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はてなキーワード: パターナリズムとは

2019-11-18

常識を問う論法

kanose氏の↑これ、まあもっともだとは思うものの、

ネット議論においては、リアルの対人関係ではめったに出ない「常識」をいきなり問われる事があり、そんなに頭は悪くないのでは……という人でもそれに動揺して論理的おかしい返答をしてしま場合がある。それをよくわかっていない人に対し、「公平だ」と見えるポーズだけはしっかり取っておいてそういう場の議論に誘う、というのはかなり卑怯なのではないか

とも思う。

↑これとも関連する話だが、「自分常識と思っている事を問われるとおかしな事を言ってしまう」が、「頭が悪い」なのか「技術経験がない」なのか、またそれに配慮するのが倫理的に望ましいのか望ましくないのか、意見は相当分かれるのではないだろうか?

2019-11-12

anond:20191112014744

あくまで気に食わない思想押し付けてくるからそうやって非難してるだけだから

まりパターナリズムそれ自体別に否定されていない

はてなには支配的な親が多すぎる

子供の考えが親のリベラル進歩的価値観に合わないと発狂しまくり

呪い」とか「刷り込み」とか「誰に吹き込まれた!」とか言って抑制しようとする親…毒親

これって散々忌み嫌われきたあのパターナリズムでしょ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/b.hatena.ne.jp/entry/4677060864948448546/comment/world3

2019-11-06

anond:20191106092344

日本リベラルリベラルを名乗っていても自由主義的では全然なくて、実際のところ社会的に望ましいもの社会強制すべきというパターナリズムしかない。

ナチズム的な全体主義とはものすごく相性が良い。

日本戦後になって母体保護というフェミニズム的な観点から一週遅れて優生思想流行って障害者の断種みたいなこともやっていたわけで、元々日本リベラルにはナチズム的な部分が大いにある。

2019-11-04

思想の良いとこ取りは出来るよ

パターナリズムにも良い面もあると思うんだよね。

その辺はリベラル思想にも取り込んでいきたい。

例えば弱い立場の子ども達を率先して守ってあげるのが大人役割なわけ。

結婚していなかったり、子どもがいない大人だって地域の子ものために身を張って頑張れることはあるはず。

現代は血のつながりが特に重視されることもなくなったので、実子じゃなくても助けてあげたらいいし、少子化子どもが減っている以上、国のためにも子どもを助けてあげる大義名分がある。

女性である上に身動きの取りにくい妊婦さんに対しても、まず優しくしなきゃいけない。

席を譲ろうとしない人もいるけど、ミソジニー中高年男性なら貴方年金を支える子どもを大切にしようと言える。

ミソジニー若年男性なら貴方が年老いた時や障がいを負った時の年金をその子が支えるんだよと言える。

女性なら同じ女性同士共感しようと言える。

工夫をほどこせば、パターナリスティックな要素でもリベラリズムの中に包摂し、良い方向に動かすことが可能

2019-10-26

デヴィッド・ベネター『生まれてこないほうが良かった』要約

本稿の著作権著作人格権は完全に放棄する。無断での利用・転載はむしろ推奨する。

○第1章『序論』

p.10 子供を産むことの決断には様々な理由があるだろうが、そこに存在することになる子供の利害が含まれているはずはない。

●『誰がそんなに幸運なのか?』

p.12 「生はあまりにも酷い。生まれしまわない方がよかっただろう。誰がそんなに幸運なのか?」(ユダヤ人格言

「決して誕生しないことは、死ぬ運命にある人間にとっては最善の事柄だろう。しかし、このことは十万人のなかの一人の人間だってほとんど生じない」(フロイトジョーク)…「非同一性問題」→私たちはたしか非存在がよりよい状態にあるとは言えない。しかし、存在するものについては、存在することは当人たちにとって悪いことだと言える。「これは哲学的ゲームでも冗談でもない」

p.15 生殖をするカップルは、苦しみを生みだす氷山の頂点にいる。遺伝的な起源責任。=デレク・パーフィット起源説」

●『反出生主義と出生を促進する偏見

p.16 反出生主義の偏見子供嫌い、子供を持つことによる自由財産制限

p.17 出生の偏見子供をもたないことは利己的で未発達→①子供は別の人間なのだから子供もつ動機利己的でしかありえない。②(1)子供もつことはしばしば不注意の結果でしかない。(2)生殖衝動原始的ものである

p.19 全体主義者の政治団体軍事的理由生殖奨励する。民主主義国家も、つねに生殖を支持する層が勢力の大半を占めている。…あらゆる国家移民より生殖により人口構成されている方が正当化される。

●『本書の概要

●『読者への指針』

○第2章『存在してしまうことが害悪である理由

●『存在してしまうことが害悪であるということがあり得るか?』

p.27 「非同一性問題」「未来個人パラドックス」…(ex)遺伝性の障碍

・『生きる価値のある人生と生きる価値のない人生

p.29 非存在存在比較できないため、存在することがしないことよりも「より悪い」と言うことはできない。…存在害悪は単に「悪い」というだけで十分だ。

 …誰かが死んだ方がマシだと考えるとき自分状態が良くなると考えるわけではない。存在しなくなる方が良いほど人生が悪いものである可能性と同じく、はじめから存在しない方がいいほど人生が悪いものである可能性はある。

p.31 誰かが存在していることとしないことを比較するのは、2つの状態比較するのではなく、まったく別の事態比較することだ。…障碍が耐えがたいにしろ人生を生きるに値しないものにするほどではない場合は、そうでない場合より難しいと考えられている。=生きるに値する人生において、存在するよりしない方がいいというのは矛盾だ。→これは「生きるに値する人生」という表現多義性が原因だ。

・『始めるに値する人生と続けるに値する人生

p.32 「生きるに値する人生」は実際には「生き続けるに価する人生」だ。だが、問題は今はまだない人生であり、これに「生きるに値する人生」という表現を使うことはできない。「始めるに値する人生」を始めない方がいいというのは矛盾だ。

p.34 道徳的問題に関わる意味で、人が存在するようになる過程は長く、段階的だ。

●『何故存在してしまうことは常に害悪であるのか』

・『快楽苦痛非対称性

p.40 非存在苦痛がないことはいいことだと言える。可能性において存在する誰かの利害で判断することができる。我々は、自分たちについて存在しなければよかったのにと仮定することができる。

p.42 人々を幸福にする積極的義務があると考えている人でも、幸福な人々を存在させる積極的義務があると考える人ほとんどいない。

p.44 非対称性思考実験「遠く離れた(異国の住民の)苦痛と、無人場所無人島・火星)」(…非対称的判断)で実証できる。

p.46 積極的功利主義者は幸福を増加させようとする。そこにも①人々を幸福にすること、②幸福な人々を生みだすこと、の違いがある。①は倫理要請だと言える。しかし、②を倫理要請だとすると、個人価値幸福価値から派生することになり、人々を幸福を生みだす手段だと見なすことになる。

・『存在することと決して存在しないことを比較する』

p.52 つねに健康な人と、病気がちだがすぐ回復する能力もつ人を比較すれば、存在しないことの利点がつねに勝ることは明らかだ。回復するのは手段的な善であり、内在的な善ではない…という批判は成立しない。実在する人物について善がないことに「奪われていない」という判断ができるのは手段的な善のみだ。この区分意味がない。

p.54 楽観主義者快楽苦痛費用対効果分析…は「存在しない」場合との比較でなされていなく、無意味だ。…快楽苦痛の2倍以上の値がある場合、「存在する」ことの費用対効果分析は成立する。しかし、QOLを決定する快楽苦痛割合苦痛の下限の問題がある。何より、思考実験「つねに健康な人と、病気がちだがすぐ回復する能力もつ人」はつねに相対的に前者が勝る。

・『別の非対称性

p.59 シフリン:より大きな害悪を防ぐために小さな害悪をもたらすことはいい。しかし(純粋な)利益をもたらすために害悪をもたらすことは悪い。よって、生殖は悪い。存在利益をもたらすとしても、あらかじめその存在の承諾を得ることは不可能だ。また、その仮想上の承諾を想定することもできない。…①存在しなければ害悪を被らない。②存在することの害悪は耐えがたいものでありえる。③人生という害悪を逃れるには大きな代償を支払わなければならない。④仮想上の承諾はその個人人格無視している。…そもそも、出生が利益もつことはない。

p.63 出生された人物権利生殖侵害するということは、その権利請負人間はその時点で存在していないためにありえない…という議論生殖特別な特徴を無視している。害悪を被り「得る」ということで、特別権利を認めるべきだ。なぜなら、存在しない権利がないということはありえない。…自律していない存在(=子供)にはより大きな利益をもたらすために害悪を与えていいというパターナリズム的な議論…は、子供とまだ生まれていない子供は異なり、出生は絶対に悪いということで否定できる。

p.64 フェーイゲ「反失望主義(antifrustrationism)」:選好が充足した場合も選好がない場合も等しくいい。悪いのは選好が充足しない場合だけだ。よって、出生は悪い。

・『生まれたことを悔いないことに逆らって』

p.68 自らの人生を楽しんでいるという理由で、存在してしまたことを良いことだと考える…もし存在してしまわなかったら、その楽しみを逃す人はいない。しかし、存在してしまわなかったことで、苦しみがなくなるのは良いことだ。

p.69 存在して良かったかどうかを間違うはずがないと考える…存在してしまった当人存在が良い/悪いということは、存在してしまたことが幸福/不幸ということと同じではない。

○第3章『存在してしまうことがどれほど悪いのか』

●『人生の良さと悪さの差が人生の質にはならない理由

p.72 人生の良さと悪さの差は、順番、強度・頻度、人生の長さ、閾値、で人生の質とは変わってくる。

●『何故人生の質の自己判断は信頼できないのか』

p.75 ①ポリアンナ効果:楽観主義人生の質を改善するらしく思われる要因のほとんどは、人生の質の自己判断にあまり影響を与えていない(例:体の各症状に対する自分健康状態への判断がほぼ一致するのに、幸福への判断とはあまり一致しない)。②適応。③比較幸福自己判断は、実際は相対的指標による。

●『人生の質に関する三つの見解のどれをとっても人生はうまくいかない理由

・『快楽説』

p.81 人間人生の大部分をマイナス精神状態で過ごす…空腹、渇き便意尿意疲労ストレス、暑さ・寒さ。前述の3つの心理学効果無視されているだけ。さらに…持病・加齢:痛み・苦しみ、眠気、挫折感。災厄:アレルギー頭痛挫折感、苛立ち、痒み、寒気、生理痛・閉経後の火照り、吐き気低血糖、発作、罪悪感、恥、退屈、悲しみ、憂鬱孤独無力感喪失感、その他、被害感情全般

・『欲求充足説』

p.84 精神状態について判断を間違うことはなくとも、欲求については間違うことがありうる(単に快楽を追求している場合は除く)。…欲求は当然、満たされていない時間の方が長い。また、欲求が満たされるのは一時的で、そもそも欲求が満たされないことも多い。現状維持欲求さえ、実現は不可能だ(老い、死)。

p.86 マズロー「つねに新たな欲求が生じる」。イングルハート人間永遠幸福を得ることができるなら、何ら行動しなくなる」。マズロー人間はおおむね幸福で、不満足は病的状態だと言うが、ショーペンハウアーは不幸こそ人生の当然の状態だと言う。

p.88 欲求の充足までに困難があった方が、あるいは充足の過程のものが良いという議論…は明らかに不条理だ。

・『客観的リスト説』

p.92客観的リスト」は「永遠の相のもとに」ではなく「人間の相のもとに」構成されている。…40歳死ぬことが不幸だとして、90歳でそうでないのは何故か? 「色んな芝生に生えている草を数えることに人生を捧げている男」(ロールズ)の人生無意味だが、その視点人類視点は大差ない。

p.93 人生の質は「人間の相のもとに」判断すべきである、あるいは、具体的な背景に応じて判断すべきであるという議論…は明らかに不条理だ。

・『三つの見解についてのまとめ』

p.98 害悪に満ちた人生を、①すでに存在している人のためでなく、②功利主義的な目的でなく(また、そうであっても)、生みだすことはできない。人生の質の判断は当てにならず、よって、人生を続けるに値するかは別論だ。

●『苦痛世界

〇第4章『子供を持つこと:反出生的見解

●『子作り』

・『子作りの義務はない』

p.103 子作りの義務…①射程:子供を(1)何人か、(2)できる限りたくさん、持つ。②正当化理由:(1)存在させられる人々の利害関心、(2)その他(他者の利害関心、功利性、信仰、等)。…存在させられる人々の利害関心によれば、子作りの義務はあり得ない。それ以外の理由ならあり得るが、それにしても相当に疑わしい。とくにできる限りたくさんの子供を持つべきだという場合は。

・『子どもを作ってはいけないという義務はあるのか?』

p.105 生殖衝動、子作りへの関心…「性交への関心」「親になることへの関心」と「子作りへの関心」を分ける。前2者に子作りは必要ない。

p.107 他者の関心…両親、部族民族国家しかし、こうした他者利益を適えることは、それによる当人利益を適えることと表裏一体だ。

p.109 子作りへの関心は…これまでの議論から権利制限されるべきだ。

●『子どもを作る自由

・『子どもを作る権利とされているもの理解する』

p.113 子供を持つべきでない道徳的義務があるなら、子供を持つ道徳的権利はあり得ない。よって、子供を作る権利は(愚行権を含む)法的権利だ。

・『子どもを作る権利自律性に根拠付ける』

p.114 法的権利道徳的義務対立する場合、そうした方が良いという仮説を必要とする条件付きのものとなる。そして、阻却可能条件(子供を作るべきでない)がつねに適合する場合、その法的権利妥当ではない。

・『子どもを作る権利無益さに根拠付ける』

p.115 政府子供を持つべきでない道徳的義務を認めると、施策としてあり得るのは①権利を与えず自由放任する、②禁止する、のどちらか。①は権利を与えず容認するというのは矛盾で、いずれも積極的な②を包含する。②はその道徳的代償が子作りの禁止による利益を上回ることはないと思われる…非最大化主義的非帰結主義者の見解

・『子どもを作る権利意見の相違があるということに根拠付ける』

p.116 法的権利とその正当化にはこのことだけで十分だ。危害原理必要条件:ある行為害悪であるかどうか意見の相違がある場合は、危害原理の射程の外にある(例:人工妊娠中絶)。…ただし、奴隷制のように、ある行為害悪議論余地があるだけでは許されないものもある。

・『子どもを生む権利妥当意見の相違に根拠付ける』

p.118 危害原理例外となる意見の相違は妥当/無条件のどちらか。奴隷制アパルトヘイトは明らかに妥当ではない。

p.120 少なくとも反出生主義が最も優れた反論比較して十分に検討されるまでは、妥当判断のできる理性的な人々によって、意見妥当に違えることができるかは結論付けられない。

p.121 少なくともリベラル社会において子供を作る法的権利撤回されるのには長い時間がかかり、そのときにはその意見は広く認められているだろう。それまで、新しい人間存在させてはならない道徳的義務を認めつつ、子供を作る法的権利を認めることはできる。…実際、テイサックス病やハンチントン病のような遺伝性の病気エイズのような感染病など、他の場面では許されないほどの害悪を与えることが、子供を作る場面では容認されている。

●『障碍とロングフライフ(望まずに生まれた命)』

p.123 障碍…障碍は社会構成されたもので、実際には障害(disability)ではなく不能(inability)だ。また、障碍の出生前診断政治的に悪いメッセージとなるという「表出主義者」の議論…障碍が不能ということは、「より悪い」ということを否定するものではない。健常者と同じQOLを持つ障碍者も、さらなる障碍についてはQOLを低く見積もる。また、反出生主義はむしろ平等主義だ。

p.132 ロングフライフ訴訟は①子供を持つ法的権利に関する妥当意見の相違。②QOL評価個人的なものだ(とくに現在のロングフライフ訴訟代理人によることが多い)。もし判例ができれば、もうQOL評価個人に独特なものではない。の2点の課題がある。

●『生殖補助と人工生殖

・『生殖倫理と性倫理

p.135 セックスは子作りの目的でなされる場合のみ道徳的容認されるという多くの反論がある見解オーラル・アナルセックスレイプ不倫不妊症)を、反出生主義は「性倫理の反生殖見解」として完全に退ける。

・『誕生悲劇婦人科学(gynaecology)の道徳』…『悲劇誕生』と『道徳の系譜(genealogy)のもじり。

●『将来生まれてくる人間を単なる手段として考えること』

p.140 1人の子供を救うために新たに子供を持つという場合は…(a)自分たちの関心(interest)を満たすため、(b)今存在する子供に弟妹を与えるため、(c)家族部族民族種族を大きくするため、(d)何の理由もない、という場合よりはるかに良い。これらは、他人手段として扱ってはならないというカンティアン命題によりいっそう当てはまる。

デヴィッド・ベネター『生まれてこないほうが良かった』要約

本稿の著作権著作人格権は完全に放棄する。無断での利用・転載はむしろ推奨する。

○第1章『序論』

p.10 子供を産むことの決断には様々な理由があるだろうが、そこに存在することになる子供の利害が含まれているはずはない。

●『誰がそんなに幸運なのか?』

p.12 「生はあまりにも酷い。生まれしまわない方がよかっただろう。誰がそんなに幸運なのか?」(ユダヤ人格言

 「決して誕生しないことは、死ぬ運命にある人間にとっては最善の事柄だろう。しかし、このことは十万人のなかの一人の人間だってほとんど生じない」(フロイトジョーク)…「非同一性問題」→私たちはたしか非存在がよりよい状態にあるとは言えない。しかし、存在するものについては、存在することは当人たちにとって悪いことだと言える。「これは哲学的ゲームでも冗談でもない」

p.15 生殖をするカップルは、苦しみを生みだす氷山の頂点にいる。遺伝的な起源責任。=デレク・パーフィット起源説」

●『反出生主義と出生を促進する偏見

p.16 反出生主義の偏見子供嫌い、子供を持つことによる自由財産制限

p.17 出生の偏見子供をもたないことは利己的で未発達→①子供は別の人間なのだから子供もつ動機利己的でしかありえない。②(1)子供もつことはしばしば不注意の結果でしかない。(2)生殖衝動原始的ものである

p.19 全体主義者の政治団体軍事的理由生殖奨励する。民主主義国家も、つねに生殖を支持する層が勢力の大半を占めている。…あらゆる国家移民より生殖により人口構成されている方が正当化される。

●『本書の概要

●『読者への指針』

○第2章『存在してしまうことが害悪である理由

●『存在してしまうことが害悪であるということがあり得るか?』

p.27 「非同一性問題」「未来個人パラドックス」…(ex)遺伝性の障碍

・『生きる価値のある人生と生きる価値のない人生

p.29 非存在存在比較できないため、存在することがしないことよりも「より悪い」と言うことはできない。…存在害悪は単に「悪い」というだけで十分だ。

 …誰かが死んだ方がマシだと考えるとき自分状態が良くなると考えるわけではない。存在しなくなる方が良いほど人生が悪いものである可能性と同じく、はじめから存在しない方がいいほど人生が悪いものである可能性はある。

p.31 誰かが存在していることとしないことを比較するのは、2つの状態比較するのではなく、まったく別の事態比較することだ。…障碍が耐えがたいにしろ人生を生きるに値しないものにするほどではない場合は、そうでない場合より難しいと考えられている。=生きるに値する人生において、存在するよりしない方がいいというのは矛盾だ。→これは「生きるに値する人生」という表現多義性が原因だ。

・『始めるに値する人生と続けるに値する人生

p.32 「生きるに値する人生」は実際には「生き続けるに価する人生」だ。だが、問題は今はまだない人生であり、これに「生きるに値する人生」という表現を使うことはできない。「始めるに値する人生」を始めない方がいいというのは矛盾だ。

p.34 道徳的問題に関わる意味で、人が存在するようになる過程は長く、段階的だ。

●『何故存在してしまうことは常に害悪であるのか』

・『快楽苦痛非対称性

p.40 非存在苦痛がないことはいいことだと言える。可能性において存在する誰かの利害で判断することができる。我々は、自分たちについて存在しなければよかったのにと仮定することができる。

p.42 人々を幸福にする積極的義務があると考えている人でも、幸福な人々を存在させる積極的義務があると考える人ほとんどいない。

p.44 非対称性思考実験「遠く離れた(異国の住民の)苦痛と、無人場所無人島・火星)」(…非対称的判断)で実証できる。

p.46 積極的功利主義者は幸福を増加させようとする。そこにも①人々を幸福にすること、②幸福な人々を生みだすこと、の違いがある。①は倫理要請だと言える。しかし、②を倫理要請だとすると、個人価値幸福価値から派生することになり、人々を幸福を生みだす手段だと見なすことになる。

・『存在することと決して存在しないことを比較する』

p.52 つねに健康な人と、病気がちだがすぐ回復する能力もつ人を比較すれば、存在しないことの利点がつねに勝ることは明らかだ。回復するのは手段的な善であり、内在的な善ではない…という批判は成立しない。実在する人物について善がないことに「奪われていない」という判断ができるのは手段的な善のみだ。この区分意味がない。

p.54 楽観主義者快楽苦痛費用対効果分析…は「存在しない」場合との比較でなされていなく、無意味だ。…快楽苦痛の2倍以上の値がある場合、「存在する」ことの費用対効果分析は成立する。しかし、QOLを決定する快楽苦痛割合苦痛の下限の問題がある。何より、思考実験「つねに健康な人と、病気がちだがすぐ回復する能力もつ人」はつねに相対的に前者が勝る。

・『別の非対称性

p.59 シフリン:より大きな害悪を防ぐために小さな害悪をもたらすことはいい。しかし(純粋な)利益をもたらすために害悪をもたらすことは悪い。よって、生殖は悪い。存在利益をもたらすとしても、あらかじめその存在の承諾を得ることは不可能だ。また、その仮想上の承諾を想定することもできない。…①存在しなければ害悪を被らない。②存在することの害悪は耐えがたいものでありえる。③人生という害悪を逃れるには大きな代償を支払わなければならない。④仮想上の承諾はその個人人格無視している。…そもそも、出生が利益もつことはない。

p.63 出生された人物権利生殖侵害するということは、その権利請負人間はその時点で存在していないためにありえない…という議論生殖特別な特徴を無視している。害悪を被り「得る」ということで、特別権利を認めるべきだ。なぜなら、存在しない権利がないということはありえない。…自律していない存在(=子供)にはより大きな利益をもたらすために害悪を与えていいというパターナリズム的な議論…は、子供とまだ生まれていない子供は異なり、出生は絶対に悪いということで否定できる。

p.64 フェーイゲ「反失望主義(antifrustrationism)」:選好が充足した場合も選好がない場合も等しくいい。悪いのは選好が充足しない場合だけだ。よって、出生は悪い。

・『生まれたことを悔いないことに逆らって』

p.68 自らの人生を楽しんでいるという理由で、存在してしまたことを良いことだと考える…もし存在してしまわなかったら、その楽しみを逃す人はいない。しかし、存在してしまわなかったことで、苦しみがなくなるのは良いことだ。

p.69 存在して良かったかどうかを間違うはずがないと考える…存在してしまった当人存在が良い/悪いということは、存在してしまたことが幸福/不幸ということと同じではない。

○第3章『存在してしまうことがどれほど悪いのか』

●『人生の良さと悪さの差が人生の質にはならない理由

p.72 人生の良さと悪さの差は、順番、強度・頻度、人生の長さ、閾値、で人生の質とは変わってくる。

●『何故人生の質の自己判断は信頼できないのか』

p.75 ①ポリアンナ効果:楽観主義人生の質を改善するらしく思われる要因のほとんどは、人生の質の自己判断にあまり影響を与えていない(例:体の各症状に対する自分健康状態への判断がほぼ一致するのに、幸福への判断とはあまり一致しない)。②適応。③比較幸福自己判断は、実際は相対的指標による。

●『人生の質に関する三つの見解のどれをとっても人生はうまくいかない理由

・『快楽説』

p.81 人間人生の大部分をマイナス精神状態で過ごす…空腹、渇き便意尿意疲労ストレス、暑さ・寒さ。前述の3つの心理学効果無視されているだけ。さらに…持病・加齢:痛み・苦しみ、眠気、挫折感。災厄:アレルギー頭痛挫折感、苛立ち、痒み、寒気、生理痛・閉経後の火照り、吐き気低血糖、発作、罪悪感、恥、退屈、悲しみ、憂鬱孤独無力感喪失感、その他、被害感情全般

・『欲求充足説』

p.84 精神状態について判断を間違うことはなくとも、欲求については間違うことがありうる(単に快楽を追求している場合は除く)。…欲求は当然、満たされていない時間の方が長い。また、欲求が満たされるのは一時的で、そもそも欲求が満たされないことも多い。現状維持欲求さえ、実現は不可能だ(老い、死)。

p.86 マズロー「つねに新たな欲求が生じる」。イングルハート人間永遠幸福を得ることができるなら、何ら行動しなくなる」。マズロー人間はおおむね幸福で、不満足は病的状態だと言うが、ショーペンハウアーは不幸こそ人生の当然の状態だと言う。

p.88 欲求の充足までに困難があった方が、あるいは充足の過程のものが良いという議論…は明らかに不条理だ。

・『客観的リスト説』

p.92客観的リスト」は「永遠の相のもとに」ではなく「人間の相のもとに」構成されている。…40歳死ぬことが不幸だとして、90歳でそうでないのは何故か? 「色んな芝生に生えている草を数えることに人生を捧げている男」(ロールズ)の人生無意味だが、その視点人類視点は大差ない。

p.93 人生の質は「人間の相のもとに」判断すべきである、あるいは、具体的な背景に応じて判断すべきであるという議論…は明らかに不条理だ。

・『三つの見解についてのまとめ』

p.98 害悪に満ちた人生を、①すでに存在している人のためでなく、②功利主義的な目的でなく(また、そうであっても)、生みだすことはできない。人生の質の判断は当てにならず、よって、人生を続けるに値するかは別論だ。

●『苦痛世界

〇第4章『子供を持つこと:反出生的見解

●『子作り』

・『子作りの義務はない』

p.103 子作りの義務…①射程:子供を(1)何人か、(2)できる限りたくさん、持つ。②正当化理由:(1)存在させられる人々の利害関心、(2)その他(他者の利害関心、功利性、信仰、等)。…存在させられる人々の利害関心によれば、子作りの義務はあり得ない。それ以外の理由ならあり得るが、それにしても相当に疑わしい。とくにできる限りたくさんの子供を持つべきだという場合は。

・『子どもを作ってはいけないという義務はあるのか?』

p.105 生殖衝動、子作りへの関心…「性交への関心」「親になることへの関心」と「子作りへの関心」を分ける。前2者に子作りは必要ない。

p.107 他者の関心…両親、部族民族国家しかし、こうした他者利益を適えることは、それによる当人利益を適えることと表裏一体だ。

p.109 子作りへの関心は…これまでの議論から権利制限されるべきだ。

●『子どもを作る自由

・『子どもを作る権利とされているもの理解する』

p.113 子供を持つべきでない道徳的義務があるなら、子供を持つ道徳的権利はあり得ない。よって、子供を作る権利は(愚行権を含む)法的権利だ。

・『子どもを作る権利自律性に根拠付ける』

p.114 法的権利道徳的義務対立する場合、そうした方が良いという仮説を必要とする条件付きのものとなる。そして、阻却可能条件(子供を作るべきでない)がつねに適合する場合、その法的権利妥当ではない。

・『子どもを作る権利無益さに根拠付ける』

p.115 政府子供を持つべきでない道徳的義務を認めると、施策としてあり得るのは①権利を与えず自由放任する、②禁止する、のどちらか。①は権利を与えず容認するというのは矛盾で、いずれも積極的な②を包含する。②はその道徳的代償が子作りの禁止による利益を上回ることはないと思われる…非最大化主義的非帰結主義者の見解

・『子どもを作る権利意見の相違があるということに根拠付ける』

p.116 法的権利とその正当化にはこのことだけで十分だ。危害原理必要条件:ある行為害悪であるかどうか意見の相違がある場合は、危害原理の射程の外にある(例:人工妊娠中絶)。…ただし、奴隷制のように、ある行為害悪議論余地があるだけでは許されないものもある。

・『子どもを生む権利妥当意見の相違に根拠付ける』

p.118 危害原理例外となる意見の相違は妥当/無条件のどちらか。奴隷制アパルトヘイトは明らかに妥当ではない。

p.120 少なくとも反出生主義が最も優れた反論比較して十分に検討されるまでは、妥当判断のできる理性的な人々によって、意見妥当に違えることができるかは結論付けられない。

p.121 少なくともリベラル社会において子供を作る法的権利撤回されるのには長い時間がかかり、そのときにはその意見は広く認められているだろう。それまで、新しい人間存在させてはならない道徳的義務を認めつつ、子供を作る法的権利を認めることはできる。…実際、テイサックス病やハンチントン病のような遺伝性の病気エイズのような感染病など、他の場面では許されないほどの害悪を与えることが、子供を作る場面では容認されている。

●『障碍とロングフライフ(望まずに生まれた命)』

p.123 障碍…障碍は社会構成されたもので、実際には障害(disability)ではなく不能(inability)だ。また、障碍の出生前診断政治的に悪いメッセージとなるという「表出主義者」の議論…障碍が不能ということは、「より悪い」ということを否定するものではない。健常者と同じQOLを持つ障碍者も、さらなる障碍についてはQOLを低く見積もる。また、反出生主義はむしろ平等主義だ。

p.132 ロングフライフ訴訟は①子供を持つ法的権利に関する妥当意見の相違。②QOL評価個人的なものだ(とくに現在のロングフライフ訴訟代理人によることが多い)。もし判例ができれば、もうQOL評価個人に独特なものではない。の2点の課題がある。

●『生殖補助と人工生殖

・『生殖倫理と性倫理

p.135 セックスは子作りの目的でなされる場合のみ道徳的容認されるという多くの反論がある見解オーラル・アナルセックスレイプ不倫不妊症)を、反出生主義は「性倫理の反生殖見解」として完全に退ける。

・『誕生悲劇婦人科学(gynaecology)の道徳』…『悲劇誕生』と『道徳の系譜(genealogy)のもじり。

●『将来生まれてくる人間を単なる手段として考えること』

p.140 1人の子供を救うために新たに子供を持つという場合は…(a)自分たちの関心(interest)を満たすため、(b)今存在する子供に弟妹を与えるため、(c)家族部族民族種族を大きくするため、(d)何の理由もない、という場合よりはるかに良い。これらは、他人手段として扱ってはならないというカンティアン命題によりいっそう当てはまる。

○第5章『妊娠中絶:「 Permalink | 記事への反応(1) | 21:07

2019-10-23

首相奥さんの格好

奥さん意思尊重している旦那批判するのはちっともリベラルじゃないし、パターナリズム的な考えだと思うけど。首相批判になれば何でもいい適当リベラルが「オマエの奥さんの格好をどうにかしろ!」と言っているのは何とも滑稽。

首相奥さんは、大麻狂のグループ接触したり反体制運動家ニコニコ写真撮ったり、オレが首相だったら本当に困るムーブが多いんだけれど、はっきり法律に触れる事でも無ければ黙っていて、奥さん意思尊重しているんだが。

2019-10-22

あふれるマチズモマックスハート

男性フェミニスト学者先生、言っていることはまともなこともあるけど、

ジェンダー学の先生なのに自分マッチョイズムやパターナリズム権威主義に全く無自覚なところが割とどうしようもないなって思ってしまう。

他人男性性は非難するけど自分の強い男らしさが丸出しになっているのになんで気づかないのだろう。

2019-10-19

積極的自由もっと繊細にあつかわれて欲しい

積極的自由積極的に行うと一歩間違えればパターナリズムファシズムになる

積極的自由消極的に丁寧に行う必要がある

学者含めてよくやられる私の考えた最高の対策、いわゆる私案は私案だからかそのあたりの扱いがものすごく粗雑なので、最近の「リベラル」が雑でファシズム的だと揶揄される一因だと考えている。

表現不自由展を私は支持していたが、そこに至るまでのさまざまなロジックが、他のことに転用されることや逆向きに悪用されるところまでの想像力がすごく欠けていると感じる。

自分たちの使う概念手法は誰でもそれを加工して使うというのはある種の火の発見に近いのかもしれない。

2019-10-16

フェミニストが「フェム」と言った時当然それは貪欲自分を取り込んだアイデンティティの一部を指しているのだから、それが(大黒柱は家庭を支えろみたいな)パターナリズムである時、それはパターナリズムなのか。なるほど。

おれが七味唐辛子を好きだとする、おれが「社会における増田イズム」を標榜するとする、すると頭の悪い増田イストのおれにとっては「七味唐辛子を愛好するのは増田イズムとして当然」なわけだ、おれと増田社会三位一体なのだから。うーん、お外でやってほしいな。

2019-10-07

anond:20191005215622

なんとか内科専門医(多分、軽く2倍以上の年齢でしょうなあ…)ですよ。

1. 医者という職業について

医者といってもいろいろあります患者さんと関わらない科(病理とか放射線とか)や、基礎系とかいろいろあるからあなた自身絶望することはないです。他にも病棟管理をせずに外来だけを診たりと、社会医者として貢献できる方法は多数あるので、視野を広く持ちましょう。

2.患者さんが病名を考えてくる話

患者さんが何を心配しているか、その心配をどのように取ることができるのか。それも医療範疇です。テレビ不安になった、インターネットで病名を考えて来る、こういう患者さんがいることは当然です。私はむしろ患者さんにインターネットで調べることを推奨しています適当Webサイトを見せたりすることもあります

3. ブチ切れる患者さんについて

正直どうしようもないこともありますが、人間である以上当然です。むしろイライラする疾患を鑑別に挙げることから開始することです。また、謝るべきことは謝って、謝るべきでないことはその説明をすることで、ほとんどの問題クリアできます。目の前の患者さんを社会的に自立している一人の社会人として扱うことということさえ外さなければ、まず多くの場合問題ないです。

4. ブチ切れる患者さんについて ー 補足

どうしてもこちら(医療者側)が納得できない場合我慢できない場合、こっちもブチ切れましょう。不信には不信で答えるというのも当然の話です。しかし、これは最後の手段と心得ましょう。

5.「治療方針患者さんと一緒に決めましょう。患者さんの人生です。」

上記言葉は、正確には「患者さんが納得できるように医療者側が説明しましょう。患者さんが不同意場合は、それを押して治療を敢行することは避けましょう」という意味です。

むろん、いろいろな複雑な場合もあるので難しいこともありますが、要するに、昔のパターナリズム時代患者医師対話が欠けていたという反省があります積極的対話をして、納得を得ましょうということです。むしろ診察や対話最後に「何か質問はないですか?」とニコニコしながら聞くようにしましょう。その様に患者側の不安を取ることも、重要医療の一つです。

6.医者にはなるべきではない?

これについては、その通り。医者になるべきではないです。まず精神病みます。同僚、上司教授との確執病棟看護師クレーマーにも見えてしま患者さん。あとは、激務。

ただ、ある程度のレベルまで医療技術を身につけてしまえば、あとは自由です。バイトで暮らそうが、野戦病院切磋琢磨しようが、田舎のんびりした病院で勤務しながら釣りで楽しもうが、自由です。そして、生活できる程度の給料は何をやってももらえます

医者は、私を含めた才能の無い凡人が安定した給料を得ることができるという意味で、救済的な職業です。これにメリットを感じるのであれば、なってもよいと思います精神を病むことを嫌うのであれば、なるべきではないですね。まあ、他の世界でも多かれ少なかれ、精神を病むときは病むんですがね。

7.女性医者になるべきではない?

どうでしょうねえ?上にも書いたように、医者といっても厚労省に行ったりとか、いろんな進路がありますので、なってもよいのでは?とは思いますが。ただ、同僚の男性医師によっては不愉快対応を受けやすかったり、看護師さんとの確執はあるのかもしれませんが。

8.最後

若気の至りとも思うし、本気で書いてるの?とも思いますが。どうです? まあ、ここに書いてあるような内容はすべての医者(一部のおめでたい医者を除く)が通った悩みなので、ゆっくり悩んでいってね!としか言えないんだけど。そして、どのような形であれ社会に何かしらの貢献ができればいいんですよ。

あとは、病気を患った患者さんが本とか漫画を出しているので、読んでみるといいですよ。どういうことで患者さんが悩むか、という視点を得ることができます。例えば、柳澤桂子さんの「認められぬ病―現代医療への根源的問い 」はいかがですか?極めて理知的科学者が、とても上品文章で自らの病気の経過と悩みを書いてくれています。この様な患者さんを適切に対応しなくてはいけないと、自らを省みることができます

2019-09-30

TOKIO年の差婚批判するツィフェミ

はひどいなぁ…と思うし。未成年ですらない女性に対して、パターナリズム的な物を要求していて、ちっともリベラルでも無いし保守的だなぁ…とは思ったけど。

ドリフカトちゃん若い奥さん憶測で酷い言われようだったので、別に酷い事を言うのはどっちかの性別だけだったりしないから、結局「人間がひどい」のかも知れない。

2019-09-27

高校生相手パターナリズムを発揮するな

小学生ぐらいならともかく、トゥンベリ氏は高校生なんだろ? 批判は大いにすれば良いが、話の中身を批判しろよ。

赤の他人の娘相手に、証拠も無しに利用されてるだのなんだのでケチを付けてるヤツらの傲慢さには反吐が出らあね。

2019-08-21

anond:20190819000031

まり「より無毒・無害なもので満たされていたほうがマシ」という話だ。毒づいた害のあるもので満たされてしまった人を見るとそう感じるわけです。

昔はほとんどの人が嫁や子供というコンテンツでそれなりに満たされていた。もちろん、それでも満たされない人、嫁子供に恵まれない人もゼロではないのだが。

今の時代自由になったので、各自自分が好きなように自分を満たしてね」という、いわば放任になった。パターナリズムの拘束が解けるというのはそういうことだ。良くも悪くも。

でも、みんながみんな自力自分を満たすことが得意ではないので、不器用でうまく満たすことが出来ずに、失敗してしまう。

満たされない人が増えたように見えるのだが。気のせいだろうか。

生きづらい人、人生が苦しい、楽しくなさそうな人、増えた気がしません?

そんな弱い人たちが、詐欺師に毒で満たされてしまうのを見て見ぬフリをして、「自己責任」「自由尊重」「自由の代償」などとのたまうのは、未必の故意に他ならないのではないか

そんな自由なんていらなくないか

重心を置くべきは「自由不自由か」よりも「それなりに満たされている」ことの方ではないか

自由のために死ねるのか?

幸せ青い鳥

2019-08-19

点と線

現代って親がいないほうがアドバンテージなのでは?若いころに親を亡くすとか。

婚活市場於いて親の存在や年齢は不良債権パラメータなので、それが無いというのはかなりの市場価値プラスとなる。

結婚しないしろ、支えられもしない無理な負担であることには変わりがないのだし。

世代と現役世代は、時代が変わりすぎて価値観が違いすぎて話が通じず不仲がデフォなのだし。

凡人には到底超えられないような試練を課せられたら、そら、ほとんどの人が越えられないのも仕方がない。

親が悪いわけでもないし、現役世代が悪いわけでもない。誰も悪くはない。


いままで完全にスルーしていたけど、自分結婚しなくても

婚活市場の状況がどうなっているか」の学習社会勉強の一環として

役立ちそうな気がしてきた。ゲーム理論だよね、これ。

↓を読んでて思った。

40代KKO必死婚活アプリを一か月間使ってみた結果

https://anond.hatelabo.jp/20181110151336

30代前半女だけど嫌だと思った部分を書く

https://anond.hatelabo.jp/20181111172157

完全童貞の32歳が彼女を作ろうと婚活恋活アプリを使ってみた結果

https://anond.hatelabo.jp/20181111063412

あと市場以外の結婚パターンも並行して見ていったほうが良いと思う。

婚活市場けが結婚の唯一の手段」などでは決して無いからね。

どうやってその情報を得ればよいのかよくわからないけど・・。

国勢調査で「結婚きっかけ」とかあるのかな。婚活サービス業者にとってそれは不都合な真実だろうけど。

フラットファクトを把握していくのが大事だと思う。

就活市場婚活市場って性質が似てるじゃないですか。

欲しがる側はいかに上澄みを得るか」「もっといい条件の物件があるんじゃないか

某社が就活市場に対してあんな酷いことをやらかしてるので、

まり婚活市場にもどんだけ酷い裏の仕組みがあるのか、と恐ろしくなるんですよね。


国民皆婚の時代は、ほとんどの人間人生キラーコンテンツ結婚子育てになっていた。

から、それ以外のことをやる時間や労力があまり無かったのだと思う。

人生ゲームハードに喩えるなら、それちゃんとやっていこうとするためのコンテンツ必要となり、

そこに「結婚子育て」があてがわれていた。

いい会社入っていい結婚して美味しい思いして、という、いわゆる人生のレール」

それは否定的に捉えられるようになって久しいけど

「それなりに幸せになれるし、そのテンプレ攻略法で前向きに人生をやっていくぞ」というモチベーションたりえた

(もちろん、肩に力を入れすぎてしまって、死に際になって「もっとやりたいことやっていればよかった」という話もよくあるけど・・)

コンテンツが手に入らない、あるいは魅力がなければ、ゲームハードにも魅力がなくなる。

まり

人生、どうしたらいいかからない」

人生ってなんだろう」

「みんなどうやって生きてるの?」

そんな空気が漂ってる。



卵が先か鶏が先かわからないが、国民皆婚が解体されるにつれて、趣味世界が拡大していった。(と思う。たぶん)

そりゃあ、今まで時間や労力やカネを占めて満たしていたコンテンツがなくなったのだから

毎日たくさん水を飲んでいれば、余計なジュースや酒を飲むのが減るぶん健康になる。みたいな理論と同じで、

「別のもので満たしてやれば、もともと満たしていたものが要らなくなる」という、わりと単純な法則

逆を言えば「もともと満たしていたものが無くなると、別の何らかの満たすものを渇望するようになる」わけで。

それが承認欲求暴走だったり、SNSで狂ってしまう人だったり、「無敵の人」を育てる遠因だったりするのだろう。

独身男性ウサギを配る」は的を得ている。

テロが活発だったころ、「テロリストに萌えアニメでも見せて満たしてやればテロしようとか思わなくなるんじゃね?」って

割とまじめに考えていたけど、これもあながち間違いではなかったのか。

ひどいものよりは、いくぶんかマシなもので満たしてやったほうがベターだと思うんですが。パターナリズム思考なのでしょうけども。

なんかのマンガアニメで見たな、幼いころに親を亡くして絶望してしまった子供不憫に思った人が、

自身に憎しみを向けさせるようなことをして、「たとえ憎しみでもいい、生きる意志を持ってほしい」みたいなことを仕向けるの。

わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい理論だ。



性犯罪目的は性欲でなく支配欲」ってよく言われる。

非モテ童貞風俗に通っても、嬢にガチ恋してしまってひどいことになる」みたいないわれと通じるものがある。

生身の人間承認が欲しいんだ。


夏休みの終わりに気が滅入ることをあまり深く考えたくないんで、推敲もそこそこに寝る

2019-06-17

anond:20190617083341

元増田内の「女」=フェミとしていると仮定しるが、日本一般的フェミ連中の主張は以下のとおりやぞ。

×男女ともに同等の権利

○男の稼ぎは私のもの!私の稼ぎは私のもの

◎男は女にすべてを差し出すためにある!命ですら!

パターナリズム全開の醜く甘えまくった思想やろ?

2019-05-20

anond:20190520105802

子供権利を不当に制限するパターナリズムなのではないか」って筋ならともかく

子供」の権利制限されるのが「ペドフィリア当事者」の人権侵害ってどういう発想なのだろう

2019-05-11

不登校小学生YouTuberが、大人になってから国や自治体を訴えたら

2019年5月初、「不登校小学生YouTuber」というのが話題になっている。

つのシナリオを考えてみたい。

あくま仮想の人としての「不登校小学生YouTuber」がいて、その人そのものの「勉強なんて不要」というのを軸とした思想は、

かなりの部分、親の思想の影響を受けている(レベルが高ければ、洗脳)ということが、メディア等でわかっているとする。

そしてその仮想の「不登校小学生YouTuber」が、(またこれも仮定シナリオだが)大人になったとき

芸能活動がうまくいかず、勉強もしてこなかったので就職口が少ない状況に陥ったとする。

そこでその人が、

小学生とき教育を受けさせる義務が履行されておらず、かつそれが一時期公然事実になっていたため被告は容易にその事実を知れる状態にもかかわらず、(存在した権限行使せず、もしくは立法不作為により権限が与えられていなかったことにより)是正がされなかったため、教育を受けていれば得られたであろう逸失利益について損害賠償を求める」

といって国や自治体を訴えたらどうなるだろうか。

類似判例があるかどうかは調べていないのだが、それなりに国等は負ける可能性は存在するのではないか

話としてやや似ていると思うのが、15歳未満の人に対し(怪我とかで)輸血が必要となったとき、その親が宗教的事情エホバの証人など)から輸血を拒んだら、親権を停止して輸血をするという、日本での前例。もし個別的ケースで、要輸血対象の15歳未満の人が、予め、輸血に対し宗教絶対に拒んでいたということがわかる明確な証拠存在していたとして、それでもなお親権停止で輸血をしたとしても、国等は裁判ではおそらく負けない。

結局、15歳未満とか線引きをどこで?という話はあれど、いわゆる子どもの年齢において、自由意志大人のそれほどには尊重されない。なぜされないかと言えば、パターナリズムの考え方なんだろうと思われる。

そしてそのパターナリズムの考え方を敷衍したとき、国等は本論のケースにどこまで対応すべきなのか、というのは社会として論点になってよい。

2019-05-07

北朝鮮に暮らす市民で「正恩やせろよ!」って吠えられるなら

中国に暮らす市民で「習近平かたむいてんだよ!」って吠えられるなら

そいつリアルパンクスかもしれん

けど日本天皇やアベを侮蔑してパンクス気取りの奴やカシコイ気取りの奴はそのダサダサさに気付いてほしい

だってそんなんしたって誰もお前を捕まえに来ないし監禁したり拷問したりもしないじゃん

匿名の身元を暴いたりもしない

安全場所安全かつ安易パターナリズムの反逆ごっこ

勇気もなく斬新さもなく貢献もなくなんもない


何よりそういうの昭和時代にウジャウジャいたんだよね

いま爺左翼になってる奴等

天皇を「ヒロヒト」とか言って口汚くののしって何かしたツラ

何もしてないじゃん別に

ただただ口が汚くて品性下劣なだけ


町にスプレーで汚い落書きして何かしたツラのガキと同じ

何も生み出せてない

気にされてないか軽蔑されてるだけ



根性見せるというだけでも

例えばお前の雇用主や取引先のおっさんの頭をひっぱたくほうが

天皇タメ口で罵るよりもよっぽど勇気いるしパンクスなわけだが

天皇を百回罵れるお前でもそれは怖くて怖くて絶対出来ないわけだ


ほんとだせえ

2019-05-04

anond:20190504083713

から彼らは元々シバキもパターナリズムも口で言うほど問題視なんかしてねえんだよ

自分シバキ棒を振るえないかシバキに反対してるだけ、権力自分の都合よく動いてくれないから反権力のフリしてるだけ

思い通りになってくれるなら、過激だろうが攻撃だろうがマッチョだろうが好き放題使うんだよ

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