はてなキーワード: 久保とは
本日6/20、加藤一二三九段の現役引退が決定した。現役が最も長かった最年長棋士ということもあり、思うところはあるのだろうが、投了後駒の片付けもせず(駒の準備片付けは上位者が行うことになっている)帰ってしまった。マスコミに何も喋りたくない、撮られたくないといった気持ちもあったのかもしれない。感想戦がないのはよくあることだし、それも構わないが、最低限のやるべきことすら放棄してふてくされるのはいかがなものか。
将棋ファンの間では加藤九段はレジェンドであり、この所作にも顕名で不平を言う者は見当たらない。私だって、何か言ったらフルボッコにされるだろうという恐怖すらあり、増田に書いている(なんて意地汚い!)。将棋ファンなんてこんなものだ・・・。
解決したとなっている三浦九段の冤罪の件でも、渡辺竜王は一応は本人に謝罪したが、一番大元の発起人である久保九段は王将奪取後に後日このことについて説明するといっているが、結局動き無し。恐らくこのまま何もしないのだろう。将棋ファンは都合の悪いことは時と共に忘れてくれる。投了で終わることすらできないのだ。
将棋が教えてくれることとは、一体。
http://anond.hatelabo.jp/20170528113521
http://anond.hatelabo.jp/20170527185142
このへんの腐女子がんばれよ論とか。
今回の騒動はたまたま選出基準のせいでBLの割合が多かっただけで、本質的な問題はそこじゃないと思う。
どっちかと言えばこれは「自分の作品は公のものだろうとなんだろうと使われ方を全部自分で管理したい」と願う作者とそれに立ちはだかる現実の話だ。
BL二次創作の作者にその手の人の割合が多いという意見は分かるが、別に自分の作品を管理したいのはBLもR18も二次も商業も関係ない。
例えば自分の作品がどこで閲覧できるか。自分の作品が何に紹介されるか。自分の作品が誰に楽しまれるか。自分の作品がどんなことに使われるか。
そういったものをとにかく全部自分の思い通り、想定通りにしたいと願う人は創作活動をしている人の中では別に珍しくはない。単にそれが我侭だと理解しているから周囲に要求してないだけで、内心やめてくれと思っている人はいる。
それは別にプロもアマも関係ない。それなりの年のオタクなら「俺が嫌だと行っている」という言葉に覚えのある人もいるだろう。
魚拓やアーカイブはちょっと見つからなかったので、当時の話題のまとめがあるサイトをのせておく。
http://neto10.blog55.fc2.com/blog-entry-12.html
リンク先まで見に行くのが面倒な人向けに簡単に説明すると、あのジャンプに連載していた久保帯人さん(ブリーチの作者の人)が当時私的に書いた絵をファンが喜ぶならとサイトに掲載していたけど、それをDLしてプリントアウト(自分だけで楽しむ、私的利用の範囲でもちろん適法)している人達にやめてくれって言った話。
そうすると当然「私的利用だから別に悪い事でもなんでもない」という反応もあるわけで、そういう正論に対して久保さんが言った(日記に書いた)のが
法律もウェッブルールもクソ喰らえだ。俺が嫌だと言ってる。「プリントアウトしちゃいけない」 理由がそれだけじゃ不充分なんだろうか?
という一文だった。(本当はサイトに乗せた理由についての話とかもあってもっと長いけど今回は前後の文章は関係ないと思うので該当部分だけ抜き出しました)
で、最終的には絵は削除されました。嫌だと言ってもファンからのDLしたいという問い合わせが尽きなかったため、とのこと。
この問題については確かに作者の態度はあまりよくないものだったかもしれないけれど、「確かに適法ですが個人的には嫌なので止めて欲しいです」とお願いをして、そのお願いが聞き入れられなかったので「では公開を止めます」って取り下げたのは別に何も間違ったことではない。それこそ適法。作品の公開を取りやめるのもまた作者の権利なのだから。
当時はまだブリーチは連載していなかったが、ジャンプに別の作品が掲載されたことはあったはず。つまり既にプロだった時の話がこれ。
その世界で金を払って生きている人でも自分の作品は法律とか関係なく自分が思った通りにしか扱ってほしくない、と思うだけでなく口にする人だっている。
そして個人的には後ろ盾を持ってきて権利を主張するんじゃなくてシンプルに「嫌だから止めろ」とだけ宣言する久保さんの態度は、言い方の問題こそあれむしろ変なごまかしをしない正しい姿勢だと思う。
二次創作は、原作者の意向によるけれどもまだまだグレーゾーン(作者が許可を出していないもの)は多い。公式に二次創作を認めたものもかなり増えてきたが、決してそちらの方が主流ということでもない。(とは言え二次創作=全て何もかも違法、みたいな扱いはどうかと思う)
また、原作にそのような要素がないものをBL化する場合、原作からの剥離度はいわゆる「健全」な本と比べたら高くなりやすい。(エロがないのにエロ化する二次創作も剥離度は高くなりやすい。念のため)
そして男性と比べて女性は慣習的に性的なものに触れることをタブー視されている空気はあると思うので、内圧なり外圧なりで、どうしても後ろめたさを感じる人というのが多い。
そうしたどこかうしろめたいものは、やっぱりあまり衆目には晒したくない、と思う人が多い。大勢の人の目に触れると攻撃される、という怯えがある。
結果、周囲から見た時になんだか妙だなと思われてしまうような妙なムラの掟だとかなんだとかが出来上がったりすることもまあよくある。
そういう意味では今回のような騒ぎが起きたときにはNLよりBL界隈の方が問題になりやすいだろうし、男性界隈より女性界隈の方が問題になりやすいだろう。
ただそれはあくまで傾向の話で、男だからセーフ、女だからアウトという話でもないと思う。可能性の大小の話でしかない。
それについて「嫌なら止めろ」ということは簡単だけれど、そもそもその後ろめたさの理由は内圧も多いけれど外圧だって多いのだ。しかもいわれがないタイプのやつ。
外圧が多いなかで必死に調整しながらなんとか隙間を縫ってきたのに腐女子は文句ばっかり、と言われるのは正直納得いかない。
最初に断っておくが、もちろん腐女子の妙なルールについてはおかしな勘違いだとか我侭前回の俺ルールはある。もう間違いない。
けれど全部の問題がが腐女子の中から出てきたわけじゃない。むしろ外部から「腐女子は存在が気持ち悪い」「目の前に出てこない腐だけがいい腐」とか言われたりすることもあるぐらい(今ではそういった声も減ったけど)で、それこそおおっぴらに腐った話をしたわけでなくても腐という属性を持っているだけで人間のクズみたいな扱いをされることだってあった。
それはゾーニングでどうにかできるものじゃなくて、それこそ作品の名前で検索してBLが出てきたらキャプションがあったりタグがついててもどれだけきちんと注意書きしてても叩く。こんなクソを俺の前に見せやがって。視界に入った時点でアウトなんだよ。という論調でこられる。そういう頭のおかしいとしか思えない人が普通にそこらにいた時代があった。
自分たちは嫌なら見るなというくせに、腐の作品は中身が見えなくてもその存在が目に映ったら理不尽に怒られた。そんな時代があった。
元からひっそりやりたい人はもちろんいたけれど、そもそも別にひっそりやりたいという願望があったわけじゃないけど、オープンにやると文句を言われるので仕方ないからひっそりやらないといけなかったという人もいる。そんな中でお前ら本当に我侭だな、みたいに言われると「我侭なのは分かってるけどそうさせた理由の数割はそっちにありますよね?」と思う。
上に上げたなかの腐女子がんばれ論あたりからは「あなたたち男オタクが僻地に追い込んだくせに今更逃げる事情を説明しろって言うんですか?冗談も大概にしてください」と感じてしまう部分もある。もちろんこれを書いた人が追い込んだ人達ではないだろうし、それこそ一部の頭のおかしい過激派と普通の男オタクを一緒くたにするつもりはないけれど、腐女子を雑に腐女子とまとめあげて上記のような論を展開されると私は性格が悪いのでうっかり厨返しとしてクソオタクとまとめて扱いたくなる。
謎ルールを振りかざして外部にだから配慮しろと言うつもりはないし、お前らが理解してしかるべきなんてことは思わない。理由がどうあれやっぱりやっちゃいけないことはいけないことだ。
そして、摩擦を起こさないように腐女子から動くことも時には必要だと思う。けれど外部から攻撃されてきた経験を持つ人もいる腐女子たち(当然そうでない人もいる)に「尊重してあげるからそっちからローカルルールちゃんと形にして掲げておいてよ、頑張れ」みたいな態度を取られると(そのようなつもりはなかったかもしれないけれど私には少なからずそう見えた)なんでお前のためにやらないといけないんだ、と反発されるだけだと思う。
自分で自分の作品はコントロールしたいけど、それは必ずしも叶えられるものじゃない。特にそれがちょっとばかり我侭な類のものだった場合。
そういった時、それこそ商業ベースのものはいくら嫌でもすぐにどうにかなるものではない。お金の問題や、権利の問題が絡んでくる。昨今の作品は個人だけでなくメーカーやらの手が加わってるものも多い。作者一人が嫌だと言ったところでそれに関わる他の人達の意向もあるからじゃあ止めようとはならない。
けれど、それが個人で管理している、それこそ同人作品だったら? 公開非公開を決めるのは自分の一存だ。なんか色々ややこしい商業ベースのものと違ってさくっと公開停止できる。そして消してしまうのは色々楽だ。だってもう問題が増えることはないのだから。
だから同人作品は作者が嫌だと思った次の瞬間公から消え去っている、なんてことがよくある。
それは別に晒されたとかそんなものですらなく、面倒になった、古い作品に耐えられなくなった、なんとなく気分で、そんな雑な理由でも作者が「そう」と決めたらすぐになくなってしまう。
そしてそれは何一つ悪いことじゃない。作者として当然の権利なのだから。
理解していない人も多いだろうけれど、理解した上で、だからこそ自分が管理しきれなくなったら消そう、という人もいると思う。
周囲がなんとなく空気を読んでくれている間はどうにかなるから公開する。周囲が空気を読んでくれる人ばかりでなくなったら管理しきれないから止める。
外から見ると何か起きて初めて公であることに気が付いて公開停止するのと、ついにこの日が来たかと思って公開停止するのと区別がつきにくいが。
ただ、どちらの場合も結局のところやさしく扱ってあげないと消えることに変わりはないので、そこを区別する理由はあまりないのかもしれない。
公に出したものは、法律で条件を満たせば使っていいと決まっている。だから使うことを強制的に止めさせることはできない。
でも「止めてほしい」とお願いすることは出来る。もちろんそのお願いを聞き入れるかどうかは自由なので、我侭で身勝手なお願いを無視することは何も悪くない。
悪くないがお願いすることで聞き入れてくれる人もいるんだから、別に一言お願いしたっていい。寧ろそれで双方が納得するなら円満解決、すばらしいじゃないか。
なんだか法律で認められているだとかそんなことを言うのは我侭だとか言って「お願いすることが非常識」みたいな論調の人が中にはいるけどそうじゃない。むしろ強制することなんて出来ないと分かっている知識ある人だからこそ「お願い」するのである。我侭なのは分かっているけど、できれば勘弁してもらえないか、と。
禁止だなんだとがなるちょっと残念な人達もけっこういるのが哀しいところだけれど。
まあ、個人の自由にすればいいと思う。ただ、当然その行動に見合っただけの結果が帰ってくる。それだけの話だ。
ちょっと気を回すだけで円満に解決するならその方が皆嬉しくてよかったねってことじゃないの、ということだろう。
悪いことしてないんだからヘイト溜める方がおかしいと思うなら、それは高慢だと思う。相手から罵倒してきたり誹謗中傷を投げ掛けてきたりしたらそれは行き過ぎた行為だけど、余計なことをされたせいで安寧が崩れたのなら、そりゃあ不満の一つも抱く。
いくら文句言おうがそれは身勝手な話だから別にどうでもいいと言いきれる鉄人だけが相手の気持ちを無視したらいい。実際身勝手な文句もそこそこ多いので。
感情的に書き殴った本題ではない部分について、ちょっと言葉が足りないところとか大げさに言ったところはあって、いろいろツッコミを受けております。すみませんでした。概ね仰る通りですがいくつか反論したい点もあります。
で、本題に関する部分についてこっちで補足入れると、私がメインで言いたかったのは
というあたりです。
「ネットに上げると嫌なことがあるかもしれないので最初から出しません」というのも一つの正しい手段だけど「ネットに上げると嫌なことがあるかもしれないけどいいこともあるかもしれないので考えた結果上げることにします。ただ、嫌なことが実際に起きたり環境の変化で嫌なことが起こる確率が上がったりするならその時は下げます」っていうのだって正しいですよね。
私の回りにはあの論文に扱いが雑だと怒る人も配慮があってよかったと苦言を呈す人もそういうのはおいといていくら学会発表だからって論文としての出来がアレすぎて「普段私がどれだけ苦労して論文書いてると思ってるんだ論文舐めるんじゃねぇ」と別方面でキレてる人もいますが、あれについて別に法律違反だとかおかしなことを言う人もいなければあの論文を書いた人が悪人だと言う人はいません。
声の大きい人が目立つのはよく分かるんですけど、なんだか嫌なら最初から上げるなよバカだなぁみたいな反応がどうにも目に入ったので(当然そうでない人もたくさんいますけど)そういう人達に「なんで上げちゃいけないんですか? 別に使われたことに文句は言ってないじゃないですか」って言いたかったのです。
ネットに上げて使われたことに文句を言ったりあまつさえ法律違反だとかなんだとかおかしなことを言ってる人は残念だと思います。
id:houyhnhm 剥離はくり→乖離かいり、の方がよくない?
うまくまとまったか自信はないですが書いてみました。
http://anond.hatelabo.jp/20170531012221
id:chibatp9 「覚悟も無しにあげてたの?」みたいなのは研究側というより、むしろ創作側(非二次)の人が言ってるのを見るが。
個人的にはどっちかと言えば創作には携わってない人が言ってて、研究職の人は観測対象がおしゃかになる的な意味で論文側が微妙といった反応のイメージでした。創作側、というのはあまり感じたことがなかったですが、ひょっとしたら批評慣れしている人やタフネスな人が多いのかもしれませんね。
書き方を見てひょっとして誤解を受けてる? と感じたのですが、なんで上げたの的なことを言う人にちょっと物申したかったけど言う人は研究者側だとか捜索側だとかは特に言ってないつもりです。
凛「もう、どうしたの?」
卯月「お姉ちゃんがやりたいです! やりたいんです! 凛ちゃんのお姉ちゃんになりたいんです!」
凛「お布団干しといて」
vlxst1224「おああーーーっ。あーっ。いけない。いけないやつだこれ。あーいけない。すごい幸せオーラ。光属性。弱点突かれてる。んんっ。死ぬ。死ぬわこれ。ああーっ。もうあかんか。あかんな。」
森久保「そそそそんな、凛さんをお姉さんって呼ぶなんてむーりぃー」
森久保「り、り、り……」
凛「がんばれ」
森久保「凛おね……」
凛「うん、おね?」
森久保「やっぱりむーりぃー、森久保が凛さんをそんな風に呼んだら、森久保は聖属性に焼かれしまうので」
凛「なにそれ、聖属性より乃々も私も蒼属性の方がいいと思うんだけど」
vlxst1224「おああーーーっ。あーっ。いけない。いけないやつだこれ。あーいけない。すごい幸せオーラ。蒼属性。弱点突かれてる。んんっ。死ぬ。死ぬわこれ。ああーっ。もうあかんか。あかんな。」
茄子「え? 違う?」
茄子「かなしいですー」
vlxst1224「おああーーーっ。あーっ。いけない。いけないやつだこれ。あーいけない。すごい幸せオーラ。光と闇が両方そなわり最強に見える。弱点突かれてる。んんっ。死ぬ。死ぬわこれ。ああーっ。もうあかんか。あかんな。」
愛海「属性かあ」
愛海「思ったんだけど、そういうカテゴライズで自分を押し込めてしまっているのが、あたしたちの良くないところなのかもしれない」
七海「難しいこというれすね」
愛海「あたしの女の子の柔らかい部分が好き属性だって、本当はもっと可能性があるはず!」
七海「おっ流れ変わったな」
愛海「お山だけじゃない! そう! まずは!」
七海「さわんな」
vlxst1224「おああーーーっ。あーっ。いけない。いけないやつだこれ。あーいけない。すごい犯罪オーラ。悪属性。弱点突かれてる。んんっ。死ぬ。死ぬわこれ。ああーっ。もうあかんか。あかんな。」
三好「あのさ、プロデューサー弱点多すぎない? なんかもうどんなパーティー構成でも狩れるように調整された経験値稼ぎ用モンスターみたいになってない?」
正直知らなかったんだ。誰だよ。
32歳で東京在住、独身彼女なし。夢も希望もなし。抑うつ気味のおっさんです。サッカーはまぁまぁ好き。日本代表戦はカテゴリ問わずなるべく観戦、Jリーグもスタジアムに足を運ぶ。仕事の合間にカルチョまとめブログとか、Numberとか眺めながら時間をやり過ごす。世代的にアテネ五輪世代なので、嘉人とか、田中とか今ちゃん、闘莉王は胸熱。そんなしがないおっさんだ。
そして、今回の日本代表の招集で、知らない名前。加藤恒平…?誰だ、それ?と思った。良く知らないので、加藤選手の記事を見た。前半・後半を読んで胸が熱くなった。というか、泣いてた。日本サッカーに足りなかったもの、って“こういう経験”じゃねーかよと。プレーとか観たことないので、ハリルさんはどの部分で加藤選手を呼んだのか分かんないけど、加藤選手の経験も間違いなく評価してると思うんだよね。
<前半>
https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201705020008-spnavi
<後半>
https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201705030003-spnavi
永木、森重、清武、宇佐美と、去年までメインで張ってた人たちが落選しているのは、加藤選手と比べてメンタル不足、経験不足もあったんじゃないかなと思う。「悪い」って言ってるんじゃなくて「物足りない」。戦争、テロを経験したハリルさんなりのメッセージなのかもしれない。
昨日、U-20の若い才能はウルグアイに負けた。観てたけど、差は結構あった。何年か前のA代表のウルグアイ戦をなぞっているような感じだった。試合自体は拮抗してたようにも見えたけど、技術以上の差が歴然とあった気がした。
加藤選手の選出は、「その見えない差」をメンタルや佇まいで埋めてくれることを期待している部分もあるんじゃないだろうか。山口蛍、永木、原口、久保…。ハリルさんは、そうした見えないものと立ち向かえる人を求めてるんだろうな。
右筆(ゆうひつ)は、中世・近世に置かれた武家の秘書役を行う文官のこと。文章の代筆が本来の職務であったが、時代が進むにつれて公文書や記録の作成などを行い、事務官僚としての役目を担うようになった。執筆(しゅひつ)とも呼ばれ、近世以後には祐筆という表記も用いられた。
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1 概説
3 織豊政権
4 江戸幕府
5 関連項目
6 関連作品
概説[編集]
初期の武士においては、その全てが文章の正しい様式(書札礼)について知悉しているとは限らず、文盲の者も珍しくは無かった。そこで武士の中には僧侶や家臣の中で、文字を知っている人間に書状や文書を代筆させることが行われた。やがて武士の地位が高まってくると、公私にわたって文書を出す機会が増大するようになった。そこで専門職としての右筆が誕生し、右筆に文書を作成・執筆を行わせ、武家はそれに署名・花押のみを行うのが一般的となった。これは伝統的に書式のあり方が引き継がれてきたために、自筆文書が一般的であった公家とは大きく違うところである。武家が発給した文書の場合、文書作成そのものが右筆によるものでも署名・花押が発給者当人のものであれば、自筆文書と同じ法的効力を持った。これを右筆書(ゆうひつがき)と呼ぶ(もっとも、足利尊氏のように署名・花押まで右筆に任せてしまう特殊な例外もあった)。
なお、事務が煩雑化すると、右筆が正式な手続を経て決定された事項について自らの職権の一環として文書を作成・署名を行い、これに主君発給文書と同一の効力を持たせる例も登場する。こうした例は院宣や綸旨などに早くから見られ、後に武家の奉書や御教書などにも採用された。
現在では天皇・皇后の文章の代筆をする宮内庁の文書専門員(中島司有、佐伯司朗といった書家が務める)は「祐筆」と呼ばれることがある。
源頼朝が鎌倉幕府の原点である鎌倉政権を打ち立てた時に、京都から下級官人が招かれて事務的な業務を行ったが、初期において右筆を務めていたのが大江広元である。後に、広元が公文所・政所において行政に専念するようになると、平盛時(政所知家事)・藤原広綱・藤原邦通らが右筆を務めた。
その後、将軍や執権のみならず、引付などの幕府の各機関にも右筆が置かれ、太田氏や三善氏などの官人の末裔がその任に当たるようになった。基本的に室町幕府もこの制度を引き継いだが、次第に右筆の中から奉行人に任じられて発言力を増大させて、右筆方(奉行衆)と呼ばれる集団を構成するようになった。
なお、室町幕府では、行政実務を担当する計方右筆・公文書作成を担当する外右筆(とのゆうひつ)・作事造営を担当する作事右筆などと言った区別があった。
戦国時代に入ると、戦時に必要な文書を発給するための右筆が戦にも同行するようになった。戦国大名から統一政権を打ち立てた織田・豊臣の両政権では右筆衆(ゆうひつしゅう)の制が定められ、右筆衆が行政文書を作成するだけではなく、奉行・蔵入地代官などを兼務してその政策決定の過程から関与する場合もあった。豊臣政権の五奉行であった石田三成・長束正家・増田長盛は元々豊臣秀吉の右筆衆出身であった。他に右筆衆として著名なものに織田政権の明院良政・武井夕庵・楠長諳・松井友閑・太田牛一、豊臣政権の和久宗是・山中長俊・木下吉隆・安威了佐などがいる。
なお、後述のように豊臣政権の没落後、右筆衆の中には徳川政権によって右筆に登用されたものもおり、右筆衆という言葉は江戸幕府でも採用されている。
戦国大名としての徳川氏にも右筆は存在したと考えられるが、徳川家康の三河時代の右筆は家康の勢力拡大と天下掌握の過程で奉行・代官などの行政職や譜代大名などに採用されたために、江戸幕府成立時に採用されていた右筆は多くは旧室町幕府奉行衆の子弟(曾我尚祐)や関ヶ原の戦いで東軍を支持した豊臣政権の右筆衆(大橋重保)、関東地方平定時に家康に仕えた旧後北条氏の右筆(久保正俊)などであったと考えられている。
徳川将軍家のみならず、諸大名においても同じように家臣の中から右筆(祐筆)を登用するのが一般的であったが、館林藩主から将軍に就任した徳川綱吉は、館林藩から自分の右筆を江戸城に入れて右筆業務を行わせた。このため一般行政文書の作成・管理を行う既存の表右筆と将軍の側近として将軍の文書の作成・管理を行う奥右筆に分離することとなった。当初は双方の右筆は対立関係にあったが、後に表右筆から奥右筆を選定する人事が一般化すると両者の棲み分けが進んだ。奥右筆は将軍以外の他者と私的な関係を結ぶことを禁じられていたが、将軍への文書の取次ぎは側用人と奥右筆のみが出来る職務であった。奥右筆の承認を得ないと、文書が老中などの執政に廻されないこともあった。また奥右筆のために独立した御用部屋が設置され、老中・若年寄などから上げられた政策上の問題を将軍の指示によって調査・報告を行った。このために、大藩の大名、江戸城を陰で仕切る大奥の首脳でも奥右筆との対立を招くことは自己の地位を危うくする危険性を孕んでいた。このため、奥右筆の周辺には金品に絡む問題も生じたと言われている。一方、表右筆は待遇は奥右筆よりも一段下がり、機密には関わらず、判物・朱印状などの一般の行政文書の作成や諸大名の分限帳や旗本・御家人などの名簿を管理した。
山本常朝
山本常朝
山本 常朝(やまもと じょうちょう、万治2年6月11日(1659年7月30日) - 享保4年10月10日(1719年11月21日)は、江戸時代の武士、佐賀藩士。『葉隠』の口述者。「じょうちょう」とは42歳での出家以後の訓で、それ以前は「つねとも」と訓じた。通称神右衛門、俳号は古丸。
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1 略歴
3 史料
4 参考文献
5 関連項目
6 外部リンク
略歴[編集]
万治2年(1659年)に、佐賀城下片田江横小路(現在の佐賀市水ヶ江二丁目)で、佐賀藩士山本神右衛門重澄の次男として生まれた。母は前田作左衛門女。
常朝が自分の生い立ちのことを語っている項が『葉隠』・聞書第二にあり、それによると、自分は父70歳のときの子で、生来ひ弱くて20歳まで生きられまいと言われたので、塩売りでもやろうと父は思ったが、名付親の多久図書(茂富、重澄の大組頭)の「父の血を受け末々御用に立つ」という取りなしで、初名を松亀と名づけられ、9歳のとき、鍋島光茂(佐賀藩2代藩主)の小僧として召し使われたという。
11歳で父に死別し、14歳のとき、光茂の小々姓(いわゆる児小姓・稚児小姓)となり、名を市十郎と改める。延宝6年(1678年)20歳に元服して権之丞と改名、御傍役として御書物役手伝に従事する。この年に、田代陣基が生まれている。
この間、私生活面では20歳年長の甥・山本常治に厳しい訓育を受けたが、権之丞が、若殿綱茂の歌の相手もすることが光茂の不興をかい、しばらくお役御免となった。失意のこの頃、佐賀郡松瀬の華蔵庵において湛然和尚に仏道を学び、21歳のときに仏法の血脈けちみゃく(師から弟子に法灯が受けつがれること)と下炬念誦あこねんじゅ(生前葬儀の式、旭山常朝の法号を受けた)を申し請けている。
『葉隠』で慈悲心を非常に重んじている素地はこのとき涵養されたといえよう。さらにこの前後、神・儒・仏の学をきわめ藩随一の学者といわれながら下田(現在の佐賀県大和町)松梅村に閑居する石田一鼎を度々訪れて薫陶を受けた。このことも後の『葉隠』の内容に大きな影響を与えている。
天和2年(1682年)24歳のとき、6月、山村六太夫成次の娘と結婚、同年11月、御書物役を拝命。28歳のとき、江戸で書写物奉行、あと京都御用を命ぜられている。帰国後の33歳のとき、再び御書物役を命じられる、命により親の名“神右衛門”を襲名した。
5年後の元禄9年(1696年)、また京都役を命ぜられ、和歌のたしなみ深い光茂の宿望であった三条西実教よりの古今伝授(古今和歌集解釈の秘伝を授かること)を得ることのために、この取り次ぎの仕事に京都佐賀を奔走した。古今伝授のすべてを授かることは容易ではなかった、が元禄13年(1700年)ようやくこれを受けることができ、隠居後重病の床にある光茂の枕頭に届けて喜ばせ、面目をほどこした。
同年5月16日、藩主の光茂が69歳の生涯を閉じるや、42歳のこの年まで30年以上「お家を我一人で荷なう」の心意気で側近として仕えた常朝は、追腹禁止により殉死もならず、願い出て出家した。5月19日に藩主の菩提寺たる曹洞宗高伝寺の了意和尚より受戒、剃髮して名を旭山常朝と改めた。7月初旬に佐賀城下の北10キロの山地来迎寺村(現在の佐賀市金立町)黒土原に朝陽軒という草庵を結び、「尋ね入る法のりの道芝つゆぬれてころも手すずし峰の松風」と詠じて隠棲した。
田代陣基が、常朝を慕い尋ねてきたのはそれから10年後、宝永7年(1710年)3月5日のことである。『葉隠』の語りと筆記がはじまる。
のち、朝陽軒は宗寿庵となり、光茂の内室がここで追善供養し、自分の墓所と定めたので、常朝は遠慮して、正徳3年(1713年)黒土原から西方約11キロの大小隈(現在の佐賀市大和町礫石)の庵に移り住む。正徳4年(1714年)5月、川久保領主神代主膳(光茂七男、のちの佐賀藩五代藩主鍋島宗茂)のために、藩主たる者の心得を説いた『書置』を書き、翌5年、上呈する。
享保元年(1716年)9月10日、田代陣基が『葉隠』全11巻の編集を了える。山居すること20年、享保4年(1719年)10月10日、61歳で没した。翌日、庵前において野焼、墓所は八戸龍雲寺。
辞世の歌:
重く煩ひて今はと思ふころ尋入る深山の奥の奥よりも静なるへき苔の下庵
虫の音の弱りはてぬるとはかりを兼てはよそに聞にしものを
佐賀観光の締めくくりに、ユーリ!!!とコラボしている「キャラバン」(https://twitter.com/caravan1979/status/816643893584216065)というお店に行きましたが失敗したなと思いました。
文章がおかしいかもしれませんが、気持ちが伝わればと思って書きました。
身内が公式イベントへ参加しに他県へ行ったりや円盤購入するなど積極的なファンです。
先日お店へ訪問。ユーリオンアイスのイベントで店内ユーリ一色だったのですが、店長のそれに対しての自分語りが長かったです。
自意識過剰というか何というか、私には合いませんでした。
結構賑わっており、口コミ(ミシュラン星1つ)もお値段もいいので期待しながら行きました。
しかし、待ち時間中にお客さんがたくさん待っているにもかかわらず、レジで会計をしながら若い女性客とユーリトーク
【追記】しっかりと自分の目で確認した訳ではないので他に店員がいてお金自体には触ってないのかもしれません!考え直すと不確定な情報で悪く言ってはダメですね…すみません…
【追記】他の方が教えてくれたのですが、その方の時は会計もシェフが行い、握手やTwitter、Facebookの友達申請を求められたそうです。
そこが残念です。
(これに関しては予約時に、予約した時間より待たせるかもしれないということは聞いてあります。
また、シェフTwitterで「飛び入り客も予約客のご厚意で割り入れてあげています」という内容のツイートが見られたのでこの件については確認不足でした。ここまでだとは思いませんでしたが)
にやっと食事なのですが、ユーリの客でないと分かると放っておかれます。
(予約の際にユーリ好きかどうか聞かれたので、ユーリを知らない人もいると回答済みです)
「ノリが悪い客は〜」や「アンチは〜」「前にも興味ない連れ付きの客が来たし興味ないなら今度からユーリ好き一人で来て〜」などという内容の発言がこちらに向けて言っていたり、言っているようで不愉快でした。
掴みのトークで、前に来た客が途中で帰って自分のテンションが下がった話をされてこっちがテンション下がります。
「さっきね、もうすぐ出しちゃうってときに帰っちゃったお客さんがいたんですよ〜も〜そのせいでテンション下がってる…無理かも〜」
↓
「立ち直れそうかも〜」
↓
「さっきね〜(別客に変わったので同じ話)」
こんな感じで待ち時間に何回も聞いている(全員に言っていた)のでうんざりしました。
他にも私達の注文した分の肉(¥6000コース×4人分)を
「これで遊んじゃおうか〜笑」
本人に言うならまだしもなんで他の客のサービスに使われなければならないのか…?
この間私達へのトークは0です。完全に他の客へのサービスです。
「押しちゃった人は仕事の出来ない奴ですw」
「ボタン押しちゃった人は結婚するのに向いてますね」(ごめんなさい。ここ暴言に気をとられたり繋がりが意味不明すぎて不確かです)、とフォローを入れられましたが…
ミシュランの人にもやったんですかね
凄すぎます
あと、この工程で自分のスマホをポケット(?)から出して客に貸してあげるよって触らるんですけど、スマホって雑菌凄いって聞いたんですけどいいんですかね?
料理がやっと運ばれたら料理の説明途中で若い女客とユーリの話を始めてどうすればいいのか分からず、待っているうちに冷めてしまいました。
美味しかったちゃあ美味しかったのですが、気分最悪で、6000円には見合わないです。
最後に久保ミツロ●先生と自分のやりとりや議員とのやりとりの自分語りを30分ぐらい(一日3回しかしない感動する貴重なお話らしいです)
で〆
その話がまじでクサすぎて顔死にました。
正直こんな対応をする店は初めてです。ミシュラン星1つって本当なの!?と思いました。
この人の自己満足のために決して安くはない金払ったんじゃあありません。
サーガonアイスの提案者(?)らしいことの自慢話もしてましたが、提案者がこんなんじゃあ…
正直この人のせいでこの土地やユーリにあまりいい印象を持てなくなりそうです。
旅行の計画を一生懸命立てて頑張ってた姿を見ていた分本当に悲しいです。
追記:こう書きましたが、この土地で素敵な場所や物や人ももちろん居ましたし、楽しませていただきました。
気分がぐちゃぐちゃのまま書いてしまったのでお見苦しい点があると思います。ごめんなさい。
違法行為というわけでもないのでそこまで言う必要性があるか微妙ですが、悲しかったので…
長文失礼しました。
追記:いろいろコメントありがとうございます。見させていただいてます。
文章に関してはすみません。正直Twitterの愚痴の延長、気分が悪くて食事どころじゃなかったので味に関してのコメントがしづらい、感じたことメインで書きたかったので食べログではなくこちらに書きました。食べログは検討します。
追記:食べログに投稿しましたが、全文ガイドラインにひっかかる発言になってしまうようなので無理でした。店へ悪影響及ぼすかつ個人的なことはダメということです。
何度かおきては寝てを繰り返したから3つある
1つ目
まったく勉強をしない状態でセンター試験をぶっちして次二次試験って状態で、同じように勉強してなかったように見えた中学校の同級生の川久保くんに、さすがにセンターは受けた?ってへらへらしながらでも内心バクバクできいたら、受けたって答えられて、ああセンターをぶっちするのはさすがにあほすぎたそれに川久保くんなら勉強してねえっつっても実際はしてるパターンだろうしって思って内心めっちゃあせる夢
たぶん今のぐーたらな状態で受験期を迎えてたらこうなってたであろうっていう感じの夢ってことだと思う
2回くらいぶっちした
今日いい天気だから布団ほそー!試験なんか勉強してないしいくのやめよー!とかで
その2つがまざってこうなった感
2つ目
なんかすげー怖い存在にめちゃくちゃ追いかけられて周りの人間もどんどん殺されていく夢
寝起き最悪だった
3つ目
そのあとまた寝なおしてみた夢
小学一年のときにはじめてラブレターもらった女の子がいたからその子にセックスしていい?ってきいてOKもらえたのでセックスする夢
ちょっときもちよかった気がするけどなにぶん未経験のことだから想像力には限界があった
でも2つ目の夢とまじってたような気もする
タイトル通り、YOIは男主夢なのか?という疑問を夢を好む側の人間から考えてみたいと思います。
初めて自分の考えているところや疑問点を書いているため、読みづらい点が多々あるかと思いますが、どうかお付き合いいただけると嬉しいです。
【当記事で申し上げたいこと】
「シンデレラストーリー」や主人公が誰かと出会って成長する話といえば世の中にごまんとある一般的な「主人公補正」というものの範囲内ではないでしょうか。
Twitterなどで、「YOIは勝生勇利の夢小説」や、「YOIは久保氏の男主夢」などのつぶやきが散見されています。
放送終了した今は検索しても流れてしまってなかなか見つけづらいのですが、、、
個人的な感覚であり一切の非難の意図はありませんが、感覚それ自体にとても驚きました。
http://makun0uch1.hatenablog.com/entry/2016/11/26/222114
にて多彩な夢小説の形が紹介されているように、これが夢小説だ!と、このような記事を書いておきながら恐縮ですが、明確に提示することは大変難しい事だと思います。
そのように申し上げておりますが、それでも勝生勇利とヴィクトル・ニキフォロフの関係が夢であるかと問われれば疑問が残るものであると申し上げたいと思います。
では、なぜそう思うのか、認識のずれはどこからきているのだろうと疑問に思い、当記事を書くに至りました。
・夢小説についての考え方がずれている
ずれている、という表記は私に向けられているものであり、「YOIは勝生勇利の夢小説」や、「YOIは久保氏の男主夢」などとツイートされた方へ向けたものではありません。
私と、「YOIは勝生勇利の夢小説」や、「YOIは久保氏の男主夢」とツイートされている方の認識のずれがあると言う意味で使用しています。
どちらの認識も極論を言えば正答などないものです。自分の意見が正しいという主張でもなければ、考えを押し付けるつもりもありません。
「YOIは勝生勇利の夢小説」や、「YOIは久保氏の男主夢」などというツイートを書いていらっしゃる方の九割以上が、腐女子とプロフィールに書いていらっしゃいました。
もしかして、現在検索除けが夢界隈の「マナー」として定着して久しく、Pixivへ投稿するならタグや注意書きを書くことを半ば強制され、ツイッターのプロフにサイトURLを書こうものならマナーがなって居ないと晒される状態で、SNSが同人の主流になった今、10代の方や最近同人を知った方などはあまり夢小説の事をよく御存じでなかったり、昔夢を好んでいらっしゃって現在BLを好んでいらっしゃる等、夢小説というものの認識のアップデートをされていらっしゃらないのではないかと思いました。
https://togetter.com/li/324664
上記記事で記述されているような類のものや、#夢小説あるあるというタグが付いているツイートで茶化される夢のスタイルの認識でいるのではないかと。
夢のひとつのスタイルをいちいち束になって茶化す事や何かを貶めるシーンである特性を指すときに侮蔑的なニュアンスを含む「夢」表記に関して個人的に悲しく感じるのですがそれはまた別の話なので割愛します。
そういった、夢のスタイルとして広く認識されている「誰か素晴らしい特性を持った人から見初められて運命が一転し、その過程で成長する話」のことを指して夢と呼んでいるのではないでしょうか、というところに落ち着きました。
個人的に、それは夢というのは最適解というには首をかしげたく思います。
「シンデレラストーリー」や主人公が誰かと出会って成長する話といえば世の中にごまんとある一般的な「主人公補正」というものの範囲内ではないでしょうか、と思います。
以上です。
ここまで読んで下さってありがとうございます!
知らぬ間にトラバが付いていた。ふだん余り増田にアクセスしないので気づくのが遅れてもうしわけない。
10月20日に発売された『別冊宝島 将棋「名勝負」伝説』というムックがある。
なるほど。でも10月20日発売だと,インタビューはかなり前に行われているのでは?
もし10月3日の渡辺-三浦戦以前にこのインタビューが行われていたとしたら,元増田は10月3日以前の段階で渡辺竜王が疑惑について知っていた,という考えなのかな?
一応自分は http://shogi1.com/miurahiroyuki-soft-ryuousen-3rd/ の時系列の記述をベースに考えているので,
というスタンスで書いている。
それが違っていて,10月3日以前の段階で渡辺竜王が疑惑について(噂レベルかもしれないが)知っていたが,自分との対戦でそれが使われた(と思って)激怒して今回の行動に出たのだとしたら,文春やブログで語っている「将棋界のため」というよりは,すごく利己的な動機から行動しているように感じられてしまう。
そういえば話は変わるが,電子機器持ち込み禁止ルールの制定を提案したのは,7月の疑惑の対戦の対戦相手の一人である久保九段である(by 文春報道)ことに今更ながら気づいた。なぜ9月の月例報告会まで待ったのだろう?
http://anond.hatelabo.jp/20161103225926
10月20日に発売された『別冊宝島 将棋「名勝負」伝説』というムックがある。
これに収録されている渡辺インタビューのインタビュアーが文春の中村記者。
このインタビューの取材や構成の過程の中で、中村記者が三浦事件の記事取材のことを当たったんだろう。
(なおこのムックは三浦事件発覚後の発売だが校了には間に合わなかったようで三浦事件のことは一言も触れられていない)
むしろ個人的に興味があるのは、中村記者が三浦疑惑を知って取材しようと思ったきっかけなんだよな。
少なくとも渡辺は、10月3日に三浦と対局して負けるまでは、自分が動こうとは思っていなかったはず。
将棋界。叡王戦の不戦勝が遅刻によるものかどうかは知らんが、前々から時間にルーズだなというのは感じてはいた。教室の開始時間が遅れたりとか。時間を守るのは社会人として最低限のルール。どんなにその道のスペシャリストだろうと、時間守れないのは二流三流に見えてしまう。#将棋— ようすけサンタマリア (@yosukekun182cm) 2016年10月30日
ニコ生上の久保九段への激辛なメッセージ。支持します。10代20代の人ならまだしも、40代のベテランがやる失敗じゃあない。上へいけばいくほどまわりが見る眼が厳しくなるのはあたりまえ。#将棋— ようすけサンタマリア (@yosukekun182cm) 2016年10月30日