、彼らのこともゲームも良く知らない。けれど彼らがアイナナのための素材集ではないことくらい分かる。

 それでも諦めきれずだらだらとゲームを続け、罪悪感や苛々、ファン言動への嫌悪を募らせていた時。ついに公式声明を出した。私は藁にも縋る思いで読み、乾いた笑みを零した。

 要約すると「パクじゃない。これからオリジナリティを追求し頑張る。」問題根岸に至っては、まるで怒られて不貞腐れた子どものそれだ。

 第三者機関への調査依頼さえせず、違うと言い張る運営絶望だった。そうか、彼らはアイドルを大切にしていない。他のゲームファンも、自分コンテンツキャラクターさえ「金になる存在」程度にしか見ていなかった。

 私はアプリアンインストールした。グッズを購入しないタイプだったので、何も手元には残らない。でもそれで良かったと安心した。

 ツイッターは相変わらず「嫌なら辞めろ」「アイナナを叩くな」と盲目的な意見で溢れている。一歩間違えば私もああだったのかと思うと、今回の件で傷付いた人やクリエイターさん達に申し訳ない気持ちでいっぱいで、トイレに籠り思いっきり泣いた。

 辞めた人達にもアイナナが好きで、運営がまともな対応をしてほしいと思う人だっているだろう。実を言えば私もそうだ。

 そんな人たちの意見さえ許さない。肯定しか受け入れない。まるで今の擁護派は宗教信者のようで、日々誰かを傷付けていることに気付かない。



 彼らはいつになったら気付くんだろう。存在しているだけで不安と怒りを与えるコンテンツ擁護する自分達という姿を、一度見つめ直してほしい。

 アイナナが今後も誰かの大好きなキャラを素材にするかもしれないのだ。標的は自分の大切なあの子かもしれない不安を、きっと他のユーザーは抱き続けないといけない。

 ストーリー中で、アイドリッシュセブン楽曲盗作されるというものがありました。盗作されたアイドリッシュセブンの子達は、喜んでいましたか

 それが答えです。ストーリーだ!創作だ!というなら、もう何も言いません。


 消費者にはこの件について言及する権利があります。私は気持ちの整理をするためにこれを書きました。

 終わって問い合わせ可能時間になれば、調べてから然るべきところへ問い合わせます。もうアイナナをプレイすることはないでしょう。アニメも観ません。

 でもきっと一緒に成長したかったあの子だけは忘れられないし、これから好きな気持ちと、好きになってしまったのが悪いことだと言う罪悪感も持ち続けるんだと思います

 ついさっき一縷の望みをかけて公式サイトツイッターもみました。でもやっぱり、なんにもない。

 残ったのは色んな感情と、このコンテンツ応援し続けたという一年間だけ。なーんにもない。あの子運営から愛されていなかったし、きっとあの子しか無い煌きも本当はどこにもなかった。

 まだ課金エラーにも対応していない運営。彼らがいつかまともになっても、私は今回のことが頭を過ってしまうから、きっともう戻りたくても戻れない。




 アイナナの人達はみんな切った。私がお金をかけて生み出していたのは誰かの憎悪と、哀しみと、不安と、傷だった。一年情熱を注いで愛を抱いて笑って楽しんで、手元に残ったのは途方もない罪悪感と虚しさだった。

 これでおしまいにする。アニメショップにももう行かないし、ツイッターも消すだろう。アイナナを見ればどうしようもなくなってしまうから

 でもあの子が成長する姿や煌くのをもっとたかった、どうなるのか一緒にはらはらして笑って泣いて前に進みたかった、あの子がいれば毎日頑張れた。私にはあの子必要だった。でもあの子は演じている人さえ、規模は小さかったけどやってはいけないことを起こしていた。怒ってる人がいた。だからもうだめだった。

 さようならアイドリッシュセブン。これを書いている時点で未練も何もかもたらたらなんだろうけど、私は元ユーザーとして、せめてもう誰もこんな気持ちを抱く人が出ないことを祈っています

2016-09-10

http://anond.hatelabo.jp/20160910224614

言っちゃえばロードスウィザードリィパロディだしな。

既存の型を逆手にとったものが定着して新たな型となってまたそれを逆手にとって…の繰り返しだよな、創作なんて。

女性名のような男性

って結構見かけるけど、男性名のような女性って創作の中でしか見ない。

まこと」って名前女性マンガとかでたまに見るけど現実では一度も出会ったことが無い。

ひろみ」「あずさ」「かずみ」は学校にいた。

2016-09-09

未婚アラサー女だけど東京タラレバ娘に全く共感できない

創作じゃなくて本当にこういう女性存在するのかよってレベル

ファンタジー世界の話じゃないの?リアルにいるの?

仕事仕事であまり女性と遊ぶ機会がないから教えて欲しいのだけど、世の中の女性達はそんなに「たられば」の話をしてるの?

マンガ大賞とか受賞してるし、気になって読んでみたけど「なんじゃこれ(ドン引き」の一言に尽きるよ。

「未婚アラサー女子必見!必ず愛読書になる!」とか「アラサー女性続々共感!」とか書いてあったりしてゾッとするわ。

実写化して、もっと有名になって、「未婚アラサーはみんなこんなん」って一括りにされてしまう気がして怖いんかなぁ。