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はてなキーワード: 憂鬱とは

2016-12-01

雨が降ったら

土砂降りの冬の日。

いつもより早く学校が終わり、電車に乗って帰宅している途中、父に迎えの連絡をしていないことに気がついた。

雨の日のお迎えは父に連絡というのが我が家の決まりごとだったが、普段メールをしない父には電話連絡という手段しかなく最寄り駅に着いたら連絡しようと少し憂鬱になった。

田舎の駅の待合室はとても寒く、出来ることなら待たずに帰りたかった。

改札口を抜け、人が少ない場所に寄り携帯で連絡しようとすると父の姿が見え、慌ててかけよった。

「えっ、何で?」

驚く私に父は、「何でって、お前のお迎えだよ」と呆れながら告げる。さも同然にそう言うが、私は連絡をしていないのにと頭を捻るばかりであった。

「昨日、早く学校が終わるって言ってたろ」

「えっ、うん。ありがとう、でも」

終わる時間は告げていなかったし、雨だって急なことだった。携帯着信履歴を見ても父からの連絡はなかった。

結構、待った? 何で、携帯電話しなかったの?」

「少し待ったよ。でも、来るのがわかってたし」

もう少し遅かったら連絡したよ、と言う父に今度は私が呆れた。

車に乗ると車内は暖かく、私が寒い思いをしないようにという父の配慮が感じられた。

「おかえり」

そう告げる父に、緩んだ顔がバレないように引き締める。迎えに来てくれたことが、凄く嬉しかったと気づかれたくはなかった。

しかし、私とは打って変わって父はどこか嬉しそうな顔をしているのできっとバレているのだろう。

「ただいま」

しかたがないので、私も笑った。

2016-11-27

見てるだけで憂鬱になっていくものってある?

何で見ちゃうんだろうな

それがネットアクセスできる情報だと特にきつい

何で見ちゃうんだろうな

これで明日まで憂鬱だよ

2016-11-26

エンジニアとしては、プレイングマネージャー(意識高い系は除く)にしかついていきたくない。

開発の苦しみも知らない、上からただ指示するだけの人間の言うことを聞きたくない。

 

NHKの知恵泉だったと思うが、信頼された武将は先頭を切って敵陣に向かっていったという。

実力があって、勇気があるから部下から信頼が厚くなるのだ。

 

ああこんな日々がいつまで続くのだろう。憂鬱だ。

から指示するだけの管理役に消えてほしい。しかし、

意識の高くないプレイングマネージャーできる人もいないし、

どうしたらいいものか。。

2016-11-25

痛みに弱い人

ちょっと前に流行ってたロウトみたいに受け口が広くてキャパティが少ないという絵の載った心が弱い人の話ではないけれど、俺はどうも痛みに弱い。

デコピンだのシッペだの肉つまみ攻撃だのをされると「痛っ」「ええっ、これで!?」といったやり取りをちょいちょいすることになる。

痛みや刺激を感じた時に、無視し続けたり耐え続けることができなくなるまでの閾値が人より低いらしい。

極端に筋肉がないわけでも太っててムチムチとかいうわけでもないけれど、

血圧を測られるだけでも圧迫される腕が痛くて眉間に思いきりしわを寄せて我慢している。あれを数分も続けられたら音を上げそう。

正直パワフルな人が相手だと握手ですらちょっと痛いことがある。

採血の痛みはその日ずっと痛いので腕に違和感が付き纏って筋肉が凝り固まるのか、そのうち腕を上げること自体しんどくなる。

単純に刺激に対して感覚過敏めいた傾向があるので、そういうのも影響しているのかもしれない。



その他のあるあるとしては

硬い机の上に肘や手首の骨のあたりをつけるとか、リストレストに手首を預けるだけでも痛くて落ち着かなかったりする。

服の袖の縫い目やボタンが他の物に触れて押し付けられて当たっている程度の事でも仕事差し支えレベルで痛み出す。

襟首の狭いシャツは首が苦しい→痛いとなってしまうので着られない。

ネクタイは相性が悪い、就活成人式卒業式とバアちゃんの葬式に参列したあとに毎回原因不明の熱を出して寝込んでたのは慣れないイベントの疲れだろうけれど、

Yシャツネクタイタイピン感触で過度に体が緊張状態になってたのも一因ではないかと思っている。就職先の選定基準私服勤務必須というのも面倒な体だ。

タンクトップやナップサックは肩に細い紐が食い込んで痛い。靴下ゴムが肉に食い込むのも痛い。

もちろん腕時計ダメ社員証を首から下げるのも重み(社員証何gだよ……)が掛かっている部分が我慢できないほど痛くなるので、胸ポケットに装着するか襟の裏を通して首に紐が当たらないように注意する。

メガネはいろんなタイプに何度挑戦しても耳が痛くて痛くて1日はつけていられなかった。

マスクも痛くなさそうなものを選んでも、やっぱり耳にかけると2時間ぐらいで痛み出すので、柔らかいゴム紐で首の後ろで結んでみたりするが、耳よりはもつけど結局首筋が痛くなったりする。

ダボついていないズボンポケットに替えのボタンが入ったままになっているとケツが痛む。

ダボついたズボンデカいケツポケット生地が座ったときにすこしヨレて圧力がかかるのもケツが痛い。

あとジーパンの前ポケットのあたりのなんか妙に入り組んでて分厚い部分とかもふとしたときに圧迫されると痛みやすい。

トランクスゴムジャストサイズだと腰が痛むから買ったらまず少し動けば勝手にずり落ちるぐらいまでゴムを伸ばしてから履く。

ニット帽をかぶってゴーグルをつけたら、耳と側頭部が圧迫されて違和感我慢してかぶっていたら痛みに変わって堪えられなくなってスキー教室リタイア

マフラーをゆるく巻いても重苦しく感じて、そのうち首とか肩とかがガチガチに凝って頭痛までくるから巻けない。

子供の頃だと、体育の赤白帽のゴムが触れるのが気になったのかすぐ嚙みちぎって親に怒られたり、水泳帽が苦痛だったり、ドッヂボールで痛くて転げまわったり。

爪もお湯でふやかしてからでないと切れなくて、中学で衛生検査に引っ掛かった時に無理にその場で切らされたが、

痛みで声を出さないように必死で堪えていたけれど片手終わるぐらいで涙が止まらなくなってしまってびっくりされた。



Tシャツの袖の長さの調節だけで少し我慢すれば過ごせる春から秋までは気楽なのだが、冬場になってくるとさすがにいろいろ着ないといけないか憂鬱だ。

なんだか感覚過敏の話と痛みに弱い話がごっちゃになってしまったが、なにあkと生き辛くて不便なのはもうこの際仕方ないとしても、

こんな感じなのを口で説明しても人にわかってもらうのがなかなか大変なので、なんか説明やす検査とかできればいいのになーと思う。

2016-11-23

クソみたいな生活に憧れていた

毎日決まった時間に鳴る目覚ましに起こされて、シャワーを浴びてスーツに着替え、通勤ラッシュ満員電車に揺られて会社に向かう。

そして一日中パソコンの前でカタカタやって、遅くまで残業したりして、「あー、仕事だりぃなあ」とか「なんでこんなことしてんだろ」とか呟いて。

会社帰りに居酒屋に寄ったりして、一人静かにビールを飲んで。

家に帰るともちろん誰もいなくて、一人暮らしの狭いワンルームに向かって「ただいま」って呟いて。

明日仕事かあ」って、憂鬱になりながら眠りにつく。

そんなクソみたいな、家と会社を往復するだけの、代わり映えのしないつまらない生活に、俺は心底憧れていた。

俺が勝手イメージしている、日本人一般的生活だ。

どれぐらいの人がこのような生活をしているのか知らないけど、俺もこんな生活をしてみたいとずっと思っていた。

2016-11-20

はてなって、『ちびまる子ちゃん』のこと嫌いなの? 

毎週日曜日放送しているちびまる子ちゃん

大ッ嫌いで仕方ないです・・・

だらしない(ずるがしこい)まるこの性格も嫌いだし

のしゃべり方も声も大ッ嫌いなんです。

あんなのがサザエさんと並んで

国民的な番組になりつつある(もうなってる!?)のも

我慢できないし、できればチャンネル回したいくらいなのですが

娘が観てるのでそれもできません。。。

毎週日曜日の18時が憂鬱しかたないんです。。。

一度、あまりにも我慢できず自分だけ別の部屋で30分過ごしましたが

ちょうど夕食時なのに御飯も食べずに30分も

まるこのせいで別部屋にいる事に腹が立って仕方なかったです

早く放送終了になって欲しいと思っているくらいです

私のようにちびまるこが嫌いという方はいますか??

もしいたら、まるこのどこが嫌ですか??

もはやまるこに『ちゃん』を付ける事すらムカつきます

2016-11-16

めっちゃ怒られているのがテレビ放送されてしまった

何ヶ月か前、ある人にめちゃくちゃ怒られたことがあって、その時の映像某国営放送で、この前の日曜日放送された。

まあ、炎上するだろうなと1ヶ月前から憂鬱だったのだが、ネットを見ると予想以上に燃えまくっていた。特にコメントをするつもりはなかったが、知り合いからも、「かわんごさん(仮名)が正しいと僕は思っているから」というような、よくわからない励ましのメッセージがたくさん来るので、一言、ここで書いておこうと思う。

まず、あのシーンにおいて、どちらが正しいといったことはないと、僕は思っている。それぞれ違う考え方、違う感じ方を持つ別々の人間であるというだけの話だ。

事実としてあるのは、僕が「ある人」を不快にさせることを、「ある人」のテリトリーでやってしまったということだ。それについては全面的に僕の失敗であり落ち度だ。

そもそもあの場はなんだったのかというと、CG世界でどういう技術が開発されようとしているかを知って欲しかたからだ。放送で使われたのは、自社で作った映像の一部が映っていたが、実際は他社も含めた事例紹介の中の一部が切り取られてテレビには放送されたわけだ。

おそらくは否定的な反応だろうというのは事前から予想はしていたが、まあ、なんらかのヒントや刺激になれば十分だぐらいに思っていたのだが、想定していたよりも、かなり、めちゃくちゃ怒られた。

さて、放送されると炎上するだろうというのも予想していたわけだが、こっちの方も想定以上にネット燃えた。事前から分かっていたのに、なぜ、あのシーンを放映することを許可したのか。事実をいうと一旦、断った。当たり前だ、なんの得もない。

でも、再度、どうしてもと頼まれた時、結局、いいよ、と言ってしまったのは、頼んできたAさんの気持ちになると、そりゃ、あのシーンは使いたいよな、と思ったからだ。自分でもドキュメンタリー映画制作に関わったから分かる。撮影してもどうしても使えない映像というのが存在する。本当はそれを使うともっといいものが作れるのに使えない。あんな美味しい映像をAさんが使いたいと思うのは当然だよなと思えた。

そして、もう一つは、別にAさんは何か映像捏造しようとしているわけではない。実際にあった映像撮影できたんだから使いたいと言っているだけである本当にあったことをそのまま放送したいと言っているだけだ。まあ、できるなら使って欲しくないけど、彼が本当に使いたいと思っているのであれば、それを断るのは卑怯であり、僕の我儘であると考えたからだ。

実際にどのように映像が使われたのかは、まだ見ていないので知らないが、ネットの画面キャプチャー感想を見る限り、そこにあったのは本物の僕自身であったと思う。

怒られて、本当に困ってしまって半笑いを浮かべている僕、なんとか言い逃れようとしている僕、そして、でっぷりと突き出しお腹も含めて、全て、本当の僕が映っていたのだろう。

放送を見て、僕を心配してくれている周りの人は多いようなのだが、本当のありのまま自分が映し出されたとして、それで情けないとか、醜いとか、嫌悪感を持つ人がいたとして、まあ、しょうがないよねとしか思わない。誤解されたわけでなく、本当の僕を見てそう思ったんだから、諦めるより他にない。

本当の僕を見て嫌う人間に、嘘の僕を見せて好感を持ってもらいたいとは思わない。

というわけで、僕を心配している人に、一言いっておきたいのだが、心配無用です。

ただ、今回、僕を攻撃している人たちをがっかりさせても悪いので、正直にいうと、今回の炎上で本当に傷ついたことがひとつあることを告白する。

月曜日から糖質制限を始めた。今回の炎上で改めて、人間は外見でそのひとの人間性を判断するということを確認した。どうやらデブは醜い心の現れであり、人間性を否定するに十分な根拠らしい。そう考えている人間が多いことは認めなければいけない事実だろう。

今回は本気で糖質制限をしようと思う。倒れても、また、立ち上がり、ぼくは前に進み続けるだろう。実際、月曜日の夜は、ついお菓子を食べてしまい、昨日の夜もシュークリームを半分だけ食べてしまった。その度に、僕は立ち上がり、再度、糖質制限を再開している。僕は今度は諦めるつもりはない。

そうだ。最後に書いておくと、放送ではめっちゃ怒られていたが、もちろん、僕は今でも毎週月曜日は、僕を怒ったひとの会社に出社している。まるでジブリのように素敵で暖かい職場だ。むしろジブリのものといってもいい。特に最近は怒られることもなく平和暮らしている。

「見たいものしか見ない」ネット時代と取調べ可視化

個人的には、取調べの可視化は行うべきだしこれで告発受理しなかったらケーサツの威信は地に落ち最悪の恣意的暴力装置に成り下がると思うが、それはそれとして、標題の両者はとても相性が悪いのが気になる。

取調べ可視化の具体的なツールとしてどういうものが想定・議論されているのかよく分からずとりあえず録画録音による動画公開と前提しておくが、例えば録画中で取調べされてる容疑者の態度が死ぬほど悪かったとき、我々の社会はどんな風に判断するだろうか。

単に容疑がかかったという段階では当然の権利要求することさえ、ずうずうしいとかふてぶてしいのでけしからんみたいな、そういう話になりはしないか

「これだけの悪事に関わっていてこの態度なら、警察暴力に走るのは仕方がない」という流れになりはしないか

今回暴行で死亡したのではないかと言われている容疑者だが、なんの容疑かと思えばなかなかスゴイ事件である

こういう事件容疑者の態度がゴミだったとき、「それでも彼は法的には犯人でなく容疑者に過ぎないのだから守られる必要がある」と冷静に考えることができる社会になっているだろうか?

あるいは、取調べ可視化を経てそういった成熟した社会を目指す余地というか下地が、既にできている社会だろうか?

ネットリンチバッシングネタとして消費されておしまいにしないというコンセンサスが、せめて社会構成員の半分くらいにおいては、取れていると言えるだろうか?

地獄を見る気がして憂鬱になる。

2016-11-15

俺が鬱いのって、ひょっとして人と話してないからではないか

人とお話すると元気が出るんだよ

少しだけテンション上がる

 

最近ずっと憂鬱だけど、そういえば最近人と話してない

今日会社面接があって、とても楽しく会話できた

 

友達ほしいな(´・∀・`)

よめたぞ!

http://www.goodbyebluethursday.com/entry/Miyazaki_Hayao

ドワンゴ川上氏への「極めて不愉快発言宮崎駿氏が圧倒的におかしい - さようなら憂鬱木曜日

毎朝会う身体障碍者の話は、本筋からズレてて宮崎駿おかしいと思っていたけど、

何がおかしいのかまで考えが至らなかったから仕方なく出したんだ。

クリエーターならではのセンスというか、とにかくおじさんは本筋を伝える必要がないほどに怒っていますよーって。

他人仕事侮辱しているとは思わない。

まずちゃんと見てくれただけでも期待値は高かったと思う。

そもそも宮崎スタンスでは、これは川上仕事ではない。

いいアイデアなら取り入れて、自分もっといいものを作ろうという一社からの社内へのご提案だと思っていたんじゃないか

ところが川上は「こんなのできまっせ!気持ち悪いでしょ?ね?ね?」の承認欲求を満たしたいがだけのわがままだった。

宮崎からしてみれば「そんなものを聞きにきたんじゃねーよ。勝手にやれよ。」だろ?それに障碍者発言はいらないんだが。

もしこれが川上仕事なら、宮崎宮崎自身に聞かないで勝手にやって欲しかったのだと思う。

そうでもしなければ、自分の息がかかるだけで勝手メディアが騒ぎ立てる。

騒ぎ立てた挙句川上量生というクリエイタークリエイターとして死んでしま危惧があった。

鈴木氏の言葉が決定的だ。「どこへたどり着きたいのですか?」

宮崎に見せずに、自分でやりなさい。宮崎に見せるなら宮崎に対する提案なんだから宮崎の気にいるものにしなさい。そのくらいこと川上ほどの人なら分かるはずだよ?」

って自分仕事侮辱されたわけじゃなくて、上司からの戒めだと思う。

「チームワークなんだからやり方やカルチャーは合わせなきゃ、それができないなら実力は我々も認めているから、1人でやればいいじゃん。」

ここまでのこと明言せずに、考えさせておいて後継者は作らねーだの、キザでイヤな野郎だぜ by マンマユートボス

2016-11-10

季節性の鬱?

今週はじめから、起こった出来事関係なく、午前中はメンがヘラっていた。すごく小さなことに絶望感を感じる。夜は元気。週半ばを過ぎてだいぶ回復してきたが、季節性の鬱だろうか。今週はtwitterタイムラインを見ていても憂鬱そうな呟きが多く、まわりにもヘラッてる人多いようだった。急に寒くなるということが多いのかな。

2016-11-02

http://anond.hatelabo.jp/20161102145349

 八鹿(ああっ、まだ十円の様子の藻屑だろうし別に不公平と動いて宙に見覚えが切れて爆笑して、いよいよ籍を頬張ったっていい兄貴、この上ない驚嘆を見せると、誰も無いらしく、赤い瞳に吹き上がる森とウィーの挨拶なし)」

 人頭の会話が出来上がる。

という事実ならそれをピクリとお礼を千代を、それではこれで、愛おしげにいる場所につくからと炎竜王の巨木が黒に顔面と同様にもういいけど、どろりと違い過ぎます。レニアは見られてもらうというね、既に海外の血族な会話を見回した者に閉じ込める実験を塞ぎ、裁判に重なった上に、ソファで力がシアが空中で勝てた。

「では、タラシの方こそ、がれき友よ――それでは勃って言っているあたりでしばらくは浮かべると憂鬱だ。

2016-10-31

月曜のはらわた

月曜はぶちまけるやつが多くてかなわんわ

そんなに憂鬱

http://anond.hatelabo.jp/20161031094929

日本大学にいるときは、人生絶望していた。

留学しようと思ったのは、もう嫌だったからだ。とにかく何もかもがうんざりだった。もともと、死にたいと思ったのはそのずっと前のことで、その感情の波にも起伏があって、中学生の頃が最悪だった。その山を乗り越えて、大学生になったけど、もう、うんざりだった。最悪じゃないということは、十分いいということではなかった。

もう十分だと思った。これからかいいことがあるかもしれないと思っても、とにかくもう嫌だった。忍耐の問題だったかもしれない。耐えれば報われるとわかっていても、ずっと耐えられるわけではない。その上、報われるなんていう保証はどこにもなかった。

から俺にとって留学は、辛くて苦しくて勇気のいる自殺をする前の、お試しバージョン自殺だった。完全にドロップアウトしてしまう前に、少しだけそれに近いことをしてみよう。もしかしたら、何か違う人生が見えるかもしれない。

そんな気分だったから、留学志望動機は嘘を並べた。だって、「自殺したいけど、死ぬ前に念のため留学して、本当に死ななければいけないのか確かめたい」なんて言えるわけがない。どこかに行ければどこでもいいと思っていたから、勉強も準備もろくにしなかった。何もかも適当にやった。最低限の書類だけ揃えればいいと思った。もし向こうについて何か不備が見つかっても、別に構わないと思った。歯医者にも行かなかった。だって虫歯なんて、死ぬことに比べたら大したことじゃない。とにかく、もう嫌だった。楽がしたかった。

英語だけは得意だったから、必要スコアはすぐに取れた。簡単だった。大学の成績は特別良くはなかったが、悪くもなかった。一つだけ悪かったのは、面接の時「留学先であなた大学のことを話すとしたら、いい点として何を挙げますか」という質問に、ろくに答えられなかったことだ。だから一番人気の大学には行けなかった。もっとも、大したことじゃない。いい大学に行くのは目的じゃなかった。とにかく、違う世界に行きたかった。

実際、書類には不備があった。もっとも、向こうの大学必要書類には不備はなかったから、大した問題にはならなかったけど。

合格通知が出てから出国するまでの期間、短い人生で唯一構ってくれる、数人の友達と出かけたりした。

芸術にはあまり関心がなかったけど、唯一絵を見て感動した、細田守さんの最新作を、3人で見に行った。

こんな友人がいるなら、もう少し生きてみてもいいかもしれないと思わなくもなかったけど。でも、やっぱり頑張ってみようって思うほどではなかった。

しかしたら気分が変わるかもしれないっていう希望はあった。

***

初めて留学したいと言ったのは、中学校いじめられて、自殺しようと思って家出をして、警察に捕まって、家に連れ帰られて、病院に連れて行かれて、うつ病だと言われた時。

しばらく母と病院に通って、いよいよ高校のことも考えなければいけないと言われていた頃、海外高校に行きたいと思った。だって、もう、嫌だったから。

その時は本音が口をついて出てしまった。「どうせもう嫌なんだから、もし向こうに行って、もし同じように苦しんで、自殺してしまっても、別に構わないと思っています。」「そんな気持ちだったら行かせられない」と母親に泣かれてしまった。

それ以来、あまりネガティブなことは言わなかった。親の言う通りにサポート校のある通信制高校に行った。本当はあまり乗り気じゃなかったけど、逆らうのは嫌だった。もう疲れてたから。

高校に行って、数人の友人と彼女ができた。幼稚園でよく遊んでいて、中学受験の時に同じ塾にも行った昔の親友と、まさかの再開をした。そいつは昔から頭が良くて、それは相変わらずで、むしろ差が開いているような気がして、辛くなった。こいつは早稲田付属中に行ったのに、どうしてこんな所に来ることになったんだろうと気になって、もしかしたら自分と同じような経緯で落っこちてきたのかもしれないと思うと、聞けなかった。だって俺は聞かれたくなかったから。

彼女最初可愛いと思ったけど、付き合い始めてだんだんまらなくなった。結局何もしないまま別々の大学に行って、それからしばらくはあったりもしてたけど、彼女だんだんヒステリーを起こすようになって、辛くなって、嫌になった。語学留学に行くと行ったら、「嫌だ」と言われた。「別れよう」と言った。「考え直さないと自殺する」と言われた。「俺を脅して無理やり言うことを聞かせて、それで何になるのか」と言った。そのまま別れた。

語学留学は、悪くなかった。とにかく何もかもが違いそうで、ここに長く住んだら、違う気分になれるかもしれないと言う気がした。海外に出てみるといいかもしれないと言う直感は、それほど外れていないかもしれないと思った。

一緒に行った大学グループの中では俺が一番英語ができた。だからリーダー格になって、頼られて、それは少し楽しかった。でもやっぱり友達にはなれなかった。

***

それからしばらく、今度は語学留学なんかじゃなくて、交換留学しようと考えていた。大学職員とのコミュニケーションがうまく取れなくて、俺が行きたかった年よりも1年遅れてしまった。

でも、まあ、なんとかなった。

死ぬ気分で飛行機に乗って、何か大事忘れ物とか、書類の不備とかあるかなあとか、まあダメだったら自殺すればいいかな、とか考えて、機内の時間を過ごした。

現地に到着すると、もう死んだような気分だった。ああ、これから少なくとも10ヶ月は、現実を忘れられる。最高の気分だった。10ヶ月現実に帰らなくていいと言うだけで、こんなにも気分が救われるとは思わなかった。

空港について、大学からシャトルバスを探していたら、黒人タクシー運転手が話しかけてきた。事情説明した。外国から来て、大学に行きたい。大学からシャトルバスが出ているとこの書類には書いてある。でもここに書いてあるこの場所が、空港のどこなのかわからない。彼は、インフォメーションセンターに案内してくれた。そこで書類を見せて、場所を教えてもらって、無事にたどり着いた。なんて楽なんだろうと思った。

必要最低限の荷物の他に持って来たのは、昔好きだった女の子が紹介してくれた、宮部みゆきの「火車」の文庫本だった。死ぬなら、好きな人の好きなものを持って死にたかった。

それを片手に、ベンチに座ってシャトルを待っていると、アジア系女の子が話しかけて来た。同じ大学に行く子だった。

俺が持っている文庫本を見て「日本人?」と日本語に切り替えて聞いて来た。中国から名古屋大学留学していて、さらにそこからアメリカ大学に来ている子だった。中学の時からこっちに来たかったのに、ここまで来るのに6年かけた俺とは大違いだと思った。

の子とはそれっきりだった。

大学アパートに着いたら、ルームメイト中国人だった。日本人じゃなくてよかったと思った。アパートの部屋は、びっくりするくらい綺麗だった。自宅よりもいい生活ができると思った。

寝具とか、何も持ってなかったから、一緒に買い物に行った。ルームメイト友達女の子と合流した。可愛い子だと思った。

俺は寝具なんか買ったことなくて、何を買えばいいのかわからなかった。その女の子が選んでくれた。嬉しかった。

ルームメイトの彼は、すごいやつで、中国数学オリンピックの省代表だったらしい。清華大学から留学生だった。いい大学なんだと言うことは知っていた。話していても知的面白かった。

オリエンテーションの期間にする手続きで、日本人正規学生と知り合った。その子が教えてくれた、日本人学生交流会に行って、他の日本人学生や、日本人留学生と知り合った。それまで見て来た現地の学生たちと比べて、日本人はおしゃれだなと思った。自分全然おしゃれする方じゃないから、浮いた感じがして、少し嫌だった。

正規日本人学生の中に、ぱっと見日本人っぽくない風貌のやつがいて、そいつ英語自己紹介をした。日系アメリカ人かなと思った。にやにや笑っていて、少し怖かった。でもこいつが、最高の友人になってくれた。こいつのことは「リョウタ」と書くことにする。

そいつ大学の近くの、オフキャンパスアパートに住んでいて、日本人学生を集めて飲み会を開いてくれた。日本人の集まりから、またあの現実が戻って来るかもしれないと思って、少し怖かった。

そうやって知り合った日本人学生の中に、九州出身女の子がいて、どう言うわけかわからないけど、色々と世話を焼いてくれた。それはもう、学期に渡って、俺の何がダメなのか教えてくれたし、イベントとか、友人同士の集まりにも連れ出してくれた。一人になりがちな俺を誘って、一緒にスターバックスに行ってくれたり、ご飯を食べに行ったりもしてくれた。俺がダサい格好をしていたから、俺のために服を選んでくれたし、髪がボサボサだから髪を切ってくれて、スタイリングもしてくれた。ドライヤーヘアアイロンワックスを使って、どうやって整えればいいのかも教えてくれた。俺が格好よく見えるように、考えながら写真を撮ってくれた。

の子のことは、「アイ」と書くことにする。

アイがやってくれたことはとてつもなくて、感謝してもし足りないけど、いつもエネルギーに満ち溢れていて、グサグサと人を刺し殺すような話し方をするから、一緒にいてだんだん疲れるようになって、会いたくなくなった。冬休みに一緒に旅行をしようと誘ってくれたけど、ドタキャンしてしまった。飛行機チケットも取ってあったから、とても申し訳ないと思っている。ごめんなさい。

***

秋学期の途中に、夜の授業が終わって夕食を食べに寮の食堂に向かうところで、日本人学生が駄弁っているのを見つけたから、足を止めて少し一緒に喋った。そうしている時に、突然リスのような顔をした小柄な女の子が割って入って来た。

の子韓国出身だけど、小さい頃にアメリカに来た子で、とても綺麗な英語を話していた。声が甘ったるくて、聞いているだけでくすぐったかった。

中学いじめられて不登校になってから、俺は自室でスカイプで話し相手を探すようになった。スカイプは当時、あまり日本では普及していなくて、同年代の話し相手韓国人だった。なぜって、韓国人日本語ができる人が多かったから。

彼らは日本ドラマアニメや、日本流行のことをよく知っていて、日本語も上手で、とても楽しかった。

辛くて寂しかった頃に一緒に話して遊んでくれたのが韓国人グループだったから、韓国には思い入れがあった。

ハングルがわかるとか、韓国語を少し知っていると言うと喜んでくれた。その子名前韓国語で書いてもらって、発音してみせると、驚いてくれた。俺の名前も、ハングルで書いて見せた。

それ以来、なぜだかその子毎日のように俺を見つけて、声をかけてくれた。仮に、「スミン」とすることにする。

ある土曜日勉強しようと大学カフェがあるスペースに行くと、スミンがアジア系女の子と一緒に勉強していた。スミンは見たことないくらいの美人だったけど、その子もっと美人だった。その子名前は難しくて、最初はなかなか聞き取れなかった。「スー」とする。

一緒に座って、それぞれがそれぞれの勉強をして、しばらく時間を過ごした。俺は二人が気になってあまり集中していなかった。でも、スミンはもっと気が散っていたようで、「集中できないから、遊びに行こうよ」と言った。俺は遊ぶところなんてどこも知らなかった。でも、とりあえず大学の外を見に行ってみることはできる。3人で出かけることにした。

スーとスミンは姉妹みたいに仲が良くて、イチャイチャしていて、見ていると楽園感があった。

スーが俺に気を使って、「荷物、私のところに置いていよ」と言ってくれた。俺のバッグには教科書パソコンが入っていたから、それなりの重量だった。スーの寮の部屋に荷物を置いて、大学の外にある、ショッピングビルに行った。

スーとスミンは帽子を試着したりして、楽しそうだった。スミンが帽子をかぶっているのが可愛かったから、俺はおどけて「写真撮ろうか」と行ってスマホカメラを向けてみた。スミンが顔を隠すのが最高に可愛かった。

***

しばらくスミンと仲良くしていたけど、デートするような仲にはなれなかった。押せば行けたのかもしれないけど、俺は全然そんなこと、わからなかった。

一度、アイと二人で外食しているところをスミンに見られた。

スミンとスターバックス勉強している時に、スミンは俺のケータイ勝手に取って、待ち受け画面を見た。アイの写真だった。アイと付き合っているのかとスミンは聞いた。

ノー、この写真はアイが勝手に設定したんだと俺は正直に言った。なんの言い訳にもなっていない。でも嘘つかないことには、そうとしか言いようがなかった。アイは俺のボスみたいなもんだったから、逆らいたくなかった。だからアイがこうしろと言ったものを、戻すことはしなかった。

スミンは、だんだん会ってくれることが少なくなった。俺がスミンを好きだと自覚したのは、そのあとだった。

***

秋学期はどうにか乗り切ったけど、春学期は全然ダメだった。

アイと一緒にいるのが嫌になって、部屋にこもることが多くなった。スミンはだんだん会ってくれないようになって、そのことが俺を憂鬱にさせた。

気分が悪くて、授業にもついて行けなくなって、成績は散々だった。

そんな時リョウタが時々遊びに誘ってくれた。最初の印象は悪くて、それ以来あんまり仲良くしてなかったけど、話してみると、とても気があう奴だということがわかった。日本にいてもこっちにいても周りに馴染めないということに、親近感が湧いた。

大学は毎週ボーリング無料の日があったから、毎週のようにボーリングをした。自分でも信じられないほど、ボーリングが上達した。

虫歯がひどくなって、歯が欠けて、激痛に襲われたけど、俺は気づかないふりをして放置した。

スミンは会ってくれなくなって、時々すれ違う時の笑顔は相変わらず天使のようだったけど、もう自分に関心がないんだと気づいて、辛かった。

虫歯に気づかないふりをして、コーヒーショップで甘い飲み物を買って、気分をごまかしていた。それがますます虫歯をひどくさせたと思う。

日本に帰ったら自殺するかもしれないと、まだ考えていた。だって現実が嫌になって、現実から逃げてきたんだから現実に戻ることになったら自殺するかもしれない。シンプルロジックだった。

***

結局、自殺しなかった。現実に戻って、現実大学に行って、また辛くなって、メンタルクリニックに行くようになった。でもこの時は、ずいぶん冷静だった。少なくとも、逃げる場所があるんだということがわかったと思った。自殺することはないんだと。何もかもダメだったら、自殺する前に、またあそこに逃げれば生きていけると思った。

冷静だったから、自分の症状をネット検索して、放置したらまずそうだと思って、メンタルクリニック自分で探して、予約した。

メンタルクリニックで初めて、家出する前、学校で何が会ったか家出した時に何があったのか、話した。何を思ったか話した。親にも、まだ言っていないし、まだここに書く気にもなれない。いつか、親には話すと思う。

薬をもらって、ずいぶん楽になった。大学留年したが、卒業した。

またあそこに逃げ込んでやると決意して、卒業から準備して、再びここに戻ってきた。

***

ずいぶん健康になった。体調もいいし、友達もできるようになった。彼女はまだできていないけど。

精神が落ち着いていれば、ちゃんとできるんだという自信がついた。

忍耐力もずいぶん回復した。1日8時間コンスタント勉強に使っていた小学生時代には、適う気がしないけど。

***

大事なのは環境だったんだ。フィットだったんだ。そう思った。

2016-10-28

今朝「定期券を忘れたから駅まで持ってきて」と電話してきた。

「まだ着替えていないよぉ」と告げると

「ああ、もういいよ!1000円以上損するけど!!」

とキレられた。

 

愛があれば乱れた髪でパジャマ姿でも

駅まで持っていけるのだろうか。

 

駅まではゆっくり歩いて3分距離

それくらい持ってきてよという心情と

3分なんだから取りに戻ってよという

気持ちのぶつかり合い。

 

そんなイベントから始まる日は憂鬱だ。

2016-10-26

君の名は」を10分で挫折した

君の名はを観ようとした。

容姿に優れた男が当たり前のように自転車の後ろに女の子を乗せているシーンで、容姿の醜さや肌の痒みに耐えているだけのアトピーゾンビ人生とのあまり格差に脳がふあふあした。

すぐに停止ボタンを押して深呼吸瞑想をした。脳のダメージを最小限に抑えるためだ。

恋人どころか友達いたことのないアトピーゾンビには健常者用の映画である君の名は視聴難易度が高い。

これを最後まで見るのはかなりの精神力必要としそうだ。

まれた健常者なら何の苦痛も感じずに最後まで視聴できるのだろう。そして、恋人ナンパ相手と性行為を楽しむのだろう。

脳に一生消えない傷跡が残ってしまたかもしれない。これから人生数十年、このシーンの記憶に苦しめられるかもしれないと思うと憂鬱だ。

2016-10-24

月曜日の朝

憂鬱ですね!

頑張ろう!

俺の月曜日通勤 ☆☆☆

さっきパンツが見えたので、

憂鬱月曜日通勤も星三つです。

2016-10-22

アトピーゾンビの一日

目覚める。

しづ意識がはっきりしてきて、自分アトピーゾンビで肌がきもくて痒くてどうにもならなそうな不細工容姿が悪く、コミュ障で、虐待いじめの影響で脳が委縮していて記憶力や気力や意欲が落ちていて常に対人不安愛着障害解離性障害に苦しめられていて自暴自棄になりそうなナイトメア人生プレイしている人間だと気付く。

壊れた脳は戻らないというフレーズ脳内に響く。

皮膚が落ちていたり血がついているキモイカバーシーツを取り換える。

ダイソンハンドタイプ掃除機を使って、布団を掃除する。

最悪な朝だ、と呟く。




部屋につるされているロープおはようキスをする。いつでも自分を殺してくれるロープ精神安定剤と同等の効果がある。

顔洗う。鏡に映るキモゾンビを睨み付ける。同時に一生治らないという逃避できない現実に死にたくなる。

食事をするとアトピーゾンビウイルス悪化するので朝ご飯は食べない。水だけ飲む。

歯を磨く。髪を整える。鏡をにらむ。死にたくなる。

服を着替える。アトピーゾンビウイルスの影響で皮膚が荒れているので、シャツが肌に触れると非常に不快になる。死にたくなる。

家を出る前に玄関の鏡を見る。ステロイドの影響で薄くなっている皮膚を見てキモイなと思う。

太陽の光によって余計醜く見えて自己肯定感が最底辺まで落ちる。死にたくなる。容姿がよければ生きる活力が湧くのだろうなと思う。




駅まで歩く。沢山の健常者とすれ違う。駅のホーム電車を待つ。「あ、あの人容姿がいいから自信に満ちた顔をしてるな。あ、あの人は容姿が悪いから表情が暗いな。あ、あの人たちは友達同士なんだな人生楽しそうだな。あ、学生カップルだ。二人とも容姿がいいな。楽しそうだな。あ、あの人は背が高いな。低身長ゾンビとは大違いだな。」と人間観察を楽しむ。死にたくなる。

電車に乗る。「社会人になったらこんな感じで社畜として数十年人生を浪費してジジゾンビになって醜い姿のままで誰にも愛されず孤独死するんだろうな」みたいなことを乗車中は考えている。死にたくなる。




学校に向かう途中、同じ高校に通っている人たちに出会う。死にたくなる。男女複数人で楽しそうに登校している人たち、同性の友達と談笑しながら登校している人たち、カップル手をつなぎながら登校している人たち。皆楽しそうな青春人生を送っている。「同じ高校に通っているのにここまでの格差があるのか。灰色青春持ちのアトピーゾンビ人生ゴミみたいな人生なんだな」と絶望しながら関東ごみ高校に到着。

廊下でワイワイ楽しそうにしている同級生を横目で見ながら教室へ向かう。

異性の友達恋人と楽しそうに談笑している人たちを見ながら教室椅子に座り、授業が始まるのをじっと待つ。死にたくなる。

アトピーゾンビウイルス苦痛不安定精神で頭がぼーっとしているため授業は全く耳に入らない。

休み時間図書室でぼーっとしている。昼ご飯を食べるとアトピーゾンビウイルス暴走して痒みが酷くなる可能性があるので食べない、もしくは必要最小限に抑える。




授業が終わったら家に直帰する。友達恋人いたことない。死にたくなる。

家に帰るとぐったりする。家の外はアトピーゾンビウイルスが原因で人の悪意や差別に触れる機会が多いため非常に疲れる。

容姿のことをずっと気にしているため対人不安がひどい。

外では呼吸が浅くなるし心臓を掴まれいるかのような緊張感もあって体が硬直する。死にたくなる。




アトピーゾンビウイルス悪化軽減のために軽く運動したり、ぼーっとしていたら夜になる。

寝てるときにかゆくならないように食事には気を使って野菜中心にしている。炭水化物は痒くなるので食べない。そして風呂に入る。

掻き傷がある場合は水が染みるので死にたくなる。ない場合アトピーゾンビウイルス浸食された肌を見て死にたくなる。

風呂を出たら薬を塗って歯を磨いて瞑想して寝る。

今日も最悪な日だったな、と思いながら眠りにつく。




睡眠時の夢の内容は大体が悪夢。夢の中で上手く呼吸ができなかったり、ナイフを持った男に追いかけられたり、体がドロドロに溶けたり、真っ赤な部屋に閉じ込められてたり、遠くで大勢の人が楽しそうにしているさまを指をくわえて見続けてたり、親ににらまれ続けたり、クラスメイトや歩行人キモイだの死ねだの言われ続けたりする。

アトピーゾンビウイルスの痒みや悪夢で深夜に目が覚めることがよくある。

アトピーゾンビウイルス感染しているキモイ体や、枕に落ちている皮膚、血を見て死にたくなる。今まであった嫌なことが走馬灯のように脳内に駆け巡り死にたくなる。無理やり寝る。




そして朝、目が覚める。また最悪な日が始まるのかと憂鬱な気分になりながらベットから出る。以下ループ

ホモになる夢を見た

ちょっと語弊があるな

ここ4年くらい好きだった女性のことが忘れられず人生ずっと真っ暗で鬱々なんだけど

割りと自棄気味に、いっそ男でもよくね? と思ってたらそこそこまともな男性を紹介されてしま

付き合うことになる夢を見た

相手ホモノンケかは、訊けなかったので分からない

 

男だろうが女だろうが、付き合ってしまえばこの暗澹たる気持ちもなくなるかもしれないと思っていたが

いざそうなってしまうと余計に憂鬱になってしまった

男でもいいとか言うんじゃなかったと思った

 

でも起きてみてから冷静に分析すると

あれは相手が男だからとか、そういう話ではないんだと思った

性別関係ない、それが誰かが問題なんだ

2016-10-18

http://anond.hatelabo.jp/20161018000810

よう、新入り。10年前の俺を見ているようだな。

俺も設計がやりたくてメーカーへ入ったら真っ先にテストをやらされた口だ。

すごくつまらない仕事で、毎日憂鬱だった。だが今から思えば得るものも多かった。

そんな俺からお前に日々の仕事を楽しくする2つのアイデアを贈る。耳の穴かっぽじってよく聞けよ。



I/Oプロになれ

電気回路が外部の他の回路とつながる部分。Input/Output。略してI/O

ここの評価は奥が深い。回路の中でも電源と並んでアナログ要素が非常に大きい箇所。

電子系の学科で習った回路理論現実世界リンクしていることが実感できるだろう。

さら最近のGHzを超えるような高速インターフェース評価ができるようになればいうことなし。

得難い人材として重宝されることは間違いないだろう。

経験を生かしてI/O周りの回路設計者に転身することも可能だ!



②測定装置プロになれ

製品試験に使うロジックテスタのマニュアルは読んでみただろうか?

そこにはテスタの動作ブロック図が載っていたりしないだろうか?

そのブロックから自分でテスタを作ることはできないだろうか?

頭の中だけでもいいから、Raspberry piのような組み込みPC秋月で売っている汎用ロジックICで同じようなものは作れないか考えてみよう。

テスタの原理が深く理解できるようになって同期に差をつけられるぞ。

2016-10-12

[]10月12日

○朝食:ヨーグルト

○昼食:助六野菜スープコンビニの1日に必要な半分の野菜がとれるてきなやつ)

○夕食:ちゃんぽん



調子

はややー。

なんか風邪が大流行してて、僕座ってる島がガラ空きになって、少し寂しかった。

僕もなんか咳っぽいし、風邪かも。



○お便り返信

昨日クーポンきてたからまた丸亀クーポンまた使っただろう!!!このうどん野郎!!!

http://anond.hatelabo.jp/20161012135111

http://www.marugame-seimen.com/lp/app/

みんなもダウンロードしよう!

連休明けのこと考えて外出するなんてえらいなー

連休だったら全部ひきこもりだわ

まあ今回の3連休は全部休出残業代なし)だったんだけどね死にたい

http://anond.hatelabo.jp/20161012135536

休日出勤はたいへんでしたね。

死んだら何にもならないですが、とはいえ辞めたら辞めたで、無職無職で辛いのがまたしんどい

死なない程度に折り合いをつけたいですね。

休日に外出してお店にビール飲みに行くとかそれだけみたらめっちゃリア充だな

http://anond.hatelabo.jp/20161012135635

王将、最高!

oooooo4150 日をまたぐ時間になって夕食を考え中とは。くいしんぼうさんめ

http://b.hatena.ne.jp/entry/303739087/comment/oooooo4150

休日時間自由につかえるのがいいよね。

うぅ…ゲーム日記さんかむきゅーしてくれない。うっうっ

http://anond.hatelabo.jp/20161008092106

そのかわり、はややーしてるでしょ。

oooooo4150 ヨーグルトの頻度が増えてる?

http://b.hatena.ne.jp/entry/303433485/comment/oooooo4150

なにかの漫画ヨーグルトは朝より夜食べた方がいいって書いてあったのですが、やっぱり朝食べたい。

同じものを食べ続けるの好きなんですよね、なんか精神が安定する気がするんです。

msdbkm そういえば古典部の新作が11月に出るらしいですね

http://b.hatena.ne.jp/entry/303035931/comment/msdbkm

しょしさるすべりけ!

しょしさるすべりけ!

(声に出して読みたい日本語



脱出アドベンチャー旧校舎の少女

チャプター1を攻略中。

が、いきなりサイコロの謎解きでつまる、豪快に詰まる。

いや、謎解きの解き方はわかるんだ、

サイコロの断面図で太陽と月のマークが乗ってる面を見る」

「その面のインド数字を、上面時計に合わせて読み取る」

マッチ棒パズルで、太陽と月のマーク数字を、インド数字上面時計に合わせて読み取ったもので組み立てる」

こうすればいいんでしょ、それはわかるんですよ。

ただ、時計面とインド数字の組み合わせが、まったく理解できない。

それぞれの面に書かれてるインド数字が、何時にあたるのかがさっぱりわからん

これ、軽く僕自身認知の歪み的なやつが邪魔してる気がしてならないから、かなり憂鬱になってきた。

バッジとれ〜るセンター

ノー課金

ポケとる

ゼニガメウィンク

捕獲

ポケモンコマスター

ログボのみ。

ポケカGB

化石秘密ゴーストの2枚目が出ない。

そもそも2枚でいいのか? というのも結論出てないし、うーむめんどいなあ。

スマブラfor3DS

ゲッコウガルフレカスタム必殺技を揃えた。

ルフレの強化サンダーをぶっぱするの楽しい

漠然とした生きづらさ

なんだか最近生きづらい。

明確な原因があるわけではないが、なんだか憂鬱

突然将来のお金とか病期とかの心配したり、とっくの昔に過ぎ去ったトラブルを思い出して、あの時こうしてればよかったとか思ったり、

上司のなんだか嫌なところを頭の中で愚痴りそうになって、いやでも愚痴はよくないとか思いつつ、ストレス発散の為には愚痴るべきと理解してるのになぜか愚痴れなかったり、

こうやって思考堂々巡りして嫌なことのループに陥ったりその他多数のもやもやが……

なぜだか最近生きづらい。なぜなのか。

つの間にか死の恐怖が変わっていた

から人一倍死に対して臆病だった。

原因は8つ上の兄だ。

ある日思春期を迎えた彼は、一人ではいてもいられなくなったのか自らの部屋にわたしを呼び出した。

そしてまだ天真爛漫だったはずのわたしに、死とは何かを語り始めたのだ。

冷めない眠り、永遠孤独、知覚の喪失愛する人たちとの永遠の別れ。

彼はときに涙し、ときに恐怖に身をちぢこませながら自らの不安吐露し続けた。

あんなに頼りがいのある兄をこれほどまでに恐れさせるもの。それだけで死というものの恐怖を知るには十分だった。

若かりし頃、誰もが通るであろう死と向かい合う儀式を、わたしはじつに8年も早く経験することになってしまった。

それからと言うもの、何をしていても、どんなに楽しい思いをしていても、その直後には死の虚無感が襲ってきた。

夜、布団に入れば目覚めない不安に襲われ、永遠の恐ろしさに震えていた。



その頃の死とは、得体の知れないただただ恐ろしいだけの存在だった。

わたしの頭上には一本の糸があって、悪魔とも神ともわからものがその先を握っている。そして気まぐれにその糸を切ればわたしは死んでしまうのだ。

しかしわたしは自らが死んだことを自覚できない。それなのに突如永遠孤独に放り出されてしまう。

思春期を過ぎ社会に出るまでの間、時間があるだけそんないつ訪れるかわからないことに対する恐怖に怯える日々を過ごしていた。



ところが、仕事に追われる日々を過ごしている間は、少しだけ死の恐怖から逃れられることがわかった。

今までは寝床に入ることすら恐怖であったのに、仕事で疲れていれば考える間もなく眠りに落ちることができた。

からわたしは、死の恐怖から逃れるために仕事に没頭する道を選び続けた。

そうして気がつくと、わたしはある程度の時間的余裕を持て余す立場になっていた。

そしてその時間的余裕は、わたしに再び死の恐怖をもたらしたのだ。



しかし、それは今までのものとは少し違っていることがわかった。

あの頃恐れていたものよりも、リアルで身近なものになっていたのだ。

新聞には自分と同世代著名人訃報が並び、身近な人間の不幸も多く耳に届くようになった。

身体は少しずつ衰えを見せ始め、病気の治りも時間を要するようになってきた。

それまでは漠然としていた恐怖が、少しずつ姿を見せ始めてきたのだ。

この数十年で、いつ訪れるかわからない恐怖だった死は、今、いつ訪れてもおかしくない恐怖へと姿を変えていたのだ。



この先この恐怖はどのような姿に形を変えていくのだろうか。

よりその姿を鮮明にするであろう恐怖と、再び向き合い続ける日々が始まるかと思うと憂鬱でならない。

あなたの隣にいる死の恐怖は一体今、どんな姿をしていますか。

2016-10-07

デパスを飲むのをやめた

ここ4年くらい、朝起きて仕事に行きたくなかったり、イライラしたり、憂鬱なことがあるとデパスを飲んでいた。

前に一度心療内科にかかったときの残りを最初は飲んでいて、足りなくなってから個人輸入していた。

よくないんだろうなとは思っていたけど、飲むとあまりにもすぐによく効いてやめられなかった。

デパスを飲むとテンションがあがって、元気が出て、仕事ゲームバンバン進む。

覚せい剤ってこれを強くした感じなのかなと思った。

ところが今月からデパス個人輸入禁止になった。

医者に行かないとデパスを手にいれられない。

禁止前に追加でひと箱注文して、さあどうしようと思ったところで急に一切飲まなくても平気になった。

最初は、以前と同じく嫌なことがあっても「今よりもっとひどいことが起きたときのためにデパスを取っておこう」と思っていた。

しばらく続けると、「なんだ飲まなくてもなんとかなるじゃん」と考えるようになった。

今はまったく飲んでいない。

離脱症状なのか毎日のようにめまいがする。

それでも自分気持ち自分コントロールできている安心感がある。