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はてなキーワード: 私立大学とは

2017-03-14

自分

当方大学3年生、就職活動真っ只中であり、先月失恋したばかりでもある。以前とある就活セミナーにおいて、「自分史」を書くと自己分析捗ると言うので纏めてみようと思ったのだが、なんだかダラダラ書いてしまいそうになるので、人の目に触れるという条件ならばちゃんとした文章になるのではないかと、此処「はてな匿名ダイアリー」に試験的に投降してみた。


以下、私立文系現役就活生、その半生のあらましである


誕生小学生時代

私はとある裕福な家庭に、長男として誕生した。

母は底辺出身で、元ヤクザ幹部を父に持ち、成り上がる為にスパルタ教育を叩き込まれ秀才であったものの、「女性である」というただ一点で、評価されることなく、夢叶わなかった人間である

父もまた、底辺出身であり、米の代わりに芋を食うような家で育ち、早くに両親を亡くした境遇を持ちながらも、最終的にはF欄大学だが主席卒業し、好きな分野で食っていこうと考えていたが、推薦で入社した会社が急成長を遂げ上級管理職となってしまい、念願の技術屋にはなれなかった人間である

そんな両親の元に、私は産まれた。

母親は自らの経験から所謂教育ママに、父親は古風な家庭で育った為、マナー生活習慣にこと厳しかった。

両親は私を教育するために、自らのストレス妄執をぶつけてきた。

「どうしてこんなことができないのか」「私はあなたにこんなに投資しているのよ」「お前の為にやりたくもない仕事を続けているんだ」

両親の理不尽社会に対する呪詛が、私の実存破壊していった。

私はまた、いじめを受けてもいた。当時はまだ運動もできずどんくさい奴だったからだ。殴られたり蹴られたり、避けられたり、悪口を散々言われたりした。

親にいじめ告白したものの、「男ならやりかえせ」の一点張りでとりあってはくれなかった。

憎かった。両親が、周囲の人々が、社会が、世界が。

両親に叱られる度に、いじめられる度に、「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…」と自分の部屋で唱えていたのを覚えている。

本気で両親やいじめっ子を殺す計画を立てたこともあるし、逆に自殺しようと思ったこともあった(いずれも発見されたことで未遂に終わっている)。

上記の計画が失敗に終わった為、何も感じなくなるように、心を殺せるよういつも自己暗示をかけていた。

力が欲しかった。死にたくなかった。生き抜く力が欲しかった。そして認められたかった。愛されたかった。


そんな自分に味方をしてくれた人間が一人だけいた。祖父であった。

祖父はどうやら自分の娘にスパルタ教育を施したことを負い目に感じているようで、両親(特にからから暴言を良く諌めてくれた。

共働きの影響でよく一人で夕飯を迎えなくてはいけない自分に、良くご飯を作ってくれた。(味は大味すぎだったが)

昔の話を交えながら、「力」について色々と話してくれたのを覚えている。暴力権力学力、魅力…生きていくための力について…

戦中戦後混沌とした日本を力が物言う世界の中生き抜いた祖父一言一句には、老い衰えながらも凄まじい説得力があった。


中学生時代

私立に進学させようとする母親に対し、祖父後ろ盾を得ることで私は無事希望通りに公立中学校に進学することができた。

祖父から「力」について学んだ結果、小学生時代において最底辺だった自分スクールカーストものの見事に逆転した。

陸上競技を始めたことで身体を鍛え、喧嘩も強くなったし、会話術を学んだことで周りから慕われるようになり、部活部長や、生徒会長などリーダー役割兼任したり、学力も向上しトップはいかないものの上位に食い込んだ。そして異性の友人がぐんと増えた。これまでの環境が一変したのだ。

だが母親干渉は止むことはなかった。認められることもなかった。学業邪魔になるから課外活動は止めろと言い、トップになれなければ意味はないと口うるさく言ってきた。無理やり塾へ入れたりもした。

そして環境の変化は「人の心というのは力次第でこんなにも変わってしまうのか」と一種疑念を抱くきっかけにもなった。

それでもなんとかやっていけたのは、唯一本音を話せた祖父後ろ盾と、貧乏すぎてろくな学生時代を送れなかった父親わずかばかりの支援があったからだ。課外活動を維持できたのは父のおかげである

(父は学業、というか母の行動について全くと言っていいほど干渉しなかった。巻き込まれるのが嫌だったというのもあるが、仕事に手一杯で余裕がなかったというのもある。事実ウツ一歩手前であった。)


だがこんな日常が長く続くことはなかった。


母の希望によって、確実に試験突破できる県で2番目に高い進学校入学することが決定したその日、唯一心から信頼していた祖父自殺してしまった。祖父肺炎に長くかかっており、これ以上迷惑をかけたくなかったということ、妻(祖母のこと)を亡くしてからずっと孤独を感じていたということが遺書には記してあった。そして「生きろ」とも。

私が祖父の亡骸を観た時、感じたのはひどい喪失感と「生きることに逃げた」という感情から来る怒りだった。

コレ以降、母の私への干渉は激化することになる。



高校時代

私は初めて心から挫折を味わうことになった。私が進学した高校田舎にあったため、小学校から高校まで、ほぼそのまま上がってくる人間ほとんどであり、既にクラス内にコロニー形成されていた。異なる地方から来た私は、その風習に上手く馴染むことができなかった。

加えて、地頭いいわけでは無い私に対し、周りの人間自分より何倍も優秀な奴らばかりであり、中学時代形成されたちっぽけなプライドはぐしゃぐしゃになってしまった。存在理由否定されたかのようにも思えた。

また、再びいじめを受けることになってしまった、いや、巻き込まれたと言ったほうが正しいだろうか。

入学当初、私と同様、雰囲気に馴染めずいじめられている生徒がおり、私は一度正義感故に彼を庇った。それをきっかけに私もいじめの標的となった。担任先生にも相談したものの、「彼(いじめられていた子)の面倒は君が見てくれ」と聞き入ってはくれなかった。(その先生が私が入っていた陸上競技部顧問だったのだから笑えない)

いじめは年度を超えて行われ、いじめられていた子がいじめを苦にして高校を退学し、いじめ実行犯学校から指導を受けるまで続いた。2年次の後期まで続いた。

学校はその事実隠蔽した。

その結果、部活遠征中に競技出場名簿を改ざんされ体育祭に出ることは叶わず(当日までわからなかった)、

女装して踊る予定だった文化祭は前日に衣装を何者かに隠され(これまた部活遠征でいない間の犯行だった)出演することができなかった。(当日来てくれた他校の友人たちに色々謝ったのを覚えている)

その他はまあ陰口や悪口無視程度で済んでいた。いじめは人の業だと割り切っていたし、自分の心を殺せば、特にダメージはなかった。


後ろ盾を失い、学校はいじめを受け、家では両親から干渉され、行き場を失っていた自分は、性に逃げていた。我ながら最低だったと思う。

中学時代に作った女友達のツテを使うことで、絶えず女の子を紹介してもらうことが出来た。

の子の家庭環境や、生い立ち、タイプ男性など様々な情報を聞き出し、ニーズにあった男性像を演じれば、簡単彼氏彼女関係になることもできた。(例えば片親の子なら包容力のある、甘えられる都合のいい男だったり)

承認欲求を満たし、そのうちに罪悪感に苛まれ自分から関係を切っていくというループに陥っていた。最低だと分かっていながらも止められなかった。

そして人の心に対する疑念は更に高まっていった。


いじめが止んだ高校3年次

なんと今までじぶんやあの子いじめてきた人間が、取り巻きが、なにごともなかったかのように普通に親しげに接してきたのだった。これには絶望した。本当に絶望した。いじめ自体は人の業だと、生物習性だと、遺伝子しかたないのだと、割り切ってきた。仕方のないことだと。心を殺して耐えればいいと。しかしなんだこれは、お前らは十字架を背負うこと無く、一切の反省もなく、悪びれもせず、気まずさもなく、あの時俺が挨拶をしたら無視をしたくせに、ただ自然に「おはよう」だと?「いっしょに昼ごはんどう?」だと?「あいつ(いじめ主犯)最悪だよね」だと?グループワークで一切否定してきたくせにこんどは尊重だと?一緒に勉強しないかだと?なんなんだお前らは一体何で出来ているんだタンパク質か喋るタンパク質なのかこれが人間かそうかそうかこれが心か


今まで私は人の心を操っていた反動で、くだらないことにある種「理想的人間関係」というものを思い描いていた。お互いにお互いを高め合える関係 友情努力勝利

いつか素晴らしい友達出会えるのだと、そう信じていた。



私はほとんど学校に行かなくなってしまっていた。公園にいってひたすらに筋トレや走り込みを行い、図書館に篭り、救いを求めて哲学書や思想書、自己啓発書宗教の本を読み漁り、

部活だけ出て帰る。授業をバックレることもあった。幸い制服が無く、度重なるストレスのせいか老け顔なので、補導されるというのはなかった。親に見つかっても怒鳴られるのを耐えればいいだけなので、平気だった。

本を通じて様々な思想を取り込んでいく中で、ただひたすらに耐えるだけだった親に対しての反抗心が芽生えていくのを感じた。

そして遂に「俺はお前の人形じゃないんだよ」と叫ぶことができた。「ごめんなさい」と泣かれた。「すまなかった」と言われた。12月クリスマス前のことだった。


受験勉強をすっぽかして読書思索にふけった結果、案の定成績はビリから3番目であり、浪人をすることになった。




大学時代

から刷り込みによって、座学が完全にアレルギーになってしまい、勉強をすればするほど体調が悪化しながらも、なんとかそこそこの私立大学に潜り込むことができた。

続きは後で書きます

2017-03-13

愚痴

愚痴です、すみません

小学生の頃から家族(特に母親と弟)から馬鹿にされてきた女です。

生活する上で当たり前のことができたら仰々しく

あんたも出来たの!」「よく出来たねぇ!」と嫌味らしく言われ、

弟と喧嘩すればどんな理由でも「姉であるお前が悪い」と両親から

総叩きされ、習い事であるピアノ教室内で誰よりも上手に

弾けても(学校クラス内でもかなり出来る方)、

「お前は下手な方だ」と言われ、自信がないまま生きてきました。

でも、日頃口撃(?)してくる以外では、ごく普通の家庭なので

誰にも相談することが出来ませんでした。

私は弟よりもお金がかかってきました。中高と塾に行かせてもらったり

私立大学に通わせてもらったり、費用を工面してくれたことに感謝しています

でも時々、馬鹿にされてきたことが頭を過ぎり、

なんとも言い難い気持ちになります

時々、大学友達はひたすら「親に感謝している」と聞くと

自分の心が苦しくなります

最近は、多少の馬鹿にされることがあっても、かなり減りました。

きっと昔、家族ストレスが溜まっていたんだろうと思います

しかしたら私が原因だったのかもしれません。

それでも馬鹿にされてきたことが心の片隅で許せず

心丸ごと感謝することが出来ない自分が嫌だと感じます。

2017-03-08

町興しのための大学設立

どこの自治体も、若者が欲しい田舎大学誘致したいもの

そのためには、田舎の余った土地無償譲渡して、既存大学に別大学を建ててもらう

めちゃくちゃよくある話で、森友学園加計学園だけの話じゃない

東京理科大だってそう



で、結局赤字になって、その自治体の市立大学になって公立化する

そこまで含めて、よくある話

既存私立大学にはそんな旨味はないのではないかなー

2017-03-06

国公立大学入学できない人は「弱者」か?

NHK正規職員採用されるよりも比較しようが無いほど簡単だ。

http://www.hirosaki-u.ac.jp/rikai/13.pdf

毎年、10万人じゃ済まないレベル国公立大学生が誕生している。


東大京大けが国公立大学ではなくて、センター試験ボーダー表の最下部にある国公立大学に入れれば国公立大学なのだ

公益のために私立大学公立大学化した山口東京理科大学名桜大学のような例もある。

現地の人が必要だと判断した私立大学国公立大学の仲間入りをする例がある。



弱者」って「金沢大学を目指していたけどセンター試験の点が足りなくて、もっと下のランク国公立大学に行く下宿費用も無ければ私立大学に行く金もない石川県民」のような人のことでは?

あるいは「女は大学に行くべきではない」「下のきょうだいのために働いて欲しい」という発想で合格点に届いていても高卒になるような人では?



学びたい人なら誰でも学べるようにするべきだ、というのは理想論ではあるがその予算はどこからも出ないし、学んだ知識を生かす職業には定員がある。

頭の悪い人が過剰な地位権力を得ると、能力不足をハラスメントおよび不正手段で補おうとする。

社会福祉恩恵を受けたい人からすると、まともな人に相談をしたいと考える。



ぐちゃぐちゃ書いたけど、国公立大学に入れなかった人についておそらく誰もが思うことは「なんで勉強しなかったの?」ということだよね。

点が足りていても志望校選びを間違えてどこの国公立大にも入れなかった人は不幸だ。だから、採点側で進学先を絞って、どこかの国公立大学には必ず入れるようなシステムにすべきだろう。



国公立大学センター試験ボーダーランク表の最下部にあるような国公立大学センター試験で6割なくても合格する大学も無くはない。

そういう国公立大学に入る人は「エリート」か? 何百万人受けて数人しかからない試験ではない。もしかしたら就職活動して第一志望の企業に入るほうが難しいかもしれない。


センター試験で6割なくても合格する大学にも入れなかった。勉強を頑張れなかった理由および事情があるなら救済するべきだ。

でも、9割以上はそうじゃないよね?他の人が勉強してる間に遊んでいただけでしょ?高卒になるべきなんじゃないのか?

なんでやるべきことをやっていなかったのに、やるべきことをやった人と同じ身分を求める?



やってもセンター試験で6割取ることが出来ないんだから仕方ないだろ、というなら大学に行くな。みんなが迷惑する。

大学を出ないと社会に出てから過剰に低い扱いを受ける」ことと「頭が悪いのに権限地位を得る」ことはどっちも問題がある。

別に顔と名前割れ状態でも同じことを主張するけど、私の考えに異論がある人のほうが多数派か?

2017-02-06

http://anond.hatelabo.jp/20170206000950

学校教育になぜ国がカネを出すかと言ったら、

国にとって都合のいい人材を育成するためのものだよな

国家権力にとって都合の悪い情報なんて極力控えめにしようとするに決まってる

露骨隠蔽したらそれはそれで面倒な勢力が増えるから、適度にガス抜きするのが賢い支配者のやり方)

国家権力は信用ならないとか言ってる連中が、

どうして国のやる教育にそこまで期待できるのか俺にはどうしても理解できないんだよな

私立大学とかでそういう反骨精神旺盛な教育やるなら分かるんだよ

私立大学オルグしている中核派なんかは戦略としてはオーソドックスだと思う

(やり方が古臭すぎてダメダメなのだが)

しかしどうもはてな左派的な物言いしている奴らは、

どうも、どこかで、国というものを実は心の奥底では熱烈に求めているように思えてならないのだよな

そうでなければ、何でもかでも「国がやるべき」なんて発想出てこないはずなんだよ

どうせ国なんかに期待しても意味はない、信じられるのは自分自身だけ、というスピリットが湧いてくるのが普通だと思うのだが

そういう独立自尊の勇ましい人々が生まれて、そういう人々が団結して、

腐敗した旧体制の国を打破して、新しい世代のための社会を作る

そういうのが本来あるべき左派の姿だと思うのだが、

独立自尊の勇ましい人々」がいつまで経っても日本では現れない

問題解決いつまでも国に丸投げしてる連中ばっかなんだよ

まあそういう国に丸投げしたがる連中を利用して搾取する方が手っ取り早いのかもしれないのだが

2017-01-22

もう一回レールに戻るのが怖い

すごく抽象的な表現でアレだが、もう一度順当なレールに戻るが怖い。

自分大学受験に失敗してそのままフリーターをやってたんだけど、一念発起してかなり遅れて大学に入った。

もちろんあまり頭も良くなかったので私立大学ギリギリ受かったのでそこに入った。

もともと内気であって人見知りかつコミュ障自分は、大学ではもちろんそんな経歴は恥ずかしいので隠していたし

若い人たちが集まって何かをするという点で自分対象外であると感じサークルもやらずにひとりでいることを多くしていた。

そんななかもうすぐ就活という時期になってきた。

上でも書いたが自分大学受験に失敗した後ふてくされフリーターをやっていたため、初めての就活になる。

フリーターから大学生になったときも感じたことだが、一回レールを外れて軌道修正をしようとしている自分がとても恥ずかしいし怖い。

自分の歳が歳なので、就活に対してデメリットしかないというのもわかっている。その歳まで仕事もせずフラフラしていた人間など自分はやはり不審に思うからである

そのため、人より早く動き出さないと行けないのはわかっているのだが、希望もなくまた希望を持つような資格も持ってないと思っているため、なにも就活に対してしていることがない。

なんなら自分などなにもせず、自分より若い人が一人でも多く取られるようになって欲しいとも思っている。

自分仕事をしないと生活もできないが、フリーターでもやっていけていた時期もあった。けれどそれは歳をとっていくときついということもわかっている。

だけれど、ダメ人間能力もなく経歴的にも不審な点が多く残る自分が、なんとか一般人になろうとしていることがとてつもなく、申し訳なく恥ずかしいのである

どうしたら良いのだろうか。

2016-11-26

http://anond.hatelabo.jp/20161126134457

28地方 会社員



今年の収支はプラスマイナスゼロ貯金ゼロ勢。

実際は2~4万円ぐらいのプラスになりそうだがほぼないも同然。



勉強した分野の仕事を求めて人間よりイノシシやシカの方が多そうな田舎から少しだけ都会に出てきたが、昨年激務と通勤電車に堪えられずパニック障害発症

ろくに動けなかったり働けなかったりしていたら僅かに貯めていた貯金はすぐに底をついた。

高校専門学校に通うのに借りた奨学金を毎月2.7万ずつ返済中。

収入が途切れても前年度の収入がある程度あると返還猶予制度とかが使えないのがキツかった。

地元恋人結婚して都会に呼び寄せ、妻も働いていたが、自分が力尽きたのとほぼ同時期に妻も都会に馴染めず体調を崩してメンタル不調に陥り、

生活全面的崩壊したので妻は一旦実家に帰って、実家家事介護の手伝いや週2でパートに出て実家に入れる食費と小遣いを稼ぎながら療養中。



今年に入って勤務先が移転したことで自転車通勤に切り替えてなんとか休職から復帰したが、相変わらず電車にはあまり乗れないまま。

投薬で体調が安定しなかったり、通院で定期的に早退する日があるので、仕事の負荷を下げることになって収入が30%ぐらい減った。

これから3年ぐらいかけて元の水準に近づいていくらしいが、現状としては二馬力前提の家賃が重い。

しか貯金が底をついた後なので、引っ越すための資金が捻出できないでいる。



身内から引っ越し資金を借りようにも自分の親は片親で持病を抱えつつ生活保護ギリギリの水準で介護職しながら田舎一人暮らしをしている感じなので頼れず、

妻の実家の方も介護必要祖父と定年を迎えて収入が途切れた内臓の悪い義父に数年前にガンになって働けない義母に加え、まだ私立大学在学中の年の離れた兄弟もいて、

体調を崩して帰ってきた娘に食費を入れてもらわないとやって行けない程度には金銭的に余裕がない。

付き合いのある親戚は数軒あるが、ここ数年で何かの呪いのようにバタバタ大黒柱が急死していてどこも頼れそうにない。

そんなこんなで独り暮らしに見合わない家賃に圧迫されて、割と切りつめてもほとんど貯金ができていない。

負荷を下げたはずなのにしれっと命じられた休日出勤帰りの財布の中身は137円。

みんな健康大事にね。

2016-11-12

大学を辞めた。死ねない呪いと向き合う毎日

(アルコールの入った頭で書く適当文章だということをご承知ください。でも僕の現実しか書いてないです。)

僕は都内の某私立大学(偏差値.bizだと偏差値は65らしい)を中退せざるを得なくなった。

留年、休学を含めて4年間は在籍してた。

理由は2つ

やりたいことがなかった。

人間関係が下手くそ過ぎて耐えられなかった。主な理由はこっち。

勉強は嫌いではない。今でも数学なんかの教科書を解いたりするけど、わからないものがわかるようになるのは楽しいと思う。

なのに中退するはめになったのは正直つらいと思うところもある。

自分としては本命の国公立ではなかった。本命東工大数学1問分で落ちた。

でも周りの人間は滑り止めの私大でも受かったのは立派なんだから進学しろと勧めてきた。本当はここで断るべきだったのだ。

結局実家田舎の裕福ではない家庭なので、奨学金を借りて進学することになった。

まぁ普通に卒業できるし就職もできるだろうし奨学金を借りてもいいだろう。そんな見込みは4年間でぶち壊されてしまったのだが。

僕の4年間は自身への失望、と社会不適合っぷりに直面するばかりだった。

人間関係が壊滅的に下手くそだった。高校までは偶然仲良くなれた、しかも向こうから興味を持ってきてくれた、そんな友人のおかげで、苦労なく過ごせていたということをここで初めて自覚する。

自己コントロールが下手くそなので能力的に達成できるレポートも貯めこんでできなくなることもあった。

人間関係ほとんどないので助けを頼ることもできなかった。他人を頼るのは恥ずかしいと感じる部分も大きい。

バイトもした。ここでも自己コントロール問題で、当日欠勤をしたりして長続きしなかった。中途半端に根が真面目なせいで、関係を持った人を傷つけたことに関しても申し訳なくなった。

東京での家賃が払えなくなる、親切な知人に借金をするはめになった。この時にはすでに下で述べる過程を経て働く気力はすでに失せてしまっていた。

いろんな欠点自覚する。当然直そうと努力はした。でも直せなかった。普通の人にはなんてことないかもしれないのだが僕には大きな壁だった。

こういうところは少しADHDの気があるのかと思い受信したのだが、若干そういう傾向はあるものの診断は出ないという中途半端な奴だった。

[言語IQ動作IQの差が大きい(WAISの群指数では処理速度のみが100近辺で他は130近辺)ので意識に対してなかなか体がついてこないとかそういう話をされた。社会人になって仕事がうまく行かなくてメンタルを受信する人には結構こういう傾向があると医師から聞いた。]

この結果僕がどうなったかというと、仕事をしても他者迷惑をかける、それに僕は耐えられないしそんな思いをしてまで働きたくない、働かざるもの食うべからずというのなら、いっそ殺してくれ、そう思うようになるのは論理的に当然ではないだろうか。

他者迷惑をかけないための努力がずっと失敗に終わり続けた。そんな中で努力をする気力すらもなくなった。怠惰だと言われればそれまでかもしれない。頑張ったんだから評価してくれというのも甘えだろう。

それでも死ねない、それは親が死ぬなというからだ。「お前がそうなってしまったのは悲しいけれど、死なれるのはもっと悲しい」と言われたら僕の性格死ねないのである

ある意味呪いのようなその言葉死ねない呪いをかけられた僕は現在いわゆる引きこもりニートである

メンタル医師毎日少しでも外出できると良いって言われたけれどそれすらもできないこともある。自分に負けて自分を責める、それを理解していてもなお動けない。なぜなのだろう、どうしてこうなってしまったのだろう。

そんなことを日々考えながら生活している。考え過ぎだよ、と言われることもあるくらいだ。知っているが、それでも考えてしまうのだからたちが悪い。

いろんなことを考えていると世の中への恨み、憎しみのようなものも募っていくことがある。

大学時代、ろくに勉強もしてないけど推薦で入ってきたような奴がレポートテストコピーを手に入れて効率よく、卑怯にやり過ごしていった、そんな人間今立派に就職していたり、

弟が明らかにブラック企業就職され、すり減っている様子に何もできなかったり、

僕の進学を勧めておきながら、僕がこんな状態なのに気にする素振りも見せない親類だったり。

最近だったら電通ニュースなんかでもめっちゃ心痛めました。(結構共感性は高い方だと思いますアニメとかでも主人公が恥をかくシーンめっちゃきついし)

幸せになれると社会に思い込まされて、奨学金借りて進学したのに社会不適合者の自分はやっていけなくなって辞めるはめになって、返せる気のしない奨学金けが残った、社会に騙されたこの怒りは、一体どこへぶつければよいのだろうか。

どうして僕がこんな思いをしなきゃいけないんだ。ふざけるんじゃねえ。こんな世の中は狂ってる。なんて、ちょっと踏み誤れば反社会的集団に入ってしまいそうなくらいにメンタルボコボコにされてます

確かに僕にも悪いところはあるんだけど、僕だけが悪いのかな、なんて感じちゃうんですよね。

助けてくれなんて言いません、自分客観視して助ける価値のある人間だとも思いませんし。でも、世の中にはこういう人間結構いるんだぞってことを、知ってもらえれば嬉しいですかね。

それでいてこういう人間でも救ってやりたいと思ってくれる大富豪がいたら最高ですかね。笑

引きこもりニートだって辛いんです。でも僕らにとっては普通の人のように生きるのもめちゃくちゃ辛いことなんですよ。

あーあ、天災事故でサクっと死なせてくれないかなぁ。

脈絡のない適当文章なっちゃった感じがしますけど、まぁ吐き出したい思いはだいぶ吐き出せたかな。

このあたりで筆を置きたいと思います。(PCでの文章で筆を置くって少しシュールですね)

こんな適当文章最後まで読んでくれた方に感謝を。そして、あなたが少しでも幸せであることをお祈りいたします。

以上。

2016-11-09

もう,パンピーな「東ロボくん」以下の俺らは,オワコンなんじゃね?

人工知能「東ロボくん」 東大を断念

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161108/k10010760361000.html

ってさぁニュースになってるけど,これって,俺たちもうオワコンなんじゃねって思ったんだよ。

確かに,東大には入れないって言うけどさ,有名私立大学には合格できるんだろ?

ってことは,有名私立大学に入れるレベルAIって事じゃん!!

有名私立大学に入れていない俺はどうなるつーの?

もうAIに置き換えられるの確定じゃん!!

あー,まだ人生半分も過ぎていないのに,これからどうやって生きていけばいいんだよ・・・

だけどさ,断念って言うけど,予算が無くて断念なんだろ?

日本技術に対する投資って,ホントケチくさいよな。

読解力なんてさぁ,日本語を大量にディープラーニングさせれば身につくんだろ?

国のプロジェクトとかで始めちゃったから,予算の都合とか,日本バカ高いスーパーコンピュータ使わないといけないとか,

制約大杉だろ。

Googleクラウドプラットフォーム使えば,予算内に収まるんじゃね?

けど,決まったことだろうか出来ないんだろうなぁ。

もったいないよなぁ。

そのうち,どっかのベンチャー東大問題解答アプリとか作るんじゃね?

だとしたら,入試オワコンだわな。www

2016-10-25

高学歴の世界垣間見てない人の話

http://anond.hatelabo.jp/20140507012359

えらい昔だが、オススメエントリーにあがっていたので、なんか思ったこともあってこの人のように上手くは書けないが書いてみる




うちの両親は高卒で、両親共働き。いたって平凡な家庭だ。




まれ育ったところは、地方県の電車も通らない山の中で、バスも1日に朝と夕方に2本づつ程度しか出ていない。

そのバス停までも、家から2キロは歩かないとたどり着けない。

もちろんコンビニパチンコ屋もなく本屋も(今は)ない。

土地が肥えているわけでもないので、農業も盛んではない。

スーパーも広大な村に2件しかなく、売れないから新鮮なモノはほとんどなく

冷凍販売じゃないもの冷凍されて売られている(賞味期限が切れる前に冷凍される)

信号機も村中で4機しかない。

かといって、針葉樹林で紅葉もせず、景色特別良いわけではない。

中の人は誰しもが特別裕福な人もおらず、不良が多い。

噂話が大好きで、隣の夫婦はけんかが多いだとか、あそこの家はしつけをしっかりしていないとか、公民館会議に出てこないだとかの噂話ばかり。

隣町にいくにも峠を越えていかないとたどり着けない。

とある台風の時には陸の孤島になった。

そんな村にある中学校は、1学年2クラスで70人くらいしかいなかった。(案外多い?とにかく面積は広大な村だった)

友達というのは都会だったら気の合う人と自然と仲良くなっていくのだと思うが

田舎では、近くにいる人と友達にならなければ友達はできない

早く家を出たい。という気持ちしかなかった。



例えばこんなこともあった

ある日、姉の同級生の不良は家の電話電話をかけてきて

「カネ持ってこないと殺す。明日XX時にXXへ来い」と電話をしてきたこともあった。

(姉はいじめられていたわけでもなく、手当たり次第電話していたのだと思う)

(その不良は僕が25歳くらいの頃に交通事故で亡くなった)



僕が小中学校の頃に一緒に登下校をしていた同級生は、暴走族に入り高校中退

理由同級生の爪をはいだ、というものと本人から聞いた。

その後、その彼は19にして某事件を起こし逮捕され,懲役4年となった。

(彼の力を借りたこともあった。18の頃予備校同級生が街で暴走族に囲まれリンチされた。

彼に相談すると、その暴走族特定し、その集団を集め謝罪と今後手を出さないことを誓わせてくれた)

(その事件半年くらい前に会ったのが最後で、二度と会っていない。消息不明



そんな村で育った割りにその頃の僕は、中学ではトップクラスで成績も良く普通の人だった。

偽善かも知れないが、どちらかというとクラスいじめを撲滅することが生きがいだった。

近所の先輩にボス的な不良がいて小さなからの仲だったため

同学年の不良も僕に手出しをしてこれないことを、ここぞとばかりに活用した。



高校地元では頭の良いとされる高校ではあったが

高学歴の世界垣間見てないというタイトルの通り

思春期の溝のようなものにはまり、とにかく勉強しなくなった。

結果、クラスで成績最下位連続でとるくらいのバカだった。

中学の頃の庇護もなく、クラスの人からは、3年間無視されるという闇にもはまった。

これに運良く耐えられたことがストレス耐性を得ることに繋がったのかもしれない)

(ちなみにいじめられたきっかけは、授業中居眠りしている前の席の人に、先生にあてられそうになっていることを伝えようと、消しゴムカス飛ばしたことが発端だった)

それでも1浪して学費のかなり安めの関東の3流私立大学に、返済ありの奨学金で通うことになった。



3流大学あるあるだと思うが、入学するとみんなモチベーションが低い

狙って入ったというより、滑り止めで本当はこんなところに来たくなかったとみんな文句を言う

専門学校のように技術力を高めるような講義が多かったが誰も真面目に講義を受けていないし

飲み会だの、サークルだのが中心となっている。大学院に入るやつなんて全然いない。

そして卒業後の就職も、びっくりするぐらいの3流企業リストが軒並み勢揃いしていた。

僕の悪いところは、そんな中、大学にも通わず、遊び続け2年も留年した。

クラブに通ったり、ホストをやってみたり、絵に描いたような堕落具合だった。

本当に親に迷惑をかけた。



そんな中、ようやく卒業した。

サラリーマンとして頑張ろうとなんとか就活をして

東京広告関係零細企業就職した。




そこで僕には、変な能力があることに気付いた

ストレスに対して異常なまでに強いという能力だ。

(前述:高校の時に培われたモノかも知れない)




最初会社ではオフィスで1人でテレアポをやらされた

上場企業しばりで、1日100~120件くらい。

僕はバカなのか、これを2年も続けた。(1周すると、部署を変えて何度でも電話をかける)

3ヶ月ほどやると、1日にアポが1件か2件とれるようになった

1年ほどやったら、案件が2本くらい取れた。

2年目では10本ほど案件が取れた。

精神的にけっこうくるので、後で入社した人はみんな2週間ももたずにやめていったが

こんなことできるの自分しかいないと思い頑張った。それだけがモチベーションだった。




数百社の課題ヒアリングをずっと行ってきたせいで

つの間にか業界ごとの事情課題が見えるようになり

その後のどの会社に行っても、業種・業態の違いから発生する課題ポイントの把握が得意になった。

また、徐々にではあるが、堂々とプレゼンすることができるようになった。




会社としても、使えない新卒をこきつかって潰してやろうくらいの感じだったと思うが

思いのほか戦力になったことで喜んでくれたようだった。

しかし、何の才能も技術もない、期待もされてないで、当然給料も安かった(年収240万程)




その後、冷静に考えた

どうせ今の僕ではどこへ行ってもさしたる技術もなく使えないし、給料は安い

でも自分にはストレス耐性がある。

30歳までにいろいろ給料は安くても広告界隈の経験知識を積み

30歳をスタート地点にしようと

むやみに全然違う業界に行かずに総合力を高めていこうと

そして、1社でキャリアを作るのではなく、いくつかの仕事をしっかりステップを踏んで総合的なキャリアを作ろうと考えた。

例えば:デザイナーデザイナーデザイナーみたいなキャリアではなく

営業デザイナーエンジニアみたいな感じでトータルでしかできないキャリア



そして転職活動をし

広告関係の違う業態仕事転職した。

給料は上がらないが、専門的な知識技術が身についた。



その後暫くして、また広告関係の違う業態仕事転職した。

やはりほとんど給料は上がらないが、専門的な知識技術が身についた。



就職してからその3社で働いている間

過去の友人などはほぼリセットしたといっていいほど会わなかった

というか会えなかった。

まず遊ぶお金をそこまで工面できなかった。

友人と3人でルームシェアをして家賃を安く抑えた。

一緒に住んでいる友人はフリーターだったが、自分より給料も良かった。

服も、ルームシェアしている友人からのもらい物で過ごして、服に興味が無いと自分に言い聞かせた。

そんな友人は毎日楽しそうに遊んでいた。

フリーターの方が稼げるという友人を見ても

いつか絶対自分の学んだことの方が、今後絶対に活きるのだと言い聞かせた。

かろうじて会う人も仕事に活きるような人との接点を深めた

仕事ができる人の考え方や話し方などあらゆるものマネをした。



30歳になって、ようやく本気で転職活動に動き出した。

その3社のスキル統合して活かせるようなところを選び

上流の広告関係会社転職することができた。(年収500万程になった)

それは、僕の出身大学では、新卒では逆立ちしても入れないところだった。

その後3年ほど働き、現在では年収は750万くらいになり、ようやく結婚もした。

(その程度でとバカにされるかもしれませんが・・・




学歴コンプレックスは多分あったと思う。

地元の人とは違う華やかな世界に身を置きたいという欲求もあったと思う。

しかし、学歴に失敗した僕は20代は死んだが、30歳にゴールを置いたことで今もここにいられるのだと思う。

高学歴大学卒業と同時にどこかに入ることがゴールだったら

もうとっくの昔に実家に帰っている。



自分出身学歴コンプレックスがあっても、成功の仕方はあって

大都市には夢がある。と僕はいまだに思っています



学歴の高い人が、新卒入社して勝ち組と誇らしげにしているのは本当に羨ましかった

もちろん失敗してしまう人もいるのかもしれないが

就職の失敗なんてまだまだやり直しできるはずだと思う。



20代もっと遊びたかったという後悔はあるけど

それは自分のツケで苦しんだだけ

どこかで見通しを立てて20代を過ごして

経験と自信を培えば、学歴コンプレックスのある人でも

ちゃんと可能性があるんだってことを知って欲しいと思う。




まだまだ英語もできないし、やらなければいけないことは多いので

今は40歳をゴールに別の目標を立てている

2016-10-08

言の葉の庭自分語り

※ 一部新海監督作品のネタバレを含むので注意してほしい

  • 前 ---

君の名は。人気はまだ続くのだろうか。自分は公開2週目位に一度見たきりなのだが、Web上で展開されている

様々な解釈念頭に置いて、もう一度くらいは劇場に足を運ぼうと思っている。

新海監督の作品は「ほしのこえからの自分だが、その中では前作「言の葉の庭」が一番好みである

50分弱という過不足無い尺。今作では少し鳴りを潜めた、現実よりやや過剰に高められた光の輝き。

ヒロインを失意の闇から救済し、精神的な絆を結びつつも、直接の対価を得ることが無い幕引き。

どれをとっても、新海誠という人物が長年その心象世界に持つ純粋な「私の世界」。

君の名は。を彼のベスト盤であると評した人がいた(本人?)ように思ったが、自分は「言の葉の庭」こそが、

最も正確に彼そのものを表しているように思う。

ただ、そういった作品性とは別に、自分が言の葉の庭を特別なものとして見るのにはもう一つ大きな理由がある。

全くもって個人的な体験に基づくもので、それを他人と共有する事に価値は無いのだとは思うのだが、

40を目前とした今、その記憶がゆるやかに風化していくにつれ、どこかにその記憶を刻んでおきたいという欲求に駆られ、

1日だけの日記としてここに記しておこうと思う。

創作では無い為物語の構成は酷く、起伏にも全く欠けるが、偶然目にする人がいたら、息抜きのつもりで読んでみて欲しい。


  • 序 ---

20年ほど前、自分は地方私立大学に通う大学生だった。高校を出て何となくの流れに乗って通う大学生活は、

地方であること。理系であること。あまりハイブロウ属性でないことなから大きな刺激も無く、

かといって腐ってしまうという程の退屈さもなく、毎日がそこそこのルーティーンとそこそこのイベントによって消費される、

どこにでもある普通日常だった。

卒業校は大学とほど近い場所にあるため、自分は時折高校時代の恩師の元を訪れ、近況の報告や、

(当時のPC弄りが好きな学生がしばしばそうであるように)師のPCメンテナンスなどを請け負っていた。

ある日いつものように師の元を訪れると、師の隣席に初めて見る顔があった。

師は、新任の先生だと言って彼女を紹介してくれた。


「今度新しく入ったH先生だ。」

「どうも初めまして。Sといいます。」


学校行事でスーツを着ていた自分を、おなじ新任か関連業者の人間と思ったのかもしれない。

彼女…H先生は突然勢いよく椅子から立ち上がり、コンシェルジュのような角度でお辞儀をしながら


「新任のHと、も、申します!よ…よろしくおねがいします!」


と、およそその完璧お辞儀からは相応しく無い焦り具合で挨拶をしてくれた。

新任教師ということだから、歳の頃は24、5だったと思う。

少しだけ長めのボブカット

新任らしいカチッとしたスーツタイトスカート

そして何より、整った、育ちのよさそうな顔立ち。


(ははぁ。これは生徒に人気がでるだろうなぁ…。)


そう、思った。


「そう言えばH君、パソコンの調子が悪いと言っていたじゃないか。せっかくだからSにみてもらったいい」


これをきっかけに、ほんの短い間ではあるものの、自分とH先生に関係が生まれた。


  • 二 ---

その後数か月間、自分はH先生のPC周りの面倒を見ることになった。勿論、数か月といっても頻繁では無い。

実のところは、精々5・6度の話でしかなかったと記憶している。そうとは言え、ほんの少しだけ年上の

とびきり可愛らしい女性が相手だ。いつもわくわくしながら通ったのを覚えている。

見かけ通り、H先生はとても可愛らしく純粋だった。

明かりの落とされた職員室。

冷陰極管の青白い光に浮かび上がる横顔。

買ってくれた缶コーヒーの温もり。

年下の自分に中途半端な敬語交じりで話し、ソフトの使い方を教えたり、FEPの不調をメンテしたり、

壊れたFATテーブルエディタで書き直す程度の事で、H先生はとても喜んでくれた。

見かけによらず、頑固でもあった。

突然の夕立に「いい」と言うのに頑として聞かず、駅まで車に乗せられた。

H先生らしい、深いグリーンのK11マーチ

エアコンが効かず、少し蒸した車内。

シフトレバーにかける細く白い腕。

まるで童貞妄想のものだった。

一度、何かの為にソフトを借りに実業系科目の教師の所へ顔を出したとき


「お前、あの人はお嬢なんだから丁重に扱えよ」


と、冗談とも真面目ともとれない顔で言われたこともあった。


…その通りだと思った。


あの時自分はどうして恋に落ちなかったのだろう?

高校時代淡い好意を持っていたクラス女の子を忘れられなかったからだろうか?

卒業校とは言え、教師という立場の相手に対しての遠慮だったのだろうか?

今となっては思い出すことができない。

ただとにかく、会いに行く時間の胸の高鳴りとは裏腹に、

自分がH先生に対して恋心を抱いたことは無かったように思う。


時が経つにつれて、H先生とは疎遠になった。卒業からしばらくOBとして顔を出していたやつが

つの間にか顔を見なくなるという、ごくありふれた、普通の流れだった。

勿論、心のどこかで気になってはいたが、明確なきっかけも無いのに顔を出すのも気恥ずかしく、

また、自分という存在が順調に過去となっていく高校に窮屈さを感じ、足が向かなくなるにつれ、

しばらくの後には思い出すことも無くなっていった。



  • 三 ---

それから季節が一巡…二巡くらいしたかもしれない。

大学生活は相変わらず少々退屈で、授業とバイトの日々が続いていた。バイト先にはコケティッシュに笑う

年下のあざと可愛い女子大生が入り、自分はその子に相当入れあげていた。

そんなある日。

高校の「部室」へ顔を出した。

自分は高校時代ややヲタクサークルに顔を出していた。それはよくあるアニメゲーム好きが集まるような

内輪志向趣味サークルで、正規の部員でこそ無かったものの、殆どコアメンバーのような立場メンバーとつるんでいた。

先輩も、後輩も、同級生も、自分の高校生時代の交友の半分は、そのサークルに由来している。

部室にはYがいた。

Yは自分が卒業する年に入学した後輩で、少々エキセントリック性格ではあるものの、

当時の世相でそういったサークル志向していた女子には珍しく、並以上とは言える容姿と、

その予測不能な反応を示す性格から、OB現役を問わず大層人気があった。当時から近い表現はあったように思うが、

ヲタサーの姫がベターワードチョイスだ。正確にはサークラ的要素も多分に混じるのだが、

方々穴兄弟にはなったものの、サークルクラッシュされなかったので、二択であればやはり姫の方が無難であろう。

Yや他の部員たちと軽く挨拶を交わし、部室に置き去りにしたPCエンジンで縦スクロールシューティングに興じていると、

唐突にYが話題を振った。


「先輩先輩。先輩はH先生知ってますか?」


驚いた。彼女が新任教師として赴任したのは自分が卒業した後であり、現役生であるYもそれは承知だろう。

卒業後に赴任した教師話題にあげるという事は、普通滅多なことではしない筈だ。


「ああ、実はちょっとした絡みがあって少しだけ知ってるよ」


事実を答えた。Yが続けた。


「H先生、辞めちゃったんですよ」


公立高校と違い、私立高校では異動というものが殆どない。私立主体の都会では事情が異なるかもしれないが、

地域内に同業が少ないこともあって、転職という選択をする教師も(教師という手堅い職を選ぶ本人の性向もあってか)

滅多にいなかったと思う。とにかく、短期での退職というものはあまり例が無さそうに思えた。

Yは表情を変え、ゴシップ好きの主婦のような声色を作って次を継いだ。


「それがね、聞いてくださいよ先輩。H先生寿退社…ってことになってるんですが、本当は…」


「本当は、生徒に強姦されて辞めたんです。」



  • 四 ---

それから数年の年月が過ぎた。

大学卒業後、氷河期のどん底という頃に地元の小企業就職したが、ワンマン社長の横暴に嫌気がさし2年と少しで退職。

しばらくアルバイトをしながら職を探したが、高卒でブルーカラー職についたり土建業に入るならともかく、

大卒が志向するようなサービス業的業種にまともな就職先はとても少なく、わずかにある条件のよいポジション

新卒で滑り込んだ者が既得権化しており、あとはそれこそ公務員くらいしか不満の少ない就職は困難だった。

それを期に、意を決して東京へ出た。

友人の家に転がり込み、転職エージェントを頼りにいくつかの会社を受けた。東京での活動は思いの外順調で、

面接したいくつかの会社から採用通知を受け、そのうち、条件はあまり良く無いものの、基盤の堅い中小企業に入社した。

入社後上司との性格の不和に苦しんだが、前職の事を思えばその程度の問題に対処することは苦労のうちには入らなかった。

給料はとても安(250程度だったと思う)かったが、それも前職に比べれば不満は少なく、初めての東京生活エンジョイし始めることができた。


そんな矢先。


アキバメイド始めたんで、良かったら遊びに来てください』


Yからメールだった。

当時の秋葉原メイドカルチャー黎明期の出店ラッシュがひと段落し、金の匂いに感づいた風俗業の面々が

続々と出店を始めた位の頃だったと思う。高校卒業したYは東京大学へ進学したが、

生来の不安定性格故順調にメンヘラ属性を手に入れ、真面目な大学生という路線は早々に離脱。

生活の為か趣味かは聞かなかったが、アルバイトとしてメイドを始めた、ということだった。

メールには多少面食らったが、Yの人と成りからすれば、想像には難くなかった。

自分の秋葉原に対するスタンスは単なるパソコンショップ詣の場所で、メイドカフェへ行くことに多少の

戸惑いはあったのだが、後輩に会いに行くと思えばいい。了承の返事を送信した。



  • 五 ---

「おかえりなさいませ、ご主人様~」


Yの働く店は正確にはカフェではなく、バーだった。

万世橋渡り少し裏手の路地の扉を開けると、今では手垢どころか擦り切れて表皮が

ボロボロになったような定型のコールで迎えられた。

やや珍しい青と白の照明で彩られた店内(まるで自作PC筐体のようだ)は、多少の安っぽさはあるものの、

常連客との適度なゾーニングもされていて、居心地は悪くなかった。カウンターの向こうで客の相手をする

Yに目配せだけをして、入り口に近いスツールに腰をかけた。

隣では、この場所にはやや不釣り合いな女性が独り呑んでいた。


「君、初めて?」


声をかけられた。


「そうですよ。高校時代の後輩がいるんで、まぁ付き合いです。」

「そうなんだ。じゃあ私と一緒ね。」


女性(T)は銀座ホステスをしていた。非番今日は、ここで働く自分の彼女の仕事が終わるまで待っているのだ、

と教えてくれた。自分も自己紹介をし、それからしばらく話をした。ホステスの会話術は流石に巧みで、

後輩に会いに来たことなどすっかり忘れ、仕事の話や高校時代のことなどを話し込んだ。

2杯目のジントニックの氷が溶けるころ、Tがはたと気付いたように自分に聞いた。


「ねぇ、SはYの先輩なんだから、N高校なんだよね?」

「そうですよ。Yは3つ以上下から、直接一緒になったことはないですけどね」

「そっか。そしたら君…」


「H先生って…、知ってる?」


  • 六 ---

ドキリとした。

自分の中で風化し、消えかけていた「H先生」という単語の響きが、急速に記憶の色を取り戻させた。

しかし、こんな偶然があるのだろうか?ここは00年代も半ばの秋葉原。しかも場末メイドバーだ。

これが地元のバーでの出来事であったとしたら不思議ではない。

100歩を譲って、自分達の高校埼玉神奈川にあったとすれば分からなくもない。

だが、自分達の高校は十分に遠方にあり、増してや、彼女がH先生であったのは6年も7年も前の話なのだ

心臓が早鐘を打つのを感じた。自分はTに話をした。

卒業生ではあるものの、偶然新任教師として紹介されたこと

ボブのかわいい初々しい先生だったこと

人の消えた職員室で一緒にコーヒーを飲んだこと

たった徒歩10分の道程緑色マーチで送ってくれたこと

大した話ではない。読んでくれている人がいたら申し訳ないが、当事者以外が聞いても何の感慨もない日常出来事だろう。

Tは、そんな自分の話を穏やかな顔で聞いていた。ひとしきり話を聞いてから、話をしてくれた。

彼女とは夜の世界で知り合ったこと

髪型が全然違うこと 化粧が派手だったこと

プレリュードに乗っていたということ


…そして、1年程前まで、自分の彼女だったということ


少しジメジメした夏の終わり頃だったように思う。

日付なんて全く覚えていない。

でも、それくらい、自分にとって忘れられない日の出来事である



  • 結 ---

言の葉の庭」は、ヒロインである雪野先生が、想いを寄せられた男子生徒への対応を誤ったことを

きっかけに物語が構成されている。劇中、男子生徒を奪われ、腹いせに雪野先生の退職を画策

(そしてそれは成功する)した女生徒主人公が抗議をするシーンがある。

客観的に見るとやや時代錯誤と青臭さがあり、本作で唯一落ち着かない場面ではあるのだが、

このシーンを見ていると、雪野先生とH先生をどうしても重ねてしまう。

勿論、自分が孝雄になる妄想を出来る程今の自分は若くない。ただ、物語は悲恋として終わるものの、

孝雄の存在は、雪野先生の人生において彼女のレールを想定の範囲内におさめる為強力に機能した筈だ。

では彼女は、H先生はどうだ?

H先生に関して一つ書き忘れたことがある。彼女は県下一の、ある業種の創業家の息女である

実業科教師の「お嬢だから」は冗談ではなく、本当だったのだ。

名士の娘が地元の高校で教壇に立つ。頃合いをみて結婚。家に入る。

時代錯誤ではあるのだろうが、そんなルート彼女の想定の範囲だった可能性は高い。

もっとも、実はそれが嫌で飛び出したということも考えられる。

これを読んで、「だからだよバーカ」と舌を出しているかもしれない。

それならそれで、構わない。彼女が想定の範囲人生を受け入れていたかどうかなどわかるはずもないし、

想定されたルート幸せだったなど、他人人生価値判断想像でするべきではない。

ただ、人生ターニングポイントにおいて、1人の人間の存在が他の1人の人生に与えうるインパクトの大きさというものは、

現実であっても、いや、現実こそ想像以上に大きい。花澤香菜がワンテイクで録ったというクライマックスを見る度、

そこに感情をぶつける肩のあった雪野先生と、もしかしたら無かったのかもしれないH先生とで、

いつも必要以上の涙が溢れてしまうのだ。

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自分語りはこれで終了だ。

最後に少しだけ、素人の新海誠評を書いてみたい。

あくま想像だと前置きするが、新海監督は幼少から無理目な恋愛ばかりをしてきたのではないだろうか?

恋愛という通常とは比較にならないエネルギー必要とする行為において

その力を一方的放出還流を受けることのできない状況は、人を極端に消耗させる。

ある者は力尽き、ある者は別の誰かから力を得た。

またある者は、運良く力の循環に出逢えることもあるだろう。

監督はどうだ?

監督は恐らく、無から力を生み出すことを選んだ。それが新海誠作品性の源流であり、

彼の心象世界価値観なのだと自分は思う。

君の名は。の2人は、時空を超えて尚力の循環を得ることが出来たように描かれている。

これをもってして彼の心象世界との乖離を突き、不安視する声がある。かく言う自分も少しばかりは、心配だ。

だが、監督は既に力の循環を知っている。言の葉の庭の2人は、実態としての結末こそハッピーではなかったかもしれないが、

雨の非常階段の2人には、明らかな力の循環があった。君の名は。は、それを実態に反映させたに過ぎない。

からきっと、大丈夫だ。また気負わずに描きたいものを描いて欲しい。

2016-09-19

ライフステージが違うということ

久々に会った親友に「雰囲気が変わった」と言われた。

外見の変化ではなく中身の変化らしいが、奥歯に物が挟まったような物言いだったから、その変化は彼女にとってネガティブな変化だったのだろう。

彼女にこのセリフを言われるのは二度目だった。

私は、会話を続けながらも、少しずつ気分がどんよりしていった。

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私はある地方都市高校卒業までの18年間を過ごした。

中高はその都市私立の一貫校で学んだ。

地方中高一貫校とは首都圏のそれとは大きく異なる。

頭が良い子が行くところではなく、富裕層の子が行くところだ。

実際、私が通っていた中高でサラリーマン家庭の子は数えるほどしかいなかった。

彼らの親はほとんどが医師薬剤師弁護士社長だったし、私の父もそうだった。

私たちは、その地方都市では自らは最も幸福人種であると信じ込んで6年間を過ごした。

**********

話がそれたが、久々に会った彼女はその頃から親友だ。

楽しいことも苦しいことも分け合ったし、どんな些細なことも共有した。

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その後、私たちは別々の大学入学した。

彼女地元ではない地方都市私立大学へ、私は東京大学へ。

遠く離れても最初大丈夫だった。仲良くやれていたと思う。

年に1回は2人で海外に行ったし、住んでいるところは離れていたが、3ヶ月に1度は会っていた。

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でも、就職活動辺りから色々なことが拗れてきた。

当たり前だが、私たちは同じようには就職活動ができない。

受ける業界も、企業も、大きく異なったし、学歴フィルターも目の当たりにした。

私は地方都市出身コンプレックスに思うようになったし、自分がただのお山の大将だったことにも気付いた。

から必死努力した。

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彼女に初めて「雰囲気が変わった」と言われたのはその頃だった。

彼女就職活動が上手くいってないことも感じていたし、反面、私のそれは順調そのものだったから、その言葉は上手く躱せた。

私が内定をもらったところは特殊業界だったし、学歴早慶以上の人間しかいなかったから、鼻についたのかもしれない。

とにかく、私はその時彼女より余裕があったから、色んなことを飲み込んだ。

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その後、彼女も何とか内定を貰い、私たちはそれぞれ大学卒業した。

卒業旅行は2人でハワイに行った。楽しかった。

社会人生活も頑張ろうと誓い合った。

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就職してからは、サービス業休みが不定期な彼女と、激務な私とでほとんど会うことはなかった。

会っても年末年始地元帰省した時に少しお茶する程度だった。

昔みたいに海外旅行に行くどころか、近況を報告する余裕すらなかった。

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そして今日彼女東京に遊びに来たので、1年ぶりにあった。

なんとこの1年で彼女彼氏を作り、仕事を辞め、同棲を始め、婚約したらしい。

おめでたいことだ。

そっちはどう?と聞かれるのでありのままを話した。

仕事のこと、恋愛のこと、お金のこと。

そこで言われたのが、冒頭の「雰囲気が変わった」というセリフだった。

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私の仕事地位彼氏学歴貯金、全部、これらは私が死ぬほど努力して手に入れたものだ。

私は今の自分を愛してるし、誇りに思っている。

今の環境感謝しているし、これからもっと成長したい。

常に最高の自分アップデートしながら生きる。

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雰囲気が変わった」

このセリフ自分否定されてるような気がした。

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多分彼女と前のように親しくすることはないだろう。

もう生きる場所が違うのだ。

お互いにないものねだりを続けても仕方がないけど、きっと会ってもどんよりするだけだ。

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このブログ彼女に直接言えないヘタレな私からの別れの言葉だ。

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親友だった彼女、今までありがとう

2016-09-14

本当にこんな親がいるのか

名門校進学を巡る裁判が示した、「エスカレーター式」の真実

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49632

本当にこんなことで訴える親がいるんだろうか

そもそも、私立大学係属の小学校をや中学校受験させる親は「そこに入れば大学に無条件で進学できる」と思って受験させているのか?

だとしたら、それは大きな間違いで、実際には進級や進学のための条件を満たせなくて退学や転校を勧められている生徒がいることを知らないのだろうか?

進学実績を見ても分からないのだろうか?

勉強が好きで、そのためにいい小学校中学校入学したい」という意思が本人にあるならいいけど、「この学校に入れば無条件で大学まで行ける」という親のエゴのためにまだ自分意思もない子供受験をさせるのはどうなんだ

2016-08-20

ヒンコーン

お金がなかったらガマンするとか

頑張って稼ぐとか

基本的なことをしないでヒンコン

世の中が悪いの ぼく悪くないの

勉強しなくて大学いかなかったの

勉強しなくて授業料高い私立大学にいったの

大学行ってバイトして合コンしてたの

授業なんて代返単位が取れるの

お金ないの ヒンコンなの

世の中が悪いの ぼく悪くないの

そう

悪いのはぼく以外の全てなの

幸せに見える人全てなの

人知れず頑張って幸せになった人なんているわけないんだもの

悪いのはぼく以外の世の中の他の人たち

そう ぼくは悪くないの

2016-07-29

大学行ってる意味いかもって思った

高校では勉強そこそこ頑張って東京大学に入った。

大学では正直勉強する気が全く起きなかった。

よく高校では大学入学から人間大学入学までの人間がいる、なんて話を聞かされていたけど、まさか自分がその後者になるとは思っていなかった。

サークルにも入らないでインターネットで作った友達と毎週のように遊んだせいで大学の中には仲の良い友達ができなかった。

案の定というか、1年目で留年した。1年目はまだクラスの中に、めちゃくちゃ仲が良いわけではなかったけど多少交流がある程度の友達がいたし、クラス共有GoogleDriveとかも見れたし、よくあるような「友達がいなくて過去問が手に入らなくて留年」とかそんな感じではなかったと思う。

単純に勉強しなかった。授業に出席もしなければ独学もしなかった。それだけ。

2回目の1年生でもあんまり学校に行かなかった。そもそも1回目でほとんどの単位をとっていて、あとは数単位補うだけだったので、あまり行く気にもならなかった。

結局、進級はできたけど1年目にとれなかった科目が1つ取れなかった。2年の前期で再履修して、もし取れなかったらまた留年だ。

そしてその2年の前期の再履修のテスト明日、というかもう今日か、今日あるわけだが。

こんな時間増田日記を書いてるってことはわかると思うけど、今年もダメそうなんだよね。

今年も同じように授業に行かなかった。勉強も直前しかしなかった。だから当たり前なんだけど。

言い訳させて貰うと、ホントに今やってることって将来何の役に立つのかわからないっていうか、俺が将来生きていくうえで大学以降の勉強がどう活かされるのかわからないんだよね。

勉強モチベーションが全く上がらない。

勉強すればいい就職先が見つかる? そもそも就職したいところなんてない。勉強してもしなくてもいい就職先なんてあるわけがない。まず自分が本気でやりたいことを見つけるのが先であって、それからじゃないとどうしようもない。

でも今までずっと考えてきたけど本気でやりたいことも見つからない。趣味中途半端しか続かないから、仕事にするのは違うなあとなるし。

みんなよく進級してるなあ、って思って周りのよくわからない私立大学に通ってるような人たちに話を聞くと、講義に出席さえすれば単位がもらえたり、簡単レポートさえ出せば単位がもらえたり、特別難しい問題じゃないのに持ち込みアリのテストだったり、差に愕然としちゃったわ。

そういう人たちにとりあえず大学までは出なよ、とかモラトリアム楽しめよ、とか言われるともうなんとも言えない気持ちになってしまう。

ちょっといい大学入ったからって俺は凄いやつなんじゃないかって勘違いしちゃったんだよね。

凄いやつでもなんでもなかった。能力もなければコミュ力、人脈もない。

大学2年半通ったけど能力を伸ばそうとも友達を増やそうともしないままだらだら過ごして気がつけばテストのために徹夜してるのになぜか増田書いてて、ホントになんで大学通ってんだろうなあってなった。中退した方がマシ。

結局やりたいことが見つからいからだらだら大学に在学してるんだけどね。やめてもやりたいことがあるわけでもないし。だったらモラトリアム(笑)有効活用させてもらうわ。

また書いてるうちに着地点がわからなくなってしまった、けど根拠もなくとりあえず大学まで出なさい出たらわかるからみたいな反応とか、大学在学中遊べるならいいじゃんみたいな反応は要らないのでよろしくお願いします。

2016-07-17

300万円の壁

300万円

自分が生まれから高校3年生まで生まれ育った市区町村民の平均年収東京都民の平均年収の差である

300万円でも少なめに言ってる。実際にはもう少し差がある。

自分地元の平均年収は300万円を下る。

まあただ、首都圏ということで埼玉千葉神奈川考慮すると300万程度の差だ。

そんな土地から自分東京の中堅(?)私大に入った。

奨学金も借りてない。親は経営者で、正直都内でもアッパードル以上の生活が出来る程度の収入を得ていると予想できる。

自分の実力に見合った場に送り出してくれた親には本当に感謝している。

ただ、自分より高校での成績が良く、模試の点数も良かった友人たちは、経済的理由私立を拒んだり、本来レベルよりかなり落として特待や、特別奨学金を得て生活してる事例が珍しくない。

これが300万円の壁だ。

300万円の壁がある中で地方から首都圏関西に子を送り出すコストはあまりに高すぎて、現実的じゃない。

それに比べて首都圏から都内大学に子を通わせるコストは低い。

格差だ。

日本育英会から奨学金を頂いても足りないことだってある。

しかも、奨学金を返すことになったら地元には帰れない。平均年収300万円を切る街で奨学金の返済の目処なんか立つだろうか?

からあの街は人工流出し続ける。経済規模は小さくなり続ける。夕張市のように破産する日も近いかもしれない。

そんな悲惨地元から自分東京にきた。

東京人たちは、神奈川の人たちは、埼玉の人たちは、千葉の人たちは、そんな現状を知る由もない。

しろ貧乏なんだから頑張れ」と取れる言葉すら吐き出す連中もいる。

彼らは環境のせいにしてなんかいない。むしろ与えられたカードの中で戦ってる。

ただ、僕はそんなら彼らにもチャンスは与えられるべきだと考えているんだ。

流石に現在日本財政的に大学学費無償化しろとは言わないが、少しは国は彼らに手を差し伸べてくれ。

私立に行くことが甘えというなら私立大なんて消してしまえ。結局私立大に来てる奴らは親の財布に頼ってるんじゃねぇか。

何でそれが貧乏ならやっちゃダメなんていわれるんだ。

貧乏に生まれたなら早稲田大学に入れる成績でも神奈川大学の給費生を選べとでも?


自分は親に甘えて今ここで勉強してる。遊んでる。楽しんでる。

自分東京に来れるはずの脳と努力をしてきた人間に対しての償いかのように大学で楽しんでる。ただ勉強するだけじゃなくて楽しんでるんだ。

そんな十字架のようなものも背負ってしまっる。

あん悲惨な街を見たこともない連中に、自分の旧友達に「奨学金とか甘え」なんて暴言吐くな。

どうしてもそんなこと言いたい?

それなら是非君たちも平均年収300万を下る土地私立大学を目指す体験をしてみては?

2016-06-23

日本大学価値

6月20日に公開されたアジア地域大学ランキング東京大学が7位に下がり、100位以内で日本大学ランク入りしていたのは14校ほどであったという。

シンガポール中国大学が躍進しているのは理解したが、疑問に思うのは日本大学自体機能しているのかという点である



最近あるテレビ番組日本国内大学数を紹介していたが、約781校も存在しているという。

これはアメリカの約2000もの大学数の次に多いとされている。(2011年 日経新聞記事より)



何故世界の中で、大学数が2番目に多い筈なのにたった14校しか入らないのだろうか?

少子化の影響で大学受験全入時代となり、進学率の上昇と同時に「大学生」という肩書き将来有望とされているエリートとそうでない者の2極化が徐々に始まってきたことが1つの要因と私は思う。

最近では、国立大学授業料高騰化が問題となったが、私立大学に関する危機感を示す話はあまり上がっていないと感じている。



このような状況から文部科学省大学としての本来機能果たしているか大学対象調査し、去年では私立大学改革総合支援事業という計画を発表した。

シラバス改善や授業評価結果の活用グローバル化、他大学との連携地域社会貢献などを目的としている。

大学設備費などを国から補助してもらい、本当に大学として存在する意味があるのか疑問に思う。



そして、日本大学就職予備校化に伴い、ビジネスマナー大学の授業として取り入れている所も存在する。

それが本当に授業なのかどうか疑ってしまうが、単位取得の一つとして成立してしまうのである



もっと書き留めたい内容がまだあるがここで省略させてもらう。

今回一番に言いたいことは「大卒欲しさの為だけに進学するのか、明確な目的の為に行くのか、そして安易入学できてしまったこの現状に心配である」という事だけだ。

2016-06-08

また「もっと自分に自信を持て」と言われてフラれた

特に育ち方に問題があったわけではないのになぜこうも自己肯定感が低くて自分を安売りしてしまうのだろう?

ふつ~の家庭に育って、ふつ~~に生きてきた。母子家庭だったけど経済的には問題なく、私立大学まで行かせてもらった。父は物心つく前に死別

学校生活もそれなりに楽しく過ごしてきたし、それなりに名の知れた大学に入り、面白いと思える仕事を得た。経済的には自立している。

でも異性との関係がうまく築けない。肉体関係を迫られると断ることができない。その感覚言葉説明するならば、それを断るほどの価値自分にないように感じているからだと思う。初体験はそんな感じで済ませてしまった。

また、好きな相手にはすぐ肉体に訴えてしまう。これはうまく言葉説明できない。きちんと工数を踏んで好きになってもらえる自信がないからかもしれない。

私と付き合う男の人はいつも、もっと自信を持って、と言って去っていく。今回は2年も付き合ってふられた。余計自信なくすっつーの。

2016-06-05

奨学金に利子がつく

借りた金に利子がつくのは当然だ


日本学生支援機構?の第1種奨学金は無利子で借りることが出来るありがたーい制度


評定が基準値以上を超えて、家計基準を上回ってなければ借りることができる



私の親はもうすぐで定年になる

階級も上なので収入があがっている

第1種奨学金家計基準をほんの数万上回ってしまっていて

利子のつく第2種奨学金を借りることしか許されない。




希望する大学はある程度就職に有利になるように

そして将来の自分への負担にあまりならないように国公立大学にした

なのに利子を付けられた額を何十年かけて返すのはどうなのだろう

家計基準なんてどうだっていいと思う

返すのは私だ

独自給付型奨学金があるような私立大学に行こうかな


利子ついてる借金返済してでも大学に行く勇気がない

じゃあ、理系文系

 世の中は理系文系です。答えはシンプルで、理系出身者が文系仕事を出来ても、逆はほぼ不可能です。なぜ、こんな簡単なことを誰も声を大にして言わないのでしょうか?

1) マスコミ

 マスコミ早慶文系出身者が多く、自分たち存在意義否定したくない、っということがあるのではないでしょうか?彼らも人間ですから、身びいきになるのは当然です。

 また、私立大学は彼らのお客さんであり、私立大学の多くが文系学生学費によって成り立っている事実があります。そのため、マスコミが声高に文系エリート以外にまったく意味がないことを言えません。

2) 大学の収支

 文系にかかかる費用はほんの少し、理系にかかる費用天井しらずです。文系場所提供して、講師を雇い、マスプロ授業、教材を配布し、試験をして、採点して、単位出し、卒業させるだけで、ほとんど費用がかかりません。もっと言ってしまえば、本さえあれば自習可能であり、誰かに習わなくとも、必要な知識を会得できますし、それ以上の専門知識は学者以外には不要です。

 理系は広い場所を確保、高い設備を買い、実験できるのは少数です。専攻によって違いますが、設備が億超えるような強烈に高いものも珍しくなく、その設備を使って教育させるだけでとんでもない費用が発生します。そうして、得た経験、知識が実社会要求されますので、まさに実学です。

 医学部典型例です。私立は込み込みで卒業までに1億円かかるといわれる大学があるにもかかわらず、国立大学医学部学費は年間60万円程度に過ぎませんし、寄付金なんて当然要求されません。この差額は国が負担しているのです。多かれ少なかれ理系税金によって勉強させてもらっているのです。

3) 日本の習慣

 官僚東大文Ⅰ信仰と結びついている節があるのではないでしょうか?技官が力を持つことはなく、事務官が各省庁のトップ事務次官になり、最高のステータスを誇ってきました。

 また、バブルの頃に東京私立文系をもてはやす習慣が出来て、特に目的はないが、早慶学部受験する、といった意味のない受験の仕方が何の疑問も持たれずに未だに行われています。私は日本以外にこういった受験の仕方をする国を知りません。

■ まとめ

 今までは安易文系選択問題になりませんでした。なぜなら、日本企業事務効率世界最低レベルだったため、大量の事務方存在したので、非エリート文系の受け皿が存在たからです。それが日本経済が落ち込み、IT文系仕事駆逐していくことになると、文系学生就職難はどんどん激しくなるでしょう。

 この記事を読んだ高校生の皆さんは安易文系を選ばないでください。東大京大にいけるなら、それもいいですが、早慶文系就職ですら、すでに思わしいものではありません。私がどれだけ言っても信じないなら、大学ホームページで進路状況を確認してください。理系がほぼ100%就職に対し、文系は20%程度は進路不明です。

2016-04-21

婚約者の口が軽すぎる

先日、聞いて仰天した話。



私:30過ぎ♀、仕事結構きつめ、年収そこそこ、都内トップ私立大学文系卒、容姿自称まあまあ。

が、仕事忙しすぎてヤバいと思ったのでネットde婚活

つり合いの取れる男性を見つけて婚約中、お互いの両親も面談済み、披露宴会場も予約済み。披露宴招待客も決めて、お返事待ち中。



彼:30後半♂、仕事は相当きつめで社内のホープ、都内国立大学法学部卒、容姿は…敢えて一言で言えば小デブ

が、本人いわくモテない生活に終止符を打ちたくてネットde婚活

つり合いの取れる女性を見つけて婚約中、以下同文。



彼は私の容姿をそこそこ気に入っている模様だけど、決定的なのは学力年収だったそうだ。子供バカなのは耐え難いが、私の遺伝子なら大丈夫そうだと。

社会的なつり合いを重視して選んだお互いであるわりには、夜の相性はかなりいい。思ったよりお上手でした。ごちそうさま。



さて、ここから問題



その婚約者であるが、どうも問題含みの人柄だという話が聞こえてきた。



一つは、酒に酔うと女性関係について口が軽くなるらしく、私との夜の相性についても、社内で暴露しまくっているらしい。身体の特徴とか睦言のボリュームだとか。

むろん、そういう事を言われるのは恥ずかしくってたまらないし、全く知らない他人♂が自分についてそういう好奇の目で見ているということ自体が耐えられない。

「やめてほしい」ということも考えたが、そういうことを言うこと自体嫌だ。

もういい年なんだから、治るものは治っているはずなんだから、きっと治らない病気みたいなものなのだろう。



もう一つは、実は女癖が悪いらしい。酔った時に過去女性自慢をしまくるらしく、どうも相当な数の女性と付き合ったと言うことらしい。

聞かされて仰天して、彼のスマホを漁ったら、出ましたよ、某クラウドに入れてある自分で撮ったらしいあられもないファイルの数々。

20人近くになんなんとする、見るも不愉快な、それそのもの行為写真動画隠し撮りとかではなく、あからさまに合意の下での撮影

高校生みたいに可愛い子、山本美月みたいな正統的美女おっぱい怪物みたいに大きい女性妊娠線があらわな中年女性。見た目が良ければ何でもよいのか。

私とのときに全く撮影を求めなかったのはいったいなんでだろうと考え込んでしまうくらいの量。しかほとんどがゴム無しのグロテスク写真病気心配

さすがにこれは衝撃で、彼に「つきあった女の子、何人くらいいるの?」「その中で私に決めた理由はなあに?」と聞いてみた。

過去については曖昧な答えに終始して、だけど私と付き合ってからは私だけで、絶対浮気なんかしないって力強く言うばかり。

確かに、クラウドの中には、私と知り合って2~3か月で切れている女性が2人ばかりいたし、それ以降新しい女性はいないので、あながちウソでもないのかもと思ったり。



正直、こういう人と結婚するのは生理的嫌悪が走りました。変態でしょ、どう見ても。結婚したって浮気の可能性めちゃくちゃ高いよね。

怒りとともに婚約破棄しようとその瞬間は思ったのですが、よくよく考えれば、婚活市場ではハンデにしかならない学歴と職歴を抱えた30半ば♀でOKと言ってくれる男性なんてそうそういるわけでもなく。むしろその職歴と学歴がいいって言ってくれるなんて、ほぼレア中のレア

女癖のことさえ目をつぶれば、条件的には申し分もなく、彼のご両親は、とても誠実そうな人たちで、しかもよく知られた大企業元幹部、毛並みの良さも折り紙つき。もちろん本人も、これまでの経歴も申し分なく、出世コースまっしぐら、かなり確実なソースから聞くところによると、役員まではほぼ当確、らしい。もちろん彼の年収は1000万超えてます



さて、どうすればよいのかしら。結婚すべきなのか、婚約破棄すべきなのか。





ちなみに、ここに書いた彼に関する情報は、私がここ3年ほど交際している男性から聞きました。

彼の上司で、会社の人事担当役員をしてましたから、間違いないと思います。その人は50代、結婚対象にはなりえません。

婚約者暴露した私の夜と身体の特徴は、きわめて正確な描写だと褒めておりました。いい加減にしてください。






なお、私の年収も1000万超えてます

2016-04-13

http://anond.hatelabo.jp/20160413024243

家政婦雇ったと思って諦めろよ。

子供預ける金を考えれば問題無いだろうよ。

大阪人間ケチだな。

それに嫁が働いたら家事育児の分担が増えるだろ、どーすんの。



私立大学奨学金使って行けば400万円は掛かるわけで、裕福家庭では無い大卒女は皆400万円ほど借金を持っている可能性があるな。

300万に減っているのは独身中に返したのかね。

2016-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20160412194606

私立病院内科医です。大学病院医師公務員で貰うと犯罪なのですが、私立はそんなこと関係ないです。

私立大学附属病院医師もそうだし、国立大学附属病院であっても「国立大学法人」という民間機関職員なんだから公務員じゃなくない?

私立病院」→「民間病院」のこと??



自分の科はおそらく内科の中では最も御礼を貰う機会が多いかもしれません。治らない病気ばっかりなのにね。

治療が終わってから貰うことが多いので、袖の下ではなく御礼と表現します。

治らない病気ばっかりってなんだろう。慢性疾患?

それなのに治療終了があるって何科を想定して書いたのだろう。

もしかしてSNSで袖の下関連で話題になってる「がん」関連?



話題に乗じてブクマ稼ごうと思ったんだろうけど、あまりに雑すぎる釣り師。

もうちょっと丁寧に下調べしてから書いたほうがいいと思います

2016-03-22

http://anond.hatelabo.jp/20160322023913

典型的はてブ利用者

・二流私立大学出身

理系出身ということだけがアイデンティティ

プログラマーのなかでは下層

創造性のある仕事はできないIT土方

・そんな自分より優れた人間が多数いることがいつまでたっても認められない

2016-03-20

田舎から東京大学にいって、東京私立高生に激しく嫉妬した俺

いうまでもなく、公立優位のど田舎出身で、東京私立大学に進学。

東京の子たちもたくさんいたけど、ワードから出てくる高校名前がかっこいいの!

偏差値とかは知らなかったけど、「●●高とかとよく、飲みに行ったなー」みたいな話とか。

紹介される東京女子校の子も垢抜けて綺麗な子ばっかり。

当の友達東京育ちの子は、俺がそれに激しく憧れて嫉妬してるの、何にも気づいてなかったみたいで、当たり前のようにその話を俺にしてくるの。

でも俺の地元は、私立底辺が多いか進学校でもダサいのが当たり前。

東京イケメンだらけのキラキラ上位私立高なんてないんだよ!

はいえなかった。

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