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はてなキーワード: 集団とは

2016-05-29

初めて地下アイドルライブに行った

行ってみて思ったことは、新規は入りづらい。居心地が悪い。

そのアイドルが好きで、実際に会って応援してると伝えたくて、ステージを直で観たくて行ったライブだったから、それらにはすごく満足したし楽しかったけど、あのオタクの中にいるのは結構キツいと思った。

1番しんどかったのはライブ中のMIX的なやつ。出来ないとすごく疎外感あるし、地蔵化もしたくないけど、難しくない?あんなのどうやってみんな覚えんの?前ほど顕著ではないけど、後ろの方にいる人たちもみんな手の振り?とかすごいしてて、まじでめっちゃむずいと思った。無理。バンドライブだったら適当に腕上げたり手拍子して揺れてりゃいいのにアイドルライブ難しすぎだ。

あと女ってだけでめっちゃ目立つ。ただでさえ新規からひっそりしてたいのにクソ目立つ。もっとオタク増えればいいのに。元々数千円以上も払って女の子と接触しに来るような人間の集まり自分含め)なので若い女の存在に敏感なのかなとも思った。もちろんアイドルなんかには到底及ばない外見なので、モテモテでつらい♡みたいなことじゃなく、普通にあ、女オタクがいるな、って感じだったけど、そもそも男だったらチラッとも目に入らないはずなので少しウンザリだった。ただ「女が少なくて目立つ」というのはアイドル認知されやすいというメリットも併せ持つのでその点はかなり得をしてるし、どちらかというとプラスなのかな。

あとどうでもいいけど、おまいつが内輪でキャッキャしてる雰囲気とか、キョロ充っぽいウェイがちょいちょいいるのも怠かった。同人イベントやらアーティストライブやらだとそれぞれがそれぞれの興奮するポイントを探し求めてる感じがして、コミュニティはあるけど根本のところではソロプレイ感があったのだけど、実際はどうか知らないけどアイドル現場はとにかく騒いで盛り上がることが重視されてるっぽく感じて、マクド大学生集団に囲まれるみたいな居心地の悪さがありました。という話でした。アイドルは可愛かったので文句言いつつまた行きます

はてなの主力商品はてサ

この日本最高峰知的サークルに参加できることがはてなをやって得られるプレミア

知的」の定義を狭く取ればほかにも色々あるだろうが、モラル、エシクス、ウィズダム、インフォメーション、インテリジェンスすべてにおいて最高峰であることがはてサの特徴でありはてサであることの誇り

こういう場は日本語圏でははてなしかないし、海外を見回してもはてサに並ぶ集団なり組織なりはそうない

欠点があるとすれば、はてなをやっているのにはてサにならなかったもしくはなれなかった人々がノイズとしてどうしても存在してしまうところ

しかしそんな欠点を補ってあまりあメリットがあるからこそ我々ははてなを続けるのだ

[]ダミア

宇宙世紀190年代初頭の宇宙戦国時代と呼ばれる動乱の時代に生まれMS支援AI

当時、コロニー地球木星、いずれの集団も最早新型MS製造するだけの国力は残っていなかった。

しかし、ミノフスキー粒子の発展以降あまり重用視されていなかった、情報工学の面からMSの性能を向上を目的とし、MS支援AIの本格的な製造が始まっていた。

特に木星帝国バイオ技術と、サイド3コンピューター技術は突出しており、この二カ国のAI非常に優れた性能であった。

今回紹介する「ダミアー」は、その二カ国の技術者共同開発によるAI郡、通称ガリューシリーズの一つだ。

ダミアー」の特徴は、既存AI郡とは違い、特定MS郡、木星由来のMSに特化した支援システムにある。

通常のMS支援AIは、パイロット依存し、パイロット共に成長していくが、この「ダミアー」はパイロット依存せずMS依存している。

それは、木星MS郡が特殊だったこともあるが、何より完全なワンオフ機を支援するAIという分野が未開拓だったことへの挑戦でもあったようだ。

特定MSに特化した、MS支援AIという発想自体は悪くなく、事実ダミアー」の量産により、木星防衛軍任務成功率は格段に向上した。

しかし、MS支援AI全般問題でもある「デバイス操作を委ねられるパイロット」の少なさ自体は、以前として解消されていない。

確かに支援AIにより、任務成功率という観点では向上しているが、パイロット精神的安定性とも言える指標値は下がってしまった。

これは、時に人を殺す事を躊躇しないことが求められる戦場において、自分意志ではなくAI意思が加入することへの嫌悪感にあると言われている。

宇宙世紀170年前後に見られたニュータイプでもサイキッカーでもない、新たな人類可能性として持て囃されたデバイスを高度に操れる人種も、またニュータイプサイキッカーのように何時しか廃れ、ごく一部稀に見られる兵士の一要素でしかなくなっていた。

宇宙世紀が始まって200年という節目が近づいてもなお、人類革新人類進化、というお題目言葉が大きすぎるのだろう。

だが、モビルスーツではない新たな機動兵器マン・マシーンと呼称されるらしいが、詳細は不明)を開発している集団があるという噂もあり、この動乱はまだまだ終わりが見えない。

そんな我々を、AIであり、人類が作った存在である彼女たちは、どう思っているのだろう。



なお「ダミアー」を始めとするガリューシリーズには、通常のマスターとして使えるパイロットの他に、

アークマスター」と呼ばれる、ガリューシリーズAI共通して信奉する人物が存在する。

アークマスター」はガリューシリーズ以外にも数多くのAIの開発に携わっており優れたAI技術者であると同時に、優れたMSパイロットでもあったため、AI戦闘教育する過程で、そう呼ばれるようになったらしい。

そんな「アークマスター」が最初製造したAIが、愛らしい少女の姿だったことが、今もなおMS支援AIグラフィックがそのような少女の形をしていることの由来である

私はヘイトスピーチ制限することには賛成である

それは、ヘイトスピーチをしない自分にとっては直接害がないどころか、社会的軽蔑されてんだろーなと思う自分はいくらか守られるから

それはさておき、今現在その心配はないとはいえ、ヘイトスピーチ制限拡大解釈をされると、問題のある権力者政治への批判が許されなくなるという恐れがある(まあ、杞憂だと思うが)。

どの辺が規制対象になるだろう?

集団で個人を攻撃していたら?

集団集団攻撃していたら?

大人がこどもを攻撃していたら?

こどもが大人攻撃するのはいいのか?

仕事や授業に差しさわりのある攻撃なら?

体や心に傷を負うほどの攻撃なら?

内容が個人攻撃のようだったら?

毎日のように中傷を行っていたら?(週に一回のペースならいいのか?)

内容が第三者にとって支離滅裂だったら?(正しければ中傷していいのか?)

ともあれ、

強い立場から弱者一方的攻撃できるようなものが優先的に取り上げられるものではないかなと思う。

心に一生ものの傷を負わせかねない上に発言者はなんの咎も負わないというのは問題があるので、過剰にならないように気を付けてヘイトスピーチ制限してほしい。

この記事のように匿名一方的に書くのも道義的にはよくないかもしれないが…。

でも、匿名での発言自由はあってほしい。中傷には使わないから。ああ、おのれの矛盾

2016-05-28

慶応義塾大学学生横断歩道前の道を毎朝塞いでとても困っています

都道301号線を渡るための、牛丼屋の前の横断歩道です。

www.google.co.jp/maps/@35.6473828,139.7445151,3a,75y,108.75h,71.1t/data=!3m6!1e1!3m4!1s-ARLlez8H8SfPGRinUcjTg!2e0!7i13312!8i6656!6m1!1e1



ここで信号を待つ慶応義塾大学学生さん自分達と同じ進行方向の人しか目に入っていません。

からどんどん信号待ちの背中につくように並んでいって、道が信号待ち集団の厚みによってふさがっています

牛丼屋寄りに道の内側に敷かれた視覚障碍者ブロックの上まで慶応学生が居ます

横断歩道を渡るのではなくこの道を通りたい人たちがいつも困っています




信号を見つめる慶応集団背中で、いつも勤め人や近所の老人が四苦八苦しています

一人が通れるかどうかの隙間しか開いていないのですれ違うなんてまったく不可能です。

しかもその隙間にまで信号待ち学生が入ってきて、当人信号待ちのつもりなのでゆっくりぶらぶらと歩いたりするので

完全に通れなくなるということもしょっちゅうあります




慶大生たちの横顔を見ていると

悪意でやっているというより自分達の集団以外の人間が全く視界や意識に入っていないという感じです。

もしくはその近辺の全員が信号待ちだと勘違いしていて、自分たちの進行方向と直角の進行をする人達がいるという発想がないか




横断歩道の前に厚く並ぶのではなく、横に広がるように信号待ちをしてくれれば道はふさがりません。

道に交差するような列を作るときはみんなそうしています。(お弁当屋さんの店先で並ぶサラリーマン達とか)

慶応生の皆さんも道を塞がないように並んでいただけることを願います

毎朝少なくない人たちが通れなくなって困っています

2016-05-27

休日に街に出たくない

中国人韓国人が増えすぎ。日本人区別がつかない。

ちょっとした繁華街に行けば、中国語の方が耳にする。

韓国人集団が大声を上げて笑っている。

それにひと昔前よりも日本人ぽい服装の人が増えた。

加えて日本人若者も、韓国人ファッションメイクをどんどん取り入れている。

そんなわけで、彼らがどこの国の人なのか僕には見分けられない。

日本人って、この街にまだいるのだろうか。



別に彼らが悪いといいたいんじゃない。

単に、僕が彼らに遠慮しているだけなのだ

彼らが遊ぶ街で、僕みたいな人間がウロチョロしていることが申し訳なくなる。

僕はただユニクロパンツを買いたかっただけなんだけども。



中国韓国人観光客にも、日本人若者文化もついていけない。

街ゆく人の中で、100%日本人だと分かる人を探してしまう。

そんな置いてけぼりの僕のほうが、この街では異国の人なのかもしれない。

2016-05-26

文系一般人がきっつい件

蓄積された人文系学問の意義を否定したいわけではないけど、社会学部文学部出身で、研究ではなく就職に進んで、

本人的には「大人になりたくないけど折り合いつけて生きてる」みたいな感じの人に、きっつい人が多いなと思う。

おしゃべりだけしてる分には面白い人なんだろうなと思う。ブログツイッターフォローするだけなら良いのかも。

ただ「一緒に仕事をしたくない人」とか「一緒に生活をしたくない人」と言うと伝わりやすいかな。

 

繊細で、問題には敏感に気付くけど、それを解決するのは自分ではない誰かだと、当たり前みたいに思ってる。

政府」「企業」など強い存在への期待値が高くて、強者に対してなぜだか侮蔑的侮蔑理由曖昧

障害者」「貧困層」など弱い存在にやたら肩入れする割に、行動では弱者と関わらず避けてる。

スタイル抜群の若い美女長身爽やかイケメンなど、身体が魅力的な人を「どうせ中身が無い」と批判

魅力的な身体に生まれると得る機会を失う「中身」って何?

生きているなかで「好きな人に貢献できると嬉しい」という感覚が無いみたいで、

「貢献してくれる人は便利(冷笑)」か「貢献してくれる人が居ないので社会はクソ(憎悪)」のどちらか。

下に見られたりスルーされたり嫌われると必要以上に落ち込むし、好かれても好かれたことをネガティブに捉える。

生活健康など「常識」化している価値侮蔑メインストリーム逆張りをしたがるだけで筋が通ってないから、よく手のひら返しをする。

深い思考物事を捉えるセンスなどに自信がある様子で、そこを認められたい欲求が痛いくらい強い。

権威とかお金とか美とか、外からわかりやす価値を持ってる人に内面を認められたがる。外からわかりやす価値を持ってない人のことはスルー

フットワークが重い。怠惰フットワークが軽い人を脳筋扱いして侮蔑したり嫌ったり。

愛想の良い人のことを「媚びてる」「要領だけで生きていけていいよね」と侮蔑批判。愛想が良いのも価値なのに。

学生でもないのにスクールカーストにとらわれ続けている。誰のこともけなす。本当に褒めない。

口角が下がっていて、表情が乏しくて、笑顔の口元が歪んでる。ニヤリって感じで笑う。

下ネタの言い方が笑えない。男子小学生的な爽やかに笑えるものじゃなく、粘着質で生々しくて、話を振られると逃げ場が無い。

恋愛・性に自信持ってる感じ。人間心理に詳しくてコントロールが上手いみたいな自己認識を持ってる。メンヘラ女を侮蔑しつつ興味しんしん

人間観察が好きで、人の人格について色々文句言うのが好きで、仕組みを改善する方向に思考が行かない。

問題提起して頭が良い人として注目を集めるのが好き。気力・体力・根気が無い。改善行動が出来ない。だから結果に繋がらない。

すぐモチベーションクタッてなる。ひがみっぽい。見下すようなことを言って人の足を引っ張る。

人が楽しんでると上から発言をして水を差す。人の気力を削ぐ。人をネガティブの巻き添えにする。

 

文系学問って、人の内面を充実させる学問だと思うんだけど、そういう学部出身者に迷惑内面の人が多いのはなんで?

スポーツとか経済活動とかマッチョジャンルに身を置いて、内面磨きには専用の時間を割けなかった集団のほうが、

よっぽど対人経験値が高くて人を見る目が円熟してて、相手の心や相手の都合を大事にした、大人な関わり方が出来る人の数が多い。

なんていうか…人文系の、ざっくり「人の内面」と言われるようなスキルって、専用の時間を設けて学んで学べるものなの?

何かに夢中になってたら経験値が増えていて、気付いたら得られているスキルが「内面」なんじゃない?

繰り返すけど、人文系学問の意義を否定したいわけじゃない。体系化する行動を行った人は多くのものを得てると思う。

でもそれを読んで感想を喋ることで、内面のすぐれた人間になるの?

文系学部から資本主義世界に不本意ながら出てきた人って、接することで私が偏見の塊になるくらい、

幼稚で無責任怠惰で冷笑的で、口先だけで、後ろ向きで、人の見方が表面的で、自分についてのことばかり考えていて、

仕組みについて考えるべきときでも人格の話をすぐしたがって、議論無為ループさせて、成功した人の足を引っ張る人ばかりだったよ。

もともとそういう人に選ばれる傾向が強くて、そういう人を救うわけでもなく育てるわけでもなく、そのまんまの状態社会排出する、

時間だけ浪費させる土管なんじゃないの、人文系学部って。

 

hilda_i 高校の時の進路指導では馬鹿セーフティーネットみたいな扱いになってた、かわいそうな人文系

語学が堪能、法曹志望、などの積極的理由が無い文系は成績が悪い人のセーフティネット扱いになりがちだけど、

偏差値の低い法学部経済学部に行って、営業マンになって、大学で学んだことを特に生かしているわけでもなくコミュ力で生きてる人たちって、

フットワークも軽いし、発言のぶん手を動かしてるから感じが悪くない。だから嫌われないんだと思うけど。

偏差値低い文系バンド活動やって遊んで単位ギリギリ卒業する「就職のために大卒になりたかっただけ」層で、

営業マンとして活躍してる人ってたくさんいる。成績悪かった=人として終わりとは思わない。

理系ネットでは理屈っぽく文系叩きとかするかもしれないけど、リアルでは黙ってるから実害感じない。

それに理系が貶すとき人格否定よりも構造への問題提起が多くて、「どうすれば解決できるか?」という話にちゃんと進む。

社会学文学部の人に「うるせえ。手動かせ。死ぬまで大学に居ればいいのに」って感じの人が多い。本人も大学から出たくなかったんじゃないの。

 

blueboy それは人文系というより「無能であることにコンプレックスを抱いている」というタイプの人。学科にはあまり関係ない。

文系特別多いと感じてるけど、たしかに「経験スキルを積み上げてない人の特徴」かもしれない。

あの人たちがやってるのは、知識を身につけてるんじゃなくコンテンツ消費してるようにしか見えない。

学者の主張を「なるほどね(笑)」ってしてるだけ。どこに居ても客なの。

就職して労働者やってる時間でも、同僚に対する姿勢が客なの。「せいぜい僕を楽しませてくれよ」って感じなの。

 

akihiko810 私の悪口を言うのはそこまでだ(白目) マジレスすると文学は、不条理である人生世界の「味わい方」を学ぶ学問であって、それによって内面は豊かにはなるが「対人的にいい人」にはならない

ずっと大学生でいてくれ。バイトすらしない大学生純粋お客様だ。お客様は「味わい方」だけ考えてればいいです。

 

弁護ブコメが多いけど、あんたらもこういう人間結婚して生活を共にしたいかとか、一緒に働きたいかっていったら、

実害が発生するから嫌だと思うけど。特にこういうのに部下になられたら死ぬ。社内で「ワーク0、ライフ100」のバランスで生きようとするから

欠点フォロー長所を伸ばそう」っつっても手を動かせない人をどうすればいいっていうの?

 

文系メリットって、本人が楽に卒業できることだけじゃん。

4年間だらだらできる。

学生同士の、全力で遊べ!リア充しろ!みたいな暑苦しい圧力もない。

とにかく何の圧力もなくて、無気力で居られる。思う存分、時間をドブに捨てることができる。

から社会に出たときホワイト企業責任少ない平社員でもストレスを感じて、

大学時代と比べて愚痴ばっかり言って働かないし、働く人を小馬鹿にする。

ほんと、どうして働く人を小馬鹿にするかね。政府企業依存して生きてるくせに。

「間接的に世の中の役に立ってる」とは全然思えない。人をネガティブの巻き添えにするだけ。不快しかなってない。実益もない。

文系学部っていう装置が、4年間、学生を救いも育てもしないなら、収容所みたいなもんじゃないの。

ニートでいいよこんなの。出てくんな。

http://anond.hatelabo.jp/20160526102743

この書き込みって下らない一行レスだけど

深い意味があると思うんだよね。

昔は男同士で共同して集団レイプでもしてたんだろうか。

2016-05-25

http://anond.hatelabo.jp/20160525202812

否。ストリームに限らず、定数は引数で与えなくても純粋関数である、という見解はごく普通

定数って、プログラム中で更新不可能で、いつ読みだしても同じ値が出てくるからグローバルでも問題無いんだよ。

ストリームは定数だ、って言ってみたところで、プログラム全体から更新可能なんじゃ、グローバル変数と同じでしょ?

バグがあって、ストリームに変な値が入った時、どこがバグなのか、追跡するのが困難でしょ?

なんで伝わらないんだろ。

複数人プログラム開発したり、他人プログラムデバッグしたり、したこと無いんだろうか。

まりGUIになればもはや関数型では書けない、というのが推奨スタイルだ、って言ってるようなもの

純粋関数型」とは何か、という話と、とOCamlでそれが推奨スタイルか、って別の話だよね?

岡部氏との争いって「OCamlGUIアプリ純粋関数型(状態渡し)で簡潔に書けるか」ってところじゃないよね?

純粋関数型とは何かといった時にHaskellのように、IOも含めて引数戻り値表現する、関数のふるまいが関数の外の状態依存しない、関数副作用が伴わないとかの性質をいうと思うんだけど、岡部氏はFRP状態関数の外部に持ってても純粋関数型だ、と言ってて、そこで争ってるんだよね?

あと、OCamlGUI状態渡しで書いたら簡潔で無いのを「書けない」、「不可能」って言ってるのはわざと印象操作しようとしてるよね?

Haskellで書けて、OCaml冗長になっても、書けるなら「書ける」、「可能」だよね?

その発言事実か確かめる術はないし、ここで岡部攻撃しているのは君ひとりなのか?他の人間まで一連の誹謗中傷集団ではない、す駱駝、住井が含まれていないみたいに断言する根拠は何か?

俺の書き込み他人といきなり結び付けられたから、電波だな、と思ったの。

俺1人か、とか、らくだや住井が含まれてない根拠とか、関係無いよね。

http://anond.hatelabo.jp/20160525104221

ストリーム関数の外部に持つFRP純粋関数型っていうのは少数派でしょ。

否。ストリームに限らず、定数は引数で与えなくても純粋関数である、という見解はごく普通

http://stackoverflow.com/questions/37405262/is-this-pure-functional-using-a-value-in-the-nested-closure-like-function/37405374

OCamlの元々の推奨スタイルならもっと短く書けるんでしょ?

まりGUIになればもはや関数型では書けない、というのが推奨スタイルだ、って言ってるようなもので、OCamlベースいくら関数型の講義やっても、最終的にはその関数型でまともなGUIアプリすら書けない、という批判でしょ。その批判岡部からされたら、あたか関数型で書ける、という強弁からまれたのが「状態渡し」理論。それが無理筋だ、ということが今回実証された。

だって駱駝でも住井でもない面識も無い俺の書き込みが住井扱いされるんだもの

その発言事実か確かめる術はないし、ここで岡部攻撃しているのは君ひとりなのか?他の人間まで一連の誹謗中傷集団ではない、す駱駝、住井が含まれていないみたいに断言する根拠は何か?

いやだからグローバル変数使ってるプログラム欠点をそのまま持ってるじゃん

あのね、グローバル変数欠点とは、それが「変数」だからなの。

何度も言うけど、「定数」ならグローバルだろうがなんであろうが、そんな欠点なんてないの。

2016-05-24

ぼっちだとか人間嫌いだとか集団が嫌いだとか付き合いが苦手だとかってもうありふれてて全然珍しくないよな。

飲み会方式変えたら参加率上がったって増田でそういう奴らがいっぱいブコメしてたけど、だからなんだよとしか思わなかった。

「それわざわざ言う必要ある?」レベルだよ。もうそういう付き合いが苦手とかさ。

それわざわざ言う必要あるのかっていう個人的情報を書き込まれたら鬱陶しいだろ。よっぽど面白い情報だったら別だけど。

その点、付き合いが苦手なんてもうごくごくありふれててつまらない情報だろ。

もう飽きたよ。お前らの自分可哀想弱者なんですアピールは。

それよくある話だから

フェミキチは自己中なゴミクズ

だとよくわかるコメ欄

小町、がるちゃん、2chの連中と大差ない

 

女、という性質のもの自己中なんだろう

こいつらの子供かその下ぐらいで女の人権制限されていくだろう

人権剥奪までいくかもね

 

権利ばかりで義務責任を負うつもりがない

貢献するつもりもない

 

年取ってシワが出ても脳は餓鬼のまま

 

醜い生き物だ

 

フェミって自分感情に都合のいい屁理屈だけを集めてわめいてる

キチガイ集団だとよくわかる

 

早く滅んでください

 



http://anond.hatelabo.jp/20160524045830

誰かを集団いじめることは人類人類である以上防げはしない

そう、だろ?

http://anond.hatelabo.jp/20160520110314

http://kenokabe-techwriting.blogspot.jp/2016/01/qiita-esumiicamloeba8.html

住井も駱駝はメンヘル集団に合流して同化してる時点でクソ

いかんせん、Qiita以降の奴しか知らないので、不慣れなところはレギュラーが極力、バックアップ願います

8賢枠 (暫定) 2015/10/02

スキルハンターの鷹

・知の答弁人田中

思考ゼロ除算ボレロ

・辣腕ギークキャメル

・知のオーバーフロー加藤

AIG(A-Jiro is Guru)

・菅本・ザ・ストリートプログラマー

・(空席)

以上。

「辣腕ギークキャメル 」と@tikuwa_zeroてーとくより拝命されてたことが暴露されてた。

さすがにバレバレなので、本人の希望でNewbie伊藤 ◆p02ZTYXhPKG5として現在2ch岡部スレで大活躍中。

AIG(A-Jiro is Guru) は仲間のEijiro Sumii / 住井 英二郎 - 小林・住井研究室だろう。

http://anond.hatelabo.jp/20160522233006

http://kenokabe-techwriting.blogspot.jp/2016/01/qiita-esumiicamloeba8.html

駱駝はメンヘル集団に合流して同化してる時点でクソ

いかんせん、Qiita以降の奴しか知らないので、不慣れなところはレギュラーが極力、バックアップ願います

8賢枠 (暫定) 2015/10/02

スキルハンターの鷹

・知の答弁人田中

思考ゼロ除算ボレロ

・辣腕ギークキャメル

・知のオーバーフロー加藤

AIG(A-Jiro is Guru)

・菅本・ザ・ストリートプログラマー

・(空席)

以上。

「辣腕ギークキャメル 」と@tikuwa_zeroてーとくより拝命されてたことが暴露されてた。

さすがにバレバレなので、本人の希望でNewbie伊藤 ◆p02ZTYXhPKG5として現在2ch岡部スレで大活躍中。

AIG(A-Jiro is Guru) は仲間のEijiro Sumii / 住井 英二郎 - 小林・住井研究室だろう。

http://anond.hatelabo.jp/20160524011639

それは敵対王朝にも優秀な人間は生まれるし、災害とか気候変動とか病気とかコントロールしきれない理由もたくさんある。

それに昔は移動の自由も才能の選別も限定的だったろうし。

王朝程度の短い時間や小さな集団でも選別の効果は出そうだけど、都会と田舎のような時代を越えるスケール自由に移動と選別を続けると大きな差がつくかもしれない。

2016-05-23

所属したくない

学校が嫌いだった

小学校入学式が終わり、1年1組の教室に入った瞬間から

私は学校が大嫌いになった。 どうして自分が1年1組にいるのか分からなかった。

自分名前存在を無断で使われている不快感が、

ワックス液の臭いと一緒になってムッとこみ上げてきた。

目を伏せると、新品の上履きとお古のランドセルの黒ずんだ肩紐が

ラグラと視界の中で揺れた。

頬の中を噛んで、あとからじんわりと血の味が口の中に広がった。

名札に書かれた名前自分のものかどうかすらわからなくなった。



それからの私は、私自身すらゲストとして扱うようになったんだと思う。

あの瞬間から大学を出るまでずっとだ。



学校も、家庭も、クラブ活動も、塾も、模試の結果表も、小説も、論文も、

ネット掲示板も、飲み会も、mixiも、Facebookも、人混みも女子トイレも、

ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、何処にいても、私はゲストだった。

何処にも所属できていなかった。名簿に名前があるだけだった。

周りの人間も、私自身も、私が加わるとどこか居心地が悪そうだった。



匿名性が高ければ高いほど安心して、名前立場が明確になるほど居心地が悪かった。

教室の授業は平気だったけれど、少人数クラスになるとほとんど拷問のようなものだった。

誰かと15分間話すくらいなら、渋谷の人混みの中を12時間歩き回るほうがよっぽど落ち着いた。

国とか、世代とか、誰かが私を含む集団主語に話しているのを耳にすると、

たちまちどこか知らないところに行きたくなった。


そんな私がいま、どこで何をしてどうやって生きているのか、

私自身もよくわからない。

なんとか病院ブタ箱には所属しないでやっていけてるけど、

その理由もわからない。


どこかに所属しない人間は生きてはならないと、誰もが言うくせに、

私を所属させる心づもりは誰も持ち合わせていない。

相思相愛で、全会一致で、誰も私を受け入れない。せいぜい、ゲストだ。

だって彼らと同じ意見。もう今更どうしようもなくなってしまった。

このまま、ただ、部屋の中からぼっと外を眺めて生きていければ、

私は最低限の自由の中でゲストとして死んでいけるのだ。



私の名前が書かれた電気代の督促ハガキが、じっとこちらを見ている。

http://anond.hatelabo.jp/20160523215246

関係ないけど東大にも赤軍派の残党みたいな極右集団いるのかな?

「良い大学出て、もったいない

京大卒の主婦の人がそんなようなこと言われたつーブログ話題

記事読んでないから詳細わからんすんません)のだけど、いるよねこういうこと言う人。京大じゃないし結婚もしてないけど自分。ずっと女子事務員

いや、他人なら大したことないんだけど。「そんなーw全然もったいないことないですよーw私みたいなボンヤリが入れるくらいなんだから努力すれば誰でも入れますしw」みたいなイヤミ飛ばせる。「惜しいと思うならぜひあんたが入んなされ、私ゃ邪魔せんよ」で通せる。

でもねー。親戚に言われるとねー。凹むよねー。

「お父さんお金出して良い大学入れてくれたのに、ずっと事務員じゃあ勿体無いな」って。

うっせえよクソジジイばーかばーか、と思うより先に、お父ちゃんも本当はもったいないって思ってたんだろうか。というのが必ず頭をよぎってしまう。

継ぐような職業があるのにそれ蹴って別の学部行って、そんで結局大学の知識全然関係ない薄給事務員って。就活どこにも受かんなくて唯一引っかかった職にしがみついてるのがやっとで。

せっかく大金かけたのにって、そう思ってるだろうか。

専門職きょうだいは激務高給で私の3倍くらい可処分所得があるが私の5倍くらい忙しい。逆に言えば私は彼の5分の1ぐらいしか働いていないことになる。

遊び呆けて見えるんだろうな。実際遊び呆けてるしなヤツに比べりゃ。

仕事もかなり遊び感覚に近い。マクロ組みまくるの面白いマクロ組んでるだけで同世代の平均年収くらいのお金もらえるの正気の沙汰じゃない感ある。楽しいことやってお金が出るって、すごいお得感というか、割の良さというか。

でも、ペイはまったくしてない。今すぐ一括で学費返せるような貯金はないし、今から貯めると5年10年かかる。ボーナスとか絶望的だし。家賃高いし。病院通いにもなっちゃってるし。

転職しようにもマクロ組んでるだけで今より高い給料払うような頭おかし職場があるとは思えない。そして私はマクロが組みたい、VBAもっと使えるようになりたい、Accessとかファイルメーカーいじっていたい。あれ使い勝手が良いように作るの面白いよね。誰かに使わせて便利って言われるとちょっと嬉しい。



同級生にはすごい大企業に勤めてる人が掃いて捨てるほどいる。政治家とか一山いくらで売れるくらいいる気がする。

母校近くの喫茶店なんぞ入ると、後輩と思われるスーツ集団がえらい景気のいい話をしている。どこそこの商社初任給いくら銀行は何歳までに年収いくら外資ナントカ社は年俸がどのくらい……

金額には大いに惹かれるが、仕事内容には興味が持てない。完全に別世界だ。自分薄給で生き延びながらマクロ組みまくる方が多分楽しい

でも、それじゃ、ペイできない。



金食い虫って思ってるかな。

怖くて聞けないそんなこと。

がっかりさせてごめんなさい、っていい歳こいてひとりで泣いてる。

今盛り上がっているアイドル文化叩きを見てると

オタク叩きが無くならない理由がよくわかるよね。

事情を全く知らない奴の偏見に満ちた嫌悪感を発露しても誰もとがめるものはいないし、またそれが賞賛されたり支持を集める。

オタク叩きがなくなるってことは、今アイドル文化をよく知らないまま適当に叩いてるような奴らがいなくなるってことだ。

インターネットにはその分野ごとのオタク大勢いてそれぞれ小さな集団を作ってるけど、特にアニオタが最大派閥から、よくアニオタに対する雑な言及は咎められるけど、他の分野に対してはネットマジョリティは冷淡もいいところだ。

しろありえないほど雑に言及して、マジョリティ内での支持を集めて、マイノリティを叩き潰している。

全員がかなり高いリテラシー言論に対する謙虚さを持てば、こういう雑な叩きは無くなるけどさ。

それに言及出来るだけの知識と教養がまず前提にあって、同時にそのもの自体をよく理解してはじめて一定の水準を満たした言及ができるんだけど、

誰でも自由に思いついたことを無責任に書き込める今のネットでは不可能だし。

ブコメなんてスター偏見が増幅されるシステムだしなおさら酷い。

もしくは全員が口をつぐむか。でもそんなの無理だよね。




今回のようにある一件がきっかけで、アイドル文化に対してネットマジョリティ内でなんとなく感覚的で雑な偏見に満ちたヘイトが溜まってる様子が見られたけど、それはマジョリティに対してもそうだからな。

マイノリティ側はマジョリティに叩かれたことを忘れない。それが感覚的なヘイトへとつながっていく。ありがちな憎しみを連鎖だがそれが本質だ。

2016-05-22

女子校幻想抱いてる人には悪いけど

って言い方よく見かけるけど

これ自分がそう思いたいだけだよね?

女だらけの集団なんて小町みたいになるだろうと容易に想像つきすぎるんですけど?

女子校の人は自分達が男に幻想を抱かれている存在だという幻想をそろそろ改めた方がいい

田舎民の「都会の人はのどかでいいって思うみたいだけど不便だよ?」も同罪

http://anond.hatelabo.jp/20160522194115

集団でアベ死ねと叫ぶのがいじめにならない理由そろそろ何か思いついた?

当事者としていうけど~」←こういう意見って持ち上げられやすいけど

こういう「当事者としていうけど~」という意見は持ち上げられやすいし、ブコメスターがつきまくってるのを何度も見たことがある。

例えば、今日見かけたやつ。

広島人としては、いい悪いじゃなくね?と思う。 戦時中だし、いまと世の中の価値観も大きく違う時代の出来事に、今になって良い悪いを語るのはナンセンスだね。 大事なのは、過去の出来事を未来に活かすことだ。 - etherealcat のコメント / はてなブックマーク

まぁ、この意見自体は至極真っ当だけれど、枕詞の「広島人として~」という部分って必要だろうか?

普段、「主語が大きい」「サンプル数1」「生存者バイアス」などと言われ、こういった所属集団に対する言及は慎重に取り扱われている。

こういった風潮はいかがなものかと思うが、でも、上の例のような自分所属する集団代表しているかのように一個人の意見を述べるのに関しては、俺は主語が大きいもっと批判されるべきだと思う。

なぜなら、その人が所属する集団なかにはこの人と意見の異なる人が当然いるだろうし、そういうある集団のなかでの多様性みたいなものが、こういった一つの意見が支持を集める形で潰されるべきではないからだ。

上の例でいうならば、例えば広島出身の人の中には、「原爆投下は許されるべきではないしアメリカ謝罪しろ過去を忘れるな」という人もいるかもしれないし、また極端に言えば「もう一度戦争をするべきだろう」という主張の人がいるかもしれない。

そんな中で、上のような形の、勝手代表者としての意見の集約みたいな主張が無闇に持ち上げられるべきではないと思うし、もっと批判されてしかるべきだろう。

こういった当事者意見が持ち上げられる弊害は、その集団にその擬似代表者となった意見イメージレッテルとして貼られてしまうことである

ある意味一番その集団特性を殺しているのは、こういう代表者のようでいて一個人の主張にほかならない意見をいうことだと思う。

もちろん当事者性が最大限配慮されるべき事例というのはあって、外部から干渉を受けるべきでない問題が集約している事例や当事者関係者やその周辺人物が配慮されるべき事例では、当事者としての意見が一番効果を発揮するだろうし、当事者意見尊重されるべきだろう。

しかし、当事者性がほとんど影響しない、議論本質には影響を与えないが、持ち上げられてしまうという事例があり、これがいけない。

当事者から言うけど~」「当事者からいえるけど~」といった類の意見を述べるのはいいけど、周囲が無闇に共感したり持ち上げたりしない努力をする必要がある。

2016-05-21

大学一年

2016年4月22日

四月も半ばを過ぎて、だいぶ経った。先週までの肌寒さが残る夜とは打って変わって、夜の9時になっても生暖かい空気が、地面やその上の空間に満ち満ちていて、これから図書館勉強するという友人と別れて一人で自転車を押しながら歩く私の周りをゆっくりと包み込んでいた。その暖かい空気のせいなのか、大学の構内では未だに活気を失わずにいる学生が、一人や、あるいは集団でそれぞれの目的を果たすために歩き回っては、時折明るい声を上げていた。

南門までの道は両側に桜の木が続いている。地面にはもう最後になったであろう花びらが幾つか落ちていた。それらが夜の中、照明に照らされて所々輝いていた。私は花びらを避けながら、あるいはわざと踏みながら、門の方へと歩いていった。

門の向こう側には大学構内からの光は届かない。見ると、門の境界線の辺りで内側の明るさと外側の暗さがくっきりと分かれていて、さながら違う世界を形作っているように見えた。

私は、外側の暗闇を見続けていた。すると、私の頭の中に、もしかしたら門の向こう側はただ暗闇なだけではなくて、本当に何も存在していないのではないか、という考えが浮かんでいることに気がついた。

門に近づくにつれて、向こう側の暗さが私を圧迫し始めたように感じた。外側の、さらに外側の、永遠に続いている闇が、すなわち何も無いという存在が、この境界線殺到していて、明るさの中にいる私を待ち構えていると思った。

このまま境界線を越えていいものだろうか、私は少し逡巡したが、歩く速度を落とそうとは思わなかった。外側が闇の世界なら、何も無いなら、そこに到達した時、私もまた消えて無くなるのだろう。そう考えた瞬間、何故だろうか、私は、私自身が無くなっても構わないと思った。むしろ、そうなりたいとさえ願っていた。


いたことに、境界線はあっさりと私の通過を許した。

まったくの闇に見えた場所は、当たり前だが道路住宅公園が続いていて、光源のほとんど無い中でも私の前に薄ぼんやりと、その存在を確かに示していた。その中に、私も当たり前のように存在していた。

後ろを振り返ると、大学の構内が、明るさと暖かい空気そのままで私の前に現れた。

明日もここへきて、ここで時間をすごし、そして同じように内側から外側へ、明るさから闇の中へ、有から無への境界線を越えるだろう。それをこれから幾度となく繰り返すのだ。その先には何が待っているのだろうか。私にはまったく見当もつかなかったが、今はただそれを受け入れることしかできないのだ。きっとそういうことなのだろう。

私は自転車に跨って帰り道をゆっくりと走り始めた。これから何度も繰り返す明日に備えるために。