2011-01-08

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20110106とhttp://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080203を読んで思った。

自分とこのブログに書くと容易に身元バレするんでこっちに書く。

僕はろくでもない中学校にいた。県下で有名な、警察もうちの中学名前を出すとしかめ面するような学校

そして、僕はそこの現実をとても興味深いと思い、世の中をわたるすべも覚えた。

定期試験最中に後ろの席のヤンキーに答えを見せるのくらいは当たり前。

放課後教室セクースしていたヤンキーアベック学級委員として見過ごさせていただくとか。

ヤンキー男に絡まれてたかられたらその男と肉体関係のあるヤンキー女子に頼み込んで許してもらうとか。

そういうのをたくさん覚えた。ついでにそのヤンキー女子筆おろしをしてもらったのは秘密だ。

美形でおっぱいの形もよかった。


でも僕はそういうのが嫌で、ちょっと離れた私立男子校に入学した

入学したはいいものの、中学校勉強しない癖、馴れ合う癖を覚えていた僕には、

受験少年院と言われていたその男子校の生活になじむのに1年くらいかかって、

もちろんその間の成績は最底辺だった。

今思えば東大10人も入れないごくごく中堅レベル進学校だったんだけどね。

最終的にはその高校を首席で卒業して、たぶんちきりんさんの通った大学に後輩として入学した


そこからが大きな違いだと思うんだけど、僕はその大学での生活をとても楽しんだ。

本来僕がいるべきなのはこういう人間集団なんだと思った。

“選ばれた人達だけで構成される集団の嘘くささ”はひしひしと感じたものの、

その嘘くささそのものを、僕はずっと追っかけて勉強してきたんだと素直に思えた。

その嘘くささが楽しかった。

中学や高校では得られない知的な刺激が多い友人たちとの会話に、自分がこれまで知らなかった世界を見た気がした


アルバイトもたくさんした。もちろん時給3000円の家庭教師した

お父さんもお母さんも僕に頭を下げたけど、当たり前だと思った。何しろ僕は頭がいいんだ。

からKDDオペレーターセブンイレブン居酒屋で働こうなんて思わなかった。

効率よく家庭教師をやり、ついで家庭教師派遣業みたい会社の立ち上げに関与し、

ちょっとしたお金を儲けた。

儲けたお金はぜーんぶ青短のFカップ立教Cカップ処女)と上智Aカップ処女)と昭和女子ビッチ東京海上一般職OLJALスチュワーデスに使っちゃったけどね。


就職活動は、法学部だったから、当然のように国家公務員試験を受けた。

だって、うちの大学にきて、国家公務員試験でないと意味いでしょ。

官庁訪問でも意気統合した人が何人かいて、内定をいただいた。

試験にも運よく合格した。平凡な成績だったけどね。

民間の就職活動したよ。都銀が人気だったか都銀内定ももらった。

就職活動を本格的に始める前にはBCGからもお手紙もらったよ。

僕はそれが何か知っていたので遊び半分で試験を受けに行って、準備万端のICU女子上智の小賢しそうな男に負けて面接落選した

しかたか上智Aカップを呼び出して中出しした


そしてそれから10年くらい経って、今はたんなる平凡な・・・だ。特筆すべきことは僕の人生に何もなかった。


みんなが好きで、みんなが目指す道を歩いてきたのに。


やはり人生は、迷った時にはマイノリティに身を委ねるべきだ。もちろん、それにふさわしい能力を身につけていることが前提だけど。

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