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2016-07-29

賃上げしても我が社は得しない

消費が伸び悩んでいる

消費者がカネを使わない

なぜかといえば、消費者が金をもってない

給料が低いからだ

存続のためには仕方がないという理由給料を下げる事ができた

景気が回復たからって、せっかく下げた給料を上げたくない。

業績維持のためには人件費は抑えたいのだ。

仲間の経営者もそう言っている。

自社だけ賃上げしたら競争に負けてしまう。

皆で一斉に賃上げするなら公平な競争が保てるが、

そんな音頭を取る奴はいない。

他社が一斉に賃上げしても、

我が社は賃上げしないでいれば競争に勝てるからだ。

高い給料でも下水やシモの世話は慣れなきゃ無理だろと思ってしまう本当

嗅覚を無にする薬でもあれば別かもしれないけど健康にも悪い

有害匂いやら物質吸い続けなきゃなんないんだよなぁと、

塗装工印刷所の工員なんかも早く死ぬよねアレ

介護とは関係ないけど

http://anond.hatelabo.jp/20160729003155

いや、まともな給料とまともな職場環境社会的評価さえ釣り合えば、それらの職業やりがい見出して働く人間はけっこういるんだよ。

みんな嫌々働いているというのは偏見だな。

「誰も介護なんかやりたくないこと」を認めることから始めよう

好き好んで他人の糞尿の世話したい奴なんかいないんだよ。ボケ老人の世話したい奴なんかいないんだよ。

性風俗ゴミ収集、し尿処理、火葬場、食肉解体とかと同じかそれ以上に、できればやりたくない仕事なんだよ。

実態としては他の職に就けなかった者に無理矢理押し付ける類いの職業なんだけど、そういうことがきちんと世間で語られていないから、安易若者が入らされてしまう。

介護が「そういう職業であることをみんなで認識した上で、それでも誰かにやってもらうためにせめて給料だけでも良くしよう、休みはちゃんと与えよう、とならなきゃいけない。

善意若者薄給でも働いてくれる、ボランティアでやってくれる人もいる」みたいなイメージでやってたら、何時まで経っても待遇は良くならない。

みんなが嫌がることをやってくれている、という感覚を持たなきゃいけない。

2016-07-28

リストラされない、責任を取らされるというリスクを背負わない役人

どれだけ失敗しても解雇されない役人

リストラされない役人

給料が下がらない役人

役人の頭の中に頑張ろうなどという言葉は入っていない。

無能無能無能無能無能無能無能無能無能無能

なので政治が悪くなる。

馬鹿なのだ

主語が大きいけど、欧米とかはワークライフバランス大事にしてて、いわゆる社畜って否定的じゃん。

プライベート犠牲にしてまで働いて何のために生きてるの?って感じで。(その分給料が反映されている点が日本と違うけど)

Appleとか社畜レベルで忙しいらしいけど、そこんとこどう思ってるのかな。

Apple製品は最高だけど、Apple社員はクソだなhahaha!! とか言ってんの?

http://anond.hatelabo.jp/20160728170114

そら時給換算最低賃金クラスではないが、正社員としてはその地域における割と底辺クラスだって事やろ。

地方事情微妙に良く分からんが、地元ツタヤ店員より給料が低いみたいな話はよく聞く…筈。

病人障害者を生かすか殺すか決めよう

それをちゃんと考えるべきときが来たんだ。

身体的・経済的理由で、ひとりでは生きていけない病人障害者がいる。そういう、治癒可能性はないけど生命維持のコストはあるみたいな、取り返しのつかない事から起きる全ての損害は、とにかく「金で補填する」以外の手段はない。とにかく金の問題なんだ。

全ての損害っていうのは、病人障害者生活費医療費だけじゃなく、彼らの面倒をみる人間となる家族施設病院スタッフが割く労力も入る。患者から受ける言葉身体暴力なんか、まさに損害そのものだ。そんで、面倒みる為にする配慮努力と忍耐に対して”充分な”給料や、福祉企業による物理的/精神支援がその補填だ。

病気障害は、理不尽権化みたいなもんだ。どうしようもない。そういう解決しようのない問題を、唯一埋め合わせできるのは金だけなんだよ。

気持ち問題じゃない。そういう話じゃない。資本主義な以上、どんな人間も金を使って生きてるのは事実だ。金を稼げない類の病気障害というマイナス要因は、とにかく金をつぎ込んで収めるしか道はない。補助金でも何でもつぎ込んで、病人障害者の面倒をみれば”儲かる”仕組みを作って、みんなが生きていける道を築くしかない。病人障害者が生み出す全ての損害を金で補填するってのは、要するにそういうことだ。

だけど、現実はもう言うまでもないよね。

全く補填できていない。病人障害者に限らず老人、乳幼児福祉施設低賃金労働問題とか、その派生保育園落ちた死ねとか、もう目新しくもなんともない。

そりゃ、病人障害者が救われないことや死んでしまうことは、悲しいことだ。誰だっていつ病気になるかわからない。事故障害者になるかもしれない。だから基本的人権社会保障存在する。そしてその存在保証の為にも、病人障害者には生きていて貰わなきゃならない。なるほどたしかに。

でも現実として、その損害を補填するだけの金がもうこの国にはないだろ。

相模原市事件犯人だって、薬物依存とか精神病入院してたんだろ。それなのに、福祉にも家庭にも「補填」されずに出てきちゃったから、病気から救われずに社会からこぼれ落ちたから、犯行という「損害」が起きてしまったってわけよ。まさに犯人自身が、もう日本には病人障害者を救う為の金と労力を充分に割くことが出来ない、っていうひとつの事例じゃん。似たような感じでたくさんの病人障害者社会からこぼれ落ちて、そのまま消えて死んでいくような土壌があったから、犯人みたいに不幸の重なりと個人的事情モリモリ感ある特別攻撃的な奴がポッと出て来ちゃうんだよ。

社会保障制度がありますよ」「病人障害者になって自活できなくても生きていけますよ」

そんなおキレイな建前と、本当はもう救いきれない現実の剥離が、こういう事件の形として噴出しただけじゃん。

病人障害者、その周囲の人間ためのコストを充分に補填できる金はこの国にないって、いい加減に認めるしかないだろ。

その人の生命保証する為に、金を払うだけの「価値」があるのかを判断しなければならない程、この国はもう駄目なんだって現実を認めるしかない。

人命を金銭価値に置き換えて判断するのは、倫理ガーとか、助け合いこころガーとか言う奴が絶対に湧くだろ?でもな、そんな倫理自尊心を守れる程日本はもう裕福じゃないんだよ。現場人間押し付け体裁だけは保とうとするから現場健康だったはずの労働者が壊れたり、暴力を振るったり、今回みたいにぶっ殺したりするんだよ。衣食住が足りなくても礼節は守ろうなんて、無茶なんだよ。

「何の病気や何の障害であれ、生きる権利がある」のが基本的人権生命尊重だっていうなら、患者とその周囲の人間苦痛を和らげる全ての手段がつくされて、全ての選択肢が許されるべきだ。直接的に言えばな、もっともっともっと積極的にあらゆる面から金がつっこまれているべきなんだよ。

でも、今それができているか?いや、今までだってできていたか

できてなかったし、更にできなくなってるのが現状だろ。弱者の救済とかそういう「良い事で普通とされいる事」は、金持ちだけの特権だってみんなもうよく知ってるだろ。

病気障害を持って生まれることや後天的になってしまうことは、ほとんど運みたいなもんだし、不幸だし残念だし理不尽だし、仕方のないことだ。それを助ける金がないことも、仕方ないことだ。だって、ないものはないんだから

誰を生かすべきで、誰を見捨てるべきか。

思いやりとか助け合いとか言って先送りにするのはもうやめて、そろばん弾いて考えるときが来たんだよ。助けられる人を助ける為にも、切り捨てる判断必要だ。コラテラルダメージってやつ?今回の事件現場障害者福祉施設ってのもあるし、哲学が過ぎるけど「生きているとはどういうことか」の再定義から考える位のことからした方がいいかもな。今の政府路線のまま自己責任範囲を広げるのが一番理に叶うだろう。家庭に負担押し付け過ぎて社会問題にしない為にも、尊厳死安楽死議論もするべきだ。

病名は伏せるが、不治の病であり、自活する力のない病人のひとりとして言っておく。

病気障害も、金がないのも、全部仕方がない。

そして、病気障害も、貧乏も、全部受け入れることから始めるしかないんだよ。

からまず私から受け入れる。もし、私に払える医療費はもうないと国から言われたら、自力医療費を稼げない私はそのまま死ぬことを受け入れる。直接殺されるのはさすがに勘弁して欲しいが、治療継続できずにゆっくり悪化してゆっくり死んでいくなら、もう構わない。国に見捨てられた、殺されたなんて言わない。病気なのに金がないから、仕方がないんだ。

もしいつか自分が同じ立場になろうとも、重篤な奴は見捨てると決めるか。

キレイ事を守ってみんなでゆっくり破滅しながら、あるかないかからない生き残る道を探すか。

正しいか正しくないかじゃない。金がないという問題に、どう対処するかの話なんだ。

自分に合った働き方

をすることが大事なんじゃないかと今更思えてきた

技術者派遣会社在籍時の出向先(自社で製品開発しているところ)に転職したけど、いろいろきつい

単純に給料上がるからってことで転職したけど、仕事苦痛すぎる

覚えないといけないこと、やらないといけないこと多すぎだし

年取ってバイタリティモチベーション記憶力も落ちる一方だし、基本めんどくさがりだから、おとなしく派遣で言われたことだけやっとけばよかったと後悔している

まあそのめんどくささが、派遣だったころよりも増えたボーナスにあらわれてるんだろうけど、常日頃感じるストレスにかんがみると割に合わないんだよなあ

一番いいのは大企業はいってのらくら高給取りするのだったんだろうけど今更無理だし

はーめんどくせ

背伸びなんかせずに、低給でも身の丈にあった働き方をするのがトータルで考えるとベストなんだろうなあ

http://anond.hatelabo.jp/20160727184414

今まさにうちの会社が居なくなった人の仕事も引き受けて給料上乗せれない。

クソみたいな仕事してる人なら抜けても問題ないんだけど、スーパーマンが抜けるから一緒に辞めたい。

あんまり話したこと無かったけど、社内の技術レベルレガシーだと思ったけど、その人だけモダンレベルだった。

多分退屈してたんだろうな。

2016-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20160727183947

お前がクビになれば、他の人間給料が上がるからだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20160727174320

生きててもいいに決まってるけど、健常者が障害者犠牲になった上でその生が成り立つんだとしたら、それは歪だというだけ。

自分が安給料奴隷みたいな生活してるのに、障害者自分より恵まれた住環境で生きてるのを目の当たりにして、自分がその人たちに暴言暴力を吐かれてても黙って従わなきゃならないとしたら、自分はとても耐えられない。

http://anond.hatelabo.jp/20160727124048

給料天引きNGだが、実態的には就業規則あたりに皿割った場合の損害計算額とかを載せてて、請求自体は掛ける場合がある(両方合法)みたいやで。結局債権相殺って技をかければ給料天引きも出来るくさいし。

割と法的に労働者に対して厳しいパターンもあるやね。

anond:20160727123204

なんにも「話がはやい」じゃねえよwww

アルバイトだの派遣もそうなんだけど、日本若者は全員お客さんとして馬鹿にされてんの。

搾り取れるだけしぼりとってポイ。

 

アメリカ研究員マスターでも予算ついて給与はらわれてその代わり産業スパイ防止の雇用契約サインさせられんの。

日本は「まあまあ、なあなあ、大丈夫大丈夫教授がうまくやりますから」ですべてごまかしてるだけ。

なんでかっていうと、モンペが怖い文部科学省の手下だから

ご子息おあずかりしますとな。それはお客以外のなにものなんだ?

大学」が大人としていくら怒ってもなにもおこらない。(まともな教授海外かまともな地方大学に逃げる)

ちょっと動けば法律家につつかれて自滅するだけ。

世間法改正にもまともに対応できてないもの

 

ところで企業、な、有限責任企業体所属したことあんの? 

数億の利益がもらえるか先の見えないお仕事をしたことは?

ホントバイトって洗脳されきってて気の毒だわ

なおanond:20160727121345 を書いたのはこっちな、味方が見かねて他にもたくさんでてきてくれたみたいだけど

あっちでもいわれてるとおりバイトで「サラを割ったら賠償」ってのは口先の脅迫しかいから。

給料は満額払え。業務の過失は雇用者に負わせるな。この原則破ったら労基法違反

http://anond.hatelabo.jp/20160727120324

アルバイトで皿割って給料から引かれる、みたいな話は良くある

これ思いっきブラックほとんどの場合違法から

http://anond.hatelabo.jp/20160727115058

アルバイトで皿割って給料から引かれる、みたいな話は良くあるのにそれが大学だと発生しないといえる理由は?

20万円の品だろ。高価だけど小額資産に入る部類だから保険なんかは掛けてない可能性は結構あるわけだ。

2000万円とかのクラスになれば過失で壊れても保険で何とかなるから請求は発生しないので、実質的には問題となるケースはないだろう。

でも20万円で保険かけてなかった場合はそのまま備品のロスだよね。その損害は誰がどういう名目で負うの?

手取り30万円前後管理者扱いになる人が全額負う訳? 自分で壊したわけでもないのに。

それも違うよな。

誰かが支払いを負わなければならないわけで、その支払いを誰に押し付けようとしてるんだい。

半分は管理者責任とする(破損の状況によってはそれでも過剰に多いとは思うけどな)のはいいとして、もう半分は壊した人及びその研究を行っていた現場チームで連帯責任とするのがスジじゃねえの。

お金無限には無いんだぞ。「請求が発生することは無い」としても、その損害は誰かが埋めているんだ。

そこに自身責任を感じて執行に移しても全然おかしくないというか寧ろ筋が通ってる話ではあるけどな。

今更兄が親の愛情とかうるさい

やれ親孝行は生きているうちにしかできないだとか、両親にみんなでプレゼントをしようなどという話を突然押し付けてくるようになった。

挙句の果てにどこから拾ってきたかもわからない”母を亡くして初めてわかること”みたいなメッセージを送りつけてきた。

そこにはおせっかい愛情だと気づく内容や、喪失感母親が死んでしま現実直視できないといった内容が並んでいる。

だけど一つ言いたい。

あなたはさっさと親をわたし押し付けて一人家を出て遠くで暮らしていたではないか



そこで家庭を作って一生懸命生活していたことは知っている。それなりに沢山の苦労もしたことだろう。

だけどそのせいでわたしは未だに親元をつかず離れずでずっと親の面倒を見続けてきたのだ。

あなたがいなくなってから少なくと10年以上親と暮らしていたのはあなたがろくに連絡もよこさなくなったからだ。

「親の面倒を見るのは子供仕事」そう言い聞かせては、仕事でどれだけ疲れようとも親との生活に耐え続けたんだ。

たまの休みも親の相手をしてろくに外出もせず、恋愛なんてする暇もなく仕事と親とに挟まれ生活し続けてきたのだ。

それが子供の正しい姿だと信じて。

それなのに、その間あなたは何をしていたのだ。

そんな生活に耐えかねて、わたしが家を出ようとした時にもっともらしいことを言って反対していたことをわたし絶対に忘れない。

わたしだってそのことに罪悪感がなかったわけではないんだ。欲しかったのは後押しの一言だったのに。

だけどある日、母親から電話わたし決断した。あの時、わたしの中ではもう母親は死んだのだ。



今のままの生活では自分ばかりが犠牲になってよくない。

そう思って、激務と両親の世話との中で少しでも体を休めることにしか使っていなかった休日に、できるだけ友人と外出するようにした。

わたしわたし人生の中でわたしの楽しみや幸せを探さなくてはいけないと思ったからだ。

わたしが留守なのを知ってか、携帯には母親からメール留守電が頻繁に入ってきた。

どれもが些細な内容なのだが、必ず母親は「困っている」「助けて欲しい」という言葉を入れてきた。

後になって分かったことだが、それは親が子供コントロールするための呪詛だったのだ。

なぜなら、困っている人を蔑ろにすればそれは悪い行いになる。わたしがそれを断れば、母親は叱ることと許すことの権利を得られるのだ。

母親はそうして、断っても受け入れても自分が優位に立てる方法経験から学んでいたのだ。

その都度友達を待たせては対応していたが、いい加減嫌気がさしたわたしちょっとしたことならすぐに返答することをやめて、家に帰ってからまとめて対応するようにした。

しかし、母親にしてみればその内容自体目的ではなく、わたしの行動をコントロールすることが目的なのだ

わたしが何とか時間をつくって外出をすれば、その度に母親から送られてくる内容は段々とエスカレートしていった。

そしてある時、わたしの中で何かが壊れた。それは、母親から留守電きっかけだった。



その時期は本当に仕事が忙しく、文字通り1ヶ月ぶりの休みだった。

直前まで取れるかわからない休みだったにも関わらず、友人はわたしとのティータイムに快く応じてくれた。

そんな友人の無償の愛に感謝しながら足取り軽く一人で買い物をしていたときのことだ。

待ち合わせの時間確認しようと携帯を見ると母親からの不在着信と留守電が入っていた。

聞くのを一瞬ためらったが、面倒なことでなければ先に済ませてお茶を楽しむことに専念したかったのだ。

しかし、そこに入れられていた留守電は、わたし絶望の淵に突き落とすものだった。

ただ一言、とても弱り切ったような声で「わたし破産ちゃう」とだけ入っていた。

今になってみれば他愛のない幼稚な脅し文句だったと思うかもしれない。

だけど、その瞬間にわたしのなかで今まで耐えてきたものが全て、まさに音を立てんばかりの勢いで壊れてしまった。

使うあてのない給料から生活費は十分なほどに入れている。

お金だけではなく、一緒に外出したり頼まれごとも全て引き受けてきた。

何より、自分時間犠牲にしてもいつも心配して面倒を見続けてきたではないか

おかげで30を過ぎても結婚もできず、職場と家庭でばかり頼りにされる存在になってしまった。

それなのに、それなのにそんな言葉をなぜわたしに投げかけてくるのか。

まるでわたしが原因であなた破産させてしまうかのような言葉ではないか

わたしはこみ上げてくる感情をこらえながら急いでトイレに駆け込み、一人泣き崩れてしまった。

もう友人に会える顔ではない。メールキャンセル謝罪を送ると、途端に虚しさが怒りに変わっていくのが分かった。



怒りに身を委ねたまま家の玄関を開けると、兄の靴があった。

一瞬躊躇したがここで止まる訳にはいかない。

居間のドアから母親と兄の談笑が聞こえてきていた。

わたしは勢い良くドアを開けると無言で財布からありったけのお札をテーブルに叩きつけた。

何事かと目を丸くする二人を前に、できるだけ冷めた声で「後いくら足りない」と母親に向かって言った。

母親が唇を一文字に噛みしめて下を向いたと同時に、真っ赤な顔をした兄が怒鳴った。

「何してんだお前!!」

わたしも負けずに怒鳴り返す。

わたしにどうしろというんだ!!」

そう叫んでから、全身から何かが吹き出していくような感覚に襲われ、わたしは床を激しく転げた。

叫びながら、床を叩き、蹴飛ばし制御の聞かなくなったおもちゃのようにその場をぐるぐると回って、そしてまた泣いた。

兄はどうすることもできずに立ち尽くし、母親の嗚咽が聞こえてきた。



それからまもなくわたし実家から駅に数百メートル近いところに引っ越しをした。

その後、知人の紹介を経て結婚をして、今では二人の子供がいる。

あの時、わたしはもう母親の望む子でいることをやめたのだ。

それまでは母親の願いを聞き続けることが親孝行だと思っていた。

でもそれは間違いだった。

母親にしてみれば、自分幸せ子供から愛情を受け取ることだったのだろう。

ずっと一緒に暮らしていたのだから母親はそれしか幸せを知らなかったのだ。

ならば手放したくないのは当然だ。

でも、それよりも子供がもたらすことができる幸せもっと沢山ある。

親の幸せのために犠牲になっていく子供を見せるより、独り立ちして沢山の幸せを得ていく姿を見せるほうが、本当は親も幸せなはずなのだ

それを教えることができるのは、ほかならぬ子供本人なのだ

本当に幸せそうに孫を抱いている母の顔を見ると、それが間違いではないことを確信できた。



あの留守電が入っていた日、わたしの中で母親の望むわたしが死んだ。

同時に、わたしの中でわたし愛情幸せになる母親も死んだのだ。



それから母は、幾つかの習い事を始めた。自分の中で自分幸せになる方法を探し始めたのだろう。

そう考えると、母もまた、子供愛情をもって接しなくてはいけないという呪いにかかっていたのかもしれない。

ある一定の年齢において、親と子とが離れて暮らすことはそれだけで大切なことなのだろう。

しかし、まもなく50になろうとする兄を見ていると、一概にそれが正解だとは思えないところもある。

距離的な自立があっても、精神的な自立が成り立つかどうかは別なのかもしれない。

だけどこればかりはわたしいくら兄に話しをしたところで無駄なことだろう。

自分で気づいて自分で自立しなくては意味が無いからだ。

そんなこともわからずに今更親の愛などと送りつけられれば、うるさいと思うのは当然だ。



母が死んだら当然悲しむだろう。

でも、そこにわたしがどれだけ愛されていたかを探すことはないし、きっと後悔もしない。

私の幸せに親から愛情はもう含まれていないし、本当の親孝行は、わたしわたし家族が正しく幸せなっていく姿を見せ続けることなのだから

からいつまでも長生きして欲しいと思う。

でもそれは、子供が悲しむからじゃない。いつまでも幸せでいてほしいと願うからだ。

 会社をさぼった。仮病で。1日分の給料8400円が無くなるは正直痛いが、怠かったのだ。仕方がない。

 言い訳をするつもりはない。これは良いことではない。が、体だけでなく心の疲労度も考えねばならない状況なのである

 というのも、転勤先のここでは基本的に1人ぼっちであり、会社では10個近く年の離れた人間しかおらず、やはりここでも1人ぼっち。これでは本社で同期達と愚痴を言いあい、励ましあってきた状態よりもストレスたまるのは当然である

 だから週休2日では足りないのだ。たま1日~2日は休日を追加せねばなるまい。

 今日1日を休んでみてだいぶ気が晴れた。明日からまた耐えられそうである

少子化問題解決策がまず「意識改革」ってそんなに間違ってなくね

だって時間があればカフェ巡りやポケモンGOをしに外にでかけたり、家ではネットはてブ時間を消費するんでしょ。

実は時間お金も切り詰めれば子供を作れるぐらいには持ってるけど、子供を作りたいってあんまり思ってないだけじゃない?

もしそうなら、意識改革から始める、っていう政策はそんなに悪いことじゃない気がする。

特に今時の若者は将来に対して不安を感じやすいので、下手に給料を上げたりしたところで貯蓄に回すだけだから少子化問題に対しての効果は薄い。

子供ができたら、自分配偶者の小さかった頃に似たガキンチョと一緒にポケモンGOしたり、でかけたりして思い出作れるんだぞ?

個人的にはすごく楽しい事だと思うんだけど、みんなはそういうことを意識したことあるの?

相模原事件で思うこと

大麻のせいか人格障害か分からないが、措置入院するような問題を抱えていた人間が、親と同居するという条件で退院したにも関わらず、実際には同居していなかった。

まり保護者家族がその責任果たしていなかった。

そんな家族を持つ男が、医療行政と繋がり、施設にきちんと入居させ、定期的に会いに行っていた家族を持った人達殺傷したということだ。

当人家族現在障害者精神疾患を抱えた人に対する最低限守られなければならない決まりを守っていなかった。

そんな人が現在障害者福祉行政異論を唱えて私刑を実行するなんて筋違いも甚だしい。

そんな彼にもこの国は人権尊重した扱いをする。

心身耗弱や心身喪失なら、彼が嫌っていた障害者として医療行為福祉対象になるし、そうでなくても刑務所に服役する。

どちらも多大な税金がかかる。

彼の理屈だと無駄なはずである

死刑になる可能性も高いがそうなると死刑執行されるまでは、労働などもない。

そんな彼の為にどれだけの人的、金銭的な負担社会がするのか?

このことを彼にしっかり教える必要があると思う。

彼の考えは矛盾しているが、そもそも税金を使って無駄に生きていると考える対象である人達のお世話をして給料をもらい(その給料には介護保険などの税金が含まれる)、やめさせられたらそれが気にくわないと言うこと自体支離滅裂ではある。

障害者安楽死させて彼らに対する福祉をやめてしまったら、彼のやっていた仕事はなくなるのだ。

自分の主張が実現して仕事を失う分には良いが、障害者福祉が有り続けていて自分がその無くなれば良いと思っている仕事を失う場合は許せないと言っているわけだ。

ちゃんとこのことを彼に突きつける必要があると思う。

2016-07-26

http://anond.hatelabo.jp/20160726150325

賢いな。

ただ、給料も半分になるよね、当然……。そこが問題だ。

相模原知的障碍者大量殺人事件について思うこと

植松さんは、「困っている人の手助けをしたい」という純粋な思いか介護職を選び、あの園に就職したのだと思います

給料は安くても、皆から感謝される仕事やりがいがあります

崇高な理念というと大げさだけど、それなりの矜持を持って職務遂行していたはずです。



しかし、現実は厳しかった。

介護仕事でも、身体障碍者高齢で動けない人の世話というのは、体力が必要で重労働になりますが、

何より、本人から感謝されることが多いので精神的に救われます

ところが、認知症患者知的障碍者場合は、全く異なるのです。



まず、知的障碍者言葉は通じないです。

園内の生活ルールについて、最初は優しく、何度も何度も繰り返し、教え諭すように指導しても言うことを聞いてくれません。

生活ルールというのは、例えば、今からお昼を食べましょう、スリッパ他人を叩くのをやめましょう といった、

常識のある一般人にはルールですら無いような当たり前の慣習のことです。

介護士の立場では、少なくとも1日に3食は食べさせ、適当にあそばせ、排せつ・入浴を済ませて、寝かせるという作業ノルマがあります



最初は誰でも、「話せばわかる」と思って行います

でも、全然思い通りに言うことを聞いてくれません。

まるで動物相手にしているかのように錯覚してしまうほどです。

から、大声を出して怒鳴ったり、無理やりひっぱって行わせようとします。



皮肉なことに介護士がそういう振る舞いをすればするほど、知的障碍者は意固地になって頑なに反抗します。

最終的には介護士が手をあげてしまう。殴る・蹴るの痛みで指示に従わせてしまう。

びんた程度の暴力は黙認している園も少なくないです。

他の利用者迷惑を掛けるような行為に対して体罰は今でも有効手段です。



植松さんは、その暴力が行き過ぎたので解雇されました。

この時点で、「いやぁぁ。介護職は無理だわ。他の職にするわ」と思える程度に理性と楽観が残っていれば、今回の事件は起こらなかったでしょう。

実際は、解雇時点で既に彼は精神的に壊れていました。

壊れた彼の頭脳は、最後の理性を振り絞って「障害者安楽死できる世界を」と言う手紙公邸に送りました。

知的障碍者自身の苦しみ、知的障碍者家族にもった親族の苦悩と真摯に向き合った彼ならではの考えだと私は思ってます



知的障碍者介護当事者になったことのない人には、「障害者安楽死できる世界を」なんてただの世迷言しか思えないでしょう。

当然誰にも相手にされません。

から、彼は今回の凶行におよんだのです。

「全ての知的障碍者を生まれる前に消し去りたい。すべての宇宙過去未来の全ての知的障碍者をこの手で」

それが叶わぬなら、せめて自分の手で殺せる限りの全員を…



追記:彼のことを優生思想の持ち主だと批判する人が多いようですが、

なぜ学生時代に明るく子供と接することができた彼がここまでおかしくなってしまったのか?

どんなストレスが彼を変えてしまったのか?よく考えてもらいたいです。

日本に不満を持ったことがない

政治に興味がなくて、なんでかなって思って考えたんだけど自分のなかで政治リアリティがないし変える必要がない。だって今まで日本にそんな大きな不満を持ったことがないもん。政治に興味がある人ってだいたいなんかぶち切れて誰かを罵ってるイメージがある。自分はそんな怒ってない。ある程度ちゃんと勉強してちゃんと働けばそれなりに給料がもらえて好きなモノが買えて週末には遊びにいける。「これから政治が悪くなるとそうじゃなくなるかもしれない」とも思ったことなくて、仕組みが変わればまた適応して勉強して働いてお金を稼げばいいと思ってる。この国を出たいとか思ったこと無い。日本語以外喋れないし。インターネットを見てると政治に興味が無いと非国民みたいな感じに思えてくるけど、自分の周りでは政治にそこまで興味のある人間なんていないし自分の周りが自分世界だ。そこから先を想像するのが想像力なんだろう。政治に興味のある人は想像力のある人なのかも知れない。自分にはその能力が欠落しているのかも知れない。でも養うものもなく究極自分だけ生き延びればいいやと思ってるから政治に興味がない。あとなんで政治に興味のある人たちは自分にとって最悪のケースを想定したがるのかあんまりわかんない。戦争法案って言葉でかすぎだと思う。なんでみんなそんな言葉でかくするん??と思う。反韓とかもそうだけどなんか何かを変えたい!って強く思ってる人って言葉が強くなっちゃって、観てて「うわ〜」って思う。「怖いな〜」って思う。あとなんかネトウヨの人たちの言葉遣いもなんか怖いし、怖い人達普通人達に「おら、もっと危機感持てや!」って迫ってるみたいに思える。

でも政治に興味が持てないのは先にも述べたけど欠落なんだろうしそういう人間から死んでいってもおかしくはないんだと思う。自分にこれから大事な人が出来て子供とかも生まれたらああい政治に興味あるマンみたいになるのかな。でも自分にこれから大事な人が出来て子供とかも生まれ想像も出来ないんだ。

2016-07-25

http://anond.hatelabo.jp/20160725184410

緩やかなインフレは、庶民給料の上昇を錯覚させるの。

毎月1万円ずつ給料が上がっていく暮らし想像してみてください。

愚かな庶民は、余分に増えた1万円をつかってしまうのです。

2016-07-24

休日出勤職場

一息つこうとベランダに出て、ふとリンドバーグ夕焼けを口ずさんでいたら、涙ぐんできた

俺にはそんな名残惜しむような人も思い出もないんだけど

しろなんでないんだろうなって

結構真面目に、頑張ってきたんだけどな

だけど結局仕事人間関係もうまくいかなくって

誰にも頼れず自分自分のケツふくしかなくって

そうしている間にまた新しいミスがどんどん積み上がっていって

若い頃には、これを乗り越えればより良い未来があるんじゃないかという漠然とした希望のようなものもあったけど

この年になるとそんなことはあり得ないんだって現実が立ちはだかってくる

自分は言われたことをこつこつこなすことしかできないのに

そんな自分が嫌で、やればできるんじゃないか勘違いして

でもやっぱり何もできなくて、今さら定期昇給のあるような仕事には就けなくて

できなくて怒られながら迷惑を掛けながら生きていくか

アルバイトみたいな給料工場かどこかで働くしかなくて

でもそうまでして生きていく意味が見出せなくて

それでも生きていくしかいから生きていくんだけど

家に帰り着いたところで尻尾を振る犬さえいない