はてなキーワード: 親共とは
コロナなのに〜の部分はちょっと理解できないけど、子供に対して手厚すぎるのは本当にわかる。
母が長年保育士をやってるんだけど、ほんとに週末だけ子育てをして、平日は丸投げをしている親が多い。
週末は家族揃って郊外で買い物して良い服着させて、長期休みは海外旅行でいい家庭アピール。
共働きなのはわかるけど、両親共に20時まで毎日仕事で、毎日夕飯を保育園で食べさせるってなんなの。
そういうのに限って、言っちゃ悪いが誰でもできる仕事しかしてなかったりするのよ。
ほんとに子供がかわいそう。
ただの愚痴で私には実害ない話しだけれど。
夫の家は代々農家で土地だけはあるけれど、もう義両親共に高齢で、義父の趣味程度にしかお米や畑はやってないし、長男の夫も農業をやる気はさらさらないので、私と出会うずっと前から相続税対策でいくつか田んぼをつぶして借家にしている。ローンを家賃で払えるようにしているだけで、その借家の収入で悠々自適に暮らしてる…なんてことは全くない。むしろ、昔に持っていた土地を高速道路として国に買いとってもらったお金で当時は派手に使っていたらしくて、義父も義母も私から見ると金銭感覚がちょっとおかしくて「お金がないお金がない」と言いながら変なお金の使い方をしている。
借家の中には作りが古くて、長屋って感じのものもある。そこに入る人は生活保護を受けている人が多い。なんでもそういう人は家賃を本人からもらうのではなく、市とかから直接家賃として振り込まれるらしくて家賃の取りっぱぐれがないんだそうだ。
しかし、どうしてもやっぱりちょっと変な人が入居することが多い上に、お金が少しでも欲しい義父母は多少難がありそうな人でも入居を許可している。その物件は建物が古いので、ローンはもう終わっているらしくて、不動産屋に任せている管理費等を差し引いた毎月数万円が義父母に入ってきているらしい。夫と知り合って10年経つが、その間に夫から聞いたり3年前に結婚して同居し始めてから実際見てる限りでは、次から次へと変なトラブルが続いている。中でも今入っている人は、私が聞いてる限りでは一番やっかいだなと思った。
今年になってくらいに、その長屋に住んでいる一人が出て行くことになった。理由が「隣の人がお金を貸してくれと集ってくるのが嫌になった」というのだ。その2人は家の前でよく話しをしているので、仲が良いのかと思っていたのでビックリした。その人たちと義母は顔を会わしたら雑談くらいしていたらしくて、出て行く人が「大家さん、1回あの人(集る方の人)の家の中、確認した方がいいよ。家の中ボロボロだから」と教えてくれたらしい。
その人は70代くらいの男性で一人暮らしなのだが、犬が1匹と猫が3匹飼っている。(私は生活保護の受給者がペットって飼っていいんだっていうのを知らなかったので、ペットがいるのでもビックリした)入居当初は犬1匹と猫1匹と約束していたらしいが、実は猫は3匹いるし、犬もゴールデンレトリバーみたいな大型犬を家の中で飼っている。家の中の確認まで、居留守等で抵抗されたが、何とか義父母で中を確認したら、その人が入居する時にガスとかも直して、畳も張り替えてそんなに経ってなかったのに、ガスが壊れていて、家中多分ペットたちのせいでぼろぼろだし、しかも掃除もできてなくて非常に汚くて部屋の中は相当傷んでいるそうだ。
不動産屋に連絡したら「その人には出て行ってもらうようにしますね」となったが、今の所、いつ出て行くかは分からない。一応その人の次の部屋を不動産屋があてがう予定なのだが、今飼っている犬と猫を処分するのを条件としている。犬と猫には罪が無いので聞いているだけで辛くなった。
不動産屋と義父母は物件の修繕費を請求したくて市に問い合わせているが、市の対応はけんもほろろ。夫が詳しい人にちらっと相談したら「まず市からは貰えないでしょうね。できて、受給金額から毎月少しずつローンを返してもらう程度でしょう」とのこと。
この話題を最近、頻繁に義母から愚痴られる。正社員で働いているので、聞かされるのはいつも夕ご飯の時なのだが、仕事終わりで疲れている上に、現在妊娠しているので心身共に疲れているところにずっと愚痴を聞かされるのは本当に辛い。ご飯を食べているのにゴミや犬猫の糞尿の話しも平気でしてくる。こっちが疲れて碌に返事しなくても義母の愚痴は止まらない。
話題が少し脱線するが、ゴミに関しては義母は人の事が言えないと思う。掃除片付けが本当に苦手なようで折角広くて立派な家なのに、所々廃墟みたいになっているし、要らないものでぎゅうぎゅうの家は非常に住みづらい。ゴキブリやねずみも頻繁に家の中に出る。こんな所で子育てはできない…と手を出すと嫌がられるのを無視して最近少しずつ私が片付けてはいる。つい一昨日の休みも多分、乾物と粉物入れだったのかなという収納スペースを片付けた。蜘蛛の巣が張っていたり、かつて片栗粉だったのかな?という茶色い粉が大量に漏れていて、比較的手前にあったマカロニの賞味期限は2000年で切れていた。少し前は野菜室が半分くらい腐った野菜が液化した冷蔵庫も丸々洗った。台所だけでもそんなことになっている。
そんな家だし、ボロボロになった借家の修繕費の回収は絶望的だし、元々トラブルばかり頻発しているので、夫がその土地で借家を辞めて自分たちがリフォームなり建て替えて住むのを提案してくれた。私はその案に大賛成だったが、義母が激怒して「私の収入が無くなるでしょう!!」と言うので無理になってしまった。たかだか数万の話しなのになと思ったが、後から私たちが入れてる生活費もあてにしてんのかなと思ってちょっと納得してしまった。
義両親も高齢なので、もう管理や業者の窓口を夫が変わったらどうだと一度話しがたが「だって、それしても俺にお金が入ってこないんだよ?」といって無視を決め込む考えだった。義両親は所謂「長男教」の全く逆で、夫の下の兄弟ばかり可愛がっている。そのくせ面倒ごとや頼み事は夫に持ってくる。昔から義父の尻ふきばかりさせられてきたとも言っていた。同居しているのも、夫の都合がいいことがあるので住んでいるだけで「高齢の両親が心配だから」とかいう気持ちは微塵も持ってなさそう。介護も「その時は施設に入れるからいいよ」と言ってくれている。そんな親子関係しか築けてこなかったんだなと思って私も夫の考えに従うようにしている。
私は嫁の立場なので、根本的にどうこうすることも出来ないし、金銭的にも美味しい目も痛い目もあってはいないので蚊帳の外の話しだが、一度夫の方から打開案は反対するのに、現状をずっとぶつぶつ文句言ってる義母の愚痴を聞き続けるのは本当にしんどい。基本的に「でもでもだって」の人間がそもそも嫌いなのもある。できるだけご飯の時間をずらすようにはしているけれど、毎日のことなので難しい。今日は静かにご飯食べたいなぁ。義母はご飯の用意も大変だのしんどいだのめんどくさいだのばかり言うので、私が帰ってから作るよと言ったり、自分たちの分だけでも私が用意するから作らなくてもいいよと何度言ってもご飯を用意してくれる。最初はありがたかったが、こんな話しに付き合わされるくらいなら自分で作った方がましだ。義母、料理もちょっと苦手っぽいし。
話題的にも身近な人には言いづらいし、自分の親にも心配させたくなくて実害のないことだから黙っているけれど、いい加減嫌になって書き捨てにきた。長々とすいません。
両親共に目が2つ鼻が1つ口が1つです
なるほどウィキペディアたたいたら
父親である松本強[3] は少尉候補者制度を用い(少候第10期)、下士官から叩き上げで将校である陸軍少佐(最終階級)にまで上った帝国陸軍の軍人であり、また陸軍航空部隊の古参の操縦者(パイロット)であった。第二次世界大戦中、その父がテストパイロットをやっていた関係で、4歳から6歳まで兵庫県明石市の川崎航空機の社宅に住み[2][4]。その後は母親の実家がある愛媛県喜多郡新谷村(現在の大洲市新谷町)に疎開していた[2][5](両親共に大洲市の出身である[6])。このときアメリカ軍の戦闘機や、松山市へ空襲に向かうB-29などの軍用機を多数目撃、この体験が後の作品に影響を与えたという[2]。
ということで軍の近くにいたことはまちがいないということで許してくれたまえよ
夫:30代、会社員
子:1歳6ヶ月
区内の認可保育園に入れるには両親共にフルタイム勤務が最低条件。年度によって異なりますが年間10コマ(週3日程度)ではこの条件に遠く及ばないため、認可外保育園を検討し、産後7ヶ月で近隣の企業主導型保育園に入園しました。
基本的な預かり時間は9:00〜16:00まで。授業の日程上、どうしてもこの時間内の送迎が難しいときは開始を30分早めたり、18:30まで延長してもらいました。
前期は以下の日程で仕事をすることに。
この日程に合わせて送迎時間の変更を園に打診したところ、勤務時間+通勤時間しか預かりができないとの返答がありました。
勤務時間として拘束されるのは1コマ90分の授業時間のみですが、当然ながら授業準備等の時間外労働があります。その旨保育園に訴えたものの、国から就労実態がない時間の預かりについて指導が入り、就労証明書に記載されていない時間は預かりが認められないとのことでした(ちなみに企業主導型保育園は内閣府所管)。
大学、専門学校と交わしている労働条件通知書に記載される勤務時間は授業時間のみ。時間外労働は「命じない」と明示している学校もあります。
とはいえ実質的に授業を行うためには以下の時間外の業務を必要とします。
〈事前準備〉
〈事後の業務〉
〈期末の業務〉
補足1:資料作成について。基本的には前年度の資料を再利用しますが、前年度に授業をやってみた感触や学生の授業評価アンケート等を受けて、内容を精査し、手直しすることも多いです。また、新規に担当する科目についてはイチから作らねばならないため、教科書や論文等を読み込み、授業の構成を練るのに膨大な時間を要します。
補足2:出欠について。昨今、文科省が唱える単位の実質化の名の下、出欠を厳格に管理する流れがあります。出席回数が3分の2を下回ると評価を受けることができないと明示する学校もあり、毎回出欠をカウントする必要があります。(なお、学生証のタッチ認証で自動的にカウントする学校では、ありがたいことにこの業務から免れています)
補足3:成績評価について。私の学生時代には試験やレポート等の単一指標で評価するのが一般的だったように思いますが、現在は評価の妥当性の観点から、複数の指標を用いて多面的に、ポートフォリオ的に評価することが求められています。このため、最終試験や最終レポートのみならず、授業内課題を合わせて総合評価を行なっています。
以上より、授業1回につき、通勤+授業+時間外業務で丸1日以上潰れることがご想像いただけるのではないでしょうか。個人情報保護の観点から通勤の電車内で課題を採点することも難しくなり、授業時間+通勤時間で上記の業務をこなすのは不可能と言えます。
産前は土日を仕事に充てることができましたが、現在は家事・育児で手一杯になってしまいます。このため、授業のない残り2日間は時間外労働に充てるために何としても預かり時間を確保したいところです。
(子どもが寝静まった夜間に時間を取れば良い、との意見も聞こえてきそうですが、私自身がロングスリーパーで睡眠時間を確保しないと不調をきたすこと、長年患って最近ようやく回復したうつ病の再発が怖いことから、できるだけ無理をしたくない)
各学校に対して「就労証明書に授業時間外の業務があることをせめて備考欄に書いてほしい」と伝えていますが、なかなか叶いません。
園からは区による「保育の必要性の認定」を受ければ預かれると言われたものの、「週4日以上、1日当たり4時間以上の勤務時間」が区の認定基準…週3日、3時間未満の勤務ではこれを満たすことができません。
1. 保育園(国)や区が、会社員のように固定された労働時間しか想定しておらず、多様な労働のあり方を認めていない。したがって個人事業主であれば提出できる就労状況の自己申告すら受け付けてもらえない。
2. 大学・専門学校が雇用条件として授業準備等の時間外労働を認めてない。
1.については内閣府に意見を送ろうかと考えています。2.については地道な交渉が必要なのでしょうが、個人レベルの交渉では埒があかず、すでに心が折れそうなので、非常勤講師の労働組合に入ることを検討すべきなのかもしれません。
仕事を全部辞めてしまおうかと自暴自棄に考えてしまうこともありますが、いずれは専任になりたい願望もあり、諦めきれずにいます。
睡眠時間を犠牲にして、勤務日の夜間+1日、適当なバイトを入れて、区の認定基準をクリアするぐらいしか思い付きません。
18歳新卒で入ってきて今年3年目の会社の子が所謂搾取子で見てられない
親が通帳キャッシュカードを取り上げてて手取り19万から渡されるのは2万円(昼飯込み)
親からは税金が高いから生活費が嵩むからこれでも渡してる方だと言われてそうなんだーと思ってるらしい。
ちなみに両親共働きで兄弟も同じシステムで搾取されてるらしい。
父親の趣味はパチンコらしいから全部そこに消えてるのでは?と社内で話題になってる。
入社してから周囲がそれはおかしいから逃げろと言い続けてはや2年、でもでもだって怖いからとそのまま現状維持をしている。
月々3000円ずつ貯金してこの前やっとSwitchが買えたと喜んでたのも本当に辛かった。
しかもSwitch貯金してるのバレて途中で没収されてたから余計に。
なんかもうどうしたら良いんだろうな。
本人がそれで幸せなら良いんだろうか。
昔、日本人学校に通ってた際の、当時の親世代の態度や行為がトラウマ化してる。
小金持ち主婦達による夫の経歴マウント合戦。子供から慕われてた教師は、話し方に品がないという理由でクラス担任から追い出された。なおイケメン先生は親から大人気。子供の喧嘩を奪って当人そっちのけ。あと慶應出身とかいって親同士がつるんでるのも鼻についた。
一方で、夫が銀行家とか両親共に経営してますみたいなハイクラス層は、世間コミュニティを作らず人間社会の模範みたいな余裕をかましてた。その子供もまたしかり。用意された文化資本が端から違う。
社会の分断が良くないみたいに言われることもあるけど、分断されてお互い見えない方が個人は幸せなんじゃないかと思うようになった子供時代。寂しすぎ。
子供のころ、両親共働きで帰りも遅くて、地元の公民館にあった図書室に入り浸ってたから色々小学生で読んだら不味そうな本とかも読めて学校の図書室より面白かった
公民館のイメージが地域によってバラバラみたいだけど、基本毎日9〜19時くらいまで開館してて、事務所にいつも何人か職員の人がいて、老人がカルチャー教室とかで集まったり、地域の会合とかがあったり、ちょっとしたホールがあって演歌歌手のどさ回りがあったりする感じのやつ
子供向けの本のコーナーは全体の1/4、郷土資料とか図鑑とかが1/4、あとは娯楽小説とかのハードカバーって感じだった(文庫本や漫画は確かなかった)
佐藤ラギのギニョルとか、当時意味わからないなりになんかヤバいものを読んでる…と思ってたりしてめちゃくちゃドキドキした
高校生になると市の大きな図書館が高校から歩いて30分くらいにあったからそこでも毎週上限まで借りて、高校の図書館は文庫本が多めだったからそこでも毎週上限まで借りて、めちゃくちゃたくさん小説を読んでた。
新書とか論評とかは全く興味なくて今に至るまで読んだことがない。あれだけ流行ってたバカの壁とかも読んでない。
高校の図書館は毎年貸出冊数の表彰してくれてて三年間毎年図書カードをもらってたし、国語のテストや模試の成績だけはいつも良くて、現代語の小説しか読んでないのに古文や漢文も小論文も苦労なく解けてた。
大学ではオタクになって、生活費を削る勢いで商業BLの小説と漫画を読み漁った。
それなのに就職したら全く本を読まなくなった。文庫本一冊読みおわるまで集中力もたなくて何度も中断して結局よみかけの本がたくさん棚にある。
その代わりにずっとTwitterみてる。いろんな人の本当かどうかわからない呟きも小説みたいなもんだな〜と思うとダラダラと何時間でも見てられる不思議
あれだけ本読んでた私が本読まなくなるほど高負荷の労働をそれなりにこなして、趣味にも家庭にも力入れられるとか世の中の人どうなってんだろな…偉すぎる
実際に高負荷だった新卒で入った会社を辞めて、楽な方に楽な方に流れてきて、月の残業10時間未満の仕事に就いてるけどそれでも土日は布団でゴロゴロしてるとすぐ終わるし、平日も20時に帰宅して飯風呂即布団みたいになるし…
まとめると、本に簡単にアクセスできる環境で育ててラッキー、多読してる分国語の成績は良いけど他の教科の勉強してないからトータルするとバカの部類、労働は体に悪い
うちもそんなだな。うちの場合は、私(姉)・弟・妹の三人兄弟なので、私と弟はなにかとド派手にお祝いされたけど、妹だけ存在自体忘れ去られていた。
うちは両親共に末っ子だったせいで、家庭内は妹贔屓だったんだけど、親戚一同は妹に何もしてくれなかったよ。
伯父伯母の家に家族で遊びに行くと、私と弟のぶんのお小遣いとかプレゼントが用意されていて、いつも妹のぶんだけ無かった。それで、必ず伯母が(どの家でも伯父は何も言わん)「あれー、三人兄弟だったんだっけ?ごめーん二人姉弟だと思ってたわー」って言うの。
子供の頃は、大人って忘れっぽいんだなぁと思ってて、私は伯母に「三人だよ。次女ちゃんのことを忘れないでちょうだいよ!」なんて言い返してた。大人になってから、伯父伯母達はわざと妹のぶんを用意しなかったのだと知った。
伯母の中には、妹のことを可哀想だと言って、次に訪問した時に妹のぶんのお小遣いとプレゼントを皆には内緒だよってくれる人もいた。
聞きかじった話だからあやふやだけど、仏教の目的のひとつが「見送った人の心を整える」だったような。
自分も去年家族を見送った(因みに家族葬)けど、心が千々に乱れそうになる度にその事を思い出して正気に戻れた。
そして増田は心を整えるためのお葬式がかえって傷を深めるのは本末転倒なので
とにかく温かくして、美味しいものを食べて、ご両親共々少しでも元気になってほしい。
増田の判断は正しかったと思う。親戚一同感染リスクを避けられて本当によかった。
そもそもコロナで亡くなった人を棺すら開けられないまま直葬したら信心足りないなんて理屈はおかしいんだし。
でもどうしても気になるなら、四十九日法要の報告がてら親戚に直筆の手紙を書くのはおすすめ。
弔意に感謝して、でもお葬式を平時のように出来なくて申し訳なかったと。
とにかくお疲れ様でした。
年越し蕎麦食って笑ってはいけないと紅白を往復してゆく年くる年を見てとりあえずあけましておめでとうって言い合いそれぞれの部屋に戻って寝て五時間後位に叩き起こされ車を出して地元の神社に行き神主さんにお祈り?御祈祷?してもらっておみくじ引いてお守り買って初日の出見てから家にに戻って朝飯食ってもう一回寝る、みたいな流れを経て三ヶ日にアパートに戻るというのが一年の終わりと始まりのルーチンだった
そこに住んでる奴らの頭も田舎で
両親共に喫煙者だったから重症化のリスクとかも考えると車持ちじゃない俺が公共交通機関で帰るのはマジで危ない
地元のよく知らん土民どもは正直滅ぼうがどうなろうが知らんがうちのばあちゃんやら大ばあちゃんに何かあったら嫌だ
ゴールデンウィークも帰りたかったし、盆も帰りたかったけどあきらめて
俺が帰れないでいる間に実家の猫は死んで二度と会えなくなっちゃって
このまま大ばあちゃんにも会えずじまいだったらどうしようかと考えるし
後何回会えるかもわかんないんだからなるべくたくさん会いに行きたいと思ってたし実際そうしてた
この年になってやっと麻雀のルール覚えたからこれで家族全員揃ったら皆で打てるなーとおもったらこの有様だもんよ
最後に会ったのいつだっけどんな話したんだっけ
ただ前より老けたなあ縮んだなあと思ったのは覚えてるからなんだかすごく焦るんだよ
マスクもするし手洗いうがいもするしアルコール消毒も自粛でもするからというかしてるから
早くワクチンでもなんでも作って広めて全部丸く収まってほしい
実家の飯が食いたい