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2017-03-29

男性保育士女児おむつ替えや着替えをさせるな問題

関連報道を見ながら常々思っていることなのだが






『男性保育士に「うちの子を着替えさせないで」。保育園の様々な問題を、現場に行って色々見てきた』

↑の千葉市市長お話の一部で



"「そうですね。例えば自分の子どもがうんちをしたときに、お手伝いさんを呼んで処理をしてもらう。そんな子育ての仕方ってどうなんでしょうか。愛着心のある良い親子関係ではないですよね。そう考えると保育士子ども関係も、同じように愛着心が必要なわけです」"


とあったけど、これが案外子無しの人間ばかりか子育て当事者たる親でも感覚として分からない人が多いのでは?


(ていうか、お世話と愛着関係性の話って、お世話する時間の無い親にはキツい話でもあるしな。ま、働いて保育園子供を預けてる親でも普通結構家庭で子供の世話をしてるものから保育園に預けた位で親子間の愛着関係形成されない事は無いだろうが)



例えば恋人配偶者風邪を引いて寝込んでいる時に恋人(配偶者)代行業者を頼んでお世話させて、恋人配偶者愛情のある関係を維持できるか?

という事なら、NOだろうと即答出来る人は多いと思うのだが。

子供の事に関しては、替わりなんか誰でもいるだろ(おむつ替えくらい、いつもの担当男性保育士じゃなくて他の女性保育士でもいいだろ)って考えになるのだろうか。

森友学園問題集団ヒステリー

100万の寄付とかどうでもいい。

良家育ちのお気楽バサンと、キ○○イ夫婦の関わりなんて知りたくも無いわ。

寄付自体はどう転んでも違法にならないのだから放置しとけ。



8億値引きは法的に問題無いのか?ここが一番の問題

そして、問題が有るなら関係者処分。法的に問題無いのならその事情分析

しかる後に適正な国有地払い下げの制度設計を話し合う。

これが建設的な民主主義じゃないの?



揚げ足取り枝葉末節オンパレードと、それに乗っかる集団ヒステリーバカばかりで嫌気が差す。

要するに、政治の混乱は民度の反映なんだよなぁ。

バカにはお似合いの世の中ですわ。




追記

資料が残っていないのが問題との指摘も上記と同じ。

資料の破棄は法的に問題が有るのか?問題が有るなら責任者当事者処分、無いなら制度設計議論

情報公開請求範囲や手順も議論してより良い制度に変えていかないといけない。

国有地値引きも、資料の破棄も、現在問題が無い場合はその法案が出た時に反対しなかった我々国民にも責任はある。

それが民主主義だろ?




追記2


安倍首相の事を極右カルトだと言うのは勝手なのですが、支持率50%前後有る首相でもあります

日本人の半数が極右カルト信者首相に仰いでいると考えているの?あなたが考える日本人はそこまで愚かなの?

常識的に考えて、偏っているカルト信者レッテルを貼っている側ですよ。



政策については冷静に是々非々でやればいい。民進党ですら、自民党が出した政策への賛成率は90%近く有る。

評価すべき所は有るのですよ。もちろん、全面肯定では有りませんし、地方創生へのバラ撒きなど批判すべき所も山ほどあります



是々非々で話す知性が無い大衆を、私は集団ヒステリーと呼んでいるのです。

知性を失った人は、民主主義規定する市民足り得るのでしょうかね?

2017-03-28

LINE流出って語感的に違和感があるな

タレントLINE流出して不倫が発覚ってニュースを見たわ。

組織とかで管理してる書類なんかが外部にもれたら流出って感じだけど、LINEって当事者二人の周囲の誰かがスマホのぞき見みして世間公表しただけだもんな。

2017-03-26

弁護士業務の密かな歓び「陳述書」

弁護士として仕事をしていて,楽しみな仕事が「陳述書」だ。

これは,当事者の言っていることを(訴訟に不利にならない範囲で)自由に書いて良い。

裁判所に対して主張をアピールするのは「準備書面」で,これには法的に理屈の通る主張や反論を書くことになる。

依頼者が主張したいことでも,なんでもかんでも書くと,法的に理屈が通ってないことにより却って不利になることもあるから

そういう場合には依頼者に対して「気持ちは分かります裁判に勝ちたかったらそれは言わない方が」とか「少し主張の仕方を変えて」とかサジェストすることになる。

当然,依頼者は不満をためるし,下手をすると「オマエは俺の弁護士だろ,俺の言うとおりやれ!」なんて依頼者もいる。

陳述書は違う。

明らかな嘘や,逆に正直すぎて決定的に不利な供述は書けないけど,そうでなければ依頼者の言うとおり書くことが出来る。

これが最高に楽しい

陳述書は,依頼者に話を聞いて,まとめたのを弁護士が作って,依頼者に見せて問題なければ署名押印をもらうという手順で作っているのだけれど,

依頼者に見せた段階で「先生,こういうことが言いたかったんだよ。上手くまとめてくれたね」なんて言われることがあって,密かに歓びを感じたりする。

まあ,陳述書で依頼者の好き勝手を書いているときってのは,もう訴訟では負け筋だからガス抜きしてるって場合も多いんだけどさ。

俺は外野人間が好き勝手言うとか権力持ったりしているのが許せねぇ

という訳で書き連ねる




公務員は国に仕えて国民奉仕するはず

団体を作って特定政党に肩入れしたり、政府方針に反発

国に仕える公務員が国に文句を言うとかおかしくね?

土日にデモとかしてんじゃねぇよお前らが休みなんだから国の機関休みだろ誰向けのデモだよ




会社社長、もしくは株主のものお客様から得た利益従業員株主に分配する組織

社内政治派閥闘争

会社利益を稼ぐところだろどうしてそんな暇があるんだよ

その暇は会社がでかくなったからできたんだしお前以外のだれかが数字を稼いだからだよ感謝しろボケ




テレビは(NHKを除き)スポンサーから予算制作、発信される

基本的には無料で見られるTV番組批判

テレビ報道被害受けたんならしゃあないし批判する権利はある

だがタダでテレビ見て勝手に傷ついただの偏向報道だの文句言うんなら見るなよ

ていうかわざわざ文句言うために見るなよちなみに俺はテレビ見ないけどな




仏教ゴータマ・シッダールタ開祖

→後世に創作された仏教経典をそれぞれ独自解釈して広めた人を個人崇拝する

仏教名乗るんじゃねぇよファンクラブだろそれ

シッダールタさん置いてけぼりだろ

経典の書き出しの「如是我聞」(かくの如く我聞けり)の意味ねぇ




…つまり俺は何が言いたいかって言うとだな

「始めた人間」や「それを支えている人間」が尊重されず

俺は外野人間が好き勝手言うとか権力持ったりしているのを許せねぇってことだ




当事者以外はすっこんでろ

2017-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20170325141049

俺は、自身キモくて金のないおっさんになる可能性が充分にあるので、そういう人でも生きていける社会になったらいいなと思う。

ただ、そういう人たちに対して何か言ってあげられることがあるかと考えたとき、何も思い浮かばないんだよね。



「まずは家賃を下げろ、金が全部尽きる前に引っ越しを考えろ」「パソコンは今数万円で買える」「スマホは月額2千円で持てる」「コンビニ飯より食事宅配の方が結局は安上がりだ」「ぶっちゃけPCさえあればなんとでもなる」

ホームレスになりそうなら最後資金で凍死しない南へ移動しろ」「段ボールと空き缶拾いは競争率がめちゃ激しいか作戦をちゃんと立てろ」「きもい?どうせ俺は人と会わないか大丈夫

とか、自身が落ちに落ちたとき用の想定とかを考えることはあるけど、これも結局「今までパソコン自由に使ってネット情報を集めてくることができる生活だったから」という情報強者立場から言える。この助言はずーっとずっとお金がなくパソコンなんて自由に使えない人が採用できる案ではない。



そのような「特に特技はない」というか「本当に何もない」人でも生きていけるように「セーフティーネット」というものを整備してほしいと思ってる。生活保護だとなんやかんや審査が通らないので「ベーシックインカム」がいいなと思う。

ハテナ民はセーフティーネットベーシックインカムに協力的だろ。それはキモイおっさんにも手を差し伸べてると言えるんじゃないか




とここまで書いてみたけど、あらためて「当事者意識をどこまで持てるか」というのも対応に差が出る一因だろうな。

たとえば「差別」について。差別ってのは当人にはどうしようもない事柄理由迫害を受ける。出身地とか国籍とか性別とか。そういう「本人の能力に何の問題もなかろうが、迫害理由はなんとでも、後から付けられる」となると、自分もいつだってその当事者になる可能性が出てくる。

他方「キモくて金のないおっさん」であれば「俺はさすがにキモくて金のないおっさんにはならないし…」という希望的観測を持てる。「キモいのはおっさんが清潔にしないからだ」とか「金がないのはおっさんギャンブルなんてするからだ」とか「それは自分努力でなんとかできただろう。当人にはどうしようもないことではなかったはずだ」なんて理屈を付けることができる。

でも人間何が起こるか分からんよな。急に借金が降ってくるかもしれないし、ストレスで気が変になることもあるだろう。なによりキモイおっさん底辺の人たちだって望んでそうなったわけではない。子供のころから容姿キモイと言われ続けていれば性格にも影響して清潔にしようと思う気すら起こらなくなるかもしれない。http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20170325141715 にも書かれてるが

倫理道徳といった概念を身につける以前に生きていくだけで精一杯

という環境だったんだから




キモイおっさん」の話から爆サイを見るような層」の話にずれてきてしまって悪いが、もう少し続ける。

色々なことを頭に入れてもなお「あまりあっちの世界については考えたくないなぁ」と思う理由の一つは「自身があちらの世界の人から過去迫害を受けたことがある」からのような気がする。

彼ら弱者は驚くほど弱者に対して冷酷でもあります

とも書かれている通り、ヤンキー、ウェーイ系、いろいろな輩(ヤカラ)は自分より弱い相手攻撃する。いじめられた側は「別に相手謝罪してほしいとかじゃなくて、二度と目の前に出てきてほしくない。二度と考えたくない」と思う傾向がある。キモイおっさんから痴漢された女性おっさんの生い立ちなんて知りたくもないだろう。

では、そういう弱者から暴力脅迫を受けた私はどうなのか?寛容でない?恨んでますよ。でも、考え方の理解はできた。救済する団体現場も知ってるし、辟易とさせられることも多かった。何か違うアプローチ必要

こういう意見が出るのも頷ける。でもこの人も言っている通り、理解を拒んでいるわけではなくそ努力をしようとする人は少なくないと思う。

アメリカ大統領選挙からこちら「倫理的に正しいとされる物事が必ずしも選ばれるわけではない(正しくないと思う人たちを無視していては自分の思う正しい世界は来ない)」と分かってきたし、今回の爆サイみたいにまた知らないことを誰かに教えてもらって学べばいいんだよ。



それにしてもやっぱり「衣食足りて礼節を知る」だよなと思う。イジメ虐待ヤンキー風俗も「そこでしか生きていけないから」という面が大きいんじゃないだろうか。ベーシックインカムがあれば、親から風俗の元締めから暴走族から抜けてどこへでも行けて助かる人が多いと思うけどなぁ。現状みたいに本人分を搾取者が奪っていきそうだけど。何かいアプローチいかなぁ。

youtuberの三股の件

個人的な事だから外野が責めるなという意見があるけど、

責任が取れず、被害者救済もできず、個人間で解決できなかったか当事者から暴露されてるんでは...

2017-03-22

発狂スイッチ

普段は根が鈍感なので、嫌味を言われても違和感は感じつつもそれが嫌味だったと理解するのに数ヶ月かかったりするような感じで生きている。

ただトロいだけなのだが、一応よく言えば寛大な人というキャラを演じている。(別にそんなに善良でも寛容でもないと自分では思う)

トロいのでそれはそれで困ることは多いのだが、それでも職場や交友関係範囲では多少キツい言葉をかけられることがあっても、

気付かなかったり重大性が分かってなかったりして受け流しながら、なんとなく日々を過ごしているので、

当事者意識が低いとか危機感が乏しいとかの小言を言われることはあっても、そう大きな問題は発生していない。



ただ、稀に大きな声で怒鳴られると、語勢から攻撃を受けていると脳が判断してしまうためか、自動的発狂スイッチがオンになってしまう。

日常では、いきなり他人を怒鳴るような人種と接触する機会は幸いにしてほとんどないし、たまにいてもそういった相手とはなるべく距離を置くようにしているので、

主に偶発的に遭遇した知らない人とか、普段さな相手に対して発症することが多い。



発症すると「ナンドコラテメオラピェァァァァアアアアア!!!!?」といった奇声を発して何事かをまくしたてる。

さらに、地団駄、靴叩きつけ、腕振り回し、飛び跳ね、ドンキーコングが手で地面叩くモーション、回転、荒ぶる鷹のポーズ

頭搔きむしりカバディ的反復横跳びディフェンス自分の顔殴り、服を脱ぎ捨てる などのうち複数動作を伴う。

ノーモーションから即時発動かつフルオート、声もお前そんな声出せたの?って感じで普段と比べると無茶苦茶かい

完全に発狂状態なので、周囲から見ると俺の方が明らかにヤバい奴になる。いや実際ヤバいとは思う。お巡りさん俺です早く抑えてください。

ひとしきり発狂した後は「それは〇〇なのでできません。」などとこれまたスイッチが切れたように元の穏やかなトーンに戻るから余計不気味に感じるらしい。



昨夜コンビニの前で中高生くらいのヤンキー4人組に絡まれて道を塞がれ胸倉掴まれて「ナメとんかコラァ!」と怒鳴られた際に久々に発症してしまい、

「ンドコラチョケたクソガキ共が何インネンくれとんねんワレボケ俺ァ100円のオニギリ買うんじゃ通さんかいオラァアアアァァァァア!!!

などと言いながら胸倉掴まれたまま暴れて腕を振り払い、しばらく回りながら跳ねまわったりカバディをしたりしてしまった。

息が切れて落ち着いてから「すいません、通してください」と言った際に「ど、どうぞ……スンマセンっした」と通してくれた彼らに変なトラウマを植え付けてしまったのではないか心配



それでも昨日はまだ自分当事者なので、キチガイプレイDQN撃退した的な構図なので救いがあるのだけれど、

稀に他人から他人への怒鳴り声でスイッチが入って、全然関係ないのにそばにいた自分が突然発狂し始めてしまうことがあるのが本当に困る。

そういう時は発狂してみたのはいいけど何に対抗すればいいのか自分でもわかってないから完全に変な感じになる。

発狂グセ、なんとか治らないかなあ……。

向井秀徳当事者性による二重性批判


「俺がそこにいた!」

初期ナンバガ歌詞を振り返るとこういう文体が多い
omoide in my head』の「17歳の俺がいた」もそうだ

これは一人称の文に見えるが、実は三人称
俺“は”ではなく俺“が”と書くためには
「俺」という登場人物第三者視点から見る必要がある
まり三人称視点登場人物としての「俺」を描写していることになる

だが、この三人称の語り手は客観的ではない
いた、ではなくいた“!”と主観をむき出しにする
語り手もまた“俺”であることを忘れてはいない
まとめると語り手「俺」が登場人物「俺」を主観的記述した三人称、となる

自分自身物語内の登場人物として捉え直すのは、メタ的だ
向井映画監督を目指していたそうだが、
カメラファインダーという隔たり越しに登場人物描写する手法もうなづける

だが、メタ視点から正確に写そうとすればするほど、対象からは離れてしま
その対象が持っていた熱や存在感当事者性はどんどん薄まるだろう
そのメタ的な隔たりによる当事者性の薄まり向井は冷たいと感じた
そういった客観性集合体こそが「冷凍都市」であり
それを攻撃するための当事者性の象徴こそが「性的衝動」となる

語り手の俺が登場人物としての俺や少女描写する、という二重性
正確に描写しようとカメラの精度を上げるほど当事者性が薄れるジレンマ
こうした二重性を自覚した上で破る矛として性的衝動を用いたのが
初期ナンバーガールの詩の原理なのではないか

ではザゼンだとどうなのか
カメラ技術進化すれば、もはや人の目で見ているのと変わらなくなる
そうした現在において「メタフィクション批判」はもう古い、リアリティもない
向井秀徳カメラ技術もこなれてしまった
だが、世間当事者性は弱まるばかり、性的衝動を用いて復権させなければいけない
(よみがえる性的衝動
性的衝動は二重性を攻撃することでこそ、その強さを示せるのだ
から語り手/登場人物という入れ子構造を使わずに二重性を作らなければいけない

そこで向井リフレインに注目する
同じ場所言葉を何度もダブらせることで、反復が差異を生む
フィルムの一コマコマを切り分けるのと同じだ
(繰り返される諸行無常
こうして場所を移すことなく二重性を生み出すことに成功した
ナンバガ時代の二重性が
登場人物としての俺を乖離させることで生み出す客観的二重性だとすれば、
ザゼン以降の二重性は、単独で生み出せる主観的二重性といえるだろう
向井カメラシャッターを切らず、
ただ自分の目のまばたきでフィルムを切り分ける方法を見つけたのだ

はいえこ主観的二重性は『omoide in my head』の時点で芽生えている
思うに、福岡時代当事者性=性的衝動の強さを無根拠に信じていられたのではないか
カメラを手にしたばかりの少年にとってはどんな景色自分のものに思えるように
だが東京に来て、描写対象性という問題に直面して当事者性を鍛え直す必要が生じる
そうして鍛え上げた結果、福岡時代のような信頼を取り戻しつつあるのが
現在ザゼンボーイズでの素朴な描写に至るのではないか


ブログツイッターもやってなくて書く場所も聞いてくれる相手もいないのでここに
誰かツッコミ入れてくれ

2017-03-21

絶対に負けられない戦いが、そこにはある」の気持ち悪さ

絶対に負けられない戦いが、そこにはある」



これはよく考えられたコピーだなと最初に見た時は思った。今も思う。



ただコピーである以上は真実よりちょっと誇張していることがあるなというのが私の考えだ。例えば当事者である選手にとっても”絶対”というほど負けられない試合というのは存在しないはずであるプロである以上は「最高の試合にしたい」「後悔のない試合にしたい」という気持ちは相当なものだろうが、「絶対に負けられない」という気持ちで挑んでいるというのは私のプロ意識から想像できない。



少し譲って監督選手などの当事者絶対に負けられない戦い存在するというのはわかるし、テレビがそう表現するのはわかる。何より広告代理店などにとっては絶対に負けて欲しくない試合はたくさんあるだろう。



ただ、サポーターがそれを言い出したら

あなたにとっては”絶対に負けられない”というほどのものではないでしょう」

自分人生で戦ってください」

というのが私の気持ちだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170321135423

よくわからんが、はたから見てると理論破綻してるひと相手に怒鳴ってる人とか見たら

なんでこの人論理破綻してるようなひとと自分から同じレベルになりに行くんだろうかなあって思うよ。

相手論理破綻してるから自分の勝ちだって思うのは別にあそこまで長々と書いて叩くことでもなかろうにとは思うけど

からって自分感情的になるってのはなんかなあって、周りとしては思う場合もあるんじゃね。

当事者立場だと気付かないだろうなあってのは認めるけど。

[] #19-1「謝罪謝罪

父が働く会社での話だ。

父の会社にはシューゴという人がいて、この人は会社の顔とも言うべき立場にある。

ただ、この人の言動ヘイトを広めやす性質があった。

大抵の場合はこの人の性質だとして見過ごされることも多いのだが、今回は少々大事になったらしく弁明の場を設ける必要があった。

だが、その必要性に疑問を抱く人もいたのである

当事者であるシューゴさんだ。

はいっても、もはや場は設けられており、今さらなかったことにするのは難しい状態だった。

周りから囲み、そういう状況を作り出さなければ、シューゴさんは世間という漠然としたもの謝罪など一生しないだろう。

父の同僚のフォンさんはそれを分かっていたために強攻策に出たのだが、予想以上にシューゴさんは頑なであった。



「俺にはよく分からない。確かにクライアントには申し訳ないことをしたと心から思っているが、そのクライアントに対しての謝罪と賠償は済んでいる。この場を設ける意味が分からない」

シューゴさんは、別に謝罪すること自体が嫌だと愚図っているわけではなかった。

ただ、わざわざ不特定多数人間に向けて謝る必要性が、彼には理解できなかったのだ。

そんなシューゴさんを、フォンさんは必死に説得する。

シューゴさん。謝罪ってのは必ずしも当事者だけにするとは決まっていないんです」

しかしこの期に及んでも、シューゴさんは頑なであった。

頭を抱えながら、フォンさんは父に目配せをする。

説得を手伝ってほしいのだろう。

だが父は静かに首を振って見せた。

ただ、安易に誰の味方をするわけでもない。

シューゴさんが最後まで頑なであるならそれは仕方ないとも思っていたし、結果として考えを曲げるなら、それもまた意思の一つとして尊重するつもりだったのだ。




「俺は一体、誰に対して、何の意味があって、あの場に立って謝るんだ? そしてクライアントでもない彼らは、一体何に対して怒っているんだ?」

シューゴさん。そんなことはワタシにだってからない。というよりあの人たちも、本当のところは誰も分かっていないんです。分かっていないから怒っているんです。だから謝らなければいけないんです」

「滅茶苦茶だ」

「そうです。滅茶苦茶です。でも、そういう滅茶苦茶なことの帳尻を合わせるのも社会の在り方なんです。その帳尻あわせが“謝罪”なんですよ、シューゴさん。何かをやらかしたら、謝る。それが誰であっても、何に対してでも、謝る必要がなくても、です」

父もフォンさんの言っていることが大した理屈じゃないことは理解していた。

しかし、それでも父はシューゴさんの味方も、かといってフォンさんに追従もしなかった。

それを何度か繰り返すうち、とうとうシューゴさんは折れたと言わんばかりのため息を吐き、それと同時にフォンさんの言葉を静止した。

「もういい。酷い理屈だが、それで納得しよう。だが、覚えておいてくれ。俺は申し訳ない気持ちだとか、そんなものは微塵もない状態であの場に立つ。というより、実際問題そうせざるを得ない。傍目には分からないよう臨みはするが。それでいいんだよな、マスダさん」

はい、それで構いません。あーいう場での謝罪ってのは誰も言わないだけで皆そんなもんです」

こうしてシューゴさんの謝罪ミュージカルが幕を開けた。

(#19-2へ続く)

2017-03-17

子供が欲しくない

私は20代前半。

人生で一度も、子供が欲しいと思ったことがない。



理由を色々考え、出た結論は「面倒なことが増えるから」だった。



妊娠出産育児エッセイを何冊か読んだ程度の知識なのでザックリとしているが、

つわり地獄のような苦しみや、大きなお腹を抱えて生活することの大変さを知った。

食生活に気を使い、妊婦に優しいアイテムを買い、定期的に病院検査し、マタニティスクールに通い、

役所病院費用補助金申請し、生まれてくる子供のためのグッズも揃えないといけない。

この時点で「めんどくせぇ~」と心の底から思った。



出産もめちゃくちゃ痛い。無痛分娩もあるが、「産むときだけ痛くなくても、いてえのは陣痛だよ陣痛」と

母親によく言われるので、まったく痛みのない出産はまず無理なんだろう。怖い。

まあとにかく生まれました。おめでとうございます。あー終わった終わった、というわけにはいかない。

この世の右も左も分からない赤ん坊を、同じく育児の右も左も分からない母親が育てるって超難易度高い。

でも面倒だからお世話やめた、なんてことはできない。もう生まれてるんだから



もしも子供が生まれつきの持病を持っていたら。不便なアレルギーがあったら。アトピーがあったら。

とんでもなくブサイクだったら。発達障害だったら。学校いじめられたら。逆にいじめっ子になったら。

夫が育児に非協力的で理解がなかったら。偏食だったら。

同じクラスメイト母親が変な人だったら。担任先生が変な人だったら。

PTAが面倒臭かったら。受験に失敗したら。就活に失敗したら。悪い友達とつるんだら。

学生のうちに妊娠したりさせたりしたら。「産んでくれって頼んでない」と言われたら。

様々な不安が尽きない。そのくらい我慢しろよと言われるものも沢山ある。



でも嫌なのだ可能性として起こり得ることを考えると、子供はいらない。

子供に何かあったとき自分人生経験知識が乏しすぎてフォローできず、母親失格になってしまう。

子供もきっと苦しむ。



これまでの人生出会ってきた多くの選択出来事は、「ミスしたら自分に返ってくる」ものだった。

志望校に落ちようと希望の会社に不採用になろうと、嫌な思いをするのは自分だった。

勉強しなかったツケ、就活対策をちゃんとしなかったツケは自分に返ってくるだけ。

しか妊娠中の生活に気を使わなかったり育児を面倒臭がって放棄したら、苦しむのは自分ではなく子供である

親が徹底的に子供の見本となり、子供を守り、道に迷ったときに手を差し伸べなくてはいけない。

自分がそんな立派な人間になっていないのに子供を作っては子供がかわいそうだと本気で思っている。

デキ婚する人はどうしてすぐ産もうと決断できるのかわからない。その度胸はどこからくるんだ。

たまにネット出産が「3000万ガチャ」と揶揄されるが、本当にそのとおりだと思う。莫大な金がかかる。

そんなガチャをうちの親は私の前にも何度も回してきた。尊敬する。



今まで何人か彼氏がいたし、今もいる。

「この人と結婚したい」とは思っても、「この人との子供が欲しい」と思ったことは一度もない。

ずっと2人きりでいたい。夫との時間を独占したい…とよく思っていたけど、

まあずっと同じ屋根の下で2人でいたら、恋人時代気持ちなんてすぐ消えて

だんだん生活マンネリ化してきてうまくいかなくなったりもするんだろうな。

から子供がいたほうがいいのかもしれないけど、そんな緩和剤代わりに子供をポンとつくっていいのか。



妊婦子連れベビーカーバッシングネットでよく目にする。

保育園も落ちれば国に死ねと言いたくなる。

育児中にあった嫌なことや肩身の狭い思いをした体験談も沢山見る。

(家庭板のまとめを読むのはやめたほうがいいかもしれない)

自分がその当事者になることを恐れている。

私が万が一妊娠してしまったら、周りは「おめでたいこと」と捉えるから、きっと産むんだろう。

人間ひとりつくって育てるというとんでもない行為は「やっぱりやめた」ができないから、恐ろしい。



今付き合っている彼氏とうまくいって結婚の話が出たとして、「子供が欲しい」と言われたら本気で悩む。

「夫が子供を欲しがっている」とか「(義)両親が孫の顔を見たがっている」という理由

私が折れて妊娠出産していいものなんだろうか。母体は望んでいないのに。

周りが希望してるから命をつくるなんて無責任ではないだろうか。

「産んでくれって頼んでないのに!」って子供に言われてしまったら、

「私だって産みたくなかったわ!」って思っちゃうんだろうか。

私は自分に面倒事を沢山もたらした原因である子供を愛せないんじゃないか



どんな理由であれ、私のように子供が欲しくない人はきっといるんだろうけど(多分)、

子供は欲しいもの、望むもの、みたいな風潮が世間にある。

少子化という言葉があるということは、子供とは「産んで増やさないといけないもの」なんだろう。

私か相手子供をつくれない体なら仕方ない。それよりも「つくらない」ほうが周囲から疑問視されそう。

育児がしにくい世の中になってるのも問題だけど、そういう社会的な面よりも私の心理的な面が大きい。



こんな私が、子供が欲しいと素直に思える日はくるのだろうか。

それとも、たいしてよく考えないまま流れに身を任せていたら、案外大丈夫なものなんだろうか。



一応言っておくと、親に虐待されていたわけではない。むしろ末っ子なので甘やかされて育った。

子供はあまり好きではなかったけど、最近は仲の良さそうな親子を外で見かけると微笑ましいと感じる。

ただそれは楽しそうなほんの一部分を見たからで、

その場面を自分が得るまでにどれほど苦労しないといけないのかと考えると子供を欲しいとは思わない。

甥・姪をめちゃくちゃ可愛がってしまうのと同じだ。

あと、反出生主義という主義があるけど、そこまで過激な考えではない。出産尊いものだと思っている。

私は出産したくないというだけ。



今ふと思ったけど、学生時代全然楽しくなかったことと、この考えには関係はあるだろうか。

まらない地獄のような学生時代子供に味わわせたくないとか無意識に思ってるんだろうか。

そこはよくわからない。



とにかく、子供をつくることによってありとあらゆる責任が降り掛かってくるのが面倒で耐えられない。

面倒事は回避したい。だから子供はいらない。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316062347

http://anond.hatelabo.jp/20170316062643

  1. 観察・認識などの精神活動対象となるもの。かっかん。⇔主観
  2. 主観から独立して存在する外界の事物。客体。かっかん。⇔主観
  3. 当事者ではなく、第三者立場から観察し、考えること。また、その考え。かっかん。

ふむ? Goo辞書を見る限り

基準値が定まっていないものは「客観的」とは言わないんだよ

こんなことは書いてないようだが……?

ちなみに「通ぶっている」には概念として十分な客観性が含まれていると考えるのが筋だ。

対象を通ぶっていると思っている私」、と切断したとしてもだな。

切断できうるからこそこそGoo辞書の二番面の意味は掲げてあるものだと思うが。

ところでお前、低能ちゃんだろ?

2017-03-15

ぼかして書くが、何かを作ってる時に自分発言に慎重だったと思う。

作らなくなってから同分野に対する発言が身勝手になったと感じる。

常に体験者・当事者じゃなければ痛みはわからない。

そこら辺に転がってる口を開けた雛鳥になってしまったのかと、つまらない気持ちでいる。

沖縄を抑圧されたマイノリティにするのは誰だ。


香山リカ我那覇さんを「マイノリティに過剰に同化してしまった哀れな存在

として扱うけど、いち沖縄県民の私に言わせりゃハァ?だ。

基地反対派こそ本当はマイノリティで、今の沖縄は賛成とまではいかないけど「容認派」がほとんどだと思う。

日本の今の状態を考えたらしかたない」

自分たち基地によっていやな思いをしてないor恩恵を受けている」

「でも基地によっていやな思いをした(主に老人の)反対派を思いやって口には出さない」「というか沖縄ももめたくない」

みたいな考え方で、賛成とは言わないけど容認する人たち。

その中でニュース女子の件が報道されて、正直納得したよね。

ああ、あの野蛮な人たちは同じ日本人県民ではなかったのか。

なんらかの目的作為があってああいうことをしてたんだ。

思想の違う外国人がやってたことならそれの方がいい、ってね

普通に働くアメリカ軍人ヘイトつけまくったり

そのへんにゴミを捨てたり、下品に喚き散らしたり

近隣住民の「騒音を立てないで」の張り紙を不気味なカカシ?で隠したり

在日がどうとか、どうでもいいけどあれをやる人間たち全てがどうかしてると思う。

こういうこというとヘイトだとか差別だとか抑圧するマジョリティだとか言われそうだけど、もう笑ってしまう。

あれが同じ県民で、すべての沖縄県民がそれにくくられると思ったら、ものすごく嫌だった。

沖縄を離れて、報道されるのを見るたび、「みんながみんなこんなんじゃないのになぁ」と悲しくなった。

もしそれがなんらかの作為的な行動であれば、それを画策した人間に私は腹が立つ。

というか、沖縄県民でも直接いやな思いをしたこともない人間が何をしているのだ、あそこで。

我那覇さんは勇気があると思った。

沖縄県民の前に日本人であるというような言葉に、ああ、そうなんだよなぁと思った。

彼女応援している!という人も多いし、それを表明しなくても「よく言った」と思ってる県民は多いと思う。

沖縄メディアは、我那覇さんを取り上げないしなぜかそちらを少数派にしたがるけど、我那覇さんの主張、またはその一部に納得・同感する人は多いのだと思う。

マイノリティ集団には必ず抑圧するマジョリティに過剰に同化する人がいる。抑圧者にとってそういう人はたいへん都合がよく、一時はチヤホヤされる。「ほら、当事者だってこう言ってる」と使えるから。「アイヌ利権を主張するアイヌ」「在日叩きの在日」、そして沖縄にも。利用されてるだけの悲しい人。」

この香山リカ氏の主張に猛烈に腹が立ったのはなぜだろう。

お前が何を知っているのか。

というかマイノリティの過剰に同化チヤホヤされ利用されているのは自分ではないのか。反差別アイドル著名人として、利用されているのはないだろうか?

「私は違うわ。いけないことはいけないもの自分意思で主張し戦うわ。私は正しいの」か?

我那覇さんと何が違うのか?相手側の意見を聞く姿勢があるだけ我那覇さんのほうがよっぽど人としてできている。だからレッテル貼りをして逃げるくらいしかできないのか。

我々をストックホルム症候群被害者のようなものだと思っているのか?

沖縄は、マイノリティなのか。私たちはいつまで抑圧されたマイノリティであるべきなのか?

特に基地を憎んでいないのにそれに反対することが正しいことなのか?

自らの意思をもって基地容認・賛成し、主張することは哀れな被害者の成れの果てだともいうのだろうか。

沖縄を「抑圧されたマイノリティ」にしているのは、誰なのか?

私には、実際に目に見える障害がある。

たとえば、片脚がないと想像してほしい。それにほとんど近い障害だ。

自分人生をその状態で生きてきた私は、今やそれも自分個性ひとつだと思い、もはやチャームポイントだと思っている。コンプレックスはいまやなく、それを活かした仕事をしている。そんな自分を愛している。

片脚がない私たちは辛いんです!バリアフリーを!理解を!寄付を!と叫ぶ同じ障害をもった人もいる。それが悪いことだとは思わないが、自分と違う考えを持っているんだと思う。

そんな私に言う人がいるのだ

「片脚がないと不便だよね。かわいそうに」

「片脚がないことを嘆くことが普通なのに、大丈夫だなんて強がっちゃって。本当は大変でしょう?嫌でしょう?」

私がその時、どんな気持ちになるのかわかるだろうか。

こういうふうに言われたら、どう思うだろうか。

障害があることも受け入れる?そんな自分を愛する?まぁ、頭がどうかしてるんじゃないのかしら」

「私の知っている人は障害者人権向上のためにデモをしているわ。あなたはなぜしないの?」

「彼らの切断した脚を出して同情を買うパフォーマンスが嫌い?このレイシスト!彼らは闘っている弱者なのに!」

あなたみたいな人のせいで本当に困ってる障害者が言われるのよ。「あんな風に生きてる人もいるのに」って。その引き合いに出されてチヤホヤされて利用されて、かわいそうな人ね。あなたはかわいそうなマイノリティであるべきなのに」

あなた障害者の恥よ。もはや国賊よ。」

障害とともに生きた私は、どうしようもない気持ちになるのだ。

彼らは、自分たちがしていることがそういうことであるとは気づかないのか。

真っ当に自分なりの価値観で、自分を愛して生きていきたいだけなのに、言われるのだ。障害のない人に。何故か高いところから

差別はよくないわ。弱者へのヘイトはよくないわ。それをわからせるためなら(自分が決めた)レイシスト排外するわ。あなた弱者から喜んでくれるわよね」

バカじゃないだろうか。

今の沖縄を愛し、基地共存しようとしている人間を、迎合しようとしている人間を、

誰にそのように言う権利があるのか。

私は、沖縄が好きだ。基地があり、ステーキハンバーガーアメリカンファッション名物になり、休日にうろうろしている米軍人と笑顔挨拶を交わす。私が生きてきた沖縄は、そういう場所なのだ。そういうが沖縄は好きだ。そういう人間がたくさんいる。

一部の人からは「アメリカに染められ反対派を愚弄する国賊」だろうが、この多様化時代に私や、同じ考えの人の愛するもの・主張をなぜ鼻で笑われなければならないのか。

狭い良識と偏った考えで、己に正義があると思い込み弱者の味方ですというような顔をして良識人面している、本質を何も理解していない、理解しようともしない、自己愛にまみれた反差別の皮をかぶった差別主義者は、誰なのか。

どうせ彼らから見れば、この投稿も「ネトウヨ沖縄のふりをして書いたヘイト記事」「過剰にマジョリティ同化した哀れなマイノリティなのだろう。

そういう考えでいてもいいと思うが、真っ当に暮らす人間邪魔をしたり傷つけたりしないでほしいのだ。多分話通じないけどさぁ。

ぐちゃぐちゃになった。書捨て。

2017-03-12

例えば北朝鮮ツアーにのこのこ行って「金正恩は偉大な人物朝鮮半島平和のことを真摯に考えている。核とかミサイルとか問題もあるが、そこは当事者専門家に任せよう。外野安易発言してはならない。素人が扱ってはいけないイシューがある」などとぬかす奴がいたら、外野としては「そいつは元来、頭が緩かったんだろうなぁ可哀そうに」と思う以外にないだろう。

何のことかといえば

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51162

のことだ。

一定党派性のある人間が主導する「見学の旅」なんぞにいって、お仲間の演説をへいへいと有難く拝聴して拝観したお写真に衝撃を受け、あまつさえ「君は自分のやり方で皆に伝えればいいんじゃないか」などと諭されてびよびよ泣き出す始末である。安物の洗脳だってもうちょっとましにやる。

で言い出したのが冒頭のそれ

素人が扱ってはいけないイシューがある」「専門家及び当事者に任せよう。外野安易発言してはならない」

である

もし、北朝鮮在日米軍でも自衛隊でも朴槿恵弾劾派でもベネズエラでもいいが)のツアーに行って、無批判にその主張を受け入れるのか? 純粋北朝鮮人民が偉大なる金第一書記を熱心に称えたからといって、それを額面通り受け取るのか? そうではないだろう。

単純に「同学年の友達」(しかし豚極左金髪である)がおぜん立てをしただけで、やってる内容は変わりはしない。結局は、彼らが主張したいストーリーにあった「証言者」が出てくるだけだ。

その絵図も見通せないでイノセントに出てきた人間が正しいことを教えてくれると、なぜころりと騙されるか。

(かといって、なんの伝手もなく突っ込んで何かが得られるのか、といわれると厳しいと言わざるを得ない。しかしおぜん立てを丸呑みするよりははるかにましだろう)

しかも、ここでいう「専門家」「当事者」は何か。会った面子から言えば、当然彼らのことだろう。それは「専門家」「当事者」かもしれないが、党派の塊ではないか。結局これは「抗議もしない他人が口を挟むな」という悪しき当事者主義しかない。

あまつさえ、この「当事者様」に引見されたことで微かな当事者性を手に入れたつもりになって「あなたたちの批判はオレの心になんの波風も立てない」だそうだ。

お説の通り、全ての言説を撤回して筆を折って山奥にでも引き払え。その方がまだ害がない。

2017-03-11

すげえ端折って書くけど、甘えるなとか赤の他人に言い出すやつは

「俺がこんなに努力してるのに、こいつはサボってて腹が立つ」辺りが多分本音

それ言うと全然説得力もなくて理由にもなりきれないので、適当に別の理由をひっつけてるんじゃないかと。

あとは自分にいってるやつね。他人にいってるスタンスで半ば怒りながら説教してんだけど、本当は自分に腹が立つんだよな。

から見ていてそう思った。当事者じゃない。俺の場合他人がサボってても基本どうでもいいけどね。関係ないし。

http://anond.hatelabo.jp/20170310185744

分かる。あとよく冷静に文章に出来ていると思いますあなた大丈夫でしょう。

本当に使い古された言い回しですが、時間解決する。というか、時間以外解決できません。

もし愚痴をよく聞いてくれる良い友達が居るなら幸福なことだけど、そういう人にも許容量というものがあるし

なかなか当事者以外には理解され難い話だから余計苦しいですよね。

でもそういうものと受け入れるのが一番かと思います


また、これを機会にピンとくるような本をたくさん読むのも良いかもしれません。

ポイント復縁など考えず、苦しみを消化していくことだと思います

それは複雑なことではなく、これから時間をそのまま生きて行くということだと思います。お大事に!

自分年収300万以下で独身キモくて金のないおっさん当事者だけど

女を当てがえなんて思ってないよ

安楽死合法化して社会から合法的に退場できるようにしてほしい

勝ち組負け組が分断する社会でも構わないからせめて敗者に尊厳を与え責任を持って葬送してほしい

2017-03-08

http://anond.hatelabo.jp/20170308155048

生理的嫌悪根拠である体験談をさも知っているかのように妄想意見して頭ごなしに否定してる時点で”生理的嫌悪に対する反論が出来てないよね、というか出来ないよね、これって”生理的嫌悪以外の何物でもないもんね

何というか…2chみたいにレッテル貼って何の根拠もなく持論だけで批判に持っていく馬鹿が多いんだね…

とりあえず、実際に体験しないと分からないことをあたか当事者であるかのように意見するのはやめよう?まずそれから始めよう?

http://anond.hatelabo.jp/20170308152959

LGBT理解が進まない背景って実はこういうLGBT当事者間のコンプレックスもかなり関係してるんだよね。

テレビタレントカミングアウトすると「ゲイ商品にしている」「本当のゲイあんなじゃないのに代表者ヅラしてる」とか言ったり

女性同士でパートナーシップ届け出たら「美人から受け入れられた」「自分たち基準同性愛を語るな」とか言ったり

確かにLGBTっていってもたくさんの考え方の人がいるし当然に格差もあるけど、いちいち足の引っ張り合いしてたら結局誰も前に進めなくない?って思っちゃう

タレントとして活躍しているLGBTだってそれなりに悩んで今に至ってるはずなのに、悩み方が足りないとかって言うLGBT当事者を見ると悲しいよ

http://anond.hatelabo.jp/20170308150801

>>周りに当事者がいなければ調べようともしない。

これには同意だが

>>だから無知による差別偏見はなくならない

無知」「差別」「偏見」とか上から目線イラッと来るよな。

http://anond.hatelabo.jp/20170308141414

これを見ている人はLGBTを知っているだろうか。どんな人でどんな悩みがあるか知っているだろうか。知っているとしたらどこで知ったのだろうか。

人は興味がなければ知ろうとしないし、周りに当事者がいなければ調べようともしない。

から無知による差別偏見はなくならない

いつもこういうことほざくLGBTにむかついてしまうのだが

じゃあお前はキモオタのこと知ろうとしてる?

発達障害は?

中年童貞は?

喪女は?

統合失調は?

ダウン症は?

幸福の科学信者は?

ロリコンは?

彼等彼女等の悩みや人生について関心を持ってる?




知ろうとしてないだろ?

関心もってないだろ?

そらそうだわな

自分関係も無いなんかキモイやつや理解しがたいやつについて

いちいち深く知ろうとして理解してたら生活してられねーよ

だろ?




人生に支障のある属性持ってるやつなんかごまんといるし悩みだってみんなある

同じゲイですら不細工な奴とかもてない奴とか病気の奴とかいろいろおるやろ

お前はそいつ等の悩みを漏れなく親身に知ろうとし理解してるわけ?

しんてないだろ?




であるのに、

なんでゲイについてはみんなが関心を持つべきで、知ろうとするべきで、悩みを理解すべきだという態度なの?

俺はそこがどうしても飲み込めないんだ

ゲイなんだが

家族にも職場にもカミングアウトしていない、クローゼットゲイ

最近LGBTに関するニュースも増え、世間的にもだいぶ認知度はあがっているらしい。

しかし、認知度が上がるのと理解があるのは別で、ネット上では否定的意見だったり攻撃的な書き込みがある。

今まではニュースにすらならなかったか否定的書き込みも目にする機会が少なかったが、

ここ最近特にトランプ当選したあたりからか、そんな否定的書き込みが多くなってきたように思う。

ゲイは見た目では分からない(分かりやすい人もいるが)。

から黙っていればバレることもないが、同時に自分にふたをすることになる。それは結構ストレスだったりする。

家族にも、会社の人にも、親しい友人でさえも本当の自分のことを言えずにいる。

相手自分のことを信じて話してくればくれるほど、心苦しくなる。

信じていない訳ではない。自分勇気がないだけだ。

嫌われるのが怖い。否定されるのが怖い。

これを見ている人はLGBTを知っているだろうか。どんな人でどんな悩みがあるか知っているだろうか。知っているとしたらどこで知ったのだろうか。

人は興味がなければ知ろうとしないし、周りに当事者がいなければ調べようともしない。

から無知による差別偏見はなくならない

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