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はてなキーワード: 受験勉強とは

2017-03-26

http://anond.hatelabo.jp/20170326201411

というか、最近東大ですら「受験勉強しか能がないコミュ障はいらない」という方針じゃなかったっけ。

東大大学院に"頑張らないと受からない"ロンダ連中はホント辞めて

最近東大大学院に受かったという女のブログがやたらはてブで目がつく。

ちょっと見てみたところ、受ける研究室教授へのメールの仕方とかお礼の仕方とか、

アホ、とかしか言いようのない小手先テクニックまで大事に公開してる。




もうね、アホかと。

全ての学科を知ってるわけではないが、基本、院試入試の点数次第。

教授の心付け、なんて無い。

別に研究室訪問なんてしなくても入試の成績さえ良ければ入れるし、外部生だろうが内部生より点数良ければのけて入れる。

もちろん面接もあるので100%点数ではないが、基本まともに会話が出来ないとか明らかにおかしいやつを落とすだけのもの





あと、外部から来る人は年末からとか、はたまた1年前とかから勉強してるらしいが、

内部の人間は一ヶ月くらい前からちょっと過去問解く程度。

1年前から勉強しないとわからないようなことしか大学でやってないのか?

いや、そうじゃない。学部レベルカリキュラム自体はそうそう大きな差はない。

単にまともに授業を受けてないし学ぼうとしてないだけ。




そんなやつが大学の授業無視して受験勉強

そんなのがまともに大学院研究なんて出来る訳がない。

来て、すぐに嫌になって研究ほとんどせずに東大名前だけつかってロンダ就職

ほんと辞めろ。ありとあらゆる意味邪魔しか無い。





東大の院に来たいならそれまで学部の授業を"普通"に受けて学んで、"普通"に受かる事が出来る場合だけにスべし。

アホみたいなノウハウブログとか読むやつはまず100%研究なんてまともに出来ないか安心しろ

それでもロンダのためと開き直ってくるやつも最近いかホント困るんだけども。

2017-03-24

女性生き方

恋愛至上主義が何をもたらすかを分析するのに十分な結果が集まりだした近年、

ようやく最適な女性生き方が見えてきたのではないか

 

容姿だけで重宝されるレベル女性若い段階で容姿を磨き、とにかく結婚を求めるのが良いだろう。

正味な話、大学無意味雑学を身につけるより、ひいては就職活動をするよりも優先して婚活するべきだ。

大学生のうちに結婚なんてのも悪くない。

極端な話、受験勉強をしているくらいなら結婚相手を探したほうがいい。

とにかくハイスペック男性結婚し、出産をすれば、その瞬間女性としてのプレッシャーから解放される。

早めに解放されれば、残りの人生は好きなことに取り組むことができる。

 

逆に容姿に恵まれない女性は、とにかく勉強をし、学び、いろいろな経験をするべきだろう。

美人でなければいけない場所に足を運んでみたり、底辺労働をしてみたり、様々な人間を見るべきだ。

見識を広げれば、学問だけでない部分の知性も養われる。

知性があれば、内面を見る男性とも成就やすくなるし、重ねてきた経験から得た勇気を使い

男性アプローチすることもできるはずだ。

 

おや、これは結婚幸せの前提なのでは、と思われるかもしれない。

残念ながら、現代文化という場で育った女性の大多数が結婚出産という呪いからは逃れられない。

その呪いから解放されるには、それを達成するしかないのだ。

一生使わない江戸時代将軍名前を覚えるよりも、とにかく呪いから解放されることのほうがQOLを上げることができるはずだ。

しろ勉強なんてもの結婚してからでもできるのだから

2017-03-22

http://anond.hatelabo.jp/20170322153142

東大京大っつうのは、受験勉強なんかしなくても満点が取れるような子がいく大学やねん。

小4から勉強漬けにしてもマーチ

知り合いの子来年東大目指して浪人するらしい。

の子の話は小さいこから聞いていて、小学4年から進学塾に入れたりとか、6年のときには一番上のクラスで最難関目指してるとか、御三家落ちたけどそれ付近中学には合格したとか、中学高校でも東大目指して勉強勉強勉強してきたとのこと。けど、今年、マーチレベルには受かったけど早慶に落ちて、東大にも落ちてしまった。

あらゆるもの犠牲にして8年勉強しても合格できなかった事実。(『ひょっとして勉強センスないんじゃ・・』というのは彼女の前だとタブー・・)9年勉強しても入れるかどうかわからない。

時代が違うのかもしれないが、自分経験ではマーチなんかは高3年の前半まで部活やって2学期からやっと本腰入れても受かるっていうイメージがあったし、東大に行った子だってそんなに勉強勉強してる雰囲気はなかった(ほとんど1浪だったけど)。

の子供たちの受験勉強は小4から始まってしまうという。自分にはまだ子はいないが、なんともシビアな世の中になってしまったものだと思う。

2017-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20170321004203

受験勉強→○○時間勉強することが正しい努力

みたいな、硬直化した対策をすることで安心してしま

ことに突っ込んだだけで

対策に対して賭けてる意識があるなら十分だよ

賭けは負けることがある

自分は無批判努力教信者だった、たぶん今もそう

2017-03-14

自分

当方大学3年生、就職活動真っ只中であり、先月失恋したばかりでもある。以前とある就活セミナーにおいて、「自分史」を書くと自己分析捗ると言うので纏めてみようと思ったのだが、なんだかダラダラ書いてしまいそうになるので、人の目に触れるという条件ならばちゃんとした文章になるのではないかと、此処「はてな匿名ダイアリー」に試験的に投降してみた。


以下、私立文系現役就活生、その半生のあらましである


誕生小学生時代

私はとある裕福な家庭に、長男として誕生した。

母は底辺出身で、元ヤクザ幹部を父に持ち、成り上がる為にスパルタ教育を叩き込まれ秀才であったものの、「女性である」というただ一点で、評価されることなく、夢叶わなかった人間である

父もまた、底辺出身であり、米の代わりに芋を食うような家で育ち、早くに両親を亡くした境遇を持ちながらも、最終的にはF欄大学だが主席卒業し、好きな分野で食っていこうと考えていたが、推薦で入社した会社が急成長を遂げ上級管理職となってしまい、念願の技術屋にはなれなかった人間である

そんな両親の元に、私は産まれた。

母親は自らの経験から所謂教育ママに、父親は古風な家庭で育った為、マナー生活習慣にこと厳しかった。

両親は私を教育するために、自らのストレス妄執をぶつけてきた。

「どうしてこんなことができないのか」「私はあなたにこんなに投資しているのよ」「お前の為にやりたくもない仕事を続けているんだ」

両親の理不尽社会に対する呪詛が、私の実存破壊していった。

私はまた、いじめを受けてもいた。当時はまだ運動もできずどんくさい奴だったからだ。殴られたり蹴られたり、避けられたり、悪口を散々言われたりした。

親にいじめ告白したものの、「男ならやりかえせ」の一点張りでとりあってはくれなかった。

憎かった。両親が、周囲の人々が、社会が、世界が。

両親に叱られる度に、いじめられる度に、「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…」と自分の部屋で唱えていたのを覚えている。

本気で両親やいじめっ子を殺す計画を立てたこともあるし、逆に自殺しようと思ったこともあった(いずれも発見されたことで未遂に終わっている)。

上記の計画が失敗に終わった為、何も感じなくなるように、心を殺せるよういつも自己暗示をかけていた。

力が欲しかった。死にたくなかった。生き抜く力が欲しかった。そして認められたかった。愛されたかった。


そんな自分に味方をしてくれた人間が一人だけいた。祖父であった。

祖父はどうやら自分の娘にスパルタ教育を施したことを負い目に感じているようで、両親(特にからから暴言を良く諌めてくれた。

共働きの影響でよく一人で夕飯を迎えなくてはいけない自分に、良くご飯を作ってくれた。(味は大味すぎだったが)

昔の話を交えながら、「力」について色々と話してくれたのを覚えている。暴力権力学力、魅力…生きていくための力について…

戦中戦後混沌とした日本を力が物言う世界の中生き抜いた祖父一言一句には、老い衰えながらも凄まじい説得力があった。


中学生時代

私立に進学させようとする母親に対し、祖父後ろ盾を得ることで私は無事希望通りに公立中学校に進学することができた。

祖父から「力」について学んだ結果、小学生時代において最底辺だった自分スクールカーストものの見事に逆転した。

陸上競技を始めたことで身体を鍛え、喧嘩も強くなったし、会話術を学んだことで周りから慕われるようになり、部活部長や、生徒会長などリーダー役割兼任したり、学力も向上しトップはいかないものの上位に食い込んだ。そして異性の友人がぐんと増えた。これまでの環境が一変したのだ。

だが母親干渉は止むことはなかった。認められることもなかった。学業邪魔になるから課外活動は止めろと言い、トップになれなければ意味はないと口うるさく言ってきた。無理やり塾へ入れたりもした。

そして環境の変化は「人の心というのは力次第でこんなにも変わってしまうのか」と一種疑念を抱くきっかけにもなった。

それでもなんとかやっていけたのは、唯一本音を話せた祖父後ろ盾と、貧乏すぎてろくな学生時代を送れなかった父親わずかばかりの支援があったからだ。課外活動を維持できたのは父のおかげである

(父は学業、というか母の行動について全くと言っていいほど干渉しなかった。巻き込まれるのが嫌だったというのもあるが、仕事に手一杯で余裕がなかったというのもある。事実ウツ一歩手前であった。)


だがこんな日常が長く続くことはなかった。


母の希望によって、確実に試験突破できる県で2番目に高い進学校入学することが決定したその日、唯一心から信頼していた祖父自殺してしまった。祖父肺炎に長くかかっており、これ以上迷惑をかけたくなかったということ、妻(祖母のこと)を亡くしてからずっと孤独を感じていたということが遺書には記してあった。そして「生きろ」とも。

私が祖父の亡骸を観た時、感じたのはひどい喪失感と「生きることに逃げた」という感情から来る怒りだった。

コレ以降、母の私への干渉は激化することになる。



高校時代

私は初めて心から挫折を味わうことになった。私が進学した高校田舎にあったため、小学校から高校まで、ほぼそのまま上がってくる人間ほとんどであり、既にクラス内にコロニー形成されていた。異なる地方から来た私は、その風習に上手く馴染むことができなかった。

加えて、地頭いいわけでは無い私に対し、周りの人間自分より何倍も優秀な奴らばかりであり、中学時代形成されたちっぽけなプライドはぐしゃぐしゃになってしまった。存在理由否定されたかのようにも思えた。

また、再びいじめを受けることになってしまった、いや、巻き込まれたと言ったほうが正しいだろうか。

入学当初、私と同様、雰囲気に馴染めずいじめられている生徒がおり、私は一度正義感故に彼を庇った。それをきっかけに私もいじめの標的となった。担任先生にも相談したものの、「彼(いじめられていた子)の面倒は君が見てくれ」と聞き入ってはくれなかった。(その先生が私が入っていた陸上競技部顧問だったのだから笑えない)

いじめは年度を超えて行われ、いじめられていた子がいじめを苦にして高校を退学し、いじめ実行犯学校から指導を受けるまで続いた。2年次の後期まで続いた。

学校はその事実隠蔽した。

その結果、部活遠征中に競技出場名簿を改ざんされ体育祭に出ることは叶わず(当日までわからなかった)、

女装して踊る予定だった文化祭は前日に衣装を何者かに隠され(これまた部活遠征でいない間の犯行だった)出演することができなかった。(当日来てくれた他校の友人たちに色々謝ったのを覚えている)

その他はまあ陰口や悪口無視程度で済んでいた。いじめは人の業だと割り切っていたし、自分の心を殺せば、特にダメージはなかった。


後ろ盾を失い、学校はいじめを受け、家では両親から干渉され、行き場を失っていた自分は、性に逃げていた。我ながら最低だったと思う。

中学時代に作った女友達のツテを使うことで、絶えず女の子を紹介してもらうことが出来た。

の子の家庭環境や、生い立ち、タイプ男性など様々な情報を聞き出し、ニーズにあった男性像を演じれば、簡単彼氏彼女関係になることもできた。(例えば片親の子なら包容力のある、甘えられる都合のいい男だったり)

承認欲求を満たし、そのうちに罪悪感に苛まれ自分から関係を切っていくというループに陥っていた。最低だと分かっていながらも止められなかった。

そして人の心に対する疑念は更に高まっていった。


いじめが止んだ高校3年次

なんと今までじぶんやあの子いじめてきた人間が、取り巻きが、なにごともなかったかのように普通に親しげに接してきたのだった。これには絶望した。本当に絶望した。いじめ自体は人の業だと、生物習性だと、遺伝子しかたないのだと、割り切ってきた。仕方のないことだと。心を殺して耐えればいいと。しかしなんだこれは、お前らは十字架を背負うこと無く、一切の反省もなく、悪びれもせず、気まずさもなく、あの時俺が挨拶をしたら無視をしたくせに、ただ自然に「おはよう」だと?「いっしょに昼ごはんどう?」だと?「あいつ(いじめ主犯)最悪だよね」だと?グループワークで一切否定してきたくせにこんどは尊重だと?一緒に勉強しないかだと?なんなんだお前らは一体何で出来ているんだタンパク質か喋るタンパク質なのかこれが人間かそうかそうかこれが心か


今まで私は人の心を操っていた反動で、くだらないことにある種「理想的人間関係」というものを思い描いていた。お互いにお互いを高め合える関係 友情努力勝利

いつか素晴らしい友達出会えるのだと、そう信じていた。



私はほとんど学校に行かなくなってしまっていた。公園にいってひたすらに筋トレや走り込みを行い、図書館に篭り、救いを求めて哲学書や思想書、自己啓発書宗教の本を読み漁り、

部活だけ出て帰る。授業をバックレることもあった。幸い制服が無く、度重なるストレスのせいか老け顔なので、補導されるというのはなかった。親に見つかっても怒鳴られるのを耐えればいいだけなので、平気だった。

本を通じて様々な思想を取り込んでいく中で、ただひたすらに耐えるだけだった親に対しての反抗心が芽生えていくのを感じた。

そして遂に「俺はお前の人形じゃないんだよ」と叫ぶことができた。「ごめんなさい」と泣かれた。「すまなかった」と言われた。12月クリスマス前のことだった。


受験勉強をすっぽかして読書思索にふけった結果、案の定成績はビリから3番目であり、浪人をすることになった。




大学時代

から刷り込みによって、座学が完全にアレルギーになってしまい、勉強をすればするほど体調が悪化しながらも、なんとかそこそこの私立大学に潜り込むことができた。

続きは後で書きます

2017-03-13

ぼくはきみの服の中のオッパイを見たかった

Mはぼくと同じ高校で一学年下の女の子だった。


まるで男の子のようなショートカットの髪、金八先生に出ていた時の上戸彩みたいにCUTEな美少女だった。

ぼくの君に対する第一印象はただひとつ「胸がでかい」それ以外のことをぼくは何一つ思いつかなかった。

小柄なきみのカラダに不似合いなほど、その胸の隆起は際だっていた。


きみは一時期、ぼくと同じ学年の男子と付き合っていたね。

から学校への道を並んで来る姿、帰る姿をぼくは覚えている。

そのときぼくは思ったよ。

あいつはあの大きな胸が目当てなのか」と。

もちろんそんなことはなく、彼は知的でCUTEなきみが好きで胸なんかはただのおまけだったのかも知れない。

しかし、どんな言い訳をしたってきみの第一印象が胸であることは疑いのない事実なのだ

それに「どうせ胸が目当て」だなんて高校生の言うセリフじゃないだろう。

自慢じゃないがぼくのいた公立高校男子童貞率96%、つまり童貞クラスに一人くらいしかいなくて、

しかも在学中に処女童貞を失った場合浪人率は100%という恐ろしい世界だったから、だから禁欲正義だったんだ。

もちろんぼくも受験勉強に精を出し、オナニーで精を出す一人の純朴な高校生だった。

受験勉強甲斐あってぼくは現役で大学合格し、その喜びもつかの間、片想い女の子にはあっさりとふられ、童貞期間更新中だったぼくは、翌年の春にきみが関西のある有名私大合格して大学生になったことを知った。

当時のぼくは手紙をよく書いたよ。在学中にちょっとした面識があったのできみにも合格のお祝いと自分大学生としての近況報告のような手紙を書いた。そうしたら一度京都を案内して欲しいという返信が来た。そしてぼくは思いがけずきみとデートできることになったんだ。


大学生になったきみの胸はさらに巨大化していた。

巨乳というのは裾野が広いんだ。

富士山裾野が広く伸びていてるみたいにね。

「えっ、こんなところから胸がはじまるのか!」と思うほどにきみの胸の隆起はクビのすぐ下からはじまっていた。

ぼくはきみの目ばかり見て話をしていたが、視線を下に落とせばそこには胸があった。

かい合ってる男が自分の顔ではなく胸を見ながら話してるなんてすごく不愉快じゃないか

からぼくはいつもきみの目を見て話をしていた。視線を伏せることなんてできなかった。


今思うとなんてもったいなかったのかと思う。サングラスでもして視線を隠して、思う存分胸を見ればよかったじゃないかと。でも、当時はそんな才覚はなかったんだよ。


京都でのデートの後で、ぼくは卑怯にもきみへの手紙の中に「好きだ」というフレーズを書いた。

しかし、そのときのぼくは本当にきみが好きだったのか、それともきみの胸が好きだったのか、正直言ってよくわからない。

ぼくは知的でCUTEなきみを本当に素敵な女の子だと思っていた。

しかし、その100倍くらいぼくはきみの胸が好きだったんだよ。そんなこと手紙に書くはずないけど。




秋になって、いろんな大学学園祭の季節になって、ぼくはMを伴ってN女子大学園祭に出かけた。

高校で同じクラスだったことがある仲間由紀恵みたいな黒髪の純日本風お嬢さんに誘われたからだ。

実はぼくはその仲間由紀恵のこともかなり好きだった。もしもその美女を射止めることができたならば、ぼくは同じ高校のあのさえない童貞軍団を見返してやることができたはずだし。そう、ぼくのあこがれの大本命は実は仲間由紀恵であり、Mの存在価値は「自分とつきあってくれる女」という点にあったわけだから



女子大学模擬店でぼくは仲間由紀恵にMを紹介した。仲間由紀恵はMをみて、Mの胸をちらりとみて、それから妙につっけんどんな態度になった。


あなたはこんな乳のでかい頭の悪そうな女が好きなのね!」と仲間由紀恵は思ったのかも知れない。


そんなことはないんだ。Mは決して頭の悪い女なんかじゃない。

とっても聡明で話していて退屈しない女なんだ。


でもそんな言い訳をするチャンスはなかった。

だって仲間由紀恵はその後ぼくに手紙をよこさなくなったし、彼女が風の噂にお医者さんと結婚したと聞いたのはその数年後のことだ。



女子大学園祭の後に控えていたのは京都大学11月祭だった。ぼくはそこでMと腕を組んだり、手をつないだりして歩くことができた。

普通カップルのように彼女学園祭デートをするなんて幸福をぼくは手に入れた。


しかし、ぼくは手をつなぐ以上のセクシャル領域に足を踏み入れることはどうしてもできなかった。

その理由簡単だ。ぼくは童貞だったから。どうやってその先に進んだらいいのか、ぼくは全くわからなかったのだ。

手を伸ばせばいつでも触れられるような距離にありながら、その胸はぼくにとって相変わらず不可視のものであり、かつ不可触のものであったのだ。



そのままお正月が過ぎ、春になった。ぼくはMと初詣住吉大社に出かけ、そこから阪堺線チンチン電車に乗って浜寺公園に出かけた。

潮の香りのするコンクリートで固められた護岸の上の散歩道をのんびり歩き、座って話をした。おだやかな一日だった。



あの頃ぼくたちはいったいどんな話をしていたのだろう。

そうして休日には手をつないで歩き、一緒に映画を見たりしたぼくたちはまぎれもなく「つきあってる」という状態だった。

しかしぼくにとってきみの胸は相変わらず不可視のものであり、かつ不可触のものであった。

どうすればぼくはその二つを可能にできたのだろうか。

まだ20歳にもならない自分はその方法を何一つ知らなかったのだ。

もしもできることなら今の自分が当時の自分に憑依して、知りうる限りの恋の手練手管を用いてその困難を可能にしてあげただろうに。


ぼくは免許を取り、中古車いすゞジェミニを買った。それでMとドライブすることになった。

Mに向かって「どこに行きたい?」と聞いたら「鞍馬」という意外な答えが返ってきた。ぼくたちは鞍馬おもちゃみたいなケーブルカーに乗った。

汗ばむような陽気の中で、同じようにデートしているカップルが居た。

ぼくたちとの違いは彼らがキスをしていたことだった。


ぼくは赤面した。


キスとは、ああキスとは、それは限りなく遠くに存在する行為じゃないか

まだぼくは胸を見たこともないのに・・・


いや、それは違う。少なくとも胸を見るという行為は、キスという行為さらに先に位置するものであるはずだ。

ということは、自分が胸を見たいとか触れたいと思っていたことは根本的な間違いであり、それを実現させたかったら

先にキスという段階をクリアしておかなければならなかったのだ。キスとは、胸を見るための必要条件である

もちろんキスをしても胸を見るところまで到達できない場合もあるだろう。しかし、キスをしないで胸を見るなんてことはどう考えても変だ。

まり自分は、「胸を見るためには先にキスをしなければならない」という恋愛の発達段階の重要法則をそのとき発見したのだ。

ストレートに胸に到達しようと思っていた自分が間違っていたのだった。



乳首を舐めたかっらたまず相手の唇を舐めろ!」



ぼくはその真理をここに理解したのだった。


しかし、破局は突然にやってきた。

Mが教会に通い始めたからだ。

学生のぼくたちがデートできるのは日曜日に限られていた。

その二人のための貴重な日曜日を、Mはこともあろうに私ではなく神に捧げてしまったのだ。

ぼくは一度Mにくっついて教会に一緒に行ったことがある。Mのスクーターの後を、ぼくは実家にあったヤマハパッソルで追走した。

当時はまだ原付ヘルメット着用の義務はなかった。そうして教会に出かけたのも一度きりだ。

ぼくにはきみの胸を見たいという願望があったが、教会聖書を見たいとは思わなかった。

僕に必要なのは聖ではなくて性であり、聖書ではなくて早くぼくを童貞から卒業させてくれる性書こそがぼくにとって必要書物であった。

「汝、姦淫するなかれ」という神の教えは、その反動でぼくの心をますます君の乳房への思いでいっぱいにした。

ぼくは教会についていくのを止め、ぼくたちの仲は自然消滅した。

ぼくがMと最後に会ったのはぼくが大学卒業した春だ。

そのとききみはブラウスボタンを二つもはずしていたから、ぼくは思わず「うっひょ~」と心の中で叫んだ。

そのとき、きみのオッパイはぼくの心の中で永遠憧憬になった。あれから34年経つけど、今でも君の胸は成長を続けているのかい

2017-03-09

高校で好きな女の子ができて恋人になり人生がすごく変わった

恋の力は凄いとよく言われるが俺も恋の力で人生がすごく変わったなと思う。

 俺は自分で言うのもあれだがまあまあのイケメンだと思う。少なくとも女性10人中7人位はイケメンと言ってくれるかな?でも高校時代メガネを掛けてたので痩せたオタクよりの顔だった。

 高校地元偏差値53程度の普通普通科高校になんとか入ったものの中3の受験勉強反動なのか高校1年の秋までは全く家では勉強しなかった。特に数学英語が大の苦手で毎回赤点を取っていた。部活テニスをやっていた、だが部活仲間と仲が悪くなり部に居づらくなったので高1の12月には辞めてしまった。

まあ部活をやめた後もとくに勉強することもなく、むしろ部活やめれてラッキーだし大好きなゲームができる!ということで学校から帰ったら即PS3の電源をつけてゲームばかりやってた。その当時やってたのはCODMW2だったな。あとBF3とか。

 そんなこんなで見事帰宅部根暗ゲーヲタになった俺、数学英語で毎回赤点取りまくり、親を学校召喚させられクソ教師特別3者面談もしたこともあった。

 しかしそこで人生の転機が訪れる、隣のクラスにめちゃくちゃ可愛い女の子がいた、とても自分の好みだった、名前は(Rちゃん)にしておこうか。髪の毛もサラサラでツヤツヤ、芸能事務所前を歩かせれば即スカウトされるレベル女子がいた。定期テストはいつもトップ5に入る、まさに才色兼備であった。「恋人になりたい…!」そう思っていたが頭の悪い俺では釣り合わないだろうし、そもそもこんなにかわいければ彼氏なんてとっくにいるだろうと諦めていた。しかし周囲の話をよく聞いてみると彼氏はいないっぽい、じゃあ後は何をするべきか、才色兼備彼女釣り合うために勉強するしかないと思った。そう決意したのは高1の3月であった。

 高2になりクラス替えが行われたが、なんとRちゃんと同じクラスになった、もうその時は心の中では雄叫びを上げてガッツポーズでしたよ。

 というわけで高2の最初定期テストで1位を取るという目標を掲げ、ほとんどしなかった勉強宿題すら解答丸写しで提出してるレベル)を家でもしたがやっぱり今までサボって多分、特に数学はどこから手を付けて良いのかすらわからなかった。まあとりあえず数学教師数学苦手だからどうすればいいですかと聞いたら俺のために特別プリントをくれた。毎日学校がある日は数学プリントを解き教師に丸付けをして間違ったところを徹底的に復習したりした。

 授業も次の授業で習うところを予想して予習した(まあ教科によっては予想が結構はずれた…)その日に習ったことはその日のうちに大学ノート自分なりにまとめ復習をした。定期テスト前なんか家に帰ったら5時間勉強した。これで定期テスト対策は万全、最初定期テストでは320人中17番を取った、けどこれだけ勉強してもトップ3に入れなかったのかよ…と思ったが、けど自分もやればできるじゃないかと自信もついた。一方Rちゃんは学年1位だった。

 んでその後は席替えでRちゃんと隣ではないにしろ近くになり結構話すようになった、といってもRちゃんと俺2人ではなく、俺の男友達1人とRちゃんと彼女友達2人というなんとも漫画アニメででありがちな男2女3の群れ?が出来てしまった。Rちゃんは政治経済が多少苦手だったので俺によく質問してくれたおかげで仲良くなった。

 5人でテスト間中勉強を良くし合うようになった。おかげで切磋琢磨でき成績も順調に伸びた、定期テスト模試も学年10位以内はキープできるようになった。

 Rちゃんと俺2人だけのときプライベートな事もよく話すようになるくらい仲良くなった。そして高2の10月にRちゃんに想いを伝えた。「前からRちゃんのことが好きでした!」それ以上の言葉はでなかった。彼女はいきなりの告白に驚いていたが俺の気持ちを受け入れてくれて晴れて恋人となった。

 それから休みの日は近くのイオン地方都市だしもうそしかデートスポットないよ…)なんかでデートした。Rちゃんの家にも遊びに行った、初キス彼女の家でした。なんやかんやで彼女の家でセックスもした。

 その後はどうなったかというと高3の3月に別れた。理由はお互い別々の大学に行くことになったしRちゃんのほうから別れよっかってなった。意外とあっさりだった。悲しかったがオレと彼女は互いに目指しているものは違うし仕方ないと思った。

 んで俺は九州大学に進学し順調に勝ち組人生への道に向かって歩いているところだ。でも彼女ともし出会わなければ?高卒フリーターで一生底辺貧乏生活だったかもしれないと思うとゾッとする。

 人生における「勝ち組」とは人によって捉え方は違うだろう。俺にとって「勝ち組」のボーダーラインとはどこかの旧帝大には入り大企業社員公務員になり、かわいい女性結婚して子供は2人くらい、そして子供2人とも奨学金を借りさせることなく満足して大学に入れさせるくらいの経済力があることだと思う。批判承知で言うと世帯年収800万以下で子供を作るのは児童虐待だと思う。子供がかわいそうだ。大学すら満足に通わせることが出来ないのはかわいそうだ。子供借金を背負わせないと大学に行かせられないのは恥を知れと言いたい。貧乏人は子供を産むな!まあ公務員2馬力でもなかなか世帯年収800万って難しいだろうしやっぱり大企業を目指すべきなのかな。

2017-03-08

http://anond.hatelabo.jp/20170308161753

受験に関しては、正しく努力すれば必ず努力は実ると思うよ

家庭環境なんかのハンデがなければ、だけど

さすがに東大理IIIとかは誰でもは入れないけど



受験勉強に関しては、受からいかも、とか、努力が実らないかも、とかは余計な雑念でしかないので、

努力はとにかく実ると刷り込んで全力で勉強させなきゃいけないんじゃない?

落ちたらどうこう、ではないよ

2017-03-07

結婚を考えてた彼女いじめっ子だって知った

Facebookに1年付き合ってた彼女とのツーショット写真を初めて載せてタグを付けたら高校同級生からメッセージがきた。

もしかして(彼女名前)さんと付き合ってるの?」って。



聞くと同級生彼女と本当に地元が一緒で出身中学がも同じだった。

いじめてたんだって中学の時一部の女子を順番交代で。

いじめいじめて、飽きたら標的を変えていじめる、みたいな感じで、順番で。

いじめの具体的な内容は悪口ばらまいて孤立させたり、男子に頼んで殴らせたり、給食ゴミ入れて食べてるのを笑ったり、保健室登校になった子を保健室までわざわざ追いかけて大声で悪口言ったり。



むかし彼女からいじめられたことあるの、私は被害者だったのって聞いたことがあったんだ。

中学3年の時、女子から無視されていじめられてたって。

でも正しくは

女子バスケ部の子彼氏を寝取ったか女子バスの反感を買った」のと「今までのいじめが露呈したので3年の後半は孤立してたこと」らしい。ちなみに同級生から聞いた話と彼女から聞いた話の一部は一致した。




高校同級生は一緒に励まし合って受験勉強頑張ったりしてずっと仲良しだった、嘘つくような人じゃない。

言うか迷ったけどやっぱりその女といるのは応援できないって言ってた。

あと自分仕事教師なんだけど、そこらへんを考えて言ってたほうがいいと思って言ったってさ。

ちなみに彼女教師なんだけど、同級生地元ではあの女が自分の子供の担任とか絶対イヤだよねってなってるらしい。

同級生は、別れさせたいわけじゃないけど、その女と結婚とかするならもう俺とはあんまりかかわりたくないんだって。それでいいぐらいの覚悟言ったとさ。

それを聞いて何年か前に見たいじめの恨みは本人に返ってくるとは限らないって言葉を思い出した。





ずっと付き合ってた彼女否定されて、悲しいような信じられない気持ちでいっぱいだ。

同級生のことを信じるかも迷ってるし、ちょっと怒ってる、彼女バカにするなって。

彼女には何も言ってない。俺の前ではかわいい彼女なんだ。

もし真実でも、人間は変わっていくものだし、誰かをいじめていた彼女はもういないって信じたい

http://anond.hatelabo.jp/20170307011919

しか既に数学だったか塾講師youtuber?みたいなのがあったはず。

教科は幅広いほうがいいに決まってるから、真面目話動画作って欲しいわ。

受験勉強だけじゃなく、日本史選択せずに日本史学科に行くことになった大学生とかにも役に立つ。

そういう大学生は今更受験対策の授業を金払って受けるわけには行かないからより需要あると思うし。

2017-03-04

受験勉強趣味勉強は違う

一時期よりは減った気がするけど、まだ「受験勉強は本当の勉強じゃない」とか「大学入試で頭の良さは測れない」とか「受験勉強で学んだことは社会に出てから役に立たない」言う人がいる。そういうのって、受験しない人とか受験終わった人が言うのはいいけど、受験生が言っちゃダメだと思う、という話。

まず、「勉強」という言葉が、生涯学習とか、本当に自分が知りたいことを知るための勉強を指しているのであれば、「受験勉強」はそれらとは全く別物なので、受験生は早くそれを認識したほうが良い。受験勉強してて「こんなの本当の勉強じゃない」と思うのは自由だけど、思ったところで大学入試のレギュレーションが変わるわけではないので、「受験勉強と(自分が思う本当の)勉強は別もの」と割り切って、どうしてもやりたければ、受験勉強の合間に「本当の勉強」をすれば良いと思う。

以下、受験勉強と勉強の違いというか。

大前提として、受験勉強は最終的に自分が志望する大学の入試において合格点を取るための準備なのであって、頭の良さとか、社会に出てから役立つとか、そういうものとは全く無関係だと思った方が良いと思う。もちろん「受験勉強で学んだことは社会に出てから役に立つ」とか、「何が役に立つかわからなから広く勉強しておくんだ」とかいろいろ「受験勉強の利点」を挙げる人はいるんだけど、そういう受験勉強の「副産物」の議論は、自称教育評論家とかそういう暇な人とかにまかせておいて、受験生はすっぱりさっぱり忘れて良いと思う。

あなたは、理由はともかくとして、どこかの大学を受験することを決めた。かつ現在の状態ではその大学の入試を突破することができない。したがって、あと数年で入試をクリアできるだけの能力を身に着けなければならない。そこから逆算して準備するのが受験勉強。

繰り返すけど受験勉強は「最終的に自分が志望する大学の入試において合格点を取るための準備」なのであって、それ以上でもそれ以下でも無い。

そういう視点から受験勉強を見ると、効率の良い勉強法は自ずから見えてくると思う。

時間を測る

まず、受験勉強で時間を測らない、というのは根本からダメだと思う。全ての試験には時間制限があるから。問題を見て、だいたい何分くらいで解答が完了するか、時間内には全て終わらなそうなのかどうかがだいたいわかるようにならないといけない。場合によっては問題を解く順番を決めないといけない。その為には、問題を解く時に常に時間を測る癖をつけておかないといけない。

とりあえず、問題文を読んだら、何分くらいで解けそうかを予想し、それを記入する。もしくは目標解答時間が掲載されている問題集を使う。そして実際に時間を測ってみてどれくらいずれたかを確認し、修正をしていく。おそらく最初は、解答時間をかなり短めに予想してしまうと思う。それをなるべく早いうちに修正した方が良い。

解けなかった問題は、答えを見てから、その場でもう一度解く

試行錯誤が必要な難関大学の入試とかはともかく、センター試験の数学とかは見た瞬間に解法が思い浮かばなければいけない。そうじゃないと時間内に解答が間に合わない(その年の難易度にもよるけどさ)。なので、センター試験の数学の勉強をしているつもりの場合、問題を見て瞬時に解法が思い浮かばなかった場合にはウンウン考えてはいけない。10秒で解答が思いつかなかったら、答えを見ること。

これ、わりと実践できてない人多い気がするので、もう少し詳しく書く。

自分でセンターの数学対策の問題集を開いて、時間を測って問題に取り組むとする。この時、問題の解法がすぐに思い浮かばなければ、すぐに諦めて解答を見るべきなのに、それだと負けた気がするのか、10分も20分も粘って、なんとか解答をひねり出し、その後で解答を見て、合っていたらマルをつけてしまう。これではセンターの対策にならない。

センターの数学は見た瞬間に解法が思い浮かばなければならないのだから、見た瞬間に解法が思い浮かばなかったらそれはバツ。そして解答を見る。で、バツつけて答えを見て納得して、次の問題に行ってはダメ。「いま」その問題を解けるようになっていなければ、次にその問題をもう一度見たときにも解けるわけがない。

解けなかった問題を、答えを見た後に、答えを見ずに時間を測って解く。先に答えを見たんだから解けるのは当たり前、と思うかもしれないけど、多分解けないと思う。これは、その解法が完全には身についていないから。これ、実際にやってみるとイヤ〜な感覚がすると思う。これは、自分がその問題はもう理解したことにしたいのに、もう一度解くことで「実はまだ理解していない」ということが明らかになるのが嫌だから。

「できなかった問題を、答えを見たあとに、答えを見ずにもう一度解く」というのは徹底したほうが良い。「いま」その問題が解けるようになっても、すぐに忘れる。そしたら答えをまた見て、また何も見ずに解答できるようにする。それを繰り返すと、問題を見た瞬間に、解法のストーリーが頭に浮かぶようになる。

辞書を使わない

英語の長文読解を考える。この時、わからなかった単語に全部赤線引いて、あとで全部辞書でひいて単語カードに入れる人がいる。これは2つの意味でダメ。

まずダメなのは、この方法では「単語の重要度」を無視していること。頻出単語とそうでない単語は価値が違う。当然、頻出単語の方が価値が高いのだから、優先して覚えるべき。

そしてもう一つ、こっちの方が大事なんだけど、受験本番で、英語の長文に出てくる単語が全てわかる、ということは無いわけ。ということは、本番でもわからない単語がある中で問題を解かなければならない。

逆に、本番までには自分がどこまで英単語を覚えているはずか考える。例えば、「自分は受験本番時までには、(なんでもいいけど例えば)英単語ターゲット1900に出てくる単語は全て覚える」と決める。そうすると、家で英語長文問題を解く時には、「英単語ターゲット1900」に出てくる単語は知っているものとして解いて良いことになる。なので、その単語帳を辞書がわりに長文問題をやって良い。単語帳に載っていない単語は、「本番でも知らない単語」として、わからないまま解く。

この時、自分がひいた単語に「正の字」をつけて行くと良い。なんか記憶の相性みたいなのがあって、自分がなかなか覚えられない単語というのは人それぞれ違う。たくさん「正」がついた単語を単語カードに書き写して、重点的に覚えると良い。

そうそう、たまに年寄りの英語の先生とかで「本当に英語をマスターしたければ辞書と友達になりましょう」みたいな人がいるけど、それはどうかと思う。少なくとも受験英語と「本当の英語」とやらは区別したほうが良い。でも、「本当の英語」をマスターしたいなら、「和英」や「英和」ではなく「英英辞書」を使うべきではないかな。これは脱線。

ケアレスミスは実力

ケアレスミスは誰にでもある。中間とか期末の答案が返ってきて、ケアレスミスによる失点を見て悔しい気持ちはわかる。「ケアレスミスがなければ何位だった」と、自分の瞬間最大風速を確認したい気持ちもよくわかる。だけど、やっぱりケアレスミスは実力なんだ。これまでに模試などで取った最高成績が瞬間最大風速なのであって、「ミスを全くしなかったパラレルワールドの自分」の成績は、現実世界のあなたの実力ではないわけ。

もっというと、非常に簡単な計算問題を100問やったとする。パーフェクトが取れないのは良いとして、自分がどのくらいミスするか予想できますか?

これは、時間を測るのと同じで、簡単な計算問題をやるなりして「自分が計算問題をやったら、どのくらいの割合でケアレスミスするか」ということは認識しておいた方がよい。きっと、自分が思っているよりはるかに高い確率で間違えている。

ミスにはパターンがある。括弧を外す際に符号を間違えるとか、絶対値外す時の場合分け忘れるとか、とにかくミスする度にそのパターンを記録すること。そうすると、だんだん自分がどういうミスをどのくらいの頻度でやるかわかってくる。そうしたらもう「たまたま本番でミスをしない自分」に頼ることはなくて、「本番でミスをする確率をなるべく減らすにはどうすればよいか」を考えるようになると思う。

あと、大学入試で部分点は原則として期待しない方が良いよ。もちろん本番では完答できなくても部分点ねらいで何か書くんだけど、計算ミスしたらバツだと思ったほうが良い。

心構え

その他「消しゴムは使わない」とか「問題集の選び方とか」とか「予備校の選び方と相性」とか、細かいノウハウは無限にあるけど、そういうのは巷にいくらでも転がってるから好きに調べれば良いと思う。

ここで、ただただ強調したいのは、「受験勉強は大学入試を突破するための準備」であって、それ以上でもそれ以下でも無いということ。勉強が辛いからといって「三角関数の公式なんて社会に出てから使わないだろ」と言いいだすのは全く無意味。もちろん三角関数知らなきゃどうしようも無い分野なんていくらでもあるんだけど、それを言い出すと「その分野に行くつもりは無い」みたいな言い訳から逃げられないでしょ?自分には志望する大学がある。その大学の入試に三角関数が出る。だからやる必要がある。それだけ。

ルールとの戦いかた

最後に、受験勉強に限らないけど、世の中の仕組みについて。

世の中、どうしたって何かしらの「ルール」を設けて、その上で評価されがちなのね。で、そのルールに不満を持つことって多いと思う。でもね、我々にとり得る手段は「そのルール上で戦う」か「そのルールで戦うのを避ける」か「権力を手に入れてそのルールを変える」か、それくらいなのよ。

正しいか正しくないかはおいといて、だいたいその「ルール」(たとえば人事評価とか)の改正権を持つ人々って、その「ルール」において勝ち進んで来た人なのね。そういう人たちにとっては、その「ルール」で勝ち抜いてきたことが自信の拠り所でもあるから、なかなかそれを変えようとしないのよ。

大学入試もそう。大学入試という仕組みなんかで自分を評価されたくない、という気持ちはわからないでもない。でも、「大学入試という仕組みそのものを変えて、別の評価基準を作る」というのは、高校生にはほぼ不可能。高校生にとり得る手段は「大学を受験するか」「しないか」の二択(AO入試的な奴はここではさておく)。

で、こういう記事読んでる受験生、つまりあなたの親は、多分「大学には行くものだ」という固定観念持ってるんでしょ?「とりあえず大学は出ておきなさい、その後は何してもいいから」とか言うでしょ?

そして、あなたは船木誠勝みたいに

「母さん、もしも人生が2回あるなら高校へ行きます。でも人生は一回だけしかない。だからプロレスをやらしてください。そのかわりに生まれ変わってきてまた母さんの息子になったら言うことを聞いて高校へ行きます。」

とまではいえないでしょ?(この人の場合は大学じゃなくて高校だけど)

なにはともあれ、あなたは(嫌々ながらでもとにかく)大学を受験することを決めた。その瞬間から「なるべく最短の時間で、目標大学に合格する勉強法」を構築することに専念すべき。よっぽど難関大学を受けるんじゃなければ、効率の良い勉強をすれば、そんなに長い受験勉強は必要ないから、わりとその他のこともできる。どんなに遊んでるようにみえても、模試なり学校の成績なりが良ければ親は何も言わないよ。

(自分の能力からみてそこそこの)大学に合格した。その後なら「受験勉強はクソだ」とか「社会に出て役に立たない」とか自由に言って良い。

でも、「受験勉強はなんのためにやるか」を考えて、「効率の良い勉強」をマスター、実践しようと何年か努力したあなたなら、大学合格後は「受験勉強はクソだ」とか言わないで、すぐに次の自分の目標(例えば就職とか留学とか司法試験とか)を決め、その準備のためには何をすればよいか逆算し、なるべく効率の良い準備をして、空いた時間でキャンパスライフを満喫できると思うな。

2017-03-01

今日高校卒業した

雪だったか雨だったか忘れたが、とにかく寒かった。川面で何時間ボートを漕いで訳がわからなくなり、部活をやめた。1年の1月ときだった。2年になってバイトを始めたが、これも半年もしないうちにやめた。学校サボりがちになり成績も落ちた。そのまま受験勉強もできず気づけば最後夏休みが終わっていた。借金(奨学金と名乗るのは給付型だけにしてくれ)を借りて中途半端大学に行くのも嫌だったので、センター試験は受けたがどこの大学にも出願しなかった。

楽観的な性格なのでノリで語学留学することにした。親が100万だしてくれるので(大学用に貯めていたとのこと。謙虚さがかけらもないので感謝してない。ラッキーだとは思っている)50万ほどバイトで稼いで夏までには出発するつもり。英語は好きでも嫌いでもない。

暇だったか文章にしてみたけどペッラペラの3年間だな。スマホ触ってたら終わってたって感じだわ。卒業式もあっさり終わったし、まぁ高校生活が薄かったからそう感じたんだろうけど、なんか、なんも言うことないわ。1つだけ自慢できることがあるなら、まだ俺が18歳ってことかな。前向きにテキトーにがんばって、嫌なことからは逃げて生きたい。嫌じゃなくて食っていける職が見つかればいいな。嫌な要素が全体(?)の3割までなら我慢するけどさ。日本語変だけど伝わるかな?こんなしょうもない文章最後まで読んでくれてありがとね。あなたもテキトーにがんばったりがんばらなかったりしてね。

http://anond.hatelabo.jp/20170301064544

いやいやいやおまえ勘違いしてんぞ

基本大学生までは馬鹿

東大生とかも地頭がよくて受験勉強が得意なだけで馬鹿

院生でもまだ馬鹿

社会人になってしばらくたつくらいの年齢でようやくスタート地点に立てる

2017-02-26

絵師になれなかった私

「絵も描かずに『神絵師を目指す人々』を描いた漫画破壊力高すぎて大ダメージを受ける人続々」(https://togetter.com/li/1084759)を読んだ。

この手の話は、まとめのコメントにもあるように「とにかく描くこと」という結論に落ち着きやすい。

しかし、当たり前の話だが、こんな結論を知ったところで何も解決しない。これは、受験勉強で「とにかく勉強すること」を解決策とすることと何ら変わりがないのだ。

高い目標を達成するためには、地に足を付けて自分に合った形に目標を設定し直さなければならない。

さらに言えば、達成難易度が高い目標場合攻略法必然的に複雑になる。ここをまず勘違いしてはならない。

以下、私が大学時代実践した方法を示す。

(1)最終目標を明確にする

絵師とは何なのか。ある程度数値化できるレベルに具体化する(「即売会で1000部完売」等)。

しかし、萌え絵死語?)を描きたいという欲求を持った人は、数値的な目標よりも、それを手段とした他者とのコミュニケーションが最終目標とされる場合が多いと感じる。

これでは目標抽象的すぎて具体的な行動に落とし込むのが難しくなる。

その場合目標から演繹的に方法考察するのでなく、具体的な行動指針を逐一検証して積み上げていく戦略を採ることになる。

なお、私はコミケで50部完売目標に設定した。

(2)今の自分確認

自分の現状を把握するために、何か課題を設定しておく。そして、数か月後に同じ課題に取り組む。

この課題はきちんと記録として残しておく。そうすることで自分の成長を確認できる。

私は、「涼宮ハルヒの全身絵を描く」という課題にした。

(3)基本方針

基本的には、メニューを決めて、実践問題点検証の繰り返しである部活でいう筋トレみたいなものである

とにかく、何か決まっていないとだれてしまう。メニューはとにかく負荷の少ないものとする。

継続の負荷をいかに少なく気楽にやれるかである。これが一番難しい。

気持ちで乗り切ろうとするのが一番最悪で、とにかく感情を挟まないように環境を構築するのが良い。

負担負の感情喚起されるパターンをとにかく書き出す。そして、その原因に対する対策を立てる。

対策は、気持ちで乗り切る以外の方法環境構築を基本にする。

(4)私の方針

私は、最初は○(まる)をB5用紙いっぱいに描くというレベルに設定した。これ以上は欲が出てもやらない。翌日も描きたいという欲求を残しておく。

大学入学後、夏休み前まではひたすら絵を描くことに慣れるという抽象的な目標があり、具体的な目標としてB5用紙1枚いっぱいに図形を描いた。

なお、その期間に、好きなイラストレーター漫画家アニメーターについて調べた。自分目標とする、好きな絵柄の方向性をきちんと把握するためである

気に入った人がいたら、その人の資料をとにかく集める。なお、私は冬目景が好きである

そして、夏休み以降は、その好きなイラストをひたすら模写する。

年明けに、毎日模写1枚と自由1枚にし、それをひたすら1年続けた。

(5)情けない結果

結果、約2年で私の画力は飛躍的に上がった。

その後、カラーイラストに嵌っていくのだが、その練習方法論は基本変わらない。

というか、教本が充実しているので、その方法論を具体的なトレーニングメニューに落とし込めば良いので楽だった。

しかし、ある程度描けるようになって気が付いたのだが、私は別に絵を描くことが好きではなかった。

絵を通じてコミュニケーションをするのが目的だった。そして、その目的は、ある程度描けるだけで達成できたのだ。

したがって、ある程度描けるだけで満足してしまった。

あと、美大にいった友人の絵(萌え絵ではない)をみて、ちょっと美術世界の深さに圧倒されてしまった。

から、そこでトレーニングはやめた。

2017-02-07

明らかにこれ複垢ブクマしてるやろ〜っていう受験勉強方法書いたはてなブログ最近学びタグ汚染しているのですが通報の仕方が分からないので誰かやっといてください

炎上バズはさせたくないのでURLは貼りません

勉強の一番の効果は脳および心身を鍛えること

http://anond.hatelabo.jp/20170205205726

甘いなあ。

勉強特に受験勉強などの根気が必要勉強の最大の効果は脳が鍛えられることだ。何を勉強たかはあまり重要でない。勉強したこと自体重要なのだよ。

脳は若いうちに使えば使うほど鍛えられ高度化する。若いうちに遊びほうけてしまうと論理的思考力が育たないのだ。

受験勉強で勝ち残ってきた子たちはおおむね根性があり困難な仕事も途中であきらめずに工夫して何とかしようとする。だから安心して仕事を任せられるのだよ。

大企業学歴を重視するのはそういう面が大きい。

2017-02-06

中学受験体験

小6の息子がめでたく中学受験を終えたところ、通っていた塾から受験体験記」の執筆依頼が来たのだが、1200字程度で収めないといけないらしく、思いの丈の全ては到底書ききれないので、その下書き代わりにこちらに字数制限なしで書こうと思う。

それに、どれだけうまく1200字に収めようと、自分がこれから書く内容はきっと塾の受験体験記集には採用されないので、せっかく書くのに日の目を見ないのも切ないという事情もある。

公立派 vs. 私立

そもそも自分中学受験必要性を何ら感じていなかった。気軽に通える範囲私立中学などない田舎で育ったし、気合を入れて遠距離私立中学に通わせようとなどという教育熱心な家庭でもなかった。

通った近所の公立中学は荒れていた。不良な上級生が授業時間中に教室外にたむろして騒ぎを起こし、先生一同でそれに対処するために授業が中止になることや、校内を卒業生バイクで走り回るなんてことはザラにあった。

力の強いやつが偉い、という暴力的世界ではあったし、自分クラスで一番のチビというハンディもあったが、それでも気の合う友人もできたり、部活に精を出したりと、自分なりに楽しく過ごせた3年間だった。

その後も地元では一目置かれる県立高校に進学できたし、大学東大京大ほどではないが、世間的には高く評価されるところに現役で合格することができた。

自分自身がこのように特に不満のない経歴をたどることができたので、公立中学に対するネガティブイメージもなく、息子についても近所の公立中学への進学で何の問題もないと考えていた。

しかし一方で妻は私立派であった。

私立派と公立派は基本的には分かり合えるものではないと思ってる。何しろ、1人の人間私立中学と公立中学の両方に通うことは基本的にはないのである公立中に通い、そこでの生活に満足した人は公立派になるし、不満足ならアンチ公立派=私立派になる。私立中に通った人も同様である。両者を公平かつ客観的比較するのは難しく、どうしても主観が入り交じる。

塾に通うきっか

4年生の終わりくらいに中学受験のための塾に通う話が持ち上がってきた。自分公立派ではあるが、それでも塾に通うことに反対はしなかった。

先に述べた通り自分田舎の狭い世界で育ち、教育熱心な家庭でもなく、例えば東大のような高い目標を目指したりすることもなかった。

息子は幸い勉強の才能に恵まれ、昔の自分よりは頭が良さそうなので、ぜひ広い視野と高い目標を持ってもらいたいと願った。中学受験塾は、頭の柔らかい小学生のうちから高度な勉強をして脳みそを鍛えたり、世の中には自分よりも頭の良いやつがたくさんいることを知るのには良い場所だと思ったのが、塾通いに反対しなかった理由だ。

最終的に私立中受験するかどうかは自分にとって重要ではない。勉強するだけ勉強して、受験せずに近所の公立中に進んだって何の問題もないと本気で思っていた。

そして中学受験

しかし息子本人はやはり段々と私立派に感化されていった。母親絶対私立派、父である自分公立肯定派ではあるが私立別に否定はせず、そして当たり前なことに塾に通う友達はみな私立派。塾の先生は...言わずもがな

仕方ない、分かった。私立に行くのは構わない。で、どの学校に行きたいんだ?

息子は御三家と呼ばれる男子校一角名前を挙げた。

受験方針

当時の息子の塾での成績からすると、その学校ちょっと高望みであった。一方、自分が見込んでいる息子の潜在能力からすれば、合格レベルに達することは可能だし、追い込んで勉強させれば御三家を超える最難関中学すら可能性はあるという思いもあった。

しか偏差値の高い学校に入ることに何の意味があるだろう?

聞くところによると私立中学の人気というものは、どうやら併設の高校東大合格者数の増減に大きく影響されるらしい。しか自分の考えでは、東大合格者数に大した意味はない。難関私立中高の東大合格者数が多いのは、教育力が高いからではなく、東大合格できる素質を持った生徒を選抜するからである。それにどれだけ多くの同級生東大合格しようとも、その中に本人が入ることができなければ、その指標には何の意味もない。逆に、素質があって、実力を高める努力を怠らなければ、どの学校に進学しても東大は狙える。

何はともあれ、私立受験が不可避となった段階で、自分

  • 「無理はしない」
  • 学校選びには口を出す」

という2つの基本方針を立てた。

無理はしない

中学合格した直後が自分人生ピークでした」という話しをいくつか聞いたことがある。親が積極的に介入して受験勉強に追い込み、より難易度の高い学校合格させることはできたとしても、それで燃え尽きてしまっては何の意味もない。

勉強というものあくまでも自主的にやるものである

本人がやる気になるような声掛けや仕掛け作りはしたが、無理に勉強させることはしなかった。そもそも教育熱心な母親というもの一般的に「勉強しなさい!」と口うるさく言わずはいられない生き物なので(偏見)、そこで父親まで同じことを言ってはいかんだろう、という思いもあった。

人生ピークはもっともっと後に来なければならない。そのためには中学受験とき限界まで追い込む必要はなく、いくらかの余裕をもって終えるくらいがちょうどいい。

学校選びには口を出す

いや、まあ、普通の親は口を出すものだとは思うけれども。

息子が御三家校に行きたいという理由は、本人に言わせれば「文化祭見学して自由雰囲気が気に入った」ということらしい。しか文化祭体育祭というのは「特別な日」であり、それだけ見てその学校のことを理解するのはほぼ不可能である

だいたいその理由すら本当かどうか怪しい。たまたま一番最初見学に行ったのがその学校だったので、一番強烈な印象を受けたのかもしれないし、母親が勧めたのを鵜呑みにしたのかもしれない。あとは塾の同級生である。親から刷り込まれ学校観を友達披露するような子もいたのではなかろうか。

いずれにせよ、中学受験において男女御三家というのは正義である

しか公立に行けば払う必要のない大金を払わされるこっちの身からすれば、偏差値ステータスなんてものには何の興味もなく、払うからには最も高い実利が得られる学校を選びたいと思うのは当然である

息子本人が言う志望校なんぞ当てにならん。行く価値のある学校自分で見極めることにした。

学校説明会に通う日々

6年生の春になってから候補となりそうな中学学校説明会にはことごとく足を運んだ。普通はもう1年くらいは早くこういうことをするらしいが、まあその時は自分中学受験に興味を持っていなかったので仕方ない。

学校説明会では目から鱗が落ちる思いをした。

正直言うと、それまではどの学校も大した違いはないと思っていた。しか校長の話しからは教育に対する信念や熱い思いが伝わってきたりこなかったり、個性的カリキュラムを持つ学校があったりと、それまでの自分の考え方は誤っていたことに気付かされた。

なるほど、これが私立か。

確かに高いお金を払ってでも通わせてやりたいと思う魅力的な学校がいくつかあった。難易度も低くはないが、届く範囲。そして息子の志望する御三家校は、魅力的ではあるが上位ではなかった。

学校選択プレゼン

さあ、本人を説得だ。

仕事クライアントを説得するかのようなプレゼン資料を作り、リビングテレビに映して、自分の気に入った学校誘導するプレゼンを行った。

学校選びに関する様々な観点提示し、各候補校のメリットデメリット説明した。内容を正しく理解すれば、自然自分の勧める学校第一志望になるはずの渾身のプレゼンである

そしてプレゼン終了後に改めて息子に志望校を尋ねたところ、あっさりと従来から御三家校の名前を挙げた...。自分プレゼンは何の効果も発揮しなかった。

説得を諦めるわけではないが、気分良く勉強してもらうために、ここはいったん退くことにした。最後最後に説得が成功すればいい。

勉強の日々

夏休みが明けると生活受験一色になった。1年生から続けていたスポーツクラブは休部した。塾通いはそれまでは平日2日+土の週3日だったのが、日曜も加わり週4日になった。

しかし、塾以外での勉強時間特別に多いわけではない。多くのアドバイスによると、朝は早起きして勉強すべし、と書いてあるが、それは結局無理だった。息子はどうやら夜型人間で、夜は11時、12時まで勉強して、朝は学校に行くギリギリ時間まで寝るというスタイルに落ち着いた。自分も夜型だから理解はできたし、それも個性だと割り切ることにした。

テレビマンガもちょこちょこ見ていたが、それこそが必要な「余裕」だと思い、特に勉強に追い立てるようなことはしなかった。(自分は。妻は別。)

ちなみに中学受験は親子の二人三脚、とはよく言われるが、生活面はともかく、こと勉強に関して言えば完全に塾と本人任せ。机に向かっている間、何の勉強をしているのかも知らない有様。

しかしそれが功を奏したのかどうかは分からないが、塾での成績は徐々に上昇してきて、10月から御三家校を完全に射程に捉えた。

その後は概ね合格圏内キープ、上昇ペースが予想よりも2ヶ月ほど早かった以外は、ほぼ自分見立てた通りのシナリオだった。

そして本番

第一志望は相変わらず御三家校だったが、第二志望は父に義理立てしたのか、自分お勧め校ということになった。加えて第三志望群に何校か。

この中で最も試験が早いのが第二志望の学校。定員が2つに分割され、試験は2回実施される。1月中に行われる1回目で合格することができれば、後はもう第一志望を受けるだけでよくなり、その後のスケジュールが非常に楽になる。

が、残念ながら不合格

さすがに本人も多少はショックだったようだ。しかしここは切り替えが大事

「失敗というのは、そこから学びがある限りは失敗ではなく、次の成功必要過程ひとつになるのだ。この不合格をそうできるかどうかは、この後の頑張り次第だぞ。」

そして迎えた2月1日からは怒涛の試験ラッシュ

2月1日

午後に受けた学校は当日夜にインターネット合格発表があり、めでたく合格!この学校自分評価は高く、本人もかなり気に入っていたので一安心である

なお第一志望校合格発表は2日後の2月3日午後。

2月2日

お勧めの第二志望校に二度目のチャレンジ合格発表は翌日朝。

午後校は当日夜の合格発表で、こちらは合格

2月3日

受験会場まで息子を送り届けてから少し経った頃に、前日の第二志望校合格発表時間がやってきた。緊張しながらホームページを開く...息子の受験番号を探す...

うーむ、残念!父の目論見はここで潰える。

実のところこの学校偏差値的には第一志望の御三家校よりも高いのである。ここを第一志望にして対策してきている受験生がたくさんいることを考えると、こっちは過去問ちょっと問いたくらいの準備で、まあ仕方のない結果ではある。

そして第一志望校合格発表

午前の試験終了後、息子と昼食を取り、気を取り直して向かうは第一志望校合格発表。これまでの合否確認はすべてインターネットだったので、実際に掲示板を見に来るのは本人も自分も初めてである

緊張の一瞬。

遠くから掲示板を見つめていた息子の顔が一瞬ハッとする。あれは自分の番号? 遠くてよく分からない。人混みをかき分け掲示板に駆け寄る。そして歓喜の瞬間。

合格

総括

父としては御三家校に合格したことよりも、息子が自分で立てた目標に向かって努力し、見事それを達成したことこそが喜ばしい。この成功体験はきっと今後の成長の糧になることだろう。

そして望外に嬉しかったのは、息子が「僕を塾に通わせてくれてありがとう」と言ってくれたこと。最近は塾で鍛えた脳みそをひねくれたことを言ってみたり、屁理屈こねることにばかり活用していたので、こんなにも素直な感謝言葉をもらえるとは思ってもみなかった。

また、自身合格を喜びつつも、残念ながら不合格だった塾の友人たちの気持ちを慮る言葉もあり、そこにも成長を感じとることができた。

自分としては第二志望校(父の第一志望校)不合格で、息子を説得する機会さえなかったのは少し残念ではあるが、合格した第一志望校も実のところ非常に魅力のある学校であり、本人の喜びようも見れば、きっと説得には耳を貸さなかっただろうし、自分もあっさり諦めたことと思う。

それに何より、自分がこれまで全ての場面でそうしてきたように、息子にも自分人生自分で決める権利があり、これはその第一歩だったのだ。

自由校風を大きな特徴とするその学校で、大いに自由を謳歌したまえ。

(ただし高い学費の元は取ってもらわないと困る。)

アドバイス

来年以降受験するご家庭へのアドバイスなんてものほとんどない。

息子の受験成功裏に終わったが、自分の立てた受験方針戦略あくまでもその息子が前提のものである。下の子が数年後に受験することになるかもしれないが、その子はまた違う個性を持っているので、同じ戦略は使えないと思っている。

あえて言うなら、

くらいなものである

以上、長文乱筆失礼致しました。

2017-02-01

草深い田舎で育って、30過ぎても処女だった。

元増田と似たような田舎で育ったけど、高校生活は清潔なものだった。周りで男女交際をしていたのは2割にも満たなかったと思う。部活受験勉強に忙しかったので。

田舎を出て女子大に進学したら、自分と似たような垢抜けなくて真面目な女の子ばかりで、その空気に安住した私はやはり清潔な大学生活を送った。

卒業就職しても、何が変わるでもなく、仕事趣味だけに明け暮れる生活はどうしようもなく清潔だった。

ブコメにあるような不倫こそしなかったけれど、清潔な三十路を迎え、好きな男と見つめ合って相手匂いや体温を感じる経験ひとつもなかった私は、このまま、熟さないまま萎んで枯れて死ぬのかと一人嗚咽しながら寝付くような夜を繰り返し、

少し優しくしてくれた男に人生初の、そしてみっともなくて迷惑気持ち悪いアプローチをして振られ、

その後いろいろあって、好きだと言ってくれた別の男とセックスして結婚した。

旦那のことは好きだ、とても好きだし感謝しているけれども、

結婚自体は後悔していないけど、

若くて瑞々しかったあの頃に、誰かとセックスしておけばよかった。


http://anond.hatelabo.jp/20170131201931

http://anond.hatelabo.jp/20170201085501

名門私立中に入るにも、私立からの方が有利だよ。

公立小だと受験勉強は塾でしか出来ないか学校に行ってる時間無駄なだけだけど、

中学受験が前提な私立小なら受験対応したカリキュラムにしてるから

そりゃ同じ中学に入った子同士で比べればどちら出身だろうが変わらないというか、

しろ公立から入れた子の方が素質は優秀なんだろうけど。

2017-01-26

衝撃の動画だった

http://pipipipipi-www.hatenablog.com/entry/2017/01/26/194617

最近ちょこちょこホッテントリ入りしているこの人が、何を血迷ったのか顔出し動画アップロード

早口でまくしたて、固有名詞をたくさん含めようとする喋りがいかにもモテない。

 

まあそれはいいけど、この人は「モテない男の方がかわいそうだ」と言いながら、

モテない女性のことを残飯だのどうしようもないブスと切り捨てて、イケメンじゃないことの怨嗟をぶちまけている。

いやいや、おじさん、、、その残飯扱いされた女はそれはそれでつらいと思うのよ。

多分男性の方が顔面で「残飯からカースト移動できないということがなく、

努力お金でいい女性と付き合えると思うからそういう考え方ができているんだと思う。

 

普通女性もいずれ自分容姿劣化していくことを悟っている。

からこそ、あなたのように人をモノのように扱うような人は避けるんだよ。

周りをよく見てみると、大して顔も良くない・お金も持っていない男が可愛い彼女を連れているよ。

この現象を、確証バイアスで偏った知識をコレクトしているあなたはどう説明するのでしょうか。

 

あなた自分立ち位置に対する不満を解消するために撒き散らしたその泥が、

別のたくさんの女性にかかり、呪い連鎖を生み出していていることに気づいた方がいいと思う。

個人主義な世の中だけど、もう少し全体主義物事を考えるてみることを強くお薦めします。

 

 

追記 他の増田

 

ブコメイケメンとあるけど、女からみたら多分イケメンでもないしすごい不細工でもないし、顔は「普通」だと思う。

容姿に対するハンデはないから、それでモテないのだとしたら中身だけの問題だと思う。

お金を持っているという情報があったけど、お金があってフツメンなら尚更中身の問題かと。

モテない人は、自分を責めない範囲でその原因を探してるけど、問題はその自己愛の高さと失敗に対する恐怖だ。

モテない男がどうあがいてもモテないという意見もあったけど、

「会話教室発声練習、しゃべりを録画してのPDCA、笑い方の練習ナンパ営業仕事をして成績を残す、

褒める技術を身につける、へり下る練習をするetc

これらのうちいくつ行動しただろうか。

 

結局受験勉強と同じで、出来ない奴はただ行動してないことが多いように思う。

そしてあまりに怠けすぎると言い訳のように後付けで人格障害だ云々言いだす。

確かに見るからにそういう人もいるけど、大半はただの引っ込み思案だ。

大学時代にはインキャでも友人付き合い変えてモテる人間になるやつはいっぱい居る。

そうやって言い訳ばかりの人生からモテないのさ。

一生「傷つくのが怖いもん」っていう本音を隠しながら、自分肯定する言い訳を探してればいいさ。

そうしてる間に、同じ境遇の奴が努力をしてお前みたいな立場から卒業するんだぜ。

好きな人が推薦入試組だと知って冷めた

先日、センター試験があった。

もう3年前のことになるけれど、毎年この季節になると受験勉強のことを思い出す。



私は喫茶店バイトをしていて、好きな人もそこで働いている。

彼は私と同い年の大学生だ。大学部活の話などでよく盛り上がったりした。



そして、センター試験の日のバイト中に

センター試験懐かしいね」という話を振った。



そしたら、

「え?あぁ俺、推薦なんだよね。だからセンター試験受けてない」

と彼は答えた。



「あ、そうなんだ!評定平均高かったんだね、すごいな」

そう良いながら、彼への気持ちがどんどん冷めていくのを感じていた。



私は、学歴で人を差別しない人間だと思っていた。

中卒でも、高卒でも、専門卒でも。高専卒でも、大卒でも、院卒でも

自分が選んだ道なのだから、人それぞれでいい。

けれど、推薦組に対するこの嫌悪感は何なのだろう?



そういえば、うちにも推薦入試制度があるが、仲の良い友達は皆私と同じ一般入試組だ。

知らず知らずのうちに、推薦組とは親しくならないようにしていたのかもしれない。



大学には行きたい、けれど一般入試は受けたくない、楽な方法で受かりたい

そういう魂胆が透けて見えるような気がしてしまう(考えすぎだろうか)。

一般で受けて受からないような大学に推薦で入っている人もいる(大学での成績は大抵悪い)



調べてみると、世の中には一度も

ペーパーテストを伴う入学試験を受けたことのない人間はたくさんいるらしい。

彼らに対する気持ちは、ずるい、というのとは違う。単なる軽蔑だ。

推薦をもらえるように良い成績を維持したのだから、その対価として推薦を勝ち取ったのだ

と言う人もいるかもしれない。

けれど、成績が良くても普通に一般入試を受ける人だっている。

推薦入試の人に大しては、どうしても「逃げて楽な道を選んだ」という印象がつきまとう。




もやもやして吐き出してしまった。

あんなに好きだったのにな。

2017-01-21

結婚したい、出来ない

今私は大学2年、早生まれなので19歳。

田舎である地元と同じか少しデカイくらいの規模の場所一人暮らしをしてる。

この間成人式に出席したとき友達ではないけど顔見知り程度のコが結婚していてすでに2歳児の子持ちになっていて恐ろしいと思った。その子高校中退していた。多分これから年を重ねるにつれてこの手の話は珍しくない、むしろウンザリするほど話題に上がるだろうな。

翌日汽車で戻りながら、私は結婚出来ないということをぼんやり考えていた。

理由はここで挙げる以外にも細々したものがいっぱいあるけど特にこの3つに絞った。

1つ目は顔が悪いということ(子供を産みたくない)。

次にめんどくさがりということ。

3つ目に結婚に夢見すぎということ。

まず1つ目、私はブス。地味な顔なくせに化粧でマシにならないタイプの一番最悪な顔。中2と高1のとき男にいじめられた。正直これは顔のせいだけではなく舐められやすい態度と鈍臭さが相まってのことだと思った(今考えてみれば)。それで腹の立つ顔(ブス)してるんだからあいじめたくもなるんだと思う。女子友達普通に居た。(あと私はブスなので子供を産みたくない。未来の私の子供が私に似た顔で生まれたら私の子供が可哀想だ)

次に、私はめんどくさがり。

部屋はきれいな時と汚いときがある。

部屋のきれい度はわたしの疲れ度合いと比例している。1度に片付けるタイプだ。始めたら終わるまで一気に片付けるけどそれまでの時間が長い。だから常にきれいな部屋を保つのには向かない。料理も、自炊をめんどくさがってひと月に数回程度しかしないので、部屋の掃除とか料理の腕が求められる(と思われる)結婚は出来ないだろう(誰もそんなズボラな女とは結婚したがらない)。

3つ目に結婚に夢見すぎということ。

でも親は離婚してる。

普通親が離婚してたらあんまり夢見ないだろうと思うかもしれないけれど私は夢見てしまってる。なぜなら私はブス(鈍臭い)で交際経験皆無(処女)なのでそれが美化されてる。

あと最後にいうと

私は年上の人しか好きになったことがない。中学生から今まで、私は中高年のおじさんが好きだった。

何故ならそれは同級生男子と会話することがないので必然的に目に入る男は全て先生になるから。見る回数が多い分好きになるんだろう。単純接触効果かな。悲しいね……。

あと同級生男子は私にとって恐怖の対象で、向こうは私を虐める以外、男にとっての私はどうでも良い存在(眼中にない)ので接触しない。だから好意の抱きようがない。それと母子家庭から足りない部分(父)を補おうとしてるんだろうかっていう予想が自分的にはしっくりくるけどちょっとポエミーで恥ずかしいし、人には言えない。でも上記の理由の方がもっとみっともないのであんまり認めなくない、事実だけども。出来れば目をそらしていたい。

ちょっとまとまってないけどまあこんなにマイナス要素があれば結婚出来ないのは当たり前だと思う。努力しろよって話なんだけど得られるか分からない対価に対してそこまで頑張れるかっていうとそうじゃない。受験勉強や今なら公務員試験勉強なら同じく得られるか分からないけどある一定保証(あるいは水準)はあるから頑張れる。

今の私の武器になるもの(婚活において有利なもの)なんて若さしかない。

これももうすぐ無くなってしまう。

結婚したいなら大学卒業して就職が決まったら即婚活すべきなんだろうな。無理だろうけど。

私がこんなに結婚したい理由は2つほどある。

1つは既婚っていうだけである一定の人間性が無条件で認めてもらえるような、その称号というか身分がとてつもなく欲しい。2つ目は誰かに愛されたい、1人が寂しい(あと○ックスしてみたい、子供はいらない)。書き出して見るとロクでもない理由しかないな。

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