はてなキーワード: バレンタインとは
恵方巻きのノルマとかがあるコンビニだったらイヤだなー。高校生なので、そんなことはないだろう。恵方巻きを買うのか、バレンタインのチョコを買うのか。バイトの子が、どれぐらいの気持ちで働いているのか、気になるところではある。
またバレンタインの季節がやってくる。
じゃあ配らなければいいだろ、と言われるかもしれないがそうじゃない。
チョコを配る人はプラスの評価、配らない人はマイナスの評価になる。
渡すもののセンスだったり手作りだったりで、受け取る方も一喜一憂したりしなかったり。
はぁーーーめんどくせ!!!
自分の立場や年齢を考えて何を渡すべきか悩む時間がほんっとーーーに無駄!!!!
なので毎年、率先して部署の女性全員でお金出し合って詰め合わせ買いましょう!という音頭をとってる。
誰々は用意したけど、誰々は用意してない、値段が安い高いも関係ない。
男性側で一人だけ貰えなかったとか、そういうのもすごく気にしてしまうので、数を何回も数えて渡し忘れの無いようにする。
職場で自分だけもらえないとか、数が少ないとかって意外とショック受けるよね?
私なら受ける。
仕事と関係ないところで、そんな思いは絶対にしてほしくないので、めちゃめちゃに気を使っている。
面倒くさい、本当に面倒くさい。
でもそれは無理だってわかってる。
「日頃の感謝を伝えるいい機会じゃないですかー!」「私は渡したいです」
うるせーーーーーー!!!!!
いるよ?!?!
何を言っているんだ。
バレンタインのチョコって義理チョコもまだ生き残ってはいるが、高額になるほど自分用や同性の友人用が増える。
義理化した出費負担に歯をくいしばりながらチョコを用意している女も珍しくない。
そもそも「3倍返しを狙えるからな」と女を汚い呼ばわりする男ネットじゃ定番だが、
そういう男が本当に3倍返しなんかするのか?
チョコの値段わかってっか?
適当に値段3分の1の女がほしがりもしない、包装だけ水色の駄菓子まとめて渡す程度だろ。
それに数社、(若手の女が)虚礼廃止を訴えて義理チョコを廃止しようとしたところ、
・抜け駆けお局に潰された
・もらいたいおっさんがごねまくって女を干し、それを見たほかの女がびびって存続
・もらいたいおっさんがヒスを起こして女(部に女はそいつ一人)を攻撃、同僚の男は上から目線で説教で女が辞めた
・もらいたいおっさんが別に何も言いだしていない女部下たちに嫌味連発、パワハラで訴えられるも権限で握りつぶす
みたいな話なら知ってる。
新卒が部内の女性社員からお金を集めて男性社員にバレンタインチョコを手配するっていう今時アレな風習があったのですが、今年からもうやめよう!という流れになりました拍手— ヤマナナ (@nanairony) February 4, 2020
好きでもない女にバレンタインチョコもらっても迷惑かね?
もうはっきり好きじゃないってわかってるからなんだかなぁ。
毎年2月は憂鬱なのでは…?
3月は好きでもない女のために金と頭使わなきゃいけないって思ってるのでは…?
今年からあげるのやめようかなぁ。— ぎょろめちゃん (@gyorome_co) February 3, 2020
毎年2月になると 娘のバレンタインの友チョコ作りを手伝ってきた。けっこうな数を作るので クタクタになった😆💦
今年もその季節がやってきた😩…と思ってたら 娘が仲のいい友達と 友チョコやめようと決めたらしい😊
バレンタインは好きな男の子だけにあげる日でいいよね☺️💖— おがちゃん (@ff_drums_drums) February 3, 2020
バレンタインの方は、
「そういうの、会議室とったりしてまで業務時間にやることじゃないと思います!!!」
っていう学級委員長Womanがでてきちゃって、
お局の神経を逆撫でしまくりで
もう
バレンタインを
やめよう?— 𝕊𝕀𝕍𝔸🕸⎊4ever (@SixaxiZ) February 3, 2020
もはや死語になったあれだ。
我々は非モテであった。
小学校、中学、高校、大学、そして社会人と彼女を作らない容姿的敗北者。
中学ではバレンタインの日にチョコがどこかに隠されていないかとそわそわし、高校では何かの間違いで告白されないかと願った。
結果、不況もなんのその、年収一千万をザラに超える、青春時代に闇を抱えた人間たちが出来上がった。
もはややっていることは同人誌のブ男にも劣る。
彼らの容姿にかけられた、あるいは恋愛至上主義という呪いが新たな呪いを生んでいるのだ。
君に抱かれる横で醜い豚にやられているよ。
ざまあないな。
すかっとする。
胸が空く思いだ。
このホッテントリ対談記事で鳥嶋和彦らが語ってることだけど、ほんとそう思う。
『ドラゴンボール』と『ナルト』の元担当編集が語る「ジャンプ」の裏側 ― 絶対に敵わない『ワンピース』に勝つために『ナルト』が取った戦略とは【鳥嶋和彦×矢作康介×鵜之澤伸×松山洋】
https://news.denfaminicogamer.jp/interview/191227f
鳥嶋氏:
というか、1話19ページを、ちゃんと次週も読みたくなるような引きで作っていないから。もっと言うと、雑誌にライブ感がない。
今の子どもたちは単行本は読むけど雑誌は読もうともしない、という話から始まっての、この発言だけど、ほんとそのとおりで、昔の漫画はファンタジーとかSFとかでなければ、正月には正月のエピソードを描き、2月にはバレンタインの話を描き、夏には海の話を描いたりしてた。しかし今の漫画は、季節ガン無視で、漫画内時間ばかりを優先するから、夏に冬の話を描き、冬に夏の話を描いたりしてしまってる。いくら温暖化でリアルに季節感がなくなってたとしても、これはないよ。だったら漫画内で季節イベントやらないほうがまし。
生まれてこの方彼女が出来たことがない34歳男の話です。ちょいと長いから眠れないときにはいいかな?
何度か集団で会うにつれ、その女性の気配り出来るところや、人を本気でバカにしない所が尊敬できるなと思いました。
会うたびに惹かれ、「この女性の唯一の理解者でありたい」、「将来を一緒に暮らしたい」という思いが強くなりました。
共通の知り合いのが社長をやっていて、自分も勤めている会社にその女性も入社することになり、とても嬉しかったのが懐かしいです。
仕事や飲み会を通じ、段々と距離が縮まってきたかなと思ってきました。
つい最近の事です。
その女性が仕事で悩んでいる時があり、相談がてら食事でもどうでしょうかと誘い、OKを貰いました。そこで告白しようと
それから2週間後、その女性から結婚&妊娠の報告を受けました。
おめでたい事だし、一度惚れた女性には幸せになって欲しいと思いながらも、今までのアプローチ(のつもり)は無駄だったのかと思ってしまい、
その女性がいたからこそ、仕事を頑張れたしいいところを見せたいと思いながらの日々でした。
何でこうなんだろう?
何で幸せはやってこないんだろう?
アドバイスをもらい、その通りにして一生懸命やって上手くいかなかったときにアドバイスした奴が責任を取らない奴が悪いの?それでも自分で背負わなきゃいけないの?
何が原因なの?何がいけないの?何が悪いの?何をどうしたらうまくいくの?
彼女が欲しい結婚して幸せな家庭を築きたい人並みの幸せが欲しい宗教に侵されてない家庭が欲しい。
普通が欲しいです。
中学の頃、はじめて告白されてから、中高と毎年バレンタインには4,5個のチョコをもらう程度のモテ具合。中高大時代に「〇〇ちゃんが増田くんのことカッコいいって言ってたよ」っていうのを年に数回聞く程度の外見。部活は弱小バスケ部で主将。告白は中高時代に4,5人からされたが正式に付き合うことはなかった。大学はマーチのマを卒業した28歳男。まだ一回も女子と付き合ったことがない。当然童貞。母以外に一番女子に近づいたのは、大学1年の時のサークルの新歓で隣に座った他大の女子が眠くなったとかいって寄りかかってきたとき。性欲は人並みで毎日セックスしたいと思っているくせに、風俗や出会い系は怖くてできない。職場に同世代の女子が幾人かいるが仕事以外の話をする雰囲気がない。ここ数年時間の流れがとてつもなく早い。あっという間に30、40まで行ってしまいそうな予感がしてならない。
弊社はバリッバリにバレンタインにチョコ配る風習のある会社で、女性社員は部門内外問わずお世話になった男性社員や女性社員同士でチョコを配る。えら〜い人もおたか〜いチョコを配って参戦するガチな環境。
一方わたぴはその風習に馴染めず、今年はなんだかんだで配らなかった。もらったものにホワイトデーにお返しするだけにした。
強い圧力に負けそうな気持ちになってるけど、もう一度自分がチョコを配りたくない理由を整理し「来年も配らない」という強い意志を持ちたい。
①受け取る側がもらって不満に感じない(喜ばなくてもいい)レベルのチョコを用意する必要があるプレッシャー
②受け取る側も結局面倒だと思う
③甘いもんは苦手なため選ぶことすら苦痛
④いくらホワイトデーでお返しがもらえるといってもどうせ甘い物。お気持ちは嬉しいけど、バレンタインもホワイトデーもなくなればみんなその金で好きな物食える
⑤わたぴは女だけど「女である」ことを主張?するのが嫌い。バレンタインに男性社員にチョコ配るのが思想的にしんどい。媚び売ってるみたいでむり。
「アイカツ!」シリーズの「話数が多い」というハードルを越えて視聴してもらうためにはどう勧めれば良いか、という話が少し盛り上がっていた。
その中でよく出てきた話に、見てハマった人間にとってはその話数というのはむしろ少なく感じるほどである、というものがあった。
それについては私も大いに頷くものであるが、なぜ皆がこれだけ話数の多い物語をそろって「短い」と言うのであろうか。(単純に面白いからあっという間だよって意味かもしれないが)
それを少し考えてみたので書き連ねてみる。なお、シリーズ全部について書くと本当に長くなるので第1作の「アイカツ!」に絞って書く。
「アイカツ!」は2012年10月から2016年3月までの約3年半の期間に放映されたアニメである。総話数は178話。劇場版は長編の「劇場版アイカツ!」と、ステージを中心に構成した中編「アイカツ!ミュージックアワード みんなで賞をもらっちゃいまSHOW!」、最終回後に制作された短編「アイカツ!~ねらわれた魔法のアイカツ!カ―ド~」の計3つがある。他にもドラマCDが制作されている。
そして、「アイカツ!」は放映時期と作中の時間がリンクしている。つまり、季節が現実と同じように流れ、クリスマスやバレンタイン、卒業式・入学式や年末年始などの季節のイベントのエピソードが時期に合わせて放映されている。
劇場版も公開日と合わせてあり、たとえば2014年12月13日公開の「劇場版アイカツ!」は同年12月11日放映の第112話の後のお話となっている。
プリキュア等の年間を通して放映されるアニメを見ている人にとってはさほど驚くことではないかもしれないが、1〜2クールが基本の深夜アニメを中心に見ている人にとっては新鮮かもしれない。
さらに、いわゆる「サザエさん時空」ではなく、1年経つと実際にキャラクターが歳を取り、進級したり卒業したりする。
最初の主人公の星宮いちごは第1話時点では中学1年生だったのが、第178話時点では高校2年生になっている。(ある話数の間にだけきっちり1年間のブランクが存在するが詳細は省く)
つまりは、視聴者は画面を通して「アイカツ!」の世界での出来事をリアルタイムに感じとり、キャラクターの成長を見守っていくのである。
週に1回の放映内容だけでその1週間の出来事を知る、と単純化して考えてみると、それはあまりにも時間が足りないと言わざるを得ないであろう。
漫画「スラムダンク」は週刊連載で6年連載して作中で4ヶ月の出来事を描いたのであるから、単純計算でその18倍の短さと言えてしまう。(1/3年の出来事を6年間で伝える=1/18年の出来事を1年かけて伝える)
そして、年間を通して季節に合わせて放映されていると、視聴者にとって「アイカツ!」は生活の一部となっていく。生活が終わることなんて人は想像したくないものであるから、それが終わった時の寂しさは計り知れない。
後追いで視聴している者にとっては、話数と共に季節が移り変わっていくのを感じながら見ていると、キャラクターの人生を辿っているような感覚になる。そうすると、途中でそれが途切れてしまうとなると、それがどれだけ寂しいものであるか。
最終回後に制作された劇場版の短編は、そんな人たちに向けてキャラクターから届けられた久しぶりの近況報告・贈り物であると考えてみると、それがどれだけ嬉しいものであるか。
先述したように「アイカツ!」ではドラマCDがいくつか制作されているが、劇中のラジオ番組という形をとっており、まるで実際にラジオを聴いているかのように感じることができる。ファンにとって「アイカツ!」のキャラクターはどこか現実と地続きのところに存在しているような感覚がある。
「アイカツ!」のキャラクターの誕生日を祝う時、毎年そのキャラクターの年齢を数えるファンは少なくない。今年、星宮いちごは20歳になった。
いちごちゃんお誕生日おめでとう!
はたちだね〜。出会った頃に言ってた夢が叶っちゃうね。私は来月!一緒にお祝いしよう〜🍓— 諸星すみれ (@smileysuu) 2019年3月15日
アニメが終わってもキャラクターたちは消えることなく、生きてアイカツをし続けている。キャラクターの生きる姿を描くのにはいくら話数があっても足りない。
「アイカツ!」にはたくさんのアイドルが登場する。作中でCGで描かれたステージを披露したアイドルを数えてみると、総勢28人。披露されていないアイドルも多数おり、その中に人気のキャラクターもいる。
長期放映のアニメで俗に言われるものに「当番回」というものがある。
特定のキャラクターにスポットライトを当てたお話のことを指すが、「アイカツ!」にももちろん当番回と呼べる回が多くある。
しかし、28人を超えるキャラクターの全員に満遍なくスポットライトを当てるにはあまりにも話数が足りない。当然キャラクターによって登場の頻度の差は出るので、「あのキャラをもっと見たかった」という声は常にある。
それだけキャラクターが魅力的であったことの証左ではあるのだが、178話という話数をもってしても描き切れていないわけである。
ただ、そういった「スポットライトを当てる」ことについては、第146話「もういちど三人で」で星宮いちごが語った言葉がちょうどぴったりだったので引用する。
「私ね、世の中のアイドルとか、みんなを照らすスポットライトって、ずーっと動いてる気がするんだよね。ぐるぐるって。ずーっとぐるぐるぐるぐるね。だから、その時その時で、照らされる人数は少ない。でも、照らされなかった人がいなくなってるわけじゃない。だから、次のチャンスは誰にでも来るんだよ。その場所に立っている限りね」
スポットライトの当たってないところでもアイドルたちのアイカツは続いている。
物語の舞台であるスターライト学園はアイドル学校で、つまり通う生徒たちは全員アイドルである。メインで登場するアイドル以外も皆アイドル活動をしているわけである。実は、クラスメイトにも全員しっかり設定が付いている。何気ないシーンで映り込んでいるアイドルや、一瞬映った雑誌に載っているアイドルにも名前がちゃんとついていたりする。スポットライトが当たっていない彼女たちも、「アイカツ!」の世界で生き、活躍している1人であることが想像できて、それが「アイカツ!」という作品の世界に深みを与えている。
さらに、アイドル以外にも、家族や先生、デザイナー、ファン、仕事の関係者等のサブキャラクターもアイドルに負けず劣らず魅力的である。
特にブランドのデザイナーは重要な存在で、アイドルが、自分の好きなブランドのトップデザイナーが作る「プレミアムレアドレス」を手に入れるまでの物語は「アイカツ!」のひとつの見所でもある。
デザイナーのブランドに対する考え方だったり、アイドルとの向き合い方・関係性だったりにもその人の生き方のようなものを感じることができ、それは、いろんなアイドルのいろんなアイカツの形を見るのにも似ている。アイドルでないキャラクターにもその背景や物語があるのを感じさせる。
また、当初はただのモブでしかなかったアナウンサーが、節目節目でのイベントでいつも司会者として登場するうちにいつの間にか名前が付くまでになっていた、ということもある。
何が言いたいかというと、「アイカツ!」を見ていると、登場する全てのキャラクターが魅力的で愛おしく思えるようになり、もっといろんな話が見たいと思うようになるということである。
歴代シリーズのキャラクターが大集合する新シリーズ「アイカツオンパレード!」の放映に際し、シリーズのダイジェスト動画が公開されている。
歴代シリーズプレイバック!『アイカツ!(2012年10月~) ver.』
歴代シリーズプレイバック!『アイカツ!(2014年10月~) ver.』
だいたい5〜6分の動画でシリーズがおさらいできるようになっている。
やろうと思えばアニメの内容をあらすじでさらっと伝えることはできる。主人公が「輝きのエチュード」や「SHINING LINE*」や「START DASH SENSATION」等の楽曲に至るまでの物語を理解してもらうために最低限のエピソードをピックアップすることもできる。
「アイカツ!」は基本的に1話完結のストーリーになっており、途中から見てもわかるような配慮もされている。単話で見ても面白い回はたくさんあるので、つまみ食いでもきっと楽しんで見ることができるであろう。
この回が良い、この回が好き、といった話に花を咲かせることもよくある。
それでもやっぱりファンとしては全話見てほしい。全話が全部大事な話だ、と本気で思っている。
星宮いちごが歩んだ道のりを軸に、物語上の重要なエピソードだけをピックアップすることになったとしよう。
そうすると、例えばいちごたちがただオフタイムを過ごすだけという第24話「エンジョイ♪オフタイム」は、含めなかったとしても物語の説明は可能である。でも、ファンとしてはこの話は絶対に外したくない。
また、いちごがメインでない他のキャラの「当番回」、例えば藤堂ユリカがメインの第89話「あこがれは永遠に」も含めなくてよいだろうか。確かに、なくてもいちごの物語を語ることはできるであろう。だがこの回で描かれた藤堂ユリカのアイドルとしてのあり方やデザイナーとの関係、ファンとの向き合い方、そういったものが全くいちごと関係ないなんてことはなく、作品を通して描かれているテーマの根幹に通じているものがたくさんある。
例えば「SHINING LINE*」の歌詞を紐解くときに、ただ美月といちごとあかりにだけ注目して考えるのでは、やはりもったいない。いろんなアイドル、いや、アイドルでないキャラクターたちにもそれぞれの「SHINING LINE*」があるし、「最初の風」もある。
「アイカツ!」の楽曲は、キャラソンというわけではなく、「アイカツ!」の世界で歌われるポップスであり、普遍性を持った歌詞になっている。もちろん、これは誰々が歌っているという「持ち歌」の考え方はあるが、ある楽曲を別のアイドルが歌うことでまた別の新しい意味が生まれる、ということが「アイカツ!」にはよくある。
などといろいろ考えていると、どの話も外すことができなくなってくる。いろんな人のいろんな出会いが物語を紡いでいる。全ての話が全部つながっている。
「アイカツ!」を代表する曲のひとつに「カレンダーガール」がある。
この曲には「何てコトない毎日がかけがえないの」「何てコトない毎日がトクベツになる」という歌詞がある。
詳しい説明は第22話「アイドルオーラとカレンダーガール」に任せるが、彼女たちの今日をかたちづくっているのは日々のアイカツであり、そして今日のアイカツがその先の未来をつくっていく。
私たちが「START DASH SENSATION」で涙するのは、そうした彼女たちのアイカツをずっと見てきたからである。
ボクは一瞬動揺したものの、他部署社員からの注目を集めるのが嫌で、さっとそのチンコを受け取り、お礼を言って立ち去った。
玉袋を下げて社屋を移動しつつ、そこで改めて今のおかしさに気が付いたのだ。
「いや、いま9月だろ」
思わず立ち止まって、もと来た方へ戻ろうと思ったが、いやまて。
おかしい、おかしいが……、この脈絡のないチンコのコミュニケーションをとるのはハッキリ言って嫌だ、だが真意を知りたい気持ちもある。
「いや、今9月ですよハハハ」なんてやり取りを期待した上でのプレゼントだったのかもしれないし、そもそもちょっとした冗談だったかもしれない。
あーーーーーーー、と頭がいっぱいになってしまったところで、すぐにまた体を翻して自分の机に戻った。
机の傍らに控えめな玉袋。
少し大きくてバッグにも入らない、無理やり押し込むには少し品が良すぎるデザインだ。
そっと一番下のチャックに入れるものの、肩身が狭そうにファルスの脇に置かれてる。
今はこのチャックに隠された玉袋をどうするかで頭が埋まってしまっている。
僕は一瞬動揺したものの、他部署社員からの注目を集めるのが嫌で、さっとそのチョコを受け取り、お礼を言って立ち去った。
小包が入った袋を下げて社屋を移動しつつ、そこで改めて今のおかしさに気が付いたのだ。
「いや、いま9月だろ」
思わず立ち止まって、もと来た方へ戻ろうと思ったが、いやまて。
おかしい、おかしいが……、この脈絡のないチョコのコミュニケーションをとるのはハッキリ言って嫌だ、だが真意を知りたい気持ちもある。
「いや、今9月ですよハハハ」なんてやり取りを期待した上でのプレゼントだったのかもしれないし、そもそもちょっとした冗談だったかもしれない。
あーーーーーーー、と頭がいっぱいになってしまったところで、すぐにまた体を翻して自分の机に戻った。
机の傍らに控えめな袋。
少し大きくて通勤鞄にも入らない、無理やり押し込むには少し品が良すぎるデザインだ。
そっと一番下の引き出しに入れるものの、肩身が狭そうにファイルの脇に置かれてる。
今はこの机に隠された小包をどうするかで頭が埋まってしまっている。
私は中高が一貫の女子校で、その間ずっと恋する乙女だった。恋した相手の数は4人。すべて片想いだった。それでも楽しかった。しかし女でありながら女の人を好きだと言うのを周囲にバレるわけもいかず、恋バナなんてしたことがなかった。高校を卒業してから何年も経ち、多くの友人は共学の大学に通うようになったり、バイト先や職場で新しい出会いがあるらしく、日々好きな異性のことを沢山話してくれるようになった。聞いていて楽しいけれど、自分も中高の頃隠さずにこんな風に片想いの話を彼女達と共有できていたらさぞかし楽しかっただろうなと思うので覚えている思い出を放出する。前置きが長くなってしまって申し訳ない。とても長い内容のうえに素人文章なのでご注意
中学の時に好きになったのは、同じ陸上部の三個上のA先輩だった。一年生でまだまだガキだった私はそれが恋とは知らなかったけれど、校内で見かけるたびにドキドキしてしまうのでうまく挨拶ができなくて先輩方に叱られた。一年として学年全体で怒られた後に、私に「うちらも怒りたくて怒ってるわけじゃないよ。悲しまないでね。現状を良くしたいだけなの」とフォローしてくれた。一年は居残り時間が30分短く、先輩よりは下校時間が早くて一緒に変えることはできなかった。何かと理由をつけて部活後も校内に残って待ち伏せしたけど話しかけることはできなかった。きもいな。恋だとはわからないままでも自分はすごく乙女だった。部活の汗の匂いが気になって近寄って欲しいけど近寄れなかったり、少しでも可愛くなりたくてスキンケア用品もお小遣い貯めて買ってみたりした。(とはいっても洗顔料と化粧水だけ)。部活中は一つ結びしか許されていなかったから、無礼講の部内クリスマスパーティでは髪型を少し変えて気づいてもらえるか試したりした。気づいてはもらえなかった。
中2の時に好きになったのは当時仲が良かった友達Bちゃん。体育祭の時に疲れたと愚痴ると膝枕をしてくれた。その子自身は体育の男性教員が好きだったからいつも胸がモヤモヤしていた。夏休み、家族でハワイ旅行に行った時に友達用にお土産を大量買いしたけれど、彼女にはちょっと特別なものを他の子にバレないようにあげた。その時の笑顔が忘れられないほど綺麗だった。でも恋だとは自覚しないまま終わった。
高一の時に好きになったのは同じクラスのcさんだった。すごく仲がいいわけでもなく、勝手に好きになっていた。席替えで隣の席になれた時にすごく嬉しくて、夏休みに入る目前、恋だと自覚した。自覚してしまうといろいろ早くて(思春期なのもあって)キスしたい、ハグしたい、裸で触れ合いたいとか思うことが増えたけど、そんなことは顔に出すわけにはいかない。夜1人で妄想して、朝になったら忘れて何事もなかったかのように隣の席に座った。挙動不審にならないようにわざと冷たく当たってみたりもした。それでも彼女は優しくて、廊下とかですれ違っても「よっ!」と肩を叩いたりしてくれた。久しぶりに私から話しかけると、「やっと話しかけてくれた…無視されて辛かった」と言ってくれたけれど、彼女のそれが恋愛感情からくるものじゃないのは明らかだった。誰にでも優しくて、他人に注意を払うのがとてもうまかった。夕暮れで視界が悪いのに下校途中で私に気づいて手を振ってくれるのはすごく嬉しかった。
高3になってもcのことが好きだった。毎年クラス替えがあったけれど、また同じクラスになった。すごくすごく辛かった。クラスの中心的なその子と話す機会は減った。でもまた奇跡的に隣の席になれた。天にも昇る心地だった。脳内お花畑だったからこれはもう運命では?とさえ思った。調理実習で作ったクッキーを食べて欲しかったけど、スムーズに渡せなくて、席が近隣の子達におすそ分けって苦しい名目で周りに配ったら別の子Dに全部食べられてしまってCの手に渡ることはなかった。Dには怒りが湧いたけれど「美味しかったご馳走さま」と言ってくれたので許した。
しばらくして漫画みたいな出来事が起こった。Dが同じ町内にひっこしてきた。歩いて五分くらいの距離に。私の高校は私立で、近所に同じ学校の人がいるという感覚がこれまでなかったので純粋に嬉しかった。これによって謝恩会の準備や話し合いが放課後に近所でできるようになって純粋に楽だった。実は、もともとDの印象はすこぶる悪かった。Dは中3のとき、離れ離れのクラスになったBが新しいクラスで仲良くしていた子だったから。当時Bが好きだった私は勝手にBを取られたような気でどうしてもDを好きになれなかった。
高3になるとみんな受験で忙しくて、委員会なんてする人はいなくなった。でもクラスに必ず数人いなくてはならない卒業式後の謝恩会委員というポジションがあった。これがなかなか決まらないため、ホームルームが終わらない。Dが一緒にやろうと言ってきた。お前は受験はいいのか、と思いながらほかに立候補者もいないし、なんとなくすることにした。私のクラスは私たち2人だけだった。謝恩会委員はやることが意外に多くて、Dの受験が純粋に心配になった。私はAO推薦でほぼ確定だったので積極的に作業していた…と思う。ある日、Dの分である作業をなんとなく勝手に進めているととても感謝されて腰のあたりに抱きつかれた。cの前だったから恥ずかしくて腕を振りほどいた。CとDは髪型がとてもよく似ていた。うちの高校はキリスト教だったので、全員強制参加の式典が年に何度かあった。秋のある日の式典で、私はどうしても暇でCを目で追ってしまった。それに偶然気づいたDが小さく手を振ってきた。お前じゃない、と思いながらも実はちょっときゅんとした。
ある日の放課後、雑談をしながら謝恩会の作業中、何気もなしに部活の後輩が好きだったことがあると言ってきた。とてもびっくりした。自分も女子校内で片恋ばっかしている人間だったけれど、それを他人に話すということが異文化すぎた。気が動転してそれからしばらくはDのことを避けてしまった。
冬になってまた別の校内式典があった。それは義務ではなくて、行きたい人が行くものだった。99.9%の人が大学進学を希望するのでクラスの中では本番の迫る受験のために欠席する人、気休めと文字通り神頼みのために参加する人の二分だった。CもDもとても頭が良かったから参加するかどうかなんとなく気になった。Cは来ないというのを教室内の会話で知ってがっかりしたが、Dは来ると言っていた。なぜかとても嬉しかった。もしかしたらこれが終わって三学期になれば自由登校で友達に会えなくなるからかもしれないと勝手に納得した。
それからしばらくしてDに放課後に呼び出された。理由は私が避けすぎたためだったらしい。Dは私が最近は目も合わせてくれないと言って泣いた。とても驚いた。避けている自覚はあったけれど目を合わせていないなんて自覚はなかった。だから今度は目を見て話を聞こうと思った。でも出来なかった。そこで初めて私はDが好きなんだと自覚した。目を合わせられないのはあの有名な歌詞通り、見つめ合うと素直におしゃべりできないからだった。急に恥ずかしくなって帰りたくなった。でも帰ったら一緒にいられないと思うとどうすれば良いのかわからなくなって、とりあえず適当に謝ってから家が近所なこともあって一緒に帰った。
謝ったと言ってもそれでまたDとおしゃべりなんてできるようになるわけがなく、言いたいことは全部紙に書いて伝えるようになった。本当に恥ずかしくて会話ができない。でもDと交流したい。Dは手紙にして返事をくれたりした。とても嬉しかった。それから冬休みに入って、三学期になって学校に行くことがなくなっても手紙のやり取りは双方にとって近所の公園に貼り付けるという約束になって続いた。
バレンタインになった。何か渡したいけれども渡す時間を取らせるのも申し訳ない。公園に手紙と一緒に食べ物を置くのも憚られる。代わりに手作りで学業成就のお守りを使って置いておいた(重い上にキモい)。お世辞だろうとも喜んでくれた旨が手紙に書かれていた。嬉しくて家でニヤニヤしていたら家族にキモいと叱られた。
その後、彼女の第一志望の受験前日は3つも神社をお参りしてクジを引いたら大吉だった。うれしくなって、おみくじのことと、明日の受験頑張れと書いた手紙を貼った。結果発表の日が過ぎてもDから連絡は来なかった。催促するのもよろしくないのでそれから次の登校日まで待った。
合格者発表から数日経った次の登校日、学校に行くとほぼ全員受験のストレスから解放されていた。教室ではDが他の子達となんと恋バナをしていた。他のクラスメートたちが、受験期中に同じ塾の男の子相手に密かに恋をしていたこととかを話していた。D自身はどうなんだろうか、不安になった。聞きたいけど怖くて聞きたくないので「いいなぁ楽しそう。もっといろいろ聞かせて?」と他の子に聞いた。するとDが「じゃあ〇〇も恋バナすればいいじゃん。好きな人いないの?」と聞いてきた。胸がとても痛かった。その日のうちにD本人から、実は第一志望に合格していたと聞いた。嬉しかったけれど、どうしてすぐに伝えてくれなかったんだろう。そんなこと話す間柄とすら思ってもらえてないのかと、また胸が痛くなった。
卒業式の帰り、謝恩会も無事終わり、クラスの打ち上げも解散に近づいた頃、Dに、今日は一緒に帰ろうと言ってもらえた。とても嬉しかった。私の大学は地方だったから多分これがDに理由もなく会える最後だと思うと泣きたくなった。帰り道は何も話さなかった。誤差の範囲だけれどDの家に先についた。お別れの時だ、と思ったら、Dがマンションの共有スペースまで上げてくれた。一緒にケーキを食べた。告白するべきかしないべきか、すごく悩んでケーキを食べ終わってもずっと無言で泣いてしまった。Dは私が何かいうのを待っているようだった。その時、母親からもう帰って来いと電話が来たので仕方なくさよならを言った。Dは地方でも頑張ってと応援してくれた。私は泣きながら短い距離を帰った。
本当のところはわからないけれど、おそらくDは私がDを好きだと気付いていたんだと思う。でもわたしには告白する勇気もなければ、このあと地方に自分は行くのに、Dが大学で彼氏を作るのを見ているのは辛くて無理だった。大学に入ってしばらくして、私は、自身では記憶にないが飲み会で盛大に酔っ払ったらしく、ライン電話でDに泣きながら告白していたらしい、というのは飲み会に参加していた別の友人に聞いた。Dのリアクションはわからない。電話口だったので私にしか聞こえていなかったし、私本人が酔って忘れてしまった。そのうち、私が1回目の帰省をする頃には風の噂でDに年上の彼氏ができたことを聞いた。私は泣いた。多分もうDとも関わることなんて、同窓会以外ないだろう。私はいつまであの時に囚われているのかわからないけれど、あれ以来人を好きになったことがない。もう22だけれど、中高で経験した以上の恋愛ができる気がしない。それでもいいと思っている。後悔もない。充実した青春だったし。これが私が学生時代、仲の良かった友人としてみたくても出来なかった恋バナの内容。
Aくんは○○というジャンルのキャラクターだ。二次元。わたしは作者の半ば公認で、次元を越えて二次元の男と結婚した。
Aくんとの出会いはわたしがまだ学生のころ。もう10年以上も前になる。
わたしはその原作が大好きで、10年の間に他のいろいろなジャンルにもはまってきたけれど、落ち着くと○○に魂が戻っていった。
記念に作者さんのサイン会が開かれることになり、わたしも運良く当選した。
サイン会というものは初めてだったけれど、周りにいるのがみんな○○を好きな人という空間というそれだけで気分が高揚した。
10年以上もの間愛した世界を作った神様みたいな存在の人と会う。就活の面接よりも、部活でソロをもらって楽譜一枚ぶんの長い間注目されながら演奏したときよりも緊張した。
登壇された先生も緊張されたご様子で、それでも堂々と読者の我々への感謝やご挨拶をされていた。
サイン会のことは今でも鮮明に覚えているし、たくさん連ねたい感情や思い出はあるけれど、この記事のメインはそれではないので端折って進めようと思う。
わたしの番がきた。
他のサイン会というものがどういうシステムかはわからないが、このサイン会は応募したときの名前が名刺くらいの大きさの紙で用意されていて、順番がくるとそれが読者→スタッフさん→先生へと渡され先生がサインと宛名を書いてくれるというものだった。
先生「あ!」
わたし「わわ……」
繰り返しになるが、わたしは10年以上前から○○が好きだ。Aくんが好きだ。
応援の気持ちで、単行本がでると、とりわけAくんが登場していると(Aくんは一年出てこないこともあるくらいのキャラ)ファンレターを出したりした。二回だけバレンタインにAくんにチョコをお送りしたこともある。
それは少しだけ熱心な普通のファンの範疇だったはずだったけれど、覇権ジャンルのような人口ではないためか、先生はわたしの名前を覚えてくださっていた。
もちろん本名は井上とか吉田とかのありふれた名前で、馬喰町太郎だなんてパンチのきいた名前ではない。
元気良く挨拶して、お祝いのお言葉と、サイン会という機会を設けてくださった感謝と、作品への思いをお伝えしよう。そうして考えていた言葉が全部吹き飛んだ。
先生は、すみませんお名前見てはっとしちゃってと笑い、隣で色紙の用意などをされていた方(担当編集さんでした)に「Aの馬喰町さん!」とわたしのことをお伝えされた。
そしてわたしには長い間○○を読んでいたお礼と、わたしが先生やアシスタントさんや担当さんの間でAの人で通っていることを話された。
長年作品を支えた(という言い方はおこがましいものの先生のお言葉を借りて)一介のファンにはこれ以上ないお言葉だった。
当然、古参ファンへのリップサービスだと理解していたし、本気でないからこそわたしも「えーっwwwありがとうございますwww」という軽めの反応をした。
冗談やお世辞で言っていただいたことでこんな記事を書いたりはしないし、この記事は自慢のつもりでもない。理由はこの先を読んでもらえるとわかると思う。
わたしはSNSをしている。漫画やゲームなどのことを話す用途のアカウントで、サイン会に行ってきたことを軽く話した。
「Aくんをわたしの嫁に出すしかないと言っていただいちゃったので今日は結婚記念日😂」という文面で、本気らしさは感じさせなかった。と思う。
それから数ヵ月が経ち、即売会のイベントに先生が参加され、○○の最終回後のお話が同人誌という形で頒布された。
Aくんはそのご本の中で既婚者になっていた。(※相手がいるという記載のみで、奥さまはお名前すら登場していない)
わたしの話になるが、わたしは基本的に作中の男女カプが好きな腐女子だ。腐カプを好きになることはたまにしかないが、♂♀、♂♂どちらでも固定厨。
ただし、公式の推しカプには従うし、推しが幸せになるのを祝福できるし、公式で好きな異性がいる男をホモにする腐女子は公式アンチか?それともエアプか?と思う。推し♂♂がそれぞれ女の子とくっついたら公式を受け入れる。
わたしはAくんを腐カプの受けとして見ていた。
でもAくんが女の子を好きになって、女の子と結婚して幸せなら、わたしは祝おう。BAのことは諦められる。幸せになってね。そう思った。偽りはない。
ご祝儀袋にファンレターを入れて(本当は本当にご祝儀を入れたいくらいの気持ちだったけど現金はだめなので)気持ちばかりの差し入れのお菓子をお祝い代わりに、ご結婚おめでとうございますという旨とご本の感想をしたためた。
数日後の先生のSNSに、「お祝いされるべき方にお祝いをいただいてしまった😂」という旨の投稿がされた。
遠回しに結婚相手はわたしだと仰っている。わたしにしかわからない形で。
これは完全に自意識過剰なのだけど、先生がわたしのSNSを見かけた可能性はあった。もっというと、以前からチェックをされているかもしれないという気もしていた。(そのため当該アカウントでは腐関係は隔離して、見られても困らないごく一般的なファンの投稿だけになっている)
この理由はどうにも暈しようがないので伏せさせていただくが、サイン会のときの投稿よりも前からそこはかとなくそんな予感がしていた。
だからサイン会の後に、なんにも投稿しないことでなにか変なこと言っちゃったかななど思わせたくなくて(わたしはネガティブなのでわたしならそうなる)、喜んでみせたのもある。
だから、今回の先生の投稿も、わたしの反応待ちなのではという感覚があった。当然自意識過剰だ。
自意識過剰だけど、ともかくわたしもSNSを投稿した。先生が遠回しに伝えてくださるのはわたしと他のファンの方双方へのお気遣いだし、わたしも大層喜んだ様子で詳細は書かず感謝を綴るのみにとどめた。
ところが先生のご本を読み、かつ先生とわたしのSNSのどちらも見ていた方には察せられるもので、配慮が足りない、常識がないと言い出す人がいた。
(正直、ご自身の立場だったらおまえはもっとなんにも伏せずに狂喜乱舞で全部ツイートするだろうと思うそういう性格の人だ。)
わたしは腐女子でBAが好きだった。Aくんが結婚したからそれを受け入れた。
しかし相手がわたしとなると話は変わる。わたしじゃAくんを幸せにできない。でも、自費出版とはいえ公式でAくんは結婚した。
公式を受け入れないのは公式アンチという信条と、10年の推しカプを自分自身のせいで諦める苦しさで板挟みになった。
チョコを送ったのがよくなかったのか。それくらいみんなやってる。
ファンレターだって、腐要素こそ滲まないよう努めたが、夢感情は元々なかったのでAくんと結婚したいなどということはもちろん書いたことがない。表情や言動を事細かに好きだと綴っただけだ。
サイン会で喜んだのも長いファンを喜ばせようというお心遣いが本当に嬉しかったからだ。
誤解のないように言うが、わたしが喜ぶかなと結婚までさせていただいたご厚意自体は本当に嬉しいし、この上なくありがたい。
ファンとの距離感が近すぎるとは思うけど、お気持ちは本当に本当に嬉しいし、それほど大事なファンだと思っていただけてることは誇りです。○○を好きでいて本当によかった。
でも推しカプの片方が結婚してましてその相手が自分という事態はどれほど複雑(オブラート)な気持ちか、固定厨の方なら多少はご想像いただけるだろうか。
ご厚意に厚意と感謝を示したくて喜んでみせたら上っ面だけを見た界隈の一部の人間に常識がないと思われること、それにこういった反論をできないこと、本当に頭にきてます。
言い方を選ぶのをやめさせていただくと、お前らただの嫉妬だろ?
怒ってた一部は夢女子で、夢女子の全員がそうだとは思わないけど、ああいう場で喜ばないほうがよっぽど世渡りの常識ないのに夢界隈のローカルルールにあわなかったんだかしらないがよく自分こそが常識みたいな面ができるな。何様だよ。
○○のことは今でも大好きだし、Aくんのことも一生の推しだと思っているけど、今は創作するのもしんどくてそれ以降別ジャンルばかり描いている。
再度になるが、わたしは固定厨腐女子なのでこの記事は自慢でもなんでもない。
わたしが表立ってこんなことを言えないから連中だけ好きに愚痴を言えるのがムカつく一心で書きました。
作者に見られてるかもと自意識過剰にでも思った時点で鍵かけろとかオタクは原作者の目に触れるなとか、わたしにももちろん落ち度はある。(その点を反論させていただくなら、わたしに怒っていた夢女のほうが先生に直リプをバンバンしているはばからないオタクです)
これを読んでくださった方にもわたしのほうがよくないと感じる人もたくさんいると思う。わたしかわいそうでしょう同情して!というつもりならもっと自分に都合の悪いところは伏せて印象操作して書いている。
いや、星5はいるよ
ちょうどスタートダッシュキャンペーンと重なってるから最初の石はちょっと多かった
ただ宝物庫とか種火の周回にはあまり多く時間が取れないからどうしても低レベル行軍になってしまうんだ
第六特異点あたりだと最初に出てくる目玉から全滅しちゃうぐらい低かったし、セラフ復刻の告知も既にされてたからなりふり構わず突っ込むしかなかった
第七特異点ティアマトあたりのイベントを流しでやらないといけないのは本当に残念だったぞ。ラフムで全滅するし。
最初の星5は青王で、年初のバビロニアピックアップでエルキドゥが引けた
それぐらいレベル差あった
第一部やセラフやってるときはまだ配布鯖のほうが戦力として相当期待できたんだよね
何より足りなかったのは時間
種火回収する時間が取れればもう少し余裕持てたんだと思う