はてなキーワード: 大学受験とは
仕事帰りに呼び出されてヘトヘトになって実家に帰ったら家族全員が深刻そうな顔している。
告げられたのはやはり兄がまた病気になった、という話だった。今度も癌だそうだ。
兄は特段体が弱いわけではない。
だが、何故か大病ばかりする体質だ。
身バレする可能性が高いので病名は詳しく書けないが、兄は高校の時に難病になった。そのせいで高校は退学せざるを得なかった。兄の必死に治療する姿と、両親から「兄に比べてお前は恵まれているんだから頑張りなさい」と何度も何度も言われたことが印象に残っている。
数年かかったが幸い兄の病気は寛解した。兄は向学心が旺盛なので大学に行きたいと言い、通信制の高校に通うことを決意した。兄が治療している間、俺は普通の高校に通い、親からのプレッシャーを受けつつも大学合格し、兄より先に大学生になった。
兄が通信制の高校を通い始めて暫くして、兄に癌が見つかった。腹を切る手術を受けないといけないと言われたため、兄はそれに従った。両親は何で兄ばかりが、と言って「お前は大丈夫だろうね?」と通帳を見ながら俺に尋ねた。多分金がカツカツということだったんだろう。
無事兄の手術は終わり、兄は高校を通い終えた。
だが今回の影響で大学受験には間に合わなかったため、来年大学受験に向けて頑張る、と言った。両親は病気にも関わらず懸命に頑張る兄に感動して、いくらでも金は出すから頑張りなさいと言った。俺には金の心配させたよな?と自分は言いたかった。
大学受験前に受けた兄の健康診断で、別の病気が見つかった。これも身バレするので書けないが、また手術と治療をしないといけないとのことだった。兄は流石に堪えた様で、鬱っぽくなり安定剤を飲むようになっていた。まぁ自分が兄の立場なら分かる。両親も安定剤を飲むようになった。両親は兄と連動するなよ。
俺は早々に大学を卒業して就職した。当たり前だが兄の治療費で家に金がないからだ。実のところ色々勉強したかった。研究したかった。教授にも勿体ないと言われたくらいだ。だが俺が少しでも家に金を入れないと危うかった。
兄は無事手術が終わり、治療フェーズに入った。今回の病気が治るにつれてうつ病も治っていった。両親は俺に「お前は恵まれているから頑張って働きなさい」と毎日言われ続けた。昇給が決まった時、当たり前に一人暮らしを選んだ。うつ病の兄を残すのは心苦しかったが、正直俺も限界だった。両親は決まった金額を毎月送金する事で渋々納得した。
治療が終わる間際、兄はまた大学に行きたいと言い出した。金ないんだから諦めてくれ、と俺は言いたかったが、本音を言えば俺も大学に残りたかったし、勉強したい気持ちは理解できた。両親はめげない兄に感動し、二つ返事で了承した。俺が送金する金額は増えた。兄の学費のためだそうだ。
兄は頭が良い。キチンと勉強をして、俺よりも良い大学に入ることができた。俺は素直に喜んだ。言い忘れていたが別に俺と兄は仲が悪くない。寧ろ兄は俺を幼い頃から可愛がってくれた。小学生の時に両親に秘密でゲーセンに連れて行ってくれたことを思い出す。少ない小遣いを貯めて俺にゲームを買ってくれたこともあった。うつ病の時は滅茶苦茶大変だったけど。
で、先日起きたことが冒頭の件だ。兄はまた癌になった。ようやく大学にも慣れて、歳は結構違うが大学でも友人ができて、頑張っていこうとした矢先だった。
何で兄ばっかりこうなるんだ?と言う憤りと、また俺の色々な負担が増えるのか、と言う嫌気と、純粋に病気ばかりする兄への憐憫と、俺に精神的な負担をかけまくる両親への怒りがごちゃ混ぜになって、突いて出た言葉が「もういい加減にしてくれ」だった。言ってはいけない言葉だったとすぐに理解したが、それより早く父親に殴られまくった。母親は泣いていた。兄はやばそうな目つきでどこかを見ていた。
俺は友人が少ないから分からないんだが、世の中の人ってこんな病気するもんなの?両親と俺はムカつくほど健康だけど?兄は常時デバフか呪いでもかけられてんの?間接的に俺が影響受けてんだけど?
どうすりゃいいんだろうな。本当。もう訳わからん。
因みに俺は職場の健康診断で一個引っかかって早急に病院に行けと言われたが、こんな状況で行ける訳がないので放置している。もう知らんよ本当に。
大学にエスカレーター式で入ると、国公立受験のために5教科勉強したことがない、という人生になるのだと思うが、
それは結構後々響いて来るのかなって勝手に思ってる。継続力とか、努力がベースになさそう。
ワイは、常に興味があるものに対して継続をしている。それが楽しいし、極めることが人生だと思ってる。子育ても今はしてるが、子供生まれる前に継続していたものは引き続き続けている。
そもそも中学から大学入学まで、6年間フリーの時間ということだと思うが、そのときに何かを極めようということにならなかったのかな。
ワイは高校受験もしてたし、入ってすぐ大学受験の勉強してたから、将来のこと考える時間がなくて大学入ってから結構困ったんよね。大学で自分探ししまくった。
試行錯誤したり、何かを努力して目標を達成する、みたいなのがベースにないのだと思うので、
好きなことをひたすら見つかるまで試行錯誤したら良いよ。ワイは、8年以上かけて試行錯誤して色々試してやめてってのやって、ああ、自分に好きなものなんてないんだなって思ってたけど、見つかったときは結構感動したもんだよ。
私の大学受験の面倒見てくれてた先生は、全力を出せということを納得させるためにこんな例え話をしてくれた。
「ダーツってのは真ん中を狙ってようやく端っこにひっかかるものなのに、大学受験となるとみんな端っこを狙う。それで落ちるのは当たり前。トップで受かる気でいてようやくなんとか合格できるんだ」
夫婦ともに最終学歴は東大大学院。夫は中高一貫。妻は公立高校。子ども4年生。首都圏在住。中学受験どうするかについて、現在、めちゃくちゃ葛藤している。
妻は総合選抜の公立高校から東大なので、中学受験にまったく勘所がない。自身の経歴を誇っているところもややあり、中学受験ねえ…と冷ややかな視点も。が、自分の時代とはちがうという理解はあり、子が望むならやってもいいかもね、とは思っている。
夫は中高一貫の私立校で気の合う友人を多く得た経験から、私立校のメリットは進学以外にもあると思っており、子の受験にもまえむき。ただ、自分の時代に比べて中学受験産業が加熱していることには困惑しており、大手塾のスパルタカリキュラムについていかなくてはならないのはちょっと…と思っている。
夫婦ともに、大学受験で燃え尽きて入ってから人生に迷った学生や、院進学して悲惨な目にあってる学生に心当たりがありすぎて、最終ゴールが東大合格なんて虚しくない…?という思いが拭いされない。今どき、受験に、小学生時代を投じるだけの値打ちがあるのだろうか。確信しきれない。
なんだかな。どうしたもんだか。
タイトルの通り。
最近塾に入ってきた生徒がこんな感じだった。実際英語の実力を判断しようと問題を出してみたが、中学1年から怪しそう。高3なのに、しかも定期テストの成績はめっちゃいいのに。
実際にこんなことはあるかというと結構ある。定期テストは短期記憶の暗記で乗り切れるが大学受験はそうはいかない。定期テストは全く理解してなくても気合いで乗り切れる。
実はこれは結構闇が深いのだ。周りから見ると勉強出来てそうなのに、実は出来てないから発見されづらいのだ。親も定期テスト取れてるしなんとかなると思いがちになるのもある。
さらに良くないのは、曲がりなりにも定期テストで成功体験を手にしてしまったがために、なかなか直らない。でも、入試の期日が近付いてくると、否応にも直視せざる負えず塾に来るが、その時には手遅れになることが多い。
特に注意してほしいのは、自称進学校以下の人。ここらへんの学校の定期テストが出来たくらいで有名私立大学に行けるわけないからな。まじで差があるから。偏差値が低い高校は、周りが勉強しないから勉強するだけで、自分が偉く見えてしまう。だから余計気付かないことが多い。井の中の蛙現象。
しかし、早めに自分の勉強法が良くないと気付くと伸びる。自分で気付く、納得するのがポイント。他人から言われても動くはずがない。定期テストは取れているのに、いきなり中1の英語から始めましょうと言われたらそりゃ反発はしたくなる。だから自分で気付いて、納得することが大切。
定期テストを頑張れるのだからきちんとした方向に努力したら必ず伸びる。だから早く気付いてほしい。勉強してるのに落ちるとかどんな罰ゲームだよ。だから救いたい。
https://anond.hatelabo.jp/20211226154323
の続き。春のネスペ受けました。落ちたと思ってたのに合格してました。専門学校の模範解答で自己採点したら、午後IIが半分できてなかったんですよ。だから合格者発表をすっ飛ばして、自己採点どおり午後Iが合格してたらいいなあ~と成績照会をかけたら合格だって。職場(昼休みです。念のため)で見てたのに変な声出そうになりました。午前II88点、午後I66点、午後II73点(午前Iは免除)。
午後IIは大問1を選択したのだけど、大問2と差がついたので調整がかかったのでは、という5ちゃんの噂ぐらいしか、合格できた理由が浮かばないっす。公式解答で自己採点やり直してみても、問題数で半分ちょいしか合ってなかったし、正解したのが配点の高い問題ばかりだったなんてこともないだろうし。
1 これまで
午前対策はセキスペに同じくwebの過去問道場。載っている問題を何度か全部通して解き、間違いの数が一桁(掲載300問全体で)で安定してきたら50問ほどチェック問題を選び、それを何度か繰り返しました。既出問題はほぼ完璧になるので、新出問題が全滅しても午前IIは通ります。
午後対策は、みやたひろし「図解入門TCP/IP」と渡邉結衣ほか「DNSがよくわかる教科書」を2回ずつ通読し、その後、左門至峰ほか「ネスペの基礎力」を3回通読しました。
午後IIの2時間は、人生で一番頭を酷使したんじゃないかなあ。負荷の絶対水準は大学受験の方が高かったんだろうけど、なにせ30年以上経過して脳みそが劣化してるんで。問題文を何度も読み返しながら断片的な知識と照合し、筋道がとおるストーリーができたら制限字数の中に過不足なくまとめる、という作業をやり続けて集中力が最後まで切れなかったのが、合格につながったんだと思います。リアルタイムでスラダン連載にはまっていた世代としては、「あきらめたらそこで試合終了ですよ」。
2 これから
デスペを受けるぞおおお! 午後対策どうしよう。。。
学部受験如きに地頭なんているか。「7日間で総復習」みたいな薄い参考書を2週間で全教科終わらせたらあとは記述式の問題集解きまくれ。知識は問題解きながらその都度入れろ。夏休みとか春休みは14時間毎日やれ。
東京大学文科一類に受かったら迷わず司法試験予備校に入ろう。仮に落ちて一橋や共通ミスって早慶になっても浪人せず司法試験予備校に入ろう。MARCH以下や駅弁ならもう一年チャレンジしよう。
予備校はどこでも良いが、基本7科目の基礎講義の映像を2ヶ月以内に見終えて、残りの時間は論文試験の演習問題に使おう。
本郷へ行ったら法学部の偉い教授や、助手になりそうな優秀な先輩同期とか仲良くしておこう。
在学中に予備試験、司法試験に合格して卒業しよう。余裕があったら一年休学して留学しても良いかも。
在学中に合格できたら司法修習まで時間があるので、課題が提示されるまでは論文試験の模範論文や上位論文を読もう。修習地は地方を選ぼう。
志望は迷わずPにしよう。
任官したらどこに配属されても一生懸命働こう。公判に配属されても法務省や捜査部にお手伝いとして呼ばれたら休日だろうが迷わず出陣!地検の次席には常に法制局志望であることを匂わせつつ、与えられた仕事を確実に真面目にこなそう。上司が白と言ったら黒いものも白!逆も然り!
留学や他国の司法省に研修に行くチャンスがあったら迷わず志願しよう。
内閣法制局に配属されたら、与党(おそらくまだ自民党)の要望通りに憲法や法律を解釈しよう。委員会の学者たちは黙らせよう。この時法学部で偉い教授たちと仲良くしておいたことが生きる。
共謀罪のような成立不可能と言われていたものも解釈次第では成立させられるし、成功すれば大出世だ!仕事で関わる議員さんには国政進出の意志をそれとなく伝えよう。
ようやく自民党の推薦までこじつけた。東大一橋や早慶といった学歴、在学中予備試験合格や国費留学が活きてくるのは実はここからだ。検事になるだけなら中央大学でも良いし、法科大学院を出て概ね30歳までに司法試験に受かれば良い。今は任官不人気だし。しかし、選挙に当選するにはそれだけじゃ足りない。幸い日本の有権者は馬鹿なので、それなりの学歴や職歴、「東大、ハーバード、検事、法務官僚」という文字を見れば勝手に有り難がってくれる。後は選挙区の自民党の頑張り次第だ。田舎であればあるほど有利だね。マニフェストは大物議員に賛同しておけば良い。誰もそこまで見てないから。
おめでとう。
介福の講座の課題(問題集。回答して合格しないといけない)を解いているのだが、「こんな益体もないことで人の時間を奪わないで欲しい」と思う
無職で暇こいてるならいざ知らず、資格取る為に仕事の合間を縫って講座に通ってる上にこんなくだらねえ問題解きまくらないといけないとか
12万強も払って!!!(半分返ってくるけど)
くっだらねえ
法律とかどうでもええがな。「近現代・現代の福祉関連の法律の流れはこんな感じなんで読んでおいてくださいね」で済むわ。大学受験じゃないんだから年号とか要らねえ
バカじゃねえのか?
あーあーほんと、こういう勉強してるとつくづく「肌に合わない業界だ」と思うわ
精神も肉体も更に擦り減る(しかも底辺だから他に逃げ場無し。これ以下の職業って数える程だろうし、わざわざそこに行くバカはいねえ)
非モテ男は喪女の苦しみが分からない、不可視化しているという意見が根強い増田だが、ここで私が「女性の人生は楽だな」と感じてしまったエピソードをひとつ語らせてほしい。数年前、喪女の妹がある男と結婚をした。
私と妹は特筆することもないありがちな家庭に生まれた。両親はともに不細工で、勉強は多少できたが運動神経は悪く、私も妹も例に漏れずそうだった。ともに発達障害の傾向があり、幼稚園から小学校に進学するまではカウンセリングを受けた経験がある。小学生になってからは、その挙動不審な言動が原因で、小中高どの学校でも虐められていた。
私は国立の理系大学を卒業してSEになった。弱者男性とまでは言えないかもしれないが、非モテのお約束というやつで、彼女いない歴=年齢であり、女性の友達は一人たりともおらず、趣味は女性Vtuberのゲーム実況を見ることくらいしかない。
妹はというと、大学受験に失敗して滑り止めの私立大学に入ることになった。卒業後は地方の中小企業に就職した。事務の仕事で、聞いた話では年収は300万弱だった。狭いアパートに住んでいて、ゴミを適切に捨てることができずにいつもペットボトルの空き容器とゴミ袋が4〜5袋床を侵食しており、食事はパック野菜と肉を炒めた野菜炒めばかり食べていた。(私も似たような生活なので人のことは言えないが)
私は兄なりに妹の将来を心配していた。妹は当たり前だが私を女化したような不細工で、特別気立がいいわけでもなかった。転職活動はしていたが、経歴や容姿から雇ってくれるホワイトで給料のよい会社などなかなかなさそうだった。このままでは経済弱者として一生を過ごすことになるのではと想像していた。
そんな折、妹が25歳の頃、彼氏を連れてやってきた。彼氏はもちろんイケメンではなかったが素朴で真面目そうな男だった。どこで出会ったのかは分からない。マッチングアプリだか合コンだかそんなところだろう。ともかく、彼と妹は流れるようにして結婚した。
私が驚いたのは彼の経歴で、親は名前を聞けば誰でも知っている会社で重役をしていた。彼も慶応大学を卒業していて、少しは名のある商社に勤めているらしい。(世間に疎い私は知らなかったが、両親は知っていた)年齢は私の1つ下で、給料は私の2倍弱あった。
妹は都内で彼のマンションに同棲するようになった。会社は辞めて専業主婦になった。持ち前の手際の悪さで家事には苦労しているということだったが、それはともかく都内でも月一で食事に行くくらいの贅沢な暮らしができるようになった。
私は妹に嫉妬した。「女性の人生は楽だな」と思ってしまった。N=1の話を敷衍するなと言われればそうかもしれないが、実際に、妹は何はなくとも働かなくていい暮らしを手に入れたのを目の当たりにしたのだから。(これは専業主婦を蔑視していると言われるかもしれない。その思いが私にないと言えば嘘になる)
「妹さんは隠れて努力していたから結婚できた。お前とは違う」と言う人がいるかもしれない。少なくとも私が結婚報告のときに会った時点では、妹は相変わらず化粧しても不細工のままで、隣に座ると腕毛が見えたからそういう努力はしていないと判断した。
「そんな機会があるのは女性の一握りだ。万人にチャンスがあると思うな」と言う人がいるかもしれない。それは確かにそうだと思う。だが男の私にそんな出会いを期待できるだろうか。一握りかもしれないが、生まれながらの性別でクジを回す券を持つものと持たざるものに分かれていると感じる。
この投稿が伸びるとしたらだが、私には多くの他の批判が寄せられるだろう。「この話は嘘っぱちだ」「妹を見下していて、性格が悪くて不快だ」「そのレベルにすら到達していない喪女もいる」「お前は本当の喪女から目を逸らしている」「非モテの男がモテないのは容姿だけでなく性格も下劣だからだ」などが想定されるだろうか。私が言いたいのは、この話は正体がバレないように多少脚色しているところはあるものの事実であり、そして私は兄として妹の結婚を祝福しているということだ。
妹の将来が明るくなるのを望むことと、私がミソジニー的な「女の人生は楽だ」という思想を持つことは両立する。私はTwitterでアンチフェミ的な思想を垂れ流すなどはしていないが、このような思想を持つ男は意外とたくさんいるのではないかと思っている。間近で女性が救われる姿を見ていればなおさらそうした思いを抱くことになるだろう。喪女の人には、それを知っておいて欲しいがためにこのトピックを書いた。
・理科2科目+数3必須は相当キツい。早慶理工がいかに難しいかよくわかった。
私立理系でこの科目負担を必須にしているのは早慶くらいしかない。
英語、数3なし、理科1科目という入試科目がデフォな有名私大理系学部すらめちゃくちゃあるとわかってビビった。
・理科アレルギーの自分ですら化学はサックサク終わらせられた。力学と原子以外の物理はひたすら地獄だった。初歩レベルでとにかく苦しみ抜いた。
「理解はほどほどに流し、暗記で対応できるものは全部丸暗記してしまおう」
という、科学に対する知的好奇心溢れる受験生が蛇蝎の如く嫌う、学問的態度が極めて不誠実な受験特化戦略をとったとしても、
A4両面印刷15枚程度の情報量で大学受験範囲は網羅できてしまう(日本史や世界史だとマジで100枚じゃきかない)。
そのくらいのちょびっとの暗記量にもかかわらず死にそうになってる人はかなりいた。
・物理化学ともに全統記述で偏差値65以上、共通テストで9割以上レベルの学力を身につけたところでサイエンス系の時事ニュースへの理解度は
「何言ってんのか全然わかんねえ」
程度にとどまる。
下手すりゃちんぷんかんぷん度合いは私文時代となんら変わらない。雑誌のNewtonとかまず理解できない。
高校1年生の時の友人は東大法学部に行って官僚になると言っていた。実際東大法学部に行ったことは知っているがその先は知らない。
とにかく鬼のように忙しかった。大学でもこんなに書かせなかったわというくらいレポート(課題)を書かされた。
1年生の頃は書くのに数週間を要するような重めの課題学習レポートが各季節に1回くらいあった。スケジュール構成が下手だと、締め切り前日に完徹しても終わらず、ここで15歳の高校生たちが徹夜を覚えた。それから内容はともかく既定の分量を満たす長文を書く小手先のテクニックを覚えた。
1年生の3学期は学生4-5人で協力してパワポ資料を作成し発表する授業が各教科で3回程度あった。モチベーションの異なる学生たちとどうにか形のあるものをつくるコミュニケーション力とスケジュール力と諦めを学んだ。
2年生になると上記のような重いレポートは無くなるが、代わりに物理と化学の実験レポートが毎週のように課された。それぞれ年間で50本程度書いた気がする。これを1年時のレポートのように毎回徹夜で乗り切ろうとすると週の大半を徹夜しなければならなくなり、体調を壊す。これによりそこまで重くはないがとにかく大量で締め切りが複数ある課題をとりあえずこなす能力が鍛えられた。
さらに、高校2年時に1年かけて研究テーマ設定を行い、実際に研究する活動もあった。私はこういった自分でジャンルを設定する仕事はすごく苦手なのでものすごく手抜きで出した。今思うが社会人になって今やらされている新規事業創出はまさにこれだ。今死んでいる。私には適性がない。
3年生はさすがに受験なのでこういったレポートは落ち着くいた。
もちろん上記のレポートのほかにも他教科の予復習、宿題、部活、学校行事などあった。目まぐるしい3年間だった。私は下から数えた方が早いくらい素行の悪い問題児で、色々と周りの人間に迷惑をかけながらもどうにか卒業し、大学受験は浪人した挙句予備校ではほとんど勉強しなかったが、センター試験は向いていたのか私大に滑り込んだ。
色々あってようやく社会人になった。私は小さい会社のしがない会社員である。
この高校の人は、「うちの高校は大学卒業後に入ってよかったと思える高校だ」といったことをしょっちゅう言っていた。
社会人になったが、本当かなぁ。
でも確かに、社会人になって行う仕事って、高校生の時のような課題地獄と少し似ているなぁと感じる。結局はコミュニケーション力なところ。締め切りが複数あるところ。
私の職種はまだ、いわゆる机の上のテストのお勉強ができることを評価される職種だけれど、それよりももっと、幅広い知識のアンテナとかが評価される気がする。全然ないけど。
結論はない。勉強サボってこんな昔語りをしてしまった。コーヒーのせいかな。
いい加減おべんきょうせねば。面倒くさいなぁ
野心とか闘争心とか一切持たずに生まれてきたのにうっかり親ガチャ大当たり(経済・教育面)を引いてエリートを目指す軌道に否応無しに乗ってしまった
年収1,000万円、都内在住の両親元に生まれた私は、幼い頃から複数の習い事と熱心な母の教育を受けた。母の口癖は「優秀な大学へ入学し、大手企業で働いて、そこでお金持ちの旦那さんを見つけるのよ」
決して毒親ではない、むしろ愛情深い母親の下で学力と感性を養った私は高校、大学受験を全て推薦でクリア。順風満帆な人生!
色々と要領よくこなせるタイプだったため、大学の成績のGPAは3.5越え。周りからは将来が楽しみだと期待の眼差しを向けられる。私も漠然と、有名な企業で働く自分を想像してた。
ところがね、残念ながら私には将来に対する野心というものをこれっぽっちも持ち合わせていなかった。これは大学在学中に薄々感じていたことだけど、就活を始めて決定的になった。お金持ちになりたいとか、社会的な地位を手に入れたいとか、思ったことがない。
私の幸福の基準はお金持ちになることではないなとそこで気づいた。(経済的に安定した家庭に生まれたくせに?というツッコミはさておき)
しかも、就活がゴールでは無いじゃん。就職したら、今度は「いかに高収入の男性と結婚するか」の競争が始まる。その後は、子供を産み、その子どもも優秀な人生を歩めるように母親として貢献すること。
そのどれもに興味がない。
そんなこんなで、高収入ではない代わりに安定してて、自由な時間を確保できる企業に内定。おそらく新卒切符を売り渡すには勿体無いと思われる企業なのだろう。
これまでに投資された金額(習い事、塾代、学費)と時間を考えれば、私は不良債権だ。
母が計画していた22ヶ年計画をおじゃんにしてしまった申し訳なさは覚えつつ、私の人生なので好きなようにさせてもらうことにした。(母は私の就活に関して苦言を呈したことは一度も無く、そういったところを私は尊敬しています)
母親が私に注いでくれた愛情とお金と労力が、私を「世間的な幸福」に固執せずとも自分を愛せる人間に育てたのかもしれない。皮肉なことに。
追加
お金持ちになることに興味がない
→学生時代にバイト代さえ持て余していた。これはコロナで旅行に行けなかった事も大きく関係してるかもしれない。それにしても私はブランド物とか派手な遊びに興味がないので、平均年収があれば十分。ネトフリと図書館で借りた本と日光があれば幸せな休日が過ごせるので(一生独身、子供持たなければ十分だと信じている)
結婚については、金持ちを捕まえて専業主婦になるより、一般的な年収の人と結婚した共働きをする方が良い。女性なら正社員の肩書きを失ってもいいでしょうという風潮が嫌。それに、安心して離婚もできる!
母の口癖について
→時代錯誤、毒親の典型例だと非難されそうだけど、実際問題として現代日本じゃこれが1番幸福ルートだと私も思う。私の基準に合わないだけで。女性の幸福は結婚相手で9割決まる。
生意気だというコメントがもっと来るかと思ったら意外と少なくて安心しました。ありがとう。贅沢な悩みだということは理解してます。
高校生くらいまではテレビっ子だったけど、大学受験でテレビを見なくなって、大学に入った後も飲み会だのバイトだので、夜の時間を取られてテレビを見ることがなく、そのまま見る習慣がなくなった。
少し前に結婚したんだけど、1人でいるときと違って、2人でいるときだと無音は気まずいから、音を出す装置兼話題作りマシーンとして、家にいる間はほぼテレビをつけっぱなしにしてるんだけども、何というか15年前の感覚と全然違う。
麒麟とかかまいたちとか、昔の若手芸人がデカい顔してることにまず驚いた。15年も経ってれば、昔は若手でもベテランになってるんだから、当たり前だろ!!って言われればそれまでなんだけども、何せ自分の中で空白になってるからな……。
逆に言えば当時の大御所を見ることは少ない。みのもんたはなんかは一切見かけないし。
昔は21時〜23時の時間帯は、各民放は1本くらいドラマをやってたけど、今じゃ全民放合わせても2本くらいしかやってないような。今日(金曜日)だと、インビジブルしかやってないぞ。やっぱり金がかかるからか?
無印良品の人気商品を紹介する番組とか、業務スーパーの商品を紹介する番組とか。昔は朝の情報番組くらいでしか見かけなかったのに。
この前、無印良品の人気商品を紹介する番組が3日違いくらいで別の局でやってたのは参った。ネタがかぶりすぎだろ。
ただ、テレビを流し見する場合はこういう毒にも薬にもならない番組の方が気は楽だったり。逆に政治ネタの番組はゴールデンタイムで見なくなったな。TVタックルは休みの日の昼にやってるからなくなってるわけじゃないけど。
番組が終わったら3分くらいCMが流れて次の番組へ……って認識なのに、たまにCMなしでシームレスで繋がる番組があってビビる。視聴者を逃さないためか?
例えば今日だとMステの2時間スペシャルをしてるとか。ドラマをあまりやらなくなったから、時間の融通を付けやすいのだろうか?
ゲーム世代ももう中年で、会社でもおえらいさんになってきたせいか知らんけど、バラエティの会話にナチュラルにゲームの話が出てくるのは結構衝撃。
今は「行列のできる相談所」なんだな。もはや弁護士もいなくなり、法律ネタもなくなり、一体なんの番組なんだって感じ。島田紳助もいないし、ここまで昔の面影ゼロの番組もめずらしい。