はてなキーワード: モラルとは
DVがあるわけでも、とても悲しい事件があったとかではないんだけど、人として駄目な家族
小さい頃から家族に容姿や頭の悪さを馬鹿にされてきたから、未だに自分に自信が持てない。
可愛がられてきた記憶もあるけど、物心つく前から両親はギャンブルに出掛けて、その間はフラストレーションの溜まった兄から軽度だけど暴力振るわれる毎日。
小学校中学年辺りからは晩御飯も用意されなくなって、両親が深夜に帰宅してからのご飯が殆ど。我慢出来ない場合はカップ麺を食べろと言われていた。
そんな状況の中育った私はとても捻くれた。心もいつだってギスギスしてる。
生きていく内に多少成長は出来た。昔は誰かと一緒じゃないと行動出来なかったけど、今は一人で外食出来るまでになった。
常に誰かに馬鹿にされてるんじゃないか、気持ち悪いんじゃないかと思って、人の目線を気にしていたけど、今は人の目線を余り気にしなくなった。
外見も髪を伸ばし続けて顔を見られない様にしてたけど、前髪も短くしてオシャレもする様になった。
友達も沢山ではないけど、両手以上には出来た。
自己顕示欲の塊。すぐに怠ける。
こんな自分が本当に嫌。
なんでイライラするんだろう。なんで嫌な気持ちになるんだろう。なんで広い心を持てないんだろう。
それを全部家の所為にして逃げ続けてる。
全部じゃない。全部じゃないし、自分が成長する努力を怠っているからだというのもわかってる。
でも今から性格ってどう変えればいいの?どうやったらイライラしなくなるの?常識やモラルを理解して自分の価値観は変えられても、心を明るくする方法がわからないよ。
知り合いに裕福な家庭でずっと褒めらて育った子がいるけど、とてもポジティブで心が健やかなんだなって感じる。性格もさっぱりしてるし、人生楽しそう。
褒められる事って良いな。自分を肯定してもらえるのって羨ましい。
全部じゃないかもしれない、でも、本当に、親からの影響って多少はあるんだよ。
同じ状況の中でも私と違ってしっかり前向いて進んでる人もいると思う。
それでも、少なからず傷付いてるよ。
こんな自分だからこそ、子供に同じ様な事をするのが怖いから。一生子供を産む気にはなれない。
母親を出来る気がしない。
ずっと、ずっと思ってるけど早く死にたい。
社会のゴミみたいな自分が年老いても幸せになれる気がしないから早く死にたい。
今がね、一番幸せなんだよ。幸せのピークって言っても良いかもしれない。
自ら死ぬ勇気も無い臆病者だから、早く死ねる事をずっと祈ってるよ。
・漫画村は違法サイトであり、法的根拠のないブロッキングは憲法に違反する
以下本文
ブロッキングを行う行政府や痴漢対策に協力的でない人への批判の方が目立つ
女性専用車両を肯定する女性への批判には対抗して女性への同情的な意見が集まるが
ブロッキングを肯定する一部出版社への批判には出版社への同情的な意見は集まらない
満員電車の解消や監視カメラの設置を通じて痴漢の撲滅を行う主体は鉄道会社であり
違法サイト対策の法整備や違法サイトを利用しないよう周知する主体は行政府である
痴漢対策を痴漢被害者になりうる人々に押し付けるのは間違っているのだったら
もっとも
痴漢被害者は痴漢対策を訴えることはできるが特に大きな権限は持ち合わせていないのに対し
出版社は自前でコンテンツやサービスを作り出して違法サイトに対抗できる訳だが
満員電車や痴漢冤罪が解決せず迷惑を被るのは結局鉄道利用者であり
違法サイトが流行し出版不況やブロッキングで権利が奪われるのは結局国民である
『エロマンガ表現史』 北海道で有害図書指定。なぜ書いたのか? 著者に聞いた。
https://www.huffingtonpost.jp/2018/04/18/eromanga-history_a_23413932/
エロマンガ(18歳未満閲覧禁止の成年コミック)から画像を引用した書物は、
やはり18歳未満閲覧禁止にすべきだと思うんだが、それはおかしいんだろうか。
学問・研究の自由とか言っても、実際にエロマンガを読めるのは18歳以上だし、
それを研究するとなれば自然と18歳未満は排除されるのだから、
著者には、その選択はなかったのか。あったならなぜそうしなかったのか。はっきりしてほしい。
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【追記】
「北海道の審査議事録がないと……」「条例を読んでから語れ」みたいな反応があったけど、
事は日本全国における「エロマンガ」派生書籍に及ぶことで、審査も条例も一切関係ない「出版社のモラル」の問題だと思ってる。
未成年が危ない
ゆとり世代が危ない
ネットサイコパス=集団ストーカーの過激行為=日本のリテラシーの低い日本人に悪影響を与える=集団ストーカーの真似をする=社会の恥さらし的な存在になる。
ネットサイコパスに惹かれる人=アウトローに共感する人間と同類=危険人物化
「過激な行為や反社会的な言動で注目を集める」→「リテラシーの低いユーザーを依存させる」=「オカルト団体や悪徳メディアの仕組み」と同じ。
自意識過剰な「自己愛性パーソナリティ障害者」になると、自分を批判する者に対してレッテル張りをする。
想像力の欠如
倫理観の欠如
エシクス・モラル
教育の失敗
末路
法の厳格な運用が出来ず、なし崩し的な現場判断で慣例的な運用しかできない。
そのくせに、表向きにはモラルや努力を可視化することばかり重要視する。
コンテンツそのものに金を払うという意識など、そもそも日本人にはなかったのではないだろうか。そのコンテンツにアクセスすれば共同体に承認されうるチャンスを持てる(アクセスしなければ承認されない)といういわば義理のような感覚で、アクセス料としてコンテンツに対価を払っていたのではないか。
今そのアクセス料が未だに生きているのはライブやグッズにおいてだ。インターネット上にあるコンテンツは、インターネットにすでにアクセスしている以上、インターネットへのアクセス料のみで本来手に入れられるべきものだ、という感覚が日本人にはとりわけ強いような気がする。
既に原文を読んでいる人は読む必要はありません
騒動について詳しく知らないから知りたいという人向けの文章です
制作会社とゲームは関係ないと割り切れる人や騒動について詳しく知りたい人向けのものです
決して茶化していいものではないということを日本ユーザーに伝えるために記事を書きました
三行で読みたい人向けに簡単に書くと
シナリオ担当として採用されたAに対しシナリオモードのことを聞かされていなかった社員は必要ないと言い、社長はシナリオを書けと命じ続けました
結果ユーザーにはシナリオモードの実装をしないことを伝えられたのに自分には伝えられず給料泥棒扱いされたことに心が折れて退社
送別会の帰りに既婚者で子持ちの社長であるBによって帰り道を塞がれ不倫関係を求められたことが書かれています
ブログを書いた理由は先日の生放送でAが担当していたキャラクターに対しBの元恋人のような、という表現がされたことに対してのAの現状の告発です
Aの主張は今後生放送やその他を含む場所でAの名前をあげるのをやめてほしいというものです
この時点で嫌な予感がした方はここで読むのをやめてください
ここから先はブログを簡単に要約しながら和訳したものになります
まだ会社がAを含め7人しかいない2014年から2017年1月までの間Aは該当の会社に勤めていました
今回Aがブログを書いた理由は先日の生放送で該当Aの担当していたキャラクターに対しBの元恋人と揶揄された事に反論するためです
まだ7人しか会社に人が居ない頃にシナリオ担当として採用されたAに対し、Bは周囲の社員にその説明をせずシナリオを作れと命じました
社長のBにそう命令されたため、シナリオを書いていたAはその説明をする会議でシナリオは必要ないと周囲の社員から反対されました
それを繰り返されながらも良いシナリオを作るのがAの仕事だとBに言われシナリオを作り続けるAのことを周囲の社員は仕事をしていないとみなしました
Aは会社用のPCを与えられず個人のPCで2年間業務をこなしていたそうです
人数が少ないためシナリオ以外の雑務やイベントの物販、通販の管理などもAはやっていたそうです
ゲームがリリースされ、会社の規模が大きくなると共にAの席はなくなり、机がないので会議室で1日仕事をする日もあったそうです
提出するシナリオは全て却下され、会議は途中で中断され、机はなくなり、それでも社長であるBはシナリオを書けと命じます
そんな日々を繰り返すうちにうつ病になり会社のトイレで涙を流すことが増えたそうです
一度シナリオモードの実装の検討がされ、それに向けてAは立ち絵を表示してキャラクターが会話するアドベンチャー形式のものを提案した直後
Aには伝えずに公式生放送でシナリオモードの未実装をユーザーに伝えられました
シナリオモードを実装すると思っていた矢先に白紙にされ自分より先にユーザーに伝えられたことがショックだったと述べています
シナリオモードが未実装になった理由はローカライズ(多言語対応)のコストが高くなるためでした
それならば何故自分をシナリオ担当として雇ったのかと自問自答する日々だったそうです
その後Aは2016年10月に退職の意思を表示、1月に退社できました
Aの送別会の最後に既婚で子持ちのBが不倫関係をAに求め、逃げようとするAのコートを奪ったりドアを塞いだりしました
Bは生まれた娘をAのような人間に育てたいと語っていた人間だったためそういう行為をされるとは思ってもいなかったと語られています
それ以降転職しようにも職歴を書こうとするだけで思い出してしまうため書けず今に至るそうです
Aは会社を辞めた際に一度日記を書き、会社を辞めたけれどこの会社が作るゲームが成功することを祈っているという文章を綴っています
この話も先日の生放送でAの事をBの元恋人と言われなければゲームが終了するまで表に出すつもりはなかったそうです
社長であるBについての言及はB側の意見がないためAの主観的なものとなります
タイムラインの一部の情報のみを切り取ってAやBのことを面白半分でいじるのは不謹慎極まりない行為だと思っております
ゲームそのものとそれを制作している会社の人間がひどい人間であることは関係ありません
自分が課金したことによってこれらの行為に加担している人たちの給料になるのが嫌だという心理は当然わくと思います
この記事を読んだ人間がゲームをやめてしまうのは悲しいことだと思っています
これは筆者の主観ですが 本国の方が荒れているのは 向こうが日本以上に共感文化だからだと思っています
ですが だからといってそれを日本人が面白半分で取りざたするのもまたモラルを問われる行為であると思います
ただ 筆者はこの件に関して軽率に取りざたするのはやめてほしいと思っています
A自身もまた、この話に関しては触れずにそっとしておいてほしいと述べています
また この記事を書くことでもう一度この話が話題にのぼること自体も心苦しく思っています
どうか 最後まで読んだ人は拡散せずにこのままブラウザを閉じてください
最後に簡易翻訳機を通したAの原文訳を下記に記して終わりとします
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こんにちは、2014年度10月から2017年1月までにアークベアーズで働いていたGM彩です。
以前に書いた記事(http://gall.dcinside.com/board/view/?id=blacksurvival&no=277774)以降にすべてのことを整理して、
しかし、知人から2018年4月5日に行われた公式放送でGMに生かしオニムが「昔の恋人のような彩になったら良いだろう」という発言をされましたことと、
アークベアーズ内で複数の言葉が回っているという話を聞いて、この文を上げる決心をしました。
私はこれ以上のアークベアズ関連した仕事に私の名前が上がることを望んでいません。
会社で経験したことのために、うつ病とトラウマを得たからです。
1.
私は2014年10月アークベアーズに採用されました。ディレクターさんから私すべきことについての説明を聞いて、そのまま作業をしました。
そしてチームメンバーに私が作ったシナリオの説明をしていた中、発表が中断され 、「だからこれはなぜ必要があるのか?」という言葉を聞きました。
内部的にシナリオの計画や合意が全くない状態で、私を連れて来たということを、その時初めて知りました。その後も「シナリオをなぜ必要なるか」というツーの 反応が継続聞こえてきて、私は私でさえも、その答えを知らないまま黙々と作業をしなければならいました。また、「ゲームのような要素を追加してみるのはどうだろうか」とディレクター様の提案をしたとき、言葉により企画書にしてとみろいただき pptにして行きました。そして 、その企画書をレビューする過程でた従業員の方に 「なぜさせることもないことをしている」という言葉を聞いたことを覚えています。過ぎ去ったように言った言葉だ本人は忘れかもしれません。しかし、2年3ヶ月の間に、その言葉はずっと第頭の中に駆け巡った。 言葉あえて取り出さなくても、みんな、同様の考えをしてだろうという不安感が消え脂質んでした。 私のシナリオをはじめとする多くの企画をするたびに、「あれ、代替なぜしようというのですか?」「あの子あれ、またしようそうだね。他の仕事が多い」という考えをするつもりだろうか。
そんな気がしてとても辛かった、人と親しみも大変でした。
しかし、その言葉をされた二人を含めて、代表を除くすべての従業員の方々に悪感情はありません。
私を傷つける与えるためにした言葉ではないと思うし。概ね良い方であるということを、長い時間のように働いて知ってきたからです。
とにかく、私は 私の仕事に自信を持たないし、会社によく適応していないしました。 いつでも切らざるを得ないたい
コンピュータ支給を拒否して(小企業と資金がいろいろギリギリだと思いました)、2年の間に、個人のノートパソコンを持ち歩いて会社の仕事をしました。
いつでも残すことができるよう、机の上には何も置かないまま空置きました。
2.
私入射したときにアークベアーズは企画担当がディレクター様一人。アートを担当する方が二人。プログラマー三人。そして代表まで7人が会社の人員のすべてでした。
PVPモード以外のモードを開発する余力がなく、別の工数をかけずにシナリオを置くことができる方法を見つける必要がありました。
一度はチュートリアルに壮大を入れること。そして手紙やロビーのコメントを介して世界観を伝えることが最善でした。
また、GMレオン様が入射するまで会社に企画担当者は、ディレクター様と私はすべてのだったので... シナリオプロジェクトが暫定的に中断された期間中には、
続いて、他の計画と雑務をしてきました。 LogポリシーやUIの改善、戦闘時の処理の問題など、ゲーム内の企画から、
イベント検収やグッズ制作。販売店買物や包装などのゲームほか雑務まで。
広すぎると細かいことであるうえ、「シナリオのGM職を持っている人が担当していることだと見ることができないことだと、
私に何をしているかどうかが明らかにみても「シナリオGMがシナリオはない作っなぜあんなことをしているのか」音を聞くことがポンヘ明らかでした。
また、ユーザが「GM彩はシナリオもないし何をしているのか」と聞くたびにディレクター様も、ただ「GM彩さんはいろんなことをするのに忙しい」とだけ言って
確実に私は何をしていること、具体的に明らかにすることしたくないだ と思いました。
いろんなことをするのは楽しかったが、誰も知らずに、どこに行っても認められないことをしているという考えが続いました。
しかし、誰かがやるべきことであり、私が物事を熱心にすることにより、ゲームの発展に貢献することができると考えました。
しかし、やはり私はもともと引き受けた仕事(シナリオ)を継続していないためにについて。そしてこの会社に私は必要な理由について
確信を持たないたため 私の仕事に対する疑問と不安になりました。ディレクターの方に何度これに関連する話を取り出したが、
「よくしている」や「そんなプレッシャーは自分が打ち勝つことだ。会社はしてくれることができるものはない」という言葉を聞いたことを覚えています。
だからこれが普通だね。何とか自分で解決して勝たなければならな。する考えをしました。
アークベアーズはますます大きくなって、ますます多くの人々をかけました。人員を増やす過程で机が不足
空っぽの会議室に追い出され 、単独で 作業をしました。一人で部屋の中に埋め込まれている見て、私を除いて、オフィスの人々が
共にご飯を食べには、単独で残る時もしばしばありました。
しかし、その後ろには涙が多くなったことを見れば。 そして今、この記事を書きながらも涙が出るのを見ると、実際には大丈夫かとします。
多分その時から何かが間違っているということを直感したのかもしれません。
3.
そして、ある程度の時間が経って、一度触れたシナリオモードを再企画してみようという話が出ました。
私は恋愛シミュレーションゲームのようにキャラクタースタンディングが出て会話をするバージョンでは、簡単なカットシーンが出てきて、ビジュアルノベルのように
、テキストだけ浮かべて話を進めるのバージョン等... いくつかの企画したそのうちの1つのバージョンを採用してシナリオを書き始めました。
そのシナリオを作っていた渦中、カフェに上がってきたパッチノートを使用してシナリオモードが再びオプオジンことを知りました。
それまで私はどのような言質も聞いていないし、パッチが上がってきた次の出勤をしたら、「シナリオモードでは、空輸があまり含まれて伏せになった。
空輸はあまりかからないストーリーテリングをすることができる方法を見つけよう」という言葉を聞いたことた。
会社に通いながら一番大きく失望した瞬間ではないかと思います。
事実シナリオモードがなくなったことがこのような大きなことはありません。開発工数を減らすという言葉も当然できると思います。
しかし、中間過程を私に共有してくれず、ディレクター様と開発者の数人の相談だけですべてが決定され、その決定さえも
私に先に通知するのではなく、ユーザーに浮かべる通知を先に上げたのが、本当に傷がされました。
「この会社では、私何?」「私の役割は何ですか?」「私はどのように扱われているのですか?」...そんな思いがした瞬間に押しかけ頭が複雑でした。
初めて仕事を始めた時からずっとゲームと会社に愛情を持って最善を尽くして働いてきたのより衝撃を受けました。
その時から適切に仕事を進めていない。 何でもよく忘れてしまい、ぼんやりている時間が多くなり、
文字をよく読めないしセネ回の行を読んでいました。今もその以降退社直前までのものは、 記憶の中で退屈たように、よく思い出せません。
ただし頼まれた企画をか食べるか、ウェプトゥン作家様コンテを提供するのが遅くなったり。 データを誤って入力して、他のチームメンバーの方に申し訳ない感情が入っただけ覚えています。
第個人の心情が、とにかく。新しいコンテンツの追加が必要だった状況だったので、日誌や図鑑などを企画して、テキストを詰めました。
後で他の社員の方からプログラマ分の一人が「GM彩さんがあるかのようなものも、必ずしなければならと言い張っ
開発したところ、ユーザーは誰もいないならない」という言葉をしたことを聞きました。
私未熟してみると、開発者の方々に手が多く行ったことも、いろいろ足りないコンテンツを企画したことも知っています。
しかし、その代わりに仕事を引き受けて行うことができる人も、どのように作ればいいのか教えてくれる人もいませんでした。
方法は知らないのに、とにかくしなければならいました。私引き受けたすべてのものがそうでした。私はしなければならてすべきことをしただけです。
そしてそもそも、私はシナリオGMでした。シナリオGMがシナリオを入れてくれとお願いしたのが間違っているとは思わない。
シナリオが必要でない場合、あるいは持っていないとすれば。私を雇わないのが当たったと思います。
入社当初は与えられた仕事を一つずつして出て行く見てください。だからゲームをより硬くなって会社が大きくなる。
私が行くべき道を見つけることができないだろうか?私必ず必要な部分が生じないか?そんな希望がありました。
その考え一つで約2年余りの時間の間、会社を通ったとしても過言ではありません。
しかし、 その瞬間から、すべての信仰が消え、私自身と会社の疑問は確信に変わりました。
私はこのゲームをより良くすることができず、これ以上の成長可能性がありません。私が行ったことは、埋葬されるだろう...
そしてその時から、うつ病の症状が急激に激しくなり始めました。
4.
内臓がドキドキが感じられる。頭の中の血管が破裂しそうだ。胸がどきっと降り座ったときの、そのサハン気持ちが 24時間
一緒にしている気分だ。大嫌い。大嫌い。今、私が仕事をしなければジョトドゥェルだろうという事実を知るも何もする気力がかからない。
手が冷たく足冷たく泣きたい。ますます体になっていく感じだ。水分さえ抜けてしまえば本当に請求書になってしまいそうなので
、涙は首に戻ります。たまに太ももや目の下部のような部分が痙攣を起こす。
業界トップのキズナアイを始めとして、企業の活動であることは明らかなのにそれを公にしていないバーチャルYouTuberが目に付く。これが気に入らない。
企業であることを隠すことでPVを増やそうとしてると思うのだが、それは以前話題になった「記事タイトルに【PR】つけるかつけないか問題」と構造としては同じだ。
「企業の営利活動であることを隠す」という意味ではステマと変わらない。
例えば、業界の競争が激しくなりローガン・ポールのようなモラルに反する動画を投稿する者が現れたとしよう。
バーチャルでないYouTuberであればその責任の所在はほとんどの場合、動画配信者であるYouTuber本人になるだろう。
一方でバーチャルYoutubeの場合はどうだろうか。声を当てている人になるのだろうか、動画のネタを考えている人になるのだろうか。はたまた「バーチャルYoutube本人」なのか。
その本質は「恐怖」なのではなかろうか。
あそこであのアナウンスをしなければ上司にドヤされるという考えがよぎった事、それが直接の理由だと私は考える。
相撲協会では常日頃から伝統が重んじられ、その文脈を味方につければあらゆる暴力や不条理が許されてきていた。
つまり、相撲協会にとっては伝統が絶対であり、本来であればその伝統を破ることは許されないはずだ。
伝統を重んじるという行為は、今現在そこに起きている現実を軽んじることに他ならない。
今そこで何が起きているかそれが現代のモラルや法律と照らし合わせて正しいか否か、そういった事柄を徹底的に軽んじた果てにあるものが伝統の重視である。
そして、相撲業界が生み出した伝統の中に息づいているのは「相撲は神事である」という宗教観だ。
これがまさに地獄を産んだのだ。
神や精霊という形而上学的故に理解の及ばぬ存在のご機嫌を伺うために、ありとあらゆる理不尽を受け入れることが宗教のあるべき姿なのだ。
相撲を奉納する相手たる神が何を望むのか、それを必死に考察(もうそう)した結果として産まれた女人禁制の掟。
故に、あの場でああいったアナウンスが流れたことは相撲としては「正しい」のだ。
それをトップの人間が「人の生死がかかっている状況では掟も絶対ではない」などと軽々しく言うことの方がおかしいぐらいのはずだ。
なぜなら、彼らは今まで散々相撲というカルト的な伝統の力を借りて好き放題を繰り返してきたのだ。
それを今になって引っ込めるのに言う言葉がそんなに軽くていいものだろうか?
今回の事件は決定的だ。
相撲という宗教が現代という社会の中でその神性を失った事の象徴だ。
前回は2週間ほど行方不明になり、仲のいいおっちゃんが見つけてくれた。
今回はなくなっていることを確認した時間から2時間くらいでもとの場所に戻っていた。
社員用の棚、屈むかしゃがむかしないと取れないくらい下に置いてあるのに、わざわざそこから取って戻したお前。
隣には落ち着いた色の比較的きれいなスリッパがあるのに、花柄のちょっとくたびれたスリッパをわざわざ選んで使ったお前。
気持ち悪すぎる。
今回は上司に相談した。モラルがない奴がいたもんだと言いながらも、名前を小さく書いているあなたも悪いと言われた。
それは一理あるかもしれないが、柄や色からして個人のものだとわかるものを使うんですか。
新年度早々嫌な気分だ。
先ほどあるニュースサイトで、花見のごみ問題に関する記事とコメントを読んでいた。
そこで気が付いたのだが「日本は"民度の高い国"ではない」のでは?
では何が高い国なのか。おそらく、集団帰属意識の高い国ではないだろうか。
花見のごみ問題はなぜ発生したのか。こう考えることはできないだろうか。
大事なのは、個人の意見ではなく集団の意見である。個人のモラルや民度は集団の意見ではない。
つまり、いくら個人のモラルや民度があっても無意味である。ゆえに、外部が騒ぎたてても問題は再発する。
個人に対する攻撃や批判が反映されないのは、こういう構造があるからではないだろうか?
例えば、信号付きの小さな横断歩道がある。そこに3人やってきた。
うち、2人が横断歩道を信号無視し渡るとする。最後の1人は横断歩道を渡るだろうか?
おそらく”渡る”。
横断歩道を渡る3人という集団において、集団は信号無視して横断することを選択した。
信号を無視した事実のみ考えるならば、明らかにルール違反であるはずだ。
決して、小さなルールも守るべきだと主張しているわけではない。
言いたいことは、集団に属することで個人としての意見を容易に捨てられるということだ。
そのように簡単に捨てられるモラルや民度はそもそも無意味である。実行できないモラルほど無価値なものはない。
私は自らの手で安全を確保して渡るという人は、そう言い訳しているのではないか?自分の判断を集団の判断と誤解しているのでは?
かくいう自分も、自分の意見や判断だと言い切れないときがある。
まとめると、日本は「所属する集団を最優先する文化であり個人は集団の駒でしかない」という意見である。
そこに個人のモラルや民度は存在しない。民度の高い国は幻想である。右へならえが存在するのみだ。
集団が間違うならば個人も間違えるし、いくら個人を批判しても集団が変わらねば解決しない。
一方、集団への批判は個人の行動を変えない。おおきな集団を批判するほど当事者意識は薄まる。
集団の意見にノーという個人になること。おそらく、「ネットの情報をうのみにするな」という意見と同義である。
自分が正しいと信じられるかたはどうぞ。
1つは、上位の集団に属すること。
たいてい、大衆は大きな集団なのでより大きな集団に属するほど批判は受けない。ことなかれ主義の延長であり、やや消極的である。
単純な話である。リーダが変われば集団の判断も変わる。たぶん、上司が悪いからなにもかも悪いという論調はこっちに近い(そういう話を批判している訳ではないです)。
自分がリーダになるか、なんらかの手段で集団の過半数を勝ち取るか。政治的な能力が必要。
これのみ批判する側の話になる。
個人に対する攻撃の効果が薄いなら、集団を攻撃する。ただし、集団を動かすだけのパワーが必要。
集団を重視することを逆手にとって、当事者意識を持ちうる大きさの集団を対象とするのが最も効果的であると思う。
一番は個人が集団から独立することであるように思う。だが実際は難しいので、妥協案として上位の集団に属する(あるいは属させる)のがよさそう。
「日本国民としてごみは捨ててはいけない。なので、ごみを持ち帰りましょう」みたいな大きな集団にすり替えるよう集団を誘導するのが無難に思う。
情操教育だけでなく、Youtubeのザッピングが習慣化することによって
小学生中学生あたりでのゾーニングコントロールが難しくなると思う。貴方の懸念はそれじゃないかな?
これって凄く難しい問題で10年前はまだメジャーコンテンツではなくYoutuberなど存在せず親が隔離すると決めてしまえばそれで済んだ。
しかし今はヒカキン知らない小学生なんて多分いないんだろうな、小学生はYoutubeザッピングするのが当然の様な感じがする。
大人はヒカキンなんて観ないしよく分からない。ある程度のゾーニングコントロールや自主的なモラルの維持はなされているんだろうし、ブラウザや端末領域でもレベルの設定は可能という事になってる。
だけどなんか小学生があほな事やってプチYoutuberになってるコンテンツなどもあるし少なくともNHKの様に教育番組として機関としてコントロールがなされているわけでは無いんだよね。
そう言った現実がある以上少なくとも夫婦できちんと話合うべき。
旦那さんは何も考えてないよたぶん。自分は男親だけどそういう部分は心配だしレンタルかオンデマンドのアニメなどコントロールがなされているコンテンツしか観せてない。