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はてなキーワード: 自尊心とは

2017-03-28

じんこフレンズ - ようこそ、山月記パークへ!

草原の木の上で人虎が寝ている。

そこへ監察御史の袁傪が歩いてくる。

飛び掛かる人虎。

袁傪「わー!食べないで―!」

李徴「食べないよー!ひさしぶりだねー、袁傪!」

袁傪「李徴?李徴なの?」

李徴「そうだよー!己の自尊心羞恥心、あと怠惰のせいで虎になったんだよー!」

李徴「それとねー、最近は虎としての意識が次第に長くなって、人だった頃の記憶がなくなってきてるんだよー!」

袁傪「そうなんだー!あ!わたしは監察御史になったんだよー!」

李徴「すごーい!袁傪は社畜フレンズなんだねw」

袁傪「おまえ、高知でずっと消耗してろよな!」

袁傪はそう言って立ち去り、二度と高知山月記パークには来なかったとか。

2017-03-27

強殖装甲「山月記」 - 恐怖の人虎型ゾアノイド!

前回までの強殖装甲「山月記

李徴は若くしてクロノス日本支部統括者まで登り詰める秀才であったが、非常な野心家で、

一介の支部統括者身分に満足できず、クロノス十二神将の一神として名声を得ようとした。

しかし、リヒャルト・ギュオーに造反を見抜かれ、

支部統括者を退かされたために、李徴は経済的に困窮し挫折

その上、下級ゾアノイドとして屈辱的な生活を強いられたすえ、

中国河南支部出張を命じられた際に発狂し、そのまま山へ消えて行方知れずとなった。

翌年、李徴の旧友でクロノス監察官となっていた袁傪は、

旅の途上で謎の人虎型ゾアノイドに襲われかける。

しかし、人虎は袁傪を見ると茂みに隠れ、すすり泣く。

人虎型ゾアノイドとなった李徴は、姿を隠したまま身の上を語る。

今では虎としての意識が次第に長くなっているという。

本編

ドクターハミルカルバルカス目覚めよ!李徴!

   袁傪から脳髄共々コントロールメダルをえぐり出してしまえ!」

 

李徴「ぐああああああああ!

   俺に!俺に人としての意識があるうちに!

   俺にメガスマッシャーを打て!袁傪!」

 

袁傪「李徴!」

 

李徴「そもそも俺が人虎になったのは自身自尊心羞恥心、また怠惰のせいであった…。

   さよならだ、袁傪!」

 

袁傪「ダメだ!

   袁傪にメガスマッシャーは撃てない!」

 

哲郎「何を躊躇っているんだ!袁傪!」

 

袁傪「あのゾアノイドは!

   あのゾアノイドは李徴なんだ!」

 

哲郎「なんだって!?

 

村上「間違いない。あのゾアノイドは李徴だ」

 

哲朗「村上…」

 

村上「だが、おそらく、李徴としての、人としての意識ほとんどないだろう」

 

哲郎「そんな…」

 

村上「(そして、おそらく、この調整ができるのは…、

   クロノス十二神将の一神

   ドクターハミルカルバルカス!)」

 

バルカス「ほお…。ここまでダメージを受けても袁傪は李徴を攻撃できないのか…。

   しかし、時間問題であろうて」

 

ギュオー「これは見物ですな」

 

巻島「…」

就活によって虎にメタモルフォーゼしてしまった先輩の話

サークルの先輩になるが、就活中にいろいろと思い悩んだ結果、とうとう発狂して虎にメタモルフォーゼしてしまった男がいた。

彼は極めて優秀な男で、幼少期からご近所でも評判の秀才だった。

大学も一流国公立に現役合格

なので、彼自身としてもエリート意識というか、周りの奴らとはひと味ちがうんだよなーみたいな気分があった。

そんな彼だったのだが、就活をしている最中に突如失踪し、そのまま行方不明になってしまったのである



失踪一年後。

飲み会帰りで酩酊状態にあったわたしは、軽くリバースしようと思って路傍の植え込みに近づいた。

すると、そこから一匹の虎が何の脈絡もなく登場。

虎はガオーとわたしを威嚇したので、ビビった。

しかし、そのガオーをよく聞いてみると、そこには往年の先輩を思い出させるような音色が多分に含有されていたため、わたし勇気を出して話しかけてみた。

すみません。ひょっとして、先輩じゃないっすか?」

すると虎先輩は悲しそうに縞模様を震わせながら、

「如何にも自分は先輩である

と答えた。

以下は本人が語ったところの、彼が虎になってしまった経緯である



先輩は順風満帆人生を送っていた。

講義最前列で聞いて教授お気に入りだったし、サークルでも部内の恋愛事情などによく精通していたし、ツイッターフォロワーもかなり多かった。

しかし、就活が始まってみると、困難に直面した。

自分アピールポイント」と言われても、はっきり答えることができなったのである

もちろん彼は自信家だったし、自分教室後方に跋扈するアホより遙かに優れた人間である確信していた。

だが、いざアピールポイントなどと真正から切り出されると、臆病な自尊心というか尊大羞恥心というか、フォロワーが増えるに従って加速度的に複雑化した自意識が、イージーな解答を阻んだ。

その結果、彼の答えは謙虚を装いつつも隠しきれぬプライドが透けて見えてくる、ウザい感じのものになりがちだった。



それに対し、彼が平素よりバカにし続けていた学生はどうだったか

彼らは、先輩基準では凡庸しか思えないようなアピールポイントを堂々と答えた。

先輩はそれを内心バカにしていたが、彼らの堂々と答える姿が妬ましくもあった。

そして、蓋を開けてみれば、内定をよりゲットしていくのは彼らだったのである

周りが東証一部上場企業内定を続々奪取してゆくのを見て、彼は思い悩んだ。

その挙句、ある企業面接中に発狂して部屋から逃走した。

丸の内面接会場から横浜辺りまで猛ダッシュしていると、両手を地面に近づけたい欲求だんだんと生じ、小田原辺りに至ると全身がむずむずして毛の生えてくる感覚があった。

正気に戻ると、虎になっていた。



一息つくと、先輩は続けた。

「お前に最後の願いがある。

これはオレが考えた最後ツイートだ。

オレの代わりに投稿しておいて欲しい。

このまえ聞いた、高校生くらいの雌虎が餌場で話してたことを元にしている。

140字に収めるにはかなり苦心したよ。

自分で言うのもなんだが極度に面白い

今までにないリツイート数になるだろう。

これを公開せねば死ぬ死ねん」

わたしは必ず投稿すると約束した。

「もうそろそろ時間だな……。

あそうそう、うちのオフクロ、多分けっこう心配してると思うから、元気にやってるって伝えといてくれ。

じゃあまたいつかな!」

そう言って先輩はしっぽをぶんぶんさせながら、遠くへと走り去っていった。



先輩のツイート世界中で評判となり、相当なリツイート数を誇った。

やはり先輩は優秀だった。

しかし、母親に対するメッセージ最後に0.05ツイート分ってのはどうなんだろうか。

我が子の失踪を大いに心配し、町内に迷子貼り紙までしていたのに。

先輩はやっぱりちょっと自己中な奴だったな、と最近は思ったりもする。

2017-03-26

友達に奢るということ

はてなブックマーク - 貧乏な友人ともう一緒に遊べない



「奢れよ」「俺が金ないときはおごってもらった」というブコメがあって、価値観違うんだなと思った。

奢ってもらう方はどう感じるだろう。

派遣からってバカにしてと怒るか、それとも卑屈で惨めな気持ちになるか。いずれにしても口では感謝しても内心素直には喜ばないと思うよ。

ましてや相手学生時代貧乏友達でしょう。

貧乏でも自尊心はあるんだもの。ない奴だけが平気で人にたかる。そうして友達関係を切られてゆく。

記事増田も、友達から奢りたくなかったんじゃないかと思うけど。

(奢れるほどの稼ぎでもなかったのかもしれないが)

2017-03-24

収入学歴の話しかしないので世間的なんですかね、というと良い顔をしないのがはてな民

じゃあ世間的ではなくエキセントリック感性の持ち主なんですね、というとまんざらでもない様子。

その割に世間自尊心を捨てきれないという小市民ぶり。

2017-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20170321134026

このタイプの親って結構いるよな。

「どこまでいってもまともなのは自分で、頭のおかしいのは子ども

私はそんな疫病神に振り回されている。

自分の子どもは頭がおかしいのだから

子ども言動はいつも間違っているに決まっている。」

という観念固執する人。

子どもトラブルに巻き込まれたなら

こちら側に落ち度はなかったか

まず子どもを責め立て

挙句「お前がおかしいせいで相手迷惑しているのだ。

からお前が攻撃されても仕方がない。

相手問題の原因をなすりつける自分の未熟さを恥じろ。

問題を“起こした”ことを“素直”に反省しろ。」

という人格否定にも繋がりかねない説教をかます

曲がりなりにも子ども人格判断能力問題があったとしても

それを理由攻撃されるなんてことはあっていいはずないのに。



DVモラハラにもいえることだが

こういう人間

「お前は散々私に迷惑をかけているのに何の文句があるんだ。

私は被害者なんだ。加害者であるお前に発言権などない。」

という言い訳を使いたがる。

もし、こういった言葉に「被害者面するな」と反発したなら

被害者面しているのはお前の方だ」と返されるわけで、

元々自尊心が低く、

自分他人より劣っていて、好かれることもあまりない」

と考えがちな人間だと丸めまれやすい。

この「お前の方が加害者なのであって、認知が歪んでいるか自分被害者だと感じてしまうのだ」

という言葉を繰り返し浴びせられると、

逆説的に

「酷い目にあったと感じるのは自分認知能力問題があるから

実際は自分が何か悪いことをしたに違いない。」

と考えるようになり、

その歪んだ罪悪感から

傷つけられれば傷つけられるほど

相手の下手に出ようとするようになってしまう。



スマホから書き込んだので大変読みづらい文章になってしまったことを最後に謝りたい。

2017-03-19

マッスル北村とか寺門ジモンとか、板垣恵介とか、健康志向自然の中を駆け回ったりするのに滅茶苦茶思考が不健全で、みていて苦しくなる。

板垣恵介に至っては絶対自然主義かいってて自認してる。ストイックじゃなく狂ってるだけにしか見えないエピソードが三名にはある。

松岡修造には不思議とこの無理強いする不自然さを感じない。自尊心は高いけど相対的自尊心ではなく自分に負けない姿勢からじゃないか

2017-03-18

キモオタキモオタたる所以

僕はキモオタだ。

アニメが好きでゲームが好きで、大学生になってバイクにも手を出して、あれだけじいちゃんにやめろと言っていたタバコも吸い出した。

こんなことでうまくいくわけもなく、悪いやつに絡め取られ、金も心もボロボロにされ休学した。

全く違う環境ビシバシされた、弱い自分を見つけ少しは上手くやって行く術を学んだと思った。

学校に戻ったら彼女でも作れば良いとその人は言った。何言ってるんですか、これからそんな余裕全くありませんよ、いた事もないし。多分、その時、ほんとうに僕はそう思ってたんだろう。

俺は大学に帰ってきた。やりたい勉強無我夢中でやった。気づいたらアニメゲームも関わらなくなっていたし、バイクはまた乗り始めてしまったけれど、月月火水木金金やれるだけのことはやって外部の大学院も決めた。

本当に俺は俺にはそれにしか価値が無いと思ってやっていた。学年がひとつ下のやつに囲まれながら、通学片道二時間半でも、自尊心ボロボロになってもやった、就職したほんとの同期のやつに飯に誘われるのも辛かった。

当然周りの同期の子は見てすらいなかった、俺は彼ら以下だと思っていたから。

何であの子は俺に声を掛けたんだ、飲み会で潰れてる俺に水を渡したんだ、なんでその後も俺にずっと声を掛けてきたんだ、何で俺の事を尊敬してますなんて言ったんだ…

僕は恋愛する価値もないゴミキモオタだとずっと思ってきた、自信がなかったんだ、自分に。

結局、目の前のことに必死になってるふりをして最後はずっと彼女のことを見ていた。

最後の発表が終わって今まで浮いたことをしたことなんてなかった俺は勇気を出してデートに誘った、とんとんで二回も遊べた、とても幸せだった。卒業式の後にだって会う約束もできた、プランだって二人で観光雑誌を眺めて決めた。

自分だって幸せになって良いんじゃないかゲーセンガンダムやってた頃がなんてクソだったんだと。

の子ジョジョが好きだと言った。俺はアニメを見た。

こんなに面白いものだったかな、かなり思い出してきたぞ、今度はもっと話せそうだ。そう言えばドリフターズアニメがやってたのだ、これを機に見てしまうか…

卒業式が終わって以降連絡が返らないLINEのページをを見てやっと気づいた。やっぱり僕は…

http://anond.hatelabo.jp/20170318071657

個人経営喫茶店バイトを初めた

つもりだった

研修20

その日はバイト仲間もいてなんとかなった

2日目は急に違う場所でやってるお好み焼き居酒屋の方に行ってくれといわれた

居酒屋研修5分

それから店主のおっさんの二人で切り盛り

お手拭きの場所確認するために質問すると

ムッとした顔で「忙しいからいちいち聞くなよ。一回説明聞いたんだからよ」といわれ

それから注文時以外ほとんど口聞いてくれなかった

飲食店での勤務経験は皆無で四苦八苦しながらもホールをこなす

終わったと思ったが甘かった

いから入ってくるなといわれたキッチン奥の流しに連れて行かれて

山盛りになった食器とギットギットのコテを前に「とっとと洗え」とおっさんがいう

おっさんはそう言い終わる間も無く玄関ドアの向こう側へ行った

そしておっさんはその場に立ち煙草を吸いながらこちらをちらちら見ていた

山盛りの洗い物が溜め込まれいたことにため息をついてしまったが

とにかく洗うしかないので汚れの酷いコテから取り掛かった

水につけるでもなく放置されたコテにはソース生地がこびりついていて

なかなか落とせるものではなかった

必死コテの汚れを落としようやく食器に取りかかれると思った矢先

頃合いを図ったかのようにおっさんが戻ってきた

おっさんは流しの前に立つ僕を押しのけると

「皿を洗うくらいのこともちまちまやりよって生きる価値あるんかこいつ」等と悪態をつきながら

ソースがはねたくらいで大して汚れていない食器を雑に洗った

最後の一枚をすすいだ後おっさんは僕の顔を見るでもなく

もっと使えると思ってた。もうここには来ないで」といった

バイト初日から2日目のことである

僕は自分の至らなさを謝罪しつつクビの撤回を求めたが

2日分の給料は出すから1ヶ月後取りに来いとしかおっさんは答えなかった

1ヶ月雇って実働2日だったということにしたかったようだ



当時の僕は自尊心が低く、

自分普通の人とは違い劣った存在だと

思い込んでいて

僕のような人間相手に非を求めることは絶対してはいけないのかもしれないと

本気で考えていたので、

心の奥底でこれはないんじゃないかと思いながらも、

波風立てることもなくこれに従ってしまった

もうだいぶ前の話だけどね

その時は、もしかしたら自分障害者

から頭がおかしくて他人と対等な関係を築くことができないのかもしれないとか

僕がいるだけで物事は全部立ち行かなくなるのかもしれないだとか

そんなことすら考えてた

実際は病的な卑屈さで物事認知が歪んでいただけで

しろ自分他人と比べて著しく劣っているなんてことはないし

物事が失敗するすべての原因が僕にあるなんてこともあり得ない

ということをようやく受け入れられるようになった

それでやっとあの頃の経験おかしいことだって認められるようになったんだ

2017-03-17

自分では何も出来ないという話。

思えばずっと甘やかされて育ってきた。

以下、かなり長い自分語りが続くので注意。

先に今現在の話をしておく。

現在私は大学の2回生で、2回生とは言いながら単位を落としすぎて留年した身であるクズと言っても差し支えないだろう。実家田舎のため上京して都会の大学に通っている。具体的金額は伏せるが、親には割と多めの金額仕送りとして貰っていた。

私は長男として生まれた。結局2人目以降は出来なかったので、1人っ子として育った。

不自由ない生活をしてきた。

幼稚園の頃から愛情たっぷりに育てられた。

特に母は本当に私に優しく接してくれた。

私が幼い頃は父と母がよく夫婦喧嘩をしていて、父がよく大声で怒鳴っていたし、母が私にその愚痴を漏らすことが時々あったので、幼少期の私の両親に対する印象は、母が優しい人で、父は怒らせると怖い人、という印象であった。

当時の親や周囲の私の印象は「我の強い子」であったらしい。思い通りにならないと直ぐに癇癪をおこしたそうだ。記憶する限りでは、水泳の授業が嫌いで、水泳のある日は玄関先でこれでもかと言うくらいに抵抗していた。

母は躾はしっかりしていたので、例えば服を脱げば洗濯機に入れるとか、食べた後の食器は台所に運ぶとか、そういうことはきちんと私に教えたし、私も素直に聞いていたらしい。

私が小学校に通うようになると、色んな人と関わる機会が増えた。他の友達の家に遊びに行くようになった。遊びに言った感想は、「何だかちゃごちゃしている」といった感じだった。恐らく共働き家庭だったり、親があまり片付けたりしないような家庭だったのだろう。もちろん綺麗な家庭も、恐らく3割くらいはあったと思うのだが、子供心に「他所の家庭はもっと雑」という印象が残った。そういう余計な影響を受けて、これまで躾られて出来ていたことをしなくなったらしい。これは結局高校卒業までしていないことになるので、相当である

関係あるのかどうかは分からないが、この頃に学校でも奇行が目立つ。喧嘩が弱い癖に、喧嘩をよく吹っかけた(そして返り討ちにあっていた)。小学校低学年だからまだ許されたのだろうが、かなり過激なことをやった。クラスメイトスカートを捲ったりもした。当然学年中の女子から嫌われた。馬鹿である。当たり前のように友達は居なくなった。落書きをよくするようになった。友達ほとんど居なくなったが、ノートにでかい絵を描いて(というか落書きをして)それを見せびらかしたり、長い迷路を書いたりして、周囲の興味を引こうとしていた。健気と言えば健気である。「友達が欲しい」とよく言っていたそうである母親に泣きついたりしていた。

母親も、この時期は何故かかなり厳しかった。もちろん素行が悪くなったこともあるが、他にもゲームの件がある。私は幼稚園卒業するころあたりからゲームが好きだった。あまりにも没頭するので、「1日に30分まで」という制限を課された。が、それを素直に受け入れるわけもなく、毎日のように文句を言ったりして親子喧嘩をした。思えばなぜあそこまで熱中していたかは分からないが、ゲームは今でもかなりやっている方だと思う。とにかくゲーム人生のようなものだった。多分尋常じゃないくらいのハマりようだったのだろう。

そんな小学校低学年を送った。

中学年(3年生)くらいになると、流石にさっきのような奇行はなくなった。が、失ったものはそう簡単には戻らない。相変わらず孤独生活をしていた。この頃になると、いわゆる「クラスの人気者」に対して逆恨みから喧嘩を吹っかけていたような記憶がある(そして返り討ちにされる)。まあとにかく、喧嘩が絶えなかった。そんな時味方でいてくれたのはやはり母である。母は相変わらずゲームに関しては厳しかったが、学校での対人関係では味方でいてくれた。おそらく私の悪い点はちゃんと指摘していたのだろうが、それでも当時の私からすれば無条件の私の味方だった。

悲しいことに、それでも自分の思い通りにならないことがあると癇癪をおこして親に暴言を吐いたりしていたらしい。

高学年になると、県内進学校目指して中学受験勉強をするようになる。低学年の頃から学力の高さには自信があり、塾ではほぼ成績1位であった。まあ、自主的勉強していたわけではなく、自宅での勉強は母が付きっきりだった。しかし、受験しようと言い出したのは私自身であり、親としては別に受験はしなくてもいいという意見だったそうだ。負けず嫌いだったのもあり、勉強苦痛だったが我慢してやれていた。

この頃になるとわりと多くの友達が出来ていたように思う。まあ、親友と言えるほど親しい相手は数人なのではあるが。

小学校通して、友達が少ないという割には活発で、よく色んな人と遊んだ矛盾しているように聞こえるが、要するにそんなに仲良くない人にも突っ込んで遊びに誘っていたわけである友達を人数で計って多い方がいいと言う単純な発想で、家に1度に多くの人が遊びに来た方が偉いという考えである。今思えば極端すぎるが…まあ、自分の好きなもの優先なので、病院に行く予定があるのに勝手に遊びに行く約束を重ねてそちらを優先しようとしたりとかしていた。自己中心的の極みである。まあ、当然親に怒られるのだが…

そしてついに女子からの評判は最悪のまま小学校生活を終えた。まあ、妥当である。ことあるごとに私のことが嫌いという態度を取るので(一種いじめである。いわゆる「〇〇菌がうつる」とか、席替えで隣になった女子が机を離すとかは日常茶飯事)、こちらも腹が立ってよく喧嘩を吹っかけていた。今思うと馬鹿であるが。女子というものは口達者で、特にそういうところが嫌いだった。女性なんて信用してなるものか、女性というのは陰湿で口達者で陰険で裏表のある連中だ、と子供心に思った。

無事志望校合格して中学生になった。この頃からコミュ障を発揮し始める。元々喧嘩を売るしかコミュニケーションの取り方を知らないのだから仕方がないのかも知れない。人との距離の取り方が分からない。友達が出来なかったわけではないが、そんなに多くはなかったと思う。この頃ラノベにハマる。オタク路線まっしぐらである…かと思いきや、意外とドライであった。色んなラノベ漫画を読むのではあるが、一つの作品キャラにどっぷりハマることは無かった。グッズなどはあまり買わなかった。

相変わらずゲームが好きだったし、その事で母と揉めていたのも相変わらずである。ただ、褒められる機会は減ったような気がする。相対的に怒られることが増えた。この頃になると、私にとっての母の印象はただ怒る人になってきていた。

この頃「うごメモ」に出会う。当時DSiパラパラマンガアニメーションを作れるソフト配信されていたのだか、これが使いこなすと結構クオリティの物が作れる。これをインターネット投稿出来るのだ。凝り性な私が作ったうごメモ一定の評価を得た。そのジャンルではそこそこ名の知れたという程度の作者にはなった。どハマりしたのは言うまでもない。やはりそこでも母との対立であるクオリティの高い作品を作りたいのに、時間制限(しかもかなり短い)を課してくる母が憎かったのは覚えている。

まりにやめようとしなかったので、ついにそのDSi永遠に没収された。突然の引退である。同時にゲーム禁止令を出され、これが4年間続くことになる。うごメモ続けたかったのに。

一方で生活面ではさながら幼稚園児かというレベルでの親への甘えっぷりが続いていた。至れり尽くせりである。何でも母がやってくれるのである。この頃から生活面での親へ依存から全く抜けられていない。要するに親離れ出来ていないのだ。この時点で母も対策すべきだ思うが、甘やかしてこのまま放置されていた。

中2のとき初恋をした。クラスの中でもかなり可愛い子であり、要するに私は面喰いだったわけである。先述の女性不信の癖に、「この子だけは純粋無垢で優しくて大丈夫」とかい根拠の無い自信があった。ハマるととことんハマって思い通りにならないと嫌な我の強い性格がここにも発揮されたのか、とにかく追いかけ回す、その勢いまさにストーカーと言っても差し支えない。当然嫌われる。だが、その子は優しいので直接的に迷惑と言わない。告白してもフられるものの、嫌いだとハッキリ言わない。そういうわけなので、私は「ワンチャンある」と3年間くらい信じ続けるハメになるのだ。

そのくせ、何故か他の女の子にもアタックした。いや、アタックしたというか、ただ手当りしだいに告白してただけである。その人数たるや7人である。たぶん誰でも良かったんだと思う。誰でもいいから、異性に好かれたかったのだ。女性不信のくせに。結果は全滅である。当然といえば当然。まあ仲のいい女子なんてひとりも居なかった。関わる機会が無かったわけではないはずなのだが…部活女子の方が多いのだが、部のほかの男子女子と仲いい癖に私はなんとなくその輪の外にいたような感じだった。私だって女子と仲良くしたかったのに。ずっと決まった男子とつるんでいた。間違いなくスクールカースト下層だった。

こういう学校のことは、親にはあまりさなくなっていた。なんだか恥ずかしいのである。なんというか、学校生活、つまり小学校より成長した感じを両親に見せたくない。ずっと小学生のままで居たいような感覚である。要するに甘えてるのだ。この期に及んで。一丁前に恋なんかしてる姿なぞ死んでも見せたくなかった。

高校でもこんな感じである。この頃にはすっかり物事に対するやる気というものをなくし、宿題すらやらなくなって行った。学校に行ってる間は授業はそこそこ真面目に受けるのだが(人並みである)、自宅では全く勉強しない。面倒くさいし、自主的勉強してる姿を親に見られるのが何より気持ちいからだ。

まあ、塾に行っていたのと、学校での授業はそこそこ真面目に聞いていたお陰で、わりといい大学には合格したのだが、自習はほぼ全くしていない。勉強する習慣も皆無である部活も、文化部ではあったが、練習は真面目にやらなかった。努力らしい努力をしてない。この頃にはもう何かを頑張ると言うことをほぼしなくなっていた。何故だろうか…。

ずっと家でこっそり買ったゲームをしたりとかしていた。

そういえば中高生とき携帯スマホの類は親が買ってくれなかった。理由は明白である。まずゲームの件があるから電子機器を与えるのはまずいし、トラブルを引き起こすことも多くメールなどさせたくなかったのだ。一方私としてはそういう電話とかメールとかLINEかいう繋がりから自分が疎外されているのが嫌で、またそれが原因で輪に入れないのが嫌でやはり抗議した。そして親子での衝突は絶えなかった。

そして大学一人暮らしである

親に甘え続けスネをかじり続けた結果、ろくに身の回りのこともしないクズ大学生の出来上がりである。面倒くさいので次第に出席すらしなくなり、面倒くさいのでテスト勉強はせず、部屋の片付けもせず、洗濯は週1回、辛うじて風呂にだけは入るという堕落しきった生活である自炊などもってのほか仕送りは遊ぶ金(しかも大概一人で遊ぶのである友達もほぼ居ない)に消える。自分自身酷いと思う。

少しは書いたが、高校までの私の親に甘えきった生活も改めて書くと、

着ていた服を洗濯機に入れるなどせずに脱ぎ散らかす

食べ終わった食器放置

偏食が激しく母にはわざわざ別メニューを作ってもらう

部屋の片付けも母担当、の癖に母の片付けにいちいち文句を言う

風呂入る順番と時間文句を言う(入りたい時間に、1番目に入りたいのである)

などなどまあ酷いものである。下二つは文句を言って結局喧嘩になるのだが上三つは本当にそうであったのだ。ちなみに偏食の件、最初は本当に偏食であったのだが今は大体の場合「親の前でだけ食べられない」感じである。親がいないと普通に食べるものも多い。

まりに酷いので私自身が高二あたりの時に「小さい頃甘やかしすぎたからこうなった」みたいな事を親に言ったら「私の育て方は間違ってない、あんたが勝手にそんなクズになっただけだろ」と言われた。でも親に甘えちゃうから自分から直す気がないあたりが私のクズっぷりである喧嘩ばかりしてきているし親は嫌いだ。でも親に依存している。

最近は「努力ができたらなあ」と切に思う。目標があっても、そのためになにもしないので何も変わらない。面倒くさいからだ。何か行動を起こし継続して努力出来れば、とよく思う。でもできない。自分の好きなことにすら努力出来ない。

ただ、人にちやほやされたいだけ。承認欲求の塊である過去孤独からだろうか?親の愛情は少なくとも幼少期はたっぷりに受けてきたはずだ。自分に自信が無い。どうしてだろうか。虚栄心ばかりだ。まるで山月記の李徴である。臆病な自尊心尊大羞恥心の獣である。変なプライドだけはある。

さて、どうしようか。

2017-03-16

別に民は一枚岩じゃないからな。それぞれの県に住みながら民として自尊心ごっこに興じて傷つけあってる。

そう考えると共依存的だよね、はてなって。

2017-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20170314130841

政治家自身に悪気は無いようだが、悪いやつに利用された」と解釈

そううことにしておかないと、悪人を支持してる自身自尊心が崩れされるからだね。

まり

バレなきゃそのくらい大目に見る

2017-03-02

医学部受験過剰反応する人たち

三十前半だが、この六年ほど遅れて大学受験をしている。

医学部医学科を志望している。

そして今年も落ちた。

このストレスを解消するべく手短に書く。

受験をしていてとても不愉快なことが一つある。

志望学科を知ったとたんに周囲の態度が変わり、興奮して検察官(裁判官か?)さながら尋問を始めるのだ。

「なんで?」

と問い、こちらが何かを答えると、

「そうじゃなくても良いじゃない!」

感情的否定してくる。

このループが続く。

また、

「僕は辞めた方が良いと思うなー」

とことあるごとに挟んでくる。

こうして不愉快な会話の後は、

詮索の電話が数ヶ月ごとにくる。

センター前にしつこい飲みの誘いがくる。

勝手に話を回されて仲良くもない中高の同級生からからかい電話がかかってくる。

六年、こうした状況が続いて、今年から友人は0になった。

わかっている。

自分選択相手自尊心を刺激することも、自分選択が、周囲のコミュニティへの脱退宣言を含むことも。

けれど反応があまりにも強烈だ。

人間嫉妬感情を剥き出しに向けられるのは疲れる。

http://anond.hatelabo.jp/20170302142251

良いアイデアのような気がする

無害な方法暇つぶしできて自尊心補填にもなりそうだし

でも現場の人はとっくに考えていそうな気もする

2017-03-01

献血がやめられない

 タイトルの通り。

 わたし献血依存している。

 もともとは自傷行為をするくらいなら、死にたいわたしより生きたい誰かに血を分けた方が無駄がないからと献血センターにいった。高校生の時だった。精神ボロボロで薬を飲んでいるわたしは、飲んでいる薬を伝えたうえで献血を行っている。もうすぐ20回目になる。

 献血をしている間、色んな人がわたし「ありがとう」とお礼を言ってくれる。日常生活でただうつろに過ごすわたしが、生きているだけでありがとうとお礼を言われるのは献血センターくらいで、そのなんともいえない嬉しさがたまらいからと通う。血を抜いているときだけは、いつも無意味に泣いて鬱状態になる自分とは違う気持ちでいられる。自分の腕を切るのは簡単だが痛みは激しいし、ただ痛いだけで無駄だと感じた。その変わりに献血を始めたのもあって、短いスパンで行きたくなる。成分血液は全血(400とかね)より短いスパンでいけるから、そればかりやっている。体重制限もあって成分のみだったが、最近薬の副作用で50キロを超え全血をはじめた。400をはじめて抜いてふらふらして、次の日倒れた。めまいのなかで、あっこれ死ねるのかな!と思うと幸せだった。あの幸福感を味わいたくて、今週また400抜く予定だ。体重は50ちゃんとある。ただ400抜くとまた抜きたいという衝動のまま長い間いけないから不便だなと思った。でも50ぴったりだと止められるときもあるから、51キロ以上あった方が確実だと思うよ。50ない人は成分できるから成分おすすめ

 献血で人を救っているとか、ラブインアクションとか、そんなこと一度も考えたことはない。ただわたし自己満足で、これは自傷行為の変えなのだ。むしろこんな人間血液でいいのかなと思い申し訳ない気持ちになる。ただ血液は顔が見えない。わたしという人間なんて関係なくきちんと検査されて、必要な人へ届けられる。

 どうせ自殺するなら、ドナーを待つ人に届けてほしいと最近思うようになった。未遂を繰り返すうちに、発見が遅れて使い物にならないより同意のうえで必要な人の元へ届けばしあわせなのかなと思うようになった。これも完全な自己満足だしドナーとかよくわかっていないから、いろいろ問題ある書き込みだったらごめんなさい。でも中身ボロボロから、使い物になるかもわからないです。

 献血は怖いとか、痛いとかいう人がいるけれどわたしは痛くない。ただ針が苦手だし注射が嫌いだがら、針を抜き差しする間だけ違う方を見るようにしている。スタッフの人は「怖いのに来てくれるよね」と認知されてから声をかけてくれるし、冷えがすごいからいろいろ手厚くしてくれる。優しくされないで生きているせいで、あの場所の居心地の良さは異常だと思っている。本当にいいよ献血センター旅行ついでに各地に顔を出すほどすき。一番おすすめソラマチ

 わたしはこれで自傷行為をすこしだけ抑えることができるようになってきた。血を抜かれることは好きだと気づいた。毎日鬱々としていて今も薬を飲みながら書いていて、もう明日目が覚めるのがこわい。けれど今週血を抜きに行くと決めたからそこまで生きる。無料だし怖くないし、めっちゃほめてくれるから自尊心ボロボロメンヘラ絶対ハマると思うよ。

2017-02-27

アフィリエイトは素晴らしいと言う人へ

報酬の高い特定広告商品を勧める・実体験がないのに収益性の高い業界ネタを扱う



以上、2点の内1つでも該当している時点でアフィリエイター広告主の販売員だぞ

訪問販売デジタル化しただけに過ぎないから変なプライド自尊心を持つことはやめよう

アフィリエイトは素晴らしいだろうが、他人の実生活に影響を与えるネタを扱って集金マシーンにしてる奴は「WELQ(ウェルク)」と変わらん

2017-02-26

[]

さびさに中島敦山月記』を読んだら、だいぶ読み方が変わって驚いた。

以前は、強烈な自尊心ゆえに友人や先生に教えを請えないエリートが没落した様を描くことで、「つまらないプライドは捨てて生きていかないとロクなことにならないよ」という教訓を言う話だと思っていた。

が、この読みはどうも浅薄というか、人生の敗北者にとっては厳しすぎるのである。というか結論だけ抜き出せばそこらの自己啓発本と変わらないような気がしてきて、作品価値矮小化しているような気さえしてくる。

そこで、もう少し人生の慰めになるような読み方はないか。と考えていたら、これは「理不尽な世の中に自分を合わせられない不器用な男が、苛烈自己責任論で自分を裁いてしまい、自分を受け入れてくれる神も持たなかった結果、精神的な苦境に陥る話」じゃないか、と思い始めた。



中学生の頃に読んだときは、李徴は周囲に教えを請いたりできないプライドの高い男だな、と思ったが、(浅い)人生経験を積んだ今、改めて読むとそうでもない。

李徴が詩人を志したのは、(功名心もあっただろうが)第一には心を揺さぶる先人の詩があったからだろう。そうなると、そうした詩を書く者が周囲にいれば、これに師事したり教えを請いたりしたはずである

それにもかかわらずそうしなかったのは、自分の追い求める詩人像に値する者が周囲に居なかったからだろう。



自分の追い求める理想像と、②世で「名を成す」者とがズレることは、現実社会でもしばしばあることである

李徴は、このズレに気付かないまま自分理想像を追い求めていったことで、世で「名を成す」ことができなかったばかりか、周囲の人間と折り合いがつかなくなり、「努めて人との交を避けた」結果、「一匹の猛虎」となった。

他方、周囲にいた「己よりも遥かに乏しい才能であ」る者は、世で「名を成す」道を「専一に磨いたがために」、「堂々たる詩家」となった。



李徴は理不尽な世の中に自分を合わせられず、ひたすらに理想を追い求めた結果、社会的に失敗してしまったのである



これはカフカ『変身』で、社会の求める市民像──(ⅰ)家庭の善良な息子、(ⅱ)有能なセールスマン──を演じていたグレーゴルが、自己本来性の自覚を持ってしまった瞬間、褐色の虫に変身してしまったのと似ている。

現代社会ルールでは、人間自己自身本来性を保持することを許さないのである



そして、李徴が不幸であったのは、上述した社会ルールに、他ならぬ李徴自身支配されていた点にある。

李徴としては、徹底的に社会を突き放し、自分理想像を追求するという途もあった。

しかし、「元来詩人として名を成す積りでいた」李徴は、世で「名を成す」努力をできなかった自分を徹底的に断罪するのである

事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ

李徴の詩を聴いた袁の評価によれば、李徴の詩は「長短凡およそ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一読して作者の才の非凡を思わせるものばかりであるとある

第一流の作品となるのには、何処どこか(非常に微妙な点に於いて)欠けるところがある」とは言え、この自己評価は言い過ぎである

それに、はっきり言って実社会でこんな話は”よくある”ことなである



ここで想起されるのは聖書の『ヨブ記である

神の手により不幸のどん底に落とされる義人ヨブを、自己責任論に基づいて徹底的にこき下ろす友人エリファズの話だが、どうも李徴の中にはヨブとエリファズが同居しているように思える。



さらに、上記のヨブ記ラストにおいて、ヨブは「仲保者」(=キリスト?)の存在確信することで救われるが、李徴にこのような仲保者は現れない。

ただ、「向うの山の頂の巖に上り、空谷に向って吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己は昨夕も、彼処で月に向って咆えた。誰かにこの苦しみが分って貰えないかと。」というだけである



また、カミュ異邦人』も想起される。

これも社会ルールに合わせられないムルソーという男の不幸を描いた作品である

ムルソー物語ラストで、このような自分排除せず「優しい無関心」を示す自然存在に気が付き、幸福を得る。

他方、李徴は「獣どもは己の声を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮っているとしか考えない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。ちょうど、人間だった頃、己の傷つき易い内心を誰も理解してくれなかったように。」というだけである



ここに来て、山月記という作品は「理不尽な世の中に自分を合わせられない不器用な男が、苛烈自己責任論で自分を裁いてしまい、自分を受け入れてくれる神も持たなかった結果、精神的な苦境に陥る話」じゃないかと思うのである

2017-02-22

自尊心ってどうやって育てるんだ?

いつも自信がない



誉められるのは、たまたま運が良かっただけ



失敗するのが怖いから不言実行



親は毒ではないが過保護否定が多かった

誉められた記憶ほとんどない



先生成功体験を積むしかないって言うけどさ、成功しても運が良かったになるから努力の結果と思えないんだよな



自尊心ってどうやって上げればいいの?



今も仕事プレッシャーに潰れそうだよ

ゲイオープンで恵まれてるけど生きづらい

カミングアウトなんて言葉自分には合ってないくらい、そもそもクローゼットもなくて、親、友達職場自分ゲイだって知ってて、彼氏も紹介しまくってて、

幸いにも、強い差別劣等感ゲイであることに関して与えられないで、アラサーまで生きてきたけど、

生きづらくない、なんてこともなく、結局生きづらい。

オープンなだけであって、クィア的でない、積極的権利獲得家なわけじゃない。というかオープンってなんだ。隠す意識ほとんどなく来ちゃったよ。

からLGBT」界隈で浮く。自分マイノリティとしての思いみたいのはあるんだけど、「LGBT」のテーマあんまり重なっていなかった。

ホント批判とかじゃなくて、もう、なんか自分ぬるま湯甘ったれて恵まれててすんません、ってなる。話せなくなる。

権利とかもちろん保証されたいし(彼氏同棲してから将来の不安とか考えるようになった)、遺族年金裁判も気になるし、

でもこういうのってマジョリティ政治参加な気がして、葛藤する。んなのどっちでも正しいのに、オープンで恵まれてる自分葛藤してるのとかクローゼットの中だ。クローゼットあったわ。

いや、彼氏に話すけど。いや、でも夫に妻に政治の話をするのか? いや政治の話ではないし。なにこれ。社会通念との軋轢? いやマイノリティ社会に溶け込めないマイノリティ

というか恵まれてるのか?

……恵まれているのかって考えると、恵まれてるんだよな。生きてるし。自殺する人、多いからつらい。

まれてたら、恵まれない状況になるまで健康に生きるしかないのか。

法律が変わるのはいつも悪いことが起きてからから、本当に真面目に政治のいい国の国籍を取る方が現実的なんじゃないか、とか考えちゃうのいやだ。


この前、フェイスブック結婚ラッシュ見てて、けっ!って思って、自分結婚指輪買ってプロポーズしたぜって投稿したら(実際去年同棲中の彼氏にした)、

いやそんなにユーザーいたの? 普段いいねって2、3件じゃん!って突っ込みたくなるくらい桁が二つ違ういいねとかがついて、俺そんな友達いた?ってなった。

なんか、こういういいねが1万集まったら、内縁関係認めまーすとか、保険は無理だけど年金は認めるよとか、遺産関係以外のお金簡単に認めらんなくてねぇ、戸籍上の表記くらいはさせましょとかしてくれればいいのに

あー、政治的


逆に、じゃあノンケ友達女子友達に、話せるかって、いや話した所で……ってなる。話すけど。

そういえば昔、高校同窓会公務員になった同級生に、みんな(性的少数者)がまとまれ法律はすぐ動かせるでしょ?とか言ってきたけど、

いや、もうホント誰かまとめてよ、ってなる。

クローズオープンも正しいのに、両立できないの疲れる。

いや確かにクローズ社会的障壁だと思う。でもなんかそうかな? 別に言いたくないことを言わされる必要ないし。

なんで秘密にするのかって話になると、体裁とか学校とか思春期とか教育とか価値観とか親とか、色々言われるし、全部しっくり来るし。

それ聞いちゃうと、よくもまぁ自分は全部かいくぐってきたなって思うし。

ずっとクローズでもいいじゃん。って本当に思うから本当に会う人に言ってるんだけど、

オープンのお前に言われたくねぇ、みたいになるから、結局そもそもオープンのお前に言われたくねぇって面と言ってくれる関係の人としか話してないな。

そう考えると、別にオープンなわけじゃなくて、生きやす人間関係の方へ流れていってるのか。

嫌なやつからは逃げてる。ということは、やっぱり自分マイノリティ性ある?

いや、嫌なやつとか普通に他の人と変わらない率でいるよ。戦う時もあれば、逃げる時もあった。

贅沢なのかな。贅沢なんだろうな。

とっととゲイとか普通になんないかな。

オープンだと、ゲイとか初めて会ったとか言われんの。バカなの?

たかもしれないけど、って添える人、ありがとう精神的波風立てないの大事

でも、オープンとしては、そもそもオープンに話したいわけで、別に取り立てて自分ゲイであることが重要でないわけで、

もっとね、さらっと流そう。

と上からで言ってみても、そもそも、さらっと流せる人だと思えた時点でしか言ってないわ。ちんちくりんだわ。

中学ん時はめっちゃ喧嘩したな。喧嘩しといてよかったな。キモいかいうやつにブチギレてたな。

なんでゲイであることに自信あるんだろうと考えても、別にないし、自尊心も大してないし、鬱になったことだって普通にあるし、鬱治ってんのかって言われたら治るとかってもんじゃねぇしって言い返すし、

あーでも一つは親はあるんだろうな。

12歳の時に言った時、ダメだったら家を出てどうにでも生きてやろうって思ってたな。そういう意味では自分普通じゃないって自覚してたな。

拍子抜けした。

今になって母と話すと、当時は母はそういう相談ダイヤルとかも使ってみたり、LGBT家族的なのも調べたりしてたらしくて

(当時、親に衝撃を与えていたのを気づかなかった。気付かなかったもんだからそれから親の前でもイケメン筋肉芸人とかに普通にハマったりしてた。ポスターとか貼ってた)

そういうとこでの色々な違和感とかも感じたり、もちろん違和感だけじゃなかったけど。違和感があったからこそ(多分俺がゲイであることに悩んでなかったから)、

最終的に、俺は俺だしいっか、ってなったらしい。


うん、恵まれてる。


生きづらいだなんて、口が裂けても言っちゃいけない。



でも政治的オープンゲイによる強制オープンはよくないって常々思うから自分はそういうオープンにはなりたくないなってクローズ友達の前で少し気をつけてるかも。

なんで俺がゲイ同士に挟まれにゃならんのだ。



もう、極端、やめよう!

オープンクローズも同じように保証しましょ。現状通りか。

えーでも、金持ちになって子育てとかしたいわ。悪影響とか言われても知らんわ。国内に敵がいるなら海外で育てる。

そんなに金ないや。

まれるの早すぎたのかなぁ。同性で子供つくって育てる未来の方が生きやすかったかなぁ。

ゲイで、オープンで、同棲してて、

それ以上を望むなってプレッシャーは嫌だし、じゃあ権利獲得に尽力しろっていうのも。

グラデーションの性のように、政治的グラデーションゲイでいいじゃん。ってか政治的グラデーションノンケばっかりだよ世の中。

いや、何が言いたいんだろう。

わりと、普段からこの微妙オープン性のせいで極端な意見ばかり聞かされてるのかもしれない。

ノンケからしかり、女子からしかり、クローズからしかり、クィアからしかり、

アメリカみたいな劇的変化もいいけど、まぁ、なんか取り立てて、とっとと普通になればいい。

2017-02-21

Google [劣等感 変える 自尊心 協調性 感謝 協力 分業 妬まない]

anond:20170221011345

そりゃあ「逃げろ」なんて他人から言えることだしなあ

手のほどこしようがない状況まで放っておいたのはその「逃げろと言う人」ではなくて追い込まれている当人でしょうよ

なんで責任押し付けられなきゃならないんだ

勝手に追い込まれ勝手に落ち込んで勝手に死なれたら迷惑から死ぬくらいなら「逃げろ」ってだけ

お前の人格だか自尊心だかなんて知らないよ そんなもん捨てちまえ

2017-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20170220225152

そうでしたか

いや脊髄反射トラバして悪かった

そうなると不思議だね

経済的には非常に自立した人として生きていけるはずなのに、

精神的には全く依存的な状況にあるという



いわゆるフェミニズムの抱える問題にも繋がりそうな話題だね



あなたの話、非常に面白いインスピレーションをもらえた気がする

社会性だけは完全に個我が独立しているのだけれど、

自尊心は全く空っぽ空虚女性が量産されているのかもしれないな

女性が心を満たされるというのはどういうことなのか

感情面での女子の充足というものを随分とおざなりにしすぎてきたのかもしれない

男に付き従うのが女の幸せという古臭い価値観からは脱しながら、

ただ男と張り合いさえすれば良いというのも違う、

女の心、気持ち精神の充足とは何なのか



彼女らが直面している問題は、そういうところにあるのかもね

婚カツが続かなかった理由を振り返ってみた

婚カツツールを使わなければ機会すら得られない自分が惨めになった」

こうまでして結婚する意義を見いだせなかったことは事実なのだが、単に自尊心を保ちたいだけだったのだ。

無論、周りに流されて結婚しても苦痛なだけだろうから、早まる必要もないのだが。

なお、それ以降現在に至るまで婚カツはしていないし、結婚もしていない。

2017-02-19

これから人生絶望しかない 暗黒の世界しかない

この10年は何とか生きてこれた

次の10年は絶望しかない

荒れた貧しい家庭環境で父は単身赴任し母と兄に罵られながら育った

親共に親戚関係が悪く親戚で集まった経験もめったになかった

まり文化資本などない

友人なんて誰もいなかった

保育園ではリンチ被害があたりまえだった

薄暗い団地で古いゲーム機をいじるだけの日々だった

まともに読み書きもできない

テストは全て0点に近かった

空も街もどこまでも広がる灰色だった

まるでディストピアだった

うちには軽自動車すらもない

生きていて何が楽しいのかわからない

日本は停滞期だが次の10年で破滅混沌が訪れるであろう

僕はこの深淵の暗黒に耐えられそうにない

ピンクフロイドやニックドレイクジョイディビジョンやバウハウスやキュアやスミスを聴いて育った思い出しかない

もう終わりだ

こんな人生耐えられない

まともに就職もできない

家族関係崩壊状態で友人もいない

灰色の街 灰色の空 灰色の服を着た人々 この光景をみると厭世的な気持ちになる

暗い気持ちから這い上がれそうにない

心や人権自尊心主体性を失い

残されたのはタナトスデストルドーしかない

誰か地球破壊してくれ

天の川銀河ごとでも構わない

もうこんな世界嫌だ

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