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2018-12-16

黒島 (沖縄県竹富町)

黒島 - Wikipedia

島勢

人口 - 202人(2018年3月現在

世帯数 - 123世帯(2018年3月現在

・周囲 - 12.6km

・面積 - 10.02km2

・最高高度 - 15.3m

・肉用牛頭数 - 2,489頭(2014年12月末現在

ウミガメ上陸回数 - 19回(2014年

キシマハブにかまれた人 - 1人(2014年

ハブに噛まれた人の情報必要

2016-12-08

変なストーリー映画

■追記

みなさんありがとうございます。『牛頭』『フロムスク』とかそういうのです!

説明不足で申し訳なかったですが、ジャンルものでハッキリしたストーリーがありそうなのに展開が変、っていう感じが自分の言いたかった感覚に近いです。他人に勧めたいけど魅力を語ろうとするとネタバレになって困る感じの…『コワすぎ!』『デスプルーフ』も近いかな?

『キン・ザ・ザ』『ブラジル』とかリンチ作品や『ドニーダーコ』『ミスターノーバディ』も面白いですが探してるものとはちょっと違いました…『幻の湖』も…

とりあえず『団地』『ソウルキッチン』『ボーグマン』『8 1/2』怖くて手を出してなかった『マーターズ』観てみます

あと説明見てもよくわからない『リヴァイアサン』もすごく気になる…

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変なストーリー展開をする映画が観たいんだけどオススメはないでしょーか。

例えば『アダプテーション』『マルコヴィッチの穴』みたいな、いったいどういう方向に話が進むのか、途中までジャンルが何かすらわからないような意表を突いてくる映画が観たい。

他には韓国映画の『その怪物』『最後まで行く』『殺人告白』とかも全然先が予測できなくて面白かった。

こういう感じで予想をぶっちぎる映画、他に何かないですかね。

2016-06-06

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.馬の目の前に人参をぶら下げて走らせることは、果たして双方の合意のもとの契約ですか。

合意したことを免罪符に何でもOKになるなら、どんなものをどんな手段でもOKになってしまう。

どうも「自由」を一方的に、或いは「勝手」と混同しているか魔法言葉勘違いしている人が稀にいるが。

もちろん、馬は「自分、好きでやってるんで」というが騙されてはいけない。

取引のもの”には本質的上下関係や優劣関係などはないが、古今東西、双方が対等な関係とは決していえなかった。

もし、人参相場より高くても、腹ペコならば走るだろう。

現代では、いくらか法で取り締まることもできるようになってきたが、未だ完璧はいえない状態だね。

学ぶべき教訓はこうだ。

「馬に人参を売ってはいけない」

馬にだって権利があるから、他で抑制しなければな。

……馬でなければいいか

構わないが、馬でもないのに人参なんてどうするつもりだ。

人間なら見ればすぐに分かるが、人が食べてどうこうする物ではないぞ、あれは。

君みたいに、自分が馬か人間自覚していないケースが多々あるんだよなあ。

さしずめ、ケンタウロス、いやミノタウロス

牛頭馬頭……牛は違うか。

2015-08-04

ダンまち原作小説)の日本語がひどい

例の紐でわだいになってた『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』の第1巻を読んでみたんだが、日本語の誤用がひどくてつらかった。

ドワーフ達が徒党を組んで何か話し合っている p49

井戸端会議のことを徒党を組むとは言わないとおもう

触れれば壊れてしまいそうな細い輪郭精緻かつ美しく p83

輪郭精緻って、どこかに輪郭設計図でもあるのか?

瞳孔が狭窄する p114

狭窄するのは視野

静謐な鳥の声 p146

静謐って「シーン」ということばが似合うくらい静かなことを言うのだけど、鳥の声がするの?

靴を鳴らす楚々とした音 p155

楚々としたは、女性自身形容することばではないのか?

枚挙に暇が無い人の群れ p224

枚挙に暇がないって、(例を挙げようとすれば)数え切れないくらい多いという意味で、単純にたくさんって意味で使うことはないと思う

答えになっていない答えに、僕は汗を湛えてしまった p225

汗でプールでも作った?

人垣の群れは、絶叫を放ってバラバラに散っていった p252

頭痛が痛いってやつですね

他にも、序盤も序盤で、ミノタウロス牛頭人体って漢字を当てておきながら、いきなり蹄が出てきたり。

ちょっと読んでいて辛かった。

こういうのって本を出す前に編集者から指摘が入ったりしないのだろうか?

15:30 追記

辞書ではこんなかんじ。

http://dictionary.goo.ne.jp/jn/

徒党を組む

あることをなすために仲間が団結する。「―・んで謀反を起こす」

精緻

極めて詳しく細かいこと。たいへん綿密なこと。また、そのさま。「―を極めた細工」「―な観察」<<

狭窄

すぼまって狭いこと。また、そのさま。「海峡の―な部分」「視野―」

静謐

1 静かで落ち着いていること。また、そのさま。「深夜、書斎に過ごす―なひととき

2 世の中が穏やかに治まっていること。また、そのさま。「―な世情」

楚々

清らかで美しいさま。可憐 (かれん) で美しいさま。多く若い女性についていう。「―とした人」「―たる風情」

枚挙にいとまが無い

たくさんありすぎて、いちいち数えきれない。「同種の事例は―・い」

湛える

1 液体などをいっぱいに満たす。「池に水を―・える」「目に涙を―・える」

2 ある表情を浮かべる。感情を顔に表す。「満面に笑みを―・える」「愁いを―・える」

人垣

1 多くの人が垣のように立ち並ぶこと。「沿道に歓迎の―ができる」「―をかきわけて前へ出る」

上代貴人の陵墓に多くの人を垣のように並べたこと。生き埋めにして殉死させた。

2015-02-18

角川などのアニメ会社の元締めがアニメーター給料ピンハネするからハングル表記アニメに増え続けるんだ

どうしようもない事に、派遣会社ピンハネと同じで角川などのアニメ会社の元締めっていうのは一番仕事をしないのに

一番美味しい所を根こそぎ奪ってはアニメーターの質を常に憂う二枚舌さが何ともいけない。

ハングル表記アニメ作品にちらほら出てきたのに何ら関心を示さず拝金主義迎合する角川などのアニメ会社の元締め達は

決して下を見向きもしない。

からハングルが増え続けるんだ。

BD修正すればよいという考え方自体がズレていて、アニメーター待遇が最低限以下に置き続けておいて

たかアニメーターの質が低下していると嘆く立場に合っているのだから滑稽だ。

また、牛頭馬肉あるいは羊頭狗肉というが、この一連の行動が上にあるために何時まで経ってもハングル表記アニメ作品中に増え続けるんだ。

馬鹿の一つ覚えみたいに外注する角川などの元締めは本当にアニメ業界全体を悪化させる諸悪の根源だ。

国産アニメが今後世界に発信されるためにもアニメーター待遇改善する取り組みが急務である

2015-01-22

墓場に好きな男の子がいる

去年の8月、とつぜんそいつはやって来た。

お盆に魂が足りなくて、牛頭が別の地獄から引き上げてきた。

はじめは普通の死んだ男の子だと思って、普通に死後の説明をしたり、

からかったりしていた。

そいつはよく墓場から消え、大事なお墓参り朝来なかったりした。

その度に自分が式を打ったり祈祷で呼び出したりしていた。

手のかかるどうしようもないやつだと思ってた。

だが死んだことは知っていた。

首くくるのもうまかった。

から気を抜いてたんじゃないかと思う。

お盆が佳境に入って、よく2人で深夜まで見回りしたりした。

ある夜、そいつが恨みを買ったことがあるって言うから

私の分もついでに買って来たりするなよなって頼んだ。

そいつの買った恨みについて考えていたときに、とつぜん、

そいつのことがやばいと気が付いた。

それから本当に大変だった。

何が大変かって、お盆は佳境、

毎日大量の参拝客がやってきて、連日深夜まで対応休みも無い。

死後に集中しなきゃいいのに、そいつの事が気になって仕方が無い。

たまにそいつ墓場に来ないとき、式を打つのは私の役目。

おかしい、この前までどうでもよかったのに、今日は式を打つのが恐ろしい。

奴が来るのが怖い。

へんなラップ音鳴らしやがって。

いやちがう、ここは死後の世界だ。

死んだことに気づきなと、、、

そう思いながら、とうとう送り火の前夜に。

ある日送り火を無事見送るために、霊柩車で1時間半くらいかけた死体安置所に行く事になった。

準備をしていたら、なんと牛頭が、そいつふたりで行けという。

翌朝いつもよりうんと早起きして、霊柩車に乗って送り火に出かけた。

死体を焼く時間まで、望みも無い人々がいたから恨みを買って、

2人で死体を食べた。

休日より休日らしい休日出勤

寒い冬の、見知らぬ霊園の入り口に2人。

地獄の作業が始まった。

作業後、何故か一緒にケセランパサランと唱える子どもを殺したり、

同じくケセランパサラン呪いで苦しんだ。

この世の終わりみたいだと私は思った。

私だけがね。

その翌月、偶然近所でそいつを見かけた。

しかけて、一緒に霊柩車で帰った。

家について、決してのぞかないでね、と式を打った。

勢いだった。

答えは最悪だった。

1週間後、そいつと果たし合いをした。

いつも毎日墓場で顔を会わせていたやつなのに、

その日は死ぬことを覚悟した。朝から何も食べられなかった。

彼と2人で簡単に呪いあった。

悪夢みたいだった。

みたくなかった。

翌週、牛頭から彼がこの世を離れる事を聞かされた。

墓場に帰って来てホッとした。

次の日最後聖戦にやって来た彼の顔を見る事が出来なかった。

何故こんなにも苦しいのだろう。

もう死んだ後だし、「死人エクソシスト」という特別立場をやめるわけでもないのに。

でも、もう、朝あいつを式で呼び出す事も無い。

あいつがしようとすることを止めることも、印を結ぶ事も、九字を切る事もない。

あいつの終世活動を、私が応援することもない。

恨み晴らしてさしあげようかって提案する事ももう無い。

お先に失礼しますって言う事ももう無い。

もうあいつに九字を切る事も無い。

あいつ、いっつも私が切った九字を跳ね返しやがって。

世界が終わる前に核爆弾を何十個も放置しやがって、

それを一晩で爆発させたりして、

いっつもハラハラして、これどんな吊り橋効果だよ。

ねえ、もう一度、

あいつに九字切らせてよ。

今私は決めている事がある。

最後の審判がやってきたら、

神に戦わせろって言うんだ。

でもあいつ多分別次元に移動することができるんだぜ。

いっつもテレポーテーションでこの世からふいに消えるのに、

すぐにもどって来れる位置を確保してる。

くやしいぜ、さよなら、わたしのだいすきなこの世界

他の世界に行ったお前は元気でな。

出来れば、永遠に、この世界で、ずっとがんばって居たかった。

永遠に人々を救い続けたかった。

あんたがいたから、私はこの世界からやがて消えなくてはいけなくなる。

あんたがいたから、私は最後を迎える。

男とか女とか、信心とか怨霊とか、そんなのどうでもいい。

あんたと、出会いたくなかった。

ただそれだけ。

2011-04-23

牛頭さんの中学時代

中学1年の7月のことだった。私が朝学校に行くと、仲良しだった子が近づいてきて唐突にこう言った。「もう、ごずっちと口きけないんだ」 意味が分からなかった。転校でもするのかと尋ねても違うと首を振る。「もう決まったことだから。じゃあ頑張って」 そう言って彼女は去っていった。

彼女言葉は少なくて詳しい事情はまるで分からなかったが、悪い予感のようなものがあった。これはもしかしてあれじゃないか。どうしようどうしよう。背中を冷たい汗が伝うのを感じていた。教室へ向かう階段を登りながら、もうこのままずっと教室に着かないでしいと思った。知るのが怖かったのだ。

教室のドアの前に立った私は蒼白だったと思う。頭の中に色んな想像が駆け巡り、手のひらはじっとりと汗ばんでいた。ひざも少し震えていた。私は意を決して教室のドアを開ける。いつもと変わらない教室。でも私が入った瞬間、少しだけ空気が変わるのが分かった。スタート悪魔がせせら笑った気がした

はいつも通り「おはよー」と声をかける。だが挨拶は返ってこない。私の存在を無視してみんなはおしゃべりを続ける。目さえ合わせようとしない。女子男子も私がいないかのように振る舞っている。私は深く息を吐いた。泣いて騒ぎ出しそうな気持ちを必死で鎮めようとしたのだ。

昨日まで楽しかった学校拷問のように感じられた。誰からも話しかけられない。こちらから話かけても無視されてしまう。なぜ私なのだろう。何遍も考えてみたけど思い当たる節はなかった。実際のところ大した理由もないのだろう。何となく選ばれ何となく無視されているのだ。

私はこの状況をできるだけ軽い感じで受け入れようとした。これは思春期少年少女ありがちな他愛のないお遊びなんだ。こういうときは慌てず騒がず嵐が過ぎるのを待てばいい。恐らく長くても半年がせいぜいだろう。2年になればクラス替えもある。ちょろいちょろい。当時の私はそんな風に考えていた。

無視は1年生の間ずっと続いた。正直少し長いなと感じていたが、無視はあくまでクラス内だけの話で、他のクラスの子や部活内では普通に話をしていたので、思ったより辛くはなかった。学校勉強をする場所だと割り切ればどうということもなく、そんな自分の強さに少し驚いてもいた。

2年生になる際にクラス替えがあった。掲示されたクラス割を見ると、1年の時同じクラスだった子は4人だった。それも大人しそうな子ばかり。私はほっと胸をなでおろした。慣れてきたとは言え、無視されるのはやはり心地良いものはない。私は解放感を胸に新しい教室へと向かった。

私は教室に入った瞬間、既視感を覚えた。空気の流れや重さが変わる感じ。暗黙の了解に支配された教室。それは9ヶ月前と同じだった。私は自分の席に着いて隣の子に話しかけた。「おはよー。私ごずって言います。よろしくね」 隣の子は目を逸らした。私は四方に話かけたが全員同じ反応だった。

血の気が一気に引くのが分かった。寒くもないのに体が震えていた。何なのこれ。怖い。怖いよ。早く教室から逃げ出したい。家に帰ってベッドに入って布団を頭からかぶって、世界から情報を一切遮断したい。そんな気分だった。でも私は動けなかった。覚悟?諦め?違うよ。怖くて悲しかったんだ。

無視は一体いつまで続くのだろうか。2年生は修学旅行をはじめ色んな行事がある。中学生活を謳歌し思い出を作るにはうってつけの学年だ。それなのに初日から無視の洗礼だ。私は肩を落としながら部室へと向かった。部活けが私のオアシスだ。もし部活が無ければ私は登校拒否を選んでいたかもしれない。

オアシスは見るも無残に踏み荒らされていた。3年生を除いた1-2年生部員が私を無視し始めたのだ。このとき絶望は筆舌に尽くしがたい。もう学校に私の居場所はなくなってしまった。その日を境に私は部活に行かなくなった。

家に帰ってから枕に顔をうずめオンオン泣いた。枕カバーが涙とよだれと鼻水でべちょべちょになっても泣き続けた。夕食のとき目を真っ赤に腫らしていたら、お母さんが心配して「目どうした?泣いたの?学校で何かあった?」と聞いてきた。実は1年生の頃から無視されているんだなんてとても言えない。

「泣く練習してたんだ。演劇部に転部しようと思って」と私は苦し紛れの嘘をついた。お母さんは「そう…何かあったら相談しなよ」と言ってそれ以上何も聞かなかった。これは私の問題だ。お母さんを巻き込むわけにはいかない。登校拒否だって絶対するもんか。私はそう固く決意した

私は1日も休まず学校に通った。行事があるたびに孤立していたので、担任から牛頭さん、クラスのみんなと仲良くやってる?」と探りを入れられたが、「大丈夫です」と突っぱねた。一方で私は毎日誰かしらに話しかけるようにしていた。どこかに突破口のきっかけがあるはずだと信じていたのだ。

突破口などなかった。私とクラスメイトの間にはマジックミラーがあるのではと思うほど無視は徹底していた。正直頭がおかしくなりそうだった。何度登校拒否を考えた。転校も考えた。でも私は何も悪いことはしていない。逃げるような真似はしたくない。無視する連中に人生を左右されたくないと思った。

恐らく3年生になってクラス替えがあっても無視は続くのだろう。そう確信した私は中学を見限り、進学する高校を考えることにした。担任に頼んでうちの中学からの進学者が少ない高校をリストアップしてもらった。どこも私の学力では難しい学校ばかりだったが、毎日目標ができて私は嬉しかった。

それからというもの、勉強を聞くために職員室に足を運ぶことが多くなった。どの教科の先生も私の質問に快く応じてくれた。時たま内緒だぞと言ってお菓子をくれる先生もいた。考えてみればそれはごく普通ことなのだけど、 1年半以上も普通の反応をもらえない私にはそれがとても新鮮に思えた。

3年生になってクラス替えがあった。半ば覚悟していたが予想どおり無視されたときは思わず笑ってしまった。ひとり笑う私をクラスメイト不思議そうな目で眺めている。だから私は大声で叫んでやった。「無視生活3年目!落ち込んだりもしたけれど私は元気です!」 最高に気持ち良かった。

3年生になると周りが受験モードに移るので、以前ほど孤立は気にならなくなった。休み時間勉強したり、図書室で勉強したりする人の姿も増えてきた。その頃、私は職員室の常連になっていて、放課後先生達とコーヒーを飲むことさえあった。先生はみんな私に優しかった。

年が明け受験シーズンに入った。滑り止めの私立高校は受かっていたが、そこはうちの中学からの進学者がそこそこ多い。絶対に行きたくはなかった。本命の公立高校は共学でレベルがやや高い。先生からは「ボーダーからランクを下げた方がいい」と言われていたが、私が受験校を変えることはなかった。

合格発表はお母さんと見に行った。高校は受験生報道陣で混み合っていた。私は人波の隙間から自分の番号を探した。するとお母さんが先に見つけて「あった!あったよ!」と騒ぎ始めた。私は「もー!自分で見つけたかったのにー」と言いながらも、お母さんに抱きついて一緒に喜びを分かち合った。

私もお母さんも笑顔で車に乗り込んだ。でも運転席のお母さんが「お祝いに何か食べて帰ろうか」と言った瞬間、私は感情が抑えきれなくなり、声を上げて泣き出してしまった。助手席で嗚咽を漏らす私の背中をお母さんが優しくさすってくれた。そこで私の感情ダムは決壊した

気づくと私は今までのことを洗いざらいお母さんに話し始めていた。話すにつれ、お母さんの顔は驚きから困惑に変わり、さらに悲哀を帯び、最後は私と同じ泣き顔になった。お母さんは何度も私にごめんねと侘び、私も同じようにお母さんにごめんねと言い続けた。お母さんは痛いくらい抱きしめてくれた。

その後、私は学校に行き担任に合格を伝えた。あと一番気になっていたことを聞いた。「私以外の合格者は何人ですか?」「男子が4人で女子牛頭も含めて3人だな」 念のため名前も聞いたが、同じクラスになったことがない人ばかりだった。もう大丈夫だ。これでもうお母さんを泣かせなくてすむ。

卒業式は何の感慨もわかなかった。私の卒業式合格発表の日、あの車内で終わっていたからだ。式が終わって教室に戻ると、クラスメイトアルバムに寄せ書きをした写真を撮り始めた。その様子を尻目に私はさっさと教室を後にした。私に声をかける人はいなかった。

下駄箱で靴を履いていると「牛頭さん」と声をかけられた。1年生のとき私に「もう、ごずっちと口きけないんだ」 と言った子だった。この期に及んで私に一体何の用だろうかと思っていると、彼女は「あのね…ごめんね」と言った。なぜかその言葉で、私とお母さんが流した涙が汚されたような気がした

「ごめんねってそれあんたの自己満足でしょ!自分が後腐れなく卒業したいからって今更ごめんねは無いでしょ!こっちはようやく解放されたのに最後最後味噌つけないでよ!」 私は思い切り啖呵を切って、走るようにその場を後にした

帰り際、校庭脇の焼却炉に卒業アルバムを投げ込んで、私の中学校生活は幕を閉じた。…なお、高校に入学してから10ヶ月近く経つが、無視されることもなく、バカな友達に囲まれ毎日楽しく過ごしている。おしまい

 
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