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はてなキーワード: 原始仏教とは

2021-06-26

終末のワルキューレかいうクソアニメ

暇なので終末のワルキューレかいアニメNetflixで見たんよ。

1話の始まり15分程度で、あーゴミカスだなーとなったのでそのときの気分を記録しとく。

念仏を唱え呂布勝利を願ってるか現実逃避だかをする坊さんに対しブリュンヒルデが「人間よ祈るのをやめなさい。私達が倒さなければならない相手は、あなたが祈っている神なのですから。」とかいうわけだよ。

あらためて言うまでもない程度には常識だと思うのだけど、まず仏教に神などいない。仏を神かなにかと誤解してるのなら原始仏教ってインターネット検索して仏教ってなんなのかをググって調べればいいんじゃないかな。小学生のように。

神話宗教を軸に物語を描こうという作品が初手でこういう雑な宗教理解に基づく凡ミスをするあたりもう、あーゴミだってなってしまう感じだった。これ以降の神話歴史解像度もこの程度なわけでしょ。

てか、これは原作にも入ってるセリフなんかな。だとすると原作がたんにゴミって話なんだけど、それでもこの作品の勝ち筋があるとするならアニメ化する際に修正しても良かったのではないか

Netflixって制作費かけてオリジナル作ってるわりにこういうハズレ作品が多くて、そんなに先行き長くないんじゃないかなーと思うことが良くあるわ。

2021-04-29

自分のなりたいもの

原始仏教では犀の角にたとえられたが、夏目漱石は牛にたとえたもの

2021-04-02

anond:20210402183107

なんかとりあえず出家を優先してみましたって次元でもなさそうなんだよな。

ブッダはなぜ女嫌いになったのかって本の説明文がなかなか酷い。

ブッダとは「悟った人」の意味だが、その悟りへの歩みは、生後間もない息子に「ラーフラ(=邪魔者)」と名付け、妻子を置き去りにして出奔することから始まった。「人とかかわるな、交わるな」と説いたブッダは、「女の究極目標相手を縛り支配すること」と断じ、女の出家最後まで難色を示し続けた。ようやく尼僧を許可した後も、女の存在仏法を駄目にすると愚痴って弟子を悩ませる。この徹底した女性への警戒心、恐怖感はどこからきたのか。原始仏教経典精緻に読み込むことで見えた、生みの母、育ての母、妻との愛に苦悩する、知られざるブッダの姿。

2020-10-17

仏教は単に当たり前のことを言っているに過ぎない

こないだ、増田見てたら「私は悟った」みたいなことを言っていた人がいた。

単純に、非常に失礼だが、「馬鹿だな」と思った。

悪いけど、悟るなんてことはない。悟りを開くとか、生きて仏になるとか、そんな人はいない。

それは単に、仏教思想というか古代仏教思想の説いたことを誤って理解してしまったがためにそんな解釈を生んでしまったのだろうと思っている。

 

根本的に誤っているのは、原始仏教が生まれた背景をものの見事にみんな無視するからである

考え方がまるで逆で、当時の世間に流布していた思想からの脱却を、悟りを開いたとか、覚ったとか、多分そんな風に言ったのであろう。

要するに「輪廻転生」に象徴される、人は定まった運命の中でしか生きられないという、あの現代にも続くインドカースト的な考え方からの脱却に他ならなかっだ。

一切は空なりとは、つまり輪廻転生であるとか、そんな迷妄な考え方・思想には実体などない、そういう意味なのである

そんなの言ってたら、永久に人は苦しみから逃れられないと言っているようなものじゃないか、とゴータマは覚ったのである。これこそがほんとの悟り・覚りなのだ

から釈迦牟尼世尊の超絶的な苦行の話が逸話として出てくるのである、そうした苦行には意味がないのである

 

ところが、馬鹿無知民衆は、あの四苦、すなわち生老病死の「生」を「生きる苦しみ」と解釈してしまったのである。あるいは一切皆苦という言葉をこの世には苦しみしかない、などと全くの誤解をしてしまったのだ。

生老病死は、これは「死」は別なのである。これは四つではなく三つの苦しみ説く言葉であり、生・老・病の三つとも解決不能な苦しみのことを例としてあげたのである

この言葉は、人は、生まれてはすぐ死に、病んではすぐ死に、老いてはすぐ死ぬ、ということを意味する。

考えてみたらわかる。原始仏教は今から2500年前の劣悪環境インドで生じた思想である。人は生まれたら大半がすぐ死んだのである乳児死亡率は今とは比較にならない。病んだって、その多くは治療方法すらなく死んでしまうし、老いたって病院介護など期待できる世の中ではなかったのだ。

 

ブッダ達が言ったのは、古代インド思想輪廻転生などのそれ以前の問題として、解決不能の苦しみ(生老病死)があるってみんな知ってるじゃないか、だったらせめて解決可能な苦しみをどうにか解決していこうではないか、というコロンブス的な発想の大転換だったのである

 

このように考えれば、仏教はアホほど簡単なことしか言っていないことがわかる。

一切皆苦とは、修行者らに対するテーマのようなものである現実問題のみを解決していこうという超現実志向を表す言葉である

一切皆空とは、この世には実体みたいな、どうにも出来ないものなどないと見よ、という極めて強い教えなのである

諸行無常とは、輪廻転生みたいな、永久に変わらぬ事柄などない、という希望を与える言葉なのである

諸法無我とは、神のような存在意思に頼るのではなく、物事に対する法を見出し、その法に従って問題解決していこうじゃないかという、当たり前のことなである

 

こんなの、実際はすでに現代社会常識しかない。

みんな世の中に出て、例えば大人仕事という問題解決にあたっているはずであろう。

例え、どうにもならん問題があっても、ストレス発散くらいするはずだ。

少なくとも人権主義思想は、すべての人にとって平等社会の実現の根本思想になっている。

そして、私たちは、法律であったり、科学であれば法則であったり、マナーだったり、様々なルールだったり、あらゆる物事に対して法を実際に使っている。

 

まり、とっくの昔に、仏教など不要社会になってしまっているのだ。

私たちにとって、仏教は本当に単なる当たり前のことを言っていただけなのである、2500年も前に、だ。

から、悟った・覚ったとか無意味なことを言っても何の意味もないのである

 

但し、変な思想とか妄想に取り憑かれていてそこから脱出したのなら別だけどなw

2020-01-08

周りからすげーと思われる「教養」が文系知識特に人文科学知識現実

化学教養を見せた理系が「なんかわけわかんねえこと言ってる」的にへ〜でスルーされる一方で、ハンナ・アーレントがどうとか原始仏教がどうとか文系的薀蓄披露した奴が素直に感心されて「物知り。頭良い」と評価される現実

間違ってるとは言わないけど歪んでねえか?

ちなみにここでいう尊敬される教養レベル低学歴世界だと「肉じゃが東郷平八郎が〜」とか、あるいは「こんなに凄い日本!」みたいな新書に載ってそうな1行の豆知識になる。

2019-01-05

anond:20190105164238

原始仏教だと等身大人間扱いだった人が大乗だと超能力を使えるようになってるんだ

そういうものにすがるなという教えが仏陀が主張していたことなのに連中詐欺師でしょ

2018-12-14

anond:20181214115850

そのへんの価値観共通してるんだよな

してないぞ。

キリスト教イスラム教共通してるのは同じ宗教がもとになってるからだし、

仏教的な「極楽」「地獄」はインド民間信仰中国日本にまで伝わっただけで、

原始仏教は延々と生まれ変わる輪廻転生世界観なんだから極楽もクソもない。

2018-10-24

anond:20181024184131

そのばその場に合わせたことを使うだけだが。

都合のいい言葉をもともとの仏教はいっているとかいうのならしめしゃいいのに。

悪いけど、原始仏教によるならいいが、どこどこの経典でどう言ってたというのすら君から聞こえないよ。

ただ、正当に近いものは良くてそれいがいは邪宗だと、もともと苦しんでたやつとは次元の違う話をするだけ。

2018-10-08

anond:20181006151147

「こう思われたい」という感情は、成長の源ではあるが、一方で苦しみの源泉でもある。

かつ、「こう思われたい」という感情に囚われて苦しみすぎると、苦しいということ自体が頭の疲労の原因となる。仏教で慢の感情というらしい。

離れて深呼吸と、何も考えない練習をして頭の疲労を取るのがよい。

瞑想とも言うんだけど。

久賀谷亮「世界エリートがやってる最高の休息法」あたりのマインドフルネス瞑想や、小池龍之介とか、草薙龍瞬あたりの原始仏教+禅あたりね。

ただし、瞑想仏教は苦しんでるやつに漬け込む怪しいセミナー霊感商法が多いから、徹頭徹尾、本だけでいい。

2018-06-26

anond:20180626221753

その偏見こそが世間で人様の正体

でも日本人は一生その影におびえて生きる

まさに原始仏教イスラーム否定している偶像

2016-10-28

http://anond.hatelabo.jp/20161028133746

すごくよく分かる。原始仏教なんかでも絶対存在たる「我(アートマン)」の存在とか否定されてたし。

いろんな価値観の人見ると絶対なんてないんだなあと思うわ。

2016-08-18

今の寺はクソ(なのが多い)という話

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150519/281311/

これ面白かった。漠然と思ってたことを明快にしてくれたというか。

要約すれば、原始仏教時代(ないし現在タイ)は、①僧侶模範的生き方をすること、②人生絶望した人を丸ごと受け入れることで、人々から尊敬され、お布施も集めることができた。

しか日本仏教はその歴史的沿革から①②をすることが不可能となっており、腐敗している。

はい原始仏教の教えを現代日本でやるのはキツすぎるから、その理念だけでも目指そうよ、というお話

考えさせられる。

2016-06-30

原始仏教ビジネス終わった

最初の頃は「俺たちが日本仏教変えてやるんだー!!!」的な良くも悪くも意識高い志があったみたいだけど、

社会普通に受け入れられて稼げるようになった途端、胡散臭い自己啓発系全開の派生ビジネス始めちゃったね。

例えば、日本テーラワーダ仏教協会も「ブッダ栄養学」とか言って料理セミナーやっちゃってるし、

もうあかんね。資本主義って宗教が最強だね。何でも取り込んで自分教義に染めてしまう。

やっぱり資本主義以外の宗教はいらんわ。金(資本)以外は信じないことにしよう。

2016-06-23

http://anond.hatelabo.jp/20160623175024

今ここ肯定はマイヤンというより最近流行りの自己啓発だと思うが。原始仏教なりアドラーなり。

マンヤンって若い頃のヤンチャ自慢とか中学校学区の範囲内だけで人付き合いするとか強い過去志向で、

長期休暇の度にディズニーランド行ったり、非日常が大好きだし、今ここ志向からほど遠い。

2016-05-21

怒りのエネルギーは生きるのに大切だなと感じた

一時期、小池龍之介和尚の本から原始仏教にハマって、ひたすら怒りのエネルギーをなくそうと瞑想やら何やらにふけっていた。

しかメンタル調子はすこぶる良くなったのだが、どうも何をするにもやる気が起きなくなって困っていた。

次第に瞑想する気力すら起きず、いつのまにやら何ヶ月も瞑想サボるようになっていた。

ふと先日、とてつもなく怒りを感じる出来事が起こった。しばらくぶりの感覚だった。

ただ、そのときはその怒りを直接対象に向けるのではなく、何か生産的な方向に向けてみようという気持ちになった。

非常にイライラしながら掃除洗濯、その他今までやろうとしてやっていなかった事柄を次から次に片付けていった。

その後、これまた久しぶりに爽快な感覚を覚えた。

そのとき何か悟ったような気がする。ああ、怒りのエネルギーは前向きに生きていくには必要不可欠だな、と。

確かに怒りの感情が薄らいでいけば、現実の辛さを受け止める力は強くなると思う。

一方で、やるべきことから目を背け、より問題をこじらせる方向に向いがちなのも事実だ。

悪く言えば、怒りの感情から距離を置くことは、人生から逃げることにも似ている。

小池和尚は怒りは良くないものだとおっしゃっていたけれども、自分自身としては、むしろ怒りと刃物は使いようだと感じる。

包丁だって凶器になれば人を悲しませるけど、料理に使えば他人を喜ばせることもできる。

怒りの膨大なエネルギー制御して、何か生産的で前向きな方向に費やしていく。

そうすることができれば、仏教理想とは全く違う意味で、私達は人生をより良くしていくことができるんだろう。

2015-05-19

魔女になりたい(36歳男性埼玉県在住)

もぅマヂ無理。

ソウルジェム真っ黒。魔女化寸前。

魔女になって、理不尽上司ワガママな得意先も全部メチャクチャにしたい。

だけど毎週華金がやって来て浄化されちゃうの。

これが飼い殺し?

あ、改変後の世界から魔女にはなれないで消えちゃうのか……

なんだよそれ、原始仏教かよ。

っていうか円環の理ってなんだよ。

円環なら消えないでどこからかひょっこり飛び出してくるだろ、輪廻みたいに。

いや、改変後の世界の中にある魔女ほむら妄想ワールドなら魔女になれ……ないな。

ほむほむまどか幸せ日常望んであの結界作ったんだもん。

んじゃこの手元にあるソウルジェムは……

 QB「それはね(中略)僕と契約してm」

もうなってるよ(貞操的な意味で)

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