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☆アーティストトーク「知覚神経としての視覚によって覚醒される痛覚の不可避」at 横浜美術館レクチャー・ホール, 2012.02.11(Sat), 15:00-16:00。
横浜美術館で松井冬子さんの講演を聴いた。彼女の個展「世界中の子と友達になれる」の関連イベント。
11時ころ会場前に行ってみたらスタッフの方(美人)がいたので話を聞くと、「どのくらいの方が集まるか何とも言えませんが、現時点ではどなたも並んでません」とのことで、とりあえず個展を鑑賞。同行した絵描き女子はたいへん楽しんだようだけど、私はよく分からんかった。むしろ常設展に感動。あ、でも松井さんの『ただちに穏やかになって眠りにおち』は印象に残った、私は宮沢賢治の『オツベルと象』が大好きだから。
13時ころ会場の様子を見に行ったらもう150人くらい並んでてびっくりした。慌てて最後尾に並ぶ。老若男女が並んでる。一人で来てる人も多い。並ぶときに、スタッフの方から「レジュメ」と称される紙が配られたのだけど、松井さんのプロフィールしか書いてなくて残念。
講演タイトルは「知覚神経としての視覚によって覚醒される痛覚の不可避」。この奇妙なタイトルは、松井さんが東京藝大で博士を取るときに提出した論文のタイトルだそうで、講演ではその論文について解説してくれるということだった。
とりあえずビジュアル的に面白い。つま先から太もも全体まで包む黒いエナメルのロングブーツ! テカテカしている。もともと脚がすごく長いのかヒールがすごく高いのか両方なのか知らないけど、やたら大きかった。
松井さんの話によると、彼女は博論を2006年に執筆して、2007年2月に教授陣の前で発表したのだけど、発表の際に高熱を出していて上手く出来なかったとのこと。今回はその時のリベンジをしたいという。
で、講演が始まったわけだが、うーん、日ごろ自分のプレゼン下手を痛感している私としては、非常に勇気づけられた。こんな下手な講演が世の中にあるのか! 私の前に座ってた中年女性が、講演中に隣の人と「おもしろくないね」と言っちゃうくらいである。
講演タイトルを見ても分かるけど、松井さんは基本的に、いわゆる「中二病」全開な文章を書く人だ。絵のタイトルも『陰刻された四肢の祭壇』とか『終極にある異体の散在』なんて感じだし、個展の絵にもそれぞれ解説文がついてて、それが全部同じような調子で長々と書かれている。まあ、幽霊とか臓物とかを描くくらいだから、「中二」なのは文章だけの問題じゃないと言われるかもしれないけど、それはともかく。
不必要に硬い語彙を好んで使い、しかもそれぞれの言葉の組み合わせ方が少しずつ適切な用法とズレていて、さらに主述関係や修飾-被修飾関係があやふやなので、全体として意味が不明瞭。そんな文章を、文字情報なしで口頭で早口で(つっかえながら)読み上げるのだから、分かりやすくなるわけがない。
と、つい悪口が長くなったけど、私の理解した範囲で要旨をまとめると、
~
他者との接触は私に痛みをもたらすよね。
でもそれを芸術作品に託すことで、目に見える形にして、人に伝達できるのでは。
そういう試みが視覚芸術のなかに確かに存在しているし、松井自身の制作も、その系譜に連なるんだよ。
~
こんな感じでした。
この系譜の探究として、河鍋暁斎とかダミアンハーストとかクリスチャンボルタンスキーとか色々な作品が挙げられ、分類され、その流れで自作解説も行われる。(ちなみにその分類の名前は「攻撃性自己顕示実践型/受動性自己犠牲変容型/局地的領域横断型」。一貫した中二感。)
余計なお世話だけど、「知覚神経としての視覚によって覚醒される痛覚の不可避」というタイトルでは全然内容を表せてない(うえにそもそも日本語としておかしい)ので、まともに修正するなら「痛覚の覚醒を企図する視覚芸術の系譜」ってところでしょうか。
私の記憶する限りでは、「不可避」の部分が講演のなかに出てこなかったので、もし質問コーナーがあったらお尋ねしたかったのだけど、むしろ講演の後半は時間が足りなくなって、松井さん自身の話さえだいぶ端折られてた。残念。
ちなみに私の同行者は、「全体としては難しくてよく分からなかったけど部分部分は面白かった」とのこと。例えば、ある作品に描いた孤独な幽霊が、少女コミックの主人公のようなものだという話。少女が運命の相手に出会うために奇跡を待つのは、逆に言えば奇跡なしには出会いが存在しないということであって、そこには極めて近代的な「ディスコミュニケーション」があらわれている、とか。
私は正直、講演の内容自体にはこれといった感想を持てなかったんだけど、にもかかわらず彼女に対する印象は大きく変わった。
松井さんの文章は、中二病的だ。見た目には間違いなく中二の文章だ。でも、彼女がそういう文章を書く理由は、いわゆる中二病とは大きく違うんじゃないか。講演を聴いてるうちにそう思えてきた。
全力でカッコつけて(実はカッコ悪い)文章を書き、しかもそのカッコつけた自分に酔っているのは、自意識過剰の中学生だ。
一方、松井さんは、無理やり日本語をねじまげて珍妙な言葉づかいをすることを、ある意味でむしろ強いられてるんじゃないか。そうでもしなければ、彼女が何を言っても「美女の言葉」として消費されてしまって、結局何ひとつ表現することができなくなってしまうんじゃないか。
彼女は、整った顔立ちの、いわゆる美人だ。私は、平たく言えば、「どこかで過剰に武装しないとなめられてしまって、男と対等に見てもらえない、それが嫌なのかもなあ」、と思った。感覚的な話だけど、堅苦しい言葉をたどたどしく話す彼女を見ながら、思ったのだ。
彼女は講演の中でも「メスしか描かない」と言っていたし(尾長鶏はオスだけどドラァグクイーンのイメージなので名誉女性と考えているとのこと)、ネット情報によるとフェミニストの上野千鶴子さんのファンらしいから、性に関する問題に強い意識を持っているのは確かだろう。
ただまあ、こんなふうに分析されるのは、たとえこの分析が実情を言い当てていたとしても(いやむしろ言い当ててていればこそ)、松井さんの立場からすれば不快以外の何物でもないだろう、とは思う。
残念ながら私には、松井さんの作品自体をフェミニズム絵画として論じるだけのモチベーションも能力も無いけれど、そういう見方もできるのかもしれないね。というかできるんだろうね、間違いなく。
長くなったついでに一つ。
私見では、松井さんは「言いたいことが山ほどあるけど上手く表現する技術がない人」だと思う。だからあんなに自作解説をしたがるのだ(いまネットで少し松井冬子評を探してみたら、彼女の自作解説にヘキエキするという人は一定数いるようだ)。 結果、彼女のファンは、「よくぞそれを言ってくれた!(技術はともかく)」というタイプの人と、「グロテスクな絵を描いて、博士号を持ってる、美人すぎる日本画家! おもしろい!」というタイプの人に分かれることになる。あとまあ、「幽霊大好き!グロ大好き!」という人もいるのかもしれない。サブカル?
私自身は、特に彼女に同調するわけでもなく、外見や肩書に魅力を感じるわけでもなく、幽霊が好きなわけでもない。そして彼女の文章を容認できる忍耐力もない。
togetterがchromeが固まるくらい重いのと、書いてある内容に同意できてもエタ東となる4時の組み合わせは気分が悪いので、自分用に。
最初に書いておくと、これは特にpixiv擁護ではない。というより、擁護できる部分は特にない。
pixivを擁護したがっている人たちというのがいて、連日出てくる問題を鎮火させようと頑張っている。
カオスラウンジとズブズブだったpixivも悪の企業であると認めず、pixivは悪くない、pixivは俺たちの居場所だ、と信じて自分たちの立場を守ろうとする。(俺正義タイプ)
本の宣伝をしたいが代替サービスのユーザーがまだ少ない。pixivを宣伝用に使い続けるしかないのからpixivを守りたい。(我欲タイプ)
pixivとかユーザーのことなんて全くどうでもいいけど、批判に対して反対意見を言える俺かっこいい。(自己顕示タイプ)
大体想像できる動機はこんなところ。
メンツは固定しているないが、毎度の騒動で発生源となっているtogetterまとめを網羅的に眺めると、誰が鎮火しようとしているのか分かりやすい。
はてブでいうとb:id:sa_tie、b:id:katsura_1、b:id:tailtame辺りが該当。彼らを駆り立てているものは一体何なのか。(なお、エタ東も方向性が違うだけで同類にカテゴライズしている)
もっとも動機が不純だからといって、成すことが正しければ良い結果をもたらすこともあるし、独善が「悪事」としか呼べない暴走を引き起こすこともある。評価は人による。
pixivの新規登録画面は極めてシンプルで、pixiv idの用途については特に記されていない。(※要改善)
登録するとユーザーにはユニークな数字のidが付与されるので、pixiv idはログイン用のみだと考えている人は少なからずいるようだ。
実際にはpixiv id名でディレクトリが作られるほか、スタックフィード(活動履歴)のid、アカウントを共用するpixivブログや、姉妹サイトdrawr(flashで手書きできるサイト)のidとして利用されている。
pixiv idを外部から見られないものとして、個人名を使うなどする人もいて、問題となったことは過去に数度ある。id変更の機能追加をするという話もあったが今のところは実現していない。
今回の騒動の発端となったのはこのpixiv idが画像の絶対パスから参照可能だ、という最初期から判明していたことを何度運営に要望を出しても改善されないまま放置されたことに業を煮やしたことユーザー達のtwitterである。
これを、「最初期から判明していたことだから今更問題ではない」と擁護する連中が現れた。
「idは最初期から漏洩するような仕様で、スタックフィードなどからidを参照することも可能だ」と判っても問題点を把握できないユーザーが多数いたことで、危機の周知は次段階に移る。
「IDとパスワードを同じにしている人は危ない。プレミアムユーザーならクレジット番号などの登録もしているので危ない。」と危険を訴えた。この辺りから「ただの言いがかりレベル」などと鎮火ツイートが広がる。
現在のPCスペックの技術の向上は目覚しく、家庭用でもハイスペックなPCがあれば簡単なパスワードであれば数分~数十分で破ることもできるとされる。
が、それはメモリ内で高速に試行できるローカル環境上の話であって、web上のパスワード認証に対して必要とする時間は全く別物という視点が抜け落ちていて、とても現実的ではない。
だが、総当たりなどせずとも、簡単な単語やIDと同じパスワード、誕生日などであれば簡単にログインできてしまう可能性がある。
それを、「例えローカル上で10万回/秒でログイン試行できるPCでも、web上のパスワード認証に対しては通信とサーバーレスポンスがボトルネックとなって100回/秒程度のパフォーマンスしか発揮できないと思う。並列で大量にリクエストを殺到させればサーバーが落ちるだけだし、そもそも膨大なオーダーのログイン攻撃が仕掛けられれば、突破するより前にファイヤーウォールが異常を関知するか、サーバー管理者が気付く。そもそもイラストコミュニティサイトに対して逮捕されるリスクを犯して潜入したところで、成りすまして暴言コメントを書いたり個人情報を抜く程度で、不正アクセスのリスクにリターンが見合っていないわけで…。」
などと問題点をすり替えて、指摘する側がさも間違っているかのように発言を繰り返す。
大手ポータルサイトや銀行、携帯キャリア、有料ポイントを運用するネトゲなどであればそれなりに堅牢なログイン構造にするのが当然で、既に大手のお絵描きコミュニティ、しかもカードの支払まで行われるサイトにパスロックがないというのが問題でないはずがない。
admin.pixiv.net他に接続するとグローバルIPからでもログイン認証が出てくるというもの。発覚したのは実は1年も前だという。今回twitter等で公になってからも1時間程度は誰もがアクセス可能であった。
あくまでログイン認証画面が出てくるだけで、ID/パスワードが判明したわけでもなく、webのログイン認証に対するブルートフォースは非現実的なのは変わらないが、「外部からadminツールにログイン可能」というセキュリティ意識の無さが露呈し、大騒ぎとなる。
更に話が広まる際には「adminツールが流出した」「バックドアが仕掛けられた」「ログインにキーロガーが仕掛けられている」「アクセスするとウイルスを仕込まれる可能性がある」「今すぐ退会せよ」など虚実入り乱れた話となる。
普通に考えれば、外部からアクセス可能な状態で晒され続けたという事態が発覚した時点でサーバーを落として対策を取るはずなのだが、隠蔽体質に定評のあるpixivが何のアクションも起こさない為、念のためアクセスを控えるよう呼びかける。
「そこまで大事になっているのであればサーバーを落とすわけで、実害はない」などと見当違いな「俺の脳内のpixivのセキュリティ安全神話」ツイートが擁護派から出てくる。
admin.ads.pixiv.orgに接続すると「It workssl!」と表示されるもの。これがapacheのデフォルト表示「It works!」と異なることから、「何者かに書き換えられたか、運営が謎のミスをしたのか」と疑惑が生まれる。
ads.pixiv.orgは広告関連のサーバーのようだが、侵入された場合は他のサーバーも同様に危険である可能性が高く、「個人情報やカード情報が抜かれる危険性もある」と指摘されると「万が一侵入されていても個人情報が流出する可能性は低い」と根拠のないpixivの言い訳を持ち出す。
カード情報は決済代行会社が保存していると運営から「なぜか」一部ユーザーにメールで通知されていたようで、ここまでの騒ぎになっておきながらサイトトップでも発表しないなど、さらに不信感が募る。
「IDが漏洩する危険性がある」という問題点から、罪のないユーザーが被害に遭うことを防ごうしたものの、サービス開始時からの仕様で改善される望みが薄い。
さらに管理者ページが外部から閲覧できたことは、あってはならないセキュリティ意識、にもかかわらず、「批判は的外れで間違いだらけ」というまさに的外れな擁護ツイートが広まる。
ここまでサンドバックになってて何も発言せずパスロックを実装するpixivはある意味凄いが、その沈黙がさらなる疑惑を生んでいることにいつ気が付くのか。
S ネットゲーム アダルトゲーム 同人誌 フィギュア SF 三国志 軍事 声優 風俗 オカルト
A アイドル アニメ サバイバルゲーム アマチュア無線 鉄道 競馬 切手 腕時計 パチ○コ
B 漫画 バイク カメラ ライトノベル 特撮 民族学 自作PC 女子アナウンサー 麻雀 オーディオ機器
C 携帯電話 ラーメン 深夜ラジオ 映画 サブカル 自動車 ファッション テレビドラマ 熱帯魚 釣り
D ビリヤード ワイン 自転車 ダーツ テニス サーフィン ギター 純文学 クラシック音楽 アウトドア
私女だけど、Bまでなら許す
それより上はさすがに…
昔2ちゃんのどっかで見かけた男の趣味ランクのテンプレだが、このうちどうしても理解できなかったのが、
でも実際ネトゲをやってみて、Sランクはものすごく妥当だと思った。
正確にはネトゲ廃人に対する評価として妥当という感じ。
というか男の趣味に貴賎をつけるとしたら、あいつらはエロゲオタを差し置いて
間違いなく最下層と言わざるを得ない。
「大っぴらではなく影でこそこそやれ」とは思うけど、個人的には
そんなにキモいと感じない。
そもそもネトゲ、特にMMOは↓の記事にあるように「自己顕示システム」として強烈な麻薬性がある。
http://lovelove.rabi-en-rose.net/blog.php?n=227
廃人はこのシステムに取り憑かれ、自己顕示欲に溺れてしまった人達と言える。
欲望の赴くままに俺TUEEEEE俺SUGEEEEEを貪る。
その姿がどうしようもなく嫌らしく、気持ち悪い。
そして俺TUEEEEE俺SUGEEEEEは他者との関係無しには成り立たない充足感なので、
周りをあまねく不快にさせる。
しかしよく訓練された廃人だと、そうして周りからウザがられても
「なーんかまたザコが負け惜しみ言っちゃってるよーでも実際俺超かっけーから仕方ねーわ、
あー嫉妬されるマジつれーわw」
まさしく「ギルド一番の誇り高き戦士」の面目躍如といったところか。
特に10代からいくつもいろんなネトゲやってるみたいな、MMO経験が長い人ほど要注意だ。
文字通り頭狂ってる奴が結構いる。
もちろん初心者のうちから廃人傾向の言動する奴もいるけど(リア充のダークサイドとも言えるか)。
こういう奴らに比べたら、こんな所でヘイトスピーチまがいのクズ日記書き捨ててる
自分のほうがまだマシだと心底思う。
震災以降ずっと気になってる事。
不謹慎厨に怒られそうだと思って
ツイッターじゃ言えない事。
あの
淡々と具体的に しかも死んだ直後に話すことができるのだろうかという
よくわからない疑問。
あれだけの震災で人が死ぬと
実感も無く、そういうもんなのかもしれない
悲しみがどうこうって そういうもんなのかもしれない
でもなんか疑問。
それと
原発もそう
菅総理についてもそう。
全部がそう見える。
理由を見つけて
悲しんだふりをする 綺麗に見られたい層と
理由を見つけて
別に悪い事じゃない
誰にでもある欲求で 別にそれを咎めるつもりはないが
日本人にとっては切ってもきれない
一生つきまとうであろう問題があっての事。
それをまるで他人事のように処理し
欲を晴らす行為は 本当に 綺麗なのか正義なのか。
災害の記事を読んで無関心なわけではない
悲しい出来事だと感じるくらいの余裕は俺にもある
でもそれはそれなんだ。
その自殺を利用して
マスコミは どんな結果を欲しがったのか。
それが気持ち悪くて仕方がない。
俺がどうこうじゃない
棚にあげるつもりはない。
俺もアホなのは承知の事。
そう思う。
思考は自我の中にある。
考え方を忘れたら
人はただの道具になる。
そうなりたいなら自由だけど。
そうなりたくないなら 脊髄反射をやめるべき
プロパガンダのようなニュースや動画サイトの情報に踊らされるのをやめるべき。
いや、むしろ見ないべきだ。
もし誰かがその記事を読んで
悲しんだり怒ったりって事をしなくても
明日は同じようにやってくる。
明日をコマとしてではなく、人として生きたいのなら。
↓これを書いた者です。
「当たり前」を下げれば自由になる
http://anond.hatelabo.jp/20110213012058
私が書いたものにしては、ブクマやトラバも多かったので、返信の意も込めて加筆します。
高い車に乗る、流行の服を着る、いい家に住む、人に舐められないようにする、彼女を作る、等々。私はこういうプライドをどんどん捨てるようにしている。というのも、社会に出て私は圧倒的に力がないことがわかった。それを認めたくないが故に頑張ったが、人間、無理をし過ぎると病んでしまうみたいだ。
幸いなことに本を読むことは好きだ。だから、金銭的なプライドを捨てる言説を集めまくった。いや、いろいろ読む過程で自然と集めてしまった。その知識に基づいた価値観が私をこの世界から守ってくれる。いくら貧乏人と思われようが、安い服を着ようが、後輩に奢られようが、バカにされようが、ニコニコしながら「いやー、ダメ人間ですいませんw」と流せる。
「自己顕示的に高い車や服をまとっている者は、自分に自信がない。それらは弱い自分を守るための鎧。自分が弱くないことを確認するためにシンボル。彼らは私と同じような弱い人間だ」
と思うとスルーできる。実際の彼らの内実がどうなのかは知らないがw
この手のプライドを捨てればそれだけ生活のレベルを落とせる。貧乏生活は身体的にツライというよりも、こんなにツライ仕様の生活をしている惨めな気持ちがツライ、という部分が多いように思う。金銭的、見栄的なプライドを落とせば、多くが必要でなくなる。それだけ自由になれる。はず。
ただ、この考えの人間が多くなると国は滅ぶ。
先日うれしいことがあった。人づてに聞いたのだが後輩の一人がこう言っていたらしい。
「たとえホームレスになっていても、あの人にだったら昔と変わらず会える」
接待で会話に取り残されるという若手にありがちすぎる応対に陥っている。まずい。
その日の飲み会は同僚1人と上司1人と取引先のおっさん2人が出席。ちなみに上司もかなりとっつきにくい人。
とりあえずお酌や料理の盛り付けをしつつ相手の話を盛り上げる方針で乗り切ろうと決めた。
ラッキーなことに取引先のおっさんは二人とも饒舌な方だった。なんだええ感じや、と思っていた。最初は。
しかし案の定というか、「またこのパターンか」と内心ひどくうんざりしてしまう会話だけになってきた。
いわゆる「昔は良かったそれに比べて今は~」という懐古ネタと「すげえ仕事してきたぜ」という自慢を合わせた
聞き役に徹せられるのだから相槌を打っていればいいのだけれど、こうも自己顕示むき出しのトークに付き合い続けるのは辛い。
元々話自体に興味も無く、酔いも手伝って次第にどうでもよくなってくる。
気がつくと同僚が一人で聞き役をやってくれている。おっさんの一人がこっちを疎ましげに見ている。
これではあかんなぁとは思うけれど。どうにもならんね。
キャッチーなキャラクターと親しみやすいラノベ文体で綴られた文章(萌で理解する××みたいな感じ)で、わかったつもりで経済・社会を語る奴が続出したんだ。
実際の話、どうでもよくないか?
面白いと思った奴が面白いと言っていただけで、間違った(偏った)知識を得てそれを語っているからといって、わざわざ水を差す必要もない。
自分に経済ネタでその知識を前提に議論することになったとき、初めて相手をしてやればいい。
相手は話を楽しむ一環としてやってるだけである可能性のほうが高いのに、わざわざ出向いて話の腰を折り、多くの場合白けさせるってのは、よく言われる「空気の読めない奴」でしかないんだよ。
自己顕示のために、そのときそこで盛り上がってる人たちに水をブッかけるわけだから。
というかね、俺は人の話の論点とは直接関係のない部分にツッコミ入れて、水を注す人間の話をしてたんだよね。
お前さん、俺が言ったことまさしくの行動をしてることに気付いてるかな。
「私の文章」が女に見えるらしいけれどどのあたりがそうですか?と聞いてみた結果 説明くれたみなさん。ありがとうございます。
「どのあたりがそうですか?と聞いてみた結果〜」は詳しく説明してるつもりなのか知らんが、くどい上に文意が散漫して分かりづらい。
「私の文章」を「」で強調する意図も不明。
「私の文章が女に見える理由について説明くださった」あたりが簡潔で良いだろう。
うーん、でも、いまいちよくわかりません。
ウザい。
間を取る目的ならどちらか一方で良い。
おっしゃることはなんとなくわかります。あなたは多分わかってるんでしょう。
でも、どう適当なのか、どうすればまともになるのかが指摘してもらわないと「適当」があなたの主観ですよね、という話で終わってしまうのです。
そこを説明してほしいんですよ。
要約すると「よくわからないけどなんとなくわかって、でもわからないから説明して」。
まさしく不要な文章を差し挟むことによって全体の論理展開が意味不明となっている例。
言いたいこと(主題)を意識せず思うままに文章を紡ぐとこういう論理展開になりがち。
私の文章が過剰なのだとしたら
結局のところここだよね。
あらゆる文章に「私は〇〇」って自己主張を盛り込む。
文意よりも自己顕示を優先させてるから読みにくくなる。
「私の文章」が女に見えるらしいけれどどのあたりがそうですか?と聞いてみた結果 説明くれたみなさん。ありがとうございます。
ほら、「私が質問したんだぞ!」が全面に出てきてる。
ブランド品をかなり安く購入できる機会が増えた。
ユナイテッドアローズ、ビームス、ジャーナルスタンダード、ジーディーシー、エックスガールが安く購入できる。
景気低迷とデフレの影響だと思うのだが、
wikipediaによると
>>ブランドとは「焼印をつけること」を意味する brander というノルウェーの古ノルド語から派生したものであるといわれている。
とのこと。
つまり、家畜に印を付けて、「この製品はうちの農場で作ったモノだ」と
品質の良さをアピールするためのものだと思う。
つまり、信用力に由来する価値だ。
私が思うに、
消費者が「これが良いモノだ」と保証されているモノを買う『安心感』
と
普通のモノより高いものを持っている『優位性』『自慢』『自己顕示力』
によっている気がする。
外面を着飾ることにより
「あの人は、それだけのモノを購入するだけの能力がある」
富裕層が購入する商品を、低下層の人が購入できると、富裕層の自己顕示力が弱まる。
だがら、アウトレットモールやネット上で購入できるブランド品には、
一流ブランドが出品しない。
あくまで、二流ブランドなのだ。
この考え方が、これまでの常だった。
不況のあおりをまともに受けている。
現金が欲しくて仕方ない。
短期間で現金を手にするためには、
目先の在庫をさばくしかない。
でも、それをやってしまうと、
ブランドメーカーは、将来的に自分の首を絞めてしまうことになるのだ。
しかし、海外では、すでに、その禁断の箱に手を出してしまっている。
■GILT
http://www.beyondtherack.com/
ヒット商品が生み出されると、ものすごく売れる。
だが、ネットは違う。
簡単に国境を越えてしまうのだ。
今月の22日に日本でも一流ブランド品を格安で購入できるサイトがオープンするらしい。
■ブランディシモ
将来、ブランド品って無くなるのかもしれない。
いや、無くなるのではなく、
それをインターネットを使って情報共有し、購入に繋がるという、
こういう時代が終わったのかもしれない。
客観的に、わりとうまい方だと思う。「ピエール・エルメのお菓子の世界」とか「ベーシックは美味しい」とかの上級レシピ本の8割方作ったから。
で、「お菓子を人にあげる」是非についていつも悩むんだ~~~~~
職場には持っていったことはないが、趣味の(オタクです)友達にたまに持って行くんだけど…
自分が、手作りのようかんとか配ってる人いたら「うわあ…」って思うだけに、なやむ…
手作りしたオレンジピールにヴァローナのカライブをコーティングしたオランジェットとか、すっごいおいしいんだけど、やっぱだめじゃろか。
「うわあ」って思う?
一応、手作りとか平気?って聞いてから渡してるんだけども。
でも気を使ってるだけかもしれないし~~~~とか!!
はあ。
でもあげたい。自己顕示したい。
「イタい」って、要は「能力が足りてないのに自尊心・自己顕示欲だけそれに見合わず高い」ことであって、だから能力が高い・成功している、といった人は、いわゆる「イタい」行動をしても認められる節がある気がする。
だからイタいと言われないようにするためには、
1)成功する。能力が高い事を見せる。
だけどほとんどの人はそれが出来ないからイタいんであって、そんな凡人たちに残された「イタいと思われない条件」は
2)凡人は凡人なりに図々しくせず自己顕示欲たるものを持たぬようにする
しかない。
わけで、「イタい」というのは結構残酷なんだなと思った。能力無い奴は無いなりの行動をしてないと嘲笑される、という図式から生まれたのが「イタい」なわけだ。さり気無く使ってるけどこの世のいかんともしがたい究極のところをついてる。
でもその我々凡人も、そもそも自己顕示したいとかいう欲とかがなければ、そんな「イタい」行動をせずにすんだわけで
そう思うと問題は「能力はないのに、それを上回る欲だけある」という状態なわけで
それを思うとなんとも物悲しい。どうにかならないものなのか。
何故能力はないのに欲はついてまわるのだろう。モテるモテないだって、もともとモテないようなルックスや、スタイルや、性格諸々の持ち主には、「モテたい」という欲求自体与えなければ、何も問題はなかったのに。
凡人は凡人だと気付いたら、その欲の方を必死に消す努力をするほかないのだろうか。
そもそもそういうものは本当に消せるのだろうか。
だから彼らはかっこよいとかわるいとかそういう価値観で行動してないんじゃないのかなと思ったんだけどね。
それでもそういう行為をかっこいい、かっこわるいで評することは出来るけど、ただその基準が彼らの動機ではないだろうと。
付け加えるとモラルの問題を語る際に「かっこいい」「かっこ悪い」って基準は出来るだけ持ち出すべきじゃないと思ってる。
モラルと格好良さって別の話だし、インモラルな行為を批判する場合はそのモラルを破ることによって何が失われるかってものを示すべき。
インモラルな行為を格好良いと思ってやってる奴がいる場合に、応急処置的にそれを格好悪いと評すことに意味はあると思うけどな。
流行モノを否定する俺カッコイイ!(笑)
な精神的に幼稚な人間がいる限り、そういう流れは変わらないんだろうね
あ、流行モノを否定する奴を否定する俺カッコイイ!とでも思ってんの?という苦情は受け付けてないんで
延々に事物の外周に立ち続けることでしか自己顕示出来ないって哀れだよね
自らを武装するため、創作という分野に足を踏み入れる人間が増加している。
以下にそういった人間の創作の原動力となる二つのゴミのような欲求を挙げる。
■承認欲求
「俺を見ろ!認めろ!敬え!存在を肯定しろ!」
創作活動は芸術であり、クリックゲーなどと違い人間的に高度で柔軟な思考を要求される極めて発展的な仕事である。
多少の反論を喰らっても、美術史という社会的多数派も認める歴史あるツールを用いての理論武装が可能。
また、より構ってもらうための強化パーツとして、多大な労苦と時間を費やして制作の腕を上げる行為が挙げられる。
これにより従来よりも多くの人間の好意、羨望、尊敬、ブクマ、嫉妬を集め、普段の社会生活では味わえない高揚感、承認感の獲得が可能になるなど、
高レベルになることやレアアイテムの所持によってギルド内での発言力が増すネトゲと共通点は多い。
しかし、そうして出力された成果物がこれといって何ら社会的に価値を持たないものであることもネトゲと共通する。
■自分語り
「お前等は何もわかってない。俺が○○制作という物事の最適解を示す。聞け。異論は受け付けない。」
既存のコンテンツにおよそ満足出来ず、○○とはこうあるべきだという脳内俺設定を膨大な時間を費やして外部にぶちまける行為。
多くの場合、それは毒にも薬にもならない有象無象として消費される。後に「黒歴史」という脳内記憶フォルダにブチ込まれ、
あの時バイトや資格勉強をしておくんだった……と痛恨極まる後悔、無力感に苛まれる。
大脳は物を作る際に生まれる脳内麻薬の味をはっきりと覚えており、
忘れた頃にまた新しく何かを語りたくなる悲劇に見舞われる。
たとえば「共感を示しつつ対策を考えて示す」つーのはダメなの? つい対策を考えて『しまう』とこまでは、同じ男として分かるんだけど、それが『共感を示せない』理由には全くならないと思うんだけど、どうなの?
やって見ればいいと思うよ。
元文章はイラっとくるロジックを説明してるだけだから。
あくまで一つの考察なんだけど、「対策のみ言う、そして共感しない」という人は、相手のことなんかどうでもよくて単に「そんな画期的な対策、考えつかなかった。すごい」と尊敬されたいだけなんじゃないの? というのは、そういう「自己顕示のみする、そして共感下手」というタイプが女性にもいるから。
こういう感じで、勝手に分析して元発言者を非難している所が、女性の痴漢被害に男性が何か言うとロクな発言にならない感じで微笑ましい。
上記のようなロジックを把握したうえで、男性はイラッとこないように注意すべきだし、女性もイラっとさせないようにした方が得ではないだろうか。
それだと、「男はそういう目にあったら我慢しろ。そして女はあらゆることについて、基本的に男になど話をするな」ということにならんか?
たとえば「共感を示しつつ対策を考えて示す」つーのはダメなの? つい対策を考えて『しまう』とこまでは、同じ男として分かるんだけど、それが『共感を示せない』理由には全くならないと思うんだけど、どうなの?
あくまで一つの考察なんだけど、「対策のみ言う、そして共感しない」という人は、相手のことなんかどうでもよくて単に「そんな画期的な対策、考えつかなかった。すごい」と尊敬されたいだけなんじゃないの? というのは、そういう「自己顕示のみする、そして共感下手」というタイプが女性にもいるから。
つまり、男女の性的な違いが問題なのではなく、あらゆる会話・対話を闘争としか捉えず、調和的・調整的・生産的な会話・対話という概念を知らない人がそうなりがちなのではないかと思うんだけど。どうだろう?