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はてなキーワード: ファッションとは

2016-05-27

休日に街に出たくない

中国人韓国人が増えすぎ。日本人区別がつかない。

ちょっとした繁華街に行けば、中国語の方が耳にする。

韓国人集団が大声を上げて笑っている。

それにひと昔前よりも日本人ぽい服装の人が増えた。

加えて日本人若者も、韓国人ファッションメイクをどんどん取り入れている。

そんなわけで、彼らがどこの国の人なのか僕には見分けられない。

日本人って、この街にまだいるのだろうか。



別に彼らが悪いといいたいんじゃない。

単に、僕が彼らに遠慮しているだけなのだ

彼らが遊ぶ街で、僕みたいな人間がウロチョロしていることが申し訳なくなる。

僕はただユニクロパンツを買いたかっただけなんだけども。



中国韓国人観光客にも、日本人若者文化もついていけない。

街ゆく人の中で、100%日本人だと分かる人を探してしまう。

そんな置いてけぼりの僕のほうが、この街では異国の人なのかもしれない。

2016-05-26

http://anond.hatelabo.jp/20160526183523

色々と反論もあるだろうけれど、私はこの増田共感する。

私は文系博士を取得したけれど、増田の言う「きっつい」人に行き当たることが多かった。

大学同級生で、とくにやりたい事もなく公務員独立行政法人職員になって(ま、それはそれでいいんだが)、その後もその職にやりがいプライドも持たず(←前段に比してここが大事自己のつらさを愁訴するばかり。

社会学と言うかフェミニズムに傾倒した発言をするもの実践が伴わない。

SNSで「社会人院生やりてー」とか言うだけ。友人も交際相手もなし。



ファッション学問をやるのはやめてほしいといつも感じていたが、きっと院に進まなかったらこういう感じでも仕方がないのかもと考えてきた。

そして私自身こういう「きっつい」人になっていないだろうか。とも思う。

人文科学は江湖で発揮してナンボだ。人文科学の知識や手法は生きて行く中で役に立つし、周囲にプラスの影響を与えられる。

そう信じて専門職をやっている。

2016-05-25

妻子のいる童貞系ってなんだよ

http://anond.hatelabo.jp/20160525112155

言いたいことはわかるが、妻子もいるのに「童貞」という言葉を便利やファッションみたいに使わないでほしい。

童貞かどうかは異性が得意とか苦手とか関係ない。妻子もある男が安易に変な意味を持たせないでほしい。

普通の人が書く等身大日記が好き」とかいう奴

こういう奴に限って全然そういうのを読んでなさそうなんだよな。

ファッション感覚ってことがバレバレ

たまたまバズったこのタイプ日記か、偶然目に入ったこのタイプ日記を読んで好きだと言ってるイメージ

アメブロ読んでます??ライブドアは??FC2は??ヤフーブログは??はてなダイアリーは??はてなブログは??

そういうところに普通の人の普通日記いくらでもありますけど。

よくあるサブカル系のやつがファッションでよく知らないものを好きだと公言してる感。

こいつらからは同じ匂いがする。

2016-05-23

最近オサレ女子中高生の間で流行ってるファッションエロすぎ

白いホットパンツな。

あれのエロ危険レベルだろ。

あの格好されて電車乗られたら、確実に盗撮案件だわ。

ちったー自衛しろよ。



つか、白くて生地が薄いから、後ろから見るとパンツ透けまくってるし。

からみると軽く筋ってる。ショッピングモールJCのω全開とか笑えないぞ。



痩せてる子ならまだ尖ったファッションとして成立してるけど、

処女太りっぽい女の子だとそもそも食い込み方がおかしい。

太もも丸出しどころか、どう見てもブルマ21世紀解釈みたいになってる。



あんけしからんファッション流行らせる倫理観のないファッション業界絶望した。

恥を知れ、と言いたい。もっとやれ。

中学時代勉強できるヲタピザデブ男子の話

中学時代、ある程度仲が良かった男子がいて、見た目も地味でそもそも肥満だったり、ルックス的には全然まれていない人なんだけど、とにかく勉強ができた。

で、勉強ができる子らしく立派にオタクだった。カードゲームとかオンラインゲームとかも中毒レベルでハマっていた。あと(ラノベではない)小説が好きで、中学生なのに作家の(大人だらけの)ファンミーティングなんかにも顔を出す社交的な人だった。

でも、外見は完全にオシャレでもない単なる肥満児で、恋愛とかモテとは無関係に思えた。


ところが、その男子が中学2年のある日、これまた勉強のできるクラスでも指折りのメガネ美人(と評価されていた)の子と付き合い始めた。正直、ショックだった。いつもありえないほど原色スウェットに太ももがピチピチのチノパンを履いてるようなヲタ丸出しの子だったのに、突然異次元別世界の人になったかのようだった。いや、あいかわらず外見はピザデプのヲタであることには変わりなかったのだが。


自分がその交際からかったことからその男子との関係は悪くなり、私達の縁はほぼ切れてしまった。その後も同じ高校に進学したものの、その男子は青白い顔をした文化系ヲタ丸出しだったにも関わらず、なんとラグビー部に入部。部活漬けの青春を送った後、現役で首都圏の名門私大に進学した(もちろんスポーツ推薦ではなく実力)。



大学進学の際、私は地元に残った。それ以来、あの男子とはまったく接点がなくなっていたのだが、先日、ふとFacebookで彼の名前検索してみたところ、たいぶ体型はスリムになったものの、オタクっぽいメガネをかけ、センスの欠片もないファッションに身を包んだ彼が小さな子どもと写っている写真を目にした。



あの男子は既に結婚していた。彼が好きだった小説家がよく本を出版していた大手出版社に勤めていた。相手女性は(オタク系の専門校卒ではあったが)美人知的そうな顔をした女性で、彼女との間に子どもすらもうけていたのだ。典型的幸せな家庭を築いているように見えた。



別に私があの男子に恋していたわけではない。どちらかといえば軽いイジメ対象にしていたような気さえする。正直言って、彼のルックスは(現在写真に写っている姿もふくめ)底辺クラスといっていいし、とてもではないけど恋愛対象にはならない。

けれど、彼のような全く恋愛と縁がなさそうな男子でも、できる人は思春期になり初めの頃から恋愛を楽しめているわけで、逆に私の周囲にいる(外見も中身も悪く無い)草食系男子学生時代からろくに恋愛には恵まれていない。

そう思うと世の中の人が言うような、恋愛に縁がない男性は「努力が足りない」とか「勇気がない」というより、どうも生まれついての何かが違うのではないかと思えなくもない。



あのビザデブ男子は少なくとも外見では(現在にいたるまで)モテのための努力ほとんどしていないことは明らか。たしかに痩せた努力は認めるけど、清潔感もろくにないルックスは相変わらず。でも、彼は恋愛相手に恵まれているし、私の周りのわりと雰囲気イケメンな男たちはなかなか相手に恵まれない。


この差はなんなんだろうね。婚活もふくめ世の中の人が色んな「モテるための努力」に勤しんでいて、私もその一人ではあるのだけど、正直本当に人として魅力的でありさえすれば、もしかしたらモテるための努力なんて必要ないのかもしれない。

結局、私たちはそもそも人として大して魅力的でもないので、せめて外見やモテるワザをつかって相手の気を引くしかなかった、というのが現実なのかもね。

中途半端が一番悪い

ブサイクでも、ファッション等に必死なれば下の中か下の上くらいにはなる中途半端希望を残すブサイクとかより、

本当にどうしようもないブサイク中のブサイクの方が、凌辱妄想要員としてイケメンより役に立つよ。

生理的嫌悪感あるくらいのブサイクでも、自分と直接関わりがなければ、かなりオナネタに使える。

(ただし、向こうがこっちに関わろうとしてこられるとキツイ

増田的に一番の鉄板ネタは、森の中で無理やりやられる奴です。

2016-05-22

http://anond.hatelabo.jp/20160522184545

元増田です。

LGBTの人は性的な部分以外(たとえばオタク趣味とか)でもマイノリティに関して寛容な人が多いです。

ただ、LGBTファッションとして(戦う道具として)捉えてる人は非寛容です。

例えると、非差別されてた黒人逆差別白人バカにするような。

2016-05-20

結婚が減った理由は女の生活充実化だと思う

・職があり金銭的に充実

・楽しめる施設充実

ネット社会の充実

一般人ですら乙女ゲーム(ファッション誌にすら広告)をして充実

結婚さえしなければ役職充実

・手軽に連絡方法の充実

学業の充実




女を金銭的にも精神的にも充実させたら男が必要無くなるだろう……。

結婚以前に恋人セフレも要らない女ばかりで、出会い市場貧困女かメンヘラしかいない。

2016-05-19

芸能人の子供をネットで叩く母、子供情報をアップし続ける芸能人

かつて「エロかしこい」のキャッチフレーズテレビによく出ていた女性タレント結婚して子供を産んだ。

の子供は今や二歳そこそこになる。

女性タレント子供を持ったことでおしゃれなママタレント路線への転身をとげ、日々の子供の様子や自身ファッションなどをインスタグラムブログなどで発信。

一方、2ちゃんねるママスタでは彼女専用のスレッドがたてられ、アンチコメントで日々賑わう事態になっている。

そこでは彼女母親力の無さや、子供の発達が遅いこと、子供容姿について言及されることが多い。

匿名はいえ、そこに書き込むのは母である女性割合が高い印象。

「同じくらいの子供がいるが、それに比べてあの子おかしい。異常だ」といったコメントが実に多い。

ネット情報発信をしている以上、辛辣コメント女性タレント本人に届いていないわけがない。

にもかからわず彼女は発信をし続けている。子供の顔が丸々映っている画像や、最近では動画までも。

彼女の子供は、一歳に満たない頃からタブレット端末で遊ぶ様子が頻繁に発信されている。検索フォームに、覚えたての母親名前自分名前を、自力で打ち込む日もそう遠くはないだろう。

そのとき検索結果にはなにが表示されるだろう。

2016-05-17

ルーズソックスの思い出

10数年前、私の通っていた公立高校を含む地域一帯ではルーズソックス流行していた。その頃東京では“紺ハイ”なるもの流行しているとめざましテレビでやっていたが、流行りも廃りも九州まで到達するのには年単位時間がかかる(今はそんなことないのかもしれないが)。

ルーズソックスと言っても、渋谷コギャルはいていたような1メートル以上もあるいわゆるスーパールーズをはく人は私の高校はいない。「ふくらはぎの真ん中より少し下の辺りでソックタッチで止めた時に足首辺りに2〜3段のいい感じのたるみが出来る靴下可愛い」という揺るぎない価値観を当時の私達は共有していた。親や教師たちには全く理解できない価値観だったようである

この価値観がどのように共有されてきたかと言うと、スクールカースト上位の可愛子ちゃん達が(おそらく)先輩の可愛子ちゃん達の真似をし、それに憧れた一般女子以下がマネしていくのである。私もマネをした。

しかしこの可愛いとされる靴下を買うのがなかなか難しい。靴下は束ねられたまま10種類以上が売られており、はいときに良い感じにたるんでくれるのかどうか買う時点では分からないのであるいかにもルーズソックスでございと売っていながら全くたるまず、ただずり下ろした分だけ段々のシワになるような靴下が多々売っているのだ。一か八かで買ってはみたものの、当てが外れダサいずり下ろし靴下をはく女子が私を含めて続出した。

愛子ちゃん達はなぜかいい感じの靴下を見分けられるらしかった。どこで買っているのか聞けば教えてくれたかもしれないが、ファッションをあからさまにマネるのは不興を買いそうで躊躇があった。結局私は卒業するまで見分け方が分からず、少ないお小遣い結構無駄にしてしまったのだった。

ネットはあまりやらないほうがいいかもしれない

ネットはあまりやらないほうがいいかもしれない。

ウェブ週刊誌ファッション誌のようになっていると感じるのだ。

小学生の頃にSOTECパソコンIEで覗いていたウェブとは違う。

段々、時が経つごとに悪化してきたというのが事実だろう。

ビジネス効率化や、大衆化国家による監視というのが侵食した。

特に2011年あたりのスマートフォンの普及はウェブバラエティ番組化を完了させたようなものだ。

自分は、誰でも参加できてしま社会学芸人フェミ系の話題、いい感じの事実を装った作り話を見せられるのはうんざりである

最近大学図書館内の予約制の個室でダラダラと勉強なのか読書なのか分からないことをして気を紛らわせている。

大学内で容姿がマトモな人間の顔を見なくて済むのが素晴らしい。

ドロドロなニキビ跡が酷くて、頭が大きい醜い容姿自分は顔がいい人間に怯えているのだろう。

ネット現実自分には酷い場所であるということだ。

持病で出来るか分からない整形に期待できないが期待するしかない。

容姿がよければ、解決するのだ。

2016-05-15

何年もずっとコンビニバイトしてる人って

何やってんの?いやコンビニバイトしてんだけどさ。


いわゆるフリーターなんだろけど、近所のよく行くコンビニバイトの定着率が良いのか、

数年レベルで働いてる人が何人かいる。



服飾か美容関係の専門出て、そのままバイトしてるような感じの、

よく髪型かえたり、ワンポイントで派手なファッション時計とか)したりする20代前半くらいのかわいい女の子とか。

20代中盤だろか深夜にいる、マスクしてるから素顔がどうかわからないけど、目だけhydeイケメンとか。

30そこそこだろうけど、やっぱ深夜バイトだと生活リズムが狂いやすくて、

毛にくるんだろなぁと思わされる冴えないオッサンとか。

(他のコンビニでも、深夜のハゲ率は高い気がする)



実はバンド組んでたり、小説家志望だったりするんだろうか。夢追っかけ系フリーター

それとも特にしたい仕事もなくて、惰性でバイトしてるだけなのか。

コンビニバイトって、学生主婦がやるイメージが強いので(それが古いかもしれないのは別に否定しない)、

せいぜいやっても4年程度だと思うんだけど、学生って感じもしない。

コンビニバイトしたことないから、全然内情がわからない。

この人たち、自分の将来どう考えてるんだろうとか、たまに勝手不安になる。

「変化がない」というのが、地味に怖い。



と同時に、正社員なったからって「あがり」なわけじゃなく、

出世の見込みもなく、いつまで経ってもうだつの上がらない仕事をしてる自分と重なって怖い。

2016-05-14

ライター矢作晃」問題について

今日1日を素敵な思いで過ごしたい人は、もっと後になってから読んでください。

土曜日大事な時間、なんでこんな不毛なこと…と思いながら…

時間ほどかけて友達リストをつくりました。

お察しかもしれませんが、この投稿が共有されている人は「矢作晃」とある程度、交流がある方々です。

この投稿は、(余計なお世話かもしれませんが)特に 石野 純也 さんと 星川 哲視 さん、あたりに読んで欲しくて書いています。

【1.どう接するべきか(林案)】

子供を育てたことがある人ならわかると思いますが、ダダをこねる赤ん坊にいい顔をしてしまうと、子供のダダはひどくなるばかりです。おそらく最良の方法は無視する、あるいはちゃんと向き合って接する場合には「気をそらす」だと思います。

心をわずらっている彼が、最近、再び暴れているという知らせを何人かから受けて、彼のツイートやらFacebookの投稿、そこでのコメントのやりとりなどを観察しました(ブロックしているけれど、ブラウザプライベートモードを使うとパブリックな投稿は読めるようです。まあ、そりゃ当然か...)。

自分の不幸のアピールは彼の天賦の才能なので、それを見て「かわいそう」、「何か言ってあげなきゃ」と思う同情心の気持ちはわかります。

でも、彼のことをこれから先、一生面倒をみる覚悟がないなら、そして本当に彼を思いやるなら、そこで突き放すことも大事だと思います。

人間は誰しも「人に認められたい」願望があります。彼は特にそれが強いと思います。

さらに自己肯定力はやたらと強いので、誰かがちょっとでも同調をしてしまうと「やはり、俺は正しいんだ」と、この24時間ほどの爆発を生んでしまうというのが私の見立てです。

同情のコメントがなくても、おそらく愚痴ツイートは続いていたでしょう。

でも、ここまで増長することはなかったと思います。

「それでも彼のことが心配だ。何かしたい」という人はいるでしょう。

そういう人への私のオススメは、他の関連のない話題に彼を誘導することです

赤ちゃんあやし方と一緒です)

彼が好きなアニメマンガが好きで、そこいら辺の話が得意な人は、その話で盛り上がるのもいいでしょう。

(この記事の末尾に参考になりそうなうつ病対策のページのリンクを貼っておきました)

「彼の原稿が好き」と本心で思っているのなら、それを書くことについて、私がとやかく言う権利はありません。

 ただ、彼のことを本当に思うなら、もう少し経ってから、過去形で「好きだった」と書いた方がいいのではないかと思います。

【2.なぜ「過去形」なのか?】

彼が言っている通り、彼のIT関係の執筆の仕事は終わりだと思っています。

ただ、今終わったのではなく、とっくの昔に終わっていたと、私は見ています。

 私は彼とは付き合いが古く、同情心や心配さからMacPeopleに彼の連載を提案していたこともありました。「とりあえずお試しで」と特集記事を振った結果、彼は逃亡し、音信不通になり、結局、連絡こずで、私とその編集者で全部を丸かぶりして死ぬ思いをしたこともあります。

 その後も、何度か彼に仕事を与えようと、面白い製品発表の声かけを彼にも回したり、自分企画した重要イベントに彼を呼んだこともあれば、面白いネタを持っている広報会社の人を紹介したこともそれこそ何度もあります。ムーンライトウェーブの望月さんなどもその一人ですよね。

 望月さんなどは本当に彼によくしてくれていると思います。でも、おそらく、彼が呼ばれたイベントを記事にしたことはほとんどないと思います(と、ここは私もまったく人のことは言えないのですが…苦笑)

 編集者などにつなごうと呼んだパーティーも隅で昔からの知り合いと話をするばかりで(性格的に無理か、と途中から諦めました)。

 ここで聞きたいのですが、そもそも、この中で、誰か彼がここ1〜2年で書いた記事を読んだ人、いらっしゃいますか?

 もしかしたら、よく検索すればインプレスかどこかで見つかるのかもしれませんが、彼の最近のPublicへの露出で私が知っているのは有名な彼のツイッターと、あとは Kohichi Aoki と 松尾 公也さんのPodcastくらいです(他に本当にあるのでしょうか?)

 彼は同情心集めが得意で、昔から付き合いがあるインプレス系の方々のスネをかじり続けているのは知っています。インプレスの方々が、他の若い方々にあげられたはずのチャンスの一部を彼に与え続けていたことも。それによって彼は自分が「まだまだライターとしてやっていける」という誤解を長く持ち続けてきてしまったこともわかっています(が、その担当が誰だかわからないし、おそらく友達になっていないので、この投稿をシェアできずに残念です。ご存知の方、ぜひ、この投稿をコピペしてシェアしてください)。

 しかし、そのインプレスも、昨年、彼が海外で暴力沙汰を起こしてからは彼のことを干している、と人に聞きました(被害に遭われた方は散々でしたね)。

 つまり、彼はもうほとんど仕事をしていないんじゃないかと思っています。

 もしかしたら、週刊アスキーが、獲物のいない猟場、食料のない餌場に、ノラ猫の餌をまいているのかもしれません(が最近、読んでないのでわかりません)。

 実は彼のITジャーナリスト業だか、ライター業はとっくに終わっていたんじゃないでしょうか(彼が認めたくないだけで)。

 そこにまんまとアップルさんが、まるでアップルのせいで廃業したかのように見せたと愚痴る口実を与えてしまったのが今回の事件の全貌だと思います。

 

 インプレスに干されてからなのかは、彼の記事は検索しても出てこないくらいに発見が難しいです。ツイッターでもフォロワーは、そこらの大学生以下くらいですよね。 マスメディアならぬ、ナノメディアに近いのですが、地上波テレビでも取れない席が自分に与えられなかったと言って彼は愚痴ります。

 それくらいに存在感のない記事、読者も求めていない記事、編集者もお情けで仕事を与えて手間が増えただけでもしかしたら迷惑かもしれない記事。

 それでも「かわいそうだから何か仕事を与えなきゃ」という不健全な負の連鎖、いつまでもつづけられるわけがないですよね?

 特に今はどこのメディア不況だと聞きます。

 そもそも、あの見苦しいツイートの主の記事を載せるなんてメディアブランド戦略としてもどうなんでしょう。

彼がこの先も「ITジャーナリズム最先端をつっ走って」まだまだこれからかなり遠い先までどんどん走り続けられると本気で信じている人は、ここにいらっしゃいますか?

 このあと、書きますが、彼は自己肯定力だけは強いので、走らせる距離が長いほど、崖の高いところにまで登っていきます。

 今、ここで彼に同情して、もっと先にいけるよ的な声をかけてもっと高いところから堕ちさせるのは、本当に彼にとって良いことでしょうか?

 だから、無責任に彼に自信を与えるのはやめてほしいと、私は思っています。

 自分人生大事な時間を彼のために割くのは、時間と脳の無駄遣いなので、私は今回の件を本当に最後にしたいです。

【3.自己肯定力

私は、何気に彼との付き合いが古いです。

私がアメリカ学生で、彼がバイトで編集の仕事を始めたあたりから知っています。

その後は、海外の取材先で同じ部屋に泊まることもありました。部屋に戻ると、彼が半裸で鼻をほじりながらずっと2ちゃんねるを見ているおぞましい光景を何度か見てきました。消し去りたい私の心の傷の1つです。

そんな私が見るに彼の最大の特徴は:

異常なくらいまでに「自己肯定力が強い」ことです。

彼は、まるで「ポジティブであることが悪いことであるかのように、人のことを「ポジティブ野郎」などと呼んでいるようです。

ただ、自分のことをポジティブに分析する能力では、私は彼の足下にも及びません(いつも、自分ダメだと思って苦しんでいる側なので)。

彼のツイートを昔から見ていると、彼の周りではやたらと物が壊れるんです。

しょっちゅうフォーマットや再インストールをしている印象です。

あきらかに異常な頻度で物が壊れます。

(彼にとっては)もちろん、壊れるものが悪いわけです。

メーカー愚痴を書き始めます。

自分の記事が読まれないのは読者が悪いし、

他の人の記事が読まれるのも読者が悪い、そんな記事を読む読者は地獄におちろ、みたいなノリで罵ります。

自分の媒体力とか自分の記事がどれだけ求められているか、といった部分に関係なく、イベントに呼ばれないと招待しない人を罵ります

昔からやっているから俺を呼べ、みたいな考え方です

自分以外の考え方は一切、認めません。

私が何を取材するか、どう書くか、どう考えるかまでいちいち批判してきます。

ITジャーナリストたるもの、スペックシートを接続詞でつなげたような、無味無臭な記事でないと客観性が足りなくてダメみたいな古い自分だけの考えを振りかざして、それに従わない人間を批判します。

ちょっとだけ自分の考えを言うと「私は客観的な記事は存在しない」、実は存在していると思っている人ほど実は危ないという考えの持ち主です。

実はどのニュースピックアップするかでも主観は入ってくるし、

「褒め 大さじ 3杯/悪いところを見つけ出して批判/スペック 小さじ2杯/個人的感想 一振り」みたいなレシピ客観性と考えるのも間違いだと思っているし、長年、レビュー記事にはシリアスだったMACPOWERで「そのレビューは本当に正しいのか」という自己批判企画をずっとやろうとしていた私的に言うと

ベンチマークテストですら客観ではないと思っています

作る側は世の中にどんなベンチマークテストがあるかを知っているから、そこに向けて性能などをoptimizeしているのは、日本語入力プログラムだけでないことはみなさんもご存知でしょう

でも、日本では「報道客観的でないと」という考えがあまりにも広く根付いている。

だから、「あえて最初から主観」を強く出すのが私のスタイルです。

この話をすると長くなるので(すでに長いですが)、私は文字によるコミュニケーションを信じていません。

そういう人もいれば、無味無臭な書き方をする人もいる、そういうバランスがあり、どの記事からどの記事へも1クリックでいけるのが現代人のバランス感覚だと思います。

それをITジャーナリズムかくあるべきの同じレシピJIS規格された矢作色の世の中になったら、記事は1本読んだら他は読む必要がなくなってしまいます。

ここでちょっと脱線。

みなさんの中で言葉の仕事をしている人は、自分がこう書けば相手に伝わる、と思っている人もまだいるかもしれませんが、25年、執筆の仕事をしていて強く思うのは、読者は自分の知識の範囲やその時の感情フィルターで、自分で読みものを想像創造しています。

いいことを書いたつもりの記事でも、それを批判と捉える人もいるし、私の記事とか感想の振れ幅がめちゃくちゃ大きくてすごく面白いです(ただポエムとか言ってる中身も読んでいない、バカの壁養老孟司読んでください]の人は別としてちゃんと読んでいる人の感想です)

脱線しちゃいましたが、彼は自己固定が強いあまり

業界で起きている時流の変化にも順応しようとしなければ(変わる時流が間違っている)

自分の記事がどんなに読まれなくても、それは読まない読者が悪いので書き方に工夫をする必要もないのです

ある意味脳内では幸せな人ではあるけれど、脳の中と外とのギャップが、いよいよ、大きくなりすぎて破綻し始めたのが今起きていることです

【4.言われの無い矢作犠牲者たち】

ここで、誰も見ていないツイッターとはいえ、2ちゃんねらーがRTし始めて、私とかに絡む人も出てきて、

それでも相手にしちゃうと、調子にのるから、表では静観を続けている私ですが、あまりにもな言われ放題みたいなので、いくつか自己肯定をさせてください。

というか、神尾さんも被害にあっているので、彼のことから擁護すると

私は神尾さんのこともよく知っているので、ここで断言しますが、

彼は神尾さんがSさんと交際があるような書き方をしていますが、

よく知っている人間として断言しますが、神尾さんが好きな人やら何やらについて深いコメントは避けますが(いや、いいお父さんです wink絵文字

Sさんとの交際だけはないことはよく知っています。

証拠を示せと言われると難しいのですが、

1つは神尾さんは交際相手に関して、好みのタイプがかなりしっかりしていて(というか狭い!)、Sさんは良くも悪くもそこから外れるからです。

2つめは、証拠というよりは、矢作デタラメな主張を崩す内容ですが、彼はジャーナリストを唱いながらもろくな事実確認も無しに神尾さんがアップルスペシャルイベント愛人Sさんのことらしい)を連れてきたと書いていますが、実はこれ、神尾さんにとっても私にとってもとSさんは初対面でした。

音楽の男女デュオが実は別々に結婚相手がいても「実はつきあっているんじゃないか」と噂が立つのと同じで、交際とかの経験が少ない人ってやたらとそういうの勘ぐって噂たてたがりますよね。

まさにソレです。

神尾さんがSさんが近しいのは、今、神尾さんがやっている未発表の?プロジェクト関係あります。

彼は、いつも「IT業界の中にいる人」や「ガジェット好きな人」からは真実は見えてこない、とスマートフォンサービスもっと一般の人目線で評価させることの重要性を主張していました。

で、若い女の子とつきあわないまでも、おしゃべりするのは好きなので、よく女子高生女子大生ヒアリングをして探るのが神尾さんのスタイルです(もともと、ドコモの時からそういう仕事をしていましたみたいで、奥様との出会いも...)

実は幅広い年齢層の女性にヒアリングをしていますが、Sさんもそうしたサンプルの中だったのが、色々、話をするうちに本気でライターになりたいという思いを知ったみたく、面倒見よく、いろいろな人に紹介しては、「あの人からは〜〜を学べ」と教育しているようです。私もSさんデザインについての講義を請われました。

ウェアラブルを筆頭に、今やデジタル製品はどんどん生活領域に入ってきているのに、ファッション誌ではデジタルに詳しい人がまだ少ない。

そんな中、生活者目線で記事がかけるライターを増やす必要がある、というのは神尾さんの強い信念で、近々、発表あると思いますが(って書いちゃっていいのかな?)実は神尾さんは最近、そっち方面での活動に本腰を入れています。

 Sさんは、ある意味、その活動の実験台というか第1弾。

 一緒に仕事しているし、(うらやましいことに仕事を振っているので)一緒にいる時間も長いかもしれないけれど、彼とSさんの噂がたつのをみていると

「ん〜、(彼のツボは)そこじゃない」(笑)と心の中でツッコミを入れたくなってしまいます。

 まあ、仮に神尾さんは打たれ強いし、いいとしたとしましょう。

 それにしても本当に根も葉も無いのに、変な噂を立てられて、好奇の目でみられているSさんの立場はどうなるのでしょう?

 彼は精神を病んでいるから、ここは狂犬に噛まれたと思って我慢しろ、というのでしょうか?

 九州にいて、なんとかライター業でやっていきたいと思っていた彼女のやる気を見て、神尾さんがライターの顔ぶれの若返り(平均年齢下げることも考えて)東京仕事できる環境作って、呼び寄せたところで、わめけばいいと思っている見苦しい老害(病害)のために若い才能の1人を犠牲にするのは本当に正しいことでしょうか?

神尾さんが元ドコモコンサル仕事をして、という批判もしているようですが、だからこそ、矢作なんかには書けない、会社の裏事情などの視点が書けるのだと思うし、それを是とするか非とするかは読者次第だと思います。

 もしかしたら、NDAなどがないものは、disclosureとして記事で関係性を明らかにしたら良いかもしれません。

 私もコンサルをしている、ということで彼の批判を受けていますが、一時期、そうでないことがあったのは私の失敗でした(1年半くらい)。でも、そこでも自分なりに中で線引きはしてきたつもりです。

 また、それ以後は、実はコンサルティング契約を結ぶときに、コンサルティングをすることになったからには、ソーシャルメディアでは応援するけれど、マスメディアなどでの記事ではとりあげない、ということを約束していますし、そもそも自分が記事を頼まれる業界とは別の業界コンサルティングが多いです。

 どうしても、コンサルティング先のことを記事で書く必要が生じたときは、去年のfashionsnapの記事や毎日新聞日経産業がそうでしたがdisclosureとして、株を持っているかいないか関係なく、関係性に関する注意文を示してきました。ここら辺はもしかしたらメディア側でガイドラインを作ってくれた方が良いかもしれませんね。別に神尾さんもそこは否定しないと思います。

ちなみに書いている記事が製品のレビューなどが中心だと、少ないかもしれませんが、トレンドの分析などを記事にする人は、その洞察に価値を感じた相手から講演などの依頼を受けるのは、かなり自然で海外でもよくあることだと思います。私自身は書きたいが、心底のモチベーションではなく「世の中を変えたい」がモチベーションなので、企業の中に入って現状をよくするために手を動かす機会の方が圧倒的に増えています。全部明かせないのが残念ですが、一部は今月26日に発表になります。

【5.私の自己肯定

つづいて私の方の自己肯定

彼は自分が正しいと信じていないとやっていけない人間です。

なので、ツイッター喧嘩でも、やたらと関係のない人にいきなりメンションを送って巻き込んで、その人たちが自分の味方であるかのように見せる演出をします。

私は彼にとっての仮想敵なので、批判される側だけれど、彼がそうやって私の周囲の人間にメンションし始めるのは正直迷惑でした。

ある日、携帯おサイフ系の発表会の実況をしていた時に、たまたま彼の病気が強めに出ていた(私がソフトバンクワールドで講演したことへのジェラシーかもしれません)のだと思いますが、こちらはツイッター実況で言葉もらさないように忙しいのに、彼がやたらとつっかかってきて「お財布いらない?レシートはどうする?」とか言ってきたので、そこで喧嘩になりました。

(ちなみにレシートは、皆さんがアップルストアで日々そうしているようにメールで送ってもらえばいい話ですよね?そういうところ、相手を批判するためなら事実を都合よく忘れるところが多いのも彼の特徴です)

今と同じようにツイッターで暴れ出して、そこを周りの人がなだめて、ほめて、彼が「やった見てくれている人がいる、これは甘えなきゃ」と「自殺してやる」と叫びだして(本当に絶望した人は、言わずにひっそりやっていると思います。彼は構って欲しいだけなんです。かまう方法によってプラスなこともあるけれど、同じ壺の中でいくら上に持ち上げても落ちる距離が長くなるだけ、別の壺に移し替えて気分転換されることが大事)、警察に保護されて、その後は親が迎えに来ておさまったようです。

 そこで、私も「もう付き合ってられないや」と思い。

でも、彼のフォローをやめて、そのことに彼が気がついたら大騒ぎするだろうと、わざわざ彼の行動をツイッターでチェックして、彼が海外に行っていてメールとかも増えて気がつかないだろうというタイミングを見計らって(嫌いな奴のために、俺、なんでこんなに気を使ってやっているんだろう。と自分を責めながら)TwitterFacebookInstagramなどすべてのソーシャルネットワークで彼をブロックしました。

 自分を不快にするものが視界に入らない方が、彼も健全に生きられるだろうという配慮だったのですが、私も誰かをブロックするのは初めての経験でわからなかったのですが、私が彼をブロックしていても、彼がフォローしている誰かが私のツイートをRTすると彼に見えてしまうようです。

 もちろん、自己肯定感が強い彼は、私のツイートがRTされてくると、その人をアンフォローして自分の方から改善の道を選ぶのではなく、RTする人たちを「そんなのRTするな」と批判し始めます。

 私がティム・クックに遭遇したのが、やらせとか言っているようですが、実はそうではないと証明できるつづきの写真がいくつかあります(あれは実はWWDCの一般開発者ランチ場所で撮影しました。私が話していたら、すぐに開発者たちがよってきて、大騒ぎになったのでその写真があります)。

 彼が書いている批判の多くは、彼が勝手思い込みで書いているだけの事実無根が多く、証拠がそろっているものもいくつかありますが、相手にするのもバカバカしいので、無視しているだけ。

 良識のあるみなさんの中にもつきあい長い人多いので、真に受けていない人多いだろうけれど、つきあい新しい方は要注意です。

 そんな中、今回、彼が(これまでなんで招待されていたのか不明だけれど、記事は書いていたんだろうか?)今年、地上波テレビでも取れない取材枠を得られなかったことで、「世界一詳しい俺が呼ばれない」と大騒ぎしたようですが、実際のところは既に終わっていた自分仕事の失敗をアップルになすりつけるためだけの見苦しい行為。

 まあ、それも病気ゆえ(実際に通院して薬で治療しているようです)なのでしょうが、病気だからといって周りがどこまで好き勝手に批判されるのを耐えなければならないのか、非常に強く疑問に思ったのが今回の事件であり、無責任な同情コメントが彼を増長させているという事実を知ってもらい、そういうことを同意していただけるならやめて欲しいと思って、この長い記事を書きました。

私は、最近はかなりちゃんとした方々とのお付き合いが多いので、

IT/モバイル業界のあまりにも見苦しい醜態話、およそFacebookパブリックには投稿できませんでしたが、隠す内容ではないのでコピペしてアングラ掲示板で広めてもらったりする分には構いません(というか私は読まないので、感知しようがない)。

また、彼に親しいインプレスの編集の方や、あまり存じ上げないのですが、 山口 健太さん 中山 智さん といった彼と親しい面々は私自身があまりお付き合いがないので、タグ付けしてみたけれど、この投稿がシェアできていない可能性があるので、どなたかが回してもらえればと思います(もっとも近しい方なら、彼がどういう精神状態で、どう対処したら良いかもよくご存知かもしれませんね)。

 近しい方々は、どこかでは彼の問題や、接し方も詳しいと思うので、その辺りの情報共有やアソバイスもいただければ嬉しいです。

 また、 narumiさんは、週刊誌的なノリでこの話題をとりあげないか心配で、あえてシェア対象から外しています。

正直、時期がきたら本人にも読んでもらいたいですが、今はまだ暴れだしたら困るのでやめておきましょう。

なお、矢作さんと、それでもお付き合いを続ける方のために、いくつかどう接したらいいかの参考になりそうなサイトを見つけてきたので、以下にまとめておきます(自己肯定力ネガティブな影響については一番最初の記事が詳しいです):

http://www.utsubyou.co/entry/2015/10/20/#more3

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2130663.html

http://mojostyle.net/sigoto-16/

tag: 海老原 昭、 法林 岳之

この記事は、私がつくった「IT系」(何人追加したのかの確認する方法がわかりません)というリストの人にシェアしています。Facebookでつながっていないのでリストに入れられなかった人は、タグ付けしてみました。ウォールに表示されてしまった人は、投稿右上のメニューから「タイムラインに表示しない」を選べばタイムラインへの表示を消せます。もし、タグ付けされている人も読めるようならシェアされていない人は、あとでタグ付けします。

自分は普段、こういう押し付けはしないほうだと思いますが、この投稿が見れている人たちにとって「矢作問題」はそろそろ一段落をつける頃だろうと思い、あえて押し付けてしましました。

土曜日の大切なひとときにスミマセン。

2016-05-13

MTRL編集部で働いていた元インターン生へ

株式会社MTRLの社長佐野 恭平さんの記事話題だ。

■ インターンを雇って失敗した話 | MTRL BLOG.TOKYO

多くから批判を浴びたのに対して、社員の一人yutaishikawaさんという人物が社長擁護する記事を書いて、火消しに失敗しているという。

■ 「インターン」ですがなにか? | MTRL BLOG.TOKYO

二人の記事の要旨は、インターンとして雇った学生が戦力として使い物にならなかった、金が無駄になった、彼らは批判をされて当然であり、今後インターンを雇わないのも今回のインターンのせいだ、というもの


有為学生企業経営者が公開リンチ

読んでたまらなく嫌な気分になった。そして、学生の心情を思い、ため息が出た。


この会社で働いていた学生さんへ。

あなたを励まそうと思って、この記事を書いた。「MTRL」「インターン」というキーワードあなたネット検索することがあれば、この記事がいつか、あなたの目に留まるかもしれないと思いながら。

どうか、自分を過度に責めることがないように。


まず、あなたの元ボスは、かなり特殊だという認識を持ってほしい。

日本には約260万の企業がある。それだけありながら、元社員インターネットという公共の場で悪しざまにののし企業はたまにしか出てこない。さらに言うならば、その中でインターン採用している企業は4600社ほどになるのだが、インターンシップ制度趣旨をわきまえていれば、いくらインターン生に不満を持っていようと、それを公言する事はまず無い。

まり佐野 恭平さんという人物が、一般的社会通念を犯しているということ。

何十人とインターンを雇う企業社長が、その年のインターン生をまとめて批判するのとはわけが違う。その場合匿名性が守られるからだが、MTRLという企業ではたった二人しかインターン採用していないというじゃないかインターンには多くの人が関わっている。親、斡旋業者大学などなど。そのすべての人が、この学生の「評価」を知ることになる。経営者として社会的地位もあり、信用される人物が、社会人となる前の一個人を、公共の場で口を極めておとしめた場合危険性を、長年マスコミで働きながら知らないはずがない。


インターン生の成長を願って記事を書いたと、この社長言い訳するかもしれない。だが、動機が正しければ過失責任すべて免れるわけではない。


子供虐待する親は、「子供のため」「しつけのため」「わが子の成長のため」と言って虐待する。

教師が生徒を虐待する場合も、「教育指導の一環としてやった」と言い訳する。それが許されるかどうか、考えればわかるだろう。


コンプライアンスをわきまえた普通企業では、個人を特定できる形でここまでその能力人格を毀損することはしない。

ブレストがろくにできたことは一度もない」

アウトプットを形にすることができなかった」

「口だけであり行動が伴わなかった」

「とにかく自分に甘い性格だった」

仕事なんてたいして任せてもないのに、目の前のことにいっぱいいっぱいになり過呼吸になる」

給料はどの外注さんよりも高額」

「黙って座っているだけで5000円」

「『ファッション鬱』を着飾って」


社長社員がよってたかって、教育の失敗、ジョブトレーニングの失敗を棚に上げて、元インターンだった人間を、ここまでくそみそによくぞけなすもんだ。


この記事を書いた社長は、主婦と生活社月刊誌JUNON(ジュノン)』に連載も持っているという。

日本全国に流通するメディア寄稿している人間が、「社会常識を知らなかった」では済まされまい。


yutaishikawaさんは、「あいつら機能してないと思うんで、早々に切ってください」と社長に進言したという。まともな会社常識のある先輩ならば、半人前の学生を育てようとしても、その芽をつぶすようなことはしない。大学中退たか社会常識がない? そんなことはあるまい。こんなことを公の場で口にしたらいけないくらいはわかりそうなものだ。社長にしてもこの社員にしても、人間尊厳人権をなんと思っているのだろう?


日本では、人権がともすると軽んじられがちだ。キリスト教の「神の前ではすべての人間平等で、等しく神から愛されている」という確信をもとに西洋では人権思想根付いたが、日本にはその土壌がないからだろうか。本来ならば、仏教の「一切衆生悉有仏性」という思想人権思想接ぎ木しなければならなかったのに、明治維新神道重視のため、日本思想の根幹にある仏教人権サポートできなかったのが原因だろうか。


戦後70年で、人権思想が大きく根を張り花を咲かせつつある。しかしながらときおり、大企業社長労働基準法を守らず土日も忘れて働くべきだと放言したり、新卒採用した人物を過労死させながら反省しなかった人物が議員として選ばれることがある。残念なことだと思う。こうした日本人権軽視が、ブラック企業を生み出す遠因となっている。


精神疾患を訴えるまでに追い込まれながら、会社ぐるみ中傷されて傷ついたあなた方へ。


初めての社会経験から、そこでいろいろなことを言われたかもしれない。その通りだと思って、今、自分を強く、強く責めてしまっているかもしれない。それは大きな誤りだ。


もしも一生懸命に頑張ってもうまくいかなかったとしたら、その場所あなたに合わなかっただけだと、まずは思ってほしい。無能だとののしられていても、職を変えたことで大きな成果を上げて、人生好転した人を私は何人も知っている。正しい場所にいなければ成功することはないのだ。もしもスティーブ・ジョブズラジオ局で働いていたとしたら、あのように成功しただろうか、と考えてほしい。こうした思考実験を重ねてほしい。


無知に付け込む人間は、

「ここで結果を出せない人間成功することはない」

などと追い込むが、それに騙されないでほしい。


そして、一人で悩むのではなく、こうした問題に詳しい人に悩みを打ち明けてみてほしい。そうすれば、心が軽くなるかもしれない。


たとえば、b:id:dennou-kurage氏は『脱社畜ブログ』というブログを書いていて、ブラック企業全般について詳しい。あなた会社の中でどのように扱われたのかを、情報提供してみてはどうだろうか。


また、「はてな」には多くの論者がいる。彼らの意見に触れて、洗脳を解いてほしい。たとえば、常に弱者目線に立ち、日ごろ感じる憤りを長年ブログに書き続けているkyoumoe氏の『今日も得る物なしZ』や、揉め事に詳しいhagex氏の『Hagex-day info』という著名ブログ、様々な難問を冷静に斬ることで有名な女性ブロガーtopisyu氏の『斗比主閲子の姑日記』などをのぞいてみるのもお勧めだ。彼らの正論の中で、常識を取り戻してほしいと願ってやまない。


それにしても問題は『JUNON』という雑誌である。次代を担うべき、貴重で弱い学生を数か月で精神疾患寸前まで追い込み、辞めた後も侮辱するような人間執筆の場を与えるということは、彼の行動を支援するということに他ならない。「主婦と生活社」はどうお考えなのだろう? 


こんな雑誌広告を載せている企業もまたしかりだ。現在の号や次号に広告を載せている企業には(時間的に)責任はなかろうが、次の次の号に広告を載せた企業は、今回の社長の行動を黙認していると考えて間違いなかろう。それはどういう企業なのか、機会があれば追ってみたいと思う。

2016-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20160512092846

都市部は徒歩で移動する人が多いかファッションの違いも差別化されやすいしね。

車で長距離移動する田舎だと農作業する人くらいしか外を出歩かないし。

美味いものはほぼ出荷してるから余所でも食べられる。娯楽はない。

まあ行政レベルなら差はあるかもね。

あるか?

2016-05-11

ロリコンノスタルジーは合わせると劇物

声かけ写真展は、"少女たちの写真芸術か否か"より被写体許可なく写真を焼き増し販売したのがハイパー悪いと思うからそれ以上のロリコンキモい!みたいな感情論は無しにしたい。



あの写真展で一番凶悪なのは声かけ写真を撮ってた時代が"古き良き時代だった"と言われることだと思う。



ロリコンさんといえば、「昔のテレビでは幼女上半身裸やパンチラが当たり前だった」、「大昔は子供大人結婚するのも不思議光景ではなかった」、「昔は今より大らかだったから、声かけ事案なんか発生しなかった」というたわ言を吐きがちだが、それらがロリコンさんの餌食になっていたり子供たちの命を脅かしたがために消えていった事からは目を背けているのが見え見えだ。




自分が良い時代だと思っていても、自分の見えないところでは確実に被害があったのだ。




今、ロリコンさんたちはきっと肩身の狭い思いをして生きていると思っているのだろうが、子供たちの安全を守らなきゃいけない親や、幼いながら性被害から自分を守る術を大人から教育されている子供たち自身も神経をすり減らしている。



「COMIC LO」という成年向けロリコン漫画雑誌が度々まとめサイト話題に上がる。



中身は少女に対するエログロが載っているらしいが、人の目をひくのはその表紙だ。



エロ目線とは少し違う視点から描かれた小〜中学生イラストと詩的なキャッチコピー



中身と表紙のギャップあいまって、その綺麗な表紙はロリコン以外にも人気があるようだ。



特別ここでリンクを貼ったりはしないが、「中身はともかく表紙は良い」というコメント散見されるまとめは山ほどあるから、調べるなりなんなりしてほしい。



絵の雰囲気キャッチコピーから感じるのは「ノスタルジー」だ。



田舎的な風景、決して派手でない少女たちの服装ファッション自分子供の頃に引き戻すような瑞々しい言葉



この表紙は芸術だ、というのが世間の受け止め方だ。



表紙イラスト単体のイラスト集もあり、LO読者以外にも人気があるくらいだ。



しかし、元を正せば成年向けロリコン漫画雑誌である



表紙絵自体少女の裸が使われたことがあるくらいで。



表紙がもし、少女の裸のイラストだったらロリコンキモいで終わっていたはずだった。



たとえ、その少女が服を着ていてもここまで人気になることは無かっと思う。



少女日常を切り取ったイラストに、自分子供時代に帰し感傷的にさせるキャッチコピーを載せると、ロリコン以外にも響くのだ。



ノスタルジーは、ロリコンさんだけの特別感情ではない。



昔は大らかで人の温かみがあったという幻想に憧れたり、自分の子時代の淡い恋や日常を思い出して甘酸っぱい気持ちになるのが好きな人もいる。




自分がいる時代を疎み、昔はもっと生きやす時代だったということに固執するあまり原点回帰を願う人もいる。



"古き良き時代"はその人たちを簡単に集められる便利な言葉だ。



そういう人を全部ひっくるめて仲間にすることができるのがノスタルジーだ。



たとえロリコン的なニュアンスがあってもそこにノスタルジーという付加価値があれば、ロリコン以外を仲間にするのは容易い。



たとえロリコン趣向のあるものでも簡単芸術だと庇ってくれる。



「COMIC LO」の存在子供を脅かしたりしない。



しかし、声かけ写真実在少女被写体だ。



声かけ写真展を芸術だという人も、「声かけ写真が何故昔は許されて今はダメなのか」を考えれば、少なから声かけ写真性的感情があった事にいきつくのではないだろうか。



わりを食うのはいだって力の無い子どもたちだ。



幼く騙されやす子どもたちだ。



LO意見広告には、「幼女に手を出せば自分人生が滅茶苦茶になる」といった趣旨のものが多いが、人生滅茶苦茶になるのはなんの罪もない被害にあった子どもたちだ。



実在少女被害に合うとき二次元ロリータを愛でるロリコンさんは声を上げなければならないはずだ。


現実でこういうことが繰り返されるなら、表現規制創作にまで及び、ますます場所がなくなっていくのだ。



オタク自称する人からこの問題への言及が少ないのが、オタク自分はただただ悲しい。

2016-05-10

大学文学部だった。女子のうちのオタクサブカルっぽい連中の一定数が、とってつけたように社会学的なものに目覚めてファッションのようにそれを用いていたのが、とにかく違和感があった。はっきり言うと嫌いだった。

女子のある層が中高生の時に椎名林檎的なものに目覚めるのと同じ様に、なぜか社会学に目覚めた。性的マイノリティ話題ジェンダーの話。

これらは大切な要素なんだが、ファッションでやっていた。血肉としてやっていなかった。だって卒業就職ころまでにはそんな話誰もしなくなってエントリーシート面接内定交流会の話。就職してから会社カフェビジネス本の話。

当たり前といえば当たり前なんだが、誰ももう社会学を顧みなくなってしまった。大二病

私はこの態度が個人的違和感があって大学院にまで行ってしまった。今は学校で地歴公民先生をしている。

学問ファッションにすることは、学問的態度からもっとも遠い。

ファッションから入ったとしても興味を持って調べて考えて行けばよかったのだろうけど。

サブカル連中は今でも椎名林檎を聴いているんだろうか。

おしゃれ未開人とおしゃれ文化人はかみ合わない

当たり前だけどおしゃれな人、というか人に見られることを気にしている人はおしゃれじゃなかったりする人とかみ合わないよなぁと感じた。

自分はまったくおしゃれじゃない。というよりも、服やファッション関係に関して本当にわからないタイプである

からない時って自分で調べようとする。けど、本当にわからない時って「何」を「どう」調べていいかからない。

ファッション雑誌というジャンルは知ってる。けどそれを読もうと思っても何を言ってるのかがさっぱりだ。

仮になんとなく検索して当たったサイトとかに見ると、「自分のしたいファッションを考えればよい」とか書いてあることがあるのだけれど、まず最低ラインに立ててない自覚がある人が「これがしたい!」って考えつかない。

ほかにも「他人が見ていいなと思った服の真似をしよう」とか書いてあったりすることがあるが、まずおしゃれ感覚に自信がないからそれすら疑う。「いいな」と思うことに自信が持てない。

またこれは自分だけだと思うんだけど、小奇麗やおしゃれになろうとしている自分俯瞰で見て嘲笑してしまうことが多い。何をこんなブサイクがやっているのだ、服だけ変わっただけで自分は変わってないくせに、と。

そこをクリアできる(できた)人だけが普通に過ごせたり服を買うのがある程度好きだったりするんだろうなと最近本当に思う。

今世には色々後悔はあるけれど、人生をやり直すんだったらおしゃれ感覚みたいなことをある程度わかるようにしたいなと悔しく思うのである

いつかは結婚しようと思ってる女の子たちへ

今年35歳になる女です。



若い女の子(16歳〜23歳くらいの子)たち、

悪いことは言わない。

婚活を今すぐ始めたほうがいい。

結婚なんてまだ先」って思ってるでしょ?



私もそう思ってた。

けど、30代なんて本当にすぐだからね。

28歳くらいで焦って婚活はじめても20代のうちに結婚できないよ。

子供欲しいなら人数にもよるけど、20代で産みたいでしょ?



今付き合ってる彼氏が居る子、

その人と付き合って何年?

3年以上付き合ってるのに結婚の話が出ないならいくら好きでも別れたほうがいい。

都合いい女にされてるだけ。

ファッションアクセサリーと同じように「彼女」って存在を横に置いておきたいだけ。

20代無駄にすることになるよ。

最大3年を一区切りと考えて行動して。



自分容姿に自信が無いなら尚更若さ勝負するしかないよ。

極端な話だけどマジで16歳から婚活してもいいと思う。

多少顔がアレでも若さという最強最大のスペックでだいたいの男仕留められると思う。



アラサーから婚活してもいい男捕まえられないって。

マジで



・・・って言うとアラサーの子たちが希望失っちゃうから今の私の現状を書くね。



私は28から婚活して、うまくいかなくて33歳の誕生日を一人で過ごして部屋で一人で号泣した。

(後から友達とかに聞くと5年婚活してうまくいかないのなんてザラなんだってね。)

それで婚活は嫌になってやめちゃったんだけど、34歳の11月金曜日会社あんま話したこと無い当時29歳の東野幸治みたいな顔した後輩男子が「増田さん、食事行きませんか?」って誘ってくれて

正直あんまり話したこと無いのになんで?ってびっくりしてその時は「すみません。忙しいので。」と断ってしまった。



悲しそうな顔してて、悪い事したかなって思ったけど姉の家に行って姪っ子と遊んでたらすぐ忘れた。



その後、12月に入って街がクリスマスムードになって、独り身にはツライ季節だなーって思って憂鬱気持ちになって、

今年はなんにも色気があること無かったな〜って考えてて、

その時に『そういえば先月誘ってくれた子が居たっけ。悲しそうな顔してたな。あのままじゃかわいそうかも。』と思って

翌日、会社自分の方から「この前は誘ってくれたのにごめんね。よかったら今日とかどう?」と誘ってみたら嬉しそうな顔して「はい大丈夫です!行きましょう!」って言って

食事行って会社の事とか話してLINE交換した。



そこからはこっちから誘ったりあっちから誘ったりで食事とか水族館とか映画館とか普通デートして(クリスマスデートはまだ付き合ってないからって遠慮したらしい)

5回目くらいのデートでその日がバレンタインデーで私がチョコ(手作りじゃない。)をあげたら「結婚を前提に付き合ってください」って告白された。

「え?バレンタインデーなのに君から告白するの?」って笑っちゃったw

「え?あ、そうですよね・・・」「いいよ。」「え?」「よろしくお願いします。」「こっ、こっ、こちらこそよろしくお願いします!」って感じで付き合うことになった。

私は「一緒にいたら寂しくないな〜」くらいの気持ちデートしてたんだけど、あっちはい告白するかタイミングをはかっていたらしい。



結婚は諦めてたか最初は戸惑ったけど、家に帰ってから「よっしゃあああああああああああああああああああああ」って感じだったw

今は同棲してて、親にも会ってて、そろそろ結婚かなって感じ。



・・・という事で、のろけみたいになっちゃったけど、アラサーの子たちは絶対にチャンスを逃さないことだね。

あんまり話したこと無い歳下の男の子でもとりあえず食事に行ってみたらいいと思うんだ。

チャンスは実は意外なところに転がってたりするものだよ。

ただ、自分はしっかり持ってね。

酒飲ませて酔わせてヤッちゃうだって居るわけだしさ、そこは慎重にね。



あと、歳下結構いいよ。

20代の時は歳下とか絶対無いって思ってたけどさ、案外悪くない。

毛嫌いせずに歳下とも付き合ってみればいいと思う。

言うこと聞いてくれるし。

服とかも「これがいいんじゃない?」って選んであげると躊躇なくそれ買って着るし。

歳下の男は多少こっちが引っ張ることもあるけどさ、それでもちゃんとした男なら食事の時は払ってくれるし、

歩くとき車道側を歩いてくれるし。

ただ、若い男の子草食系いから付き合うきっかけはこっちが作ってあげないとダメかもね。

私の彼は1回断られたからもう無理だって思ってたらしい。

からから誘わなかったら彼氏彼女にはなれなかったと思う。



みんな婚活がんばれ。

マジで結婚したいなら今日からがんばれ。

過去、誘ってくれたけど断っちゃった歳下の男の子に連絡しろ

夏が一番アニメを見るのに最適な季節なのかもしれない

正直、ウェブをみてうんざりする。

週刊誌ファッション誌、ワイドショーみたいで酷い。

大学に行ってグループワークにうんざりする。

アニメは正直少しだけ面白い

夏という気候アニメを視聴するのに最適なのかもしれない。

整形したいが、よくなるかもわからない。

持病持ちで出来るかもわからない。

そもそも容姿が見にくくなったのは持病であるし色々とうんざりである

黒ロン時代到来

俺は思春期以来ずっと黒ロンが好きだったんだが最近黒ロンが許される風潮で嬉しい

一昔前は、本当にひどかった

金髪茶髪眉毛ヤンキーみたいで性欲を微塵も感じないファッションが廃れてきて嬉しい





そんな俺は未だ童貞である

2016-05-09

女性受けする服装が分からないと言うが

から疑問だったんだけど、流行というか今時というか、まぁ女性受けしそうな服なんだけど似合ってないとか、着こなしがダメ、とかじゃなくて、「それどこで買った?いや、売ってるのを見つけたとしてなんで買った?」みたいな格好の男の人ってあれはオシャレだと思って着てるの?それともファッションに興味が無さ過ぎて適当にチョイスした結果なの?お母さんが買ってきたの着てるのか?

大学時代だけど、やたら英文が全面に書かれてるTシャツとか、首元が編み上げみたいになってるTシャツとか、中学生が体育のときに履くようなスニーカーとか、謎の赤いレザージャケットとか。

ファッションが分からないって言うけど、街行く人でかっこよくてマネできそうな人の服装マネしてみるだけでいいと思うんだけど。この人の服装いいな、とかも思わないのかな?思っても恥ずかしくて買えないのか。それともいいなと思うファッションがズレてるだけなのか。



http://anond.hatelabo.jp/20160508174613

2016-05-08

コミュ障コミュニケーションについてまとめてみた

コミュニケーションとは

コミュニケーションとは、自分相手との知覚器官を通じて情報を交換しあうものである


コミュニケーションに対する誤解

コミュニケーション情報を交換しあうものなので、話している内容のみに依存するわけではない。

出会った場所出会ったタイミング、顔のバランス、二重か一重か、鼻の高さ、唇の大きさ、歯が出っ歯か、歯が綺麗か、表情、姿勢、歩き方、立ち方、ファッション髪型、髪は綺麗か、眉は整ってるか

からまり

聞き取りやすいか、どもっていないか、声の高低、話す速さ、声の抑揚、ぶりっこしていないか鼻声か、今どういう話の流れなのか……などを経てようやく「言葉による情報交換」がスタートするのである

これは意識して行っているわけではなく、その人間が今までの人生で得た経験本能などをもとに、1秒未満で人を分類しているだけに過ぎない。



「そんなの嫌だ、見た目で判断するな」と思うのは人の勝手だけれど、これはどうあがいても覆らない事実であるので、時代が変わらなければ変わらない。

嫌なら自分時代を変えろ。大抵の場合自分を変える方が楽だ。



それはともかくとして……したがって、話している内容は見た目に比べるとかなり重要度が下がる。

この見た目というやつは、イケメンだとか美人だとかそういうことではなくて、もっと汎用性のある、『好感が持てるかどうか』というもので、イケメンじゃないからどうだとかそういうもの関係ない。

有り体にいうと、この段階で「好き」「嫌い」のどちらかに分類される。

「好き」に分類された場合

コミュニケーションイージーモードになる。相手が寄ってくることで、自分は受け入れらていると安心することができて、そうして落ち着いた言動を取ることができる。

あとはこの「好き」を増幅していくといったノリ。

「嫌い」に分類された場合

不幸にも「嫌い」に分類された場合は、コミュニケーション難易度高まる一般的な人は「やや嫌い」ゾーンから始まるので大抵難易度が高い。

そうして長期間コミュニケーションによって「好き」だの「やや好き」だの「嫌い」だの「死ね」だのに分類されていく。

「嫌い」に分類されるとコミュニケーションが本当に難しい。

なぜなら心を開いてくれないので、どう話しかけても、何をしても、余計嫌われるだけだからだ。こうなっては誰にも止められない。

もっとメタな、間接的なコミュニケーションによって好感度を地道に上げていくしかない。


心が開いているかどうか

人間に対して心が開いているかどうかというのは、ものすごく重要である

結局「どこまで心を開かせるか」というのが最終的な目標である

これは「好き」とか「嫌い」とかそういう次元を超越したもので、「いないと死ぬ」という究極の依存である。要は相手脳内自分という麻薬をどれだけ注入できるかということに近い。

悪く言えば、犯罪ではない精神操作である


心の開きによる対応の変化

「好き」に分類されると、相手は心を開きやすくなる。

一般的に、心を開いてる(ように見える)人間は、顔がどうであれ好かれる傾向にある。

「いい天気だよね」「今日こんなことがあったよ」「いま散歩してる」「見てこの景色綺麗じゃない?」「ご飯作ったから撮った!」などという発言は良い傾向である



たとえば「ご飯作ったから撮った!」というのは、「あなたわたしがご飯作ったっていうわたし生活状態の一部を見る権限があるよ。そしてそれを見てなんらかのリアクションわたしは求めているよ」の省略表現である

「おいしそうじゃない?笑」は「おいしく作れたと思うんだけど、あなたはどう思いますか?肯定を望んでいるけれど」の省略表現である

なので全然親しくない人間に対して、こういうことをする人は少ない。

もし親しくない人間にされたら間違いなくこう思うはずだ。「で?知るか。死ねよ」と。

親しい人間からされたからこそ「おー!すごい!おいしそう!」とか「可愛いしか料理できるとか。嫁にしたい」とか思うわけ。



余談だがここから一般人のくせに生活状態パブリック晒しまくる女は、簡単にヤレる。そしてメンヘラである」と導出可能

個人的パブリカビッチ呼称している。



心の開き具合が違いすぎるとどうなるか

心の開き具合が違いすぎると、コミュニケーションギャップが生じてくる。

「ご飯作ったから撮った!」「で?知るか。死ねよ」というのはまさにそれだ。

コミュニケーションを円滑にするためには、相手の心の開き具合を見極めて、そうしてその少し上ぐらいを自分が開くことで、良いスパイラルを生み出すことができる。



コミュ障の1つの指標として、『これを知ってるかどうか』というのがあると思う。



基本的無意味に開きすぎると、「キモい」「死ぬほど嫌い」と思われる。


心の開き方

こんにちは」一つで好きか嫌いかが別れる

こんにちは……」

「こんにっちわー!」

「ちーす!」

「ちわわーす!」

「ちわわーん!」

「こんちわ!

こんにちは!」

「こーんーにーちーわー!」

こんにちは。」

こんにちわ〜」

「こ…こんにちは……」

と、文字だけでもこれだけの表現の違いがある。つまり、話の内容よりも、話し方の方がよっぽど大事なのだ

こんにちは……」なんて、どう頑張っても好印象にはならない。たった2文字余分についただけなのにだ!

相手が超イケメンでも、これのせいで「は?根暗かよ」と、好感度がかなり急降下する。その後はもうひたすらdisる箇所を見つけられていって、最終的にあぼーんするだけだ。



言葉が同じだからといって、意味や想いまで同じだと、思うなよ。



こんにちは」だけで惚れさせる気合でいく

少し前にあいさつの魔法かいうのがはやったけど、ほんとうにこれは魔法的な効果があるものだ。

元気いっぱいにこんにちは!というだけで、「あ、この人はいい人なのかも」と思わせることができる。そうして勝手に心が開かれる。

現代人は基本的に元気がないので、元気がある人はレアキャラなのである

みんなレアは好きだ。しかも元気をもらえるような気がするからなおさらだ



ただこれは存外難しい。なにせ、自分はそんなキャラではないから、とてつもなく恥ずかしいし、あいつどうしたんだなんて思われたくもないからだ。

そして継続するのはもっと難しい。なにせ元気ではないからだ。

ひとまず、普通に挨拶すれば、好感度が下がることはない。

もし下がったとしたら、それは相手が歪んでいるので、心配することはない。これはもう徐々に変えていくしかない。


自分が心を開く(ように見せかける)方法

ぼくはコミュ障だったので、心を開くとかいもの意味がわからなかった。

お菓子の交換」とかも、全く意味がわからなかった。

「食べたいなら自分で買えばいいじゃん。なんでシェアするんだ。あほなの?」と思っていた。



だがあれはリア充による『友情確認システム』の一環である

お菓子の交換」は「お菓子食べたいから」ではなく、「お菓子を交換しあうことができるぐらいの仲の良さを確認し合うコミュニケーションフレームワーク」なのである

から「ガムいる?」は「俺おまえとちょっと仲良くなりたいって思ってるよ」という意思を示しているわけだ。

だって、嫌いな相手にガムなんて渡すか??!!



なので「いやいいよ笑 今はガム食べたい気分じゃないし」などと拒絶すると

「拒絶された!」と思われて、相手自分に対する心の開き具合がかなり緩やかになるわけである

ガムがほしくなかった場合は、「いやガムはいいや。グミだったらもらったけど笑」と言えば、「お菓子の交換を拒否されたわけではない」と思われて、軋轢を生まないのだ。

実際のところどうなのかは、とんと知らんがね!!!



こういった、リア充先天的に獲得していて自然に行っているハイレベルコミュニケーションは、後天的に獲得したコミュ障にとっては、ものすごく難しいものである

それはコミュ障をジェネレートするような家庭に育った自分を嘆く他ないが、コミュ障になってしまったものはしかたがない。



ただ知ってしまって身につけてしまえば、そのリア充よりも上をいくことになる。

リア充は拒絶されるとただ傷つくだけだが、後天的に身につけた人は「あ、今そのレベル了解です」と思うことができるからだ。


信頼関係構築システム

そもそもなんで信頼関係を築くのか

信頼というのは、極めて重要だ。

なにを成すにしても、相手を疑っていてはキリがないからだろう。

横断歩道で青になったから渡ろう」というのは、「今ここにいる車を運転している人は、少なくとも赤信号ときは止まってくれるだろう」という信頼の上に作られた強固な信念である



ぼくは人なんて大体信じていないので、車の運転手の顔と仕草、車のスピードを必ず確認する。

道行く人のこともこれっぽっちも信じていないので、いつ刺されるのか戦々恐々としている。もうこれは病気の域なので許してほしい。

ただそんなぼくでも、状況によっては信じていることもあるので、もうなんか、毎日波乱万丈で命がけめいた生活を送っている。

これはこれでアドベンチャーめいて悪くはない。

信頼がなければ何もできない

さっき書いたみたいに信頼がなければ何もできないので、人と人とで信頼関係を結ぶのだ。

結局そこが重要だ。

人は他人に対して「自分人生を預けられる人か」「全部委ねても問題のない人か」というのを求めているわけ。



ぼくはそれは大嫌いだ。自分人生を人に委ねるな。お前のことはお前が決めろと思う。嫌なら俺に食われろと。代わりにぼくはきみに愛をあげるから

コミュニケーションほとんどの場合かなり難しい。

特に万人受けするようなコミュニケーション手法はない。ある人にはバシッと一致したやり方が、別の人には全くヒットしないことも数多ある。

整形したけど好きな人には見向きもされなかったということもあるだろう。おもしろ悲劇だ。

でも一般的にはすべてのコミュニケーションは、この上に書いたような概念で成り立っているとぼくは思っている。

かなり抽象的なものだが、この概念を体得することによってコミュ障コミュ障でなくなれると信じている。



ぼくはこれらの上に書いたことを自分人生経験によって後天的に獲得したけれど、未だ極致には及んでいないと思っている。



でもそれでも、昔のぼくみたいに、コミュ障で苦しみ抜いている人の、何か手助けになれば嬉しいと思います



ではでは(`・ω・´)

あ、あと彼女募集中です

追記

1

最初に言いたいのは、ぼくが書いたことは、かなり難しい概念であり、なおかつ多くの人間はこれを獲得できていないので概念的に新しく、サラッと読んだだけで理解できるとは思っていない、ということだ。

にも関わらず、読み易くしてしまったことは失敗だと思っている。

換言すれば、ぼくは、この記事対象読者の設定を、あまりにも高く見積もりすぎていたというだけの話だ。

そのような読者はとんでもなく少数だというのに、ぼくはかなり愚かだった。

これは猛省すべき点だ。



無知蒙昧な輩にとってぼくの文章は、ところどころに書いた「嫌なら俺に食われろ」とか「犯罪ではない精神操作」とか「そしてメンヘラである」とかそういった文言が持つ極めて暴力的な響きしか伝わっていないのだと思う。

ぼくの文体は、終始人を見下すような調子で一貫されているけれど、それはその通り受け取ってもらって構わない。おめでとうそれは真実だ。事実ぼくはあなたを見下しているのだから

ぼくにとって、この記事は「色んなひとに知っておいてもらいたいもの」ではなくて「愚鈍貴様に、俺様が授けてやろうと言っているんだ」くらいの気持ちで生成されたものだ。

したがって、ぼくが追記で言いたいことは「ありがたくこれを受け取ってお前の糧としろである。ぼくの文章は「ぼくがかんがえたさいきょうのコミュニケーション」という生易しいものではない。

この追記そのものも、やはり無知蒙昧な輩にかかれば、ただ見下されている不快文章として扱われるだろう。それは無知蒙昧なのだから、仕方ないことである

ぼくはかなり排他的だが、悪魔的ではない。それどころか紳士淑女的で優しく慈愛を持つ人間だと自負している。

したがって、まぁそんな輩はさておいて、けれど凡人においても、ぼくの言葉理解し難い点はいくつかあると思うので、それについては平易な表現言葉を言い換えて、以下3点、解説をしようと思う。

これらは慈悲深い猶予にすぎない。



2-1

ぼくの文章の多くは、人々にとって「読んでいても当たり前にしか聞こえない」ようなことがつらつら書いてあるように思われるのだろう、とぼくは考えている。

ただしぼくは、全く当たり前のことを書いていたつもりはない。

それはぼくにとっては呆れるほど自明なことだが、愚鈍に毛が生えたものにとってぼくは匿名の筆者であるということを考えれば、まずあなたがぼくのことを「価値のあることを言う人物だ」とみなす材料がないのだから、傾聴しようと(愚かにも)努力しないことは当然だとも思っている。



たとえば、

お菓子の交換」は「お菓子食べたいから」ではなく、「お菓子を交換しあうことができるぐらいの仲の良さを確認し合うコミュニケーションフレームワーク」なのである

から「ガムいる?」は「俺おまえとちょっと仲良くなりたいって思ってるよ」という意思を示しているわけだ。

だって、嫌いな相手にガムなんて渡すか??!!

という文章は、至極当たり前のように見えるだろうが、これは「ガムいる?」という表現は、「仲良くなりたい」という表現をするためのガムを媒介としているにすぎないというもので、

「ガムいる?」から開始されるコミュニケーションにおいて、『「ガム」が「必要か否か」』という概念は全く重要ではないことを示唆している。

「ガムいる?」が最初にあって、それが仲良くなりたいという表現なんだよということではない。

「仲良くなりたい」が最初にある。ガムは別に無い。ガムは媒介である

そしてこれはすべてにおいて適合する。ぼくは「お菓子の交換」とはこういうものだと、そんなことを大真面目に論じているわけではない。

お菓子の交換」の話は、依然として抽象度が低い。それぐらいは、たとえどれだけの馬鹿でもわかってほしいものだ。



やはりこの「たとえば〜」から始まって「〜ほしいものだ」で終わる文章も、読み易くなっているのが原因だろう、おそらく「ふーん」と読み流してしまうことができる。

それは、「知っている」から読み流しているのではなく、「よくわからいから読み流している」のだ。言葉の一語一語に再三注意して、かつ十分に日本語文法解析能力を発揮して、意図を汲み取ることがあなたがするべき仕事だ。


2-2

ぼくが書いたことは大変難しいので、あぁ、それはタイトルだけを見て脊髄反射的に「コミュニケーションってこういうものだよ」とあなたの考えを論ずるのは、それはあなた人生の数瞬なのだからどう使おうが勝手にしてほしいのだが、やはりもし少しでも聞く耳があるのなら(おそらく無いだろうが)、ぼくの書いた節ごとにあなたの考えを論ずることは上徳であろう。

何もぼくも、ぼくは完璧だと主張するつもりはない。ぼくは真摯意見には敬意を払う。なんならぼくの間違いを指摘してくれても構わない。ぼくはそれを受け入れる。

ぼくが予測しえなかったぼくの誤謬を暴けるほど優れた人々は素晴らしい人々だ。

2-3

彼女募集中について。

これはぼくが女であると見抜けなった間抜けを炙り出すための装置だった。


3

ぼくが自身コミュ障だと呼称したのは、謙虚さの発露だったというのに、それを論ってマウンティングするような人間には絶句しかない。

一度自らの愚鈍さと真摯に向き合ったほうがいいだろう(ただ可哀想に。向き合えることはない)



最後に思うことは、ぼくが最初謙虚に書きすぎたせいで、信じられないくら傲慢人間を引き寄せてしまったこともかなり失敗だった、ということだ。

それはやはりぼくが完璧ではないと書いたことにも繋がるが、その点に限っては今後も精進していきたいと思っている。



そしてぼくは、これらがあなたコミュニケーションの助けになりますように、と切に願っているだろうか。