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はてなキーワード: エリートとは

2017-03-26

いわゆるエリート的な発言をする人が、他の見下している人たちの体験をすべて経験たかのような振る舞いで接する事自体には違和感がある。

あるいは予測できると高をくくっていることにうける不可思議さというべきか。

五感から発生する感情記憶はそう単純なものではないし、今はハイソサエティ文化もかつては下町文化だった。

下町文化といえば粋と無粋が支配するある意味では非論理性の強い世界で、しかしそこにある一種体感価値あるものとして存続して現代に残る。

ヤンキー的なきっぷの良さや向こう見ずは一種カタルシスをもっている。感覚が受ける価値は各ゾンビの中に入ってみなければわからない。

ゾンビだけを見てゾンビだということは多分簡単で、外形から勝ち(価値)が決まっている社会では決めつけやすい。

自分という個別的内面は全能の五感記憶を持っているのだろうか。

彼女を、彼女元旦那寝取られた話

彼女旦那はひどい男だった。まずその話をする。これが発端だからだ。

彼女とその旦那学生時代出会い就職後に結婚した。結婚後も、二人は幸せだった。(この段階では俺は一切登場しない。登場したら不倫になってしまう)しばらくは子供を作らないと決め、多趣味旦那にくっついていく形で彼女もいろんな経験をしたそうだ。文字通り地球の北から南まで、様々なところへ旅行へ行った。お金もあったし、旦那大企業現代において、最良の結婚といっていい。その頃の写真には、まさに人類幸せというものを教えてもらった気がする。とにかく、素晴らしい夫婦だった。

だった、ということはつまり、どこかで亀裂が入ったということだ。ここで登場するのが俺…というわけじゃない。俺はもう少し後だ。

旦那は栄転した。そこに転勤するということが選ばれた幹部候補の証であり、旦那意気揚々と赴任地へ向かった。週末は彼女のもとへ帰り、月曜朝一の新幹線で出勤する。まさにエリートしかしやはり、そういう生活はきつい。幹部候補ともなれば、その業務は半端じゃない。

この辺、長々と書く意味はないので省略するが。つまり旦那は現地で女を作った。週末になかなか帰らなくなり、帰ってきたら来たで服の趣味彼女の知らないものになっていたり、スマホロックがかかっていたり、まぁ、そういうありがちな話しが長らく続く。

俺はその頃に彼女と知り合った。SNS上で、共通趣味を通じて。ありがちな展開だけど。

で、悩む彼女に俺はいろいろとアドバイスをした。最初は単なる悩み相談から、徐々にキナ臭い方向へ。旦那が寝てる間に指紋認証突破しては、とかね。

それで、旦那スマホからは、まぁ、お察しの通りのモノが大変な量出てきた。すごかった。正直すごかった。圧倒的な幹部候補セックス札束丸めて突っ込んでるとか、Vシネかよ。見たことないし多分そんなシーンないと思うけど。童貞の俺には手に余るシロモノだった。そういうことで、落ち込む(というレベルじゃないけど)彼女を励まし、勇気づけ、興信所を手配したり法テラス手続きしたり、抜け殻の彼女身の回りの世話をしたりして、彼女旦那離婚した。まぁ、俺が彼女の周囲にいることは彼女に取ってめちゃくちゃ不利だったんだけど(旦那からもそう指摘された)、証拠の内容が内容だし、浮気相手女性を二回妊娠させていたりと大変なことになっていたので、俺の件は相殺された。

実際のところ、俺は彼女とはセックスしていない。セックスしてなけりゃいいのかという問題ではあるけど、キスなんかも彼女結婚してる間はしていない。

ここで、俺の話をする。

俺は長身で痩身の雰囲気イケメンの男。神木隆之介っぽいとはよくいわれる。我ながら結構、いや相当いけると思う。彼女と知り合ったとき25歳で、今は32。

しかし俺には巨大な欠点が二つあった。

この二つの要因によって、俺はいまだ童貞

ちんこ、これはとても重要だ。太っていたころは、「大丈夫、腹の肉に埋もれているだけだし」と言い訳もできた。しかし痩せて行くにつれ、現実が腹の下から現れだしたのである

ちんこが、小さい!

俺のちんこは…これが…これが俺の真のちんこだったというのか…!?

最大に、フルに、マキシマムにさせてもその全長7cm・・・いや、正直に言うけど、5cmである。5cmである。5cmなのだ。5cmさ。握れない。つまむのがやっと。

AVを見ていて、ぶっかけ要因の汁男優が列をなす場面があるだろう。それを見てて、やっぱり中には、すごく小さい人もいる。俺はそういう男性がいるととても安心して、オナニーをすることができた。しかし、己のちんこに向き合ったとき、思い至った。ちんこが小さい汁男優は、その後の本番の場面には参加していないという事実記憶の限り、脳内でわが友たちの姿を検索しても、やはり、ちんこが小さいフレンズは本番には存在していなかった。もちろん、汁男優あくまで汁専門。その後の絡みに関係することはないが、汁男優が本番に参加する企画AVでも、ちんこの小さい男性は姿を消している。俺の脳をちんこ差別の電撃が襲う。AV映えしないという理由なのか。そんなにも視聴者マグナムを求めているのか。

いてもたってもいられなくなった俺は、スマホを手に取った。

ちんこ問題に関して、ネットは信用できない。どいつもこいつも、ちんこがそれなりにでかいことを当然のこととして話をしている。包茎に関しても、まるで仮性包茎レアであるかのような物言いだ。これは欺瞞だ。男同士でも、ちんこの大小はアイデンティティにかかわる問題なので、通常話すことはしない。銭湯確認しようにも、俺は生粋メガネ民族。湯気たちこめる銭湯では、真のちんこを見極めることができない。

俺に残された手段は…人力検索

かのレオナルド・ダヴィンチ実践していたという、「その道のプロに尋ねる」という究極の人力検索を俺は敢行した。

頼むぜレオナルド、俺に勇気を、そして安寧をもたらしてくれ。

祈るように俺はデリヘルを手配した。

プロを待つ間、俺は立ったり座ったり、掃除をしたり瞑想をしたり、1分が数時間にも感じた。これほどの焦りは「俺は糖尿病なんじゃないか」と病院の待合室で脂汗を流して以来だ。

プロが到着した。むっちりした女性だ。プロをもてなす。お茶を出したが、さすがはプロ。口を付けない。何か変なもの入ってたら困るしな、と俺は初めて思い至った。

「それじゃあ…」とプロが言いかけるのを「あ、いや」と制止し、悩みを打ち明けた。

俺のちんこサイズは、一般的にどの程度なのか…本当のことを教えてほしい。

世のあらゆるちんこを、ペニスを、男根を見てきた彼女ならそれがわかるはず。呼吸を抑えてパンツを脱ぐ。「みんなこんなもんですよ」の声を期待しながら。

脱いだ時、空気が変わるのを感じた。俺は死んだ。

あー…みたいな彼女の表情にすべてをあきらめた俺は、「いかがですか…」とちんこさらにちいさくして、聞いてみた。

プロはしばらく逡巡したのち、「あの…ちょっと…あのぉ…歴代最小っていうか…」と答えてくれた。

俺は彼女のお尻に顔をうずめながら泣いた。最高に気持ちよかった。

帰り際、プロは「大丈夫大丈夫ですよ!」と励ましてくれた。それほどまでにちいさかったのかもしれないが、とても感謝している。

ちんこが小さいのはギリギリ挽回できるとしても、やはりネックはかつて死ぬほど太っていたことだ。

中学大学まで、体重の増大に歯止めがかからず、一時は130kgを超えた。5分歩くだけで大量の汗をかく。そんなキモい身体から当然友達恋人もできない。コミュ障の出来上がりである。おまけに心臓肝臓ダメージが残った。今も血圧の薬を毎日飲んでいる。心臓細胞が入れ替わらないから、「治る」ということはないらしいな。この肥大した心臓と一生付き合っていかなくてはならない。最盛期は、うつぶせに寝ると心臓の鼓動で体が上下するくらい、肥大していたから。

就職後、さすがに死を感じてダイエットした。肉が落ちる快感とともにちんこが姿を現すという絶望も味わったが、やはり体が軽いのはいい。単純に服を着る楽しみができたし。ちんこがちいさいかスキニーパンツも全く、もう本当に全く問題なく着こなせる。ははは。ははははは。

同窓会に出席するのはもう本当に楽しみだった。上記のように、俺はなかなか顔もよかったし、背も高い。ちんこ脂肪を捧げてこれらを授かった俺は、同窓会でめちゃくちゃモテた。肥満による死の恐怖ブーストされた健康志向によって、ちんこ以外の体の部分もケアしていたから、同級生男性たちより格段にかっこよかった。ちんこけが問題だ。…いや、正確には、思春期瀕死デブとして過ごしてしまった俺には、コミュ力が一切なかった。会話ができない。何を言えば面白いのかわからない。話題がない。結果、「それにしてもやせたね!」「かっこよくなったね!」以外の言葉はもらえず引き出せず。仕事に関しても、「何してるの?」「町工場的なところで働いてるよ」のやり取り一発で終わった。官僚になったN君の周りは最後まで人で群れていた。二次会は行かなかった。あの後きっと笑いものだったろうな。

プロによるちんこショックと、同窓会ショックで完全に男としての欠陥を認識した俺は、趣味世界に走った。

はいえ、町工場的なところで働く俺である。金はない。だからお金がかからない、かつ、健康的な趣味をやることにした。バードウォッチング天体観測(どっちも双眼鏡で事足りるからお安い)、山歩きで見つけたハーブハーブティハーブティから発展して漢方やアロマ

もうすっかり脱線したけど、冒頭の彼女とは、この趣味を通じて出会った。

彼女は素晴らしい女性だった。…もちろん、同情心が俺にそう感じさせたのかもしれないが。

離婚後、3年付き合った。彼女の両親にも会った。感謝もされた。この人を幸せにしたいと思った。俺はちんこ的には全く及ばないが、ちんこ的なもの忌避感が生じた彼女とならうまくやれるのかも、とか漠然と思った。キスはたくさんしたし、オーラルな行為もしたけど、童貞はそのままだった。それでもいいと思った。

それで、去年、彼女スマホロックがかかった。

この時が来たか、と、俺はロックを解除した。以前彼女アドバイスしたとおりに。

いやぁ、ちんこのパワーってすごい。

ちんこトラウマを抱えた彼女が、どういう経緯で自らちんこを求めるのか。しかも、元旦那である。よくわからないが、ただ一つ納得できることは、俺のちんこは小さく、元旦那ちんこAV映えするモノであるということだ。これはまぁ、もうしょうがないな。無理だったな、俺のちんこ。すまなかったな。

しかし、いったいどういうことなんだろうな。あれほどの行為をした男の元に戻るというのは。要するに、あの写真のようなことを望んだというわけだ。すごいな。何を言わせてるんだろう。何を言ってるんだろう。あの写真のようなことを「私にしてほしかった」「お前にしたかった」とか、どうなればそうなるんだ。

ちんこには勝てなかった。俺と、俺のちんこでは太刀打ちできなかった。

先日、彼女が元さやに納まった。泣きながら俺に感謝言葉を述べる彼女しかし一方で元旦那ちんこ下品言葉で切望する彼女エロゲかよ。エロゲはどいつもこいつもちんこでかくて、やりきれないけど。そういうエロゲもあるはずだ。

なんかもう、俺にはよくわからないな。そもそも、いくら生物多様性はいっても、これほどのちんこ存在は子孫を残せないだろう。ぶっちゃけると、5cmはもう限界いっぱいまでサバ読んで5cmなんだよ。定規を思い切り中のほうにまで埋めて、ちんこの根っこっぽいところまでをギリッギリで測ってそれだぜ。ドラゴンボールの初期の孫悟空ちんちんみたいな感じだ。タマのほうが圧倒的にでかい。タヌキかよ。

いくら配られたカード勝負するしかないのが人生はいってもさ、ここまでする必要があったか

ちんこサイズを気にしない女性はいる。という声はある。しかし、その結果があの彼女だぞ。何も信じられないだろう。どうだよ。この有様は。

facebook彼女投稿を見てしまう俺も俺だが、なんというか、俺と歩いた山道普通に元旦那にして現旦那写真を撮っているのを投稿するなよ。そこで「私にしてほしかった」ことをしてもらったのか?

あーーー。

神よ、俺にあと2cm与えたまえ。

2017-03-23

エリート国内志向なんですかね?誰か教えてください

科学雑誌 日本科学研究の失速を指摘

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170323/k10010921091000.html

 

この報道の後半。留学者数が減っていることを書いています(20年で4万→2万に)。

疑問なんですが、少子化はいえ、半分にまで減るって何が原因なんですかね?

経済的問題? でも、半分になるほどアッパー層ってそこまで減っていますかね。

20年前より「世界を見よう!」「日本大学オワコン」みたいな言説は増えている気がするんですが、

じゃあ今、東大に行くような層が海外の一流大学を目指したりはしないんですかね。

どうなんでしょう。富裕層海外に行くのはむしろ増えてもいいような状況だと思うんですが、なぜ減ってるんでしょう。

[]英科学雑誌 日本科学研究の失速を指摘

 世界ハイレベル科学雑誌に占める日本研究論文割合がこの5年間で低くなり、世界のさまざまな科学雑誌投稿される論文の総数も日本世界全体

の伸びを大幅に下回ることが、イギリス科学雑誌ネイチャー」のまとめでわかりました。



 「ネイチャー」は、「日本科学研究が失速し、科学界のエリートとしての地位が脅かされている」と指摘していますイギリス科学雑誌ネイチャー」は、

日本時間の23日未明に発行した別冊の特別版で日本科学研究の現状について特集しています



 それによりますと、世界ハイレベルな68の科学雑誌掲載された日本論文の数は、2012年が5212本だったのに対し、2016年には4779本と、

5年間で433本減少しています



 また、世界ハイレベルな68の科学雑誌掲載された日本論文割合は、2012年の9.2%から2016年には8.6%に低下しています



 さらに、オランダ出版社が集計した、世界のおよそ2万2000の科学雑誌掲載された論文の総数は、2005年から2015年にかけての10年間

で、世界全体では80%増加した一方で、日本の増加は14%にとどまり日本世界全体の伸びを大幅に下回っています特に日本が以前から得意と

していた「材料科学」や「工学」の分野では、論文の数が10%以上減っているということです。



 こうした状況について、「ネイチャー」は、「日本科学研究がこの10年で失速し、科学界のエリートとしての地位が脅かされている」と指摘しています

その背景として、ドイツ中国韓国などが研究開発への支出を増やすなか、日本大学への交付金を減らしたため、短期雇用研究者が大幅に増え、若い

研究者が厳しい状況に直面していることなどを挙げています



 「ネイチャー」は、特集記事の中で、「日本は長年にわたり科学研究における世界第一線で活躍してきたが、これらのデータ日本がこの先直面する課題

の大きさを描き出している。日本では2001年以降、科学への投資が停滞しており、その結果、日本では高品質研究を生み出す能力に衰えが見えてきて

いる」と記し、長期的に研究に取り組める環境の整備が求められるとしています



留学 学生数も減少



 論文の発表数が最も多い、世界最大の科学大国アメリカ留学する学生の数でも日本は減少の一途をたどっていますアメリカ教育関連の非営利組織「国際

教育研究所」によりますと、日本からアメリカへの留学生の数は、1994年度から1997年度にかけては国別で1位で、ピーク時の97年度には4万707

3人でした。しかし、2005年度に3万8712人と4万人を切って以降、大幅な減少が続き、2015年度には1万9060人まで減り、国別で9位と、

中国インドサウジアラビア韓国などよりも少なくなっています



 減少の原因について「国際教育研究所」は、日本少子高齢化留学の期間と、日本就職活動の時期とが合わないことなどを挙げています



 一方で、急速に留学生の数を増やしているのが中国で、アメリカへの留学生の数で1998年度に日本を抜いて1位になって以降、ほぼ増加の一途をたどっています

一時はインドに抜かれたものの、2009年度に12万7628人と10万人を超えて再びトップとなり、昨年度は32万8547人と、アメリカへの留学生全体の

31.5%を占めるに至っています

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170323/k10010921091000.html

2017-03-22

聖徳太子しろ何にしろ科学政治バランスをとるべきではないのか。

https://togetter.com/li/1093213

なにやらはてなブックマークがあるツイートで盛り上がっていた。

http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/CatNewsAgency/status/843667650999799808

https://twitter.com/CatNewsAgency/status/843667650999799808

まとめはそれを元にしたまとめ(なんだろう)が、なんとなく観点がずれてる気がしたので、長文だが意見を書かせていただきたい。

100文字では書けん。



大前提として、まとめのほうのタイトルになっている

歴史学歴史学者の独占物なのか?」という「問い」に対しては「独占するべきではない」と思う。

歴史家特権階級になってはいけない。

そして、教授陣とはまた違った「在野で歴史を考える者」の意見も、また参考にされるべきなのだ

まあ、教授左翼云々は偏りだというまとめでの指摘も最もだけど。



しかし、歴史学も「人文科学」なのである。「科学である

科学」が「市民感覚」でないがしろにされて良いのだろうか。それは豊洲の件で大いに問題になったはずだ。

豊洲科学的に安全なのに、「安心」できないから駄目などと言われている。

これは「科学風評に負けた」例となりうるだろう。

まとめを読んで、豊洲の例を惹かれて説明されている、このあたりが自分としては特に心配に思った。





でも、だからといって、学者がすべてを決めてしまう、

エリート独裁」的なことが行われてしまえば、それはそれで問題である

大事なのは科学政治バランスをとるべきではないのか。

まとめ文中では軍事を例にして、専門家だけで暴走することの危険性が語られているが、これはある程度当たっていると思う。

この国は、関東軍暴走という自称から戦争が始まってしまった国なのだ。それは反省し、今後戦争をおこさないようにすべきだ。

でもその例で言えば、軍人絶対に無理という作戦政治家が指示してしまった場合はどうなるのだろう、とも思った。

戦前反省を元とした言説にこのようなことを突っ込むと、特にリベラルはてなーには、やれ軍国主義だのなんだの言われるのかもしれないが

現実問題政治家が専門外のことをそこまで指揮を取れるのか。それは歴史学だって言えると思う。



そこで思ったのは、「様々な説を検討する段階をオープンにすること」そしてそれによって「バランスを取る」ことである

結局、学者の独占も、過度の政治の介入も両方よろしくないのだ。今回の件は、ある一つの説を押し通そうとしてしまったというところに問題があるようにも思える。

所謂主流の説、「権力を持った学者」の説を押し通すのではなく、オープンにしていく。それが必要なのではないのかと思った。

そして、教科書に関しては、複数の説の併記必要なのではないか

東大京大で学派が違い、入試問題採用する説も微妙に違うということも起きているが、

これも両論併記でどうにか出来ないものなのか。



とは言えども、結局どうやってバランスを取るのか、現実的手段はあまり思い浮かばない。

このあたり、頭がいい人達が考え出してくれないかなあ、と思う。

2017-03-18

http://anond.hatelabo.jp/20170318205905

場所によるんじゃないか

田舎出身だけど、修士行ったら地元ではエリート様扱いだったぜ

そのあと博士行ったらニートカス扱いされるようになったけどな

不満ばかりの人生だ。

この言語理論がもし本当で運よく広まったら、日本経済効果という所でも凄いと思う。

日本丸ごとコンテンツになるはず。日本語が話したいか日本に行くという奴らも出てくる。特に文化的エリートが来る。

教科書としてもこんなに分かりやすものはない。

2017-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20170317193451

ちょっと前まで閉鎖してたんだけど、復活してから軽くなった。

管理人さんは超エリートで、サイト管理するメリットは1つも無いのに頑張ってくれてるので、感謝しかない。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316133836

人をバカにするような程度のエリートときに、

昔の知識層でも更にごくごく一部だった、啓蒙思想家と同じような振る舞いを求めるってのがそもそも無理。

だいたい、現代は「大衆知識人化」した時代だってんだから

もはや今の時代で「一般」とされる層は、啓蒙より自分から学ぶことのほうが大事な気がする。

http://anond.hatelabo.jp/20170316141306


人をバカにするタイプエリートに反発するぐらいの自然感情というか感想

と、知識人の言うことを鵜呑みにするかどうかっていう、考えた結果の行動とは別なのでは。

まあ、知識人エリートってそもそもイコールなのか?って話にもなるけど。

単純に昔の偉い人はすごかったのに今のやつは、って感情的になって叩いてるだけじゃねこれって。

せっかくお育ちが良くて、運動勉強もできて成功して金持ちになったエリート様が

こんなところで暴言吐いて、ニートとかと同レベル煽り合いやってるとかもったいなさすぎるわ。

昔の知識人は、無知蒙昧な一般庶民を「啓蒙」したものだけど

今のエリート馬鹿に対してやーいこの低能!って罵ることしか出来ないって

ほんとなんなんだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170316133228

エリート揃いのはてなー視点では「勉強ができる」の基準がどうせ普通じゃないんだろうなあとしか

自分の周りの運動できないやつとか普通に勉強ができるに分類され得るようなのばかりだったがなあ。

まあそりゃ全員じゃないってのは確かだけど。

天才が標準だと思ってる人と、有象無象無知蒙昧な一般人と、そりゃ認識ズレてて当たり前だよ。

2017-03-14

東大卒エリート女が過労死しても結局社会は変わらないという現実

おっさんが何人自殺してもダメだったけど、若いエリート女が自殺すると社会の反応が全然違うな

とかドヤ顔で言ってた馬鹿達よ

結局誰か象徴を生贄に捧げて変えようなんていう甘ったるい想像を抜け出せてないんだよな

労働者全員が当事者意識を持って結束しない限り労働環境なんて変わらんのよ

DeNAキュレーションメディア事件日本インターンの考え方に問題

DeNAキューレーションメディアを騒がしている、

中川太郎氏とは大学が一緒で、彼が主催していた朝活なるイベント何度か顔を合わせたことがある。

現在特に繋がりはないのだが、当時から彼は学生ネットワーキングの中心で、

常に彼らの周りに人がいたのを覚えている。


印象としては、彼自身Top Tierの学生というよりも、その若干下の層のカリスマという感じで、

いわゆる外銀だ、コンサルだ、国一だ、といわゆるエリート的なところには、

学歴能力的には入れないけど、ただTop Tierの活動に感化され、

スタートアップインターンしている人や学生団体の人たちに囲まれていた。


最後まで中川氏のキャラクターについては分からずじまいだったが、

彼の周りの人間嫌悪感をいただいたのを覚えている。

いわゆる「意識高い系」と揶揄される層で、ただ中川氏は彼らに居場所を与えるのがうまかった。

有名どころのインターンにも受からず、サークル活動とかでも大して成果がない、

そういう人たちに彼は学生団体スタートアップでのインターンでもなんでもいいから、

とにかく行動することに価値があると思わせ、質については問わない素ぶりが居心地が良かったのではないかと思う。


ただ今回の事件本質に通ずるものがそこにあるのではないかと思う。

結局このキュレーションメディア問題根底にあるのは、

情報が大量消費されるデジタルメディアにおいては、コストを極限に抑え大量生産することが大事

といういわゆる量>質の考えで、実際に彼が手がけたMERYとかはまさにそのモデルビジネス化したものだった。

ファッション誌が何回も編集会議して、撮影して、校正して、印刷して、というコストを省いたものである

それを可能にしたのが彼の周りにいたいわゆる「意識高い系」の人たちである

この意識高い系の人たちは、金銭的な報酬に魅力を感じず、どちらかというと就活用の自己PRネタになるとか、

業界有名人と知り合いになれるなどの、非金銭的な報酬で満たされてしまうのだ。


実際に多くのスタートアップインターンという制度を導入しているのは、

金銭コストはかけずに人手を獲得するためで、これが実は日本ベンチャー界隈の大きな問題だと思っている。

本来ならば、支払うべきはずの金銭的対価を支払わずに済んでしまうため、

そもそも人的コスト計算せずに事業設計をしてしまうことが多い。

そのような価格計算をした場合撮影や素材の費用などはさらに考えられなくなってしまったのではないか

まり、非金銭的な要素を元に事業が成り立っているから、金銭的な対価が発生するものものすごく高く感じてしまう。

人が動けばお金がかかるというビジネス原則が抜け落ちているからだ。

DeNA場合は時給は払われていたが、最低限の額だったと理解をしている)


中川氏に完全な悪意があったかどうかは分からない。

前述の通りカリスマ性は間違いなくあったと思うので、知らずと人が集まって、喜んで彼に協力してくれたのではないかと思う。

意識高い系としても、中川氏と仕事ができることが喜びであり、価値だと感じていたのかもしれない。

タダでもいいと言われたから頼んだまでだという可能性もある。

ただ、結局はこのような考えはDeNAという大企業としては許されることではなかったのだと思う。


是非今回を機会に、インターンという制度を改めて考え直して欲しい。

ビジネスにおいて人を動かす以上お金がかかるし、クオリティを求めるのであればさらに高価になっていく。

雇う側も雇われる側も、ビジネスをしているという考えがなくなってしまうと持続性が保たれるわけがない。


タダより高いものはないのだ。

2017-03-13

ジャパニーズスタートアップの悪い所を煮詰めたような村田マリ事件

DeNAから306ページに渡る第三者委員会調査報告書が発表されたらしい。俺は面倒だから読んでないが、重要なことはたったひとつだ。

事実上村田マリ中川太郎無罪放免となった。

DeNAはこの二人のせいで50億円の損を出した。その金はそっくりそのまま二人のポケットに収まったままだ。

もっとひどいのは、これでエリート集団イメージが完全に失墜したこと。一時期は東大からも大量採用できてたらしいが、もう無理だろう。

せっかく売れた不格好経営台無しだ。スマホゲームで毎四半期に何十億も巻き上げてるDeNAにとって目先の50億なんて大したことない。

でも企業イメージの低下によって受ける将来損失を考えたら1000億ぐらいの損になったんじゃないか

それだけのことをやったのに、こいつらは事実上なんの処分も受けなかった。

公の場で責任を追及されることも、謝罪要求されることもなく、役員地位も解任ではなく辞任で済んだ。

DeNAがどうしてここまで甘い対応を取るのか俺には不思議しょうがない。

一説には社長の守安が村田にたぶらかされたんじゃないかって話もある。守安も自社株を1%も持ってないサラリーマン社長から適当判断を下したのかもしれない。

そいつらと一緒になってやってるうちに、スタートアップ村のモラルの低さが伝染したんだろうと思ってる。

とにかくあいつらと来たらひどい。金儲けできればなんでも良いと思ってる連中の集まりだ。

ベンチャーキャピタリスト起業家も口では良いことを言っているが、ほとんどはモテたい、儲けたい、目立ちたいのどれかで出来てる。

あの村でのヒエラルキーはとにかく金を集めた奴、Exitした奴が偉いってこと。

上場ゴールで袋叩きにあってたgumi國光も今じゃ平気な顔で次のホラを吹きまくってるし、赤字垂れ流しのクラウドワークス吉田成功した起業家扱いで持ち上げられてる。

西麻布に行けば持ち株売って小金持ちになった起業家ヤンチャしてる姿なんてよく見るけど、そういう先輩の後ろ姿を見てるから、後から出てくる奴らも当然ろくでもないように育つんだ。

から今回の村田マリの件だって、周辺の奴らは運が悪かったぐらいにしか思ってない。

なんだかんだいって50億で会社売ったんだからスゲエ、俺も成功してシンガポール富裕層の仲間入りしてえとしか思ってないんだよな、ほとんどは。

こういうやったもん勝ちに対してちゃんと自己批判できないと、あんたらはいつまでも幼稚なジャパニーズスタートアップから抜け出せないままだと思うよ。

2017-03-09

http://anond.hatelabo.jp/20170309184924

一般的小中学生の話だよ

勉強バリバリできて私立エリート小学校に入った運動できない子は、スポーツ嫌いにはならないかもね

高校入ったあたりからちょっとずつ、勉強できる方がいい、みたいに変わってくる

でも、モテるのは運動部のやつ

2017-03-08

http://anond.hatelabo.jp/20170308190003

学校教育ってのはエリート選抜システムというところがあって、

それごと問い直さないといけない問題ですね。

2017-03-06

世代が変わるごとに普通学歴が上がっていくということは

エリートとかじゃなくてあくまでも中間層下位の話だけど

祖父母の時代は中卒も割りと普通

親の世代高卒も割と普通

自分ときだと大卒普通



ということは、自分の子世代には修士普通、孫世代博士普通になるのだろうか。

既に院進学率は昔よりかなり増えてるし、昔は修士なんて必要あるはずなかった職業修士が求められるようになってるし、あり得る気がしなくもない。

祖父母の同級生で、中卒の人がやっていた職業を、自分の孫世代博士がやるようになるのだろうか、とかトンデモなことを考えてみた。

国公立大学入学できない人は「弱者」か?

NHK正規職員採用されるよりも比較しようが無いほど簡単だ。

http://www.hirosaki-u.ac.jp/rikai/13.pdf

毎年、10万人じゃ済まないレベル国公立大学生が誕生している。


東大京大けが国公立大学ではなくて、センター試験ボーダー表の最下部にある国公立大学に入れれば国公立大学なのだ

公益のために私立大学公立大学化した山口東京理科大学名桜大学のような例もある。

現地の人が必要だと判断した私立大学国公立大学の仲間入りをする例がある。



弱者」って「金沢大学を目指していたけどセンター試験の点が足りなくて、もっと下のランク国公立大学に行く下宿費用も無ければ私立大学に行く金もない石川県民」のような人のことでは?

あるいは「女は大学に行くべきではない」「下のきょうだいのために働いて欲しい」という発想で合格点に届いていても高卒になるような人では?



学びたい人なら誰でも学べるようにするべきだ、というのは理想論ではあるがその予算はどこからも出ないし、学んだ知識を生かす職業には定員がある。

頭の悪い人が過剰な地位権力を得ると、能力不足をハラスメントおよび不正手段で補おうとする。

社会福祉恩恵を受けたい人からすると、まともな人に相談をしたいと考える。



ぐちゃぐちゃ書いたけど、国公立大学に入れなかった人についておそらく誰もが思うことは「なんで勉強しなかったの?」ということだよね。

点が足りていても志望校選びを間違えてどこの国公立大にも入れなかった人は不幸だ。だから、採点側で進学先を絞って、どこかの国公立大学には必ず入れるようなシステムにすべきだろう。



国公立大学センター試験ボーダーランク表の最下部にあるような国公立大学センター試験で6割なくても合格する大学も無くはない。

そういう国公立大学に入る人は「エリート」か? 何百万人受けて数人しかからない試験ではない。もしかしたら就職活動して第一志望の企業に入るほうが難しいかもしれない。


センター試験で6割なくても合格する大学にも入れなかった。勉強を頑張れなかった理由および事情があるなら救済するべきだ。

でも、9割以上はそうじゃないよね?他の人が勉強してる間に遊んでいただけでしょ?高卒になるべきなんじゃないのか?

なんでやるべきことをやっていなかったのに、やるべきことをやった人と同じ身分を求める?



やってもセンター試験で6割取ることが出来ないんだから仕方ないだろ、というなら大学に行くな。みんなが迷惑する。

大学を出ないと社会に出てから過剰に低い扱いを受ける」ことと「頭が悪いのに権限地位を得る」ことはどっちも問題がある。

別に顔と名前割れ状態でも同じことを主張するけど、私の考えに異論がある人のほうが多数派か?

今の日本に「男に生まれて大変なこと」なんかあるのか

http://news4vip.livedoor.biz/archives/52214662.html

私が男に生まれてなくてよかったと思ったことは一つだけあって、それは喧嘩に巻き込まれることである

喧嘩の強さ弱さで中学生ぐらいだとヒエラルキーが決まっていたり、街中を歩くだけでヤンキーに絡まれ殴られるというタイプの知人がいたりしたので。

しかしそれは20歳ぐらいまでのことで、さすがに大人になるとそういったことは法律が守ってくれ理不尽喧嘩に巻き込まれることも少なくなるので腕っ節が弱い人もデメリットは感じなさそうである

逆にいえばそれ以外で男のほうが大変だと思ったことはない。

私は小中高と成績優秀で大学エリート大学を出て、男女の違いも役割分担もあまり考えたことがなかった。

しろ女は立ちションができないこと、生理があること、性犯罪などの危険から身を守ること、化粧をし身だしなみを整える事、

人間関係の大変さ、

など面倒なことが山ほどあり、私はうまくできていなかった。

多くの日本的会社では女性身分が低いことが多く、たとえば現在でも決まりはなく同じ業務についている新人男性よりベテラン女性上司雑用お茶くみを命じて来るなど、ゆるしがたいことが多い。

私は現在結婚して出産もしたが、家事育児は夫が中心かつ家計が私が中心であるためいわゆる男性女性を養うべきもの

などというも実感として考えたことがない。

子どもが増えた後は、さすがにそういう人生(男が家計を担う)にしとけば楽だったと、自分がうかつだと思うことがあったが。

喧嘩のほかに今の日本で男の人が大変、と言えるべきことはあるのか?

馬鹿馬鹿な事を言った」ぐらいで大事件が起きたかのごとく騒ぐ人といい、

馬鹿が世の中に存在することの指摘に必死で切れる人といい、

小さい頃から上流の人間だけに囲まれて育ったサレブレッドエリートの方だと、

その生育環境存在しなかった「馬鹿」なんて存在が目の前に現れるのは

一種の恐怖だったりするのだろうかなどと考えてみた。

2017-03-05

自分にとって必要いから世の中から消せ」論

無茶苦茶でしょ。

自分には必要いからというのを排斥の論拠として使いたがるやつ。



例えばバス路線で例えると、

自分が乗らないバス路線が現便されても知らないとかは正しい態度だろうが、特に経営上の存廃問題が起こってない段階で

自分は乗らないか廃止にせよ、それで少しでも自分の走る道路の車を少なくするべきだとかいい出す人はいくらなんでも行きすぎだろ。

自分以外の人は必要としているからそのバス路線存在するのであり、それを自分が使わないからってなくせと要求するのはおかしい話なのである

そしてバス路線がなくなったことによる、渋滞の発生で結局自分迷惑被ることを考えられてない。



結果自分被害を被るの下りは、ものによってちがうから一概には言えないが

自分が使わないもの存在迷惑を被ってると考えられたとしても、公共性を考えればそれをなくせと要求できない場合もあるということをわかってほしい。



しかにまあ、世の中には必要ない人にとっては存在している必要性理解できないというものもたくさんあるということは認める。

しかし、それが少なくとも経済上存在できるぐらいに事実として存在するのなら、それを必要としている人がいるということでも有り、

それを「なんか自分が気に食わないから」でなくせというのが当然の正義だとかいう態度は、良くないと思う。



まあ、こんなことを語っても、どうせ頭のいいエリートからすれば

完璧自分たちにとって不必要ものは不必要底辺ホントはいらないのに依存しているもの存在を残すなんて不快

とか言われるのかもしれないが、

エリートには不必要でも、弱者には必要というものが世の中にはあるのである

税金と同じように、弱者のために存在するものが「存在する」ということを受け入れるということが、

弱者でない人間には社会的責任として求められるのではないだろうか。

エリートここにいないだろ

せいぜい勉強が得意だったバカ

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