はてなキーワード: 黒の組織とは
不満点
・話が難しい
・映画なのに舞台がいつものコナン周辺。絵面が地味。特別な舞台は出てくるが、観光案内も爆発も封鎖もない…せっかく封鎖に適した作りになってんのに…
・爆発も気持ち控えめ
・最初の山から後半に入るくらいまでがひたすら難しい裁判前の様子ばっかりだから、すごく単調に感じた。多分リアルはあんな感じなのかなと思う。でもしっかり裁判前の描写したのに裁判シーンがないから、下準備しか見てない感があった。起訴されたらまずいけども。
・白スーツの佐藤刑事が可愛かったのにでしゃばってくるのは白鳥
・安室さんとコナン以外の扱いが雑。蘭と新一、小五郎と英理さんの恋愛描写的なのがあったが、メインではないので控えめ。
・めっちゃハイテク機器大暴れしていて(敵も味方も)、「連載初期はポケベルだったのになぁ…」と時代を感じた
・安室さんのかっこよさの説明するためだけの映画って感じがした
良かった点
・安室さんがかっこいい
・スケボーでも平次のバイクでもなく、車のアクションは安室さんならでは!コナン映画としても新鮮で良かったです
個人的に気になったところ
例のシーンで「安室さんの女になった」って言ってる人めっちゃいるけど、心が汚れてる私には蘭ねーちゃんを狙ってるような気が最後見て思った笑
・私はコナンマニアというわけではなく、小さい頃TVアニメを観ていたり、思い立ったら新刊を買ったり本誌を読んだり、金ローや年イチの映画を観る程度の知識です。
我々読者は、公安警察官・降谷零がトリプルフェイスを持つことを知っている。
安室透=降谷零=バーボンと知っている、つまり読者と同じ視点の人間は主要人物に限られている。
大多数、つまりモブは、「彼のなりきるキャラクター」にしか知らないのではないのだろうか。
「降谷零」は、幼くは零くん・ゼロと呼ばれ、公安警察として働く生身の人間。
では「安室透」は?
バーボンと同じく潜入捜査のための身分であるが、一般社会に溶け込んでいるという点で、異質である。
「任務の一環として」サンドイッチを作り、笑顔を貼り付け、店の前を掃き、コストコらしき店へ行き、そしてJKを魅了してしまう。
バーボンのほうが、なまじ目的と組織内の身分が明確化されているために、よっぽど解りやすい存在である。
彼はある時突然米花町へやってきて居付き、仕事をし交流を持ち、周囲に慕われている。
いつか「安室透」としての彼はいなくなるはずだが、彼を「私立探偵でウエイターの安室さん」だと思っている人々は、そんなことは知る由もない。
この状況と似た映画がある。
1968年のイタリア映画、パゾリーニ監督の『テオレマ』である。
ミラノ郊外に住む、工場経営者であるブルジョワ家庭(主人、妻、娘、息子、家政婦)に一人の男が姿を現わし、なぜか男と一家との共同生活が始まる。
そのうち家族全員は男の謎めいた魅力の虜となってゆくが、男が家族の前から立ち去ると、残された家族は奇妙な行動を取り始め、家庭は崩壊してゆく。
作中で「男」が何者かは一切語られない。
この物語、まさに「安室透の別の顔を知らぬ者」、米花町の人々の視点である。
この視点の人物は、梓さんかもしれない。安室透を慕うJKかもしれない。マスターかも知れないし、ピンチを助けてもらっている少年探偵団かも知れない。
周囲の人物に、「素敵でかっこいいお兄さん」として振る舞い、優しく触れて期待させていったあげく、忽然と姿を消すのである。
ここまで「安室透」について述べてきたが、彼の空虚さと取り巻く関係は、そのままある少年に当てはまる。
むしろ、毛利家に深く関わり、数々の困難を共にするうちに断ちがたい絆を得ているという点では、コナンのほうがよっぽど『テオレマ』らしい。
コナンを失った少年探偵団はどうなる?毛利家は?園子は?蘭は?
高木刑事や目暮警部も、耐え難い喪失感に襲われるのではないのではないだろうか。
コナンも造られた存在である。異なるのは、安室透は任務のためであり、コナンは元に戻る方法を探るためであるという点。
そこにポアロのウエイトレスで安室透の同僚、梓さんを加えてもいい。
青山先生は、主要人物の心がうまくまとまっていく様子はきっと描いてくれるだろう。
ただ、数え切れないほどの事件で登場した人々の心情の機微までは描かれないはずである。
2日に一度は殺人事件!?『名探偵コナン』のコナンは、あまりにも事件に遭遇しすぎではないか? | ダ・ヴィンチニュース
「『眠りの小五郎』さんと一緒にいた坊や、どうしているかしら…」「どうやら、行方不明みたいです」
こんな会話が交わされているかもしれない。そして、入れ替わりに新一が戻ってくるわけである。
果たして、皆が「コナン」に感じていた魅力を「新一」が埋められるのだろうか。
「安室透」に至っては、かけがえのない魅力を持った青年が忽然と消えるわけだから、ポジションを埋められる人間は存在しない。
彼に憧れを抱いていた人間は、永遠に彼の幻影を追い続けるわけである。
そこには、崩壊が待っているのかもしれない。
少なくとも、灰原を含め3人が確実にいなくなることが決まっている米花町は、異常な街なのである。
新一への伝書鳩…という役目もあろうが、新一は声以外登場しない。コナンが頼られている。そして、安室透は自然に生活をしながら、「自分の恋人」を護る。
新一が元に戻っていれば?安室透がただの公安警察のひとりとして、警備任務につくだけだったら?生まれ得ないシナリオだった。
「いつか壊れる日常」だと改めて認識させられた。待っているのは『テオレマ』のような結末ではないかと感じたのだ。
そして、二人のコンビネーション。
一般的には、「正義か、真実か。」コナンと安室透の対比と対決と共闘が、テーマであり見所とされていたが…。
共通した「造られた存在」を生きるもの。周りを偽る空虚な存在。そして周りを虜にする存在。
目的が終わればこの姿を捨てるが、その目的は限られた人間しか知らないため、周りを切り捨てるしかない運命。
そんなものが共通しているからこそ、分かり合えたものがあったのではないかと考えた。
「ウソつき…」
「君に言われたくはないさ…」
のセリフに集約されているのではないだろうか。
勝手に感じたあむあず(安室透×榎本梓)みについて語って締めくくりたい。
テキパキした手際にそう感じたのかもしれないが、実に唐突な会話である。
世辞を言うべき相手でもない。
普段の接し方を見ていても、どちらかの不毛な片想い…という感じでもなく、平等に良好な関係を築いているようである。
梓さんも、前述のセリフに照れるでもなく、風評被害を恐れて警戒するのみであった。
「降谷零」として、梓さんに好意があるかもしれない。
「安室透」によって抑えられているから、あの程度の露見で済んでいるのだ。
そんなふうに感じられた。
若い男女が親しく働いているのだから、そんな関係になる機会もあるかもしれない。
けれども、梓さんが「降谷零」を知る日は来るのだろうか。
「僕の恋人は…この国さ!」と言い切っていた。
【僕】とは、誰のことだったのだろうか。バーボンではなかろう。降谷零として、そのままの意味で言ったのであろうか。
「安室透」としては、“恋人”を作るわけにはいかなかったのであろうか。
ひとつひとつを愛せないから、まるごと愛するしかない不器用さと取るのは、曲解になるだろうか。
一人の女をだめにした 一人の男の日暮れ時
この歌詞のように、和製『テオレマ』的別れを与え、「安室透」は消えていくのかもしれない。
もうなんでこんな基本的なこと言わなきゃいけないんだかわかんないんだけど
「二次創作」は「著作物への好意をもとにしたファン活動の一環」だから許されているんだよ。
なんだあれ。なんなんだあれ。
「厳しめ」とかいうオブラートに包まれたアンチ&ヘイト創作が羅列されてる。
厳しいって「フラれる」とか「説教される」とかそういうレベルだと思うじゃない?ところがそれどころじゃないんだな。
社会的信用を無くし、友人をなくし恋人に捨てられ、クラス単位でイジメられたり。最悪だと逮捕、死刑、人体実験までされる。
主に蘭が被害に遭っているみたいだけど、最近は平次、探偵団、英里(蘭のお母さん)、園子、有希子(新一のお母さん)、果てはコナン、新一厳しめとかいうのも出てきている模様。
多分まだある。
これが去年辺りからずっと続いている。
書き手がマイピク限定に移行するとか少しは動きがあったけどまた元の木阿弥。
なんでかって、あきらかに誤用とか含むような文章力がないやつでも、イイねつきまくりでブクマ三桁四桁もらえるから。
コメントも「もっと酷い目に!」「制裁を!」なんてたくさんもらえて簡単にランキング入りするから。
1 「表現の自由」だと主張するが、そもそも二次創作は「ファン活動」であり「作品が好きだからしていること」で目こぼしされている意識がない。
2 度が過ぎることで、著作権側が何らかの動きをみせ、結果としてコナン二次創作全体に影響が出る可能性がある。
3 根も葉もない捏造創作によりキャラクターに対する印象が悪化する→作者への年賀状やイベントなどでアホなことを質問&意見する奴が出かねない。
4 こうしたヘイト創作が横行することで、「民度が低い」という印象を与え、新しい二次創作者が減少する恐れがある(これはまあ憶測にすぎないけども)。
1はもう言うまでもないな。
過去土下座事件があったと言われている(詳細は割愛)けれど、それも知らない、そもそも二次自体がグレーゾーンなのが分かっていない、
2がオタクとしては一番怖い。
規制が来るとなったら全部一斉にされる。支部のランキング除外くらいで済めばいいけど、細かいガイドラインとか出たらどうすんだ。
3は色々。厳しめは粗製濫造されてるから似たような設定が流行ると右に倣えする。そして読んだ人は「原作のキャラクターもそうなんだ」と思い込んでしまう。
原作が90冊以上と長すぎるから把握しきれてない層が多いだろうし、アニメはオリジナルや劇場版の監督によってキャラクターにブレがあるのも原因の一つではあるけど。
でもなあ。
水族館事件の時に新一が「料理上手」と評している蘭が、なぜかワンパターン料理しか作れない、もしくはメシマズにされていたりするのはあきらかに改悪でしょう。
蘭が園子や新一にタカっているのが常識みたいな書き方されているけれど、トロピカルデートが新一のおごりになったのは「都大会優勝したら」という約束だったし、新一も結果的にそれを受け入れているんだから外野がとやかく言うことじゃないでしょうに。
蘭は新一に携帯弁償させた!きっと通信料も新一に払わせているに違いない!に至ってはもうね。携帯を水没&回収不能で交換もできないようにしたのは新一だし、買うと言い出したのは新一。通信料についてはどこにも書かれてない。厳しめ書きのゲスパーでしかない。
園子にタカっている!もないない。園子の別荘に泊まることは何回もあったけど、それは園子に誘われて(そして殺人事件に巻き込まれる。命を狙われたことも)。
園子関係でパーティに行っていることもあるけど、大体小五郎への依頼込みだったり、コナンの付き添いだったりする。
そもそも、蘭と園子には「お金で買えない友情」というエピソードがある。
お金が厳しいから、園子に誘われたスキー旅行に行けない。としょげる蘭に新一が「金持ちなんだから園子に出してもらえばいいじゃねえか」と言い、蘭を怒らせたのだ。
蘭は「そんなのだめだよ!園子とは一生友達でいたいから!」と言う…というもの。
新一はそのやり取りからある事件の「友だちだと言って平気でタカる人たち」を白い目で見ていたという展開につながるんだけど、それは置いておいて。
とにかく蘭は園子にタカってない。
むしろ新一がそういう考えをしていたくらいなのに。
蘭だけでこんなに長くなったけど、他には平次の工藤呼びで黒の組織にバレてしまうから危機感がないとか(お決まりのギャグじゃないか)
探偵団はいつもキャンプばっかりして博士にタカっている。親は常識がない(お金出してるかもしれないし、描写がないことはわからないのに)
小学一年の蘭を置いて家を出て出世した英里は鬼母だとか(小五郎の存在とは?また英里が蘭をサポートしたかどうかは書かれていない)
有希子は蘭をNYに呼び出したりして常識がない女だとか(女優からの20歳引退だから浮世離れしているのは事実かもしれないけれど)
最近の新一&コナンは緊張感がなくなった、迂闊だから苦しめばいいとか(コミックス未収録部分について触れるので詳細は書きません。が、新一が迂闊なのは第一話からです)
最終的には先生まで叩いている。
もう作品アンチじゃないか、と思うんだけどそういう人たちは「~と~は好き、組織話が好き。ラブコメと~が嫌いなだけ」とか言い出すんだよね。
ランキングに入ることにより「厳しめ?扱いが悪いってことかな?」程度で目にしてしまう→「ないわー」となってしまいコナンの二次そのものから遠ざかってしまう。
Twitterとか見ている限りでは、うっかり被弾する人はかなり多い印象。
キャプションやタグにキャラ名とかカップリング名、作品名まで入れちゃってるから検索にも引っかかってるんだよね。
うんざりするよ、本当に。
まー長い長い愚痴になったけど、とりあえず厳しめとかいうのやりたいなら、まず作品のタグ外すところから始めてくれ。
そして次は注意書きは本文一ページ目でやってほしい。
キャプションにキャラ名カプ名入れると検索に引っかかるんだよ。
「好き」が高じてしている活動じゃないんだから、隠れる努力をしてくれ。万一の事態を想像してくれ。
マイピクに引っ込めとまでは言わないから。
あーほんと、どうしてこうなったんだろうな。
追記 2018/02/08
なんだか怖いのは「厳しめ書いてる&読んでる連中の中で、いつのまにかすり替わって公式設定になってる」こと。
いつ蘭が新一に携帯電話代金支払わせたよ。電柱壊して壁を割るのが日常茶飯事なわけがない。
いつ小五郎が英里に愛想を尽かしたよ。むしろ英里のが二回目登場時に愛想つかしかかってたよ。最近は復縁直前。
いつ園子が跡継ぎたいって言ったよ。嫌だし継ぐ気ないって言ってる。
いつコナンが灰原にときめいたよ。灰原→コナンは公式。だけどコナンは一ミリもそっち向いたことはない。
いつ探偵団が「ただの足手まといの子どもたち」になった?コナンははっきり「俺の仲間」って叫んでる。
いつ平次が工藤を危機に陥れたよ。しらがみ様の時も修学旅行も本当に世話しっぱなしだよ。大親友すぎるで。
すりかわった「悪意の具現化」キャラをアンチしてまたアンチを呼んで…これいつ終わんの?
追記 2018/02/27
愚痴のつもりだったので今更で色々とびっくりしているけども、随分話題になっているようなので。
私としては
【キャラアンチのための改悪キャラヘイト小説は、タグ、キャプションにもう少し配慮をお願いしたい】
この1点に尽きます。
カップリングやキャラ名で検索して『この小説は○×厳しめです!△△カプとなります。○△カプ派の方ご注意ください』
Twitter見た限り、「厳しめってなんだろう~?フラれるとか説教されるとかそういうやつ?」
とランキングからうっかり読んで気分を害する人もいるようですし。
全部が全部とは言いませんが、『厳しめ』小説は、厳しめなんて言葉でオブラートに包んでいるけど、実際は改悪ヘイト行為であることを改めて認識してもらいたい。
数の多い蘭厳しめですと「新一に目玉が出る額をタカる」「器物破損で捕まる&損害額が凄い」「小五郎は家庭内暴力と損害賠償に疲れ見放す」「事務所の金を使い込みブランド漁り」
こういうのが氾濫してますが、これらは原作に一切ない描写であり、改悪です。
書くなとは言わないから、グロリョナと同列の特殊性癖ぐらいの感覚で取り扱って欲しい。
キャラ名やカプで検索して、その対象のキャラが逮捕されて一生ムショにぶちこまれたり、薬で人体実験されたり解剖される小説がさらっと混ざって出てくるって。
昨年の大ヒットした「純黒の悪夢」が地上波で放送され、今年の劇場版「から紅の恋歌」が公開間近な国民的アニメ「名探偵コナン」
しかし原作を読んでいると、もしかしたら親米反日思想なのかと思われる点がいくつも出てくるのでざっくりまとめてみました。
急いで書いたので、出典などを省略しています。気が向いたら後で補足したものをアップします。
コナンにはFBIが出てきます。他にも日本警察(刑事警察だけでなく、組織を追っている公安警察も)やCIAが出てきています。映画では他国の諜報機関も出ていましたね。
このFBI、作中でベルモットから違法捜査等を指摘され、安室からはビザが切れそうなことを指摘され、更には現実の組織機構と同一の募集要項を提示されているのです。
つまり、コナン世界においてもFBIは現実の機関と同一視をしているということにほかなりません。
公式に捜査権はなく滞在期間を見ても観光ビザ(ジョディは高校教師として潜入していたので、恐らく就労ビザ)で入国しています。
そんなFBIに所属する赤井秀一は、銃刀法違反、道交法違反、発砲、ストーカー規制法に抵触しそうな盗聴と監視、ハッキング、死体損壊、証拠隠滅など法に抵触する所業を繰り返しています。
それなのに彼は責められることなく、主人公であるコナンがこれらの犯罪行為をサポートし、時には検挙に来た警察を追い払うのに力を貸します。
アメリカの捜査機関であるFBIが、許可なく日本でこんなことをしています。治外法権がまかり通るなど、開国直後や戦後の日本のようです。コナン世界では、日本はアメリカの属国もしくは米花町や杯戸町はアメリカの植民地なのでしょうか。
そう考えないと不自然なくらいFBI、特に赤井は日本を蹂躙しているのです。
探偵漫画において警察が頼りなく描かれたり、創作において公安警察が悪に描かれたりするのはよくあることです。
しかしコナン世界での公安(安室、スコッチ、安室の部下・上司)は作中に描かれている限り、真面目に仕事をしているだけです。
日本という国を守るのが仕事の警察庁警備局警備企画課所属の安室が、「緋色シリーズ」と呼ばれる長編で赤井の死亡偽装を暴きます。
その死亡偽装も、コナンの思惑を無視して勝手に動いた結果、たまたま目の前で自殺した組織構成員(日本人)の死体を用いています。その経緯でコナンが辿り着いた信念である「犯人を推理で追い詰めてみすみす自殺させちまう探偵は殺人者と変わらねーよ」を無かったことにして捻じ曲げているのですが、それは一旦置いておきましょう。
とにかく日本にとって脅威でしかない、考えようによっては黒の組織(安室が潜入捜査によってある程度コントロール可能)よりよほど危険で悪質なFBIの悪事を暴きに来たわけです。
しかし赤井は公安警察の車両に発砲、公安に責任転嫁をしてきます。「ああでもしなければ死人が出かねなかった」と言っていますが、公安は特に危険な手段は使っていません。現場は崖ですから、赤井の発砲により玉突き事故が発生していますがそれによって死人が出る可能性の方がはるかに高いのです。
それだけでは終わりません。工藤一家総出で安室への対応を行い、更には潜入中の捜査官である安室の本名を盾に脅迫し、彼らを撤退させます。完全に公務執行妨害です。
公安警察と敵対する為に工藤一家を総動員ということは、初期の頃にコナンが「やだね!これはオレの事件だ!オレが解く!父さん達は手を出すな!」と啖呵を切っていたのも、今は昔となったようです。
ちなみに安室を撤退させる際、赤井は彼の同僚であるスコッチを殺した(自称)ことを唐突に謝っています。しかし安室は赤井に言われるまで四年間その件に関しては一切動いておらず、バーボンとしても降谷としても当時を含めて冷静に仕事を続けていただけです。
そんな状況で、安室はスコッチの件で赤井を恨んでいる・だから赤井を組織に売って自分が中枢に食い込む算段だ、などというのは無理があります。公安警察は安室の指揮で動いていましたが、それはつまり許可を得ているということです。安室はさらに、赤井の捜索に関しても組織のボスの許可を得ています。許可を得て連携していることを私怨と呼ぶのも、違和感しかありません。
潜入していた時期にジンと会えなかった赤井と違い、安室はジンに仕事ぶりは評価されているし、ボスの許可も得られる立場です。ベルモットの弱みを握って協力関係を結び、ある程度組織の動きも掌握できているわけです。組織の人間としては相当な地位に既にいるので、中枢に食い込むために赤井を売る必要が見出せません。組織を裏切れば一族郎党消されるという組織で、赤井だけはスパイであることがバレて逃げたのに一家全員元気に生活しています。世良は堂々と高校に通い目立つことをしているし、秀吉はそもそも有名人です。組織は赤井一家には優しいのでしょうかね。
余談ですが、キールもあの方からの信頼が篤く、それ故にFBIに落ちたのではと疑われています。だけど彼女がCIAの諜報員だということはベルモットが少し疑ったくらいで、誰にも知られていません。もし組織の中枢に食い込むなら、情報を全く持っておらず組織から家族くるみで放置されている赤井より、キールの正体の方が確実に重要です。
赤井はじめ、FBIがおかしな行動をとっている相手は、日本だけではありません。FBIが属するアメリカの諜報機関、CIAにすらアメリカ国内で問題になりそうなことをしています。
CIAの諜報員、本堂瑛海(水無怜奈、キール)が事故に遭ったのは、FBIの追跡によるものです。たまたま捉えた組織員がCIAのキールだったなら、多少は仕方ないといえます。しかし赤井は本堂瑛海とその父親で同じくCIAの諜報員であったイーサン・本堂の死の真相を何故か知っていました。つまりキールのことを知っているはずなのです。
勿論それだけにはとどまらず、緋色シリーズではキールからメールが来たことで
キールを組織とのパイプに使う為に再潜入の指示を出したのはFBIですし、その時の約束である、キールの弟を保護するという条件は弟(本堂瑛祐)本人の辞退があったとはいえ、とっくに反故にしています。
CIAは国外、FBIは国内が担当だった筈なのに領分を侵した上でのこの仕打ちは、本来ならばCIAや大統領を巻き込んで大問題になるほどの事態です。
赤井の潜入による成果でFBI内で情報共有がなされていると確認されていることは、赤井と明美の恋愛のみです。
赤井はバーボンの顔やラムという名前も知っていたと言っているのに、FBIメンバーはそのことを知りませんでした。組織員に関する情報共有は一切ないようです。
そもそも赤井がジンを捕まえようとした作戦も、情報共有や報連相などの連携がなかったから失敗に終わったといえます。潜入捜査で初対面の組織幹部をいきなり捕えようとする時点で、作戦としてはどう見ても破綻していますが。
そもそも、ジンは組織への忠誠心が強いキャラです。そんなジンを急に捕まえたところで、情報を吐くとは思えません。それに初任務で既にジンから怪しまれていたからこその、作戦失敗です。
明美も当初は妹思いの姉でした。妹を組織から抜けさせるために殺されるのも承知の上で強盗をし、成功させたしたたかな女性だったのです。
しかし赤井の声優決定後、赤井の恋人設定が急に浮上しました。妹のシェリーを抜けさせようとした為ではなく、スパイである赤井を組織に引き込んだ為に殺されたことに変わりました。
これでは理不尽に殺されたわけではなくなり、組織側に正当性ができてしまったのです。
とはいえ、赤井とFBIが日本から引き揚げてから二年間、明美は妹の灰原とファミレスでお茶をしたり、結構自由に生活していました。なのに急に赤井を引き入れたから組織に殺されたことになったのです。
ちなみにその間FBIは、スパイを引き入れた宮野姉妹を保護することは一切ありませんでした。作戦開始前に保護しなかったのは、日本人を守る義務はないということかもしれませんね。ちなみに宮野姉妹は赤井の従姉妹のようです。従姉妹にハニトラをして組織に潜入したということですね。
しかし赤井は、明美を二年間放置していたのに彼女が死んだら急にジンを宿敵扱いし始めます。赤井の落ち度で明美は死んだのだし、灰原もそのせいで自殺を試みています。責任は赤井にもあるのに、これでは完全に逆恨みです。
逆恨みで狩るべき相手を見誤っているのは、一体誰なんですかね。
スコッチが死んだ件では、そもそも何故あの場に赤井がいたのかという疑問が残りますが、それも一旦置いておきます。
現場に辿り着いた赤井は、何故かスコッチを投げ飛ばそうとし、拳銃を奪われます。拳銃を向けられると突然「命乞いをするわけではないが(中略)俺はFBIから潜入している赤井秀一」と名乗ります。その状況では普通は命乞いにしか見えません。
スコッチにも、赤井を信用する素振りがなく、赤井のシリンダーを掴む手の緩んだ隙をついて自殺します。安室の足音で赤井がシリンダーを離したので、普通に考えたら赤井の過失の方が明らかに大きいのです。
拳銃も赤井のものですし、彼があの場にいなかったらスコッチは死ななかった可能性もありますね。少なくとも、赤井が来なければ命を絶つ前に安室と落ち合うことができた可能性は高いです。
赤井は安室にスコッチは自分が殺したと説明しますが、一瞬で自殺であるという真相を見抜かれています。一瞬動揺しても、安室が冷静さは保っていることの現れです。
この状況で安室の足音が悪いという風潮は印象操作に思えてきますし、緋色シリーズで赤井の言った「自分を売って中枢に行くつもりだ」という発想は、彼自身がスコッチを売って中枢に行こうとした経験に基づいているのでは?と邪推したくなります。
このスコッチの死から赤井は特に何も学ばなかったようで、その後も明美を死なせ灰原も死にかけさせ、カルバドスも死なせ、楠田を死なせて死体を利用します。後悔の一つでもできていれば、カルバドスくらいは拘束に持ち込めたのではないでしょうか。
当の赤井は純黒の悪夢では素顔で組織に近づき、あまつさえ感熱レーダではあるが捕捉されています。どう見ても赤井のシルエットでしたが、まあ何故かバレないでしょう。
赤井の生存が明るみに出れば、キールは殺されます。キールの命をなんだと思っているのか。
そもそもあのストーリー自体、赤井が何故か首都高でキュラソーでなく安室の車にぶつかってきたり、勝手にライフルを発砲したりしなければ起きなかった悲劇がいくつもあります。完全にスパイ殺しの赤井です。
赤井が壊した首都高の件も公安が処理していますし。キールとバーボン、そして他国のNOCの身を危険に晒し最終的にはスナイパーなのに一つしかない暗視スコープを故障させ、コナンと安室にお膳立てしてもらって一発撃ったもののオスプレイを落とせなかったがそれもまた別の話。
結局青山先生が赤井というか池田さんの声贔屓なので、池田さんに言わせたい台詞先行で描いているから赤井が出ると物語が破たんするのでは、という見解もありますが…
今のところ、名探偵コナンはFBI捜査官・赤井秀一という漫画にすり替わっているのかと見まがうほどです。
赤井がイギリス出身のアメリカ人でFBI捜査官だから、FBIが大正義で日本を蹂躙してもそれは「いいこと」になってしまう気持ち悪さ。日本人としては公安や安室を応援したくなりますが、日本警察には赤井がいないから、理不尽に虐げられてしまいます。
舞台が日本でなく、それこそGHQ占領時代であれば納得できますが、どう見ても現代の日本です。ここが日本であることを思い出してほしいですし、今までの伏線やキャラの信念、生い立ち、因縁等がこれ以上赤井の為に破壊されていくのを見るのはつらいところです。
アンサイクロペディアのネタバレテンプレートでも読んどけクソ雑魚ナメクジ
警告:以下の文章にはネタバレ、いわゆるスポイラーが含まれています。これにより記事はより空気力学的に洗練され、その結果としてより高速で疾走できるようになります。
もしあなたが、セブルス・スネイプは二重スパイであり裏切っていないことや、綾波レイは何人もいることや、流子の父を殺したのは皐月ではなく針目縫であることや、ブリーフがイケメンであることや、ウォーフがディープスペースナインに転属されることや、サーヴァント・セイバーの正体はアーサー王であることや、花菱薫には同じ名前の弟がいることや、大空寺あゆは大財閥のご令嬢であることや、キース・ブライアンはナイトレーベンに挟まっちまうことや、イリッチはマルコフの親友で敵側のスパイであることや、魔王アロウンは13番目の使徒であり自ら地上に堕ちたことや、黒の組織の正式名称を言うと「あの御方」が誰だか分かってしまうことや、バトルホッパーは破壊されることや、紅渡の母親はファンガイアのクイーンだったことや、ナカジマ姉妹は戦闘機人「タイプ・ゼロ」であることや、バロータ軍の兵士の正体が地球統合軍の兵士であることや、ダイスリーはバルトアンデルスというファルシで人間を道具としてしか見ていないことや、カシムは詐欺師であることや、ゼクス・シンジケートのアジトはドームの外に存在することや、シュウジとちせだけが生き残ることや、ヴァン・ホーエンハイムは人の形をした賢者の石であることや、テフェリーはプレインズウォーカーでは無くなることや、ファウードは暴走することや、旗立颯太は神竜として覚醒し自分がいた仮想世界の管理者権限を得ることや、ウォルター・オディムは深紅の王の部下であることや、マリア・カデンツァヴナ・イヴにはフィーネの魂が宿らないことや、アンサイクロペディアはウィキペディアのパロディであることを知らないのであれば、充分注意して、救急箱を手放さないようにしてください。
<12:26追記・変更>
今回の映画でよかったと思ったのはこれだけ
映画館出てから、本当にクソ面白くなかったと心底思い、ひどい、悲しい、泣きそうなまでになり最後に怒りが湧いてきた。
もうさマジでなんなん。俺の好きだったコナンはどこに行ったん。
隣の子供連れのパパも見終わってから「ストーリーとかないな…^^;」って子供と困ってたよ
子供も困ってたよ。
事件が起きて、いろんな人物見て、掘り下げて、動機を探って、解決してくれるんじゃないの。ドラマがあったやん。
近年のコナン映画はアクションになった。わかってたけど、今までの何作かは、むしろ大げさなアクションを失笑できることが面白さになってきて、そういう見方で面白がっていたけど(それも本来違うけど)今回のはそれとも違う
どれだけアクションしててもコナンがカッコよければいいよ。蘭や他の人たちが活きてるならいいよ。
でも今回の主役誰なんか全然わからへん。全員バラバラ。全然まとまってない。蘭もさ、空手のシーンなかったら出す意味ない存在ですか?てくらいおらんし。
コナン→それぞれのとこにちょっと顔出しに来たで〜程度で仕事なし
何もしてない。
推理してない。
ほんまそれが一番腹立つねん。
冒頭で、何か気になった女を、どうしたの?僕が記憶を取り戻すお手伝いをする〜!っつって拾うだけ拾って、持ち物勝手に全部奪って、あとは絡まず、天海さん自分で復活して探偵団助けて、黒の組織の銃乱射により鉄パイプが腹に刺さって最後は観覧車に押しつぶされて死亡(最悪)。
確かに相手は黒の組織や、敵やけど、それでもあんな風に、最後に何もコナンとの絡みなしってないやろ。
それでもそういう相手でも、全力で助けようとして、助けられるのがコナンやし、それで見てる方もコナンしかいない!って思うんやん。
拾ったなら助けるとこまでやれや!
最後に天海さんが落としたものが情報の記録メディアかも!!っていうのに対して
「記録じゃない…想い出だよ。……黒 焦 げ に なっちまったけどな(ドヤリンスティック」
もうええねん。お前が焦げろ。
ほんまおもんなかった。
その他
・冒頭の派手なカーチェイスとかさ、いっぱい一般人の車やトラック巻き込むシーンを映して盛り上げてるけど、それを無視して追っかけ続ける安室さんとか警察とか、、、
・新しい施設の詳細がニュースで流れる!→うわぁ〜すごい〜!→倒壊! の流れどうにかならんのか 「今回新しく〜〜されたこの◯◯◯◯◯という施設は〜〜」とか言われた瞬間「ここかー!今回潰されるのはー!」って思ってしまう
・あともうあのカメラワークこだわってま〜すみたいなのやめろや!いいねんなそんなん。パキパキ映せや!ていうかそんなんこだわる前にストーリーをなんとかしろや!!!!111
・黒の組織はどうしてもヘリから大型建造物に銃乱射したいようやな。漆黒のチェイサーの時の東京タワーが観覧車になっただけ。追い詰め方の芸の無さ具合なんやねん
・去年の業火の向日葵の時の最後、ボールを水中で巨大化させて湖面にプカプカ浮いてくるという最高に盛り上がらない技(笑った)を見せてくれたけどまさか今回のメインディッシュもボール巨大化(観覧車支えるほどのデカさ)とは驚かされたよぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!お願いや〜〜〜〜〜せめて去年のからは変えてくれ〜〜〜〜〜!!!
人間ドラマで魅せられるだけの登場人物も設定も、それだけで付いてくるファンも持っているのに
なんでアクションの派手さばっかり全開なの?
それがほんまに不思議やし悲しい。
人間ドラマ、ミステリーが主軸だったからこそ、ちょっとのアクションが利いて、映画でアクセントになって面白かったんだよ。
みんなの絆と活躍を見せてよ
心が見える話を観たいよ
いつもは本ブログで映画批評はしているのだが、今回は匿名ダイアリーにした。本ブログをリア友に教えるのは絶対に嫌だし。
<以下ネタバレを含みます。本作視聴済み以外の方は戻ってください>
映画館にぎりぎりで到着。実は女の子を1人誘ったんだけど体よく断られたので泣く泣く1人で来た。
さて今回の映画だが、結論から言ってまったく駄作である。もう見終わってびっくらこいた。ここまでつまらなく作れるのは逆に才能だと感じる。
まずコナンファンとしていわせてもらうと、映画の冒頭カーチェイスは紺碧の棺で、記憶喪失ネタは瞳の中の暗殺者で既にやっているではないか!!もうこの時点で興ざめである。
また驚いたのがキャラクターの薄っぺらさだ。黒の組織、FBI、公安の三すくみが今回のテーマだったようだが、FBIは冒頭にコナンにタクシー代わりに使われたのち出てこないし、公安の観覧車に同乗していたモブはキュラソーの太ももプレスで簡単にイってしまうような腰抜けである。赤井は赤井でブンブン回るオスプレイを前に「難しい…」とつぶやくばかりでなかなかライフルを撃とうとしないし、安室に至ってはいきなりキレはじめてストリートファイトをおっぱじめたのである。この安っぽい韓国映画のような作風はどうにかならないのだろうか。
つまり1人として魅力的なキャラクターが描けていないのである。これで喜んでいるのは格好良ければ何でもいいような脳みそ高野豆腐の女子だけであろう。
キャラクターといえば新キャラ「キュラソー」にも触れなければならないだろうが、こいつは一体何だったのであろうか。せっかくの美貌とオッドアイという個性を持ち合わせているのに、さっさと記憶を消され、満足に活躍する間もないままダンプの中でプチッである。まあ生かしておくと赤井を超えるチートキャラになるので死亡フラグは登場時点でビンビンに張っていたわけだが、それにしても作中ずっと「わからない…」を繰り返すだけの痴呆女に成り果ててしまった…これには俺もベルモットもがっかりである。
ベルモットで思い出したが、黒の組織もあほすぎる。ヘリやオスプレイをぶんぶん飛ばしまくっているようだが、あれは暗殺と言えるのだろうか。ちなみにオスプレイは上空200mを飛行していても90デシベルの騒音が響く。彼らは水族館の照明を落としただけでご満足のようだが、地上の人間には丸わかりである(はずである)。あとちょっと笑ったのが、オスプレイに乗りながらズラかるとき、ジンが「空自が来る前にずらかるぞ」と言っていたが、あまりに航空自衛隊を舐めた発言である。国籍不明の未確認機をレーダーが捉えていないとでも思っているのだろうか、それとも首都高大爆破事件をもみ消した「大きな力」とやらがここでも働いているのだろうか。謎は深まるばかりである。
ジンの話をもう少しさせてもらうと、驚いたのは以前より精細さを欠いた哀れなジンの姿である。爆弾を仕掛けたはいいもののあえなく解除され、空しく起爆スイッチを連打する姿は面白すぎるし、いきなりオスプレイからガトリング砲をぶちまける姿はまるでクールとは正反対だ。実はこいつは非常にアホなのでは?そもそも組織内にFBIだのCIAだのがガバガバに潜入しているのもこいつの責任なのかもしれない。しかも倉庫でバーボンとキールを追い詰めたのにも関わらず、メール一本で「まあいい…」って、あなたあの残酷なまでのポリシーはどこに行ったのでしょうか。
と、ここまで残念続きのキャラクターたちであるが、キャラクターを作ったのは主に青山剛昌である、しかし今回の駄作映画の戦犯はやはりお涙ちょうだいの情けないB級ストーリーであろう。これは原作者ではなく映画制作班の責任も大きいと思う。
まず全体としてロジックの筋道が立っていないのは本当にやめて頂きたい。ゆっくり視聴しているのに、いちいち思考する必要が出てきて非常にしんどいのである。映画は時間に厳しく制限をつけることで視聴者に解釈の余地を与えないことが利点であるのに、僕が映画中に女の子のことを考えているようでは失格である。
特に頭をひねるのが、映画終盤、ベルモットが「あのメールを送ったのはあなた?」とキュラソーに電話で聞いたのに対し、キュラソーが一瞬の躊躇のあと「えぇ、そうよ…」と答える場面。
コナンによってメールが送信されたのはキュラソーが記憶喪失中で、その後もメールの送信に関してキュラソーが何らかの情報を得た、ような描写は存在していない、つまりこの電話の時点でキュラソーはメールのことなどまったく知らないのである。ではキュラソーはなぜこのような返答をしたのであろうか。考えられる説としては、
1.キュラソーが送ったと答えたのはカーチェイス中に送ったメールのことだった
1の場合ならば返答の説明はつくが、一瞬の躊躇の説明がつかない。あれは別に思い出すのに時間がかかったのではないだろう。
2の場合もどうであろうか。彼女が少年探偵団を頭が切れる集団だと捉えていたとは到底思えないし、クールキッドとは特に絡みもなかったのでこれもあり得ないだろう。
どちらにせよ心理描写が描けない監督なのは間違いがないようである。
さて、数々の爆破と死傷者を出し、屍を踏み越えてきた黒の組織。さらにNo.2であるRUMの存在も示唆され、物語は紛糾を極めている。作者は「原作100巻までに物語を完結させる」と息巻いているが、果たしてこのペースで間に合うのであろうか。物語は始まったばかりである。