はてなキーワード: 日本映画とは
作品は「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」だ。タイトルはもうこれしかないので長いのは勘弁してあげてほしい。
配給会社推奨の通称は「エブエブ」で主演のミシェル・ヨーはこれ聞いて爆笑してた。
今作で拡散されてる注意はこれだ。
「犬が可哀想」「犬が傷つくシーンがある」「犬好きは注意」等々だ。
自分はどちらかというと猫派だが犬も好きなので、かなり鑑賞に慎重になった。が、好きな映画の予感があったので「目を閉じよう、シェイプオブウォーターでもそうした」と奮い立たせて映画を見た。
いや、確かに犬(ポメラニアン)なのだが、確かにちょっと可哀想なんだが、どうみてもぬいぐるみなのだ。
そして一方的にやられるわけでもなく、狂犬ポメラニアンとして登場し、飼い主に紐で宙をぐるぐる回され鉄球武器のように扱われる。死んだ描写はない。そもそも異空間なので現実世界では怪我もなく生きている。
これを…まるで犬が虐待されて死ぬような注意喚起されても……!
「明らかにぬいぐるみだよ」と書いた上での注意喚起なら良かったのだが…。
エブエブは色んな映画やサブカルのネタが入っていて、アジアの作品も多くパロディ使われている。
実はこのぬいポメ虐シーン、昔「極道恐怖大劇場 牛頭 GOZU」という三池監督の映画で哀川翔がチワワ(のぬいぐるみ)を振り回したり蹴り飛ばしたりしてたシーンのパロディと言われている。
あの頃の邦画は好き放題してた印象だ。よく海外の映画祭にも日本映画が出品されていて牛頭もカンヌに正式出品されている。
これもVシネなので一定の層しか見てないはずだが、それでもちゃんと炎上した。ウィキにも書いてるしエブエブ監督もわかってるだろう。
エブエブは監督が見てきた色んな映画の中から印象に残ったシーンを詰め込んだような印象があり、その中の一つがこれだったのだ。
Milla Chiba
@Baysanmama
リユースデザイナー/パーソナルスタイリスト&シングルマザー 元・女優 シンガーソングライター 日本芸能界における性被害者です。心の傷を負った、全ての人に寄り添える自分でありたいです。性被害、ハラスメント、搾取を許しません。SOS B 代表
属性を盛りすぎ。
子供はどうしたのだろう。
桜木梨奈
@Rina_Sakuragi
被害者への謝罪も償いもないまま改名して復帰する性暴力加害者、彼らを擁護する業界関係者、セカンドレイパー、加害者の作品に賞を与える日本映画界への憤りと悔しさと自分の情けなさやらで書き殴っては消してを繰り返して、結局何も書けない
私は千葉美裸さんを忘れません
https://twitter.com/Rina_Sakuragi/status/1618571127277912064
マギーってツィフェミが支持してただろうがボケ。性犯罪者大好きなのがフェミ。
https://ameblo.jp/chiba-milla/entry-12745113482.html
これも嘘です。
理由その1
相手を逃がさないよう、彼女から食事に誘ってもらい、駅前のカラオケボックスで相手を捕まえて彼女の姉として話をしました。
相手は、私の理詰めに動揺し、はい、はい、すみません、しか言わなかった。
2倍取ればよかった、とすら思った。
本当にやったら恐喝です。
この人の告発は金目当てだと言われるのは誹謗中傷ではなく事実です。
金で解決できて、刑務所に入らなくて済んで、仕事もクビにならずに済んで、別居中の奥さんにも親にも知られずに済んで...
怒りで手が震えました。
この辺で話がおかしい。
とにかく、寝ようか、と。
ベッドで寝てる彼女の髪を撫でた。
こういう話に切り込みたくはないが……嘘がバレてどうしようもなくなったとしか。
誰がやったのか知らないが、園子は無実ということ。シングルマザーで金が欲しかったのだろう。
私はシングルマザーで、親とも縁を切り、
いざという時、自分を助けてくれるのは
息子を守れるのはお金
そういうこと。
この人は矛盾している。自分のことしか考えていない。性被害なんて女性にとって大したことではない。子供や家庭を破壊される方が重大です。
動悸と震えを止めるために、トイレのドアをあければ、会員制で事務所が経営しているから、と油断したバカがコカインを吸っていたから、思い切りドアを閉めて走り出した。
私に対する冷遇はそこから始まり、専属のマネージャーは外され、1人はクビになったと突然に聞きました。
早く契約を切られるよう私も悪態をつきまくった。事務所との打ち合わせは絶対に遅刻し、にこりともせず舌打ちを連発。タメ口を聞き、髪を勝手に切り、Fワードを連発し中指の活躍も著しかった。
この辺でも相当おかしい。被害者属性ではなく相当性格が悪いし孤立している。
以前増田で、映画館の客の男女比が話題になった。日本の映画館は女性客が多数派であり、大量に作られる恋愛映画は女性客を主要ターゲットとしたものであるという話であった。
ブコメではそもそも女性客が多いこと自体初耳であったり、根拠となるアンケート調査の女性客は好みの俳優が出ているかどうかで映画を見ることを決めているというのも話題になった。
しかし君の名は以降よりはっきりとしてきたのは男性客が主体であったアニメ映画が最大の隆盛を極めているということだ。
ワンピース、すずめの戸締り、名探偵コナン、スラムダンク、TOP4はすべてアニメだ。
これはいったいどういうことだろうか。
それだけではない。なんと2022年のディズニー映画はTOP10に入っているものが一つもない。
このまま成績を伸ばせばアバターが辛うじてはいるかどうか?というところでありこれも大事件だ。
ディズニーはサブスクへの傾倒や映画館との確執(コロナ禍に上映中止し、自社のサイトに配信したことによる)もあり興行収入をのばせなくなっているのかもしれない。
またTOHOシネマズはレディースディを取り止め、男女に区別なく割引するTohoウェンズデイを2021年からスタートしている。
TOHOシネマズがレディースディを廃止し、女性客をメインターゲットとした映画が退潮し、男性がよく見るアニメ映画が大ヒットし、女性に人気のディズニー映画がランキングにはいらなくなる・・・
ここから見えるのは、映画館が女性のものから男性のものへと少しシフトし初めているのではないかということだ。
もしこの推測があたっているのだとしたら日本の映画館はついにその基盤をグローバルスタンダードと同一化し、男性客も女性客も鑑賞することができる土台が出来上がったということになる。
女性客が多いという特殊な環境が生み出す弊害というのはグローバル化する上で非常に不利になるという点だ。
なぜなら世界の映画界は男性主導で男性客が映画を鑑賞し、男性が映画賞を評価するからだ。
近年のJ-Drama・邦画が日本国外で見られなくなったのはこのねじれたジェンダー問題も一つの要因であった。
日本は男性の過剰労働により男性が映画を鑑賞する時間がなくよりフレキシブルな対応が可能な女性客が観覧形式の娯楽のチャンピオンであった。
しかし世界では男性が作品を作り、男性が映画を見るのである。そしてだからこそ世界の映画界は女性を取り込もうと必死になっていた。
製作者・キャストに女性を増やし、映画館に女性を呼び込み観客の総数を増やす。まさに王道だ。
残念ながら日本の映画館は女性客が主導しており邦画界はその手法をそのまま導入はできない。
しかも邦画界は製作者に女性を増やず、よりクローズドなサークルにとどまりますますボーイズクラブ化していった。
その結果は近年取りざたされるセクハラ問題としてまさに露呈している。
本来やるべきことは女性製作者を増やしつつ、男性客を増やすという施策が必要だったのだ。
このねじれた日本の映画環境は女性を製作から排除し、消費者から男性を排除していった。
なぜ歌舞伎が今のような形態になったのか、なぜ能が今のような形態になったのか。
アニメは実写よりはるかに女性の制作者が多く、また男性客もてらいなく作品を見ることができる。
もしこの状態が定着すれば、将来的に男性に受ける実写映画が誕生する可能性がでてきた。
これによって男性が評価している海外のマーケットでも日本映画が評価する芽がある。
これは日本の女性向け映画が低俗であるとか、質が悪いという話ではない。
とはいえ、その評価も徐々に変わっていくだろう。重要なのは女性客に見てもらえているかどうかではないからだ。
ジェンダーを尊重している欧米で評価されれば実態はどうでも日本の映画はジェンダー平等であると評価されることになる。
つまりより男性的である欧米で評価されれば自動的にジェンダー平等を尊重しているとみなされるようになる。
その時ついに我々の映画館は真にグルーバルスタンダードとなるであろう。
日本のドラマはとにかく「チャンネルを変えさせない」ことに特化してしまって、とにかくセリフが過剰な上に、オーバーに泣き叫ぶシーンがやたらに多い。微妙な表情の変化による演技とか、沈黙や言い淀みで感情を表現するとか、半世紀前は日本映画が最も得意としていた演出技法が完全に死滅してしまった。
他方でシリアス系のドラマや映画も、劇団出身の人が幅を利かせている。演劇とドラマ、映画で必要な演技は根本的に異なるのだが、演劇では必須のオーバーリアクションの演技をドラマや映画でもやってしまって、それがいい演技だと観る側も勘違いしている。
小津安二郎とか成瀬とか、みんな観ているし名作だと称えているけど、どうしてこうした映画に学んでドラマや映画を作ろうとしないのだろうか。
書かないことも多いんだとか
——それから実際の撮影ですけど、絵コンテを描くんですか? なんか演出というと絵コンテをイメージするんですけど。
テレビドラマではほとんど描きませんね。タイトルバックぐらいでしょうか。ドラマだと予算・時間の制約が多くて絵コンテを描いてもその通りにはとれないことが多いんです。日本映画でも少ないと思います。ドラマでは絵コンテの代わりに台本の空いたところにカット割りを書き込みます。
「絵コンテを描いてもその通りにはとれない」は六本木クラス見てると痛感する。元ネタのカットと並べると雲泥の差。でも制作者がそれに気が付かないわけはないので、まあいろいろあるんだろう
『この世界の片隅に』:日本の新しい名匠、竹内涼真監督の作品で、優しい物語と美しい映像が魅力。
『おっさんずラブ』:人気コメディアンたちが出演する、楽しいラブコメディ。
『おおかみこどもの雨と雪』:宮崎駿監督の作品で、感動的な物語と美しい映像が魅力。
『ハリー・ポッターと賢者の石』:世界的に大人気のファンタジー映画。
『トコトン』:毎回異なるテーマを扱い、見事な演技で話題をさらう、本格派推理ドラマ。
『ラストサマー』:夏の終わりに、4人の少年少女たちが巻き起こす、恋と友情の物語。
『となりの怪物くん』:自閉症スペクトラムの主人公が、自分らしさを追求する姿を描く、感動的な作品。
めちゃくちゃじゃねーか!
ホッカイロ・レンも言ってたけどあれを日本映画史に燦然と輝くクソ映画オブクソ映画みたいに評価するのは明らかに過大評価だと言える。
2時間くらいあるけど10分くらいは「おっ、いいじゃん」って思えるシーンがちゃんとある。
PS2レベルのCGとかくさされることが多いけど、手書きアニメとCGの融合を目指すという試みは面白かったし
一部シーンでは明らかに性交していると言える面白い画作りができている。
こういうちゃんと”光る”シーンがあるだけで、作品の評価は2段階くらい上げていいと俺は思ってる。
マジで「この映画何のために何をしたくて撮ったの?」ってクソ映画いっぱいあるからね。
少なくとも実写版デビルマンは「この表現はクソカッコいいだろ!」という製作陣の意気込みを感じるシーンがある。
まぁ、正直ごちゃついててわかりづらいシーンが多いのも事実だけど、CGのところはけっこう悪くない。
頑張ってるよ。
僕のバスケ歴は割愛するが、一応、最低限はバスケを語れる資格を持つ経験者だ。
スラムダンクは漫画は全巻持ってたし、連載当時に週刊少年ジャンプでも読んでいた。
でも、他にも色んな漫画をたくさん読んでいたから、特に好きな作品な訳では無いが、スラムダンクを語れる資格も持っている筈だ。
プロ選手になるという夢が存在しない分、現実的な折り合いを付け易くなる。
社会人になった元経験者達が資本主義の世界の中で大人になって、自分の取り組んでいたアマチュアスポーツを盛り上げようと画策する。
例えば、バレーボール。
そこまで人気でもないのにも関わらず、毎年、日本では世界大会を開催。
試合中に今のスパイクは何mの高さだったと計測された数字がリプレイと共に表示される。
人気に見合わない大袈裟な演出は、野球やサッカーと比べても遜色ない練習の過酷さが当たり前のバレーボール経験者達がサラリーマンとして社会で活躍しながら競技を後押しし続けた結果だと思う。
一方、バスケットボールはバレーボールと異なり、野球と同じで日本に強い影響力を持つアメリカ合衆国の4大スポーツの一つだ。
サッカー、野球、バスケットボールは、日本が戦後から続く海外への憧れを象徴するスポーツだと思う。
しかし、野球やサッカーと比べて、バスケットボールはようやくプロ化に辿り着いたが、まだまだ日が浅い。
野球ほど社会的影響力は無いし、サッカーと比べて世界的人気は少ない。
だから、プロバスケ人気を盛り上げるための苦心の策として、 数年前にLEDパネルのコートで行われたBリーグ開幕戦の試合中継なのではないかと思う。
しかし今のところ、バスケは観るよりもプレイした方が楽しいスポーツだと思う。
現状の日本バスケ界に不足している重要なピースの一つが、世界観作りだ。
サッカーにおけるキャプテン翼のように、日本バスケ界でその一役を担うのが、この映画『THE FIRST SLAM DUNK』なんだと思う。
今のスポーツ中継のカメラワークは、どの競技も完成形だとは思うべきでは無い。
ドローンなんて現時点のテクノロジーによる妥協の産物に過ぎない。
モーションキャプチャーのCG合成をリアルタイムで処理しながら無制限のカメラワークをコントロール出来る時代を待つしか無い。
それが実現するのは少なくとも100年先の未来になるだろう。
でも、CG作品ならば、フィクションの試合を無制限のカメラワークで演出することが可能だ。
『THE FIRST SLAM DUNK』は100年後の試合中継のカメラワークだった。
かつて映画製作を学んでいた僕は、映画を観るためではなく、バスケの試合を観に行くつもりで数年ぶりに映画館へ足を運んだのだ。
そんな僕の判断は間違ってないと思った。
当初、ジャイアンの声優の人が桜木花道であることを知って、困惑した。
ジャイアンを襲名したからには、ジャイアンの色が付いて回る宿命をスラムダンクに持ち込んで欲しく無いと思った。
監督がリアリティを追求した結果、出刃庖丁を持った2mの巨漢が全国大会のコートに乱入する大事件はオミットされた。
桜木花道は終始、バスケ歴4ヶ月のフィジカルモンスターだった。
デニス・ロッドマンそのものだった。真っ赤な坊主頭が試合を引っ掻き回してた。
かつて緑川光が演じた流川楓も、味方にパスをしない異常プレイヤーだったし、寡黙なキャラに合った雰囲気さえあれば声優なんて関係なかった。
急展開過ぎる。
もう少しモーションキャプチャーの演技でスタミナ消耗の下降線を丁寧に描けよって笑ってしまった。
バスケットボールを描くに当たって、ボールのドリブル音、バッシュの音にしっかり拘りを持った演出をするのは明らかだった。
けど、屋外を歩くだけのシーンでも露骨に足音を鳴らすのはやり過ぎ。この一点だけは偏執過ぎる。まさに勇み足だ。
僕の記憶が正しければ、バスケのルールとして、敵陣のゴール下の台形ライン内に3秒間ずっと入りっぱなしだと、3秒ルールが適用されて相手ボールからのスローインになってしまう。
湘北高校のオフェンス時の桜木花道の立っている位置は台形内っぽいことが多い気がした。
桜木花道は何度も3秒ルールを食らってないとおかしいと思った。
渡米していた宮城リョータの出現にえっ!?と一瞬、頭が混乱した。
というか、この映画自体がスラムダンク奨学金のための伏線だったのか…と思った。
その中での90点だ。
100点じゃない理由は原作漫画を読まないと理解出来ないからだ。
当時、原作漫画を読んだバスケ経験者の親達は、この映画を観た感動を情熱に換えて子供と日が暮れるまで沢北の父親さながらの1ON1を続けるだろう。
原作者であり映画を監督した井上雄彦は、バカボンドのヒット後にどこかの寺の襖だったか屏風に直筆を描いて日本画の領域に進出した。
結果は散々。漫画は所詮は漫画であり、漫画絵が日本画と肩を並べることは叶わなかった。
かつて、日本映画界はアニメーション映画を日本映画として認めていなかった。
日本映画界が斜陽が限界点を突破した結果、映画産業を水増しするためにある時期を境にアニメーション映画を渋々受け入れた印象がある。
日本のアニメ界はファンタジー性や虚構に拘り過ぎている節がある。
だから身勝手に3.11を風化している扱いにして傲慢なアニメ作品で大プロモーションをしちゃったりする訳よ。
『THE FIRST SLAM DUNK』のようにモーションキャプチャーと2Dライクな3DCGを使ったリアルアニメーションこそ、次世代の日本映画だと思う。
ちなみに、小学2年生になる息子がいる。
高校時代は山王戦でメガホンを持っていた奴らのような惨めな3年間を送った過去のある僕は、子供に運動部の残酷さを味わせたく無いと思っている。
でも、たまに、自宅の庭でバスケットボールを使ってドリブルやパスの練習をして遊んでやってた。
昨年、小学校の七夕に「バスケがしたいです」と書いていたことを耳にした時は狼狽した。
で、今回の映画鑑賞は息子を初めての映画館に連れて行った訳だけど、感想を伺ったらバスケに目覚めなかったらしく、内心ホッとしている。
※以下、30年くらい前の話なので記憶があいまいなところもある。間違えていたら許してほしい。
※なお、壮絶な話は何もないので、期待しないでほしい。
20歳そこそこの頃、タウン誌の掲示板コーナー的なところに「社会人英会話サークル」の案内を見つけて連絡したことがある。
無料というのがかえって怪しかったが、好奇心から指定の場所に行ってみたところ、
そこは三軒茶屋の小ぎれいな一軒家で、20代前半から中頃くらいの物腰の柔らかい感じの男性が数人いた。
どんな会話があったかほとんど覚えていないが、少なくとも英会話の話はほとんどなかったはず。
途中で宗教法人の登録証?のようなものを見せられ、そこには「○○弥勒○○」(弥勒しか記憶にない)みたいな団体名が書かれていた。
後で揉めないように先に情報を開示しておくということかなと思ったが、後に調べてみたらその宗教団体は統一教会の隠れ蓑団体のようだった。
ともかく、その時点で宗教であることは明白だったが、当時の俺はとあるインドのグルに熱中していたのでむしろ面白くなってきて、
瞑想について熱弁した。連中は穏やかに「うんうん」と微笑みながら聞いてくれるので、調子に乗っていたかもしれない。
そのうち、「ビデオでも見ませんか」とビデオテープがずらっと並んだ棚へ誘導された。
今にして思うと怪しいテープもあったかもしれないが、1961年の日本映画「釈迦」を見つけた俺は迷わずそれを選んだ。そしてみんなで一緒に鑑賞した。
「釈迦」といっても日本映画だから登場人物はほとんど日本人で、ダイバダッタは勝新太郎だし、アショカ王は中村鴈治郎である。釈迦は本郷功次郎。
そのほか、京マチ子、川崎敬三、東野英治郎、市川雷蔵、山本富士子、月丘夢路、中村玉緒なども出演している。
極めて真面目に作られた映画だが、あの勝新太郎がダイバダッタとして登場した段階で俺は笑いを禁じえなかった。
周りのみんなも俺につられて苦笑していた。
そして、そのままなんとなくグダグダな雰囲気になり、特に勧誘らしきものはないままお開きとなった。
とまあ、特に何もなかったという話なんだけど、後で正体は統一教会だったと知り、いろんな姿をとって忍び寄ってくるんだなあと驚いた次第である。
日本映画監督の女性割合12% 昨年公開の邦画調査(共同通信) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/6d991b5712dc609877698f072b646aab428e2708
是枝監督も「一番の課題」 女性監督作品、21年間でわずか3% 映画業界埋まらぬ男女格差 実態把握へCF(神戸新聞NEXT) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/31de424623f9bcb6968872dfa2a97f7f786c3c41
上の記事を受けて女性が監督で興行収入10億円以上の2000年代以降の邦画をざっと調べてみた。まだまだ見落としありそうだが、、、
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「たわわ」がNGで、園子温が無罪になる、フェミニストの不都合な真実
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20220506182417
lacucaracha
無罪なんて言ってるひと見たことないが、単に『100%有罪なので語るべきものがない』だけでは。
擁護する相手もいなければ戦う必要はないが、たわわは『触れてほしくない』と思う人がいることこそ戦う理由なんでしょ。
2022/05/07
なんじゃこれ?
直筆の謝罪文とされるものが公式サイトに掲示されているが内容はこんなんだ。
http://www.sionproduction.com/
この度の2022年4月5日発売号の週刊女性の記事におかれましては、関係者の皆様にご迷惑とお騒がせをしてしまいました事、
また作品を見てくださった視聴者の方を含め、皆様にお騒がせをしてしまっていることにつきまして、深くお詫びいたします。
映画監督としての自覚のなさ、周りの方々への配慮のなさを自覚し、今後のあり方を見直したいと思っております。
しかし、今回の週刊誌報道の記事については事実と異なる点が多く、
自分自身以外への関係者にも多くのご迷惑がかかっていることを考慮し、
この度は多大なるご心配とご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした。
二〇二二年四月五日 園子温
わかるな?
・変な記事が出ちまって自分の関係者・作品視聴者をお騒がせした。
「報道」って言い方してるけど報道内容は声上げた女優達の告発なんだだから
要するにあの女たちが嘘ついてるって言ってんだ。
はあ~~~~あ?
未だ双方の主張が正面衝突してる状況だから、
園の主張が正しく告発側が嘘ついてましたって可能性も残ってるわけだが。
lacucaracha や☆入れた人達は何をもって「100%有罪」としてるの?魔女裁判かよ?
全然「100%有罪」なんて決まってないし、真相なんかまるで究明されてねーんだよ誰がどう見ても。
日本映画界を代表する大監督園子温がパワハラセクハラ性関係強要をずーっとやってて周りも黙認や加担してたのではないかという
事実なら超悪質で日本社会の古い宿痾にして非アップデートそのものみたいな事件が勇気出して声上げた女たちによって明るみに出て
さあ事実なのかどうなのかという余罪はねーのか協力者はどこまで広がるのかという局面だわな!
全てはこれから、超超注目していかなきゃいけない事案じゃあねえのか????
「もういいんだ、語る必要はないんだ、はい終わり終わり―」って言うお前等のその態度、どゆこと?
園については語らない、語りたくないって言う自分達の一貫性欠いた姿勢や感情を説明するために
「もうすべて解決済みだから語る必要ないんだもん!」って言い訳を思い付きで口走っただけだろ?
主張の恣意性や偏向性を突っ込まれたらその釈明の理屈もまた思い付きそのまま口から出す。
そうやって常に何のチェックもせずに喋ってるから
「告発が出た、被告側が徹底抗戦姿勢示した、って段階の疑惑が100%有罪確定で解決済み」だとか
「日本映画界の超大物監督によるまるで未解決の悪質なセクハラ・レイプ疑惑が語る必要もない些事」だとか
繰り返すが、
仮に告発が真実なら園もその周辺もそれを許してた映画界全体に至るまでとんでもねえ話だろうが。
セクハラやパワハラや枕営業を強要された女優やそれを断って冷や飯食わされた女優どんだけいるんだ?
そんなことするやつらは女優に限らずもっと弱い立場で頑張る女性スタッフにも何してるかわかんねえな?
しかも園は全然裁かれてないどころか謝罪すらしておらず居直りながら鎮火を待ってる(「謝罪文」の相手は”ご心配ご迷惑をかけた皆さま”だ)。
現実に枕強要されたりキャリア潰されたりしてる女の怒りや苦しみはどうでもいいわけか?
十代美少女描いて楽しむキモオタは許されざる社会のエネミーだが
立場を利用して女に嫌がらせや性行為を要求する強い男は問題ないわけだな?
こうやって聞いてやれば気まずそうに「いや問題ないとは思ってない…」ぐらいはゴニョゴニョと言うのは分かってる。
でもお前等がキモオタに向けてなら0秒で発火するいつもの怒りや嗜虐心が
園みたいな男には全然湧いて出てこないんだろ?
リベラルの良心たるハフィントンポストもこの件に触れる記事はゼロだ。
普段見せている女性差別に対する高い感度と見識は急に品切れになったみたいだ。
それまでなんども園を持ち上げる記事載せてたのに、疑惑自体を報じる程度の道義心すら湧かないらしい。
柔軟性に優れて恣意性豊か、
硬直した一貫性などに持たず天真爛漫
あくまでハッとして感じる瞬間のセンセーションで正邪が決まる取り組み
なわけ。
「私の素朴な気持ちと直感でいともたやすく社会を良くしたい」という憎悪と怒り。
データ出されるの大嫌い。データは私の直感や欲望に敬意を払ってくれないから。
発する言葉を最小限にし、威嚇と居直りで世間に出る情報を抑えて息を殺してる。
非常に賢いやりかただ。
これがうまく行くのは
「語るべきものがない」などと言いながら話題にすることを否定し牽制までしてくれる市井のリベラルの方々、
完全ダンマリ追加報道なしを決め込む報道機関の方々(普段なら女性差別に感度の強いリベラルメディア含む)、
皆さまのご理解協力があってこそだ。
こうして「語らない自由」「報道しない自由」によってまんまと疑惑の鎮火・風化が進めばどうなるか?
告発は無になり、白黒つかないまま全てが落ち着き、権力持ってる側の勝ちで確定するわけだ。
いやーこれでもし告発が本当で園が悪質な性行為強要常習犯だったら大変だな!
多重レイプ犯やその共犯者たちを逃げ切らせて、やっぱりあれぐらいやっても大丈夫なんだと思わせて、
勇気出して声をあげたレイプ被害者達を「お前等の声なんか無なんだよ?」って言いながら殺すわけだ。
『語るべきものがない』と抜かして口を拭ったお前ら一人一人がな!
でも全然気にならなーい
そこをつつかれたらイライラした被害者ヅラで「語るべきものがないだけ!」と逆切れまでするー
あくまで問題は女の子の絵や漫画を描いてるキモオタどもなんですう~~~
社会に悪影響があるに決まってるんです! エビデンス?そんなもの要求するな!
以上見てきた通り
もうわかってんだよなあ。
だってあいつらは我々が若い頃ならいくら攻撃してもいい被差別階級だったのに!
そういうあれだろ?
黒人にシビルライツが与えられたの見て震えてた南部の白人の正義の怒り
お前らを突き動かすモチベーションってそれだろ?
メチャクチャむきになってキモオタに執着して叩こうとするのが大概40代以上なのな。
彼等彼女等は若い頃に「オタクなら幾らでもイジメてもいい」という相場と快楽を刷り込まれててそれが忘れらんない。
影響が証明されないキモオタ漫画の100分の1ほども触れる気がない。
もちろん掲げてる「サベツハンタイ」のお題目からすりゃ矛盾だらけなので
突っ込まれると「もう有罪と決まったし(嘘)」「語るべきものがないだけ!(大嘘)」「それよりキモオタガー(絶叫)」