「過程」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 過程とは

2012-02-22

http://anond.hatelabo.jp/20120222093910

彼の中でその異常性が芽生えていった背景や成長過程も詳しく知っておいて、

そのような環境は極力改善していかなくちゃいけない。

防犯の観点ならば、福田個人のプロフィールをこれ以上掘り下げることにどれほどの意味コスパがあるのか疑う。

 コスパを言い出すと何も出来なくなる虞があるのでそっちはおいておくとして。

 防犯と言う観点だとそうだけど、「予防」や「教育」観点だとどうだろう?

少なからず生育事情があったことは間違いなく(言及もされている)、また犯行直前の異変も、「あとから思えば」レベルでは気づかれていた(NHKニュースでの取材の範囲では))。

 生育事情から来る「ゆがみ」への「気づき」や、それに対する学校行政(児相とか)のフォローの追跡と研究は、似たような環境で育っている子どもが同じ道を歩まないようにする為の強力な参考資料になるだろうし、犯行直前の様相の研究は、(行きすぎてはいけないという前提の上で)警察による声かけ対象の参考にすることが出来る。

 無論、そういった犯罪を完全に滅するというのは不可能だろうけど、何もやらないよりはなんぼもマシだし、「犯罪が起きた時点でみんな敗者」と本村氏が言うように、犯罪は起こらないのが理想で、起こさせないのが重要

 それにはやっぱり、教育行政への、フォローアップが必要なのよ。

http://anond.hatelabo.jp/20120222005020

本村洋さんが会見で語っていたように、

洋さんが被告に望んでいることは「ただ殺されること」ではなく、

彼が自らが犯した罪と向き合う強さを持ち、真摯にその事実を受け入れて刑に望むことだ。

こんなのは13年も途切れなくそ案件に向き合い続けた人が

「境地に」達して精神性が出てきちゃった結果の望みやコメントであって

普通の人は同じ心境に達するのは無理だし

そんなこと望む必要も無いと思うよ。




プロゴルファーバーディやイーグル出してもなお深い内省が続いていくだろうけど

一般人ゴルフバーディ出したら「すごい!やった!」で終わり。

からって一般人ゴルフを否定する必要は無い。



彼がその境地に至るまで、周囲も世間も見守り、その成長を促すように働きかけなくてはいけない。

これは不幸にも、本村さんや遺族の重い作業として続いていくが

それより離れた世間ミッションではない。

だって実際、世間がそれを自分ミッションだとして、福田死刑囚に何をどう働きかけんの?

 別にからかって聞いてるんじゃないから具体的な回答の用意があるなら書いて欲しい。あるの?)




そして、なぜこのような残酷な事件が起こってしまったのか分析する必要も有るわけだ。

そもそもいきなり他人の家に押し入って女性を殺害して犯し、

しかも殺す必然性のない赤ちゃんまでわざわざ絞め殺すという異常な行為を何故しでかしたのか、

これは不幸にも、本村さんやにとっては必要性のある課題になってしまうだろう。

だが「そんな辛いことをこれ以上は耐えられない」と放棄しても彼等を責められる人間はいない。

犯罪心理の専門家学問的興味や必要性を感じれば分析研究するだろう。




彼の中でその異常性が芽生えていった背景や成長過程も詳しく知っておいて、

そのような環境は極力改善していかなくちゃいけない。

防犯の観点ならば、福田個人のプロフィールをこれ以上掘り下げることにどれほどの意味コスパがあるのか疑う。

(もちろん専門家が「これは重大で普遍的ケースだ」と言えば研究予算下りるべきだろう)

http://anond.hatelabo.jp/20120222005020

そして、なぜこのような残酷な事件が起こってしまったのか分析する必要も有るわけだ。

そもそもいきなり他人の家に押し入って女性を殺害して犯し、しかも殺す必然性のない赤ちゃんまでわざわざ絞め殺すという異常な行為を何故しでかしたのか、

彼の中でその異常性が芽生えていった背景や成長過程も詳しく知っておいて、そのような環境は極力改善していかなくちゃいけない。

もやもやしてたのはこれだなあ。

死刑犯罪抑止力になるとはいっても、こういう問題は全然解決しないんだよ。

キチガイ死ねば良いとしか思っていない。それこそ思考停止

終わりではなく、始まり

光市母子殺人事件の被告死刑が確定して、喜んでいる人が大半だと思うが、ただバンザイしてそれで終わりにしちゃいけない。

本村洋さんが会見で語っていたように、洋さんが被告に望んでいることは「ただ殺されること」ではなく、彼が自らが犯した罪と向き合う強さを持ち、真摯にその事実を受け入れて刑に望むことだ。

彼がその境地に至るまで、周囲も世間も見守り、その成長を促すように働きかけなくてはいけない。

そして、なぜこのような残酷な事件が起こってしまったのか分析する必要も有るわけだ。

そもそもいきなり他人の家に押し入って女性を殺害して犯し、しかも殺す必然性のない赤ちゃんまでわざわざ絞め殺すという異常な行為を何故しでかしたのか、

彼の中でその異常性が芽生えていった背景や成長過程も詳しく知っておいて、そのような環境は極力改善していかなくちゃいけない。

2012-02-20

幼き相手への自覚なき洗脳

思いだして欲しい、あなたは小さい時に誰かに頼まれたりしてとお願いされてした事で怒られた事はないだろうか

しかしたら嫌だったけれど断れなかったのかもしれないし、単に怒られるような事だとは想像もつかなかったのかもしれない

そしてこんな風に怒られる「○○君にそうしろって言われたら何でもするの?先生死ねって言ったら死ぬの?」

誰も死にたくはない、むしろこれは死にたくなかったからこそ他人の指示に対し自分で考える事なく従ったという側面も

あるのではないだろうか、幼い子供にとって親の存在は計り知れない程巨大だ、親にとっては大したことのない一言

酷く子の精神に影響を与えもする、例えばこんな光景を見た事がないだろうか

「もうそんな子は知りません、置いていくからね」

と、誰しも一度や二度、いやそれ以上このような事を言われ泣き叫び許しを請う子供の姿を見た事はあるだろう

子供にとって親は絶対だ、従わなければどうなるのか、産まれてきたばかりの幼子は、親から見放されるという事が

即ち死を意味する事を本能的に理解できていて、必死でしがみつき傍に置いておいてもらおうと懇願する

そして、恐怖から逃れるために、従う事を覚え、親の言う事に対し判断する事や疑う事、自分の頭で考えて

本当に従うべきなのかどうなのかを考える事をしないようにする、なぜならそんな複雑な思考をまだ大した経験もない

小さな子供が行っても時間がかかるし、そもそも簡単には答えはでないし、判断の元となる経験がない

そんな思考をしている余裕があったら、怒られないようにするにはどうしたらいいか、そして“そのまま従う”事で

恐怖という問題から自分を守る、そもそもそうするのはよく聞くように“まだ分別のつかない子供”だからである

そしてその分別のつかない子供が“他者に従う事”を自分の判断で答えがでない事に対して適用しはじめる

それが、前述した「○○君にしろと言われたら何でもするの?」の答えだろう

決して何でもするわけじゃなく、自分の知識と経験で判断できない事だから従ったまでであり

死は生命本能として理解できるからこそ自分が死ぬような依頼に対しては拒絶できるのだと思う

そして悲しきかな、幼児児童はこういった思考に基づいていたとしてもそれを説明できるという事は稀であろう

それでは、親の立場になりもしかしたらしてしまっているかもしれない虐待洗脳について考えてみよう

もしあなた子供がいるならその我が子に対し何かを強制したことはないだろうか?

人間の子供はとても弱い、また弱く生まれる事で社会能力を吸収する期間を設けたともいえよう

そんな大事な吸収期間に強制を強いられた子供は何を身につけるだろうか

例えば、泣き叫ぶ我が子を無視したり、他の事を優先し後回しにし放置し待つ事を強制した後に面倒だなと感じながらあやしたり

例えば、親の都合、親の価値観で、託児機関に預け父母との別れの悲痛な悲しみを与え強制的に他人の下に預けたり

例えば、断乳、親の都合で設定した期間、個々の子供の成長速度を無視し周囲に合わせた機関妥当だろうか

例えば、食事の強制、貴方の栄養管理妥当だろうか、子供の舌は添加物などに敏感なのかもしれない

     本当に必要な物を不味いと感じるだろうか、また逆に美味しいといって食べ過ぎる事から予想される弊害もある

例えば、教育の強制、お習字そろばんダンス水泳など、本当に行きたくて行っているだろうか、塾に行かせる理由とはなんだろうか

     悲しい事だが、一緒に居る時間を減らす目的教室や塾に行かせる親も居る

     本当に子供のためになると思っての強制だろうか、また嫌々やった事でその子の身に付くのだろうか

例えば、子供あなた主観で選んだ玩具をすぐ飽きるかもしれないし、子供自分で選んで買った玩具もすぐ飽きるかもしれない

     飽きてはいけないのだろうか、飽きてなお面白くもない玩具で遊ばなければならないのだろうか

     飽きるという事はその玩具の性質を理解したからじゃないだろうか、いつまでも何十年も飽きなかったらどう思うだろうか

     また、もっとその玩具で遊びたいのに正当な理由なく時間規制を設けてそれを強制していないだろうか

     子供は幼少期に満たされない満たされる事がないと判断した欲求を覚えると、成人後自分の自由でその欲求を満たそうとしても

     満たせない可能性がある。テレビゲーム等の遊ぶ時間に厳しい規制があった人ほど、一生飽きることのないゲーマーになるのでは

     ないだろうか

例えば、お手伝い、将来できないと困るという理由で本当は自分が楽したいという思いを達成していないだろうか

     なぜ、皿を洗う必要がある、なぜ掃除をする必要がある、なぜ他人を助ける

     自分のため、他人のためにそうしてあげたいという気持ちがあったからこそ生まれた人間の行動ではないだろうか

     頼まれたからしなければならないのでもないし、命令されたからやらなければならないのでもない

     それらの行動が自分また誰かの為になると思ったからこそする行為であり、人が人であるなら自然に発生する気持ちである

     それらの気持ちが自然に発生するのを期待し待つ事をせずに、押し付けられ精神の発生過程にまで指令を下されたら

     そうしてあげたいという気持ちが出て来難くなるのではないだろうか

     してあげようと思っていたのに、言われてしまうとやる気がなくなるという気持ちはだいたいの人に経験があるだろう

     その貴方の中に自然に発生した“言われるとやる気がなくなる”という気持ちが確かなものなら、きっと貴方の子供も

     同じように思うはずだ、たとえ、たとえ自分言葉自分の文章構成能力でそれら意思を明確に親に伝える事が叶わなくても

世の中には様々な強制がある、どうして我が子にだけは怒りや不満の感情や、身体的痛みを与えたり想像させる事で強制してよいのだろうか

確かに子供は見境なくあっちへそっちへ勝手に行ってしまうかもしれない、親が安全管理した危険の無い空間に留める目的で、子供を移動したり

柵を設ける事とは意味が違う、それらをしなければもっと危険な状況に陥りかねないからだ

では、果たして自分より強制力のある存在保育園では保母や保育師、幼稚園教諭学校なら先生クラブなら監督コーチ、塾なら講師

社会に出れば、上司や先輩、それらの自分よりも支配力のある人間に従う事、命令通りに行動する事が全て正しいのだろうか

自分の判断は介さないようにした方が自身の為になるのだろうか、確かに、判断材料に欠けたり判断の時間がなく言われた通りにしなければ

ならない事をあるだろう、しかし本来の目的と違っていたり、当初の約束とは違う事を貴方は支配者から要求されるかもしれない。

 貴方は“貴方自身”を大事にしているだろうか

例えば、約束に反し無賃金労働を行ったり

例えば、お使いや使いっ走りを貴方の意思を問うことなく頼まれたり命令されたり

例えば、何か他の誰かに迷惑になるような行為を業務上させられたり

例えば、人格を否定されたり

確かに、自分で考えることなく上からの指示や強制、命令を疑う事なく実行する能力は、奴隷として非常に優秀かもしれないし

統率者の倫理感、目的達成能力社会正義に適っていて、貴方の想像を超えて貴方自身にとっての幸福にもなるのなら良いのかもしれない

しかし、どうだろう

筆者の主観かもしれないが、言える所で本当の気持ちを言ったり、不満ばかりがたまっていないだろうか

貴方は貴方の本当の気持ちを大事にしたいからこそ、そういった本音や不満がでるんじゃないだろうか

何かが間違っている、そう何か漠然とした思いがあるんじゃないだろうか

共感、他者を感じる事、他社の気持ちを自分のことのように感じる事

他人の喜びや楽しみを自分のことのように喜び楽しみ、他人の悲しみ、苦しみを自分の事のように悲しみ苦しむ

そんな人として大事感覚をなぜかあまり使わないように使わないようにする親子関係が非常に多いのではないだろうか

子供はなぜだろう、一般的に子供は正直で素直だという

社会生活は複雑で多重に絡みあっている

何かの社会的生活様式や行動を子供に理解させるのは非常に難しいので

本来の順序説明が面倒になり端折って、簡単な怒りや痛みから守る事を動機にした

行動の理由説明をした方が楽なのかもしれない

ただ、もっと楽な方法があったらどうだろう?

貴方は怒る時、怒る感情の理由や前提として

 気持ちの奥底に“悲しみ”がないだろうか?

例えば、子供がそんあ方向に行ったら大事子供が怪我をするかもしれない

例えば、そんなマナーでは将来子供が恥じをかくかもしれない

例えば、そんな計算能力や文字の汚さでは将来誰かの為に何かしたいと思った時にそれをできないかもしれない

例えば、食の偏りが身体の健全な発達を阻害して、不健康等の元となり病気などで苦しむかもしれない

きっと、それらの起こりうる未来想像自分も悲しくなるし、子供にそんな思いをさせたくないと思うから

親として教育しなければならないと思っているはずだ

子供自分が素直で正直である以上に、親である貴方にも素直で正直であることを望んでいる

大人になると他人の前で悲しんだり涙を見せるのは、恥ずかしい事かもしれない

でも子供の前ではどうか素直になってほしい、正直になって欲しい

たとえ貴方の説明が難しくて理解できなくても、表情や態度から何かもっともな理由があるのだろうと理解するだろうし

そういった経験がいずれ本当の理由を理解する時の助けになるはずだ

まず、親である貴方自身が自らの“悲しみ”“苦しみ”に素直になって、そう思うからこそ

である貴方にもそんな思いはさせたくないと、させたくないからこそそうして欲しいんだと伝えてあげて欲しい

そして、これを読まれている貴方は、既にそんな時期はもう過ぎた、子育てはもうしてしまった終わったよと思う方もいるかもしれない

そうならば、貴方の娘や息子も貴方と同じ苦しみを将来の子育ての中で感じるかもしれないし、子育て最中であるなら

今まさにそういった思いを感じているかもしれない

人はコミュニケーションを取る動物だ、その能力だけで今の社会を築きその恩恵に預かっていると言えなくもない

是非、素直な気持ちで過去を振り返り、その思いを子や娘と共有して欲しい

ここまで読んだ貴方にはその勇気がある、過去を振り返り、もし乗り越えて成長したいという思いがなければ

こんな駄文をここまで読む事はなかっただろう、人はいくつになっても成長できる

よりよい自分想像し、また過去を振り返り思いを共有すべきだと考えるから

そう考えるからこそ他人の書いた文章を読み、自分経験と照らし合わせ、そして何かを得ようとしているじゃないか

僕は貴方が本当にしたい事をすべきだと思うし

みんながそうあるべきだと思う

どこかで何かが少し噛み合わなかった事で、自分で考え、自分で判断し、自分の思いを成す事を

阻害してしまいっている要因があるのなら、それは自分の手で取り除く事ができる

とても勇気の入る事だ、自分自身を振り返るただそれだけでも既に多くの勇気を振り絞っただろう

メール手紙チャット電報FAX、また人から人へと間に人を介して伝えたり

人は様々なコミュニケーション手段を持っている

貴方が貴方の思いを誰かに伝えるだけでも、貴方は成長できるだろう

それは今日かもしれないし明日かもしれない何ヶ月後、何年後かもしれない

私が私らしく貴方が貴方らしくあるべきであるように、皆がそうあるべきだ

自分に正直に、自分に素直に、そして周りの人間にも素直に正直に

そういう世界を創っていこう。


@awaikumo

放送大学ネタついでに2torについて話をしようぜ

http://togetter.com/li/260513

教育だけならkhan academyとかITUNE Uとかでもいいけど

本当の大学定義ってなんですか?

て問まで考えるとこっちのほうがよりタイムリーじゃないかと思う。


http://jp.techcrunch.com/archives/201002052tor-20-million-online-education/

http://gendai.ismedia.jp/articles/print/31531

「Great Universities Unleashed (偉大な大学を解き放て)」というキャッチコピーを持つ2tor

提供するサービスユニークポイントは、難易度の高い有名大学の学位認定プログラムを、

史上初めてオンライン提供することに成功している点です。

具体的には2torが時間をかけて最適と思われるパートナーを慎重に選び、

その大学既存教育プログラムを、その質を落とさないように、

またオンラインの特徴を活かして優れたものとしてデジタルします。

2torはその過程で必要とされる

テクノロジー運用ノウハウ提供学生マーケティング支援、そして初期導入のための資金(1000万ドル~1500万ドル(約7.7億円~11.5億円)を提供し、

学生から授業料収益大学と分配するというしくみです。



昨年春には初めての卒業生500名を輩出し、

現在約2000名もの学生が、全米43州、そして25もの国(日本韓国トルコ等)から受講しているとのことです。(中略)

オンラインプログラムからといって生徒の質が下がらないよう、

成績上位者から選りすぐった学生のみを入学させ、

また学費もオンキャンパスプログラムの学費と変わらない水準であることが、

従来のオンライン大学に対するイメージと異なる点と言えます

受講生は2torの卒業生ではなく、正式な、歴史のある南カルフォルニア大学卒業生として認められるところも、今までにはないユニークな特徴です。

2torの実績とプログラムに対する関心は少しずつ導入プログラムの拡大へと繋がり、

現在更にノースキャロライナ大学MBAプログラム、そしてジョージタウン大学看護学大学院も導入を決めました。





余談。

私は橋下市長の教育改革案について、現在の案だけでなくその思考ロジックまで全面的に否定したい立場ですが、

あの人の得意な「じゃあ代替案」として、どんなものがあり得るか色々考えないと行けないですね。

日本でこういうのはいきなりは難しいと思うけれども、かといって橋下市長のように

教育について政治が主導しなければいけない、って考えると、かえって行き詰まりに近づくと思います

教育×破壊イノベーション 教育現場を抜本的に変革する」などの考えをもとに民間を活用していけたらいいな、と思う。

2012-02-17

処女コンプレックスだったころの自分処女厨童貞厨。

性のことは、心の深い部分に影響があるテーマから男性女性もそれぞれの言い分があると思う。

多くの男性が一生のパートナーが、できれば処女だったらうれしかった という風に考えると思う。

そういう男性が多くいることを知らず、処女のまま結婚したことが長いことコンプレックスだった女性の私が

それならもっと処女を大切にするような文化だったらなあという思いとともに過去を振り返ろうと思った。

本当に、いろいろ悩んでいるので、文章にまとまりはないと思います

けっこうつらい思いをしたので、つらい想いとともに混乱しながら書いているので

文章が整っていないのはごめんなさい。


まず、処女コンプレックスだったのは、20歳過ぎて処女はひどいブスだけ、ということをたくさんの男性から言われたこと。

それがコンプレックスだったので、私は、処女だったけど、一生懸命自分を磨いて、結局モデルをやれた。

水着仕事もあったので、グラビアだったり水着モデルをやってても、私みたいな処女の人だってそれなりにいるんじゃないかなっておもう。

ここまでかくとオッサン乙、ってことになるとおもうけど

処女コンプレックスで、運命男性に会いたくて自分を磨いて

その過程モデルをやるという人は私以外にもいると思う。

女性男性ほど性欲が強くないし、一生の相手じゃないと体を許したくないと思う人は多いと思う。

話を戻します。

サークルとか合コンとかでモテるのは、男性受けする女性ですね。

清純派でおしとやかだったり、美人女の子らしい女性が受けますよね。

ざんねんだけど、処女っぽいからこそその女性モテます


で、そういう女性は、女性が憧れる男性からアプローチされるので

自分理想男性とすぐに付き合い始めます

女性は、性欲は強くないけれど、恋愛はしたいと思うものからほとんどの若い女性彼氏がほしいと思うのが当たり前ですよね。

から、清純派で、清らかに見えても、だからこそそういう女性は、極端に潔癖でなければ男女交際をするのが普通です。

清純派のおしとやか美女がすごくもてて、いつも彼氏が途切れなくて、

片思いしているイケメンとも付き合えているのを、仲間内では知っているわけです。

で、そういうモテる女性合コンしたりすると

そのモテる女性が「清純で、ピュアで男になれていなそう」ということで、さらにモテます

そういうモテる女性は、

自分片思いしたような素敵な男性と付き合って別れたにもかかわらず

何も知らない男性からも「ピュアそうだからかわいい」とモテることになります

それで、結局は、合コンでも、その女の子が選ばれることになります


これは、自分コンプレックスとかバカさを暴露することになるので

もう、叩かれてもいいのですが

自分は、ぶりっ子だったり、清純だったりはしませんでした。キャラが清純ではありませんでした。

嫉妬とか言われても実際そうなので構いません。

私は、自分が好きだなあと思うような男性と複数つきあえているかわいい女性がうらやましかったし

自分が好きになる男性が選んでいるのは非処女だったので

処女性はあんまり関係ないな、と思うようになったわけです。

先にも書いた通り、モデルをしたことがあるので、ブスではありません。

でもコミュニケーションは下手でした。

同性からは、「ぶりっ子するな、自分のことをかわいいと思ってうぬぼれるなブス」

みたいに、12歳ぐらいから嫌われ始めました。

たぶんそういうのがすごいトラウマだったのもあります

そういうことで、女性受けする自分キャラ、というのを作るのに必死

道化を演じました。面白い芸人みたいな、明るい、自分彼氏横取りしないようなさばさばした女、というキャラです。


私は、小学生中学生時代女性から集団で嫌われた経験が強烈だったので

男性には全く興味ない面白い女を演じるのが必死でした。

しかも、それが、自分の素のキャラだと思い込むようになっていきました。


で、合コンにいくと

「君は男慣れして遊びなれていそうな感じがするね」

と言われてしまい、男慣れした清純派で非処女女性に負けてしまうわけです。

男性は、清純な女性が好きでしょう。男性経験が少なそうなおしとやかな女性が好きでしょう。

からこそそういう女性モテます

何が悲しかたかって、

自分処女なのに

自分片思いしていた男性と付き合った後に何人もの男性と付き合ったような女性と比べられて

「あの子のほうが清純で、君は遊びなれてる」

と言われてしまったことかな。

けっきょく、処女かどうかなんて、男性はたしかめようもない。

から処女っぽい非処女がもててしまう。

そして自分処女なのに遊びなれている女性だと思われてしまう。

そういうのがなんだか、とても悲しかった。

自分片思いした男性が選んでいたのは、非処女だけど清純な女性だった。

私も彼女のようになりたかった。

から処女であることは隠していたし恥ずかしかった。

彼女のようにかわいければ、処女ではないのが普通から

それに、誘ってくる男性は、セックスをしない女性だなんて古風でダサイし、ブスしかいないと

散々洗脳してきました。

セックスしないなんてダサいよ、だからしようよ、みたいな。

処女を捨てろ、ダサいといってきたのはむしろ男性のほうでした。

今思うと、結婚ではなく遊び用の女性として、男性たちは誘っていたのでしょう。

しかし、大学生ぐらいだと、そういう男性ばかりではないですか。

今思うと、学生ぐらいだと、童貞を捨てたいだとか、彼女がほしいとか、遊びのためにセックスしたいとか

そういう男性ばかりだったのだと思う。

しかし、何も性知識のない女性は、ああ、性にはオープンなのが当たり前な時代なのかなあと思ってしまます


私は、学生生活を通して、

セックスに臆病でいるなんて性に対する偏見から、早くセックスを知ったほうがいいと

男性から女性からも言われてひどいコンプレックスを持つくらいでした。

今思うとそれに流されなくてよかったと思う。

でも、たとえいわゆるヤリマンだのビッチだのじゃなくても

処女を捨てなきゃとせかされる環境が、いまでも日本には普遍的に存在していると思います

とくに大学デビューしたリア充希望の人たちの間ではそうです。

リア充になることがメインの大学時代

将来自分結婚する女性処女だとかどうだとかは、あまり考えずに

女性処女を奪ってしまうのでしょう。

処女結婚したいと思う男性が大半ならば、結婚する女性以外とはセックスをしないべきなのに。


平均的な学生生活において恋愛経験すれば

極端に乱れた女性でなくても

処女は捨ててしまうことが多くなると思います

メディアもそうですし、先述したように遊び目的で性欲を持て余している男性

処女を捨てるように誘惑するからです。

結婚なんてずっと先で、青春若者としての充実が先にやってくるという社会構造から

処女が減るわけです。

最後に書いてしまうと、

イケメンで、ハーバード大出身で、年収が3000万円くらいの、

いわゆる婚活市場で最強な男性でも

普通に若いころに恋愛経験のある非処女結婚していました。

姉なのですが。


姉も、まあ兄弟なので若いころはモデルみたいなバイトもしてましたし

それなりにリア充でした。

姉は、特にビッチとかヤリマンとか中古とか、処女厨の人が言うような女性ではありません。

ただ、普通真剣恋愛普通にしただけの女性です。

しか処女ではありません

それでもほんとうにいい人と結婚できています

義兄は、処女とかこだわらずに、人柄と容姿で選んだのだと思います

義兄自身、恋愛経験普通にあるので、性に対しての極端な汚いイメージがなかったのではないかと思います


処女厨男性は、女性処女性にこだわるでしょうが

それは、けっきょく、性に対するコンプレックスや過度の執着ではないかとも思います

というのも、かつては私がいわゆる童貞厨だったからというか。

夫が初めての人でしたが夫は普通にモテていましたか恋愛経験が私以外に5人くらいありました。

夫に処女をささげた直後は

こんな、セックスという、刺激の強い、おおきなことを

他の女性ともしたことがあるなんて と

とても悲しく思いました。

卵子が、精子が、性病が、純潔さが

ということではなくて

やっぱり、セックスというのは、心身ともにとても刺激の強いものですから

愛する人しかできないものだと思ったのです。

から、こんな深いことを、ほかの女性としたこともあったなんて、悲しすぎる、と思ったのです。

そこで、処女厨という言葉を知りました。

他のひとと、あんなことやこんなことをしたんだと悲しい思いをするのは

処女厨のひととまんま一緒でした。

しばらくたって、慣れてくると、性に対してすごくコンプレックス偏見を持っていただけで

夫に過去にどんな恋愛があろうと夫が好きだという気持ちを

大切にしようというのがメインになって、過去なんてどうでもよくなりました。


童貞厨てのはすくないけど、私は相手が童貞だったらうれしいと思う。

男性のほうが性病罹患率が高いわけだし、過去女性関係があれている人はエイズじゃないか怖いなっていうのもあった。

童貞が、自分のことをコンプレックスに思うのは

いわゆる「童貞くさい男」っていうのが「キモオタっぽいさえない男」っていうイメージがあったりするからなのかと思う。

女を口説けない男、みたいな。

処女を続けてきた自分からすると処女っぽい女っていうのも同じくらい恥ずかしいことだった。

好きな男に選ばれない女、みたいな。

そして、処女からすると、相手の過去性的な関係はとても悲しかったし気になった。

最初のうちは。

いからここで切ります

性のことについていろいろ悩んだ時期もあって

それでいま落ち込んでいるので、

文章にまとまりがないのはもうしわけありませんでした

お読みくださってありがとうございます

2012-02-14

国語の授業に則って


筆者の気持ちを説明しなさい

実際アレが本当に大元元増田の肉付けだったとして、ではその肉付けをした上で増田に書いた意図を考えると、

自分性格」を理由に「子どもを作らない」ことは正しい判断であるっていうのを他人に肯定してもらいたい

という期待があったのでは? と考えられる

その場合

子ども持つかどうかは人それぞれの判断だし、今の時代子どもなしでも楽しんで生活できればそれでいい」

みたいな流れは、母親孫の顔を見せないという復讐正当化することにも繋がるので元増田的には一石二鳥で大歓迎となる

逆に「孫の顔見せてやれ、恩返ししてやれ」という助言に対しては、「なに的外れなこと言ってんだ」と怒りをたぎらせ、

自分はこんなに抑圧された、こんな過程があってこそのこの結果なんだ」と切々と真意を訴えることができる

(実際にはその真意を示唆する描写があるので正面からは訴えなかったかも)



ところがここで、子ども持つか持たないかの判断の源すなわち骨の部分である恨みやトラウマにまで切り込まれてしまった

その際まるで自分の恨みや憎悪に無自覚であるかのように扱われたのが(なぜか他人である解説者らの)癪に障ったのだろう

当然だ、真意という骨に肉を巻いて意図的に皮肉に仕立てていたとしたらその憎悪と恨みに苦しんでいないはずがない

いわば傷口に塩を擦りこまれたも同然の指摘記事がついたのである

かくしてわざわざ他人のネタを懇切丁寧にネタばらす人が出現したのであった、とっぴんぱらりのぷう



感想を述べなさい

解説者のいう「文章として面白みがないから肉付けを行った」という解釈はあまりよろしくない

理由は簡単で、肉付けても面白みがないかである

面白いかどうかは主観の問題なので退けるとしても、肉付けを行ったことで背後に隠された「骨」が新たに展開しているかというとそうも言えない

骨すなわち真意が展開するとは、書き手の中でその恨みやトラウマがどのように昇華したのかが示されるということを指す

元記事において恨みやトラウマはまったく昇華してはいない、元増田は依然として母親「教育」の影響下にあり、意趣返しこそ為したが何ら救われていない

「文章として」楽しむのならばそこで救いを生じさせ、感動を生むことを狙うのは定石である

この文章は定石を打っておらず、また定石を超えた独創的な結末を持っているわけでもない

よってつまらない。つたない。肯定的な評価を与えるための理由が無い。

である恨みつらみやトラウマをそのまま露出させれば得られたであろう「生々しさ」という面白さすらない。




腑に落ちないのは

例えばブコメにも「のろいがえしー」のような読みが普通に転がっているわけで、やっていることは増田記事での指摘と同じなのに、

何がどう琴線に触れてこんな大爆発に至ってしまったのかは不明。しかもその琴線の主は解説者であって元増田ではないときた。もう何が何だか




ああ。ひまだな、自分

http://anond.hatelabo.jp/20120214171717

政治家に実績が必要とされなくなったのはいからなのか?

ここ最近大阪の橋下市長が何かと話題にのぼることが多いのですね。

その中でも特にびっくりしたのが、世論調査で「大阪維新の会に国政への進出を望む」っていう声が60%を超えているという話。


え?まだ何の実績も上げてない人たちに国政進出を望むの?


というのが、感想です。

選挙圧勝したのは凄いことですが、それはあくまで過程であって結果ではありません。

下市長率いる大阪維新の会が輝かしい実績を積み上げていくのか、それとも最近槍玉に上がることが多い

何処かの政権与党のような醜態を晒すのかはまだわかりません。

からこそ、国政に話を持って行く前にまず話題にすべきことがたくさんあるように思うんです。


マスコミの役目って何でしょうね?

掴んだネタ面白おかしネタにして遊ぶのは2chアフィブログで間に合ってるので

もう少しちゃんと考えて記事書いて欲しいですね。

2012-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20120209042916

最初目的は大体うまく行かないが、やってみる過程で別の可能性が見えてくることが本質だろう。

2012-02-07

BPD(境界性人格障害)の人と付き合った末路

どうなるのだろうか

BPDの人は、不思議な魅力を持つ

彼・彼女らは人との距離をとても狭めようとする

精神的な距離がとても短い関係を作る

その為に彼・彼女らは劇的な関係を演出し、自らを守られるべき存在に見せる

から、人同士の距離が大きくなり、繋がりが弱くなった現代の人間にとって魅力的に見える

けれど、彼・彼女らは愛情を確認するために時として残酷なことをする

試すのだ

その人が何処まで犠牲にしてこちらに意識を向けてくれるかによって、彼・彼女らは愛情を感じる

例えばこうだ

家庭環境悲惨さを訴え、自傷行為告白し、自殺すると伝える

あなたが友人・知人と遊んでいると知れば時間場所に関係なく電話をかけて自分自身を優先させる

深夜に電話をするとか、呼び出してみせるとか

あなたが嫌だと思う行為を行なってみたりなど

(例えばあなたの大切にしているものを粗末にしたり、他の異性と出歩いてみたり)

そうした行為あなたを試し、耐えてくれることを"献身的"であると受け取る

あなたは彼・彼女の憂いを帯びた雰囲気や、こちらを健気に繋ぎ止め頼ってくる姿に夢中になるだろう

から、初めの頃はそうした試し行為も甘んじて受け入れるのだろう

しかし、あなたの寛容さにもいつしか限界が訪れる

「もう付き合いきれない、もう少しこっちの事も考えてくれ」

あなたのそうした言葉が、引き金になるだろう

彼・彼女らはより強くあなたを試す

それと同時に、自分を守るためにあらゆる手段を講じる

初めの頃、あなたに見せた"かわいそうな姿"を用いて、自分あなたの周りの人を味方につける

彼・彼女らはあなたが特別だから好きなのではなく、都合の良い人間であるから好きなのだ

から自分の思い通りにならなくなると容赦なく捨てるのだ

その頃には新しい恋人を作り、あなたを攻撃しだすだろう

覚えてないだろうか

あなたが彼・彼女らと付き合い始めた頃を

彼・彼女らは昔の恋人のことを頻繁に話さなかっただろうか

そして、その相談あなたは乗っていたのではないだろうか

それと同じことが起きている

かくして、あなたは同じように彼・彼女らとは離れることになる

しかし、まだ終わらない

新しい恋人を手にいれた彼・彼女らはそれでもあなたを狙う

現在恋人と少しトラブルを起こせば彼・彼女らは言うだろう

「やっぱり、あなたが一番だった」「もう一度やり直せないか」「友達として相談に乗って」と

そして、あなたはそのトラブルに巻き込まれ、完全に縁が切れるまで利用され続ける

その過程で、あなたは彼・彼女らによって知人・友人の多くを失い、そのコミュニティでの立場も失うだろう



さて、そうした経験を持つ人はその後どういう風に生きていくのだろうか

呪いのように、自らもBPDとなるのか

誰も信じられなくなり、恋愛や対人関係に怯えるようになるのか

こうして書いたのは、BPDの人と付き合った人間が、その後どういう風に生きていくのかを知りたいからだ

増田にもBPDの人間と付き合った経験を持つ人はいるだろう

付き合う前と付き合うあとで、どの様に価値観が変容したかを知りたい

2012-02-06

http://anond.hatelabo.jp/20120206125208

身に付けたものをあえて捨てるという過程意識的に繰り返してないと、加速度的に老害化するだけ。

2012-02-01

ミカンの木になりたい

長文。愚痴

じいちゃんばあちゃんに孫の顔を見せてやりたいという気持ちはあるんだが。結婚が一人でできるのなら、明日にでもするんだけどさあ!一人じゃ!できないからね! プラナリアになりたい!駄目だ! 増えるだけだ!!! 遺伝子の可能性が生まれないね!!! 今の世の中大学高校までに恋愛できる方法を見つけておかないと、途端に難易度上がるよね結婚て。大きい企業とかに入ったらまた違うんだろうけど、会社にいる人は数人で、しかもみんな結婚してるよママー。っていう場合、そもそもどうやって相手を見つけるのかっつー話ですよ。皆様、結婚相談所かいってるバカにしないでくれたらありがたい。友達もみんなオタクとかだと、横の広がりの帯にそもそも男が含まれてないんだ。友達も多くはないしな。……友達作れって話か。でもあなた達、そういう行為を卑しいっていうじゃないですか。必死な人ってみにくいっていうじゃないですか。わたし不細工だしな。不細工があがいてるのってみっともねえって笑われるんですよ。笑えんだろ。そうできる方がマシだってことは知ってる。知ってるんだ。しかも30過ぎたら、女に価値なんかねーんだっていうんだって。それが総意見じゃなくても、そういう人達が多数になってくるんだって。(もっと下じゃねーと意味ねーよっていう人もいるだろうけど置いといてください)30すぎて独身だと死ねコールされてるみたいじゃない。そういうのは気にすんなって話なんだろうけど、さあ?言われてるのを知っちゃった以上、サラっと忘れられるわけねーって。全部忘れたい。無邪気に微笑んで可愛い子になりたい。そういう子知ってるけどまじかわいい。天然物の天然ってマジで可愛い。顔も可愛いし。

大人になって気づいたのだが、本当に女ってものホルモンバランスで機嫌が崩れて腹だたしいのよ。自分の状況がどんなに上がってても問わずで、気分が下がるんだよ…。下がってる事実に気づいて「下がってんなー仕方ないなー頑張るかー」って思うしかないし。でも勝手結婚したいなーって体が思うんですよ。めんどくせー。しぬほどめんどくせー。独身でいるとこれを50過ぎまで毎月繰り返さんといかんのかーきつーーいーーー。って、なるんですよ。生殖器貸出制にして欲しい。リア充はみんな幸せになってお金を稼いでください。私は私の食い扶持を稼ぎます

男はよくわからなくて近寄れないが女は怖い。そもそも友人と家族以外がみんな怖い。みんなさあ、いじめたりさあ、いびったりさあうらぎったりさあ、よくやるよね、めんどくさそうなのに。でそういう性差ゆえと言われている醜い所が自分に見えると、ほんとうんざりする。なのに自分は嫌いになれないしなあ。第三の性があればいいのに人間に。もうざっくばらんに 性別:エトセトラでいいよもう。男にも女にもなりたくないが、そういうわけにもいかん。体はそうは言っていない。言うこと聞けや。仕事明日仕事休みなんかしばらくねえやい。しか健康のために体重落とさないと。そして働いても金はたまんねえし。しかお金貯めないとあと10年ぐらいで死ななきゃいかんわい。先が暗い。がんばれー。しかしさあ、そもそも結婚恋愛って過程が要らんじゃん…、っていいたくなる。まともな恋愛って何よ。社会の基盤づくりを個人のスキル重視にし過ぎちゃだめでしょ。それより自分の腕を磨きたいってずっと思ってきたのに今更裏切られるわけ。何に裏切られてんだ。自分か。寒いし寂しいのか。馬鹿か。


はあ、ミカンの木になりたい。

自分の体で雄花雌花顔しべ雌しべが完結してればいいのに。ミカンもできるし。食べられるし。光合成するし。成長しきると植物って光合成しなくなるってほんと?

(あとミカンに関してはほんと良くしらないんで間違ってたらすみません)

でもなーミカンはできるしなー。いいよね、おいしいものが作れるって。

ミカンになりたい。栄養あるし。食べたらなくなるし。七味に皮はいってるし。

2012-01-26

悪いところばかり真似する。

悪いところばっかりそっくりになるという。

それはあくまで、悪いところは目立ちやすく良いところは見つけにくいということ。

学習に先だって、その人を写し込む過程で良いところからは引き剥がして得がたい特性ではないか

2012-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20120125183732

普通の人は、そうやって似合わない服を選んで恥ずかしい思いをして徐々に自分スタイルを作り上げていく、という過程中高生くらいの頃に通過するものなので、世間ファッション談義は基本的にそういう普通ルートを通過した人間向けに書かれている。

2012-01-23

スローガンで世の中は動かないっていい加減学習しろ

http://anond.hatelabo.jp/20120123133344

いや、それでうまくいくと本当に思ってるならどうぞご自由に?



あとね、全体的に自分イデオロギー押し付けが先行して、まともに文章読めてない。

まず新卒一括採用を維持なんて一言も書いた覚えはないし、「無理なら取らなくていいんだよ」なんて当たり前。

でも現状それができない。なぜ一括採用になってるかというと就活サイトなどを使わないと情報学生に伝えるチャネルを持ってないからだよな。

そういうのを踏まえて新卒一括採用必要性をなくすための方策、その過程を書いているんだよ。

先に制度をかえてうまくいくと思ってる人って実際にやれるもんならやってみればいい。

会社の人事が変わるべきって話なら、そもそも新卒一括採用を止めて、各部署が自分の売り上げと相談して、欲しい人材を確保すればよいだけ。

就活」なんて馬鹿げた騒動もなくなるし、「新卒就職できなくて絶望」なんて価値観もなくなる。

会社」ではなく「仕事」に対して「人材」を募集するようになれば、「転職」なんかへの感覚全然変わるさ。

こういう短絡的な机上論を述べる奴って2ちゃんねるでよく見るけど、やってみろよ。具体的な企画書書いて持って来い。

うまくいってる実例もってこい。ちゃんと研究成果を添えてな。

仕組みも知らず、周りの声に流されてろくに考えずに発言する奴は、一括採用がなくなったらますます不利になると理解しような?



自分いかバイアスを掛けて文章読んでるのかちゃんと理解しような。

2012-01-21

結婚ってなんだろう?①

世の少女マンガとか読んでると、お金持ちor玉の輿andイケメンとか、すばらしく素敵な条件の男の人と最終的にハッピーエンドになるお決まりパターンが多い。

世の中に大富豪とか王族結婚適齢期なお相手など、そんなにいっぱいいるわけもないのにと、醒めた目で見てしまうのは私だけなのかしら?

しかも、ストーリーが「ヒロイン勝手に思い込んだイメージや思い込み」でドタバタとすれ違ったり、衝突したり…。

現実的にそんなに思い込んでしまいたがりの短絡思考で、恋愛時and結婚後のコミニュケーションをうまくとっていけてるとは思えないんだけどな。

それ以前に、思い込みたがり病な女の子を、いくら綺麗だったり可愛かったりスタイルが良かったりだけで、そんなに愛せたりするのかしら??いたって疑問。

一般の人たちが思い描く恋愛結婚へのイメージの層の薄さに愕然とする思いだ。

そういう私自身も独身から結婚へと移行する際に、これといった本物感など全くなかった。

結婚さえすればすべてがきっとうまく回っていくだろうという幻想を持っていた、すごく浅はかでおばかな女のひとりだったことも本当。

からもちろん結婚がうまくいくはずもなく、生身の男と女のぶつかり合いで互いにすり減り傷つけあっていた。

そもそもみんな「男の人は働いて女の人は家庭で子供を産んで育て家を整える」という幻想的な価値観を、世界普遍的な幸せの究極の姿だと世界中が誤解しているのではないか

少なくとも私は、「男の人は女性よりも力があって、だから夫が妻を守る」というイメージをずっと持ち続けてきた。

結婚して、そのイメージが一つ一つ裏切られていくそ過程で、私は心で不安感や違和感を感じないように閉ざす努力をし続け、そして結婚生活に色がなくなっていった。

相手のせいにする気はない。

全ては私が自分自身の力を「権威者であるオートマティックに認めた「主人」に譲り渡してしまったのが原因だ。

私が私自身の力を持ったままでいれば、二人の間の現実もっと冷静に『幻想メガネ』なく見つめられただろうし、ダメージは最小限に抑えられていたと思う。

自分自身の真実から目を背け続けた代償は大きすぎた。

2012-01-16

http://anond.hatelabo.jp/20120115233407

http://logsoku.com/thread/toki.2ch.net/news4viptasu/1321505621/

こちらのスレッドに書いたんだが、美容行って脱オタする過程で男であることが苦しくなって女性ホルモン半年ぐらい飲んだ

胸が少しだけはってきた

アトピーが治るかなと思ったけど、それは大差なかった

少しだけ肌が白くなったよ運が気がした

いつもより肌寒くなった

雰囲気が変わったと同僚から言われた

食欲をコントロールするのが難しくなった

太ももが太くなった

男の時は胸を触っても感じなかったのに、飲んでるときは思いっきり感じてしまった

性の対象が女性から男性に変わった

朝立ちはしなくなった

でも、飲んでいる途中で20の段階で飲み始めても意味がないことに気づいて虚しくなった

12歳ごろにしっていたら、人生変わっていたのかもしれない

ちなみに顔写真はこれ

http://imepic.jp/20120107/783280

半年ぐらいホルモン飲んだけど、前と全然変わらなかった

性転換教室のように完全に女になれたらいいのに

そしたら、女をめぐって競争しなくても済むし、フェミニストから攻撃を受けても気にしないでいられる

2012-01-14

http://anond.hatelabo.jp/20120114210928

ひとつ前のTBが指摘しているように「精神病」としてのペドフィリア社会情勢と関係なく以前から存在しているが、商業主義による「性的対象の低年齢化」は確かに戦後日本独特の社会現象だった。「幼い」「成熟していない」ことが性的アイコンとして『メインストリームで』もてはやされるようになったのは日本における「アイドル」という概念誕生と時を同一にしている。テレビの中の「成熟していない」少女に欲望を向けることに慣れた男たちが現実世界においてもその欲望を露わにしていく過程を「焼畑農業」と呼ぶことはさして間違いではないし、そこから戦後日本社会病理を読みとることも可能だがそんなことは宮台先生あたりに任せておこう。サブカルチャーにおける「戦闘美少女」の誕生とその一つの達成点としての冲方丁桜庭一樹に関しても、ここでは言及しない。

重要なのは「焼き払われた」少女性をどうとらえるかだ。男性の欲望がより低年齢へと向かい彼女らが「私は女であり、女は売り物である」という自覚を低年齢で持つことが社会的に/倫理的に悪なのかどうかという判断はここには示されていない。もちろん女児性的欲望を向けることをためらわない男性/そのような男性存在する社会危険である。だがそのような現実を自覚したうえで、彼女らにどう「武装」を施すかが、母親としての責任でもある。ジェンダーに関する教育はそのあとでいい。もちろん元増田自分の中の「焼き払われた」少女性を自分の娘に肩代わりさせたいのだ、というなら止めはしないが。

2012-01-11

誰でも分かるステマ騒動まとめ

ステマ騒動の概要

2011年1月1日アニメ制作会社の「シャフト」の公式サイト中に、大手まとめブログの「やらおん」と同じAmazonアフィリエイトが埋め込まれている、という情報2ちゃんねるニュース速報嫌儲)板に書き込まれました。

この情報は瞬く間にネット中に広まり特に2ちゃんねるニュース速報板において新年早々の大型祭りに発展する騒ぎになりました。

なぜステマ騒動は起きたのか

やらおん」という主にアニメスレをまとめている個人ブログがあります

絶大なアクセス数を誇る一方、特定のアニメを叩くために偏向的な記事を作ることが多々あり、2ちゃんねらーを中心とする一部の人からは「アニメ業界の癌」として非常に嫌われていました。

やらおんに叩かれたアニメは内容の出来に関わらず日の目を見ない」という意見もあり、癌であるかどうかは別にしてアニメ業界に大きな影響力を持っていたのは事実です。

そして今回「やらおん」と「アニメ会社」を結びつける証拠が出てしまいました。

概要に書いた通り、アニメ制作会社シャフト公式サイト中にやらおんAmazonアフィリエイトが埋め込まれていたのです。

具体的に説明しますと、シャフト公式サイトに貼っていあるリンクを経由して買い物をした場合やらおんアフィリエイト報酬が発生するようになっていました。

これらの証拠が原因で「やらおんが一部のアニメを叩き一部のアニメを過剰に持ち上げていたのは、シャフト等のアニメ制作会社から金銭を受け取ってそうするように指示されていたからだ」という推測が2ちゃんねるに広まりました。

そしてこの「個人ブログを利用して自社製品宣伝する行為」が「ステルスマーケティング」略して「ステマ」ということで今回の騒動の中核を成す行為というわけです。

まとめますと、

以前からやらおんによる「アニメの評判操作」が非常に嫌われていた

やらおんシャフトの繋がりを示す証拠が見つかった

アニメの評判操作を指示していた犯人シャフトであるという推測が広まった

個人ブログを利用してステルスマーケティングをする企業も、その片棒を担いで小遣い稼ぎをするアフィブログも、どっちも許さないぞ、とニュース速報板住民がキレて大暴れ

という流れがステマ騒動の発端です。

ステマ騒動が加速した原因

キレたニュー速民は、ニュース速報板において少しでも企業宣伝臭が感じられるスレッドに対し「ステマ乙」という内容の書き込みを連投するようになりました。

この頃にはまだ板全体が完全に機能停止していたわけではなく、一部の宣伝っぽいスレのみにステマ連呼荒らしが発生している程度でした。

しかしこの状況を更に加速させるような燃料が相次いで投入されたことにより、一気にステマ騒動は爆発的な広がりを見せることになります

燃料(1)

ニュース速報板にはほぼ専属の削除人がいて、ニュース速報板に立ててはいけないと決められているスレを不定期に削除しています

この削除人が、前述したシャフト騒動の祭スレを削除してしまます

これに対し住民は強く抗議し、さらに同じ削除人仲間も「これは削除対象ではないだろう」とはっきり対立意見を表明する事態になりました。

結局この件が原因でシャフト騒動のスレは削除されないというお墨付きを得てしまい、祭がさらに加速する原因になってしまいました。

燃料(2)

神がかったタイミングで「食べログ」においてステルスマーケティング業者が存在するということが大々的に報道され、

このことで「ステマ陰謀論ではなく実在する」「ステマ違法」という重要な二つの情報に公的ソースが与えられた形になり、

ますますステマ騒動を勢いづかせることになりました。

燃料(3)

ニュース速報板には運用家族と呼ばれる、ニュース速報板の自治に積極的に関わる集団が存在します。

この運用家族が実はアフィブロガーと繋がっていてニュース速報板をアフィブロガーが利用しやすいようにしている、とのデマが流れました。

なぜこのデマが流れたについて説明すると話が複雑になるので割愛しますが、とにかくそのような内容のデマが流れ、これにより

ニュース速報板の自治を支配している運用家族がアフィブロガーと繋がっているのであればもうニュース速報板にいてはダメだ」ということで、

アフィブロガーが手を出すことはできない「アフィブログ転載禁止」がルールとして定められているニュース速報嫌儲)板に移住しようという話になりました。

その他燃料

「よほど都合が悪いようだな」「効いてる効いてるw」などの非常に効果的な煽り文句の登場も「ステマ連呼」を後押ししました。

これらの燃料(1)~(3)が燃え尽きる過程において、徐々にニュース速報板における「ステマ連呼」の勢いも増していき、

最終的にはニュース速報板に立つ全てのスレに対し見境なくステマ連呼の爆撃が発生するようになってしまいました。

そしてニュース速報板が板として完全に機能しなくなったのとほぼ同時にニュース速報嫌儲)板への移住が始まりわずか一夜にして移住成功しました。

そして現在ニュース速報板はスレマ連呼荒らしにより機能が停止しており、以前のニュース速報板の住民はニュース速報嫌儲)板で活動しています

http://anond.hatelabo.jp/20120111133758

女性が「私は女よ!」と確認しながらテストしてもスコアは変わらなかったという調査結果。

女は「女」の言葉自体に頭や体力のイメージがないからじゃないのでしょうか?

女性が「私は男よ!」と確認しながらテストした結果が気になるところ。

高齢独身男性は高齢既婚男性と比べてとても早死にで幸福度も低い

今の高齢男性の男女観は、今と随分違うからなぁ。

現在青年中年男性で調べてみないと納得できないかなぁ。

今の高齢既婚女性家事をするのが当たり前の世代で、定年後働かない男性との生活はただだだ面倒だもの

死別でも離婚でも子が無くても、金があって悠々自適なら良いよね。

でも子供も無く一人で死ぬのはやはり辛いんじゃないかな・・(そういう展望女性アラフォーくらいで一度考えるんではないだろうか?と思う)

 年齢に限らず独身だと早死にする統計結果があったとしても、こちらの議論とはどうコミットするんだろうかと思うけど・・。

おばさんはそれほど「女」に固執していないし、男を必要としているわけではないと思うよ。

 いや、してるよ。男性の言う「女」ではなく、体機能としての女性は実感として嫌でもある。

 閉経ってその後の体調管理にもかかわってくるし、子供が産めなくなるって事はとても大きな人生の節目だよ。

 オバサンがオバサンとして納得していく過程は曲がりなりにも必ずある。

 そうでないと自分の事「おばちゃんねー」とは言えないよ。

 また自分でおばちゃんと言ってても、誰かにおばちゃんと言われたら嫌なもの。そういう人は、絶対自分の中に「女」がいるはず。

 悪いけれど人生に男は絶対必要ではないですよね。ただ男がいないと子供が出来ないのでそういう意味では必要。

 「子が産めるけれど産まない」夫婦は、人生パートナーとして女性男性を選んだってことだけでしょう?

 なのに、子が産めなくなってから「実は子供しかった」とか男性に言われたら、女性としては困っちゃうよね。

2012-01-10

依存症

急に只寝息が欲しくなって

冷蔵庫キーを隠したのです

夢の隙に現を殺し

戦う不条理なレッグカフ

今朝の二時

(中略)

どれほど若さの上に丸で雲切れの笑顔ならべど変わりません

孤独を知る毎にあなたの相槌だけ望んでいる あたしは あたしは

あなたの其の目が頷く時に初めて生命の音を聴くのです

天鵞絨の海にも仕方のない事しかなかったら

あたしはどう致しましょう

翻弄されていることは状態として美しいでしょうか

いいえ綺麗な花は枯れ 醜い過程が嘲笑うのです

つの日も




病んでるよこの歌

同一視したくないのに、やだなぁ

2012-01-07

日本メディア間の隔絶について 続き

元記事

http://yorogame.blog137.fc2.com/blog-entry-513.html

9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。

また、ネットTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネット人間TVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。

そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上である憲法重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。

現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法理念に基づいた行動というのを国民意識するようになったら、憲法解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。

そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民ポジティブ意識モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。

そしてネットTV新聞世界を繋げるために、政治家TV希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。

大阪政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。

また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国海外で人気があり日本でも知名度の高いこの文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。

私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットTV新聞がどのような役割果たしているかということある

TV新聞といったオールメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネット日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。

まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である

という見知でこの文章では、各メディア(主にネットTV新聞)の主張を捉える。

そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民感情について考える。

まず、311地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。

この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。

私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。

当然である原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。

そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。

私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。

その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織善意ネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTV比重が大きい人間に、ネット情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。

だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本ネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネット情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。

原発科学情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的効果を最大化させるために取り得る方法は何か。

国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民政治希望と期待などのプラス感情モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。

当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付け全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。

それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。

病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダー全然アクセスしなかった。

それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当blogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福志向する事の美しさみたいなものを学んだ。

話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットblogにも情報は届くからだ。

そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。

その方法論を私なりに書きたい。

まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。

また、ネットTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネット人間TVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。

そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上である憲法重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。

現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法理念に基づいた行動というのを国民意識するようになったら、憲法解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。

そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民ポジティブ意識モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。

そしてネットTV新聞世界を繋げるために、政治家TV希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。

大阪政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。

またこれらの考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国海外で人気があり日本でも知名度の高い蒼井そら社会理想希望について語りながら、性的な事を行う映像を創ることもまた効果であるといえる。

その理屈を使って、ネット上で論じられる著作権問題を憲法が持つ全体の利益という視点を重視して、多少厳密さを欠いたうえで語るなら、インターネット上の無料コピー日本人が一般的に思っているほど、あまり悪いこととも言えないという理屈も導ける。

ネット上の無料コピーによる、著作権侵害違法であるといっても、動画サイトで見るのは良いが、ツールを使って落とすのはよくないとかそういうのは根本的に考えたら些末な問題でやってることは本質的には同じとも云える。それを差異があるように演出しているのはあまり社会を善くするという意味は無いと云う事もできる。なぜなら、どのような方法であれネット上で無料コピーにより著作権侵害するという行為によって逮捕される人は現状、全然居ないに等しいからだ。なのでこのような違法としていて一部はそれを遵守せよ!と感情的になっているがその視点は近視眼的ということもできる。そういったあまり根本的に考えなていない意見によって脅迫をかけるような同調圧力と化していると思う。全体の利益という視点を重視したら、違法としててもろくに取り締まりもおこなっていないやったもん勝ちみたいな、現状の無料コピーに対する意識というのは不自然です。赤信号場合によっては無視してもいいという意識は誰でももっているように、無料コピーにしても、目立つ形でやった人間以外ととても運の悪い人以外には、取り締まりなど無いに等しいから、やるのは個人の判断で赤信号を渡ることと似たようなこと。という意識を多くの国民がもっていたほうが国家としては健全だと私は思う。その国民意識に応じて法を変えれば良い。

そのようなそこの浅いときに、脅迫的ともいえる同調圧力意見というのはネットにはありふれていて、その思考方法を変化させるためにも国家はどうあるべきかという形を分かり易く国民全員に伝えなければいけないと思う。

(終わり)

日本メディア間の隔絶について

日本メディア間の隔絶について 日本のおけるネットオールメディアの最適な関係の構築方法模索

この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。

私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットTV新聞がどのような役割果たしているかということある

TV新聞といったオールメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネット日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。

まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である

という見知でこの文章では、各メディア(主にネットTV新聞)の主張を捉える。

そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民感情について考える。

まず、311地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。

この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。

私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。

当然である原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。

そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。

私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。

その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織善意ネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTV比重が大きい人間に、ネット情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。

だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本ネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネット情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。

原発科学情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的効果を最大化させるために取り得る方法は何か。

国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民政治希望と期待などのプラス感情モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。

当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付け全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。

それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。

病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダー全然アクセスしなかった。

それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当blogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福志向する事の美しさみたいなものを学んだ。

話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットblogにも情報は届くからだ。

そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。

その方法論を私なりに書きたい。

まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。

また、ネットTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネット人間TVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。

そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上である憲法重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。

現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法理念に基づいた行動というのを国民意識するようになったら、憲法解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。

そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民ポジティブ意識モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。

そしてネットTV新聞世界を繋げるために、政治家TV希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。

大阪政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。

また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国海外で人気があり日本でも知名度の高い

この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。

私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットTV新聞がどのような役割果たしているかということある

TV新聞といったオールメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネット日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。

まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である

という見知でこの文章では、各メディア(主にネットTV新聞)の主張を捉える。

そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民感情について考える。

まず、311地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。

この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。

私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。

当然である原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。

そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。

私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。

その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織善意ネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTV比重が大きい人間に、ネット情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。

だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本ネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネット情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。

原発科学情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的効果を最大化させるために取り得る方法は何か。

国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民政治希望と期待などのプラス感情モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。

当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付け全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。

それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。

病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダー全然アクセスしなかった。

それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当blogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福志向する事の美しさみたいなものを学んだ。

話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットblogにも情報は届くからだ。

そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。

その方法論を私なりに書きたい。

まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、Permalink | トラックバック(0) | 04:44

- 転職ならen
- 派遣ならen
8ページ中1ページ目を表示(合計:191件)