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2017-02-26

絵師になれなかった私

「絵も描かずに『神絵師を目指す人々』を描いた漫画破壊力高すぎて大ダメージを受ける人続々」(https://togetter.com/li/1084759)を読んだ。

この手の話は、まとめのコメントにもあるように「とにかく描くこと」という結論に落ち着きやすい。

しかし、当たり前の話だが、こんな結論を知ったところで何も解決しない。これは、受験勉強で「とにかく勉強すること」を解決策とすることと何ら変わりがないのだ。

高い目標を達成するためには、地に足を付けて自分に合った形に目標を設定し直さなければならない。

さらに言えば、達成難易度が高い目標場合攻略法必然的に複雑になる。ここをまず勘違いしてはならない。

以下、私が大学時代実践した方法を示す。

(1)最終目標を明確にする

絵師とは何なのか。ある程度数値化できるレベルに具体化する(「即売会で1000部完売」等)。

しかし、萌え絵死語?)を描きたいという欲求を持った人は、数値的な目標よりも、それを手段とした他者とのコミュニケーションが最終目標とされる場合が多いと感じる。

これでは目標抽象的すぎて具体的な行動に落とし込むのが難しくなる。

その場合目標から演繹的に方法考察するのでなく、具体的な行動指針を逐一検証して積み上げていく戦略を採ることになる。

なお、私はコミケで50部完売目標に設定した。

(2)今の自分確認

自分の現状を把握するために、何か課題を設定しておく。そして、数か月後に同じ課題に取り組む。

この課題はきちんと記録として残しておく。そうすることで自分の成長を確認できる。

私は、「涼宮ハルヒの全身絵を描く」という課題にした。

(3)基本方針

基本的には、メニューを決めて、実践問題点検証の繰り返しである部活でいう筋トレみたいなものである

とにかく、何か決まっていないとだれてしまう。メニューはとにかく負荷の少ないものとする。

継続の負荷をいかに少なく気楽にやれるかである。これが一番難しい。

気持ちで乗り切ろうとするのが一番最悪で、とにかく感情を挟まないように環境を構築するのが良い。

負担負の感情喚起されるパターンをとにかく書き出す。そして、その原因に対する対策を立てる。

対策は、気持ちで乗り切る以外の方法環境構築を基本にする。

(4)私の方針

私は、最初は○(まる)をB5用紙いっぱいに描くというレベルに設定した。これ以上は欲が出てもやらない。翌日も描きたいという欲求を残しておく。

大学入学後、夏休み前まではひたすら絵を描くことに慣れるという抽象的な目標があり、具体的な目標としてB5用紙1枚いっぱいに図形を描いた。

なお、その期間に、好きなイラストレーター漫画家アニメーターについて調べた。自分目標とする、好きな絵柄の方向性をきちんと把握するためである

気に入った人がいたら、その人の資料をとにかく集める。なお、私は冬目景が好きである

そして、夏休み以降は、その好きなイラストをひたすら模写する。

年明けに、毎日模写1枚と自由1枚にし、それをひたすら1年続けた。

(5)情けない結果

結果、約2年で私の画力は飛躍的に上がった。

その後、カラーイラストに嵌っていくのだが、その練習方法論は基本変わらない。

というか、教本が充実しているので、その方法論を具体的なトレーニングメニューに落とし込めば良いので楽だった。

しかし、ある程度描けるようになって気が付いたのだが、私は別に絵を描くことが好きではなかった。

絵を通じてコミュニケーションをするのが目的だった。そして、その目的は、ある程度描けるだけで達成できたのだ。

したがって、ある程度描けるだけで満足してしまった。

あと、美大にいった友人の絵(萌え絵ではない)をみて、ちょっと美術世界の深さに圧倒されてしまった。

から、そこでトレーニングはやめた。

2017-02-07

明らかにこれ複垢ブクマしてるやろ〜っていう受験勉強方法書いたはてなブログ最近学びタグ汚染しているのですが通報の仕方が分からないので誰かやっといてください

炎上バズはさせたくないのでURLは貼りません

勉強の一番の効果は脳および心身を鍛えること

http://anond.hatelabo.jp/20170205205726

甘いなあ。

勉強特に受験勉強などの根気が必要勉強の最大の効果は脳が鍛えられることだ。何を勉強たかはあまり重要でない。勉強したこと自体重要なのだよ。

脳は若いうちに使えば使うほど鍛えられ高度化する。若いうちに遊びほうけてしまうと論理的思考力が育たないのだ。

受験勉強で勝ち残ってきた子たちはおおむね根性があり困難な仕事も途中であきらめずに工夫して何とかしようとする。だから安心して仕事を任せられるのだよ。

大企業学歴を重視するのはそういう面が大きい。

2017-02-06

中学受験体験

小6の息子がめでたく中学受験を終えたところ、通っていた塾から受験体験記」の執筆依頼が来たのだが、1200字程度で収めないといけないらしく、思いの丈の全ては到底書ききれないので、その下書き代わりにこちらに字数制限なしで書こうと思う。

それに、どれだけうまく1200字に収めようと、自分がこれから書く内容はきっと塾の受験体験記集には採用されないので、せっかく書くのに日の目を見ないのも切ないという事情もある。

公立派 vs. 私立

そもそも自分中学受験必要性を何ら感じていなかった。気軽に通える範囲私立中学などない田舎で育ったし、気合を入れて遠距離私立中学に通わせようとなどという教育熱心な家庭でもなかった。

通った近所の公立中学は荒れていた。不良な上級生が授業時間中に教室外にたむろして騒ぎを起こし、先生一同でそれに対処するために授業が中止になることや、校内を卒業生バイクで走り回るなんてことはザラにあった。

力の強いやつが偉い、という暴力的世界ではあったし、自分クラスで一番のチビというハンディもあったが、それでも気の合う友人もできたり、部活に精を出したりと、自分なりに楽しく過ごせた3年間だった。

その後も地元では一目置かれる県立高校に進学できたし、大学東大京大ほどではないが、世間的には高く評価されるところに現役で合格することができた。

自分自身がこのように特に不満のない経歴をたどることができたので、公立中学に対するネガティブイメージもなく、息子についても近所の公立中学への進学で何の問題もないと考えていた。

しかし一方で妻は私立派であった。

私立派と公立派は基本的には分かり合えるものではないと思ってる。何しろ、1人の人間私立中学と公立中学の両方に通うことは基本的にはないのである公立中に通い、そこでの生活に満足した人は公立派になるし、不満足ならアンチ公立派=私立派になる。私立中に通った人も同様である。両者を公平かつ客観的比較するのは難しく、どうしても主観が入り交じる。

塾に通うきっか

4年生の終わりくらいに中学受験のための塾に通う話が持ち上がってきた。自分公立派ではあるが、それでも塾に通うことに反対はしなかった。

先に述べた通り自分田舎の狭い世界で育ち、教育熱心な家庭でもなく、例えば東大のような高い目標を目指したりすることもなかった。

息子は幸い勉強の才能に恵まれ、昔の自分よりは頭が良さそうなので、ぜひ広い視野と高い目標を持ってもらいたいと願った。中学受験塾は、頭の柔らかい小学生のうちから高度な勉強をして脳みそを鍛えたり、世の中には自分よりも頭の良いやつがたくさんいることを知るのには良い場所だと思ったのが、塾通いに反対しなかった理由だ。

最終的に私立中受験するかどうかは自分にとって重要ではない。勉強するだけ勉強して、受験せずに近所の公立中に進んだって何の問題もないと本気で思っていた。

そして中学受験

しかし息子本人はやはり段々と私立派に感化されていった。母親絶対私立派、父である自分公立肯定派ではあるが私立別に否定はせず、そして当たり前なことに塾に通う友達はみな私立派。塾の先生は...言わずもがな

仕方ない、分かった。私立に行くのは構わない。で、どの学校に行きたいんだ?

息子は御三家と呼ばれる男子校一角名前を挙げた。

受験方針

当時の息子の塾での成績からすると、その学校ちょっと高望みであった。一方、自分が見込んでいる息子の潜在能力からすれば、合格レベルに達することは可能だし、追い込んで勉強させれば御三家を超える最難関中学すら可能性はあるという思いもあった。

しか偏差値の高い学校に入ることに何の意味があるだろう?

聞くところによると私立中学の人気というものは、どうやら併設の高校東大合格者数の増減に大きく影響されるらしい。しか自分の考えでは、東大合格者数に大した意味はない。難関私立中高の東大合格者数が多いのは、教育力が高いからではなく、東大合格できる素質を持った生徒を選抜するからである。それにどれだけ多くの同級生東大合格しようとも、その中に本人が入ることができなければ、その指標には何の意味もない。逆に、素質があって、実力を高める努力を怠らなければ、どの学校に進学しても東大は狙える。

何はともあれ、私立受験が不可避となった段階で、自分

  • 「無理はしない」
  • 学校選びには口を出す」

という2つの基本方針を立てた。

無理はしない

中学合格した直後が自分人生ピークでした」という話しをいくつか聞いたことがある。親が積極的に介入して受験勉強に追い込み、より難易度の高い学校合格させることはできたとしても、それで燃え尽きてしまっては何の意味もない。

勉強というものあくまでも自主的にやるものである

本人がやる気になるような声掛けや仕掛け作りはしたが、無理に勉強させることはしなかった。そもそも教育熱心な母親というもの一般的に「勉強しなさい!」と口うるさく言わずはいられない生き物なので(偏見)、そこで父親まで同じことを言ってはいかんだろう、という思いもあった。

人生ピークはもっともっと後に来なければならない。そのためには中学受験とき限界まで追い込む必要はなく、いくらかの余裕をもって終えるくらいがちょうどいい。

学校選びには口を出す

いや、まあ、普通の親は口を出すものだとは思うけれども。

息子が御三家校に行きたいという理由は、本人に言わせれば「文化祭見学して自由雰囲気が気に入った」ということらしい。しか文化祭体育祭というのは「特別な日」であり、それだけ見てその学校のことを理解するのはほぼ不可能である

だいたいその理由すら本当かどうか怪しい。たまたま一番最初見学に行ったのがその学校だったので、一番強烈な印象を受けたのかもしれないし、母親が勧めたのを鵜呑みにしたのかもしれない。あとは塾の同級生である。親から刷り込まれ学校観を友達披露するような子もいたのではなかろうか。

いずれにせよ、中学受験において男女御三家というのは正義である

しか公立に行けば払う必要のない大金を払わされるこっちの身からすれば、偏差値ステータスなんてものには何の興味もなく、払うからには最も高い実利が得られる学校を選びたいと思うのは当然である

息子本人が言う志望校なんぞ当てにならん。行く価値のある学校自分で見極めることにした。

学校説明会に通う日々

6年生の春になってから候補となりそうな中学学校説明会にはことごとく足を運んだ。普通はもう1年くらいは早くこういうことをするらしいが、まあその時は自分中学受験に興味を持っていなかったので仕方ない。

学校説明会では目から鱗が落ちる思いをした。

正直言うと、それまではどの学校も大した違いはないと思っていた。しか校長の話しからは教育に対する信念や熱い思いが伝わってきたりこなかったり、個性的カリキュラムを持つ学校があったりと、それまでの自分の考え方は誤っていたことに気付かされた。

なるほど、これが私立か。

確かに高いお金を払ってでも通わせてやりたいと思う魅力的な学校がいくつかあった。難易度も低くはないが、届く範囲。そして息子の志望する御三家校は、魅力的ではあるが上位ではなかった。

学校選択プレゼン

さあ、本人を説得だ。

仕事クライアントを説得するかのようなプレゼン資料を作り、リビングテレビに映して、自分の気に入った学校誘導するプレゼンを行った。

学校選びに関する様々な観点提示し、各候補校のメリットデメリット説明した。内容を正しく理解すれば、自然自分の勧める学校第一志望になるはずの渾身のプレゼンである

そしてプレゼン終了後に改めて息子に志望校を尋ねたところ、あっさりと従来から御三家校の名前を挙げた...。自分プレゼンは何の効果も発揮しなかった。

説得を諦めるわけではないが、気分良く勉強してもらうために、ここはいったん退くことにした。最後最後に説得が成功すればいい。

勉強の日々

夏休みが明けると生活受験一色になった。1年生から続けていたスポーツクラブは休部した。塾通いはそれまでは平日2日+土の週3日だったのが、日曜も加わり週4日になった。

しかし、塾以外での勉強時間特別に多いわけではない。多くのアドバイスによると、朝は早起きして勉強すべし、と書いてあるが、それは結局無理だった。息子はどうやら夜型人間で、夜は11時、12時まで勉強して、朝は学校に行くギリギリ時間まで寝るというスタイルに落ち着いた。自分も夜型だから理解はできたし、それも個性だと割り切ることにした。

テレビマンガもちょこちょこ見ていたが、それこそが必要な「余裕」だと思い、特に勉強に追い立てるようなことはしなかった。(自分は。妻は別。)

ちなみに中学受験は親子の二人三脚、とはよく言われるが、生活面はともかく、こと勉強に関して言えば完全に塾と本人任せ。机に向かっている間、何の勉強をしているのかも知らない有様。

しかしそれが功を奏したのかどうかは分からないが、塾での成績は徐々に上昇してきて、10月から御三家校を完全に射程に捉えた。

その後は概ね合格圏内キープ、上昇ペースが予想よりも2ヶ月ほど早かった以外は、ほぼ自分見立てた通りのシナリオだった。

そして本番

第一志望は相変わらず御三家校だったが、第二志望は父に義理立てしたのか、自分お勧め校ということになった。加えて第三志望群に何校か。

この中で最も試験が早いのが第二志望の学校。定員が2つに分割され、試験は2回実施される。1月中に行われる1回目で合格することができれば、後はもう第一志望を受けるだけでよくなり、その後のスケジュールが非常に楽になる。

が、残念ながら不合格

さすがに本人も多少はショックだったようだ。しかしここは切り替えが大事

「失敗というのは、そこから学びがある限りは失敗ではなく、次の成功必要過程ひとつになるのだ。この不合格をそうできるかどうかは、この後の頑張り次第だぞ。」

そして迎えた2月1日からは怒涛の試験ラッシュ

2月1日

午後に受けた学校は当日夜にインターネット合格発表があり、めでたく合格!この学校自分評価は高く、本人もかなり気に入っていたので一安心である

なお第一志望校合格発表は2日後の2月3日午後。

2月2日

お勧めの第二志望校に二度目のチャレンジ合格発表は翌日朝。

午後校は当日夜の合格発表で、こちらは合格

2月3日

受験会場まで息子を送り届けてから少し経った頃に、前日の第二志望校合格発表時間がやってきた。緊張しながらホームページを開く...息子の受験番号を探す...

うーむ、残念!父の目論見はここで潰える。

実のところこの学校偏差値的には第一志望の御三家校よりも高いのである。ここを第一志望にして対策してきている受験生がたくさんいることを考えると、こっちは過去問ちょっと問いたくらいの準備で、まあ仕方のない結果ではある。

そして第一志望校合格発表

午前の試験終了後、息子と昼食を取り、気を取り直して向かうは第一志望校合格発表。これまでの合否確認はすべてインターネットだったので、実際に掲示板を見に来るのは本人も自分も初めてである

緊張の一瞬。

遠くから掲示板を見つめていた息子の顔が一瞬ハッとする。あれは自分の番号? 遠くてよく分からない。人混みをかき分け掲示板に駆け寄る。そして歓喜の瞬間。

合格

総括

父としては御三家校に合格したことよりも、息子が自分で立てた目標に向かって努力し、見事それを達成したことこそが喜ばしい。この成功体験はきっと今後の成長の糧になることだろう。

そして望外に嬉しかったのは、息子が「僕を塾に通わせてくれてありがとう」と言ってくれたこと。最近は塾で鍛えた脳みそをひねくれたことを言ってみたり、屁理屈こねることにばかり活用していたので、こんなにも素直な感謝言葉をもらえるとは思ってもみなかった。

また、自身合格を喜びつつも、残念ながら不合格だった塾の友人たちの気持ちを慮る言葉もあり、そこにも成長を感じとることができた。

自分としては第二志望校(父の第一志望校)不合格で、息子を説得する機会さえなかったのは少し残念ではあるが、合格した第一志望校も実のところ非常に魅力のある学校であり、本人の喜びようも見れば、きっと説得には耳を貸さなかっただろうし、自分もあっさり諦めたことと思う。

それに何より、自分がこれまで全ての場面でそうしてきたように、息子にも自分人生自分で決める権利があり、これはその第一歩だったのだ。

自由校風を大きな特徴とするその学校で、大いに自由を謳歌したまえ。

(ただし高い学費の元は取ってもらわないと困る。)

アドバイス

来年以降受験するご家庭へのアドバイスなんてものほとんどない。

息子の受験成功裏に終わったが、自分の立てた受験方針戦略あくまでもその息子が前提のものである。下の子が数年後に受験することになるかもしれないが、その子はまた違う個性を持っているので、同じ戦略は使えないと思っている。

あえて言うなら、

くらいなものである

以上、長文乱筆失礼致しました。

2017-02-01

草深い田舎で育って、30過ぎても処女だった。

元増田と似たような田舎で育ったけど、高校生活は清潔なものだった。周りで男女交際をしていたのは2割にも満たなかったと思う。部活受験勉強に忙しかったので。

田舎を出て女子大に進学したら、自分と似たような垢抜けなくて真面目な女の子ばかりで、その空気に安住した私はやはり清潔な大学生活を送った。

卒業就職しても、何が変わるでもなく、仕事趣味だけに明け暮れる生活はどうしようもなく清潔だった。

ブコメにあるような不倫こそしなかったけれど、清潔な三十路を迎え、好きな男と見つめ合って相手匂いや体温を感じる経験ひとつもなかった私は、このまま、熟さないまま萎んで枯れて死ぬのかと一人嗚咽しながら寝付くような夜を繰り返し、

少し優しくしてくれた男に人生初の、そしてみっともなくて迷惑気持ち悪いアプローチをして振られ、

その後いろいろあって、好きだと言ってくれた別の男とセックスして結婚した。

旦那のことは好きだ、とても好きだし感謝しているけれども、

結婚自体は後悔していないけど、

若くて瑞々しかったあの頃に、誰かとセックスしておけばよかった。


http://anond.hatelabo.jp/20170131201931

http://anond.hatelabo.jp/20170201085501

名門私立中に入るにも、私立からの方が有利だよ。

公立小だと受験勉強は塾でしか出来ないか学校に行ってる時間無駄なだけだけど、

中学受験が前提な私立小なら受験対応したカリキュラムにしてるから

そりゃ同じ中学に入った子同士で比べればどちら出身だろうが変わらないというか、

しろ公立から入れた子の方が素質は優秀なんだろうけど。

2017-01-26

衝撃の動画だった

http://pipipipipi-www.hatenablog.com/entry/2017/01/26/194617

最近ちょこちょこホッテントリ入りしているこの人が、何を血迷ったのか顔出し動画アップロード

早口でまくしたて、固有名詞をたくさん含めようとする喋りがいかにもモテない。

 

まあそれはいいけど、この人は「モテない男の方がかわいそうだ」と言いながら、

モテない女性のことを残飯だのどうしようもないブスと切り捨てて、イケメンじゃないことの怨嗟をぶちまけている。

いやいや、おじさん、、、その残飯扱いされた女はそれはそれでつらいと思うのよ。

多分男性の方が顔面で「残飯からカースト移動できないということがなく、

努力お金でいい女性と付き合えると思うからそういう考え方ができているんだと思う。

 

普通女性もいずれ自分容姿劣化していくことを悟っている。

からこそ、あなたのように人をモノのように扱うような人は避けるんだよ。

周りをよく見てみると、大して顔も良くない・お金も持っていない男が可愛い彼女を連れているよ。

この現象を、確証バイアスで偏った知識をコレクトしているあなたはどう説明するのでしょうか。

 

あなた自分立ち位置に対する不満を解消するために撒き散らしたその泥が、

別のたくさんの女性にかかり、呪い連鎖を生み出していていることに気づいた方がいいと思う。

個人主義な世の中だけど、もう少し全体主義物事を考えるてみることを強くお薦めします。

 

 

追記 他の増田

 

ブコメイケメンとあるけど、女からみたら多分イケメンでもないしすごい不細工でもないし、顔は「普通」だと思う。

容姿に対するハンデはないから、それでモテないのだとしたら中身だけの問題だと思う。

お金を持っているという情報があったけど、お金があってフツメンなら尚更中身の問題かと。

モテない人は、自分を責めない範囲でその原因を探してるけど、問題はその自己愛の高さと失敗に対する恐怖だ。

モテない男がどうあがいてもモテないという意見もあったけど、

「会話教室発声練習、しゃべりを録画してのPDCA、笑い方の練習ナンパ営業仕事をして成績を残す、

褒める技術を身につける、へり下る練習をするetc

これらのうちいくつ行動しただろうか。

 

結局受験勉強と同じで、出来ない奴はただ行動してないことが多いように思う。

そしてあまりに怠けすぎると言い訳のように後付けで人格障害だ云々言いだす。

確かに見るからにそういう人もいるけど、大半はただの引っ込み思案だ。

大学時代にはインキャでも友人付き合い変えてモテる人間になるやつはいっぱい居る。

そうやって言い訳ばかりの人生からモテないのさ。

一生「傷つくのが怖いもん」っていう本音を隠しながら、自分肯定する言い訳を探してればいいさ。

そうしてる間に、同じ境遇の奴が努力をしてお前みたいな立場から卒業するんだぜ。

好きな人が推薦入試組だと知って冷めた

先日、センター試験があった。

もう3年前のことになるけれど、毎年この季節になると受験勉強のことを思い出す。



私は喫茶店バイトをしていて、好きな人もそこで働いている。

彼は私と同い年の大学生だ。大学部活の話などでよく盛り上がったりした。



そして、センター試験の日のバイト中に

センター試験懐かしいね」という話を振った。



そしたら、

「え?あぁ俺、推薦なんだよね。だからセンター試験受けてない」

と彼は答えた。



「あ、そうなんだ!評定平均高かったんだね、すごいな」

そう良いながら、彼への気持ちがどんどん冷めていくのを感じていた。



私は、学歴で人を差別しない人間だと思っていた。

中卒でも、高卒でも、専門卒でも。高専卒でも、大卒でも、院卒でも

自分が選んだ道なのだから、人それぞれでいい。

けれど、推薦組に対するこの嫌悪感は何なのだろう?



そういえば、うちにも推薦入試制度があるが、仲の良い友達は皆私と同じ一般入試組だ。

知らず知らずのうちに、推薦組とは親しくならないようにしていたのかもしれない。



大学には行きたい、けれど一般入試は受けたくない、楽な方法で受かりたい

そういう魂胆が透けて見えるような気がしてしまう(考えすぎだろうか)。

一般で受けて受からないような大学に推薦で入っている人もいる(大学での成績は大抵悪い)



調べてみると、世の中には一度も

ペーパーテストを伴う入学試験を受けたことのない人間はたくさんいるらしい。

彼らに対する気持ちは、ずるい、というのとは違う。単なる軽蔑だ。

推薦をもらえるように良い成績を維持したのだから、その対価として推薦を勝ち取ったのだ

と言う人もいるかもしれない。

けれど、成績が良くても普通に一般入試を受ける人だっている。

推薦入試の人に大しては、どうしても「逃げて楽な道を選んだ」という印象がつきまとう。




もやもやして吐き出してしまった。

あんなに好きだったのにな。

2017-01-21

結婚したい、出来ない

今私は大学2年、早生まれなので19歳。

田舎である地元と同じか少しデカイくらいの規模の場所一人暮らしをしてる。

この間成人式に出席したとき友達ではないけど顔見知り程度のコが結婚していてすでに2歳児の子持ちになっていて恐ろしいと思った。その子高校中退していた。多分これから年を重ねるにつれてこの手の話は珍しくない、むしろウンザリするほど話題に上がるだろうな。

翌日汽車で戻りながら、私は結婚出来ないということをぼんやり考えていた。

理由はここで挙げる以外にも細々したものがいっぱいあるけど特にこの3つに絞った。

1つ目は顔が悪いということ(子供を産みたくない)。

次にめんどくさがりということ。

3つ目に結婚に夢見すぎということ。

まず1つ目、私はブス。地味な顔なくせに化粧でマシにならないタイプの一番最悪な顔。中2と高1のとき男にいじめられた。正直これは顔のせいだけではなく舐められやすい態度と鈍臭さが相まってのことだと思った(今考えてみれば)。それで腹の立つ顔(ブス)してるんだからあいじめたくもなるんだと思う。女子友達普通に居た。(あと私はブスなので子供を産みたくない。未来の私の子供が私に似た顔で生まれたら私の子供が可哀想だ)

次に、私はめんどくさがり。

部屋はきれいな時と汚いときがある。

部屋のきれい度はわたしの疲れ度合いと比例している。1度に片付けるタイプだ。始めたら終わるまで一気に片付けるけどそれまでの時間が長い。だから常にきれいな部屋を保つのには向かない。料理も、自炊をめんどくさがってひと月に数回程度しかしないので、部屋の掃除とか料理の腕が求められる(と思われる)結婚は出来ないだろう(誰もそんなズボラな女とは結婚したがらない)。

3つ目に結婚に夢見すぎということ。

でも親は離婚してる。

普通親が離婚してたらあんまり夢見ないだろうと思うかもしれないけれど私は夢見てしまってる。なぜなら私はブス(鈍臭い)で交際経験皆無(処女)なのでそれが美化されてる。

あと最後にいうと

私は年上の人しか好きになったことがない。中学生から今まで、私は中高年のおじさんが好きだった。

何故ならそれは同級生男子と会話することがないので必然的に目に入る男は全て先生になるから。見る回数が多い分好きになるんだろう。単純接触効果かな。悲しいね……。

あと同級生男子は私にとって恐怖の対象で、向こうは私を虐める以外、男にとっての私はどうでも良い存在(眼中にない)ので接触しない。だから好意の抱きようがない。それと母子家庭から足りない部分(父)を補おうとしてるんだろうかっていう予想が自分的にはしっくりくるけどちょっとポエミーで恥ずかしいし、人には言えない。でも上記の理由の方がもっとみっともないのであんまり認めなくない、事実だけども。出来れば目をそらしていたい。

ちょっとまとまってないけどまあこんなにマイナス要素があれば結婚出来ないのは当たり前だと思う。努力しろよって話なんだけど得られるか分からない対価に対してそこまで頑張れるかっていうとそうじゃない。受験勉強や今なら公務員試験勉強なら同じく得られるか分からないけどある一定保証(あるいは水準)はあるから頑張れる。

今の私の武器になるもの(婚活において有利なもの)なんて若さしかない。

これももうすぐ無くなってしまう。

結婚したいなら大学卒業して就職が決まったら即婚活すべきなんだろうな。無理だろうけど。

私がこんなに結婚したい理由は2つほどある。

1つは既婚っていうだけである一定の人間性が無条件で認めてもらえるような、その称号というか身分がとてつもなく欲しい。2つ目は誰かに愛されたい、1人が寂しい(あと○ックスしてみたい、子供はいらない)。書き出して見るとロクでもない理由しかないな。

2017-01-17

http://anond.hatelabo.jp/20170117211852

入りたいと思うなら理由なんてどうでもいいからひたすら受験勉強がんばるんだ!!

入った後のことは入ってから考えればいいんだし。

2017-01-16

「死んではいけない」という呪い

「なんで死んだらダメなんですか?」

こう言う問いを投げかけると返ってくる答えは往々にして決まっている

世界には生きたくても生きられない人がいるから」

「親にもらった大事な体だから

「誰かが悲しむから」 など

宗教ならば、「神から貰った命を人間判断で断つことは許されない」とでも答えるだろう

たとえどんな反論が出ようとも、完全な答えは出ないだろうし

本当に死のうとしている人には無意味である

そしてこういう問いを投げかける人は「病んでいる人」として扱われる

私は別に死のうとも思ってないし、死んではいけない理由を追求しようとしているわけでもない

私が言いたいのは、自分根底

人生詰んだらその時死ねばいい」

という考えを持てば楽に生きられるということだ

必死受験勉強して大学に行って少しでも良い企業に入ろうとするのも

結局は「安定した生活を送るため」であり、突き詰めればそれは「生きるため」であり

そのレールに乗ることがいか重要かを幼いころから叩き込まれ

一方、そんな世の中に生きづらさを感じたり、どうしてもレールに乗れなかったりした人には「弱者」の烙印が押され

レールに自分を無理やり押し込むか、堕ちていくかの二択を迫られる

堕ちていくのはみんな嫌だから、結局はレールに自分を押し込んで

苦痛を訴え、目標を見失いながらも、ただ「生きていく」ために生きていくのである

「生きていく」ために自分を殺しながら生きていく

それは本末転倒ではないだろうか

そうするとこんな考えが浮かぶ

「辛い辛いと言いながら生きるより死んでしまったほうがマシではないか

「死んでしまえば悩みも苦しみも消えるのではないか

しかし「死んではいけない」というよく分からない呪いがかかっているせいで、大抵の人は自殺するまでには至らない

生物本能なのか、この呪いはなかなか強い

しかしそこで先程の

人生詰んだらその時死ねばいい」

という考えを持ったらどうなるか

まず、自分が生きる最低ライン自分で決めてしまうことで、それを基準として考えられるようになる

「ここまでなら死ぬ必要はない」

「こうなったら死んでやる」

誰も死にたくはないので、どうすれば死なないか考えるようになる

そうすると自分人生に何が必要で何が無駄なのか分かった気になる

そして生きる希望が湧いてくる。目標が見えてくるのだ

もし私が人生で失敗して、その時に本当に死ねるとは思わない。多分普通に生きているだろう

自殺していった人たちの苦しみは、それ以上の、形容できないほどのものだろうから

そして他人自殺を勧めているわけでもない

ただその考えを持つだけで、自分がこの人生の中で本当に何がやりたいのかを

探す気力が湧いてくるのである

終わりを意識することで始まりが見えてくるのだ

2017-01-07

高専を志望していたけど志望を普通校に変えた話

誰にも読んでもらえなくてもクソみたいな文章インターネッツの海原に放流するだけで気持ちは落ち着くので書いておく。

小学校の頃から、将来の夢はプログラマだった。

小学三年生の"二分の一成人式"みたいなものには、関数電卓を片手にプログラムを書く自分の絵を書いたことを覚えている。

中学に上がり、高専という学校があることを知った。

幸い成績は悪くない方だったので、高専に進学するという目標を持ちつつ中学三年生まで過ごした。


ここで転機が訪れた。三年の六月頃、とあるTwitterユーザーに影響されて車好きになったのである。段々と車にハマっていき、将来は車に関連する職業に就けたらいいなと思い始めた。

あと短波ラジオをよく聴くようになり、無線技術にも興味を持ち始めた。

そして九月の三者面談、ここで問題が発生する。

機械工学電気電子制御情報...学科が決められないのだ。

学科が決められない状態オープンキャンパス体験授業まで続き、なんだかなぁと思いながらも毎日を過ごした。

そして十二月の三者面談、思い切って普通校に進学すると伝えた。親は驚いたし、友達にも"あれ?高専じゃなかったの?"みたいなことも言われた。

そして今、目当ての普通校に進学するための受験勉強をしている。


高校卒業後に訪れるのは華やかなキャンパスライフか、それとも浪人生活か。

2017-01-02

元旦から祖父母とインスタントラーメンをすする悲しさ

あんたは、なにちゃんだったっけか?」

である僕の顔を覗き込む祖母

まさか自分がこんな、ドラマのワンシーンのような状況に遭遇することになろうとは…

驚愕、混乱、不安、そして、悲しみ。

本当に色々な感情を抱いた時、人はどんな表情も作れないのだと、23にして初めて知った。

年末年始、母方の実家に帰ったときのことである

「けんちゃんだったかしら」

・・・そうだよ」

引きつりながら笑って頷く。

なんだ、びっくりした。自分の年齢に乗っかった新手のネタか。

これは一本食わされた。はっはっは。

最初のやり取りはそんな感じだった。

これが本当にネタだったなら、どんなに心穏やかに新年を迎えられたことだろう。

 

おばあちゃんがボケた。

これまでとは違い、決定的に。

名前を聞いてきたことが、冗談ではなく本気の確認作業だったのだと気付くのに時間はかからなかった。

本当にボケていたのだと最初確信した時、今まで感じたどれとも違う絶望感が、舌の奥の方から全身に広がった気がした。

今までと同じ人が目の前にいるのに、自分の知っているその人は目の前にいないような違和感

体裁はそのままに、じわじわ形骸化していく未来が見えてしまった残酷さ。

一気に失う絶望感と、どちらがより深いのだろうか。

 

祖母は今年84歳だ。

ボケたっておかしくない。

ダイアモンド婚。むしろ夫婦共々、ここまでよく元気でいてくれたと思う。

だが一般論とか数字で考えるのは他人なら簡単だが、当事者は辛い。

別におばあちゃん子だったわけじゃない。

初孫という点でも、従兄弟の方が可愛がられていたような気がする。

それでもそれなりの思い出も思い入れもあるんだ。家族なんだから

 

そんな大切な家族から、忘れられる。覚えてもらえない。

「みんな見上げるくらい大きくなっちゃったから、わからなくなっちゃって」

まるでおばあちゃんは僕らが十年ぶりに来たかのようなことをいう。

僕らがおばあちゃんの身長を超えたのは、ここ2、3年の話じゃない。去年だって来てる。

どうやらボケると、新しい記憶から順に消えていっているようだった。

その上、更に新しい記憶は書き加えられない。メモリショートした回路。

おじいちゃんの会社皇太子が来たのだと話していた。

お話出来て、これ以上のことはない、本望だと思ったと。

まりにも鮮明に話すものから先週の出来事かと思った。20年も前の話だった。

その一方で、みんなが今朝起きて、そして挨拶をして帰っていったことを全く覚えていなかった。

「まだ上に誰かいるのかしら」

そう聞かれる度に、他の孫達がきちんと挨拶をして帰っていったことを何度も説明した。

ひどい時には、その孫達が来たことすら忘れてしまっているようだった。

 

しかしたら、と思う。

僕が今日ここに来て、戸惑いながらも家事を手伝って、他愛のない話をして、

いつもと少し違う正月を、いつもと同じように楽しもうとしたこの一日も、

明日になったら忘れてしまっているんじゃないだろうか。

だとしたら、この人にとって僕らは今日ちゃんと一緒にいれているんだろうか。

ちゃんと一緒に、新年を迎えられたんだろうか。

 

「ごめんね、もてなすことも出来なくて…」

買い物を忘れたからと、夕食にインスタント麺とおせちの残りを用意していたおばあちゃんが言う。

「ほんとはもっともてなしたかったんだけどね」

家事を手伝う度、ボケでささいな迷惑かかる度に、何度も聞いた謝罪言葉

ほんとうに悲しそうな顔をするおばあちゃん。

丸まった小さな背中

きっとおせっかいなおばあちゃんは、自分が孫すらもてなすことの出来ない正月がみじめだったのだと思う。

 

「それでもよかったんだよ」 僕はそう伝えたかった。

でも何度言葉にしても、おばあちゃんは忘れてしまって、届かない。

自分の中で祖母謝罪言葉けが、淋しげに今もこだましている。

しかったことがある

幼稚園に通っていた頃

駄々をこねた僕を自転車の後ろに乗せて、何件もはしごして、おまけ付きのお菓子を探してくれたこと。

もう一回お礼を言いたかったのだけれど、おばあちゃんは忘れてしまっていた。

しかったことがある

僕が受験勉強を頑張って、志望大学合格したこと。

そのことをおばあちゃんは、ちゃんと覚えてくれていた。

何度も何度も褒めてくれた。誇りだと言ってくれた。

なんでそんなこと覚えてくれてるんだよ…

久しぶりに、泣いた。

きっとどんな人だって晩年は多くのモノは持っていないのだ。それは、思い出も含めて。

その時どんな物に、人に、思い出に、囲まれていたいだろうか。

僕はおばあちゃんのように、家族に囲まれていたいなと思った。

そして何度話しても色あせることのない思い出話を、これからもっと作って生きたい。

折を見てまた祖父母に会いに来ようと思う。

その結果多少悲しい気持ちになることがあったとしても、今の自分しか出来ない恩返しもあるはずだと、そう信じて。

2016-12-22

友達カップル受験勉強してるやつ何なん?

いや、うらやましいとかじゃなくてさ。



お前の受ける試験は、みのもんたみたいなやつが問題読み上げて、それに答える試験なの?



試験は一人で受けるものだよね?



あの孤独時間を乗り越えるための勉強でもあるわけじゃん?



途中休憩ーっ とかいってくっちゃべってる時間もったいねー。だったら10分仮眠取ったほうが良い。



ますぐやめな、悲しい結末しか待ってない。




って、これ書いてるオレの時間ももったいねー。

2016-12-08

ソフトウェアエンジニアは結局地頭なんだなあと痛感している

言語ライブラリフレームワーク担当製品システム仕様会社やチームの原則ルール制度プロセスなど、覚えることが腐るほどある。しか趣味プログラミング受験勉強とは違い、締切がきつい。

あえてたとえるなら「今から一年以内に東大合格してな」レベルの無茶ぶり。物理的に、というか根本的に地頭が足りなくてどう考えても無理ゲー

これをみんな平然とこなしてるのが凄い。ちょっと要領悪い人は残業が多めだけど、残業して何とかなるってのもすごいよね。俺は無理だもん。頭が疲れてくると、それ以上はまともに働かなく(新聞読んでも頭に入ってこないレベル)なる。そんな状態いくら時間かけても先なんて進めない。頭の体力が無いとでも言えばいいか会社の同僚先輩上司はピンと来なかったようだが)。



これでも中学時代からプログラミングで遊んできてて、雑誌載るとか紹介記事書かれるとか収録される程度の結果は出てたし、新人研修とかでも頭2つくらい飛び抜けてたし、今も GitHub で数十 Star くらいなら稼げる、んだけどなあ、今の仕事全然通じない。「Rubyってなんですか?宝石?」とかほざいてた数年前の新人より使えない判定される始末。

結局、地頭なんだよ。俺は地頭が悪かった。みんなは悪くなかった。

ホント、こうもスペックが違うと、色々とバカバカしくなってくるし、特に皆が自分達のハイスペック(というか俺が低いだけだろうが)が当たり前だという前提で進めてくるから腹立つ。上記の新人に「IT会社に入ったのにこんなこともわからないの?」と言ってるレベル。そんなの言ったら問題になるだろ。でも俺の言い分(地頭にも高低があるよ)は通じない。



あー、地頭ほしー。

いつもiPhoneメモに溜めている鬱憤横流ししてみる。


高校友達できない→嫌われるお前に原因がある、お前には何の取り柄もない

朝に高校行きたくなくて号泣→行け!帰ってくるな!と家から追い出す

毎日号泣(本当)しつつなんとか学校に通い続け半年経った私の誕生日に「お前最近絵描いてんのか?描いてないだろ。お前なんか絶対美大に行けないね!」と吐き捨てる←日常的にあった言葉暴力だが、誕生日で気が緩んでいたためショックが強すぎた というか実の親に開口一番誕生日のお祝いどころか生活の粗探しをされ罵倒された事実もつらかった

日々の生活ちょっとしたことで尋常じゃないくらいキレるので毎日びくびくしながら過ごす

何が父親琴線に触れるのかもわからないので常に萎縮している

雨が染み込んでくるボロボロの靴しかないので靴を買うお金が欲しいと言っている娘を無視自分は3万の靴を買おうとする父親

生活必要な金を出し渋る

娘の学資保険バカ高い自分趣味に費やす


異常な人間だとわかっていたならさっさと見切りをつけて父親離婚すべきなのに、理由をつけて理不尽子供にも強いる母親

さっさと離婚してほしかった

こうなる前に離婚してほしかった

本当のことを言うなら私達を産む前に離婚してほしかった

まれたくなかった

身体けが成熟した歪んだ子供同士の家族ごっこに付き合わされるのはまっぴらごめんだ

もうたくさんだ

共依存夫婦の間に生まれ子供おもちゃしかならないの?

愛がわからない

まれたくなかった


父親が姉の足に歯ブラシを落としてしまい姉はとても痛がった しか父親は謝らず、俺は悪くないお前が悪いという態度を貫く

姉は父親に対し謝罪要求する

父親逆ギレ、姉に対して暴力を振るい始める

蹴る、踏みつけるなど

姉は蹲り無抵抗

母は止めに入るが形だけであり

姉の身体や心だけでなく、私の心にも深い傷を負わせた

もう嫌だもう本当に嫌だ

かび臭くて狭い家 冬は外より寒い家 ドアも壁もない 光と音が筒抜けでプライバシーもクソもない 家族もクソ 安心して過ごせる場所が 本当に本当に どこにもない 一人が保証された空間で泣き叫びたい 安眠したい

建物家族もみんなクソ

私が家事を手伝わないことへの謝罪

父親仕事部屋で寝泊まりしていることへの感謝をしないと

私への援助を最低限のものにするってさ

(自室だと風呂ドライヤーや姉の生活音と一緒に暮らしているようなものなので寝つけない)

最低限もクソもない。娘に生活費すら出し渋る癖に何言ってんの?

生きることが苦しみで死にたくて、死んだら周りに迷惑がかかるから消えたくて、どうしようもなくて自殺未遂を繰り返して

やっと生きる力が湧いてきて

鬱病上がりて受験に臨むってものすごいことだと思うんだけど

それ以上のことを望むんだね

生きてるだけですばらしいって言ってくれないんだね

生きてるだけで苦しい人間に対して もっと動け、もっと頑張れ、って言うんだね でもそれを言うあなたは助けてくれないんだね

あと数ヶ月虐待我慢すれば私は受験できるけどさ〜〜〜〜〜〜??

この最悪な状況で受験して受かったら本当にすごくない?誰か助けて。ちゃんと生きていたいだけなんだ。

眠剤効かない、寒さで震えが止まらないし涙と鼻水凍りそう もう朝の4時

受験まで2ヶ月切ったのに眠れない 涙と希死念慮が止まらない

普通に生きていきたいだけなのに。

頑張って受験勉強したいのに。

何もさせてくれない。

何もさせてくれない。

何もさせてくれない。

誰も助けてくれない。誰も私を愛してくれない。私はどこに行けばいい。不安だ。不安だ。金さえあれば今すぐ出て行くのに。

きょう、予備校で泣きながら絵を描いた。トイレに逃げた。5回くらい。胸が詰まって苦しかった。吐きそうだった。苦しかった。

絵は全然描けなかった。

ふつうに死にたかった。

2016-12-07

大学職員入試合否判定について思ったこと

国公立大学職員

たまに学生に間違われるくらいの未熟者だけど、それなりの経験は積んできた。

 

先日臨席した教授会で、ある学科入試(非一般入試)の合否判定が行われた。

 

以下は、資料を直接目にしてはいないが、議論過程で把握できたことだ。

 

判定の原案によると、募集人員(少数)を大幅に超過した人数を合格としている。

募集人員無視しているだけでも、あやしさMAXなのだが、それだけではない。

 

水増しされた合格者の専攻分野が偏っているのである

この原案ボーダーラインだと、特定の専攻分野の志願者のみ全員合格となっているのだ。

特定受験生得点だけ上乗せ操作しているのがモロバレである

 

この背景には、権限強化している学長意向がある。

学長特定の専攻分野の学生数をどうしても確保したいらしい。

 

原案疑義を呈した教授が一部いたけど、結局原案通り承認された。

 

これではとても公正な選抜はいえない。

世間にバレたら間違いなく問題になるだろう。

なにより受験生全員に対して不誠実だ。

それでも、教授会事情を呑み込んで承認してしまった。

組織的不正行為といわれてもしかたない。

 

教授会が終わったあとで、職員たちは「ありえない」と囁いていた。

ちなみに職員教授会構成員ではないのでみずから発言はできない。

 

どこかに告発したほうがいいのだろうか。

 

(追記)

もういちど読まれることはないかもしれないけれど、主な反応にコメントを返す。上ではあっさり書いたので、判定のヤバさが伝わっていなかった。反応のおかげで頭の中を整理できた。

合格者数が多いのは辞退者を見込んでいるので問題ない

一般入試では、その通りだ。合格者数の調整と歩留まり予測は難しく、入試担当者能力が問われる。入学者は大幅超過しても定員割れしても、文科省から交付金補助金が不交付や減額になる。

だけど今回の入試一般入試ではない。合格者は辞退しないので全員入学する。だから一般入試で定員割れする場合を除いて、この入試で大きく超過する必要はない。超過しても1・2割増が一般的範囲だ。上で「大幅に超過」と書いたのは、1・2割程度の超過ではないからだ。

以下はたとえ話だが、募集人員10人のところ、当該専攻の受験生が4位、9位、12位、19位だったとする。19位までを拾いたくてボーダーラインを大幅に下げ、19人目までを合格にしたのだ。合格させたい受験生に相当下位の者がいたということは、公正に採点しようとした採点者がいて、採点の「上乗せ操作」がうまくいかなかったのかもしれない。

合格者超過はこれまでもあったことで問題とは思わない。ただ今回ざわめいたのは、さすがに特定専攻だけを全入させるために、10を19にするのは「度が過ぎてる」ということ。外野から見ても不自然だ。

最終的な入学者数は変えられないので、この措置のしわ寄せは一般入試におよぶ。いま一生懸命受験勉強している一般入試受験者にとって、合格機会が減らされてしまう。

私大入試では、もっと露骨得点操作をしていると聞いたことがある。裏で操作し公平な試験のように見せているのはコンプライアンス的にどうかとおもうが。)

資料ない=証拠ないよね

その通りだ。証拠を出せないか告発しようがなかった。資料入試課が保管している。持ち出せないし、入試課は表に出さないだろうから文字通りのお蔵入りだ。資料には、順位受験番号と(操作済みの)得点結果と合否が記載されている。誰が見ても、順位合格ボーダーラインが不自然なことに気がつくはずだ。

合格者発表の受験番号の並びで、カンのよい受験生高校はすでに気がついているかもしれない。

募集人員を少なくして倍率を高く見せている

少なくともここはそうではない。倍率はそれなりにある。大学はやりたくないが受験機会を増やさざるを得ない。文科省入試改革で推薦入試AO入試の枠を拡大しなければいけない事情がある。

学長権限集中

その通りだ。不正の原因はここにある。学長予算権限が集中し、この数年間で学内雰囲気が変わってしまった。

文科省 > 学長 > 教員

の構図が強化されている。一見ガバナンスの統制がとれ組織経営的にはスマートになった。実際は意思決定プロセストップダウンになり、学長のアメとムチが容赦なくふるわれるようになった。今回の不正判定は、教授会積極的に実行したというよりも、みな学長のムチが恐くて、おそるおそる不正に手を染めたのだ。

この専攻は学長肝いりで実現し、大学広報の目玉になっている。つまりこの専攻の入学者が低調だと、大学にとって都合がわるく学長メンツがつぶれる。このことを関係者全員がおびえている。学長は、交付金をくれる文科省から評価を落としたくない。教員も、学長の意に沿わない判定を出して、学長から評価を落としたくない。なぜなら人事評価予算などの権限を最終的には学長がにぎっているからだ。

こうなると、みな組織の上にいる者の機嫌ばかりを気にする。教育の質や研究倫理や公正な選抜といった大学本来果たしていた機能が弱くなる。なにより受験生のことを考えていなくて大学としてヤバいと思う。

2016-12-02

バカになる運

田舎で育ったガキだった。

小さい頃は勉強が好きで、知識を吸収する子だった。

小学校に入ると、「頭いい」・「勉強ができる」ということは恥であると思うようになった。

イケてる子たちがそれをバカにするからだ。

田舎では学歴がある人がそこそこ稼げていても、中卒の地主土建屋がそれ以上に稼いでいた。

学ぶという事はイケてる人間になれなかった者が仕方なしにする事だと思うようになった。

リーダー格が犯罪行為をしても、それをチクる事は法を犯す以上に悪い事だと思っていた。

法律知識なんてのは、力のない者が現実逃避をして自己弁護するためのポーズだとすら思っていた。

 

ある知人は親がどっぷり宗教はまっている

彼は小さい頃からお経を覚えさせられ、科学に対し否定的な考えを持っていた。

スピリッチュアルな単語が様々な現象の原因を説明できるとのことだった。

彼の周りには同じ事柄を信じた人が集まり、その信仰を深めていった。

信心深い彼は小学校の頃から三十になる今までずっと同じ姿勢である

今更彼は、別の角度から物事をみることができないだろう。英才教育が今の彼を作り上げたのだ。

 

私は高校時代たまたま知り合った人に勉強重要性を教えてもらう事ができた。

高3まで頭になかった受験勉強に専心し、上位3%くらいの大学に入る事もできた。

学歴を生かして、いろんな人と交流する事で、自分無知自覚できるようになった。

 

だが、もしその知り合いに出会っていなかったら、その知り合いが自分にとって説得力のない人間だったら、ルックスがかっこ悪かったら、

多分今の自分は別の人間であり、もっともっとバカで愚かな人間であっただろう。

こうなれたのもほとんどは運次第なのだと振り返って思う。

 

からこそ、バカを見下すのではなく、自分の運に感謝し、もっと謙虚にならなくてはいけないと思う。

自分バカだった時代に、正しい事を説得されても納得できなかったのは、見下される事による不信感があったことを思い出す。

自殺した某氏が言うように、謙虚さを持って生きていきたい。

それを自覚できない人たちもまた、運悪く謙虚になれなかった人たちなのだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20161202120842

予備校に行っている学生英語力は実際に高い。受験勉強では英語力は身につかないというのは誤解。

2016-12-01

WELQよ、安らかに眠れ。

俺はWELQ特にDeNAパレットの非公開化がすげー親友の死かのように思えた。

なぜなら、俺はインターネットが好きで、インターネットでの自分にとって大きな存在ひとつの死だったからだ。



WELQやキュレーションメディアの存在はもちろん一般ユーザーの目にも多く触れていることもあり、

やはりアフィリエイトサイトやそれらの文脈から見てきた俺の目で見ても、インターネットひとつ文化として思い入れは深い。



彼らがやったことは、表面的に言えばSEOによってパクった上に誤ったコンテンツ配信し、流布したことだと思う。



SEOは、権威あるGoogleに認められるための手段しかすぎない。

例えるならば、それは点数を取れば良いだけの大学受験に近いものがあると思っていて、キュレーションメディアはそこに向かってがんばった結果だと思う。

もしSEOをすることが悪いのであればそれはやっぱり入学試験に1番の根本的な問題があるだけでしかない。



しかSEOという入学試験のものには「学問」の価値があるかのように見えるから尚更たちが悪い。

SEOをするということは、Googleという権威が定めた受験勉強のような見せかけの価値に向かって頑張ることしかできない。

そして結果生まれるのは、SEOという入学試験を通して生まれた、質の悪い学生というわけだ。



そんなキュレーションメディアは多少なりの価値はあったし、俺は単純に憎めなかった。



ただ、やはり道を踏み間違えた責任は大きい。

権威あるものに認められたもの権威生まれる。

そこに対する義務を果たしきれなかったことは、大きな悪だと思う。



俺は明日からまたWELQやキュレーションメディアがなくなっても、何も変わらない毎日を過ごすだろう。

けれど、自分の生きている世界に与えた影響は大きく、インターネットもまた少しずつ変わっていく。



WELQよ、安らかに眠れ。

2016-11-30

不登校になった話

どこかに気持ちをぶつけたかった。

調べたら匿名ダイアリーが出てきたので書きます

規約など一通り読みましたが、暗黙のルール等に違反していたらごめんなさい。

まりいい表現出てきません。






私はどこから間違ってしまったんだろう。

小さい頃から日常的に死にたいと思っていた。

小学2年生あたりからずっと思っていた。

当時の日記にもそればかり書いた。死にたい死にたい、と。

自宅の二階から飛び降りたこともあった。

手足の打撲で済んだのは運が良かったのか悪かったのか。

陰口や無視日常茶飯事だったが、いじめがあったわけではない。

ただ息苦しかった。世知辛かった。



中学校に入って間もなく、私は不登校になった。

理由があったわけでもない。

ただ心から学校行きたくないと思った。

同じ服を着た知らない人がたくさんいる。それが何故か怖いと思った。

意見が合わないと白い目で見られ、無理に合わせても白い目で見られる。

息苦しかった。

もちろん友達はいたが、ごく少数で、その友達とも次第に話さなくなっていった。

最初心配していた両親からも厳しい視線を向けられた。

あなたが生きていることが恥ずかしい」

「産んだとき幸せだと思えたのに」

「私を馬鹿にしている」

毎日言われた。それでも学校には行けなかった。

それじゃあ制服を着るだけなら、と思って着てみた。

手足が震えた。震えているせいでうまくホックがとめられない。

無理にホックを留めたがすぐに頭が痛くなり、過呼吸を起こした。

対処法は知っていたので、咄嗟キッチンまで這って行き、ビニール袋でなんとか息をした。



その1ヶ月後くらいに、両親に心療内科に連れていかれた。

ああ、私は病気だと思われていたのかと、その時初めて知った。

もう少しカウンセリングに近いもの想像していたが、実際はいくつか問診を受け、シートを記入しただけだった。

その時医師に言われた。

学校を面倒に思っているんだね、毎日行かないと後悔するよ」

今でも忘れない。

医師不登校の私をこう思っているのかと絶望した。

一度たりとも学校を面倒に思ったことはなかった。

毎日きちんと行けたらこんなところに連れていかれるはずがない。

知っているような口を聞かないでくれと思った。



二度と心療内科には行かなくなり、学校夕方にたまに行くだけになった。

そのうち2年になった。成績は死んでいた。

3年になった。気づけば受験生だった。

成績も出席日数も明らかに足りない。

この時期は受験生みんなが慌てるが、私は何もしなかった。

1年の教科書問題を解いてみたりしたが、まったくわからなかった。

学校に行かなかったことは後悔していないけれど、提出物とテストを受けなかったのは後悔した。

結局定時制に行くことにした。夜間ならなんとかなるかもしれないと思った。

受験寸前になって必死勉強し、問題集もだいたい解けるようになった。



たびたびニュース不登校話題が上がる。

不登校登校拒否をする子供を持つ親の記事も読んだ。

「私は子供気持ち理解しているけれど、子供は私の気持ちを分かってくれないんです」

「どうしてこんなに心配しているのかを理解してほしい」

まり覚えていないが、そんなようなことが書いてあった。

この親が心配しているのは世間体じゃないのか。

子供気持ちを本当に理解しているのか。

自分のことで精一杯だから不登校になるのに、親の気持ちなんて分かるわけない。



私はまだ子供だから、何も分からない。

けれど子供ながらに悩んで、考えて、出した答えが登校拒否だったら?

親が無理に行かせる理由がどこにあるのか。

無理に学校に通わせられ、疲れ果てて卒業式直後に自殺した先輩を知っている。

死に対する恐怖に、心の疲労が勝ってしまった結果だと、私は思う。

心の疲労はスタンプカードのようなものだと聞いたことがある。

しかにそのとおり、たまっていくだけで消えていかない。

誤魔化すことはできても、消費はなかなかできない。

スタンプカードがいっぱいになったら私もきっと自殺していただろう。

遺書は公開されなかったが、同じ境遇でなくてもとても苦しんでいたのは想像できる。





まとまらなくてごめんなさい。




不登校登校拒否をするみんなが生きやす世界になりますように。





追記 12/1

たくさんの反応ありがとうございます

どうしてもお礼が言いたかったので追記としました。

誰かに聞いてもらいたくて書いたのですが、こんなにたくさんの意見を頂けるとは思いませんでした。

ひとつひとつ言葉が暖かくて、読んでる最中涙が止まりませんでした。

私の周囲に不登校を受け入れ、理解してくれる方が少なかったので、こんなにも受け入れてくれる方がいたんだと感動しました。

はい中学三年生です。

定時制に向けて受験勉強していますが、通信制高校に勧めてくれる意見が多々あり、少し考えてみようと思います

それだけでなく大学に行ったほうがいいとのコメントも頂き、真剣に考えるきっかけになりました。


この文章を読んでくれた方の中にも、同じ年代の方がいるのではないかと思います

理解してくれる方がこんなにいたこと、世界はとても広いこと、それが希望になればと思います

こんな子供の書いた文章真剣に読んでくださり、そして暖かい言葉をかけていただき、本当にありがとうございます

2016-11-27

最も効率的だと思う受験勉強法(過去問について)

過去問のやり方について。

順番について最も良いのはこれ

①設問を読む

問題文を読む

③解答を見る

④なぜそうなるのかを考える

解説を見る

ちなみに一般的普通とされる順番はこれ

①'問題文を読む

②'設問を読む

③'回答を考える

④'解説を見る

⑤'解答を見る

この順番、なぜかを説明しよう。

まず①②について。設問を見てから問題を読んだ方が問題文を読んだ時に必要情報ピックアップする力が格段に上がる。無駄と思える部分を省いて読めるためトータルの時間が短縮できるのだ。

そして③④⑤について。これが最も重要だ。実は、自分で解くのは時間無駄なのでやらなくてよい。解答を見たときになぜそうなるのかを設問と照らし合わせて納得できるか。これができること。それこそが問題を解く力があることの確認となる。これは、納得できたのならば次に同様な問題が出たときにも解けるしその根拠もしっかりと理解できている状態であるということだ。

一般的には解説を読んで理解してから回答を見て納得するのが正道でそうでなければきちんと理解して解答にたどり着いたとは言えないと言われる。学校先生なんかは特にそういう傾向がある。答えだけ見てもそれは答えをただ覚えただけだから次に同様な問題がきても答えられないし応用も聞かないと言いがち。でもそれは違っていて、むしろ自分の中にきちんと残さないといけないのは設問と正答を結ぶ見えない道なのだ。これを明確に認識して、それが根拠だと言える状態にする。これにはただ書いてある解説を読んで覚えていてはできない。真剣に考えてなぜそうなるのか。逆にそうでなかったら問題のほうがおかしいと言い切れるまでに設問と正答との関係性をはっきりとさせなければならない。その段階まで来たら解説鵜呑みにしてはいけないとわかる。むしろ自分解説したくなるしそれが目指すべき状態だ。自分の中に確固とした根拠を見極める力をつけることがゴールなのだから

そしてこれは受験が終わった後も一生役に立つ知識になる。問題に対して答えを見つける力。なぜそれが答えになるのかをはっきりと認識して答えることができれば他人が違う正解案を出してもなぜそれが違うかを説明できるのだ。また、現象と結果は情報として手に入るが多くの場合その理由絶対の正解はない。そんな時でも自分なりの答え、または自分が直面している問題限定した答えは導き出せるはず。ここにたどり着く方法はやはり上記の順番で問題を解く重要性を理解することと密接に関連している。

是非参考にしてほしい。

2016-11-17

上京するぞ

上京してつらかったことなどはよく話題にあげられている。

多分きっと楽しいこともたくさんあるだろうし、楽しみにしておこう。受験勉強しなければ…。

2番目に良いのは、やりたいことがあって(見つかって)行くFラン

http://anond.hatelabo.jp/20161116142444



1番良いのは、やりたいことがあって(見つかって)、ちゃんと努力もして行く名門大、専門学校、もしくは就職(とび職とか?)。

2番目に良いのは、やりたいことはある(見つかった)ものの、それまで無勉で、結果、受験勉強しないで行くFランなのではないかと思う。



Fランに行ってしまった結果、一流企業への就職の道はないかもしれないけど、その後の人生の充実度が、

好成績のみを動機に名門大へ進んだ人よりも、大きくなる将来性を秘めているように思えてならない。

やりたいことがなかった時、あんなにも無意味に思っていた勉強必要と分かればやれるだろうし、

その後、大学院海外へ行ったって良い。



一方、やりたい事がない場合元増田の言うように、自分能動的になれる道を探すべきだが、それを中学高校6年間で見つけるのは難しい。

考え抜いた末、どうしても見つからなかった場合、その時は絶対に名門大学へ進んだ方が良い。



自分は頑張ればできる!」



名門大合格に裏打ちされたこのちっぽけな自信を引っ提げていれば、少なくとも、20代中盤ぐらいまでは楽しく過ごせるはずだ。



また一方、なんちゃって進学校出身勉強はすっかりできなくなったくせに、やたら名門大への進学にだけは憧れ1浪するも、

日東駒専レベルしか合格できない馬鹿は、東京大阪私大の4年制学部へ行け。

大学は糞つまらいかもしれないけど、遊びやバイトなどを通じて、街の大きさがお前のその後の人生

良い方向へ導いてくれる可能性がわずかにある。



間違っても田舎Fラン薬学部だけには進学しちゃいけない。

6年間全てが糞つまらない上に、街の要因で好転する可能性もなく、卒業しても薬剤師にはなれない。

勉強ができないだけならまだしも、大学生活を楽しく送ることすらできない自分の不甲斐なさ。

高額な学費で親に多大な迷惑を掛けているのに、何一つ自分の身に返ってくるものがない。

そんな、申し訳なさや悲しさ、後悔がずっと付きまとう。

少なくとも、40歳までで解消されることはないだろう。



普通にやってれば、Fランでも、薬剤師免許は取れる。

取れるが、20代時間と高額な学費の代償が薬剤師免許だけでは、あまりに割に合わない。

元増田以上に悲惨未来が待っているからな。

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