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2017-01-21

カイシャの評判とかいクチコミ()サイト

「カイシャの評判」っていうクチコミサイトがあるんだけど、みんな知ってるかな?


「エン転職」の運営元(エン・ジャパン)が運営している、転職クチコミサイトだ。


転職したい人が勤務してる会社クチコミ書けば、転職したい会社クチコミ見れるってやつ。


そういうサイトって他にVorkersとか転職会議とかキャリコネとかあるんだけど、少なくともカイシャの評判のクチコミは信用しないほうが良いよ。(他のサイトクチコミは信用できるって言ってるわけではない)


カイシャの評判ってSEOすごい強いらしく、何も知らない友人がSEOで出てきたカイシャの評判の情報信じて転職したら、内情が全然違ってひどい目にあったらしい。実はカイシャの評判がクソな理由ってのが明確にあって、こういう被害者増えたら良くねぇなと思ったので、匿名の形だけど俺なりに世の中に警鐘を鳴らしていきたいと思う。


俺が知っている限り、カイシャの評判使わないほうがいい理由が2つあって、一つは「クラウドソーシングでのクチコミ収集」、もう一つは「エン転職お金払ってる企業優遇」だ。


以下、1つづつ詳しく書いていく。


1. クラウドソーシングによるクチコミ収集

まずひとつ目はWE◎Qとかでも話題になったクラウドソーシング関係する話だ。


クラウドソーシングっていうと分からない人もいるかもだけど、ネット上で1文字1円とかで記事募集できるクラウドワークスとかランサーズっていうサイトのことだ。


実はカイシャの評判はオープンする前の2014年の末頃からランサーズクチコミ収集していた。収集に使っていたアカウントは以下の2つだ。(他にもあるかもしれない)


大胆なことに今でも依頼履歴隠蔽とかはしてなくて、ランサーズ上でちょっと調べれば大量に過去依頼履歴が出てくる。以下に3つぐらい抜粋する。


クチコミクラウドソーシング収集するってのは良くあるんだけど、大企業がやるときって、エステとか通販商品とか、まぁそれ信じて失敗してもその人の人生を左右するわけじゃない程度のもの収集するのが普通なのよ。いわゆるモラルってやつね。


ところがどっこい、そのへん、エン・ジャパンさんの「カイシャの評判」先輩がワイルドなわけですよ。


何が問題って、転職クチコミサイトってさ、転職しようかどうか迷ってる人が藁にもすがる思いで使うわけよ。そういうユーザーが見るクチコミ()コンテンツ



ってどうなのよ?アフィカスが作る転職エージェント比較サイト()とかのクチコミならまだしも、上場企業が大規模にやるもんじゃなくね?


上場企業が作るサイトコンテンツって普通の人は一定信頼するわけじゃん?金に目がくらんだクラウドワーカーが鼻くそほじりながらてきとーに書いたクチコミと知らずに信じるわけじゃん?それで転職決意するユーザーもいるわけじゃん?もし転職失敗してみなよ?人生狂う人とか出てくるわけよ?そのユーザー家族とかも不幸になるかもじゃん?そういう人たちが苦しみ感じるかもしれないとか考えないのかな?わからないのかな?どうでもいいのかな?


今はクラウドソーシングでのクチコミ収集やってないみたいだけど、人のココロなんてどうでもいい運営者が運営しているサイトってこったろうね。


なんてこったい。


2. 「エン転職」の求人掲載時のインタビュー内容をもとにした収集

クラウドソーシングでのクチコミ()の収集は今はやってないみたいだから、百歩譲って、サイト立ち上げの際に魔が差してやってしまたかもしれないとして、ここは一旦許すとしよう。


ところがだ。


ところがですよ。


ここからが大切なところなんですよ。


かなりやばい話なので念のため但し書きをしておくと、これは俺が複数取引先の複数の人に聞いたことで、自分が明確な証拠を握っているわけでもない。が、信頼できる方々が同じような内容をおっしゃっていたのでほぼ確実な事実だと思う。


というわけで本題。


カイシャの評判が今でもマジでふざけてるのは、エン転職お金払って求人掲載すれば、カイシャの評判に載ってる企業にとって都合の悪いクチコミを消し去ってくれたり、求人掲載するためのインタビュー内容をもとにしてクチコミ捏造してくれたりするらしい。それが所謂ブラック企業であったりしても同様とのことだ。


にわかには信じがたいことで、最初聞いたときは「エン・ジャパンほどの企業がそんなことしないでしょww」って耳を疑ったんだけど、どうやら本当らしい。なんとなく思ってたんだけど、カイシャの評判って、Vorkersとかキャリコネとかに比べたら、いわゆるブラック企業でもあん悪口かかれてなかったりするんよね。それって多分、まぁ、上記のようなことをやってるからなんでしょう。


なんてこったい。


お金を払ってくれた企業は最大限優遇する、っていうのは営利企業として当然なのかもしれない。


けど、今の職場では過労死しそうだったり、何か絶望的な状況に追い込まれていたり、はたまたキャリアで成し遂げたいことがあったりして、転職を志すユーザーが、藁にもすがる思いで情報収集をしているときに目にする情報を捻じ曲げて、捏造して、もしくはブラック企業隠蔽したい不都合情報とかを握りつぶしてまで、その目標を達成したいんだろうか?


WE◎Q問題ときも思ったんだけど、KPIとか売上を追い求めるあまりWebサイトを利用するユーザーにはそのユーザー家族人生があることを忘れ、ユーザーの様々な悩みにつけこんで、その人達から搾取してまでKPIとか売上っていう無機質な数値を伸ばすことに執着するのってなぜなんだろう。


もし、エン・ジャパンのカイシャの評判担当の人がこの投稿を見ることがあったら、今からでも遅くないと思うので、ユーザーに誠実に向き合って、正しい情報を正しく伝える、真っ当で健全運営をしてほしい。


まぁ無理だろうけど。


参考: ランサーズ上に残ってた依頼履歴

今でも40件ぐらい依頼履歴残ってたので別記事リスト化しておく。

http://anond.hatelabo.jp/20170121223230

低学歴でも解るようなことを高学歴のくせにわからない」

ってただの低能よりもなんかアレとみなされかねないのが世の中ってものだよね、と思った。

2017-01-20

http://anond.hatelabo.jp/20170106193405

非常にわかやすいはなしだった



元カノが先輩を好きになったといいだした。困ったことにその時先輩と色々作業をしなければならなかった

非常に焦ったので毎回その前に猿のようにやりまくったがまったくの逆効果だった。今思えば俺とやって発情したあとに

毎回先輩とあうので先輩への発情が止まらずそのまま去っていったことに非常に納得がいく



哀しい話だと思うだろうが、その後先輩から「なんかお前の元カノからぐいぐい来るけど興味ないんだわ」と言われ

二人で大爆笑しながら悪い意味ではない兄弟のような仲になったので心配はいらない

2017-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20170119190900

40超えてるかどうかってそんなに明らかにわかるのが常識なのか?

2017-01-17

本人の意識しないトラバのクセ

自分客観視できないバカにはわからないだろうけど

増田にある程度慣れると、トラバでどういう反応するかでだいたい本人認定ができる。

ここで言うとネタバレになるので隠しておくけど(笑)特に攻撃的なトラバをつける人間のクセというのは非常にわかやすい。

そしてそれを自分で隠しているつもりになっているのがなんとも痛々しくも、微笑ましい(笑)

電子書籍を取り巻く日本事情

業界の程よく中心から距離のある関係者視点で、電子書籍を取り巻く日本事情について書いてみます

ここ数日話題になってる「全部電子書籍でだせっていってんだろ」「くそ業界滅びろよ」っていう読者の声と、それに対する業界いいわけじみたコメントに対するメモですね。

スタンスとしては、業界側の視点ではあるんですが、業界擁護するつもりはありません。すべての業界や消費物と同じように、必要とされなければ声を荒げなくても滅びると思っているので(そして出版業界斜陽であるのはもう周知の事実ですので)、ことさら擁護必要もなければ罵声を浴びせる必要もない、というのが個人的気持ちです。

読者側にも業界側にも各論はそれぞれあるとおもうのですが、今回述べたいのは、総論として「日本出版業界は、日本書籍市場に過剰適応してしまった」という点です。

この場合日本書籍市場」っていうのは、取次ぎのシステムであるとか、再販規制であるとか、書籍の値段分布であるとか、日本人読書傾向であるとか、まあ、そういうもろもろです。

さらに誤解を恐れずにいうのならば、「日本書籍読者の皆さんと、日本出版業界は、共依存の状況にあります」というのも加えたい視点です。

日本書籍読者の皆さん」というとなんだかすごい人数いるような感じがしますけれど、統計から見ても、「年間一冊以上、字ばかりの書籍を買う人」なんてものは、日本人口の20%もいません。もっと頻繁に本を買う人、書籍を買うというのが日常行動になってる人の数の統計は見たことがありませんが、体感で言えばその20%の数分の1ではないでしょうか? 「書籍のヘビーな読者」というのは、もはや不特定多数ではなく、特定多数なのです。

そういう非常に熱心な読者の方の存在を前提に、どっぷり浸かって過剰適応したのが日本出版業界です。

世界的に見て、日本出版業界は、出版物の値段、出版物バラエティ出版物の点数、印刷クオリティ、全国配送網、書籍へのアクセサビリティなどの点で、類を見ないほど高いレベルにあります個人的には、変態的で気味が悪いほどレベルが高いと思っています。こういった点は、日本読書文化とさきほどの「熱心な読者の皆さん」に支えられて、長年かけて進化してきた成果でしょう。

そしてその進化は、過剰適応の段階にあるのです。

出版という視点から離れてただのビジネス的な話として判断してほしいのですが、つまりそれは高度成長期を何度も経験して人口も増えて、中間層が発達して、娯楽に可処分所得を投入可能になった国が、「親にしかられない文化王様」として書籍を愛して、業界側もせっせと面白楽しい本を矢継ぎ早に出した結果です。そういう設備投資、そういう人材発掘、そういうスキーム作りをしたのです。再販規制も、広い意味で言えば「そういうスキーム」の一種しかありません。

現在出版不況は(個人的にはそんなに不況だと思っていないのですが)、このシステムのものがが、時代の流れに置いてけぼりになってしまったというだけのことです。少子化であるとか住宅事情の変化であるとか、読書文化の変遷(ここに電子書籍は含まれます)についていけなくなっているのが、現在業界を取り巻く現状です。

では、そういう仕組みを変えればいいじゃないか! と皆さん思うでしょう。

もっともです。時代に合わない企業は淘汰されるのが自然の仕組みです。

しかしながら前述したとおり、出版業界適応を超えて、過剰適応の段階にあります出版業界が今の時代に合わせる難易度は非常に高いです(それはみなさんも、出版業界の動きからうすうす察していますよね?)。イノベーションを起こす人的な余裕も経済的な余裕もほぼありません。大手がのろのろ動いていますが、この速度は何も出し渋っているとか、一部の読者の皆さんが言っているような嫌がらせなどという陰謀論ではありません。過剰適応して余裕がないだけです。

個人的見解でいえば、大手出版社が華麗にイノベーションを起こしてパラダイムシフトを達成するよりも、非出版業界会社が新しいスキームで参入するとか(Amazonはこれにあたります新規出版社になるというほうが、実現速度はずっと早いと思っています

まあ、とにかくイノベーションですから、壊して作るしかないのです。が、過剰適応しているので壊しづらい。それだけです。

この辺の話は、ビジネス書を読めばいくらでも出てくると思いますが、今回指摘しておきたいのはその先の「過剰適応」と「共依存」についてです。

電子書籍への移行を求める読者の皆さんはおそらく書籍愛好家ですし、今まで出版業界を支えてくれた皆さんだと思います

これを書くと炎上してしまう気もするのですが、出版物の値段、出版物バラエティ出版物の点数、印刷クオリティ、全国配送網などの利益を得てきたのも、皆さんなのです。あえて言いますが、読書家の皆さんはそれを「既得権益」だと思ってはいませんか? 共依存と指摘したのはこの点で、読者の皆さんはそういう環境を当たり前だとは思っているように感じるのです。自分日本人子供のころから日本の豊かな出版文化に首までどっぷり浸かっていましたので、それが当たり前の光景だという感覚はよくわかります。が、世界のすべてがこのように豊かなわけではないということを、ビジネスを通して学びました。

こういう書き方をすると、「出版業界脅迫」というコメントがつく気もするのですが、考えてもください。「脅迫だと感じる」ことこそ「あって当然の権利だと私は思っている」という告白なのです。

重ねて言います脅迫でもないし出版業界擁護でもありません。不要判断されれば業界が消えるだけだと思っています

イノベーションを起こして業界を変革するというのはよいことで、最終的にはユーザー利益になるような調整が行われるのが市場原理ですし、最終的にはそうなると思いますが、当然「破壊」するからには失われるものもあります。たとえば電子書籍なので物理書籍より安くなるのが当然だと皆さんは考えていると思いますが、それが未来にわたって保障されるとは限りません(そもそも安くならなければいけない理由もありません)。出版点数についても、このようなバラエティ保障されるとは限りません。

過剰適応というのは、安定した市場に向けてサービスフォーカスしすぎて余裕がなくなった状態ともいえますうつりゆく市場になったからには、投資においてリスクヘッジをしなければならなくなるでしょう。

読書人口というのは限られていると指摘したとおり、それはたとえて言えば、地方自治体のようなものです。電子書籍サービスをすぐしろ! いや無理だ! というのとは関係なく、斜陽業界なのですから物理書籍も含めて、もはや「今までと同じようなサービスは望めなくなるのが当然」なのです。

もちろん、業界側(出版印刷書店も)利益を上げるためにやっているので、今までより低コストによいサービスを目指してやっていますスタッフを少なくしても同じ仕事ができるように効率かも進めますしかし、それでも吸収できないときがくれば、当然ですけれど、価格への転嫁ライン出版点数)の絞込み、地方配本の削除などが行われるでしょう。これは、どんな業種でも同じことであって、出版業界は聖域ではないのです。

一連の応酬を読むと、どうももやもやするのがこの部分で、新刊が出るのもそれが配本されるのも面白い本がでるのも、全部ただの商行為であって、信仰とか正義とか哲学とか、そういうのとは何の関係もありません。出版業界人自分たち文化人な変なプライド持ち過ぎだと思いますし、読者側は出版自分読書ライフ絶対視し過ぎではないでしょうか? ただひたすらに、その取引の瞬間、やり取りが成立しただけで、永遠も持続もその取引には含まれていません。「続刊を必ず購入してもらえる保障」も「続刊が出る保障」もその取引に含まれていないのです。

ビジネス的な観点で言うのならば、大規模な投資をしてイノベーションを起こすのであれば、「熱心ではあるけれど人口の少ない旧来の読者」などは相手にせずに、「今まであんまり書籍を買わなかったけれど、イノベーションによって買うようになった新しい読者」をターゲットにすべきでしょう。

「早いところ業界をぶっ壊せ、イノベーション起こせ!」というのは非常にわかるのですが、業界の歩みが遅いのは「熱心な読者」に執着しているからなのです(なにせ過去から現在に渡るメインのお客様ですからね)。これが、業界から熱心な読者に対する「依存」です。

ぶっ壊せと叫んだ結果、「自分の好きな出版物出版文化がなくなる」というのは、当然のリスクとして織り込むべきだと思います

自分の書いたコード自分の作ったプロダクトのどこに価値を見出せばいいのかいまだにわからずにいる。

学生時代簡単アプリケーションを作ったり、フロントエンドを好んで勉強していたから、就職して初めて携わることになったサーバサイドの開発ではこれまでの画面のような目に見える成果物がないことに戸惑った。処理が進むたびに書き込まれる膨大なログDB永続化されたレコードたち、確かなものはそのくらいで、自分が作ったものがここにあるというイメージは全く沸かなかった。

プロダクトを利用してくれるユーザは違う会社のその先にいる遠くの誰か、あるいはいるのかどうかもわからない程度の売れ行き、賞賛どころか不満の声すらこちらには届かない。業務システムからこんなものを作っているのだとドヤ顔して友人に見せびらかすこともできない。案件経験するたびにタスクをこなせる量が増えたり、人に聞かなくてもある程度自力設計してコードを書けるようになったり、そういう実感は多少なりともあるのだけれど、それだって自分から見た自分評価しかない。良い設計ができてバグのない実装ができたところで給料が上がるわけでもなく、お客様から褒められることもない。あるとしても同僚や先輩たちからこいつは多少コードが書ける人間なのだと、見切りをつけられない程度のこと。綺麗なコードを書いても年功序列の弊社では給料は上がらないし、数字で示すことができないものにお偉方は報酬をよこさない。

うちのプロダクトは特別大きな負荷がかかる処理でなければさして性能は重視されないし、設計コードも明らかにまずい作りをしていなければレビューは通る。自分コードは最低限リリースできる程度の品質であることはマージされればわかるけれど、さてこれは良いのか、それとも悪いのか。自分では判断がつかない。あるいはもっと良い作り方があるのか。答え合わせの機会がないまま淡々リリース日だけが迫ってくる。いつのまにか新しい案件下りてきていて、日々はめまぐるしく過ぎていく。

また今日も、いかにも売れなさそうなサービスひとつリリースされた。自分なりに綺麗に設計できたAPIだけれども、API設計が綺麗だからってユーザから褒められるわけでもないし、作ってる人間からしても売れなさそうなだと思うだけあって、そもそもの話、このAPIが実行される予定は未定。

最近自分が初めて開発に携わったサービスのことを思い出す。リリースから1年、いまだにユーザがつかないまま、初めての申込APIが呼び出される日を待ち続けている。

自分が生んだプロダクトの価値を認めてくれる誰かの声を、私も待ち望み続けている。

2017-01-15

http://anond.hatelabo.jp/20170115200854

過剰ににわかを叩く風潮ってどうにかならないのかね

FGOラジオ田中美海ちゃんがあまりに楽しそうだったのでこの正月からFGOはじめてるんだけど、

FGOのまとめサイトランク128とかエアプかよとか叩かれててなんかもにょもにょした感じになる

上位0.01%クラスじゃないとダメなんて言い出したらなにもできなくなるよな

2017-01-14

上級者は「初心者気持ちを考える」意識を持ってほしい

 これは初心者の、心からのお願いです。

 何でも良いのですが、人は皆一つくらいは上級者……とまでは言わなくても初心者にわかから脱却しているレベル技能知識は持っていると思われます

 「いやいや、俺はまだまだ初心者だよ」みたいなのは死んでください。そういう謙遜が真の初心者を苦しめているということを覚えてください。

 で、そういう技能について、「初心者はこのくらいのことなら出来る」ってライン想像してみたことがありますか?

 恐らく、想像し難いでしょう。そうです、一度技能を身に付けた人間が身に付けてない人の気持ちになることはとても難しいことなのです。

 それでも想像してください、「このくらいなら出来るだろう」と、人を馬鹿にしてるとしか思えない様な最低限のラインを。


 初心者は、下回ります初心者は、上級から見たら驚く程に無能で、馬鹿で、無知なのです。

 上級からしたら当たり前にできることが、初心者から見たら無理で不可能なのです。

 そのことを、とにかく頭の片隅に入れてください。「このレベルで想定するのは流石に見下しすぎじゃないか?」と思っても大丈夫です。

 それが丁度良いですから。寧ろもっと下げても良いくらいです。いや本当にお願いします。初心者理解に乏しい上級者が初心者の育成を阻害してるってことを理解してください。

はてサとは誰か?答えはムラオサが知っておる

Ez-style

あ~、そろそろ「はてサって誰?」という論点ずらしが始まるタイミングか。結構久しぶりやね。

via: http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/articles/ASK1D5JXGK1DUTFK00V.html



韓国慰安婦の件。

いつものとおり、慰安婦データベースに蓄積された日本の悪行を取り出せば論破完了というカンタンお仕事をするつもりだったが、

予想外の反応が来てはてサ界隈がにわかにざわついた。

いつものとおりとは違うふいんきをいち早く嗅ぎ取ったのがscopedogだった。

シンニュウシャアリ!

シンニュウシャアリ!!

という番犬の警戒の吠え声で、はてサが臨戦態勢に入った。



はてサに対するはてな界の攻撃は年に1、2度起こるものだ。

そこではてサグループは、

はてサ攻撃するとこんな嫌な目に合わされるぞ!という生贄を定期的に選定する。

今回の餌食は下記のidだった。

id:nekoraid:cider_kondoid:stand_up1973id:kurokawadaid:zionsid:watapocoid:mur2id:nippondanjiid:Hige2323

id:locust0138

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20170109/1483943594

http://d.hatena.ne.jp/yasugoro_2012/20170112/1484170985



はてサによるリンチで、

うわあ、こいつらに絡まれたらろくな目に合わないな、かかわらんとこ、

という気持ちにさせるという、なんとも脱力戦略なのだが、なかなか威力は抜群だ。



これとセットでよく行われるはてサグループの対抗策が、

冒頭の「はてサって誰のことよ」という定義系のお題。

Ez-style氏のいうように「いつものアレか」くらいの風物詩になり初めているので、

ここで一々周回遅れな議論が出てくるのも面倒なので、

我らがムラオサのid:kanoseはてサ評をまずはメルクマールとして記しておきたい。


はてサはてなサヨク)判定としての週刊朝日橋下報道事件

http://d.hatena.ne.jp/kanose/20121129/hatesa_hashimoto


かなり古い話題ではあるが、今でも通用するものはあるだろう。

先述したとおりこれはメルクマールであるので、

これを礎に

はてサ判定としての○○事件」を不断アップデートしていけば良いだろう。

今回の総領事館慰安婦像事件は、格好のアップデート材料であるだろう。



併せて、韓国条約問題が主眼であるはずのところをアンネ・フランク問題ニセ科学批判批判論点をずらそうとする

はてサ手法も、併せてパッチを当てる必要もあるだろう。

2017-01-13

頭悪いBBAまじで疲れる。

事実は正しく伝えようよ。

勝手に話ねじまげてんじゃねーよ。

自分で処理しろや。できないならできないなりに正しく状況説明しろよ。

お前の解釈をさも事実かのように伝えるなよ。

そのせいでどんだけ話がめんどくさいことになってるかわからないのか。

詳しく聞きたいと思って聞いたら質問に対する答えかえってこないし。

そんなこと聞いてねーよ。こっちは事実確認したいだけなんだよ。

ごまかしてんじゃねーよ

これじゃー老害って言われても仕方ないよ。

ただえらそぶってるだけでなんにも仕事してないじゃん。

しかBBAなのをかさにきて楽しようとしてんじゃねーよ。

「年だから」って言われても笑えないし。

年で体が辛いなら相応の働き方しろよ。

何で昔と同じ地位の同じ給料もらおうとしてんだよ

その地位給料でいたいなら仕事しろよ。

日本人でしょ?日本語で会話してんのになんで会話にならないんだよ。

頭悪すぎてかわいそうになってくる。

ありのままを」「相手にわかるように」「伝える」

できないんだろうな。難しくて。そうやって生きてきたんだろ

2017-01-12

http://anond.hatelabo.jp/20170112153859

あんだけ混んでいたら参拝のマナーである鳥居に一例とか参道は端を歩くとか無理ゲーだしちゃんとした信仰があるなら人がいない時に行くよな

わざわざ正月に行くやつはポーズだけのにわか

アニメ好きですって女タレントをヨイショするのやめろよ

中川翔子矢口真里、先日炎上した生駒里奈みたいな補正ありタレント美人美人ってヨイショしてたら

そりゃにわか知識披露してでも人気なりたい思うわな。

お前らが火付けなきゃあん顔面も大した事ない声優補正美人に見える声優と同レベルのクソが世に出て言いたい事言って逃げるような輩は出なかったはずだよ。

お前ら何してくれてんだよ

2017-01-11

おことばですが、あなたのいうバカ発達障害とは…

http://anond.hatelabo.jp/20170111125518

1 

そもそもイラストマークと引き出しの中身の関連が言われないと咄嗟に気付けないことはある

字で「下着」ってシールを貼ってるのにわからなかったらきれてもいいけど。



2

イラスト示唆に気付いたとしても、あんたにとって下着の絵が人には下着に見えなことは容易に考えられる。

世の中にある標識マークは長年の積み重ねとプロデザイナーによって出来ていて、

あんたがなんとなくイラスト描いてもあんた以外への視認性がどれほどのものか怪しい。



3

イラストのそれぞれの意味を見抜けたとして、

それぞれの引き出しにどういう分類で入れてるのかもまたあんたの裁量であって

他人が初めてその引き出しを開けて的確に衣類を抜き出せないのはむしろ当たり前。




まとめ

あんたの怒りってさ、

自分がよくわかっていることは他者旦那)も同じレベルでよくわかっているはずだ」という前提があって。

あんたって、自分認識していることと他者認識していることの区別をつけるのが苦手な人っぽいわけ。




まり

おたくにいるバカ発達障害というのは

旦那さんではなく…

http://anond.hatelabo.jp/20170111122330

そうなの?

にわかには信じられない。女性差別社会というのは、女性を弱いものとみなして保護しようとする社会だと思っていたのだが、日本女性差別はそれですらなかったのか?

例えば、女性は家にいるべきっていう価値観は、家にいる方が外で稼ぐよりも安全から、という考えの帰結だと思っていた。

トラバ間違えたので修正しました

http://anond.hatelabo.jp/20170111021201

オタクというのが自分悪趣味偏愛して社会性を無視している人達というのであれば、にわか定義はその通りだと思います

社会性や世間性を重視するにわかの方がよほどまともな感覚を持っているとは思いますが。

オタク」に対しての「にわか」ってどんなやつか説明できる?

俺は「世間の評判が自分指標になってるやつ」だと思う

2017-01-09

早野龍五のやっていることは決して科学手続きではない

今日この記事 http://bzfd.it/2jkl8zcホッテントリに入っていたが、正直言って早野龍五氏の科学者としての良心を疑わざるを得ない内容であった。

ところがブコメを見ると一部を除いて賞賛で溢れかえっている。未だに日本科学リテラシーが低いことを痛感した。

ということで、彼の主張の何が科学方法論としておかしいのか、挙げてみたい。

Disclaimer

この文章は、あくまでも彼の主張の問題をつくだけのものである福島安全かどうかというのは全く別の問題であり、ここではそれに関する議論は一切しない。

これでも噛みつかれそうなので一応書いておくが、別に私自身は特に何かを避けているとかはない。単に面倒だからだ。



例えばSTAP細胞ときに、たとえSTAPが存在したとしてもゲル切り貼りなどをした小保方氏はguiltyであるという主張は広く受け入れられたが、全く同じことである

たとえ福島安全であっても(その可能性はSTAP細胞実在するよりは遥かにもっともらしいとは思うが)、早野氏の科学姿勢は適切ではない。



福島とSTAPを比べるなんて失礼極まりない!放射能乙!と思われた人は論理的思考法が向いていないと思うのでブラウザバックを推奨する)

何がおかしいか

簡潔に書くと

Sr問題

これはブコメでも幾つか指摘が見られた。Srと言うのは極めて厄介な核種で、崩壊時にβ線しかさない。

β線γ線と異なり荷電粒子線であるので、物質中では前方散乱により極めて速くエネルギーを失い、かんたんに遮蔽されてしまう。

外部被曝という点ではこれはよい性質であり、我々はSrの影響を気にする必要はない。

しかしながら内部被曝ではこれは極めて厄介である基本的にはCsことなり、正確に体内のSrの量を見積もることはできない。

さらに厄介なことに、Srアルカリ土類元素であり、Csことなり生体での半減期が極めて長いことが知られている。

また、体内での蓄積部位も異なるので、影響も異なるはずである。今までの疫学調査でもSrは直接測定できていないわけで、Csほど信用に足る基準値は設けられない。

したがって、特に過去摂取について、WBC内部被曝とは一切の関係がない。あたかWBC銀の弾丸であるかのように書くのは重大な欺瞞である



食品に対しても同様で、Srの蓄積は注意深く扱う必要がある。全量検査では図ることができないからだ。

Srはあまり飛散せず、炉中に多く残っていると言われていることから汚染水はどうなっているか不明である

一応心配になった方のために厚労省資料 http://bit.ly/2iZ4M2u を挙げておくが、殆ど資料では検出限界を下回っているようなので、サンプルでの安全性という点では問題ない。

しかし、保証されているのはそのレベルであって、全量検査銀の弾丸ではないということに留意されたい。

別にサンプルしか見てないかダメだと言っているわけではないよ)



正しく事実関係を伝えることが科学の基本姿勢である

こういうソースがあって、このうちこれ由来の放射線は全量検査でき、ここであるモデル仮定するとそれ以外の放射線についてもこの程度見積もれる、というのが正しい科学である

WBC!全量検査!安全!というのではなんの説明にもなっていない。

もちろん現地でそういう説明をしているのかもしれないが、すくなくともこのインターネット記事を見るだけでは非科学的な説明しか見当たらない。

統計問題

そもそも、科学は白黒つける方法論ではない。統計学に従って、確率xx%以上でyyである、ということをいう手法である

なぜならば、ものを測って何かを予言する際には、次の3つの誤差が必ず発生しうるであるからである。すなわち、「理論誤差」「系統誤差」「統計誤差」。

高校中学で習う科学では、理論誤差はないものとして扱うが、測定時の機械による系統誤差および個人誤差は必ず生じる。

確率事象を測定することはあまりいか統計誤差には馴染みがないかもしれないが、生物の授業などで習ったのではないか

また、現実サイエンス世界では理論誤差は極めて重要である。上のように限られた情報(例えばCsの量)から何か(例えばSrの量)を推定する場合、必ずモデルが入り、それに伴う誤差が生じるからだ。



科学世界でも最も統計に対して厳しいのは、早野氏の分野である素粒子原子核の分野である

例えばCERNで見つかったHiggs粒子は5σ(99.9999426697%)以上の確率存在すると確かめられてはじめて発見と相成った。

しかし、彼がいまだかつて福島問題統計議論したことがあるだろうか?

「xx人を検査しyyであったのでモデルzz仮定すれば福島事故のせいでww病にかかる人は10万人中aa±bbである」というのが正しい科学的な言い方である

もしaaが十分少なければ、「1 / bb = nだから、nσすなわちcc.cc%の確率10万人いても誰もww病にかからない」ということができる。



ではなぜこれをしないのか?

私は全く専門外なので知らないが、おそらく疫学調査などではサンプルが少なすぎる、あるいは理論誤差が大きすぎるため、このような統計処理がうまくできないのではないだろうか。

また、「3σすなわち99.7%で安全です!」と言われても多くの人はむしろ恐怖を覚えるだろう。誰も1000人のうちの3人にはなりたくない。

(本当は3σで安全からといって3人必ず病気になるわけではない。ただ科学的には「わからない」というだけである。誤解なきよう)

最後の点に関しては100%早野氏に原因があるわけではなく、日本人リテラシーの低さも問題ではあるが。



しかしだからといってこれは全く言い訳にならない。仮にも原子核物理学者を名乗っているならば、物理学者としての作法を通すべきである

科学というのはこのように、いわば「歯切れの悪い」ものである。だからこそ、「水素が溶けた水はアンチエイジング!」みたいに歯切れのいいニセ科学が跳梁跋扈するのだ。

科学者ニセ科学に対抗するためにはきちんと科学流儀を通さなければならない。「わかりやすい」白か黒かの主張は、むしろニセ科学に歩み寄るものではないか

市民安心させるのは科学者ではなく政治家役割である

早野氏を賞賛するコメントでよく見受けられるのは、彼はアウトリーチを通して市民安心を与えているから素晴らしいのだ、という主張である

上の記事を読んでも伝わるが、早野自身も、市民安心させるという点は意識していると思われる。

しかしながら、科学者役割あくまでも観測対象客観的に見つめ、客観的結論を出すことである。その結論を見て本人がどう行動する、あるいは行動すべきかというのは、本人、あるいは政治家が決めるべきことではないか



もちろん市民安心を与えようというのが偽善だとかいうつもりはない。しかし、あまり対象に近づきすぎてしまえば、科学としての客観性が失われてしまう。

上で述べたように、あくまでも科学にわかるのは、「cc.cc%以上の確率安全」ということだけである。そのことと「絶対安全」の間には、大きな溝がある。



政治家が情けなさすぎるのか早野氏が科学者としての役割を逸脱しているのか、あるいはその両方なのかはわからないが、いずれにせよ「100%安全」というのは、科学者言葉ではない。

これが行き過ぎれば、100%STAP細胞があると信じて実験事実を捻じ曲げた、小保方晴子が再び生まれることだってありえないとはいえない

おわりに

何度も言うように、私は福島安全かどうかについては何も言うつもりはないし、この文章は何も言っていない。

ただ言っているのは、早野氏の言動には科学者として疑問を持つものが多いということである



なお、もしかしたら「東大物理の偉い先生が言ってるんだから正しいんだよ!」と思う人もいるかもしれない。

補足までに書いておくが、物理研究者福島言及している人のうち、早野氏のように「絶対安全」を繰り返す人と、ここで述べたようなきちんとした科学手続きを取っている人はだいたい半分ずつくらいである。

後者の方としては、東大の押川氏や、神大牧野氏らが「よいアウトリーチ」をしていると思う。

高齢者はなぜ身体を鍛えないの?

から疑問なのだけど、誰か教えてください。

高齢者を見ていて思うのだけど、まあなんというか身体が衰えることに対して何も対処していない。

階段をのぼるのがつらいとか、電車で立っているのがつらいとか、まあ身体が衰えたらそうだろうな。

だが、なぜ身体を鍛えない? 身体を鍛えたら、それが楽になることは目に見えているのに。別段、難しいことでもない。筋トレジョギングコンスタントにしていれば、三ヶ月ほどで見違える。

中年会社員が、ブクブク太ってしまう。これはわかる。時間もないだろうし、ストレス解消が食事などの怠惰に向かうことはあるわな。

だが、老人。お前らは仕事していないし、ストレスも抱えてないだろう? むしろ趣味サークルに入ったりして、有り余る時間をどう使おうか、困っているだろう? なら、何で身体を鍛えないの? これが本当にわからん。持病を持ってたりする人は別よ。そうじゃない大多数の老人が、何も抵抗せずにダラダラと老いていき、自分自分の首を絞めるように衰えていっているのはなんなのだろう。ジムにも老人はいないし、皇居ランでも老人はいない。おい、老人! 運動しろ! 身体を鍛えろ!! この国の老人は、いったい何をしているのだろう。

2017-01-08

悲しくって

今日も僕は生きている。

生きていることは、いいことだろうか。生きることはそんなに大事ことなのだろうか。そういうことを思うことが、最近多くなっていることに気がついた。僕が生きている今日は、誰かが必死になって生きようとしても生きれなかった一日だから大事にしないといけないだとか、生きているだけで丸儲けだとか、いろいろ言うけれど、でも僕はもう生きていることがとてもしんどいというのは、これは動かせない事実なのである

僕が好きなのは「考える」ということだ。わからないことがあったらそれがなんなのか考えて、みんなで色々と意見を言ったりして、少しでも正しい方向に進みたい、そういうちょっとした希望みたいなものが好きだ。正しいというとまた何を持ってして正しいとするかという問題が持ち上がるけれど、それはまたそれとして正しいってなんだろうかとか、そもそも正しいことを求めることは必要なのかどうかとか、そこからまた話を始めれば全部おっけーなのであって、別に僕が考えていることを肯定してほしいわけでもないし、全くもって違う意見の人が居たほうがむしろ楽しい世界は僕が思うよりもっと広い。

しかしそれを「まあまあそんなに考えていると体が持たないよ」とか「賢く生きなさい」なんて言われる場合が多いもんだから、まあ僕としてはやって行きづらいってわけである。なんとなーく上手くごまかして生きている方が楽しいと、彼らはそういう。実際問題お金を稼ぐということは、一部の能力の秀でた人以外は少しは我慢とか、自分ではどうしようもならないことを受け入れて、それこそ「うまーく」やっていかないと回らないんだと。それも確かにわかるのだ。僕だってそのぐらいはわかるのだけれど、そうやってある意味で「ごまかして」生きていることって、どこにゴールがあるんだろうかとか、考えてしまうわけである

なにかかっこいいと思う服を買ったり、美味しいものを食べたりすることは、たしか楽しいのかもしれない。けれどそれって結局その瞬間が楽しいためにいろいろとやっているだけであって、服をかって何年もすればまた他の服が欲しくなるし、ご飯は食べて時間がたてばお腹が空く。そして食べればなくなる。当たり前だけれど、そう思うとそういった快楽を求めるために生きるんだっていうことを認めることは、一種人生に対して麻薬をつかっているというか、人生に向き合っているといえないんじゃないかと思うのだ。

少なくとも、僕にはそう思われて仕方がなくって、そうして僕は今日も少しづつ生きる気力を失っていく。やることはたくさんあって、家の掃除だったり、論文を書いたり、勉強をしたり、本を読んだり、仕事をしたり。色々あるけれど、結局もうそれらをやっていってその先にあるものが僕には価値があるものに思えないのだ。もう僕は十分に物質的にも恵まれているし、勉強もさせてもらってある程度は賢く(まだまだなのは重々承知だけれど)なったと思う。しかしそれゆえに見えることが多くって、そして世の中は僕が思っているよりももっと、せこいというか動物的であって、そのなかで僕は生きていける気がしないのだ。

いや、ちょっと違っていて、僕はこの世の中に適合することができなかったのだ。僕のふるまいは、僕から見てこの社会のと言うか、人間の行動として明らかに劣っていてるというか、それは嫌われたり除け者にされるよねといった行動、発言をしていることが度々ある。そしてそれを僕も自覚している。でもそれを修正することができないのだ。みんなは上手くやっているようなのだけれど、僕はどうしてもそれを直して、上手くやっていけないのだ。これは甘えだとか言われるのだろうけれど、でももう駄目なのだ

そして今日もいちにち、親と世の中に与えられたお金場所社会的身分を貪って薄い薄い内容の一日を過ごしている。

僕はとても悔しくって、悲しくってしようがない。

「貴社」と「御社」の使い分けについて

 周知のように、「貴社」と「御社」には使い分けが存する。たとえば、『明鏡国語辞典』(第2版、大修館書店)の「御社」項に「「貴社」が多く書面で使われるのに対し、「御社」は多く口頭で使われる」と記載されていることからも、この考え方がひろく受けいれられていることは明らかである

 上記のような使い分けが生じた理由は、一般につぎのごとく説かれる。「同音の言葉が多く紛らわしい「貴社」に代わり、主に話し言葉において使われ始めた*1」。一見もっともな説明であるが、はたして首肯してよいのだろうか。

 よく考えてほしい。「貴社」と「記者」「汽車」「帰社」などの語を混同する文脈など、にわかには想定しがたい。したがって、この説明は「まゆつばもの」のたぐいである。むしろ日本語変換ソフトを利用する機会の多さを考えると、「貴社」をこれらの語と誤変換するおそれのほうがはるかに大きいはずだ。

 さきに引用した『デジタル大辞泉』によると、「御社」の語は1990年代に使われはじめたものであるらしい*2。「ビジネスマナー」なるものでっちあげ、喧伝して飯の種としている人びとがつくりだした俗信なのであろう。

 もっとも、現にかような「ビジネスマナー」が通念になってしまっている以上、これにしたがわないと「非常識」の烙印を押されることになる。不承不承、「貴社」と「御社」を使い分けつづけるしかあるまい。(有坂)

*1 『デジタル大辞泉』、https://kotobank.jp/word/%E5%BE%A1%E7%A4%BE-455811#E3.83.87.E3.82.B8.E3.82.BF.E3.83.AB.E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.B3.892017年1月8日閲覧。

*2 同上。

無宗派なのか多神教なのか

特定宗派に属さず毎年個々のプリキュア面白いと思って見ている俺は勝ち組なのか、宗教戦争大好きなブクマカにわかってないとか言われるぐらいに程度が低いのか。

2017-01-06

http://anond.hatelabo.jp/20170106220732

部分は「石田意図の中」大意は「石田はそう言っていません」で非常にわかやすいと思うが。

スターウォーズローグワンを見たが

免罪符張って防御線作りたくはないけど、まあ単純に面白かったには面白かったよ。

しかしなあ、SFだし仕方ないけど、コッテコテCGだらけでなんというか、見てて恥ずかしくなってくる。

戦闘機同士の戦いとか、なんかカラオケでたまに出る古臭いSFアニメCGを思い出した。JOYSOUND下川みくにの「TRUE」歌ってる時によくでるやつ。

よくわからない専門用語でまくし立てられてもむしろ冷める。

ハイパースペースジャンプ?ごめんなんて?もう一回言って?

なんかハイテクそうなこと言っといて、結局バリア破壊方法物理かよ。バリアガラスの延長かよ。

正直、あのオナホみたいなミニ戦艦自転車サドルみたいな形のでかい戦艦にぶつかるシーンは失笑した。俺以外に見てた周りの観客も「えぇ〜...」って引いてた。惑星にはすっごいバリアあるのに戦艦にはないのかよ。そっちにつけたほうがコスパいいと思うんですけど。

結局は、エピソード8が出るまでにパンピー共がスターウォーズ熱を失わないようにするための「お通し」みたいな作品なんだなって思った。同じ「お通し」ならファンタスティックビーストのほうが面白かったかな。

あちらはあちらで人の心を読めるやつがいて、ああ、ストーリー解説役なんだなということがすぐにわかった。そういう、映画の中に登場するけどこう、大人の事情を感じさせるものがあると冷めちゃうよね。

まあ、迫真アクション連続面白かったには面白かったが、引っかかる部分があった作品でした まる

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