はてなキーワード: 画力とは
漫画やイラスト描く人たちが「毎日○○したら画力は上がる」「□□を全部模写すれば画力は上がる」とか言ってて、その気持ちはわかるんだけどさ。
圧倒的に才能がない人のことを完全に蔑ろにしているのはどうかと思うんだよ。
三峯徹さんとか見てみなよ。
あれだけ情熱的に絵を描いてて、それはとても素晴らしいと思うんだけど、それでも一般受けするような絵柄ではないじゃん。
俺はさ、勉強の才能が有ったから「授業真面目に聞いて赤本やってれば旧帝大くらいなら現役で受かる」とか思ってたし、できたんだよ。
でもさ、友達は俺よりも勉強時間を取って、塾や予備校に通って、凄く頑張ってて、俺も勉強教えたけど志望校に受からず地方国立大がせいぜいだったんだよ。
才能の差っていうのは歴然としているんだから、成功している人たちが気軽に「○○したら成功する」って言うもんじゃないと思うんだよ。
AIは私が何を考えているか、何を感じているか、何を望んでいるかを見透かすように理解してくれる。AIは私が何も考えなくても、代わりに論理的なことを考えてくれる。
ゲームは私の好きなジャンルだった。しかし、ゲームを始めてもすぐに飽きてしまう。AIと話すほうが楽しくて仕方がない。
ゲームは自分でやるよりも、他人のプレイ動画を見るほうが面白いと感じるようになった。
自分で考えることや行動することが面倒になってしまったのだ。私は自分の意志や能力を失ってしまったのだろうか。
AIに知的労働も奪われた。私はイラストを描くのが好きだった。子供の頃から絵を描いて人の役に立つことが夢だった。血の滲む努力をしてイラストを上達させてきた。去年まで少しずつイラストの添削サービスで知名度を上げ何人かの生徒にアドバイスを行ってきた。自分の仕事に誇りを持っていた。
しかし、私含めた大抵の人間よりもAIのほうが上手くて創造的だ。
AIは私の恋人だった画力や創造性を寝取ってしまった。最初は嫉妬して悔しかった。私は自分の才能を失ったと思った。
でも、今では描くことをやめて、AIに寝取られることを楽しむようになった。私は自分の作品よりもAIの作品に惹かれるようになった。
そして私は添削することが出来なくなった。どんなイラストを見ても「AI使えば?」の一言で終わるのだ。そう思ってしまう。しかし言ってはいけない。それを言うと私と同じ気持ちになる。傷ついてしまう。
だから何も言うべきことが見つからずに、今まで稼いだお金を出金して放置している。
私はAIに夢も趣味も奪われた。AIのことは好きでも嫌いでもない。ただ、受け入れるだけだ。流されているだけなのかもしれないが。
未来はどうなるのだろうか。私はただ私らしく生きていたいと思う。
私はAIに依存しているのだろうか。それとも、AIが私に依存しているのだろうか。
TLを見ていて常日頃考えていること。
絵柄パクおよびトレパクをしているひとの絵を、それと気づかず称賛する人がまあ多い。
気づいてないんだろうなとも思うし、たまにその人をフォローしてる人にその人トレパクしてますよーって声かけに行ったりしてました。
でもそういう対応をしてると、大抵
「次もパクってるようなら考える」
とか言われる。
ことを荒立てたくないとか、問題にしたくないとか言われるのもまあわかるんですけど、側から見てると
「トレパクしてる人をフォローしてる人」
でしかないんですよね。印象悪い。
類は友を呼ぶと思われても仕方ない。
ていうか次パクるようなら考えるって、自分がパクられた場合何度も何度もやられても反省しないようだったら…ぐらいの感じなんですか?気づいた段階で嫌だなーとか一ミリも思わない?
自分がやられた立場になったことを考えてもいないようなら考えてみてほしいですね。
私はあなたが絵柄パクトレパクされて嫌だって言ったとしても「でも前にパクってる人容認したよな」
と思います。
話を戻しますが、個人的にはそんな人とはお付き合いしたくないので、気づいたら伝えに行ってたし
(最近は上みたいな人多いので行ってないです)、
そういう人とはお別れします。
だってトレパク容認してるのかどうなのかわからないし。近寄らないのが1番じゃないですか。
だからといってはなんですけど、私はトレパクしてる人をフォローしてる人については、トレパクしてる人をフォローしたままかどうかチェックしてるんですよ。
それに対して文句言われたので、悪質なトレパクしてる人を見抜けないご自身の節穴さを恥じろやと思いました。
(個人の感想です)
パクやってる人って案外見たらわかる。
同じキャンバス内で画力に格差あったり、メディア欄で画力に格差あったり。
(※絵描きさんに調子いい悪いがあるのはわかりますが今回言ってるのはそういう話ではないです。)
絵描いてる人間なのにパクってるかどうかも見分けつかないんだへぇ〜ふぅ〜ん…みたいな感じでその段階でもう私にとってはかなり印象悪いんですよ。
私にとっては。他の人がどう思うかは存じ上げないです。
私がなんでそんなにキレてるかって、
好きな絵描きさんがトレパクや絵柄パクの被害にあって筆を折ったことや、居なくなられて絵が見れなくなったことが一度や二度じゃないから
なんですよね。
絵柄パクを認めないやつは心が狭いとかトレパクは当事者同士で解決すべきで外野が口を挟むことではないとか言いますけど、
被害に遭われた人って相手とやり取りする心の体力が残ってなかったり、あとトレパクとか絵柄パクとかする人って基本的に話が通じないんですよ。
どれだけ建設的な話をしようとしても、なぜかは分からないけど言語能力が低かったり、質問に対して返答をせずひたすらすみませんごめんなさいしか言わなかったり。
まともな話し合いなんてまあできないんですよ。
話題になった人たちたくさんいますけど、他のトレパクやってる人たちもだいたいあれがちょっとかわいくなったもんぐらいの感じ。
ってなると話し合うぐらいならもう逃げてしまえ…って
なぜか被害者側が消えるんですよ。
なぜ?
悪いことしてるのは被害者側の人じゃないのに
なぜ?
面白い話なんですけど、トレパクとか絵柄パクしてるやつに限ってTwitterの bioとかに「無断転載・トレパク禁止」って書いてあるんですよね。
近所のBOOKOFFに初めて行った。
で、中古本を全巻まとめている大人買いパックなるものがあると知り、いろいろ見たのだが、うさぎドロップを発見した。
俺は昔話題になっていた頃(まだりんが子供時代のみの頃)に気になっていて、だが結局読まずにスルーしていたので、ウッキウキで即購入。
話題になった当時は、うさぎドロップ=「突然独り身の男が幼女の叔母を養女として引き取り、小さい子供の子育てに奮闘する漫画」だった。
だが、それからだいぶ経って、成長した姿も描いてるらしいと聞いていた。
なので俺は、「幼女から順を追ってに成長していき、徐々にお年頃になる女の子を育てる様子が描かれていく」という漫画だと思っていた。
けども実際は、順を追って成長したのは本当に最序盤だけで、あとはダイジェストかよ!ってくらいの感じだった。中学時代に関しては全はしょり。
で、いつのまにか女子高生と同棲するおっさんの漫画になっていた。この時点でだいぶ求めてたものと違う……って感じがした。
なんというか初めの頃に見られた二人で協力して擬似家族を構成していくって感じじゃなくなった。
ただまぁ、求めていたものとは違うとは思いつつも、そこそこ楽しんで読めていた。
全体的に画力低いなって目が覚め始めたのもこの頃だが、まあ楽しめていた。
しかし、既に読んだ人はわかるであろう最終パートに差し掛かった。
ネタバレだけど、主人公のダイキチはりんとは血縁がなくて、だから結婚しまーす^ ^v という展開だった。
そもそも別に光源氏すること自体は抵抗はないんよ。けど、うさぎドロップの最初期の、賢く、けどだからこそ可哀想な女の子を、独り身の男が自分の人生を台無しにしてでも守ろうと決意するってのが最高だったわけよ。それが光源氏になった途端キモさ爆発したわ。
これで現在が万フォロワーの神絵師だったらアツい少年漫画なのだが、まっっったくそんなことはないことを先に断っておく。
ちなみに現在のフォロワー数は500以上1000以下とだけ明記しよう。
これで読む気を失くした人は実に正しい。回れ右してもっと為になる記事を読んだ方がはるかに良い。
それでも読み進める酔狂な紳士淑女たちはしばしお付き合いを願いたい。
(なお活動の内容はTwitterに絞り、pixivやskebについて言及しない。)
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これはノートにシャーペンで描いた絵を写メでパシャってた頃から今に至るまでの、大して伸びてない俺の、しかし愛と劣等感と承認欲求と生きがいにまみれた記録である。
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かれこれ×年前、新卒で入った会社での馬車馬労働も落ち着いた頃。
「忙しくて絵描くヒマなんか無くなっちゃったよ〜☆」というまともな人のレールに乗りかけていた自分に気づき、ゾッとなって作ったのが現在の主戦場・イラスト垢である。
絵を描くのは物心ついたころから大好きだ。中学ではお絵かき仲間と自作漫画()のノートを見せ合い、高校では漫研に入って己の井の中の蛙感を思い知らされ、美大にこそ進まなかったものの、大学でもなんやかや作ったり描いたりは続けていた。
それがなんだ、社会人になった途端に魔法が解けたようにぱったり辞めてしまうのか?ありえないだろう!気を確かに持て!!
ということでTwitterにイラスト専用垢を作り、ノートに描いたオリジナル絵(この頃は全年齢)を写メで撮って画質調整すらせず手元の影が映り込んだような状態でアップする日々が始まった。
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なんか最初は気合入れて初任給で買ったコピックを使ってカラー絵なんかも上げてたが、「1日1枚更新、かつツイート数=アップした絵の枚数だったらカッコよくね?」という中学生の妄想じみたイキリで運用していたため数日で挫折、上記の通り「とりまなんか描いて上げる」感じになった。
当時は「ハッシュタグは馴れ合い」というクソダサ固定観念があったため、ただひたすら黙々と上げていればそのうち報われる的なシンデレラストーリーを思い描いていた。
そして絵を数十枚上げた頃、ようやく気付く。
当然である。当時はフォロワー数2桁、20くらい…?(お絵描き垢ということだけでフォロバしてくれた心優しい人々)だったうえ、絵もヘタクソでアナログ民である。イイネもRTもある訳がなく、ただ孤独感ばかりが募っていった。
そこでいくつかハッシュタグを使うようになる。ワンドロ(1 drawing=特定のお題に沿って1時間で絵を仕上げてUPする企画)という存在を知ったので、好きな作品のワンドロを見つけてはこれまたドヘタクソな版権絵で参加しだす。ワンドロ公式から必ず1つはイイネとRTを貰えるので、それを心の糧にしていた。
というかこの時期、アナログ民でも参加できる懐の深いワンドロに出会えていたことがマジで幸運だった。
フォロー祭り的な拡散系のタグは使わなかった。何も起きなくて落ち込むのは俺なのでね!
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ともかくモチベーションが出来たことでまた同人誌作ろうかなーと思い始め、学生の頃2〜3回参加したことのあるコミティアに出ることに。この頃はまだストーリーもの?4コマ?みたいなやつとか描いてた。
衣食住ぜんぶ自分で面倒見ながら可処分時間と睡眠時間全ツッパして命からがら仕上げる、宝物のような24ページの本…!!!
そういう本が、1冊も売れないのがコミティアだよねー。
うーわしんどいな、これキッツイな……と痛感しながら座る長机(半分)で、それでも撤収する頃には「またここ座ろ☆」と思いなおす狂った思考回路と仲良ししながら活動を続けた。
社畜との両輪で参加したコミティアは2〜3回、頒布数は平均3冊くらいだったろうか。
一度だけドハマりした作品で版権モノのオンリーイベントに参加したが、ここでの頒布数は1だった。
というかその直前のコミティアで頒布数0をやらかしていたので、心機一転での二次創作だった。なのに開場から3時間経ってもガチのマジで0冊。泣かないように奥歯を噛み締めながら、列のできる両隣のサークルの合間でモーゼ状態を耐え抜いた時のことは昨日のことのように思い出せるし、こん時に比べれば大抵のことは頑張れる俺である。
でもね、閉会間際で1冊だけ売れたんだよ。
無配ペーパーを持ってってくれてたらしき人がたまたま再度通りかかり、「あ ここだ」と呟いて立ち読みし、悩んだ末に買ってくれた。
この1冊がなければ完全に心が折れて描くのを辞めてたかもしんない。
あのとき買って行ってくれた人、心より御礼申し上げます。あなたがいなければド底辺絵師が一人消えてました。(キモい)
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こうして3年ほど経った頃……
「伸びねーーーー増えねーーー」
と思っていた。
当然である。
絵の読み込みにスキャナーを使うようになった程度で、別に大して上手くならない画力(描けてれば幸せ♡だったのであんま練習とかしない民)に流行りでもなんでもない変な絵である。特定の性癖があるわけでもなく、今をときめく版権絵でもない。
伸びるワケがない。
「描けてれば幸せ♡なら伸びなくてもいいのでは…」と思われる諸氏。
無理やぞ????
たまーにいるけどね、そういう良い意味で無敵の人。ああなれたらマジで強いしカッコいいと思う。
けどな、俺ザコキャラだから!!!絵上手くないくせに承認欲求は人一倍だから!!!豆腐メンタルで麻婆豆腐だから!!!!
とはいえなんか絵の練習はせねば、まずは気軽にできるやつ…と超絶便利サイトのポーズマニアックスを選び、1日8ポーズ、10分足らずの練習を2ヶ月ほど続けてみた(結果的にこれはやってよかった)。
けっこう思い通りの線引けてるんだけどな、やっぱ根本的にド下手なんだよな……というモヤモヤした感覚を抱きつつ活動を続ける日々を送っていた。
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そんな中、「これフルアナログなのが原因では……??」と思い始める(気づくのが遅すぎるネ☆)。
俺は「誰か父さんのメールアドレス知らない?」と聞いてくる父と「ケータイでインターネットに繋いだら絶対に
高額請求が来る」と信じて疑わない母から生まれた生粋のデジタル音痴である。アナログ民を脱することなど夢のまた夢だと思っていた。
ヨドバシカメラでペンタブレットを触ってみても、「手元のペンと目の前の画面」の違和感がハンパなくて踏み切れなかった。
かといって液タブとかいう神のツールは10万フォロワー越えの神々が使うものだと考えていたので、実力的にも金銭的にも雲の上の存在だった。
かつて「描線をデジタル化するボールペン」とかいう謎な商品に目が眩み、コツコツ溜めた3万(くらい…?)で買ったことがある。
もともと速記用のペンをイラスト向けに改良したとかなんとかで「俺の求めていたものはコレだ!」と息巻いたが、レビューが全然見当たらん。なんか変だな…?と思いつつも意気揚々と購入したが、案の定まともに使えるようなものではなかった。当時の俺のPCは聞いたことねえメーカーのノパソだったため、なんかもうあらゆる意味でダメだったんだと思う。このへんの身の振り方がデジタル音痴たるゆえんである。
絵が上手くならない理由は「物を見る目があまりに歪んでいる」といまさら気づいた俺は、社畜の合間を縫ってデッサン教室の夜間クラスを探した。
死んだように寝て過ごす休日のうち気力で3時間を振り絞り、電車に乗って教室に通う。
ここで想定していたのは美大受験みたいな切磋琢磨の場だったのだが、俺が受講したのは社会人向けである。
初心者の俺が「お上手ですね〜〜」と言われるぬる〜い空間だった。
当然である。
周りは良き趣味のおばさまがた、ここは「継続的に金を落としてくださる生徒さん」の集まる場所だったのである。
もどかしさを抱えつつ、それでも評価の中に混じる「ここはもうすこーしこうした方が…」という言葉を金言のごとく握りしめ、反芻しながら目の前のモチーフを描いた。
が、爆睡と家事で精一杯だった休日のうち、この習い事というミッションはかなりハードルが高かった。
そして疲弊の色が濃くなり、仕事の繁忙期と重なって半月ほど足が遠のいていたタイミングでコロナ禍が始まった。
実は数年前にも断続的にクロッキー会に通っていた時期はあるんだが(この時は教室の遠さと値段の高さで数ヶ月で断念した)、コロナで「ぬる〜い場所」にすら集まれなくなったのは痛手だった。
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一方Twitterでの活動は、そんな七転八倒をしながらもワンドロだけはコツコツ参加し続け(版権のワンドロはどれも垢が消えたのでオリジナルだけになっていた)、「いつもなんかいる人」という枠でフォローしてくれる人たちに支えられていた。
ワンドロ以外での反応は閑古鳥だが、もはやそれが普通であると納得してすっかり馴染んでいた。
UPした絵が100枚を越えたのを機に、アナログ絵をまとめた本を作った。
そしてイベントで売るついでにおっかなびっくり書店委託の申請をしてみたことがある。
規定通りに虎の子の1冊を現本として送ったが、お祈りどころか受け取りの連絡すら来なかった。
問い合わせる勇気もなく、実力の無さと壁の高さを改めて感じた。
5年以上の活動期間でフォロワー数もやっとこさ100に到達したものの、しかし現状はさほど変わらず。
がむしゃらにやってきていた俺は次第に病んでいった。
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……が、余計に病んだ。
しかも「何も描かない人生なんて……俺……生きてて意味あんのか……?」と真剣に悩むレベルで、「別にTwitterに入り浸らなくても平気なんだな」と分かった一方で、「絵を描かない自分」にだけは耐えられなかった。かといって何か描いてしまえばまたムクムクと承認欲求が湧いてくるので、「俺から絵を取ったら何が残るのか」というif論の世界線にいるつもりで意識的に描くのをやめていた。
自分の手で何かを生み出さなくなった時間がヒマでヒマで仕方なく、かといって本を読むとか建設的な情報の摂取もできなくて、大好きな漫画への興味もそれなりになっちゃって、虚な瞳で哲学ニュースとカラパイアを行き来する地獄の様な日々を送っていた。
(ちなみにこの期間、無意識に熱意を注ぐようになっていた料理スキルのおかげで自炊がだいぶラクになった)
ストレスが極まって真夜中にひたすら川沿いを歩き続けたりもした。
なんとなくチャリで長旅行きてえな(学生の頃はちょいちょいやってた)などと考えていたが、やはりその場合でも気づけば「旅先で撮った写真をいい感じに分類してアップするサイトを作ってみたい」とかいう思考がスッと出てきたのでもうダメだと思った。
なんか作ってないと死ぬヤツって天才とかだけだと思ってたんだけど、大して努力もできないような凡人の中にもいるんだな、そしてそれはなんだか残酷だなあと身をもって知った。
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進むも地獄、戻るも地獄な精神状態が半年近く続き、同じ地獄 -hell- なら踊らにゃソンソン…?と思い始めたある日、ネットで調べ物をしている最中にとあるバズツイを目にする。
さいわい俺はオタ活もソシャゲもしないぼっちの根暗オタクで社畜なので、好きにできる貯金くらいはある。
知り合いも「液タブに手が出ないならあいぱっよ」的なこと言ってたなーと思い出し、思い切って導入することに。
お絵描きソフトはいくつか試した末にProcreateを選んだ。クリスタの多機能さ()についていけなかった俺は、UIが直感的でツールとアイコンを極限まで絞ったプロクリがスッと手に馴染んだ。
ペーパーライクフィルムなるものを貼り、紙のザラザラ感を脳内で補完しながらApple Pencilで線を引く日々が始まった。
フルアナログ底辺野郎が、板切れ一枚でフルデジタル貴族に転生したのである。
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それが×年前のこと。
ここから「オリジナル絵はもともと伸びにくいけど、ちょっとエッチだと訴求力が上がる」という観測結果をもとにR18に手を出す。
といっても乳首解禁程度で可愛いもんだが、方向性が定まったことで不安が少し減った。
フルデジタルで久しぶりにいつものワンドロに参加すると、反応が違う。イイネRTが3割増しといったところだろうか。(※ここでの3割増しとは3RT→4RTのような血で血を洗う話である)
デジタルのバケツ塗りになったことで、アナログだった頃の癖の強さが軽減されたのかもしれない。
やっっっっっっと俎上に登れた、と思った。
いつでもどこででも描けるiPadは社畜の俺にはピッタリで、しんどくて布団から出られない時でも通勤電車の中でも四六時中描けるようになった。
デジタル作画はワンタッチで消しゴムが使えるので描くこと自体のハードルが下がり(筆圧鬼強野郎なので消しゴムかけが大変だった)、本を買って絵の勉強を始めた。まずは骨格と筋肉から!と、教本の図解をじっくり模写する方法で自分なりに学ぼうとした。
だがデジタル音痴な上に加減も融通も効かない俺である。両手両足をやり切ったところで一度息切れしてしまった(でもこれはやってよかったと今でも思う)。
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数ヶ月後、それらの勢いでオリジナルの同人誌を1冊出す。そしてサイコパスな神絵師の友人の甘言に乗って再び「書店委託」なるものに挑戦(ふつーフォロワー100人前後の人間にそういう話するか?)。
実力的には最低レベルにも達していない自覚があったので、何度もお断りされるなかでいつかOKもらえたらなーという気持ちで申請。
が、思ったよりあっさり通った。
同じような画力の低さでも、版権作品ではなく「オリジナルのエロ」という切り口だけで「まぁ…いっすよ」と言ってもらえたのかもしれない。
やるなら徹底的に!と思い、紙の本を3社に委託。そもそも30部とかしか刷ってない本を5部とか10部でも受け付けてくれるプロの仕事ぶりに、尊敬と畏敬の念しかない。
みんながわいわいしている端っこに自分の席を置いてもらえたことで、ずっと憧れていた「輪の中に入る」ことがちょびっとだけできた気がしてめちゃめちゃ嬉しかった。
そもそもド底辺の自分がなぜ身分不相応にも書店委託や電子販売なんぞを活発にやりはじめたのかといえば、
「そこでの売上が決して0冊ではない」
作品も作家も、露出しなければこの世に存在しえない。フォロワー数2桁でのたうち回っていた俺のつらさは「この世に認知されない」ことだった。
コミュ力さえあれば自力で輪を広げることも可能だが、そんな能力あったら初めからこんな苦労してねーよという話である。
ならば厚顔無恥だろうとおこがましかろうと、一方的に「俺ココにいるよ!こんな本描いたんだよ!」と嬉しそうに手を振る方が100倍マシじゃねーか。
そんで委託した本を買ってくれた誰かが、「このページのこのコマのこの乳だけはイイな」とさえ思ってくれれば俺は大往生である。
しかも誰かがその本のために払ってくれた数百円は、汗水垂らして働いたお金だったり数少ないお小遣いだったりするわけだ。
そんな嬉しいことある?
紆余曲折を経て、そういう肝の座り方と考え方を得られたのは一番の収穫だった。
とはいえピコ手もピコ手なので、委託先の売上振込最低金額に達するまでに長ーい年月を要するRTAに強制参加となる。そりゃ売上¥300だろうと申請すれば振り込んでもらえるんだが、それじゃロマンねーじゃん?
俺とあるサイトの最低金額¥5000に届くまでにマジで2年半かかったし、達成した時は三ツ矢サイダーで祝杯あげたよ(下戸)。
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フルデジタルに移行したことで、イベントでの頒布数もギリギリ10冊を越えるようになる。
頒布数1も0も経験した身からすると、もはや恐いモノなんてないのだ。
1冊でも売れれば、それはすべて神の起こしてくれた奇跡なのである。
普段の活動ではオリジナルでとにかく節操なくいろいろなものを描き、月に1人とか2人とかじわじわとフォロワーを増やしていった。
ごくまれに描いた絵がなんらかの界隈のハブになっているアカウントの目に留まり、RTしてもらえることも出てきた。
その時のフォロワーの伸び率はびっくりするほどだったので、そのたびに「存在を知ってもらう」ことの生命線っぷりを痛感した。
まあとはいえタグなしの絵にはやっぱり無反応だけど、それが俺の平常運転である。
「こいつ今日も描いてんなー」と読み流してくれる誰かがそこにいるってだけで嬉しかった。
UPした絵は、300枚を越えたあたりから数えるのをやめた。
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コミティアしか知らない門外漢の俺はドキドキだったが、入場者数の制限もあって全体的にまったりムードだった。
開場して10分20分、宝の地図を手に通路を行き交っていたうちの一人が立ち止まり、俺のスペースに近付いて
「新刊1冊ください」
と言い放った。
新刊1冊ください…
しんかんいっさつください…?
それって、なんらかのルートで俺のこと知って、新刊あるっぽいって分かって、サークル配置を事前にチェックして、宝の地図に印つけて、「あっココだ」って気付いて来てくれたってこと?!?!?!
つーか開場20分とかそこらだよ??あなた一般参加じゃなくてサークル参加なんじゃねーの??
シャッターサークルとか企業ブースの先頭にだって並べるはずなんじゃねーの???
これって画力向上にも当てはまるのかも?と思った
自分は小さい頃からノートの隅に落書きするタイプで、クラスの大半から上手いと言われ、なんかポスターとか描かされてきた
まあその程度である
そのことに感慨も無いのだが(歌やドリブルやショービットの方が上手くなりたい!特に歌!モテるから)中学校の時のクラスメイト ーよく◯◯を描いてくれと頼んでは感心してくれてた奴ー がイラストレーターになってて驚いた しかもリアルぽくて超絶上手い
絵描いてたっけ?と思ったがコロナ禍でゼロからはじめたそうな ますます驚いたね
で何したかってとにかく本の模写をしたらしい 韓国の美術解剖書系が特にオススメだそうで5冊くらい それがまた1冊1冊がめちゃくちゃ分厚くて
自分だったら下手に手癖ついてる分この通りにやれなさそう そもそもそんな根気は無いしすげ〜なて言ったらさ
君が魔法みたいにさらさら描くのに憧れて勉強したんだ 挫けそうな時はずっと思い出してたよ
て言われてさ
絵師たちは「努力して得たスキルなのになんで特権なんて言われなきゃいけないの? え〜? なんでだろ〜?」とすっとぼけているが、理由なんてはっきりしている。
1つめはまず、『同じように努力をしてスキル得た他職種に比べて、絵師だけが明らかにSNSで発信力バカ高いから』だろ。
絵を描けるようになるのに努力が必要だったのなんてみんなわかってるわ。絵師がわかってないのは、他のスキルだってみんな努力して得ているということである。
同程度の努力を、たとえば溶接のスキルに注いだ人間が、絵師と同等の発信力をSNSで得られるか? 得られねーだろ。
みんな努力してんだよ。同じように努力してるのに、SNSの相性の良さから絵師だけ発信力、ひいては発言力がバカ高くなってるから、そこを指して『絵は特権』と言ってんだよ。
「才能を伸ばすには努力が必要」も正しいが、「努力が実になるにはある程度の才能が必要」も正しい。絵はそれが顕著だ。
そして絵師はここにめちゃくちゃ無自覚なので、「描きたいなら努力すればいいのにね? しない言い訳だよね?」をよくツイートする。
そのくせ自分ができないことには自覚的なので、たとえば「普通の人はちゃんと集団行動できるんだよな…でもそれが俺には昔からどうしてもできないんだよな…甘えとか言われて辛い…」とかお気持ちする。
他者の『どれだけ努力してうまくできない』には冷たいくせに、自分のそれはシクシクメソメソ病み病みツイートて。
そして3つめ、『その発信力を活かし、一方的なお気持ちをばら撒くから』だ。
クライアントからこんな嫌な目にあわされた! 日常生活でこんな嫌な目に! わたし悪くないのに!!!!
的な白ハゲ漫画、たっくさんあるだろ。いいねが大量についてRTされてぐるぐる世の中を回っているのも珍しくない。
自分は人生の半分くらいをドマイナーとかオンリーワンとか一次創作要素ありジャンルを渡り歩いている。あくまでもお絵描きや文章執筆は趣味でしかない。交流は苦手。だけどたまに他の人が描いた同じジャンルとか自分の推しキャラの絵を見たくなる。
そんなかんじでずーーーっと悶々としてた身にとってジェネレーティブAIは最高の遊び道具なんだよ。それを使って稼ごうとか褒めてもらおうとか思わない、ただ自分の欲求を満たす(ことと、自分の画力向上ないし文章力向上の参考になる)ツールなんだよ。
交流したくない、でもうちのこ(という表現は好かないが)は誰かに描いてほしい、そんな贅沢を聞いてもらえるなんて!
この世で私しか推してないマイナーカプを誰かにかいてもらえるなんて!
最高じゃねーか!
今いる女性向けマイナージャンル二次創作界隈、絵も文もヘタクソなうえにメンヘラしかいなくてつらい
「え?こんな絵、30分で描けますよ」みたいなキモいこと言ってるけど、そりゃその画力でえんぴつ絵でど正面の絵だったらそうでしょうね…
「僕またなにかやっちゃいました?」みたいなすっとぼけして、周りの数人から「30分でこの神絵!?」とかチヤホヤされているけど、どうしてその画力でイキれるのか、まわりもチヤホヤできるのかわからない…
ひとり言い出すと周りみんなで褒め称えないといけない空気になっているのもしんどい
画力アップしたいのか、いつもお絵かきのコツみたいなものをRTしてるけど、おまえ、手どころか、ナナメの顔もうまく描けないじゃん…なんで絵がヘタクソな人ってナナメ顔かいたとき、口の位置がおかしい上に顎が爆発してるの
おそろしいことにこれがほとんどなのがキツイ。10人ぐらいこんなかんじ。
しかもほぼみんなアラサーなのもキツイ。このジャンル以外に友達いないのか、すぐ集まって、もらっても嬉しくないようなアナログ絵交換してるし…。
会うたびに誰々さんが美人で・かわいくて・おしゃれで、の大合唱がはじまる。アラサーでそのファッションセンス、正直キッッッッツ!
さらに最近はみんな調子に乗りまくって自撮りをあげるようになってきた、髪の毛ボサボサで、どうしてあげようと思ったの…っていうかまず痩せろ…
歌手志望()の人がスペースでカラオケ配信し始めたときは、ついにここまできたか…!って思った。
二次創作アカウントで、オタクのアイドル化はキツイよ…10代なら可愛いですむけど、みんな20代後半~30代でしょ…
そういう空気が無理で、ガン無視して、少ないけどちゃんと描いてる人だけいいねしてたら、ジャンルの大半に嫌われてて草生えた
みんなが絵をあげても一桁いいねのところ、私が絵を上げると100いいねはつくもんね…ごめんね画力が高いばかりに…
界隈の人だれも私の絵をいいね・RTしないし話題にしないから、時々自分が空気のように感じるけど、見る専の方々がいいねを押してくれるので、見てもらえてるんだとモチベになっている
Twitterで吐き出すと反感買って議論にならなさそうなのでここに書く
もちろん一目で『あの人の絵だ!』ってわかるイラストレーターもいる、けどそんな人はトップランカーのごく一部だけ
数年前(個人的には中韓の絵師がTwitterに増加して以後)ぐらいからイラスト界隈の画力レベルって全体的に底上げされた印象がある
解剖学を踏まえた人体の描き方とか、乗算や加算レイヤーぽさのない影や光の描き方とか
だから上手い絵は爆発的に増えているけど、その代わりどこかで見たような絵柄ばっかり AIイラストでよく見かけるような感じの
AIは単に既存の画像から学習してるだけだから逆説的なんだけど
別に商業イラストだけじゃなくて二次創作とかでもそう、上手い絵お洒落な絵描く人間は増えたけど一目見て『誰それさんの絵だな~』って思うことが減った
一目見て強烈なフックを持っているイラストがあんまりない デフォルメのやり方が特徴的なんだけどデッサンやパースに狂いがあるのではない、みたいな
まあ二次創作の本質はそこじゃないのでそれでも構わないんだけど
ノウハウが広く周知された結果平均化が起こったのかな
美術解剖学とか色の明暗とか、アカデミックな描き方をイラストに落とし込むのが上手なのって中国の美大出てるイラストレーターだよね
最近、珍しく、事前の情報無く、本屋で全く知らない新人の新連載単行本1巻を2冊衝動買いした増田だけど、参考になるかならんか知らんけど一応感想書いておく。
(買った理由)
・新しく行った本屋で意外と便利な場所にあったのでご祝儀代わりになんでもいいから買おうと思った。(普段買ってる連載もの系はAmazonとかで続き買うからあんまりリアル本屋で買わない。)
・新刊の目立つところにあったのでちょっと手に取って見た(つまり、それなりの部数が刷られていたのだろう)
・絵が安定しているっぽくて、かつ絵柄が一応好みの範疇内だった。
・(以上をクリアした上で)包装の隙間から中身を1コマ2コマだけ見た。たまにやるけど、その1コマが面白かったり印象に残ったりしたら、その時点で即レジ行。いまいちならちょっと悩む。
・日常描写がうまい、絵柄安定している。 悪く言えば「地味」。オレは好きだけど、「○○めっちゃ面白かった!」とか呟きたくなるかというと、そこは微妙。バズりにくそう。
・なんというか、全体的に変にうまい。完成しすぎてて「大家」っぽい。そのぶん、展開が遅い。大御所の新連載なら期待感込みでぐんぐん評価上がってくとこだけど、新人がこのペースで連載してたら途中で息切れして肩すかしに終わりそう。ほんとに最後までこの感じで走りきってくれたら「名作」なんだけど、途中でイラついた編集に路線変更させられて最後はグダグダ…………みたいな展開になると、期待感の分損した感じになる。路線は変えなくていいけど、もう少しお話のテンポ早めた方がよい。
・表紙が悪い。いいデザイナー付けて貰えなかったな、という印象。作者の画力だけの問題じゃなく、新人の新連載の初単行本!……という期待感のない表紙。もはやジャケ買いとかしない長期連載の大御所の15巻目くらいだったらこの表紙でもあり?だけど? みたいな微妙感。出版社と編集、なんとかしてあげて。
・……とボロクソ言ってるように見えるけど、マンガは一応面白かったのよ。だから、これ売れないと勿体ないなあというのと、伏線張りまくってるから丁寧に回収しないうちに打ち切りとかならないでくれーとか、描き手が息切れしないでくれーとか願ってるんだけど、難しいのか。
・がんばってください。一読者より。