はてなキーワード: グラフとは
前のはこれ http://anond.hatelabo.jp/20121219191602
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/unix/1036951410/601
601 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/10(火) 15:04:00.62 今月はじめ、職場に古いパソコン(i486DX2の結構ローエンド構成)が入りました。 多分私が運用保守をまかされそうな雰囲気です。業務的にとある構造分析や シミュレーションなど行う必要がありハードにパソコン系を採用するのは聞いていたの ですが、搬入されたパソコンのダンホール箱に印刷されていたのはPC-9801という 文字でした。 「うへぇ~、よりによって98かよ」 NetBSD/OpenBSDインストール不可、Solarisも不可、SATA-HDDからブートできるのか、 今時のLCDディスプレイにつながるのか、FreeBSD9.xは対応してるのか、 今時のネットに繋いでもセキュリティは大丈夫なのか不安はつきませんし、 非メジャーなのでネット上の情報も少なく調べるのも大変です。 おそらく導入に際して、大学など教育機関で最初にそれに触れて刷りこまれた人間が 強気の知ったかぶりをして発言権を得て「俺流」をつらぬき紛れ込ませたのでしょう。 昔、当時、唯一コンソールでの漢字ROMによる日本語表示ができたPC-98は大学など 教育機関に浸透していて、日本のパソコン界に多くのバカを輩出しました。 これから私は、おそらくそういうバカが、makeしてもemacsが入らない、 TeXが入らない、firefoxは使えないのか、Rubyが使えないのかなどと、 サバ管気取りの偏ったどうでもいい我侭を言い出し、(だから鯖にするんじゃねーよ、 鯖の常識で話すなつーのに)それと戦わなければならないのでしょう。 そして時代によって決着している、過去20年のパソコン界隈のくだらないそれらの 議論が再現され、それに巻き込まれるのでしょう。もう今からうんざりです。 だからお願いです。教育現場ではPC/ATでもSPARCでもPA-RISCでも PowerPCでもなんでもいいですがメジャーかつ現行のマシンにしてください。 教育機関で懐古趣味のバカを量産されると現場が非常に苦労するのです。
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/unix/992942337/737
737 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/16(日) 16:27:31.40 今月はじめ、職場に新しい組み込みマシン(ファンレスの結構省電力構成)が入りました。 多分私が開発全般をまかされそうな雰囲気です。業務的にとある構造分析や シミュレーションなど行う必要があり、プログラムにアセンブラを使用するのは 聞いていたのですが、添付のサンプルソースコードからチラッと見えたのは LD A,(HL)という命令でした。 「うへぇ~、よりによってZ80かよ」 アドレッシングモード皆無、リロケート不可、使いにくいインデックスレジスタ、 今時の関数引数のスタック渡しに対応できるのか不安はつきませんし、 今の若者はこんなCPU使わないので人材も少なくソフト開発も大変です。 おそらく導入に際して、大学など教育機関で最初にZ80に触れて刷りこまれた人間が 強気の知ったかぶりをして発言権を得て「俺流」をつらぬき紛れ込ませたのでしょう。 昔、当時、8bitCPUでi8080上位互換でi8085よりも多くのツギハギ命令を追加拡張した Z80は大学など教育機関に浸透していて、日本のCPU界に多くのバカが輩出しました。 これから私は、おそらくそういうバカが、ADD A,(HL)はできるのにADD B,(HL)は できないのかとか、相対アドレスのCALL命令はないのとか、 スタックフレームポインタとして使いたいのにLD HL,SPっていう命令ないじゃんとか、 アセンブラ通気取りの偏ったどうでもいい我侭を言い出し(だからZ80使うんじゃねーよ) それと戦わなければならないのでしょう。そして時代によって決着している、 過去30余年のCPU界隈のくだらないそれらの議論が再現され、それに巻き込まれるの でしょう。もう今からうんざりです。 だからお願いです。教育現場ではi386でもi568でもi686でも x86_64でもなんでもいいですが現行のCPUにしてください。 教育機関で懐古趣味のバカを量産されると現場が非常に苦労するのです。
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/unix/1011306728/134
134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/15(日) 14:17:53.53 今月はじめ、職場に新しいPC(Core i7の結構ハイエンド構成)が入りました。 多分私が運用保守をまかされそうな雰囲気です。業務的にとある構造分析や シミュレーションなど行う必要があり、X Window System上のアプリケーションを 使用するのは聞いていたのですが、OSを起動して黒いバックに白い文字だけの 英語の画面に表示されていたのはlogin:というプロンプトでした。 「うへぇ~、よりによってxinit方式かよ」 CUIログインなんて古い、コマンド入力なんて古い、今の奴は日本語入力設定大丈夫 なのか(XMODIFIERS)、今時のマルチシート環境に対応できるのか不安はつきませんし、 xinitユーザーが少ないのでネット上の情報も少なく調べるのも大変です。 おそらく導入に際して、大学など教育機関で最初にxinitに触れて刷りこまれた人間が 強気の知ったかぶりをして発言権を得て「俺流」をつらぬき紛れ込ませたのでしょう。 昔、当時、X11で唯一$HOME/.xinitrcを手書きするというCUI的方法で環境設定できた xinit方式は大学など教育機関に浸透していて、日本のX11界に多くのバカが輩出しました。 これから私は、おそらくそういうバカが、GNOME/KDEはどうやって起動するのか、 ウィンドウマネージャを終了したらXごと落ちたとか、ck-xinit-sessionはないのか などと、X11通気取りの偏ったどうでもいい我侭を言い出し(だからxinit方式にするん じゃねーよ)それと戦わなければならないのでしょう。そして時代によって 決着している、過去25年のX11界隈のくだらないそれらの議論が再現され、 それに巻き込まれるのでしょう。もう今からうんざりです。 だからお願いです。教育現場ではgdmでもkdmでもwdmでも xdmでもなんでもいいですがグラフィカルなディスプレイマネージャにしてください。 教育機関で懐古趣味のバカを量産されると現場が非常に苦労するのです。
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/unix/1094041299/383
383 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/12(木) 19:20:13.06 今月はじめ、職場に新しいPC(Core i7の結構ハイエンド構成)が入りました。 多分私が運用保守をまかされそうな雰囲気です。業務的にとある構造分析や シミュレーションなど行う必要があり、制御コマンドとしてシェルスクリプトを 使用するのは聞いていたのですが、そのファイルを開いて1行目に書かれていたのは #!/bin/tcshという文字列でした。 「うへぇ~、よりによってtcshかよ」 ファイル記述子のリダイレクト不可、クオートのネスティング等に無理あり、 今の奴でさえシェル関数は使えないし、パイプラインの終了ステータスもおかしいし、 今時の担当者が扱ってセキュリティは大丈夫なのか不安はつきませんし、 スクリプトとしてのcshは嫌われるのでネット上の情報も少なく調べるのも大変です。 おそらく導入に際して、大学など教育機関で最初にcshに触れて刷りこまれた人間が 強気の知ったかぶりをして発言権を得て「俺流」をつらぬき紛れ込ませたのでしょう。 昔、当時、シェルで唯一aliasやhistoryやジョブコントロールの機能が使えた cshは大学など教育機関に浸透していて、日本のシェル界に多くのバカを輩出しました。 これから私は、おそらくそういうバカが、$*でスペース入りファイル名が扱えないとか $<でファイルから読めないのかとか、if文の条件式のコマンドでリダイレクト できないのかなどと、シェル通気取りの偏ったどうでもいい我侭を言い出し (だからcshスクリプト書くんじゃねーよ)それと戦わなければならないのでしょう。 そして時代によって決着している、過去25年のシェル界隈のくだらないそれらの議論が 再現され、それに巻き込まれるのでしょう。もう今からうんざりです。 だからお願いです。教育現場ではbashでもzshでもkshでもashでも Bourne shでもなんでもいいですがBシェル系のシェルにしてください。 教育機関で懐古趣味のバカを量産されると現場が非常に苦労するのです。
続く。
世帯年収のグラフを見ろよ。世帯年収だから、共働き、非正規全部含まれるぞ
このグラフは所得なので下は65万円 上は170万足すという前提では見てくれ。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa10/2-2.html
金額で見ると
相加平均は 549だが
メジアンは 438。
そして、グラフをよく見ろ。どこがボリュームゾーンだ?549がボリュームゾーンに見えるのか?
モードをよく見ろ 200-300万だぞ。100万足しても300-400万だぞ。
そのグラフじゃ55-65なんだから60以上かどうかわからんだろ。
60以上と言いたいなら
50-60
60-70
5年統計でなく10年統計にすれば 45前後がボリュームゾーンになるから 統計上の問題 というので2つ。
60以上がNo1であることとボリュームゾーンが中年層であるという事は別というので3つ
ようするに60以上は自殺しやすいという事と、中年の自殺率もやはりついで高という話は同時に成立する話で
中年の自殺率を含め 男性全体の自殺率の話をしている時に、その話を持ってくるのは、話を逸らしているか横。
自殺率が1番ではなく2番だから問題ではないという事はなく、1番かどうかは問題ではない。ということが言いたかった。
ちまちま書いてたら後追いになってしまった。
http://www.youtube.com/watch?v=OIQMaRXyPpc
http://www.youtube.com/watch?v=fLVSxWX47Vo
http://www.youtube.com/watch?v=KRlbJolZR_k
http://www.youtube.com/watch?v=jxC1HnwbNLY
http://www.nicovideo.jp/watch/nm18491384
http://www.youtube.com/watch?v=8_1IlHVJafo
http://www.nicovideo.jp/watch/sm18720713
http://www.youtube.com/watch?v=7-aKL9-ScZM
http://www.nicovideo.jp/watch/sm18966450
http://www.youtube.com/watch?v=E8hPzbIW8zo
http://www.youtube.com/watch?v=pRYeox4LUYA
http://www.youtube.com/watch?v=De2c5h2nYSw
http://www.youtube.com/watch?v=2cuAHXEr7Xs
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17214699
http://www.youtube.com/watch?v=PBpHKO1sE1I
http://www.youtube.com/watch?v=v9aXnaTBMQo
http://www.youtube.com/watch?v=S6n9JaFAzTk
http://www.nicovideo.jp/watch/sm18322329
はてな民はたぶんみんな料理の腕が上がったんだと思う2012年。
タイムラインで話題になっていた少女漫画を読んでみたくなったので、自分へのクリスマスプレゼントのおまけとしてさっき書店で買ってきた。ついでに前からずっと読みたいと思ってた少女漫画も買った。
話題になっている少女漫画はたまに買うが、だいたいつまらないので買ったあと後悔する。置き場所もないし。
今日買ったものも片方はつまらなかった。次巻は買わない。でももう片方はおもしろかったので、2巻3巻も買おうと思った。
書店のレジに並んだときは上の2段落を、マクドナルドでポテトを食べ終わった後は下の一段落をツイートしようとした。でも、つぶやくTwitterアカウントがなかった。そうだ、昨日垢消ししたんだ。
わたしががTwitterをはじめたのは高1の1月だから、3年くらい前になる。最初のうちは、ネット上の有名人と、自分と興味がかぶっている知らない大人の人をフォローしていた。するとタイムラインでは社会で今話題になっている小説とかニュースの話題がぶんぶん行き交うので、そこで気になった本を買うことがよくあった。全く知らない大人同士がリプライをかわし合ってるのをみるのも大好きだった。ツイート数が多かったのもあって、だんだんとフォロー、フォロワーが増えてきた。同年代の人たちは最初はTwitterの存在自体しらないこともざらだったが、今ではほとんどみんなやっている。高3くらいからだんだんとリアルグラフが増えていき、大学に入学してからは一気に増えた。そしてだんだんとTwitterがつらくなっていった。
ソーシャルグラフとリアルグラフが半々くらいで半実名という状態が自分には向いていなかったようだ。それ以前に私がつかっていたwebサービスというとリアル、前略のようなリアルグラフと直結しているものか、2chのような匿名のものしかなかった。最初のうちは半匿名として知らない人を見るのに使っていたTwitterが、いつのまにか知り合いにも知らない人からも見られている半実名のものになってしまっていた。自分は直接は知らないけど同じ界隈にいる人から悪意のこもった(というと過剰かもしれない。少なくともまったく善意のない)Retweetをされたりして、すごくつらかった。全く知らない人なら別にいいんだけども、同じ界隈にいる人からリアルの私とは全然違うTwitter上の私をみられて、それをリアルに持ち込まれるのが嫌だった。
http://anond.hatelabo.jp/20121219001837
大学の方のURLが切れてましたね。すみませんね。下記のURLはどうですかね。
www.iser.osaka-u.ac.jp/library/dp/2005/DP0630.pdf
逆に『専業主婦は不幸だ』という日本人女性の統計データがあればURLが欲しいです。
あとこの記事の結論に
家事労働は労働ではないのか、という議論もあるだろうし、心理学的、社会学的には、女性が家事労働以外に職を持つことの有意義性は、実証されてきたからである。英米に限れば、女性のほうが男性よりも仕事への満足感が高いという報告もされており、有職主婦の幸福度の低さは、仕事そのもののストレスではなく、仕事も家事も育児も、「あれもこれも」背負ってしまわざるを得ない状況へのストレスなのではないか、という気もしてくる。
いや、無視している訳では無いんですが、そこは「という気もしてくる。」っていう記事の作者の気持ちなんじゃないかね。
あと「主観的な幸福度調査なんてアテにならないよ」という反論もありだとは思う。
ただそういってしまうと割と多くの主張が意味が無いことになる。たとえば女性が「女性は不幸だ」と主張してもそれは主観的な考えで(ry
MIT の研究者で Enterprise 2.0 の提唱者として知られる Andrew McAfee 氏は、ブログ上で現在の雇用と賃金についての問題を米国内の雇用と賃金の推移グラフなどを用いて指摘している。その中で、民間雇用率や GDP、労働生産性などの経済指標の中から、1980 年代以降、平均家計所得の上昇率だけが低下していることを問題視している。
同氏は近年、平均家計所得の上昇率が低下している理由として、グローバル化、政府の税金政策の変化、オフショアリングの普及に加えて、コンピュータとロボット技術が高性能化していることが影響しているという (Andrew McAfee’s Blog の記事、本家 /. 記事より) 。
これまで経済学の世界では、技術進歩によって発生する失業は (市場の成長よりも下回ることから) 、一時的な問題に過ぎないという考え方が主流だった。しかし、最近はこの考え方を変える経済学者が増えているという。
ノーベル賞を受賞した経済学者 Paul Krugman もその一人。NewYorkTimes のコラムの中で、コンピュータの主要部品であるマザーボードの製造はほとんど自動化されており、アジアの安い労働力はもはや不要になった。技術の革新と進歩は労働者の多数を傷つけることができると指摘している。
Andrew McAfee 氏は、コンピュータやロボットは教育が不要であることから、新入社員などの仕事を奪い、労働賃金の低下圧力となった。今後、ロボットがますます強力になり、賃金と仕事のボリュームに影響を与える幅が大きくなれば、その影響はより大きくならざるを得ない。教育と起業家のシステムに根本的な変革が必要なのかもしれないとしている。
「資本主義が悪い!」みたいな言説は遺物になって久しいわけだけど、もし資本主義という経済のあり方が変わることがあるとしたら、こうした問題が究極的なところまで進んだときだと思う。一匹の牛から急速培養で1週間につき200頭の仔牛が生産できますとか、そういう状況になったら、あらゆる経済活動を資本主義に任せる意味は薄いと思う。とはいえ、現時点ではちょっとそういう可能性を現実に考えるのは早計過ぎるようにも思うんだ。
この問題は通時的に考える必要があって、産業革命以降社会は技術進歩による市場の拡大を経験してきたわけだけど、ここ100年はその前の100年に比べて大きなイノベーションが起きていない。技術進歩の停滞のツケが、家計の上に表れてきてるんじゃないだろうか。雇用が激減しているとかじゃなく、平均家計所得の上昇率だけが低下しているってところから見ても、そう説明したほうがしっくり来るように思う。
つまり、もっとイノベーションを起こして、もっとハイスピードにフロンティアを開拓しなくちゃいけないんだ。そのためにも、もう前時代の発明に寄っかかって平均的な人材を大量に育てる教育システムはやめて、一部の特別な天才にリソースを集中する方向に教育の方向を切り替えるべきなんじゃないだろうか。
確かにデータ見る限り、若い世代の自殺率も数もそんなに増えてないね。
ちょっとグラフ見てみて気になったんだけど、20歳前後の自殺者数、自殺率は昭和30年ごろだけぴんこ立ちで多いんだよね。。1000人前後だったのが一気に5000人にまで増え、また1500人くらいまで下がっててあとはほぼ横ばい。このぴんこ立ち、なんでなんだろ。
横だが、社会福祉拡充の財源が富裕層「だけ」の増税で可能なんだろうか?
http://www.mof.go.jp/tax_policy/publication/brochure/zeisei/img/figure04_06.jpg
このグラフ見ると、日本は諸外国に比べて中間層の税率がかなり低い。
リンク先のPDFをよく見ろ
グラフ付きでこう書いてあるぞ
まずは資産富裕層にはどのような特徴がみられるのか確認してみる。「家計調査」では金融資産残高の階
級別の最高階級は4,000 万以上であるため、以下ではこの層を資産富裕層とみなすことにする。同世帯層の
数は全体の約1割を占めるが、資産金額でみると全体の約4 割を保有していることになる。資産富裕層の世
帯比率はここ10 年程特に変化はみられない。これに対し、下位層と見做せる300 万未満の世帯比率は増加
傾向にある一方、富裕層と下位層の中間にある層は低下する方向にある
富裕層世帯は全世帯の1 割を占めており、消費支出に占める割合も1 割程度となっている。日本の全貯蓄
額の4 割を富裕層世帯が保有していることを考えると、これら世帯層が消費に十分貢献しているとは言い難
い。上記のように、現状はむしろ同世帯層の1 世帯当り消費支出は低下傾向にある。こうした「資産はあっ
ても消費をしない」という現象は、人口減少の我が国経済にとって深刻な事態と言わざるを得ない。
「資産はあっても消費をしない富裕層」について考えられるのは、①資産取崩し型消費への抵抗感、②市
況悪化による金融資産評価額の目減り、③「子孫に美田を残す」的な価値観の強さ、といった要因が関係し
ているように思われる。①は消費支出の源泉が所得から資産に変化する中で生じる現象である。リタイヤ後
の富裕層の場合、給与所得というフロー収入が殆どなくなり、代わりに保有資産というストックを取り崩し
て消費に充てるというスタイルに抵抗を感じる人も多いと思われる。実際、団塊世代のリタイヤによって期
待されたシニア市場の盛り上がりは殆ど起こらなかった。②の金融資産の目減りは、長期化する株安や円高
による外貨建資産の評価損、金利低下による分配金の低下など、富裕層のみならず消費を減退させる要因と
なっている。③は日本人の民族性も関係しているかもしれないが、シニア世代には自分の資産を子孫に残す
べきという価値観が強いとみられ、自分の消費よりも資産保全を優先するため、多くは預貯金として眠る結
果になっている。
富裕層が保有資産に見合った消費をせず、さらに中流層から下流層への転落が進行するとなると、現在欧
米諸国を中心に懸念が広まっている資産・所得格差の拡大による消費の長期低迷という現象が起きる可能性
は十分考えられる。
それに図表23を見ればわかるが、消費の8割近くは年収2000万以下が占めていて、2500万円以下は2割程度しか占めていない
原子力発電に安全神話があるように、太陽光発電にも安全神話がある。安全安心でメンテナンスフリーという神話である。
普通の一軒家に設置するような光発電システムは、10年も使っていると5軒に1軒ぐらいはパワーコンディショナが修理か交換になってしまう。7軒に1軒ぐらいは、ソーラーパネルも1枚以上交換している。果たして、投資の一環としてはじめた屋根借りるタイプのにわか太陽光発電業者や、元が取れると家主に設備を買わせようとする施工業者は、利益率の計算にその費用をちゃんと入れているのだろうか…?
ソーラーパネルの製造元は、10年保証や25年保証と言った長期保証をつけるから大丈夫だ、と思うかもしれない。ところが、システムが完全にダメになる前に、出力が落ちている、というのに気づくのは困難なのだ。
太陽光発電は設置したら終わり、と思われている。だから、ほとんどの場合、点検は太陽光発電システムのオーナーが自腹で点検をよばないとしてもらえないのだ。しかも、点検項目はパネルがしっかりと設置されていてゆるみがないか、配線はしっかりしているか、などであり、パワーコンディショナやパネルの性能チェックや故障チェックをする項目がないのだ。これでは、長期保証がついていても交換してくれとメーカーに言うことすらできない。だって、気づいていないのだから。
一つ一つのソーラーセルは、半導体製造装置からそのまま出てくる代物で、確かにそれだけならかなりメンテナンスフリーである。ただ、ひとつ0.6Vぐらいしか電圧がないので、かなりの数を直列に接続してモジュールにしたてないといけない。ここに、壊れる要因が潜んでいる。それぞれのセルを表・裏・表・裏とつないでいく配線にたいへんな電流が流れるので、長年使っていると弱いところから発熱に負けてハンダづけしたところが外れたりして断線が起こってしまうのだ。一箇所切れると、切れなかった配線に電流が集中し、発熱し、また一番弱いところが切れていく。それが全部切れると、パネル1枚無効になってバイパスダイオードに他のパネルで発電した電流が通る。それを長年続けると、バイパスダイオードが切れて、パネルの残りに電流が流れていく…
パネル全体が急にダメになれば、普段から出力をこまめに知っていれば普段と違うのでわかる。一部ダメになっているのは、なんと屋根から1枚ずつはがして検査しないと、メーカーでもわからない…
ハンダが溶けて外れるぐらいの熱を出している、壊れたソーラーパネルが屋根にのっていたり、屋根に組み込んであったりしても、安全なのだろうか?
まあ当然、まったくもって安全ではない。家ごと燃えることもある。国内事例だと消費者庁のサイトに一件だけ公表されているのがあるそうな。欧米では結構ばんばん燃えているらしい。日中燃えると、水をかけることができないので燃えっぱなしになるそうだ。消防士感電しちゃうからね。
家が燃えている時、水をかけたいから発電を止めたい、と思っても太陽光発電はとまらない。光が当たると絶対に電気が出てしまうのだ。原子力発電とは違った意味で、太陽光発電も人間の都合では止まらない。ほったらかした太陽光発電は、安全でも安心でもないのだ。
点検をしよう。モジュールの劣化に気づくような点検をしようよ。
発熱からの火災が怖いんで、調子悪いところはもともと発熱しているわけだし、温度を調べればいい。かといって屋根全体を温度計くっつけてまわるわけにもいかないから、ここは赤外線カメラ、サーモグラフィの出番だ。まあ、安いのでも20万円以上、高いのはコンパクトカーの新車ぐらいと、ちょっとしゃれにならない金額なんですけどね…
こまめに温度を測って点検することで、異常に早く気づいて対処することができるようになる。パネルの一部に影が落ちたり、汚れがあったりするだけでパネルの温度は均等ではなくなって部分発熱したりするようだから、素人が撮影して「うわー発熱してるー火事だー故障だー」っていうのはまずいらしいけど、点検できる人材を一定量確保して、定期点検するように、公共としてはしないと火事がヤバイと思うよ。
ブコメで指摘する人が出たので。そう、元ネタは産総研の加藤和彦先生の講演。
みんな、俺の文章なんて読んでいないで加藤先生の本「太陽光発電システムの不具合事例ファイル」を買うんだ。
http://www.enecho.meti.go.jp/saiene/renewable/solar/index.html
感電の証拠ね。言うと思ったんだ。ぐぐるぐらいしかできないし間接なんだけど。
http://www.enecho.meti.go.jp/energy/jutaku/hyoujun/hyoujun1/yousi22-1.pdf
http://www.zaimu.metro.tokyo.jp/syukei1/zaisei/23jigyouhyouka1/02_jiritu/23jiritu104.pdf
http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h24/2403/240327_1houdou/01_houdoushiryou.pdf
まあ、本当の根拠をとうとうと回答できるのは加藤先生な。最近、講演でひっぱりだこだそうよ。
あっ
今年は2010年ではなく2012年なので、自然利子率が2010年のまま 0%だと仮定しても(↓)
http://f.hatena.ne.jp/perfectspell/20121203201658
均衡実質金利は緩和か緊縮かの閾値であって、十分な緩和をしているか否かの判断のためのものではない、と書いたものを読まれましたか?僅かでも緩和側なら良いというものではないです。
そして、50bpでは緩和には不十分です。日本ではなくなって久しいですが、通常の金利変更によって緩和を目指す時には、一回の緩和局面の底ではもっと大幅な緩和をしています。
金利ギャップのグラフでも概ねそれは読み取れます。ただし平均値は統計上、上にも下にも小さな値になってしまいがちなことはご注意を。
緩和効果をある程度の現実的な期間で得るためには、それくらいの緩和が必要ということです。
なお、確かに今年は2010年ではなく2012年です。そして、均衡実質金利は景気が谷から山へ向かっている時には高まり、山から谷へ向かかっている時には低くなる傾向があります。
そのため、今、そして今後しばらくは2010年の0%と変わらないか若干下がるものと想定しています。正確な推計値はデータが揃う大分先になるまで誰にもわかりません。
過去の均衡実質金利の推移や現在の景気状況から考えて100bpを超える緩和にさえなっていない蓋然性が高い、つまりは緩和不足は続いているという判断ですので、それが思い込みに見えるならおそらく何か別の思い込みをお持ちなのでしょう。
高めのインフレ率を設定することがバブルを醸成しやすくなるという話は聞いたことがありません。普通はむしろ逆で、インフレ期待が低い時にバブルになりやすいと言われています。
また、インフレが高い方がバブルが破裂した後の景気悪化・デフレ化を抑えるという後始末をするための糊代があり、対処がしやすくなるという考え方が一般的です。
http://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/yasashii4/04.html
http://www.jcer.or.jp/column/fukao/index424.html
金利ギャップがずっと-1~1%の間に収まっているならば、金融政策はずっとほとんど何も機能していないということです。
経済が常に独力で望ましい均衡状態を維持できるという、経済学のモデルの上だけのもののようなあまりに非現実的な世界でもない限り、それが望ましいこととはとても考えられません。問題視すべきことです。
渡辺(2012) http://www.boj.or.jp/research/wps_rev/wps_2012/data/wp12j03.pdf に従うなら、2010年における金利ギャップは1%ほど。(均衡実質金利0%、名目金利0~0.1%、期待インフレ率-1%)
http://f.hatena.ne.jp/perfectspell/20121203151039 のグラフのように実質金利 - 均衡実質金利 = 金利ギャップ なので符号に注意してください。
ただ、均衡実質金利はかなり変動するのでたった今この瞬間だけのものを考えても適切ではなく、ゼロ金利が意図せずに引き締めになったりすることのないように、
均衡実質金利のマイナスを概ねの期間で打ち消すだけのインフレ水準が望ましいことになります。
のグラフに出ているのは、その名の通りさまざまな手法によるものを並べて、最大値・最小値・平均値を求めたもののよう。
その中でBKやHPフィルターを用いた手法は当該期間の日本に適用するには不適切。あくまで工夫した移動平均のようなものなので、
遅い利下げやゼロ金利で実質金利が高どまりしていると均衡実質金利まで高く算出されてしまい、ギャップがゼロに近いことになってしまいます。
Laubach and Williamsを使った 渡辺(2012)などの方が適切です。
より足下まで更新されていることや同じ手法なので比較が可能な米国の値が出ていることを考えれば尚の事です。
それでも問題点に目をつむってグラフの平均値を見れば、バブル崩壊以降の多くの期間に渡って金利ギャップがプラスであることが問題です。
デフレ傾向を食い止めるにはむしろ金利ギャップがマイナスでなければならなかったのを、引き締めを続けたということを表しているのですから。
今の米国の金利ギャップは2%ほどで、日米比較すると日本の方が緩和的という理解でOKですか。
http://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2012/11/post-2757.php の「適正な金利水準はマイナス2%前後」より
記事にある適正な金利水準とは均衡実質金利のことではないので、OKではないです。
失業率が高いため、均衡実質金利より低い実質金利を達成する名目金利が、記事でいう適正な金利水準に当たります。
上の日本の場合で、デフレ傾向を食い止めるにはむしろ金利ギャップがマイナスでなければならなかったと言っているのと同様のことです。
渡辺(2012)にあるように、2010年までにおいてずっと日本の均衡実質金利は米国の均衡実質金利より低いのでそれが今も続いていると考え、インフレ率が米国の方が高いことも踏まえると、
同じゼロ金利であったとしても米国の方が緩和的です。というより、金利だけから判断すれば米国は緩和(3%ほど)な一方、日本は中立または引き締めです。
もっとも、米国より緩和的かどうかをことさら気にする動機が分かりません。仮に米国より緩和的であっても、それが日本経済の状況から見て緩和不足であれば何も望ましくありませんから。
均衡実質金利は、その水準よりも実質金利が高くなれば引き締め、低くなれば緩和という閾値であって、望ましい金利水準を指すものではありません。(経済が適度なインフレ・雇用にある時には望ましい実質金利となります。)
デフレであったり失業率が高かったりした時には緩和的な環境、すなわち実質金利を均衡実質金利よりも低くする必要があります。
均衡実質金利が低いもしくはマイナスで、デフレ期待もしくは非常に低いインフレ期待がある場合には、緩和的な環境そのものを作れず、デフレの中で引き締め環境が続いてしまうことになります。
こういった事態に陥らないようにするためにインフレ期待を少なくとも2~3%まで引き上げるようにする必要があり、現在議論されているインフレ目標などはその一環です。
自己啓発セミナーにハマって俺を救ってやろうと必死に勧誘してくるしつこい兄貴が送ってきたブログ記事が面白かったので訳してみた。
元ブログ記事:http://themodernsavage.com/2008/09/30/the-dilemmas-of-male-virgins/
***********************
年配の童貞男の数は日に日に増えている気がする。仮に増えていないとすれば、よりその存在が目立つようになっているのは間違いない。インターネットの匿名性と、映画「40歳の童貞男」のお陰か、童貞男が自分の事について、匿名性を保ちながら世界に発信する事が一般的になった。
インターネットは童貞男で溢れている。ここやここなんかを見れば分かる。かくいう私も去年27歳で童貞を捨てるまでは同じ境遇だった。
オタクやギーク、負け組を特集するようなリアリティ番組の多くには必ずと言っていいほど童貞を主張する男性が登場する。VH1の「The Pick Up Artist」の前回のシーズンだけ見ても、参加者の半数は童貞で、しかも最年長は45歳と来た。
男が20代後半を過ぎて童貞であり続ける正当な理由なんて存在しない。例外があるとすれば、深刻な身体的・精神的傷害を持つ場合くらいだが、それは童貞男人口の中でもごく少数で、大半はどこにでもいる普通の男性だ。しかし何故か彼らはどうやってセックスまで持ち込むのか全く検討がついていない。それだけの年月を生きていたら、ラッキーイベントの一つや二つに遭遇するだろうと思う人間も多いかもしれない。しかし、問題はそこではないのだ。
ちなみに、読者の中には結婚するまで童貞を捨てたくないという人もいるだろう。この記事は君たち宛てのものではなく、セックスしたいけど出来ない人達向けだ。そもそも性欲旺盛な男としては、一体何でセックスを我慢したいのか全く理解できないけど、それはまた別の話という事で。
最初に挙げたいのが、殆どの男性がオナニーに使っているポルノが、YouTube的なポルノサイトの普及のお陰で非常に入手しやすくなっているという事だ。これらのサイトが多くのアクセス数を稼いでいるのはAlexaトラフィックランキングを見ればすぐに分かる。YouPorn(41位)やRedTube(49位)は全ウェブサイトの中でもトップランクに入る人気で、1日で何百万ものアクセスが入る。ちなみにNYTimes.comは97位、ESPN.comは71位だ。
Alexaランキングサービスを知らない人に説明すると、順位の数字が低いサイトほど、そのサイトのトラフィックが多いという事だ。例えばGoogleは2位で、このブログは259,388位だ。下の表を見れば分かる通り、ポルノに対して高い需要がある。
http://themodernsavage.com/wp-content/uploads/2008/09/alexa_porn_chart.jpg
ポルノの何が悪いかって?それ自体が悪い訳じゃないし、私もみんなと同じようにポルノは好きだ。問題なのは、それによって男性が女性を口説く必要が無くなり、口説く気すら無くなっているという事だ。自宅で望むままに性的欲求を発散出来るのだから、誰がそんな事をわざわざするだろうか。
女性から拒絶されるような苦労も無く、楽に欲求を満足させられるとしたら、自己改善のモチベーションが著しく削がれてしまう。そして自己改善は男性が女性から好意を受けるのにキーとなる重要な要素の一つだ。
別にポルノが全て悪いと言うつもりはないが、間違いなく良い影響を与えてはいない。ポルノはテクノロジーによって生み出されている根本的問題の一部にすぎない。インターネットやビデオゲーム産業の発達により多くの娯楽が生まれ、少年が校内で女の子を追い掛け回す時間が無くなっていった。代わりに誕生したのが、12時間テレビの前でララ・クロフトをオカズにオナニーするジョニーくんという訳だ。
いわゆる「オタク」というステレオタイプが童貞と結び付けられる事には理由があるのではないか。パソコンを持ち、最先端のインターネットポルノにアクセス出来るのはいつだってオタクだ。これははたして偶然なのだろうか?答えはみんなに委ねよう。
童貞が長期間童貞であり続けるほど、童貞卒業が難しくなる傾向にある気がする。下記の残酷なグラフがそれを表している。
http://themodernsavage.com/wp-content/uploads/2008/09/age-vs-virginity.jpg
私の持論では、童貞男が年を取れば取るほど、自分のセックス出来る能力に疑問を抱き、自信低下の下方スパイラルに陥ってしまう。そして「自信」は女性から好意を抱かれるために必要なメイン要素だという、どうしようもない矛盾がある。
若い内はセックスできない理由を運の無さだと言い切る事が出来るが、時が経つにつれ、男性は自意識過剰になり、自分のルックスに疑問を抱き、自分の欠陥を社会のせいだと言うようになり、やがて自尊心は地に落ちる事になる。自分の置かれた状況にあまりにも絶望し、すっぱり諦めてしまう可能性もある。40歳になり、ルックスはそこそこいいのに、心の奥では女性に対して隠れた憤りを抱いているような男になってしまう。
童貞男の中には単に悪いアドバイスを受けてしまい、女性を引きつけるための基本的スキルが欠落しているだけの者もいると思う。別にこれは理論だけの話じゃなく、どこの恋愛相談系の掲示板を見ても分かる事だ。そこの書き込みを見れば、殆どの男達(その殆どが童貞)は、自信やボディランゲージ、ナンパ、アプローチ方法、女性との会話等といった事に対してからっきしである事が分かる。
女性について何も知らない人に対して「自分らしくすればいい」と言うのは最悪だ。それは「それでうまくいった事はないけど、とりあえず同じように何度も繰り返していって、いつか運良く上手くいけばいいね」とアドバイスしているようなものだ。
彼らは駄目な所からアドバイスを受けているだけで、重要なのは魅力のいろはを学ぶという単純な事だけかもしれない。
童貞を卒業する前、こんな意味不明な思考をいつも抱いていた。当時はもっともな考えだと思っていたけど、その内容はだいたいこんな感じだ:
あの子は俺の事が好きで俺も彼女の事が好きだ。彼女は素晴らしい人で、きっと長期的な交際、しいては結婚にまで発展する運命の人かもしれない。もし告れば、今すぐにでも付き合い始められる…だけど問題がある。俺は他の女性とセックスした事がなく、もし彼女と結婚してしまったら俺が生産セックスする相手は彼女一人だけになってしまう。せめて人生の中で複数の相手とセックスしたい。だから、他の女性とセックスするまでは彼女にアプローチしない。
無茶苦茶だろう?多分人生でそういう機会が20回ほどあった気がする。これは成功に対する恐怖と、それによる自己妨害行為で、これもまた一つのどうしようもない矛盾と言える。無茶苦茶な考えだという事はもう理解していて今はもうその考えは捨てたけど、同じような考えを抱いている童貞男が他にもいるだろうというのは容易に考えられる。
最後に、30代・40代の男性の人達へアドバイス。たとえ大して好きでもない女性を口説かなくちゃいけなくても、まずその「最初のセックス」を済ませてしまう事に専念しよう(もちろん合法的に)。初体験を済ませるだけで大量の重荷から開放されるし、その初体験だけで呪いを打ち破るだけの効果はある。
端末はあと少しで発売予定だが、iPhoneとかiPadとかAndroidとかMacで動くソフトウェアのKindleを使えば、すでにもう日本語書籍を買ったりお試し版をダウンロードしたりして楽しむことができる。
さっそく、エロ本系も花開こうとしている。
おなじみフランス書院とか、エロマンガ(島に非ず)ばっかりなのだけど、
探ってみると面白い。
なお、私はエロマンガとか、子供ものとか、アニメっぽいのとか、BLとか、コミケ的なものは苦手で嫌いなのでその手のものは一切スルーしています。
Juan Cuhna (著)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00A4N15LQ
これ、いちおう「アダルト」の分類に入っているのだが、サンプル版を見てみれば分かる通り、何か戦記物の英語小説を日本語に自動変換した(で、変換に失敗している)ような雰囲気のものだ。とにかく書いてある文章が謎過ぎる。
これはこれでシュールな雰囲気を醸し出しているので、オートグラフとかバロウズのカットアップとか、前衛文学に興味ある人は見てみてもいいのかもしれない。100円だし。
水野蒼 (著)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0088LTTKK
やっとまともなものが出てきました。
幼いころ見てしまったSM雑誌、それを胸にしまいつつ成人し優等生として暮らす育ちのよいOL, しかし秘めたその性向は・・・ 的な、これも王道感のある展開です。
実に小説っぽい体の一冊です。300円。
エロくノ一大好き (著)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B009Z1F2M6
内容紹介のサマリが長いです。
戦国時代。なんか特殊能力を持つ様々な女忍者がいろいろスパイしますが、だいたい捕まって、あの手この手で責めを受けます。これも王道パターンです。
最後の3人めのくノ一は『またもや参態丸に捕まってしまう。彼は固・液・気に変化する鋼の身体をもち、その身体で紅葉を陵辱する。自在に変形する鋼の触手が膣・仔壺・喉・胃・腸とあらゆる場所に入り込み』と、サイバーダイン・システムズ社のT-1000みたいな敵に犯されます。
もうなんだか、自分の趣味を結実させたくてもう止まらなかった。そんな雰囲気がたまりません。著者名は「エロくノ一大好き」です。
ライフ・イン・トウキョウ 1 [Kindle版] [アダルト]
野川 潤 (著)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B009Z244RE
これは結構いい。あまり小説っぽくなく、リアルな手記っぽい感じ。まあ主婦とかバツイチとかやりまくってるわけですが、乾いたせつない感じがトウキョウで、またエロいところでしょうか。短編7つ入り。女性向けかも。
Jack Ready (著)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00A2HK7O0
題名は 'Ready Lady' らしいのだが、表紙には「戯画。セックス観光客。」と書いてある。
フォントが、変です。グアムとかフィリピンとかハワイにある、日本人向けの妙なお土産屋にありがちなピジン日本語です。
サンプル版を見ると、導入部? の不思議な挿絵をいくつか見れただけで、実際の文章まで試し読みすることはできませんでした。
というか、本当に文章が入っているコンテンツなのかどうかも不明です。
Gary (著)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00A04PXXK
これもなんか・・・ 英語の三文小説を自動翻訳にかけて、ジャンルをわざと「アダルト」にし、うっかりエロ小説だと思い込んで購入させてしまうようなアレでしょうか。
ライフ・イン・トウキョウ 2 [Kindle版] [アダルト]
野川 潤 (著)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B009Z246BS
パート1のほうでもアナル開発とかしてましたが、こっちでもローター責めとか、処女の音大生にペログリとかしてます。爆発すればいいと思います。
川那秀久 (著)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00A417G4S
内容紹介
『女にふられた物理学者がやけくそで書いたのは「女体力学」の論文。それをきっかけに騒動が起きる―くだらなさ全開のSF(?)小説。』
ちなみにこれも100円です。100円コンテンツは、さすがに手強いクォリティの金脈です。
いわゆる「クラスサイズパズル」論争の仕掛け人として、少し補足。
見落とされがちな点であるが、
実際の学級人数が「40人」「35人」ピッタリになるケースは、レアだ。
例えば「2年生人数が71人で、文部科学省の基準だと35人学級」という場合、
71÷35=2.03と割り算して「クラス数=2.03」とはならない。
切り上げ処理で「3クラス」となる。
この場合、実際の人数は71÷3=23.7、つまり23人ないし24人のクラスになってしまうことになる。
そして、この点が最も重要なんだが、
「第二次ベビーブーム時代と比べて、学級当たり人数が減少している今では、
先述のケースで「2012年時点の2年生は71人」の小学校も、
1979年時点では「2年生は141人」だったかもしれない。
1クラスの人数は141÷5=28.2人、28~29人だ。
28~29人のクラスと、23~24人のクラスでは、大分違う。
「1学年に4~5クラスが当たり前」だったため、
言い方を変えると、人数の多さで以て「冗長性を確保」していたのだ。
しかし、少子化が進んで、1学年1クラスとか2クラスとかが珍しくなくなると、
36÷35=1.03、切り上げて2になって、
人数=36÷2=18になってしまう。
少子化によって、このような「予期せざる少人数学級」が、多数出現してしまうのである。
「1学年18人」となると、いわゆる秀才、上位層の厚みも少なくなるだろうし、
競争も起こりづらくなる。
マスコミが「40人学級」「35人学級」と報道した際、我々は第二次ベビーブーム時のイメージで、
「実際の編成は、37人だったり、33人だったりする程度だろ?」と思いがちだが、
学年まるごと少子化現象によって、
「運悪く中途半端な人数だと、22人とか、18人とか、想像以上の少人数クラスが出現しかねない」
実は財務省が用意したペーパー
の10ページに、「20年前と比較した場合の、実際のクラス人数対比グラフ」が存在していて、
「25人以下学級」出現比率が増えていることが明らかになっている。
男に向かない職業、それは事務職だ。とりわけ一般事務という職種は精神的にきわめてキツイ事を俺はこの半年で思い知った。
思えば簿記3級程度の資格で既卒1年で入れただけでも奇跡だったんだ。労働環境は悪くない、むしろ市内でも一等地に支社を構える会社では福利厚生は勿論昇給賞与も魅力的だし、完全週休二日で休日数は有給除いて120日もある。仕事内容はパソコンのエクセル上にデータ取り込んだりグラフ作ったり資料整理したりと割と簡単な部類に入る。繁忙期すら定時ちょっと過ぎる位に帰れる。だからかもしれない。
実は仕事が非常に少ない。
こればかりは何物にも変えようが無い事実だ。
振り返れば、営業職や技術職は食い扶持に困らない程度に余りある仕事を時間いっぱい使っても無くならない程の仕事量と戦いながら日々充実した生活を送ってる。
けれど、事務職の俺は日長一日ボーっとしてるだけで何もすることがない。仕事の融通をしても上司から貰える雀の涙ほどの仕事が貰えるが後は定時になるまで時計を見るだけの簡単な仕事だ。これは精神的にキツイ。正直言ってだるい。ネットしても良い環境ではないのでじっくり資格の勉強をしているのだが、家にいる時より捗らない。妙な緊張感に苛まれる。
営業職や技術職が時間に追われる仕事なのだとしたら、事務職は多分時間を追い続ける仕事なのかもしれない。
こんなに暇になるのなら、肉体労働でブラック度が増す営業職に配置換えしてもらった方が良いのだろうか。
というより事務職は男が立ち入ってはならない聖域だったのかもしれない。
時間を潰す事との戦いが俺のまだまだ若い人生に影を落とすのならいっそ転属、いや転職を考えるべきなのかもしれない。
が、まだ会社に入って半年だから退職は転職に不利になるだろう。
どうすりゃいいんだ!