はてなキーワード: 通り道とは
ガソリンを入れに行く必要を挙げるEV乗りとEV信者の人多いけど、そんなにガソリン入れに行くための移動ってある?
毎日充電コネクタ繋ぐより、たまに給油する方が楽じゃね?空気圧点検や窓拭き、洗車も一緒にできるし。
通常の移動で通り道にガソリンスタンドあると思うんだけど、なんで通り道のスタンドで入れないの?
1円でも価格気にしてるの?それとも都心過ぎるのか・田舎過ぎて通り道にスタンドないの?(※山奥で無い限り、地方の方がスタンド多そうだけど)
途中寄ると時間かかるからというのは無しな。そんな時間余裕持たずに車移動する奴、路地も飛ばしてそうなDQN運転してそうだし、そもそも多少の渋滞を考慮してない馬鹿じゃ無いよな?
番組は「KAZU1」が知床で運航を始めた当初から船を知る元船長に話を聞くことができました。
すると当時、船体に“ある改造”を行っていたことが分かりました
▽「エンジン取っ払って2基→1基に」
これまでで最大規模の集中捜査が始まった、きょう29日。
新たな手掛かりが見つからないまま捜索を終え、先ほど、対策本部が会見しました。
(国交省 木村次郎大臣政務官)「4月28日以来、行方不明者が発見されていない。ご家族の一部の方からは焦燥感、焦ったような思いの中で、そういったお話ぶりがありました」
沈没の原因究明が急がれる中、番組はKAZU1の船体について詳しい人物に接触。その構造について意外な証言を得ることができました。
(元船長 Aさん)「2005年の時に知床の観光シーズンが終わってそれから岡山に取りに行ったの、あの船を…北海道まで持って来たんだ」
Q.KAZU1を?
「うん。そう。太平洋をずーっと。」
以前、知床遊覧船で船長兼、船のメカニックとして働いたというAさん。
17年前の2005年秋、前社長の指示で岡山県からKAZU1となる中古の船を約500万円で購入。北海道まで3カ月かけ運んだ人物です。実は北海道に運んだ後でKAZU1はある改造が成されたといいます。
「エンジン2基掛けだった最初はね。(エンジン)2台で2つのスクリューシャフトで、エンジンを取っ払って1台のエンジンにしたの。2台積むというのは1つのエンジンがトラブル起きても片方が生きているから何とかなるんだけどさ…」
Aさんによるとスクリューやシャフトの故障により2基あったエンジンを取り外し、別の船のエンジン1基を流用したといいます
▽「構造が悪い」KAZU1船底の“空洞”
さらに、AさんはKAZU1の船体構造に、ある違和感があったといいます。
(元船長Aさん)「これ(KAZU1)乗っている時に俺メカニックもやるから、その時船底に潜った印象としては、スペースって80cm角ぐらいの通り道があった。要するに人間が入っていけるように、船底に。」
Q.つまり船底の中が空洞ということ?
「空洞、漁船の場合は仕切りがあるから、だから1つ穴空いたって全部には(水は)行かないから」
通常の漁船などは船底部分は仕切りとなる隔壁があり仮に水が入っても他のスペースには浸水しないよう対策が取られているといいます。しかしAさんによるとKAZU1の船底は改口(あらためぐち)と言われる穴がほとんどの隔壁に開いていたといいます。
エンジンルームの隔壁にも中央部分に80cm角ほどの穴が設置されていたといいます。
「普通はエンジンルームって隔離している。水が入らないように。先端の方で穴開いてバーッと水が入って機関部までダーッといっちゃうからエンジン止まっちゃうでしょ。だから構造が悪いんだ…これ危ないから塞いだほうがいいと言ったんだけどね。」
おととしまでKAZU1の船長をしていた元従業員への取材でも少なくとも3年前まではエンジンルームの穴は開いたままだったといいます。
(横浜国立大学 村井基彦教授)「隔壁があっても、一番下が抜けていたら何も関係ないですね。一番下に(穴が)あったら最初から水が(全体に)すーっといっちゃうので、こういう事が起きた時のリスクは高くなっていた。」
さらに村井教授は、かつて撮られたKAZU1の写真に着目しました。
「まず水を一番被るところなので、嫌なところに(傷が)ついてるなと。」
去年5月、KAZU1が漂流物と衝突事故を起こした後の写真―。
指をさす船首部分には、衝突の跡でしょうか、大きな傷のようなものが見られます。事故当日まで豊田船長と連絡をとっていた、知床遊覧船の元従業員は、こう証言します。
(「知床遊覧船」の元従業員)「船首に傷があったということは存じ上げているんですけども、その部分に関して一番不安があったので、それを豊田船長に『そこはちゃんと直したんですか?』って聞いたんですけど、豊田船長は『いや直してないよ』と。『じゃあなんで(KAZU1を海に)おろしたの?』って(聞いたら)『社長がおろせって言ったからしょうがない』っていう形」
事故の2カ月前に撮られた写真を見ると、やはり、同じ位置に傷が確認できます。傷は、航行の時に海水に浸かり易い位置でした。
(横浜国立大学 村井基彦教授)「(KAZU1は)小型の高速船ということで、波を切り裂くように進んで行くんですね。衝撃的な力がこの上にかかる。水中にある傷っていうのは、かなり致命傷になることは当然、想像つく。」
こうしたKAZU1の傷や構造と、沈没の関連性は、未だ分かっていません。知床の海を知る地元漁師は船底などの強化は重要だといいます。
Q.船の前方は強化している?
(第三幸洋丸 石渡淑朗船長)「FRPの他に鉄で囲ってますね」
Q.船を造った時に?
「そうです」
(第三幸洋丸 石渡淑朗船長)「船が波に持ち上げられて船底が叩き付けられるから、船の上にあがっているもの自体の重さ、それを加味して船底を厚くしないとプラスチック船の場合は波で破壊される。瀬戸内海で走っていた船が外海に来てどれだけ外海仕様にしていたのか、それが一番問題だと思う」
なるほど。
これを指示したのは元社長だから、元社長もかなりヤバいことがわかった。
やはりプロの船員を切って放置経営したところが焦点になりそう。
あとここの部分か。
船長は『いや直してないよ』と。『じゃあなんで(KAZU1を海に)おろしたの?』って(聞いたら)『社長がおろせって言ったからしょうがない』っていう形」
不審者扱いされているかもしれない疑惑がある。その家の近くで地面を歩くハクセキレイを見て立ち止まったことが1回ほどあっただけなのだが、その際にちょうど買い物に行くところであったらしい奥さんが出てきたのだ。
目と目が合う。家のすぐ間近目の前ということはないが、ドアを開けたら少し離れた場所に人が立っている。こんなシチュエーションは私も多少ながら警戒心を抱く。
なんだろうという僅かに不審がる視線に気まずくなり、しかし聞かれてもいないのに「鳥を見ていました」などと説明するのも変なので(それこそ言い訳じみているだろう)、無言で少し携帯を見るために止まっただけを装い(装えているかはさておき)その日は立ち去った。
困ったことにその家の近くは割と私の通り道だった。つまり意識して避けなければ奥さんとの遭遇率はそれなりにあるだろうということだ。一度そんなことがあってみると、今まで観測できていなかった奥さんとのニアミスは結構な頻度であったのだと気が付く。こうなると今までのように通り過ぎるだけでもリスクだ。
何も目立って問題は起きておらず、後ろめたいこともしていないので気にしなければ済む話ではあるのだが、「私のことを監視しているでしょ」などとやってきても嫌なので、道を変えようと思っている。
楽器の方でなんとかしてくれよ
https://anond.hatelabo.jp/20220220153320
このエントリ、本編は興味深く読んでいたのに最後のおまけで唐突に尺八がディスられていて唖然としてしまいました。
ちなみに私は小中高と吹奏楽部で金管楽器を担当しており、ホルンの音色の魅力や特有の難しさも理解しているつもりです。
そして大学卒業後は尺八に興味を持ち、各流派を学んでおります。
元増田が尺八という楽器の現状を知らずにディスっているのは明白で、あまりに理不尽です。
オーケストラ曲や吹奏楽曲に尺八が用いられている曲は複数存在します。
一番有名なのは武満徹作曲の「ノヴェンバーステップス」でしょう。初演は小澤征爾指揮のニューヨークフィル。それでも「無名な日本の民族楽器」でしょうか?
1994年から4年に1回「世界尺八フェスティバル」が世界各地で開催されており、8回目となる今年は中国で開催されます。世界中の尺八愛好家が参加します。それでも「無名な日本の民族楽器」でしょうか?http://www.wsf2022.com/ja/
知り合いの製管師(尺八の製作者)によれば、最近は日本よりも海外、特に中国から注文が殺到しているとのことです。それでも「無名な日本の民族楽器」でしょうか?
最近は国内外問わず尺八の構造が研究され、金属やプラスチック、3Dプリンタ等で制作した新たな尺八が毎年のように登場し、それらをネットで販売する人も現れています。それでも「無名な日本の民族楽器」でしょうか?
ちなみに現在国内で最も精力的に尺八の改良に取り組んでいるのは「泉州尺八工房」でしょう。https://shakuhachi.co.jp/
逆に、ホルンは世界中の街角で当たり前に吹かれているのでしょうか?少なくとも日本の街角でホルンを吹いている人を観たことは私は一度もありません。
さらに言えば、虚無僧は楽器として、音楽として尺八を吹いているのではなく、「吹禅」といって宗教的な修行の一環として尺八を吹いています。ゆえに虚無僧が街角に現れる頻度と尺八の楽器としての有名無名はまったく相関関係がありません。木魚が楽器として流行すれば街角にお寺は増えるんですか?
確かに尺八の発音原理はフルートと同じです。しかし楽器の構造がまるで違います。きっと元増田は「竹をくり抜いて穴を開けただけの単純な構造」だと思ってらっしゃるんでしょうけど。
違いを挙げればきりがないですが、代表的なのは「首振り」でしょう。あれは首というか顎を上下させて唇と歌口の接触面積を変えることで開口端補正を行い、音程を変えているのです。
尺八は指孔が5個しかなく、指使いだけではすべての音程を出すことができません。そこで首を上下させることで指使いだけでは出せない音程を補っているのです。
首振りで変わるのは音程だけではありません。息の流れも変わるため、尺八特有の「枯れた音」「渋い音」になります。
「首振り三年」ということわざめいたものがありますが、これは首振りによる音程や音色のコントロールが難しいことを端的に示す例えです。
なぜ首振りという奏法が笛類の中でも尺八にしか存在しないのか?これも尺八特有の構造に由来するのですが、ここでは説明を省きますのでご興味ある方は調べてみてください。
元増田であればこうした楽器の特性に不満を抱いて「楽器の方でなんとかしてくれよ」と思うのでしょうが、尺八はこの楽器としての不完全さを逆に特徴として他のエアリード楽器にはない特有の音色を出しているのです。
「尺八がホルンより難しい」とは言いません。というか、難しさの土俵が違うので比べようがありません。
私が言いたいのは、どちらの楽器も構造上不完全な特徴があるからこそ、唯一無二の音色が出せる、という側面もあるということです。
尺八にも初心者向けの「アダプター」なるものが存在します。リコーダーの口で咥える部分のようなパーツを尺八の歌口にはめ込むと、初心者でも難なく音が出せるというしろものです。
ところが、このアダプターをはめて尺八を吹くと、皆さんがイメージする尺八の音色とは似ても似つかない何とも悲しい下手なリコーダーのような音しか鳴りません。上級者が吹いても、です。つまり尺八を誰もが鳴らせるように息の通り道を固定すると、本来尺八が有する自由度が失われ画一的でつまらない音しか鳴らなくなり、尺八の個性が死んでしまうのです。
あのさ、
町中華ってあるじゃない、
私がいつも道すがら通り道を車で走る際に通り過ぎていくビル中華屋さんが3つぐらいあって、
ああ言うのって、
なんか親族が法事なんかの用事で大勢集まったときに利用するって用途が主な目的の中華屋さんで
もしかしたら
私が気付いた初めての新ジャンルなのかも知れないわ。
今時もう第三のビールに新ジャンル言って言わなくなって久しいけど
私は新ジャンル中華としてビル中華って新ジャンル確立してもあってもいいかもしれないわね。
私はいまだかつて3階以上には登ったこと案内されたことないので、
なんかゲーム形式である程度の餃子のリョウを勝負して完食したら、
もしかしたら、
知らないうちに頼んだオーダーがきっかけになって
3階以上のフロアに登れるチャンス権を獲得できるのかも知れないわ。
とにかく、
おやっさん大将1人で切り盛りしている家族系の町中華にならんで、
ふとああいうビル中華って1人でランチでもなレヴェルで中華を堪能できるのかしら?
私の事務所でちょっとお手伝いしてもらってた四川出身の娘さんがいたんだけど、
日本の中華はたいしたことないアルネ!って勝利宣言をしていたのが今でも忘れられないわ。
あれは結構日本にローカライズされた日本語版の餃子の王将だから
辛さの意味では全然四川省の本格辛み中華のそれには全く勝ち目がないのは戦う前から分かっていたはずよね。
私は止めるべきだったし、
負けると分かっている餃子の王将を放っておいたのも分かるけど、
それが全てではないって、
まるで
募っているけど募集ではない。
倍増だけど2倍ではないって
出身の四川省から持ち込んできたマイ辛み調味料で作る自炊料理は
そこに全ての四川省が詰まっているように、
辛かったけど。
私は日本の餃子の王将に戦いを挑んだファイティングスピリッツは凄いと思ったわ。
普通に彼女チャイナドレスでバス乗ったりとなかなかパンチあるスリットのそこまでは入ってなかったけど、
でもあれってきっと日本人が着たらなんだかヘンテコポンコツチャイナドレスでチャイナスープにして煮込まれるぐらいクレームが出そうなので
やっぱり着る人は着る服を選ぶのよ。
だから今思ったら、
バトルで勝たせてどんどん上のフロアに行かせてみることも出来たはずよね。
豚肉1日7000キロ卵1日5万個鶏肉3000キロ餃子1日100万個食は万里を越えてやってきた4000年の歴史を持つ四川省出身の人がいけば
きっとビル中華タワーも各界のボスを倒して攻略できたはずだわ!!!
でも今思ったら
彼女辛さにはめっぽう最強に強いんだけど、
大食いでは無かったのよね。
それを今思い出したわ。
でも万里を越えてやって来たのは本当よ!
うふふ。
今週は控えめにしておけば結果が良好に良くなる兆しが前向きに光が差し込むはずよ。
駐車場とかで、
前向きに駐車してね!って応援メッセージが書いてある駐車場のように
私も前向きにって
そろそろ麦茶もホッツにして飲みたいところだけど
ホッツよりやっぱりコールド麦茶ウォーラーの方が味が良いかも知れないわ。
これなら温かくても冷めて冷たくなっても
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
昨日の話。
「元」なのはコロナ自粛無視して銀座で飲食したのがバレて批判受けて離党したから。
同じ立場の自民議員がほかに二人いたけど松本純は最初全部私です一人ですと言って
前途ある2人をなんとしても庇いたかったとか言ってそれはどうなんだ
男気があるという評価と取り調べに嘘つきやがってという評価が支持者の間でも半々て感じ。らしい。
しばらく時間空けて改めて地元の自民党かなんか通して詫びを入れて復党願を出したけど拒絶された。
離党後まもなくyoutubeチャンネルに安倍晋三が出てきたりして
そういうわけで昨日の夜七時からの駅前演説にも麻生太郎が応援に来た。
時間つなぎをしてるのは地元の自民党市議で、沢山いた緑のジャンパーはたぶんいつも通りの自民党スタッフ。
人だかりが凄くて交通整理のスタッフは沢山働いてたし報道陣もかなりいた。
どうでもいいけど一番高いカメラを担当してる若い女性カメラマンが脚立の天板に乗っててすごく怖かった。
それでまあ麻生太郎が出てきただけでなんかスター性があるから盛り上がるし
安倍が最初の応援先に選んだのも松本純の神奈川1区なんですとか言って
松本純が言うのも「あんなことをした反省で自民党にはいられないから離党したけど身体のどこを斬っても自民党の血だ」と。
麻生太郎も「私が一番信頼しているのは松本純です」とかそういう方向で場を温めてから
ポンポンとわかりやすく政策の話をして厳しい状況だから皆さんの力がいるとか
自民は野党に落ちたりしながらずっと国のかじ取りをしてるし今も上手くやれているしこれからなんだと。
https://www.youtube.com/watch?v=dunXIi4Fucc
それでその場所に同じ日の9時ごろに通りかかったら
そばにバンがあってのぼりも立ってるとこまでは松本純と同じなんだけど
あまりにも寂しい。
イライラとしたすごく嫌な感じの言い方で立憲がなっとらんところをグチグチ言って
あとは共産党とちゃんと連携せんかということを何度も何度も言ってました。
暗くて人通りもまばらな駅前の通り道に老人の不機嫌な罵声だけが響き渡っていました。
この話の要点が分かるでしょうか。
能力にではありません。
「掴んでる客層」にです。
こまけーことをグチグチ言わずに「私達の純」「俺達の太郎」で盛り上がってくれる幅広くネアカで知り合いの多そうな支持者。
注文ばっかり多くて不機嫌でネクラで絶対友達が少ないタイプの狭い支持者。
松本支持者がもしも前者みたいな理由だけで投票してたらそれは大変困るんですが、
客として支持者として質がいいのは明らかに前者です。
一方で、野党として冷や飯を食べてる時代が長いとどうしても後者のようなタイプが身の回りに増えてしまいます。
でもイライラ古参左派ジジイの長い説教をハイ、ハイ、と聞いて貴重な時間を絶対友だちもいない偏屈ジジイの1票に変えてても勝てないんです。
そういう嫌な感じの気難しい常連古参みたいな奴は近寄ることすらできないようにして、明るい支持者の輪を広げないといけないんです。
声に出して「うるせえ!ジジイ!」と言えば晒されるリスクがあるからダメですが
心の中で「うるせえ!ジジイ!」の精神は持っていてほしいのです。
あんな奴の話なんか切り上げていいんだよ横で聞いてるだけでも話がループしてたし礼儀がそもそもなってないし。
手荷物あったので足で避けた。迂回できない状況だったから。あと障害物に触りたくなかった、屋外放置されてたんだぞ。
ぶつかったらコッチが被害受けるし。
避けて通れないので、事前に意図してズラすか、已むを得ず体の一部を触れさせながら通り抜けるかの違いで、
生まれてから今日まで、そして死ぬまで足で襖や障子、ドア等をを開閉しないと誓ってから、この行為を咎めるべきじゃね?って
現場を目撃していたアホに言いたかった。揉み合いになると嫌だから言わなかった。
「人様の持ち物を足蹴にした」
とアホは言うが、じゃあオマエ、ゴミ捨てにいってちょっとハミでたゴミ(人様のゴミ)を足で真ん中に寄せる行為を非常識だと思いますか?
丁寧では無いですね、それは認めます。
ぎゃくにまんだらけの前にspankが出店してきて、まんだらけが「未成年も来るところなんで閉店します(コロナで経営が傾いたのがホントの所だけど)」ってお気持したら
みんな「まんだらけ偉い!」でさよならだからな。アダルトショップは立場が弱いんだから、強気に出ないといけないよね。
そもそもアダルトショップがぽつぽつあるブロードウェイに店を出すリスクは覚悟してあそこに場所取ったと思うし、店を一個作ったからと言ってその向かい側から通り道まで自分の商売道具になると思ってるのがアホっぽいんだよな
ファンシージャンルで文化を広めたとか、そんな一部のオタク、それも更に狭い人間のコミュニティで語られようがしらんわってなるわ
自分のテリトリーに誰も入ってほしくない。家族は三世代の割と人が多い家庭で子どもの頃からあらゆるところが「みんな」の通り道で行き先であるため、私の部屋に誰も入ってほしくなかったものの、養われている分際でわがままだからそれは我慢できていた。でも私にもどうしても私だけが触っていい私だけのスペースがどうしてもほしくて自室に置いた蓋付きの本棚に自分の本やゲームやCDをポイポイと入れていた。そこを無断で開けられて触られたときに、「ああもう駄目だ。」と思った。怒りとともに血の気が引いていくのを感じた。そのときはもう使わないプラスチックの収納を蹴り壊して心は落ち着いたのだが、私はなにか物理的な自分のもの、所有物に対して執着しているだけではなくて、自分に与えられた予定や行動を誰かに取られるのも嫌と今日気がついた。自分のすべき行動を取り上げられることが不愉快でしかたがない。なにか相手から悪意のようなものすら感じる。手をつねって独り言をだらだら言っていたらなんとか落ち着いてきたものの今後もこんな不快を感じて生きていくのあまりにも無謀なチャレンジなのではないかと思う。
フォロワーと相互ブロックした。この一年世界を騒がせている感染症のせいだ。
前線ではないけれど地方都市の片隅で医療従事者として働いている。手はこまめにハンドクリームを塗っても消毒でボロボロだし顔はずっとつけているマスクで荒れっぱなしだ。特に職業柄利用者がマスクをずっとつけていられる状態ではなくて、ひたすら感染に怯えながら利用者の人に移さないように仕事をしてきた。
日々強いられる自粛の二文字とは裏腹に職場ではソーシャルディスタンスが守られるわけではない。狭い通り道を向かいからやって来る同僚と体を捻りながら譲り合っていると、密を避けましょうとはなんだろうと考えてしまう。
誰も感染しないことを保証してくれるわけじゃないのに、職業柄感染リスクを下げろ下げろと口を酸っぱくして言われる。SNSでも医療従事者が自粛をしなければ白い目で見られる。
その間も感染リスクをものともせずに県外移動をして観光やらレジャーやら楽しんできた人間が感染して運ばれてくるのにだ。
我慢しても努力しても現状はちっとも良くならない。むしろ悪化している。それでも他人は自粛を強いてくるのだ。この一年それなりに頑張ってきたけれどもうこの空気に疲れてしまった。
電車に飛び乗れば都心に繰り出せる距離に住んでいながら、趣味のプロレス観戦もショーパブも夢の国行きもフォロワーさんとのお喋りもお預けされている。
TwitterのTLでは都心に住んでいるフォロワーさんが楽しそうに遊んだ報告をしているのに指を咥えて見るしかない。こちらが犠牲ばかり払っている気がしてうんざりしてしまった。
ある日ふと自分の中で何かが切れた。「もういいや」と思ってしまった。
友達の中には前線で働いている子もいる。その子の家に泊まったときにもうつらいもう辞めたいという心からの叫びを聞いた。
「遊んで罹ったやつ皆死んじゃえばいい」という呪いも聞いた。そのとおりだと今でも思っている。
口では感謝をなんて言っているけれどハメを外して感染した人間は減っていない。
そんな人達のためにこれ以上我慢する義理なんてないと吹っ切れた。親や親しい友人にも相談したら特に反対もされなかった。すり減っていくよりずっといいとむしろ肯定的だった。だから職場には内緒で都内に遊びに行くことにした。
一年ぶりに仲のいいフォロワーさんと遊ぶ約束を取り付けて服も買って、朝早くに電車に乗った。
ずっとネットの知り合いのコミュニケーションは通話アプリばかりだったので対面の会話が嬉しかったし、念願のショーパブにも行った。
かわいくてキレイでゴージャスなお姉さんたちが舞い踊るのを生で見た。最高だった。ずっとこれが見たかった。写真もたくさん撮ったし、声が枯れるまではしゃいだ。
その夜はホテルも予約して久しぶりに自分の匂いがしないベッドで眠った。
何もかもが久しぶりで涙が出そうだった。失われていたけど当たり前にあったものを取り戻した気分だった。
Twitterにも今日のことを投稿した。ほとんどのフォロワーさんが楽しそう!よかったね!と好意的な反応をくれたので、その日のことは何も間違っていないと思う。今でもそう思っている。
続く自粛でべこべこに凹んでいた気持ちがあっという間に戻っていくほどの楽しさはステイホーム中にやったどんなことでも替えがきかない。
ただ一人だけフォロワーさんで違う反応をしていた人がいた。
医療従事者ではないが地方住みなので県をまたぐ遠征はずっと控えていると聞いていた。また職場で感染者第一号になりたくないからと自粛にも積極的で、よく一緒に通話しては同時に映画を再生して鑑賞するといった遊びをしていた。
ネットの付き合いでは長い人だったしウマも合って結構プライベートな話もしていた。
その人がとても否定してきた。
元々県をまたいだ移動をした人や自粛しない人のことを鍵のアカウントで愚痴っていた。自分は自粛しているだけに他人の行動が許せないタイプの人だった。鍵をかけていない方でもはっきりと県外移動を否定していたこともある。
都内に行く一ヶ月ほど前に隣県に展覧会を見に行ったことをこちらがツイートしてからも、県外移動や不要不急の外出を否定したままだった。
感染者があまりいない隣県に平日友達と行くくらい許して欲しいと思っていたのに、その人は主張を曲げなかった。直接ではないけれど罵られたような気分だった。
今回も直接ではないが「県外に遊びに行く人の気持ちが分からない」とハッキリ切り捨てていた。
今まで我慢していたのに自制をやめた瞬間叩かれるのはおかしくないかと思ったのだ。十分我慢したのに最初から我慢していない人と同列に語られるのは違うだろう。だけどその人は一定のラインを越えたらまとめて敵なのだ。攻撃的な面があるのは知っていたけれど自分に向けられたらと思うとどうしてこれからも仲良くしたいと思えなくなった。
この人と縁を切りたいと思うようになった。
都内へ遊びに出かけたことが理解出来ない。私は医療従事者の貴方の苦労は分からないけれど、貴方の行動を肯定する気はない。以前のように接することは出来ないだろうからしばらく距離を置きたいという内容だった。
絶対に分かるわけもない。引き継ぎの度に自粛を呼びかけられるのに職場で感染しない保証はない。むしろ利用者のせいで感染リスクは高いくらいだ。荒れ放題の腕や顔に、日々の楽しみは奪われ続けてそれでも働かないといけない。医療従事者だからというただそれだけの理由でだ。医療従事者は人一倍気をつけないといけないという意識にどれほど苦しめられたか一般職のその人に分かってたまるかと思った。
こちらの行動を反省する気はないこと、以前から攻撃的な発言が嫌だったこと、距離を置きたいと言うけれどそこまで言われたら金輪際関わりたくもないし関わってくれるなという内容の返事を書いて送ってから、持っている全てのアカウントでブロックした。
親にも友達にも4桁ほどいるフォロワーさんにも否定されなかったのにその人だけが否定してくるのだ。
そんな人いらなかった。
この前も仲のいいフォロワーさんとお茶して来た。たくさんお喋りもしたしその様子をTwitterに上げた。
自粛警察なんてこのTLにはいない。自粛自粛と自分を締め付けてすり減るより心に正直に生きた方がいい。案外誰も真っ向から否定なんかしない。