はてなキーワード: 親共とは
意味が分からず問いただしたけど、両親共に育児環境がある家よりは、更に困っている家(シンママ、育休が取れない、そもそも保育園に入れてない家庭)を優先したいからだそうだ
今時は結婚や子供ができない人よりもできている人の方が社会的ステータスが高め。
そして、できている人の中でもさらに恵まれた層と恵まれていない層に分かれる。
今回は増田の家族が特に恵まれているケースだったので、子持ちの中でも恵まれていない他所のおうちにおすそわけ。
世の中に余裕があるならいいけど、保育園の数は全く余裕がない。
マジで退園させられた
元々春先には夫育休取得予定だったが、中途(産休した同僚の穴埋め人材)で雇った人が数ヶ月で妊娠→産休というコンボを食らい
結果的に半年以上伸びて、育休期間も当初の予定の半分(3ヶ月程)になってしまったけど、やっと取得出来る、と思った途端、保育園から「退園して欲しい」と通達があった
何故?なんで?どうして?
意味が分からず問いただしたけど、両親共に育児環境がある家よりは、更に困っている家(シンママ、育休が取れない、そもそも保育園に入れてない家庭)を優先したいからだそうだ
夫は自分が育休なんて取ったせいだって後悔して、すっかり塞ぎ込んでいる
元々私が色々会社にも無理言ってるし、キャリアプラン考えて復帰したいから、お願いしたのに、これでは意味が無い
夫が育休期間終わったらどうするの?私がまた育休取るの?さすがに会社居辛くなるよ…
こんなんじゃ夫も育児を~なんて無理じゃん…社会が夫の育児参入を拒絶しているんだからさ
夫の協力的関係無しに、女が仕事休むか辞めて育児するのが当然でしょ?って社会に強制されてんじゃん
他の人の方が困ってるかもだけど、ウチにだって事情あるんだよ!
ただでさえ夫は、子供と公園とか買い物言ってもヒソヒソされたり、時には通報されたりしてて
今回の件で追い打ちですっかり夫は育児ノイローゼだし、家庭が暗くなり私も落ち込んで鬱になりそう
どうなってるの?
私が高校時代から憧れていて大好きだたった彼女が、オタクになって一緒にいるのが不快な、縁を切りたいと思う女になってしまった。彼女のLINEを非表示にし、インスタとTwitterのフォローを外したら無性に悲しくて、この文章を書いている。
高校時代、彼女は輝いていた。バトミントン部所属で、小柄で可愛らしい顔立ちに明るい性格の彼女はクラスでも人気者だった。両親共に歯医者さんの家の娘さんで、本人も頭も良くて、制服の着こなしも持ち物も垢抜けていた。私たちはたまたま席が隣になったのがきっかけで仲が良くなった。マクドナルドでポテトを食べながら栓もないことを喋り続けたり、道でナンパされれば二人して手をつないでダッシュして逃げた(走りながらゲラゲラ笑った)。毎日が輝いていた。私たちは無敵だった。
彼女は歯医者さんになるための大学、私は普通の文系大学と進学先は別だったけど、私たちは相変わらず仲良しだった。大学に入って髪を金に近い茶髪に染めて、明るい色のギャル服を着た彼女が眩しかった。彼女には当時、同じ大学の同級生だという彼氏がいて、彼はおとなしそうな男の子だった。彼女の持つ溌剌とした雰囲気や勝気な態度に夢中になっているようだった。分かるなあ、と思った。
四年経って私は就職し、彼女はまだ学校に通っていた。私は社会人になってなかなか生活のペースが掴めず、苦労していた。たまに彼女に会うと、その明るさに救われた。ただ、話の内容が学生と社会人なので、微妙に噛み合わなくなって来た。彼女の実習期間を忘れてシフトを立てたバイト先の店長に腹を立てて、彼女が休憩室に張り出されたシフト表に、真っ赤なマッキーで「無理です」とだけ書いておいたというエピソードを聞いた時、学生時代のように笑えなかった。アルバイトとはいえその態度はどうなの?と真顔でたしなめそうになった。
彼女は一回国試に落ちて、専門学校に通った。そこでできた友人の影響と、現役生に比べるとやることが少なかったとのことで、彼女はアニメとコスプレにハマり出した。26歳だった。遅咲きである。ただ、この頃も彼女にはお金がなかったので、就職したらあれも買う、このコスをする、と嬉しそうに語る姿は可愛かった。早く思う存分遊べるようになるといいねえ、と、社会人4年目で後輩もできて仕事も面白くなって来た私は、話半分に聞いた。
彼女は27歳で歯医者さんになった。実家で働くのかと思ったが、まずは別のクリニックで働き始めた。歯科衛生士や助手の女の子たちを見下し、愚痴ばかりいう彼女に、やや辟易しながらもまあ就職一年目なんてそんなもんだ、とやり過ごした。代わりにオタク趣味の話を振って愚痴を封じた。彼女は嬉々として好きなアニメ、声優、ゲームの話をした。この頃から、彼女は話しながらもスマホから手を離さなくなったし、すぐにTwitterやソシャゲを立ち上げて、指をひらめかせながら会話を続けるようになった。ちょっと態度悪いな、と思ったけど、何かいうほどではないかな、とスルーしていた。
彼女は30歳になった。実家の歯科医院で働いている。上司が親という状況のため、休みの融通をつけては好きなアニメのイベントで全国を飛び回り、髪には推しの色だというグリーンのインナーカラーを入れて、白衣の下には好きなアニメとコラボしたワンピースを着ながら楽しそうに働いていた。
一緒にホテルのランチに行った時、彼女はずっとTwitterをしていた。何してるの?と聞くと、グッズやチケットの交換相手を探しており、これは刻一刻と状況が変わるため、優位に取引するにはずっとTwitterを見ていないといけないと言った。料理が来たら、彼女は徐に鞄からぬいぐるみを取り出して、写真を撮り始めた。それから、自撮りも何枚か。何となく食べにくくて、彼女が写真を撮り終わるのを待っていた。
彼女は食事をしながら写真を加工し、それもすぐにTwitterに載せていた。見せて、と言ったら当該写真を見せてくれた。ぬいぐるみの方は、彼女の向かいに座った私の胸から下が背景になっていた。顔は写ってないとはいえ、ちょっとやだな、と思ったし、写真をアップロードするなら一言言って欲しかった。彼女の自撮りは、真っ白い肌に緑の目の、漫画じみた女の子に加工されていた。感想が言えずにいると、「今日○○ってキャラ意識の化粧と服なんだよね〜」と彼女は説明してくれた。今時見ないくらいに真っ黒なアイラインや目の下の真っ赤なアイシャドウはそのせいか、と思った。それに、お人形みたいなフリルとレースのついたワンピースも、普通の服ではなくコスプレの衣装的なものらしい。
ずっと行きたかったランチだけど、一人で行った方がずっとマシだった、と、今度はソシャゲを2台のスマホでやり出した彼女をみて思った。
私たちは32歳になった。私は春に結婚する。昨日はその報告を彼女にしたくて、お茶に誘った。何となく疎遠になっていたので、会うのは一年ぶりくらいだった。彼女は11月なのにピンクの薄手のカーディガン一枚に、プリーツのミニスカート姿だった。前にあった時より、みちみちに太っていた。二つ結びにされた髪は、今度は裾だけ濃いピンク色になっていた。薄いピンクのカーディガンも、ミニスカートも、長い髪を耳の下で二つに結んだスタイルも、高校時代の彼女が好んだ、そして、私が憧れていたスタイルだった。眩暈がした。あ、私の好きだった彼女は死んだんだ、と思った。私たちはドトール(本当は行きたいカフェがあったが、この奇妙な服装の太った女と、素敵なカフェにはとてもじゃないけど行きたくなかった)に行き、彼女が旅行した話(相変わらず、好きなアニメや声優のイベントのために飛び回っているらしい)を聞いて、小一時間で解散した。結婚の話はできなかった。したくなかった。それに、そもそも彼女は相変わらずスマホに釘付けのまま、私の目を見ることも近況について聞くこともなかった。
そして私は家に帰り、彼女のLINEを非表示にし、何となくフォローしていたインスタもTwitterもフォローを外した。失恋した時よりも辛くて、ちょっと泣いてしまったため、婚約者が喧嘩でもしたのか、と心配していた。喧嘩の方がマシだったな、と思った。
えり、見てる?(見てるわけないだろうけど)。私はずっとあなたに憧れていて、あなたが好きだったよ。時間を巻き戻せるなら26歳のあの一年に戻って、もっとあなたの話を聞いて、あなたが漫画やアニメに没頭する時間を減らしたいよ。27歳のあなたのところに行って、オタクの話をして誤魔化すんじゃなくて、仕事の辛さについてもっとちゃんと聞いてあげたいよ。30歳のあなたのところに行って、私といる時はTwitterやめて、私とちゃんと話して、って怒りたいよ。
あなたがオタクになって、楽しくて幸せなのは分かるけど、私はまだ明るくて可愛いあなたと過ごす未来を諦められないよ。えり、寂しいよ。でも絶対結婚式には呼ばないし、もう会わないよ。だって、あなたと並ぶと恥ずかしいし、惨めになるから。さよなら、えりな。
障碍を持って生まれた。
喋りが遅れたし身体も弱いからスポーツなんてする機会もなかった。
見た目に出る障碍だったからそっちにも期待できなかった。
親はしきりに勉強を薦めてきた。そこそこいい大学を出させて公務員にさせたいようだった。
選択肢の少ない自分にとってよりよい落としどころとして考えてくれていたのだろうが、両親共不安定な職業である事の反動のようにも思えた。
勉強はあまり好きではなかったが、それをしないと本当に何の取り柄もなかった。
夕方も土日も部活に明け暮れている人達とテストの点数が変わらなかったからだ。
小学校の頃から一緒に遊んでいた友達はみんな偏差値65以上の高校へ進学した。彼らとは社交辞令で何度か会ったきり自然と疎遠になった。
高校では手を抜く事を覚えた。
授業という形式が自分に向いていない事に気付いたので、あらゆる授業をボイコットした。
点数になるため出席こそしていたが、袖からイヤホンを通して音楽を聴いていたり、携帯ゲーム機で遊んでいたりしていた。
大して頭のよくない学校だったので暗記さえすれば八割取れるようなテストだった。
それまで要領のいい人間に嫉妬していた反動で少し浮かれていたと思う。
調子に乗って効率を詰め過ぎた挙句、カンニングペーパーに手を染める。
二年次までは上手くやれていたが、指定校推薦が決まろうかという時期に知り合いでもない奴の密告によりパーになる。
結局普通に勉強してニッコマに受かる。ニッコマはバカなので暗記だけで受かる。一学年上の知的障碍者すら受験していた。
思えばここで立ち止まった方が良かった。
本当の意味で血肉になる能力がなんなのか、自分の頭で考えるべきだった。
親に言われるがまま、周囲の意見や世間の風潮などを余す事なく聞き入れ、ただノルマ的にスコアを出す事以外に喜びを見出せていなかったように思う。
大学の四年間はただ遊んだ。私文だったのでコピペと感想文だけで点数になった。
私文のおめでたい思考回路に染まっていたのでこれは何の意味もないクソみたいな教科学習を乗り越えたご褒美くらいに考えていた。
半年程度とは言え詰め込みで勉強した反動でもう勉強なんてしたくなかったため、公務員の勉強はしなかった。
論文を書かなくていいというただそれだけの理由で文芸創作のゼミに入った。
周囲と意識のレベルが違い過ぎて時々眩暈に見舞われたが、後になって考えてみるとただのワナビの群れだった。
就職活動はしなかった。
ただ気持ち悪いという一時の感情で参加すらせずに新卒チケットを破り捨てていた。
今にしてみると正気の沙汰とは思えない。
紆余曲折あり数年後、赤ちゃんレベルの社会性で何のスキルもない中古品として出荷された先はSIerだった。
そろそろ30になるが、マジで一体何のために生きてるのか分からない。
目的なんかないので、こんな箇条書きみたいな文章を書いてしまう。
こんな事を頼むのは筋違いだと思う。
誰か俺が何をしたかったのか解き明かしてくれ。
どうあればよかったのか。
これからどうすればいいのか。
誰か正解を教えてほしい。
体重も身長に見合ったくらいある。いやごめんそれ以上にある。自分に甘いから。
両親共に比較的高身長の家庭に生まれ、自分に甘いから小中高と毎日スヤスヤ眠って過ごし、好きだから毎日牛乳を1 L飲んでいたらこうなった。私が食用の牛や豚だったとしたらだいぶ良い値段がつくだろうと思う。
ただ私は人間なので全然良い値段はつかない、電車の中で幅を取るだけの大きい女だ。毎日肩身が狭い。でかいけど。ごめんなさいね。
これだけ背が高いと初めて会う人にはほとんど決まったことを聞かれる。「何センチ?」とか「何かスポーツやってたの?」とか「子供の背も高くなりそうだね!」とか。
この話をしてくる人、悪気が無いのはよくわかる。天気の話題みたいな感じで振ってるだけだろうし、「小さいことに言及するのは良くないが大きいのは良いことだろう」みたいな感じなのだろう。
初対面の人の身長ってあんまり聞くべきではないと思う。体重や年齢を聞かれるのと同じくらい私は嫌だ。モデルやアスリートならば自信を持って答えてくれるだろうけど、卑屈な一般人にはそんな自信は無い。でも初対面の人に嫌な顔をするわけにもいかないし、180くらいです~とか最近測ってないのでわかりません~とか言うしかない。182 cmです。
そしてそれに対して「いいな~」って言ってくる人。やめろ。嘘じゃん。全然良くないわ。
特に身長160 cm台の女性に言われるのが一番心にくる。お世辞が透けすぎてて辛い。服のバリエーションが無限にあって、フリーサイズの服を難なく着れて、靴はネットで買わなくても店頭にあるものを履ける人、本当に182 cmの女になりたいですか。
(そして本当に背が小さいことで悩んでいる人に言われるのもまた辛いんだよね。対応に困ってしまうので)(でも内心では大きいよりは小さい方がマシとか思ってるんだろとも思ってしまう、卑屈だから)
あとスポーツに関する質問。これ一番聞かれる。ごめんなさいやってません。体育の授業でしかやったことないです。運動神経が悪いのと運動が嫌いなので。もったいないね~って言われるけどこっちも本当にもったいないと思ってる。お互いため息しか出ない話題です。残念。同時にいくら身長があるとはいえこの体型の人によくそういう質問出来るよなとも思う。格闘技やってましたとか言えばいいのかな? どすこい
子供の身長に関してはまぁ私もそう思う。彼氏出来たことないけど。
そう、身長のせいじゃないのかもしれないが、マジで彼氏出来ない。顔とか性格とか背以外の体型とか行動力とかその他全て努力が足りないのはわかるけど、マジで彼氏出来ない。身長だけのせいにしたい。させてくれ。
好きだった人はいても、立ち並んだ時に相手より自分が大きいと、勝手に「嫌な気分にさせてないかな」とか思ってしまうし、それをカバー出来るだけの魅力も自信も無いので全然駄目である。
彼氏がいないイコール子供も出来ないなので、子供の話をされてもどこか遠い星の話をされてるように感じる。1人で産めるならまだしも。
小柄な人には小柄な人の苦労があるだろうと思う。そういう話を聞く度に自分の無神経な発言や行動が人を傷付けていなければ良いと自戒している。
私はわざと人にぶつかられたこともないし、痴漢をされたこともない。(こういう加害者は本当に自分より弱そうな相手を狙うんだろうなと思うと腹立たしい)
こんな私にも駅で声をかけてくる猛者はいたけど、そういう被害も人に比べたらずっと少ないと思う。
背が高いことで悩みはあるけれど、まぁ悩んでも縮みはしないのでとっくに受け入れているし、自分では気付かない恩恵もあるのだろう。
ただ無邪気な質問がボディブローのように効いてくることはあるので、背が高い=良いこと とは限らないということが書きたかった。
あと、余談だがaikoが嫌いだ。
小学校の頃、夏休みに自由研究じゃなくて家族に取材して壁新聞みたいなのを作る宿題があった
家族構成や家族の好きな物、夏休みの思い出とかを下書きのプリントでまとめて、夏休み明けの授業で模造紙に書き写して出来上がり、って感じで。
両親共にあんまり子供の宿題に興味を持ってなかった(自分が言われなくてもちゃんとやるタイプだったのもある)から、そんな宿題が出てることも知らず、夏休み明けの参観日で優秀賞として職員室の前に貼り出された壁新聞をみた母から帰宅後にめちゃくちゃ怒られた
日常会話の中で聞いた話をそのまま「お母さんの好きな物:旅行、昼寝、ドラマ、ビールよりワインが好き」と書いたのが主な原因だったと思う。
ちなみに「お父さんの好きな物:料理、お菓子作り、ドライブ、スキー」とか、「好きな食べ物:お父さんのプリンとカレー」とか、書いていたのも更なる怒りポイントだったらしい(平日の帰りが早い父が毎日夕飯を作ってくれていたから忖度のない事実なんだけど)
田舎の小学校だったから、先生の中には両親の同級生とかもいて「お子さんの新聞みたよ〜!よく取材してるわ!」と言われて案内してもらったから余計に恥ずかしかった!!!!とそれはそれは怒られた…
小学生になった自分の子供の夏休みの宿題を見ながら、「多少ほっといた方が自分でやるようになるのでは…」という気がしたけど、この件を思い出してやっぱりしっかり見よう…と思った
統一教会のことについて、いろんな人が投稿しているので、これまで誰にも話したことがなかったけれど書いてみようと思う。ここ数日他のところにも似た様な事を書いているので、見かけた人は重複申し訳ない。
両親は合同結婚式で結ばれ結婚した。父は関東、母は関西に住んでいて教会の紹介で知り合い、文通を経て結婚式に至った。
両親共に1950年代生まれで、大学の頃に学内で勧誘され入会している。父親はのちに世界日報の記者になり、母親は教会職員になり国内外の教会を転々と周って指導にあたるなど、ゴリゴリに活動し教会内では模範的立場だった。
ところが、両親は90年代に退会している。両親が入会した頃の統一教会には家庭を大事にし、隣人に優しくする教えに共感した「世界の安寧を祈ってる人」が多かった。子供の自分が言うのも何だが、両親はとても道徳的で良い人なのである。よっぽど宗教を毛嫌いしている私や社会に出てから出会った大人たちの方が俗物的である。
90年代ごろに教会内では、教祖の沢山いる子供たちの跡目争いや運営方針の転換があり、空気感が変わってきたらしい。そして、その頃から献金などのノルマがキツくなり「自身の不安を宗教で埋める人」が増えたそう。ニュースによると容疑者の母親はこの頃入会した人だそう。
そう言った空気感に違和感を感じて、退会した両親のような信者はこの頃多かった。
両親から話をずっと聞いてきて、宗教(カルト)に入っている人をどうしても嫌いになる事ができない。自分の記憶の中にある、教会で出会った人たちは皆いい人だったから。
人や立場によって良い人悪い人は変わるものなので、きっと誰かからしたら、両親も教会にいた人たちも誰かに(勧誘等で)迷惑をかけてきたのかもしれない。しかし、私はあの時にいた人たちが今幸せに暮らしているのを信じたい。
最後に、嫌な子供だと自分でも思うが、生まれた時から神様を信じれなかった。人が人に対して祈ることに抵抗があった。信仰拒否したのを受け入れてくれた両親には感謝している。
しかし、あの頃に出会った友人達(子供達)は皆家族に褒められようとお祈りしていたし、家族というチームから孤立する可能性もあるのに、信仰を拒否することははたしてできるだろうか。
事件を起こして良いわけではもちろんないが、容疑者も家族のことで思い悩み辛い日々を過ごしてきたのだと思うと、かわいそうだと思ってしまった。
両親は共に49歳。書籍の書庫と漫画だけの書庫が1部屋ずつあるぐらいの本好き。
子どものころから姉と漫画の書庫に入り浸って片っ端から読んだ。
その中から、昭和の漫画で面白かった記憶のある作品を30作並べた。
作者が重複しないようにしたので、純粋な「最強順」ではない。
あと、30作並べた段階で、本当に昭和の作品なのかを確認したところ、完結が平成にかかっていたとか、よく考えてみればまだ連載中だったとかいった作品が4つあったので、昭和で完結した作品を4つ足して計34タイトルになった。許せ。
最初は父と母のどちらの蔵書かも書いていたのだけど、ごちゃごちゃするので省いた。
要はhttps://anond.hatelabo.jp/20220510105802の便乗だが、記憶をたどり、本当に昭和の作品かを確認するのにえらく時間がかかった。
32 きまぐれオレンジ☆ロード(まつもと泉)
30 闇のパープル・アイ(篠原千絵)
22 はっぽうやぶれ(かわぐちかいじ)
19 僕の唄は君の歌(柴門ふみ)
作者しばりで入れなかったもの
・愛のさかあがり(とり・みき)
作者のウェブサイトが見つかったのだけど、どうやら連載は昭和のうちに終わったものの、単行本は平成になってから出たらしいので除外した。
http://naomipro.com/manga-archive/asasuzume/
父と母が付き合ったきっかけがこの漫画って聞いた。確かにめちゃくちゃ面白いんだけど(実はヤヌスの鏡よりも好き)、こっぱずかしいので除外した。
【追記】
元ネタに合わせて1万冊のままにしたけれど、たぶん1万冊まではない。
【追記2】
父が母におすすめの少女漫画を尋ねて、母が「金と銀のカノン」を貸したらドはまりして、それから本の貸し借りを頻繁にするようになったらしい。
https://anond.hatelabo.jp/20220506035756
こいつは男だけどまんさんもそういうとこあるんだよね
ガキは産まれてきたいなんて思ってねえんだけど。生まれた以上その個体に生存本能が根付くから嫌なら自殺しろとも言えないねえ
おまえらが勝手に産んだ結果じゃん。しかも資産もないからそのガキ働かなきゃいけないんだろ?満員電車に揺られて上司にパワハラされてもらえるのは安い円がなんぼかで老人ばかりの国だから先行きも不透明で毎週月曜日に死にたいって思わせるんでしょ?
それでも産むって言うんなら覚悟もって産めよ。なんでちょっと調べれば子育ては大変ってわかんのに、今ネットで色々なエピソードが転がってるのに、産んで、案の定子育て大変でしゅ~とか言ってんの?
同情なんかするわけねーだろwww
ちょっとしたことで不貞腐れて愛情なくすような糞親共まずお前らが大人になれよアホくさ
お前らがガキ虐待したところで将来ガソリンまくやつが増えるだけなんだから被害者どころか害悪なんだよ
考えて産めよ
嫌なら産むな
荒れた地元から抜けだしたくて、中学受験のための勉強に明け暮れた小学生時代。(受験半年前に父がリストラにあい、経済的な余裕がなくなり公立中へ進むことになる。
それをきっかけに家庭は崩壊、母は父に「毎日ハローワークに行け」などと言い、母方の祖母は「死んで償え」と父を執拗に責めた。もう既に亡くなっていた父方の祖母の遺影を蹴っ飛ばし、何度も父の前で踏んづけて見せた。その後父は母方の祖母のお望み通り、自殺した。)
吹奏楽部に入り、夏休みのコンクール前には朝から晩まで練習、それでも力及ばず銀賞(吹奏楽コンクールにおける銀賞は全然上手くないことを意味する)だった中学時代。
部活引退後猛勉強をして偏差値60くらいの第一志望の高校に合格。両親共に偏差値40くらいの学校に通っていたので個人的には上出来だと思っている。
ギリギリで合格したこともあり、結構頑張って勉強しても全然平均点に届かない。
部活に力を入れている学校だったので、頻繁にクラスメイトが全国大会のために授業を休んでいた。
自分は自分なりに頑張っているつもりだったが、「全国大会出場」という大きな功績を残せないことが悔しかった。
大学受験はセンター試験で大失敗したので大幅に受験校を変更することになってしまったが、受験した学校は全部受かった。
父が亡くなったときの保険金で、無事大学に進学できることになった。
もちろん授業はちゃんと出ながらだけど、高校時代の悔しさを晴らすべくサークル活動に打ち込んだ。
サークル引退後はスナックでアルバイトをして100万くらい稼いで、自動車学校の費用と、学生特例で猶予してもらっていた年金の支払いに充てた。
半年くらいはスケジュールにほとんど空きがないくらい、インターンや説明会や面接の予定を入れた。
大手ばかり10社から内定が出て、その中でもいちばん人気の企業に入ることにした。
シンプルに何で私ここ入れたんだろうと思った。
圧倒的に顔採用だし、学歴フィルターもあったし、同期のほとんどは体育会系サークル出身だった。
研修が終われば関わりがなくなるしと思って泣きながら会社に行った。
1か月の研修はなんとか乗り越えた。
初日の朝から指導係に「お前は人の顔色を伺っている」という理由で泣くまで詰められ、「泣くなら帰れ」と言われた。
指導係から、一切の仕事を教えてもらえず、一日中罵倒される日々が続いた。
化粧をしないで会社に行った日があった。
疲れすぎて化粧をする気力がなかった。
家を出るときに、母に「化粧できないほど辛いってアピール?(笑)」と言われた。
辞めたかった。
30代になったら年収が1000万になるらしかったけどそんなのどうでもよくなるぐらい辞めたかった。
指導係から毎日一切仕事のことを教えてもらえず、「お前って本当に日本語が通じないよな!」と言われた日、会社の廊下で声を上げて泣いてしまった。
「人生終わったね」
会社を辞めることになりました、と母に伝えたらそう言われた。そうだと思った。特に反論はしなかった。
ハローワークの相談員に「絶対ADHDだと思う、じゃなきゃこんな無能なの説明つかないよ」と言われたので、精神科に行き、発達障害の検査を受けた。
結果は、平均よりIQは少し高いので知的障害の可能性はありません、「言語理解」「知覚推理」「ワーキングメモリー」「処理速度」も平均的でばらつきはありません、得意なことと不得意なことにやや差がありますが、発達障害とはいえないとのことだった。
次の就職先はすぐ決まった。
デザイン事務所でのデザイナー(未経験)として採用された。他県での仕事だったのでここで初めての一人暮らしが始まった。
デザインに使用するAdobeのソフトの使い方を必死で覚えた。
業界柄残業が死ぬほど多く、指導係から性的な内容の気持ち悪い手紙をもらい、社長から「雇って失敗したな」と直接言われた。
でも仕事の内容は誰かに聞けば教えてもらえたし、やりがいがあって楽しかった。
疲れて帰ってきた日は何も食べる気になれず、あばらが完全に浮き出るまで痩せた。
そういうのもあったのか、2年目のひどく暑い夏の出勤途中、倒れた。
人事から「戻っても腫れ物扱いだよ」と言われていたし、復職してちゃんと健康的な生活が送れる気がしなかったので、3か月休職して辞めた。
全く、本当に全く原因が分からない。
休職直前、誰からも何も言われてないのに涙が止まらなくなったり、背中がすごく痛くなったりした。
やっと落ち着いて働けそうなところを見つけたのに、休職してしまった。休職期限が来月に迫っているが、全く回復の見込みが無いため、退職予定である。
疲れが永遠に取れない。
頑張れなくなってしまった。
私は現在20代後半の女であるが、無性愛者という単語を知ったのは中学生の時だった。
ここで無性愛者に知らない人のためにざっくり説明しとくと、他者に対して性愛や恋愛感情を持たない人だと考えていただければいいと思う。
他にもアロマンティックだとかアセクシャルだとか色々あるらしく、厳密には私の説明では間違いがあるかもしれないが容赦して欲しい。
気になる人はググってくれ。
とりあえず私の場合は、他人に対して恋愛感情を持たないのと自分がキスや性行為等を行うのに非常に嫌悪感がある。しかしAVやエロ漫画等は好んで読むし、他人が性行為をすることに対しては拒否感はない。
中学生だった私はネットでたまたま見つけた無性愛者に関する記事を読んで、これは自分のことだと納得したのを覚えている。
しかし、その記事には思春期だと精神的に未熟だから無性愛者だと判断は出来ないとか書いてあったように思う。
その時の私は、そういうものかと思い、いつか誰かを好きになるかもしれないと考えていたが15年近く経った今も誰も好きになれないままだ。
恋人がいたら変わるかもしれないと作ってみたこともあるが、私に恋愛感情がないことが原因で破局してしまった。
相手は良い人だったし友人としては好きだったので申し訳ないことをしたと今でも思ってる。
仕方がないから一生独身でいようと思っていたのだが、最近孤独を感じるようになり将来が不安になってしまった。
学生時代から友達が多い方ではなかったが、社会人になってさらに減ってしまった。その上コロナ禍のせいでますます疎遠になり休日は一人で過ごして話し相手はいない。それでも趣味とかしていれば寂しくないから大丈夫だと思っていたけど、年齢を重ねるにつれ、趣味に対する情熱も失せてしまった。
今は両親共に健在だから良いが将来完全に1人になった時、この孤独感をどうすればいいのだろう。
今のままだと誰にも必要とされず、死んでも誰も悲しんでくれない人生が待ってる気しかしない。
結婚のデメリットは色々あるしすれば必ず幸せになれるというわけではないけど、独身で孤独じゃない生活を送るのはかなり社交的な性格じゃないと無理だと思う。
まだ20代後半で、まだ間に合う年齢だから結婚に向けて動くべきなのだろうか。