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2017-05-25

そのうちありそうなこと

痴漢です」と声を上げた女性に対し、痴漢と叫ばれた男性や周囲の゛善意第三者゛が女性恫喝写真を撮ってネット晒す・腕を強く掴んで痣を作る、肩を外す・殴って骨折させる・突き飛ばして擦り傷を負わせる・押さえ付けて内蔵に損傷を負わせるなどのトラブルが相次ぐ

当事者男性の言い分は「痴漢冤罪加害者を取り押さえようとしてちょっと掴んだだけ。怪我をするなんて思わなかった」

双方、痴漢をされた証拠痴漢をしていない証拠も見つから示談になることが多かった

そんなある日、電車内で痴漢ですと言った女子中学生が、居合わせた周囲の男性数人から冤罪許すまじ!」と殴られ、中学生必死で逃げようとするうちに線路に落ちて電車に轢かれる事件が発生する

バラバラになった体を集めて調査すると、スカートから男性の精液が検出された

同級生インタビューでも、彼女はおとなしく真面目なタイプでとても冤罪をふっかけるような子ではないという証言が集まった


みたいなの。一年後くらいにはこんな世の中に本当になりそうじゃないか?女が殴られるところまでは既に何件か起こってそう。表沙汰になった時のネット炎上っぷりを想像してワクワクする

2017-05-23

http://anond.hatelabo.jp/20170523181518

一昔前は女性の未婚者は意外と多いよ。戦争で男が死にまくって女余りだったからね。

んで彼女らが老後に行き詰ってるかと言うと、別にそんな事もなかったりする。

自分の周り半径数mの話だと、それよりちょい下の世代の60代の母親の友人知人にも独身者が多いんだけど

彼女らが老後に以下同文。

そういや、フリーターリクルートがその言葉をつくった当時は、会社に縛られない自由生き方として、ちょっと格好いいものみたいに扱われてたの知ってた?

自分氷河期世代なんだけど、学生の間では最初からフリーター就職失敗したやつ」としかみなされてなかったよ。

それを「会社に縛られない自由生き方」だと宣伝したのは

そんなの他人事しかない、もっと上のバブル世代だし

当事者たる自分の周囲では「就職出来ない若者の苦労も知らず何お花畑な事言ってやがるんだ」って評価しか聞かなかったけど。

でも結婚は「独身結婚したくても出来ないやつ」なんて認識の人の方が少数派かと。

気持ち強要する報道って必要なのかな?

友達同士が喧嘩していて、殴られたと怒っている片方から話を聞くとする。

まともな人なら、同情しつつ、もう片方の話を聞いてどっちが悪いか判断したり問題解決方法を探ったりするだろう。

扇情的ジャーナリズムは、片方の話を聞く前に「あいつひどいよなっ なっ」と意思表明を迫ってくるところがある。

何もしならない立場人間に、怒りの背景をきちんと説明せず、「お前も一緒に怒れ!」とくる感じがある。

沖縄問題しかり、原発問題しかり。

すると、考える気が失せる。

いろいろ調べた結果、最初友達が同情に値することをされていたとしても、こちらの判断の機会を奪った不誠実さが残る。

もう片方の友達に分があると思っても、それを表明すると話してきた友達ものすごい剣幕で怒るのは想像に難くない。

どっちに転んでも面倒くさい。

人生にもモチベーションにも限りがあって、甲斐のないことに労力を奪われるのは無駄しかない。

しかしないやっかいごとを考えるよりも、自分のやりたいことや専門分野に心血注いだほうが余程いい。

社会問題は皆が当事者にならなければと人はいう。

だけど、政治問題環境問題に首を突っ込んで本当にやりたいことがおそろかになるくらいなら、風まかせにするのもひとつ手段だと思う。

もちろん、友人同士の喧嘩はないほうがいいし、あるなら早く仲直りしたほうがい。

から問題解決をややこしくするような、怒りや悲しみの同調強要する報道は早く衰退してほしいと思う。

冷静に判断を仰ぐようなスマート報道が増えればいいのに。

と、いつも思う。

2017-05-22

自ら能動的に動いて欲しいと言われて

若手はすごく色々なことを考えているのに、すごくいい考察をしてる。

しかし。どこか他人事当事者になろうとしない。

能動的に、周囲と上司理解を得て、事を進めるチカラが欲しい。

というようなことを上司に言われて困惑してる。

会社経営がすごく危ない。

単純に売り上げと負債額の問題だけでなく、原価率は高いし、コンプライアンスなどに対する脇が甘いし、今を乗り切っても先は厳しい。

将来ある業種と思われ、大企業に買い取られて子会社になったが、当初の目論見のように明るい未来は待っていなかった。

国家戦略としても社会的にも意義があるので、親会社債務が膨らむたびに親会社の増資してくれている。

テコ入れのために、あるいは要らない人材収容先として、親会社から出向者がわんさかやってくる。

その上司も出向者である

可及的速やかに対処しなくてはいけない業務がわんさとわいている。

リスク顕在化する前に、自発的リスク抽出をして報告をあげて、そこからさらに上にあげて、業務として認められ、その後に関係者が集まって方針を決めて、タスク抽出して、同じ手続きを取り、適任者がアサインされ、マネージャー進捗管理をする。

そういう流れを作りたいようだ。

気持ちはわかる。

しかし、計画を立てられるのもタスク抽出出来るのも実行出来るのも私しかいないのだ。

法令手続きであれば、その法令を熟知していて、実際に手続きしたことがあるのは私だけなのだ

実験デザインするのも、実験するのも、データ分析できるのも、私だけなのだ

「全部任せる!文句を言ってくるやつがいたら俺に言え!官庁と揉めたら俺に言え!ヤクザと揉めたら俺に言え!俺がケツは拭いてやる」

と言ってくれれば最高なのだが、当然そんなことはなく、社内手続きや社内の根回しをしてるうちに(なにせ課長級以上はみな、現場業界はわからないがマネジメントは得意!みたいな人達で、説明理解してもらうのに時間がかかる)、手続き期限は切れてコンプライアンス違反になり、生産トラブル放置され、出荷シーズンになり何億も損失が確定して初めて経営層が問題の大きさを気づく。

その事態に至っても、親会社への報告資料作りに駆り出され、それが終わるまで私は問題対応に回れない。

中堅社員である自分黒子であり、名前は上への報告には出てこないので、私は責任を負わされることはないので、気を揉む必要はないのかもしれない。

そんなわけで、話を戻すと、リスクを未然に防ぎたいし迅速に対処したいし、そのためには私を含め若手が成長して欲しいということである

繰り返しになるが、気持ちはわかる。

でもごめん、転職したいんだ。

今更だけど東京五輪ロゴ騒動について

東京五輪ロゴ騒動もひと段落したので、ロゴタイプ、及びシンボルについて、思うところをまとめてみようと思う。

シンボルマークを考える時、切り口がいくつかある。

まずは、形態としての美しさがある。

これについては、もはやシンボルマークにおける美は死んでしまった、と言っても過言ではない。

シンボルマークに求められる美は、単純の美である。円や三角形のような、これ以上削れない、というところまで形態をそぎ落として行った先に、シンボルマークに相応しい美がある。

ところが、世の中にシンボルが溢れた結果、先行して作られたシンボル商標登録され、後発は同じようなかたちを使えない、もしくは模倣であるというレッテルを貼られる、という事態に陥っている。

東京五輪の事案で、佐野ロゴをあまり気に入らないとは言いつつも、ほとんどの見識あるデザイナーが「最初から作り直した方が良い」とは言わなかった理由がここにある。

シンボルにおいて、単純であることはそのまま美に直結する。しかしながら、単純であればあるほど他のシンボル類似やすくなる。

このジレンマ理解している人であれば、あのような騒動に加担しようとは思わない。

外野ながら事の進展に全く暗澹としたが、あの泥沼の中から凛然と輝く野老案が選ばれたのは奇跡的といえる。

次に、理解のしやすさ。

具象性、と言い換えてもいい。要するに、「この図は何を表しているのか」ということである

これは、難しい。なぜか。

シンボルあくまシンボルであり、決して具象絵画ピクトグラムではないかである

上で述べた通り、シンボルマークにおける美は、抽象化し、単純明快に切り取るところにある。

これは、具象性とは正面から相対するものである。多くの場合、両立は出来ないが、

良識あるデザイナーはここで「何とか両立できないか」と腐心する。

最後社会性(汎用性である

シンボルは、使われてこそのシンボルである

社会の中でどのように利用されていくのか、ということを考えたとき、引き伸ばして使われる場合ポスターの一部として埋め込まれ場合

またはエンボス加工される場合、はたまた布地に印刷される場合など、様々な利用シーンを想定して作られている。

さなものから大きなものまで、どんなシーンでも一定イメージを伝えられるシンボルマーク面目躍如といったところだろう。

この様々なものに使っても問題のない設計は、経験者でなければ難しい部分がいくつもある。

小さく使って潰れないように。多少滲んでも形態認識できるように。大きく使ってもエレガントなように。別メディアで展開しても色等の統一に困難がないように…など、

気を遣うポイントが大量にある。ただマークを作って終わりではないのである

この、美と具象性と社会性の区別がついていない人々によって、佐野ロゴは引き摺り下ろされたと言っていい。

氏にとってはとんだ災難だったろう。

また、五輪ロゴにとどまらず、騒動の際に氏のデザイン事例を「オリジナルではない」としてやり玉に挙げる記事が多く出回ったが、

それらがオリジナルかどうかと、五輪ロゴ問題とは切り離して考えなくてはならない。

仮に、氏のデザイン表現オリジナルではないものがあったとしても、大きな問題があるとは思えない。

先に述べたロゴ問題と同様、デザイン表現においても、何かを「これがオリジナルだ」と認めるのは大変難しいのである

少なくとも、平面におけるデザイン表現には、必ず先行事例がある。

これは先行事例がない、と言える例はきわめて稀で、

多くの場合、「先行事例はない」=「先行した権利者がいない」というだけの話である

過去デザイナーたちが李朝の民画や、琳派などに参考事例を求めた一端には、

この「先行した権利者がいない」ところを求めた結果という、泥臭い理由もあったのではないか

そして、不幸にも「表現における先行した権利者」がいた場合であっても、

基本的には当事者同士の間だけの問題であり、

両者間で話がついてしまえば、我々外野が声を上げる理由などどこにもない。

本来ワイドショーで取り上げるような話ではなかったのである

五輪ロゴ問題が下火になった後、今度は築地移転先、豊洲市場問題ワイドショーで取り上げられた。

現在では次第に「既定路線が(現実的には)正だった」という像が明らかになりつつあるが、どうも話の構図が似ている。

共通点は「素人が、ドキュメントも読まずに、素人考えのままちゃぶ台をひっくり返す」というところだ。

結果的に多額の税金無駄になった点も同じだ。

これらから得られる教訓は、

「知らない話は勉強してから参加しないと、場合によっては多くの人を不幸にすることがある」ということだと思うが、

かかったコスト勉強料にしても高すぎる上、今も支払が続いていると思うと、暗澹たる気持ちにならざるを得ない。

2017-05-21

http://anond.hatelabo.jp/20170521214358

結構かい当事者会(非発達障害)を主催している人と知り合いだけど、自助会は死ぬほど大変だよ。

何より「金(マルチ商法)」、「宗教勧誘」、「異性との出会い目的当事者会に参加するクソ野郎がアホみたいに多いんだってさ。

それどころか主催する側がそういう目的当事者会を作ったりすることもあるから地獄なんだよ…

ある程度デカくなるとさらに金が絡んでくるから当事者会内での主導権争いがひどいんだって

発達障害者連帯できない

NHKの方に投稿しようとしたけどこんなの絶対まれないだろうから増田の方に投稿する。

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ASDADHD併発の当事者です。

**歳のとき休職した際に診断をうけ、現在障害者雇用に切り替えて就労しています

就労については理解のある上司存在もあり上手くいっているのですが、

家と職場の外の居場所を作ることが出来ません。

 

これまでいくつもの当事者団体自助会に参加したのですが、真っ当な団体存在しないのです。

大手当事者団体であるNeccoですら不正受給を行い都から処分を受けています

(http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2014/08/20o8t400.htm )

中小団体も多かれ少なかれ参加費の不正会計などの不適切行為が行われています

参加者レベルでも障害者手帳等級主治医と結託して不当に上げるような話が当たり前のようになされます

私はそのような不正行為が許される風潮に耐えることができません。

 

そもそも既存当事者団体自助会が社会に参加できない重い症状の当事者向けのものであって

自分のようになんとか働けるレベル当事者向けの団体存在していないのもあるのですが、

重く社会参加できないが故に社会寄生しても良いとする基本的思考がそうさせているのではないでしょうか。

少なくとも当事者にある社会に対する、ひいては人類に対する憎悪もその傾向に拍車をかけているのは確かだと思います

 

私も確かに人類憎悪してはいるのですが、症状が比較的軽いが故に当事者連帯できず、社会とも繋がることができません。

私はどうすれば良いのか分かりません。

2017-05-20

佐藤秀峰 vs Amazon

Amazonが他社追い出しのために大安売りで囲い込んであとで値を吊り上げる、という手法に出たことは既知だし、ありがちなことで止めようがないとは思ってた。

ともあれ契約内容までジャイアンかどうかは当事者の開示がないとわからないので、非常に有益

ただ非常に悪い見方をすれば、うちのマイルールに従わなきゃ載せられないだけ、という文言をそのまま機械的に実行したとも言える。

Amazonからすると一律のルール変更に個別対応するのは能率が悪すぎるし、コンテンツ提供からすると全体主義暴力しか見えないというところか。

法的には契約不履行と裁量権の戦いになるのだろうか、これは。弁護士的にはそうやって攻めたいみたいだね。

子育ての苦労知らない奴は黙れ」

「じゃあ当事者で頑張ってね」になる

2017-05-19

性別適合手術(男→女)を日本で受けたのでその体験談を紹介する

少し前に国内で性転換手術(男→女)を受けたのでその体験談を紹介する

読み物として、もしくは誰か当事者の参考になれば嬉しい

★すぺっこ

30代MTF結婚歴なしでホルは20代から

パス度は「イケメン」と呼ばれたりするあたりで察して欲しい

まぁ、その筋の人には簡単に見抜かれるはず

30代まで時間がかかったのは、そもそもお金がたまらなかったのと、診断書の出てくるスピードが遅かったのが大きい

NHとして働いたことはないのだが、今思えばそっちの道で働くのも良かったかもとは思う

お仕事

男として正社員入社したが、在職トランスには向かない会社だったので退職した

今は自営業会社員時代以上に稼いでる。最初から自営してりゃ良かった

本業以外にブロガー的な収入(いわゆるアドセンスとか)があると、手術期間中収入減をカバーできる

実際、ベッドの上でもがんがんブログ書いてたし、おかげで収入心配はさほどなかった

ありがたい時代である

自営業なので、昔Lv3という匿名掲示板で繰り広げられた「埋没OL」にはなれない

自営業は楽なのだが、周囲と調和して女として生きる、というのには向いてないように感じる

会社員とどちらの生き方が良いかはわからない

★手術

性同一性障害診断書関東の某有名どころからもらった

今は言うか知らないが、いわゆる正規ルートと呼ばれるコース

手術したのは富士山が見えるところ

MTFタイでの手術が多いが、「海外心配だ」という周囲の意向が大きかった

穴あり。手法はち○こをひっくり返し作る反転法

作り物とはわかるが、某GID関連の先生にはきれいに作られていると言われた

手術時間は6時間ぐらい

手術した後はいろいろ辛かったが、4日目ぐらいからは普通に歩き始めた

体拭いたりも4日目ぐらいか

普段風呂好きなので、何よりお風呂に入れないのが辛かった

自分のあそこをみたのは手術から1週間後ぐらい

kabaちゃんみたいに泣いたりはしなかったな

入院期間は2週間

費用は200万未満

あそこが痛かったのと、おみやげをたくさん買いすぎて、帰りの電車はちょっち辛かった

さすがに「性転換手術のおみやげです」とは言ってない

なお、男性として最後に食べたごはんロッテリアである

思い出深い味になるはずだったが、もう忘れてしまった

★経過

1ヶ月ぐらいは患部の痛みがあったが、その後は消失した

ただ、作った穴から出血というか、リンパ液の漏れ?は半年ぐらい続いた

溶ける糸が全然溶けなくて、あとあとの術後検査で切ってもらった

戸籍変更

当然だが、申し立てから1週間ぐらいであっさり許可された

一度変えたら戻せないよ!とは脅された。

性転換したけど「やっぱり間違いでした」って揉めたおっさん(?)のニュースを思い出したが、ためらうことはなかった

新しい名前については、「なぜその名前なのか」と簡単に聞かれたが、説明したら納得してくれた

役所

保険証役所窓口で申請して新しく作ってもらった

年金役所側で勝手にやってもらったので、いつの間にか名前変わってた

年金手帳名前自分で線引いて直してねと言われた。そんなばなな

免許証は新しい名前が裏面に、というあんぽんたんぶり

次の免許証更新まで何年あると思ってるんだよ

仕方ないので、免許証身分証明としてできるだけ使わないことにしている

最近について

今のところ、手術してよかったと思っている

彼氏募集中だが、こんな田舎候補は見つかるだろうか

2017-05-18

目立つ格好の時点でみんなが注目するから痴漢しにくいし痴漢冤罪をかけにくい

逆に言えば注目される格好をしてるAと痴漢当事者Bで分かれて痴漢をするということもあるのかもしれない

http://anond.hatelabo.jp/20170518165455

現状障害と認められているそれらをもった者が、社会不利益を被ることについては別の問題でしょ。

自身障碍者あるいは身内が障碍者であるという当事者性をもって、問題を提起したいってんなら、話は聞きましょ。

2017-05-17

機能不全家族思春期海外渡航したら鬱になって人と会話が出来ない

私は思春期の数年を海外で過ごし、大学入学とともに帰国した、いわゆる帰国子女だ。

そしてたぶん、機能不全家族育ちだ。

色々あって、自分がわからなくなって、人と会話が難しくなった。

世の中の帰国子女といえば自信に溢れてきらきら活躍している人が多くて、自分との格差にどんどん自信を失っていく。

相談しようにも、相談できる人も、同じような境遇の人も、そういったことを専門にされている方とかも見つからなくて、誰かいないのかなと思ってすこし書いてみることにした。

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インターネット上で、機能不全家族とか毒親というワードをよく目にするようになった。専門家の方が書いた本を読んだりネット当事者の話を見ている中で、自分の生きづらさの正体が分かってきた。

機能不全家族×思春期海外生活」のコンボだ。

海外赴任などで家族移住する場合、子にとって家族関係が良好であることはすごく重要だ。学校生活が完全にアウェイ状態から始まるのだから、心の退避所たる家庭が安定していることに越したことはない。

私の家庭はたぶん機能不全家族で、家の中での母国語コミュニケーションもままならないのに、海外に行った上に現地の学校入学してしまったものから、家の外でも言語的に孤立してしまっていた。

家では母国語OKだが健全コミュニケーションが少なく、外では言語不自由コミュニケーションに苦労した。

苦労して、挫折したのだけれど、親は放任主義であまり助けてはくれない。というかそもそも私の家族には会話が少なく、「相談する」という文化もなかった。日本にいた時から学校での出来事を聞かれることもなかったし、話そうと思うことも少なかった。「授業はわかる?」とか、「先生はどう?」とか、親の側から声をかけてもらうことがなくて、それが当たり前だと思っていた。

最悪なのは車社会学校も遊びも親による送迎で行動しなくてはならなかったこと、ビザ関係アルバイトも出来なかったこと。金銭的にも自由がなくて、意識を外に向けることが出来なかった。ひたすら学生として最低限の通学と勉強だけをして、帰国を夢見ていた。帰国さえすれば、昔の友達に会って、働くことも出来て、言葉心配もいらなくて、、

外国でひとりで外を出歩くのは危ないと思い込んでいたし、学校⇔家のガチガチに固まったループから抜け出したいという思いをもつことも悪いことのように思えていた。

今あの時の自分と話せたら、「外はそれほど怖いところじゃないし、ネットで調べてどこにでも行きな!やりたいことやっていいよ!」とか言ってやりたい。

滞在中は「このつらい滞在を耐えて日本に帰りさえすれば楽しい日々が戻る」とひたすら思っていたのだけど、いざ日本に戻ってきたらコミュニケーション経験が乏しすぎて浮いてしまい、それを気にして自意識過剰になり、鬱になり、家族関係悪化し、なんとか取り戻そうと情報を集めたり考えたことをノートに書き留めたり新しい場所に飛び込んで沢山人と会ったり通院したりカウンセリングを受けたりしてみたが、どんどん悪くなるばかりで帰国10年近く経った今 ほんとうに人と会話ができなくなってきてしまった。マズイ。

なんだかもうよく分からないのだけど、本当にコミュニケーションが上手くいかない。

返答が思いつかないし、思いついてもしっくりこないのだ。

人との会話で、些細な雑談でも一言ひとことの返しに「適切さ」を求めて、すごく考えてしまう。

海外生活の中で外国語発言をする時「どういう表現をしたらいいんだろう?」とか、いちいち考えながら喋らなくてはいけなかったのも一因かも。

「こう言われたらこう考えてこう返すべき、というパターンがある筈なのでそれを探して返さなくては」、っていう思考に取り憑かれてしまった。

正解のパターン候補として幾つかの振る舞いのパターンが脳裏に浮かんで、その是非を検討する。

教科書通りのような会話ならこうかな?(自信はない)」「憧れのAさんだったらこうするだろうけど私がそうしたらこの人はびっくりしてしまうな」「この間同じような場面でBさんはこうしていた」……

自分に素直になりたい!とは思うんだけど、自然に浮かぶはずの「自分きもち」がなかなか出てこない。

ありがとう」「ごめんなさい」「恥ずかしい」くらいは出てくるんだけど、どうしても咄嗟無難な答えを作ってしまう。

加えて帰国後は、帰国子女いじりを気にしすぎたせいで、「普通ならどうするか」、「相手がどんなことを期待して接してきているのか」を考えるようになっていった。また、母国語で考えている時と第二言語で考えている時で性格がすこし変わってしまうことに気づいてから日本語でも外国語でも口にすること全てが自分本心ではない気がしてきて、ますます自分がどういう人間なのか分からなくなってしまった。

この表現力の問題は鬱になってからさら悪化した。頭が回らなくなって、少ないながらも以前は使えていた語彙さえも出なくなったし、とっさの逃げ道の冗談なども思いつかなくなった。

いまでは相槌を打つのが精いっぱい。

人と話す時、フルオートでにこにこしてしまうし挨拶くらいは出来るので第一印象は良いらしいけど、味気のない相槌しか打てないし話題も振れない。たまに話せても的はずれなことを言っていたり、浮いたことを言っていたり、無理してる感じがしてたり、そんなつもりは無いのに帰国子女感のあるドヤ顔発言みたいになっているみたいで脳内反省会が白熱してしょうがない。

そしてそれが嫌で会話の場から逃げたくてしょうがない。

だれとも一線を引いた付き合いになってしまって、どんどん孤独になっていっている。

この文章もかなり絞り出して、可能な限り本心に近づけて書いた。自然に出てきたものではない。

こういう人いない?いないの?

こういうのってどうやって解決していったらいいんだろう?

ネットにいる機能不全家族とか毒親持ちの方は何だかんだで結婚されていたりして、自分の居場所ができていて羨ましい。

私もなんとか実家は出て経済的にも独立したけど、家族距離を置く中でいよいよ社会から孤立してしまった感じもする。

私はこれからどうやって人間関係を作っていけばいいんだろう。

しかし、これを書いていて改めて思ったけど、自信のなさとか心の弱さは生まれつきな気がする。

海外生活なんて貴重な経験させてもらったのにな。なぜ活かせなかったのか。

強くなりたい。誰かと自分言葉で話してみたい。

早く安心したい。

.

場所お借りしました。長い文章すみませんありがとう

横領開き直りバカ会見を見て発達障害当事者が感じたこと

我が子がADHD療育なのだが、私自身も診断こそないものの、これまでの生きにくさから考えると何かしらの障害を抱えていると思う。

先日のニュースを見て、自分だって一歩間違えばこのての人間になっていたかもしれないと感じた。

我が子も、接し方次第ではそんな大人になりかねない。

メディアでの批判の嵐を見て、まるで自分批判されているかのように心が痛んだ。

あの人に障害あるかないかはさておき、あの人が「横領しなければ死んでいた」と言うならそれが事実なのだろう。

あの人が清々しいほどのバカ大人に育ったのは、決して本人だけの責任ではないと思う。生まれもった性質や、生きてきた環境自分ではどうしようもないのだから

能力のない人、常識からずれている人というのは、なにかしら生きにくさを抱えていると思う。

その生きにくさは、あたりまえの事をあたり前にできる人間には理解できないのだろうし、あたりまえのように常識ある行動を求めてくる。

周りの常識に合わせようともがき苦しみ続けるか、開き直るか。

この人は開き直った、それだけのこと。

横領しなければ死んでた?じゃあ死ねば?」なんて言われるような人間存在していて、その意見もっともだと思われている現実

この人だって、悪いこととわかってて横領に走るくらいなら、死んでた方が楽だったろうにと思うけど。

それでも死なずにいたのは、この人に「死なないで」という誰かがいたからではないのか。

「お前みたいなろくでなし死ねばいい」という人がいる。「死なないで、がんばって」という人がいる。

発達障害当事者は、その狭間でもがいている。

「何をやっても怒られる。自分なんかいない方がよい」などと思いながら、「自分死ねば悲しむ人がいる。なんとかがんばらなければ」ともがく。

もがけばもがくほど、世間迷惑をかけたりする。

いっそみんなで「ろくでなし死んでよし」って言ってくれた方が楽なのにって思う。

2017-05-16

性愛がもう少し周知されても良いのではないか

私は無性愛者で、人に恋愛感情を抱いたこともなければ性欲もない。

恋愛感情理解できないけど、人付き合いは好きだし、友情家族愛はちゃんとある

ということをどれだけ説明をしても、

「とりあえず付き合ってみたら?」

理想が高いだけじゃない?」

「人に対して感情がないの?」

虐待を受けて来たの?」

モテない言い訳?」

「格好付けてるだけじゃない?」

「かわいそう」

というような、ありえない、理解できないというような返事ばかり返ってくる。

同じセクシャルマイノリティ人達となら分かり合えるのでは、とLGBT活動にも参加してみた。

しかし、返ってくる返事は同じだった。

マジョリティに阻害され、同じように生き辛さを感じてきたはずの当事者支援者にさえ差別的言葉を投げかけられたときはショックだった。

そして活動に参加してみて気付いたことだが、LGBTパレードイベントスローガンには「愛がいかに素晴らしいか」ということを全面に押し出しものが非常に多い。

有名なところだとLoves WinLove is Loveだろうか。

恋愛感情パートナーも持ち合わせていない私の居場所はここでもないのだと疎外感を感じ、絶望して次第に参加しなくなった。

昔は理解してもらいたくて色んな人に説明していたけど、最近は諦めて「仕事に集中したいか恋愛はしない」と言うことにしている。

でも20代中盤になってくると結婚出産の話は避けられないし、その度にウソを演じることに疲れ切ってしまった。

性愛者は人口の1〜3%はいるらしい。

同性愛者が大体10%と言われているので、マイノリティの中のマイノリティではある。

配慮してほしいとは言わないから、こういう人間もいるのだということを知ってほしいと思う。

だけど無性愛者は同性愛者の人達のようにパートナーと堂々と街を歩きたい、結婚をしたいというような社会に訴えるかけるようなこともないから、可視化もされにくいし、当事者同士で団結もしにくい。

どうしたら良いのかわからない。

[]福島瑞穂「同じ日付の同じ名前文書で、中身が違うものが配られたんですが、どゆこと?」」

国会ウォッチャーです。

 今日参院厚生労働委員会福島瑞穂議員は、たぶん速記録が出た時点でブログで公開してくれるので、書き起こす気力がわかないわけですが、福島さんはやさしいなぁと思った次第。これが森ゆう子議員なら、「差し替え依頼のメールなり手紙なりを見せろ」というところだと思うよ。てかこんなん許しちゃダメでしょ。日精協のほうがまちがえていたということだけども、向こうの口封じなり、つじつまあわせなりはちゃんとできているのかな?

4月25日質疑

福島

「重度かつ慢性に関する診断基準、これは資料新聞を付けておりますが、厚労省は、第五期障害者福祉計画、二〇一八年から二〇二〇年度において重度かつ慢性に該当しない長期入院精神障害者地域移行を目指すという方針を出しています。また、これから精神保健医福祉のあり方に関する検討会、あり方検討会によると、一年以上の長期入院精神障害者、約十九万人、認知症を除くの六割以上、約十一万人が重度かつ慢性に該当するとされています。 障害者地域移行は世界スタンダードです。であるにもかかわらず、十一万人もの人々が地域移行から排除されるのは問題ではないでしょうか。」

堀江

精神病棟に入院後、適切な入院医療継続して受けたにもかかわらず一年を超えて引き続き在院した患者のうち、精神症状、行動障害生活症状、身体合併症などの基準から重度かつ慢性の基準に満たすとされる方についての御質問でございますけれども、当該基準を満たすことを理由地域移行へ向けた取組の対象から外れるようなことがあってはならないと、それから当該症状を有する障害者にはより手厚い入院医療提供することで、できる限り地域移行に結び付けていくことが方向性として確認されているものでございます

 また、第五期障害福祉計画では、平成三十二年度末の長期入院精神障害者地域生活への移行に伴う地域精神保健医福祉体制の基盤整備量を明記することといたしてございます。この第五期というのは平成三十年度からのものでございます。 基盤整備量を算出するに当たりましては、御指摘の重度かつ慢性の基準に該当する患者以外の地域移行だけでなく、治療抵抗性統合失調症治療薬の普及等によって御指摘の重度かつ慢性の基準に該当する患者地域移行が進むことも想定しているもの

ございます。」

福島

「ただ、十一万人が重度かつ慢性というのはどうでしょうか。この基準作成厚労省の補助研究事業研究班が作成しておりますが、この研究班やあり方検討会に精神科病院業界団体である日本精神科病院協会幹部メンバーとして入っております。十一万人が地域移行をするのか、それとも引き続き入院したままなのかは極めて重要経営問題でもあります利益相反ではないでしょうか。」

堀江

「御指摘の重度かつ慢性の基準は、精神症状、行動障害生活障害身体合併症について重症度を評価するものであることから精神医学の専門的な知見を有する医師等が中心となって作成したもの認識してございます。 また、これから精神保健医福祉のあり方に関する検討会では、当該基準を満たすことを理由地域移行へ向けた取組の対象から外れることはあってはならないこと、当該症状を有する精神障害者にはより手厚い入院医療提供することでできる限り地域移行に結び付けていくことが方向性として確認されてございます

 このため、精神科病院医師等が作成しているということで利益相反にはならないというふうに考えてございます。」

福島

「ただ、この十一万人がまさに重度かつ慢性というこの診断基準おかしいと思います資料として、配付資料八、九に付けております重度かつ慢性を診断する際の基準となっているBPRS、簡易精神症状評価尺度は、その第一項目、精神症状の評価基準として十八項目における点数、なしの一点から最重度の七点までの七段階評価の合計を四十五点以上としています。十八項目の総得点が四十五点以上ということは、一科目平均二・五点以上で重度かつ慢性とみなされるという意味になります

 しかし、BPRSの点数表においては、二点はごく軽度であり、三点は軽度となっています。四点が中等度、五点がやや重度、六点が重度なんですね。ということは、二・五点平均点で取っていると、でも三点が軽度で二・五点はごく軽度なんですよね。ですから、各項目における評価基準と総点数の評価基準とが著しく乖離していて、評価尺度として適用するのは不適切ではないでしょうか。」

堀江

精神疾患重症度を評価する重度かつ慢性の基準構成するBPRS、簡易精神症状評価尺度評価基準につきましても、研究班に参加している有識者合意形成に基づき作成されてございます研究代表者によりますと、BPRSの評価基準につきましては、総得点四十五点以上は治療抵抗性の精神症状を評価する際の目安として学術的にも用いられている、いずれかの項目で六点以上となれば重度な症状を有していると言えるといった考え方の下、有識者合意形成に基づき設定したとのことであり、一定合理性があるものと考えてございます

 いずれにいたしましても、これから精神保健医福祉のあり方に関する検討会報告書においては、御指摘の重度かつ慢性の基準によってより配慮された名称並びにより適切な基準となるよう、学会など様々な場において引き続きの検討必要であるとされてございまして、今後これを踏まえて適切に対応してまいりたいと考えてございます。」

福島

「でも、重度かつ慢性が十一万人、六割以上がそうだとなると、地域移行の歯止めになっちゃうじゃないですか。イタリアとかは御存じ、入院をしないようにするとか、大臣はいろんなことに明るい方ですからもっと精神障害者問題地域へというのはよく御存じだと思います。その意味で、これの重度かつ慢性の評価基準おかしいと思います。」

この利益相反指摘に対する資料の話。かいつまんで言うと、日本他国に比べて、身体拘束をする、重度・慢性とされる患者割合が非常に高いわけで、その基準精神科病院経営している、日本精神病院協会によって決められているっていうのがやっぱりまずいんじゃないですかっていうのが前の福島議員の指摘。それで資料請求したら、5月11日に届いたんだけれども、その内容が5月15日に届いた河合孝典議員らに配られたものと、利益相反の有無についての回答がしれっと書き換えられていた、というのが今日の冒頭の指摘。

概要だけ

この後採決に向けて、理事会開催のためと思われる休憩で、散会しないとアーカイブが見れないので覚えてる範囲概要だけ。詳細は福島さんのブログ明日、あさってぐらいにはアップされると思いますよ。

福島議員が、たまたま河合孝典議員らと、示された資料を一緒に見ていたら、福島議員のものだけ、川崎市病院で行われた研究班の26年度報告書に関して、利益相反はない、と書いていて、他の2議員のもの利益相反の可能性があると書いてあった

・これはいったいどういうことですか、ときくと、日本精神病院協会から提出された資料について、本年5月8日に、日精協のほうから資料に間違いがあったので、差し替えて欲しいという依頼があったので差し替えた。

福島議員に古いものを渡してしまったのは単なるミスといいはる堀江部長

福島議員は、これは国会で取り上げられたから、利益相反ではないと考えている旨を書いてあったらまずいと思ったから、厚労省から頼んだのか、日精協が頼んだのかしらないけど、あとから言ってみれば捏造したんじゃないのかと指摘。

あくまで間違いであって、これを差し替えさせてもらったと言い張る堀江部長

福島議員は、この2年間、間違った自己申告に従って。拘束の基準となるような重大な会議資料が作られていたというのならば、こんなにサラッと修正しましたーで済ましていいわけがない、ミスならミスとして、誠意を持って対応するのならば古いものと新しいものを2枚くっつけて、こちらは間違っていて、いついつまではこちらが使われていたとするべきじゃないか、と指摘。もし私に間違えて古いのを送ってこなかったら、こっそり差し替えて、何事もなかったかのようにしてたんじゃないのか。厚労省ぐだぐだだけど大丈夫ですか、と塩崎大臣に振る。

みたいな流れ。これはまぁ、4月25日質疑で、利益相反じゃないかっていう話題になって、それを当事者自覚してないみたいな報告書になってるのはまずいから、こっそり差し替えたはずが、間違って古いのを渡してしまったって話で、いってみりゃあいもの証拠隠滅をするつもりが、失敗しちゃっただけだと思うんだけど、福島さんはやさしいからなぁ。

ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

追記(2017年5月20日)

はてなブックマークの数が伸びまくって、これほど反響があったことに驚きました。

補足解説を書きましたので、詳しいことはそちらをお読みください。↓

http://anond.hatelabo.jp/20170518235031

ほんとに歯がゆくてムカつくのは、良識ぶったリベラルの奴らだわ。

  

女性ハイヒール強制するのがダメなのであって、ハイヒール自体に罪はない」

「本人が好きでハイヒールを履くのと、社会からそれを強制されるのは違う」

とかなんとか……。

  

お前ら、いい加減にしろよ!

そんな生ぬるいことを言っていたら、マナーなんて変わらんっつーの。

法律ハイヒールを厳しく規制して、公共の場所で全面禁止にするぐらいの対策をとるべきだ。

  

  

  

ちなみに、筆者は男である

男だからこそ、「ハイヒール全面禁止しろ」と言える。

  

一方で大半の女は、「ハイヒール強制は嫌だ。でもハイヒールを履く自由がほしい。だって美しくなりたいもん」という矛盾まみれの思考をしている。

化粧についても同じこと。

強制されたくはないが、それをやりたくてたまらない」というのが女に特有思考なのだ

  

これが男がスーツ強制されているのと根本的に違う点だ。

女はファッション流行にまどわされやすく、オシャレにうつつを抜かす馬鹿なのである。だから自分から好んでハイヒールと化粧を選ぶし、結局それを手放せなくなって不平不満を言い出す。

  

女の願望とは、「自分自身のために美しくなりたい」というものであるらしく、その主体性尊重するのがリベラルだったりフェミニズムだったりする。

だが、私はそれを尊重してはいけないと思う。それは政治的に正しくない願望だ。

化粧もハイヒールも、女性を縛り付ける旧態依然とした差別である。そのようなファッションをすることは、本人の意思がどうあれ、女性差別正当化するというメッセージを持つ。

よくあることだが、これは、被差別者がなぜか自分の受けている差別肯定してしまう、という現象である

女性本人の自由意思にもとづくならば、彼女女性差別を喜んで享受する自由があるのだろうか? これは難しい問題だが、我々はこういう類の「差別を受ける自由」を無邪気に擁護してはならない。

  

なので、どうしてもハイヒール・化粧をやりたい女性は、プライベート時間にそれを楽しめばよいと思う。

もちろん会社官庁ではポリコレ配慮して、差別的ファッションであるハイヒールと化粧を全面禁止にするべきだ。

そしてついでに、できればいっそのこと、女性たちは男と同じ程度の短髪にしてもらいたい。

女の特徴であるところの、あのチャラチャラした、あのナヨナヨした格好を改めるべきだ。女にああいう格好をさせる文化風習こそが女性差別であると思う。

まずは外見から男と同等にならねばならない。むさ苦しい姿になることで、威圧感が増してナメられなくなるし、はじめて男女平等を達成できる。

  

オシャレの放棄、これはおそらく当事者である女たちが最も嫌がることだろう。

しかし、政府の主導で、上から強権的に改革するべきなのである

  

(※現実感のない話ですが、筆者はわりとマジメに主張しています。)

http://anond.hatelabo.jp/20170515181109

ブスやブサイクは男女の性別問題をもろに受けてる当事者なんだから語って当然だと思うが

交通事故を減らすために、私達は小さい頃から信号を守るとか、左右を確認するとか自然と身につくまで聞かされ続けている。親から信号ルールを教わる。小学校では自転車の乗り方を教わる。場合によってはビデオを見せられたりする。町中に至るところに標語が掲げられ、交番には交通事故件数が掲示されている。

こうした交通事故を減らすための努力は、無駄になってはいないと思う。痴漢を減らすために次のようなことを行ってはどうか。

鉄道会社警察痴漢撲滅に向けて不断努力をしてほしい。でも、我々も被害者加害者か、ではなく電車乗客という当事者として向き合わないといけないと思う。

なぜ女は「痴漢を無くせ!」と言わないのか問題

より正確に言えば、なぜ女は物理的・構造的に痴漢の発生を抑制する現実的取り組みに対する関心が低く、

ひたすら情緒的・感情的痴漢が起きているという現実を男に理解させようとすることに固執するのか問題

これって痴漢以外の性犯罪にも言えるんだよね。

男が「性犯罪被害に遭わないように気を付けなよ」と言うと「は? 何で男が悪いのに私たちがいちいち気を付けないといけないの?」とキレる。

そして運が悪いと海外レイプされて殺される。

結局のところ、女は「善」というものが実現されて当たり前だと勘違いしてんだよね。

社会自然と「善」の状態になっているはずで、そうなっていなければ文句を言えばいいと思ってる。

海外レイプされながら文句言っても遅いんだけど。

自身当事者の一人として「善」を実現するために努力しなきゃいけない立場だということを受け入れたがらない。

その原因がフェミニズムの失敗であれ、男尊女卑社会犠牲であれ、いい加減目覚めてくださいよ。

2017-05-14

痴漢を受けた当事者なら何を言ってもいいっていつものバカフェミ理屈じゃないですか

当事者からってそれ以外の人が無限要求に応える義務はありませんよ

努力できる幸運

努力できる人は凄い。結果を出しているならば、尚のこと凄い。私はそういった人達尊敬するし、羨ましく思う。

ただ「努力をしよう」「頑張ろう」という意思が芽吹くこと自体がとんでもなく幸運なことだと思うので、「お前は努力ができない」という言葉に蔑みの意味を込めて他人を殴るのはあまり行儀の良い行為ではないと思う。

(本当の意味努力をしている人でそういうことをする人は極めて少ないと私は信じているけれど…)

育った環境やその人の生まれ持っての特性など、自分ではコントロールできない様々な要素が複雑に影響し合うことによって「努力できない人」は生まれしまう。「不慮の事故」と呼んでも過言はないのではないかと、個人的には思っている。

ただ「不慮の事故」を起こした人間がその事故責任の全てから逃れることができないのと同じように、「努力できない」ことの免罪符として上記の考え方を持ち出すのは、私は間違っていると思っている。「努力できない」ことが他者不利益に直結するような場合には、その不利益を生み出した責任当事者が負うことは、状況にもよるが、不当なことではない。あくまでも最初に書いたような蔑みの言葉に対する防波堤として使うことが妥当だろう。

努力できるように努力する」のは独りでは難しい。努力できる人間に育つはずのないような人間家族や友人、恩師に恵まれたお陰で人並み以上の努力家になるケースも、気づかれないだけで世の中には多く存在しているはずだ。努力できない人間努力できるようになるためには強い言葉叱咤された方が効果的な場合もあれば、優しく寄り添ってもらえるだけで良い場合もある。その人に合った手の差し伸べ方は誰にも分からない。それでも自分を想って手を差し伸べてくれる人が側にいるというのは、一つの幸運なのではないだろうか。

2017-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20170513001623

お前さ……示談って、裁判での決定を前に当事者だけで解決する事を指すんだけど…

流石にバカ過ぎねぇ?

安易犯罪に走る原因を作ったのは情報社会のたるみか?

凶悪詐欺」「ちかん犯罪」「体罰」「通り魔事件」のような凶悪事件の起きる社会になってしまった要因としてガスライティング的な洗脳存在否定できない。ガスライティング危険性はその陥りやすさにあるのではないかお金を払わずしとも、「刑務所生活は楽だ」と本質や元受刑者苦痛の声を無視した情報の伝播がなされたり、深夜ともなると裏社会まがいのネタテレビなどで見ることが出来る。こうしたハイリスクネタとの惰性的な付き合いによって犯罪悪徳に対する感覚麻痺し、安易犯罪者を作り出しているのではないかメディア功罪を今一度当事者検証し、タガが外れたような「何でもあり」の情報垂れ流しを戒めるべきだ。

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