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はてなキーワード: 転々とは

2017-04-24

正直職業訓練ときで学んだから

それをスキルだと思って面接に挑まれてもってのはあるよな

面接官として職業訓練校で作ったアウトプット評価したこともあるけど

あれって完全に職業訓練ビジネスで中身は初心者講座だし、

受けてる方も半分以上は失業保険支給延長目当てだろって思うんだけど

本人はそれをアピールポイントだと思ってるとしたらきついよね。

当たり前だけどどの業界でも大卒で入ってきた35歳と

職を転々として職業訓練勉強してきました!っていう35歳じゃ

天と地ほど差があるもんな。

2017-04-22

35歳だけど結婚式に招待されたことがない

友達いないし派遣仕事転々としてるし道理なんだけど

俺以外にこんな奴いるのかな

2017-04-20

お前らに貧困女子大生リアルを教えてやる。(4.21追記)

東北田舎から東京大学に進学した女子大生です。もう私の生活限界です。

親は父親だけ、DV野郎パチンカス年収300万以外。

勉強ができたし田舎が大嫌いだったか東京大学に進学した。本当は私立大学に行きたい学部があったけど学費が桁違いだったので諦めて国公立受験した。

まず大学受験にかかる交通費入学金や新居の敷金礼金銀行から200万円借りて乗り切った。残ったお金生活費の足しにする予定だったのに父親の昔やってた事業借金返済に使われた。

学費の安い大学に受かった。引越し業者を使うお金も無いかスーツケースに少ない服と毛布だけ詰めて東京にきた。しばらくは服を床に敷いて毛布に包まって寝た。カーテンを買えるお金ができるまではシャッターを閉めて生活した。

大学生一年目は、おっさんと月20万円の愛人契約を結んだ。おっさんに飽きて捨てられるまで一年間続いた。

進級して二年生になれた。おっさんに捨てられたので風俗で働いた。そしたらメンタルを病んで大学に行けなくなって留年した。

留年したら学費免除奨学金も止まった。また風俗で働いた。過食嘔吐自傷癖が酷くなった。食べたもの全部吐いて15キロ痩せた。ブロンとお酒の力を借りて大学に行って単位はたくさん落としたけどなんとか進級はできた。

そして今月3年生になれた。もう風俗で働ける精神力もない。でもお金もない。オナクラで知り合って仲が良かった友達最近自殺した。嘔吐をやめたら太った。66キロになった。キャバクラガールズバーでも雇ってもらえない。デブ専風俗で今までより安い値段でまた働くしかないのかな。奨学金は利子付きで月に10万円借りた。東京で月10万でなんて生活できるわけない。学費もこれからは払っていかないといけない。家賃は駅から徒歩20分の六畳ワンルームで月5万円。後期には20万円かけて大学海外実習に行かないと卒業できない。本当は運転免許だって取りたかった。

もう自分父親より年上の気持ち悪いおっさんに抱かれるのも体を触られるのも嫌だ。

大学辞めるしかないのかな?

大学勉強して友達作って、大好きな彼氏とだけセックスをして、卒業したら英語を生かしてBOPビジネスでみんなが幸せになれる仕事をしたかったのにな。


(追記)

こんなに反応してくれる人がたくさんいるとは思ってなかった。あまりにも酷い酷いと言われすぎて、そんなに酷かったのかーって気付かされるほど。

質問があったけど、最初200万円は国の教育ローンです。銀行って書いたせいで憶測を招いてしまってすいません。私は妹もいたから国の教育ローンは通りやすかった。貧乏家庭こそ教育ローンだと思う。使い込まれたけど。

普通バイト高校生の頃からやってて、東京に来てから居酒屋コールセンターで働いたよ。風俗ソープイメクラピンサロデリヘルオナクラ転々とした。風俗と並行で居酒屋とか普通バイトやってる時期もあった。その結果、バイト学業一人暮らしの両立ができなかった。風俗を増やせばメンタルが崩れて、普通バイトを増やせば生活が崩れた。最後の方は自傷やブロンODが酷くなって普通バイトはできなくなった。

私は貧困連鎖を断ち切りたかった。「東京の良い大学卒業して良い会社に入って自分の子供には不自由させないようにバリバリ働くぞ!」と思って進学した。進学さえすれば奨学金バイトと学資ローンの200万円で何とかなると思ってた。でもそんなのは夢物語でよっぽどメンタルと体が丈夫じゃない限り、貧乏家庭は大学になんて行かない方がいいという事が分かったよ。次の人生に生かそう。これから親の助け無しでの大学進学を考えてる高校生の子にも私と同じ道は歩まないでほしいな。

身バレだけは避けたいか個別に連絡はできなかったけど、見ず知らずの人間のことをこんなに心配してくれる優しい人が世の中には沢山いるんだと思って泣きました。優しいコメントをくれた人達本当にありがとうございました

2017-04-17

マストドンWinny

老害ガーって叫んでいるのを見てふと思ったこと。

Winnyが開発され裁判沙汰になる頃から月日が経ったが、

その頃のいわゆる老害もまた年をとってスライドしている。

老害は僕らの中で永遠に存在するだろうし、どの世代にも存在し続けるのだろう。

老害という言葉相対性は常に維持される。とても個人的面白いと思う。

から自分が思う老害のいない環境だけを求めて転々と生きていく生活はどうなるのか見てみたい。

2017-03-14

彼女コテパンにやられた(基地外の見分け方)

俺は猫を飼っていた

彼女とは学生時代からの付き合いで、社会人になってから同棲をし始める

俺は何も悪くないのだが・・

今、猫も持って行かれ、どこに住もうか転々としている、

基地外の女

・嘘を嘘だと思っていない

会社にどうでもいい件で内容証明送ってくる

・本当に怒らせたら記憶がない(らしい

・所々非常識であると思うところに無自覚

ストーカーしてくる

が、問題

・見た目は普通である、というか綺麗で友人も多く饒舌

メンヘラとは違って、こういう隠れメンヘラに気をつけろ!

奴らは実際デートしたところではわからないが


http://anond.hatelabo.jp/20170313151917

元増田より

2017-03-07

就活に失敗して家を追い出されることになった

17卒だが就活に失敗して15日に家から追い出されることになった




15日にはアパート契約を解除するから出てけと言われた

行く宛もないし、金も仕事もない このままだとホームレスになるしかない

金は無いどころか奨学金で200万程度の借金がある




ホリエモンこと堀江貴文氏が「失敗しても0になるだけ」と言っていたがどうやら私はマイナスからスタートになるようだ

22歳にして人生詰むとは思っても見なかった




しかし、思い返せば高校生の時にこうなるのは予想できた

バイトをしても周りに馴染めず辞めてばかりで長続きせず、色々なバイト転々としていた

成績は悪く、順位は毎回下から数得たほうが早かっただろう

勿論そんな状態では友達が出来るはずもなく友達は1人も居なかった




大学に進学しても高校生の頃と同じでずっと下りしかない人生だった

就活では私の一番の長所であるコミュ障優柔不断さで全敗




リクルート調査ではここ数年の大卒内定率は95%程度らしい

じゃあ残り5%って何なんだろうか?

多分それは社会で働く適性の無い社会不適合者なんだと思う

そしてその社会不適合者が私だ




22年間を振り返って本当に自分空っぽだったと思う

何も誇れるものはないし、何かに熱中した訳でもない

過去に帰ってもう一度やり直せるチャンスがあっても、多分私は今までの人生と同じで変われないだろう

何故なら過去に帰ってやり直せる人は、過去に帰らなくてもやり直せる人だと思うから




22年間生きてて何も良いことは無かったし、22年間は本当に無意味だったと思う




中高生大学生には私みたいになって欲しくないけど私には何のアドバイスもできない

から私は「頑張ってください」と言う無責任言葉しか贈れません

2017-03-03

「第九」歓喜意味

ベトヴェンの「第九」日本人にやたらと人気があり欧米かぶれの一種信仰みたいになっています

何に歓喜しているかって、ようやく解放されたこと。つまり中世封建社会から解放という意味です。そういうと大概の人は思い違いをして、単に一般庶民農奴身分から解放されたことであるかのように思うでしょうね。

誰が何から解放されたのか? それは、賢い人が、既成社会体制に利用されるという「権力の犬」の身分から解放されたということ。

中世では、社会体制を疑う能力のあるような人は、普通に暮らしていてはならなかったわけです。社会体制を変える素養のある人が居てはならなかった。普通に定住して大手を振って暮らすことは許されなかった。

例えば、クラシック音楽というのは、教会音楽です。カトリック教会布教教化に用いられる技術で、つまり社会統治体制を保つための技術です。ですから、その技術のタネを知っている音楽家というのは、世間普通に暮らしていては困るわけですよ。

例えば建築家もそうです。教会カテドラルの建て方を知っているような技術者が、その辺に居てネタバラシをしたら困るわけです。

こういう技術者達は、旅芸人の一座みたいに各地を転々とし、当地権力者に利用されることで食っていたんです。これを「フリーメイソン」といいます

それが、社会体制が変わり誰もが政治に携わる社会になって、社会体制を疑うことがタブーではなく、むしろ疑い批判することが必要時代になりました。技術特定身分の人しかもってはならないものではなく、ネタバラシをすることもタブーではなくなりました。

賢い人は、世を忍んで一生を終えた時代から普通に暮らしていい時代になり、ようやく日を浴びて大手を振って歩ける時代になったわけです。

中世は、知恵のある人は権力構造に組み込まれなければ生きていることを許されなかった。迫害の世の中でした。ヘイトされまくり権力者は、都合の悪い人間を干して、地元庶民をそそのかして嫌悪させていました。未だに、ユダヤ人嫌悪されているのも、フリーメイソン理解されないのも、もとはそういう経緯です。

賢い人がうっかり権力に都合の悪いことをしてしまうと、世の中から消されます。生きていることすら許されず、人間として扱われなくなりました。例えばマルティン・ルターもそうやって社会から消されて、カトリック教会支配を嫌うとある領主にかくまってもらって何とか生き延びました。

ユダヤ人であれ、ピューリタンであれ、既成の社会体制に都合の悪い人々はヘイトされ、その中からアメリカ大陸に渡って生き延びようとした人も出てきたわけです。USAというのはもともとそういう国です。

それに比べて、日本人は、革命を知りません。デモクラシーリベラリズムを知りません。

それどころかそもそも未だに、賢い人間社会体制に組み込まねばならず、「踏み絵」に応じないような人は叩き潰されます。利用価値のある人間でなければならないわけです。

例えば起業家であれ、既存社会体制に逆らってはならず、革命を起こしてはならないわけです。

芸能人なんか、社会体制に利用されることで食っていく職業です。うっかり真実を語ってしまってはならないわけです。山本太郎にしても、どこぞの資本家に拾ってもらって生き延びて、「民主主義」の時代からうまく国会議員にはなりましたが、だからって結局はおそらく日本社会を変えられずに終わるんじゃないかという気がします。

会社従業員にせよ、会社の存続と体制維持のためには、おかしなこともさせられますね。放送局権力にシッポを振り、人気を利用し流行捏造して売上を出し、生き延びるのに必死です。近年の安倍体制のもとでは、放送局も、そこの従業員も、平気でおかしなことをし、せねばなりません。そうして「美人女子アナ」でさえも平気でえげつないことを言ったりしますよね。

さて例えば、亀渕というニッポン放送社長にまでなった元アナウンサーがいますが、村上世彰と戦わされたとき社長です。株主総会でも社長として矢面に立ち、フジサンケイの日枝体制を維持するためにメチャクチャな総会運営をしてまで逃げ切っていました。そのときの彼の姿を私は忘れられません。かわいそうでしたね。会社従業員正社員管理職生え抜きによる支配体制を保つために、修羅にでもならなくちゃいけない。社長を退任してただの一介の批評家みたいな立場になってからは嬉々として活き活きしているようにみえます

そして、社会革命分子であったところの村上世彰にせよ堀江貴文にせよ、叩き潰されましたね。堀江貴文に関しては、ムショを出てからは、中途半端しか目立たないところに居て、社会体制に逆らわずしろ組み込まれるような感じで活動するようになってしまいましたね。

日本社会というのは未だにそういうところです。

愚かな人は自分の才能の無さを憂うのでしょう。けれど、実際に才能をもって賢く生まれたらもう、正しく生きていくことは不可能です。

悲惨な国です。そして、社会体制に組み込まれる人々と、ホイホイ釣られる愚民構成される日本人というものは、実に卑しいですね。

2017-02-10

仕事ができない自分が嫌で、彼女と別れた

働き始めてから何年にもなる。でも、いろんな事情で職を転々としていて、スキルも実績もなく、年収大学の友人の半分しかない。

なんとかしなきゃな、とは思ってきたけど、結局どうにもならないまま、先月30歳になった。そのとき、1人で酒を飲みながら、自分の働いてきた日々を思い返して、

「ああ、俺がスキルも実績もないのは、いろんな事情転職ばかりしてきたからだ、環境のせいだ、と思っていたけど、違うんだな」

「こういう1人の時間に、寂しいからといって彼女と過ごすのではなく、努力すべきだったんだ」

と気づいた。

今まで被害者ぶっていた自分が惨めに思えた。

それからほどなくして、彼女に会い、別れを告げた。

納得はしていないようだった。自分も納得してもらえるとは思わなかった。

10年ぶりくらいに、ぼろぼろと泣いてしまった。

何年も一緒にいた。仕事の話もたくさんした。お互いの職場愚痴も、なんでも話せた。

ヤバイ状況にいるときに、逃げろと言ってくれて、それで救われたこともあった。

今まで付き合った女性の中で、一番安心できた。

それでも、仕事ができない自分が嫌で嫌で仕方がなかった。

のものを全部投げ出して、正面から向き合わないと、もう生きていけないと思った。

その恐怖と、彼女と過ごす時間の緩やかさのギャップに、耐えられなかった。

別れてからしばらくは、完全に抜け殻状態になっていた。

徐々に気持ちが落ち着くにつれて、後悔し始めた。

「もし彼女と家庭を築いていったのなら、仕事が出来なくたって自分幸せになれたんじゃないか

と思うようになった。

週末は、仕事勉強をしている。時間は取れてるけど、なかなかうまくいっている感覚はない。

すぐに仕事ができるようになるわけでもない。自分の惨めさは日に日に増している。

増田に吐き出してしまったけど、読んだ人が不快に思ったら、申し訳ないです。

2017-02-02

パワハラ

約7年前からパワハラ長時間労働)をさせられ、うつ病発症今でも治療・・・社会問題がなってから法規制過去にさかのぼって訴えてやりたい。結局、退職に追い込まれその後、42歳ということもあり希望する職種が無く、職を転々とし年収は下がるし子育て中なのに悔しい。生活クラブ生協)にばちがあたらないか

2017-02-01

セフレ無修正動画に出てた

さっき何となくエロ動画サイトを漁っていたら、見たことのある顔が出てきた。

これはどう見ても、5年前によくセックスしていた女の子だった。その当時のことが急に蘇ってきた。

当時俺は町田に住んでおり、仕事先も町田だった。スマホには無料出会い系アプリを入れていたのだが、こっちから女の子に連絡しても無視されるだけだし、連絡が来たかと思えば詐欺サイト誘導するスパムか、援デリ業者だけなのに辟易してアプリ放置していた。

そんなある日、急に女の子から「今から遊びませんか」的なメッセージが届いた。最初スパム援デリの類かと思い放置していたが、何度も「無視しないで!」「上京してきたばかりなので東京を案内してほしい」など、他とは違い人間味ある切実なメッセージがいくつも届いて、なんか様子が違うので暇つぶしメッセージのやり取りだけでもしてみることにした。

妙に向こうから「会おう会おう」と言ってくるのが怖いので「ラッセンの絵か壷でも売りつける気だろう!」とか「業者乙」とか返してたら、冗談と受け取ったのか「業者じゃないwww」とか返してきた。

「会おうっつっても、俺ブサイクだしチビだし貧乏だしファッションダサい童貞だしオタクだし包茎だしチンポ小さいし、会わない方がいいよ、会ったら絶対ガッカリするよ」などと自分を蔑みまくった自虐メッセージを送っていたのに、「出会いアプリやってるくせにに会おうとしない男は初めて」らしく、何故か余計興味を持たれてしまった。

ツイッターをやってるのでフォローしてほしいと、向こうがツイッターIDを送ってきたので見てみると、どうやらスパムでも業者でもなく本当に上京したての女の子らしく、日常生活についての呟きが多数を占める中、ツイッターでも片っ端から男のアカウント宛に出会いを求めるリプライを送りまくってて、ああ、モノホンヤリマンなんだなと思った。

ある日、出会いアプリツイッターに「町田に来たけど訳わかんないから案内して!」「無視しないで!」「案内してもらわないと本当に困る!」「迷子になる!」というメッセージが大量に届いた。

どうやら全く会ってくれない俺に無理やり会うために町田に来たようだ。

向こうから散々「顔写真送って!」と求められたが、「ブサイクなのでお断りします」と一切写真は送らなかった。

そんな顔も知らない自称キモオタに態々会いにくるもんかね、とも思ったが

どうせ仕事が終わったら暇だし、騙されたら騙されたでいいし、本当だったら可哀相だし適当に飯でも食わせて帰らせてやろうと思って待ち合わせ場所町田駅前に行くと、改札口彼女は待っていた。

菊池亜美を少しぽっちゃりさせた感じで、ぜんぜん俺の許容範囲内だった。

童貞でこそないが、本当に俺はブサイクチビで男としてクソみたいな存在しかないのだが、「言うほどキモくないじゃん、普通」との評価をいただいた。彼女ストライクゾーンはかなり広いようだ。

一人暮らしを始めたばかりなので生活に使えるものを見たい」とのことなのでドンキホーテに行ったが、適当に見るだけだし俺の「これがあると便利だよ」的解説も上の空なので、すぐに切り上げて彼女たっての希望ジョナサンだかサイゼリヤだか忘れたがファミレスに行った。

ファミレスでの会話で、彼女は18歳で、関西出身。どういう文化圏かは謎だが、親も友人も標準語だったので訛りや方言は無い。上京してまだ10日なのに、もう東京で知り合った男5人ほどとセックスしたということ、いろんな男とセックスしまくってるのに黒人男子高校生16歳と同棲しているということ、その黒人彼氏は生まれも育ちも日本なので日本語しか喋れないこと、彼氏高校をサボって年齢を偽り夜の仕事をしているということ、夜の仕事で月40万ほど稼いでいるので養ってもらっていること、

その同棲中の彼氏や他の男が「コンドーム付けてセックスなんかやってられっか」と悉く生中出しをしてくること、妊娠はしたくないので産婦人科に通ってはピルをもらっていること、産婦人科検査性病ではないと判明したことを赤裸々に語った。

18歳だというが、本来なら高校3年生の1学期であるはずなのに、高校に通わずバイト出会い系サイトで知り合った男との援助交際で食っていたという。一度出会い系サイト援助交際約束をした男に会いに行くと、待ち合わせ場所でいきなり車に引きずり込まれ、どこだかわからない山奥に連れ込まれレイプ。もちろん生中出しされ、財布も携帯も奪われ山奥に放置されたまま男が車で帰っていったという。

泣きながら何時間もかけて下山し、やっと見つけた交番被害を訴え、執念で覚えた車種とナンバーを告げ、そのまま産婦人科へ駆け込んだ(財布を奪われたのに金と保険証をどうしたのかは謎)というハードコア体験談も語ってくれた。

そんな思いをしたのに懲りずに出会い系サイトで片っ端からいろんな男をとっかえひっかえしてるのは、ヤリマンというよりセックス依存症なんだと思った。

その黒人高校生彼氏は、一緒に上京してきたのか、それとも上京後に出会ったのかも謎だし、高校生ながらにマンションを借りて二人っきりの同棲を許すなんて、どういう家庭環境なのかも謎だ。そもそも黒人高校生都心に近いマンションなんて借りれるのか。

そんな典型的貧困層セックス依存症の話を聞かされて、そこまでハードコア人生を送ってきた人が周りにもいなかったのでドン引きしたが、都心に近いところから電車で1時間半もかけて町田くんだりまできたのだ。「帰るのがかったるい、一緒に泊まろう」ときた。

据え膳食わぬはなんとやらで、学校に通ってない18歳なら抱いても違法ではないし、十分許容範囲内なので安易に誘惑に負けて町田駅裏のラブホへ吸い込まれしまった。

先ほど童貞と言ったが、相手を引かせるためのウソだ。(そこまで経験は無いけど)ただ、ダサくてブサイク非モテなのだけは事実だ。こんな急にセックスすることになったのも人生で初めてだった。

いざ服を脱いても、彼女ヤリマンセックス依存症のくせに「裸を見られるのは恥ずかしい」と一緒に風呂を入るのを拒み、明かりをつけるのを頑なに拒否した。

真っ暗で相手身体がどのような見た目なのかが全くわからないままセックスした。

ただ、真っ暗闇の中「得意技してあげよっか」と、口でコンドームをつけてくれたのは人生で初めての経験だったので憶えている。

彼氏や他の男には生中出しさせるくせに、俺には一切生でさせてくれなかった。

セックス後、ふと我に返り、このまま寝たら財布の中身が無くなって彼女も消えているのではと思いながら就寝したが、朝目覚めても彼女は隣にいた。

「寝顔が可愛くてずっと見てた」とかブサイクの俺に言う。お金要求してこなかった。

彼女を駅まで送り、俺はそのまま出社した。

そんなことがあり、彼女とは何度か会った。黒人高校生彼氏とは結婚を夢見てはいるが、デレデレしながら他の女と浮気したことを堂々と話してきて頭にきてるので自分も他の男とセックスするんだという。

このセックスにだらしないところに甘えて、暇を見つけてはセックスした。

生活費家賃は、月40万稼ぐ彼氏に養ってもらっているが、遊び代とかは余分にくれないので出会い系アプリで知り合った男からお小遣いを貰っているという。「実家の親に支援してもらえないのか」と聞けば、実家シングルマザー貧乏であり、経済状況は自分が一番わかっているので母親に甘えられないという。

最初は快く金をくれていた出会い系の男たちも、金ばっかりせびっているとそのうち渋るようになる。ほとんどの男たちがセックスだけして金を払わなくなったという。それなのに何故か俺には金を要求はしてこなかった。

男が金をくれないのでバイトをするようになったのだがバイトが決まっても1週間持たず、コンビニやら服屋やらを転々としていた。

1週間持たないくせに、決まってバイト先の店長上司不倫関係になっていたのも印象深かった。

そのうち堅気の商売は無理と悟ったのか、「私はもう風俗で食っていくしかない」と相談された。

「私はデブなので普通風俗は雇ってくれない」というが、「お前よりデブでブスな女は仰山一風俗にいるよ」と思いながらも、

「どうやって私を雇ってくれる風俗を探すか」とか聞かれても、俺は月に1回風俗に行く程度で風俗で働く方法なんか知らないし、

そもそも同棲してるのに風俗で働くのは彼氏が悲しむだろうし、第一知っている女の子風俗に堕ちるのは俺が嫌だよと諭した。

どうやら納得してくれたらしく、風俗入りするのは諦めてくれた。何故か泣いていた。

しばらくすると、「愛しているから俺がお前を一生養う!お前は働かなくて良い!」と宣言していた黒人高校生彼氏が急に「どうして俺だけ必死に働いて、全く働かない年上のお前を食わせなきゃならないんだ!(彼女バイトしているのだが)理不尽だ!家賃生活費も全部折半しろ!あと他の女ともセックスさせろ!」と大暴れしたと連絡がきた。そりゃそうだ。16歳の高校生もの

バイトしているとはいえ、さすがに折半する余裕はないよ、どうしようと言われても困る。

「そんな奴と別れて地元帰ったほうがいいんじゃないの」と伝えると、「増田くんは顔が好みだから一緒に住んでもいいけどね」と言ってきた。

何回もセックスたか愛着はあるけど、さすがにこんなハードコアな人を養う自信はないし、まだ結婚したくないのでそれは無理と伝えてからは、音信不通になってしまった。

音信不通になってからは、フェイスブックの「知り合いかも」に彼女が表示されることがあった。

覗いてみると、地元に帰ってちゃんとした新しい彼氏を作って、幸せ生活しているようだった。

あれから5年。今となっては彼女ツイッターフェイスブックアカウントはどれか不明(おそらく削除してる)だし、今どこでどんな生活を送っているのかは謎だ。

ただ、さっきエロ動画を漁っていたら、声も顔も完全に見覚えのあるあの子が、カメラの前でマンコをくぱぁと広げながらでオナニーして、その後男優中出しされていた。無修正なので、おそらく無修正サイト販売された動画勝手ににアップロードされたものだろう。

俺の前では絶対明かりをつけてくれなかったので、初めて鮮明に彼女マンコを見た。

ただ、一切勃起や興奮はしなかった。早送りしながら最後まで見たは見たが、なんか切ない気持ちになった。

動画記載された女優名で検索したが、その動画1本しか引っかからない。別名義で他のAVに出ているかもしれないが、それもわからない。

ただただ、なんだか切ない気持ちになるだけだった。

これ読んでも「作り話をよくここまで長ったらしく書けるね」とかい感想しか無いだろうが、なんか書きたくなったのだ。

ただそれだけだ。

匿名ブログなんだから、それくらい許して。

2017-01-21

転職ドラフトについて

転職ドラフト興味本位登録したのですが、自分現在年収 + 250万円の額がいきなり提示されて、驚きました。これまでやってきたことやGithubアカウントなどは公開しているので、やみくもに提示してこられたという感覚はありません。エンジニアとして良い評価を頂けて嬉しいです。

一方、自社でこのような昇給可能か考えると、(これまでの給与改定を踏まえるて考えると)250万円の昇給はあり得ません。100万の昇給でさえ夢のまた夢です。

そもそもの業績が悪く、どうしようもないベンチャー企業なのであれば、しょうがないでしょう。それでも夢を持って頑張るか、素直にオファーに応じて転職するだけです。

しかし、業界での知名度黒字化へそれなりに順調に進んでいるところを見ると、どうしようもないベンチャー企業だとは思えません。転職ドラフトで自社が投げているオファーを眺めていると、自分が受けたオファーと同じような額はもちろん、それ以上の額が、スター級ではないそこそこのエンジニアに対して提示されています。もちろん、外から見える公開情報だけでスター級ではないと判断するのは難しいのですが、そこに書かれた経験を信じるのであれば、私とそれほど変わりありません。

すでに自社で貢献しているはずの私の昇給が難しく、ブログ記事記事分程度のレジュメを公開しているどこかのエンジニアにはまともな給料を出せる。

一方で私も、ブログ記事記事分くらいのレジュメを公開してみれば、いとも簡単にまともな給料オファーがもらえる。

これを読んでいる方には自分に置き換えて考えてほしいです。

まりにも馬鹿馬鹿しくありませんか?

こうなってしまうと、自社での活躍よりも、できるだけ企業を選別しながら転々とすることを考えた方がお金は稼げますエンジニアに求められるのは、そこそこのスキルと、レジュメ作成能力、そして給料を引き上げるための転職を実際に2回も3回もすることです。

私は本当に今の会社が好きです。今の会社からもらえる給料いくらか安くても我慢できます

しかし、自社への貢献が昇給につながらず、自分より後に入ったそれほど優秀でもないエンジニアが高い報酬をもらうようなことになれば、さすがに今の自分待遇には納得できません。

会社社員の労に報いることを忘れていては、会社には金が欲しいだけの傭兵ジョブホッパーばかりになり、それこそWantedlyに書かれているような高らかなビジョン共感する者は一人もいなくなるのではないでしょうか。

転職ドラフト実在サービスですが、フィクションとして読んで下さい(体験談風に書いていますが)。こういったことはたくさん起きているのではないかなという妄想です。

進路が決まら大学卒業した女な訳だが[1]

2年前の3月自分就職が決まらないまま卒業式に臨み、そのままフリータールート突入した。

就職課をはじめとする大学関係者には「某生命保険会社営業内定が出た」と嘘をつくことで、表向きは「社会人生活へ向けて巣立ちを迎えるフレッシュ若者」になりきった。

就職が決まらないということが何より恥ずかしかったし、周りには心配をかけたくなかった。

今思えばそんなクソみたいなプライドで嘘をついた自分の方が恥ずかしいのだけれども。

学生の頃、正直自分はすぐ就職が決まると思っていた。

早くこんなつまらない地方都市から抜け出して、レインボーブリッジシーマ転がす業界人になってやる。

なんて時代錯誤でクソダサい動機を孕みつつ、鼻息荒く就活スタートした。おったまげ。

エントリーシートは通る。筆記試験も通る。しか面接でことごとく玉砕

気づけば残り弾数はゼロ。そして静かにマスコミ就活シーズン収束

就活の良い思い出?履歴書文字が綺麗って褒められたことくらいかな。ファック。

「まあそれでも?どこかには決まるし?ドンウォーリービーハッピー的な?」と楽観的に考えていたのと、内定承諾までの返答期限という事情から、他企業内定を辞退してしまっていた。

その後は流石に「転がすのはライトエースでも小型セダンでも、なんでもいいから、もうシーマなんて言いませんから…助けて…」と、ブットビまくってた理想をかなぐり捨てた。

どこでもいいから拾ってくれと地元中小企業などを血眼で受け続けたが、軒並みお祈り。

自分シーマどころか社用車にも乗れない人間。この事実を認めざるを得なかった。

冬ごろには就活をする気力も、今までの根拠のないプライドも、全て灰燼と化した。ぼくの心を就活は奪い去った。俺は空洞。でかい空洞。

全て残らず就活は奪い去った。

俺は空洞。面白い


全然面白くないです。


さすがにYami Yami Day(※病み病みの日のこと)を送って震えるのは嫌だったので、バイトを詰め込みまくり卒論を夢中で執筆することで現実逃避をしていたら、春なんてすぐだった。瞼閉じればそこに。

こうしてひとり、職無しのまま社会へ放流された死んだ目の若者が完成した。

卒業式後の飲み会で友人とフジファブリックの「若者のすべて」のサビを肩組んで歌った辛すぎる思い出。何年経っても思い出してしまうなあ。

毎晩内定のない人が見るまとめ速報を見て「自分マヂクズだゎ…ッラィ…」とか思いつつ、マンマのご飯はススムくんな、ナンダカンダ健やかなニート生活を続けていたある日。

「金を入れられない人間はこの家を出て行け。とりあえず働け。」

と母に某アルバイト情報誌でアタマシバかれ、ぱみゅぱみゅしてしまった私。渋々実家から激近の某企業アルバイトを始めた。

そこにいた先輩アルバイトのK氏は、大学中退後、様々なバイト転々として、今に至るらしい。「条件がかなり難しいか正社員にはなれないだろうけど、ずっと別にこのままでいい」と言っていた。

確かに仕事は楽だし、地元にしては時給もいいし、定時でしっかり帰れるし、人は優しいし、社食はおいしいし、福利厚生や社割もあるしで、バイト先にしてはマチャアキ文句なしの星3つだった。

しかし、そんなK氏を見ていると「自分はずっとアルバイトという立場でいいのだろうか?」という疑問が首をもたげてきた。

パン酵母か?というくらいに、その疑問は日に日に膨らみ、(マンマのご飯と社食体重も膨らみ)ついにバイトを始めてそう日が経っていない初夏のある日、母にこう言った。

「私、今から金貯めて東京行くわ。」

「は?東京?行ってどうすんの。」

東京行って就活やり直すだ。」

「どうしましょ、どうしましょ、どうしましょったらどうしましょ」


[2]に続かせてください。

2017-01-09

大企業東京本社ビルに勤める増田

ロスジェネ世代

1998年当時、皆が大手企業を中心に就職活動するなか、東京勤務と大企業にだけは就職したくないと、中小企業狙いで就職活動していた反抗期自分

今では、ネット界隈で「新卒教育が充実している大企業か、即戦力が鍛えられるベンチャーか」という論争が盛んだが、当時はネットでの就職情報さえなかった時代だ。当時の俺は、即戦力をつけたいという思いか100人くらいの会社入社した。仕事徹夜続きでブラック企業だったが、成長実感が感じられ、働き甲斐も大きかった。

その後、数社のベンチャー企業転々とした。プロジェクト会社に与える自分の影響が強いことに働き甲斐を得られる反面、このタフな働き方をずっとは続けてはいけないこともわかった。社長ビジョンを信じ、給与が出ない生活にも耐性がなかった。

働き始めて17年後、いくつかのご縁と幸運が重なり、今は、大企業東京本社で勤めている。

周囲の社員は優秀でホワイト企業

だが、組織システムが硬直化し動きが遅い上、現場は遠く、自分仕事なのかどうかも実感できない日々が続く。

内調整が重視されるため、若いころに培った伸び盛りある現場仕事ノウハウが活かせるような職場でもない。

大学生のころ、絶対行きたくないと思っていた大企業東京本社で勤めている。

現実逃避で友人のベンチャー企業を手伝っていると、いつのまにか自分大企業病に罹っていたことを知る。

やはり、給与がいつ出るかわからない環境に身を置けるほど、若くもなくなってしまった。

リスクばかりを気にするようになった。

環境が人を作るとはよく言ったものだ。

心が老いて、俺はもうゾンビ企業ゾンビのものだ。

15歳でホームレスになってから早5年。ようやく普通生活を手に入れた

まれは、4人家族。姉と僕と親二人。

もともと父が会社をやってたけど、自分が生まれたぐらいか会社が傾いて、僕が小さい時に会社が潰れた。それから父が荒れて家族暴力を振るうようになった。僕が小学校2年生の時、母親と姉と僕で3人で遊びに行った。USJに行ってホテルにも泊まった。家の外に泊まることや、いわゆるアミューズメントのような場所にいくのは人生で初めてだった。珍しいなと思ってた。翌日また人生で初めてのカラオケにいった。そこで母と姉から、もう限界今日死ぬつもりだと聞いた。タクシーで崖に行った。もともと覚悟を決めていた2人と違って、僕だけ死にきれなかった。そのままタクシーで帰って、それからは父と二人で暮らしていた。

あんまり殴られることはなかったけど、父は仕事もしなくて、お金もないし、生活は貧しくて惨めだった。中学校に入ったぐらいから僕は夜遊びと友達の家を転々とするようになって家にはあんまり帰らなくなった。そのまま高校に行ってないのも恥ずかしくて、友達の家にもあんまり行かなくなって、ネットカフェ公園に泊まるようになった。日雇い労働バイト転々としながらそんな生活を数年繰り返した。

転機は職業訓練に通ったことだった。友達はみんな高三になって進学だなんだと言ってた。僕も探してみると、通うだけで月10万円くれる専門学校みたいなトコがあると知った。高認をとってそこに1年通った。そこでいろんな資格をとって、そのまま就職した。

もともと貧乏ぐらしが普通だったから、毎月20万円以上溜まった。ただ労働はとてもきつくて毎晩遅くまで、高プレッシャーの中働いてたから僕は心が折れて死んでしまいたくなった。帰りの電車では毎日泣いてた。辞めたら詰む。またフリーターだ、ネットカフェ難民だ。と思って、辞めてももっとお先まっくらになるぐらいなら死のうと思った。ほんとにふと線路に引き寄せられたりしてギリギリだった。当時1年半ほど付き合ってた彼女がいたんだけど、ある日のデートの帰り際に、死なないでね、心配だよって言われた。一回も死にたいなんて言ってないのに。それで泣いちゃって、なぜだかその時から気持ちがすっと楽になって。死ぬぐらいなら何かやろうって思って、もともと憧れもあった大学を志した。働きながら勉強して大学に受かった。入学金とか授業料も払えるお金もあった。

今はフリーエンジニアしながら大学生してる。そこそこの国立大学の1年生。収入も350万ぐらいあるし住む家(賃貸)もある。大学院用の貯金を考えたら贅沢はできないけど、食費も月3万円とか使えるし、これからもなんとなく、大学院卒業して、就職して、生活は徐々に上を向いていくんだろうな、ってぼんやりとした希望がある。10歳ぐらいからずーっと死にたいって思ってたけど、今日最近死にたいって思ってないって気づいて、なんだか涙が止まらなくなった。

文章にするとなんか薄っぺらいけど、ふと昔を思い出して、ここまでよく頑張ってきたなって思って。

最近楽しいよ、生きててよかったなと思う。

2017-01-08

不倫しました

旦那不倫して寂しかたから私も不倫した。

出会い系アプリ適当に見た目が良さそうな人と会った。今迄行ったことないようなフレンチに連れて行ってもらった。とても紳士的な人で素敵ではあったけど、そんな人が出会い系やってるなんて絶対何かあるなと思いながらセックスした。また会いたいと言われて別れたけど、私は別に会いたくない。


旦那はどんな不倫をしているのだろうか。私はただ虚しいだけだったよ。

愛があったのだろうか。私がちゃんとしてなかったから他の女性に気が移ったのだろうか。

考えても考えてわからなくて家に帰りたくなくて、ネカフェビジネスホテル転々としている。

不倫ってなんだよ。誰が得するんだよ。私はただ毎日家で作ったごはんを食べて、笑って、旦那とくだらないテレビを見てることが幸せだったのに。

これからどうすればいいのだろう。

2017-01-07

[][]SIダメと言うが…元請ならOKだし中小独立系ITよりはマシ。

SI,SIer 悪く言われてばかりだが…。

【元請SI

(01)所属企業自分会社)で普通に働ける

(02)基本的には人材育成支援がまぁマシ

(03)ユーザー企業と直接やりとりする立場上流工程

(04)ユーザー企業業務システムについて深く知る事ができる(まぁ人によるが)

(05)開発環境管理する立場にある(環境を押さえられる)

(06)プログラム資産管理する立場にある(構成管理

(07)確かに人や部署によってかなり違うのは本当

(08)大規模PJだとPM/PLじゃなくても巨大な範囲担当するからプログラミングは確かにできない

(09)全体を見通す事が求められる

10システム全体像を考えて決める立場になれる(アーキテクト的な)

11保守/障害対応の窓口になる(ヘルプデスクも)

12データベース設計特に概念モデル/論理モデル)を主導する立場になれる

(13)上でも言っているが、かなりできるベテランも居れば何もできない若手も居る

(14)末端のプログラマーとは確かに対極に位置する…事が多い

(15)確かに特定大企業システム知識は潰しが効かない

(16)大規模PJの上流側での経験は積める

17)多重請負構造の中身を知らずに生きていける(人によるが)


【(いつも)非元請(二次請け以下)のSI

(01)酷く言われているSIの特徴が色濃く出る

(02)自分会社では仕事ができない(たいていは元請SIが用意するPJ室に出勤、または派遣/委任で元請の職場に行く)

(03)比較大企業が多いので、研修制度などはあるにはある

(04)自分会社名が名乗れる

(05)PM/PLという肩書き実態とは異なり単なるベテランSEとしての仕事になる(真の意味でのPJコントロールは元請しかできない)

(06)自分会社代表して客先に赴く立場になる

(07)若手でも『現場監督』的な立場になる

(08)顧客システムにべったりの業務エンジニアになるか、技術を活かしてPJを巡るか、何もできない人になるか

(09)中小ITエンジニアとの人間関係に苦労する

10)大規模PJだとその一部分しか担務しないので全体像は掴めないまま

11)開発環境は持っていない(自前では無い)

12PM/PLは下手をすると何もしない(元請レビューにはついていくが)

(13)人集めと管理が主な仕事であり、多重請負構造の中心的な役割を担っている


中小独立系IT

(01)自分会社では仕事ができない(たいていは元請SIが用意するPJ室に出勤、または派遣/委任で元請の職場に行く)

(02)人材育成支援が無い(下手すると経歴を偽造される)

(03)自分会社名前はまず名乗れない(上位のSI企業名前を名乗らされる)

(04)ユーザー企業運用などの人たちと接することは、まず無い

(05)上流工程に参画する機会が圧倒的に少ない

(06)とにかく裁量権が少ない体力労働を強いられる事が多い

(07)プログラミングはたいてい中小ITがやる事になる(スキルが高いと認められれば技術武器PJ渡り歩く)

(08)ベテランになってもSIの若手『現場監督』の指示で動かざるを得ない(そしてたいてい『現場監督』は何もできない)

(09)顧客システムにべったりの業務エンジニアになるか、技術を活かしてPJを巡るか、辞めていくか…

10)どのPJであってもシステム全体像はまず掴めないし掴もうとも思わない

11)最も人手が増えるプログラミング工程などの実装工程のみを担務し、現場転々とする場合も多い

12)様々な現場仕事ができるので、(下流工程の)スキルがつきやすい傾向があるが、個人差が激し過ぎる

(13)できる人はたいてい経験を積んだら転職して行く

(14)ITメンタルを壊す人が多いが、特に中小は多い

(15)情報サービス産業の中で最も人口が多い(ある意味、主役である

(16)多重請負構造の中で中抜きされるため異常に給料が低い

17)とにかく裁量権が少ない(二度言う)

(16)本当の会社名を名乗れない(二度言う)

17名前を覚えてもらえない





順不同。思い付くまま。

まぁ、本当に人によるし、会社部署にもよるんですが。

中小ITから上流工程を専門とするコンサルタントなどに転職できる人は本当にごく僅か。

別に上流工程マンセーするつもりはないが。

やはり自分会社普通に働きたいのではないかな。

自分会社名前で。人脈も作ったりして。


http://anond.hatelabo.jp/20161128112713

http://anond.hatelabo.jp/20161128164232

2016-12-21

もんじゅの知恵と言う割には。

地元ではもんじゅ廃炉反対らしい。

昨日ニュース事故が起きたら死ぬかも知れないが、それでもいいと言っていた。

それだけ立派な覚悟があるなら、まずとりあえず福島第一原発周辺の地主さんたちの所に言って、「被害者面するな」と言って来てもらいたいものだ。

もちろん反対していた人も居るだろうが、諸手をあげて賛成し、地元調整費やら、雇用増、インフラの充実などの恩恵を受けてきた人たちは大量にいるはずだ。

そういう人たちが被害者面しているから、現在原発の再稼働をいくら地元が望んでも、信じられないんだ。

たぶん昨日のニュースで死んでも仕方がないと言ってた人も、いざ事故って被害が出れば、補償とか叫びだすんだ。

都会にいる人々は、先祖伝来の土地も持たずに、ただ自分の稼ぎと仕事生活の兼ね合いで、借家転々人生を送る人たちが大半だ。

先祖伝来の土地にしがみ付き、不幸ぶるのは止めて、まちに出てくればいいのに。

被害者ぶる何故だ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161221-00000077-jij-soci

2016-12-09

何も持たない人生

私の人生

もうすぐ40。

独身だ。

子供はいない。

初めて彼氏ができたのは26歳の時。

人生において恋人がいたのは

合計3年間くらいだ。

子供の頃、私には友達がいなかった。

兄弟もいなかった。

両親は共働きで、

わたしに構ってくれることはなかった。

たまに一緒に夕飯を食べる機会があっても、

父親が突然暴力を振るい出すので、

逃げるかその場にいないようにすることで必死だった。

学校楽しいかい?」

なんて聞いてくれることは一度もなかった。



暴力が怖くて18で家を出た。

しかしすぐに精神疾患罹患してしまい、

入院することになった。

両親はどちらも見舞いにすらきてくれなかった。

一人で荷物をまとめタクシーで知らない街の病院に入り、

退院後誰もいないアパートに戻った。

入院費と生活費借金した。



それからいろいろなアルバイト転々として、

つの間にかこんな歳まで生きてしまった。

我ながらよく生きられたと思う。

私にはサバイバル能力があるのだろう。



人間的に完成されていないので、

正規雇用はとてもではないが無理だった。

いろいろな相談機関に話を聞いてもらったが、

話を聞いてもらって、その先がなかった。

ただ今でもこうしてアルバイト生計を立てていられるというのは、

まれているのだろう。



今の勤め先では、

高学歴で、家族がいて、評価されている正社員の人たちに囲まれている。

その中で私は誰にも評価されず、

飲みにも誘われず、

ただ目の前の仕事をして、

帰ってきて、

カップ焼酎を飲み増田を書くことを楽しみに生きている。

病気で作った借金を毎月数万返済するのに精一杯で、

好きなものはあまり買えない。



たくさんのものを、たくさんもっている、

周りの人たちがとても羨ましい。



結婚とかしてみたかった。

家族を持って、誰かを守ったりしてみたかった。

男の人にもっと愛されてみたかった。

他人と心を通わせる、みたいなことをしてみたかった。



人並みに働いて評価されたかった。



寒い季節にボーナスをもらって、

オシャレなコートを買うような暮らしがしてみたかった。

2016-11-17

漠然とした不安というもの

昔、20代前半の頃、漠然不安だった。

自己嫌悪して何も知らないくせに世間を厭い、死ぬことばかり考えて精神科に行こうと思って予約したけれど、それもキャンセルして、グダグダとして、考え尽くした挙句、もうどうでもいいやと思って、テントと着替えをバックパックに詰めて東北北海道を3ヶ月くらい放浪していたことがあった。

ちょうど市橋容疑者が逃亡記の本を書いた頃で、それに影響されたという事もあったのだけれど。


金がなかったから街や山の中を転々としながら、公園海岸道の駅テントを張って過ごした。疲れた時はたまにネットカフェに泊まった。

別に何か、運命出会いみたいなのは、一切なかった。楽しくもなかった。

それどころか毎日不安で仕方がなかった。

今夜の寝る場所が見つかるかだとか。

台風で、真夜中テントが吹っ飛ばされそうになったりだとか。

山奥で、朝方起きたら寒さで死にそうになったりだとか。

いつまで放浪するんだろう、家に帰れるのかな、だとか。


でも毎日そんな具体的な不安ばかりだと、次第に、家を出る前にしてた漠然とした不安なんてものはどうでも良くなってきていて、というか、とにかく今を生き抜く事に必死になっている自分に気づいた。

それに気づいた時、家に帰る事にした。


その経験自分が変わったとかは一切思わないけれど、それ以来あまり漠然とした不安に捉われるような事はなくなった。

今も、仕事や家庭での具体的な不安毎日、山のようにあるけれど。

2016-11-15

働きたくない 毎日ダラダラしたい

社会人生活2年目

やっぱ社会人は辛い。出来ることなら働きたくない。働かずに行きていく術を週に一度はググってる。ニートphaイケダハヤトやらのブログ読んだり不労所得について考えたり。でも実現できそうにないや。結局のところ働かないといけないんだなと。いかにして働くかとかどう仕事を楽にするかとかそっちを考えないといけないんだろうな。幸いなことに彼女がいて将来的に結婚したいと思ってる。彼女自分のこういう働きたくないってところを良しとしていない。彼女結婚したいならちゃんと働かないとならない。

そういったことを踏まえて今後の人生設計を立てようと思った。その一つの手段として自分人生でやりたいことを列挙することにした。

自分が本当にやりたいことは分からないのでお金心配をする必要がないというルールを設けた。


日本各地を自転車で旅する

海外旅行に行く

図書館に通い詰める

・いろんな女と遊ぶ

風俗に行く

社長とか組織リーダーになる

市議会議員になる

・毎週浦和レッズ試合を見に行く

ビリヤードダーツを極める

ブログを書く

投資・株・不動産とかに手を出す

・おいしい物を食べる

・いい車に乗る

都内に住む

大学に通う

・いろんな友達と飲む

漫画映画を貪る

ジムに通う

毎日好きな時間に起きて寝る

拠点を変えて全国を転々とする

phaや山奥ニートに会いたい

phaや山奥ニートのような生活をする

隠居する

結婚する

子供は男女欲しい

会社など組織を作る

・ダラダラしたい

ようは俺はダラダラしたい※孤独は嫌 といったところだと思う

怠惰欲と自己承認欲が人生で重きをおく自分欲望なのだ

前者は働きたくないということ、後者結婚したい・世間体を良くしたいというところか。後者は働かないと難しいし、この二つを同時に満たすのは無理。

人生設計立てるとして毎日孤独にダラダラするか、人並みに働いて人並みに社会と関わるかなら後者だよなー。結局働かないとならない。でも働くって辛い。出来ることなら働きたくない。働かずに行きていく術を週に一度はググってる。(以下無限ループ

2016-11-09

ゲームアニメ漫画しか楽しくない日本

子供時代で楽しかったことといえば、テレビゲームアニメ漫画

他に楽しかった思い出なんてほとんどない。

高学年になったら塾に行くことになって、行き帰りのバスの中でやる

ゲームボーイアドバンスけが楽しみだった。



中学校入っても、高校入っても、部活はキツいばかりでレギュラーにもなれず

秋葉原めぐったり、コミケに行ったりするのが趣味になった。

大学卒業して、一般企業の働く意味なんか見出せず(もちろんそんなモチベーション就活は軒並み受からず)

自分が好きだという熱意を買ってもらって、ゲーム会社でようやくエンジニアとして採用してもらった。



しかし、そこは超ブラック企業半年で心を壊して退社。

そのあとは1〜2年ごとにゲーム制作系の会社転々としている。

毎回調子を壊して、そして今は何度目かのおやすみ間中



PAワークス労働環境問題がすごい騒がれてるけど、

ゲーム系の会社漫画出版社とか、俺らが子供の頃好きだったものを作ってる会社

総じてブラック企業ばかりな気がしている。

(実力無いから、任天堂とか集英社とか本当の最上流は知らんけど)



他の業界とか、他の仕事とか考えてみようとも思ったのだが、

過去を振り返ってみてもゲームアニメ漫画しか俺の人生には無い。

世の中を恨むつもりは無いし、もはや俺自身としては諦めてるが、

なんで日本って子供時代楽しい経験ができないんだろうか。



ログハウスをみんなで作ったり、料理を習って誰かに振舞ったり、

株の投資ゲームをやってみたり、数学オリンピックを目指してみたり、

もっともっと「いろんな楽しいこと」が子供時代経験できたんじゃないかと少し後悔している。

そうしたら、ゲームアニメ漫画じゃない仕事にも、きっと目がいったように思う。



もちろん、時々そういうアニメゲーム死ぬほど好きな人が居ても良いだろうけど、

みんながみんな、そればかりにハマってるのは歪だ。

初めて仕事に就くとき「好きなことを仕事にしたい」と思うのは普通感覚で、

その好きなことがゲームアニメ漫画に偏ったら、その業界を目指す若者が山ほど出るのは当然だろう。

働きたい人が巨万といれば、労働環境なんか劣悪になるに決まっている。



子供時代に楽しかった経験もっと色々あったら、

需給バランス改善されて幸せになれる人増えるんじゃないかね。と思った。

2016-11-06

親父が職場で虐められているらしい

親父は高卒で職を転々としながら今は工場のようなとこで働いているらしい。

ほとんど会話することがないが、隣の部屋で誰かと電話しているのが聞こえた。

20~30代の他の社員にいろいろ言われたり、行動がのろくて殴られたり蹴られたりもしているらしい。

親父は年金をもらえないので老後の貯金のために働いているのだが、

うかつに障害でも残ると俺の負担が増えるので、どこかに相談した方がよいのか悩んでいる。

書く必要はないが書いてないとどうでもいい突っ込みが来そうなので先に書くと

・親父は同居しているが生活費は全部俺が出している。なので給料はまるまる貯金

・俺は大卒だが高校のころからバイト奨学金で親から金をもらった記憶はない。はっきり言って親は嫌いだし負担である

母親離婚してどっか行った。祖父母は死んでる。兄貴はいたが高校卒業と同時にどっか行った。生活費ももらってない。

2016-11-03

http://anond.hatelabo.jp/20161102213753

さよなら渓谷という映画

集団強姦された娘が地元で生きていけなくなり

移り住んだ先でも嫌がらせが続いて職を転々とし

まりかけた婚約も破断になって

最終的に精神病み続けたまま風俗に堕ちて行方不明

っていうエピソードが出てくる

ここまででないにせよ、

レイプ被害きっかけに社会から疎外されるという話はなくはない

なんで増田元カノは同情されて彼女たちは好奇の目に晒され貶されるのか

スクールカーストや家庭環境の違いによって

どちら側を信用するのかということは容易く変わるということか

2016-10-29

愛知県豊橋市には絶対に来るな

数年前に愛知県内にある豊橋市というところに来たのだが本当にクソみたいなところだ

転勤で今まで全国各地を転々としてきたわたしだけど、こんなに腐りきったところは初めてだ

ゼッタイにこない方がいい

転勤を命じられたらすぐに転職先を探した方がいい

わたしも今のプロジェクトが終わりしだい辞めるつもりだ

豊橋というところは本当の意味で「田舎」だ

遊ぶところなんてもちろんない

ビジネスをするにしても排他的すぎて成り立たない

この数年間だけでもこの田舎新規参入して自滅する企業を腐るほど見てきた


嫌いな人はいる 嫌いな食べ物もある

でもここまで「地域」を嫌いになったのは初めてだ

愛知県豊橋市には絶対に来るな

https://wiki.chakuriki.net/index.php/%E8%B1%8A%E6%A9%8B%E5%B8%82%E6%B0%91

2016-10-24

毒親のもとで育った

父は邪智暴虐の王で、

母は殴られても骨を折られても遠方に置き去りにされても離れない、忠実な奴隷だった。

暴言暴力プライバシー侵害性的虐待マルチ宗教などなど一通りの悲劇体験させられてきた。

徹底的に人としての尊厳を削られながらも生活力がないために必死に父に媚を売り、

私の性すら明け渡す母が、私の将来の姿である絶望しながら死体のように生きてきた。

父に触られたくないと母に言ったら、あんたさえ我慢してれば平和なの、だそうだ。

基本的人権すら守ってはもらえない、人ではないものが私だった。

教師に話しても誰も信じてもらえなかった。

おかしいと思ったのは、私の好きな本を続柄父に破られた時だった。

唯一の救いだった作品たちを守るために家を出ると誓った。

自分のあまりの無価値さに耐えながら、奨学金高校卒業した。

家を出ると聞いた続柄父は顔を真っ赤にして私の見えないところだけをボコボコにした。

「みんながお前を嫌っているしすきあらば騙そうとしてくるぞ!二度と帰ってこれると思うな!」

簡単生命線と帰る場所を奪われ、強烈な恐怖に吐くかと思ったが、

同時に二度と帰ってこなくて良い言質がとれたと高揚していた。

母方の祖父の援助でどうにか実家を出て、

今は殴られることも、怒鳴られることもなく、死体のように生きている。

あの頃どうやって生き延びればもう少しマシな人生を送れたのか、今でもわからない。

幸い私の酷い過去否定せず、私なぞを慈しんでくれる大切な友人はできたが、

少しずつ我慢してきたこと、諦めてきたことに気づいて自分癒していくにつれ、

普通人生までのあまりにも遠すぎる道のりに打ちのめされる。

友人たちには絶対に言えないが、もうここで生きることを放棄してしまったほうが

ずっと楽なのではないかと考えてしまう。

ブラック企業転々とし、ようやくそれなりに良い職場転職したら、

周りは家を買ったり車を買ったり、結婚して子供がいたりする。

皆それなりにキラキラしていて、優しくて、余裕があって、他人排除したりしない人が多い。

私はというと、祖父にもらった金を返し(断られたが)、

体を壊した時の安楽死のための費用が貯まったら、あとはどうでもいいなと思ってしまった。

前に進むためのガソリンが、あの地獄を抜け出すために全て使い切られたようだ。

友人たちの言葉砂糖のように甘く、明日も体を引きずってゆく気力を与えてくれる。

それでも、それだけのために生きるのはとても難しい。

心底からまれたくなかったと今でも思うし、

癒されずに悲劇に浸っているほうがずっと楽だったかもと思ってしまう。

友人に申し訳なくてTwitterにもこんなことは書けなくなってしまった。

頑張っていれば、いつか幸せだとずっと思っていられる一日はくるのかなあ。

来る気がしないなあ。

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