はてなキーワード: 二世とは
社会の指す範囲って色々あると思うんだけど、一番身近なのが町内会とか近所の集まりである事が多いと思う
これらの悪い所も多々あるのは十分に承知だが、この辺の人間を見えないものとしながら「社会で子供を育てる」という言葉はあまりに軽すぎる
これは別に週末のゴミ拾い清掃に参加するだけでなく、例えば町内会で何か困りごとを持っている人間が居ればそれに助力してやるべきで
何もせずに「少子化なので近所の方々は子育てを協力してください」という態度は通らないでしょう
親と二世帯同居すればいいとも軽々しく言うけど、親側の協力と配偶者側との協力を得ないといけないし、折り合いがつかずに破断することだって多いのに
「子供の面倒は親に見てもらえば問題ない、しない奴は我儘」みたいな態度を振りかざす自称識者がワラワラと出てきてしょうもない
脅しなんだよな。そして語ってる奴がたいていウエメセ。
「俺、この世の仕組み見抜いちゃってるんで」って奴
座禅で肩を棒で殴ったりもする
なんなんあの人たち
世の中の役に立ってる面もあるけど、証明できないものを信じてる時点でヤバい奴らなんだよな
そんなのに頼ってどうすんだって感じ
仏教をほわっと信じてる奴が多い日本で言ってもたたかれるだけなんだけどさ
49日なんてないよ、根拠ないじゃん
徒党を組まずに1人でやるか、せめてサークルみたいに軽くやれよと思うわ
俺も自分の中に仏教的な教えが小さい頃に組み込まれちまってるから、大人になっても困ってるんだわ
洗脳だよこれ
「因果応報」とかさ、悪いことしたら悪いことが返ってくるとか、地獄に落ちるとか
呪いじゃん
葬式も暗すぎて低い声でお経聞いてたらそりゃ沈むわ
そのくせ坊さんは肉も魚も食べるし結婚して子供作ってるし、普通の人間じゃん
とにかく仏教嫌いなんだわ
統一教会みたいに取り締まって消してくれ
LOVEBITESという日本の女性メタルバンドの周辺がいまちょっと面白いことになっているので解説します。ヘヴィメタルに興味がない人も人間ドラマとして味わい深いのでよかったら読んでみてください。
LOVEBITESの動画には「私は今年70歳になるロックファンだが30年振りに夢中になれるニューバンドを見つけた」というような英語コメントが頻繁に書き込まれる。「LOVEBITES reaction」でYouTube検索すると膨大な量の海外リアクターの動画と、そこに書き込まれた膨大なオタク早口の英語コメントを見つけることができる。Wikipediaは日本語版より英語版の方がはるかに充実している。そういう存在のバンドだ。
世界中の音楽チャートがヒップホップやR&Bといったダンスミュージック中心になってもう長いこと経つ。そんな中で日本のチャートは異様なほど独自の多様性がある。別の言い方をすると世界的な音楽トレンドから取り残されて、時代遅れのダサいとされている音楽も生き延びる余地があるユニークなシーンだ。
2010年代前半BABYMETALがアイドル+メタルの企画物としてデビューした。しかしながらボーカルの歌声とメタルアレンジが本物すぎたので妙に受けた。特にメタル音楽がほぼ失速していた海外においてメタルファンが衝撃を受けた。それ以降、流行りの音楽とは別の嗜好を持った世界中の音楽ファンたちが日本のインディーバンドを熱心に発掘するようになった。
なぜ、日本ではロックバンドが生き延びているのか。アニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」の設定にもあったが、80~90年代のバンドブーム世代の人たちがお父さんお母さんになり、親の聴くロックバンドの影響を受けた子供たち世代が出てきたのが今の日本だ。
BABYMETALと同時期に国内ではDESTROSEという女性ジャパメタバンドが活動していた。DESTROSEはメンバーも安定せず成功したとは言い難いが、現在のシーンを牽引するNEMOPHILA、FATE GEARなどのメンバーを輩出した重要バンドである。そしてまたLOVEBITESも元DESTROSEのメンバーが結成したバンドだ。
NEMOPHILAやLOVEBITESの世代の特徴は圧倒的に本格派という点にある。例外はあるが、それ以前の女性バンドは男性バンドにくらべると演奏技術がそれほど高くなかったり、どこか女性的なポップさがあったりした。だが今のバンドは演奏技術や音の志向において、もはや男女の区別は意味を持たない。
LOVEBITESの音楽は、アイアン・メイデンやジューダス・プリーストのようなパワーメタルと、ハロウィンやドラゴンフォースのようなメロディックスピードメタルの系譜にある。サビがメジャーコードのメロスピを演奏してさまになるのは国内では稀有な存在である。
日本人女性の発声はハイトーンになると細くキンキンしがちでメタルでは不利なことが多い。BABYMETALは、アイドル的な透明感がありつつ激しい演奏の中でもよく通るSU-METALの声が重要な成功要因であった。LOVEBITESのボーカリストasamiは低い音から高い音まで発声の気持ち良さが特徴で、他のボーカリストやボイストレーナーから発声に関する評価が非常に高い。やさぐれた感じがせず声を張り上げたりドスをきかせたりしてもどこか品がある点も過去にあまりいなかったタイプだ。さらにクラシックバレエの素養もあり、長いギターソロ中でも手持無沙汰になることなくパフォーマンスできる。
バラードはほとんどやらない。全員が鍵盤楽器を弾けて本格的なクラシックピアノが弾けるメンバーもいるが、これまで50曲近くリリースした中で最後まで激しい展開にならない純粋なスローバラードはわずか1曲のみである。基本的にはテクニカルでパワーとスピード命で、海外メタルのトレンドも踏まえた音楽性になっている。そのためデビュー後すぐに海外からも注目された。
デビューの翌年には英国のメタル雑誌でBEST NEW BANDを受賞して、その次の年にはドラゴンフォースの英国ツアーに参加している。
バンドも好調で、2020年のZepp DiverCity TOKYOのライブはもはや伝説的なクオリティだ。
そこまで注目されていたLOVEBITESだが、2021年ベースのmihoが脱退する。コロナの影響による環境変化でライブなどの活動ができなくなり、いろいろと思うところがあったようだ。mihoはバンドの創始者で初期の代表曲の多くを作詞作曲しており、LOVEBITESのコンセプトもmihoによるものが大きかった。そのためバンドはこのまま終わってもおかしくない状態と思われた。
2022年コロナ禍が徐々におさまる兆しが見えてきた中、残されたメンバーはベーシストオーディションプロジェクトを発表した。東京都内近郊を拠点として日本と世界各地で活動できること、というのが唯一の条件で、年齢・性別・国籍・プロ/アマ問わず応募可能としていた。
このオーディションには、すでにソロ活動で一定の評価を得ている彪(AYA)、一ノ瀬といった実力派ベーシストも参加した。
ここで登場するのがfamiだ。
YouTubeにやたらうまいベース動画を上げているJKがいると以前から話題になっていた配信者、登録者数は67万人もいるチャンネルなので一度は見たことがあるかもしれない。顔出しをせず、自室のドアの前で踊りながらスラップやタッピングを多用したトリッキーなアレンジでボカロ曲カバーを演奏する。リアルぼっちちゃんレベル100みたいなベーシストだ。
高校を卒業し、クラウド・ファンディングでソロアルバムを出し、すぐに川口千里のような若き実力派ミュージシャンとして活動していくものと期待されていたが、その後あまりうまくいっていなかったようでYouTubeチャンネルも数カ月更新が止まっていた。
それが2022年10月に「皆様に大切なお知らせがあります」という動画を突然公開した。
YouTuberの言う大切なお知らせはたいてい大切でもなんでもないしょうもないものと相場が決まっているがこれは違った。
LOVEBITESのオーディション最終選考に合格して、バンド側の発表動画も公開されたという内容をオタク早口でたたみかける内容だった。また、この動画から顔出しをしてカメラに向かってしゃべっており、アーティストとしてあらたな道を踏み出した決意を感じる。
どんなベーシストでも前任者のmihoと比べられてしまうのは避けられない。mihoは安定したリズムと時折見せるセンスの光るオブリガートの評価が高い王道メタルベーシストだった。手足の長い恵まれたスタイルに低く構えたベースのたたずまいはステージ映えしてLOVEBITESの悪そうでかっこいい側面を担っていた。
famiのキャラクターはそれとはまったく異なる。明るく楽しそうにぴょんぴょん飛び跳ねながら5弦ベースをスラッピングするベーシストだ。オーディション時点では19歳でおそらく他のメンバーとは10歳近い差があり新世代という印象だ。この新たな風こそがバンドの必要としていたものだった。
アイアン・メイデンのスティーヴ・ハリス的ベーシストが抜けてミスター・ビッグのビリー・シーン的ベーシストが加入しLOVEBITESは新体制となった。以前からfamiとLOVEBITESの両方を知っていたリスナーにとっては、別々の線がひとつに交差して、止まっていた二つの物語がトップスピードで再開するという衝撃的な嬉しいニュースとなった。
ただ、famiはトリッキーでテクニカルではあるもののメタルのベースが弾けるのか、と心配する声もあった。公開している曲はボカロカバーばかりだし、ソロアルバムもメタル色はなかったからだ。
そんな中、2023年2月22日に満を持してLOVEBITESの新アルバムがリリースされた。吉と出るか凶と出るかfamiにとってもバンドにとっても審判の日である。
そこにはBPM200の16分音符で凶悪かつスリリングにルートを刻むfamiがいた。ドラムとの相性もよくメタルのベーシストとしても超一流であることをfamiは実力で証明した。これを聴けばもう心配する人はいないだろう。実はLOVEBITES加入まで語られてこなかったがfamiもまたメタラー親父に英才教育を受けたメタラー二世だったのだ。
他方、バンドの方にも変化が見られた。アルバム発売日に公開された新曲のMVはいままでのLOVEBITESとかなり異なるものだった。曲のパワーとスピードはこれまで以上であるが、以前のようなメタルの美学的な映像ではなくカジュアルな服装で楽しそうにわちゃわちゃ演奏している明るいMVになっている。こういった演出もfami加入以前には考えられなかっただろう。
アルバムとしての評価も高く、すでに世界中のメタルチャートで一位となっている。
そして3月の復活ライブはチケットが瞬殺した。YouTubeコメントを見ると海外ファンも飛行機に乗ってこのライブを見るためにチケットを買ったらしい。その後も9月には国内ツアーが予定されている。完全復活である。近いうちに海外イベントにもまた出演するだろう。
https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1722329
7箇条めっちゃ叩かれてるけど、都会の自治会はまともなのかって話したいんだけど、
うちは、小学生が700人以上いる校区のそこそこ人口のいる自治会に所属してる。回転寿司やドラッグストア、牛丼屋が徒歩圏内あるような住宅地で老若男女そこそこいる。
けど、うちの自治会、コロナ前から地域の運動会以外の活動をしてなくて、ただの集金マシーンになってたよ。
二世帯も多いんだけどジジババしか自治会に出てこないし。引っ張ってく人もいないから、自分の班長が終わったら自治会抜けてく。自分が班長の時は、運動会お願いしますとかいって頼んできたくせに恩を仇で返された。
あと自治会を抜ける理由は、老人世帯は、老人会がしんどいってぬけてくんよね。いろいろイベントあるらしい。
それに比べてさ、池田町の区長さん達は実に田舎くさく旧来の価値観で行動してると思う。でも、自分達の地域を守っていこう意気込みはあるよね。
でも、行動している分区長さん達は偉いと思うんだけどな。
自分がエホ証やめたのはもう十年前だけど同世代や年上に似たような人は男女問わず居た。
どん詰まりになるのが目に見えてる奴らだ。
エホ証二世は布教活動に重きを置くよう育てられるので、学校では友達と深く付き合わないよう言われるし、大学も行かないよう諭される。
仕事も正社員にはならないようにと言われるし、異性とも「健全な」付き合いを勧められる。
そうすると、社会性も手に職も自己肯定感も貯金もない人間が量産されるのだ。
同世代のエホ証二世の中には「友達と付き合うな」と親から教えられていても、世の人と仲良くなってしまう人はいたし、外で彼女を作って遊んでいる奴もいた。
つまり、非モテ陰キャが量産されるようなことを書いたけども、当たり前のように人それぞれである。
大したきっかけではないけども自分は組織を脱することができた。
最近は地元に帰ってないけど、当時のまま組織に残ってグダグダしてそうな人は居るはず。
組織によって、骨抜きにされたんだと思う。
ある程度はその人の素質もあるような気がする。
鈴木は陣営外の人にも話が通じる右翼として有名だったが、実は朝まで生テレビの成立に大きな関りがある。鈴木が居なければあの番組は無かったんである。
また風桶式に鈴木が居ねばネットの団塊叩きも無かったんである。ちょっと説明しようと思う。
鈴木の親は民族主義新興宗教の「生長の家」の熱心な信者だった。その為大学時代は六本木にあった生長の家道場の寮に住み込みんで大学に通うと共に国粋宗教活動と学生運動に身を投じ、全共闘の左翼学生と殴りあいをしていた。最近話題の宗教二世だったのだな。
この道場は乃木坂の緑の中にあった。https://goo.gl/maps/tv9eakNek34ZLQXU6
今では生長の家の3代目がエコロジー志向になったので建物も塀も取り払われて開放的な森として一般にも開放されているが、一昔前は周囲の階段が「おばけ階段」と呼ばれるほど鬱蒼とした場所だった。
日本会議の中核メンバーも多くここに入寮しており実はこの寮は戦後の右翼運動の胎盤みたいな場所なんである。安倍政権で日本会議が急接近した事で政治にも影響を与えた。米議会は安倍政権と日本会議の関係を問題視していたのでこの寮の輩出者も分析把握されているかも知れない。
この敷地内には日本教文社という出版社もあってこれは生長の家の教祖谷口雅春の著書を出版して思想と教義を広める為に設立された出版社だ。しかしフロイトの『精神分析入門』や『夢判断』、ユングの選集などをいち早く出版するなど、実は学術分野でも存在感を示してきた社でもあった。
余談だが防衛庁(当時)の庁舎は2000年まで六本木にあり(現ミッドタウン)、更に60年代まで門が開いていたので近所の人は庁舎内の売店で買い物をしていたそうである。六本木、赤坂の物価より安い上に生長の家道場と防衛庁庁舎は目と鼻の先だったので鈴木も利用して安いパンツ等の購入に重宝していた。
ところがある日、左翼学生による防衛庁突入事件があり、それ以来門は閉められ部外者が売店を使用することは出来なくなった。
六本木交差点の先や青山まで行ってハイソ価格のパンツを買うしかなくなってしまった為に怒り沸騰、全共闘と衝突した際には「お前らのせいでパンツが安く買えなくなっただろ!」と叫んで相手を殴っていたとの事である。相手も何を言われているのか不明だったろう、と鈴木は述懐していた。まー、面白おかしく話を盛ったんだろうけど。
1970年に三島由紀夫の市谷駐屯地東部方面総監部占拠と割腹自殺事件が起きて世間を揺るがしたが、三島の介錯、つまり斬首をしたのが森田必勝。森田もまた割腹し介錯された。この森田必勝は鈴木の後輩で、思想的に鈴木の影響を強く受けていたという。
この為に鈴木は強く動揺、やがて右翼として生きる事を決意する事になる。やがて勤めていたサンケイ新聞も退職してしまう。(デモでの狼藉で解雇されたとの話)
鈴木はこの事をずっと気にしていて十字架を背負っているかの如くだったが、2000年頃になると「森田氏」と敬称を付けて呼ぶようになった。十字架を下したのかもしれない。
余談だが、小泉政権時代に男性か女性か判らんと評判になった井脇ノブ子という政治家が居たが、彼女は学生時代、右翼学生運動のマドンナで、ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』の様に数万の男塾みたいな学生の先頭に立ち、当時新右翼学生運動のプリンス的立場だった森田との交際の噂もあったとの事である。
1977年google:image:『おまえらがかわいいけんなぐるんや!』は井脇31歳の時の刊行だが表紙写真の井脇は暴力教師だかダチョウ倶楽部上島だか素人には見分けがつかない。
鈴木らは「新右翼」であり、これは全共闘などが含まれる新左翼に対抗する為に生まれ、政治権力に癒着した旧右翼らと違う軸を志向した。そもそも対抗する相手の新左翼自体が、日本共産党が暴力路線を放棄する事に反発して生まれたもので、要するに暴力vs.暴力。
最初から硬派なバンカラと軍国路線で、彼らが卒業して政治結社を結成するようになると国防色(カーキ)の街宣車を使うようになった。これが80年頃になると威圧感を与える黒塗り街宣車と旭日旗、日章旗、軍歌を流すというスタイルが定着した。
鈴木が代表を務める一水会も黒塗り街宣車で軍歌を流して通行人を威圧して居たが、やがて鈴木はこのスタイルは良くないと考え出す。こんなスタイルでは話を聞いてくれる人が居ない。
という事で今の機動隊バスのような爽やかなブルーに塗り直して大音量の軍歌も怒鳴り声も止めた。これは今で言うとテニスサークルヤクザとか好青年暴走族みたいな強烈なミスマッチである。(考えれば機動隊バスが国防色止めたのも同じ動機だ)
すると傍目には社会党などの街宣車に見えるから、すれ違う右翼街宣車に怒鳴られる事もあったそうである。「あー、てめえらふざけんじゃねえぞおいゴラ!」「あ、一水会さんでしたかどうもすいませんでした」って事が度々あったそうだ。
ただ、話を聞いて貰えないスタイルが流行したのは大人の事情もある。威圧感があって相手が震えあがるというのは、例えば企業相手の抗議に行くときは相手が折れてやり易い訳だ。
更に活動費というのは支持者の寄付と機関紙の購買費で稼ぐのだが、相手が折れた先に機関紙の購買も持ち掛ければ受諾されやすい。そこで心付けを渡してくる相手もいる。
するとシノギの手段としてヤクザが参入してくるようになる。民事介入暴力だ。ヤクザは元々旧右翼と不可分だったが、それが新右翼のスタイルを模倣して参入するわけ。威圧感を高める為に街宣車もカーキや灰色じゃなくて黒塗りの方がいいし、車格も小さいライトバン等より大型のワゴンやバスの方がいい。こういうのを警察用語で右翼標榜暴力団という。当時沢山いたヤクザが参入する事で「業界」のパイも大きくなった。
鈴木はこういう威圧じゃなくて議論や対話を好むスタイルだったので、敵のはずの新左翼側とも交流があり、新左翼出版社から自書を出版して居たりもした。それで「一般人の方も向いている面白右翼」という評判が高くなっていた。
そこで1985か86年に全共闘上がりの活動家と鈴木含む新右翼の大討論会というのを開催する事になった。司会はあの田原総一朗である。
この当時は全共闘とか学生運動というのは完全に過去のものになっていて嫌悪さえされていた。流行っていた思想はポストモダンで、モダンの内容も踏まえずに言葉の戯れを繰り出すのが流行していた。これは凄惨な内ゲバを繰り返して自滅したのに青臭い異議申し立てさえすればよいという立場で「議論」の場に居座っていた学生運動的なものに参加したくない、そうではないものが新しい価値ある態度なんだという、以前の政治的なものへの強い忌避、反感がベースにあった。あの田中康夫も事あるごとに全共闘残滓の異議申し立て的態度や代ゼミ講師的ノリをコキ下していた(湾岸戦争で日本が参戦を求められた事に衝撃を受け転向)。
そんな時代背景では政治議論なんてものはカビが生えた扱いで部外者には面白い訳がない。
そう思われていたのに、いざ討論会をやってみたら部外者にもかなりウケがいい。やってる方も面白い。
それでこれはいけるぞと踏んだ田原総一朗がテレ朝に持ち込んだ企画が朝生だったんである。
当時、エロ一本鎗だった深夜放送枠でフジTVが色々実験的な番組を放送し始め、その深夜枠のいい加減さも相俟って好事家的視聴者層にウケていた。そこにCNNの放送権をゲットして社会路線で行きたかったテレ朝が乗ったのだろう。
こういう経緯だから最初の頃の朝生は体制派vs.反体制派orリベラルという構図が鮮明だ。田原は最近「朝生は最早保守だ左翼だという時代ではないというのが朝生を始めた動機だ」みたいな事あちこちで言ってるんだが、この経緯を見ればこれが嘘って事は判るだろう。ボケちゃってるんじゃないの?討論なんてウケない時代に「激突全共闘と新右翼」討論会の成功で行けると踏んだのが朝生なのだから。
そしてこの討論会は鈴木の左右を超えた交流と議論好きの人格が無ければあり得ず、田原も来なかった筈なのだから、鈴木の存在が朝生を産んだと言って差し支えないんである。
こういう風に鈴木の活動と波及した社会現象は停滞して煙たがられていた政治議論を活性化した。すると全共闘上がりの人士らは元気になって「異議申し立てが必要だ」「もう一度騒いでもいいだろ」と言うようになった。これらを受けて刊行されたのが1994年の『全共闘白書』である。
この動きに対し、同世代の松原隆一郎が文藝春秋社の雑誌『諸君!』で批判を加える。更にこれを受けて諸君!誌では「うるさいばかりで無責任 上と下からぶっ叩け全共闘世代」という特集を組んで、その名の通りに上の世代と若手の執筆者が全共闘叩きをする記事を寄せた。
つまりはこれがネットで長年繰り返された団塊批判の始まりなのだ。この全共闘的振舞いへの批判から団塊Jr.世代(増田もそう)の日本を支配するオヤジ世代へのルサンチマンと甘えが被さり、「団塊世代」全体を叩くという風にスライドしてきたのである。そこでは例えばいい年になっても漫画を読んでるというスタイルを確立したのが団塊だ(劇画市場の成立)とか子供部屋が個室とか結婚は好きな相手とすれば良いしなくても良いという常識とか若者向け流行歌の市場とか個人のプライバシーとか時給制アルバイトとかが団塊世代がわがままをしたせいで出来たって事にも向き合わないで済んだ。
些か「風が吹けば桶屋が儲かる」的だが、鈴木の活動が無かったら全共闘上がりが活性化して『全共闘白書』が刊行されることも、それに対して下の世代が反発する事も無かったのである。そしてそれがネット民の甘えを吸収して団塊叩きに変化する事になったのだ。
最後に現在も統一教会との関係で取り沙汰される朝日新聞襲撃殺人事件の赤報隊に関して。
1990年代に新右翼を名乗る男の脅迫で柳美里のサイン会が中止されるという事件が起きた。鈴木はSPA!誌に連載を持っていてそれを批判したところその男が抗議してきた。その中で男が赤報隊の名を語った為、鈴木は「赤報隊とは面識がある、名前を騙ったお前を赤報隊は必ず殺すだろう」と伝え、懺悔の言葉を引き出す事に成功し、それを連載記事に書いた。
すると、直ぐに警察が何らかの容疑で令状を取り事務所を捜索して書類の類を皆押収してしまったのである。赤報隊の情報を得る為の別件事件だ。これに鈴木は怒って赤報隊の情報は二度と官憲に提供しないと書いてそれきりになってしまった。
結局赤報隊と鈴木の面識が脅迫犯へのブラフだったのか真実だったのかは不明なんである。
ヤクザの根絶やしを目的とする暴対法が施行される事になった時、任侠右翼とも付き合いがある野村秋介に鈴木はヤクザの人権を守れデモに参加しようと強く誘われたが、鈴木は「イヤですよヤクザなんて」と気乗りがしなかったが、野村は親分肌なので断れない。仕方なしに参加したら呉智英らに「アウトローの人権とは笑止」などと言われてしまった。
昨年の襲撃テロが本当に赤軍からの流れだとしたら、二世の方々は救済を得たとか感謝の意を述べてる場合ではなく、事件のために持ち出されてしまったことが罪として背負わされることになり、本当に救われることがないかもしれないことを危惧しなければいけないのでは
ここ数年あるアイドルグループを好きになって追ってるんだけど、メジャーアイドルは実家が太くなければ難しい職業になっているように思う。
アイドルに限らず芸能界は貧しくても一発逆転が可能な世界というイメージがあった。もちろん二世タレントとか裕福な家の子も多いけど。
オーディションを通してグループへの加入が発表されると、オタクが学校やSNSを探したりするんだけど、最近は小学校や中学から私立に通っているような子が多い。
あとオーディションの時点で個性という名の秀でた特技があることが重要視されているようにも思う。つまりあらゆる習い事をさせてもらえる家庭の子ということでもある。
実際現役のメンバーにはピアノやバイオリン、水泳、書道などたくさんの習い事をしていてそれを特技として活かしている子やそうでなくても帰国子女、幼い頃から私立に通う子が複数いる。
アイドルと言うとスキャンダルが命取りとなる。恋愛はもちろん、不倫とか飲酒喫煙とか。
リスクを少しでも潰すためには、問題行動を起こさないような、一般的な教養があって事務所のルールをきちんと理解し守った上で素行に問題なさそうな子=親がまともそうで且つ高度な教育を受けていそうな子を合格させることになる。
最近加入する子、10代でもコメントとかしっかりしてて、今どれだけ歌やダンスのスキルがあるかよりも自分で考えて言葉にできるか、自律的な行動がとれるか、とかが重視されてるのかなと思う。スキルはレッスンでなんとかするから余計な問題起こさない良い子を選んでるのかな。
山上の犯行はテロだったのか、怨恨だったのかみたいな話もよくあったけど
俺はテロだったと思う
結局は、あの事件は「テロリストが正しかった」ということになる
日本に統一教会が巣くっていて、安倍晋三がその広告塔になっていて、被害者や二世信者がたくさんいて、今も苦しんでいる。それは厳然たる事実であり、それに光を当てたのが山上
山上というテロリストを産んだのは日本の社会なわけよ。統一教会問題に興味を示さなかったこと、自民党が世界平和統一家庭連合に改名を許したことや公安の捜査対象から外させたこと、そんな統一教会と強いつながりがある自民党を脳死で支持してたこと
テロには屈しないという文言は、テロに屈しないだけのしっかりした社会だけが言えるんだわ。今回の事件はテロに論破されてるようなもんで、テロには屈しないというお題目だけをなぞらえて吹き上がってる奴を見ると滑稽でしょうがないよね。くだらねえ
テロに屈して当然だろこんな社会。日本人の負けだよ。山上徹也の圧勝。安倍以外誰も殺さなかったしな。ここにきて山上の銃弾は安倍の致命傷にはなってないみたいな情報も流れてきたが、まあ現時点では置いといて
日本人が自民から権力をスイングさせることができてたら統一教会と自民のつながりも絶ててたかもしれないのになあw残念wああ、結果論かwどちらにしろ俺は自民には入れてないんでねw合唱w
景気が悪化している中で増税、インボイス導入と経済的弱者を甚振るような政策ばかりをしているけれど、別に岸田総理の頭が悪いわけではないと思う。
貧乏を一度も経験したことがないから、貧乏であることの苦しさや貧困によって精神的に追い詰められ苛まれる苦しさを単純に知らないのだ。
これは頭の良さとはまったく関係のないことで、たとえIQが200あろうと300あろうとその場の空気感というものは実際に体験してみなければ分からない。
だからこそ本来であれば貧乏を体験し、赤貧に耐えてきたような人物を一人ぐらいは官僚に入れるべきである。
そうならないのは二世、三世と世襲するのが当たり前になっているからで、彼らは貧乏な家庭に歩み寄ろうとはしない。
歩み寄ろうとしていればここまで経済格差は広がらなかったはずで、彼らにとっての親世代が残した負の遺産、政策失敗の象徴を進んで目の当たりにすることは苦痛であり、そもそも親の仕事を引き継ぐ時点で親の仕事を評価しているはずなのだから。
だがそうした支援によって潤うのは詐欺まがいの行為を行う連中だけで、こうしてばら撒かれた税金の尻拭いを結局は貧困家庭にも押し付ける。
悪循環だ。
結局のところ、一番の問題は理解力がないことなのではなく、知らないことなのだ。
だが同時に、それは仕方がないことでもある。