はてなキーワード: 官庁訪問とは
大学ではコムシーか総合図書館にこもって司法試験予備試験、司法試験、国家公務員総合職試験に合格した。
その後司法修習に挑んだが判検両方とも任官できなかった。俺より学歴や司法試験の成績が悪い年上の人でも検事に任官してたのに。俺のいた修習地で落とされた任官希望者は俺だけだ。
弁護士にはなるつもりがないし、登録に金もかかるので弁護士登録はしていない。
「良い鉄は釘にならない。良い人間は兵隊にならない」の精神で、「天皇の官吏」になることだけを目指して勉強してきたのに。
役人は収入が低いとか、民間や外資の方がいいとか、待遇が悪いとかどうでも良いんだ。役人こそ陛下を除けば社会の頂点なんだ。役人にならなきゃダメなんだ。
俺の人生は失敗した。
19歳 浪人
21歳 勉強
22歳 勉強
26歳 修了
27歳 不合格
我が家は金持ちではなかった。家は小さな戸建てでしかも借家。父は中小企業のサラリーマンで母は専業主婦。なぜ上記のような甘えた生活が可能かというと俺が一人っ子だから。
俺は同じ地区に住む同い年の幼馴染が小さい頃から好きだった。彼女の祖父や父は医師で、大きな自宅に住んでいた。4姉妹の末っ子の彼女はとても優しく、純粋で可愛かった。小さい頃は格差など気にせず遊んでいた。彼女の両親は優しかったが、彼女の祖父母は俺を見下して蔑んでいた。だから勉強して偉くなりたかった。別に勉強して偉くなった所で幼馴染と付き合える保障など何も無いし、そもそも男としてすら見られていなかっただろうが。それでも某都立校に受かった時や、一浪で東大落ちだが早稲田に進んだ時彼女は自分のことのように喜んでくれたし褒めてくれた。それがとても嬉しかった。しかし、認められたい一心で不相応な目標を立てたが故に一度きりの人生を破壊してしまった。
ちなみに彼女は幼稚園から大学までエスカレーターで女子大を卒業した後に、父の医療法人に職員として入り、昨年医師の男性と結婚した。つまり俺がこれからどのように努力しようが、幼馴染と何かが発展する可能性はない。
正直受かったところで自分の現状だと法曹職は無理だろう。つまり仕事を探さなければならない。受からなければ勿論仕事が必要になる。
絶対にやりたくない仕事は嫌な順に介護、製造、土木、物流、営業。しかし、ここから探すことになるだろう。つまり父親よりも低賃金な人生となる。また、ジャック(レオナルド・ディカプリオ)のようなイケメンコミュ強なら底辺でもローズ(ケイト・ウィンスレット)のような上流の女性を射止められるが、自分はイケメンでもなければコミュ力もないので上記の職に就いた瞬間に生涯独身が決定する。
人生100年といわれる時代(上記の職に就けば100年生きるなど不可能だが)に生きていながら、20代で人生が終了した。人生は10代後半から20代前半までの「10年かけたスタートダッシュ」で結果が決まる短距離走である。
刑訴の証拠法に関する論文問題を解き、インスタントラーメンを食べながらこれを書いた。最後まで読んでくれる人がもしいたなら、敗残者の長い長いつまらない駄文に付き合ってくれてありがとうと言いたい。
気持ちが落ちつかなくて、twitterの140字では収まらなくて、ずっと見る専だったここに初めて書き込む。
わたしの専攻は入試的にはゴリゴリの理系だったし、宮廷レベルの大学なので周りはみんな院に行く。それでわたしも3年生の12月までは自分の専攻の大学院に行くつもりだった。でも、わたしの専攻はいわゆるピペド的なやつ。企業と連携している専攻もあるらしいけど、わたしのところはそうではなく色々ググったら就職の役には立たない事を知った。専攻で学んでることは好きだけど、卒論もやってないのに研究を修士二年やれるのかわからないし、その後就職する見込みがないなら院行く意味ないと思って、4-6月で卒論進めながら教授とかに相談して決めようと思ってた。
そこにコロナが来た。
4月から大学は必修授業のない学生は立ち入り禁止で、教授とは一度も顔会わせず月一の研究計画書の提出と添削だけ。これがずっと続いたらやばいと思った。研究に向いてたらいいけど、向いてなかったら二年地獄だし、zoom会議もしてくれない教授の研究室なんて…
この時点で誰かに相談すればよかったんだけど、友達とか全然いないタイプの人間なんだ。同じ学部に話したことある人はいないし、軽音サークルの人とは音楽の話しかしない。就職課やエージェント?に相談する勇気もなく、教授にコンタクトをとる方法がわからなかった。ってか、レポートとかじゃない私用でメールを出すにはメール送信の許可を事務にもらう必要があると思って必死でHPで申請書探してた。今思えば阿呆らしい。
三年の時民間のインターンは10回くらい?申し込んでいたけど、いつも適性検査で落ちていたから民間は無理だと諦めてしまった。
座学だけは出来たので、色々ググった結果公務員試験なら受かると思ってギリギリで申し込んだ。初学の法学の区分で受けたけど、試験が遅れたおかげもあって余裕で通る。でも、面接で全部1日目で切られた。で、公務員試験が遅れたから、官庁訪問終わった時点で院試の出願期限三日前。公務員試験、クリアすれば官僚になれると思ってたんだよね。こんなことなら地方とかも出しとけばよかった
それで院試出そうと思ったけど、やっぱり研究に適正あるかわからんし、ブラック研究室の匂いがする。迷ってとなりの研究室にアポ取ったら、去年の研究不正の処分がまだ決まってなくて実験許可がでないかもと言われた。今いるm1は秋には全員研究室移籍するらしい。そんなことある?色々調べてるうちに出願期限、不戦敗になっちゃった
秋に卒論やりながら、自分にはそこそこ研究適正あるなって自信がついた。
で、似たようなことやってる文理横断系の地方大の院を見つけて藁にもすがる気持ちで出願した。
でも、受ける前からずっと行きたくない気持ちがあった。その大学じゃ文系の院卒だし、そもそも専攻自体就職ないから、文系院卒じゃ未経験の就職はキツイって聞く。だいたい、それやるのになんで地方行く?っていう話。今の研究室より確実にランクも落ちる。でも、今年の卒論優秀賞も貰ったのに留年するのも嫌で、受けに行ってアッサリ通る。
卒業決まって進学先に挨拶とかしなきゃいけない、それがマジでしんどい。贅沢な悩みよね、留年すればよかったじゃんって声が聞こえる。学部内で優秀な方だっていうくだらないプライドだったな…院のあいだに会計士でも取ろうかと思ってるけど、その時にはもう同期には追いつけないだろうな
後学のために聞きかじった話だけ載せている。
・MK省
・GM省
→出口面接で「官庁訪問に来ていただいても難しい」など言われる模様。
・NK府
・KS庁
→面接後のメールで「参加していただきありがとうございました」的な内容だけ送られてきて,次のタームへのアクションが書かれていない模様。
→メールで次のタームのお知らせが来る。
・KNK省
→お祈りメールあり。次のタームへ進む人にはその旨メールが行っている模様。
・K庁
→次のタームへ進む人にはメールが行っている模様。お祈りの場合は参加御礼メールだけが来る。
【選考かな?】
・KZ庁
→ほかの省庁も見てから次のタームの予約をしろといわれたひとが多数。
・NS省
→人によって第2タームのお知らせが来る時間がバラバラ。まだ来ていない人は望み薄なのか。
・BA省
→人によって第2タームを空けておくよう指示される場合があった模様。明示的なお祈りは特になし。
・KK省
→一部技術系が切られたとの情報があるが,全体的には第2まで進ませる模様。
【選考ではなさそう】
・KCH庁
・SS庁
・HM省
・ZM省
【選考ではない】
・人事院
→爆笑
2010年、学部卒、採用も緩んできていたので、就職そのものが難しいという感覚は無かった。
国家一種も受けてはいたが、とうの先に民間の内定が出ているので、官庁訪問はしなかった(防衛省は楽しそうだな、とは思った。)。
就活は、証券一社、銀行一社、特殊法人ひとつに内定が出て、なんとなく銀行選んじまった。
ゴミな点:
大量採用、年功序列、採用時点で出世コースがほぼ決まっている、大量採用ゆえに減点方式で昇格が決まる。
人事制度は硬直化。減点方式の昇格制度ゆえに、新しいことが評価されない(ふつうの上司は拒否反応を示す。)。
給料はたいしたことない。(ご存知、新卒で20万前後。やめた時点で年収は700万円くらい。)
良し悪しあれど、日本で根強く尊重される社会人の流儀は学ぶことができる。 学んだあと、アレンジするのも、唾棄するのも自由だ。
あと、堅い文章の書き方も覚えることができる。
1年で支店業務が不向きなことがわかり、なぜかラッキーに本部のリスク管理関係部門に回り、良い上司と巡り合った。
そこで激しい修行を積み、ある金融商品のリスク評価は得意になる。文章もうまくなる。
加えて、英語は普通に中学卒業から学んできたものを使って業務をしていたら、海外支店に長期出張に飛ばされた。
机に脚のっけていい。
早く帰っていい。 仕事やってりゃいい。 仕事やってりゃ、むしろみんな優しい。 会議室の予約とか、全部アシスタントがやってくれる。
こんな経歴で転職マーケットに飛び出てみると、けっこう引き合いがある。
外資系はクビになるのだろうか?でも、若いうちにクビになっても死なないじゃん、と思って受けてみた。受かった。銀行は3年でやめた。
また銀行かよ、という感じですが、業務は非伝統的な銀行業務。楽しい。
たしかに、毎年5%程度の人間が「明確にクビだな」って感じで消えるし、そのほかに10%くらいの人が色々な理由で去っていくが、まじめにやってれば残れる。
20代だけど、去年は1500万円貰った。今まで、年200万ペースでのびてきたけれど、さすがにことしはのびないかな・・・。
何が違うって、自分でやる仕事を考えて、提案して、OKもらったらやれば評価されること。 (自分で仕事を思いつけない奴、言われた仕事だけしかできない奴は、いやしくも大卒以上で存在しないと思ってるが。)
これで毎日がんばって、クビになったとしても本望。
転職してよかった。
anond:20190301200621 自分の場合のことを書いておきます。説明会は絶対必須ってほどでもないかなと。
軽度の身体障害者です。四大卒で約40歳の氷河期世代。現在、派遣社員として一般企業で勤務(障害があることは伝えていない)。
昨年、障害を抱えることになって、就労にクリティカルな影響は出ていないけど、派遣の身分で安定性に不安もあり、今回の選考試験を受験。その記録をざっくり残しておきます。
基礎能力試験はかなり平易な印象。内容的には中学卒業程度では。転職活動でSPIとかやったことある人なら数的推理は十分かと。内角の和とか「知識」が必要な設問はほとんどなく、連立方程式ぐらいまで出来てれば十分。社会、理科は知識問題だし範囲広すぎて対策無理だと思うので、分かんなかったら適当に選ぶ、で。
作文はよく分からない(お題は「誠実とは」)けど、よっぽど支離滅裂なこと書かなければ大丈夫なんじゃないかなと。
ここからが、すでに話題になっている、阿鼻叫喚の地獄となった面接試験である。
二次選考のルールは「いずれの機関からも採用内定を受けられなかった場合は、不合格となります」であり、「全員に二次面接を課します」というルールではない。(参考→http://www.jinji.go.jp/saiyo/siken/senkou/2jichuijikou.pdf)
つまり、「面接のアポを取る」ところから、もう二次選考は始まってしまっているのだ。
一次試験の合格がWEBで発表された2月22日金曜AM10時をもって面接予約解禁、事前にルールをよく読んでいた志望者は志望省庁に速攻で予約をメールまたは電話で入れたが、「インターネット見れないから合格通知が来たらやろう」「平日で仕事中なので、帰ったらやろう」という人間はここで大きく出遅れることになってしまう。
これは、おそらく国家公務員一般職試験の官庁訪問のスタイルを踏襲したためだと思われるが、「面接の機会は合格者に等しく与えられるのだろう」と思っていた人にとっては、わけがわからなかったのではなかろうか。でもまあ、お役所の仕事ってそんなもんで、都道府県や市役所のホームページ見てても、「決まりを淡々と掲載」はしてても、「懇切丁寧に誰にでも分かりやすく紹介」なんてサービスはしてくれないんですよね。そういうところを受けているんだ、という意識は、持っておいた方が良いと思う。今後ふたたび受験する人も。
ただまあ、このやり方だと「在職中でバリバリ働いてくれそうな人」が出遅れてしまうので、省庁にとっても望ましくないのでは?とは思う。
私はその日職場に午前休を予め申請しており、午前中にメールで志望省庁2つを予約。また、予定していなかった省庁から電話で面接の案内がかかってきたので、そこも受けることにした。正直、リクルーティングの電話があるとは全く思っていなかったのでびっくりしたが、5ちゃんねるのスレッドやTwitterを見るとちらほら報告があった。受験票から読み取れる情報は
なので、おそらく大卒で就労に支障の少なそうな障害者を合格者リストから各省庁でリストアップしていたではないだろうか。
週明け、2月26日に開催された合同説明会に参加。「一次試験合格者対象」となっていたが、出入り自由だったので関係ない人もいそうだった(明らかに受験対象年齢を超えてるお年寄りとかもいた)。概ねどこの省庁も受け入れ準備は全く出来ていない(そもそも「障害者採用枠」などというものが今まではなかったわけで)ことが伝わってきた。配属先や職務内容もまちまちで、
といった感じ。(外務省、国税庁はホームページの募集要項に上記内容が記載されていた)
説明会で、「就労経験を生かした仕事に配属されますか」という質問に対し、「そうですね、全く仕事したことがない人だと困っちゃいますけど」などと口走ってしまう担当者もおり、中途採用なのか新人採用なのかの整理もついていないようだった。(係員級の採用でそれは流石にどうかと思うのだが)
私が聞いたすべての省庁で、「新卒採用と同様の研修を受けさせる予定はない」という回答だった(国税庁のように最初から研修前提の告知を出している場合を除いて)。軽作業オンリーならそれでもいいが、普通の仕事も出来るならやらせる、なら同様に研修・教育も必要ではと思うが、これも「単に準備が出来てない(障害者の参加を想定した研修になってない)」部分も大きそうだった。
また、「障害の状態に配慮した勤務は可能ですか」という質問に対し、「フレックスやテレワークがあります」と回答していたが、今回の常勤採用では普通にフルタイムでの勤務が前提で、フレックスやテレワークといった配慮も一般の公務員が利用できるものと同等。「障害に配慮した勤務形態」などというものは存在しないようだった(そういうのは「非常勤」に寄せているのだろう)。
これは内閣府の担当者が言っていたことだが、「(フルタイムでの)勤務に不安がある方や、今回の採用で漏れてしまった方は、非常勤での採用も検討してほしい。今後、非常勤から常勤へステップアップする制度も用意されるので、働いてみて『大丈夫そう』だと思ってからでもいいのでは」とのこと。
面接は、非常に順調に進んだ。というか、最初に受けた第一志望の省庁に即日内定をもらった。
聞かれることは
と、まあ割と普通のことであった。個人的には一番最後の項目が問題で、今回の採用は国家公務員一般職係員級、「国家公務員 俸給表(一)」の一級からのスタートとなる。要するに、一般職の一番下からだ。ここに、民間での職歴16年くらいを加算すると、年収としては400万円ぐらいで、正直結構下がる。ただまあ、冒頭に書いたとおり、今の待遇に不安があるので、問題ありません、と回答した。
続いて、同じ日に設定していたリクルーティング電話のあった省庁とも面接。2時間ぐらい間が空いていたので、時間を潰すのに苦労した。こちらも大体同じような質問内容だったが、「年齢的に若い人間の下に立つことになるが大丈夫か」といったことも聞かれた。現職も派遣で職場の年齢的上下と関係なく仕事しているので、問題ないですと回答。やはり給与面のことは指摘され、「基本的に一定の間隔で昇級昇格していくので、すごく仕事が出来たからといってスピード出世があるわけでもないけど大丈夫か?」と言われた。まあそりゃしゃあないでしょという気持ちで、「大丈夫です」と回答。
内定をもらって、3月いっぱいで今の会社も退職か、と感慨深くなっていたところ、派遣先から正規雇用されることになり(並行して採用面接を受けていたのだ)、流石に長年働いていた先からの採用を断るわけにも行かず(給与もいいし)、内定先省庁へお詫びと内定辞退の連絡をした。私が辞退したことで内定された方は、ご自身と国民のために精一杯働いてほしい。私もこれからも頑張って働いていく。
人事院・各省庁側に期待したいこと
これは全くその通りだと思います。今回の選考対象となる「障害者」は、「障害者手帳」(身体障害者手帳、療育手帳(=知的障害者用)、精神障害者保健福祉手帳の総称)を持っている、またはその基準を満たす診断書が出せることが条件なのですが、これはもうピンキリなわけで。障害の程度・就労に及ぼす影響も千差万別ですし、就労経験自体も同じなわけで。あくまで、合格者の一サンプルとしてとらえていただければと思います。
それはそのとおりだと思います。自分も、今の派遣雇用継続なら(年収ガクッと落ちても)納得して公務員やるつもりでした。ちなみに、経験ゼロで高卒だと年収300万弱ぐらいからのスタートになるんじゃないかと。大卒だともう20万くらい乗るかな?
まあそういうことなんだろうな、とは思いました。こればっかりは、あくまで受け入れ側の基準だし、(もうちょっと配慮があってもいいとは思いつつ)「あらゆる障害者の面倒を見れられる体制を作れ」とまでは正直思っていません。
自分は東大を受験したけど不合格になって後期試験で別の旧帝大に合格して4年間過ごしてた
就職の時に国家総合職(いわゆるキャリア官僚ですね)の試験を受けて運良く試験は合格した
流れとしては試験に合格したら自分の行きたい省庁を選んで官庁訪問することになる
やり方は省庁ごとに異なるんだけど自分が選んだところは
控室に全員が集められて何人かずつ呼ばれる→それぞれ違う職員と一対一で話をする(ガチガチの面接ではない)
→部屋に戻されて次に呼ばれるのを待つ、ってのを一日中やってた
これに合格したら次の回に呼ばれてその次の回では別の人と面接して…を数回繰り返して採用になる
で、これ実際やってみると待つ時間が相当長いから同じテーブルの人と結構雑談してるんだよね
その中で分かったのが同じテーブルに7人中、自分以外の6人が全員東大法学部生だってこと
しかも全員が少なくとも2年の時には目指してたとか言うから3年の秋から手を着けた自分とは意識の高さ(悪い意味じゃないよ)が全然違う
実際東大生の就活観ってどんなの?ってわからない人がいると思うので公開します。
「コンサル」「民間大手(研究or開発)」「ベンチャー」「国家公務員」[その他(金融系アナリスト等)]
ベンチャーとはいっても応募してES書いてという形でなく、創業時から手伝っていたとかそもそも自分の会社だとか長期でインターンに行っていたパターンなんかです。
なのでそのベンチャーではそれなりのポジションが用意されているというパターンです。鶏口に立つも牛後となるなかれみたいなイメージですね。正直どれくらい数がいるのかわかりません。
コンサルを目指す人は2パターンいると思います。ガチでコンサル第一志望かとりあえず内定を貰うための人か。というのも、外資系コンサルや外銀は選考が早いのでとりあえず受けとくパターンもあるんですね。
とりあえずでアクセンチュアやらゴールドマンサックスに受かってしまう猛者もいるので、凄いなぁと思います。
もちろん最初から見ていない人も多いです。理系で実際にコンサルや外銀を受けている人は10~20%くらいでしょうか。
次は民間大手か国家公務員かの悩みです。特に学科単位で推薦がある場合です。
推薦を使って民間大手に決めてしまうと内定を辞退することはタブーですので、内定がもらった時点で国家試験は受けられません。
国家公務員を第一志望にしている人も悩みます。というのも、官庁訪問のタイミングで落ちてしまうと9月、その頃にはほとんど就職先はありません。
じゃあ先に自由応募で大手の内定を取ればいいかといえばそう簡単でもなく、推薦のある企業は推薦のみでしか受け付けないというパターンもあるのですね。
そんな事情から、推薦のある学科では民間大手か国家公務員かを最初から選ばなくてはいけない状況に立たされます。
ちなみに、推薦について補足しておきます。
昔までは推薦=フリーパスという風潮だったようですが、最近はそうでもなく、推薦=3次面接くらいまでパスできる権利ってイメージです。
厳しい時には
マッチング(推薦希望者内での人数調整)=>面接(2回くらい)=>内々定
となり、推薦希望者内でこぼれるパターンや役員面接で落ちてしまうパターンもあるので気が抜けません。
とはいえ推薦のある学科では推薦で民間大手に行く人は多く、学科内で50%くらいですかね。
国家公務員試験も、昔は試験重視だったらしいですが、人柄も見るようになっているらしく、官庁訪問でこぼれてしまう東大生は少なくないという話は聞きます。
その辺を聞くに、最近は学歴至上主義も緩和されてきているのかもしれないですね。
こうした事情から、国家公務員一筋だったり推薦一筋だからと他に何もしないわけにもいかないのです。
理系院生の間では、国家公務員試験(技官)は試験自体はそれほど難関ではないというイメージです。
決して簡単というわけではないですが、1年勉強に費やして目指すぜ!という人は見かけないですね。
ただそれでもさっきのような事情からギャンブルのような国1の道を目指すのはそれなりに志の高い人というイメージです。受ける人は10%いかないと思います。
文系ではよくある総合商社や日系銀行は、自分の周りでは理系院生で行く人は(アナリスト等専門職を除いて)ほとんど見かけません。
企業研究していくうちに最初は見向きもしなかったコンサルもいいなと思うようになってきたのですが、ほとんど選考が終わっています。
来年3月に東大法学部を卒業する俺から、「もっとこうすれば良かった」という話をメインで集めて、教訓を書いたので新入生に贈る。どうせこんなところに書いても誰も見ないだろうが、一人でも見てくれたら…という思いを込めて。対象は文科一類またはその他各類から法学部に進学する予定の東京大学の1年生または受験生。それ以外の人は一切対象にしていない。
まず最初に知っておくべきことは、東大法学部ではお勉強ができる順番が全てということ。成績と資格がすべて。それ以外の諸条件(コミュ力とか課外活動とか部活等)は基本的に考慮する必要が無い。勉強ができれば自分の志望する進路に行くことができるし、勉強ができなければその道は閉ざされる。経済学部等の他の文系学部とはこの点で一切異なることを肝に銘じておいてもらいたい。その上で大切なのは、できるだけ早く進路志望を確定すること。法曹なのか、公務員なのか、民間なのか。大まかに言ってこの3つは勉強のできる順番と考えてもらって構わない。勉強ができる人から順に選択肢が多い。法律の勉強がまったくできない人は民間に行くしかない。ここで言いたいのは法曹が偉くて民間が偉くないということではなく、自分の志望する進路に行くには勉強ができることが大前提だということ。
上記で強調したように、早く進路志望を設定できればそれに向けて動き出すことができる。駒場ではサークルも盛んなのでそれなりに学生生活を楽しみつつ、他の法学部進学者を出し抜くために専門科目が2年次で始まるよりも早く法律の勉強を始めることを強く勧める。そうすれば自分が法律に向いているかどうかも早めに判断できるし、3類(政治コース)を選択するとか、場合によっては進振りで法学部以外に進学することを考慮することも可能になる。どうやって勉強するか、であるが、ダブルスクールか自学自習ということになる。自学自習の場合は各予備校が出している参考書と学者の書いた教科書を、民法・憲法・刑法を中心に勉強すればよい。自律できない人はダブルスクールしかないだろう。
本郷に進学した後は勉強に集中するべき。遊びは駒場で終わりにして(その分駒場でサークルを含めて遊びたいだけ遊んでおくと良い。内向きにならず。)、本郷ではひたすら勉強の日々を過ごすことになる。
法曹志望者は、一刻も早く予備試験に合格して司法試験に合格することを目指す。早ければ早いほど良い。可能ならば東大に入学する前後の春から伊藤塾等のダブルスクールを始めることが望ましい。この場合、法科大学院進学を視野に入れつつ予備試験を受けていく、ということになるだろう。3年までに予備試験に合格すれば法科大学院に行くまでもなく卒業してそのまま司法修習に入ることができる。金銭的にも時間的にもキャリア的にもこのメリットは非常に大きい。このパターンが一番の勝ち組だと考えておけば大丈夫。駒場にいる1年次から準備を始めることが何より大事というのはとにかく知っておいてほしい。
国家公務員総合職の志望者に関して。国家公務員総合職試験は、東大に合格する学力があれば2ヶ月もまともに勉強したら合格自体はさほど難しくない。問題になるのは合格順位。教養区分や経済区分で受ける人もいるかもしれないがここでは最もオーソドックスと思われる法律区分について記す。法律区分で一桁、もしくは低くても50番よりも上の順位で合格していれば、よほどのコミュ障でなければ「どこの省庁にも行けない…」という状況にはならないはず。もしも5大省庁に入りたいとか、省に入ってから出世コースに漏れた状態で社会人生活をスタートしたくない、というのであれば一桁合格を目指すべき。そして一桁合格を目指すならば、司法試験を目指す方針で学生生活を送ることを勧める。滑り止めとして法科大学院を受験するつもり、もしくは3年次の予備試験までに合格するつもりで法律の勉強を進めていれば、かなり有利な状況で公務員試験を受けることができるはずだし、官庁訪問で失敗しても法曹に行けばいい。
法学部進学者が最初から民間志望と言い切ってしまうことはおすすめしない。民間に行くならばわざわざ法学部に進んで大変な試験を大量に乗り越える必要があまりないため、進振りで経済学部等に進めばよい。上にも書いたように、お勉強ができる人が偉いのが法学部の鉄則であり、勉強ができる人から順に進路の選択肢を得る。法律の勉強をした上で、何か民間でやりたいことがあるのであればそちらを志望すればよい。いろいろ意見はあるだろうが、結局のところ、給与や安定性等を考慮すると法曹と公務員を除くすべての民間企業は滑り止めとしての扱いでも構わないのではないかな、と個人的には考える。
もしも予備試験に3年までに合格して4年で司法試験に合格できるほど勉強がよくできる場合は、引く手あまたで就活には困らないだろうからここでは割愛する。まず公務員志望の場合、民間企業を多くて5社程度滑り止め&面接練習のために受けてから官庁訪問するべきであり、可能ならばこれに加えて法科大学院の受験もすべき(適性試験の受験が必要になるので遅くとも2年の時から調べて準備を始めること)。毎年のように滑り止めなしで公務員試験に突入し、官庁訪問に失敗して留年する者が続出している。民間志望の場合、法学部の中だけで過ごしているとロクなところに引っかからず、メガバンに就職する羽目に…というような例が案外よくある。経済学部の経友会に所属するとか、1年または2年の時から有名企業や外資企業のインターン説明会に参加したりOB訪問(東大は就職活動サポートは実質的に何もしてくれないが、OB名簿は本郷のキャリアサポートセンターに行けば学年に関係なく誰でも見られる)するなどの活動を積極的に行うべきではないかと思う。勉強ができる人が評価されるというのが大前提ではあるが、3類進学などでそのコースでは戦わない場合、別の戦い方が求められる。個人的にもよくわからない部分が多いのでここでは詳述しないが、民間就活に関してはネットや書籍でも情報が溢れているし、そちらを参照のこと。
まことしやかに囁かれる、法学部では3割の人が留年するというウワサだが、確かに留年者は多い。しかし、単位が取れなくて留年する者はほとんど皆無であり、進路がなくて留年する者がほぼ全員を占めることは知っておいてほしい。留年は官庁訪問の失敗か、法科大学院不合格かのどちらかだ。東大の法科大学院を既習で受験する場合、舐めていたら東大の学部生でも普通に落ちる。公務員志望の場合に滑り止めを受けるべきことは既に述べた通り。
これも本当。何もしなければ友達は増えない。だからこそ、所属コミュニティを積極的に増やす姿勢が非常に大切。まず、シケタイには必ず入ること、試験対策というのは正直者がバカを見る世界で、情報強者が勝つ。法律相談所なんかもできれば所属すべきで、入って失うものは何もないが得られるものは大きいはず。駒場のサークルで忙しいなどと言って入らないのは愚の骨頂。駒場のコミュニティと本郷のコミュニティは異なるし、進路を決める上で決定的に大切なのは本郷の方。他に緑会の懇親会や三類懇親会などには必ず顔を出すこと、法曹や公務員志望ならば自主ゼミを積極的に作ること、時間との兼ね合いではあるがゼミを2つ以上履修することなどは、心がけとしてあってもいいかなと思う。
読み返すとなんだか仰々しい感じになってしまったが、のんびりしていてもなんとかなる人もいるし、人それぞれのやり方があると思う。他にも何かまた思い出したことなどあれば加筆する予定。
「東大の人は変!」と思われることがあるから,プラスだけではない。
これ冗談に見えて、実際にある。俺のようなロンダ?組からするとまさに「ロンダあるある」と言えるくらいの経験。
ひどいケースだと官庁訪問なんかの時にも学生の待合場で「よかった東大生にも変でない人がいるんですね」とか
真顔で言われたことあるもの。学部東大の人はどこか変に力が入っていてコミュニケーションが取りづらいとさ。
そこ(五大のどこか)で内定もらうくらいの人だから色々と人間観察する余裕や能力があったのかも知れないし、
特に東大ということを強く意識してしまう場面だったのかも知れないけど、東大生は変に見られがちなのは変なプロパーのせい
だってのも間違いなくあるよ。そして変な先入観もたれて迷惑することも。そんな迷惑より得るものが多いから東大院にいったわけだけど。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20110106とhttp://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080203を読んで思った。
自分とこのブログに書くと容易に身元バレするんでこっちに書く。
僕はろくでもない中学校にいた。県下で有名な、警察もうちの中学の名前を出すとしかめ面するような学校。
そして、僕はそこの現実をとても興味深いと思い、世の中をわたるすべも覚えた。
定期試験の最中に後ろの席のヤンキーに答えを見せるのくらいは当たり前。
放課後の教室でセクースしていたヤンキーアベックを学級委員として見過ごさせていただくとか。
ヤンキー男に絡まれてたかられたらその男と肉体関係のあるヤンキー女子に頼み込んで許してもらうとか。
そういうのをたくさん覚えた。ついでにそのヤンキー女子に筆おろしをしてもらったのは秘密だ。
美形でおっぱいの形もよかった。
でも僕はそういうのが嫌で、ちょっと離れた私立男子校に入学した。
入学したはいいものの、中学校で勉強しない癖、馴れ合う癖を覚えていた僕には、
受験少年院と言われていたその男子校の生活になじむのに1年くらいかかって、
もちろんその間の成績は最底辺だった。
今思えば東大に10人も入れないごくごく中堅レベルの進学校だったんだけどね。
最終的にはその高校を首席で卒業して、たぶんちきりんさんの通った大学に後輩として入学した。
そこからが大きな違いだと思うんだけど、僕はその大学での生活をとても楽しんだ。
“選ばれた人達だけで構成される集団の嘘くささ”はひしひしと感じたものの、
その嘘くささそのものを、僕はずっと追っかけて勉強してきたんだと素直に思えた。
その嘘くささが楽しかった。
中学や高校では得られない知的な刺激が多い友人たちとの会話に、自分がこれまで知らなかった世界を見た気がした。
アルバイトもたくさんした。もちろん時給3000円の家庭教師もした。
お父さんもお母さんも僕に頭を下げたけど、当たり前だと思った。何しろ僕は頭がいいんだ。
だからKDDのオペレーターやセブンイレブンや居酒屋で働こうなんて思わなかった。
効率よく家庭教師をやり、ついでに家庭教師の派遣業みたいな会社の立ち上げに関与し、
儲けたお金はぜーんぶ青短のFカップと立教のCカップ(処女)と上智のAカップ(処女)と昭和女子のビッチと東京海上の一般職OLとJALのスチュワーデスに使っちゃったけどね。
就職活動は、法学部だったから、当然のように国家公務員試験を受けた。
だって、うちの大学にきて、国家公務員試験でないと意味ないでしょ。
民間の就職活動もしたよ。都銀が人気だったから都銀の内定ももらった。
就職活動を本格的に始める前にはBCGからもお手紙もらったよ。
僕はそれが何か知っていたので遊び半分で試験を受けに行って、準備万端のICUの女子と上智の小賢しそうな男に負けて面接で落選した。
そしてそれから10年くらい経って、今はたんなる平凡な・・・だ。特筆すべきことは僕の人生に何もなかった。
みんなが好きで、みんなが目指す道を歩いてきたのに。
やはり人生は、迷った時にはマイノリティに身を委ねるべきだ。もちろん、それにふさわしい能力を身につけていることが前提だけど。
バブル経済最後の頃、Sラン大学を卒業した。大学時代、サークルでイベント企画とかしていた関係でマスコミを志望していたが全滅。結局某端くれの都銀(当時はこういうカテゴリーがあった)に就職した。自分なりに頑張って仕事をしたつもりだったが、社風が合わなかったのか俺がウンコだったのか、やることなすこと全てが裏目に出て、会社から完全に浮いてしまい、鬱病になって1年で退職した。
その後、Ⅰ種国家公務員試験を受けて官庁訪問しまくって、なんとか1箇所だけ引っかかり、今は某省職員として働いている。
「Sラン卒、キャリア官僚、非童貞」って書くと、一般的にはギリギリ勝ち組、中の上くらいの扱いなんだろうか。
でも、全然そう思えないん。むしろ、不幸のどん底にいるような気がしてならない。
この前、Ustで自殺した人がいたけど、彼は現役銀行員だっけ。俺と似たような感じだったのかもしれない。
まず、仕事のきつさの割に給料が少ない。もうすぐ40歳だというのに、額面45万、手取り30万台だ(これでも一応課長補佐である)。残業はほとんどサービス。季節によっては役所で朝焼けを見ない日はない。ってか今頃がそうなんだけど。今日この時間に家にいられるのが奇跡。役所のロッカーには汗まみれのワイシャツと下着が腐臭を放ちながら溜まっている。しかも給与は、毎年、定期昇給分くらいカットされるので、全く増えない。
これでも恵まれてる、とお前らは言うかもしれないが、民間企業に就職した友人は軒並み60万~100万。司法浪人くずれの予備校講師でさえ、手取り50万は超えている。俺は一応それなりの大学を出て、それなりに難関の公務員試験を受かったはずなのに、なぜこうなるんだ。
第二に、仕事がつまらない。何かを企画したり制作したりするクリエイティブなプロセスは全て有識者に丸投げ。役人がすることといったら、ひたすら利害集団との調整と国会議員への根回しとその結果を法律の条文にすることだ。しかも、議員根回しと条文作りには無意味なルールが山程あって、しかも民主党が政治主導とか言ってややこしい調整ごとだけやらずに残してくれているので手間だけはかかる。
第三に、転職が無理。資格もない、職歴は1年でやめた銀行と公務員だけ、留学こそしているけれど、もう少しで40歳、という条件では、このご時世まともな転職はほぼ不可能であると思う。なんだかんだ言って、墓場のような今の職場で飼い殺されるのが、現時点では最もマシな選択なのだ。
こんなはずではなかった。民間に就職した友人は、会社幹部候補の有力若手として業界に名を馳せる存在だったり、労働組合の委員長だったり。学者になった友人は、グーグルで名前を検索しても数万件のヒットがある。起業した友人は、事業が軌道に乗ってきて会うたびに表情が輝いている。外資に行った友人は、資産5億円を余裕で越え、都内の立派なマンションを資産運用と称して買った。
そこまでエリートになれないとしても、もうちょっとマシな人生はなかったのだろうか、と考えてしまう。自殺して一からやりなおせるなら自殺したい。
どこで間違ってしまったのだろう。国立文系を選んだ時点? マスコミを志望した時点? 都銀辞めてしまった時点?
他人に相談しても「キャリア官僚なんて恵まれてるんだから、贅沢言うな」としか言われないので増田で愚痴らせてもらった。この死ぬまで続く絶望から逃れる方法はあるのだろうか。
難関と評判の国家公務員試験I種(国I)を受験してみたのでそのときの体験記のようなもの。
誰だか分かる人もいるかもしれないけど黙っててね。
落ちていた場合、これを書く気になっていたのかどうか気になる。
今年も4月官庁訪問の季節がやってきたから、ふと書きたくなった。
俺は大学卒業後、非正規の職をいくつか回ってきたが、御多分に洩れず不景気で仕事が苦しくなってきた。このままでは未来がないと一念発起して、公務員試験の勉強をして国家公務員1種試験に合格した。試験そのものはとてもフェアな試験で俺でも合格することはできた。
ところで
“35歳”を救え なぜ10年前の35歳より年収が200万円も低いのか
http://www.amazon.co.jp/dp/4484092433
という本が出ているが、俺はまさにそういう位置にいる。負け組だとかダメ人間だとか散々言われてきたけど、その通りだと思う。だからこのエントリも「ダメ人間が分不相応な夢を見ているんじゃねーよm9(^Д^)ぷぎゃー」と思われるだろうが、それでも書いてみたい。
さきほど書いたように1種試験は非常にフェアな試験だった。1次試験は教養と専門のマークシートで、これは一定の勉強をすれば通る。次に専門の記述があるが、これも勉強すればよいので問題はない。少し不透明なのは総合試験と呼ばれる論文試験だが、これも採点基準は民間基準から言うと非常にクリアだった。
採用試験試験方法に規定する総合試験採点基準は、次のとおりとする。
1 採点方法
(1)採点は、各答案ごとに2名の採点者が行う。
(2)採点者は、独立して、別紙1に掲げる「評価の観点」及び別紙2に掲げる「採点における評価とその点数」にもとづき、1点から5点までの1点きざみの5段階によって行う。
(3)採点者のうち一方のみが1点の採点を行った答案については、調整採点者が別紙3に掲げる「調整採点における評定とその段階」に基づき、A、B、Cの3段階で評定を行う。
2 粗点の算出方法
答案の粗点は次により算出する。
(1)調整採点者による評定を行わなかった答案
2名の採点者の点数の和
(2)調整採点者による評定を行った答案
1 評定の段階がAのとき
2名の採点者のうち、高い方の点数の2倍
2 評定の段階がBのとき
2名の採点者の点数の和
3 評定の段階がCのとき
2名の採点者の点数のうち、低い方の点数の2倍(2点)
以上
評価の観点
総合試験の採点は、答案の全体から受験者の判断力、思考力等を総合的に評価して行い、その際、特に次のような観点に留意するものとする。
1 問題の理解
○ 出題の趣旨を正しく理解し、設問に沿った解答を行っているか。
○ 出題に関連する基礎知識及び問題意識を有しているか。
2 思考・判断
○ 問題を深く掘り下げて論じているか。
○ 既存の知識や情報を論述するだけでなく、自らの思考に基づいた意見を述べているか。
○ 適切な判断・結論を下しているか。
3 構成
○ 論理に矛盾や飛躍がなく、論旨が明確になっているか。
○ 全体として適切な構成になっているか。
4 文章
○ 文章に説得力があり、論文として格調を備えているか。
○ 正しい用字、用語で書かれているか。
採点における評価とその点数
5点 特に優れている
4点 平均よりも明らかに良い
3点 平均的
2点 平均よりも明らかに劣る
1点 合格に値しない
このような基準で採点された上で、最後に成績も開示される。面接試験も同様だった。ともあれ、俺は公務員試験には好印象を持ったし、それなりの成績で合格することはできた。
それから各種セミナーに通って現役の職員にできるだけ多く接した。そのときは省庁の選考は民間企業と違って新卒主義もないし、能力とか熱意があれば通ると言われた。現に接した職員の中には既卒になってから1種試験を受けて採用された人もいた。バカな俺はそれで希望を持ってしまった。何事にも物事には限度はある。俺は4月1日現在33歳なんだ。
散々な結果だった。噂では省庁の採用は非常に恣意的だと聞いていたが、まさにその通りだったと思う。ネットには東大じゃないと通らないとか、東大でも法学部で現役合格以外は2軍扱いだとか色々書いてあるが、アホな俺は今までの試験やセミナーですっかり心酔していた。さすがに今は東大じゃないとダメだとか、親が官僚じゃないとダメだとかはないらしいけど、それでも俺の夢を粉々に砕くには十分だった。
官庁訪問は省庁によって異なるだろうが、だいたい次のようなプロセスを繰り返すらしい。
原課面接とは、職員の空き時間を使って職場に行き話を聞くことを指すそうだ。面接というよりは業務説明に近いらしいが、次の個別面接では原課面接で聞いたことを掘り下げて聞かれる。だから、限られた時間でどういう仕事をしているのか、何が問題で何を目的として取り組んでいるのかということを聞き出して理解しなければならない。ここでの理解が甘いと個別面接の評価が下がる。
ところが、俺は原課面接は一度も経験したことがない。省庁を訪問して手続きを済ませると1回か多くて2回の個別面接だけをして、結果を人事(秘書課というそうだ)に伝えることもなく、人事は遠回しに不合格を伝えてきた。面接官と人事が接触したようにも見えないので、面接の結果不合格になったわけでもないような気がする。原課面接もしていないから掘り下げたことを聞かれたわけでもない。官庁訪問ブログを読めばわかるが、官庁訪問は長期戦で朝から深夜まで拘束されることはざらにある。さっさと追い返された人は不合格ということだ。また、帰り際に「何かあればこちらからご連絡します」も死亡フラグ。普通の人は「次は○日の○時に来て下さい」と次回の予約をする。
初日で落とされてしまったので翌日からは別省庁を回るけれど、結果は同じ。いくら頭の中がお花畑の俺でもわかる。俺は選考外だったのだ。官庁訪問では内定者は20人くらいと面接するそうだ。単純に割り算をすると初日から5人くらいは会うのが普通。実際、訪問シートのチェック欄には面接官5人分の欄がある。普通ならその面接官の意見をすりあわせて評価を決めるのだが、人事(秘書課)の人の死刑宣告がすぐに来たし、面接結果を見るまでもなく不合格だったのだと思う。
こうして俺の淡い夢は消えた。今の学生は将来に対する不安を持っているのだろうが、俺はその未来を実体験として味わってきた。こういう状況は変えていかないといけないという熱意は本物だ。単に公務員の安定した身分が欲しいとかそんな志望動機じゃない。能力は普通に大卒後10年正規雇用で働いている人よりは劣るだろうが、全く何もしてこなかったわけでもない。だから、せめて面接官が面接結果を協議した上で、あいつは年齢相応の能力がないからポテンシャルのある新卒を採ろうと結論づけたのならまだ納得がいくが、このような切られ方は正直ショックだった。
公務員試験の性質上、公平性をアピールするのは仕方ないと思うけれど、ちまたでの噂のように実態は強固なエリート主義であるのならそう言って欲しかった。せめて、個人的に話をしているときくらいは、君は選外だから来ても時間の無駄だよと言ってくれれば早めにあきらめが付いた。
面接に行ったんだ。
そしたら、面接に辿りつく前にエレベーターでお見送りされたんだぜ?
信じられるか?
学説的には、エレオクという技らしい。
俺は何が何だかわからなかった。
------------------------------------------------------------------------
397 名前: 氏名黙秘 [sage] 投稿日: 2009/09/21(月) 16:24:45 ID:???
公務員板ではおなじみの送り(官庁訪問で不合格にした受験者に対する対応)を拾ってきた。
☆各省庁人事必殺の送りテクニック☆ 最新版8/21
【エレオク】
基本技。エレベーターまで送り、ご丁寧に『下がる』のボタンまで押してくれる。
中には、「面接室までご案内いたします」と言って待合室から出したと思ったら、
「本日はありがとうございました」と言ってエレオクをするテクニシャンな人事の人もいる。
【テレオク】
基本技。「何かありましたら、追って連絡を差し上げます」と言って帰す。民間でも使われる手法。
ちなみに連絡は来ないことが多い。鳴らない、電話。
【メンオク】
エレベーターをスルーしたときの高揚感はたまらないが、面接室で地獄に落とされる。
ちなみに面接室からエレベーターまでは送ってくれない。不親切である。
【デグオク】
出口まで送ってくれる。しかし、他に行きたい省庁が同じ建物にある場合は有難迷惑でしかない。
再度中に入ろうとすると、ディフェンスに定評のある人事にブロックされる。
【エキオク】
奥義のひとつ。駅まで送ってくれるらしいが、エキオクを使いこなせる人事は滅多にいない。
というか人事もそこまで暇じゃない。
398 名前: 氏名黙秘 [sage] 投稿日: 2009/09/21(月) 16:25:54 ID:???
【ホカオク】
「是非他の官庁も回ってみて下さいね」が発動の合図。他のテクニックと併用される。
言うなれば、京都の家庭でお茶漬け出された上に追い出されるようなもんである。
【公開処刑】
主に国家Ⅰ種で多用される荒技。
次の面接を待ちながら同士たちと談笑する中で、情け容赦なくこう言われる。
「結果をお伝えしますので、〇〇番の方のみ荷物を持って廊下にお願いします」
自分だけ特別室で内々定かもしれないという淡い期待は、続くエレホカオクを前にかき消される。
【ミンオク】
「民間も回ってみたら?」が発動の合図。労働局が得意とする魔の誘導テクニック。
業務説明会に来たつもりが気付くと受験生の就職相談会になっている。
「これはおかしい」と思った時にはすでに遅し、自分の職業選択に疑問を持ちながら帰路につ
【瀬戸オク】
送りテクニック最終奥義。
面接に呼び出され船で向かっている途中に、官庁が「あ、やっぱ来なくていいです^^」と瀬戸内海上で宣告するという荒業。
半分趣味みたいなものだと思う。
幸せだからこそその道は厳しい。
専攻は工学系だからほかの分野と比べればまだ状況はましだと思う。
同級生だったのに、彼の方がすでに2年先を行っている。
私が博士にいったらさらに数年遅れる。
同い年の子が既にお給料を稼いでいることに不安を感じないわけではない。
もっとも、うちの大学のうちの学部は最近から博士学生も「職業人」として、一定の給与を支給するようになった。
失敗したら専業主婦という道もないわけではないから、
安定性とステータスに飛びついて目指していたけど、
定年までの人生、「お金を稼ぐための手段」と仕事を割り切っていいものかなあ。。と。
環境は厳しいけど。
自力で就活しました。
推薦だと蹴っちゃいけないから。。
うん、できれば権限と責任がある方がいいよね。
なんか聞かれたら「それはメーカーに聞いときます」って言わなきゃいけないのって悲しいよね、って。
それほど大きくもないメーカーで研究開発してノーベル賞とることはできても。
だからどっちがいいのか分からなくなってきました。
そんな仕事ないか・・