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はてなキーワード: 吹奏楽コンクールとは

2018-06-29

昨夜のW杯GL突破に関する肯定派の意見勝負に潔癖になるべきではない」「勝ち上がるために何でもやってこそ全力である」「無様であろうとひとつづつ勝ちを積み上げていくのが大事etc.吹奏楽コンクール否定派に投げつけてみたい(放火魔思考

2018-05-29

部活暴力の思い出

「その部活って顧問による洗脳じゃん」

嫁に思い出話をしたら、そう言われた。

高校時代部活顧問による体罰事件があり、顧問先生が罰されても、なお先生に泣きながら復帰してくださいと懇願する生徒たちの姿を洗脳と言っていた。僕も当時は一種洗脳だと思ったが、とても言い出せる雰囲気ではなかった。

さて、いきなり嫁との会話を書いてしまったが順を追って書こうと思う。

そもそもこの話を書こうと思ったは、今マスコミを賑わしている日大アメフト部コーチによる暴力が原因だ。顧問による暴力と聞くと、僕も高校時代顧問による暴力に多少縁があったからだ。また、このニュース記事見出しの「盲目」という単語が目についた。僕の顧問先生も、人を盲目的にさせる天才だったなと。

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3380718.html

あれから10年、そろそろ言葉にして残しておきたいと考えたので筆を取ることにした。僕は高校時代吹奏楽部所属していた。その吹奏楽部は全国常連高校で非常に規律が厳しかった。具体的に言うとSNS禁止、買い食い禁止、部内恋愛禁止、登校中の音楽禁止である。僕はほとんど守れてなかったが。そして顧問先生が猛烈に厳しい人だった。まぁ昭和の熱血先生という感じだ。「お前らに一生の思い出を残してやるから、ついてこい。この部活でやれば人間力が鍛えられる」が口癖だ。僕と全然合わなかった。

部活内のイベントとして月に一回、全校舎大掃除と言うイベントがあった。普段使わせてもらっている校舎に対して感謝の念を込めて学校全体を部員全員で清掃すると言うものだ。僕が3年生の時に、掃除がいい加減だったので、いきなり顧問女子部長を何回も顔面を平手打ちし始めた。最初は混乱して理解できなかった。人の突然の暴力ほど混乱するものはないと感じている。さすがにやりすぎだと思ったのか、矢継ぎ早に他の部員が止めに入ったが次々顔面を平手打ちされていた。僕は臆病者なので、とても止めに入ることができなかった。もう音楽室の端にすぐ逃げてしまった。暴力を振るわれるのが怖かったのだ。無抵抗の人に暴力を振るうことが無意識に怖かった。言葉では説明できないが本能的に逃げしまった。顧問が怒って音楽から出た後、部員から出たセリフは「自分たちがいけないから平手打ちされたんだ」と言うセリフだ。この時点でちょっと違和感を感じていた。なんで暴力を受けてるのに慕うのか理解できなかった。愛のある暴力をなんて存在しないと思っていたからだ。後日、この1件のことをOBが聞いていて、「男子だったら積極的女子かばうように動けよ」と責められた。このお叱りは今でも意味が分からない。生まれつき暴力に耐性のない人だっているのだ。

数日後、先生と3年生部員達と話し合いの場が設けられた。そこでは、主に2つの意見が出た。「頑張って全国大会に出たいのでご指導お願いします。」「暴力を振るう先生なんてついていけません。退部します。」の2つだ。25:5ぐらいの割れ具合だったが。ここまで読んでいる読者はお判りだと思うが、僕はもちろん「退部します」の側だ。退部派の人たちは、合計2~3時間かけて退部を止めるために説得される。推測だが、吹奏楽コンクールの前に部員の退部を防ぎたかったのだろう。必死に止められた。説得のされ方は、顧問が「君は部活必要人材だ、Aくんそう思うよな?Bくんはどう思う?」と周りの同調意識を利用した方法だ。一応暴力のことに関しては謝罪はあったが、僕を含めた5人は同調意識に負けて続けざる得なかった。このことは今でも後悔している。当時にやりたいことがあり、その時退部していればできたのではないかと思った。内心、クソみたいな説得方法だと思ったが、退部を撤回するまで部屋から出してくれなさそうな雰囲気だった。僕は顧問に屈してしまったのだった。

それから一週間後、大変なことが起こった。読売新聞地方面に、顧問暴力の件が詳細に載っていた。誰かの親が新聞社告発したのだ。内容も明らかに、その場にいた人しかからないことが書いてあった。僕は内心、顧問先生に正当な罰が下されると思った。その次の日に、部活内の保護者を集めた説明会が行われた。顧問は確か2週間ぐらいの停職処分校長先生から説明された。顧問謝罪していた。そこで生徒の何人かがいきなり泣き始めた。「顧問先生は、僕たちを思って平手打ちしたのです。顧問は悪くない。僕たちのことを指導してください。」のようなことを言い始めた。やがてほとんどの部員賛同し泣き崩れた。泣いていなかったのは、退部派の人たちだけだ。当時は言わなかったが、内心「この人たち大丈夫かな?」と思っていたと思う。少なくとも僕ともう一人は、そう思っていた。ここで冒頭の嫁との会話に戻る。このことを顧問による洗脳だと言ったのだ。全国大会に行かせてやるから俺を信じろと言って部員たちを盲目にして、顧問意見絶対に聞かなければならない。ちなみに、保護者の中で誰が新聞社にタレ込んだかプチ犯人探しが始まったのは、想像に難しくない。

そのあと停職になった顧問と、その家族は非常に心を病んでしまったようだ。何せ地方欄とはい新聞報道されたのだ。そこで顧問家族に向けて手紙を書くことになった。いや、確か部長により半強制的に書かされることになったのだ。ほとんどの人は「先生は悪くありません。私たちはいつまでも待っています私たちを全国へ導いてください。」と言った旨を真面目に書いていたようだ。僕の中では顧問は信頼できない人となってしまったので、「元気出してください。待ってます。」などと適当に書いたのは覚えている。多分全部員の中で一番短い自信がある。今考えれば顧問手紙なんておかしいよなと思う。

顧問は、2週間停職のあとは、普通に顧問にとして復帰した。それからもたまに怒ることがあり、その時に「俺をまた新聞に載せたいのか」と怒鳴られたこともあった。全然反省してねーなと思った。時たま「俺の葬式には、歴代の教え子たちがとんでもない数くるから楽しみにしておけ」とも言われた。ここも嫁に話したら、ドン引きしていた。そんなゴタゴタがあったその年のコンクールは、都大会銀賞で残念ながら全国に進めなかった。ほとんどの人が全国に行けなかったと号泣していたが、僕は涙が一滴も出なかった。むしろ終わってくれて嬉しかった。(その後次の年は、全国大会金賞を受賞していた。)気がつけば結局引退までズルズル続けててしまった。

僕は社会に出て何年か経過したが、この部活で学んだ人間力とやらは全く役に立たなかった。会社では、高校部活より厳しく感じる規律も感じたことがない。こんな部活やめておけばよかったと後悔はある。この後悔があるからこそ、会社で働く原動力になっているところはあるので、そういう意味ではよかったのかもしれない。

ここだけは他人に向けてへの言葉なので、文調を変えます顧問による暴力というのは、部員の心身を傷つけるものだと思います。ご自身の思い通りにならない行動をされても、そもそも一人の人間である他人に対して、暴力による組織統治を行うのはどうかと思います勝負の主役は部員であり、顧問ではありません。勝たせてあげたいのば分かりますが、暴力を使わず言葉指導して欲しいです。また、きちんと部員達に個人意思尊重してあげてください。気持ち一丸とならないと勝てないとか言う人もいますが、所詮赤の他人の集まり気持ち統一することな不可能です。思考強要せず、多用的な考えを受け入れてください。会社と同じで、そうしなければ生き残れないと思います

長文雑文申し訳ありません。ここまで読んでいただきありがとうございます。ただの高校時代の思い出なので、適当に流してください。

PS.

この日記を多くの方に読んでいただき感謝気持ちでいっぱいです。正直10ブックマークがせいぜいかなと思っていました。こんなに読まれるのであれば、推敲すべきでした。僕の恥ずかしい記録として、残しておきます。はてぶのコメントほとんど拝見していますポジティブネガティブ両方の意見いただき、どちらももっともな意見でした。

この日記趣旨は、はてな匿名ダイヤリーの名の通りパブリック日記です。その時の自分気持ち文字にすることが目的です。ちょっとばかり人に読んでもらいたい気持ちもあります。約10年間、同期同士でも触れるのを避けていた話題で、言語化する機会がなかったので日記という形で残しました。高校吹奏楽について詳しい人は特定できる内容になっています最初高校名を書こうとは思いましたが、なんとなく直接書くのはやめました。

洗脳」と言う言葉を使いましたが、結局のところ本人の受け取り方により異なります。一方から見た場合はそう見えても、他の人から見たら(この場合顧問を信じている部員)「洗脳」とは受け取らない場合ももちろんあります。ここでは僕が忘れてしまわないよう、当時に思った気持ち言葉にしてみました。

ここまで読んでいただき本当にありがとうございました

2016-11-07

響け!ユーフォニアム5話 関西大会スタッフから見た感想

増田は昇降禁止お姉さんみたいなものです。(正しくはお姉さんを指示してた人)

何十回と使っててコンクール中はチーフとして動いたり、舞台装置動かせてもらえてたくらい慣れ親しんでいる場所なので、興奮しました。

(もう違うので書ける)

尼崎にあるアルカイックホールと呼ばれる会場が舞台(数年前名称変わってたな)

外観はサイトで見ていただいて分かるとおり、アニメは忠実に再現

写真をとるための広場や会場入り口あんな感じ。

楽器置場は都ホテルニューアルカイック。

吹奏楽コンクール間中はあそこが楽器置場として使われる。(繋がっている。聖地巡礼は難しいかと)

バスが止まってたところはホテル側だろうか。ホール駐車場屋根の下なので明るくないし広くない。

素晴らしかったのはホール内。(聖地巡礼たかったら吹奏楽するか芸能人になる)

下足箱が完全再現。大量の緑のスリッパに、並んだローファー。妙な狭さ。

コンクール仕様に整備された地下のリハーサル室。緑のシート。赤いカーテン(確か鏡だったかな)

指揮者台と椅子もリハ質付属のもの。完全再現

楽器を出し入れしてた場所は中の声聞こえるんだろうか?まぁいいや。

舞台裏再現。垂れ下がってるコードまで!

ただ待機場所あんなにばらけさせてはもらえない(奥の方で整列して静かにしないと怒られる)

テレビを見ているのは舞台上に学校名などをアナウンスする女性。(あとくそ忙しいのにサボってるスタッフ

あのでこぼこした反響板が一気に動くので、曲終了少し前にはあの裏に居たら超怒られる(頭打って死ぬから。あのホールで唯一気を付けないといけない場所

あのホールの素晴らしさは客席の壁が何故か煉瓦張りなところと、凸凹反響板。

書き込み完璧だった。あの反響板が関西でも音響最高と言われるホールを作り出している。(「音響家が選ぶ優良ホール100選」にも選ばれている)

ライト完璧。実際舞台から見たコンクール仕様で設置された景色

あのホールはよく目に見えないレベルの埃とライトキラキラするので、演奏家になると実際に久美子が見ていた指揮者けが浮かぶ幻想的な景色が見れる。

客席もなにもかも、そっくりそのまま。

全く気にならないけど一応現実と違う点を言うと、会場スタッフもっと多い。

地元ボランティア吹奏楽部学生OB楽器を運び、舞台設置をして、案内をしている。

コンクールメンバーに選ばれなかった生徒たちが待機するのは上手側(アニメは下手側だったかな?)

なのでアニメの倍は人が居る。

リアルを追及すると、あの裏には緊張による過呼吸などで倒れている学生が居たりする。

あとこのアニメには色々ツッコミどころはあるんだけど…………(コーチ少ないとかレッスンしてないとか赤リボンコンクールには出ないとか)

それでもリアリティが凄い!内部のドロドロや、一人楽器に向き合うからこそ起こる友人との共依存関係

モデル校の服装もなんとなくわかる。

増田の下の学年も同じ中学から大量にきて、ある時一気に辞めたので、胃が痛い

胃が痛くなりながら見ている!

全国大会には行ったことが無いので、普門館描写が楽しみ。

このアニメが夢の全国大会に連れて行ってくれるのかなぁと期待しています

リアルすぎて、いろいろ思い出して、5話は泣いちゃったよお姉さん。

2016-10-02

全日本吹奏楽コンクールチケット転売問題を考える

今年も全日本吹奏楽コンクールチケットネットオークションに出回り始めました。

Twitterをみていると、次々に怒りのコメント投稿されています

感情的にも、倫理的にも転売行為容認できないことはよく分かります

でも、「転売行為は許せない!取り締まれ!」って言ってる人は、思考停止しているのではないでしょうか?

取り締まりを強化することが転売行為を無くすベスト方法なのでしょうか?

もう少し深く考えてみることにしました。

そもそも問題なんだろうか?

法的、倫理的問題があるかはここでは考えません。あくまでも経済的な側面から考えます

オークション高額取引される、ということは、全日本吹奏楽コンクール興業としての経済的価値相対的に高くなっているということだと思います

これ自体は素晴らしいことだと思います。全てのチケットオークションで5倍の値段で取引されたとすれば、興業としての経済的価値も5倍ということになります

まり消費者側は全日本吹奏楽コンクールに対して数倍のお金を払うだけの価値を認めているにも関わらず、そのお金の向き先を上手くコントロールできていないために、不正業者にその大半のお金が渡ってしまっているのです。

私は、これだけのお金が、きちんと吹奏楽界に還元されるようになってほしいと思っています

取り締まれば良いのか?

取り締まりを強化すると、不正業者が淘汰され、より洗練された不正業者けが生き残り、手口が高度化されるだけです。

言葉を選ばなければ、ゴキブリのようですね。

本人確認の徹底や、スマートフォンなどを使った認証なんかを導入したとしても、吹奏楽連盟不正業者の高度化に投資しているようなもので、全く意味は無いと思います

大事なのは需要供給バランス

当たり前の話ですが、そもそもなぜ転売行為が成り立つのかと言うと、需要に対して供給が少な過ぎるという構図になっているからです。

需要は「全国大会見に行きたい!」というもので、供給は「全国大会チケット枚数」です。

この需要供給バランスを調整することが、チケット転売問題解決する方法なのではないかと思います

供給を増やせるか?

簡単に思いつくのは、「需要がたくさんあるんだから供給を増やせばいい」という策です。

しかしこれは現実的ではありません。

もっとデカいハコでやろうにも、既に全国大会が開かれるホールはどれも、音楽ホールとしては日本国内最大規模のホールです。まさか東京ドームや、武道館でやったら審査なんてできません。

また、全国大会複数日程にすることも、出演する学生負担を考えると現実的には不可能です。

あくまでも興業ではなく、コンクールであることを考えれば、やはり供給を増やすことは難しいと思います

需要を減らせるか?

私が有効だと思うのはこちらです。

需要を減らす?吹奏楽の発展と真逆じゃないかけしからん!」という声が聞こえてきそうですね。まあ、思考停止せず最後まで読んでください。

チケットを買って生の音楽を聴きに行く、これは音楽を楽しむとても良い方法だと思います

しか21世紀の今、これが唯一の方法かと言うと、決してそんなことはないと思います

要は、全日本吹奏楽コンクールを楽しむ方法の中で、「チケットを買って会場に聴きに行く」という体験価値が、相対的に高すぎる状態になっているんだと思います

例えば、仮にDVDで鑑賞するという体験もっともっと楽しければ、2万円払ってチケット買うより、7000円でDVD買った方がお得だな、と考える人もでてきます。(残念ながらDVDではそこまで楽しい体験提供できていないので、この例ではあまり説得力がありませんね。)

そこで、どんな体験であれば、2万円払ってチケット買うよりこっちの方がいいかも、と思えるか考えてみました。

全日本吹奏楽コンクール

近年NHK紅白歌合戦で同時に開催されている、裏紅白というコーナーがあります。これは、ステージ紅白歌合戦が行われている間、お笑い芸人バナナマンホール一角で、ひたすらトークをしているというものです。最近はこれが見たくて紅白を見ている人もいるようです。

吹奏楽コンクールでもこんなコンテンツリアルタイムに有料で配信したら面白いと思います。親子室の一室に作曲家演奏家を招いて、演奏についての感想や、演奏されている楽曲について喋っている様子が、演奏とともにリアルタイムで楽しめるのです。裏紅白と同じ要領で、演奏が終わった団体指揮者ゲストとして出てきてもらうのも良いかもしれません。

楽器店同時中継イベント

感想を語り合うことも吹奏楽ファンにとっては重要な楽しみの一つです。

そこで、楽器店などで全日本吹奏楽コンクール同時中継イベントを行うというアイデアがあります

吹奏楽に関して、集まった人同士で自由感想を語り合い、盛り上がれる環境ほとんどないと思います

地元楽器店に行けば全日本吹奏楽コンクールの同時中継が見れて、同じ趣味地元の人たちと繋がれる、というのはなかなか面白いかもしれません。

映画館での同時中継

テレビPCで中継を見たのでは、臨場感が足りない!という人もいるでしょう。

そこで、映画館での同時中継をしてはどうでしょうか?

最近ではお笑いライブの同時中継など、映画館リアルタイムコンテンツを楽しむという事例もあります

近所の映画館吹奏楽コンクールの同時中継を見れたら、近隣の学校吹奏楽部の生徒さん、ものすごく喜ぶと思います

ただ、丸一日映画館の中に座ってるのも辛いですし、最近シネコンは入れ替え制がほとんどなので、仕組みとしてそれなりに工夫が必要だと思います。(例えば、小規模なシアターを1日貸し切るなど)

イノベーションファーストで考える

いずれのアイデア完璧とは程遠いと思いますし、これですべての人の需要に応えられるとも思いません。「それでも会場に行って聴きたい」という人の需要供給を上回ると思います

それでも多様な楽しみ方ができるようになることで、少しはコンクールチケットへの過剰なお金の流れを分散することはできると思います

「言ってることはわかるけど、吹奏楽でそんなことできるわけない」そんな風に感じている人も沢山いると思います

日本吹奏楽には歴史があり、吹奏楽コンクール運営する吹奏楽連盟にも歴史があります歴史があることで新しいことにチャレンジしにくいのかもしれません。

それでも、「イノベーションを起こせない業界は必ず衰退する」のが21世紀だと思います

私は吹奏楽界が健全に発展してほしいと心から願っています

今回テーマとして取り上げたチケット転売問題は、もしかしたら取るに足らない問題なのかもしれません。

しかし、その問題本質とイノベーティブな解決策を考えて真剣に取り組めば、吹奏楽界はお金以上に得られるものがあると思っています

私のような一ファンができることはそんなに多くはありません。それでもファンがみんなで真剣に考えて、インターネットというオープンな場で建設的な議論を重ねることで、吹奏楽界に少しは良い影響を与えられると思い、この投稿を書きました。

匿名ブログ投稿した理由は、今現在私が自分の好きなことを書くためのブログを持っていなかったためです。

筆者はこの↓podcastで喋っているアマチュアの方の人間です。

カイセのセカイ – 吹奏楽・クラシック音楽談義 配信中!

意見お待ちしております

2016-08-19

吹奏楽コンクールって言うほど大事か?

http://www.j-cast.com/2016/08/18275579.html

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.j-cast.com/2016/08/18275579.html

俺も高校時代20人そこそこの吹奏楽部の一員だった。地区大会で金賞もとったことあるよ。でも俺なら100%甲子園選ぶと思った。

吹奏楽部は年中コンクールのために練習してるわけではない

吹奏楽部にはコンクールの他にもさまざまなイベントがある。ウチの場合は最大のイベント定期演奏会であり、

他にも高文連や地域吹奏楽祭、学祭学校の内外の様々なイベントに参加する。

ぶっちゃけ俺なんかは、早くコンクール終わって定期演奏会練習したいなーと思ってた方だ。

21人の吹奏楽部

名門の吹奏楽部だと100人くらいいて、その中からコンクールの大編成に出場できる55人を選抜するわけだ。

それに対して21人の吹奏楽部というのは、通常地区大会の最小編成(小編成は全国大会が無いので人数の規定地区によって違う)

25または30にも満たない数字だ。

これはどういうことか。あくまで俺のいた吹奏楽部の例だが。

まあだいたい毎年10前後の新入部員が入って、何人かは辞めながら20数名になる。

10名のうち楽器経験者は3,4人ってところで、あとは未経験者だ。

当然補欠はいないので、楽器を持って数カ月の連中がコンクールに出るわけだ。やっと音が出るようになった奴もいれば、

ほとんど音も出せなくて楽器を持ってるだけのやつもいるかもしれない。

なんでそれで金賞を取れるかというと、他所も似たようなレベルからだ。

要するに、俺のいた部活なんかは完全にエンジョイ勢なのだ。某アニメとはまるで別の世界なのだ。冬場なんかは練習に2,3人しか来なかったりする。

そんな俺らの部活がもし甲子園にいけるとなったら、全員コンクールよりも甲子園を選んでたと思うよ。野球応援楽しいしな。

まあ君らはもし、あの生徒らから甲子園自分達で選んだ」って証言があったとしても圧力があったとかいって信用しないんだろうけどね。

2015-05-12

響け!ユーフォニアム」の滝先生モヤモヤする件

アニメ響け!ユーフォニアム」を通して見る揺れる心

http://seagull.hateblo.jp/entry/2015/05/11/144400

こちらを見てて、滝先生が「生徒に目標を決めさせる場面が誘導尋問である」という指摘に「そう!そうなんだよ!」と思った吹奏楽経験者です。

自分は中高大とアマチュア吹奏楽続けてた(就職時間が取れなくて止めた)んだけども、中高はいわゆる弱小で、大学も中高に比べれば雲泥とはいえ、まあそこまで上手くはなかった感じの人間です(全国大会にはほぼ縁のないレベル)。

でまあ滝先生モヤモヤする点って、それが効果的かつピーキー手法からなんですよね。

そもそも吹奏楽(オーケストラもだけど)同時に演奏する人数がやたらに多い。

ロックバンドですら「音楽性の違い」とか様々な理由で解散するのに、50人からの人数(しかもまだお互いの意思疎通・合議能力に乏しい高校生)をまとめ上げるのは大変。

生徒の自主性を尊重してたら時間がかかってしょうがない。

その上、「部活の外の人たち」は「コンクールの結果」でしか部活価値判断してくれない。

短期間で「コンクールの結果」を出すためにはああいうやり方が効率的ではあるんですよね。

ただねえ、中高の部活って、「迷ったり・失敗したりする」事も大事財産だとも思うのですよね。

特に高校生ともなれば、自主的に色々やってみたくもなる年頃で(高校生だと演奏会で身の丈に合わない曲を選んで轟沈なんてことも結構ある)、それを先生がキリキリ誘導ちゃうのが正しいのかっていうところはすごくモヤモヤするわけです。

もちろん、生徒たちの意思サポートできる知識とか人脈とかはすごく大事なんですけど、結果として路頭に迷ってたからといって、圧倒的な手腕でひとつの方向に導くのが「正解」なのかどうかってのはまあ「答えのない問い」ですよね。だからモヤモヤする(それとは別に先生みたいな「デキる人」の表面だけ見習って、生徒を地獄に叩き落す勘違い指導者が少なからずいる、って問題もあるんだけどそれは別問題なのでおいておく)。


実際問題として、「顧問先生に導かれて結果を叩き出した」生徒たちの少なくない人数は、高校卒業音楽から離れます

まあもちろんそれはある意味当然の事(高校部活吹奏楽に限らずおおむねそんなものではある)なのだけども、「彼ら彼女らが高校自分が今後音楽にどう向き合っていくかを考える機会と知識」をきちんと得られた結果なのだろうか、ってのは色んな吹奏楽経験者を見ていて疑問に思うところなのでした。

結局先生にのせられて部活を続けて、「その先を自分がどう歩くか」を考える機会も材料も得られなかったんじゃないのかって。

ま、回答はありません。でもねえ、全国大会に出る吹奏楽部だった人でも、吹奏楽CD(今はCDに限らんけど)を買ったりする人って少数派だったりとか、吹奏楽プロ音源ってびっくりするほど多種多様にあるのに、売れているCDアマチュアCDばっかりだという現状とか、肝心の全国大会でもトップレベル学校がいまだに非音楽的な曲カットをしていたりする現状だとか考えてると、「結果」ってなんだろうなーと思うわけで。

そもそも音楽客観的定量的に決められるような「結果」なんてないんだから当たり前ではあるんですけどね。

あくま吹奏楽コンクール演奏技術のみを競う場ですから(だから音楽的にひどいカットをしても基本減点されない)。


なんかモヤモヤに引きずられて話がそれました。すいません。


で、原作の誠実なところは「このモヤモヤにはすっきりした回答なんぞない」というところをきちんと描こうとしているところだと思います

同じ音楽を扱った作品でも「BECK」とかだと勝負普通に勝ってしまうわけですけど(あれは基本的には、プロが「客ウケ=動員数」という基準勝負してる話だからそれでいい。作者の「本当にいい音楽は誰にでも伝わるはずだ」という暴力的な音楽観はヒシヒシ感じるけど)、この作品は「結果」ってのがそんなに分かりやすものではない事をきちんと踏まえている。

から先生全面的に作中で肯定されるわけではない(はず、原作一巻を読む限りでは)し、かつ、群像劇として多種多様価値観の人々が「設定された目的のために協力はしても考え方を相容れることはあんまりない」という方向で話が進みます


このモヤモヤについて、見る人が色々考えてくれるといいなあと、私も思う次第です。


他にも作中の曲についてとか原作者楽曲スコア見てなくて事実誤認してる部分とか色々言いたいことはあるんだけど、最後ひとつだけ。

「吹部」っていう略称は、大学の「回生」並に関東東北(多分北海道も)では通用しないから気をつけろ!

ただし、「ブラバン」はブラバンで熱心な吹奏楽部員の神経を逆なでする(brass bandは本義的には金管楽器打楽器の編成を指すので)から気をつけろ!

ちょっとだけ追記しておくと、

そもそも「コンクール全国大会出場」と「コンクールに出場して思い出作り」の二択しかないのがおかしいって指摘はきちんとしておいた方がいいですね。例えば演奏会に力入れたいからとかマーチング力点置いてるからとかでコンクールに出ないって選択をしている学校も少数だが存在するし。ここには滝先生の「吹奏楽部コンクールありきだ」っていう偏狭さがあるともいえるわけです。あえて極端な二択を提示することで、ほかの選択肢考慮する余地を奪うって言う詐欺師常套手段です。

極論、そういう様々な選択があってモヤモヤする音楽活動ってやつを、コンクール一生懸命やって技術的に上手くなるっていう否定しづらい名目で塗りつぶしてるともいえる、んだよね。滝先生は。

 
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