はてなキーワード: 麻婆豆腐とは
ネタバレ注意!
この物語の基本的な原理は次の通りだ。「宇宙の資源は有限である。しかしすべての文明は成長し・生き残りたい。よって、自分が生き残るためには相手を皆殺しにしていい。さもなくば相手に殺される」。そこから出てくる結論は「相手の位置がわかったら即座に抹殺するのが最適解」。「相手と対等の立場に立って交渉するには、いつでも相手の文明の座標を全宇宙に晒す装置を作ればいい」。
これが適用されるのは地球人対エイリアン・三体人だけではない。宇宙戦争ののち、孤立した地球人の宇宙船同士も相互不信に陥り、突然殺し合いを始める。この原理原則に例外はない。
どうしても攻撃したくなければ、相手の脅威にならないと示すため、限定された空間の中に引きこもるしかない。
エイリアンのたった一つの水滴という兵器に、地球の最強の兵器であってもまったく歯が立たない。あるいは、エイリアンが数百年の偽りの平和ののち、地球人を何の共感もなくジェノサイドする・餓死させることを宣告する場面。主要なキャラであっても容赦なく殺してしまう命の軽さ。無意味に死んでいく人々。愛し合うカップルであっても、異なる早さの時間に引き裂かれる。この絶望感こそが本作の醍醐味だ。
さらに、地球人の文明が通りすがりの三体人とは別のエイリアンの作った名刺大の兵器で、三次元から二次元の物理世界に落とされて再起不能になるまで破壊されるシーン、これは最も美しく壮絶な太陽系・人類滅亡の場面だ。これを読むためだけに「三体」を買うだけの値打ちがある。
それだけではない、現在の宇宙が四次元時空で光速が有限なのも、本来は十次元で光速無限だった世界が、宇宙戦争で使われた次元兵器による「堕落」の結果だと示唆される。感動的なまでの悲観主義!
宇宙戦艦、超兵器、エイリアン、コールドスリープ、超構造体(メガストラクチャー)、ネトゲなど、絵になる風景ばかりだ。確かにSF的モチーフを大量に詰め込むと粗削りになりがちなので、作品によっては一つに絞ったほうがいいと思うこともあるんだけど、これはいい。
これは欧米のSFではほとんど見られない。中国が扱われるとしたら古代文明の謎であるとか、悪の共産主義陣営とかで出てくることが多いので、まず中国が舞台であるというのが新鮮だ。始皇帝とか荊軻とかいう名前が出てくるだけでもうれしい。中国から見た日本文化ってのも、なかなか見られないから楽しい(ケン・リュウも書いているけどね。あと、中国人からしても日本と言えばカミカゼと忍者と茶道なのね。あとは雀魂とか)。
関係ないけど、英語版のウィキペディアは概して日本よりも記事が多いし細かいことが書いてあるが、中国の歴史については日本語版のほうに一日の長があることもある。
あと、文化大革命が背景になる中国の小説とか映画とかって、面白いのが多い。
クラークとか小松左京とかじゃないとやらないくらいの発想がぽんぽん出てくるのが素晴らしい。
SFはリアルさを求めて、技術革命とそれによる社会の変化を描くこともあるし、現実の社会問題に肉薄することもある。雑食の僕はそれはそれで面白くて大好きなんだけど、定期的にSFのルーツにある「人類の、そして宇宙の終局的な運命とは」「不可解なるエイリアンとの出会い」みたいなテーマの作品をどうしても読みたくなる。
第一部でエイリアンの軍勢を地球に呼び寄せてしまうのは人類に絶望した女性科学者・葉文潔だ。「いっそ愚かな私たちを滅ぼしてくれ」と宣言してしまう。第二部ではエイリアンに対抗するために地球の資源を使い放題にしていいと許可された「面壁者」羅輯が、どうすればいいかわからずに、かわいいだけの理想の妻を求める(一緒に問題を考えるパートナーではない!)。さらに、第三部ではエイリアンと和解した人類が、数百年の平和を経て穏やかになっており、「日本や韓国のアイドルのように」「女性化」していると描写される(前に「原神」のキャラとか”男らしくない”俳優とか実際に規制されてたよね)。
そして、コールドスリープから目覚めた主人公の女性・程心もエイリアンの文明を破壊するための報復装置を、弱気さから起動し損なう(これがさっき述べたエイリアンによる人類のジェノサイド宣言につながる)。
同時にコールドスリープしていた軍人は「この社会はもっと雄々しくあるべきだ」という趣旨のマッチョなことを述べる。2010年のSFだけどこれでいいのか。このシリーズを普通に面白いと褒めていいのかオバマさん。僕はジェンダー意識がかなり保守的なほうだと自覚してるけど、これはちょっと弁護できないな(というかこれだけ女性の扱いが悪いと、作者には過去につらいことがあったのか? って心配になる ※1)。
さらに、第三部の主人公・程心は、使者として脳だけになってエイリアン文明に入り込んだ恋人・雲天明が、エイリアン文明の中枢から伝えてきた、人類文明を救うための暗号化されたメッセージを解読し損ない、これも人類滅亡の遠因となる。
つまり人類の滅亡の契機は、ほぼすべて女性に起因している(いずれエイリアンに見つかっただろうけれども、直接の契機は女性)。寡聞にして、この点を検討している評論を見かけていないけれど、ググればどっかにあると思う。
三部作全部ドラマ化するとしたら、この辺テコ入れされるんじゃないかな。
※1 同じ心配をしているのが「たんぽぽ娘」のロバート・F・ヤングで、若くてかわいらしい女の子といちゃつく小説がやたらと多い一方で、「ジョナサンと宇宙クジラ」では年上の女性たちや・女性の上司に日常的に暴力を振るわれている描写がある。成熟した女性に対する嫌悪と恐れを読み取ってしまうのは、気のせいだろうか。
エイリアンとの戦争に勝つためにはどうすればいいかと軍人が議論する中で「エイリアンに負けるかもしれないという精神的敗北者を追放する」「エイリアンのシンパ・スパイを排除する」という結論が出てくるの、なんというか現実の中国共産党の発想なんだけど、エイリアンに対してこういう態度を取るのは欧米だと冷戦時代のSFが多い(この前のホーガンとかね。でもホーガンは「未来からのホットライン」が面白いよ。「シン・エヴァ」の元ネタだし)。なんというか、「三体」が悪いというより、中国政府がいまだにスパイ大作戦な冷戦の世界観で世界を見ているという感覚が生々しく伝わってきて幾分げんなりする。マジで共産党が「最善の防御は皆殺し」とか考えていませんよーに。さっきの女性の扱いと含めて、数十年前のSFを読んでいる気分になってしまった。
第一部からエイリアンの超粒子で地球文明が監視されて物理学の発展が阻害されるんだけど、これも敵のスパイに見られているという被害妄想的な感じがする。
深読みすれば、共産党に監視されている国民の恐怖・心象風景なのかもしれないけどね。
SFってのはある程度ブラフが必要で、トンチキな場面も出てくるんだけど(それをどうやって読者に悟らせないかが仮定の文学であるSFのテクニック)、たとえば第一部で地球文明を隅々まで監視できるだけの技術文明を、地球のナノワイヤで倒せるってのは、ちょっと無理があるんじゃないか?(追記。せめて向こうでナノテクが発展していないエクスキューズがほしいよね)
人類に対して敵意を持っている宇宙の中での、人類の行く末について最後まで描き切った蛮勇がとても好き。三部作の壮大さのおかげで、隠せない欠陥にもかかわらずこの作品を気に入ってしまっている。第一部よりも第二部、第三部の順で面白くなっているのもいい。自分の中では★二つから★四つ半くらいまで評価が上がっていった。作家として器が大きくなったって感じたよ。
ラストの逃避にも似た、小さな農園を備えた小宇宙も、中国の伝統的美意識・神仙思想・隠遁に繋がっていていい。美意識が共有できると嬉しいよね。
全体として思ったのは「これって炒飯とラーメンと餃子の特盛セットじゃん」ってことだった。みんながSFと聞いて思いつくネタをがっつり取り込んでいる。読んだSFの冊数が増えると、青椒肉絲とか麻婆豆腐とか黒酢酢豚とか、燕のスープとかフカヒレとかいろいろあるのがわかってくるし、全部乗せを馬鹿にしたくなる気持ちも出てくるけど、なんだかんだで小さい頃に食べた大味な全部セットが無性に食べたい日もある。
時々どうしても受け入れられない価値観に出会うこともあるけれど、なぜそう考えるようになったのか? なぜ自分は不快と感じるのか? と考えると、共感的に理解できるかもしれない。少なくとも自分の価値観があぶり出される。
過去は批判し、そのうえで現代をよりよくしていこうと思うが、だからといって過去を見くだしたいとは思わない。好きなところ、好きになれないところ、両方を検討するのは楽しい作業だ。
本を読んだときはたった一つの気に入った言葉があればいい。映画を観たときは一つでも好きな場面を見つけられたら良しとする。美術展に出かけたら、一枚だけでも気に入った絵があれば外に出た甲斐がある。
こうして欠点もあるけれども面白かった作品について書いてみて、「もういいや」って思ってた外伝にも、手を出したくなってきた。
それではまた。
「三体」人気すごいなあ。久しぶりにバズったよ。
これは外国文学を読むときの鬼門で、自分は三国志にゲームとか小説とかで親しんでたからなんとかなったけど、そうでないとしんどいかも。
おすすめのロシア文学もなかなか読んでもらえないのもこの辺りに理由がある。
基本的にはメモしたり声に出したりしてその国の言葉のリズムに慣れるのがおすすめ。マニアになってくるとジョンとヨハネとイワンが同じ起源だとか気にし出すけど、これが通用するのはアラブ世界までだしね。
SFじゃないのも含むけど、
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あとは、
これはちょっと思った。原初のSFにある奔放な想像力、よくそんなネタ思いついたな! みたいなのがたくさんあるのが「三体」のいいところ。
で、それがモヤモヤする理由でもある。SFが洗練されてくると科学的正確さとか政治性とかを無視するわけにはいかなくなる。自分と異なった属性に対して誤った知識が広まらないよう、表現にルールがあるのは大切だと信じる一方、気持ちの面では想像力が羽ばたくのを少しも邪魔されたくない自分もいる。だから、反発する人の気持ちもわかる。
なので、正確性とかに気をつかったSFに慣れた身からすると「こんな粗削りでもウケるんだ! 売れるんだ!」という意外さと、先を越された悔しさがある。だから、元増田みたいにSFの外にまで広がった作品を「センスがない」とディスりたくなるのかも。
でも、僕も最初はそういう作品から読み始めたわけだし、重箱の隅をつつくような外れ値の古参よりも、作品を買ってくれる新しいファンがどんどん増えたほうがジャンルは育っていくし、若いファンは「にわか」呼ばわりするのを恐れずどしどし読んでほしい。
そういえば第三部でアボリジニのおっちゃんが出てくるけど、欧米の作品だったらもっと白人文化に対して批判的だっただろうし、なんだったら三体人に押さえつけられるときにももっと痛烈な言葉をはかせていただろうな。より強い文明と出会ったことによる悲劇のメタファーとしては扱いが若干雑だ。
以上。
https://anond.hatelabo.jp/20230910174001
の続き。
ブロックタイプがなぜか品切れだったので、今回もマルコメのミンチタイプを使った。
前回はお湯で戻してみたが、パッケージには水での戻し方も書かれているので今回は水で戻してみた。
水で戻した方がお湯で戻すよりも水気を切りやすく、食感を調整しやすいのでこちらの方がいいかもしれない。
水気を切った大豆ミートを作り置きのにんにくオイルで炒めて、ガラスープの素をお湯で溶いたものと少量の醤油を加えてより肉っぽくしてみた。
ヴィーガンの人はガラスープの代わりに昆布茶や干し椎茸の戻し汁なんかを使うみたいだが、俺は違うので普通にガラスープの素を使ってみた。
高野豆腐と同様にこういう下味の付け方をすると結構肉っぽい食感と味になるね。
そのままマルモのつけてみそかけてみそを加えて炒めザージャンっぽいものを作り、あとはひき肉で作る時と同じ様に麻婆豆腐を作ってみた。
ひき肉使う場合よりも若干油控えめになったので、麻婆豆腐の割にはややさっぱり気味という味になった。
全体的に旨味が薄くなる分だけご飯のおかずとしては弱いが、単体で食べるならこれくらいがいいかなといった感じ。
こってりした味にしたいならひき肉を足すなり、ラー油も含めた油の量を多めにすれば良さそう。
今回の様に予めしっかり炒めて水分を飛ばしてから、短時間煮込むのであれば食感がふにゃふにゃになることもなさそう。
煮込む調理には向かないと前回書いたが、それは味を吸収するのが早いという事でもある。
時短料理には一般的な肉類よりも大豆ミートの方が向いてるのかもしれない。
この辺に大豆ミートならではの調理法を考える際のヒントがあるのではないかと睨んでる。
後からネットを見回してみたが見つかるのは肉の代用品としてのレシピが多く、大豆ミートならではの使い方というのはまだまだ発展の余地が多そうだなぁと感じた。
夫が興味本位で3日間だけヴィーガンになってみたいなどと言い出した。
めちゃくちゃ面倒なことを言うなぁと思ったので「作るのも食べるのも付き合うからレシピを調べるなどのお膳立ては自分でやるように」という趣旨のことを伝えた。
しかし夫は麻婆豆腐や野菜炒めなどと適当に思いついたであろうものをその場でいくつか挙げて、レシピひとつ調べずに結局丸投げされた。
そもそも麻婆豆腐には肉が入っているし、普段からよく出している野菜だけに見える料理にも鰹出汁やバター、鶏ガラ、オイスターソースなどを使っているのだと説明したら「調味料はノーカン」とまた適当なことを言う。
夫の基準がよく分からんのでどういう基準にしたいのかきくと「小松菜のおひたしに鰹出汁を使うのはOKだが、鰹節を振りかけるのはNG。シチューにコンソメを使うのはOKだが牛乳を入れるのはNG(豆乳にしろ)」とのこと。
面倒くさいなあと思いつつも了承し、豆腐等でタンパク質を補いつつ、肉がなくても満足感を得られるように工夫した献立を用意した。
夕飯時、夫が冷蔵庫からキムチを取り出して追加で食べようとしたので「それエビの塩辛入ってるからだめだよ」と言って片付けさせた。
エビの塩辛は、おひたしの鰹節と同じだと私は思う。自分が言い出したことなのだから、せめて自覚を持って飯を食ってくれよと思った。
翌朝、珍しく私より先に起きていた夫はすでに朝食を食べ終えていた。シンクを覗くと、シリアルに牛乳をかけて食べた形跡があった。
牛乳飲んだ?と聞くと、うん、と返事。これは、私が飲むために置いていた牛乳だった。
こっちはあなたの興味本位の菜食に付き合うため、献立を考え、買い物に行き、料理するという手間を負っているというのに。自分ひとりだと面倒を嫌ってシリアルに牛乳かけて食べるのか。
ごはんも、納豆も、漬物も、パンも、バナナも、りんごも、いくらでも食べられるように用意しているというのに。
夫がやってみたいって言うから始めたことなのに、まさかたった1日で牛乳を飲むなんて思いもしなかった。私は何のために3日分の献立を考えて、普段買わないような食材を揃えたんだろう。
その旨を伝えたもののヘラヘラして特に謝ることもなく、非常に腹が立ったので、今日からはもうサラダに豆腐乗っけたやつと米だけ出すことにする。オリーブオイルと塩だけかけて食いな。ヴィーガンってそういうもんだから。
牛肉かなあ。
すき焼きを豚で作る人がいないように。
東北ではないので里芋での芋煮の風習はないけど、里芋でも牛肉と醤油。
野菜炒め全部牛肉とは言わないけど、ピーマンと炒めるなら牛だなあ。ピーマンの肉詰めも牛肉で作りたいし。
本場のレシピも牛肉だし、牛肉で作ると美味いのだけど、住んでるところが豚肉文化圏なので牛挽肉ってあんまり売ってない。合挽か豚挽肉ばかり。
牛肉と豆腐は相性がいいし、牛肉とネギも相性がいいし、なんで豚が主流なのか謎。
家で作るなら牛で、ルーはハウスのザ・カリー。ささやかな贅沢。
豚。
豚挽肉のほうがあまり煮込まなくても旨味がでるし、ふっくら仕上がる。
豚汁なんだから豚だろというツッコミはおいといて、牛肉で作ったやつも嫌いじゃないが豚のほうがよかった。
牛肉と味噌のとりあわせが合わないわけじゃないんだけと、比較の問題で味噌には豚のほうが合うというだけで。味噌汁にソーセージとかも意外と合うし。
名前的に牛肉で作りたいけど、豚でも牛でもそれぞれに美味いと思う。
焼き鳥で牛肉か豚肉かというのも変な話だけど、一口大の串焼きという意味で。
どっちも美味い。
牛肉で部位は心臓とかよく串で焼く。ネギの代わりにトマトを挟んだり。トマトと豚肉の組み合わせが好きと言った側から牛肉とトマトというのが矛盾だがw
豚の焼き鳥の地域はけっこうあるらしい。東松山式とかいう豚のカシラ肉を味噌で食べる焼き鳥がなかなか好きだ。室蘭のやきとり弁当はあんまり好きじゃない。
正直、それほど豚丼おいしいと思ってない。不味くはないけど、生姜焼きを丼にのせたほうが美味いと思ったり。同じ味付けで牛肉てつくったらすごく美味しかった。
そこでなぜ麻婆豆腐がでてこない😡
とっても悪い
原因はわかってる多分暴食
8/19
18:00 中華料理屋で炒飯、麻婆豆腐、餃子、ザーサイ、ビールを飲食
8/20
1:00 蒙古タンメン中本(カップ麺)を辛味オイル3滴入れて食す
3:00 就寝
10:00 腹痛と共に起床
11:30 外出
○ご飯
朝:なし。昼:玉ねぎ炒め。焼きそば。夜:だし豆腐納豆。ピーマンとシメジと玉ねぎのスープ。魚肉ソーセージ。ブルーベリーヨーグルト。間食:オーザック。豆菓子。ハチミツ味のポテチ。ばかうけ。(お菓子食べ過ぎ)
○調子
まあ休日だし許して欲しい。いや内臓に休日の概念はないし、許してくれないのだけれど。
・はじめに
陰気で友達が少ない女子高生のスバルと、その数少ない友人で正反対な陽気な性格のミスカの友情と断言しがたい歪な関係が、お人形さんの様と評される美少女転校生ルウの登場で変化していく様を楽しむノベルゲーム。
だけでなく、混沌が蔓延ってきて日常を侵略するホラー要素もあるのだけど、そちらは元ネタありきの展開が多くそういうものとしてふんわりとしか理解できる読んだので感想が特にないためこの一行以降はふれないことにする。
学校という閉じた人間関係と、思春期らしい自己の有りように悩む様とが、ある場面では丁寧に、別の場面では幻想的に描かれていて、この二点が文量の多くを占めている。
甘い恋愛的なイチャイチャする読んでいて楽しい気分になるシーンよりも、関係性に悩み他人を気遣うがあまり自傷的に自己言及を繰り返す辛くて悲しいエピソードが多め。
そんなこと一人で考えても答えは出ないし一生悩んだり楽観的になったりを繰り返すしかないよ、と大人になった今でこそ思うものの、自己と他者の関係性の有り様を悩む様は読んでていて共感する場面が多かった。
そんな辛い中でも食事のシーンは彼女達の悩みも何処へやらで舌鼓を打ってくれるので、夕飯の時間が待ち遠しくなったりもした。
陽気で友人が多く、テストの成績こそ悪いものの教師からの覚えもよく、容姿も可愛いと褒められ、前向きで良い子なミスカ。
しかし、スバルの方はミスカから向けられる好意を素直に受け止めない。
それどころか、些細な表現や物言いをどんどん悪意を膨らませてしまうスバルの生き方は苦しそうだった。
ミスカの一人称と、スバルの一人称を行き来することになるのだけれど、二人はすれ違い続ける。
ミスカは衒いがあるわけでなく、本当にただの根明で、楽しいことが好きなだけの普通の子。
ところがスバルはどこからでも悪意を見つけ、彼女の好意を受け取ろうとしない。
この関係値の噛み合わなさは読んでいて本当に辛かった。
ミスカが友情でなく恋愛としても惹かれていて、その理由もスバルの言う悪意のあるものでないにも関わらず、それが本当に一切伝わらない。
誕生日にケーキをご馳走するという、善意100しか考えられない行為ですら、スバルは穿ったものの見方をし、ミスカからの気持ちを真っ直ぐ受け止めない。
ペットボトルの回し飲みでミスカが間接キスにドキドキするも、スバルは喉が渇いたとしか思っていないシーンなんかは、もう読んでて可哀想だった。
空回りするミスカの好意が、物語的な意味でも何も前進させないのも読んでいてしんどかった。
献身的にスバルに尽くすミスカと、自分の内面世界のことでいっぱいなスバルのすれ違い。
スバルが素直になれば、開幕5分でハッピーエンドまっしぐらなぐらい、ミスカの好きは真っ直ぐで一貫してるのがもどかしい。
そして何よりスバルの素直な気持ちはミスカではなく、転校生のルウに向けられてしまう。
そんな端的に言ってしまうと性格が悪いスバルが、海外から転校してきたルウと交流することで変わっていく。
ルウは箸の使い方を知らず、麻婆豆腐や唐揚げやメロンパンを食べたことがない程に無垢な存在。
危うげというわけではなく思慮深いのだが、学校という枠組みからは大きく外れたような物言いもする。
そんな無垢さがスバルの悪意増幅センサーを回避するのか、ミスカからの好意を悪意に変換し距離を置こうとしていたのとは対象的に、ルウとはドンドン距離を詰める。
ミスカの好意が一方的なものだったのに対して、スバルの好意はルウに受け止められ、スバルとルウはドンドンと関係を深めていく。
ルウの方も、スバルのことを深く知りたい、会話したいと甘えるように距離を詰める。
手繋ぎデート、夕飯を一緒に作るなどの高校生らしいそれもあれば、添い寝や過激なスキンシップなどもあり、CERO Cとしてはそれなりに攻めたシーンも。
ルウとスバルがイチャイチャすればイチャイチャするほどに、ミスカは空回り続ける。
こうなっても客観的にはミスカはオカシイことをするわけではなく、ひたすらに良い子なのが可哀想さが増す。
ミスカは僕が先に好きになったのにと反転するでもなく、転校生の面倒を見れるスバルの成長を喜ぶ良い子なのだ。
ミスカからの好意は悪意に変換するのに、ルウからの好意はそのまま受け止めるのか。
ということは、スバルの精神世界を幻想的に描くシーンで抽象的に描かれる。
まだ人権の概念が無く子供を産むことだけが女性の価値であった時代を生きていたとある女性のエピソード、他人がおらず四季の移ろいをただ楽しむだけの世界などの、夢のエピソードと共にスバルの内面がゆっくりと掘り起こされていく。
一人で無限に牛乳と果実を食べ続ける生活が示唆するスバルの本音は、納得できるところもあったが、だからと言ってミスカの可哀想な空回りが救われるわけではない。
ここが本作の賛否別れる大きな箇所だろう。
スバルにはスバルなりの理由があるとはいえ、ミスカの気持ちはどうにもならないのは、正直僕はあまり好みではなかった。
あんなにも根っからスバルのことが好きで純粋にそのために良いことだけをして来たミスカが、フラれるとか、恋愛対象として見れないとかじゃなく、嫌われるのは、辛い。
ただこのミスカの好意の空回りの先が知りたい気持ちの牽引力は凄く、楽しいとか面白いではない、マイナス方面の感情で読ませる物語はよく出来ていた。
・さいごに
スバルを好きだけど見向きもされないミスカの空回りと、スバルとルウのイチャイチャという三角形の一辺が欠けた歪な関係に着目して感想を書いた。
ミスカの一人称ではスバルのことが大好きで一生懸命善意で良いことをする前向きさが、
ルウの無垢さに惚れていく展開は、辛いけど読み進める手が止まらなかった。
ミステリやコメディといったわかりやすいハッピーエンドが好きなので、好みとは大きく異なっていたが、終わってみるとコレはコレで好きな作品だった。
ここ1週間、起きてる間はvcrgtaを見続けている。
ゲームの世界で人が生きていると錯覚させられる程、多くのストリーマーが長時間プレイしており、
いつ見ても何かが起きている神コンテンツだ。
これからの1年〜2年は配信界隈におけるビッグコンテンツであり続けるのは間違いない。
一方で見ていて感じたことがある。
やってる側が楽しいであろう瞬間はあらゆる場面で起きているものの、
見ていて面白い瞬間は一部のストリーマーによってしか起こされていないのだ。
現状は約60人のトップストリーマーによってコンテンツが支えられ、
約60人の精鋭達、ありがとう。
そして残りの100人から新たなトップストリーマーが生まれてくることを願っている。
※新たに見始めるorクリップを見返す際はこのメンバーの視点を見れば間違いはない。
葛葉
k4sen
ボドカ
小森めと
SHAKA
赤見かるび
橘ひなの
夢野あかり
関優太
だるまいずごっど
スタンミ
ローレン・イロアス
じゃすぱー
叶
おぼ
けんき
ファン太
ハセシン
Sasatikk
花芽なずな
しんじさん
Kamito
わいわい
らっだぁ
猫麦とろろ
胡桃のあ
エクス・アルビオ
イブラヒム
常闇トワ
ラトナ・プティ
こはならむ
Selly
平岩 康佑
Mondo
鈴木ノリアキ
如月れん
ゆきお
白波らむね
mittiii
八雲べに
兎咲ミミ
ととみっくす
MARUTAKE
しろまんた
SqLA
夜よいち
れんじろう