はてなキーワード: 英語圏とは
・・・と言っても、100万人クラスのYouTuberの企画動画を見て知ったという流れで、自分で発掘したんじゃあないけどね😝
やっぱ日本もなんだかんだで1.3億人いるんだなぁって
これ完全に今世界で流行ってる EDM・hip-hop シーンでばえる、声質・音域・発声・リズム感やんけ
ただ、今の日本の音楽シーンはこの歌唱力を活かせる曲はぜんぜん流行らんのよな〜
(増田の親世代の時代、歌謡曲やJ-R&Bの全盛期の時代だったなら、あの歌唱力を活かせた気がする)
あと、本人たちも J-POP 大好きっ子なのか洋楽はぜんぜん歌ってないのよな
それとも英語の発音・情感の出し方の問題で J-POP をメインでアップしてるのかな?
例えば、日本のアニソンのカバーをやってる英語圏のアーティストの人も母国語の英語を使った方がなんか世界観や歌詞が伝わる
彼・彼女らは耳が良いので日本語発音は文句なしに完璧なんだけど、
文化の違いなのか言葉の表現に些細な違和感を感じる事がた~まにある (音の響きを優先で詞に意味がない曲だと違和感はない)
耳が良いから日本語ネイティブのシンガーの完コピもちろん余裕で可能で披露もしてくれるけど、
そうすると違和感が消えるかわりに本人の世界観や色も消えてしまって、ただひたすら上手いだけのカラオケになってしまう
似たようなことが英語がネイティブじゃない日本人シンガーが歌うと、もしかして・・・あったり・・するのか・・・?🤔
声を楽器として正しさを最優先した場合はやっぱクラシックだと思う
あるいはこれからの時代はAI歌声合成・補正の時代か → https://youtu.be/R8KK4Bwsm1M
だけど、正しさが最優先事項ではない場合は、シンガーの世界観を見せる・楽曲の世界観を演じるというのが人に刺さるポイントだと思うんだよね
映画を見ていても監督・脚本・役柄以前に、演じてる男優・女優の本人の世界観・色って絶対にある
(もちろん俳優の色や感情を極力消して淡々と事象のみを記録したいスタイルの映画監督とかもいるけどね)
残念ながら絵描きや俳優業と同じで、単純な実力(歌唱力)云々よりも、
この辺がチャンスに繋がりやすいのだろうなと雑に考えるけど、
めちゃくちゃ上手いしいい声だしステキな色を持っているのでなんかそういうプロモーション得意そうな人と組んで
世の中にたくさん歌を届けてほしいなと思いました まる
Stable Diffusionを触った感想を書いていく。
人物について、日本人っぽさを出すのは難しい。(写真でも絵でも)
Japaneseを入れた場合、表情がおかしい事になる。(変顔みたいなもの)
どこから学習データを引っ張ってきているかしらないが、CJKは全部一緒なのかもしれない。
着物といった海外で受けている日本っぽいものを入れたとしても、英語圏向けに活躍している中国人アーティストっぽいのが入る。
ラーメンに関しても、日本のラーメンではなく、欧州の中国人か韓国人がやっている日本料理屋のラーメンが出てくる。
アニメ絵を出したいが、正直難しい。
ポケモンやドラゴンボールといった米国で流行っているのがわかっている作品については、それっぽいのが出てくる。
アニメ絵を出すために、ghibli、shinkai makotoというマジックワードを入れるというノウハウがあるが、
それくらいしか分類に対して単語が定義されてないということだろう。
写真にしろ、アニメ絵にしろ、日本人がかわいいと思う感じにはならない。
kawaiiを入れたとしても「?」と悩みそうなのも出てくる。
自分が考える「かわいい」に近づけようとして、promptを大量につけたとしても、指す言葉が足りなく感じる。
目が細いので「目を大きく」と指定すると猫目の奇妙な物が生まれる。
目、鼻、口のバランスを言葉で指定するのを試してみたが、どれも変になった。
言葉で指示出来ない微妙なバランスによって成り立ってる物は、調整も難しいのだと思う。
あと指定を多くすればするほど画像のクオリティが低くなり破綻している箇所が多くなる。
ファンタジーな感じにならない。
獣度が違うというのか?
動物が服を着ている、2足歩行している、顔や腕の毛の量といったのが、
かわいい感じにはならない。
全体的に、Stable Diffusionで簡単に出ることがわかっている物はいいが、
コンセプトやイメージが明確な時は、調整が効かない。
他の人のpromptを探していると、「なんでこんな事を書いているんだ?」と思うことがあるが、
おそらく「The-DALL·E-2-prompt-book-v1.02.pdf」という資料に沿っているようだ。
Stable Diffusion用ではないので、どこまで効いているかはわからない。
(実際同じpromptで、DALL-EとStable Diffusionで微妙に傾向が違う)
lexicaで他人のpromptを探すことが出来るが、少し古いっぽい。8月13日付近とか。
こんなん出してる
架線!
架線と接触して
電気!
1500V!
これを一日に20回やらされる
なんか問題くれ
ローテ問題は下記みたいな
電車の中ではたくさん体を動かしておしゃべりするのがいいか、大人しく座っているのがいいでしょうか
地下鉄はパンタグラフがありません、どこから電気を取っていますか?
※息子はパンタグラフが好き
新幹線で新大阪から東京行きに乗りました。次に停まる駅はどこでしょう
VVVFは可変電圧可変周波数、英語で言えばVariable Voltage Variable Frequencyですが
これは和製英語で英語圏ではあまり通用せずインバーターやVFDと呼ばれるのが一般的ですが
さて、この制御方式が採用される前は主に抵抗制御が使われていましたが
みたいなのは無理な、
・How Much To Pay Sugar Baby—Sugar Baby Allowance Guide(英語サイト)
https://sugar-place.com/daddy-guides/sugar-baby-allowance/
アメリカのパパ活事情を紹介している。英語圏ではパパ活を行う女子の事を「Sugar Baby」と呼んでいる。
記事によると、大都市圏・都度・1回あたり5時間前後・大人ありの条件では1回あたり400-700ドル、つまり5万~9万くらいが相場。
月に3回以上のデート・大人あり・買い物のための旅行あり、という条件では月あたり2500-4000ドル、日本円にして30万~50万くらい。
今の日本とアメリカの物価の違いを考慮すると、日本もアメリカも相場的にはあまり変わらないと思われる。
と思ってぐぐったらwikipediaにははっきりそう書いてあるな
厳密にトランスジェンダーとは、複数の性同一性(ジェンダー・アイデンティティ)の総称で、出生時に割り当てられた性別と対極にある性同一性(トランス女性とトランス男性)の他に、男女(性別二元制)の枠にはまらない性同一性(Xジェンダー、ノンバイナリー、ジェンダークィア、アジェンダーなど)も含む[14][15][16]。トランスジェンダーに第三の性(後述)を含む場合もある[17][18]。
英語版は知らんが
ブリジットはトランスジェンダーで間違ってなくて、英語圏の人たちもそういう意味で言ってるのに
それを知らず「トランスジェンダーと言ったら身体の性と心の性が真逆の人のみを指す」と思っている日本オタクがガイジンは遅れてるぅ~!言いたがってるだけじゃね?
音声の品質が悪く、ところどころうまく聞き取れなかったところがあった。その箇所は●●●と表記した。
anond:20220805225632 Part1 〜学問の自由とその濫用〜
anond:20220805225835 Part2 〜ポリティカル・コレクトネスという言説戦略〜
anond:20220805230017 Part3 〜Academic Bill of RightsとProfessor Watch List〜
anond:20220805230307 Part4 〜キャンセル・カルチャー批判〜
anond:20220805230534 Part5 〜Ahmedが見立てたキャンセル・カルチャー批判のメカニズム〜
anond:20220805230705 Part6 〜質疑応答〜
https://www.youtube.com/watch?v=FP8rL7KfisI&t=9613s
2:40:13~2:45:40
私いくつか頂いていて割とまとまらないというか散発的な感じなので、すごく短くお答えしたいと思います。
最初に「日本政府のジェンダー・バッシングの背景に宗教団体のロビー活動がありますか」ということなんですけど、
これはあります。詳しいことは、っていうかご存知の方はご存知だと思いますけど、
先週末かな、にモンタナの山口さんと富山の斉藤さんが、これ出していいのかな、
どっかで、延々と何か全部で見ると4時間か何かの番組でお話になっているので、そちらを見ていただければいいと思うんですが、
ジェンダー・バッシングの背景に宗教団体は確実にあります。統一教会はちょっと新しくって、
もともとあったのは、どちらかというと日本会議系だったりとか、そっちにいたんですけれども、
それと関係して「今日出てきたABORの背後に●●●主義がありますか」ということですが、
ただ問題はいろんな議論が直接、原理主義とか宗教から出てきているかどうかではなくて、
そういうところと結びつくようになってきている、ていうところのほうがジェンダー系では大きな問題だ、
ということはお伝えしておきたいなと思います。
次ですが、
「フェミ科研裁判と同じく京都地裁で係争中の呉座勇一さんも学問の自由●●●を求める裁判をされています」ということなんですが、
私は呉座さんの裁判は労働争議だと思っているので、学問の自由ではないんじゃないかなぁと思います。
ちょっとわかんないんですけど私も、きちんと法律の専門家じゃないので、
他の●●●の裁判をはっきりきちんと見ているわけではないんですが、労働争議ということではないかなというふうに思ってはいます。
学問の自由っていうのは、研究者だったら何を言っても大丈夫ということではなくて、例えばある人が、
この場合は「女性蔑視が問題になっていますが、学問の自由は守られるべきだと思われますか」っていうのがあるんですが、
ここすごく大事なところなんですけど、
あるいは非常に女性蔑視的であったりとか、
あるいはそれを超えて性暴力に至るようなことがあったりとかていうときに、
それは当然、性暴力って考えたらわかると思うんですけど、学問の自由では守られないです。
今言ったような、今おっしゃていただけたような、あるコミュニティの中の、学問コミュニティの中の手続きであるとか、
そこで積み重ねられてきた知見に則って、どういうような議論するか何を考えるか、
例えばすごく離れた領域っていうのを考えてみると、何でもいいんですけど、理論物理学の研究者がいて、
その研究者が非常に女性差別的なあるいは人種差別的なことを言ってそれが問題になった。
「いや学問の自由だよ」と言われたら学問の自由じゃないんですよ。
その人が女性差別的なことに言ったりとか人種差別的なことを言ったりとかっていうのは、
それは学問とは全く関係ないということなので、それは学問の自由では守られない。
そこら辺ちょっと、この件がそうだということではないんですが、
学問の自由っていうのが適用されるのは、そういう意味では結構狭いことになるので、
そこはちょっと注意したほうがいいんじゃないかなというふうには思いました。
次なんですが、「キャンセル・カルチャーという言葉を初めて聞いたんですが」、
何か今回のフェミ科研裁判とどう関係があるのかというご質問かなと思ったんですが、
一つは●●●さんもおっしゃってくださったように基本的には、その今●●●さんがおっしゃったこととも関係するんですが、
今回はすごく大事なんですね、この文脈では学問の自由は非常に大事なんですが、
学問の自由っていうのをとりあえず出しておけばいいということではなくて、
一体学問の自由っていうのが何を守ろうとしているのかとか、どういうふうに使われようとしているのかとかていうのを、
1回1回読み解いていく必要がある。
それを忘れて学問の自由なんだよという話をしていると結構足を掬われるって話を、
日本語圏はそもそもさっき「学問と見られていない」とおっしゃっていたのは、ほんとそのとおりだと思うんですけど、
そもそも日本語圏では学問の自由以前に、例えばジェンダーとかセクシュアリティとかそういう問題に関しては、
気にしようとも思っていない人たちが圧倒的に多いんですけど、でもその人たちが「気にしたほうがいいよ」って言われた瞬間に、
「学問の自由」って言い出す可能性は逆に言うとめちゃくちゃ高いと私は思っていて、すでに言い出している人たちはいっぱいいます。
なのでそこはやっぱり気を付けた方がいいよね、っていうふうに私は思いますし、
そのことっていうのは、例えば今回この学問の自由が大事だっていうのと、
それからある特定の別の学問の自由の使われ方に問題があるっていうのを、
同じ地平の上で、だけど、こっちは大事でこっちはまずいということを言えるような、
私たちが言説上の力をつけておかないと、ふらふらと引っ張られる可能性があって、それは非常に危険だってふうに思ってます。
一つの講演に対し、知る限りこの増田を含め三つの文字起こしが乱立している。
先行文字起こしが二つがあるなか、あえてもう一つを公開したのは以下の理由のためである。
なお、作業自体は滝本の文字起こしの公開前、Togetterまとめの文字起こしが中途で止まっている時から始めていた。
石畑隆氏版文字起こし(https://note.com/philo_radi/n/ne2da785c938c)が加わって乱立四つとなった。
質疑応答部がなく、またここではカットしたフィラーや言い誤りの訂正等も比較的再現されている。
小見出しを適宜挟んでいるところはここと近い。
公開先のnoteの組版の方がはてな匿名ダイアリーより読みやすい人はいるかもしれない。
2022.7.24 一般公開シンポジウム 「フェミ科研と学問の自由」
https://www.youtube.com/watch?v=FP8rL7KfisI
長いため講演部Part1~Part5+質疑応答の6部に分割する。
分割の境界はスライドにある番号に従うが、副題は増田の判断である。
スライドはすべて図表のない文字ベースのものであったため、引用記法を用いて本文に組み込んだ。
講演部については、「女性スペースを守る会」が公開している文字起こしをベースに、
増田が誤字の修正や、句読点の変更、改行の追加などの編集を行った。
まず、江口聡先生による、8/9のブログ記事は必読だと考える。
加えて、講演に対する批判として書かれたものではないが、一般論として「キャンセル・カルチャー批判」的な立場で書かれたベンジャミン・クリッツァー先生の記事、
なども参考になる。これら2記事は、江口先生も講演に欠いている「ミルのタイプの言論の自由の擁護」として紹介されている。
また、あまり整理がされていないが、この講演に対するTwitter上の批判的な反応を一覧できるものとして、
他、法学の専門家による分析という点で他になく注目に値するものとして、
(あと、この書き起こしを編集している私自身も手前味噌ながら批判記事を書いている。「清水晶子先生の講演を読んで見る (1) 「学問の自由」の定義ってなんだろう」anond:20220809001101 )
anond:20220805225632 Part1 〜学問の自由とその濫用〜
anond:20220805225835 Part2 〜ポリティカル・コレクトネスという言説戦略〜
anond:20220805230017 Part3 〜Academic Bill of RightsとProfessor Watch List〜
anond:20220805230307 Part4 〜キャンセル・カルチャー批判〜
anond:20220805230534 Part5 〜Ahmedが見立てたキャンセル・カルチャー批判のメカニズム〜
anond:20220805230705 Part6 〜質疑応答〜
https://www.youtube.com/watch?v=FP8rL7KfisI&t=2457s
40:57~48:23
清水さんは東京大学大学院総合文化研究科で教鞭を執られています。
研究関心としては非規範的な身体と性の政治、とりわけ身体の他者性、自己表象と生存の戦略、可視性を巡る問題などがあります。
最近は英語圏のフェミニズムおよびクィア理論史を改めて辿ることにも興味があるとのことです。
主な著作に、
Lying Bodies: Survival and Subversion in the Field of Vision、英語の本です、2008年、
「埋没した棘――現れないかもしれない複数性のクィア・ポリティクスのために」、2019年、
『フェミニズムってなんですか?』、2020年、などがあります。
清水晶子:
はい、ご紹介ありがとうございます、清水晶子です。もうそのまま入っていきますが、
本日は「学問の自由とキャンセル・カルチャー」というタイトルで報告をしたいと思います。
少し方向性が違うかもしれないんですが、よろしくお願いします。
学問の自由とは
「学問の自由という原則は、学術コミュニティの構成員、すなわち、研究者、教員や学生が、倫理的規則と国際的水準に関して学術コミュニティが定めた枠組みの中で、そして外部からの圧力を受けることなく、学術的活動を追求する自由と定義できる」
学問の自由というところからいきたいんですが、学問の自由とは何を指すのか。
政府なり場合によっては非常に強力な宗教だったり経済的な権力だったりというところからの圧力を受けることなく、
さらに言えば個々の研究者が、大学当局だったりとか大学の経営陣あるいは多数派の社会的通念・経済的な要請などからの
不当な干渉や抑圧を受けることなく、学問的良心と手続きとに従って真理を探究する自由、というふうに考えることができる。
例えば、1998年の国際大学協会声明「学問の自由、大学の自治と社会的責任」という文書があるんですが、これによると
「学問の自由という原則は、学術コミュニティの構成員、すなわち、研究者・教員・学生が、
倫理的規則と国際的水準に関して学術的コミュニティが定めた枠組みの中で、
そして外部からの圧力を受けることなく、学術的活動を追求する自由と定義できる」というふうにされています。
学問の自由というものの基本がここにあるというふうに考えると、フェミ科研裁判の文脈における学問の自由の主張というのは、
ある意味まさにここに相当するもの、王道の部分というふうに言うことができるというふうに思います。
「過激な性教育・ジェンダーフリー教育調査プロジェクトチーム」
残念ながら、日本でフェミニズムとかマイノリティの政治に関わる研究者にとって、
今言ったような意味での学問の自由というのは、必ずしも安定して保障されてきたものではない。
だからこそ、その必要性というのはしばしば痛感もされてきましたし、主張もされてきました。
2000年代前半のフェミニズム女性運動へのいわゆる「バックラッシュ」いうのがありまして、
ここでは与党自民党のプロジェクトチームにおいて、ジェンダーという語それ自体の使用に疑義が提示されたりしている。
2014年には、いわゆる「従軍慰安婦」問題を取り上げた広島大学の研究者の授業というのが、
先ほども産経新聞出てきましたけど、ここでも産経新聞ですが、産経新聞によって吊し上げにあって、
批判や抗議が大学に殺到し、日本科学者会議広島支部幹事会が学問の自由の侵害であるというふうにして、
産経新聞に抗議をする、声明を出すという事態になったりもする。
もちろんさらに記憶に新しいのは、2020年日本学術会議の会員任命拒否ですね。つまり当時の菅内閣総理大臣が、
日本学術会議が会員候補者として推薦した内の6名の任命を拒否した、というかしなかった件ですよね。
この任命拒否については、憲法23条の保障する学問の自由を脅かすものであるというふうにして、
2011年11月に、日弁連が「日本学術会議会員任命拒否の違法状態の是正を求める意見書」というものを総理大臣に提出をしていると。
この意味での学問の自由の重要性というのは、本日のシンポジウムのいわば前提になっているものだというふうに考えます。
差別的・抑圧的な言説に対して政治的・経済的に力のない側、社会的少数派の側からなされる批判や異議申し立てを「学問の自由の侵害」とする言説
その前提をご確認いただいた上で、私の報告は少し角度を変えて、学問の自由という主張や枠組みがどう利用されているのか、
もう少し強く言うと、どう濫用されているのかでもいいかもしれないんですが、それを考えたいと思います。
今申し上げたように、従来はそして一般的には、学問の自由というのは、
国家とか、強力な宗教団体、経済団体、多数派の社会通念や経済的要請、などなどの圧力を受けることなく、
研究者の社会的通念と研究の手続きに則って真理を探究する自由を指す、というふうに理解されています。
力のある人たちとか多数派にとって都合が悪い、あるいはそこにとって利益にならないというだけの理由で、
研究教育を抑圧したり不当に妨げたりすることを困難にするはずのものです。
ところがこの学問の自由の主張が、全く逆のベクトルで利用されることがある。
すなわち差別的・抑圧的な考察や言説に対して、政治的・経済的に力のない側、社会的少数派の側からなされる批判や異議申し立てを、
これは「学問の自由の侵害」であるというふうにする言説、というのが見られるようになっている。
これは日本国憲法で保障される学問の自由からはかなりかけ離れたもので、何を言ってるんだというふうに思われるかもしれません。
けれども法的な解釈とは別のところで、こういう言説上の戦略というのが一定の効果を持ってきているのも事実です。
二面での闘い
結果として、フェミニストとして学問の自由を考えるにあたって、
私たちは一方では、フェミ科研裁判のように国家による学問の自由の明白な侵害というものと闘わなくてはいけない。
けれども同時にもう一方で、学問の自由というのが、差別的あるいは抑圧的な現状を追認し、
抑圧されてきた側からの異議申し立てを封じる目的で動員されるということに対して警戒をしなくてはならない。
学問の自由を巡っては、フェミニストには現在そういういわば両面での闘いというものが要請されている。
この現状は忘れるべきではないと思います。
実は今日、私からお伝えすべき論点はそこに尽いているので、ここで報告終わってもあんまり問題ないっていう感じなんですが、
ちょっとさすがにそれでは簡便過ぎるので、この後の時間を使って、
こういうタイプの、マイノリティの権利主張を抑圧する目的で動員される「学問の自由の侵害」という枠組み、
この言説というのが具体的にどう現れてきたのか、
これが非常に大きな論点になってきた英語圏の動きというのを中心に、簡単にまとめてご説明したいと思います。
anond:20220805225835 Part2 〜ポリティカル・コレクトネスという言説戦略〜
どのキーボタンが押されたかのイベントとどの文字が入力されたかのイベントの違いと
キーイベントが欲しいだけで文字入力イベントがいらないゲームがIME無効を忘れている場合と
文字入力イベントが欲しいけれど普段IMEがないためIMEの制御を忘れている英語圏産アプリと
該当ファイル名にフォーカス移動させるために入力文字イベントが欲しいExploreの仕様通りの動作だけれどフィードバック表示がいけてない場合と
CNNの記事なので英語の元記事を見てみよう、どういう表現だろうか
Tonga eruption blasted enough water to fill 58,000 Olympic pools into the Earth's atmosphere, NASA says
The eruption sent a tall plume of water vapor into the stratosphere, which is located between 8 and 33 miles (12 and 53 kilometers) above the Earth's surface. It was enough water to fill 58,000 Olympic-sized swimming pools, according to detections from a NASA satellite.
この噴火により、地表から 12 ~ 53 km (8 ~ 33 マイル) の高さに位置する成層圏に、水蒸気の高いプルームが送り込まれました。 NASA の衛星からの検出によると、オリンピック サイズのプール 58,000 個を満たすのに十分な量の水でした。
英語圏でよく使われるのだろうか?この「プール何杯分」というのは
twitterで「fill pools until:2022-01-01」の検索条件で検索してみる
すると以下のようなニュースがツイートされているのを発見(「The Hustle」という媒体のようだ)
In 2020, US gas stations sold enough gas to fill 187k Olympic-size swimming pools. But most don’t make money from gas. Here’s why.
2020 年、米国のガソリン スタンドは、187,000 個のオリンピック サイズのプールを満たすのに十分な量のガソリンを販売しました。しかし、ほとんどの人はガスからお金を稼ぎません。理由は次のとおりです。
ニュースサイトではない一般ユーザーもこのような表現をしていた
During my lifetime I've probably drank enough whisky to fill an Olympic size swimming pool, but whisky flavoured foods of any description should be avoided like the plague.
私は一生の間に、おそらくオリンピックサイズのプールを満たすのに十分な量のウィスキーを飲みましたが、どのような種類のウィスキー風味の食べ物もペストのように避けるべきです.
英語版wikipediaの「Olympic-size swimming pool」のページを見てみよう
An Olympic-size swimming pool is used as a colloquial unit of volume, to make approximate comparisons to similarly sized objects or volumes. It is not a specific definition, as there is no official limit on the depth of an Olympic pool. The value has an order of magnitude of 1 megaliter (ML).[1]
オリンピック サイズのスイミング プールは、口語的な体積の単位として使用され、同様のサイズのオブジェクトまたは体積とのおおよその比較を行います。 オリンピックプールの深さには公式の制限がないため、これは特定の定義ではありません。 値は 1 メガリットル (ML) の大きさのオーダーを持っています。 [1]
なるほど、この書き方だとニュースの定型句に限らず一般的に使う言い回しに見える
※追記:
編集履歴を確認したところ00:16, 30 May 2003のリビジョン時点で以下の記述がある
少なくとも20年前からこのような言い回しがwikipediaに書かれる程度には一般的だったようだ
An Olympic Size Swimming Pool is the type of pool used in the Olympic Games. The size of the pool is commonly used to define the size of other objects, or to explain how much water is in a particular location.
オリンピック サイズのスイミング プールは、オリンピックで使用されるプールの種類です。 プールのサイズは、通常、他のオブジェクトのサイズを定義したり、特定の場所にある水の量を説明したりするために使用されます。
追記ここまで
英語圏の人はピンと来てるのだろうかこの言い方で
勘だがピンとこない人も結構いる気がする
だって日本人でも「東京ドーム何杯分」がピンとこない人は結構いるからな
調べてみたがなかなか興味深かった、他にもこういう海外のよくわからん単位がありそうだ
「フットボールコート何個分」みたいな面積についての言い回しもあるみたいだったし
その国固有の例えとかありそうで面白い
イタリアなら「コロッセオ何杯分」とかあったりしそう(調べてないけど)
※再追記:
以下の英WikipediaのページのVolumeのCasual unitsの項がズバリだ
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_unusual_units_of_measurement
例えば黒=悪、白=善という価値観は英語圏だけのものではないのでこの論理を受け取ってしまうと他の文化を否定することに繋がるよ!例えば「ブラック企業」、「腹黒い」、「あいつはクロだ」、「黒魔術」、名探偵コナンの「黒の組織」などの表現は不適切だということにされてしまうよ!欧米人が勝手に黒人奴隷を作っていた負の歴史を何で他の人達も負担しないといけないのか全く持って謎だよ!そもそも黒人を黒人と呼ばなければ終わる話なんだけど当の黒人たちが自分たちをBlackと呼ぶことが好きになってしまった故の歪んだ論理だよ!
その他の語に関しても言葉狩りが過ぎるので誰も得をしないよ!言い換えない人は差別主義者であるというレッテルが貼られるだけで差別や分断をより助長する愚かな行為でしかないよ!