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はてなキーワード: 受験勉強とは

2017-04-30

まれつき茶髪の話と田舎の闇

他のエントリを見て思い出したので。

私は生まれつき髪が栗色というか、赤毛というか、茶色い。

田舎だったので小学校中学校は少人数でほぼ同じメンバーということもあり、特に悪く言われずに育った。

15歳、公立女子校高校入学

(公立なのに女子校?と思われるかもしれないが、私の住んでいた県はある程度の偏差値以上の公立高校は大抵男女別学なのだ)

しかしそこまでの進学校でもないため、自主自律という気風ではなく校則が厳しかった。

1年生の3月卒業式リハーサル後にそのまま体育館に残された。

「お前、その髪の毛どうした」。

ほとんど会話もしたことのない生徒指導担当が睨む。

まれつきだと説明するも信じてもらえず、私はわんわんと泣いてしまった。

その時は私があまりに泣くから「いや、退学になるとかじゃないから…まあ本当に地毛なら仕方ない」と解放された。

その半年後、2年生の夏。

月に1度の頭髪検査(パーマしてないかピアスしてないかチェック)の後にひとり残された。

先日とは違う、女性のめちゃくちゃ怖い体育教師に髪の色を詰められる。

まれつきなんですが、と話すと

「生まれつきかどうか、真実関係ない。その頭でうちの制服を着て歩いていたら、外部の人は〇〇高はそういう学校なのねと判断する」と冷たく言われた。

ええ…と思いながら、震える声で「エクステストレートパーマをしている子もいますが、その子たちは生まれつきのように見えるから規則違反であっても何も言われないんですね」とこぼしてしまった。

失言だった。

体育大卒彼女は鬼の首を取ったように、

「じゃあその友達名前を言ってごらん!あんたが告げ口したって言わないから!」と捲し立てた。

周りには他の教師もいたが、誰も何も言わず目を伏せていた。

体育教師地位が高い高校だったのだ。

私は答えられず、泣いているうちに授業時間になってしまい、なし崩しに保健室に行かされた。

私の成績は学年トップだったし、生徒会だってやっていた。それでも他の先生達は何も言ってくれなかった。

流石にその件は父親が来校し、担任と話して「生まれつきの赤毛」ということで処理された。

学年にもうひとり生まれつき茶色い子がいたが、その子は「色々言われるの面倒だから」と黒く染めていた。

1学年下にヨーロッパ系のハーフの子がいて、入学した時は栗色だった髪の毛も

信じられないことにいつのまにか黒くなっていた。

私はそれに倣えなかった。

父の抗議のおかげで「指導」がなくなっても、ふつふつとした憤りを抱えて受験勉強していた。

進学校でそれなりに必死こいて、なんとか現役で早慶に受かり、大嫌いな田舎を後にした。

もう10年も前のことだし、特定されても支障はない。

北関東高校で体育を教えていたA先生、私は今でも覚えています

2017-04-27

http://anond.hatelabo.jp/20170427000007

しろ私立の方が多いイメージだけど

金持ち高齢出産とか

発達の中でもアスペ受験勉強得意なタイプが多く偏差値高い人多いとか

私立の方が発達に理解あるから発達の子私立に行かせたがる親は多いって話も聞くし

2017-04-24

氷河期世代だが

http://anond.hatelabo.jp/20170422041028

就職に困ったことがない。

受験勉強なんか一度もしたこと無いし、微分積分わからん商業高校の出で

学校に勧められるままに情報系の専門学校に行った。

専門学校の内容なんて現基本情報技術者試験を通る為が主だったが

ガイダンスで来た企業適当に選んで入社した。

東京企業だったから倍率少ないし面接なんてその一社のみ。

一年半くらいで辞めたけど、地元に戻ってハローワークいけばすぐ仕事は見つかった。

なんだかんだで若いからという理由で引き抜かれて別の会社にいるけど

大学まで行って何十社と受けた挙げ句就職出来なかったなんてのを聞くと

勉強意欲もないのに大学選んだ時点バカじゃね?ってつくづく思う。

2017-04-21

貧乏学生日記流行ってるので、失敗した貧困男子大学生日記書くわ

男子大学生だったので思い出しつつ晒すよ。

俺は都内私立大学しか理系しかからなかった。んで親が「金は一切出さない」と言われて交渉するも無理。しかも家から追い出された。離婚してお互い新しい相手とくっつくから邪魔子供は追い出された形。入学金だけは親戚からもらえた。

まあまあの大学だし来年受けても落ちそうな気しかしなかったので仕方なく奨学金と少しの貯金で通うことを決意。

んで、貸与奨学金申請するも1種も2種も落ちる。

高校はそれなりの進学校だったけど校内では底辺の成績だったから成績悪かったし親は金は出さないのにそこそこ収入あるから無理、と。

早くもピンチ。とりあえず学費稼ぐために休学してバイトしようとしたんだけど、休学にもまあまあの金がかかるのね。

んで、しゃーないか居酒屋バイトバイト。まかない食わせてくれたのがありがたかったし、たまにシフト休みの日に行っても食わせてくれた。圧倒的感謝

つか家もないんで普通にネカフェとか公園で過ごした。バイトで知り合った人の家にも泊まらせてもらった。

学費の支払いをどこまで遅らせられるか事務交渉しながら払う。でも授業やっぱ眠くなるし普通に難しいし単位取れない。

んで5月ぐらいにようやく月4万の風呂なしアパートを見つけて住めるようになった。

お金なくてかなりきつかった。夜中に課題やるのにどうしてもパソコンなくて辛くて買いたくて、クレカ作って買えばいいことに気づく。その後たぶん5枚ぐらいは作った。親の信用に感謝。2回払いとキャッシング現金化には在学中何度も助けられたけど殺されかけた。日雇い派遣バイトも助けられた。

1年前期は半分ぐらい落として8単位ぐらいしか取れなかった。しかも落としたのは専門科目の必修ばかり。

夏休みは1ヶ月ぐらいあってかなりバイトした。

後期になるとやっと2種奨学金が通る。前期分もまとめてもらえた。借りるのはもちろんMAXの月12万円。だいぶ金銭的には楽になる。

はい学費が年間160万ぐらいなので奨学金はすべて消える計算

んで前期の勉強がわからいから後期もなかなかついていけない。やはり必修はかなり落とす。実験もきつい。

あと周りの学生が「お金ないわー」と言ってるけどお金ないレベルが違うんで困った。夏場はワキガである噂が流れたが、単に風呂に入ってなかったのと服を洗えなかっただけ。

春休みバイトまとめてできたのでここから金銭的にはすこし楽になる。スポーツジムバイトすると風呂に入れることに気づきジムバイトも始める。あと洗濯もさせてもらえた。

金が尽きると割りと簡単に詰むのは1年目で理解したのでできるだけ貯めておく方針は続ける。

2年目は1年目の再履修と2年の必修も合わせて履修。やっぱりわからんくて7割ぐらいしか単位が取れない。実験も多くて辛い。

んで2年が終わった時点でどう取っても足りないか留年確定。でもまだ奨学金は切られない。次の年に確定して4年目に奨学金がとめられて、次ちゃんと進級すれば5年目は出るらしい。つまり3年目のうちに4年目の学費も稼ぐことも必要になった。

3年目。授業としては楽なはずだったがバイトを増やしすぎて辛くなる。あと単位を落とせないプレッシャーがスゴくて辛かった。不安と忙しさで精神的にキテたのかも。

教授に授業中寝てたのを怒られてスイマセン、バイトで眠くて、って言ったら学生の本文は勉強バイトで遊んでるからだって怒られて泣いた。ボロボロないた

ムカついたかパワハラ相談室に言いに行ったら教授が謝ってきてご飯おごってくれていろいろ相談に乗ってくれた。でも単位はくれなかった

そんなこんなでまた留年した。学費は頑張れば払えそうだったけど大学絶望したしもう疲れて気力もなくなったので中退した。余裕ないのに就活どうすんだってのもあったし

貯めてた学費分のお金貯金があったのでしばらくバイトも何もせず引きこもってた。

バイト先の友達に紹介してもらった女の子と仲良くなって転がり込んだら、その子よく聞いたらデリヘル嬢だった。病んでてヤバかったけど風呂があってきれいな家が嬉しすぎた。あと肝心なときに立たないから、DTは守られた。

風呂は魅力的だけどデリヘル嬢は病みすぎててヤバイので半年ぐらいで出て、少しまともな会社に努めたくなってベンチャー企業という名の中小企業に入りこんだ

残業代は出ないし大学勉強は直接は役に立たなかったけど社会人ぽくなった感あった。ここは1年で辞めて少しマシな会社に入って少しマシな生活できるようになったので、そろそろ大学入り直したいと考えてるけど受験勉強と金のやりくりをどうするか考えてる今日この頃

参考にはならんなたぶん。1年目のはじめに奨学金落ちたのがマジで困ったしそのへん改善した方がいいと思う。もうされてんのかもしれないけど。俺の申請の仕方が悪かったんかな。貸与だし有利子なんだし認めてよほんと

普通に3割ぐらいの学生留年してる学科だったので、留年日常だし奨学金止めないでほしいか

まあ私立金持ちの行くところだからビンボー人は来るなってのもわからなくはないけれども授業以外で実験課題に取られる時間が多すぎて常に眠かった

大学関係に取られる時間が多かったのはかなり誤算だった。大人から聞いてた大学とだいぶ違う、、ってずっと思ってた。これ分かってれば入学はやめたような気もする。前述の教授も「最近大学生は昔と違って忙しくて時間ないよね」と言ってた

あとおれは大きな病気なかったから良かったけど普通に風邪引いただけでもキャッシュ回らなくなりそうな場面が結構あってヤバかったのと、

余裕がないと目の前のことしか見れなくなり、計画性が全くと言っていいほどなくなるのはもっと広がってほしい認識

これが貧困ってやつかぁ、って感じ

コミュ力もっとあればうまく立ち回れたんだろうなぁと思う場面も多かったけど18、19のころじゃ無理か、って気もする

あと高卒で数年働いてから大学に、って言ってる人もよくいるけど働きながら高校生と同じ時間受験勉強時間作るの無理じゃね?高卒給料学費生活費をある程度貯金するのもかなり時間が掛かるし現実的ではないか

2017-04-17

地方トップ私立大学

私が在学していたのは東北学院大学というFランク大学なんですが、東北地方ではトップ私立大学ということもあり就職には(東北地方に限るが)対して困らない。

学力レベルも非常に低いため、ほぼすべての試験において一夜漬け、あるいは過去問の暗記だけで突破することが可能で(単位を取るためだけならば)勉強する必要性は皆無に近い。


大学卒業後は東京に出て就職を……、などと考えているのであれば全くおすすめはできない。

しかし、卒業後も東北にずっと住み続ける意思があり、受験勉強大学入学後の勉強も出来る限りしたくない、できれば4年間だらだらと遊んで暮らしていたい。

大学院なんて絶対に進学しない、就職先もそれほど高望みしない、というのであればありなんじゃないかなぁと思う。


東北に限らず、地方トップレベル私立大学はその学力レベルに対して地域評価が高く、コスパはそれなりに良いんじゃないかなと思っている。

2017-04-12

やろう、ポテンシャルはあるはず、足りないのはやりきる力

http://ascii.jp/elem/000/001/162/1162199/

英語学習に関しては自分成功体験があり、高3の時はセンター模試40点から半年で182点まであげたことがある。この記事内で紹介している体験ではなく脳科学的なアプローチであるSLAだが、高3で受験勉強を始めるにあたってボトルネックだった英語をあげるためにいろいろリサーチした中で出会った英語学習の本で同じメソッドが紹介されていた。御歳80歳くらいの同時通訳者が戦時中中学校英語教材を音読によって全部暗記したら米軍言葉が聞き取れるようになった経験から英語学習中学レベル教科書音読するのがいいというメソッドだ。これを僕は愚直にやり、英単語日本語に訳さなくても頭に意味イメージできる状態にする→文章音読して英語の文のままイメージできるようなになる(同時に英語リズムを覚える) これを繰り返し、普通市販の教材を暗記しまくったら解法テクニックは覚えなくてもセンター過去問10分あまって90%の得点率になった(本番はメンタルが弱いので75%ぐらいしか取れなかったがw)。また大学3年の時は就活に備えてTOEIC勉強をしたときは、脳のワーキングメモリの処理の概念理解していたので、TOEIC用の単語を覚える(無意識に呼吸レベルになるまで)→長文を音読するで英語学習感覚を取り戻しつつ語彙を増やし、TOEIC用の対策本で文法問題○×△法+エビングハウス忘却曲線にそった反復学習で1回目の暗記→9時間後(または翌日)→1週後の3回くりかえすことで長期記憶に定着。これの勉強法で、3週間で460→645点であがった。そこで自分で考えて短期的に結果を出す経験を得たことに満足してまいその後の学習はしなかったがw、この記事で書いてあることは自分経験則としてすごくよくわかる。

こうしてみるとグリットが足らない人生だね、筋はいいことはできてるし自分で考えて行動して結果を出すことも部分的にはできているけど一番のゴールは達成できていない。

中学校最初テストたまたま数学学年一位で部活の先輩とかいろんな先生にちやほやされて自分は本気だせば勉強できるとか勘違いして、授業以外ではほぼ勉強せずにトータル学年10位-20位くらいをうろうろ、3年最後テストで一位とってやろうと思って勉強するも4位どまりで一位は無理か〜と思ったが、もっと前のテストから1位を狙っていれば学習PDCA回せたと思うのにそんなことは気がつかず。

高校も県外に引越しタイミングなので志望校選びを家から一番近い高校にして入ったが、入試の開示されたあの点数なら県1-3の高校合格ラインだったのに思考停止してた。

高校勉強せずにテストで0点とかとってるのがクラスで目立ってたのがウケてたと思ってたので二年間勉強せず学年ビリとったり、英語数学国語で1とって進級できない人向けの試験受けることになってる時でも、本気出せばいけると思っていたw 今思うとこの時に勉強を通じて思考力や集中力自分なりの課題解決プロセス確率する訓練を積んでいないのがいまに悪い意味で繋がっていると感じる笑

受験勉強も他の人からするととても伸びて結局国立大受かったのに、もっと上いけるとか思って浪人して堕落し結局一朗ニッコマでしょ、予備校入りたての時は地理東大コース京大過去問といて他の生徒よりいい成績出したりしてたのに、夏になぜか世界史に変えてそこからめんどくさくなってセンター本番50点でまた地理にもどすという超迷走かましてた

そこで自分浪人を選んだのに結果がでなかったのでネガティブになり消極的になったんだ、思い出した笑

まり自信を失ってるのは自分で選んだ選択で結果がでなかったからで、自分への信頼がないわけで、そこを改めてとりもどさないと一生このままでしょ

やろう、ポテンシャルはあるはず、足りないのはやりきる力

http://anond.hatelabo.jp/20170412125412

高校生だと弁当作る暇なんて無い子も多いけどそういう理由ではなくて?

遠くの学校に通う為に早朝に起き、学校終わった後は塾、帰宅後も夜遅くまで受験勉強という生活していて

1秒でも長く寝せてやりたいのに早起きして弁当作れだなんて何考えてるんだ!とか。

家事手伝わせろってのも「勉強時間を削って家事を手伝わせろ=女は勉強させるより家事仕込む方を優先しろ」と受け取られてるとか。

2017-04-05

顔も知らない父親に会いに行きたい

私は父親という存在を知らない。

父と母は私が四つん這いで歩いていた頃に離婚したらしい。だから顔も覚えていないし、「父親が居たら…」と想像することはあっても父を寂しがるという気持ちはなかった。

中学生の時、受験勉強ストレス母親喧嘩した際に初めて母親から父親がどういう人間だったかを聞いた。

つまるところ父はいい加減な人間で母は若干父に依存していた。

父は昼間会社に行かず遊び呆けていたらしく、頻繁に部活動をサボっていた私は何か共通点を感じた。

離婚した時に気が強い母は「養育費は要らないからもう二度と息子に会わないでくれ」と父に言ったそうで、父は律儀にその約束を守っているのだろう。

それからどこかの学生になった私は父と話をしたいと思うことがよくある。

父がどんな人間なのかこの目で確かめたいと思うし、アンタの精子からまれた私がこんな感じになりましたと報告してみたい気もする。でもどうやって会うか見当もつかない。

住所はどうやって調べる?顔も名前も知らない父親がどこに住んでるか知る方法はあるのだろうか。

でもなんとかして就職が決まったら会いに行こうと思う。

2017-04-03

働きたくない

本業非常勤なんで、普段塾講師をしている。

30過ぎてるけどバイトから大学生バイトと同じ扱いをされるのがつらい。

一時は使える人として重宝されてたんだけど(そりゃ大学生と比べたら俺でも使える人だ)

ただ最近いろいろ問題も起きた。さすがに30過ぎてるもんで受験勉強も忘れてる。

それでもなんとかやってたんだけど、俺のコミュ障性格と合わさって

「あの先生分かりづらい」とか「絡みにくい」とか

苦情が塾長のところによく来るようになった。

辞めていった子もいる(他の理由ももちろんあるんだが)。

そのせいで、俺の株は使える人からただのバイトへと大暴落だ。

自分いかに使えない人間かを実感している。

しかもそういうことが重なって、以前患っていたパニック障害が出始めた。

授業中は教えるよりもパニックとの闘いだ。

どうにもならなかったら、トイレに逃げ込むが、何度も使える手じゃない。

いつか発作が起こったら…もう恥ずかしくてこの塾にはいられないだろう。

そうなる前にいい副業を見つけてやめたい。

2017-03-26

http://anond.hatelabo.jp/20170326201411

というか、最近東大ですら「受験勉強しか能がないコミュ障はいらない」という方針じゃなかったっけ。

東大大学院に"頑張らないと受からない"ロンダ連中はホント辞めて

最近東大大学院に受かったという女のブログがやたらはてブで目がつく。

ちょっと見てみたところ、受ける研究室教授へのメールの仕方とかお礼の仕方とか、

アホ、とかしか言いようのない小手先テクニックまで大事に公開してる。


もうね、アホかと。

全ての学科を知ってるわけではないが、基本、院試入試の点数次第。

教授の心付け、なんて無い。

別に研究室訪問なんてしなくても入試の成績さえ良ければ入れるし、外部生だろうが内部生より点数良ければのけて入れる。

もちろん面接もあるので100%点数ではないが、基本まともに会話が出来ないとか明らかにおかしいやつを落とすだけのもの



あと、外部から来る人は年末からとか、はたまた1年前とかから勉強してるらしいが、

内部の人間は一ヶ月くらい前からちょっと過去問解く程度。

1年前から勉強しないとわからないようなことしか大学でやってないのか?

いや、そうじゃない。学部レベルカリキュラム自体はそうそう大きな差はない。

単にまともに授業を受けてないし学ぼうとしてないだけ。


そんなやつが大学の授業無視して受験勉強

そんなのがまともに大学院研究なんて出来る訳がない。

来て、すぐに嫌になって研究ほとんどせずに東大名前だけつかってロンダ就職

ほんと辞めろ。ありとあらゆる意味邪魔しか無い。



東大の院に来たいならそれまで学部の授業を"普通"に受けて学んで、"普通"に受かる事が出来る場合だけにスべし。

アホみたいなノウハウブログとか読むやつはまず100%研究なんてまともに出来ないか安心しろ

それでもロンダのためと開き直ってくるやつも最近いかホント困るんだけども。

2017-03-24

女性生き方

恋愛至上主義が何をもたらすかを分析するのに十分な結果が集まりだした近年、

ようやく最適な女性生き方が見えてきたのではないか

 

容姿だけで重宝されるレベル女性若い段階で容姿を磨き、とにかく結婚を求めるのが良いだろう。

正味な話、大学無意味雑学を身につけるより、ひいては就職活動をするよりも優先して婚活するべきだ。

大学生のうちに結婚なんてのも悪くない。

極端な話、受験勉強をしているくらいなら結婚相手を探したほうがいい。

とにかくハイスペック男性結婚し、出産をすれば、その瞬間女性としてのプレッシャーから解放される。

早めに解放されれば、残りの人生は好きなことに取り組むことができる。

 

逆に容姿に恵まれない女性は、とにかく勉強をし、学び、いろいろな経験をするべきだろう。

美人でなければいけない場所に足を運んでみたり、底辺労働をしてみたり、様々な人間を見るべきだ。

見識を広げれば、学問だけでない部分の知性も養われる。

知性があれば、内面を見る男性とも成就やすくなるし、重ねてきた経験から得た勇気を使い

男性アプローチすることもできるはずだ。

 

おや、これは結婚幸せの前提なのでは、と思われるかもしれない。

残念ながら、現代文化という場で育った女性の大多数が結婚出産という呪いからは逃れられない。

その呪いから解放されるには、それを達成するしかないのだ。

一生使わない江戸時代将軍名前を覚えるよりも、とにかく呪いから解放されることのほうがQOLを上げることができるはずだ。

しろ勉強なんてもの結婚してからでもできるのだから

2017-03-22

http://anond.hatelabo.jp/20170322153142

東大京大っつうのは、受験勉強なんかしなくても満点が取れるような子がいく大学やねん。

小4から勉強漬けにしてもマーチ

知り合いの子来年東大目指して浪人するらしい。

の子の話は小さいこから聞いていて、小学4年から進学塾に入れたりとか、6年のときには一番上のクラスで最難関目指してるとか、御三家落ちたけどそれ付近中学には合格したとか、中学高校でも東大目指して勉強勉強勉強してきたとのこと。けど、今年、マーチレベルには受かったけど早慶に落ちて、東大にも落ちてしまった。

あらゆるもの犠牲にして8年勉強しても合格できなかった事実。(『ひょっとして勉強センスないんじゃ・・』というのは彼女の前だとタブー・・)9年勉強しても入れるかどうかわからない。

時代が違うのかもしれないが、自分経験ではマーチなんかは高3年の前半まで部活やって2学期からやっと本腰入れても受かるっていうイメージがあったし、東大に行った子だってそんなに勉強勉強してる雰囲気はなかった(ほとんど1浪だったけど)。

の子供たちの受験勉強は小4から始まってしまうという。自分にはまだ子はいないが、なんともシビアな世の中になってしまったものだと思う。

2017-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20170321004203

受験勉強→○○時間勉強することが正しい努力

みたいな、硬直化した対策をすることで安心してしま

ことに突っ込んだだけで

対策に対して賭けてる意識があるなら十分だよ

賭けは負けることがある

自分は無批判努力教信者だった、たぶん今もそう

2017-03-14

自分

当方大学3年生、就職活動真っ只中であり、先月失恋したばかりでもある。以前とある就活セミナーにおいて、「自分史」を書くと自己分析捗ると言うので纏めてみようと思ったのだが、なんだかダラダラ書いてしまいそうになるので、人の目に触れるという条件ならばちゃんとした文章になるのではないかと、此処「はてな匿名ダイアリー」に試験的に投降してみた。

以下、私立文系現役就活生、その半生のあらましである

誕生小学生時代

私はとある裕福な家庭に、長男として誕生した。

母は底辺出身で、元ヤクザ幹部を父に持ち、成り上がる為にスパルタ教育を叩き込まれ秀才であったものの、「女性である」というただ一点で、評価されることなく、夢叶わなかった人間である

父もまた、底辺出身であり、米の代わりに芋を食うような家で育ち、早くに両親を亡くした境遇を持ちながらも、最終的にはF欄大学だが主席卒業し、好きな分野で食っていこうと考えていたが、推薦で入社した会社が急成長を遂げ上級管理職となってしまい、念願の技術屋にはなれなかった人間である

そんな両親の元に、私は産まれた。

母親は自らの経験から所謂教育ママに、父親は古風な家庭で育った為、マナー生活習慣にこと厳しかった。

両親は私を教育するために、自らのストレス妄執をぶつけてきた。

「どうしてこんなことができないのか」「私はあなたにこんなに投資しているのよ」「お前の為にやりたくもない仕事を続けているんだ」

両親の理不尽社会に対する呪詛が、私の実存破壊していった。

私はまた、いじめを受けてもいた。当時はまだ運動もできずどんくさい奴だったからだ。殴られたり蹴られたり、避けられたり、悪口を散々言われたりした。

親にいじめ告白したものの、「男ならやりかえせ」の一点張りでとりあってはくれなかった。

憎かった。両親が、周囲の人々が、社会が、世界が。

両親に叱られる度に、いじめられる度に、「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…」と自分の部屋で唱えていたのを覚えている。

本気で両親やいじめっ子を殺す計画を立てたこともあるし、逆に自殺しようと思ったこともあった(いずれも発見されたことで未遂に終わっている)。

上記の計画が失敗に終わった為、何も感じなくなるように、心を殺せるよういつも自己暗示をかけていた。

力が欲しかった。死にたくなかった。生き抜く力が欲しかった。そして認められたかった。愛されたかった。

そんな自分に味方をしてくれた人間が一人だけいた。祖父であった。

祖父はどうやら自分の娘にスパルタ教育を施したことを負い目に感じているようで、両親(特にからから暴言を良く諌めてくれた。

共働きの影響でよく一人で夕飯を迎えなくてはいけない自分に、良くご飯を作ってくれた。(味は大味すぎだったが)

昔の話を交えながら、「力」について色々と話してくれたのを覚えている。暴力権力学力、魅力…生きていくための力について…

戦中戦後混沌とした日本を力が物言う世界の中生き抜いた祖父一言一句には、老い衰えながらも凄まじい説得力があった。

中学生時代

私立に進学させようとする母親に対し、祖父後ろ盾を得ることで私は無事希望通りに公立中学校に進学することができた。

祖父から「力」について学んだ結果、小学生時代において最底辺だった自分スクールカーストものの見事に逆転した。

陸上競技を始めたことで身体を鍛え、喧嘩も強くなったし、会話術を学んだことで周りから慕われるようになり、部活部長や、生徒会長などリーダー役割兼任したり、学力も向上しトップはいかないものの上位に食い込んだ。そして異性の友人がぐんと増えた。これまでの環境が一変したのだ。

だが母親干渉は止むことはなかった。認められることもなかった。学業邪魔になるから課外活動は止めろと言い、トップになれなければ意味はないと口うるさく言ってきた。無理やり塾へ入れたりもした。

そして環境の変化は「人の心というのは力次第でこんなにも変わってしまうのか」と一種疑念を抱くきっかけにもなった。

それでもなんとかやっていけたのは、唯一本音を話せた祖父後ろ盾と、貧乏すぎてろくな学生時代を送れなかった父親わずかばかりの支援があったからだ。課外活動を維持できたのは父のおかげである

(父は学業、というか母の行動について全くと言っていいほど干渉しなかった。巻き込まれるのが嫌だったというのもあるが、仕事に手一杯で余裕がなかったというのもある。事実ウツ一歩手前であった。)

だがこんな日常が長く続くことはなかった。

母の希望によって、確実に試験突破できる県で2番目に高い進学校入学することが決定したその日、唯一心から信頼していた祖父自殺してしまった。祖父肺炎に長くかかっており、これ以上迷惑をかけたくなかったということ、妻(祖母のこと)を亡くしてからずっと孤独を感じていたということが遺書には記してあった。そして「生きろ」とも。

私が祖父の亡骸を観た時、感じたのはひどい喪失感と「生きることに逃げた」という感情から来る怒りだった。

コレ以降、母の私への干渉は激化することになる。

高校時代

私は初めて心から挫折を味わうことになった。私が進学した高校田舎にあったため、小学校から高校まで、ほぼそのまま上がってくる人間ほとんどであり、既にクラス内にコロニー形成されていた。異なる地方から来た私は、その風習に上手く馴染むことができなかった。

加えて、地頭いいわけでは無い私に対し、周りの人間自分より何倍も優秀な奴らばかりであり、中学時代形成されたちっぽけなプライドはぐしゃぐしゃになってしまった。存在理由否定されたかのようにも思えた。

また、再びいじめを受けることになってしまった、いや、巻き込まれたと言ったほうが正しいだろうか。

入学当初、私と同様、雰囲気に馴染めずいじめられている生徒がおり、私は一度正義感故に彼を庇った。それをきっかけに私もいじめの標的となった。担任先生にも相談したものの、「彼(いじめられていた子)の面倒は君が見てくれ」と聞き入ってはくれなかった。(その先生が私が入っていた陸上競技部顧問だったのだから笑えない)

いじめは年度を超えて行われ、いじめられていた子がいじめを苦にして高校を退学し、いじめ実行犯学校から指導を受けるまで続いた。2年次の後期まで続いた。

学校はその事実隠蔽した。

その結果、部活遠征中に競技出場名簿を改ざんされ体育祭に出ることは叶わず(当日までわからなかった)、

女装して踊る予定だった文化祭は前日に衣装を何者かに隠され(これまた部活遠征でいない間の犯行だった)出演することができなかった。(当日来てくれた他校の友人たちに色々謝ったのを覚えている)

その他はまあ陰口や悪口無視程度で済んでいた。いじめは人の業だと割り切っていたし、自分の心を殺せば、特にダメージはなかった。

後ろ盾を失い、学校はいじめを受け、家では両親から干渉され、行き場を失っていた自分は、性に逃げていた。我ながら最低だったと思う。

中学時代に作った女友達のツテを使うことで、絶えず女の子を紹介してもらうことが出来た。

の子の家庭環境や、生い立ち、タイプ男性など様々な情報を聞き出し、ニーズにあった男性像を演じれば、簡単彼氏彼女関係になることもできた。(例えば片親の子なら包容力のある、甘えられる都合のいい男だったり)

承認欲求を満たし、そのうちに罪悪感に苛まれ自分から関係を切っていくというループに陥っていた。最低だと分かっていながらも止められなかった。

そして人の心に対する疑念は更に高まっていった。

いじめが止んだ高校3年次

なんと今までじぶんやあの子いじめてきた人間が、取り巻きが、なにごともなかったかのように普通に親しげに接してきたのだった。これには絶望した。本当に絶望した。いじめ自体は人の業だと、生物習性だと、遺伝子しかたないのだと、割り切ってきた。仕方のないことだと。心を殺して耐えればいいと。しかしなんだこれは、お前らは十字架を背負うこと無く、一切の反省もなく、悪びれもせず、気まずさもなく、あの時俺が挨拶をしたら無視をしたくせに、ただ自然に「おはよう」だと?「いっしょに昼ごはんどう?」だと?「あいつ(いじめ主犯)最悪だよね」だと?グループワークで一切否定してきたくせにこんどは尊重だと?一緒に勉強しないかだと?なんなんだお前らは一体何で出来ているんだタンパク質か喋るタンパク質なのかこれが人間かそうかそうかこれが心か

今まで私は人の心を操っていた反動で、くだらないことにある種「理想的人間関係」というものを思い描いていた。お互いにお互いを高め合える関係 友情努力勝利

いつか素晴らしい友達出会えるのだと、そう信じていた。

私はほとんど学校に行かなくなってしまっていた。公園にいってひたすらに筋トレや走り込みを行い、図書館に篭り、救いを求めて哲学書や思想書、自己啓発書宗教の本を読み漁り、

部活だけ出て帰る。授業をバックレることもあった。幸い制服が無く、度重なるストレスのせいか老け顔なので、補導されるというのはなかった。親に見つかっても怒鳴られるのを耐えればいいだけなので、平気だった。

本を通じて様々な思想を取り込んでいく中で、ただひたすらに耐えるだけだった親に対しての反抗心が芽生えていくのを感じた。

そして遂に「俺はお前の人形じゃないんだよ」と叫ぶことができた。「ごめんなさい」と泣かれた。「すまなかった」と言われた。12月クリスマス前のことだった。

受験勉強をすっぽかして読書思索にふけった結果、案の定成績はビリから3番目であり、浪人をすることになった。


大学時代

から刷り込みによって、座学が完全にアレルギーになってしまい、勉強をすればするほど体調が悪化しながらも、なんとかそこそこの私立大学に潜り込むことができた。

続きは後で書きます

2017-03-13

ぼくはきみの服の中のオッパイを見たかった

Mはぼくと同じ高校で一学年下の女の子だった。

まるで男の子のようなショートカットの髪、金八先生に出ていた時の上戸彩みたいにCUTEな美少女だった。

ぼくの君に対する第一印象はただひとつ「胸がでかい」それ以外のことをぼくは何一つ思いつかなかった。

小柄なきみのカラダに不似合いなほど、その胸の隆起は際だっていた。

きみは一時期、ぼくと同じ学年の男子と付き合っていたね。

から学校への道を並んで来る姿、帰る姿をぼくは覚えている。

そのときぼくは思ったよ。

あいつはあの大きな胸が目当てなのか」と。

もちろんそんなことはなく、彼は知的でCUTEなきみが好きで胸なんかはただのおまけだったのかも知れない。

しかし、どんな言い訳をしたってきみの第一印象が胸であることは疑いのない事実なのだ

それに「どうせ胸が目当て」だなんて高校生の言うセリフじゃないだろう。

自慢じゃないがぼくのいた公立高校男子童貞率96%、つまり童貞クラスに一人くらいしかいなくて、

しかも在学中に処女童貞を失った場合浪人率は100%という恐ろしい世界だったから、だから禁欲正義だったんだ。

もちろんぼくも受験勉強に精を出し、オナニーで精を出す一人の純朴な高校生だった。

受験勉強甲斐あってぼくは現役で大学合格し、その喜びもつかの間、片想い女の子にはあっさりとふられ、童貞期間更新中だったぼくは、翌年の春にきみが関西のある有名私大合格して大学生になったことを知った。

当時のぼくは手紙をよく書いたよ。在学中にちょっとした面識があったのできみにも合格のお祝いと自分大学生としての近況報告のような手紙を書いた。そうしたら一度京都を案内して欲しいという返信が来た。そしてぼくは思いがけずきみとデートできることになったんだ。

大学生になったきみの胸はさらに巨大化していた。

巨乳というのは裾野が広いんだ。

富士山裾野が広く伸びていてるみたいにね。

「えっ、こんなところから胸がはじまるのか!」と思うほどにきみの胸の隆起はクビのすぐ下からはじまっていた。

ぼくはきみの目ばかり見て話をしていたが、視線を下に落とせばそこには胸があった。

かい合ってる男が自分の顔ではなく胸を見ながら話してるなんてすごく不愉快じゃないか

からぼくはいつもきみの目を見て話をしていた。視線を伏せることなんてできなかった。

今思うとなんてもったいなかったのかと思う。サングラスでもして視線を隠して、思う存分胸を見ればよかったじゃないかと。でも、当時はそんな才覚はなかったんだよ。

京都でのデートの後で、ぼくは卑怯にもきみへの手紙の中に「好きだ」というフレーズを書いた。

しかし、そのときのぼくは本当にきみが好きだったのか、それともきみの胸が好きだったのか、正直言ってよくわからない。

ぼくは知的でCUTEなきみを本当に素敵な女の子だと思っていた。

しかし、その100倍くらいぼくはきみの胸が好きだったんだよ。そんなこと手紙に書くはずないけど。


秋になって、いろんな大学学園祭の季節になって、ぼくはMを伴ってN女子大学園祭に出かけた。

高校で同じクラスだったことがある仲間由紀恵みたいな黒髪の純日本風お嬢さんに誘われたからだ。

実はぼくはその仲間由紀恵のこともかなり好きだった。もしもその美女を射止めることができたならば、ぼくは同じ高校のあのさえない童貞軍団を見返してやることができたはずだし。そう、ぼくのあこがれの大本命は実は仲間由紀恵であり、Mの存在価値は「自分とつきあってくれる女」という点にあったわけだから

女子大学模擬店でぼくは仲間由紀恵にMを紹介した。仲間由紀恵はMをみて、Mの胸をちらりとみて、それから妙につっけんどんな態度になった。

あなたはこんな乳のでかい頭の悪そうな女が好きなのね!」と仲間由紀恵は思ったのかも知れない。

そんなことはないんだ。Mは決して頭の悪い女なんかじゃない。

とっても聡明で話していて退屈しない女なんだ。

でもそんな言い訳をするチャンスはなかった。

だって仲間由紀恵はその後ぼくに手紙をよこさなくなったし、彼女が風の噂にお医者さんと結婚したと聞いたのはその数年後のことだ。

女子大学園祭の後に控えていたのは京都大学11月祭だった。ぼくはそこでMと腕を組んだり、手をつないだりして歩くことができた。

普通カップルのように彼女学園祭デートをするなんて幸福をぼくは手に入れた。

しかし、ぼくは手をつなぐ以上のセクシャル領域に足を踏み入れることはどうしてもできなかった。

その理由簡単だ。ぼくは童貞だったから。どうやってその先に進んだらいいのか、ぼくは全くわからなかったのだ。

手を伸ばせばいつでも触れられるような距離にありながら、その胸はぼくにとって相変わらず不可視のものであり、かつ不可触のものであったのだ。

そのままお正月が過ぎ、春になった。ぼくはMと初詣住吉大社に出かけ、そこから阪堺線チンチン電車に乗って浜寺公園に出かけた。

潮の香りのするコンクリートで固められた護岸の上の散歩道をのんびり歩き、座って話をした。おだやかな一日だった。

あの頃ぼくたちはいったいどんな話をしていたのだろう。

そうして休日には手をつないで歩き、一緒に映画を見たりしたぼくたちはまぎれもなく「つきあってる」という状態だった。

しかしぼくにとってきみの胸は相変わらず不可視のものであり、かつ不可触のものであった。

どうすればぼくはその二つを可能にできたのだろうか。

まだ20歳にもならない自分はその方法を何一つ知らなかったのだ。

もしもできることなら今の自分が当時の自分に憑依して、知りうる限りの恋の手練手管を用いてその困難を可能にしてあげただろうに。

ぼくは免許を取り、中古車いすゞジェミニを買った。それでMとドライブすることになった。

Mに向かって「どこに行きたい?」と聞いたら「鞍馬」という意外な答えが返ってきた。ぼくたちは鞍馬おもちゃみたいなケーブルカーに乗った。

汗ばむような陽気の中で、同じようにデートしているカップルが居た。

ぼくたちとの違いは彼らがキスをしていたことだった。

ぼくは赤面した。

キスとは、ああキスとは、それは限りなく遠くに存在する行為じゃないか

まだぼくは胸を見たこともないのに・・・

いや、それは違う。少なくとも胸を見るという行為は、キスという行為さらに先に位置するものであるはずだ。

ということは、自分が胸を見たいとか触れたいと思っていたことは根本的な間違いであり、それを実現させたかったら

先にキスという段階をクリアしておかなければならなかったのだ。キスとは、胸を見るための必要条件である

もちろんキスをしても胸を見るところまで到達できない場合もあるだろう。しかし、キスをしないで胸を見るなんてことはどう考えても変だ。

まり自分は、「胸を見るためには先にキスをしなければならない」という恋愛の発達段階の重要法則をそのとき発見したのだ。

ストレートに胸に到達しようと思っていた自分が間違っていたのだった。

乳首を舐めたかっらたまず相手の唇を舐めろ!」

ぼくはその真理をここに理解したのだった。

しかし、破局は突然にやってきた。

Mが教会に通い始めたからだ。

学生のぼくたちがデートできるのは日曜日に限られていた。

その二人のための貴重な日曜日を、Mはこともあろうに私ではなく神に捧げてしまったのだ。

ぼくは一度Mにくっついて教会に一緒に行ったことがある。Mのスクーターの後を、ぼくは実家にあったヤマハパッソルで追走した。

当時はまだ原付ヘルメット着用の義務はなかった。そうして教会に出かけたのも一度きりだ。

ぼくにはきみの胸を見たいという願望があったが、教会聖書を見たいとは思わなかった。

僕に必要なのは聖ではなくて性であり、聖書ではなくて早くぼくを童貞から卒業させてくれる性書こそがぼくにとって必要書物であった。

「汝、姦淫するなかれ」という神の教えは、その反動でぼくの心をますます君の乳房への思いでいっぱいにした。

ぼくは教会についていくのを止め、ぼくたちの仲は自然消滅した。

ぼくがMと最後に会ったのはぼくが大学卒業した春だ。

そのとききみはブラウスボタンを二つもはずしていたから、ぼくは思わず「うっひょ~」と心の中で叫んだ。

そのとき、きみのオッパイはぼくの心の中で永遠憧憬になった。あれから34年経つけど、今でも君の胸は成長を続けているのかい

2017-03-09

高校で好きな女の子ができて恋人になり人生がすごく変わった

恋の力は凄いとよく言われるが俺も恋の力で人生がすごく変わったなと思う。

 俺は自分で言うのもあれだがまあまあのイケメンだと思う。少なくとも女性10人中7人位はイケメンと言ってくれるかな?でも高校時代メガネを掛けてたので痩せたオタクよりの顔だった。

 高校地元偏差値53程度の普通普通科高校になんとか入ったものの中3の受験勉強反動なのか高校1年の秋までは全く家では勉強しなかった。特に数学英語が大の苦手で毎回赤点を取っていた。部活テニスをやっていた、だが部活仲間と仲が悪くなり部に居づらくなったので高1の12月には辞めてしまった。

まあ部活をやめた後もとくに勉強することもなく、むしろ部活やめれてラッキーだし大好きなゲームができる!ということで学校から帰ったら即PS3の電源をつけてゲームばかりやってた。その当時やってたのはCODMW2だったな。あとBF3とか。

 そんなこんなで見事帰宅部根暗ゲーヲタになった俺、数学英語で毎回赤点取りまくり、親を学校召喚させられクソ教師特別3者面談もしたこともあった。

 しかしそこで人生の転機が訪れる、隣のクラスにめちゃくちゃ可愛い女の子がいた、とても自分の好みだった、名前は(Rちゃん)にしておこうか。髪の毛もサラサラでツヤツヤ、芸能事務所前を歩かせれば即スカウトされるレベル女子がいた。定期テストはいつもトップ5に入る、まさに才色兼備であった。「恋人になりたい…!」そう思っていたが頭の悪い俺では釣り合わないだろうし、そもそもこんなにかわいければ彼氏なんてとっくにいるだろうと諦めていた。しかし周囲の話をよく聞いてみると彼氏はいないっぽい、じゃあ後は何をするべきか、才色兼備彼女釣り合うために勉強するしかないと思った。そう決意したのは高1の3月であった。

 高2になりクラス替えが行われたが、なんとRちゃんと同じクラスになった、もうその時は心の中では雄叫びを上げてガッツポーズでしたよ。

 というわけで高2の最初定期テストで1位を取るという目標を掲げ、ほとんどしなかった勉強宿題すら解答丸写しで提出してるレベル)を家でもしたがやっぱり今までサボって多分、特に数学はどこから手を付けて良いのかすらわからなかった。まあとりあえず数学教師数学苦手だからどうすればいいですかと聞いたら俺のために特別プリントをくれた。毎日学校がある日は数学プリントを解き教師に丸付けをして間違ったところを徹底的に復習したりした。

 授業も次の授業で習うところを予想して予習した(まあ教科によっては予想が結構はずれた…)その日に習ったことはその日のうちに大学ノート自分なりにまとめ復習をした。定期テスト前なんか家に帰ったら5時間勉強した。これで定期テスト対策は万全、最初定期テストでは320人中17番を取った、けどこれだけ勉強してもトップ3に入れなかったのかよ…と思ったが、けど自分もやればできるじゃないかと自信もついた。一方Rちゃんは学年1位だった。

 んでその後は席替えでRちゃんと隣ではないにしろ近くになり結構話すようになった、といってもRちゃんと俺2人ではなく、俺の男友達1人とRちゃんと彼女友達2人というなんとも漫画アニメででありがちな男2女3の群れ?が出来てしまった。Rちゃんは政治経済が多少苦手だったので俺によく質問してくれたおかげで仲良くなった。

 5人でテスト間中勉強を良くし合うようになった。おかげで切磋琢磨でき成績も順調に伸びた、定期テスト模試も学年10位以内はキープできるようになった。

 Rちゃんと俺2人だけのときプライベートな事もよく話すようになるくらい仲良くなった。そして高2の10月にRちゃんに想いを伝えた。「前からRちゃんのことが好きでした!」それ以上の言葉はでなかった。彼女はいきなりの告白に驚いていたが俺の気持ちを受け入れてくれて晴れて恋人となった。

 それから休みの日は近くのイオン地方都市だしもうそしかデートスポットないよ…)なんかでデートした。Rちゃんの家にも遊びに行った、初キス彼女の家でした。なんやかんやで彼女の家でセックスもした。

 その後はどうなったかというと高3の3月に別れた。理由はお互い別々の大学に行くことになったしRちゃんのほうから別れよっかってなった。意外とあっさりだった。悲しかったがオレと彼女は互いに目指しているものは違うし仕方ないと思った。

 んで俺は九州大学に進学し順調に勝ち組人生への道に向かって歩いているところだ。でも彼女ともし出会わなければ?高卒フリーターで一生底辺貧乏生活だったかもしれないと思うとゾッとする。

 人生における「勝ち組」とは人によって捉え方は違うだろう。俺にとって「勝ち組」のボーダーラインとはどこかの旧帝大には入り大企業社員公務員になり、かわいい女性結婚して子供は2人くらい、そして子供2人とも奨学金を借りさせることなく満足して大学に入れさせるくらいの経済力があることだと思う。批判承知で言うと世帯年収800万以下で子供を作るのは児童虐待だと思う。子供がかわいそうだ。大学すら満足に通わせることが出来ないのはかわいそうだ。子供借金を背負わせないと大学に行かせられないのは恥を知れと言いたい。貧乏人は子供を産むな!まあ公務員2馬力でもなかなか世帯年収800万って難しいだろうしやっぱり大企業を目指すべきなのかな。

2017-03-08

http://anond.hatelabo.jp/20170308161753

受験に関しては、正しく努力すれば必ず努力は実ると思うよ

家庭環境なんかのハンデがなければ、だけど

さすがに東大理IIIとかは誰でもは入れないけど

受験勉強に関しては、受からいかも、とか、努力が実らないかも、とかは余計な雑念でしかないので、

努力はとにかく実ると刷り込んで全力で勉強させなきゃいけないんじゃない?

落ちたらどうこう、ではないよ

2017-03-07

結婚を考えてた彼女いじめっ子だって知った

Facebookに1年付き合ってた彼女とのツーショット写真を初めて載せてタグを付けたら高校同級生からメッセージがきた。

もしかして(彼女名前)さんと付き合ってるの?」って。

聞くと同級生彼女と本当に地元が一緒で出身中学がも同じだった。

いじめてたんだって中学の時一部の女子を順番交代で。

いじめいじめて、飽きたら標的を変えていじめる、みたいな感じで、順番で。

いじめの具体的な内容は悪口ばらまいて孤立させたり、男子に頼んで殴らせたり、給食ゴミ入れて食べてるのを笑ったり、保健室登校になった子を保健室までわざわざ追いかけて大声で悪口言ったり。

むかし彼女からいじめられたことあるの、私は被害者だったのって聞いたことがあったんだ。

中学3年の時、女子から無視されていじめられてたって。

でも正しくは

女子バスケ部の子彼氏を寝取ったか女子バスの反感を買った」のと「今までのいじめが露呈したので3年の後半は孤立してたこと」らしい。ちなみに同級生から聞いた話と彼女から聞いた話の一部は一致した。


高校同級生は一緒に励まし合って受験勉強頑張ったりしてずっと仲良しだった、嘘つくような人じゃない。

言うか迷ったけどやっぱりその女といるのは応援できないって言ってた。

あと自分仕事教師なんだけど、そこらへんを考えて言ってたほうがいいと思って言ったってさ。

ちなみに彼女教師なんだけど、同級生地元ではあの女が自分の子供の担任とか絶対イヤだよねってなってるらしい。

同級生は、別れさせたいわけじゃないけど、その女と結婚とかするならもう俺とはあんまりかかわりたくないんだって。それでいいぐらいの覚悟言ったとさ。

それを聞いて何年か前に見たいじめの恨みは本人に返ってくるとは限らないって言葉を思い出した。



ずっと付き合ってた彼女否定されて、悲しいような信じられない気持ちでいっぱいだ。

同級生のことを信じるかも迷ってるし、ちょっと怒ってる、彼女バカにするなって。

彼女には何も言ってない。俺の前ではかわいい彼女なんだ。

もし真実でも、人間は変わっていくものだし、誰かをいじめていた彼女はもういないって信じたい

http://anond.hatelabo.jp/20170307011919

しか既に数学だったか塾講師youtuber?みたいなのがあったはず。

教科は幅広いほうがいいに決まってるから、真面目話動画作って欲しいわ。

受験勉強だけじゃなく、日本史選択せずに日本史学科に行くことになった大学生とかにも役に立つ。

そういう大学生は今更受験対策の授業を金払って受けるわけには行かないからより需要あると思うし。

2017-03-04

受験勉強趣味勉強は違う

一時期よりは減った気がするけど、まだ「受験勉強は本当の勉強じゃない」とか「大学入試で頭の良さは測れない」とか「受験勉強で学んだことは社会に出てから役に立たない」言う人がいる。そういうのって、受験しない人とか受験終わった人が言うのはいいけど、受験生が言っちゃダメだと思う、という話。

まず、「勉強」という言葉が、生涯学習とか、本当に自分が知りたいことを知るための勉強を指しているのであれば、「受験勉強」はそれらとは全く別物なので、受験生は早くそれを認識したほうが良い。受験勉強してて「こんなの本当の勉強じゃない」と思うのは自由だけど、思ったところで大学入試のレギュレーションが変わるわけではないので、「受験勉強と(自分が思う本当の)勉強は別もの」と割り切って、どうしてもやりたければ、受験勉強の合間に「本当の勉強」をすれば良いと思う。

以下、受験勉強と勉強の違いというか。

大前提として、受験勉強は最終的に自分が志望する大学の入試において合格点を取るための準備なのであって、頭の良さとか、社会に出てから役立つとか、そういうものとは全く無関係だと思った方が良いと思う。もちろん「受験勉強で学んだことは社会に出てから役に立つ」とか、「何が役に立つかわからなから広く勉強しておくんだ」とかいろいろ「受験勉強の利点」を挙げる人はいるんだけど、そういう受験勉強の「副産物」の議論は、自称教育評論家とかそういう暇な人とかにまかせておいて、受験生はすっぱりさっぱり忘れて良いと思う。

あなたは、理由はともかくとして、どこかの大学を受験することを決めた。かつ現在の状態ではその大学の入試を突破することができない。したがって、あと数年で入試をクリアできるだけの能力を身に着けなければならない。そこから逆算して準備するのが受験勉強。

繰り返すけど受験勉強は「最終的に自分が志望する大学の入試において合格点を取るための準備」なのであって、それ以上でもそれ以下でも無い。

そういう視点から受験勉強を見ると、効率の良い勉強法は自ずから見えてくると思う。

時間を測る

まず、受験勉強で時間を測らない、というのは根本からダメだと思う。全ての試験には時間制限があるから。問題を見て、だいたい何分くらいで解答が完了するか、時間内には全て終わらなそうなのかどうかがだいたいわかるようにならないといけない。場合によっては問題を解く順番を決めないといけない。その為には、問題を解く時に常に時間を測る癖をつけておかないといけない。

とりあえず、問題文を読んだら、何分くらいで解けそうかを予想し、それを記入する。もしくは目標解答時間が掲載されている問題集を使う。そして実際に時間を測ってみてどれくらいずれたかを確認し、修正をしていく。おそらく最初は、解答時間をかなり短めに予想してしまうと思う。それをなるべく早いうちに修正した方が良い。

解けなかった問題は、答えを見てから、その場でもう一度解く

試行錯誤が必要な難関大学の入試とかはともかく、センター試験の数学とかは見た瞬間に解法が思い浮かばなければいけない。そうじゃないと時間内に解答が間に合わない(その年の難易度にもよるけどさ)。なので、センター試験の数学の勉強をしているつもりの場合、問題を見て瞬時に解法が思い浮かばなかった場合にはウンウン考えてはいけない。10秒で解答が思いつかなかったら、答えを見ること。

これ、わりと実践できてない人多い気がするので、もう少し詳しく書く。

自分でセンターの数学対策の問題集を開いて、時間を測って問題に取り組むとする。この時、問題の解法がすぐに思い浮かばなければ、すぐに諦めて解答を見るべきなのに、それだと負けた気がするのか、10分も20分も粘って、なんとか解答をひねり出し、その後で解答を見て、合っていたらマルをつけてしまう。これではセンターの対策にならない。

センターの数学は見た瞬間に解法が思い浮かばなければならないのだから、見た瞬間に解法が思い浮かばなかったらそれはバツ。そして解答を見る。で、バツつけて答えを見て納得して、次の問題に行ってはダメ。「いま」その問題を解けるようになっていなければ、次にその問題をもう一度見たときにも解けるわけがない。

解けなかった問題を、答えを見た後に、答えを見ずに時間を測って解く。先に答えを見たんだから解けるのは当たり前、と思うかもしれないけど、多分解けないと思う。これは、その解法が完全には身についていないから。これ、実際にやってみるとイヤ〜な感覚がすると思う。これは、自分がその問題はもう理解したことにしたいのに、もう一度解くことで「実はまだ理解していない」ということが明らかになるのが嫌だから。

「できなかった問題を、答えを見たあとに、答えを見ずにもう一度解く」というのは徹底したほうが良い。「いま」その問題が解けるようになっても、すぐに忘れる。そしたら答えをまた見て、また何も見ずに解答できるようにする。それを繰り返すと、問題を見た瞬間に、解法のストーリーが頭に浮かぶようになる。

辞書を使わない

英語の長文読解を考える。この時、わからなかった単語に全部赤線引いて、あとで全部辞書でひいて単語カードに入れる人がいる。これは2つの意味でダメ。

まずダメなのは、この方法では「単語の重要度」を無視していること。頻出単語とそうでない単語は価値が違う。当然、頻出単語の方が価値が高いのだから、優先して覚えるべき。

そしてもう一つ、こっちの方が大事なんだけど、受験本番で、英語の長文に出てくる単語が全てわかる、ということは無いわけ。ということは、本番でもわからない単語がある中で問題を解かなければならない。

逆に、本番までには自分がどこまで英単語を覚えているはずか考える。例えば、「自分は受験本番時までには、(なんでもいいけど例えば)英単語ターゲット1900に出てくる単語は全て覚える」と決める。そうすると、家で英語長文問題を解く時には、「英単語ターゲット1900」に出てくる単語は知っているものとして解いて良いことになる。なので、その単語帳を辞書がわりに長文問題をやって良い。単語帳に載っていない単語は、「本番でも知らない単語」として、わからないまま解く。

この時、自分がひいた単語に「正の字」をつけて行くと良い。なんか記憶の相性みたいなのがあって、自分がなかなか覚えられない単語というのは人それぞれ違う。たくさん「正」がついた単語を単語カードに書き写して、重点的に覚えると良い。

そうそう、たまに年寄りの英語の先生とかで「本当に英語をマスターしたければ辞書と友達になりましょう」みたいな人がいるけど、それはどうかと思う。少なくとも受験英語と「本当の英語」とやらは区別したほうが良い。でも、「本当の英語」をマスターしたいなら、「和英」や「英和」ではなく「英英辞書」を使うべきではないかな。これは脱線。

ケアレスミスは実力

ケアレスミスは誰にでもある。中間とか期末の答案が返ってきて、ケアレスミスによる失点を見て悔しい気持ちはわかる。「ケアレスミスがなければ何位だった」と、自分の瞬間最大風速を確認したい気持ちもよくわかる。だけど、やっぱりケアレスミスは実力なんだ。これまでに模試などで取った最高成績が瞬間最大風速なのであって、「ミスを全くしなかったパラレルワールドの自分」の成績は、現実世界のあなたの実力ではないわけ。

もっというと、非常に簡単な計算問題を100問やったとする。パーフェクトが取れないのは良いとして、自分がどのくらいミスするか予想できますか?

これは、時間を測るのと同じで、簡単な計算問題をやるなりして「自分が計算問題をやったら、どのくらいの割合でケアレスミスするか」ということは認識しておいた方がよい。きっと、自分が思っているよりはるかに高い確率で間違えている。

ミスにはパターンがある。括弧を外す際に符号を間違えるとか、絶対値外す時の場合分け忘れるとか、とにかくミスする度にそのパターンを記録すること。そうすると、だんだん自分がどういうミスをどのくらいの頻度でやるかわかってくる。そうしたらもう「たまたま本番でミスをしない自分」に頼ることはなくて、「本番でミスをする確率をなるべく減らすにはどうすればよいか」を考えるようになると思う。

あと、大学入試で部分点は原則として期待しない方が良いよ。もちろん本番では完答できなくても部分点ねらいで何か書くんだけど、計算ミスしたらバツだと思ったほうが良い。

心構え

その他「消しゴムは使わない」とか「問題集の選び方とか」とか「予備校の選び方と相性」とか、細かいノウハウは無限にあるけど、そういうのは巷にいくらでも転がってるから好きに調べれば良いと思う。

ここで、ただただ強調したいのは、「受験勉強は大学入試を突破するための準備」であって、それ以上でもそれ以下でも無いということ。勉強が辛いからといって「三角関数の公式なんて社会に出てから使わないだろ」と言いいだすのは全く無意味。もちろん三角関数知らなきゃどうしようも無い分野なんていくらでもあるんだけど、それを言い出すと「その分野に行くつもりは無い」みたいな言い訳から逃げられないでしょ?自分には志望する大学がある。その大学の入試に三角関数が出る。だからやる必要がある。それだけ。

ルールとの戦いかた

最後に、受験勉強に限らないけど、世の中の仕組みについて。

世の中、どうしたって何かしらの「ルール」を設けて、その上で評価されがちなのね。で、そのルールに不満を持つことって多いと思う。でもね、我々にとり得る手段は「そのルール上で戦う」か「そのルールで戦うのを避ける」か「権力を手に入れてそのルールを変える」か、それくらいなのよ。

正しいか正しくないかはおいといて、だいたいその「ルール」(たとえば人事評価とか)の改正権を持つ人々って、その「ルール」において勝ち進んで来た人なのね。そういう人たちにとっては、その「ルール」で勝ち抜いてきたことが自信の拠り所でもあるから、なかなかそれを変えようとしないのよ。

大学入試もそう。大学入試という仕組みなんかで自分を評価されたくない、という気持ちはわからないでもない。でも、「大学入試という仕組みそのものを変えて、別の評価基準を作る」というのは、高校生にはほぼ不可能。高校生にとり得る手段は「大学を受験するか」「しないか」の二択(AO入試的な奴はここではさておく)。

で、こういう記事読んでる受験生、つまりあなたの親は、多分「大学には行くものだ」という固定観念持ってるんでしょ?「とりあえず大学は出ておきなさい、その後は何してもいいから」とか言うでしょ?

そして、あなたは船木誠勝みたいに

「母さん、もしも人生が2回あるなら高校へ行きます。でも人生は一回だけしかない。だからプロレスをやらしてください。そのかわりに生まれ変わってきてまた母さんの息子になったら言うことを聞いて高校へ行きます。」

とまではいえないでしょ?(この人の場合は大学じゃなくて高校だけど)

なにはともあれ、あなたは(嫌々ながらでもとにかく)大学を受験することを決めた。その瞬間から「なるべく最短の時間で、目標大学に合格する勉強法」を構築することに専念すべき。よっぽど難関大学を受けるんじゃなければ、効率の良い勉強をすれば、そんなに長い受験勉強は必要ないから、わりとその他のこともできる。どんなに遊んでるようにみえても、模試なり学校の成績なりが良ければ親は何も言わないよ。

(自分の能力からみてそこそこの)大学に合格した。その後なら「受験勉強はクソだ」とか「社会に出て役に立たない」とか自由に言って良い。

でも、「受験勉強はなんのためにやるか」を考えて、「効率の良い勉強」をマスター、実践しようと何年か努力したあなたなら、大学合格後は「受験勉強はクソだ」とか言わないで、すぐに次の自分の目標(例えば就職とか留学とか司法試験とか)を決め、その準備のためには何をすればよいか逆算し、なるべく効率の良い準備をして、空いた時間でキャンパスライフを満喫できると思うな。

2017-03-01

今日高校卒業した

雪だったか雨だったか忘れたが、とにかく寒かった。川面で何時間ボートを漕いで訳がわからなくなり、部活をやめた。1年の1月ときだった。2年になってバイトを始めたが、これも半年もしないうちにやめた。学校サボりがちになり成績も落ちた。そのまま受験勉強もできず気づけば最後夏休みが終わっていた。借金(奨学金と名乗るのは給付型だけにしてくれ)を借りて中途半端大学に行くのも嫌だったので、センター試験は受けたがどこの大学にも出願しなかった。

楽観的な性格なのでノリで語学留学することにした。親が100万だしてくれるので(大学用に貯めていたとのこと。謙虚さがかけらもないので感謝してない。ラッキーだとは思っている)50万ほどバイトで稼いで夏までには出発するつもり。英語は好きでも嫌いでもない。

暇だったか文章にしてみたけどペッラペラの3年間だな。スマホ触ってたら終わってたって感じだわ。卒業式もあっさり終わったし、まぁ高校生活が薄かったからそう感じたんだろうけど、なんか、なんも言うことないわ。1つだけ自慢できることがあるなら、まだ俺が18歳ってことかな。前向きにテキトーにがんばって、嫌なことからは逃げて生きたい。嫌じゃなくて食っていける職が見つかればいいな。嫌な要素が全体(?)の3割までなら我慢するけどさ。日本語変だけど伝わるかな?こんなしょうもない文章最後まで読んでくれてありがとね。あなたもテキトーにがんばったりがんばらなかったりしてね。

2017-02-26

絵師になれなかった私

「絵も描かずに『神絵師を目指す人々』を描いた漫画破壊力高すぎて大ダメージを受ける人続々」(https://togetter.com/li/1084759)を読んだ。

この手の話は、まとめのコメントにもあるように「とにかく描くこと」という結論に落ち着きやすい。

しかし、当たり前の話だが、こんな結論を知ったところで何も解決しない。これは、受験勉強で「とにかく勉強すること」を解決策とすることと何ら変わりがないのだ。

高い目標を達成するためには、地に足を付けて自分に合った形に目標を設定し直さなければならない。

さらに言えば、達成難易度が高い目標場合攻略法必然的に複雑になる。ここをまず勘違いしてはならない。

以下、私が大学時代実践した方法を示す。

(1)最終目標を明確にする

絵師とは何なのか。ある程度数値化できるレベルに具体化する(「即売会で1000部完売」等)。

しかし、萌え絵死語?)を描きたいという欲求を持った人は、数値的な目標よりも、それを手段とした他者とのコミュニケーションが最終目標とされる場合が多いと感じる。

これでは目標抽象的すぎて具体的な行動に落とし込むのが難しくなる。

その場合目標から演繹的に方法考察するのでなく、具体的な行動指針を逐一検証して積み上げていく戦略を採ることになる。

なお、私はコミケで50部完売目標に設定した。

(2)今の自分確認

自分の現状を把握するために、何か課題を設定しておく。そして、数か月後に同じ課題に取り組む。

この課題はきちんと記録として残しておく。そうすることで自分の成長を確認できる。

私は、「涼宮ハルヒの全身絵を描く」という課題にした。

(3)基本方針

基本的には、メニューを決めて、実践問題点検証の繰り返しである部活でいう筋トレみたいなものである

とにかく、何か決まっていないとだれてしまう。メニューはとにかく負荷の少ないものとする。

継続の負荷をいかに少なく気楽にやれるかである。これが一番難しい。

気持ちで乗り切ろうとするのが一番最悪で、とにかく感情を挟まないように環境を構築するのが良い。

負担負の感情喚起されるパターンをとにかく書き出す。そして、その原因に対する対策を立てる。

対策は、気持ちで乗り切る以外の方法環境構築を基本にする。

(4)私の方針

私は、最初は○(まる)をB5用紙いっぱいに描くというレベルに設定した。これ以上は欲が出てもやらない。翌日も描きたいという欲求を残しておく。

大学入学後、夏休み前まではひたすら絵を描くことに慣れるという抽象的な目標があり、具体的な目標としてB5用紙1枚いっぱいに図形を描いた。

なお、その期間に、好きなイラストレーター漫画家アニメーターについて調べた。自分目標とする、好きな絵柄の方向性をきちんと把握するためである

気に入った人がいたら、その人の資料をとにかく集める。なお、私は冬目景が好きである

そして、夏休み以降は、その好きなイラストをひたすら模写する。

年明けに、毎日模写1枚と自由1枚にし、それをひたすら1年続けた。

(5)情けない結果

結果、約2年で私の画力は飛躍的に上がった。

その後、カラーイラストに嵌っていくのだが、その練習方法論は基本変わらない。

というか、教本が充実しているので、その方法論を具体的なトレーニングメニューに落とし込めば良いので楽だった。

しかし、ある程度描けるようになって気が付いたのだが、私は別に絵を描くことが好きではなかった。

絵を通じてコミュニケーションをするのが目的だった。そして、その目的は、ある程度描けるだけで達成できたのだ。

したがって、ある程度描けるだけで満足してしまった。

あと、美大にいった友人の絵(萌え絵ではない)をみて、ちょっと美術世界の深さに圧倒されてしまった。

から、そこでトレーニングはやめた。

2017-02-07

明らかにこれ複垢ブクマしてるやろ〜っていう受験勉強方法書いたはてなブログ最近学びタグ汚染しているのですが通報の仕方が分からないので誰かやっといてください

炎上バズはさせたくないのでURLは貼りません

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