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2017-04-26

http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/katarenakaltutatoukyoudaikuusyuunosinjitu.html

戦後は飢餓状態になり、区を通じて米軍支給品のコンビーフなどを配給した。“犬と同じ餌付けだ”と感じたが、食べなければ死んでしまうからみんな列をつくって並んだ。アメリカ日本人など虫けらぐらいにしか思っていないのに、日本の偉い連中はアメリカのために死ねという法案を通す。私たちには今も怨念がある。どんどん暴いてくれ。銀座のど真ん中でやってほしい」と訴えていた。

 C 原爆投下後の広島、長崎に匹敵するような悲惨さだった。米軍は春風の強く吹く3月という時期、民家を効率よく焼き払うための油脂焼夷弾の開発、空襲の手順も含めて用意周到に準備し、一般市民の民家が密集する下町地域をとり囲むように爆弾を投下している。火の壁で逃げ場をふさいで集中砲火を浴びせ、火の海を逃げ惑う人人に機銃掃射までやっている。

 「機銃掃射で狙い撃ちしてくるパイロットが笑っていた顔が忘れられない」と何人もの人が語っていた。黒焦げの死体だけでなく、窒息死してピンク色をした遺体が蝋人形のように散乱し、それらが公園や学校などで山積みにされて焼かれたという。墨田区錦糸町では、錦糸公園で約1万4000体が焼かれて仮埋葬されたというが、それを伝える看板一つない。あまりの多さで処理できない遺体は何日もかけて川や海に捨てられていたという。

 隅田川にかかる橋の欄干や、総武線ガード下などには今でも積み重なって焼き殺された人間の油がそのままの形で染みついて、何度ペンキを塗っても浮き出てくるのだと語られていた。5月の品川での空襲でも「真夜中にガソリンを撒いて焼夷弾をばらまいた」といわれていたが、「あれが戦争犯罪でなくてなんなのか!」と、7、80代の年配者が語っていた。とても昔話という雰囲気ではない。本当に語る場所がなかったからこその鬱積した思いがある。公園などに仮埋葬された11万体といわれる遺骨は、関東大震災の慰霊堂(墨田区横網)に一緒に入れられている。

  東京空襲を弔う単独の慰霊施設はいまだにない。なぜそんなことになっているのかだ。

 「戦争を忘れさせよ」 慰霊碑許可せぬGHQ

 D 大空襲で壊滅した江東区森下5丁目町会では今年3月、町内の空襲犠牲者789人の名前を刻んだ墓誌を建立した。町会役員によれば、当時の町会長が戦後すぐに空襲による町内の犠牲者を調べ、焼失を免れた戦時国債購入者名簿を頼りに『戦災死没者過去帳』という約10㍍にもなる巻物をつくって保管していたから建立できたという。遺族の「この地域に住んでいた人人の証となる供養の場所がほしい」という願いが70年をへてやっと実現した。

 E 墓誌をつくるための調査で、1家12人が全滅した家もあったことなど、地元の人も初めて知る事実が明らかになっているが、都にも当時の犠牲者名簿などの資料があるにも関わらず遺族が申請しても公開されないのだといわれていた。

 地蔵や碑の建立についても「宗教的なものは受け付けない」とかの理由で許可は下りず、「黙認する」程度だという。行政から助成も受けられないため、発起人を中心に町内外に呼びかけたら、続続と寄付が寄せられてつくることができたといっていた。

 終戦直後にも数千人が空襲で亡くなった墨田区の菊川橋のたもとに慰霊碑を建てようとしたが、区役所から拒否されている。河畔を改装するたびに白骨がたくさん出てきたので「これ以上放っておくわけにはいかない」と住民が独自に地蔵を建立して毎年法要している。

 D ある遺族から、1947(昭和22)年に東京都長官官房渉外部長から通達された行政文書コピーを見せてもらった。当時、遺族によって計画された隅田公園への戦災慰霊塔建設計画に対して、官房各課長、支所長や局長、区長など都の行政担当者に宛てた通達だ。

 「一、日本国民に戦争を忘れさせたいのである。二、戦災慰霊塔を見て再び戦争を思い出させることがあってはならない。だから慰霊塔の建立は許可しない」と米占領軍の指導方針が明記され、これに協力するため「この方針を徹底的に守るようにしなさい」と記されている。

 70年たっていながらこの占領下のプレスコードがいまだに続いていることに驚いた。

 A 25万人もの都民を殺戮しながら意図的攻撃対象から外したものもある。ここからアメリカの東京空襲の狙いが見てとれる。

 C 代表格は皇居だ。東京のど真ん中に広大な面積を持つ皇居について、米軍ははじめから「攻撃対象にしない」という指令を徹底していたし、天皇側もそれを知っていた。皇居北側の近衛師団司令部、東部軍司令部などの軍中枢部や、市ヶ谷陸軍省参謀本部(現・防衛省)など、本来狙われるべき軍中枢が無傷だった。赤坂離宮(現・迎賓館)、青山御所、新宿御苑浜離宮上野公園などの皇室所有地や、官僚機構の一端を担っていた皇族住居はことごとく攻撃の対象外だ。

 東京駅は焼失したが、皇居に挟まれた丸の内の金融ビル街も残った。三菱本社、三菱銀行三菱商事日本興業銀行横浜正金銀行東京銀行第一銀行、勧業銀行、関東配電(東京電力)などの財閥のビルが林立している。朝日、毎日などの新聞各社、放送会館(NHK)も残った。八重洲では日銀、三井本館。永田町霞ヶ関でも、内閣府国会議事堂警視庁、内務省、大蔵省などが残された。ちなみに上野公園に隣接する三菱財閥統帥の岩崎久弥邸も攻撃を受けていない。広島、長崎、下関空襲でも三菱の主要工場は無傷であり、政財界アメリカの盟友関係を裏付けている。

 軍施設がほとんど残されているのが特徴で、陸軍の心臓部といえる赤羽の陸軍造兵廠、陸軍火薬庫、工兵大隊、陸軍被服本廠、兵器支廠、東京第一、第二兵器補給廠も周囲が焦土になるなかでわざわざ残されている。代々木の近衛輜重大隊、陸軍輜重連隊官舎、広大な駒場練兵場や野砲隊の官舎群もみな無傷だ。

 E 工業施設でも、東芝本社のある芝浦工業団地から品川駅付近の港湾施設も攻撃されなかった。全滅した深川区に隣接する石川島造船所、佃島、月島など東京湾に面した工業施設、南部工業地帯の蒲田でも中心市街地が徹底的に焼き尽くされたが、羽田飛行場などの軍需施設はほとんど攻撃されていない。「米軍作戦任務報告書」に記された工業的目標はわずか22カ所に過ぎないが、そのうち破壊したのは18%だと記されている。実は無差別爆撃ではない。絨毯爆撃ではあるが、アメリカの対日支配に役立つものは残し、その邪魔になる庶民は殺すと極めて明確に選別している。

 B 「暗闇のなかであれほど緻密な爆撃がどうしてできたのか?」という疑問も多く語られていた。「目標から外す目印のために誰かが下から光を当てていた」と証言する人もいた。原爆投下と同じく「戦争を終わらせるためにやむをえぬ」というものではなく、日本を単独占領するために国民の抵抗力を摘むための大量殺戮だった。

 米軍の皆殺し作戦 殺すに任せた支配機構

 A 東京空襲にも不可解な点がいくつもある。例えば、空襲直前に警戒警報を解除している。広島、長崎での原爆投下も直前になって警戒警報を解除し、みんなが安心して表に出てきたときに投下されている。あれは軍中枢が協力しなければできないことだ。300機をこえるB29の接近に気づかないわけがないが、物量で太刀打ちできないとはいえ、まともな反撃すらせずに米軍のやりたい放題を開けて通している。

 F 広島、長崎への原爆投下でも、軍はB29に対してレーダー照射をして来襲を事前につかんでいた。大本営は原爆投下機の接近を信号を受信して知っていた。長崎では、B29を迎撃する部隊が大村航空隊で待機して出撃命令を待っていたが、結局、命令は下りなかった。NHKも当時のパイロットが怒って証言する場面を放映していた。

 A 終戦末期になると特高警察マークしたのは青年将校だった。敗戦が濃厚になるなかでこれらが反乱を起こすことを恐れた。左翼は早くに壊滅しているが、青年将校らは戦斗経験もあり、速やかにアメリカの占領下に誘導しようとしていた軍上層部にとっては脅威だった。敗戦が決定的になっても国民には「一億総玉砕」を叫んで、若者には特攻作戦をやらせ、本土を死守させる体制をとりながら、上層部が終戦工作にいそしむことに彼らの反発はすごかった。

 天皇の「終戦の詔勅」の放送を前に、陸軍の青年将校近衛師団長を殺害し、録音盤を奪おうとした事件もそうだが、マッカーサーが厚木に降り立つときにも迎え撃つという騒動があり、青年将校に影響力をもつ高松宮が必死になって抑えて回ったというのは有名な話だ。

 B 敗戦直後、内地では軍を通じて直ちに武装解除させた。あれは天皇の命令だけでは動かない。軍司令部指揮系統が動かなければできない。それを米軍上陸前にやらせるためには軍中枢を残しておかなければいけない。もともと海軍をはじめ軍中枢部分には親米派が多かった。陸軍も中国大陸で行き詰まって南進作戦に切り替え、南方の島島に兵隊を放り込んで食料も弾薬も送らない。ニューギニア戦線の体験者も「毎日イモばっかりつくっていた」という。南方はほとんどが餓死と病死だ。

 D 敗戦を迎えるにあたって、あのドサクサのなかで米軍上陸、単独占領に誰が荷担したのか。東京大空襲で無傷だった施設を見ただけでも歴然としている。戦後は「財閥解体」といったが、財閥はしっかりと温存された。戦争に国民を投げ込んだ天皇はじめ、官僚機構も丸ごと温存された。開戦時の商工大臣をしていた岸信介が、その後CIAのエージェントとして力を与えられたのが象徴的だが、政界、官僚世界などが叩きつぶされることもなく、対日占領の協力者としてせっせとアメリカに媚びて戦後も機能していった。メディアでも大本営の中枢にいた読売新聞正力松太郎朝日新聞緒方竹虎などがCIAのエージェントとして活躍する始末だ。

 イラクでもアフガンでも、他国を占領しようと思えば必ず抵抗があるし、何年かかってでも肉弾戦で侵略者を叩き出そうとするものだ。日本の場合、なぜ無抵抗に近い形で単独占領することができたのか。それは支配機構が丸ごと占領の協力者になり、国を売り飛ばしたからだ。支配機構が軍事支配を受けながらアメリカの道具になって戦後は機能していった。それが今日まで続いている。

 E 空襲で生き残った下町の人たちは、戦後は食べ物がなくて生活できないのでみんな市外に出て行ったという。国民を抵抗できないようにバラバラにさせている。抵抗力を削ぐために徹底的に空襲を加えたし、首都圏の人人はとにかくその日を生きるのが精一杯の状況になった。首都圏制圧のためにあれほどの空襲をやって、まさにショック・ドクトリン(惨事便乗型資本主義)で占領していった。

 C 食料を意図的に統制したので、戦後の方が食料難がひどかった。当時の調達係の人が証言していたが、米軍が国内の食料倉庫を統制して食料危機に追い込んだ。米軍は関門海峡などの機雷封鎖も「スターべーション(飢餓作戦)」と名付けていた。国内から戦地へ食料を送らせない、大陸から送られてくる食料を遮断するための飢餓作戦だった。

 都市部はとにかく食べるものがない。配給でもらった大豆をポケットに入れて、それを食べて水を飲んで膨らませて空腹をしのいでいたという。飢え死にが出るような飢餓状態に追い込んでおいて、ララ物資などのアメリカからの、それこそ家畜の餌になる食料が入れられた。そんな屈辱に国会で感謝決議したこともあった。

 E 戦後の上野や浅草には、空襲で親を失った戦災孤児浮浪者があふれかえり、餓死寸前の子どもたちは生きるために窃盗や売春をせざるを得なかった。GHQは「治安対策」を名目にして浮浪児を見つけ次第捕らえる「狩り込み」をやり、米軍の要請によって、脱走ができない水上の台場につくられた収容施設強制的に送致し、檻(おり)に入れて監視・収容することまでやった。

 B すでに武装解除しているのに進駐軍は必ず銃を携行して、電車も絶対に米兵専用車両に乗るし、接収した建物も日本人立ち入り禁止にした。「彼らは日本人の反撃を恐れていた」と語られていた。

 A 例えば、日本軍が満州を占領統治するのに100万人の軍隊がいったといわれる。日本を占領するには本来100万では足りない。それを日本の支配階級が従って代理政治をすることで米軍の負担を軽くできた。イラクやシリアを見ても、むき出しの占領支配になれば人民の抵抗を抑えることは難しい。それを天皇以下支配階級全面的に協力し、それによって地位を守るという関係があったから占領できたということだ。

 F 同じ敗戦国でも、ドイツではナチス関係者は戦後はみんな追放された。新聞社などもみな解散させられた。連合国による全面講和を結び一国に縛られなかったから、独立の自由性がある。アメリカが単独占領した日本との違いだ。

 90年代の米ソ二極構造が終わったときもドイツは独立の方に行き、日本は対米隷属の方に行くので、ドイツ首相から「慌てるな」となだめられたほどだ。その従属路線が現在までエスカレートして、安保法制まできている。

 A 現在でも官僚機構も含めて各省庁ごとにアメリカ直結だ。財務省経産省防衛省もだ。政策についてもアメリカ大使館の指示の方が強い。

 米財務長官サマーズが何度も日本の財務省に直接怒鳴り込んできたし、原発事故のときもアメリカ政府関係者首相官邸に乗り込んでいって菅直人を怒鳴りつけて指示を出す。アメリカの圧力なしに、民主党の鳩山、菅から野田までの変遷ぶりというのは理解ができない。現在の安倍の突っ走りにいたるまで対米従属の系譜だ。

 財閥やメディアも米軍占領下で地位守る

 C 原爆展キャラバンのなかで、戦時中赤坂見附に住んでいて親族がアメリカ大使館に出入りしていたという婦人が、「アメリカ大使館の外側は私服警察の警備で物物しかったが、中にいる在日米国人戦時中にもかかわらず中庭でゴルフをしていたり、まるで勝ち戦の後のような余裕ある生活をしていた」と疑問を語っていた。

 F 当時の駐日大使ジョセフ・グルーがアメリカ本国に帰国するのは真珠湾攻撃の半年後だった。グルーは日本では天皇を中心とする「宮廷外交」を基本にし、軍部の反米派と対立傾向にあった天皇側近の木戸幸一重光葵吉田茂近衛文麿などを「自由主義者穏健派」と見なして親交を深めていた。開戦後の半年間で終戦までのプログラムをつくる工作をやっていた。

 グルーは秩父宮に「安心しろ」といって帰国したが、アメリカ本国では「皇居は攻撃してはならない」、天皇は「軍国主義崇拝に役立ったと同様に象徴として役立つ」と説いて回り、吉田茂とも直接手紙をやりとりしていた。

 のちの駐日大使ライシャワーは当時諜報部員だったが、この方向で「天皇を傀儡にして間接統治する」という占領プログラムをつくった。そこでは、戦争中も「短波放送の聴取が許される500人ぐらいの日本のエリートに常に知的な情報を粘り強く伝達せよ」と米陸軍に提案している。実際、1945年5月から「ザカリアス放送」という日本の上層のごく限られた者しか聞くことができない短波の日本向け放送をやり、いつどこを空襲するとか、広島、長崎への原爆投下をいつやるかも全て伝達していた。

 これら米軍からの情報を集中しながら六月段階で、米軍の攻撃を全部開けて通して、「アメリカに敗北することで自分たちの地位は保証されることが約束されている」と側近の木戸幸一が天皇に提言している。

 A 2月には、アメリカから情報を得ていた吉田茂近衛文麿に天皇上奏文を書かせた。「米英は国体(天皇制)の変更までは要求していない。最も憂うべきは、敗戦よりも、敗戦に伴っておこる共産革命だ」というものだ。彼らの関心は戦争の勝敗などではなく、いかに国民を押さえつけてアメリカの占領下で地位を守ってもらうかだった。そのためなら原爆を落とされることも甘受するし、東京を焼き払って人民大衆をへとへとに疲れさせることはむしろ好都合という関係だった。

 F 財界も最初から通じていた。三菱財閥統帥の岩崎小弥太は、開戦にあたっては「アメリカとは友人だから心配するな」と訓示し、敗戦時は「これから愉快に仕事ができる」と発言している。また、戦争末期には、日本商工会議所会頭の藤山愛一郎、日産コンツェルン鮎川義介浅野財閥の浅野良三などの財界代表が内閣の顧問会議を形成していた。藤山によれば、終戦6日前の閣議でアメリカとの経済関係をただちに回復させる計画を発表し、「自分たちの時代がやってきた」と喜び、軽井沢の別荘でシャンパンコルクを抜き、新時代到来を祝して乾杯したという。はじめからアメリカ自分たちを大事に扱うことを確信していた。グルー自身が三菱とつながりの深いモルガン財閥の代理人で、戦前から投資していた権益、金融資産を含めてどう守るかというのが主任務だった。日本の財界人との関係ではアメリカ留学組が多く、鮎川とフォード、浅野とルーズベルトなど、人脈もできあがっていた。

 A 天皇をはじめとする支配中枢も財界も、中国への侵略戦争で行き詰まり、負けることはわかりきっているが、中国に負けることになれば日本における支配的地位が失われる。だから日米開戦に突っ込んでいき、アメリカに降伏することで地位を守ってもらう。そのためには国民を犠牲にしなければいけないという意図が貫かれている。

 C 東京はすべての政治勢力の本部があるところだが、東京空襲の慰霊碑問題をみても、都民の切実な要求をすくい上げるところがなかった。そこには、第一に米軍による抑圧、宣伝がある。いかにもアメリカが平和と民主主義の味方であり、日本を解放するための戦争をやり、原爆も空襲も戦争を終結させるためにはやむをえなかったかのように徹底的に宣伝したし、戦前以上の言論統制と弾圧をやり、反米につながる原爆や東京空襲についての言論を封殺した。

 もう一つは、人民の側に立つべき共産党の指導部が「アメリカは解放軍」と規定して、旧軍部を批判するが、原爆にしても東京空襲にしてもアメリカの犯罪を問わずに来たことが大きい。都民はアメリカ共産党指導部の両方から抑圧され、ものがいえなくなる関係だ。

 B 大衆のなかでは東京空襲への鬱積した怒りがあるが、東京で生まれた戦後世代でもほとんどその全貌を知らずにきた。そこでは革新勢力進歩的な装いで「日本軍が重慶を先に空襲したから、それを反省すべきだ」「日本がひき起こした戦争だから仕方がない」という論調をふりまいてきたことが大きい。原爆投下を「日本の軍部から解放するために必要だった」というのと共通している。

 F 共産党は戦前、天皇制の弾圧もあるが、大衆と結びつけず自然消滅をたどった。そのことの反省もなく「獄中18年」を威張り、アメリカを解放してくれた友と見なす一方で、庶民を戦争に協力したと蔑視してきた。特攻隊経験者や戦地に駆り出された者も、「予科練崩れ」「戦争加害者」などといって攻撃し、敵と友を転倒させてしまった。

 徳田球一ら指導部中枢は、米軍に釈放されてすぐの人民大会でGHQまでデモ行進し、「解放軍万歳」を3唱した。「民主主義革命の端緒を開いた」といってマッカーサーに感謝し、GHQに入り浸り反米の情報を提供していた。東京空襲も原爆についてもそのような感謝が根底にあるから、正面から批判させない。知識人のなかでも対米従属問題についてなかなか触れることができないということも独特の抑圧構図を象徴している。

 A アメリカプレスコードをかけて行政機構が協力したし、東京空襲についても語らせなかった。そして共産党はあれほどひどい目にあった都民のことを無視して、アメリカを平和と民主主義の友と見なした。敵と友を転倒させて、むしろ大衆を敵扱いしていった。だからいまもって東京空襲について無関心できている。都民の苦労というものにまったく思いがなかったということだ。

 C アメリカ民主主義がよかったというが、70年たってみてどうか。日本の富はみな吸い上げられて散散な状況になっている。遠慮知らずのアメリカが、終いには米軍の身代わりで自衛隊を戦地に引っ張り出すところまできた。それで安倍晋三がせっせと協力している。売国政治の根っこは何もかわっていない。左翼の戦後出発について先ほども触れていたが、都民の苦難に足場を置かずに抽象的な全国政治か何かを主張しても話にならない。大衆的というのは地方的で具体的だ。そこに足場を置かなければ全国の普遍性は見えない。東京にはあれだけ政党の本部があって、学者も日本一いながら東京大空襲の惨劇について怒りをもってアメリカを糾弾する勢力がいない。

 A 東京大空襲の経験は語れないできた。意図的に抹殺されて、慰霊碑も何もない。これは原爆を投下された広島と比べたら明確な違いがある。広島には平和公園も資料館も供養塔もある。八月六日になるとみなが早朝からお参りに足を運んでいる。十数万人の命日だからだ。そして町のいたるところに町内会、学校、職場などいろんな単位の慰霊碑がある。何が違うのかだ。広島はたたかってきたからだ。戦後は広島でもプレスコードがかかっていて原爆のことを語らせない力が働いていた。「終戦のためにやむを得ぬ手段だった」というので原爆投下への怒りをかき消し、徹底的にとり締まっていた。

 しかし当時、風呂屋に行くとみながケロイドを見せながら延延と語っていたという。それを当時の広島では「アメリカの人類に対する犯罪だ!」と真っ向から暴露して斗争がはじまった。占領下の50年8月6日の斗争が端緒を切り開いた。そして5年後には世界大会まで発展した。

 この運動を指導したのが福田正義主幹(本紙)をはじめとした共産党中国地方委員会だったが、当時も東京の共産党中枢が「アメリカ解放軍」規定で中国地方におけるたたかいを弾圧していた。これと同じ構造が東京では現在でも生きている。日本人民の苦難の側から敵を暴露するのでなく、友と見なす。戦後出発に大きな違いがあった。

 分かれ道は敵は誰か、友は誰かが鮮明でないといけない。あれほど殺されているのにアメリカ民主主義インチキに幻想をもったら大変なことだ。アメリカが日本を侵略した敵だ。日本人民は戦中も戦後も大変な目にあってきた。人民の敵に対する憎しみと人民への愛情が統一されていないといけない。その人民を代表して敵を暴露する立場でないといけない。東京でもそれが問われている。

 A 東京をはじめ首都圏は、沖縄に次いで米軍基地が多い。東京都だけでも総面積は約1603㌶(東京ドーム約340個分の広さ)に及ぶ。空襲で攻撃対象から外された軍事施設は、ほぼ例外なく米軍基地自衛隊施設へ変わった。横田基地在日米軍司令部であり、すべての在日米軍自衛隊を統括する指揮所だ。神奈川県には、原子力空母を擁する米海軍第七艦隊の拠点である横須賀基地が盤踞し、在日米陸軍司令部、第一軍団前方司令部など米陸軍司令塔であるキャンプ座間をはじめ、爆発事故をおこした相模総合補給廠、通信施設、燃料貯蔵施設、住宅地、演習場などがひしめいている。

 とくに横田基地は3350㍍の巨大滑走路を持ち、米軍人数は約3400人、国防総省文官200人、米軍家族含め約1万4000人もおり、米軍のアジア戦略における最重要拠点だ。その影響力から「横田幕府」とさえいわれる。米本土やハワイグアムなどから運んできた兵器や軍事物資を相模総合補給廠に備蓄し、戦時になると横浜ノースドックから搬出し、横田基地から空輸する体制で、西太平洋東アジアを管轄する兵站補給基地だ。

 東京都港区六本木ヒルズがある都心にも赤坂プレスセンターといわれる米軍基地がある。その中身は、陸軍研究事務所、海軍アジア室、米軍の機関紙「星条旗新聞社」、保全連絡分遣隊、座間基地第78航空隊、独身将校宿舎、麻布米軍ヘリ基地だ。横田基地を経由して日本に侵入する基点として提供され、入国審査や税関などの規制は一切なく、ここから入国する人物については情報公開義務がない。地図上でも「白地」にするほどの機密扱いだ。

 そのほかにも府中、由木、大和田硫黄島の通信施設、日米合同委員会をおこなうニューサンノー米軍センター(港区)、米軍家族専用の娯楽施設である多摩サービス補助施設がある。敗戦直後208カ所あった米軍施設は住民の頑強なたたかいで「返還」されたが、実質どの施設もいつでも使える体制にある。朝鮮戦争の出撃基地となった立川飛行場は基地拡張が砂川斗争で頓挫し「返還」されたが航空自衛隊基地は米軍との共同使用であり、広大な国営公園、広域防災基地、道路、運動場として当時の施設はそっくりそのまま残されている。

 地元でも「道路はいつでも滑走路に転用できるように周辺には高い建物や民家の建築規制がある。ひとたび戦争になれば街全体が一気に軍事基地に様変わりする」といわれていた。

 B さらに首都圏の上空には、「横田ラプコン」と呼ばれる1都8県(東京都、栃木県、群馬県埼玉県神奈川県新潟県山梨県長野県静岡県)にまたがる、広大な米軍専用空域がある。この空域の高度約7000㍍以下には米軍の許可なしには日本の民間機はいっさい進入できない。

 羽田空港成田空港を離着陸する航空機は、通常の離陸はできないため急激に高く上昇してラプコンを飛び越えるか、大回りしなければならない。それが離着陸時の事故、ニアミス事故の頻発につながっている。首都上空を飛行するのに米軍の許可が必要な国など他にはない。

 A 沖縄が前線基地なのに対して、司令部が集中しているのが首都圏だ。日本の支配中枢を軍事で抑えつけることで日本全国を占領下に置く。その目的のために、大空襲であれほど殺し、戦後も軍事力を配置しているのだ。沖縄の問題はよそ事ではない。真珠湾でもフィリピンでも、ベトナム戦争でも、いったん攻撃をさせて「報復」を掲げて参戦するのがアメリカのやり方であり、司令部が集中する東京こそミサイルの標的にされる可能性は高い。

 B 本所の東京空襲体験者の男性が、「アメリカが問題なのははっきりしているが、どの政治家や政党がこれとたたかえるのか! 結局、自分の地位を守るために裏切る政治屋ばっかりだ」と吐き捨てるようにいっていた。空襲後に軍隊に志願入隊して整備士として厚木飛行場に配置されたが、地下壕を掘らされるばかりでその地下施設を今は米軍が使っている。「戦後は焼け跡から町工場を営んできたが、TPPに参入すればこの仕事が奪われていく。全部アメリカのためだ。そういうことをもっと暴いてくれ」と切実に語っていた。昔から自民党支持基盤であってもみんな上を信じていないし、内に秘めた思いは少少ではない。

 F 東京大空襲は広島、長崎、沖縄に匹敵する大量殺戮だった。その真実をおおいに語り継がなければいけないし、それは日本を再びアメリカの戦争に引きずり込むことを許さない全国的な世論を発展させていく大きな力になる。そのためには、私心なく大衆のなかから意見を集中し、それを代表して導いていく政治勢力が必要だ。そこでは、自己主張ではなく、大衆的であると同時に敵を鮮明にして人民に奉仕する思想でやり抜くかどうかが問われる。

 司会 今回の安保法制まできて、対米従属構造こそ日本の平和を脅かす根幹であり、これとの対決なしには再び日本は戦場にされる

2017-04-21

http://anond.hatelabo.jp/20170420151301

君の場合、もし大学に行かなかったとしても貧困生活に陥ってしまった可能性が高い。世の中はそんなふうにできている。あのときもし進学していれば、なんて思いながら辛い生活をしているかもしれない。

少なくとも、大学に行くという選択をして実行できたわけだ。上ばかり見るな。下も見ろ。

そんな生活していたら、もっとサイテーな人生も見てきてるだろ。自分はまだマシだと思える例もあるはずだ。

親や家族必要なら捨てろ。

それから宗教的ものや、精神世界的なものが近寄ってきたら気をつけろ。

2017-04-19

当事者違法性認識要件ではない」答弁を引き出した枝野がやっぱ好き

国会ウォッチャーです。

枝野さん、やっぱ好きやわ。正直最初外務大臣が来なかった件とか怒ってるのはわかったか理事会でやってほしかったわ。枝野さんの質問時間もったいないわ。趣味問題ですよ。好きなんだからしょうがない。相手が岸さん、金田さんじゃなくて、岸田さん、守山さんだったら最高だった。山尾さんのは、安倍さんをやり込めるのが目的になってる部分もあるし、安倍さんの答弁が要領を得ないので、それはそれでやればいいけど、私が聴きたいのはこっちなんだって

あと多分唐突にやめるから。やめても心配しないで。陰謀とかじゃないからね。

私の枝野、まじ惚れる

枝野「次、法務省刑事局。先ほど申しましたが、(組織的犯罪集団認定において)主たる目的があるのはマストだと。テロ集団がですよ、テロ集団目的何なんですか。この法律で、法案で、テロ等、言ってますテロ等の犯罪集団目的ってなんなんですか。」

局長「今回のこのテロ等準備罪の、構成要件であるところの組織的犯罪集団、これの目的は、あの、別表の第3(277のリスト)にあたる、掲げる重大な犯罪の実行を目的とすること、これが、結合関係の基礎としての共同の目的となっている団体を言います。それにあたるテロ団体であれば、基本的にその、組織的犯罪集団、別表第3の罪を実行すること、これが目的になる。」

枝野刑事局自身が、主たる目的ひとつであることはマストだと、必要条件であるとお答えになっている。一般普通の皆さんが、テロ対策必要だ、ほんとにテロ対策ならいろいろ問題はあるけど、通さなくちゃいけないな、と思うのは、それこそ爆弾テロとかをやって、多くの人を殺傷する。その目的は、自分たち政治的な主張、あるいは宗教的な主張を、その暴力的手段によって、実現しよう、これが多くの皆さんが考えるテロリスト集団だと思うんですね。しかしこの法律によると、著作権法違反を主たる目的にするようなテロリスト集団なんて、あるんですか。」

局長「今回のテロ等準備罪の対象団体、これは組織的犯罪集団と考えております組織的犯罪集団の中にはテロリズム集団が含まれます。ただテロリスト集団以外のものも、要件を満たせば認められる場合があるわけでございます。そういった場合には、今回テロリズム集団というものが持つ目的というものは、社会的実体としてのテロリズム集団、さまざまな目的があろうかと思いますが、そのような中でも結合関係の基礎が、別表第3に掲げる重大な犯罪の実行が目的とする、これが共同の目的になっている場合において、そういったテロリズム集団を、組織的犯罪集団として、適用対象としようということでございます。」

枝野「今、大事な答弁をしていただきました。ということは、今回の対象となる組織的犯罪集団の中には、いわゆる、一般用語としてのテロリズム集団以外の団体も入りうる、これは認めるわけですね。(テロリズム集団組織的犯罪集団ということね)」

局長「あのーTOC条約自体は、組織的犯罪集団、いわゆる組織犯罪との戦い、こういった形での条約が締結された、あの採択されたわけでございまず。その中では、テロリズム集団というのは、組織的犯罪集団典型ではありますけれども、われわれとして考えておりますのは、暴力団、とか薬物犯罪集団といったものが含まれるわけでございまして、テロリズム集団に限られるものではございません。」

枝野「一方で、先ほど外務副大臣がよくわからない答弁されていましたけれども(安倍さんの弟だからね☆)、TOC条約のほうでは、組織的犯罪集団定義も、”物質利益を直接または間接に得ることが主たる目的”に限定されてるんです。それから、いわゆる共謀罪というかそこの文言をそのまま使えば、合意罪ですね、ここで国内法作れよとしてされている合意罪も、物質利益を直接または間接に得る目的のため、と書いてあるんですがんー、いわゆる典型的テロリズム集団は、金儲けが目的じゃないでしょ。金儲けが目的の人が自爆テロしませんわねぇ。死んじゃったらどうにもならない。いわゆる政治的宗教的目的のために、テロリスト集団はあるんで、この条約対象から外れるんっじゃないですか。刑事局法務省認識(答弁者の指定)」

局長「ここでいう五条、の中での、正確に申しますと、金銭利益、または物質利益ことに直接または間接的に関連する目的、この概念というのは非常に広い概念であると考えられている。ですからこれが除かれるとすると、純粋精神利益のみを目的としている場合と、これが除かれるにすぎないと考えております。そういったことについては、組織的犯罪集団組織的犯罪集団実体からすると、そういったものがあるとは想定しがたい、と考えております。」

枝野「これは外務副大臣じゃない。じゃあなんでこんな条文を置いてんですか。わざわざ、組織的犯罪集団のところに、3人以上からなる組織された集団であって、一定期間存続し、(で終わりである)というならわかりますよ。物質利益を直接または間接に得るため、という限定をわざわざ、文言で置いてるんですよ。(略)組織的犯罪集団は、一般的に、そういう目的があるっていうんだったら、こういう限定をするのは、おかしいじゃないですか。わざわざそういう文言を置いたのは、組織的犯罪集団は従たる目的では、経済的利益を上げて、政治的テロをやる、そんなことをいったら、当たり前すぎて、こんな文言を国際条約にいれたらおかしいでじゃないですか」

岸「物質利益を直接または間接に得るという概念は非常に広い概念でございます。(林さんと同じ紙の読み上げなので略」

中略(大事なとこだけど文字制限関係で省略

経済的事犯を結合関係の基礎とするテロリスト存在するのか

枝野「今回の別表にはいわゆる凶悪犯罪、だけでなく、経済事犯がたくさん入ってます保安林に入ってキノコをとる、これが入ってます。これが共同の目的なる、こんなもんありえますか?そんなこといったら、すべての活動、すべての団体が、犯罪を犯すかどうかという線のところで対象になるかどうか、ですが、みんな経済的利益を求めているわけですから、法に触れた瞬間に、みんな組織的犯罪集団になる、そういうことにはなりませんか。」

局長「ある団体が、継続的に、そのあるいは利益を、あの資金を獲得するために、違法行為犯罪行為計画した、とこういったことをした場合であっても、これは、その団体は、その具体的な資金獲得の犯罪、これをおこうなうことを、共同の目的としているのかどうかは、必ず、資金源を獲得する犯罪を繰り返すからといって、資金源獲得の犯罪を結合関係の基礎としている。あるいはその犯罪を行わない場合には、自分たちはその団体から離れる、このような関係にはならないと考えられますので、基本的には、結合関係の基礎としての共同の目的、これは団体が集まっている目的でございます。時に、その団体が、資金源獲得のための犯罪を犯すことはございます団体として行うことはあるかもしれませんが、その場合でも、その団体は、では、その犯罪資金源獲得の犯罪目的とするために、構成員は集まっているのか、ということが問われるわけでございます。その犯罪を犯すために、集まっているということが立証されないと、今回の組織的犯罪集団という認定はできない、とこういうわけでございます。(捜査着手は疎明でいいということは別途認めてるからね。意味ないよ。逮捕して自白させればいいんだから。)」

枝野「とすると、今回もっとも警戒しなきゃいけない、いわゆるテロリスト集団というのは、この法律対象外ということになってしまますよ。なぜなら、テロリスト集団の結合の基礎となる目的は、自分たち主義主張を、人を殺してでも通したいということこそが、唯一の、結合関係の基礎としての目的になるじゃないですか。(ようはテロリストが金儲けを行う犯罪を行わないときには、俺は関係ないとその団体から離れる場合には、組織的犯罪集団にはならないという答弁だからね)」

経済事犯について聞かれてるのに、暴力的犯罪について答弁する林さん、つらいね。具体的なとことして、音楽教室を持ってくる枝野

親告罪の共謀を被害者はどうやって認識するのか

枝野著作権法第119条1項の違反とはどういう罪ですか、文部科学省

義家「著作権法第「119条が定める、著作権侵害罪等は、著作権法第132条第一項により親告罪とされております。」

枝野親告罪なんですよね。親告罪共謀罪って言うのは、なんですかそれ。親告はないですよねぇ、公益侵害がないってのに。」

局長「あの親告罪告訴を持って論ずる、罪でございますが、今回のテロ等準備罪の保護法益というものは、本犯であるたとえば著作権法違反保護法益、でございます。その保護法益である本犯が、親告罪であれば、テロ等準備罪も当然に親告罪になる」

枝野「んー、だから、準備、だから共謀だけして、準備行為はあるけれど、法益侵害がないので、侵害行為がされていないので、被害者被害にあったって、認識しようがないと思うんですよね。それとも、どっかが、まだあなた著作権侵害されてないけれど、準備行為があるから告訴状を出してくれって捜査機関がやるんですか。」

局長「あのーたとえば未遂罪であっても当然親告罪がございます。今回テロ等準備罪であっても、親告罪を扱うことは当然可能でございます。」(答えてない)

枝野「だから観念的にはあったとしても、どうすんのって話ですよ。未遂罪法益侵害が発生する危険性があるから未遂罪ですからね。法益侵害が発生する危険性という客観的な行動があるわけですからね。いわゆる親告をすべき被害者も、未遂だったけど、俺の権利侵害されているという認識は当然あるわけです。なんで共謀の段階で、被害者が、どっかが著作権侵害しているなんて親告できるんですか」

まともに答えられない林さん、かわいそう。

JASRACヤマハとかの揉め事について

義家さんに、JASRACヤマハカワイ揉め事について、説明してもらった後。

局長「そのー音楽教室というものが、著作権法違反をするために、そのために結合しているとは到底認められないと考えます。その意味でも、共同の目的である結合関係の基礎が著作権法違反である認定できないと思いますし、またそのためには、組織的犯罪集団というためには、その犯罪を犯すために、指揮命令をし、役割分担をする、そういう組織が構築されていなくてはならない。そういったことも通常想定されないと思います。」

枝野「ということは6条の2の目的、これは、その別表3に掲げる犯罪違法性認識要件とするんですか?そういうことになりますよ。著作権法違反という違法性認識認識はないと思いますよ。音楽教室でやってる人たち。でも構成要件該当性の認識は、これがもし著作権法違反ならあります演奏行為するんだから演奏についての専属権を作曲家の人たちは持っているわけです。それを了解なく、金もわず演奏していることには、認識あるんです。それをみんなでやるといって、音楽教室組織的ヤマハとかカワイとかやってますから、そこについては一定組織的ものはあるんです。それを否定するんだったら、違法性認識はいらない、そういう答弁ですか。」

局長「私が申し上げたのは、著作権法違反という犯罪行為、これを行うことが結合関係の基礎になっていなくてはならない。と申し上げたわけでございます。」

枝野音楽教室は、楽譜を使って、子供たちに音楽を教える、それが、まさしく結合の基礎となる目的なわけですよ。それが、著作権法違反になるかどうかは、裁判所のふたをあけてみなくてはわからない。当然違法性認識はみんなないでしょう。でもまさに、著作物を使って、これは著作権法例外に当たるからみんな大丈夫と思っているけれども、でもまさに、楽譜を使って他人著作物演奏する、演奏させる。まさに結合の目的じゃないですか」

局長社会的実体としての音楽教室、これがいったい何の目的で集まっているのか、これを問うときに、まさに著作権法違反、これを行うために、まさに集まっているんだ、これが立証しなければならない事項でございます。」

枝野違法性認識いるんですか?いらないんですか?いらないんでしょう?いるなんていったらこれ全部対象はずれますよ。違法性認識いるんですか」

局長「あの組織的犯罪集団というものは、客観的にそういう風に認定されているかどうかというところでございまして、委員がご指摘になる、その違法性認識というのは、行為あるかないか、こういったもの問題となるものでございますので、基本的行為問題となる違法性認識までは必要ないとこのように。」

枝野「そうなんですよ、違法性認識必要ないんですよ。テロ集団だって、それは破壊行為のような犯罪は、違法からやっているかもしれないけれど、お金儲けのところは、違法からやっているわけじゃないんですよ。音楽教室だって著作権法違反目的としているわけじゃない。同じことなんですよ。JASRACという公的組織は、著作権料を払わなければ著作権法違反だといってるわけですからね。これは多数説なのかもしれない。でも、音楽教室は、著作権法違反になりうる行動を、客観的な行動を、行ってるんでしょ、継続的に。組織として。楽譜使って演奏するという行動は。最終的には裁判所判断するとしても、著作権法違反になる行為は、完全に結合の目的ですよ。これが外れるなんていうんだったら、テロリスト集団なんてひとつも入らなくなりますよ。違いますか。」

局長「実際にその団体、その、結合関係の基礎が、犯罪の実行が目的であるということをいうために、まったく著作権法違反であるということを認識していないものが、そのために、その団体構成しているということは、社会通念上考えられないと」

枝野「すっごいあの、従来の刑法体系とか、からするとめちゃくちゃな答弁してるんですよ。犯罪を犯すことを目的としていないといけないんですよ。別表に掲げる罪の行為を犯すことを目的としてるんじゃないですか、3条の目的は。(枝野の話の整理のために何回か言い直してるけど、意味不明な箇所)これは犯罪なんだ、みんなで犯罪するんだ、ってみんなで結合した場合以外は、対象にならないんですか。そういう答弁ですよ」

局長犯罪についての違法性認識あるかないかは、ここで問われているものではないということは申し上げたとおり、その上でこの犯罪の実行が結合関係の基礎となっているかどうか、この認定をする際に、これが著作権法違反、これを知っている、またそのためにその団体に加わっている、こういったものが立証できなければ、結合関係の基礎としての目的になっているかということにはならない」

枝野「(略)要するに、今日の答弁は、第6条には、”悪いことするために集まってるんだ”ってなれば犯罪だけど、音楽教室はそういうこといってないか対象外だ、といっているんだけど、そんなこと条文上どこに書いてあるんですか。条文上どっから読めるんですか。条文上読めない基準を持ち出して、それによって一般の人たちにあなたたちは対象にならない、こういうゴマカシをしている」

コレ。ほんとこれなのよ。明確に、明示的にとか口で言ってる癖に、その条文がないんだよ。これにつきる。

あー枝野ホント好き。Permalink | トラックバック(13) | 18:08

2017-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20170418103714

こういう日本人によくある、面倒な役割を引き受けてくれる人に対し感謝尊敬ではなく侮蔑で返すって風潮は何なんだろうね。

考えてみた。



まずボランティアが見下されてるってのがある。

日本ボランティアって、「暇人」「偽善者」的な否定的イメージで見られがち。

宗教的下地があるキリスト教圏なら違うんだろうし、最近価値観欧米化日本でも違った(肯定的な)感覚の人も増えて来たけど、

やはり昔の感覚のまま「暇人以下略な人もまだまだ多い。

PTAアメリカで生まれものだけど、アメリカならボランティア価値あるものと認められているから上手く行くんだろう。日本はそうじゃない。



更に、そもそも学校全体や教師からして見下されてたりする。

あいサービス業というか、目に見えるものを売るのではなく目に見えない労力を売る人が全体的に侮蔑される文化がある。

給料貰ってるプロですら見下されるんだから、タダ働きのボランティアたるPTAの扱いは推して知るべし



更に男尊女卑文化も強いから、母親が中心なPTAはそういう意味でも(男だけではなく「名誉男性」な働く母親からも)見下される。

他のボランティアも「仕事が忙しい立派な社会人」は関わら(れ)ず、「暇人主婦学生が多いから見下されるってのはよくある話だ。

(まあ最近はそういう「社会人様」を「社畜」と言い侮蔑する風潮も出ては来ているが)



この辺の要素が合わさって、全体的に侮蔑されるんじゃなかろうか、と思う。



ブコメhttp://www.iwasakishoten.site/entry/2017/03/28/184851があったけど、

自分の得意なことを活かしてやることで感動が生まれ、それが成果につながるんじゃないかと思ったんです。

(略)

例えば学校お祭りでおばけやしきをやろうということになったとき保護者の中に暗幕や大道具仕事経験がある方もいたし、デザイナーさんがポスター描いてくれたり、動画編集も得意な方が担当してくれたのです。PTO活動の中心となるウェブサイトも、ホームページ制作仕事にしている方が作ってくれました。

こういうのも、周囲の皆がそれに感謝し、協力的であればうまく行くんだと思う。

でも日本だと絶対「お前プロなんだからやって当然だろ」「お前が言い出したんだから完璧にやれよ、少しでも不満があれば容赦なく文句つけるからな」

とか言う奴出て来るだろ。

高い金貰って仕事として請け負った方が、何故かこういう事を言われない、ってのもよく聞く。

「タダor安い金で仕事を請け負ってくれる人=安い人間=雑に扱ってもいい」みたいなのが一定数いるんだよね。

それへの反発として「プロに頼むなら正当な対価を払うべき」だの言う奴も出て来たりして。

この手のPTA改革話はよく記事になってるけど、そういう面倒な連中がせめて最小限で済むような地域性で、

かつそういうのを黙らせられるだけの人が上に立たないと、上手く行かないと思う。



最終的には金取って全部仕事として外注しろ、になるんだろうね。

その金を誰が払うのか、って問題になるけど。

金払える人が多い裕福な地域で、かつ金を払うよう制度を変える事が可能なくらい皆が協力的なら、↑のような改革案も上手く行くだろうしね。

大体文句ばかりの煩い人間ってのは、金も払わないんだよな。



名門私立みたいに「金払うのも当然だし母親の協力も当然、それが出来ないなら入学してくんな」って学校ならいいんだろうけどね。

公立は色々な人がいるから難しい。

2017-04-17

夢も希望も無い

自分には最低賃金価値もないし、やりたいこととか別にいから殺してくれ

自殺宗教的に無理なんで殺してくれって表現になる

発達障害グレーゾーンから支援も受けられない

いっそ障害者手帳貰えるくらいなら楽だったのに

2017-04-15

不条理を教える異常(全部嘘)

 社会の苦しみというものを教える機会と言うもの実在するらしい。

 数少ないこのような機会を持つために、「伝統」「校風」を掲げることがある。某沿岸高校は長期の航海を通じて人格を育てたり、某県の多くの高校は新入生にバンカラ応援歌練習伝統に根ざした自己確立させたり、はたまた某都市進学校は新入生の合宿でその高校校風に染め上げるというように、「伝統」「校風」を盾にグレーゾーンを突っ走っていたりする。このようなある種の人間教育は、世界不条理さを伝える有用手段として存在するとは思うのだが、一方で宗教的性格自我崩壊危険性といった世間批判を浴びてもいる。それぞれの学校も、校風によって執り行われる祭事時代に合わせて少しづつ変化させているようだ。

 一方で、正式教育、すなわち行政機関が決定した教育方法では、人を教育する上で不条理さ・不便さを生徒に感じさせることを拒んでいる気がする。無駄が多い割に必要なことが省かれている「理系科目の教科書」や、出版社意志がそのまま内容を歪めかねない「文系科目の教科書」、著者の都合や時代の移り変わりによって無駄改定される「語学参考書」などの教育という観点から見たらあまり合理性に欠ける教材という不便さはある。しかしそういうものではなく、人間関係においてしばしば生ずる特定個人に対する「人格の完全否定」など精神的な問題出会うことはめったにない(ただしいじめを除く)。

 精神的な不条理さを解決して総て人間尊重できる社会を目指す礎を築かせるという点において、苦しみを体験することによる不条理世界理解というものは、地球規模化する社会リーダーとしての素質を育てるためには必要だ。ところが、その体験が、グローバルとはかけ離れた、「伝統」「校風」という宗教的性格を持ちかねないきわめて異常な手段しかなされない、という奇妙な問題があるように感じるのは、たぶん私だけだろう。

なんちゃって

過眠症不眠症はどっちが辛いのか

私が両方なってみた結論から言うと過眠症の方が辛い。

どちらかと言うと過眠症精神的に辛くて、不眠症は肉体的に辛い。

過眠症になったのは受験期で、夜はしっかり寝ているはずなのに日中眠くてまともに勉強できない。周りからはサボって寝てると思われる。実際は意識スイッチを無理やり切られる感じで、机に向かって参考書開いてて気がついたら3時間何もしてない空白の時間がある。強制的時間スキップさせられる。めちゃくちゃ焦るし泣きたくなる。誰かに時間を無理やり切り取られてる感じ。私の時間返して、って思う。

不眠症不眠症日中眠いんだが、寝れない。夜、寝ても最低1回は起きてしまって一瞬で覚醒して寝れない。朝ももっと寝ていても大丈夫なのに二度寝できない。本音言うと便利なのは便利、遅刻しないしまともに活動できるだけ過眠症よりマシ。

でも自分寿命を削ってる感が半端ない日中急に心臓がドキドキするし、脳を満たしてる脳しょう?がなんか濁ってる感じ。あとなんか胸焼けする。栄養ドリンク飲むと多少の寝不足でも平気になるでしょ?それがずっと続いてる感じ。

宗教的かもしれないけど、人間活動できる時間が決まってるのかなって思う。過眠症の人は長く寝る分、1日の活動時間が短くて寿命が長い。

不眠症の人は1日の活動時間が長いけど寿命が短い。現在進行形不眠症だけど、寿命短い人生だと思ってやりたいことやりながら生きていこうと思う。

不眠症の人は人生長いんだから息切れしないように焦らないで生きてったらいいと思う。

2017-04-09

http://anond.hatelabo.jp/20170409112543

ここって田舎か都会かどっちなんだろぐらいの話

リアルでもする人はいるだろ

そんなまるで高度に政治的だったり宗教的だったりするようなものかのごとく扱うほど深刻な話じゃなくないかこんなの

2017-04-07

割り箸を一本づつ両手に持ってシャッシャッってやるやつ

なんなの?

おじさんに多いんだけど、宗教的なやつだったりしたら変な空気になるのが怖くて聞けないんだけど。

2017-04-02

まれの良し悪しに運を持ち込む考え

世の人々が、文化民族を問わずに広範囲で考えることだと思いますが、ふと考えてみると、

この発想そのものが、あの世とか、輪廻とか、そういったものに関わる宗教的な発想ではないか

もしそういったことを意識しないのであれば、生まれには運もへったくれもないはずだ。

無宗教を謳う人間でも、多かれ少なかれ、このような想像をしたことはあるのでは。

特に結論はないのだが、そんなことを、ふと思った。

2017-03-21

幸せなっちゃいけないみたいな空気ない?

これが自分の身の周りだけなのか、日本特有事情なのか、世界的になのか

はたまた単なる私だけの思い込みなのか分からないけど

世の中には不幸や苦労が満ち満ちているから、自分だけ幸せになるのは罪というような圧力

(必ずしも人からのものだけでなく、お天道様が許さない…のような宗教的存在からのものも含め)を感じる

苦労が少ない人間は人としてレベルが低く、発言権はないような空気も感じている

それだけ苦痛を感じている人が多いということでもあるだろうけど、何となく

そもそも苦労や不幸を十分味わったうえでのささやか幸福以外は、不道徳ものだという観念がある気がする

ある程度以上の幸福を目指すこと自体悪いように感じ、「このくらいが自分に相応しい」と苦痛の中に安住しているようなところがある

幸福度調査みたいなので高位をキープする北欧などでは、こういう点でどんな空気なのか気になる

2017-03-16

日本会議的なるものや人たちが、あれに惹かれて籠池氏のように稲田氏のように隙だらけのマヌケ暴走をしてしまうのは

結局、自分が持ってる能力以上に権力を持ちたいからなんだろうなと思う。言葉は悪いが馬鹿のくせに威張りたいというか



ゆがんだ家父長制度のなれの果てというか、威張る力すら本当はない力のないものたちが、

幻想の「明治家父長制度的な父権」にあこがれて、おれもあのように権力をふるいたいと願う

己の力のなさを隠すために「強い父=天皇制」を利用する、というか虎の威を借る狐となる。

から彼らは平気で極右である一方で、平気で不敬なことをやったり言ったりする。本当に陛下を敬っているわけでもなくて

しろ天皇機関説的な不敬なんだけど、残念ながら馬鹿から気付いてないんだろう

平成天皇のお考えとはおそらく異なるであろう帝国主義思考、行動へまっすぐ突き進む。

現実に生きていてアジア贖罪の旅を続ける陛下はむしろ不要とすら思っていかねないほどの思考ねじれは

こう考えると理由がつくんだ



稲田氏は父親ゆずり生粋日本会議教徒安倍麻生は二人とも「不肖」であることが、

ファザーコンプレックス的というか、示唆的というか皮肉と言うか。

まぁ、安倍麻生宗教としてどこまでのめり込んでいるか分からん

安倍夫妻に関しては不妊という大きな悩みもあっただろうし第一政権時のぽんぽん痛い辞任の件もあるから

宗教的にのめり込んでもおかしくないようにも思う

そもそも安倍麻生の二人とも、先祖代々のカネモチのくせに馬鹿だもんなぁ。金掛けても馬鹿って相当だぞ。

普通はある程度金持ちなら、馬鹿に生まれても徹底的に金掛けてもうちょっとましな大学行けるのにアレだもの

そりゃ新興宗教にのめり込んでもしょうがない、かもしれん

2017-03-14

ゴディバロゴマークって、結局さらものにしてない? 

領主レオフリック伯爵とその美しい妻レディ・ゴディバ伝説は、1043年、英国の小さなコベントリーで生まれました。

レオフリック伯爵は、コベントリー領主に任命され、この小さな町を豊かで文化的都市へ発展させようと決意しました。

大変信心深かったレオフリック伯爵とレディ・ゴディバは、初めに大修道院建設しました。

修道院はさまざまな宗教的社会的活動の中心となり、この成功により伯爵の野心はますます燃え上がり、次々と公共建物を建てては、領民から取る税を増やします。

あらゆるもの課税対象とし、肥料にまで税金をかけ、領民は重税に苦しみます

心優しいレディ・ゴディバは、貧しい領民さらに重税を課すことがどんなに苦しいことか、伯爵に税を引き下げるよう願い出ました。

伯爵は断りましたが、彼女は何度も訴えます

ついに議論疲れた伯爵は、彼女に告げます

「もしおまえが一糸まとわぬ姿で馬に乗り、コベントリーの町中を廻れたなら、その時は税を引き下げて建設計画を取り止めよう。」

翌朝、彼女は一糸まとわぬ姿で町を廻りました。

領民たちはそんな彼女の姿を見ないように、窓を閉ざし敬意を表しました。

そして伯爵約束を守り、ついに税は引き下げられました。

2017-03-11

さよならAC

2011年3月11日、未曾有の大災害東日本を襲った。影響は各方面に及んだ。福島原発は爆発し、首都圏を含む広域な交通網は打撃を受けた。多くの人が亡くなり、多くの人が家をなくした。

この震災を受けて、企業各社はCM放送自粛した。震災時のCM放送が法によって規制されている訳ではなかったが、CM放映による非難企業自主的に避けようとしたのである。代わりに、テレビ局人畜無害ACCMを流した。 繰り返されるCMにより、ACは一躍その名を高めていった。

震災から一週間が経った。震災による犠牲者は一万人に迫ろうとしていた。テレビでは未だACCMばかりが流されていた。企業としてはそろそろ通常のCM放送したい気持ちだったが、もし自分会社けがそうすることによって「不謹慎だ!」と言われてしまってはたまったものではない。ネットではとあるACパロディ動画があげられていた。それは冷静に見れば面白くもなんともないものだったが、きっと他に見るものもなかったのだろう、驚くべき再生回数を記録した。その人気にあやかろうとしたのだろう、次々とACCM関連の動画アップロードされた。大の大人が「ポポポポーン」と叫ぶという、滑稽とも見苦しいとも取れる動画群であったが、人々はそれを不謹慎とは受け取らなかった。

二週間が経った。各国から支援が続々と寄せられていた。人々は(被災していなかった地域を含む人々は)それを見て「A国は素晴らしい」だの「K国はやっぱりクソ」だの言っていた。その頃、国会ではある法案が審議にかけられていた。アンチコマーシャルメッセージ法案通称AC法案である。この法律では、震災復興を達成したという判断政府が下すまで、企業テレビCM放送禁止規定していた。何故こんな法律が審議されることになったのかはよく分らない。しかイメージダウンを恐れて企業法案に反対できなかったし、当然のことながら猛反対の立場をとるテレビ局各社は盛んにこの法律弊害を訴えたが、震災報道ヘリコプターを使って被災者迷惑をかけたり、衝撃的な映像をまくし立てるように放送し続けたりしたテレビ局視聴者は既に愛想を尽かしていた。結局AC法案は難なく両院を通過し、テレビで映るCMACのものだけになった。

一ヶ月が経った。とある実業家による億単位義援金や、さるスポーツ選手によるツアーの賞金全額寄付宣言世間では話題になっていた。テレビ局スポンサーに働きかけるのに必死だった。自社のCM放送されないのに企業お金を出すなんてことはおかし論理だったが、それを認めたらテレビ局は立ち行かなくなってしまう。結局、「番組内で可能な限りスポンサー商品を紹介する」ということに決まった。出演者スポンサー企業ロゴ付きの服を着ることが常識になったし、番組の中でそれまでの流れとは関係なく唐突商品の紹介が始まることになった。それでもスポンサーから今まで通りの料金を徴収することは叶わず、経費削減の為にギャラの高い大物芸能人は締め出され、金のかからない素人芸人の起用が急速に高まっていった。ネットではAC関連動画の盛り上がりが、最高潮に達していた。

三ヶ月が経った。全く前例のなかった計画停電が行われ、都心優遇ぶりに一部の人々は憤慨していた。結局テレビは何とか放送を続けられていたものの、以前との差は歴然としていた。番組の内容もそうだが、間々に挟まれCMが全てACの為、テレビ自体一種カルト宗教的色彩を帯びていたのであるAC側もCMバリエーションを増やしはしたが、それも焼け石に水と言える程度のものだった。もはや国民ACの名を知らぬものなどいないという有様だったが、多くの国民は良い感情を持っていなかった。余りにもCMが繰り返された為、段々ネットACパロディにする人も減ってきた。

半年が経った。さる地方テレビ局が、番組内で東北地方のお米をセシウム米と表示したことが大変な物議を醸した。ただてさえスポンサーからの金が期待できなくなっているのに、その上この不祥事ではもはやなす術がなかった。結果、番組のみならずテレビ局までもが潰れた。テレビ局が潰れるなんてことは前代未聞だった。この事件の後極度にテレビ局各社は不祥事を恐れるようになり、人々の反感を買いそうな発言ますます避けるようになった。ネットでは、(直接的な関わりはなかったものの)ついにACは局を殺したと言われた。

一年が経った。大震災の模様が改めて各メディアに取り上げられた。問題は未だ山積みであったし、それとごろか原発を中心とした被害は更に拡大していったが、人々はというと大震災のものより、原発は推進すべきだとか廃止すべきだとか、与党を変えるべきだとか変えないべきだとか、そういった話題に興味を持っているらしかった。AC以外のCMが消え失せてしまったことも、もはや当たり前のこととして受け止められつつあり、誰かが思い出したようにACネタにした動画を作るだけだった。

二年が経った。被災者を除くと、人々は既に震災に関する興味を失っていた。時代は変わった。震災後急速に衰えていったテレビに代わってインターネットが主要なメディアと見なされるようになった。人々はテレビを見なくなり、テレビACCMしかやらないことなんてもう誰も気にしていなかった。企業は力を失ったテレビに代わってインターネット上での広告に力を入れるようになった。ユーザーの好みにピンポイントで合わせた商品宣伝から、見るだけでお金が貰える斬新な広告までもが生まれた。それはかつてのテレビCM以上に多彩で、ユニークで、興味深いものだった。テレビなんてものパソコンが使えない情弱だけ見てればいい。そんな声が強くなっていった。

 五年が経った。この年大震災テーマにした映画が公開された。それは大変な好評を博し、歴史に残る名作とまでも言われた。しかし、人々は未だ故郷に戻れぬ仮設住宅暮らしを強いられている被災者がいることを知らなかったし、被災地寄付することなんて思いもよらなかった。震災は感動という名のビジネスの道具となっていた。同じ年、政府によりAC法案の解除が発表された。瀕死テレビ業界はこの宣告に狂喜したが、すぐに期待は裏切られた。なぜなら、AC法はこれより四年後、2020年東京オリンピックの開催と共に解除だということが知らされたからだ。明らかに、国が立ち直ったことを国内外アピールするための政府戦略だった。このころになると、テレビは見てはいけないものとさえ思われるようになり、まだあどけない子どもたちが何かの拍子にテレビを見て、「ポポポポーン」なんて言った日には親から叱られる始末だった。

 震災から九年が経った。遂にテレビCMが復活する時が来たのである。既にテレビは最盛期を思えば哀れになる程衰退しており、CMを復活させたところでかつての威光を取り戻すことが不可能なことは誰の目にも明らかだった。各局はなんとかスポンサーを見つけようとしたが、もはやあえてテレビで自社のCM放送しようと考える企業はいなかった。「もうこの業界は終わりだ」最後希望を打ち砕かれた業界関係者たちは嘆いた。

 そしてその日がやってきた。オリンピックの開催とともに、首相によって震災から復興が全世界に高らかに宣言された。AC法も解除された。人々は56年ぶりの首都でのオリンピック熱狂した。散々興味がないと言っていた人までも試合の経過を見守ったり、見たことのない程人で溢れかえる東京に驚いていたりした。オリンピックは、成功裏に終わった。

 その一方で避難者は七万を下らなかった。福島出身の子供に対する苛めも収まらなかった。東北地方の食に対する信頼も回復しなかった。原発放置されたままだった。しかし、そんなことに心を痛める人はもういなかった。人々は震災被害なんてものは遥か昔に回復したものだと思っていたのだ。

 それから人々が震災のことを忘れるのに時間はかからなかった。いや、震災のことだけじゃない。この九年間で人々はテレビを忘れた。テレビだけじゃない。テレビで嫌というほど繰り返されていたACのCM―かつてはネタにして面白がった、それから先は忌み嫌うものとして見なしたCM。特異な状況であれほど繰り返し放映され、国民全員がこの先忘れることはないだろうとさえ思ったCM。そのCMのことすらも、震災に関する全ての記憶とともに、忘れていたのだ。

2017-03-09

けものフレンズ最終話

http://anond.hatelabo.jp/20170309173858

遂にカバンちゃんに追いついたアライさんとフェネック

カバンちゃんの野望を阻止しに来たと語るアライさんだったがカバンちゃんは何の事なのか理解できない。

しかしその時ボスが光りだし2人の持っていた羽を吸収する。

そしてボスバスに乗り込みもうすぐ出発すると告げるのだった。

慌ててバスに乗り込むカバンちゃん一行とアライさん一行。



バスサンドスターを吹き出す山の近くへと辿り着く。

山の近くには多数のセルリアンがいたがボスが出す光を浴びると慌てて道を譲る。

セルリアンの開けた道を進みバスは山のすぐ近くの洞窟へと向かう。

洞窟の奥の行き止まりの前でボスが音声入力を行うと行き止まりが横に開きバスが通れる大きさの道が出来る。

道の奥には近代的な地下施設が広がっていた。

地下施設を進むカバンちゃん達はボスの音声案内によりサンドスターがヒトの不老不死研究によって生まれた事を知る。

サンドスターの正体は結晶化された生物記憶を次の肉体へと移すものだった。

本来クローン培養されたヒトの肉体に対して使用して前世記憶を持ったまま新しい肉体で生まれ変わる事が出来るという画期的発明だったのだ。

当然のようにその実験はヒト以外の生物を使って行われた。

研究の結果、元となる生物の肉体的データを加えることでサンドスター移植成功率が上がることが発見される。

それと並行して動物実験データをヒトのサンドスターで応用しやすくすべきだという気運が高まっていく。

そうして生まれたのが動物サンドスターにヒトの肉体的データを加え、それを動物と融合させるフレンズ化の技術であった。

その後色々あってサンドスター研究所の近くにジャパリパークが出来たのであった。

だがこの研究には隠蔽された欠陥があった。

肉体とサンドスターの相性が悪いとサンドスターは肉体へと溶け込むことが出来ないままフレンズ化の機能暴走させセルリアンとなってしまうのである

その事実公表されないままサンドスター研究は進み、実用化が近くなるに連れて自分の復活を信じて死ぬ寸前の意識サンドスターへと移し替える人々も増えていった。

そうして生まれた大量のヒトや動物サンドスター研究所で厳重に補完されていたのだが……



ある時、フレンズ化や死者の復活に対して宗教的に反対してきた勢力が遂にテロリズムを敢行し、サンドスターの保管施設を開放してしまう。

放出された大量のサンドスターは周囲の生き物を次々にフレンズ、またはセルリアンに変えていく。

これはヒトも例外ではなかった。

人類セルリアンが蔓延サンドスターの吹き荒れるジャパリパーク危険視して封印を決定、そうしてジャパリパークは限られた人間以外の立ち入りが厳重に禁止されることになる。

そうしてセルリアンが消えた後にはサンドスターが残されていた。

サンドスターの改良により、一度フレンズ化した生物セルリアンがその生涯を追えたりセルリアンに飲まれると自動的に体に溶け込んだサンドスター記憶を引き継ぎ飛び出すようになっていたのだ。

そのサンドスターラッキービーストの手によって回収され、自動的に保管施設に戻される。

しかし保管施設ロックは開放されているため戻したサンドスターの多くは山から少しずつジャパリパークへと漏れ出していく。

そうして放出された一度フレンズ化を成功したサンドスターはなんとジャパリまんと混ざることによりジャパリまんを変化させそのフレンズとなるのだった。

フレンズにとってジャパリまんが最高の栄養なのはフレンズの体を構成する物質がそもそもジャパリまんだからなのである

だがこれによる記憶継承は完全には行われず、とりわけ複雑な自意識人格に当たる部分はほとんど抜け落ちしてしまう。




当初こそジャパリパーク全体に広がったセルリアンであったがいつしか彼らは山の周辺にばかり多く住むようになっていた。

何故そうなったのかは定かではないが濃いサンドスター匂いに惹かれているのではないかボスは言うがポンコツなので信用できない。

それによってパークは表向きはたまに危険な事がある程度の楽園へと変わっていくのであった。

だがヒトが戻ってこれる場所にはならなかった。

パークにヒトが入ってくるとそれを嗅ぎつけたセルリアンが襲ってくるのだ。

セルリアンはフレンズ化した生物も襲うがそれ以上にフレンズでもセルリアンでもない生身の肉体に強い執着を示すらしい。

また吹き荒れるサンドスターに触れてしま危険もあった。

カバンちゃんが無事なのはカバンちゃんもまたフレンズからである

そしてカバンちゃんはヒトのフレンズである

ボスはそう説明した。



自分フレンズであることを知ったカバンちゃん。

ヒトの記憶知識が他の動物と比べ膨大であることからヒトのフレンズ化は成功の事例がまだ確認されておらず奇跡的だとボスは語る。

更にボスが言うにはジャパリパークに散布されたフレンズ化を安定させるシステムやジャパリまん無しではフレンズは長くは生きられないらしい。

それを聞いて外の世界に行けばヒトがいるだろうがその世界フレンズがどれほど生きられるかは分からないとフェネックが言う。

海の前で引き返せて良かったと安堵するサーバルちゃん。

そしてカバンちゃんがヒトであることが分かりいよいよ興奮しだすアライさん。

アライさんが言うにはヒトはジャパリパークを滅ぼそうとしているようだ。



そんなことないとカバンちゃんは語るがアライさんは信じない。

アライさんはパークの視察に来たヒトの話を盗み聞きしてヒトがパークのサンドスターシステムを止めてジャパリパークを取り戻そうとしている事を聞いたと言う。

それをしたらフレンズである自分も消えてしまうと説明するカバンちゃん。

数秒固まるアライさんにフェネックが耳打ちするとようやくアライさんは話を飲み込み謝りだす。

カバンちゃんが望むのならそういう事が出来ないわけではないと聞くボス自分はそういう事をするつもりはないと答えるカバンちゃん。

来た道を戻り研究所を後にする一行。

帰り道のバスの周りを埋め尽くすセルリアンを見てかわいそうだねとサーバルちゃん。

バスが山から遠ざかる頃、もうアソコには行かないほうがいいとカバンちゃんは言いボスもそれを了解する。

自分出自も分かったけど次はどうするのかと迷うカバンちゃん。

アライさんはお詫びに家に招待するという。

どうせ何もない所だけどとフェネック

いっていいのー!いってみたーい!とサーバルちゃん。

サーバルちゃんの方を向きまだ自分に付き合ってくれるのとカバンちゃんが聞くと、私たち友達なんだからこれからも一緒に居ようとサーバルちゃんは答える。

4人を乗せたバスサバンナをどこまでも進んでいく。

ワイワイと4人が会話する声が少しずつ遠ざかって行き物語は終わる。

2017-03-01

http://anond.hatelabo.jp/20170301182129

そうなの?俺はツイッターやらないし見ない。

保守リベラルの分け方の観点は、宗教的ものとか防衛的なものとかもう少しある。

そもそも日本自民党って形で、親米保守が一緒になっちゃってるからね。

原典ってのは無いよ。色んな人が言ってること自分的にまとめただけ。

2017-02-25

森友学園国有地取得で会計検査

森友学園国有地取得で会計検査

https://this.kiji.is/207438898890506241

情報提供の受付

https://www.jbaudit.go.jp/form/information/index.html

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51052?page=2

二次創作」の愛国教育は、戦後社会に見られるひとつ伝統芸であり、サブカルチャーであり、この分野に詳しい者にとっては見なれたものである

戦前っぽいもの」のパッケージは、戦後長らくつづいた保革対立のなかで形成されたものである

保守勢力自民党文教族文部省など)は、教育の荒廃が叫ばれると、かならず国旗掲揚国歌斉唱、「教育勅語」の再評価修身の復活などを主張してきた。

国旗国歌問題に火をつけた第三次吉田茂内閣天野貞祐文相は、その嚆矢である内藤誉三郎(文部事務次官参議院議員第一大平正芳内閣の文相)のように、「天壌無窮の神勅」を学校で教えるべきだと主張した例もある。


教育機関国民国家歴史や意義を教えることは必要である国民国家は、現在国際政治基本的単位だ。これを否定するつもりはない。

グローバリズム時代国民国家というシステムいかに無理なく保守管理運用していくか。政府への盲従や排外主義などの欠陥は認識しつつも、こうした問題に取り組んでいくことは欠かせない。

パッケージを丸呑みするかいなかの二者択一は、あまりに単純すぎる。


ナショナリズムはいつどこで芽生えるか →戦争で負けている側である

あるいは学歴を誇る人間はいつ登場するか。→落ちぶれてそこしか砦がなくなった時である

東大卒のりょーすけさんなどは、もう道具として使う。ふつうはそういうものだ。

東大生かくあるべし、みたいなことを言い出すのはかなり痛い


今日ほど「君が代」に関する議論劣化した時代はほかにないだろう。

君が代」を歌うか、歌わないか問題はあまりに単純に二分化され、歌えば保守愛国であり、歌わなければ左翼反日である即断される。そしてこの単純な白黒図式に基づき、「愛国者」を自任する者たちが、気に入らない相手に食って掛かるしかも、驚くべきことに、この「愛国者」を自任する者たちの多くは、「君が代」の歴史意味をロクに知らないのだ。「君が代」は、敵と味方を判別し、敵を吊るし上げるための単なる「踏み絵」と化している

1999年に「国旗国歌法」が施行された

ネットモブ」が「ネット右翼」と呼ばれたために、その主張も「保守」や「右翼のもの勘違いされてしまった。この結果、昨今のナショナリズムの「再評価」とあいまって歴史的な経緯に詳らかではないネットユーザーのなかで、劣化した議論が急速に肥大化してしまった。

1890年2月帝国議会の開会を直前に控え、地方治安維持をつかさどる県知事(内務官僚)たちは、「文明と云ふことにのみに酔ひ、国家あるを打忘れた」自由民権運動抑制するため、「真の日本人」を育成する国民道徳樹立を求めた。

→とはいえ、当初の「教育勅語」の内容は、後世の文書などにくらべて、意外にも慎ましいものだった。

日本神の国であり、世界指導する権利がある」などという大それた神国思想は、「教育勅語」のなかに見られない。これは、『国体の本義』(1937年)や『臣民の道』(1941年)などで、教育界に広められたものである

しろ教育勅語」の内容はかなり抑え気味だった。たしかに、「我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ」「天壌無窮ノ皇運」など神話にもとづく記述もあった。だが、そこに掲げられた個々の徳目現実的で、日常的な振る舞いに関するものが多くを占めた。

当時の日本に、空想をもてあそぶ余裕などなかったのだ。

日本日清戦争日露戦争勝利し、帝国主義列強一角を占めるにいたって、かえって問題が指摘されるようになった。大国日本国民道徳として、「教育勅語」はあまりに物足りないのではないかと注文がつきはじめた


君主たるもの特定政治的宗教的思想的、哲学的立場に肩入れする言葉を使うべきではなく、またその訓戒も「大海の水」のごとくあるべきで消極的否定言葉を使うべきではない

また、井上帝国憲法の起草者として立憲主義尊重し、「君主臣民の良心の自由に干渉せず」と述べて、「勅語」を軍令のように考える山県の構想も牽制した。

もちろん、自由民権運動対策念頭にあったこともあり、独立自治などにつながる徳目が慎重に排除されていることは見逃せない。その一方で、その内容は、神国思想軍国主義権化のごとき過激ものでもなかった。


追加修正

西園寺公望は、明治天皇の内諾を得て、「第二の教育勅語」の起草に着手した。

1919年、『勅語衍義』の執筆者井上哲次郎によって「教育勅語修正を加へよ」という論考が発表された

この提言の背景には、同年に朝鮮で起きた三・一独立運動の衝撃があった。

結果的に、「教育勅語」の不足分は、ほかの詔勅の発布で補うかたちが取られた。1908年発布の「戊申詔書」、1939年発布の「青少年学徒ニ賜ハリタル勅語」などがそれにあたる。

1948年6月衆参両院の決議では、「教育勅語等」として「教育勅語」だけではなく「軍人勅諭」「戊申詔書」「青少年学徒ニ賜ハリタル勅語」などがセットで排除および失効確認されている。これらの詔勅が一体的に理解されていた証左

教育勅語」は、狂信的な神国思想権化ではないが、普遍的通用する内容でもなく、およそ完全無欠とはいえない、一個の歴史的文書にすぎない。その限界は、戦前においてすでに認識されていた。

2017-02-18

犯罪者の更生への無理解は「地獄観」が問題ではないか

洋の東西を問わず、それぞれの文化には宗教的地獄という概念があり、

そしてその地獄は決して終わりのない絶望的な苦痛と恐怖の繰り返しというイメージがある。

そこには当然、救いなど無い。

救われるのならとっくに天国に行っているので、

文字通り救いようのない人間こそが地獄に落ちることになっている。



まり地獄という概念存在が、すでに、人に対する救済の断絶という選択肢を用意してしまっているのだ。



現代宗教の影響が非常に薄まっているので、

例えば憎まれ口を利く時に「地獄に落ちろ」などといった時代がかったことを言う人は少ないが、

だがしかし地獄という概念理解しない人はほぼゼロと言っていいくらい、人々の深層意識には根付いている。

その深層意識が、現実世界犯罪者に向かって浮き彫りになってきているのではないか

そして、厳罰を望み、更生という認識が薄い人たちの思考の原理には、

この地獄概念が横たわっているのではないかと思うのだ。

まり犯罪者悪人から地獄に落ちるべきだ」という深層意識があるからこそ、

犯罪者には極刑を、という認識に結びつくのではないかという仮説を唱えたい。



そこで更に論を進め、この問題解決するには、地獄の内部にも更生施設を設置してはどうかというのが私の提案だ。

悪人正機説現代でも未だに根強い支持を得ているが、それを更に進めて、

地獄において悪人正機救済制度を構築するのだ。



昔の人はまあやることがなくて暇だったのだと思うのだが、

地獄描写がやたら詳しい。

大抵の宗教地獄階層が分かれてて、

それはそれは多種多様のあらゆるニーズにお応えする地獄の責め苦が用意されている。

余談だが、このイメージは人気マンガワンピース」のインペルダウンにも投影されている。

LEVEL1~7とあって、深い階層に進むごとに責め苦が増大するのだ。

まり私が言いたいのは、LEVEL5.5的な施設を作って、

そこで見どころのある罪人は救済措置適用を受けても良いという教義を今からでも導入できないのかということだ。

ワンピースの例えがピンとこない人は、ロンダルキアの大地におけるセーブポイントとしての教会を思い浮かべてくれれば良い。



要は、地獄に落ちてもまだワンチャンあるで、という認識を浸透させることが、

巡り巡って犯罪者更生の理解に繋がるということが言いたいのだ。

そのためには神話宗教観への手術が必要なのだ



これは千年から歴史がある三大宗教には少しばかり荷が重い要求だ。

あそこまで超巨大な宗教体系が出来上がってしまっているものに、いまさら大きな変更を加えることはまず不可能であろう。

そこで注目すべきは、

今何かと胡散臭い目で見られがちな新興宗教だ。

何かというとマインドコントロールお布施を利用した金品の収奪で不興を買いまくっているのが現状だが、

ここで一発逆転、地獄にも救いはあるんですよ、という人類に優しい宗教観喧伝すれば、

三大宗教にも対抗しうる一大勢力を築き上げることも不可能ではなかろう。

例えばイスラムでは天国に行くと72人の処女ムフフ♡三昧の日々が送れると言われているが、

地獄に落ちてもちゃんと更生すれば3人くらいはおっぱいを揉ませてくれるよ、

という救いを用意するのだ。

真面目人間天国を当然目指すし、

ちょっと世の中しくじっちゃったやつも、そっかおっぱいもめるなら頑張れるかも!と思える。

これはすなわち全人類に対する福音である

女子は適宜イケメン等に置き換えて各々の嗜好に合わせたストーリィーをこしらえてくれ)



本稿の結論としては、

清水富美加氏が大川総裁クーデターで亡き者にした後、

教祖として前述したような地獄における救済を設定した宗教観世界に広めて頂くことが最も現実的シナリオだろう。

私は彼女の夫となってムフフ♡な日々を過ごす予定なので、

お前らはぜひ我が教団の信徒になって天国地獄を目指して欲しい。



言いたいことは以上だ。

2017-02-15

売春ツアーは国の恥?個人権利侵害は国の恥では無いのか?

売春に対する忌避感ってのはやはり宗教的なところに端を発するところがあり、

むやみに売春非難することは、特定宗教的立場をもとにした、異教徒ないし無神論者批判になりかねない。

そういった意味でポリティカリーインコレクトだし、

アメリカリバータリアン的に言えば神聖個人権利侵害していることになる。

売春ツアーがもし企業主体となってやっているのであれば、ある程度の公共性を持った主体としての役割上、

特定宗教的バックグラウンドを持った人を不快にするようなことは慎むべきだろう。

しかしながら個人的信条として売春を良しとしている人が、

そういったものに参加することに非を唱えることは、浅薄すぎの感がある。

2017-02-14

日本人は、宗教教義<周りへ迷惑かけない

これはもうこわいわ

何が言いたいって清水富美加のこと



人間宗教のために生きれるし、死ねるし、人生を費やせる

人間はそのくらい弱く儚い生き物

日本以外じゃ当たり前で、そのくらい教義に厳格で、理解があり、また邪教を廃絶する

日本人にはわかりにくいかもしれないが、宗教というのは国家の上に来る存在で、極端な話、イスラム国家じゃ法律の上に戒律がある

なので、最低でもわからなきゃいけないのは、他人信仰というのはものすごく敬意をもって尊重すべきことだ、ということ




俺は幸福の科学については、ほとんど何も知らないが、それを信仰する人を尊重したいと思うし、信者にとっては法より大事なこともあるということは理解してあげたい

日本国内においては違法行為ダメとは思うが



女優が、信仰上の理由女優業をやめたいとのこと

何も問題ない

番宣ができない、仕事がまだ残ってる、多くの人に迷惑がかかる、そんなことを言って批判する人がいるようだけど、それ、イスラム国家アメリカに行っても同じこと言えるの?

ここは日本から関係ないって?日本じゃ宗教的無理解は許されると思ってるなら野蛮国家もいいところよ?




まあ、批判してるのは芸能人関係者で、一般の人は、ふーん程度と思う

しかし、批判してる芸能人の野蛮さに腹もたつし、恐ろしくもある

特にLiLiCo

あん海外育ち、スウェーデン人売りしてるような人間が、他人信仰より上に、業界への迷惑を説きます

外人売りしてるわりに、海外デリケートなところ何も理解してないやないけ



まあなんだ

他人迷惑かけるのは俺もいいとは思わない

でも、これが教義ではなく、交通事故や重大な病気など、健康上の理由で続けられなくなったとしたら、ここまで反発し、批判し、大きく報じるようなことがあったか

ないだろ?

健康上の理由以上に、信仰上の理由は重たいことくらい、国際社会で生きるなら知っておいてくれ

http://anond.hatelabo.jp/20170213231030

カルト宗教的側面、マルチ経済的側面じゃね?

練習問題として、以下をカルトマルチ、その両方、いずれでもない、に分類してみよう。

【ねぐれくと】自閉症次男はお米が好き

訳あって嫁とは家庭内別居状態

小学生6年、小学生1年の子供が居ます

小1の子供は自閉症持ち(精神年齢2~3歳)




嫁は宗教的なとこに嵌って家にあんまり居ない。

俺は、離婚を前提にしてるので家族と関わってない。

嫁がね、帰ってこんのですわ。

いつもは家を空けてることがおおい俺なんですが、その時は21時くらいまで家に居た。しんどかったので寝てた。



17:30ぐらいに自閉症次男デイサービスから帰ってくるの。

それの迎えを小学生長男がするの。

ほんで、次男が帰ってきたあと、17時半~ 嫁が帰ってくる21時過ぎまで、長男次男の面倒みてるの。

でも、長男もまだまだ子供なので、次男ほったらかしてみたい録画アニメとかみるよね。

次男が泣きながらそこらへんうろうろしてる。

ほんで、飯の用意もないから、長男次男おにぎりを作ってやるか否かみたいなその日の都合もあるみたい。




さすがに布団から出て次男おにぎり(具なし、味つけなし)作って与えたけどね、

俺の知らないとこで嫁と息子達はこんな生活してるんだって思ったよね。

そりゃ俺も悪いんだけれど、

宗教的なのに嵌った嫁がここまで我が子をないがしろに扱うってのを知って恐怖した。

2017-02-12

「人を食べる仕事」かぁ…。宗教的NGテーマ作品だったのかもしれないけど、出演してしまった以上それは墓の中まで持っていって欲しい秘密だったわ…。

2017-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20170211172708

つ「日本国憲法

第二十条

信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上権力行使してはならない。

何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

何が「特権」なのかはよくわかんないけど、公有地をタダで借りた町内会私費祠や鳥居建設すると神道特権を与えたことになるらしいから(砂川政教分離訴訟)、公費ムスリムによって聖句を唱えながら屠殺された肉をムスリム専用の調理器具を用意して調理して公立学校給食に出す」ってのはイスラーム特権を与えたことになるんじゃない?

2017-02-10

自分が正しいと思っている人ほど間違っている人はいない

トランプ政権に対する一部の過激デモ行為によって、左翼の本性が明らかになったと言う人がいた。

でも、同じことはたくさんの人について言えると思う。


最近(昔からそんな人はたくさんいると思うが)、他人意見に対して過剰なまでに攻撃を加える人が多いように思う。

その人の中では自分正義であって、相手は悪であるから自分行為正当化されるとでも思っているようで、質が悪い。


だけど正義というもの相対的ものであって、人によって違うのだと思う。

たとえば、人工妊娠中絶殺人なのだろうか。換言すれば、お腹の中の赤ちゃんは「人」なのか。色々な考えがあるはずだ。


正義」なんていうものは、その人がこれまで経験してきたことや、その人の政治的宗教的信念などによって作られるものであって、極めて個人的もののはず。

他人が胸に抱く「正義」を受け入れる必要なんてないけれど、自分の中にある「正義」が絶対的もので、それを他人が受け入れてくれる(あるいは、受け入れるべきだ)なんて勘違いをしてはならないと思う。


民主主義制度は、そういうことを前提に、人々がお互いの意見(そして、ひいては人権のもの)を尊重し合うことができるようにするための、一種ツールといっても過言ではないと思う。

それなのに、どうして過剰なまでに他人の考えを否定し、相手攻撃する人が多いのだろう。


自分にとって身近な問題としては、「法科大学院の存続問題」がある。

全国に法科大学院が発足し、旧司法試験廃止されてから久しいけれども、法科大学院廃止すべきだろうか。


ここでも、色々な考え方があると思う。法科大学院には、良い面も悪い面もあるはずだ。

ただ個人的には、法科大学院には是非とも存続してほしいと願ってやまない。


詳しい理由については割愛するが、法科大学院での日々は楽しかったし、学部では経験できないこともたくさん経験できた。

タイムマシンで昔に戻ることができたとしても、私はまた法科大学院入学したい。


少し大げさに書いてしまっただろうか。それはいいとして、こうした意見存在することすら許せない人たちがいる。

彼ら(彼女ら)はたとえば、「どうせ教授に書かされているんだろう」とか、「法科大学院関係者自画自賛しているだけだ」などと言うのである


しかに、私の考えは個人的ものであって、それがすべての人たちに妥当したりなんてしない。

だけど、同じことは彼らの意見にもいえる。


こうした意見の相違は、ただ単に、法科大学院のことを好きな人もいれば、嫌いな人もいるというだけのことのはず。

どちらの意見も、正しくもなければ、間違ってもいない。


あるべき議論方向性は、ただ一つのはず。そうした意見が混在する中で、お互いの意見尊重しつつ、みんなにとって最善の答えは何であろうかを議論することなのではないかな。

間違っても、自分けが正しいと信じて、自分の考えと相容れない人たちを頭から否定したり、攻撃したりなんてしてはならないと思う。


こんなことはわかりきったことのはずなのに、どうして他人意見を少しも尊重することができないのだろう。

自分が正しいと思っている人ほど、間違っている人はいない。

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