「金管楽器」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 金管楽器とは

2020-08-10

追記×3有】

来年以降も高校野球中継をやめさせる良い方法はないでしょうか?真っ昼間からうるさいんだよねー。しかも眩しいし・・セミ熱中症で弱ってんだから暑苦しいところをテレビでまで見たくないだっちゅ~の

追記

ニュースくらいテレビで見るだろ?

テレビニュース見るよね。終わるとあの暑苦しい眩しい画面に遷移するよね?事前に「いまから暑苦しい画面で騒音ガンガンになるので良い子は気を付けてね」っていう感じの画面出す?

ニュースちゃんと見ないと

時代の流れに取り残される!!ニュースのあとに続けないでほしい!!バッファー入れたら?というか猛暑なんだから朝の4時半くらいか試合開始。午前中に終わり名古屋は城でもつ

楽器演奏禁止!!!

楽隊って全員が喜んで甲子園召集されてないでしょ?いやいやいやいやな人もいるはず。バンドピープルどうやねん?

やめろ!来年以降も感染症対策とかニューノーマルとかで楽隊はどうなるか?

大丈夫だろうけど

2020-07-09

大人になってしまったんだと実感した

さらながら、リズと青い鳥をみた。

(恥ずかしながら響け!ユーフォニアムは未視聴です)

リズと青い鳥響け!ユーフォニアムスピンオフ作品で、

吹奏楽部員のフルートの傘木希美オーボエの鎧塚みぞれの2人が

大会自由であるリズと青い鳥」の原作

自分たち関係性を重ねて、

曲の理解を深めるとともに自分たち関係性を見つめ直す物語であった。(ちょうざっくり)

私自身が吹奏楽部員だったため、

高校時代部活を鮮明に思い出した。

映画にも描かれている、合奏空気感曲作りに対する部員同士の対立なんかはあるあるなんじゃないかと思う。

とにかく吹奏楽部をかなり取材したんだと感じられた。

木管パート部員キャラクターとか

金管楽器部員キャラクターなんかも

偏見じゃん!といわれればそれまでだが、

わかるな〜と思いながらみていた。

から、とても没入することができたし、いい作品出会えたと感じた。

本題はここからだ。

自分大人になってしまたことに映画を通して気付いてしまったのだった。

結構ショックだった。

ネタバレを含むが、

フルートの傘木は楽器が上手いし人望も厚い。

上位カーストという感じ。

常に部員から声をかけられ人の輪の中にいる。

一方オーボエみぞれは傘木が好きで好きで、

ずっと傘木の後をついて回っている。

吹奏楽部になったのも傘木の誘いがあったからだった。

最終的に傘木なしではいられなかったみぞれ

傘木から自律していく。

一方、傘木は自分の方こそみぞれなしではいられなかったということに気付くのだった。

まずこれがもう序盤で気付いてしまうのだ。

まりリアルな出来ゆえに、

こういう子って急に大きくなるんだよなぁって肌で感じてしまう。

それはいい。

例えば恋愛漫画で、この2人どうせくっつくんでしょ?(その過程がみたい)というのは往々にあって

それこそが作品をみる醍醐味だと思うからである

何がショックだったのかというと、

友達とのイザコザ(で片付けるのは失礼だが)が羨ましかったのだ。

友達あんな風に気まずくなったのはいつだったろう、

自分友達のことであんなに悩んだのはいつだったろう、

いい意味でも悪い意味でも生きることに慣れたんだと思った。

2人の感情や、2人を取り巻く人々の感情が揺れ動くたびに

新鮮で輝いていて、それが青春なんだよと涙が出てしまった。

今の私といえば

仕事で落ち込んでも基本的に寝れば直るし、

あんまりストレスが溜まったら、美味しいものを食べて仕事関係のない友達愚痴って消化、

また明日頑張ろう!とこのルーティンだ。

自分相手物語登場人物に置き換えて

登場人物を通して相手気持ちを考える、

気持ちみえなくなってハグを求めて相手気持ちを知ろうとする、

合奏の掛け合いがぎこちなくなって知らぬ間にできてしまった距離感に落胆する…

あ〜〜〜〜〜!!!!!!!!

私もそんなソワソワする時間を過ごしたい!!!!!!

なんてキラキラてしるの〜!!!!!!!!

かわいい!!!!!!!!!

うらやましい〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!

そして私にはわかるのだ、

ここまでイザコザしたとしても

大学が別々になると音信不通になってしまうことを。

でも安心して欲しい(?)

友達はずっと友達なのだ

ひょんなことから連絡をとったりすると4年くらい空白があったとは思えないような時間を過ごせたりする。

(もちろん永久音信不通なこともある)

そしてなにより

そんな時間を過ごせた高校時代は宝物になる。

改めて何が書きたかたかというと、

強烈にうらやましい!と思ったし、

自分大人になってしまったんだと少し寂しく思ったが、

作品を通して高校生の私に再会させてくれたリズと青い鳥は偉大だ。

素敵な作品を生み出してくださりありがとうございます

もう一周観ようと思う。

響け!ユーフォニアムも観るべきなんだろうか?

2020-06-06

[]アガベ

リュウゼツラン属のこと。この名称は、小型の鑑賞用のものにも用いられる。糖分を多く含み、甘味料としたり発酵させて酒にしたりした。プルケやメスカルがそれだ。テキーラはメスカル一種。また、その繊維から縄を作ったり、燃料にしたり、屋根をふくのに用いたりもする。葉を絞った液体は石鹸としても使える。花茎は、剃刀の革砥代わりとなり、花茎は管楽器ディジュリドゥにも用いられ、高く評価されている。

ディジュリドゥとはアボリジニ金管楽器である。木製ではあるが発音原理から木管楽器ではなく金管楽器に分類される。シロアリに食われて筒状になったユーカリの木から作られ、それにまつわる複雑な儀礼がある。女性が触れると妊娠する、いや不妊になる、などといった信仰がある。その名を出したり、楽器を見ることさえ禁じられている、特殊儀礼に使われる特殊ディジュリドゥもあるとのこと。ディジュリドゥはその音を聞いたヨーロッパ人がつけた擬音語名前だ。ラッパのことを「ぷっぷくぷー」と名付ける感じか。先住民たちは様々な名前で呼んでいる。現代は、ポリ塩化ビニルのものもあるとのこと。

ちなみに、何で金属じゃないのに金管楽器と呼ぶのかというと、演奏者の唇の振動によって発音する管楽器金管楽器定義から。奏者の唇の振動によらない方法発音するのが木管楽器

2019-12-23

おれにはこうかんじる

金管楽器のおとあわせちゅうに

ここにはバイオリンだよねと

音を入れる第1バイオリン

式を続けるまえすとろ

2019-10-24

シンボリックメタドロー

全てのはじまりは、OKサインであった。

OKサインは、白人至上主義者のシンボルである

立てた3本の指はW、丸を作る指はP。

あわせてWhite Power意味するのだ。」

ネットの片隅で語られたでっち上げは、悪ノリによって拡散され、いつしか真実となる。

そのサインは、白人至上主義への支持を表明するシンボルとなった。

ある高校では、卒業アルバムOKサインで写る写真が含まれていることが問題となり、アルバムを作り直した。

あるテーマパークでは、着ぐるみ姿でOKサインしたことで、演者解雇された。

自らの勢力を大きく見せたい差別主義者。

ゆすりたかりの機会をうかがうエセ反差別主義者

競合企業対立陣営差別主義者のレッテルを貼りたい企業政治家

差別判定コンサルで儲けたいコンサルタント。

そして、混沌攻撃を愛するネットユーザー。

幾多の人々の思惑によって、「配慮を要する象徴単語の一覧表」は、肥え太っていった。

3600ページのPDF公表された頃はまだ良い方で、やがて、誰にもそのリストの全貌を把握することはできなくなった。

大きな胸は女性差別象徴となり、

集中線軍国主義象徴となり、

金管楽器マチズモ象徴となった。

熊はペドフィリア共産主義象徴となり、

マッシュルームカット公然わいせつ白人至上主義象徴となり、

「白」「黒」「黄色」は単語自体人種差別主義者象徴となった。

街やネットからロゴは消え、色彩も消え、話せる単語制限されていく中、人々はどこかおかしいと感じていたが、声を上げると差別主義者だと糾弾された。

差別判定・糾弾機関は、軍産複合体を経て、超巨大な国際機関と化しており、人類の誰もが、多かれ少なかれ利害関係を持っていた。

もはや、「反差別」の推進と拡大は誰にも止められなかった。

やがて、事態は、印欧語族に属する言語全てが、差別主義者の象徴とされるに至る。

反発する「差別主義者」と「反差別主義者」との間で核戦争が起き、人類は滅亡した。

人類の去った地球には、差別のない世界が広がっていた。

「……ということが、昔、『地球』っていう惑星で起きたんだよ」

へぇ〜、だから『チキュウ』って言葉が『馬鹿』って意味なんだ〜」

2019-10-18

「○○の娘」

私の両親は音大出身で、一応伏せるが父はとある金管楽器を、母はピアノを専攻していた。父の試験曲の伴奏を母が担当したこときっかけで二人は出会い結婚し、やがて二人の間に産まれたのが私だ。

そういった環境から小さい頃から家ではよくジャズクラシックCDがかかっていたし年末紅白じゃなくて東急ジルベスターコンサートを観たしよく父や母が出演するライブコンサートを見に行った。周りの大人はみんな私を可愛がってくれた。

楽器も習わせてもらった。小学校の頃から私は歌もピアノも他の楽器も人並みより出来て、友達はみんなすごいと褒めてくれた。先生もやっぱりお父さんお母さんが楽器できるからあなたもよく出来るねと多分それは純粋褒め言葉で、私は誇らしく思った。優秀な両親の血が私にも受け継がれているんだ、私にも才能があるんとだ嬉しかった。

中学の時に入った吹奏楽部顧問が、一度父に楽器を教わったことがありそれ以来父を非常に尊敬していると言った。勿論嬉しかったけど何だか少しモヤモヤした。顧問はよく私を褒めてくれたし吹奏楽コンクールに出場することも顧問が決めた。1年生でコンクールに出られる人数は限られているが、私はその中でも一番最初に、オーディションとかをする前に合奏中全員の前で言われた。その時にはもう私は、それって私の実力?それとも父に対しての忖度?と思うようになっていた。多分受け取り方の問題だと思う。素直に喜べばいいのに、褒められる度に「私が父の娘でなければここまで褒めてくれたりしなかっただろうな」とひねくれた思いを持った。担当した楽器高校でも続け、この楽器音大に行きたいと言うと両親は喜んだ。いや、喜んだかどうかは分からないが、少なくとも保育系に進みたいなと高校二年生の頭頃に言った時より嬉しそうな顔をした記憶がある。

学費など諸々考慮した結果、両親が通っていた大学に通うのが一番良いということになり、父が大学教授に連絡を取ってくれて受験に向けての個人レッスンを受けられることになった。大学合格し、入学した時には既に先生や先輩達の間では「○○の娘」と知られていた。私の名字鈴木とか佐藤とかよくいる名前だったら分からなかっただろうけど、都内にはほとんど居ない名字だったからすぐに分かったのだろう。初対面の先輩に挨拶した時も大体「もしかして…」と尋ねられた。両親が在学していた時からいた教授挨拶すると、大体決まって「楽しみにしてるよ」と言われる。それは果たして「私」に期待してくれているのか、「○○の娘」に期待しているのか分からなかった。廊下ですれ違うと大体「どう最近?親御さん元気?」と聞かれる。これは今でもそう。

それでも二年間、色々なことに絶望しながらも当たり障りのない大学生活を送ってきた。

ところが3年で、父が現在でも個人的にお世話になっているという先生の授業を受けることになった。先生は多分「○○の娘」という肩書きを抜きにして私のことを気にかけてくれたし正しい評価もくれていると思う。

先日その授業で、抜き打ちで試験があった。まだ答案は返ってきていないけれど、自分の点数が本当に悪いということを試験から自覚している。中学とか高校数学だったり化学だったりの所謂普通の授業だったらきっと私は笑って流していただろう。けれど今回は震えた。父と先生が話す時絶対言われる。父はよくそ先生のことを私に話したし、「先生がお前のこと頑張ってるって褒めてたよ」というのを聞いたから尚更やばい。「お前の娘、知識全然ないな」と言われるのが目に見えてる。怖い。ああこれが私が全く先生とは関わりがない親の娘だったらここまで戦慄しなかっただろう。いや今回の試験に関しては100%私が良くないのだけれど。「○○の娘」として沢山の先生から期待をかけられていて、気に入られなきゃ、好かれなきゃ、優秀な両親の娘だから私も優秀でいなきゃとずっと考えていた。昔は誇らしかったものが今では足枷に変わりつつある。きっとこれからも「○○の娘」としての周りからの期待は続くだろうし、卒業した後も音楽を続けるのであれば尚更だ。

二世タレントとかもきっとこんな気持ちなんだろうな、と思いながら今日電車に揺られている。

2019-02-19

応援歌ぜんぶクビ。

「やりたいことは分かるにしても、やり方が気にくわない」というセリフは私も言われたことがあって、その時は何言ってんだこいつウゼーというのが率直な気持ちだったが、これに尽きる。

真田丸で描かれた石田三成求心力の無さも、そういうことでしょう。もう決まってしまたことなんだから、もう何年かすれば、あるいは来年の今頃にはもう、すっかりこんなことがあったなんて忘れられているかもしれない。でも、今は悲しく、つらい気持ちが大きい。

突然、東北楽天ゴールデンイーグルス応援歌刷新が告げられた。これまでの各選手応援歌も、チャンスの時に歌われる曲も、突然これまで15年歌ってきた全てが封印されることになった。

まず、新しい曲はこれだ、みんなこれで応援しましょうと言う発表があって、注釈のような形で、これまでの曲は著作権等の理由によってもう使えません、ということが小さい文字で書き添えられていた。

これまでと違って、応援歌を収録したCDが有料になったことも、球団応援歌で金儲けを始めようとしているのだ、と受け止められた。著作権云々と言う話も最初は伏せられていて、後からわかったことだ。とにかく、ハイからこれね、と新しいもの説明無く与えられた。

かに応援歌既存曲の替え歌があって、おそらく著作権ときちんと話しておらず、グレーゾーンお目こぼししてもらっていたんじゃないかと予想される。例えば、代表的チャンステーマベニーランドと言う遊園地テーマソング替え歌だ。東北ローカルCMでお馴染みの曲だった。仙台代表する歌、青葉城恋歌も使われていた。

ただ日本プロ野球12チームの中に、既存曲の替え歌応援歌はたくさんある。なぜ今回著作権でもめたのかと言うと、権利者側から訴えがあったか、あるいは、球団応援歌で金儲けを始めることによって、著作権上のグレーが許されなくなった、といったことが考えられる。

しかし、何も説明がない。

ちらりと、著作権上の問題があって、もうダメだよ、と、突然一方的に告げられたのだ。

これに多くの楽天ファンマイナス感情を示していて、私もその1人だ。

このもやもやとした気持ち最初うまく説明できなくて、新しい曲や歌詞がダサイだとか(実際ダサイんだけど)、そういう本質ではないところに最初気をとられてしまったような気がする。でも1番の問題は、球団応援される側が、あまりにも応援する人たちの応援する気持ちをないがしろにしている。それに尽きる。

何か問題があって、これまでの応援歌が使えなくなるのならば、そう説明して欲しかった。なぜ全楽曲が入れ替えなのかの説明は無い。おそらく、著作権上の問題に乗じて球団応援歌で儲けるために整理した、あるいは逆に、応援歌で儲けるためには著作権クリーンでなければならなかった、そのように予想されている。

応援歌とは、球場に来た人たちが、応援する気持ちを載せるものではなかったのか。15年と言う歴史は浅いかもしれないが、それでもなけなしの伝統で、ファン気持ちが乗せてきたものでは無いのか。

球団側は、これまでの応援歌欠点として、難しくて覚えづらい、歌いづらいということを挙げたようだ。それが本当だとしても、まず歌いづらさとして挙げられているスピーカーについては再考しなかったのだろうか。

スピーカーについて説明すると、楽天本拠地は近隣への配慮等の事情によって、鳴り物(金管楽器)が禁止されている。なので、確かに応援歌メロディーが拾いづらかった。それを補うためのか、去年、スピーカー増設されて、応援歌の曲がカラオケのように流れるようになった。しかしこれが生音に比べて、どうしてもリアルタイム空気を反映しづらく、否定する声もある。なぜ鳴り物ダメスピーカーは良いのかもよくわからない。

せめてチャンステーマだけでも従来のものを利用して、新しい選手の新しい応援歌簡単な単純な覚えやすものにする、と言う長期的な入れ替えだって選択肢になかったのか。単純な覚えやすチャンテと旧来のものとを併用すれば、自ずと優れたものが見えてきたのではないか

どうにもプロセス不明瞭で、ブラックボックスだ。そしてその向こうに見えるのは金のにおいだ。

少し前に球場の完全キャッシュレス化が発表されて、しか電子マネーEdyだけと言う、楽天の事ばっかり考えてユーザ二の次姿勢批判されもした。営利目的としてやりたいことはわかるが、どうにもイーグルス応援する気持ち人質にされたような気持ちがしたものだ。

決定が覆らないのなら、私たち楽天イーグルス応援したいと言う気持ちがある限り、

新しい応援歌を歌うしかないのだろう。その年月が積み重なればやがて、どのように切り替わったのかは、なんとなく語られない黒歴史として埋もれてゆくのだろう。

きっと、それで良いと言う経営判断がされたのだろう。筋を通せと言うファンの声は無視して良い。そんなめんどくさいことをしてもしなくても、未来は変わらない、そういう判断がされたのだろう。

それがただただ悲しい。

2019-02-14

楽器音ゲーの可換性

ギターやってるやつはギタフリができるわけではない」

ドラマニやってるやつはドラムができるわけではない」というよくある奴ではなく。


例えばピアノやってるやつは指先が鍛えられてて器用に動くじゃん。

マリンバとか木琴系統金管楽器系も指やら腕やら鍛えられてるわけで。

ドラムパーカスとか土台側の楽器やってるやつはリズム感が鍛えられてるじゃん。


そういった要素で見たときに「楽器得意な奴は音ゲーも得意」が成り立つのか。

あとは逆に「音ゲーやってたやつが新しく楽器を始めた場合、習熟度は通常の素人と比べてどうか」というのも確認してみたい。

2018-11-14

anond:20181114153551

フェミ様にとっては性的なんだろ

なんたって金管楽器すら「男根メタファー」に見える方々だ

2018-09-23

星屑ランデブー

カール・セーガンという天文学者が、私たちは"星の子"だと語った。

それは僕たちが”この母なる星”に生きている、と言ったありきたりな安っぽいポエムみたいな言葉ではない。僕たちを形作る、窒素カルシウム鉄分炭素も、全てかつて崩壊した星々の内部で作られたもので、僕たちの体は星の欠片で出来ている、という非常に現実的言葉だった。

雨の昼休み図書室でこの言葉を読んだ小学生の僕はわくわくした。

遠い宇宙で星が産まれ、そして滅び、いま僕の身体になっている、と思うと何故か僕の全てがきらめく気がした。

右手人差し指の先っぽで蛍光灯に白々しく光るこの爪も、いつかどこかであの夜空に浮かぶ星々の一つだった、と思うと言葉にできないときめきを感じたのだ。

チャイムを聞いた僕は鼻息荒く本を閉じ、僕の体は星で出来ているんだぞ!と考えながら午後の眠たい授業を聞いた。

数ヶ月もしたらすっかり忘れた。

高校生になった僕は放課後書庫女の子と二人でいた。

文芸部部長として本の整理をする彼女と、友人を待っている間に煙草を吸える場所を求めて部室棟にたどり着いた僕は、レースのカーテンみたいに全てを柔らかに見せる吹奏楽部演奏を背景に殆ど忘れてしまった沢山の話をした。

ある日、吹奏楽部ブラームス練習していたころ、何の話の流れでかも忘れてしまったけれど宇宙の話になった。

彼女カール・セーガンのその言葉を知っていた。

僕は数年ぶりに思い出したその言葉に懐かしさを覚えながら、俺の体が星でできてるなんてって、わくわくしたよ、と言った。

彼女は「私もそう思った!」と急に大きな声で言ったあと、自分の声にびっくりしたのか右手で口を抑えた。僕たちは透きとおったオレンジの光の束の中で見つめ合い笑った。

この人差し指の爪もさ、星でできてるんだな、って感動したんだよね、と言いながら煙草匂いのついた右手差し出すと、ピアノを習っていたという白く細長い人差し指彼女がそれに触れた。少しだけ湿り気を帯びた指先が柔らかくて暖かかった。

「あの映画みたいだね」とやけに赤い唇で彼女が言った。そう言えば聞こえてくる曲をブラームスだと教えてくれたのも彼女だった。

そのとき、僕は、何故か急に、眼鏡をかけて髪をまとめブレザーを着た彼女も星の欠片で出来ているんだ、と言うことが、あの日僕の感じたときめきが、本当の意味でやっとわかった。

いつかどこか宇宙の彼方で輝いていた星が、いま僕の全てを形作り、いつかどこか宇宙の彼方で輝いていた星が、いま目の前で笑う彼女の全てを形作っている――――――

僕は泣きそうになって、煙が目に染みたなんて誤魔化したあと金木犀の香りの帰り道を息を切らして走った。

きらめく星屑で作られた僕たちが、出会ったり別れたりを繰り返しながらまた星屑になり、そしていつかどこか遠い星でまた出会う。

きっと僕たちはこれまでも出会ってきたのだ。それはどこか遠い星で寄り添い合う二つの水晶だったかもしれないし、宇宙彷徨う二つの塵だったかもしれない。

僕たちはブラームスを響かせる金管楽器だったかも知れないし、甘く漂う金木犀だったかも知れない。



何が書きたくてこの文章を書き始めたのか忘れたしちょっと眠くなってきたんだけど、これをキーボードで打っている僕のきらめく指先も、これを読んでいる君のきらめく瞳も星屑で出来ているっていう、なんかいい感じの話で終わりにしていい?いいよね、ありがとうおやすみ

2017-09-25

anond:20170925231509

学生時代金管楽器やってて「モアリップ」って薬を愛用してた。

メンソール系のリップクリームよりは刺激も少なく、個人的にはよく効いた。

合うかどうか分からんけど、参考まで。

2015-05-12

響け!ユーフォニアム」の滝先生モヤモヤする件

アニメ響け!ユーフォニアム」を通して見る揺れる心

http://seagull.hateblo.jp/entry/2015/05/11/144400

こちらを見てて、滝先生が「生徒に目標を決めさせる場面が誘導尋問である」という指摘に「そう!そうなんだよ!」と思った吹奏楽経験者です。

自分は中高大とアマチュア吹奏楽続けてた(就職時間が取れなくて止めた)んだけども、中高はいわゆる弱小で、大学も中高に比べれば雲泥とはいえ、まあそこまで上手くはなかった感じの人間です(全国大会にはほぼ縁のないレベル)。

でまあ滝先生モヤモヤする点って、それが効果的かつピーキー手法からなんですよね。

そもそも吹奏楽(オーケストラもだけど)同時に演奏する人数がやたらに多い。

ロックバンドですら「音楽性の違い」とか様々な理由で解散するのに、50人からの人数(しかもまだお互いの意思疎通・合議能力に乏しい高校生)をまとめ上げるのは大変。

生徒の自主性を尊重してたら時間がかかってしょうがない。

その上、「部活の外の人たち」は「コンクールの結果」でしか部活価値判断してくれない。

短期間で「コンクールの結果」を出すためにはああいうやり方が効率的ではあるんですよね。

ただねえ、中高の部活って、「迷ったり・失敗したりする」事も大事財産だとも思うのですよね。

特に高校生ともなれば、自主的に色々やってみたくもなる年頃で(高校生だと演奏会で身の丈に合わない曲を選んで轟沈なんてことも結構ある)、それを先生がキリキリ誘導ちゃうのが正しいのかっていうところはすごくモヤモヤするわけです。

もちろん、生徒たちの意思サポートできる知識とか人脈とかはすごく大事なんですけど、結果として路頭に迷ってたからといって、圧倒的な手腕でひとつの方向に導くのが「正解」なのかどうかってのはまあ「答えのない問い」ですよね。だからモヤモヤする(それとは別に先生みたいな「デキる人」の表面だけ見習って、生徒を地獄に叩き落す勘違い指導者が少なからずいる、って問題もあるんだけどそれは別問題なのでおいておく)。


実際問題として、「顧問先生に導かれて結果を叩き出した」生徒たちの少なくない人数は、高校卒業音楽から離れます

まあもちろんそれはある意味当然の事(高校部活吹奏楽に限らずおおむねそんなものではある)なのだけども、「彼ら彼女らが高校自分が今後音楽にどう向き合っていくかを考える機会と知識」をきちんと得られた結果なのだろうか、ってのは色んな吹奏楽経験者を見ていて疑問に思うところなのでした。

結局先生にのせられて部活を続けて、「その先を自分がどう歩くか」を考える機会も材料も得られなかったんじゃないのかって。

ま、回答はありません。でもねえ、全国大会に出る吹奏楽部だった人でも、吹奏楽CD(今はCDに限らんけど)を買ったりする人って少数派だったりとか、吹奏楽プロ音源ってびっくりするほど多種多様にあるのに、売れているCDアマチュアCDばっかりだという現状とか、肝心の全国大会でもトップレベル学校がいまだに非音楽的な曲カットをしていたりする現状だとか考えてると、「結果」ってなんだろうなーと思うわけで。

そもそも音楽客観的定量的に決められるような「結果」なんてないんだから当たり前ではあるんですけどね。

あくま吹奏楽コンクール演奏技術のみを競う場ですから(だから音楽的にひどいカットをしても基本減点されない)。


なんかモヤモヤに引きずられて話がそれました。すいません。


で、原作の誠実なところは「このモヤモヤにはすっきりした回答なんぞない」というところをきちんと描こうとしているところだと思います

同じ音楽を扱った作品でも「BECK」とかだと勝負普通に勝ってしまうわけですけど(あれは基本的には、プロが「客ウケ=動員数」という基準勝負してる話だからそれでいい。作者の「本当にいい音楽は誰にでも伝わるはずだ」という暴力的な音楽観はヒシヒシ感じるけど)、この作品は「結果」ってのがそんなに分かりやすものではない事をきちんと踏まえている。

から先生全面的に作中で肯定されるわけではない(はず、原作一巻を読む限りでは)し、かつ、群像劇として多種多様価値観の人々が「設定された目的のために協力はしても考え方を相容れることはあんまりない」という方向で話が進みます


このモヤモヤについて、見る人が色々考えてくれるといいなあと、私も思う次第です。


他にも作中の曲についてとか原作者楽曲スコア見てなくて事実誤認してる部分とか色々言いたいことはあるんだけど、最後ひとつだけ。

「吹部」っていう略称は、大学の「回生」並に関東東北(多分北海道も)では通用しないから気をつけろ!

ただし、「ブラバン」はブラバンで熱心な吹奏楽部員の神経を逆なでする(brass bandは本義的には金管楽器打楽器の編成を指すので)から気をつけろ!

ちょっとだけ追記しておくと、

そもそも「コンクール全国大会出場」と「コンクールに出場して思い出作り」の二択しかないのがおかしいって指摘はきちんとしておいた方がいいですね。例えば演奏会に力入れたいからとかマーチング力点置いてるからとかでコンクールに出ないって選択をしている学校も少数だが存在するし。ここには滝先生の「吹奏楽部コンクールありきだ」っていう偏狭さがあるともいえるわけです。あえて極端な二択を提示することで、ほかの選択肢考慮する余地を奪うって言う詐欺師常套手段です。

極論、そういう様々な選択があってモヤモヤする音楽活動ってやつを、コンクール一生懸命やって技術的に上手くなるっていう否定しづらい名目で塗りつぶしてるともいえる、んだよね。滝先生は。

2011-05-18

作曲をしている

素直につくると、ウケが悪いようだ。

ゲーム音楽みたい(なんじゃそりゃ)」

「カッコイイだけ(なんじゃそりゃ)」

「もっと琴線に触れるメロディがほしい(なんじゃそりゃ)」

運指がマズいとか実演に即した指摘はありがたいのだが、上のような中身のない、あるいはあっても価値観の違いだとかその程度の指摘はもらってもあまり嬉しくないというか、その程度にしか思ってないんだろうな、と少し憤慨してみるなど。

もっともゲーム音楽からの影響がないというのは嘘になる。ゲームするし。むしろ何者の影響も受けない、独立した音楽があるなら聞いてみたいものだ。

でもこういうことを言うと頭でっかちだとか人の話を受け入れない頑迷人間だという謗りを免れないので、仕方なくニコニコした風な顔を装ってみる。ああめんどくさい。

まあ、「◯○の作った曲のほうがマシ」なんて言われるぐらいならまだマシですよ。そこに挙がる◯○ってのはだいたい私より実力は上だし、むしろ当然でしょう、という感想を持ちたくなることばかり。なので、変にイライラしない。こっちのが平和

というわけでだいたいのアドバイスとも批判ともならない空気のようなことばを先日も一身に浴びてきたわけです。まあわからないでもない。言うべき言葉が見つからないけど言わなきゃいけない、そんなときは中身がなくなる。形だけ。そしてそれを聞くだけ。全部空っぽ

というわけで最近ファンファーレなる楽式の委嘱を受けたんですけどね、まあ依頼内容が面白い

「無調で」

えーとですね。ファンファーレというものがどういうものかご存じないのでしょうか。一度に始まり五度に終わる。これがファンファーレ不文律金管楽器構造上旋律も三度、四度、五度になるわけですね。ぱっぱぱぱーって鳴ればいいってわけでもないんですよ。いや、吹く側からしたらそんなことは些末な事かもしれませんがね。

たぶん無調ってのもなんか厨二の延長ぐらいの要望なんじゃなかろうか。まあそれはいくらなんでも依頼主に失礼か。

MTL2で作ってあげようかしら。ああ、今日も半分が終わった。作らねば。

 
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん