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はてなキーワード: 労働とは

2016-12-07

ベーシックインカムは、導入されたら日本の終わり

 日本のことを考えたら、ベーシックインカムなんて、絶対止めた方がいい。

 

 働かなくてよくなったら、ほとんどの人は働かなくなる。共産主義の失敗で、もうわかっていることじゃないか

 

 今まで、人を養って来たのが企業であるなら、ベーシックインカムになったら、国が養うことになる。

 国自体に稼ぐ力はなく、お金を刷って対応すれば、日本円の信用を毀損する。

 人件費負担が減った企業に多少増税出来たとしても、賄いきれるとも思えないし、増税で賄うくらいなら今の方がマシなモデルだ。

 ベーシックインカム範囲節約して生活する人が増えた日本が、発展していく未来が、想像できない。

 

 意識高い系で、働く必要がなくなっても働く、と言っている人もいるが、そんな人はごく一部。

 今だって、働く必要がないくらお金があっても働いている人は、すでにそれなりにいる。

 そういう人は変わらないかもしれないが、大多数の生活のために働いている人の意欲を削ぐだろう。

 ベーシックインカムによって、日本全体のパフォーマンスは低下する。

 

 生活保護は、セーフティネットとして、それなりに運用するべきだが、普通に働ける人にベーシックインカムを出すべきではない。

 賃金は、労働力再生可能レベルで決まるから、今の水準を維持する必要がなくなって、暴落するだろう。

 ベーシックインカムは、人件費暴落させたい企業の深謀ではないかと思ってしまう。

追記1:人口動態考えたら、生産年齢人口は減少していくんで、AIだので職にあぶれる人が大量に出るとは限らんのではないか

追記2:年金受給しながら働いている人の働き方が、BI時代労働の参考になるんじゃないかと思うのだが、彼ら高賃金で働いてないよね。大量の低賃金労働を前提とした産業は成り立ちにくくなりそうではあるが、現在でも労働内容に比べて賃金の安い業種は、外国人労働者によって担われていて、カタールみたいに外国人労働者が増えることになるんじゃなかろうか。

2016-12-06

有償ボランティア必要

個人的には有償ボランティア必要ないと思っている。


有償ボランティア」という名称が用いられるようになったのは、ボランティアを受ける側の人の負い目を軽減するため、対価を支払うことがしばしばあったからだと聞いている。

しか有償ボランティアをする側の人はなぜわざわざ有償ボランティアをするのですか?あなたお金が欲しいの?ボランティアがしたいの?

自分の周りの有償ボランティア人達は、ボランティアをやってお金がもらえるならラッキー!と考える方が多数いて、例えば公園掃除有償ボランティアなんて、じっちゃんばっちゃんがベンチに座りながらぺちゃくちゃおしゃべりしてるだけというときもあった。なんでこの人達に対価を支払わなければいけないの?雇用契約結ぶのではいけないの?派遣でもいいし、業務委託でもいいじゃん。ちゃんと労働報酬がある環境を整えた方がいいのでは?

少し話がズレてしまったが、自分は「ボランティア気分で責任感をもたず活動して、楽してお金を貰っている人」に納得がいってないのだ。はじめからお金が欲しいなら労働をすれば良い。

無償ボランティアでもしっかり活動してくれる人はたくさんいる。そういう人にこそ対価はあるべきではないのだろうか。

Amazon GO

複数人で買い物したいときどうすんのかな。一緒に入った人まとめて会計

でもそれだと他人のケツにくっついて会計なすりつけるとか出来そう。

はてブだと省人員化にばかり注目されてる気がするけど、不正自動で検出できても

対応人間がしないといけないよね。あと商品店頭に並べるまでの手間は確実に増えそうだし

いうほど人員削減にはつながらないんじゃないかな。主目的会計というボトルネックをなくすことだろうし。

商品搬送や陳列まで機械がやるようになったらほとんど人のいらない店舗もできるだろうけど

小規模な店舗運用できるコストや性能を満たすロボットはまだまだ先の話になりそう。

一昔前はコンビニ店員とかそういう仕事機械に奪われるみたいな風潮だったけど

今や知的労働の方が先にAIに奪われるんじゃね?とかそんな感じだよね。物理的なモノを取り扱う方が難しい。

何はともあれ恐ろしい世の中だ。

http://anond.hatelabo.jp/20161206111838

自分はそうは思わなかったな。

だって自分活躍できねーじゃん」って言ってたし。

自己実現のための労働もあるだろうと思ってたし、

それは肯定されるべきものだと感じていた。人が働かないのは社会の損失。

○○の5つの共通点 ← 頭悪そう

歴史上の偉人の5つの共通点

 

1.目が二つある

2.言葉を話すことができる

3.友人がいた

4.教科書に載っている

5.全員が死んでいる

 

こういう因果関係も大して説明されていない質の悪い記事を伸ばしてる奴らって絶対頭悪いだろと思う

 

早まった一般化もするだろうし、物事認識するときによくない凝集(カテゴライズ)も行うだろう

当然ながら決めつけ的な言動が多くなるが、物事の真偽もわからないため改善も見られない

ネットでは攻撃的になるか卑屈になるかの二択しか無いのではないだろうか

単純な労働から脱することができず、結果また「○○のN個の共通点」を読み漁る

かわいそう

 

ちなみにそんな人には、より手続き型の情報を読み漁って欲しいと思う(手順、順序、起承転結がある情報小説でも良い)

あるいはどこまでも論理的分析している情報なんかもいいかもしれない(新書なんかのほうがまだいい)

とにかく「○○の共通点」はかなり頭弱い記事だと認識して欲しい

自分は真面目だという女性

自分は真面目だという女性が「真面目」を自己肯定に使う意味分からん。「あいつ真面目」なんて男性場合学校ホモソーシャルはいじめや万引きに参加しない「ノリが悪いやつ」、端的に言って「つまらないやつ」の烙印しかないのに。(だから男性場合自称する場合も「マジメ系クズ」と自虐的表現する。)

男性場合強迫性や未自立(依存性)の称号である「真面目」が女性において肯定的に使われるのは「女性場合は多少脅迫的、依存的であったほうがちゃんと労働しそう、貞操守る良妻賢母になりそう」みたいなジェンダーバイアスでも働いているのだろうか。

それとも男女関係なく元増田がマジメが原因でいじめられているのに学校に行かずにすんだせいでバイアス抜きの社会的去勢回避していただけなんだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20161203200232

2016-12-05

ブラック企業死ね」が理解できない

そんなに嫌だったら転職すればいいじゃない。

憲法には一つの企業就職したら絶対に定年まで勤め上げなければならないなんて明記されてないし、法的にも何も強制してないし、それどころか職業選択の自由日本は認めてんだからさ。

役員役職を与えたいほどの技能習得していたら諸手を挙げて受け入れてくれる企業だってあんじゃん。

あるいは自分起業したっていい。

もしあなた特筆すべき技術も有していなくて、ただの社会の徒食者のような人間であるのならば、受け入れてくれる企業があるかは知らないけどね。

そりゃ主義主張ばかりが強くて、何の苦労もしなくて社会保障制度を蝕んでいく人間なんて、どこの企業お断りだろうよ。

断られたとき自分を呪うか、自分がその程度の人間なんだときちんと認識して受け入れてください。

考えてもみてよ。

全く知らない人があなた会社で「帰る家もお金もない…助けて」と声をかけてきた。

かわいそうだからという理由で受け入れたら、投資のために貯めていた内部留保を毟り取られるんだよ。

かといって、その人は労働をするわけでもなく、ただ会社の中で腹が減った、娯楽が欲しいと大声で叫び続けるんだ。

しかし、その人が営業上手でどこかで稼いできたり、あるいは積極的特許を取ったり、雑務を協力的にしてくれるんだったら、受け入れて良かったと思うんじゃないかな。

そもそも営業上手で稼げるレベルなら、誰かに頼ることはしないのかもしれないけどね、つまりそういうことだと思う。

個人的には電通は十分すぎると思っている。

私程度の百数十時間程度の残業で、一体何人の労働時間補填できるんだろうと考えときがある。

社屋などのランニングコストを考えたら、もしかしたら数人にも及ばないかもしれない。

その社屋を使って営業にも行くだろうし、接待にも出るだろうし、飲みにも行く。

海外赴任ベトナム)の経験から、雨が降ったあとに外を出歩いても泥で裾が汚れないというだけでも、かなりありがたいと思っている。

そもそも論なんだけど、何でそんなに企業固執してんの?

ブラック企業就職して、食べていく道を選んだのは君たちが選択した結果でしょ?

だれもブラック企業就職しなければならない、毎日6時間残業しなさいと強制したわけじゃない。

例えば優良企業で働きたかったら、グーグルかどっかに就職して、将来はストックオプション行使して数億円くらい取得したらいいじゃない。

それがダメかどうかはグーグルが決めることで、グーグルにとってあなた従業員として受け入れる価値があるかは知らないよ。

それで断られたら「グーグル死ね」とでも言うのかしら。

しかしたら、私は「ブラック企業死ね」という人のことが理解できないのではなく、理解したくないのかもしれない。

私は電通が好きだ。

から電通に帰ってきたし、電通に骨を埋めたいと思う。

そうであるからこそ、私は電通を良い方向に変えていきたいと思う。

さな個人ではあるけれど、もっと働きやすい良い企業にしたいから諦めたくない。

確かに斜陽企業なのは間違いはないと思うけどね、働きやす企業を作る可能性はゼロじゃないよ。

それでも「ブラック企業死ね」と言われるのであれば、それは私に対して「死ね」と言っているものと同様であることを知って欲しい。

他人に対して容易に「死ね」と口にする人ほど、関わりたくはないと思うし、恐ろしいものはないと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20161204222654

http://anond.hatelabo.jp/20161205001729

自分の親父を思い出せ。親父はそんなことしてくれたか自分要求を全部飲んでくれたか普通にダメって言われなかったか?親に要求を拒絶されて成長に支障があったか?ないだろ?つまりそれはやらなくていい労働なんだ。

2016-12-04

死の収容所へ 3

http://anond.hatelabo.jp/20161204230447

 様々な要因の影響を受けながら、ユダヤ人たちは強制連行を受けとめていた。彼らはもう何年ものゲットーに閉じ込められ、飢えと渇き、恐怖と苦痛さらされ続けていた。そうした人びとは既に絶望し諦め切っており、連行命令に従いがちだった。強制連行の中でナチドイツによってもたらされた恐怖はもはや抑えがたいほどに膨れ上がり、彼らは打ちのめされ、感覚を失い、脱出や抵抗への意志を打ち砕かれてしまっていたのだ。その上連行されてゆくユダヤ人たちの圧倒的多数は、自分たち労働のために移送されてゆくと、実際本気で信じていた。彼らは東方への再定住に希望を繋いでさえいた。そこには仕事もあるのだからまさか自分たちが後にするゲットーよりもひどい事はないだろうと。彼らに期待できることはもう、それしかなかったのだ。どこか知らない東の地の他には…。

 いずれにせよ、ただユダヤ人だというだけで何の罪もない老若男女が連行され殺されるなど、誰にも予測のできようはずもなかった。 予測しようにも特定民族の完全絶滅など、未だかつて誰ひとり、経験したためしがなかった。

 連行にはナチドイツ以外の国々の警察隊も加わった。ポーランド青色警察」、オランダ緑色警察」、フランスルーマニアハンガリー警察ウクライナリトアニアラトヴィアエストニア警察その他、それはユダヤ人強制連行が行われたすべての国々に及んでいる。

 多くの非ユダヤ系住民強制連行を目撃している。玄関から歩道から、彼らは連行をただ見ていた。悲しみと同情を表わす顔もあれば、大喜びの顔もあった。だが大多数の人びとは、見知った仲の隣人が追放されてゆくこの痛ましい光景に、無関心なようだった。まるで彼らは、何も感じていないかのようだった…。

 駅に到着したユダヤ人たちは窓を塞がれた貨物列車に詰め込まれた。しばしば100名から150名、ときにはそれ以上が、その半数ほどしか収容できない1両の貨車に無理やり押し込まれた。貨車には外から錠が下ろされ、列車収容所入口に着くまでドイツ兵もしくは警官随伴した。列車は何事もなければ数時間で済む収容所までの道のりを、幾日もかかって走ることが度々あった。東方ソヴィエト戦線に向かう軍用列車が通るたびに退避線に入っては通過を待ち、再出発の許可下りるまで何時間も停車していたかである

 すし詰めの貨車の中の有様は、言語を絶していた。貨物車なので便所などひとつもなく、詰め込まれた人びとはバケツか、さもなくば床に用を足していた。換気装置も水もなく、車内の温度は夏になると水ぶくれができるほどに上がり、冬には逆に氷点下に下がった。これらの要因は収容所到着を待たずに大勢の人びとが車内で死亡する原因となった。特にポーランド領のゲットーからの便では、収容所到着時に数百名がすでに死亡していたという例もある。

 ヨーロッパ西部バルカン半島諸国での強制連行は、東欧でのやり方とは若干異なっていた。連行が決まった人びとはまず自国内の移送収容所抑留され、数週間あるいは数ヵ月後にポーランド行きの列車に乗せられた。彼らの場合ポーランド系ユダヤ人場合よりは待遇が良かったので、移送中の死亡率も低い。西ヨーロッパユダヤ人貨物列車ではなく客車移送されて行ったケースもある。もちろんそれは、労働のために移送されて行くという彼らの幻想を引き伸ばすための手段に過ぎなかったが。

 列車絶滅収容所に到着するとユダヤ人たちは貨車から降りるよう命じられた。ベウゼッツ、ソビボル、トレブリンカの各収容所に着いた人びとは、ここは移送収容所であり、ここから労働収容所へ送られることになる旨を伝えられ、そしてこう言われた−「シャワーを浴びるから衣服を脱ぐように」

脱いだ衣類は消毒に廻された。女性衛星上の理由と称して髪を切ることを告げられた。男性女性子どもたちから引き離された。荒々しい殴打と威嚇の中を、丸裸にされ運命から見放され呆然となった人びとは「シャワー」へと追い立てられて行った。それは確かに「シャワー」ではあった。ただしそれは「ガス」のシャワーだった。

 アウシュヴィッツでは、人びとがホームに降り立つと通常は「選別」が行われた。約20パーセント−若く体格の良い人びと−が強制労働のために集められ、「ガス室」送りを一時延期された。しかしそれと同時に、年齢も体調もおかまいなしに、到着するなり全員が何の選別もされずに「ガス室」に追い込まれ場合もある。一方では、稀にではあったが、到着した全員がしばらくの間ガス殺されずにいたこともあった。

 ナチの念の入った偽装と隠ぺいのシステムの中で、「ガス室の中で絶命する」という犠牲者たちの運命は常にあいまいにされ、彼らは最期の瞬間までそれを知り得なかった。

ナチス・ドイツが構築した排除装置は恐るべき効果を挙げた。数百万に上るユダヤ人が等しく殉難の試練を受けた。それは彼らがいまだ家庭にある時より始まり絶滅収容所ガス室をもって終わった。

死の収容所へ 2

http://anond.hatelabo.jp/20161204224426

強制連行

 全ヨーロッパユダヤ人ドイツ領ポーランド絶滅収容所移送する−これは、途方もない作戦である遂行にあたっては詳細な計画、広域にわたって組織化された設備施設、そして輸送補給宿営のための大がかりな兵站機構必要だった。連行作戦にはドイツの広範にわたる政府機関組織が巻き込まれている。ハイドリヒが作戦の指揮を執り、1942年5月の彼の暗殺後はハイドリヒの後継者帝国中央保安局エルンストカルテンブルンナーがこれにあたった。あらゆるSS機関支配地域の様々な民間権威ドイツ国防軍、そしてナチ衛星各国政府連行作戦に動員された。特にドイツ鉄道組織連行されたユダヤ人集団絶滅収容所まで輸送する手段提供し、強制連行に加担した。次のことは特筆に値するであろう。何よりも軍隊鉄道必要としていたにもかかわらず優先順位を記したナチリストによれば、ユダヤ人鉄道輸送の割り当ては、軍隊のそれよりも優先されていたのだ。

 全ヨーロッパからユダヤ人連行するということは当然、5つの絶滅収容所に彼らが到着するということでもある。列車同士の「かちあわせ」を防ぐため、正確な時間割必要となった。時間割りにあたっては、それぞれの収容所絶滅施設能力考慮に入れなければならなかった。ガス室があるといっても、全員を短時間でガス殺できない収容所列車を付けるわけにはいかなかったかである

 ユダヤ人連行秘密裏に進められたので、大がかりな隠ぺいと偽装工作が行われることになった。連行される人びとに対しては、東方のどこかへ労働に行くのだという情報が流されていた。このためポーランド在住ユダヤ人ソ連領内のナチ占領地域に連れて行かれるのだろうと考え、他国ユダヤ人たちはナチポーランド労働のために送られると信じていた。ナチは、嘘がほころび連行不審感や不安感を持たれないよう、念の入ったことをした。 連行の途中あるいは収容所到着後何人かに対して、故国に残した家族あてに葉書を書くよう強要したのだ。家族が受け取ることになる葉書にはこうしたためてあった−「自分たちは元気に生きている。ここはただの労働収容所で、快適だ」− 差出人は数時間後にはもう生きてはいなかったのだが。

 強制連行の手順と方法は大体決まっていた。連行が迫っているという噂が数週間前から広まることもあったが多くの場合連行命令は予告なしに突然執行された。連行される人びとに与えられた猶予はきわめて短く、2、3時間かあるいは数分だった。まず、ユダヤ人たちは家を出て指定された場所に集合するよう命じられた。集合場所は大抵駅の近くだった。所持品は手荷物以外許されず、彼らは自分財産ほとんどを置き去りにするしかなかった。手荷物の重さは一人当り10~15キログラム制限されることもあった。荷物の中身は主に衣服、炊事用品、寝具などだったが、そこには仕事に使うための道具類も加えられていた。働きに行くだけだと信じていたかである

 重い荷物を背負い、包みを抱え、子どもも年よりも、ユダヤ人たちは駅までの何キロもの道のりを行進させられた。年寄り病人が荷馬車やトラックで隣村から運ばれてくることもあったが、行進は基本的には徒歩だった。行進から脱落した者はその場で射殺され、歩けない病人や隠れていた者も同様に見つかり次第射殺された。複数の小規模ゲットーで同時に連行が行われた場合、それぞれのゲットーの人びとは一つの集団にまとめられることもあった。こうした集団の隊列は長さ数キロメートルにも及んだ。天候は考慮されなかった。凍てつく冬の雨の中、焼けるような夏の太陽の下、隊列の行進は絶えることがなかった。

死の収容所へ 1

ヨーロッパユダヤ人絶滅の準備

 ドイツ軍ソ連侵攻は「特別行動隊」(Einsatzgruppen :アインザッツグルペン)によるすさまじい組的殺作戦をともなっていた。侵攻から数週間を経ずしてナチスは他のヨーロッパ地域に住むユダヤ人絶滅作戦の準備に着手した。1941年7月31日、ゲーリング( Herman Göhring 空軍相、元帥)はラインハルトハイドリヒ(Reinhard Heydrich SS上級部隊隊長、SS大佐)に次のような命令を伝えている。

「次を命ずる‐貴官は、ヨーロッパドイツ支配圏におけるユダヤ人問題の『最終的解決』に関する組織、実務、そして財務上の必要なあらゆる準備にかかり、… さらに、ユダヤ人問題の『最終的解決遂行にかかわる準備組織、実務、そして財務上執るべき手段計画の全容を、本官に対し速やかに提出せよ」

 この任務遂行の準備を調整するためハイドリヒは1942年1月20日、ヴァンゼー(ベルリン郊外)に会議召集した。会議にはドイツ帝国閣僚の面々、ヨーロッパ占領地域各国のドイツ総督、そして、ゲシュタポ本部ドイツ移民ユダヤ人局長・アドルフ・アイヒマンを含むSSの上級将校たちが出席した。

ヴァンゼー会議」の決定はやがて、政治および軍事面において、全世界に重大な展開を引き起こすことになる。

 1941年12月11日日本軍による真珠湾攻撃を受けてドイツアメリカ合衆国に対し宣戦を布告した。戦争はすでに人類連合国側と枢軸国側に隔て、全世界を巻き込む総力戦様相を帯び始めていた。この新しい局面は、ドイツ戦争遂行上の衝害から解き放った。ドイツにはもはや政治的配慮や「ユダヤ人の大量殺戮がもう始まっているのではないか」という世界世論に気がねをする必要が全くなくなったのだ。

 ヴァンゼー会議の進行は詳細にわたって記録され、議事録ニュルンベルク国際軍事法廷証拠として提出されている。それによれば、ハイドリヒはまずヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決について自分ゲーリングから全権を委譲されていることを告げて会議を始めた。会議の中でハイドリヒは次のように述べている。

「総統の意向により、ドイツ移民は目下ユダヤ人をことごとく東方追放し、その跡地に対して行われることになった…

ヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決の中では、各国に散在する約1100万人のユダヤ人が考慮されなければならない。次のとおり…」

 ここでハイドリヒはヨーロッパ33の国と地域ユダヤ人口をリストに揚げている。リストにはドイツの占領国や同盟国とは別にイギリスソ連ヨーロッパ地域、また中立国ポルトガルスペインスウェーデンスイスアイルランドトルコといった、ドイツが占領する予定だった国も含まれていた。

 ユダヤ人大量虐殺の実際の準備はハイドリヒによる組織の準備と同時に進められた。1941年夏、ハインリヒ・ヒムラーアウシュヴィッツ強制収容所所長ルドルフ・ヘスを呼んだ。ヘスは戦後証言で「ヒトラーユダヤ人問題の最終的解決の実行を決断したことを、このときヒムラーから知らされた」と明らかにし、さらに次のように述べている−「事実、東部で行われているようなやり方(ソ連地域でのユダヤ人殺害特別行動隊による狩り込みと射殺)では与えられた任務対応できなかった。絶滅という任務のためには、特にアウシュヴィッツ収容所対応させる必要があった」。

 この会談の直後、アイヒマンアウシュヴィッツを視察している。二人は、ソ連で行われている射殺は大量の人間を短時間のうちに皆殺しにするには不向きであり、大量殺戮はガスを使う他はないとの結論に達した。

 ガスを使った殺害ナチドイツにとって初めての経験ではなかった。すでに「安楽死計画」において、ガスが使用されている。この計画1939年9月から1941年8月末まで実施され、7万から9万人にのぼる精神病者と重度の障害者がガス殺された。わずかにユダヤ人も含まれていたが、このとき犠牲になったのはほとんどがドイツ人だった。ナチスはこの「安楽死計画」を、「役立たずの穀つぶし」—ナチは彼らをそう決めつけた—を国家から駆逐し、アーリア人種の優性を高めるための手段だと考えていた。ヒトラーはこの計画にあたり「T-4」という秘密組織を発足させている。「T-4」は総統直属の正式組織として医師を擁する医療関係の諸機関大学研究所病院等)を支配した。不治の病に苦しみ死を待つばかりとなった病人たちの命運が、かれら医師たちの手に委ねられた。

 かくして犠牲者たちはそれぞれの医療機関に用意された気密構造の部屋へ案内され、ガスによって窒息したのだ。死体は特殊な焼却炉で燃やされた。このガスを使った安楽死はすぐに外部に露見し、ただちにこの殺害行為をやめさせるための抗議行動が‐特に犠牲者の遺族と教会から‐起こった。ヒトラーは譲歩し、1941年8月末、これら医療をかたる殺人を当面中止するよう命じた。

 しかしこの安楽死計画の中で蓄えられた経験は、「最終的解決」の準備をしていたSS当局に役立つことになったのである

絶滅作戦

 絶滅作戦としての最初のガス実験1941年9月アウシュヴィッツで行われた。ソ連軍戦争捕虜たちが実験台に選ばれた。彼らは密封された地下室に閉じ込められ、チクロンBによってガス殺された。非常な短時間で捕虜たちは窒息死した。以後続けられた一連の実験で、ナチスはガスという新しい殺害方法を開発するめどを立てるに至った。同じ頃「特別行動隊」も、ハイドリヒ指揮下のSS技術局の援助を受けて同様の方法を開発している。ここでは「ガス室」の代わりに「ガス・トラック」が用いられた。この車の外見は救急車か冷蔵車に偽せてあったが貨物室は気密構造となっており、マフラーから貨物室まで 延ばされた特殊なパイプ排気ガス中の一酸化炭素を密閉された貨物室に直接流し込むようになっていた。犠牲者たちが貨物室に入れられるとドアが閉まり、鍵が下ろされ、そしてエンジンがかけられた。

 「ドライブ」は、全員が死亡するまでに30分も要しなかった。所定の場所に着くとドアが開けられ、死体は運び出されて埋められた。この「ガス・トラック」は、大型のものでは150人を、小型のものはその半数を収容した。ソ連ドイツ占領地域では1941年12月だけで、数千にのぼるユダヤ人が「ガス・トラック」で絶滅させられている。

 1941年12月8日。占領下ポーランドのロッヅ管区ヘルムノ村(ポーランド名ウッヂ市ヘウムノ)近郊で最初絶滅収容所が稼働を始めた。殺害には「ガス・トラック」が用いられた。犠牲者たちは主に列車で運ばれ、収容所の近くで降ろされた。そこは一部を公園に囲まれ崩れかかった古い宮殿中央広場で、人びとは垣根に囲まれ区域に通されると「労働に就く前にこれから車に乗ってシャワーを浴びに行く」と告げられ、次のように言い渡された。「衣服を脱いてこの車に乗るように」

 「ドライブ」が始まった。車が4キロメートルほど走ったころには、排気ガスによって全員が毒殺されていた。「終点」は森の中の柵で囲まれ場所で、そこにはこの仕事のために特別に殺されずにいるユダヤ囚人の一団が待機していた。彼らが死体を車から降ろし、そして埋めた(後には死体は焼却処理されるようになっている)。ヘウムノではこうした「ガス・トラック」が3台稼働し、当局員として150人ほどの警察官とSS隊員を擁して1943年4月に一旦閉鎖されるまで稼働し続けた(その後1944年から3ヵ月あまり再稼働)。ここではロッヅ管区他から連行されたユダヤ人と少数のロマ・シンティヨーロッパ語名ジプシー)の集団、合わせて30万人近くが殺害されている。

 1941年11月ポーランド総督管区内でユダヤ人絶滅作戦の準備が始動した。ヴァンゼー会議ハイドリヒの挙げたポーランド在住ユダヤ人口は228万4千人であるハイドリヒは1942年5月にチェコレジスタンス暗殺されたがそれ以後この暴挙は彼のファーストネームに因み、ドイツ政府より「ラインハルト作戦」のコードネームを与えられた。作戦指揮官には後のルブリン管区SS司令官警察長官、オディロ・グロボチュニクが任命された。グロボチュニクは3つの絶滅収容所計画を実行に移した。1942年3月中旬、まずベルゼック(ポーランド名ベウゼッツ)収容所、次いで同年5月ソビボル(同ソビブル)収容所が、そして7月末には第3の収容所、トレブリンカが大量虐殺を開始した。ドイツ東方植民地に設置されたこれら3つの収容所はいずれもガス室を備えていた。ここでは一酸化炭素ガスが使用され、ガスは屋外に設置されたガソリンまたはディーゼルエンジンからパイプで引き込まれた。それぞれの収容所には2、30名のSS隊員と、90から120名のウクライナ人(もとソ連軍捕虜で、ナチス・ドイツに協力を申し出た者)が 当局員として駐在した。SS隊員のほとんどは「安楽死計画」の要員から抜擢された者たちで占められ、後者ウクライナ部隊はルブリン近郊のトラヴニキにあったSS錬兵場で編成・訓練を受けたので、付近住民からは「トラヴニキ・マン」と呼ばれていた。

 ヘウムノ、ベウゼッツ、ソビボルそしてトレブリンカの各絶滅収容所は、文字に違わぬ殺人工場だった。連行された人々は、そのままガス室へ直行させられたのだ。何百人かのユダヤ囚人処刑を免れていたが、これは当局員と囚人たちの身の回りの世話のためであり、こういったグループはすべて数週間あるいは数ヵ月ほどで殺され、随時交代させられていた。

 ルブリン近郊のマイダネク収容所ユダヤ人、非ユダヤ人双方を収監する完全な構造を備えた強制収容所で、この地区にある他の収容所は全てマイダネクの補助収容所として機能していた。おびただしい数のユダヤ人がここで殺され、あるいは移送中に通過し、あるいは囚人として収監された。この中にはポーランド軍属のユダヤ人戦争捕虜も含まれている。マイダネクを生き残った者は数えるほどしかいい。

 強制収容所および絶滅収容所のうち最大の規模を持つアウシュヴィッツ収容所は、第三帝国ポーランド南部シレジア地方に建設された。1940年、早くもアウシュヴィッツ村(ポーランドオシフィエンチム町)に近い旧ポーランド陸軍兵舎敷地強制収容所が設置されている。これは元々ポーランド軍将校と政治犯収容するためのものだったが、I.G.ファルベン社などドイツ軍工業囚人労働力を提供するため、収容所近辺に多数の労働収容所が補助収容所として置かれるようになった。1941年にはビルケナウ村(ポーランド名ブジェジンカ)に最大の規模を持つ絶滅収容所アウシュヴィッツⅡ(ビルケナウ)収容所建設が開始された。ビルケナウはアウシュヴィッツ基幹収容所アウシュヴィッツⅠ)から西へ約3キロメートルの地点にあり、1942年5月に稼働を始めている。チクロンBを使用するビルケナウの4つのガス室は一度に1万2千人を殺害する能力を備えており、死体ガス室に隣接し連動する焼却炉(ナチはクレマトリウム火葬場と呼んだ)で 焼却された。焼却炉は24時間あたり8000人分の死体処理が可能だったが、1日で殺害される人数はこれを上回っており、残りの死体ガス室近くの森の中で野積みで焼かれた。アウシュヴィッツでのガス殺は1944年末まで続けられた。2つの収容所は約2500名のSS隊員を擁して1945年1月まで稼働し、その間に130万から150万のユダヤ人を含む、180万から200万人が殺害された。

 アウシュヴィッツビルケナウ収容所絶滅収容所と同時に強制収容所としても機能していた。殺されるために収容所に到着した人々は「選別」を受けるよう命じられることがあった。若く屈強な男たちは絶滅の集団からはずされ強制労働に就かされるか、他の収容所へ移送された。他に子ども双生児脊髄障害を持つ遺伝患者などが選別の対象となった。彼らはドイツ人医師たちの医学実験用に選ばれていたのだ。医学博士ヨーゼフ・メンゲレは、医師団の中でもとりわけ悪名高い。

 生き残った囚人たちも「選別」を免れたわけではなかった。1日に何度も行われる点呼で衰弱したり病気にかかった者、または労働に適さない者が見つけ出され、彼らはガス室に送られた。

 厳格をきわめる制度の下に束の間の余命時間が貸与され、囚人たちはそれを生きていた。飢餓さらす、むち打ちなど懲罰苦痛を与える−この種の非道所業はすべて囚人たちの心身を消耗させ死に至らせることが目的であり、SS隊員でもなければ思いつかないようなものばかりだった。 恐怖は、囚人たちの日常だった。囚人バラックから毎日、何十体もの死体が運び出されていた。 アウシュヴィッツビルケナウ−ここで心身を全うし得た者は、ごくわずかにすぎない。

2016-12-03

ていうか頑ななまでに「保育園」に拘る様子は全然左翼じゃなくて、せいぜいが経世会的な生活保守だと思うんですが。

左翼なら、勤務日数がフレキシブル北欧オランダ労働形態を見習おうと言うべきなのでは。

2016-12-02

http://anond.hatelabo.jp/20161202164141

俺そんなに年じゃないし、地元も都会ではないけどそれほど都市部から離れてるわけでもない

それでも小中高の男子同級生ほぼ全て「日光の下で肉体労働系の仕事してない男、目指さない男は変人」って考えだったからなあ

肉体労働以外、労働を知らない。テレビに映る世界外国出来事状態

今でも田舎のガキってそう思って生きてると思う

おめーらは努力してんのかよ?

電通とかブラック企業とか得意げに叩いてるけどさ、

おめーら努力してんの?

配慮してんの?



ブラック労働話題になるたびにリツイートするお前!お前だよ!

お前はなんで昼間ツイッターにかじりついてんだよ。

本腰入れてれば定時で終わった仕事じゃねえの?

それを昼間だらだらツイッターで遊んでおいて、

夜中になって「今日も帰れない」とか、休日に「自宅勤務」とかつぶやいてんの、ばかじゃねーの?



お前は1人で仕事してるんじゃねえんだよ、勤務時間中にお前が進めないと、俺らがしわよせを食うんだよ。

俺たちは常に巻いて巻いて巻いて進めて、それで必死で定時を守ってる。

なのに、お前が昼間遊んじゃった罪悪感から夜中や土日に勝手に働くワガママに、なんで俺たちが巻き込まれなければいけない?



俺は思う。

つぶやかれた残業ほとんどは怠惰によるものだ。

ほんとにヤバいとき、お前はツイッターなど開けないはずだ。

勤務時間10個以上つぶやいているお前、お前だよ。

お前はエクセルよりパワポよりフォトショより、ツイッターを開いているだろう。




ブラック労働に敏感な割に、お前は配慮ということを知らない。

必要もないのに深夜や夜中にメールを飛ばす。

100歩ゆずって土日や深夜に勤務が必要だったとしよう、

だが、他の社員に早急に作業してもらう必要がないのであれば、今すぐメール電話をする意味はあるか?

月曜朝に出社してから伝えればいいものを、まるで自分の手柄を報告するかのように伝えたがるお前よ、配慮を知れ。

イレギュラーイレギュラーとして扱うことから労働者の抵抗は始まるのだ。忘れるな。




他人無駄に働かせない配慮を、努力を、お前らはしているか

ブラック企業に抵抗する日々をお前らは送っているか

社会企業けが悪のように喚き散らかすお前ら、お前らがイチ歯車としてできることをしているか



この気持ち君に届け

http://anond.hatelabo.jp/20161120193028

いや、本当にその通りだと思いますね。

電通だけでなく、クライアントにも課題があるということは言えると思います



1人が複数案件を抱えているのであれば、それは電通側の社内で、本数を減らすことで解決できると思いますが、パラレルにして人を増やせば良い仕事と、1本化することでしか対応できない仕事があるので、時間を減らしたからと行って、一概に人を増やせば解決するというわけではない。

それを無理なスケジュールでオーダーされると本当にどうしようもない。〇〇周年企画やら、製品開発に合わせて広告を出したいならもっと早くオーダーをかけなければいけない。



ジョブローテーションでクライアント担当知識がないことも問題だと思いますが、知識のある担当がいても、代理店が無理をするのを知っているので、やっぱり無理をさせる。

じゃあ時間内でできることを提案すると許されるかというとそうでもなく、できないなんて言ったら、来年別の代理店に変えるなんていうことも簡単におこってしまうし、普通業務量でできる範囲提案は受け入れられない。



始末が悪いのはそれでけではない。

更には代理店の方も制作工程知識が不足している。なんとなく受注してしまってからプロダクションに投げるが、時間がなければお金という考えでは解決できないような”その人”でないと解決できない部分が出てくる。結果”その人”に負荷が集中せざるを得ず、法定外労働に陥る。

できないという会社には、発注しないので、できるという会社発注するが、できるという会社はかなり無理をしているため、ブラック体制プロダクションばかりが電通取引先に変わっていく。

結果的代理店は、ブラック企業を生み出す大元になってしまう。

今後、どこかで下流工程自殺者が出てくるだろう。結局零細企業は注目もされないので、世間に気付かれにくくなっていくだけなのではないか



今回の事件では、時間外の負荷をプロダクションに強いるなというお達しがでているようだがまず無理ではないか

時間作業できない分、外注比率高まる。するとやはり利益が下がるため、業務量を増やさざるを得ない。

これまで以上の新規パートナー開拓するか、特定プロダクションへの負荷が高まるかどちらかというと後者だろう。

2016-12-01

週間文春「ユニクロ潜入一年」を読んで

今週の文春。

連載なので、具体的に某ファストファッション企業の売り場から見える実態と闇の深さの考察は次号を読まねばならず、

今週は導入部分といったところか。

しかし、今回触れられていたバーゲンと呼ばれる催事間中販売員店舗業務従事する労働者過酷労働環境プレッシャーは、

いくら初めから納得の上で課せられた「仕事」とはいえ、読んでいて本当に胸が痛くなる。

自分にも身に覚えがあるからだ。

自分10年間、某大手アパレル店長をしていた。

アパレル流通においてSPAの中で店舗対面販売部門は、その売り上げを通信販売・無店舗型のインターネット取引に取って代わられつつある。

販売員を長時間拘束し、人件費家賃含め諸経費がかかりすぎる店舗経営というのは、これから縮小の一途をたどるのは明白だ。

売り場は、今、時代に即したやり方でもっとスピーディー情報伝達体系を模索して変化しなければ生き残れない。

しかし、記事を読む限り、そして同業他社の様々な人たちから聞く限り、

いまだに売り場というのは原始的かつ高圧的なトップダウン形態支配されている。

ブランド名商品力だけでは響かぬ、移り気で流動的なお客様が購入に至る過程において、

接客販売」というのは、

商品の力だけでは補えぬ「知識」「信頼」「安心」を生み、ブランドファンを増やすという点において、非常に重要仕事だ。

広告ネームバリュー商品力だけでは補えない、人と商品との「出会い」と「絆」は、

しろ今こそ実店舗経営は他社との明確な差別化を訴求するための、強力な武器になりうると思う。

売り場は、そこに行った者にしか味わえぬ強烈な「体験」がある。

販売員お客様個性に合わせて演出し、魔法をかけ、喜びと優越感を体感してもらう。

だが、その売り場に今となっては「数字」「雑用」「クレーム処理」ばかりが、しわ寄せのように押し寄せる。

働いている人々のポジション賃金も、本社に属する者より低く安い。

過去には現場重視の会社も多々あったが、この不況でグッと数が減った。

年齢が上がり売り場に立てなくなった古参販売員の他業種への流出も、具体的な受け皿がないままダダ漏れ状態

数字キッチリ取れるほどの販売力、心地よいサービス提供する接客力というのは、数ヶ月〜1年ではなかなか身につかない。

しか販売離職率は上がり、キャリアの浅いバイト派遣ばかりで、接客スキルの質の著しい低下も、最近はとても目に付く。

「売り場重視」「働きやす環境」を謳う何社かも、比較すれば他の業界に比べ圧倒的に賃金福利厚生共に水準には全く届かない。

今回のこの連載が、業界においての接客に携わる人たちの労働待遇改善地位向上の動きにつながりますように…と、

応援意味も込めて文春を購入した次第。

2016-11-30

北海道の美味しいお店

http://anond.hatelabo.jp/20161130113432

試される大地へようこそ! 1月にいらっしゃるとのことで、お勧めのお店を紹介します。


芦別市芦別「新宝来軒」

ここの「ガタタン」を食え。「ガタタンラーメン」がスタンダードだが、個人的には「ガタタン」をチャーハンにかけたものが好み。

「ガタタン」は塩味あんかけなのだが、ほとんどこの芦別しか食べられない。戦後満州から引き揚げてきた人が中国料理アレンジした料理を蘆別で始めた。これが「ガタタン」。

炭鉱で栄えた芦別炭鉱マンをあったかくする為に「ガタタン」は食べられてきた。そして近年ではご当地グルメに。

そんじょそこら粗製乱造されたご当地グルメには叶わない、引き揚げ~炭鉱労働という、戦後北海道歴史のド真ん中を歩いた食べ物といえる。

これを味わいながら、北海道近代史というものに思いを馳せてほしい。



足寄町本町「あさの食堂

今ではめっきり少なくなった、ただの食堂ラーメンがメインで、二人のばあさんが作っている。

化学調味料主体の、懐かしいラーメンを食べたかたらここ。醤油を頼め。チャーシューが激烈に、懐かしい。

昼時に行ってみてほしい。近くの道の駅に大型トラックを止めた運転手さんや、地元の昼間っから道楽してるおっさんを眼にすることができるだろう。

ここから北見に抜ける運ちゃん、阿寒に抜ける運ちゃん、帯広に抜ける運ちゃん。今も昔も、足寄は人間交差点なのだ



札幌市北24条元祖美唄焼き鳥 三船」(居酒屋

いか北24条の「三船」に行くんだぞ。「三船」を冠する店は何件かある。美唄焼き鳥元祖三船福太郎氏にあやかったものだ。

由緒論はえてして混迷を極める。ここは伝統だとかじゃなく、純粋うまいところを紹介する。それが24の三船だ。

ここ、メインメニュー美唄焼き鳥の鳥串で、サイドメニューも大変豊富。そしてどれもとっても美味しい……のだが、サイドメニューは頼みすぎないほうがいい。

鳥串が美味しすぎて、何本でも食べられてしまうのだ。6人で行って、一時間半でお通しと串120本と酒だけで帰ったことがある。それだけ串がめちゃくちゃ美味い。



札幌市駅前和風パブ 松」(居酒屋

札幌ザンギを食べたいならここ。ザンギって鳥の空揚げの親戚みたいな北海道グルメだが、その王道典型と言えば松のザンギ

ただしここはまっとうな居酒屋なので、酒もちゃんと頼むべきだし、注文しないでずっと居座るようなことをしてはならん。

食事メインなら正直いかないほうがいい。あと和風パブっていってるが普通居酒屋から気負うことはない。



士別市多寄「淳真」

道北道東のいなかには美味しい蕎麦屋が点在しているが、ここは士別市の郡部にあるお蕎麦屋さんだ。

田舎ロードサイドってのがどんなものが味わうに格別の場所。②のあさの食堂と似てるんだけど、こっちのほうが人の往来が多い気がする。

ここの主人は、道外からやってきた人。多寄の食材に惚れ込んで移り住んだ。この多寄、蕎麦生産するが、それはどこか遠くへ運ばれるだけだった。地元産の店を、超田舎提供する試みが始まった。新しい移住・挑戦の歴史を感じたいならばここだ。



岩内町本町「北緯43度」

焼き魚を食べたいならここだ。目の前で焼いてくれる感じだ。私は山育ちなので、豊富な魚メニューのどれが旬なのかさっぱりわからない。けれど、いつも頼んだもの絶対に激烈においしい。

近くに道の駅があるから、そこも見学しよう。そしてこの界隈には美術館がたくさんありますわ。いずれも郷土画家ですの。お嬢鯖も大満足間違いなしですわよ!




羽幌町本町渋谷水産直売所・北のニシン屋さん」

ニシン時代は遠くなった。最近はまた増えてるらしいが。では漁村では何が行われているのか。それは、ニシンが群来(くき:大量にやってくること)ていた時代から培われた「水産加工業」だ! そんな歴史はともかくだ。札幌から200キロ程。ここまで離れると海鮮丼が安い! 「羽幌丼」を食べよう。地元産にこだわりたいなら「甘エビ丼」だ。食べ終わって満足したら、付設の直売所を見に行こう。水産加工テクニックを直に感じて、お土産を買って帰ろう。





2000年代以降に生み出された軟派なご当地グルメに絆されるなよ。

デリヘルでの本番行為

喜ぶ娘と、どうしても無理な娘がいる。不思議ものだけど、フェラしたり口に精液を受けたりしても、それでもなおプライドがある。

それはきっと誰でも同じで、悲惨労働従事していても、なぜか不思議なほどに変なプライドがある。サービス残業ばかりのブラック会社

部下より先には帰らない、、みたいなプライド。家には家族もいるのにね、、、。

逆にあれか、、。悲惨環境に居る人ほど、プライドが強くなってしまうのか。それは非常に奇妙なプライドなのだけれど、本人にとっては非常に

大切なのだろう。

頭脳労働って、単純な知識労働?というのか、何か専門知識があるだけでは、なんだか不充分で。

説明力とか。交渉力も、込みでないと、動かない何か。

本でも、プログラミングだけではシステムは動かないとか、(『プログラム技術だけでは動かない 』というタイトルだった)

なんとかってあった。

  

世の中の仕組みというか、対象となる人間を含めた、(平たく言えば、ユーザーなんだろうが)理解必要なようで。

世間全体のシステムを知っている必要があるんだろうなーと。

  

あと、気合いというか、自信に満ちた態度とか。

面倒だなーと思う。

  

生きていくことが、負担で押し潰されそうだわ。

  

2016-11-29

「これ男女逆だったら世間(≠ネット意見)からクッソ叩かれるんだろうなあ」

ってのあるよね

主に「これの主体が女じゃなくて男だったらクッソ叩かれてるんだろうなあ」って意味

例えば性別逆のトイレに入ったり

異性に肉体的ないし精神的な暴力ふるったりとかさ

でもこれの逆ってあんまり思いつかない

「これ男じゃなくて女だったら世間からバッシングだよ」

みたいなの

例えば「女がバリバリ仕事をしてキャリアを積んでいく」みたいなのって

「女のくせに…」みたいなこと言われてもそれ自体は悪いことじゃないし

バッシングというのは違う


ようはなんらかの失敗や悪いことしたのが男じゃなくて女だったら…みたいなの

ふと、夫婦育児関係だとそういうのあるんじゃないのか?と思って考えてみたけど

子供関係…例えば児童虐待なんかは女(母親)は容赦なく叩かれるもの

男(父親)も容赦なく叩かれる(叩かれて当然だが)

これは「女だから」というより男女平等に叩かれてるイメージ

じゃあ浮気はどうかと言えば

今の若い世代で「(男の)不倫は文化」なんて考えの人あんまりいないように見えるし

しろドラマなんかでは「浮気する男はだらしないクズ(悪役)」「女の浮気は禁断の愛」みたいに描かれてるのを見かけることもある

主体浮気も「禁断の愛」的な描かれ方することもあるけど「浮気する女はだらしないクズ(悪役)」ってのはあんまり見ない

じゃああれだ

家事

家事しない女がよく叩かれてるし

…と思ったけど結局これって家事育児労働と考えた場合会社で働く夫と家で家事する妻の労働負担量が平等ではない(実態はどうであれ)」ってことで叩かれてるのであって

専業主夫家事しなければやはり同様に(あるいはそれ以上に)叩かれる気がする




全然思いつかなかったけど

ここ数十年男女平等にすべきだと女性から不満が出続けてることを考えると

必ず「性別逆だったらクッソ叩かれてるだろうなあ」ってのが

男→女も女→男も同程度あるはずだと思うんだ

皮肉で言ってるわけじゃなくて

マジでそういうのないのかなあと知りたい

2016-11-28

保活は死活~居宅内で働く個人事業主の訴え~

自営業フリーランスなど、個人事業主で居宅内労働者の認可保育園入園指標が低い理由は?

それは、自治体保育課の職員無知からにつきる。居宅内労働者育児仕事が両立できるという、空想論を信じている事が一番大きな原因だろう。

私は居宅内で仕事をする個人事業主である

上に3歳と、下に0歳の子供がいる。

子供出産し、産休後すぐ仕事を再開した。生後2ヶ月未満の赤ちゃんを預けられる保育園は限られており、空きもなかった。

個人事業主には『育児休業制度』がない。そういう法律が作られていないのだ。もし、産後仕事を休むとすると、それは『育児休暇』となる。

育児休業と育児休暇の違いは何か?

育児休業』は、労働基準法により定められている被雇用者のみが利用可能制度だ。出産し、育児の為に仕事を休む事ができる有難い制度育児給付金まで貰える。だいたいの雇用者は約一年近く育児休暇を取得して保育園入園を果たし復職する。

一方、『育児休暇』とは。

自営業フリーランスなどの個人事業主が『勝手育児のため仕事を休んでいる状態』を意味する。制度ではない。休んでいる間の収入は0。そもそも個人事業主に、育児の為の法律存在しない。

まり産後不自由なく育児に集中できる被雇用者に対し、個人事業主は、産後すぐ業務を開始せざるをえないのだが、なぜか保育園入園指標が高く設定されているのは、産休育児休暇も満足に取れ、なおかつ手当まで出る、いたれりつくせりの被雇用者のみなのだ


おかしい。

居宅内労働個人事業主は、これほどまで差別扱いを受けなければならないのか。

なぜか?

その裏には、自治体ならではの理由があると考えられる。

それは、法律に守られている方を優先しないと、『法的トラブルに巻き込まれた時が面倒だから』ではないだろうか。

なので、法律自体存在しない個人事業主の子供を保育園入園から蹴落とす事など、自治体にとっては痛くも痒くもない。待機児童の多い地域なら、なおさら個人事業主の子供を優先する気など最初からないのだ。

個人事業主や、居宅内労働をする者の指標の低さを自治体(市・区役所)の窓口や、電話質問してみると、職員は口を揃えて言う。「そういう決まりから」と。それで終わり。

窓口に来る保護者平等になんて見ていない。

ちなみに、私も役所職員から言われた言葉は、「家で仕事してるなら子供見ながらできるでしょ。自由きくんだし。」だ。噂だと思っていたら、本当に言われた。

何度でも言うが、自由がきくなら最初から保育園に申し込まない。自由がきかないから、同時に保育と仕事が成り立たないか子供を預けたいのだ。

また、職員は「一時保育を利用したら?」と軽々しく言う。職員達は、自分達の管轄する地域の認可・認証無認可保育施設の一時保育枠に空きがめったに存在しない事、0歳は受け入れていない事を全く把握していない上に、保育施設に対する知識が無さすぎなのだ。この現状を私が説明すると「え?そうなんですかー?」と他人事の返事。

そして、いか個人事業主自由がきかない立場なのか、全く理解されない。

仕事内容には、外部との打合せもある。クライアントオフィスに出向く事も多々ある。そこに、子連れで行けということか?

ぐずる子供を抱き抱えながら仕事しろというのか?

書類は破かれ、パソコンキーボードは滅茶苦茶に叩かれ、筆記用具を口に突っ込まれ…その度に離席して、仕事電話子供の泣き声でかき消され、魔が差して我が子をぶん殴りたくなる気持ちが抑えれなくなる。しかし、居宅内労働者実態を知ろうともしない行政の連中は、「仕事しながら子供を見れないのは、要領が悪いだけだ。」としか考えていないのだ。

例えば、こんな話。

0歳児と3歳児を抱えながら働く女性が二人いるとする。

一人は、会社員育児休暇中。上の子保育園児。祖父母が近くに在住。上の子のお迎えは、祖父母がしてくれる。夫はだいたい早く帰宅するので子供の面倒を見てくれる。時間に余裕があり、温かい料理を作って家族全員で笑いながらの食事。夫が子供風呂に入れてくれ、自分は後から一人でゆっくり入浴。子供は21時には就寝。女性自分時間を満喫し、23時には就寝。

アベノミクス理想としている家庭像であり、女性像だ。

もう一人は、居宅内労働個人事業主。こちらも上の子保育園児。身内は全て遠方の県外に在住。夫は激務で家に帰ってこない日がほとんどだ。仕事をしながら、子供の世話も家事も全て一人でこなさなければいけない。今日仕事3分の1も進んでいない。日中0歳の子供はずっと昼寝をせず、一人遊びも5分が限度。母乳ばかりを欲してはぐずり、何度も仕事する手を止める。子供仕事道具に手を伸ばしてくる為、スムーズ業務が進まない。ほとんどが育児時間を割かれる。じっくり子供と遊ぶ時間も余裕もない。御飯を作る時間もない。今日自分と上の子コンビニ飯。下の子毎日パウチ離乳食。お風呂に入れる時間なんなてない。もう何日コンビニ飯だろう。お風呂最後に入れたのいつだっけ。23時、子供を寝かしつけるにも寝ない。もう2時間は過ぎた。イライラして怒鳴りつける。上の子の頭を叩き、下の子に無理矢理添い乳をして必死に寝かせる。もう頭が回らない。ようやく二人共眠った。仕事の続きをしようと布団から出ると、0歳の子供が泣き出した。あぁ、また仕事が進まない。また寝かしつけをしなければ。時間けが過ぎていく。納期が間に合わない。今夜も自分はまともに眠れない。大きな仕事をしたくても、こんな環境じゃ受注できない。また吐きそうだ。毎日吐いてる。死にたい死にたい

認可保育園、なんで一時保育が1歳からしか受け付けてないんだよ。認証保育園、なんで当日に通常保育の園児が欠席した時しか預かってくれないんだよ。ベビーシッター、高額すぎて払えば生活ができない。消費者金融に手を出せってことか?ファミリーサポートサポート会員が少なすぎて助けて欲しい日時が合わない。生きてるのが辛い。

理想だらけのアベノミクスの裏にある、暗くて黒い家庭と、独りきりで追い詰められる女性の現状だ。政府が知らない、ある家庭の実態

さて、問題入園の優先度が高いのは、上記のどちらの女性の子供か?

正解は、前者の女性の子供。

理由は、この女性が『居宅外被雇用者』で、保育利用基準指標が高いから。

『居宅内個人事業主である後者は、どんなに産休後すぐに仕事を頑張っても、どんなに身を粉にしても、家庭環境地獄のように荒んでいても、精神崩壊ギリギリライン子育てをしていても、保育園入園優先順位にそんな事情は一切関係ない。保育園利用基準を低く設定されているが為に、申込児の中から一番優先度が低い扱いになる。全ては、指標の高い順なのだ


生活が、どんなに荒んでいても、母親の姿が見るに耐えられない状態でも、ワンオペマザーでいつ倒れてもおかしくない状態でも、毎日子供コンビニおにぎりしかあげられない状態でも、育児放棄に近い状態でも、認可保育園への入園に優先されるのは『居宅外雇用者母親の子供』なのだ。それほど『居宅外被雇用者』の指標は高く、『居宅内労働個人事業主』の指標は低く設定されている。

指標が全て。

個人事業主として働く人間は、自治体偏見で設定されている低い指標から逃れられないのだ。どんなに頑張っても投げつけられるマイナス指標

「今年頑張ったら、来年こそは入園できる!」なんてことはないのだ。待機児童になり、一年死に物狂いで子供を見ながら頑張って仕事をしても、同じく待機児童になって育児休業期間を延長した子が優先されるのだ。なぜなら、いくら仕事を続けた所でも、居宅内で育児をせざるを得ない為にマイナス指標が発生し、結果、総合指標個人事業主は負けるのだ。

理不尽

こんなにも生活に差があるのに、保育の必要性が高いとされるのは、『居宅外雇用者母親の子供』。



それが、待機児童ワースト1の世田谷区式認可保育園入園優先方法なのだ。多分、他の区や他県も優先方法はたいして変わらないだろう。

自営業フリーランス保活ブログや、自営業の方が役所に送った保育園不承諾についての意見等たくさん目を通してきたが、皆口を揃えている。「不平等だ」と。「育児休業中の会社員には勝てない」と。自分は今、預け先がないまま必死で働いているのに。そして区からは、子供の預け先が確保できないのに「自宅で育児してますね。はいマイナス6ね。」と、理不尽マイナス指標を投げつけられるのだ。

では、育児放棄すればいいのか?預け先もない、仕事は進まない。だったら、育児放棄して仕事に集中すれば、保護者が保育をしていない状況だと判断してくれるのか?どこまで自営業を追い詰めるのだ。有料での預け先すら空きがない現状なのに、そこを無視してマイナス点をつけるなんて不公平すぎる。預け先があれば、とうに実行している。ないのだ。探しても探しても、ないのだ。ようやく0歳児の一時保育をしている無認可施設を見つけたが、満員かつ、0歳はこれ以上受け入れないと、どこも揃って言うのだ。

数年前からメディアにも出ている、子連れ可能コワーキングスペースも利用してみた。結果は全く仕事にならなかった。いくら子連れ可能ワークスペースだろうと、子供の世話は自分でしなければならない。結局、居宅外で仕事をするにも、子供が一緒だと逐一仕事邪魔をされて業務にならないのだ。

普通主婦業でも、夕飯作りや掃除最中子供邪魔すると「家事ができない」と嘆く人が多いが、

子供を見ながら仕事をするのも同じなのだ。全く仕事ができないのだ。


私は再び待機児童になれば、廃業せざるをえない。

私に仕事の依頼をくださるクライアント申し訳がないが、働けないのだ。

そして、子供をこれ以上産む気にはなれない。兄弟がいる場合、下の子待機児童になって働けなくなると、上の子保育園に通園していても退園になるからだ。

こんなに不満を抱える個人事業主がたくさんいる。保活に対して不平等経験をした個人事業主達で立ち上がり、納得のいかない保育園選考基準指標のあり方に対しての署名運動や抗議を、区や政府に対して起こす必要は十分にあると思っている。

居宅内労働者の大変さを、もっと知ってほしい。もう、役所政府も、目を背けないでほしい。だから日本女性は輝けないのだ。働く女性、働く母親理解していない奴らで保育や育児に関する政策を作るな!

ちなみに私は、保育園をただ増やすだけのやり方には反対である保育士待遇を良くする事、保育の質を守る事、働く親、働きたい親と、その子供達に平等な保育環境を与えてくれる事を望んでいる。土地関係上、保育園が増やせないなら、代案を。政府的外れ対策は、無駄が多すぎるのでやめてほしい。現場の声を聞け。

来年、再来年に用意してほしいのではない。

今、必要なのだ

今回もまた不承諾通知が届いたとすれば、それは区から「死んで下さい」と言われているのと同じ宣告だ。

人間らしく、生きたい。

私も、子供も。

2016-11-27

ヨナラニッポン(※フィクションです)

2016年日本で働いていた。

日本に行けばお金が稼げる。そのうえ先進国技能技術知識を身に着け、故郷凱旋して自国の発展に貢献できる」

そう聞いて、幼い頃からの憧れだった日本に行けるならと、あまり深く考えずに多額の借金をして日本へ飛び込んだ。アジアのなかで欧米列強に肩を並べるほどの豊かな国を築くほど優秀で、かつ、未曾有の天災が起きても一致団結できるモラルの高い日本の人びとに、最親日国の友として色んなことを学びたいと思っていた。

そんな思いでやってきた自分が置かれた状況は、予想だにしなかったものだった。

彼ら日本人は、私達のパスポートを取り上げて「言うことを聞かないと強制送還だ」と言い、技能技術知識のまったく身につかないキツい労働を半ば強制的押し付け最低賃金を下回る報酬しか払おうとせず(未払いやサービス残業も横行)、「外泊は直ちに強制帰国、違約金50万円」や「恋愛は警告。聞き入れない場合は違約金20万円」などという独自ルールを作り、私達の人としての権利を縛った。

この状況に愕然とした。日本の人びとは日本人同士で助け合うものの、外国人途上国限定)を人として扱ってくれなかった。彼らを友だと思っていたのは自分だけで、彼らからすれば農耕馬かなにかと同じ感覚だったのだ。

騙された。

いや、正直安い労働力として期待されていることは承知していたが、人として接してもらえないとはゆめゆめ思わなかった。

もちろんなかに制度趣旨理解して高い技能を伝播してくださった企業や、友として接してくれた人びともいたようだが、それはほんの一握りで、日本国際社会国連国際労働機関から再三の是正勧告を受けてもなおこの人権侵害労働強制を続けていった。

知っていたら絶対にこんなところに来なかった。

そんな過酷環境に耐えきれず、失踪する者があとを絶たなかった。失踪者たちはパスポート労働許可もないまま窃盗などの犯罪グループに加わった。かばうつもりはないが、彼らには借金があり、もはやそこしか逃げ場がなかったのだ(※日本に来るためにブローカーなどに借金をするが、その額は母国で何十年働いても返せる額ではない)。

年々我が同胞犯罪検挙数が増えていくとともに、日本人の私達に対する態度や扱いはますます厳しいものになり、ますます失踪が増え・・、という憎しみのスパイラルに陥っていった(※2016年国籍別で中国を抜いてトップ犯罪検挙数・検挙率となった)。

そんな両国関係悪化していく状況のなか、犯罪に走ること無く三年間の労働期間を終えて母国に帰った自分に残されていたのは、人を罵る日本語バカヤロー、オマエナンカ死ンジマエ」、それだけ。結局、金も技能もなにも残らなかった。朝から晩まで会話を必要としない農作業で、宿舎と言う名のブタ小屋共同生活同胞だけの暮らしだったので語学を学ぶ機会はなかった。それに、好きになれない国の言葉積極的には覚えようとはしないだろう。

いま思えば、人生いちばん伸び盛りの時期に、なんて無駄時間を過ごしてしまったのだろう。どうしてあのとき日本になんか行ってしまったんだろう、そう深く後悔したものだ。

それから10年、我が国経済成長5〜7%前後を毎年キープし、安定的な発展を遂げた。多くの人々が一家に一台自家用車を持ち、家電嗜好品を買い求めるようになった。運良くこの成長の波に上手く乗った私は、不動産で財を成して国内トップ20に入る資産を築いた。政府関係者とも太いパイプを持つことができ、国政にも多少の影響力を持つようになった。

この一億総中流の消費市場で躍動しているのは、中国韓国、そして欧米各国の企業だ。クールジャパン実態はただの冷徹日本人だったことがわかり、ASEAN諸国からの「憧れ」を失った日本ブランドは各国で輝きを失い、次第にシェアを落としていった。

日本企業自国市場が縮小していくなか、アジアの成長する市場でモノを売っていくしか生き残る道がないことを誰もが分かっていたはずなのに、あのとき私達を隷属させた代償として自らのブランドを毀損し、その機会を逸してしまったのかもしれない。

新聞でチラッと読んだが、高齢化がより一層進んだ日本では社会保障やら国防やら国政の課題もさることながら、屋台骨だった自動車産業米国IT関連企業に食われるなど、経済もいろいろ大変らしいがそんなのどうでもいい。

日本と聞いただけで、あの奴隷主のように振る舞う日本人を思い出して気分が悪くなる。もう二度と行くこともないし、とにかく日本にも日本人にも関わりたくない。日本プロダクトは一生買わない。

ヨナラニッポン。

バカヤロー、オマエナンカ死ンジマエ。


2016/11/29 はてブから

たくさんのはてブありがとうございます

興味を持って頂いてとても嬉しいです。

日本にもこういう皆さんがいることを、あの国の人びとに伝えたいと思います

ベトナム人刑法犯が中国人抜く」中国人件費上昇等諸々の事情外国人技能実習制度対象中国からベトナムに変わった結果。私たちベトナム人申し訳ないことをして、彼らを犯罪に追い込んでいるのだ

ほんとおっしゃる通りで、世界で最も親日国(97%親日である国の人々をわざわざ追い込んで反日を量産している状態です。

ずいぶんとアホだなと思いますし、日本未来(=若い人たちのこと)を全然考えていないですね。

途上国工場でやっていたことが、労働者を招くことで実態が見えやすくなったのだろうね。オチ日本的奴隷労働自国民をこき使う経営者になっていたがよかったかも <<

2016年11月現在ですと、これほど過酷現場だとさっさと辞めますので成り立ちませんね。

人材流動性めっちゃ高いですし、何より残業より家族との食事を大切にする民族ですゆえ。

借金をさせた上にパスポートを奪って流動させないところが日本業者さんのあくどいところですね。

からこそ反発も大きいです。

技能実習制度で学んだ「技能」が母国でどれだけ活かされているか政府が成果を全然アピールしない時点でお察し。

お察しの通り、今まで会った方で「役に立った」と言ったひとは0人です。

日雇いやってるから実際の現場で見る光景は壮絶だよ。若い女の子日本語学習の機会すら与えられずに機械の隙間から噴出するスチーム浴び続けて顔面水疱塗れにして毎日12時間以上5000円の日当で働いてた。

そういうことを見聞きした同国民はすごく怒るんです。

日本人よりも人と人との距離が近くて、血のつながっていない他人なのに親戚の子みたいな感覚で怒ります

また、仰る通り大抵の現場が「日本語学習の機会すら与えられず」なんですよね。

これも結果的に「日本に行った意味はなかった」になる要因です。

>もろノンフィクションやん。 大丈夫だよ、あと数年で 日本人九州の大噴火で 大半死ぬから

いやいやいや。死なないでください。

>これだけ日本語が書けたら金になる

ありがとうございます

もっと上手く書けるよう精進してまいります

さよならニッポン、また来てジャポン

重めのエントリー一服の清涼剤をありがとうございます

>シン・ニホンシネ

もったいない言葉です。

でも、日本に死んでほしくないので書いている向きもあります

2016-11-25

日本人の脱ノンポリ化、左翼志向がまったく新しいサブカル(サブカルチャー)の萌芽になるかもしれない

https://www.amazon.co.jp/七二-仮-高山直人-ebook/dp/B01DDAUVMA

貴方は読んでいるかどうかも怪しいかもしれないが、かつて、私は七二(仮)という電子書籍文化カーストXというもの提唱した。

詳細は実際に書籍を読んでほしいので省くが、早い話が、エリートヤンキーオタクのいずれにも属さな文化階級で、わかりやすく云えば、理性と精神価値を重んじる階層で、エリートとは正反対性質で、精神価値を重んじるお宅と、理性を大事にするヤンキーを足して2で割ったものだ。

今回はそれについて現代視点で少し考えてみよう。

大企業が仕掛けたり、ましてや政治行政実施するわけではないのに、ネットと連動する形で自然と大きく盛り上がった文化現象と言う風に考えれば2000年2010年代の「オタク」も今の「デモ」も類似している。そしてどちらも、世の中の支配的な構造に圧迫された人たちが参画しまくったのだった。

OOAだけでなく、高齢ネット原住民ファッション関連の騒動活躍したこと、東海道新幹線から和製自爆テロリスト」が生まれことなどを考えると、日本の主流もノンポリ優勢の構造ではなくなりつつあり、むしろ今の左翼パルチザン化の流れに合流するような兆しを私は感じている。

いずれも社会の日陰者扱いされた鉄道オタク文化バイクオタク文化大衆文化にぶち上げた「流れ」の当事者たちがもしも左翼に合流するとどうなるだろう。すでに日本でも韓国10分の1の規模のデモは頻発している。「自分がでネット原住民流行煩い大人から無意識バイクお宅にはまっていた人」がこれに加わるとどうなるだろうか。

日本社会の抱える相次ぐ問題である汚職裏社会スパルタ労働(ブラックなんて可愛い言葉はもうやめよう)に続いて、鉄道業界にも政治イデオロギーがらみの黒い噂が立ち込めているという。所謂ネット原住民空間はともかくとして純粋鉄道オタクさえ右翼バッシングが多いのは、単に右翼憎しという日本人としての公憤や鉄道の印象を悪くされたオタクとしての義憤だけでなく文化への干渉があるからだと思う。裏社会沙汰で自身が影響を被ったり、私鉄解体されるために遊び場所鉄道からなくなることもあると思う。

既にJR北海道とか認知症右派団体がらみの大炎上があるわけで、今後もこれに匹敵したり凌駕する騒動汚職が続くことは必至なんじゃないかと思われる。そういう繰り返しがあれば、不満によって私鉄否定論支配的になり、ネオリベに怒りの矛先が向かうようなこともありえなくないだろう。

ポストファミコン世代とかリア充世代とか、30代以上のオタクからすれば「自身弟子左派かぶれ」な人間がすでに左翼の側にある。同じく強烈な文化発信地であって同じように1980年代2010年代時期にトップダウン的な潮流のもとで大衆文化化が進んだ「デモ文化オタク文化左翼(リベラル含み、ネオリベ除く)が手を結ぶ」可能性もありえなくはない。

そういうものを「公のお墨付き」と位置付けて、往年の西側諸国のように大衆文化国民コントロールを円滑する道具にしつつ、対外PRのための政策芸術として用いようとしていた日本の政治からすると、サブカル大衆文化という大きな文化軸に矛を向けられることだけは避けたいと思われる。

2000年代福知山線事故以降、日本エスブリシュメント層は鉄道オタク的な文化嫌悪するようになり、それまで叩く側にあった車・バイクサブカルチャー文化を急に持ち上げだした。そしたら2000年代後半にエスブリシュメント層によるノンポリ道路文化迎合政策鉄道文化政治思想家潰しが激化し、1990年代には等しくのいかがわしいとされた両者は全く別の道をたどった。

一方は冷遇されたためにプロテスト積極的集団となり、一方は厚遇されたために御用化したが、この二極構造が、今まさに変わっているさなかにあると思う。それがどうなるのか気になっているため、最近社会運動テロシーンの動向にはずっと注目しているのだ。

配偶者ブラック環境で働いている

表題の通り、配偶者ブラック環境で働いている。

裁量労働という雇用形態は名ばかりで業務に対しての裁量はほぼ無く、出勤時刻も定められ残業代はみなし分のみ。業務量に対して人員が圧倒的に少なく、毎日朝早く出社して終電間際まで残業して帰ってくる。出張含みの休日出勤がよくあるが、謎の社内規定により振替休日を取れる期間がかなり限定されているらしい。(当然、通常業務との兼ね合いで振替休日がとれないことがままある)


話を聞くと、他にも違法スレスレというか完全に踏み越えたような謎ルール蔓延っていて社長や側近は公然とそれを押し通しているらしい。まあ中小企業ではどこもそんなものなのかもしれないけど。


本人はそれらの条件をある程度納得して働いているみたいだし、望んでいた業界社会的に意義のある(らしい)仕事をしているみたいなので業務の内容自体に口を出す気はさらさら無いんだけど、2人の共同体としてみた場合には残業してもその分の賃金が出ないことや休日にタダ働きをしている事を許容したくはない。急に休日出勤が決まり旅行キャンセルしたことだって何度もある。時間を浪費したうえに労働の対価を得ることもなく金銭的に損(?)をしていることに加え、あまりに長い労働時間ストレスフルな環境は心身へのリスクを孕んでいるとも思う。


本人にそれとなく伝えても、「まあウチはそういう会社から仕方ないよね〜」で終わってしまいあまり強く言えない…というか労働環境改善されれば、別に今の仕事を続けること自体に反対はまったくない。こういう場合ってどうしたらいいんだろう。効果があるかはさて置き、労基へのタレコミって家族がしてもいいものなのかな。

2016-11-24

体重労働継続するためのハードル高い

セメント運び鉄骨運びは地獄だった

やっぱり現場仕事でも特別技術が身につけられないと辛い

内装もやったけど長時間上げっぱなしで作業する腕がしんどかった