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2016-12-10

話題沸騰中!今注目のキュレーションメディア50選

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Yahoo

Supership

KDDI子会社



リクルート

RecCafe (RecStyleのアプリメディア) も閉鎖。



RocketVenture

trippiece
  • RETRIP

Find travelの亜種。



Kumar

運営会社が謎。



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---

......疲れたのであとはググってください。

なお、当初、各社・サイトURLを文中に入れていたのですが、リンク多すぎると増田スパム判定されるようで投稿できないため、外してます

2016-12-09

http://anond.hatelabo.jp/20161209121304

ありがとう

私も普通じゃない。ぎりぎり普通のふり出来ているだけで、注意欠陥については思い当たるありすぎる。

とんでもないミスはまだないからいいんだけど。人に危害がいくのではと思ったらカウンセリング受けようとおもう。

ほんと悪い記憶ばかり思い出すのも悪い癖だわ。

勝手に決めつけている。医師の診断が・・・と突かれるとそうなんだけど、あとで自分から言い出したのが数人いるんだ。

健常者の単に周りを振り回すタイプとはまた違うんだ。そういう人とは違うなにかがある。

体の動作や会話の中とか。

自分で言ってくれた人の中にはちゃんと病気と向き合っていて、とてもいい関係が築ける方もいたんだ。

からみんながみんなそうじゃない。

他人カテゴライズしてしまう癖これはほかの人にも言われたしもっと反省します。

本当に自分人格おかしくなってるのは理解してる。倫理的にもおかしい。

それをわかっていても、うまくやってこれなかったのが悔しいしやりきれないし悲しい。

一度コミュニケーションが難しい相手とずっと対峙していたらアレルギーみたいになってしまったのかもしれない。

相手と一対一で接しなくてはいけなくなり集団から孤立し、周りからいろいろ噂をされたのが思春期にはきつかった。

その後、そういう方と出会確率の高いところに身を置いていたから、いろいろあったわけだけど・・・

人を叩くより前向きになるよう頑張ろうと思う。

数々の起こった出来事思い出したら苦しくなるけど。無意味に傷つけあわなくちゃいけないのが辛かった。

2016-12-08

ブコメ返信】人生詰んだ。誰か聞いてくれ

http://anond.hatelabo.jp/20161207184419の続き

自分でも書き足したいと思ったブコメに返信しま

●なんで奨学金借りてまで大学

これが一番多かったし、現実でもこれ言う人多い

一番の理由は18歳の時に大学行きたい勉強したいと思ったからだな

4年間の学費のうち半分は自分で払うっていう約束だったか奨学金借りた

借りた当時は返せると思っていたし、返せないと思って借りる人いないじゃねーの

踏み倒せっていう人も多かったけど俺は返したいと思ってる

金ないやつは大学行くなって言ってるやつ、そもそも金なくても進学したい人の為の制度なんだから誰に聞いてもこれしか返ってこないと思う

金がない人は借りないでくださいなんて項目もなかった。俺じゃなくて奨学金機構にその項目を追加しろって言った方がいいよ

仮にそう書いてあったら踏みとどまったか

●どんなとこ受けてなんで200社も落ちたんだw良りすぐってんじゃねーよ

一般企業福祉関係中心に受けたけどダメだった

そりゃ最初給料が高いとことか名前知ってるとこも受けたりしたけど30社くらい落ちたところでやめた

自宅から通える範囲中心に受けたか

比較採用されやすいであろうコンビニバイト落ちた時はさすがにキツかった

たぶん全体的に面接でチキったりしてるのが原因だと思う

俺は誰かのもとで勤めるのが向いてないのかもしれない

●死亡又は精神若しくは身体障害による返還免除使え

2年くらい前に一度申請したけど却下された

封筒に入ってた奨学金機構顧問医師所見には『発病から日が浅く、病状が好転する可能性がある』とか書いてあったと思う

年金機構奨学金機構、書式は違ったけど診断書の内容と書いた医師が一緒でほぼ同時期に出したけど

障害年金は通って奨学金は通らなかったってことは奨学金機構審査の方が厳しいんだな

マジでこの審査通った人いるのか知りたい


なんか俺は誰も恨んじゃいないし、別に日本死しななくていーから国民死なせんなよって思う

http://anond.hatelabo.jp/20161208130621

偏差値70あれば理解できる

殺人事件犯人統合失調症だった。病気が原因だから無罪

みたいな件があると

「これだけ計画的なのだから犯罪統合失調症が原因とは言えないんじゃないか

とか

「刑を軽くするための詐病なんじゃないか

みたいな意見医師見解無視して出て来るだろ?

批判対象社会メディアも含めたその風潮だ。

その風潮に対して

「『統合失調症が原因で犯罪を犯すことはある』っていう事実無視してんじゃねーよ」

ってことが言いたいんだろ

精神障害存在のもの否定したがる風潮

最も典型的な例は「うつ病は甘え」という偏見だ。

これは決して正しくはないが、それでもまだ「普通の」偏見だ。

深刻なのは統合失調症が原因で犯罪など犯すはずがない」というものだ。

しかも、テレビニュース番組で堂々と主張されている。

医師統合失調症が原因であろうと考えているのに、

動機を話さないのはおかしい」だの「病気ならもっと犯行が行き当たりばったりのはずだ」だの、

素人アナウンサーコメンテーターがふざけた妄言を垂れ流している。

言うまでもないが、統合失調症が原因であれば犯行合理的動機などないし、

統合失調症からといって思考力が全体的に低下するわけではない。

犯人統合失調症であった場合量刑をどうするかという問題と、

犯人統合失調症かどうかという問題は全く別のことであって、

前者について真剣に論じるのは面倒だけど犯罪者は許せないか犯罪者統合失調症じゃないことにしようなんてなめてんのか。マジで

2016-12-07

薬剤師世界のしょうもないところ

薬剤師世界って、いまだに、一か所に勤める風潮がある。

普通会社と同じで、3年ごとに職場変えてると、「なんだこいつ」って思われる。

でもね、医療世界ってそうじゃない。

医師医局制度があるから若いうちにいろんな病院を回って、いろんなやり方を見ることができる。

一方、薬剤師は一か所で勤め上げることこそが至高だから、そこ独自のやり方が全てになりがち。

ゆえに、くだらないところが施設ごとにバラバラ。

賦形のルールにしたって、1包0.2gにするところから、0.5gにするところや、1日1gとかもう色々。

アスピリンも、賦形しない、賦形する、結晶を潰してから賦形する、と、知っているだけでも3パターンある(ちなみに潰すと加水分解を促進するから、それ以外が望ましい)。

そして、それぞれが、それぞれのやり方こそ至高だと思っている。

どうでもいいだろ。そんなとこにこだわってる時代は終わったんだよ。

薬局薬剤師病院薬剤師は、いつまでたっても歩み寄れない。


医学部に対抗するために6年制にしたところで、施設側がクソのままなんだよ。

2016-12-06

今日今日までK医師っていう人のことを知らなかったんだけど

がんの医者ちょっと悪い意味で衝撃だった。

手術が怖いって患者の恐怖につけこんでる、っていう。

抗がん剤で動けなくなるという昔の知識で恐怖を広めている、っていう。

詳しくないけど今は副作用の少ない抗がん剤があるって聞くけどね。

薬だけで治るがんも少数ながらあるらしいし。

がんによりけりとは言え。



偏見かもしれないが、なんとなく、彼自身が、

手術が怖い、抗がん剤が怖い、っていう恐怖感情人一倍持ってるような気がする。

その感情に基づいて結論を導き出している気がする。

から共感されたんだし、人を引きつけたんだろうな。



個人的には手術自体スポーツ選手がわりと頻繁に行っているので、今は、あまり恐怖はないんだけど、

がんにかかったことないし、手術に直面したら、やっぱり怖がるようになるかもしれない。

がんを発症して治る見込みのある人には

治療の恐怖もとりのぞいてあげなくちゃならないんだろうな。

がん自体の恐怖もあって患者は大変だ。

2016-12-05

薬剤師っていらないと思う

病院薬剤師10年もやってると、つくづく薬剤師って不要だと思う。

こんなこと書くと、がーっと反論来ると思うので補足するよ。

あくま不要なのは薬剤師」であって、「薬剤師的な立場」の人は必要なのね。

これ、医師がやればいいと思ってる。

と、これもがーっと反論来ると思うので補足しとく。

内科」「外科」「病理」「薬剤」……って具合に別れればいい。

単純に、医療に対して、超ジェネラリスト知識要求されるポジションなのね。

内科だろうが外科だろうが婦人科だろうが小児科だろうが歯科だろうが。

当直のとき自分の得意分野以外のこと聞かれると全然分かんないんだよ。

ウロとか透析とか咄嗟に答えられないっつーの。

医師と同等の仕事できないと、もう会話できないんだよね。

英語の文献でびびってる場合じゃないんだよね。

もう、これ、医師でよくない?

調剤だけする時代はもう終わってる。

ダウントンアビー見終わった

ロバート吐血してたけど病気どうなった?カーソンよりロバート大丈夫

コーラバリキャリモードロバートいじけるも現場見た夫の理解を得て病院運営に携わることに

メアリー:レーサーの旦那が友人の事故トラウマに陥り無職になるも復活でハッピーエンド

イーディス:恋人元鞘コブ付き承諾ハッピーエンド 義母とも悶着乗り越える 出版社経営順調

ヴァイオレット:病院コーラに任す 何だかんだでイザベルと良い感じの凸凹コンビ関係続く

ロザムンド:イーディスを表と裏からサポート そして完遂

ザベル:熟年再婚ハッピーエンド 旦那病気は軽いものと判明 しかし義息子夫婦との関係微妙

ローズ:なんか印象なかったけどとりあえずハッピーエンド 戦争と平和にも出てたな

カーソン:手の震えから執事引退もうあかんヨナ宣言ロバートの慰留を受けアドバイザー就任

ヒューズ:カーソンと結婚新婚旅行にもいく 最終回でカーソンをチャーリーと呼ぶ

バロー自殺未遂を経て性格が軟化 ダウントンでカーソンが退いた執事の席に就くことに

トム:シビルの死を乗り越えメアリーの夫と中古車販売業を共に開業し夢いっぱい 子供も順調に育っている

ベイツ:警察から嫌疑解消しアンナとのすれ違いも乗り越え子宝に恵まれハッピーハッピーエンド

アンナ結婚後も終始Mr.Batesと呼び続けていたが最終回でついにジョンと呼ぶ

モールリー:学識を認められ教師採用され新たな住処も得る 最後には報われて良かった

バクスター精神的な自立を獲得 モールリーとは付かず離れずも良好な関係が続いてる

パットモア:宿屋始めて巻き込まれ波乱も乗り越えハッピー デイジーの義父となんか良い感じ

デイジーアンディーとどう接すればいいか良く分からんけど少しずつ心開く 髪切ってドライヤー使う

アンディー:字が読めない劣等感自暴自棄にもなったがバローサポートなど受け徐々に自己肯定感を高めデイジー距離縮める

クラークソン医師微妙に重い責任のある微妙ストレスフルな立ち位置が続く イザベルとは友人関係のまま

スプラット:イーディスの発行する雑誌コラムを書く仕事兼業する 同僚にチクられるもヴァイオレット曰く全然かめへんでー

ブライエン:シーズン途中で役柄のせいでリアル嫌がらせを受け降板 ひどい話である

2016-12-04

死の収容所へ 1

ヨーロッパユダヤ人絶滅の準備

 ドイツ軍ソ連侵攻は「特別行動隊」(Einsatzgruppen :アインザッツグルペン)によるすさまじい組的殺作戦をともなっていた。侵攻から数週間を経ずしてナチスは他のヨーロッパ地域に住むユダヤ人絶滅作戦の準備に着手した。1941年7月31日、ゲーリング( Herman Göhring 空軍相、元帥)はラインハルトハイドリヒ(Reinhard Heydrich SS上級部隊隊長、SS大佐)に次のような命令を伝えている。

「次を命ずる‐貴官は、ヨーロッパドイツ支配圏におけるユダヤ人問題の『最終的解決』に関する組織、実務、そして財務上の必要なあらゆる準備にかかり、… さらに、ユダヤ人問題の『最終的解決遂行にかかわる準備組織、実務、そして財務上執るべき手段計画の全容を、本官に対し速やかに提出せよ」

 この任務遂行の準備を調整するためハイドリヒは1942年1月20日、ヴァンゼー(ベルリン郊外)に会議召集した。会議にはドイツ帝国閣僚の面々、ヨーロッパ占領地域各国のドイツ総督、そして、ゲシュタポ本部ドイツ移民ユダヤ人局長・アドルフ・アイヒマンを含むSSの上級将校たちが出席した。

ヴァンゼー会議」の決定はやがて、政治および軍事面において、全世界に重大な展開を引き起こすことになる。

 1941年12月11日日本軍による真珠湾攻撃を受けてドイツアメリカ合衆国に対し宣戦を布告した。戦争はすでに人類連合国側と枢軸国側に隔て、全世界を巻き込む総力戦様相を帯び始めていた。この新しい局面は、ドイツ戦争遂行上の衝害から解き放った。ドイツにはもはや政治的配慮や「ユダヤ人の大量殺戮がもう始まっているのではないか」という世界世論に気がねをする必要が全くなくなったのだ。

 ヴァンゼー会議の進行は詳細にわたって記録され、議事録ニュルンベルク国際軍事法廷証拠として提出されている。それによれば、ハイドリヒはまずヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決について自分ゲーリングから全権を委譲されていることを告げて会議を始めた。会議の中でハイドリヒは次のように述べている。

「総統の意向により、ドイツ移民は目下ユダヤ人をことごとく東方追放し、その跡地に対して行われることになった…

ヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決の中では、各国に散在する約1100万人のユダヤ人が考慮されなければならない。次のとおり…」

 ここでハイドリヒはヨーロッパ33の国と地域ユダヤ人口をリストに揚げている。リストにはドイツの占領国や同盟国とは別にイギリスソ連ヨーロッパ地域、また中立国ポルトガルスペインスウェーデンスイスアイルランドトルコといった、ドイツが占領する予定だった国も含まれていた。

 ユダヤ人大量虐殺の実際の準備はハイドリヒによる組織の準備と同時に進められた。1941年夏、ハインリヒ・ヒムラーアウシュヴィッツ強制収容所所長ルドルフ・ヘスを呼んだ。ヘスは戦後証言で「ヒトラーユダヤ人問題の最終的解決の実行を決断したことを、このときヒムラーから知らされた」と明らかにし、さらに次のように述べている−「事実、東部で行われているようなやり方(ソ連地域でのユダヤ人殺害特別行動隊による狩り込みと射殺)では与えられた任務対応できなかった。絶滅という任務のためには、特にアウシュヴィッツ収容所対応させる必要があった」。

 この会談の直後、アイヒマンアウシュヴィッツを視察している。二人は、ソ連で行われている射殺は大量の人間を短時間のうちに皆殺しにするには不向きであり、大量殺戮はガスを使う他はないとの結論に達した。

 ガスを使った殺害ナチドイツにとって初めての経験ではなかった。すでに「安楽死計画」において、ガスが使用されている。この計画1939年9月から1941年8月末まで実施され、7万から9万人にのぼる精神病者と重度の障害者がガス殺された。わずかにユダヤ人も含まれていたが、このとき犠牲になったのはほとんどがドイツ人だった。ナチスはこの「安楽死計画」を、「役立たずの穀つぶし」—ナチは彼らをそう決めつけた—を国家から駆逐し、アーリア人種の優性を高めるための手段だと考えていた。ヒトラーはこの計画にあたり「T-4」という秘密組織を発足させている。「T-4」は総統直属の正式組織として医師を擁する医療関係の諸機関大学研究所病院等)を支配した。不治の病に苦しみ死を待つばかりとなった病人たちの命運が、かれら医師たちの手に委ねられた。

 かくして犠牲者たちはそれぞれの医療機関に用意された気密構造の部屋へ案内され、ガスによって窒息したのだ。死体は特殊な焼却炉で燃やされた。このガスを使った安楽死はすぐに外部に露見し、ただちにこの殺害行為をやめさせるための抗議行動が‐特に犠牲者の遺族と教会から‐起こった。ヒトラーは譲歩し、1941年8月末、これら医療をかたる殺人を当面中止するよう命じた。

 しかしこの安楽死計画の中で蓄えられた経験は、「最終的解決」の準備をしていたSS当局に役立つことになったのである

絶滅作戦

 絶滅作戦としての最初のガス実験1941年9月アウシュヴィッツで行われた。ソ連軍戦争捕虜たちが実験台に選ばれた。彼らは密封された地下室に閉じ込められ、チクロンBによってガス殺された。非常な短時間で捕虜たちは窒息死した。以後続けられた一連の実験で、ナチスはガスという新しい殺害方法を開発するめどを立てるに至った。同じ頃「特別行動隊」も、ハイドリヒ指揮下のSS技術局の援助を受けて同様の方法を開発している。ここでは「ガス室」の代わりに「ガス・トラック」が用いられた。この車の外見は救急車か冷蔵車に偽せてあったが貨物室は気密構造となっており、マフラーから貨物室まで 延ばされた特殊なパイプ排気ガス中の一酸化炭素を密閉された貨物室に直接流し込むようになっていた。犠牲者たちが貨物室に入れられるとドアが閉まり、鍵が下ろされ、そしてエンジンがかけられた。

 「ドライブ」は、全員が死亡するまでに30分も要しなかった。所定の場所に着くとドアが開けられ、死体は運び出されて埋められた。この「ガス・トラック」は、大型のものでは150人を、小型のものはその半数を収容した。ソ連ドイツ占領地域では1941年12月だけで、数千にのぼるユダヤ人が「ガス・トラック」で絶滅させられている。

 1941年12月8日。占領下ポーランドのロッヅ管区ヘルムノ村(ポーランド名ウッヂ市ヘウムノ)近郊で最初絶滅収容所が稼働を始めた。殺害には「ガス・トラック」が用いられた。犠牲者たちは主に列車で運ばれ、収容所の近くで降ろされた。そこは一部を公園に囲まれ崩れかかった古い宮殿中央広場で、人びとは垣根に囲まれ区域に通されると「労働に就く前にこれから車に乗ってシャワーを浴びに行く」と告げられ、次のように言い渡された。「衣服を脱いてこの車に乗るように」

 「ドライブ」が始まった。車が4キロメートルほど走ったころには、排気ガスによって全員が毒殺されていた。「終点」は森の中の柵で囲まれ場所で、そこにはこの仕事のために特別に殺されずにいるユダヤ囚人の一団が待機していた。彼らが死体を車から降ろし、そして埋めた(後には死体は焼却処理されるようになっている)。ヘウムノではこうした「ガス・トラック」が3台稼働し、当局員として150人ほどの警察官とSS隊員を擁して1943年4月に一旦閉鎖されるまで稼働し続けた(その後1944年から3ヵ月あまり再稼働)。ここではロッヅ管区他から連行されたユダヤ人と少数のロマ・シンティヨーロッパ語名ジプシー)の集団、合わせて30万人近くが殺害されている。

 1941年11月ポーランド総督管区内でユダヤ人絶滅作戦の準備が始動した。ヴァンゼー会議ハイドリヒの挙げたポーランド在住ユダヤ人口は228万4千人であるハイドリヒは1942年5月にチェコレジスタンス暗殺されたがそれ以後この暴挙は彼のファーストネームに因み、ドイツ政府より「ラインハルト作戦」のコードネームを与えられた。作戦指揮官には後のルブリン管区SS司令官警察長官、オディロ・グロボチュニクが任命された。グロボチュニクは3つの絶滅収容所計画を実行に移した。1942年3月中旬、まずベルゼック(ポーランド名ベウゼッツ)収容所、次いで同年5月ソビボル(同ソビブル)収容所が、そして7月末には第3の収容所、トレブリンカが大量虐殺を開始した。ドイツ東方植民地に設置されたこれら3つの収容所はいずれもガス室を備えていた。ここでは一酸化炭素ガスが使用され、ガスは屋外に設置されたガソリンまたはディーゼルエンジンからパイプで引き込まれた。それぞれの収容所には2、30名のSS隊員と、90から120名のウクライナ人(もとソ連軍捕虜で、ナチス・ドイツに協力を申し出た者)が 当局員として駐在した。SS隊員のほとんどは「安楽死計画」の要員から抜擢された者たちで占められ、後者ウクライナ部隊はルブリン近郊のトラヴニキにあったSS錬兵場で編成・訓練を受けたので、付近住民からは「トラヴニキ・マン」と呼ばれていた。

 ヘウムノ、ベウゼッツ、ソビボルそしてトレブリンカの各絶滅収容所は、文字に違わぬ殺人工場だった。連行された人々は、そのままガス室へ直行させられたのだ。何百人かのユダヤ囚人処刑を免れていたが、これは当局員と囚人たちの身の回りの世話のためであり、こういったグループはすべて数週間あるいは数ヵ月ほどで殺され、随時交代させられていた。

 ルブリン近郊のマイダネク収容所ユダヤ人、非ユダヤ人双方を収監する完全な構造を備えた強制収容所で、この地区にある他の収容所は全てマイダネクの補助収容所として機能していた。おびただしい数のユダヤ人がここで殺され、あるいは移送中に通過し、あるいは囚人として収監された。この中にはポーランド軍属のユダヤ人戦争捕虜も含まれている。マイダネクを生き残った者は数えるほどしかいい。

 強制収容所および絶滅収容所のうち最大の規模を持つアウシュヴィッツ収容所は、第三帝国ポーランド南部シレジア地方に建設された。1940年、早くもアウシュヴィッツ村(ポーランドオシフィエンチム町)に近い旧ポーランド陸軍兵舎敷地強制収容所が設置されている。これは元々ポーランド軍将校と政治犯収容するためのものだったが、I.G.ファルベン社などドイツ軍工業囚人労働力を提供するため、収容所近辺に多数の労働収容所が補助収容所として置かれるようになった。1941年にはビルケナウ村(ポーランド名ブジェジンカ)に最大の規模を持つ絶滅収容所アウシュヴィッツⅡ(ビルケナウ)収容所建設が開始された。ビルケナウはアウシュヴィッツ基幹収容所アウシュヴィッツⅠ)から西へ約3キロメートルの地点にあり、1942年5月に稼働を始めている。チクロンBを使用するビルケナウの4つのガス室は一度に1万2千人を殺害する能力を備えており、死体ガス室に隣接し連動する焼却炉(ナチはクレマトリウム火葬場と呼んだ)で 焼却された。焼却炉は24時間あたり8000人分の死体処理が可能だったが、1日で殺害される人数はこれを上回っており、残りの死体ガス室近くの森の中で野積みで焼かれた。アウシュヴィッツでのガス殺は1944年末まで続けられた。2つの収容所は約2500名のSS隊員を擁して1945年1月まで稼働し、その間に130万から150万のユダヤ人を含む、180万から200万人が殺害された。

 アウシュヴィッツビルケナウ収容所絶滅収容所と同時に強制収容所としても機能していた。殺されるために収容所に到着した人々は「選別」を受けるよう命じられることがあった。若く屈強な男たちは絶滅の集団からはずされ強制労働に就かされるか、他の収容所へ移送された。他に子ども双生児脊髄障害を持つ遺伝患者などが選別の対象となった。彼らはドイツ人医師たちの医学実験用に選ばれていたのだ。医学博士ヨーゼフ・メンゲレは、医師団の中でもとりわけ悪名高い。

 生き残った囚人たちも「選別」を免れたわけではなかった。1日に何度も行われる点呼で衰弱したり病気にかかった者、または労働に適さない者が見つけ出され、彼らはガス室に送られた。

 厳格をきわめる制度の下に束の間の余命時間が貸与され、囚人たちはそれを生きていた。飢餓さらす、むち打ちなど懲罰苦痛を与える−この種の非道所業はすべて囚人たちの心身を消耗させ死に至らせることが目的であり、SS隊員でもなければ思いつかないようなものばかりだった。 恐怖は、囚人たちの日常だった。囚人バラックから毎日、何十体もの死体が運び出されていた。 アウシュヴィッツビルケナウ−ここで心身を全うし得た者は、ごくわずかにすぎない。

2016-11-30

http://anond.hatelabo.jp/20161117230602

タバコ肺がんの関連性は明確。

堕落透析因果関係は明確にあるとは言えないから(言うとバッシングされるから)。

この違いじゃないかな。

とは言え、かねがね同意

明らかに自堕落がたたって透析になった知人がいる。

医師も本人のどうしようもない食生活や不摂生が原因だと指摘している。

多くの人は自堕落ではなく、しょうがなく病気になって透析をしなければいけない体になったのだろうと思うけど

ごくごく一部のダメな人たちは存在しているんだよね。

でも、そういう人たちも見捨てないで手を差し伸べないといけないというのが日本

理解はできる。

けれど、それに納得がいかないという人もいるというのは認知されてもいいと思う。

発言力が高い人が「殺せ!」なんて言っちゃったから大問題になったけどさ、

からと言って自堕落生活して体を壊してしまった人が自省しなくていいという話ではないと思うけど、

この考えはおかしいのだろうか?

不登校になった話

どこかに気持ちをぶつけたかった。

調べたら匿名ダイアリーが出てきたので書きます

規約など一通り読みましたが、暗黙のルール等に違反していたらごめんなさい。

まりいい表現出てきません。






私はどこから間違ってしまったんだろう。

小さい頃から日常的に死にたいと思っていた。

小学2年生あたりからずっと思っていた。

当時の日記にもそればかり書いた。死にたい死にたい、と。

自宅の二階から飛び降りたこともあった。

手足の打撲で済んだのは運が良かったのか悪かったのか。

陰口や無視日常茶飯事だったが、いじめがあったわけではない。

ただ息苦しかった。世知辛かった。



中学校に入って間もなく、私は不登校になった。

理由があったわけでもない。

ただ心から学校行きたくないと思った。

同じ服を着た知らない人がたくさんいる。それが何故か怖いと思った。

意見が合わないと白い目で見られ、無理に合わせても白い目で見られる。

息苦しかった。

もちろん友達はいたが、ごく少数で、その友達とも次第に話さなくなっていった。

最初心配していた両親からも厳しい視線を向けられた。

あなたが生きていることが恥ずかしい」

「産んだとき幸せだと思えたのに」

「私を馬鹿にしている」

毎日言われた。それでも学校には行けなかった。

それじゃあ制服を着るだけなら、と思って着てみた。

手足が震えた。震えているせいでうまくホックがとめられない。

無理にホックを留めたがすぐに頭が痛くなり、過呼吸を起こした。

対処法は知っていたので、咄嗟キッチンまで這って行き、ビニール袋でなんとか息をした。



その1ヶ月後くらいに、両親に心療内科に連れていかれた。

ああ、私は病気だと思われていたのかと、その時初めて知った。

もう少しカウンセリングに近いもの想像していたが、実際はいくつか問診を受け、シートを記入しただけだった。

その時医師に言われた。

学校を面倒に思っているんだね、毎日行かないと後悔するよ」

今でも忘れない。

医師不登校の私をこう思っているのかと絶望した。

一度たりとも学校を面倒に思ったことはなかった。

毎日きちんと行けたらこんなところに連れていかれるはずがない。

知っているような口を聞かないでくれと思った。



二度と心療内科には行かなくなり、学校夕方にたまに行くだけになった。

そのうち2年になった。成績は死んでいた。

3年になった。気づけば受験生だった。

成績も出席日数も明らかに足りない。

この時期は受験生みんなが慌てるが、私は何もしなかった。

1年の教科書問題を解いてみたりしたが、まったくわからなかった。

学校に行かなかったことは後悔していないけれど、提出物とテストを受けなかったのは後悔した。

結局定時制に行くことにした。夜間ならなんとかなるかもしれないと思った。

受験寸前になって必死勉強し、問題集もだいたい解けるようになった。



たびたびニュース不登校話題が上がる。

不登校登校拒否をする子供を持つ親の記事も読んだ。

「私は子供気持ち理解しているけれど、子供は私の気持ちを分かってくれないんです」

「どうしてこんなに心配しているのかを理解してほしい」

まり覚えていないが、そんなようなことが書いてあった。

この親が心配しているのは世間体じゃないのか。

子供気持ちを本当に理解しているのか。

自分のことで精一杯だから不登校になるのに、親の気持ちなんて分かるわけない。



私はまだ子供だから、何も分からない。

けれど子供ながらに悩んで、考えて、出した答えが登校拒否だったら?

親が無理に行かせる理由がどこにあるのか。

無理に学校に通わせられ、疲れ果てて卒業式直後に自殺した先輩を知っている。

死に対する恐怖に、心の疲労が勝ってしまった結果だと、私は思う。

心の疲労はスタンプカードのようなものだと聞いたことがある。

しかにそのとおり、たまっていくだけで消えていかない。

誤魔化すことはできても、消費はなかなかできない。

スタンプカードがいっぱいになったら私もきっと自殺していただろう。

遺書は公開されなかったが、同じ境遇でなくてもとても苦しんでいたのは想像できる。





まとまらなくてごめんなさい。




不登校登校拒否をするみんなが生きやす世界になりますように。





追記 12/1

たくさんの反応ありがとうございます

どうしてもお礼が言いたかったので追記としました。

誰かに聞いてもらいたくて書いたのですが、こんなにたくさんの意見を頂けるとは思いませんでした。

ひとつひとつ言葉が暖かくて、読んでる最中涙が止まりませんでした。

私の周囲に不登校を受け入れ、理解してくれる方が少なかったので、こんなにも受け入れてくれる方がいたんだと感動しました。

はい中学三年生です。

定時制に向けて受験勉強していますが、通信制高校に勧めてくれる意見が多々あり、少し考えてみようと思います

それだけでなく大学に行ったほうがいいとのコメントも頂き、真剣に考えるきっかけになりました。


この文章を読んでくれた方の中にも、同じ年代の方がいるのではないかと思います

理解してくれる方がこんなにいたこと、世界はとても広いこと、それが希望になればと思います

こんな子供の書いた文章真剣に読んでくださり、そして暖かい言葉をかけていただき、本当にありがとうございます

ディベート教育の先の課題

ちょい前の世代までは正当かを判断するのにデータを追わない人が多かった。

上の意見絶対専門家が言うから、偉い人が言うから権威主義万歳・・・とそんな空気

最近ではそれが少々改善し、ディベート教育を取り入れればさらに良くなるだろう。

 

しかし、ディベート的なやり方でも穴が存在する。

データを取れない議題なんてのは溢れている。

それに対し、無理やりこじつけデータをあてがい、正当だと思い込もうとする動きが加速するだろう。

データがないものは全て主観感想に過ぎないと扱う人間大量生産される。

よって、データを示したものが勝ち、正しい考えを持っていてもデータが取れない人間議論で敗北する。

 

この誤謬を防止するために必要になってくるのは想像力なのだが、これがない人間は本当に多い。

例えば、昔の医師でさえ自分が学んだことが全てであり、暫定的アレルゲンとなり得ないとされるものは疑わない姿勢を崩さない人がいた。

だが、研究が進むにつれ、かつての仮説は間違えであることがわかってくるのだ。

運の悪い患者は追加の診察をされることがなく、その医師恣意的な診断を信じることしかできないのである

様々な可能性を想像する力が必要なのにもかかわらず、それを受験で測ることは難しい。

 

断言するが、今後はデータが新たな権威となり、フォーマットを変えた権威主義人間再生産され、

しろ議論がしずらくなり、正しい答えを導くことはさらに困難になるだろう。

なるべくこのリスクを多くの人が把握することを望む。

WELQ未来を予想する

DeNAが「WELQ」全記事を非公開に 不正確な医療情報に相次いだ批判「深くお詫び」

https://www.buzzfeed.com/keigoisashi/welq-04?utm_term=.aeOKRL71W#.bonYg8X3e

DeNAがとりそうな道は2つ。

(A) 御用医学者を雇ってインチキ監修して記事を公開する

(B) 真面目な医者に監修してもらうも、採算がとれずWELQ廃止する。



WELQ記事って、アトピーの原因は水子の霊が原因かも?みたいな、まともな医師では監修しようのない記事が多いし、

そうなると現実的には依頼された医師記事を1から書くことになるので原稿料も高騰する。

それでは儲からなくなるので、現役引退したような医者お小遣い稼ぎ程度で監修させるしかないような。

2016-11-27

WELQの面接で落とされ、その後WELQが炎上して、思うところ

WELQの運営方針や内容の信頼性を巡って炎上が続いている。DeNAは慌てて専門家の監修を開始するというリリースを出しているが、遅きに失した形だ。

個人的な話だが、夏頃転職を考えていたこともあり、DeNA候補の一つとして面接を受けてきた。メディア系の職歴であったため、DeNAパレット(同社のキュレーションプラットフォーム。Find TravelやMERYもこれ)においてプロダクトオーナーをやってほしいというオファーがあった。

その内の一つがWELQだった。WELQについて調べてみると、オープン半年利用者600万人超のメディアになったと誇っていた。なるほどSEOが強烈に強く、適切な医療知識を持たない人々であればうっかりクリックし、信じてしま可能性があるほど、順位ワードもこなれたものだった。記事ボリュームも圧倒的にあり、優位性は明らかで、それなりにやりがいのある仕事ができそうに思えた。

一方でマネタイズを真面目に考えると、著作権法薬事法医師法を遵守し、内容の信頼性を高めていかなければならないと思った。記事をパクられた側の抗議によるレピュテーションリスクがあり、広告ではきちんとしたクライアントが付かない。なによりユーザーが内容を不審に思い始めるのは時間問題だろうと思った。

また、編集長という立場の人が明示されておらず(強いて言えば村田マリ)、記事匿名ほとんど。署名記事でも著者が実在するのか不明。調べればクラウドワークス等で集めた医療従事者でもないライターが激安価格で記事を量産しているという。その内パクリ元のオリジナル記事が枯渇し、内容的には過去の焼き直しでジリ貧になっていく問題も抱えていると思った。現時点でも既に、同じテーマなのに書いてあることが違うという、メディアとしての主張に筋が通っていない部分が見受けられる(例えば食物アレルギー記事)。まあこのあたりはパクリ元に収益還元する仕組みを作ればYouTubeのような発展も有りや無しや、ではある。

これらのことを面接では鋭く主張してさしあげた。面接相手KDDI出身DeNAに来たというM氏だ。まずあった反論は「医師の監修は検討しているが、今はメディアとして完全に定着させることが先」とのことだった。要するに投資ステージなので外野はゴチャゴチャ言うなということなのだろう。しかしそこは永久ベンチャー標榜しているとはい東証一部上場企業いくら面接相手でもコンプライアンス意識なしというのをあからさまに伝えるのはまずいという意識があったのだろう、「将来的にはキュレーションを抜け出し、一次メディア化したい」という補足もしっかりあった。面接自己評価としては、よりよい方向、健全な成長に導ける有能な人材であろうことを強く印象づけられたと確信し、渋谷ヒカリエを颯爽と後にした。

で、落ちた。「貴殿のための適切なポジションが社内にご用意できませんでした」という、転職業界ではテンプレート化しているお祈り文言だ。言うまでもなく、批判が図星で、わざわざ入社させてDeNAパレット事業方向性撹乱させることはしたくないという判断が働いたのだろう。

ファウンダー南場智子コンプガチャ問題で手痛い失敗をして以来、業界はもちろん、自社の事業ポリシー健全化に務めてきた。この辺は著書『不格好経営』にも載っているとおりだ。公平性や透明性意識の浸透を狙ってスローガンDeNA Quality」を定めた。しかし、WELQはもとより同社のDeNAパレット事業全体においてグレーなやり方がはびこっており、掛け声倒れに終わっている感は否めない。お友達感覚で連れてきた事業責任者にもそれを理解させ切れているのか。旦那病気療養のために一旦引退し、そして得た医療健康事業への熱い思いが、自らの社員役員らによって反故にされている現状をどう考えているのか。

何も面接で落とされたから腹いせにこういうことを書いているのではない。むしろ今は受からなくてよかったとさえ思う。キュレーションという新しいメディアのあり方と、正確性や信頼性が最重要視される医療情報との食合せが悪かったという問題だけではない。WELQを閉鎖すれば終わりでもない。DeNAソーシャルゲーム以外の事業の柱を作っていくうえで、体質を根本的に変えていかなければならない現状に直面しているのであり、それに対するしっかりとしたステートメント必要だと考える。決してWELQだけに問題矮小化するべきではないことを、DeNA理解するべきだ。

補足:なおWELQの前身はMedエッジといい、こちらは比較信頼性のある著者が書いていたり、転載元医療サイトだったりする、(相対的に)いいサイトなのだが、現在はMedエッジ時代掲載された記事は埋もれてしまいがちになっている。

2016-11-26

デスノート Light up the NEW world 感想

今更ながら見たので感想ネタバレ注意。

総評

そこそこ出来のいいB級映画、といった印象。

言われてるほどクソではないけど、流石に粗が目立ちすぎてない?

感想

今更ながら見た。前情報で「登場人物みんなバカバカ必死頭脳戦」と聞いていたのでよほどひどいと思って見に行ったが、思いのほか面白かった。

しかし、「バカ必死頭脳戦」はその通りだったし、あんまりにもひどい部分が多すぎる。

もったいないなぁ。結構面白いと思ってたのに。


良かった点

アバンロシア人医師のくだりは結構わくわくする作りだった。導入は良い。導入だけは。


あと、最後の方の展開は「なるほど……!」と驚く展開だった。予想は多少ついていたけど、そうきたか、という感じ。面白いなと思った。


あとアーマがキャラとして良かった。中の人補正もあるけど。

ダメだった点

序盤の無差別殺人の時点で「あっ、やはりこれは脳を溶かして見るべき映画だな」と確信した。


そして出てくるLの後継者。なにあれ。流石にひどすぎない?

転載要素がまったく分からなかったし、幼稚な人格破綻者にしか見えない。終盤で印象を巻き返すけど遅いよ……。

そしてお前、「L change the WorLd」のニアなのか? どうしてこんなバカに成長してしまった。あとどうして日本名前本名なんだ? 実はただの別人なの?



それからサイバーテロリスト強すぎない?

ハッキングであそこまでできるの? ハッキング便利すぎない?

デスノートなくても殺人余裕じゃないの?

というかLのクソCGからどうやって画像解析してメッセージ読み取ったんだよ。ハッカーすごいな。どうやったら読み取れるんだよあんなの。



次にミサミサ2011年には死んでるんじゃなかった? (映画版だと生きてるんだったか? 忘れてしまった)

デスノートによる殺人に気付いた時点で取り押さえておこうよ、警察無能すぎない? 「ノートを破棄した者が再びノートに触れると記憶を取り戻す」ルールは知ってたんじゃないの?

あと、あまり可愛くない。

そういえば、ノート名前を書かれた人間って死神の目にどう映るんだろう?

目を持ってても気付かないもんなのかな。


あと散々言われてることだけれど対策本部無能すぎ、デスノート対策本部と言いながら肘で顔を隠して突入とか愚の骨頂じゃないか……。死神の目についても知ってるのに、途中からマスクサングラスも、マフラーさえもないとかどうなの。ぶっちゃけマフラーでも防げるのか微妙ラインじゃない?

そして仲間たちが特に使えるわけでもなくあっさり死んでゆく。あまり印象にも残らなかったなぁ。



そしてキラ後継者、あの展開はちょっと……。あれはないでしょう、そりゃあ無理だよ。子供だもん。



総評

そこそこ出来のいいB級映画、といった印象。

思ったよりは楽しめたけど、最初から「これはギャグ映画だろうなぁ」と思ってたからだと思う。頭脳戦を期待して見に行った人は本当にがっかりだったんじゃなかろうか。



結局、「バカ必死頭脳戦」の話だけが独り歩きしている印象。言われてるほどクソではないけど、確かにみんなバカだし流石に粗が目立ちすぎだと思った。

最後の方の展開とか面白かったのになぁ。「ここで共闘するのか、すげぇ……!」と思ったけど、最後最後あんまり……。超法規的措置でいいのか、あれ。



面白い部分は面白いのに、それを埋もれさせるレベルのしょーもない粗ばかりが目立つ。

もっと面白くなりそうなのになぁ。本当にもったいないと思った。


どうでもいいこと

どうして約束場所マヤカンだったんだろう?

とても気になった。どうでもいいけど。

転職したい

今年の春に今職場転職した。今は接客仕事をしている。

前の職場ネット検索したら引っかかるくらいにはブラックだった。

ネット基準ではブラックと言えないかもしれないが、それでも自分には辛かったので転職できてよかった。



新しい職場では上司や先輩が優しくしてくれて楽しい毎日を過ごしていた。

飲み会で羽目を外しても許してくれたし、人生の再スタートにふさわしい会社だと思った。



自体が急変したのは夏。会社パーティーがあった。上司社長が仲良くないことは知っていたが、

社長に会う機会もなかなかないので、社長挨拶に伺ったがそれがまずかったらしい。

酒の席とは言え二次会パワハラを受け、その後社内でもほとんど口を聞いてくれなくなった。

それどころか、上司から仕事を引き継ぐ予定だったとは言え、なんの前触れもなく仕事を割り振られた。

その頃はあまり気にはしていなかったが、今思うとこれがすべての始まりのように思えた。



その翌月、お客さん向けのイベントがあった。うちはフランチャイズの店なので本部から応援もかけつけてくれた。

しかし、私がイベントをうまく進行できず、結果的にお客さんを逃す形になってしまった。

先輩は「今回は客層が悪い」とフォローしてくれたが、上司は「お前の責任だ」とみんなの前で批判した。

すこしムッとはしたが、きっと事実だと思うし、そもそも本部データからも年々お客さんが減少していると言われていた。

しかし、私の支部以外が伸びているとわかると自体が急変。その先輩すら私が悪いと言い出したのだ、

練習不足、企画が悪い、こんなことは初めてだ、など小出しではあるが、罵詈雑言を浴びせられた。

ただ、イベント前に私が先輩に流れを確認した際は問題ないと言ってくれたし、誰も何もおかしいとは言わなかった。



思い返してみれば、イベント直前に先輩が一人抜けて私の仕事量が一気に増えていた。新人の私にそこまでの余裕があったとは今でも思えない。

しかし、その日を境に仲のいい先輩を除いて風当たりが強くなった。

文字が汚い、文章が硬い、変なところにこだわる、などなど目の前で陰口の嵐が毎日のように始まった。

学生時代はいじめを受けていたので陰口は慣れていたのだが、毎日四六時中陰口を叩かれているともはや気が狂いそうになる。

おまけに、仕事のことを質問すると怒り、質問しなくても対処できるレベルの内容なのに「なぜ質問しない」と怒られる始末だ。



そんな日が続いていたので、精神科を予約した。人気らしく一ヶ月かかると言われた。

精神科受診する頃には、食欲は落ち、服は少し大きく感じた。

精神科では病名は確定できないが、おそらく気分障害だろうと言われた。3週間様子を見ようと言われた。

その日は午前中だけ休みを取っていたのだが、病院が予想以上に混み合い、また私自身も体調が悪かったので休みを取った。

お客さんの対応を任せるので申し訳ないと思う反面、誰のせいでこうなったんだという気持ちも少なからずあった。



翌日、私の伝達ミスもあり、お客さんの対応は大変だったらしいがことなきを得たらしい。

迷惑をかけたと謝って回ったが、そもそも新人の私が体調不良を起こした程度で回らなくなる職場なことを誰も疑問に思わないらしい。

転職をしたいとパワハラモラハラをされてから思っていたが、さすがにこの時ばかりはどこかでしてやろうという気持ちになった。



今後のイベントのために準備を怠っていたら、先輩から呼び出しがかかった。イベントの話をするという名目会議室に呼ばれたが、早い話が総括をされた。

先にも述べた罵詈雑言を再び浴びせられ、お前が仕切れていないのが悪いと罵られた。ちなみに仕切れという言葉を聞いたのはその時が初めてだった。

はいつのまにか勝手にそういう役にされていたらしい。そして勝手ストレスになっていると言われたのだ。ひどい話だと思う。

もう何を対応するにも面倒なので、何度も謝罪し、気をつけると言ってその会は終わった。ちなみに、仲のいい先輩が人員を増やすことを提案したが却下された。

その時は不思議ストレスは感じず、とにかく転職をしようと心に決めた。



私が春先優しくされたのは、別に優しくされたわけではなかったのだ。

程のいいサンドバッグを手放したくなっただけだったのだ。試用期間で辞められると困ったわけだ。

辞めた先輩は仕事もできないし、会話もうまくできない人だったので、一緒に問題解決に向けて頑張ったが、辞めたくなるのは当然だと思った。



ちなみに、先輩が精神を患って休職している。春先は休職をさせるいい職場だと思ったが、訴えられたら負けるからさせているという理由だった。

会社は風通しが良すぎるので、このご時世なのに、大声で個人情報がやりとりされ、誰も何も言わないし言えない。

から聞いた話だが、私の部署は私が入る頃には炎上している部署だったらしい。しかも原因は私に罵詈雑言を浴びせた先輩にあるらしい。

しかしその先輩は、パワハラ上司と仲が良く、誰も何も言えない状態だと最近知った。私が悪いのはほんの一部分にしかすぎなかった。



金銭的な面で問題がなければさっさと辞めてしまいたいが、難しい。私を懇意にしてくれるお客さんもいるので辞めるに辞められない。

一番いいのは休職なのだが、気分障害医師が診断してくれるかどうかとても怪しい。

正直ネットでこういう話をよく見るのが、自分が同じ目にあって見ると恐ろしくわけがからなくなる。

特に私が体調不良になるだけで親しい先輩に迷惑がかかるのが耐えられない。この先どうしていいかからない。

今はただ、転職のために履歴書職務経歴書見直しをしているだけだ。

2016-11-23

http://anond.hatelabo.jp/20161122215322

産業医会社側の発言をしていることへの不信感という部分について

自分産業医カウンセリングを受けたことがあり、そのカウンセラーがあまりにもヘボかった(こちらの辛さを聞くことをせずに、あなたが悪いのではと返す)ことを増田愚痴ったことがある

その時についたレスに「産業医なんて会社が雇ってるんだから当然だろ、鬱になって使えないやつを追い出すのが仕事なんだよ」的な内容のものがあった

ずいぶんと乱暴なレス根拠など何もないけれど、世間とは・産業医とはそういうものだろうかとぼんやり思った

それから数年経ち、最近とある現場が火を噴いた

大手顧客の下に委任という形で参画しているプロジェクトだが、現場メンバーの稼動状態はかなり厳しい状況らしい

残業一定時間を超えたメンバー産業医との面談必要であるらしく、自社に現場メンバーが呼び戻されていた

その産業医面談がどういったものだったかは分からないけど

休みを取って、睡眠時間を取れって。それができるならしてます(笑)」と笑ったメンバーの様子からは、ごく当たり前の医師面談だったことが伺えた

何がいいたいかというと、産業医はそこまで会社とズブズブでもないと思う、そいつがヘボいだけなんじゃないかと、自分経験上は思う、っていうことだ

だいたい医者免許持ってるわけで、契約だってうちの会社ではない、健保から給与を得ているんだろうし

けどまあ、会社に対しても医師に対しても不信感を感じるなら、きちんと交渉した方が良いと思う

傷病手当の支払いだったり、復職に対しての条件だったり

2016-11-22

復職したけど会社がもう信用できない

10月いっぱい会社休職した。

理由適応障害で、原因は過労による生活の乱れ。

具体的には、抑うつ状態と倦怠感、過眠といった症状だった。

担当医師産業医上長や人事などと再三の話し合いの上での休職だった。

休職前の状態が以下。

業務内容

ITベンチャー(広告関連)で、事務とも営業とも言える独特の職種で、新規チームの所属新卒で、入社1年目。

■平均退社時間

23時がデフォルト。遅い日は深夜2時、土日も隔週くらいで出社していた(自主的にであり、強制されていたわけではない)。

■体調を崩すまでの経緯

プロジェクトの停滞】

7月から、私が主体的に進めていた割りと大き目のプロジェクト(というか業務改善)があった。本部長、部長にも承認され、私も入社してから初の大きな仕事ということでかなり張り切っており、上記のような勤怠の状態になっていた。しか現場リーダー(以下A)がきちんとそのプロジェクト内容を理解していなかったこと、リーダーでありながらプレイヤータイプマネジメント力が低い人であったことから、思ったようにプロジェクトが進行しなかった。そんな中でAに「君は新卒なのだから単純なルーチンワークだけをやってくれればいい」「そんなプロジェクトはやっても意味がない」といったことを言われ、私はかなりショックを受けた。Aよりも格上の本部長・部長承認してるのだから気にしなければいいと思われるかもしれないが、あくま現場を取り仕切るのはAなので、彼が動いてくれないと進まないことも多かった。部長相談もしたが、この部長自身マルチタスカーで異常な業務量を抱えており、全てに対処できるような余裕はない人だったのと、社歴はAのほうが何倍も長く、年齢的にも一回りくらい上だった為、指示が出しにくいという背景があるように見えた。※その後Aには「申し訳なかった、傷つけるつもりはなかった」というような謝罪をされた

判断能力の低下】

9月中旬から上記のようにプロジェクトがうまく進まなくなり始めると、それまでは感じなかった倦怠感が襲いかかってくるようになり、会社で仮眠をとったり午前休や早退をする日が増えてきた。土日は20時間ほど睡眠をとってもまだ眠く、一歩も外に出なかった。また抑うつの症状も出始めて、「Aさんの言うように私のやろうとしていることは無駄なのだ」「誰も努力を認めてくれない」「私が主体となっているから進まないのだ、人望がないのだ」などと考えるようになった。そしてある日、デスクで今自分が何をやっているのか、何をやろうとしていたのか、何をするべきなのかがわからなくなり、PC操作ができなくなった。いよいよ自分の体がおかしいということに気付き、心療内科受診した。

適応障害

適応障害と診断され、約1ヶ月の療養が必要と言われた。7月からプロジェクトを任され、9月中旬までの約2.5ヶ月、体を酷使(深夜残業などで睡眠時間を削っていたこと)していたことのリカバリーのためには最低でもその期間が必要だとのことだった。その診断書会社に提出し、会社産業医本部長、人事など何度か面談をし、休職手続きをした。


休職後のこと

休職期間は、とにかく寝た。寝たいだけ寝たほうがいいと医師に言われた。するとそのうち、寝ることに飽きる日がやってきて、何か行動したくなる日がくるので、そうなったらば回復した証だとのことだった。10月末にはその状態になり、11月1週目から復職希望を出した。それにあたり、かかっていた病院医師復職許可診断書会社に提出したが、産業医許可必要と言われたので面談をしたのだが、その内容が思いもよらないものであり、標題のように会社に対する不信感に繋がった。

休職から何度か産業医面談をしており、体調を崩すまでの経緯も説明していたし、具体的な症状も伝えていたにも関わらず、以下のようなことを言われた。

1.本当に仕事のことが原因で体調を崩したのか→プライベートなこと、家族関係や友人関係恋愛などのことで休んだのではないか
2.ちょっと疲れてしまった程度のことであり、誰にでもよくあることだ
3.(復職後は当分深夜残業はしないようにしたいと言ったところ)この会社は深夜まで働くのが当たり前だし、それができる人だけが集まっているので、貴方には無理ではないか
4.(大きなプロジェクトを任されて、力みすぎていたところがあったので復職後は良い意味で「適当に」働くつもりだと言ったところ)この会社は頑張る人しかいないので、そんなスタンス通用しないだろう
5.復職ができる証拠として、あと1ヶ月休職し、その間の行動管理表を会社に提出しなさい→決まった時間に起床し、電車に乗り、外出できる状態にできることの証明をするべき

産業医も、うちの会社だけでなく何社も担当をしているので、一人一人のことなんて覚えていないのかもしれない。しかし、あまりにもこれまでの態度と違っていて、とても攻撃的だった。休職前の面談では「それは辛かったですね」「思い切って休職して、ゆっくり休んだほうが良いですよ」というように同情的だったのが、突然態度を翻し、「その程度のことで休むなんて社会不適合」「おまえにはこの会社は合っていないから、このまま辞めろ」と言われているようにしか思えず、この態度の豹変には「何か」があったのではないかと思う。面談の前には会社人間産業医と打ち合わせをしているはずだし、その「何か」は、会社からの指示ではないだろうかという邪推をどうしても拭うことができない。

また、復職に際し事実上の降格をさせられたことも1つ原因として挙げられる。業務内容はかなり限定され、単純作業のみになった。

そして1ヶ月間の「復職プログラム」というものを組まれており、1日の行動管理(平日だけでなく、土日に何時に起床しどこに出掛けて誰に会ったか記載しなければならない)をされるのと、2日以上の休み、及び3回以上の遅刻(1分でも駄目)をした場合強制休職という条件つきでの復職となった。

10月給料は支払われないため、10月1日31日分の傷病手当金11月4日会社に提出しており、「中旬には支給されるだろう」と言われたもの今日時点でまだ支給されないので、IT健保に直接電話したら「まだ申請がされていない」とのことで、どこで止まっているのかも謎。間もなく約2ヶ月無収入状態となり貯金も底をつくし事情があって家族は頼れない。家賃等の支払いも各社に連絡して延期してもらっている状態だ。それに、11月20日まで休職していたのに11月分については傷病手当金申請はできない(11月から健康上は復職できる状態にあったから)とのことで、11月に関しては傷病手当金ももらえない。

いろんなことが重なって、なんだかもう会社のものに対して不信感しかない。

2016-11-19

医師クジャク

1 件 (0.48 秒)



医師孔雀

8 件 (0.49 秒)

2016-11-18

http://anond.hatelabo.jp/20161118153758

ただの境界例メンヘラなので病院へいきスマホでこれを医師に見せましょう

紙の無駄なのでプリントアウト必要ありません

2016-11-16

http://anond.hatelabo.jp/20161116190949

ナマポは受けてるの?別に侮蔑するつもりとかはない。その年で無職って、ネットではよく聞くけど実際住民税とか家賃とか諸々で呼吸してるだけで月7万ぐらいは飛んでいくじゃん。金稼がないでどうやって生きてるのか気になる。

追記

病院いったことないってことはナマポ申請もしてないってことだな。あれ医師によるうつ病の診断が必要なはずだから

親の金生活してる感じ?親はどんな仕事してるの

http://anond.hatelabo.jp/20161116122212

元増田です。

ご返信ありがとうございます

自分はもうすでに医師免許は持っており、実家病院持ちなので将来は全く問題ない状況で、

しかし、数学工学に対する憧れが強いので、一度の人生大学院にもう一度行きたいと思いました。

なるほど、工学数学なら、文系からでも努力で行けるものなんですね。

2016-11-12

大学を辞めた。死ねない呪いと向き合う毎日

(アルコールの入った頭で書く適当文章だということをご承知ください。でも僕の現実しか書いてないです。)

僕は都内の某私立大学(偏差値.bizだと偏差値は65らしい)を中退せざるを得なくなった。

留年、休学を含めて4年間は在籍してた。

理由は2つ

やりたいことがなかった。

人間関係が下手くそ過ぎて耐えられなかった。主な理由はこっち。

勉強は嫌いではない。今でも数学なんかの教科書を解いたりするけど、わからないものがわかるようになるのは楽しいと思う。

なのに中退するはめになったのは正直つらいと思うところもある。

自分としては本命の国公立ではなかった。本命東工大数学1問分で落ちた。

でも周りの人間は滑り止めの私大でも受かったのは立派なんだから進学しろと勧めてきた。本当はここで断るべきだったのだ。

結局実家田舎の裕福ではない家庭なので、奨学金を借りて進学することになった。

まぁ普通に卒業できるし就職もできるだろうし奨学金を借りてもいいだろう。そんな見込みは4年間でぶち壊されてしまったのだが。

僕の4年間は自身への失望、と社会不適合っぷりに直面するばかりだった。

人間関係が壊滅的に下手くそだった。高校までは偶然仲良くなれた、しかも向こうから興味を持ってきてくれた、そんな友人のおかげで、苦労なく過ごせていたということをここで初めて自覚する。

自己コントロールが下手くそなので能力的に達成できるレポートも貯めこんでできなくなることもあった。

人間関係ほとんどないので助けを頼ることもできなかった。他人を頼るのは恥ずかしいと感じる部分も大きい。

バイトもした。ここでも自己コントロール問題で、当日欠勤をしたりして長続きしなかった。中途半端に根が真面目なせいで、関係を持った人を傷つけたことに関しても申し訳なくなった。

東京での家賃が払えなくなる、親切な知人に借金をするはめになった。この時にはすでに下で述べる過程を経て働く気力はすでに失せてしまっていた。

いろんな欠点自覚する。当然直そうと努力はした。でも直せなかった。普通の人にはなんてことないかもしれないのだが僕には大きな壁だった。

こういうところは少しADHDの気があるのかと思い受信したのだが、若干そういう傾向はあるものの診断は出ないという中途半端な奴だった。

[言語IQ動作IQの差が大きい(WAISの群指数では処理速度のみが100近辺で他は130近辺)ので意識に対してなかなか体がついてこないとかそういう話をされた。社会人になって仕事がうまく行かなくてメンタルを受信する人には結構こういう傾向があると医師から聞いた。]

この結果僕がどうなったかというと、仕事をしても他者迷惑をかける、それに僕は耐えられないしそんな思いをしてまで働きたくない、働かざるもの食うべからずというのなら、いっそ殺してくれ、そう思うようになるのは論理的に当然ではないだろうか。

他者迷惑をかけないための努力がずっと失敗に終わり続けた。そんな中で努力をする気力すらもなくなった。怠惰だと言われればそれまでかもしれない。頑張ったんだから評価してくれというのも甘えだろう。

それでも死ねない、それは親が死ぬなというからだ。「お前がそうなってしまったのは悲しいけれど、死なれるのはもっと悲しい」と言われたら僕の性格死ねないのである

ある意味呪いのようなその言葉死ねない呪いをかけられた僕は現在いわゆる引きこもりニートである

メンタル医師毎日少しでも外出できると良いって言われたけれどそれすらもできないこともある。自分に負けて自分を責める、それを理解していてもなお動けない。なぜなのだろう、どうしてこうなってしまったのだろう。

そんなことを日々考えながら生活している。考え過ぎだよ、と言われることもあるくらいだ。知っているが、それでも考えてしまうのだからたちが悪い。

いろんなことを考えていると世の中への恨み、憎しみのようなものも募っていくことがある。

大学時代、ろくに勉強もしてないけど推薦で入ってきたような奴がレポートテストコピーを手に入れて効率よく、卑怯にやり過ごしていった、そんな人間今立派に就職していたり、

弟が明らかにブラック企業就職され、すり減っている様子に何もできなかったり、

僕の進学を勧めておきながら、僕がこんな状態なのに気にする素振りも見せない親類だったり。

最近だったら電通ニュースなんかでもめっちゃ心痛めました。(結構共感性は高い方だと思いますアニメとかでも主人公が恥をかくシーンめっちゃきついし)

幸せになれると社会に思い込まされて、奨学金借りて進学したのに社会不適合者の自分はやっていけなくなって辞めるはめになって、返せる気のしない奨学金けが残った、社会に騙されたこの怒りは、一体どこへぶつければよいのだろうか。

どうして僕がこんな思いをしなきゃいけないんだ。ふざけるんじゃねえ。こんな世の中は狂ってる。なんて、ちょっと踏み誤れば反社会的集団に入ってしまいそうなくらいにメンタルボコボコにされてます

確かに僕にも悪いところはあるんだけど、僕だけが悪いのかな、なんて感じちゃうんですよね。

助けてくれなんて言いません、自分客観視して助ける価値のある人間だとも思いませんし。でも、世の中にはこういう人間結構いるんだぞってことを、知ってもらえれば嬉しいですかね。

それでいてこういう人間でも救ってやりたいと思ってくれる大富豪がいたら最高ですかね。笑

引きこもりニートだって辛いんです。でも僕らにとっては普通の人のように生きるのもめちゃくちゃ辛いことなんですよ。

あーあ、天災事故でサクっと死なせてくれないかなぁ。

脈絡のない適当文章なっちゃった感じがしますけど、まぁ吐き出したい思いはだいぶ吐き出せたかな。

このあたりで筆を置きたいと思います。(PCでの文章で筆を置くって少しシュールですね)

こんな適当文章最後まで読んでくれた方に感謝を。そして、あなたが少しでも幸せであることをお祈りいたします。

以上。

2016-11-10

メモ)嫁との夜の生活を充実させたい。前提、不満、目標を整理。

以下に記載したもの以外に、他にもいろいろあるかもしれないが、とりあえず、現時点でのメモ


前提(脈絡なしの箇条書き)

不満

当面の目標

  • 嫁がイクことにこの上ない快感と達成感を覚えるので、その点、さらに開発したい。で、セックスの頻度をもう少し増やしたい
  • 5年後ぐらいには年収1000万ぐらいにしたい
  • 私の親が近くにいることもあって、嫁さんいろいろやってくれているから、物理的に離れた嫁さんの親に対していろいろやってあげたい