はてなキーワード: 小学校とは
彼女の方から告白されて、ヤリマンって言われてたけど童貞捨てたくてすぐに付き合った。
全部リードしてくれて最初は最高だったけど、こちらのコンディションおかまいなしに迫ってきて、めちゃくちゃ寝不足だったある日それでも無視して寝てたら気づいたら泣きながら上に乗っかって腰を振られてたことがある。
避妊もしてなかったし泣いてるのにドン引きしてすぐに萎えて続きができなくなったら怒り狂って来てそれが原因で別れた。
バイトしながら司法書士の勉強してる女性と仲良くなって、こちらから告白したら本当は勉強が忙しいから嫌だけどたまにならいいよと言われて付き合った。
半月に一回会うか会わないかだから、あったらできるだけセックスしたいと思ってたけど一緒に行った温泉旅行の夜にセックスができなかった。
こちらとしては悶々としすぎていて、朝目が覚めてからどうしてもとお願いしてセックスしてもらったのだけど、相手も乗り気じゃないし、こちらも性欲の解消=射精のためだけのセックスとしか思えなくて、賢者タイムにめちゃくちゃ落ち込んだ。
でも、次いつ会えるかわからないからこの気持ちのまま帰るわけには行かないと、頭ではしたくないけど、体がしたくてどうしようもないから、頭で土下座してしてさせてもらった。
といっても、自分より5個くらい年下。
何かの打ち上げで飲んでるうちに気づいたら二人だけになってて、相手が泥酔してしまったので仕方なく連れて帰った。
夫の愚痴ばっかりだし、なんか、こういうのって聞いてあげなきゃいけないのかなーと、興味もないのに大人しく相槌してたのが良くなかったのかも。
手を出すつもりはなかったのに、床で寝転んでたら向こうから覆いかぶさってきた。
笑いながら断ったら、泣きながら「恥をかかせるんですか?」って言われて、意味がぜんぜんわからなかったけどした。
内緒にするはずだったのに、1週間後くらいにはこちらから無理やり迫ったことになってて、それが原因で辞めたみたいな話になって会社の居心地が最悪になった。
・今の妻
お見合い結婚だったのだけど、銀座でデートしてるときに偶然小学校の同級生に遭った。
自分のことを好きだったことを公言していた女の子で、そのときはそういうことに興味がなかったので卒業と同時に音信不通のままだった。
嫉妬心なのかいたずらごころなのか、なぜか当時の話を女らしさ全開でボディタッチしてまで妻に見せつけるようにして話しをされて、嵐のように居なくなった。
その夜お風呂に入ってたら突然妻が入ってきて、そのままそういう雰囲気になった。
妻から積極的に迫られることがなかったから嬉しかったけど、理由を考えると複雑。
さらに湯船の中の挿入って、摩擦もないしお湯も相手の体によくなさそうだしで、結局途中で萎えてやめてしまった。
その夜おふとんで誘いをかけたら、それはなんかもう違う感じで断られた。ナンソレ。
それ以降、そういったことは一切なくて、こちらからの誘いも2年間断られ続けて順調にレス。
・まとめ
頭ではしたくないけど、体のしたいに逆らえなくてそのままという感じ。
そういうときは大体終わってからの自己嫌悪が激しくて、だったら自慰でいいやってその時は思うのだけど、やっぱり挿入の魔力に抗えないってことを繰り返してます。
結局はしたかったんでしょ?って言われたらその通りなんだけど、でもそれは本能に支配されての結果であって、頭ではしたくなかった・すべきじゃなかったってのは結構あると思う。
でも、体がしたかった以上は、自分がしたかったと認めてる人がほとんどだと思う。
ぶっちゃけ、そんなにちゃんと自分のことコントロールできてないです。生存本能怖すぎ。
あと、自分で書いてて単なるモテ男エピソードだなって思ったけど、残念ながら見た目も収入も中の下です。
どちらかというとぬいぐるみ的な扱いにされやすいので、相手が油断して事故ってくるっていう印象。(小学校の時好きだということを公言されてたのも、ガチじゃないからできてたみたいな感じ。)
燃えて当然だから燃えたんじゃなくて、「これなら燃やしても大丈夫そうだしよく燃えそう」って火遊び大好きな連中に目をつけられた結果として燃えたパターン。
アップルのCM然り、GREEN APPLEのMV然り、誰も燃やそうとしなければ特に燃えることもなかった内容に見えて仕方がないんだよね。
変換や対称性を体系的に扱うための数学的なフレームワーク。そして私の専攻分野だったもの。
「ヴォーガンの分類理論では、単純リー群の既約表現が極大コンパクト群で分解されると思いますが、分岐則の立場から見ると、極大トーラスに既約表現を制限したときの分規則の端が分類の不変量として用いられるじゃないですか」
男がギョッとしてこちらを振り向く。
「ブリリンスキー-柏原の分類理論との関連性がよく分からなくて……りーくんさんならご教示いただけるかと思い」
男の目が泳ぎ出す。小馬鹿にしきった笑みはいつの間にか消えている。一体どこからどう説明を始めればいいのか分からない顔。
物心ついた頃から、こんな顔を数えきれないほど見てきた。女は大学に行く必要はないと言い切った父親、数学コンクールに女が出るなんてと吐き捨てた小学校の斉藤先生、筑附合格を一番に伝えたかった大好きな山田先輩、学振の特別枠を申請したときのゼミ教授、就活に失敗して目の前から消えた元カレ。
要するに、格下だったはずの女に場を制圧されたとき、男たちが一様に見せる顔。
テーブルを沈黙が支配する。男は口をギュッと結び、食べ残した肉を見つめていた。
これでいいのだ。時間が来ると、男は誰とも目を合わせず、逃げ出すように店を出ていった。彼が街コンに現れることは二度とないだろう。
私のせいで自信を喪失した男たち。ペニスをパンツの中にしまうことを覚えた男たち。そんな彼らの姿をみるたび、私は自己満足の微笑みを浮かべるのだ。
むしろ当用漢字の最初の制定時にすさまじく範囲を絞ったわけよ。
だから誤用が常用漢字に入ったのではなく、逆に結構使われていた読み方なのに最初の当用漢字(→常用漢字)に入れてなかったの。その後、常用漢字は少しずつ緩くなって来てるわけ。
常に過去を捨ててきたのでそれぞれのステージの厚みが数年分しかない。
なんかめっちゃ怒られたので辞めた。
問題行動が多すぎて「内申点終わって人生終了するから中学受験しろ」と言われ中学受験。
目立ちたがりだったのが良くなかったのだと考え、学校ではひたすら影を薄めていたらボッチに。
あまりにネットで頭がおかしくなってたことに気づきネットと距離を置く。
ゲーセンで人間関係を構築すると変なのばっかと付き合うことになるから帰宅部は駄目だ、ということで漫研(読み専の方)へ。
時間ばかりあって金が無い大学生の集まりなので当然のように違法読書サイト情報を共有しまくることに。
「個人利用で読むだけならセーフ!共有したらアウト!URLだけ教えるから自分で探せ!」を旗印に同人誌や稀少本も含めて色々読む。
奇行・陰謀論・アンチ・ゲーセン・違法読書と就活のネタになるものが一個もない。
とりあえず業界研究やりまくって「ガクチカ?就活ですよ。学生時代のことなんて社会に出たら忘れて頑張ります」でなんとか内定を勝ち取る(?)
内定を勝ち取ったというより、まともな奴なら避けるような会社に応募した中ではまだまともな部類だったというだけらしい。
同僚もなかなかに奇行な過去を持っていたが、それを平気で口にするからビビった。
そういうのリアルで言わないほうがいいっすよと思いながら「いやー自分はゲーセンに入り浸ってたぐらいでしたねー。灰皿投げてるとか都市伝説っすよー(自分も投げたことあるなんて言うわけねーだろ😅)」と話を合わせる。
でもやっぱホモカルチャーな部活動でチン毛を焼いてたぜみたいなアホな過去を口にする人達もいたので転職活動。
社会人になってからは奇行がなくなったみたいに言ってたけど、実際にはどの会社でもキレ散らかして喧嘩してたりする。
だから定期的に自分のことを誰も知らないコミュニティを求めて逃げ続けている。
人に話せる過去がない。
各ライフステージ毎における最も印象的な出来事と言える奇行の数々は一切語らない。
幼稚園では本を読んで過ごしてました
昔居た会社はなんとなく伸ばしたい方向のスキルが伸ばせなかったので転職しました
俺の主成分を一切取り除いた俺の知らない割と普通の人生へと過去がすり替わっていく。
誰なんだろうコイツは。
たまに出会う「子供の頃からサッカー大好き!社会人になってからはフットサルしてました!好きなチームは昔から地元のあのチームです!」みたいな人生にめっちゃ一貫性ある人に出会うと人生の厚みというか、通された一本筋の長さにビビるんだよな。
俺の人生にもそういうの欲しかったんだけどさ、「幼稚園時代からセクハラ三昧だったぜ!」とか「中学時代に出会った陰謀論が私の人生を変えました!世界に「真実」を届けたいです!」とかじゃあヤバすぎるやろ?
人生で出会ったアイデンティティが捨てるしかない過去だった人間はどうしたらいいんやろうなあ。
俺以外の誰も知らない奇妙な生き物のジプシーライフという形で芯が通っているといえばそうなんだが背骨としては縦横無尽に蛇行しすぎててなあ。
当時はスマホなんてなかったし、小学生が携帯持つ文化もなかったから、みんな写るんですを持って行ったんだよね。
だから当然俺も持っていってさ、でも普段写真撮らないから撮るタイミングが分からなくてさ、
鹿児島に2泊3日だったんだけど、街中をバスで移動中に西郷隆盛像があったんだよね。俺は歴史好きだったし、これを撮ろうと思って、なぜか3回くらいシャッターを押して、バスの通り過ぎるタイミングで、左半身、正面、右半身の西郷隆盛が撮れた。
隣の友達はそんなの撮って意味あるの?みたいなこと言ってたんだけど、自分のなかでは修学旅行の貴重な思い出の一部?みたいに感じたんだよね、西郷隆盛が。
でもさ、そのあとにその撮った写真を見た記憶が全然ないのよ。家のアルバムとか探しても西郷隆盛のさの字もない。ていうか修学旅行の写真自体が無い。なんで?と思ったけど、多分現像してないんだよね。
ここからはだいぶあやふやな記憶、ていうかほぼ想像なんだけど、当時の俺は修学旅行が終わって家に帰ってから、魔法が解けたみたいに意味のないものばかり撮ったことに気づいたんだろうね。西郷隆盛どころかそこらへんの普通の橋とか撮ってた気がするもん。
で、俺もだいぶ飽きっぽいから、写るんですをそのまま部屋の棚とかに置きっぱなしにして、大掃除とか何かのタイミングで現像せずに捨てちゃったんだろうね。
だからあの時に撮った右半身、正面、左半身の西郷隆盛は永遠に見つかることはなくて、それを撮った記憶だけがこうして残っていると。
その時の修学旅行、鹿児島で何をしたかとか何も思い出せないんだけど、西郷隆盛とか変な記憶だけは残るものなんだなあって思った。
酒飲んで酔っ払って思い出したから、忘れないようにここに書き残しておく。
よく少子化の話題で経済問題により婚姻率が低下したと主張するとすかさず、
「バブルの頃から少子化は開始していた(から経済支援は不要、既婚者への子育て支援だけでいい)」
という反論が出てくる
でもそもそもバブルの頃って、本当に経済問題とは無縁だったの?裕福だったのは一部だけだったと考えた方が自然では?
一部上場企業だの、新卒就活だの、そういう一部の上澄みが豊かなのは令和の今だって同じじゃん
バブルも同じで、「みんなで豊かになる」という高度経済成長期成功体験の夢から覚めて、
まさに格差故に若者が未来に絶望し、婚姻率ひいては出生率が下がるという経過を辿ったんじゃないの?
私はバブルの頃には幼稚園~小学校低学年だったのであまりよく覚えてないが、それでも田舎の一般家庭にまで好景気の影響があって豊かになった記憶は全くないし
当時からテレビの中の乱痴気騒ぎは割と冷ややかな目で見られていたと思うんだよなあ
あと、当時からこの好景気は一時的なものであるとみなし、末永く続くものとは思えなかったから、慎重になって結婚しなかったのでは?
1980年代後半当時は「バブル景気」という言葉は一般に認知されていなかった[6]。「バブル景気」という語は1987年に命名されたとされる。野口悠紀雄は1987年11月に「バブルで膨らんだ地価」という論文を『週刊東洋経済・近代経済学シリーズ』に掲載しており、「私の知る限り、この時期の地価高騰を「バブル」という言葉で規定したのは、これが最初である」と述べている[7]
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E6%99%AF%E6%B0%97
社会人だと少々ハードル高いかもしれないが、芝居がベストかな、とは思う。
自分も吃音やらADHDやら持病やらで対人不安はあったんだけど、
高校演劇で本当に人生が変わった。きちんとした指導者がいる学校ってなかなか無いんだけどね。
単純に、メソッドとして声と体の動かし方が理論的、感覚的に分かるのと
演劇に関わっている人ってやっぱり前向きなのよね。
ボイスドラマとかも悪くはないけれど
やはり 文字 < 音声のみ < ビデオ通話 < 対面での会話
これは間違いない。処理する情報量に圧倒的差がある。
このくらいの読み書き能力の差とくらいに思ってる。
ドラマもモノによっては半分以上がバーターの大根演技なので、きちんとした芝居経験者のいるドラマを見よう。
昔(アラフォーくらいまで?)は吃音やら、コミュ障ってのはいじめてくれてたのよ。
当人からしたら余計なお世話って思うかもしれないけど(おれも実際思ってたし)
双方心地いいコミュニケーション能力が何か、が多少なり分かるようになるし
おれも、小学校高学年くらいから、吃音だの、ADHDだのが原因ってのが分かって対策できたし
周りの子たちも単にいじるだけでもなくて、色々教えてくれた子もいたし。
今は、どのような理由であれ当人がいじめられた、いじられた、無視された、で加害者認定されるから
普通にコミュニケーションが取れる子供たちにとって、わざわざ教えてあげるインセンティブが無いんよ。
ちょっと発育が遅いのかもね~ていって置いてかれて全て自己責任の世界。
両親が専門家である確率なんてほとんど無いわけで、診断がどうあれあとは自助努力しかない。
とまあ、当事者としてはそんなことを思うわけです。
【初めに】
まずかったら削除する。ただ、以前はパンチラの映っているPVを紹介したので大丈夫だろうか。
英語にはtwerking、トゥワーキングという言葉がある。音楽に合わせて尻を上下に振る動作のことで、見ているだけで筋肉痛になりそうである。youtubeで検索すると、ものすごい大臀筋の女性が実演しているのが見られる。やったら筋トレ効果で健康になりそうだ。
元々ヒップホップで使われたらしい。ウィキペディアではサザン・ヒップホップとが由来だと書かれているのだが、ヒップホップとラップとR&Bの違いがわかっていない。おそらく、わかっている人からすればモネとシニャックみたいに全然違うよ! ってことになるんだろうが(それどころかエル・グレコくらい隔たっているかもわからない)、この辺についてはいずれ調べておきたい。
具体例に関してはこちら。
https://www.youtube.com/watch?v=UNj05HL0UPw&ab_channel=RubiRose
Rubi Roseというラッパー、作曲家、モデルのミュージックビデオだ。ややこしいことにRuby Roseというオーストラリアの女優、モデルがいる。
ブルマーだったりミニスカだったりで腰を振る文化はよくわからない。評価をするだけの知識がない。
ただ、いきなり曲の途中でズボンを下ろしてパンツを見せる例があるのには驚いた。ブルマのようなしっかりと尻を覆うタイプではなく、ティーバックタイプの下着だ。
リンクを貼るのがためらわれるので名前だけ。「VI AMElI // TWERK CHOREO(bilibili動画にもあるやつ)」「АМЕЛИ // Twerk ВТ/ЧТ 18:00」がそれだ。かなり面食らっている。欧米圏にはムーニングという、ケツだけ星人のように尻を出して相手を嘲弄する動作があると言うが、これは相手を馬鹿にするというか、演者の絶対的優位を意図しているのだろうか。私は何も恐れないという宣言なのか。
道玄坂69のyoutube動画に、目が死んでいると批判的なコメントがあったのとは対照的である。
知らないことがまだ世界にはたくさんある。
社会的に認められた露出については、ルールが非常に恣意的だ。そこに道徳や法の柔軟さや二重思考が確認できて面白い。
World Naked Bike Rideのときはロンドン市内で全裸だし、トップレスが許されるプールもある。それが文化戦争の様相を呈することもある。
現に、エアロビ全盛期の頃は、タイツをはいていることもあるとはいえ驚くようなハイレグも見られた。
https://www.youtube.com/watch?v=3pm3TC57lHI&ab_channel=uwatenage
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=U6itxVo4T5A&ab_channel=foolicus
(35:00あたり)
https://www.youtube.com/watch?v=WTflOuT_nPI&ab_channel=Hatsumi
(1:52あたり)
とにかく、不思議でならない。
【お昼の追記】
バルセロナに行ったとき、十歳から十二歳くらいの女の子が、お腹のほとんどが露出していて、お腹を薄いレースで覆っているだけの格好をしていたけれど(見た目がほぼ裸エプロン姿)、一方で児童ポルノには極めて厳格だ。
小学校低学年の子どもがビキニを着ていると、なんだか不思議な感じもする。
性的であることと、実際に性交することとは別だという思考かもしれない。ウエルベックがどこかで、非モテの悲哀として、誘惑だけされるが情交には至らないと怒るキャラクターを出していたのを思い出す。欧米も一枚岩でははありえない。でないと激しい選挙戦や文化戦争を理解できない。
なんであれ、レッテルを貼らず、わからないことはわからないと認め、自分の感覚を精密に言語化していくこちが肝心だ。
というか、どこの社会もいつイスラエル内戦化してもおかしくない。
小学校でさえそうだ。
その集団の顔とも言える第1カースト、その集団を構成する最大勢力とも言える第2カースト、この両者が、その集団のはみ出しものである第3カーストをどうにかして追い出せないかといつも考えている。
第3カースト側もそのような状況に対して強いフラストレーションを溜めておりいつ爆発してもおかしくない。
その点はてなは凄い。
第3カーストの代表とも言える人間たちが次々に居なくなったことで平和な時代が訪れている。
ちょっと頭のおかしい連中は残っているが、必死に追い出す必要があるほどではない。
他勢力では第3カースト扱いにされるものが第2カーストとして居座れるような、平均的なレベルの低さのおかげといえばその通りではある。
結局ヤバイのかも知れない
予感はしてたが、近所のTSUTAYAで漫画レンタルが終わる。最近はよくある話らしい。
40代後半。普通に漫画が好きだ。子供の頃は毎週、週刊少年ジャンプを買っていた。小学校の頃はこち亀を、中学校に入ると横山光輝の三国志を集めた。合わせて100冊を超える単行本が今でも実家にある。
20代後半に1年だけ仕事で海外に居た。行きの空港で、機内の暇つぶしにとスピリッツを買った。滞在先は田舎で、日本人のいないところ。仕事も人間関係もそれなりにうまくやっていたし、インターネットは既にあったので日本の情報にも困らなかったが、寝る時、必ずそのスピリッツを読んでいた。ベッドに寝転がって、紙の漫画をめくる。一年間、同じ雑誌をめくり続けたが、当時は変だとは思わなかった。繰り返し読む漫画が楽しかった。
結婚して子供もできると雑誌も単行本も欲しいものを厳選して買うようになった。スペースが無いから。今の本棚にあるのは、よつばと、もやしもん、プラネテス、エマ、乙嫁語り、ママはテンパリスト、かくかくしかじか。ちょっと読んでみたい漫画がある時は、妻と子供が出かける時に漫画喫茶を使っていたが、そこも数年前につぶれた。
コロナ禍で子供達が家で暇そうにしてたので、TSUTAYAで初めて漫画レンタルをしてみた。誰が触ってるかわからないのが嫌だったので、それまでは避けていたが、一度借りると気にならなくなった。なつかしのドラゴンボール、ジョジョから、最近のワンピース、ヒロアカまで。黄金時代のジャンプ漫画を子供達が楽しそうに読んでるのが嬉しかったし、今の少年漫画が読めて私も楽しかった。毎週土曜に数冊借りてきて、リビングのソファーに置いておく。それを家族が、それぞれ好きなものだけ読む。ソファーで読んで、布団に寝転がっても読む。その習慣がコロナ後もずるずる続いた。今はダイヤモンドの功罪を借りつつ、「話がきつい」と娘がいうので、舞妓さんちのまかないさんも借りて中和している。
近所のTSUTAYAで漫画のレンタルが終わることを店内の掲示で知って、呆然とした。理屈はわかる。電車内ではスマホで漫画を読む人をよく見るし、私もたまにPCのブラウザで漫画を読むことはある。小説は完全にスマホに移行した。しかし、漫画をスマホで読む気にはなれない。やっぱり紙がいい。ソファーに置いてある漫画をみんなで回し読みするのがいい。寝転がりながら紙のページをめくりたい。タブレットでもできるのはわかる。でも、やっぱり、紙がいいのだ。なぜか、と聞かれると、三つ子の魂、というしかない。
理屈はシンプル。紙の漫画がいいんなら買えばいい。場所がないならオンラインだ。今後はそうするだろう。別に世の中に不満があったり、怒ったりしてるわけではない。ただ、これまで時代の流れにはついてきたつもりだっただけに、今回は「あなたの世界観は明確に時代遅れですよ」と言われた気がして、ただただ呆然としている。
腋!!!!!!!!!! https://youtu.be/1-ZC3k3enfU?si=M1OHEKAZnv4nST1P @YouTubeより
たしか昭和末期の小学校5年生の今頃の時期、隣の席の女子が授業で挙手したときにチラッと見えた産毛状の腋毛に異常に興奮して数か月は「夜のオカズ」にした。
ここまで読んでると「管理人は何やってんの?」って思う人が殆どかもしれないけど、残念な事に文字通り指くわえて見てるだけみたいで何もしてない。
1日や2日でツールの対策出来ないってのは分かるけども、そもそもこのコピペツールによる荒らしを初めて見たのは一昨年の夏、だいたいお盆休みが終わった辺り?(まだ自分が無職だった頃だったので多分その頃)で、実は今日始まった事じゃなくて、ただそれが活発化したのがここ最近って話なので、管理人はほぼ放置してると言ってもいい。
今思いついたんだけど、たとえばあの掲示板で「明日正午に〇〇駅を爆破する」とか「今から××小学校に侵入して生徒を無差別に殺す」みたいな犯罪予告とか書き込んだら、それでも管理者は何もしないのかな
他には、何か著作権を侵害するような書き込みとか、無関係な人間の個人情報や誹謗中傷とか、画像掲示板なら児童ポルノとかも、管理者でなければ削除できないはずだよな
もしそういうのも一切放置してるのだとしたら、プロバイダ有限責任法に引っかかるような書き込みがされた時に管理者の所に警察がお邪魔しにくることになると思うんだが、その辺どうなってるんだろう?
セックス以外がすべてあるわけじゃないから、正確に言えば「ほしいものはセックス以外は手に入る人生」だった。
少しだけ俺の半生を聞いてほしい。
俺は某政令指定都市の家庭で生まれた。今年で20代後半になる。
教育熱心な両親の庇護のもとで育ち、小学校受験で私立の小学校に通い、中学受験を経て中高一貫の男子校に入学した。
偏差値65〜70くらいの大学を卒業して、今は社会人として働いている。
幸い勉強はできた。
お金もたくさん頂いている。
たまにそのことで劣等感を感じることもあるけど、そのことで卑屈にはならないようにしているつもり。
体型は普通体型で、自宅のぶら下がり健康器を使って懸垂とかの筋トレをしている。
だからそんなに見苦しい体型ではないと思う。
YouTubeを流しながらTwitterをやったりしている。
2年前くらいから仕事が忙しくて(という言い訳をしつつ)取り組めていないけど、詩や小説を書いたりもしていた。
ネットの内輪でだが、褒めてもらえることもあった。
友人はそんなに多いほうではないけど、数ヶ月に一回くらいの頻度で飲み会したり映画を見たりする人が数人いる。
仕事の話からプライベートの話、話題のニュースや下ネタや学問まで、基本的にはどんな話題もオッケーの間柄だ。
ネットミームが伝わる友だちは最高。
上司からはあだ名で呼んでもらえてるし、仕事は取り立てて優秀というわけではないが、愚痴や文句は言わないようにしている。
後輩とご飯を食べるときは基本全部奢るけど、それよりかは仕事ぶりのほうが人望に直結すると思うから、偉ぶらず今後も仕事に取り組みたい。
両親の仲はそんなに良くなかった。
父親が仕事の都合で単身赴任を初めてから、そのまま夫婦の別居状態が続いて、結局そのあとは一度も家族が揃って一緒に生活することはなかった。
そういう家族だったからか、俺は漠然と「あたたかい家庭」に憧れがあった。
天から(あるいは人から)与えられたもの(家族)だったから、自分の手元からなくなってしまったんだと思うようになった。
これまで、何人かの人と付き合ってきた。
現実の人間関係がぎくしゃくするのが怖くて、ネットでの出会いがメインだった。
今思うと、精神的な安定性に欠ける人で、身体の繋がりに彼女は縋っていたのかもしれない。
でもそれは期間の話であって、時計の針が進めば勝手に増えていく数字だった。
年単位で付き合っているのに彼女とはキスすらもしたことがなかった。
そういう雰囲気にならないのだ。
夜には必ず実家に帰るし、ラブホのように二人きりになれる場所に行くことすらなかった。
ある日俺が彼女とセックスをしたい、身体の関係を持ちたいと言ったら、彼女は「自分はそういう感情を持ったことがない、なんならしたくない」と言った。
俺も詳しく知らなかったが、そういう性自認があるらしい。
「じゃあどうしてマッチングアプリをやってたの?」と訊くと、「味方になってくれる人がほしかった」と彼女は言った。
結局その彼女とは別れたが、俺はそこから異性をセックスに誘うことが怖くなってしまった。
そのあとも、ありがたいことに学生時代の知り合いの紹介や、マッチングアプリで女性と付き合うことができた。
でも、付き合ったその先、セックスをすることはなかった。
一緒にカフェに行く、映画を観に行く、酒を飲む、それ自体は楽しい。
同性の友だちともできるし、そういうところに一緒に行ってくれる異性の友だちもいる。
わざわざ「付き合う」と口にして、彼氏彼女という名前がついた関係性なら、セックスをしたかった。
でも、どうやって誘うのかがわからなかった。
彼氏彼女ならセックスをするのが当たり前、ではないことをおれは前の彼女に身をもって知らされた。
断られるのが怖く、その誘い方で幻滅されて別れることになるのが怖かった。
友人たちには基本的にどんな話もできたが、この性に関する悩みだけは打ち明けることができなかった。
たぶん今もできない。
自分の弱さを見せたくないという自尊心もあると思うし、その弱さを曝け出すのは友人に失礼だとも思うから。
彼女たちと別れたのは、俺がその悩み、要は自分の欲望のことばかりに夢中になって、彼女たちへの思いやりが欠けてしまったからだと思う。
ひどいことをしてしまったと思うし、彼女たちがちゃんと人間性を判断する女性なんだと再確認できて安心するところもあった。
風俗に行って、金で女性の膣を借りたこともあったけど、プレイの最中に「好き」という言葉が喉元で詰まった。
好き好き言いながら腰を振れば、気持ちよくなれるのはわかっていたけど、出会ったばかりで名前も知らない女性のことは好きでもなんでもないのだ。
そう思うと、なんだか虚しくなって、汗で湿った風俗嬢の身体がいやに冷たく感じられた。
健康な身体に生まれ、食べるものに困らず、読みたい本を買い与えられ、高級な教育を受け、友人に恵まれ、暮らすのに困らない金を貰い、人に感謝し・感謝され、自分のこの魂も魂の容れ物も、決して嫌いじゃない。
でも、この先もうセックスができる気がしない。
俺とセックスをしたいと思ってくれる、俺を男として好きな異性が現れる気がしない。
贅沢な悩みだけど、みんなが当たり前のように持っている「それ」を、俺もほしい。
時どき思うんだ。
セックスがしたくてたまらない状態と、心に波風が立ってない凪の状態、どちらがニュートラルなんだろうって。
それを眺めながら穏やかに生きていけばいいじゃないか、と思うこともある。
でもそうじゃないんだという心の叫びもある。
https://note.com/bambi_yoshikawa/n/n7035883b5e2e
俺は幼稚園で女教師に股間をまさぐられたのを皮切りに、様々な女から性加害を受けてきた
小学校では複数の女から告白され、断ると何故か吊し上げに合ったし、中学校に入ると母親からの性的な目線が心底不愉快だった
高校は男子校で、大学では周りに恵まれて少しマシだったが、会社に入るやいなや、女上司に目をつけられ数多のセクハラをうけた
自分の性欲を相手の同意なしにぶつけてくるカスが地獄に落ちないからだ
このNoteの筆者やそれに同調するブクマカはそのカスのお仲間だよな?
お前らみたいな、女は被害者、男は加害者と信じて疑わない良識者ぶった奴らによって、俺の世界はさらに地獄と化す
俺の性被害は一度としてまともに取り合ってもらったことはなく、自慢話扱いされて矮小化される