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はてなキーワード: 土地とは

2016-07-31

http://anond.hatelabo.jp/20160729184700

違いはもちろんわかるけど伊勢うどんみたいな腰のないうどんの方が好きな場合はどうすればいいですかね。

きしめん土地出身です。

2016-07-30

http://anond.hatelabo.jp/20160730214936

10年かけて開墾した土地がたった1回の洪水で全部押し流されたら人生絶望するかっつーとそうでもない。

また耕すしかないのだ。

Ingressユーザーがこつこつと作り上げてきた世界ポケモンGOがぶちこわす

古参Ingressプレイヤー@田舎なので、数年前からこつこつとポータル申請をしてきた。

申請したポータルが実際に生えるまでには1年以上かかったりする

もともとIngressポータルというのは、不思議パワーのXMとやらが湧く場所という設定になっている。

XMはヨーロッパ発見され、古代からあったが初めて観測されたという未知のエネルギー

そのエネルギーが湧いている場所を調べると、やはり古代からあり、人の集まる場所でパワーを

貰い続けていた仏像神社、お寺、銅像建物、もしくは人が集まる場所シンボルマークだったと。

なのでナイアンテックポータルと認めてくれたのは前述のものが多く、神社仏閣祠だけはたくさん

ある田舎ユーザーはせっせとそれらを申請し続けていた。

最初ほとんどなかったポータルがみなの協力で増えていく様は嬉しかった。

地元の大きなテーマパークなどは、複数ポータルが生え、いわゆるファームと呼ばれるものになる。

ファームとは、ポケモンで言うポケストップが密集して生えている場所のことで、アイテムが移動しなくても

ざくざく手に入る。

人が集まる場所は、ポータルレベルも上がるので、強い武器もこのポータルから手に入るのだ。

田舎Ingressとしては、ファーム存在必要不可欠に近い。

一つ一つのポータル距離が遠く、密集地ではないと安定してアイテムが手に入らないからだ。

ポケストップと違って、一個のポータルは4回ハック(ポケストップでいうクルクルしたらアイテム手に入るアレ)

したら数時間使えなくなる。

そこで密集地に、ハック許可回数を増やすアイテムを入れ、一回ハックした後次にハックするまでの時間が短くなる

アイテムを入れ、全力でアイテムを集めるのだ。

こうして人が集まると、もちろん「気持ち悪い」と言われることもある。

それを防ぐため、Ingress界隈では全体的に「ルールを守ろう、マナーを守ろう」という風潮があった。

Google+などで、地域公園の閉園時間などを周知し、それ以降入らないように徹底。個人宅に生えたポータルは、

ポータルにするように両陣営協定を結ぶ。等々。(削除申請は出すが、許可されるまでの間の話)

知らない人が破ったら、COMMと呼ばれる全体チャットで注意。COMMでも定期的に、進入不可ポータルの告知。

それでいままで自分地域では、トラブルは起こったことはなかった。トラブルが起こった地域もあっただろうが、

それはそれで地元エージェントの自浄作用が発動したはずだ。解決できたかどうかは別としても、トラブルはだめだ、

ポータルのある場所迷惑をかけない、という雰囲気Ingress界隈全体にあった。

そんなところにこのポケモンGOがはじまり自分たちポータルをはやした公園やお寺、神社などに大量に人が

湧くようになった。

9時閉園の公園には24時になっても大量に人がうろついた。

10時に閉まる某国オブジェには夜中に大量に人がうろついた。

Ingressと違い、GOにはCOMMのようなチャットがない。おかしユーザーに「やめてくれ」と伝える術がない。

そして人が増えすぎ、自分たちが使っていたファームは、立ち入り禁止になった。

ポータルが多くて、よく経験値稼ぎに利用されていた場所も、GO禁止になった。

そして、それらの土地管理人や、市の人間などが、「こんなところにポケストップをはやすなんて迷惑だ、不謹慎だ」

と怒り始めた。

迷惑不謹慎も何も、もともとそういう場所に生えるのがポータルなのだ

Ingressの時にはなんら問題になっていなかった。問題になる場所(個人宅の庭など)は、ナイアンテックに削除申請は出した。

ポケストップで流用されたポータルデータが突然、不謹慎だといわれ、自分たちが足を棒にして申請しまくったポータル(ポケストップ)は

怒った管理人達に、どんどんと削除申請をされた。

地元Ingressは勢いが急速に減った。

ポケモンGOに移行した人もいるだろうが、よく使っていた場所が次々使えなくなっていくのだ。

いくらIngress禁止とは言われていなくても、GO禁止ならIngressはいいだろう、なんていうわけにいかない。

下手にその場所で頻繁にプレイするとIngress禁止されてしまいかねない。

ファームが使えなくなったのが痛い。痛すぎる。

ハングアウトでは、「地元ファームが使えなくなったので、車で1時間かけて隣県のファームに行くがここもいつまで持つのか」という悲壮

声が聞こえてくる。

ゲームの敵プレイヤーファームを壊されるのはいい。そういうゲームからだ。だが、こんな理由ファームが使えなくなると思わなかった。

どうしてこんなことになったんだ。

ポケモンGO問題を起こすのはポケモンの話だろう。元のデータ作成したIngressが、巻き添えを食らい、せっせと培ってきた

ものをぶちこわしにされた。

それこそ漁獲量を守って珊瑚を取っていたのに、どこからともなく現れた変な漁船が根こそぎかっさらっていくような気分だ。

やめてくれといっても言葉が通じないので伝える術がない。

ナイアンテックの失敗は、ポケモンGOIngressのようなCOMMを設定しなかったことだと思う。

「その公園に9時以降に入っちゃだめだよ」と伝えることが出来ない。

ポケモンGOプレイヤーだって、閉園時間など特に考えてないだけで、きちんと言えば、わかってくれると思う、思いたい。

自分たちの楽しんでいた場所がどんどん壊されていくのが辛い。

残された地元の巨大公園に今は人が殺到しているので、ひょっとしたらこ場所も使えなくなるかもしれない。

地元Ingress死ぬのはプレイヤーががっつり減ったときだと思っていたが、まさか黒船来航のせいだとはおもわなかった。

[南仏]体験型ホームステイ施設性犯罪!?

フランスに住んでいて在留届を提出している人、及び配信希望している人に「在マルセイユ日本国総領事館から一斉送信されるメールマガジンに、下記内容の注意事項が何度か掲載されている。

↓以下、メールマガジンから抜粋

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マルセイユ日本国総領事館メールマガジン2016年第7号(7月29日付)

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4 注意喚起自然派を売りにするホームステイ先での性的被害について)

  2012年以降、南西フランスラングドック地方所在する「体験型ホームステイ施設」において、性犯罪に発展するおそれのある事案が発生したことが、同施設を利用した邦人から複数報告されています

  同施設は、インターネットホームページ日本語あり)で、有機農業をしながら暮らしていること、ヨガ体験ができること等を案内しておりますが、利用者によると、ナチュラリスト自称するフランス人オーナー男性及びその配偶者日本人女性下半身を出してリビングに現れたり、リビングバスルームフランス人オーナー男性等が全裸で写っている多数の写真が掲示されたりしている他、宿泊者の寝室において窓を閉め切った状態フランス人オーナーと2人きりでヨガを行うよう指示されたり、全裸ヨガを行うよう仕向けられたり、マッサージ中に不自然な触られ方をしたり、臀部を触られたりしたケースなどが報告されております

  こうした施設宿泊される場合は、「日本人いるから」というだけで安心することなく、疑問点等があれば事前に確認する等して宿泊中の活動内容について明らかにしておくとともに、宿泊中に上記のような事案が発生した場合には、毅然とした態度をとり相手につけ込まれないよう自己防衛してください。

  万一不測の事態が発生した場合には、すぐに仏国警察電話番号:17、携帯電話からは112も可能)に通報するとともに、当館まで御一報ください。

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この注意事項は既にフランスに在住している人にではなく、南仏を体験したい・ホームステイしたい日本に住んでいる人達に発信すべき内容と感じた為ここに投稿した。

特定サイトURL施設名前を直接書かないのは、何か法的な問題があるからなのかもしれないが、気をつける為には詳細をもっと教えて欲しいところだ。

教えてくれないなら、と、キーワード自然ホームステイ 南西フランス ラングドック地方」でググッてみた。

一番上に在マルセイユ日本国総領事館の今回の件に関するPDFが来ていて、二番目にある「ランドック地方 - 南フランス ホームステイ_DanyYoko homestay」とあったのでサイト内を見てみる。

HPhttp://www.danyyokominamifrancehomestay.com/

夫婦なのかは分からないが、ベジタリアンでノンスモーカーのフランス人男性ダニー」と日本人らしき女性ヨウコ」が運営しているらしい。

南西フランスラングドック地方で、 BIO ( 有機 ) 農業をやりながら暮らしていて、有機栽培農業体験が出来て、ヨガをするホームステイ施設…きっとこの施設の事だろう。。。

それにしても、サイト内の日本語がところどころかなりおかしいのが気になる…もしかするとヨウコネイティブ日本人ではないのかもしれない。

また、ホームステイ施設レストランホテル業などをやっている一般的人達なら、本名フルネーム掲載し身元を明らかにしていそうなものだが、これはダニー?ヨウコ?と思われる写真がちらほらあるだけで、実名施設の住所など一切の情報公式HPには掲載されていない。

料金ページには、キャンセル時や何かあった時の返金に関しての記載は一切ない。

更には、地球の歩き方掲示板被害者達が2012年2015年渡り書き込みをしており、そこにはオーナーの YokoONO と名乗るヨウコらしき人物の書き込みもある。(それにしてもオノヨウコって本名だろうか?)

http://bbs.arukikata.co.jp/bbs/tree2.php/id/659888/-/parent_contribution_id/402941/

↓以下、地球の歩き方から「YokoONO」の投稿抜粋

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混同されませんよう、お願いいたします。

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4ono5 15/04/28 19:22

私はねろりさんの投稿されたダニヨウコ南フランスホームステイの新しいオーナーです。YokoONOと申します。

私はDanyと一緒に2015年1月から新しくホームステイを始めました。

オーナー日本人女性Noriko SAKURAIさんはモンペリエ病院2013年8月にお亡くなりになられ(ご遺骨は富士市に帰られお寺に納骨されたそうです)、パートナーのGoelさんも、2013年から深刻な咽頭ガンを患われ、フランスを離れてニューカレドニアで暮らされていると伺っております

私たちは新しいオーナーで、家と部屋をリニューし、ホームステイを変えました。サービスも変更し、異なるものです(ヨガアロマテラピーは行っておりません)。私たちサービス食事とベッドを提供し、フランス料理パティスリーをお教えしたり、有名な観光地へ訪れたり、オキシタニハーブ勉強したり、、、また、猫は飼っていません。

この家や土地、人々はとても平和で美しく、素敵な所です。

どうか、混同されませんよう、ここは全く新しいホームステイです。

私たちYokoONOとDanyは皆様にとってより良く、楽しく安全で素晴らしい休暇を提供いたします。

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コレによると、性犯罪を行っていた可能性のあるフランス人男性日本人女性カップルは、亡くなるか病気になって引退し、変わって新しいフランス人男性日本人女性カップルが今は運営しているそうだ。

被害者投稿を読んでいくと、2012年彼女たちが投稿を始めてからすぐに施設ホームページは削除され新しいものに変更されたらしい。それがコレだろうか?

この「YokoONO」が言っている通り、既に違うオーナー安全健全運営しているのなら、なぜ領事館からの注意は止まらないのだろうか?

また、前オーナーが本当にいたとして、現オーナーとの繋がりや接点が気になるところだし、何かしらの思想などを受け継いではいないだろうか?人は違っても考えが同じなら危なさは一緒だから…とても心配だ。

誰もが知っている事実だが、フランスという国は、警察だけではなく全てのお役所仕事が果てしなくスローペースで、私達から見ると手抜きに見える。

何度も進捗を確認しなければ全く手を付けないという事や忘れられていると言う事だってある。多分、この件も放置されているのではないだろうか。

しかすると、実際にレイプ事件とまでは行っていない内容だから、そこまで重く捉えられていないのかもしれない。

しかレイプでなくても犯罪だ。バレていないだけで部屋を盗撮などはしていないだろうか?考えれば思いつく危険がいっぱいである。

この施設が本当に生まれ変わって安全ものなら、南仏の農園体験ができるとても素敵な施設である。だからきちんと情報を開示し、もっと怪しさのない内容のサイトリニューアルをして欲しいところだ。

また、今時「NO」と言えない日本人なんているのか?と思うが、人種に関わらず「NO」と言えない人はいると思うので、そんな人はホームステイなんてせずにホテルに泊まって欲しい。

日本だろうが海外だろうが自分を守れるのは自分だけなので、気をつけるに越した事はない。「私はあなたを疑ってますよ。」と言う発言を恐れずに疑問に思った事はどんどん追求して行こう。

2016-07-29

ポケモンGO

配信会社に対して、JR高速道路世田谷区だ、色んなところがなんとかせいって要請しているが、何か反応はあるの?

一個人がわーわー言っているのではなく、土地建物権利者の正式な問い合わせに対して、なんかこうやる気が感じられないというか、ナメられてるっていうか。

2016-07-28

ポケモンGO公共エリアを利用した商売だってことに気付いた

もとを辿れば、これは広いアメリカと、狭い日本の違いなんだと思う。

ただ、ここまで社会現象になった以上は、社会としても考えないといけないことが出てきていて、ユーザーすらまだそれに思考が追いついていない状況なので、これから考えていけば良いと思う。でもできれば早急に。

わかりやすく例を言うと、

 

 ■とある公園で人だかりができていました。よく見ると屋台でなにか食べ物を売っています。でも、その屋台無許可食べ物を売っています。夜もずっと営業しています

 

ってなると、普通行政はこれに対処しますよね。土地代払ってないんですから

 

例えばヤマト運輸なら、「公道を利用して事業を行っているヤマトグループ」という意識を持ってる。

http://www.kuronekoyamato.co.jp/kankyou/page/05/2006/pdf/2006-12-anzen-highlight.pdf

要するに、自分たちが何を売っているか、何をしているかを考えている。

 

コンプライアンスというか、事業者意識にゆだねられてるところだと思うんだけど、大量に人を集めてそれが利益になっているんだったら、企業側はそれに応じた配慮ってもの必要になると思いました。社会側もそれに応じた対処必要になると感じました。

肉屋を潰して不毛土地けが残るよりかは肉屋飼育されてたほうがいいんでね

2016-07-27

歩きスマホが危ない道幅の狭い住宅街に、ポケモンGOが来た。

うちの子風邪でダウンしてしまったので、今日会社休みをとった。今、子どもは寝ているので、様子を見ながら、先週末から気になっていたことを、長文に書いてみよう。

立て込んだ住宅街で、アップダウンが激しく、カーブの多い道幅の狭い道路が入り組んでいる・・・東京23区住宅街では珍しくはない道路事情だろう。私が日常的に駅へ行くのに使っている道路も、そのような地域の人々の生活道路ひとつだ。道幅は広いところで5メートルあるが、全体をつうじては4メートルのところが多い。歩道は確保されていない。タクシー運転手も嫌がるような一方通行の狭い道だ。

その道路の中でもとりわけ道幅が狭い区間が、200メートルほどある。一番狭いところは道幅3メートル50センチだ。

この道は私たち住民生活道路だが、数百メートル向こうを通っている幹線道路への抜け道として「抜け道マップ」に掲載されたこともあり、ただ通過するだけの車も少なくない。近隣のコンビニ配送大型車もひっきりなしに通る。時間帯によっては学生ママチャリも多い。住民は、ベビーカー子供を乗せたお母さんも、歩行補助のカートを押して歩くおばあちゃんも、道路幅のわりに多い交通量に気を使いながら、びくびくして歩いている。

歩きスマホ」は、この道では、既に問題として指摘されていた。駅に向かう人と駅から歩いてくる人が狭い道路の両側にいるだけで、道幅は半分以下になる。車はひっきりなしに通る。そこで歩きスマホなどしたらどういうことになるか・・・後ろから車が来ていることにも気づかずに手元を見て歩き続けている人がいたので、見かねて、すれ違うときに「危ないですよ」と言ったこともあるが、「何、このおばちゃんは?」という目つきで睨み返されただけだった。

この道路は曲がりくねっている。道路幅が5メートル区域からカーブを描いて下り坂を曲がったところが幅4メートル、その先が幅3メートル台の区間で、歩きスマホという問題などなかった時代でも、カーブを無謀にも飛ばしてくる土地勘のない車と、歩行者自転車が接触しそうになるようなことは、しょっちゅうだった。せめて拡幅すれば危険は軽減できるとして、区の「安全安心な住み良いまちづくり推進評議会」のようなところでも議題になったそうだ。だが、道路の拡幅は一向に実現しそうにない。地権者が多すぎて埒が明かないのである

私自身も、先日、そこでヒヤリとする目にあったばかりだ。日曜日で、ママチャリスーパーに買い出しに行くため、道路の左側を徐行していた。私の10メートルほど前にはカートを押した高齢者ゆっくりと歩いている。道路の右側は幼い子ども2人の手を引いた父親母親が歩いていて、それだけで道幅は半分以下だ。ここに車が来たら危ないなあと考えながら、私が高齢者ほとんど追いついたときカーブの向こうから歩きスマホ若者が現れた。面白いマンガでも読んでいるのか、画面をスワイプしながらニヤニヤと笑って歩いてくる彼は、高齢者に気づかず激突しそうだ。そこは高齢者が慣れたもので、電柱の際に立ち止まり若者を先に通そうとした。歩きスマホ若者道路の左側をそのまま歩いてきて、右側の親子連れとすれ違おうとする瞬間、両者の間に確保された狭い空間を抜けて、私はママチャリで進もうとペダルを踏み込んだが、急に歩きスマホ電柱に気づいたのか、道路中央に向けて足を踏み出した。「フラフラ道路の真ん中に出てきた」のである。このままでは私が歩きスマホに激突してしまう。反射的にハンドルを切って自転車の急ブレーキをかけた。後続の自転車が反射的に左に出て、電柱脇の高齢者に気づいたのだろう、左後ろからブレーキの音がした。同時に、カーブの向こうから下り坂でスピードに乗ったミニバンが曲がってきた。子どもの「あっ」という声が聞こえた。歩きスマホは下を向いたままこっちに歩いてくる。耳にイヤホンがささっているのにそのとき気づいた。後続の自転車のおじさんが「っぶねぇ!」と叫ぶ声がした。

いったい、どのようにして何事もなく済んだのか、回想しても思い出せない。私は気づいたら道路の右側、縦一列になって立ち止まっていた親子連れの後ろで自転車を降りてハンドルを支えていた。道路の左側では、電柱脇の高齢者も、歩きスマホ若者も、後続の自転車も、通り過ぎていくミニバンとは接触していなかった。一瞬のできごとだった。でも、長く感じた。スローモーションに見えた。

歩きスマホが急に道路の真ん中に出る前に、一瞬でいいから画面から目を上げて周囲を確認し、できれば道路脇に寄って立ち止まってくれていたら、あんなふうにヒヤリとすることはなかっただろう。

こういう環境に、「ポケモンGO」がやってきた。この先で道路が少し広くなっているところに、何かのスポットがあるのだそうだ。

日曜日夕方、狭い道路で、2列に広がった男子2人組が、一心不乱にスマホを見つめて歩いてくる。「男子」と言っても20歳は超えているようすだ。普段この狭い道路を使っていれば、体の小さな子どもでも、この道で2列になって歩いたりはしない。その後ろのほうには、自転車にまたがって、ハンドルにもたれかかってスマホ操作をしつつ、つま先で地面を蹴りながらふらふらと進んでいく15歳くらいの少年もいる。前方などまるで見ていない。この先はカーブだし、右方の道から出てくる車もいる。事故が起こらなければいいけれど。

ポケモンGOで歩いて健康増進」と言って宣伝するのはよい。スマホアプリを起動したままで歩くだけなら何の問題もないのだからしかし、せめて、画面を見ていなければならないようなシーンは公園敷地内のような広いスペースや、歩道が整備されている場所だけにしてくれないだろうか。それでも「歩きスマホ」に係る問題は避けて通れないだろうが、人と自転車と車がひしめきあっている幅の狭い生活道路に、多くの「歩きスマホ」が出没することは、シャレにならないのだ。

ARがどうのこうのなどという高尚なことは、現に人間暮らしているリアル世界に持ち込むのなら、交通事故のような基本的安全性を確保してから実験してほしいと思う。

2016-07-26

なぜ書いていたのか

以前、3日に一回程のペースでブログを書いていた時期があった。

当時は慣れない土地一人暮らしを始めた時期で、その時に書いていたのは自分のなかのドロドロしたものや、自分の中で処理しきれない葛藤を書いていた。

ドロドロしたもの葛藤と書いたが、要は自分の置かれた境遇に対して一方的被害者面をしながらひたすら周囲への恨みつらみを書いていた。

今思い返すとその時の自分は、自分の身の周りを取り囲む環境や、さらにその周りを取り囲んでいる社会というものを、何か得体の知れない怪物のようなものだ、というイメージで捉えていた。

そしてブログ文章を書くことで、その怪物とどうにか闘っていくのだ、と当時の自分は考えていた。





その後所属する組織が変わることで、社会から隔離されたような不安定身分から、それなりに安定した社会的身分を得ることが出来て、プライベート人間関係でも新たな要素が加わったりするなど、公私ともに安定した生活を得ることが出来たが。その一方で、ブログを書くという習慣はその頃から無くなった。

特に大きかったのは、プライベートできちんと話を聴いてくれる人が出来たことで、それ以来ブログを書きたいと思うことはほとんど無くなった。

自分が何かを悩み始めれば、電話なりLINEでいつでも聴いてくれる人が出来たので、1人で悶々としたものを内に抱え続ける必要が無くなった。




ただそれだけの話なのだが、当時の自分、血を滲ませるようにブログ文章をつづっていた当時の自分はそれを聞いて納得するだろうか。

社会対峙するつもりでブログ文章を習慣的につづり続けるという行為は、公私の生活が安定し始めた途端に消滅してしまったのだと当時の自分が聞いたらきっと、じゃあ自分自分なりに誠実に書いていたそれらのものは一体何の価値があったのだ、と感じて悲しくなったり、社会的身分が安定して私生活が充実したからといって、ひとりで世界対峙する思考を捨ててしまったお前は腰抜けだなどと今の自分のことを責めるだろう。

当時の自分は、周囲への怒りを原動力にして自分を取り巻く環境社会糾弾し続けることが状況を前進させるのだと思っていたし、それが社会にとっても有意義なことだとさえ思っていた。




あのときブログ文章をつづることがいずれ、この境遇から少しでも自分を進ませることにつながる、と考えていた。

あるいはブログ文章をつづることは、このクソ現実を変えるための有意義行為であるかのようにすら感じていた。

それは有意義もなにも、自分が辛いのはこの世界を作ったお前らのせいだ、と自分が苦しいのを自分を取り巻く環境のせいにすることでしかなかったのに。




当時の自分は、自分が辛い状況に置かれることになった大本の原因は自分を取り巻く環境社会にあるのだ、と決めつけていた。

そしてそういう思考の枠組みが、単なる思い込みであることに気がついていなかった。




今振り返ると、当時の自分は、自分を取り巻く世界自分自身とを対立させてしか物事を考えることが出来てない。

社会vs自分、という構図でいつも物事を考えていたし、その二項対立に固執していたのだと思う。



そしてその二項対立から導き出される「社会」というものは、現実自分身の回りを取り囲む、顔の見える範囲での人との関わり方というものから乖離した、自分の頭の中だけで作り出されたものだった。

現実自分の周りにいる、顔の見える人たちとの関わり方に対して責任を果たそう、という考えを持つことは無かった。

そして現実に実際の人々と関わりを持つことを避けてきたために、自分の頭の中で「社会」というものは、ひたすら暴力的衝動に突き動かされて自分のことを搾取する理解不能怪物のようなものだ、という考えばかりが占めるようになった。



そもそも当時置かれていた環境は、今思い返すと、そんなに思い悩んで苦しむようなものだったのかすら怪しい。

一人で勝手に苦しんで、一人で勝手に状況を悪化させていただけだったように今は思える。




当時の自分はどうしてそこまで頑なに自分世界から切り離して物事を考え続けていたのだろうか。

どうしてそのような二項対立は公私の生活が安定することでいとも簡単に消し去ったのか。




けっきょく私は、自分の周りの世界に対して、どうして自分の欲求を満たしてくれないのだと怒っていただけなのだと思う。

どうして自分の欲求に沿った環境を用意してくれないのだ。どうして皆もっと私に構ってくれないのか。そう思っていた。





いくつかの偶然と幸福が重なって、私のその欲求のいくつかは叶えられた。欲求が満たされない頃は赤ん坊のように泣き喚いて不満を表明していたが、腹が満たされオムツを替えられると、また母の胸の中ですやすやと眠り始めた。




から、あぁそうだ、自分たまたま幸運が重なって、母乳で腹を満たされ湿ったオムツも変えてもらえたから、それで泣き喚くのを止めただけなんだ。





たまたま欲求が満たされたから、母に対するギャン泣きを止めただけで、決して自分の足で歩き始めたわけではない。




いま腹いっぱいのうちに、母がいなくても大丈夫なようにひとり立ち出来るようにすることが、今の自分がするべきことだ。

なんとなくこの方法で書く

しかるべきところに書くべきときが来たら消す

土地 19

2:《Bayou》

2:《Tropical Island

3:《Underground Sea

4:《汚染された三角州/Polluted Delta》

4:《霧深い雨林/Misty Rainforest》

4:《不毛の大地/Wasteland》

クリーチャー 15

4:《死儀礼シャーマン/Deathrite Shaman》

2:《真の名の宿敵/True-Name Nemesis》

2:《黄金牙、タシグル/Tasigur, the Golden Fang》

3:《ファイレクシアンドレッドノート/Phyrexian Dreadnought》

4:《秘密を掘り下げる者/Delver of Secrets》

呪文 26

3:《突然の衰微/Abrupt Decay》

4:《渦まく知識/Brainstorm

3:《目くらまし/Daze》

4:《意志の力/Force of Will

2:《思考囲い/Thoughtseize》

2:《トーラックへの賛歌/Hymn to Tourach》

1:《倦怠の宝珠/Torpor Orb

4:《もみ消し/Stifle》

2:《精神を刻む者、ジェイス/Jace, the Mind Sculptor》

1:《最後の望み、リリアナ/Liliana, the Last Hope》


サイド

1:《突然の衰微/Abrupt Decay》

1:《思考囲い/Thoughtseize》

1:《見栄え損ない/Disfigure》

1:《四肢切断/Dismember》

1:《呪文貫き/Spell Pierce》

1:《外科的摘出/Surgical Extraction》

2:《罠の橋/Ensnaring Bridge

2:《墓掘りの檻/Grafdigger's Cage

2:《真髄の針/Pithing Needle》

1:《大渦の脈動/Maelstrom Pulse》

1:《毒の濁流/Toxic Deluge》

1:《森の知恵/Sylvan Library》

ノートに対して踏み倒しが少なかったので「不服ながらも」4→3に減量

相手リソースをしぼってしぼって…はヴェリアナがいない(しあっても枠きつい)から無理、代わりにアドバンテージとれるカードを何枚か。

http://anond.hatelabo.jp/20160726023901

江戸時代祭りあとなどに乱交に近い状態にあったかセックス可能

ただし土地がない次男以降は結婚相手として考えられない=結婚困難

伊勢参りの時なども風俗行けてセックスチャンスあるので

セックスはできるが結婚が難しいというだけ

http://anond.hatelabo.jp/20160726124327

本人を知らない無責任発言だけど、彼は、本当の意味では介護職に合わなかったんじゃないかと思えるよ。

誇大妄想というか、宗教にのめりこみそうなタイプ自分はすごいんだみたいな。時期が違えば、オウム信者になっていたかも。

そういえば、オウム指名手配逃走者は相模原市に逃げ隠れていたんだったっけ。相模原の奥地ってちょっとそういう土地なのかな、場末感ただようような。。

ポケモンGoの中期ゴール

と言ったら「ポケモンのために行ったことのない土地へ行くこと」でしょ。

ポケモンGO地域格差

 都会と田舎の「今まで積み上げてきた物の差」でしかない。

何も積み上げなかった土地人間が今更運営文句を言うのは本当に愚か。

まあ何も積み上げなかった土地人間から仕方ない。自業自得だということを認めたくないのだろう。

2016-07-25

安倍総理秘書暴力団山口組工藤会に見返り金」、放火事件公判検察指摘2006年7月12日

山口県下関市で2000年(平成12年)、現在総理安倍晋三氏の自宅や後援会事務所などに火炎瓶が投げ込まれ事件で、非現住建造物放火未遂などの罪に問われた指定暴力団工藤会系の元組員地蔵原知哉被告(27)に対する論告求刑公判2006年7月12日、福岡地裁小倉支部であった。検察地蔵被告懲役10年を求刑犯行の経緯について、1999年の下関市長選の際、安倍氏が推した候補支援した土地ブローカーに対し、当時の安倍氏秘書が300万円を工面したが、ブローカーさら安倍氏本人に金を要求安倍氏が応じなかったため、暴力団と共謀して報復したと述べた。

 論告検察は、土地ブローカー小山佐市被告(68)=同罪で公判中=が「安倍議員地元秘書佐伯伸之氏(現・下関市議)と交際していた」としたうえで、「市長選安倍議員が支持する候補者支援して当選寄与したとして、佐伯秘書に対し、絵画の買い取り名下に現金500万円の支払いを要求し、300万円を工面させた」と指摘。その後も「安倍議員に面会して金員を要求したが拒絶されたため恨みを抱いた」と述べ、親交があった工藤会系組長の高野被告(56)=同=と共謀して犯行に及んだと主張した。

2016-07-24

以前、3日に一回程のペースでブログを書いていた時期があった。

当時は慣れない土地一人暮らしを始めた時期で、その時に書いていたのは自分のなかのドロドロしたものや、自分の中で処理しきれない葛藤を書いていた。

ドロドロしたもの葛藤と書いたが、要は自分の置かれた境遇に対して一方的被害者面をしながらひたすら周囲への恨みつらみを書いていた。

今思い返すとその時の自分は、自分の身の周りを取り囲む環境や、さらにその周りを取り囲んでいる社会というものを、何か得体の知れない怪物のようなものだ、というイメージで捉えていた。

そしてブログ文章を書くことで、その怪物とどうにか闘っていくのだ、と当時の自分は考えていた。





その後所属する組織が変わることで、社会から隔離されたような不安定身分から、それなりに安定した社会的身分を得ることが出来て、プライベート人間関係でも新たな要素が加わったりするなど、公私ともに安定した生活を得ることが出来たが。その一方で、ブログを書くという習慣はその頃から無くなった。

特に大きかったのは、プライベートできちんと話を聴いてくれる人が出来たことで、それ以来ブログを書きたいと思うことはほとんど無くなった。

自分が何かを悩み始めれば、電話なりLINEでいつでも聴いてくれる人が出来たので、1人で悶々としたものを内に抱え続ける必要が無くなった。




ただそれだけの話なのだが、当時の自分、血を滲ませるようにブログ文章をつづっていた当時の自分はそれを聞いて納得するだろうか。

社会対峙するつもりでブログ文章を習慣的につづり続けるという行為は、公私の生活が安定し始めた途端に消滅してしまったのだと当時の自分が聞いたらきっと、じゃあ自分自分なりに誠実に書いていたそれらのものは一体何の価値があったのだ、と感じて悲しくなったり、社会的身分が安定して私生活が充実したからといって、ひとりで世界対峙する思考を捨ててしまったお前は腰抜けだなどと今の自分のことを責めるだろう。

当時の自分は、周囲への怒りを原動力にして自分を取り巻く環境社会糾弾し続けることが状況を前進させるのだと思っていたし、それが社会にとっても有意義なことだとさえ思っていた。




あのときブログ文章をつづることがいずれ、この境遇から少しでも自分を進ませることにつながる、と考えていた。

あるいはブログ文章をつづることは、このクソ現実を変えるための有意義行為であるかのようにすら感じていた。

それは有意義もなにも、自分が辛いのはこの世界を作ったお前らのせいだ、と自分が苦しいのを自分を取り巻く環境のせいにすることでしかなかったのに。




当時の自分は、自分が辛い状況に置かれることになった大本の原因は自分を取り巻く環境社会にあるのだ、と決めつけていた。

そしてそういう思考の枠組みが、単なる思い込みであることに気がついていなかった。




今振り返ると、当時の自分は、自分を取り巻く世界自分自身とを対立させてしか物事を考えることが出来てない。

社会vs自分、という構図でいつも物事を考えていたし、その二項対立に固執していたのだと思う。



そしてその二項対立から導き出される「社会」というものは、現実自分身の回りを取り囲む、顔の見える範囲での人との関わり方というものから乖離した、自分の頭の中だけで作り出されたものだった。

現実自分の周りにいる、顔の見える人たちとの関わり方に対して責任を果たそう、という考えを持つことは無かった。

そして現実に実際の人々と関わりを持つことを避けてきたために、自分の頭の中で「社会」というものは、ひたすら暴力的衝動に突き動かされて自分のことを搾取する理解不能怪物のようなものだ、という考えばかりが占めるようになった。



そもそも当時置かれていた環境は、今思い返すと、そんなに思い悩んで苦しむようなものだったのかすら怪しい。

一人で勝手に苦しんで、一人で勝手に状況を悪化させていただけだったように今は思える。




当時の自分はどうしてそこまで頑なに自分世界から切り離して物事を考え続けていたのだろうか。

どうしてそのような二項対立は公私の生活が安定することでいとも簡単に消し去ったのか。




けっきょく私は、自分の周りの世界に対して、どうして自分の欲求を満たしてくれないのだと怒っていただけなのだと思う。

どうして自分の欲求に沿った環境を用意してくれないのだ。どうして皆もっと私に構ってくれないのか。そう思っていた。





いくつかの偶然と幸福が重なって、私のその欲求のいくつかは叶えられた。欲求が満たされない頃は赤ん坊のように泣き喚いて不満を表明していたが、腹が満たされオムツを替えられると、また母の胸の中ですやすやと眠り始めた。




から、あぁそうだ、自分たまたま幸運が重なって、母乳で腹を満たされ湿ったオムツも変えてもらえたから、それで泣き喚くのを止めただけなんだ。





たまたま欲求が満たされたから、母に対するギャン泣きを止めただけで、決して自分の足で歩き始めたわけではない。




いま腹いっぱいのうちに、母がいなくても大丈夫なようにひとり立ち出来るようにすることが、今の自分がするべきことだ。

文章を書く

文章を書く。特に書く事は決まっていない。




以前、3日に一回程のペースでブログを書いていた時期があった。

当時は慣れない土地一人暮らしを始めた時期で、その時に書いていたのは自分のなかのドロドロしたものや、自分の中で処理しきれない葛藤を書いていた。

ドロドロしたもの葛藤と書いたが、要は自分の置かれた境遇に対して一方的被害者面をしながらひたすら周囲への恨みつらみを書いていた。

今思い返すとその時の自分は、自分の身の周りを取り囲む環境や、さらにその周りを取り囲んでいる社会というものを、何か得体の知れない怪物のようなものだ、というイメージで捉えていた。


その後生活の拠点を移し、人間関係でも新しい要素が加わったりして、ブログを書くことは無くなった。

早い話がプライベートできちんと話を聴いてくれる人が出来たことで、ブログを書きたいと思うことが無くなった。

2016-07-23

 

ポケモンGO楽しい

やりながら散歩してきたけど歩きスマホ必要なんて全然ないじゃねーの

危ないのは知らない土地地図見ながら歩く時くらいかなぁ

でもそれポケモンGOに限らないよね

俺は「政治的人間」なんだろう。

自分についての話。

俺がなんで安倍政権がとか、在特会がに怒りを日ごろ表しているんだろうとふと考える。

俺はさ、多分理不尽に強いモノが弱いモノを踏みにじる光景が嫌いなんだと思う。これも多分…なんだけど、その土地で生きている人が国家とかに凌辱され、住むとこを奪われたり、「朝鮮人である」というだけ、何の罪もない子どもが通う学校が訳のわからん日の丸おじさんに襲撃されるのが許せないんだと思う。

…思うってのはぶっちゃけそれだけじゃないってこと。

俺がさ、その手の長文を長く書くときを思い返すとさ、だいたい仕事に失敗したとか、私生活トラブルがあったとか…そういう日の夜なんだよね。

正直言えば、自分自分の怒りを自らに近い対象、直接の原因に向けるのがこわいんだ。

から、明確な「悪」自分とはちょっと遠い場所にいる「悪」に向けたいがために、政治に首突っ込んだり、変な文章を書いている側面はあるなと思う。

それが「人間らしい」のか、或いは「真剣にやっている人に失礼」

なのかみたいな問題には興味がない。興味がないってか、結局俺はそうならざる負えないからな。そういうことをしないと生きていけないんだ。

から、これからもそういうことをし続けるだろうよ。

だってそうだ。自分仕事についてはどうも「波」があるらしい。先月は割と好調で、新しい仕事を任されたんだけど、今月はぜっ不調で…。それで、だから今回も長文を書いているんだろう。

俺はさ、自分が正直、100%自分自身コントロールできてないと思う。

好調の時はこれでも目端が効くんだけど、不調の時は「目の前にあること」が一部分、真っ暗になると言うか、意識がそこに向かなくなるんだ。

普段は見えているけど、道端に落ちているゴミが見えているんだけど、認識できなくなる…そんな感覚。俺はわざとさぼっているわけでも、やる気がないわけでもない。ただ、認知機能みたいなのが低下するんだな。自分ギアコントロール出来ない。

俺は、他人にこう、自分意思を伝えるのも苦手だ。自分自分説明すらできない。

よくよく考えるとウチの父もそうだ。

あの人は人に怒れないんだな、怒るんじゃなくて、モノに当たったり、思いだして夜中に騒いだり、徘徊したり…みたいなそういうタイプなんだ。真正から誰かに向き合うのが苦手なんだろう。

俺もそういうとこがある。ほぼ毎日会う親にすらいまだに真剣に向かい合ったことがないし、向かい合い方もわからない。

不器用」なんていうと綺麗に聞こえるけど、逃げているのかもしれないな。或いは「逃げざる負えないのかも」

なんかな、そういう感じなんだ。

ただ敢えて言うけど、俺は「直接の悪」に向かえないおろか者だ。そして、自分に素直になれない、自分自分の心を本当のところ知らないダメ人間だ。

ただな、だからこそ俺の怒りも悲しみも俺のモノにしたいけどな。

なんかさ、怒りってのを誰かにコントロールされたくない。

世間の少なからずの人はどうも違うらしいじゃん。例えば「1984年」の憎悪週間…が近いのかな。

政治思想対象は勿論、時に国家民族対象になったり、まぁ…軽いあたりだとスポーツチームの勝ち負けもそうだ。

誰かと自らの感覚を共有して、「集まり」「皆」の「感情」に自分を合わせるのって本当に楽だし、楽しいし、安心するんだろうなって思う。それが怒りであっても、誇りで会ってもだ。

右はもちろん、左に対しても俺は思う。

人の大きな集まりは怖いよ。

みんなが「社会だ、国家だ」のために「怒ってる」。少なくとも現場じゃ「そういう設定」になっているわけだ。

それは凄くわかることであるんだけど、俺みたいなちょっと弱い人間がそういうことに関わっちいかんなと思う。

俺はそういうことはしない。しないってか出来ないんだな。

そもそも、俺みたいな人間がそういうことをしちゃあいけないんだ。

俺は「言いたいから言っている」のではなく「言わないと自分が壊れちまう」から政治とかなんかの怒りを表明しちまうんだ。

「皆」に一時は共鳴できても、こらえ性もなければ…なぜか…本当に人と合わせられないから、関わった「皆」と違う道にいつの間にか進んじまう。

そして余計にさみしい思いをする。

俺は、まぁなんつーか、そういう不適応人間だ。

ただ、それでも死にたいとか、楽になりたいとは思わない。

なんかさ、そういう自分がそういう自分であることを認めてそれでも生きていかなきゃならんと思う。俺には生き続けなきゃいけない天命があるはず。少しでも光のあたる方向に行きたい、自分毎日少しずつ明るい方向にはい出している…そうであると信じないととてもじゃねーけど…やっていけない。

生きている意味がなくなっちまう

カッコいい言い方をすれば寂しさを胸に抱いて、それを自任して、それでもなお生きていかなきゃいかんのだろう(笑)

から俺は、群れを外れたかわいそうな羊、自称個人主義者でアナキストの…でもどこかで大いなる共感を求める「右翼天皇主義者」なんだろうよ。矛盾している「かも」だがよ。

俺は自分ダメさ加減に「意味」を見出している。それはそれ自身が唯心的な行為なんだ。

唯心論だの運命だの天命だの持ち出して来て、自分不器用説明をしちまって、無理やり飲み込むからこそ「俺は右翼なのだと思う。

結局、俺は語彙が足りないから、また「政治」の話題を書いて、政治ワードをもって、自らを表現しちまった。

そういう意味じゃ、俺は「政治的人間」なんだろう。

毎回選挙に行く人や、デモ集会に毎度顔を出すような人よりも…よっぽどね。

2016-07-21

ハセカラは証人保護プログラムみたいの受けられないのか

最近ハセカラ騒動というものを知った

洋画でよくある証人保護プログラムみたいのは受けられないのでしょうか

別人として別の土地暮らして貰う感じの

http://shijinblog.hatenablog.com/entry/2016/07/21/094439

東京10年で飽きるが

地方が3日で飽きる

 

飽きるまでの間に、自分お気に入りを見つけることが出来れば

その土地に居続けることが幸せになる

70だかのジジイに絡まれ酒した

主に絡まれてたのは一緒にいた友達だったけど、飲んでた店の閉店で家に帰ろうとしたら強引にスナックに連れていかれた。

ジジイ足元フラッフラになってたし、帰ろうとしたら何言ってるかわからないけど大声出すしで、

放置してのたれ死なれてもあれかなーと思って、一応ついて行ったけど、自分の体力とか精神力に余裕がない場合はあーいうのは見捨てるのが正解だったっぽい。

ロクなもんじゃいねもっとちゃんと自分が気乗りするかどうかで判断しておけばよかった。



ジジイ語録

「ここらじゃ同和も総連ヤクザも一緒くたじゃ!」(まあそういう混沌とした土地柄ではある)

「それぞれもう随分偉い立場になってるけど、誰かが調子に乗ってナメたこと言ったらすぐ地区の上の者がシメ上げるし、今の立場がどうでも先輩には逆らえん」

総連のお偉いさんになっとる奴も、ここに来てワシらが「オゥ」って声かけたらペコペコするんじゃ!」

高校生の頃は同級生がいたから組長のトコに「オーッス」って遊びに行ってたもんじゃ

「このでかいマンション同級生の親の持ち物じゃ」

「(通りすがりスナックで)なんやこの店は!こんな店知らんぞ、この辺は○○が仕切っとんじゃないのか!」

「オゥママ、ワシ○○の連れやけどな、ここらで商売やっとったら○○知っとるやろ?ここの店はいからやっとる?」「○○さん?ちょっと存じ上げませんが……お店はかれこれ20年ほど……」



喋ることの9割が地域自分のろくでもなさの自慢と、各組織親玉と繋がろうと思えば繋がれるんだぞ的な自慢。

ボスと直接マブダチとかですらなさそうだった、後輩(同じ学校だっただけで絡んだことない)とか同級生の親とか、そんな感じ。

田舎実家地主とかだとたまにいるよね、昔同じ学校に1年通ってただけで、「昔ここの息子を中学でよく世話してやったんだけど!」って急に何か変な頼み事しに来る頭のおかしな人。

名前聞いてもそんなのが学校にいたようないなかったような程度で、誰お前喋ったこともねえよみたいな。なんかそういう人と同じ匂いを感じた。

田舎DQNがそのまま育ったような?地域密着DQNジジイ



言ってる本人もなんか社長らしくて、まあ俺らなんかよりははるかに金持ってんだろうに、なんか全体的に小物っぽくて哀しくなる。

喋れば喋るほどジジイ自身自分には特に何もないと思ってるんだろうなーっていう。

ちゃんと自分生業の話でもしてくれればなんだかんだスゲーって思う事ありそうなもんなのに。

スナックで隙あらば店員さんにボディタッチしようとしてさりげなく手を引き剥がされてたりしててホントお店の人に申し訳なかった。

同じ話を10周ぐらいしたところで限界を感じた店員さんから促されて退店、

とりあえずジジイお金を払ってもらった弱みがあるけど、それ差し引いても睡眠時間削られるし、残念な時間の使い方だった。

2016-07-20

田舎弱者にとって生きづらい

田舎自家用車運転免許を持ってないと買い物も通勤も通院もできない、生活が成り立たない。

都会なら公共交通機関で充分どこにでも行けるし、レジャーレンタカーでOK。

レンタカー屋いっぱいある。タクシーも流しのがすぐ捕まる。アプリで呼んでもすぐ来る。

自家用車を所有すると、自動車税車検もあるし、なによりメンテナンスに気をつかわないといけない。

車が趣味ならいいけど、移動が目的場合、もう面倒でしかない。車に興味なくて移動だけが目的なら公共交通の充実した都会一択

コンビニすら車出す田舎生活より、駅の乗り換えがある、徒歩圏内施設が集まっている都会の方が、日々の歩数が増えて健康にいい。

 

あと都会はバリアフリーの駅がほとんどだし、商業施設も多い。

介助者無しで一人行動している車いすの人をよく見る。田舎ではまず無理。インフラがいちいち古いから。

都会はセクシャルマイノリティへの理解もある。田舎では蔑視されるから隠れて生きるしか無いが、

都会に出ればセクシャルマイノリティコミュニティが成り立つ。

そもそもの人口が多いから、マイノリティだけでも集まれるほどのボリュームが出る。田舎では無理。

オタクとか、恋愛結婚をしない選択をする人間への目線もそう。都会は良い意味で無関心、田舎では干渉が酷い。

異物をスルーするのではなく滅ぼそうとするのが田舎人。なぜなら暇だから

 

田舎結婚多いが、不幸な結婚も多い。DVされてシングルマザーになり、ろくな職がなく経済的に終わる女たくさん居る。看護師以外全滅だと思う。

経済的に終わりたくなくて、離婚したいのに我慢しているババアもたくさん。その手のババアは本当に性格が悪い。

独身にも既婚者にも干渉するし不寛容ジジイはパチと酒にしか興味ない死体ババア干渉モンスター

接客必要ない職業、都会にしかない。プログラミングとかデザインとか、コミュ障クリエイターが都会では数多く働いていて、

田舎にはそういう人が働ける職がない。介護とか営業とか飲食とか、対人スキルが求められるものばっかり。情緒不安定お客様サンドバッグ

田舎で、コミュ障でも就ける職って、ドカタだけじゃないか?女のコミュ障に行き場は無いな。

 

田舎だと所得が低くても持ち家が可能、それはそうだな。でも持ち家ってそんなに有利か?修繕費をナメてないか

不動産の購入は自宅用といえど投資。でも田舎土地の値段が低く、建物の値段はどんどん下がる。

都会の駅近物件は値下がりしにくい(上がることすらある)から買う価値があるが、田舎の戸建てに買う価値なんか無いんじゃないか

田舎不動産を買うのは投資じゃなく消費だと思う。低収入でも新築を消費できるという満足感に金を払っていて合理的じゃない。

家族の変化、加齢による生活スタイルの変化にも、持ち家は弱い。高齢になると子供独立して部屋が余って掃除ばかり大変になったり、

庭の植木類が大変だったり金がかかったり、戸建てのメンテが体力的にキツくなりマンションに住みたがるようになる。

土地が高いエリアなら売買の手間や手数料をペイできるし、未曽有の低金利時代を乗りこなすことも可能かもしれないが、

田舎では仲介業者を儲けさせるだけ(といっても田舎仲介業者もたいして景気良くは無いが)。

田舎こそ賃貸に住んだ方がいい。今後、ゴミ屋敷人糞を庭で煮るなどの気狂い独居老人はどんどん増える。

今のところ、問題のある隣人をなんとかする制度がお粗末で、死を待つ以外に解決不可能なため、気軽な脱出可能賃貸こそが安全

 

あと田舎治安別に良くない。目撃者がいない、監視カメラが無いなどで、犯人が逃げ放題でもある。チンケな性犯罪人口の割に多い。

田舎若者話題が、芸能関係の噂話とソシャゲとパチと風俗。あと中学の頃の話とか。話題バリエーションが少ない。

週刊誌っぽい話題に興味がなければコミュニティで浮く。中学の頃のカーストが低ければずっと底辺扱いのまま。

話題底辺じゃない田舎住まいは、転勤族友達になるか、インターネットで都会人とつるんでる。

 

地主医者の家じゃなくて金持ちになる方法が無い。コネ無しで高収入の職は少ないが、都会には存在し、田舎にはゼロ

既得権が強いのは全世界変わらないだろうが、田舎と比べると都会の方がまだ流動性がある。ゼロではない分、マシというか。

田舎で得するのは既得権層の家に生まれた、中年以上の人間。あとヤンキーヤンキーは都会で頭脳労働にあぶれるより、地元でドカタやりながら威張り散らしてたほうが得。

自分田舎で得するか都会で得するか考えた方がいいと思う。多くの若者は都会にいたほうが得するから田舎から流出しているんだと思う。

2016-07-18

松前病院を語ってみる

立場としては、北海道在住、バイト医。趣味聖地巡り。

こないだ道南で割りのいいバイトがあったので何個か組み合わせて道南出張の旅をやってきた。

イカ食ったり、夜景見たりそれはそれでとても楽しかったのだが、うわさで松前病院崩壊という話があったので偵察してきた。

もちろん松前は以前から行ってみたい土地の一つであり、松前城博物館の展示物はとても興味ぶかく満足いく旅であった。

まずは通り一遍松前観光を終えて、なんとなくそこらへんでランチ

人もいないがさすがに海鮮うまいなーと寿司をほうばりつつ、大将世間話をしてみていくつかわかったことがあった。(当方自称歴史好きサラリーマン

いわく

松前にも病院はあるが、たいしたことやってくれない

・大きい病気とき函館に行く

盲腸だってやれない病院なのに信頼なんてできっこない

・やめるとかなんとかいってるけどまぁもう関係ない、どうせ函館行くから

新幹線木古内うらやましい・・・

ぐらいのこと。

最初に感じたのは住民病院ギャップ

まずはこの地域のこの規模の病院を維持するのはとんでもなく大変なことだということを地域住民(すし屋の大将をn=1で代表にして申し訳ないが)が

全くといって理解していないこと。

しか木村院長のもと「全科診療医」として(これはこれで異論も無いわけではないが)とりあえずは何でも診ますという姿勢を貫いていること、これがどれだけ

大変なことかを理解していない。とりあえず診ますということは診たものに関しては紹介もふくめて最後まで面倒を見ることに他ならないと思う。

それを「専門外」ですから、という一言で片付けられて自分函館まで連れて行って一から病院を当たる苦労を肩代わりしているなんて想像もついていないんだろう。

そこにはやはり、この過疎の土地で「他でも生きていけるよそ者技術者」が「自分たち税金で高級をとって」、「盲腸すらろくに見れない」というゆがんだ認知があると思う。

アッペの手術なんて比べ物にならない恩恵を受けているにもかかわらず 函館年収1000万円でアッペのオペができる医者>>>>松前に単身来て年収1500万円で何でも診てくれる医者という

認識になっているのは、だいぶ愕然としたけどなんとなく聖地というか日本僻地全般してみられる認識なのかもしれない。

ブログとかつらつらと拝見するに、「よそもの」が「高い給料とって」、「地域事情も知らずに」、「きれいごとばっかいって」、「われわれの日銭が入る貴重な機会をつぶしてる」

みたいな認識なんだと思うし、その認知の歪みを是正するなんて、今5-70代の松前オピニオンリーダーに求めても、ぜーったいに無理に決まってるので

粛々と撤退するほか無いんだろうなーと思うし、正直ここが崩れたら救急医療の道南ドミノ大会が盛大に開催されるに決まってますので近づかないにしかず、という聖地ならではの

景色が繰り広げられることだと思うことですよ。

あ、なんか七人中四人しかやめないなんて報道ありますけど、地域枠の後期研修医とその御守り役が残るだけなので、来年には医者ゼロだと思いますよー。

さすがに道庁もこんな聖地虎の子はもう送らないと思いますどっとはらい



追記 報道見ると研修医さん10月で別のところいけるんですね、よかった。で、やめるの三人というと院長と後期研修医と、子飼いERさん?後の人どうするんでしょうね。あまり残るとも思えませんが。

http://anond.hatelabo.jp/20160718141012

経済政策としても、国民生活の向上を目的としても、持ち家率を増やすことがそれにつながると解釈されている。

から住宅ローン減税ほか、持ち家には補助が出る。

一方で、土地持ちが幸せかといえば、貸すのは困難。

地主=悪、という図式が強く、土地住宅を貸すためのハードルはすごく高く設定されてる。

結果として、都市部賃貸住まいはとても損をしてる。

日本国でのお金トラフィックは、稼いでる中央から赤字地方への富の再配分。

都市部に住んでいても貧しいと言われても、その流れには抗えず、都市部賃貸暮らしには配分されない。

都市部若者は、働いても働いても吸い上げられ、地方は、働けば働くだけ赤字なのに、公共事業を降らしてわざわざ赤字を拡大させてる。

米国みたいに各州で柔軟に政策を変えられれば別だが、全国一律でエイやって政策実施されると、しわ寄せがどっかにくるよね。