はてなキーワード: しづとは
結局、若いやつがだめだったときに、おっさんが代わりに納品してこなきゃいけないし
保証をつけないと
それが1割
基本 信頼できるやつなら1割で保証してやる
たいていは急遽入院したとか、そういうことは起きるからな交通事故とか
ただ同時多発で要賠代理納品はあるから、こっちも何個もはうけられない。 保証会社でかつ、金銭ではなく代理納品はしょうがない
当然、保証をした若いやつができないと こっちは1割で納品してこなきゃいけないわけだから
精査して、内容を聞いて
この若手ならできると保証する
できないと嘘をついているから弁償
どんなに不規則な生活をしていてもこの状況下で飲食店が軒並み閉まろうとも、コンビニで 24 時間いつでも買えて、 100 円で山盛りの野菜が食べられる。
最近よくあるパウチパックのおかずを載せると立派な食事になる。ほぐしサラダチキンと和えても良い。不健康なイメージのカップ麺さえ一気に野菜摂取の補助食品になる。
おそらく、水にさらす時間が長く栄養は抜けているだろうが、ビタミンはサプリメントで良い。柔らかいものばかりになりがちなレトルト食品に食感を、不健康な生活をしている不安感に癒やしをくれる。
惜しいのは、自宅以外では皿を調達しづらいところだ。しかしカップ麺か、麻婆豆腐か、春雨サラダもいいな、と器でドレッシングを選ぶのも楽しい。何にしようかなー
これは全部俺の好みの問題で、正解を導くことはしない。
運転が好きとか車にこだわりがあるとかではない。ただのオートマ乗りで通勤程度にしか使わないけど、車選びの際に気に入らないことが多々あった。
オートマが当たり前な時代にシフトレバー(ボタン)の役割は薄れている。けれど車の走行状態を左右する大事な機械部分に関して、人類は工夫という無意味なことをしすぎている、と思う。ペダルもワンペダルになろうとしているのはいいことだ。ならばシフトレバーもちゃんとしよう。
シフトレバーは年代によって操作体系が変わる代表だと思う。だけどここは運転操作に直結する。車種によってコロコロ変わって何がいいのか。しかも似たシフトでも微妙に違うことがよくある。
上級者相手だろうと初心者だろうと、まず事故につながらないシフトづくりが先決かと思う。マニュアルが複雑なのはそれ専用の免許が必要だから意味がある。けれどオートという単一の免許だけでいくつも操作体系があるのは納得いかない。多種多様な操作を覚えるのに教習所は向かないんじゃないか?
こういうとまず慣れろというが、レンタカーなどのあまり馴染みがない車を運転する場合には慣れる以前の問題だと思う。車を日頃から運転している自分だって自分の車や社用車以外はあまり乗りたくない。プリウスガードや先進安全装置以前に、事故が起こりやすいシフトから改善しろって。
あのシフトはなんだ。卵みたいな形状でどこにシフトしているのか全然わからない。さっきもいったけど、いま自分がどのシフトになっているのかを感覚的にわからないのは事故につながる。シフトしている感覚がなかったり、今現在のシフトが理解できないからプリウスガードがなくならないし事故が減らない。安全装置の前にシフトをなんとかしろ。年寄りがあんなのに慣れると思わないほうがいい。納車したその日に事故ったら慣れるとかではないんだから。
なのに最近のEVはだいたいこれだ。日本で唯一の産業とも言える自動車業界は何考えているんだろう。車を運転しない人が車を作って、操作に不慣れな老人が運転する時代。それがいまだ。
最近は絶滅危惧種。ハンドルの左右から突き出たシフト。パドルシフトとは違って全部それでパーキングから減速までできる。問題は、大げさなのに運転中は邪魔ということ。
個人的に軽自動車とかにあるストレート型は好みじゃない。理由は一番下にドライブがないから。うっかり下に持っていくと別のシフトに入ってしまう。さらにドライブの下のには「B」や「S」や「L」などの謎のアルファベットがある。車種によってそれはまちまちで、初めて乗るとどれがエンジンブレーキなのか判別がつかない。一番下に持っていけばドライブになる構造のほうが誰にでも扱いやすいんじゃないかな。
これは未だに存在するが悪だと思う。パーキングするという単一の目的だけにフットブレーキの横につけるんじゃない。マニュアルと変わらないのに役割が全く違う。この時点で悪でしかない。使わなくても最悪なんとかなるけど、高速走行時に間違ってサイドブレーキをかけたら事故にしかならない。事故を誘発する仕組みが存在するって、これを開発した人は何を考えているのか。
現在は電動パーキングが広まっていて、これは素直に嬉しい。まじでパーキングブレーキは手引か電動にして欲しい。
悪いわけではないけどこれのせいでカーナビが見づらくなる。カーナビとメーターのどちらを取るかは人によるけど、上下にあるのは個人的に見づらいと思っている。確かにカーナビは低い位置にあると操作しやすい。だけど運転手にとっては前方視界の中に地図がある方が運転はしやすい、と思う。従来のようにハンドルの中にこじんまりとメーターがあるか、HUDとかにしてカーナビを比較的上にして欲しいなって思う。
今の車の多くはカーナビと車が一体になっていて交換ができない。確かにそのほうがメリットはあるのだろうけどナビは選びたい。HondaEのようにコンセプトデザインならいいけど普通の車でそれはやめろください。大抵の純正で劣っていると思う一番の部分がカーナビじゃないかな。
もう車にはドラレコを前後につけるのが当たり前な時代。さっさと自動車会社はドラレコをつけること前提にできないのだろうか。いちいちパネルを開けて配線を隠すとか前時代的すぎる。
すでに給電用にしかつかない部分。なのにやたら存在感がある。はっきりいって邪魔。ドラレコの電源取りとして使うのにシガーソケットを使う場面は多いけど、むしろシガーソケットが前席の中央にあるために配線に制限がかかってしまう。だからヒューズボックスを使うのだけど、初心者がそれをしたがるのか。電源を取るならシガーソケットという考えがもう時代遅れなので、ドラレコメーカーと協議してなんとかして欲しい。
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特にシフトレバーは初めて乗る人には鬼門だと思う。望んで選んだならともかく、旅行先のレンタカーに得体のしれないシフトが備わっていたら躊躇するし操作ミスを招く。マニュアル車はある程度操作が固定されているのに、オートマ車は車種だけ操作方法が異なる。これってなぜ問題にならないんだろうか。
まあ、そんな君もマツダ車に乗り給え。
ちゃう。
マイニングコストは価値を裏付けてるのではなく、単に偽造をしづらくしているだけである。
たとえそれが偽造しづらい物でも、誰も欲しがらなければそれに価値は無い。
大して法定通貨には国が持つサービスや暴力という価値の裏付けがある。
俺は実家住みなんだけど近々マンションに引っ越すことになった。家族でネット回線をどうしようか?という話になったとき
母親から「あんたは何もしないで!」と強く拒否された。家族仲は普通だと思う。なんでなのか分からんので想像するしかない。
以前からたまに親に買い物を頼まれることがあった。親はネットでなにかを探すというのが苦手なので俺が調べて買う。
特に金額の指定がないことが多いので安めのものを選ぶことが多い。
でも基本的に安心できそうな要素は高くなっても入れるようにしてた。
聞いたことない中華ブランドよりアイリスオーヤマ。ノートPCは保証を付けて+1万。旅行先のホテルはよりレビューの良いところを。
多分なんだけど俺のこの「最安値よりは安心できる高いものを選ぶ」というチョイスが母親の信頼を少しづつ失わせた理由ではないかと。
学術系新書とは、いわゆる岩波新書とかちくま新書とか、装丁のフォーマットが決まっていて
アレが、ブックオフの一部の店舗で、なんということか、ジャンルごとに並んでいる店がある
ジャンルって例えば「心理」とか「健康」とか「歴史」とか「スポーツ」とか「ビジネス」とか
これがもうめちゃクソ見づらい
あの細い(薄い)背表紙にこまこまとタイトルが書いてある新書というものは、フォーマットが揃っていないとこれほど見づらいものかと
しかもジャンルって、まず客からしたら、そもそもこの新書の棚の中に、どういうジャンルが設定してあるのかがわからない
医療と健康は別の見出しなのだろうか、医療と精神医療は別の見出しだろうか、精神医療の他に「こころ」なんてジャンルもあったりする?
棚の上のわかりやすいところに書いてもいない、本と本の間に挟まってる見出しを見るしかない
ジャンルの設定もわからなければ、当然、探している本がどのジャンルに入っているのかわからない
通常の単行本だってそうといえばそうだけれど、新書は何しろ薄い、タイトルが見づらい、それがぎゅっと棚に挟まっているところがそうなっていたら
なんであんなアホなことしてるんだろう
最後のFブロックの問題を少しづつ解いている間、運命を少しずつ固めていくような気分だった。不安感が強かった。解答に自信がないわけではない。もしかしたら間違えてるかもしれない。その不正解が、不合格という未来に連なることが怖かった。でも、マークし終えると「これでそんな恐怖ともおさらばできる」と少しホッとした。問題に記入した丸とマークシートを見比べながら終了の時を待った。
試験官たちが、回収していたマークシートは、俺たちの運命そのものだった。一つ一つ、機械のように手にとって向こう側へ持っていった。これで確定してしまうのか。試験が終わってもしばらく放心して動けなかった。
帰り道は、同期と問題の講評や今後の予定や研修先など、どこか浮ついた調子で語り合い、そのうちそれぞれの帰り道へ散っていった。
一人になって、届いていた挨拶LINEに返信しながら、ぼんやりとした気分のまま家に戻ってきた。この荒れ果てた部屋も、俺自身さえも、昨日と何一つ変わっていないのに、はるか遠くの別世界にいた。そう、今は俺は『国試後』の世界にいた。
ずっと『国試後』はもっと遥か遠い概念だと思っていた。国試の十日くらい前だったと思う。その朝シャワーを浴びていたときに、急に気づいた。
『国試後』はすべてが許される、夢の世界だ。寝坊も、夜ふかしも、ゲームも、動画も(飲み会はダメだけど)、あらゆることに罪悪感を感じる必要がない、そんな傍若無人な世界なのである。心が折れそうなときは「国試が終わったら〇〇をしよう」「国試が終わったら✕✕を買おう」などと様々な妄想をしてきたが、ついに例のソレが来てしまったというのか。
今、その世界に足を踏み入れたという実感はない。
いや、あっていいものか。何を隠そうまだ何も終わってないのである。合格か、不合格か、蓋を開ける必要があった。
採点サービスに入力できないでいた。合格を手にするには、不合格を迎える覚悟を持たないといけなかった。どうやら、合格を得ること以上に不合格の恐怖のほうが強かったようだ。
そんな調子で立ち往生していた。果たして俺は、真の向こう側の世界に行けるのだろうか。
【追記】
考えてみたけど分からんかった。もちろん発言自体は非難されるべきで、世界中からバッシングを受けるのはギリ分かる。ただ、それでも世間/世界から辞任も当然だというような空気になるのが分からない。
一応、自分としては、基本的に発生した被害以上の補填や賠償をする場合は、認定された被害が必要だと思っていて、それがない場合は発生した被害が上限になるべきだ、と考えている。
例えば、意図しない不良品が原因で事故が生じた場合は、その被害から復帰する補償/賠償が必要になる。ただ、不良品を販売しただけでは、その不良品の返品や交換を上限とするべきだと思う。
そして今回の森氏の発言の場合は「女性が多い」なので、女性を対象にした発言となる。そのため、認定できる被害対象は女性となり、だからこそ世界中からバッシングを受けてるんだとは思う。
問題は被害内容のほうで「会議は時間かかる」という発言で、礼を欠いているとは思うが、これにより認定可能な被害は発生しづらいと思う。だから、名誉回復の撤回と謝罪でいいんじゃないか、と自分は考えた。
多分、これが「女性だから会議に参加させなかった」とか「女性だから会議で発言をさせなかった」に繋がるからだ、みたいな理由なんだろうけど、それの全責任を森氏を対象にするのは私刑に近いんではないかと思う。
あと、ちょっと前にはてブか増田の人気エントリに載ってたのと似たような投稿があったと思うけど、この記事は飽くまで森氏本人の今回の発言のみを対象としてます。
平成は表向きは「改革」が連呼された時代だったけど、結局「改革」を掲げている政治家たちも森に頼り続けてきた。小泉構造改革や郵政解散選挙は、森がバックアップしていなければ無理だった。内実は窺い知れないが、それだけの人望や政治力があったことは確かだろう。森喜朗的な政治を批判してきたはずの猪瀬直樹が、結局は森に五輪の会長をプレゼントする形になったのも皮肉。平成の政治は森喜朗の掌だったと言っていい。
森の失敗は、裏方に徹していればよかったのに、功名心を捨てられず、人生の総仕上げとして五輪で表舞台に立とうとしてしまったこと。裏で調整役に徹した方が、国民のイメージも少しづつ回復したはずだが、会長として五輪の顔の一人になったことで、「爺さんのわがままな夢に、国民がむりやり付き合わせれている感」がすごく出てしまった。
批判は当然だが糾弾やバッシングはやはり好きじゃない。糾弾する前に自分の周りを見返すことが必要。森会長叩きではなく、会社の会議で年長の役員の女性蔑視発言を、みんな嗜めることができているかとか、自分もその場合に空気に合わせて笑っていないかとか、そういう話で盛り上がるべきだと思う。
森のアレって、女性排除なんてしてなくね?くだらねージョークのレベルだろ。
議論の発言で制限時間設けるのは至って普通のことじゃね?これまで議論真面目にしてなかった連中は責められるべきとして。あの程度で発言しなくなるなら会議参加者として情けなくね?みたいなことを社会学者相手に言ってたよなブコメは。
相手が多勢だから批判しづらい←学者として情けない!が成立するんだろ。
森の失言癖は勘弁だけど、世界から指摘しまくるのもちげぇだろ。「最新の価値観」にそぐわないものなら徹底的に叩くのは間違ってる。間違っている。世界は間違っている!!!
お前らは何を解決したいんだ?手段と目的が入れ替わってないか?性別で活躍する場が制限されるなら問題だ。しかし会議のメンバーが変わり新たな問題が浮上したならそれに対応するのは当然だ。時間は有限だからな。これまで会議で発言もせずやってたってことを批判するなら結構。しかしそれならそう指摘せよ。
キーボード打つのめんどいからマウスでコピペしてるのに、結局求められる。だるい。
虫眼鏡アイコンにホバーした時にマウスカーソルが👆にならなかった時の絶望感よ。
見づらい。やめろ。
読めない。強制中断させられるよりは読み込み完了までフォント真っ白でいい。
独立させてくれ。大体こういうのは閉じるボタンが追尾してこない。
閉じた後も見ていたとこまでスクロールし直さないといけない。だるい。
横からメニューが出てくるタイプの場合は大体リンクの半分以上が隠されているだろうが、そんなリンクを開きたいと思わん。
リンクを開きたくて押した訳じゃない。開くな。
開くなとは言ったが、何もするなとは言ってない。
メニュー閉じろ。わざわざ画面上部/画面外の閉じるボタン押すのだるいのよ。閉じてください。
言うまでもなく誤タップを誘う。やめろ。
うちのアプリ入れてねって広告でよくある。はてブお前のことやぞ。
画像表示前に高さが0なやつ。たまに商品画像でこれをやってくる通販サイトがある。
(上に大きく商品画像が表示されていて、下にちっちゃく商品画像一覧が表示されているやつ。一覧から別の画像を選ぶと一瞬大きい方のサイズが0になってガクつく)
スーパー見づらい。lazyload + これ + 一番下から上にスクロール でガクガク地獄を見れる。
lazyloadの利点はわかる。まあわかる。でもlazyすぎる。too lazy.
画像メインのサイトほどメリットが大きいんだろうが、画像メインのサイトほどlazyloadのせいで流し見しづらい。スクロールに表示が追いつかない事が多々ある。やめろ。
読み込み中は真っ白のままで、読み込み完了後にやっとゆっくりフェードインで表示されるやつ。なんの意味があるの?
「新しいタブで開く」等でバックグラウンドで読み込み完了させても、開くとあなたが見てくれるまで待ってましたよとばかりにフェードイン。
小さい。押しづらい。大体広告についてて、消そうとすると広告本体を誤タップする。やめろ。
LINEお前のことやぞ。(LINEは三点リーダーを縦にしたようなやつだけど)
狭い。みんながみんな縦長大画面じゃないんだよ。片方だけなら許す。両方はやめろ。
共有を知らない・使わない・アプリ入れてないユーザーもいるだろうからボタンを置く事自体は許すが、追尾はしなくていい。邪魔。とにかく邪魔。
hoge.com#aiueo みたいなの履歴に追加してくれるとこと追加してくれないやつあるよね。
追加してくれるやつはそれはそれで多用すると履歴がカオスなことになるが、追加してくれないやつはスマホ(Android)の「戻る」押すとタブが閉じられたりしてビビる。
目次に戻りたい時はスマホの「戻る」を押す癖がついてるので、例え目次に戻るボタンを用意してくれていてもスマホの方押す。でタブが閉じられる。ビビる。
履歴に追加してくれない上に、目次/トップに戻るボタンを用意してくれてないとこも稀にある。目次まで手動スクロール。だるい。
「このURLはうちのサイトじゃないよ、安全かどうかわからんけど開く?」みたいなやつ。
価格コムみたいなユーザーが好き勝手投稿できるサイトならまだわかるが、そうじゃなく運営者しか記事書けないタイプのサイトでもたまに見る。
記事書いといて安全じゃないと思うサイトのリンク載せとんのかよ。邪魔。まあ広告見せたいだけなんだろうが。
Googleお前のことやぞ。
そのアプリ内でしか見れない物だとか、特定のページを普通のブラウザより見やすくしている訳でもない限り、普通のWebブラウザアプリで見せてくれ。
ブラウザで開くと戻ってくるの面倒でしょ?って気遣いかもしれんが、大抵文字通り「ただのブラウザ」でSafari/Chrome以下の利便性。
LINEお前のことやぞ。
困る。これは困る。
人に勧めたい時、Webで調べてリンクを見つけてくるか、スクショを撮らなきゃならない。
スクショを撮るとしても大抵1枚では情報量が足りない。(商品名・ブランド名・商品画像・価格とか1枚に入り切らない)
ユニクロお前のことやぞ。
どうしてこんなにセックスしたくないんだろう。あまりのしたくなさに放っておくと1ヶ月くらいしなくてもいい(いや一切しなくてもいい、1ヶ月は旦那の我慢の限度)ので誘ってくるのはいつも旦那だった。そういう月に1-2回の頻度を続けていたら、過去に旦那が限界を迎えて、週に1度くらいはしてほしい(それでも自分にとっては毎日したいくらいで少ないほう)と言われた。
で、週1ペースでしようとなったが、私の心が死んだ。週1でできなかった月は回数が減ったと言われ、じゃあ週1で…と頑張るの繰り返しで本気で無理になっていった。正確にいうと、こんなに嫌なことを私に強要してくる旦那が嫌いという方向に感情がシフトしていった。結果、生活のパートナーとしての旦那は好きだし1人の人間としても好きだけど、恋人としては好きじゃないと断言できる。というか恋人として好きってなんだ?キスもセックスもしなくても私はいいんだが…
そうして最近、旦那に愛情はあるけど、セックスをしなくてはいけないくらいなら離婚したいとなっている。1人でも気楽だし、楽しいし、子ども欲しいともあまり思わないし。
そういう気持ちでモチベ-100000の状態でしていたら流石にもうちょっと頑張れと旦那に言われて、自分はもうこれ以上無理だ、どんどんあなたのことが嫌いになるから離婚しようと言ってしまった。
旦那の気持ちは理解する。たしかに夫婦はセックス=コミュニケーションであり、愛情表現であり、セックスしないと愛を感じられないという主張は最もだ。それが普通の感覚なんだろう。そういう普通な人がセックスしたくない私と夫婦を続けるのはかわいそうだから別れたほうがいい、と言ったらそれは違うらしい。別れるのは絶対に嫌らしい。旦那は私にセックスを好きになるように頑張って欲しいらしい。私はセックスをすればするほど嫌いになっていって今なんだが…
もともと男らしい男があまり好きではなく、旦那は気が弱くて優しい男なこともあって好きになった。他の人とはしたことない。(し、旦那もしたことないらしい。私と別れたらもう結婚できる気がしないらしい)昔はここまでセックス嫌いじゃなかったはずなんだけど、今となっては男のパートナーはもういらんという気持ちにすらなっている。まあ男でも女でも性欲に差がある相手だと変わらず嫌になりそうな気はする。
何で結婚したんだって思うよな。まあ、一緒にいたかったからなんだけど、セックスはしたくないんだよなあ…
うーん、ともかくそういう状態で私にとったら八方塞がりなのだが、何かいい解決策がないだろうか。こんなことどこで聞いたらいいのかわからなくて…増田に書くの変だったらごめん。
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ひさびさに見たら反応もらえてて参考になる。こういう話題って言及しづらいだろうと思ってたので、全然スルーされるかと思ってたわ。
書いてて思ったけど、多分夫婦のセックスってスキンシップ(愛情)の問題と性欲解消の問題があって、前者は自分しか出来ないから足りないならなんかするしかないし、後者は外注できるんだよね。その辺がヒントになるかもしれないなあ…と思いながらもっぺん旦那と話してみるよ。ありがとう。
理想のタイプではあるのだけど、性欲だけは本当に昔から合わないんだよね…。 ブコメでも言われてるけど、じゃあなんで結婚したの?って言い始めると、そんな全部一致する人いないんじゃないかなって思う。気性とか金銭感覚とか清潔感とか同じ話だよね、後々変わってきたりもするし…既婚者はこういうの悩みながら、すり合わせながら一緒に暮らしてるもんだと思っているけど、どうなんだろう。
とはいえこのへんの根本的な価値観、すり合わせ難しいんだよな…
「別れないのなら一生セックスをしない」「セックスをしたいのなら別れる」
ありがとう、貴方も悩んでる(悩んでた?)人なのかな。同じ立場の人と話したことないから、夫婦なのにセックスしたくない自分が頑張らなきゃいけないかなって思ってたし、優しいコメント書いてくれてちょっと気が楽になった。
旦那は別れたくないって気持ちの方が強いみたいだから、なんとか妥協点を探るしかなさそうなんだけど、無理しないラインで探してみるよ…。
これはハッとした。確かに、時間や環境で変わるもんなあ。とはいえ、発散したいのが性欲だけなら外注でもいいんだけど、スキンシップの一貫として考えるとパートナーじゃなきゃ意味がなかったりして、悩ましい。(と、旦那は言っていた)
私がシワシワブヨブヨになったら若い女とじゃなきゃヤレないとなるんだろうか…それはそれで都合がいいのだけど…
昔は自分もセックスしたいと思えてたのか、旦那の期待に答えるために昔は頑張れてたけど無理に重なって耐えられなくなってきたか、
自分でもアセクシャル的なやつなのかな?って思ったことはあるんだけど、どの程度だったらアセクシャルって言うのかわかんないんだよね。昔は自慰とかはしてたけど、セックスは別にしたいと思わないんだな。逆に普通の人ってどれくらいセックスしたいもんなの?
付き合い初めの頃は物珍しかったし恋してたし、ちょっとは前向きにやってたんだよね。それでも自分からしたいと思って誘ったことはほとんど記憶にないかな…ずっと抱き合って寝るだけで全然幸せって思って生きてきたし、そう伝えてはいたんだ。男と女は違うからって言われて、そういうもんか…と思って悩みながら生きてきたけど、最近また衝突しちゃったなー。
たしかに、もともとそういう欲がないし頑張っても厳しいというのはわかってもらえてないかもしれないな。もうちょっと伝えてみる、ありがとう。
正直、社会学叩きって哲学者(というか東浩紀関係者)叩き、パクリデザイン叩きと地続きに見えるんだよね。数理化しづらい学問及び仕事が権威を振りかざして暴れてる光景に人々が「その権威、ホンマに正しい?」と
何度も言ってるけど、「社会学と哲学は真理の探求や再発見を目的とした学問じゃないことが問題」なんですよ。
これが科学なら議論に参加するまでの難しさとか成果を示すことによって「この人達が偉い・大金使って研究してるのは納得できる」んだけど、哲学や社会学で大衆を納得させるのむずいもん
もちろん、社会学でもちゃんと統計に基づいて「これおかしくない?」とか、「こういう問題をちゃんと取り上げて世の中をアップデートしたよ」って言えるような人はいるけど、テレビのコメンテーターとそう変わらんことしか言ってない人については…まぁ…ね
だから個人的には哲学は歴史学や倫理学の一部ぐらいにランクを落としたほうがいいし、社会学も民俗学、経済学、心理学のどっかでいいんじゃないかな?と正直思う。
これを国で例えると、国なら不法行為を取り締まるのは基本警察。一部の法律だけは公取・麻取・労基署・国税庁・消費者庁あってややこしく見える感じ
「ややこしく見える」は控えめな言い方で、これが学問だと「哲学者が倫理学や世界史など周辺の学問を学んでないとしたら、そいつはなんだ?」って話だし、社会学が狭い領域のことに影響を受けてその背景をもっと根深い学問(歴史的な観点、人間心理の観点など)から説明できないとしたらそれもそれで…
お国で言うと特に犯罪が多かったり被害額が多いモノを警察とはまた別の部署を作ろうって話になるのは納得できる。
でも、社会学や哲学ってそれは独立した学問として存在するほど重要性が高かったり、それ専門の仕事を作る必要があるものか?と言われると…っていうのが、世論からみた感じなのでは?
言ったこと全部覚えといても揚げ足取りだとか、逆にこっちが言ったこと覚えてなくて言われても文句言えないからね?そのことをあんまりわかってない人がこの言葉を使うんだ
俺だって重要なことは時間かけて説明したり、何度も言ったりする。
でも聞かないやつは出てくる。
そういう時にはキレないでほっとく。
もう、言ったんだから私は知らん。
考えがあるかも知れんし、やりたくないかもしれない人に説明しても無駄だから
なぜ会話しないか考えなくていい。
私は言った。
もう終わった。
必要性に気づいたらまた聞きに来たらいい。
必要性に気づかないか、とくに困ってなかったから私の話を流したんでしょ。
伝わってるからいいよ
私は変わってるかもしれない。
ただ、世の中に「自分の意見や命令を他人に絶対に聞かせないといけないこと」はすごく少ないんだ。
言わないといけないと考える人は支配欲が強いか優先順位がつけられないんでしょう。
知らんけど
誰も得しないというか「お互いにそう言われないために振る舞うことでコミュニケーションコストが高くなる」と思いました。
相手にやられても文句言えないし、嫌なことまで覚えられるリスクができるし
責任ある立場の人ならまだしも普通の人同士で前にあれを言ったこれを言ったとお互いで覚えていて指摘し合うっていうのはすごく大変だから
どうすりゃいいんだ?
牛丼をやめてほしけりゃやめるけど
やっぱり牛丼のほうがよかったといっても
もう戻らないそれでいいなら、やめさすのは簡単
100万設けるのに
1万つかったといっても
普通は60万ぐらいつかう。
2年間 呪われたんだ 精神にわずかでも触れる ありえない。拒否するしか無い。心に触れては言えないとは思わない人たち。
こころにべたべたふれたいんだろうなぁ
セッションでどうしても腑に落ちなかったので、整理も兼ねて吐き出し。
要約すると「PvPあります、と事前説明のないシナリオでPLから奇襲をくらったんだけどクトゥルフ神話TRPGシナリオでPvP組み込みたいなら注意書きしてほしい」という話。※個人的要望
以下は経緯。ギミックの内容やトリガー明記してません。シナリオのバレも含んでいないつもりですが、この「騙し討ちPvP」がそもそもシナリオの楽しいところらしいので少しでもシナリオに触れるのが嫌な方は読まない方が良いと思います。
PLは5人。
KPが自信を持って集めてきた(らしい)PLで、PL同士も少なくとも1回は同卓経験があるメンツだ。
シナリオはそこそこロスト率が高くシビアだとKPからは説明があった。クトゥルフ神話TRPGプレイヤーとしてはなんともやりがいを感じる難易度だ!と喜んだ。
「探索者がPLの意図しない行動をとらなくてはいけないかもしれない」とも。ただ、RPに比重を重く置けばままあることではあるのかな?と思ったのでこの時は「そうか、わかった〜」と了承。思えばこれはPvPに発展するギミックのことだったわけだが、自分はこの文言でそこまで察せなかった。
PL同士は、PL会議(探索者目線ではなくPL目線での話し合い)をしてお互いの行動をすり合わせるのが得意な人たちばかりだったので協力は問題なく出来ていた。探索はそれなりに順調に進み、最終的な行動指針も見えて来ていた。
ただ、物語の中盤以降からPLの1人に秘匿行動が多く見られるようになる。
このPLをAとする。
KPとAが秘匿チャットしているのは明らかだったが、「何かオープンにしづらい情報を得て、情報確認中なのかな?」と思い口を挟まなかった。他のPLもKPとAの秘匿やりとりには言及せずにいた。これは秘匿シナリオでも無ければ、現時点で誰も単独行動をとっているわけでもないのに秘匿を打っている、のにだ。
なぜなら、これはクトゥルフ神話TRPGという基本的にPL間の協力を前提としたゲームであり、Aも同卓時はいつも協力的なPLだったから。信頼していた、これに尽きる。
そして物語が進み、1人の重要なNPCが死んだことがわかる。「なにか我々は見落としたのだろうか?」と不安に思いつつシナリオを進行させていく。そして、とある局面でAが突然NPCを攻撃した。明らかに今後の展開に必要不可欠なNPCを。
KPは淡々と「奇襲成功で、これから戦闘に入ります」と続けていく。
PLに動揺が走る。Aはシナリオギミックにより、「PLの行動を阻害」しなければならなくなっていた。そのために重要NPCを殺して回ろうとしていたのだ。先のNPCを殺したのもAだった。殺害されるとシナリオクリアに多大な影響が予想されたため、殺害を阻止するためにAの探索者と対峙を何度も何度も強いられた。正直に言うが、すごく厄介だった。敵エネミー、もしくは敵性NPCならば倒せる。二度と立ち上がれないように殺し切る選択をとるのもPLとしては自然だ。
だが、相手は同じPLであり探索者。こちらは気遣いで「殺せない」し、Aは「シナリオギミックにより死なない限り絶対に阻害し続ける」。縛り上げたりスタンも試みた。しかし、A探索者は肉体強化されていていずれの対策も無意味だったし、こちらを殺そうと追ってくる。最終局面まで本当に厄介で邪魔だった。こんなことを同じ探索者として協力していた人に思うのが辛かった。
これが「PvPあります」とは一言もないシナリオで巻き起こっているのだ。
幸いにもセッション慣れしているPLメンバーのおかげで笑ってセッションは終えられたし、なんやかんや全員生還は出来た。それは良かったが、個人的な印象は最悪だった。
何が嫌だったのだか、個人的に整理した。
①協力という根底の信用を裏切られた。
中には自分が得た情報独り占めにしたいって人もいるだろう。しかし「クトゥルフは協力してクリアするもの」と思って情報共有をしているのに予期しない裏切り者がいた。結果的に誰が何の情報をもつNPCかも敵に筒抜けになっていた。PvPあり、と書かれていればある程度精査して伝えるとか警戒しようがあるのに…非常に不愉快だった。こちらが情報共有している間、Aは先手を考えられるのだ。PL間の「じゃあこうなったらこうしよう」という少々メタなこの先の行動も全部聞いているわけだ。PvPが前提にあれば秘匿ないし部屋わけなどするところを。例えばAが「探索者がきいていないことは、しないようにした」と言っても完全に切り分けて考えることが簡単に出来るとは思ってない。ていうか、聞いちゃってるじゃんこっちの作戦全部……こんなにPL会議があほらしくなることあるだろうか。
奇襲の折に、攻撃していいものかPL間で悩んだので「なにか共有できる範囲で話せない?」と困り果てたPLからAに声かけがあった。KPから「話せることは何もないですね!」と返答。三重くらいに不愉快だった。言わなかったし「だよね〜」で流したけど、AってSKPとかNPCだっけ?
シナリオギミックで何喋るのも相談するのも全面禁止されてるならやっぱり前提として、途中秘匿かPvPありって明記してくれと思った。
個人的に協力ってめちゃくちゃ気を使うし、しなくていいなら単独行動して情報集めして必要な時だけ集まるってしたい。でもそんなに遠慮なくいれるメンバーでもないし、ちゃんと協力協調の姿勢をとろうと動いていたところで、この裏切りにあったので、「今までの協力しようって気遣いや声がけしあってたのバカらしい〜」って思ってしまった。自分でそんなこと思ってめちゃくちゃテンション下がった。
②PLの負荷が不平等
探索者に情報が偏ったり、役割が不平等なことはままあると思う。ただ、今回はAにかかる負荷が大きいと思った。
「私はこういう事情で協力出来ない」と伝えられない、相談できないギミックだったので5人PLがいながらAは孤軍奮闘だった。また、「PLの阻害役」と「PLとしてシナリオを皆でクリアしたい」の噛み合わなさにとても悩んでいた(後程聞いた話)行動指針を決めたり、考えること、精神的な負荷が他のPLと比べて重すぎやしないか。いやニヤニヤしてたなら良いけど、どうしよう…と他PLの心情を慮る人だったので後程聞いて心が痛んだ。一瞬でも邪魔とか思ってすみません…。
これ、シナリオギミック的には誰でも敵性になり得るシナリオだったのでたまたま立ち回りの上手いAがあたったけれど、苦手な子が当たっていたら雰囲気最悪になっていたのではないかと思う。自分があたっていたらと考えるとゾッとする。どう考えても何も知らない側より、PvP仕掛ける側に勇気がいる…。PvPシステムは好き嫌い、得意不得意がはっきりしているから棲み分けているものとして認識していた。こういう油断が今回のセッションのショックにも繋がったんですけどね。
昔からあるシナリオに、たしかに神話生物に操られて〜とかあるけれど、PL会議も駄目、というような規制をされたことはないし大体何かしら救える手段があった。今回は無かった。本当に、クリア後にきいたら「一度なったら終わり」でロスト率はここに直結していたらしい。シナリオ難易度っていうか騙し討ち成功率であった。PvP前提シナリオだったんだな〜と。
④KPが集めた最強メンツ☆〜PL間の信頼〜
今回はKPは個々人に声をかけて集まったPLだった。PLが「やろう!」と集まってKPとマッチングしたわけではない。KPからそれぞれに信頼があったのはわかる。みんな常識的で空気を読む良いメンバーだったと思う。
ただ、PL同士はそこまで仲良くないし遠慮のない間柄ではない。少なくとも相手の探索者に躊躇なく殴る選択をとれるような気安さはなかった。これが所謂「身内」と呼ばれるくらい仲が良いPL間であったなら遠慮もなく互いにボコボコに殴り合ったかもしれない。なにかしら言い合えたかもしれない。しかし、KPとPL1は仲良くても、PL1とAはFF内というだけで殆ど日常的に話したりはしない。そんな仲で、急に奇襲うけて冗談も飛ばせないので気遣いが飛ぶ。つらい。今この瞬間、Aが、PL1が2が不愉快になってないかと考えて発言するのがつらかった。
KP→PLの信頼はPL⇄PLの気安さや信頼とは何ら関係がない。何をもって大丈夫とKPが安心していたのかは謎だし、自分含め何人かはPvPあり告知の別シナリオで「苦手だけど…」とか「得意ではないけど大丈夫?」といった発言をしている。その上で告知がなかったのだ。
個人的にPvPは嫌いではない。むしろ好きだ。ただそれは、「PvPが前提となっている」場合についてだ。パラノイアやるのに、「PvPあった!むかつく!」とはならない。何故ならパラノイアはPvPを楽しむゲームだからだ。PvPいやならパラノイアはやめておけ、というだけ。
クトゥルフ神話TRPGシナリオにおいて、昨今のシナリオでPvPの注意書きをするのは「そもそもPvPを想定として作られていないゲーム」だからだと思ってる。クトゥルフで単独行動はよくないぞ…、とかよく言われるように基本的には協力型だと認識している。だからPL同士も自然と情報共有をするし、探索者も協力できるようにRPしたりキャラメイキングする。探索者のキャラクターを幅広く作れるということはキャラクターの能力に偏りが出やすくPvPが起こる状況で能力的に対等ではないことが多いのだ。
PvPあり、と書いてあれば相応のRPや探索行動を行ったり、それはそれで楽しくセッションを終えたこともある。
シナリオバレになるから、シナリオの根幹に関わるからといわれたが、ゲームシステムの底にある信頼を裏切る意外性を「面白さ」というなら自分とは面白く感じるところが違うのだと諦めるしかない。
今後シナリオ誘われた際に「シナリオバレになってもいいからPvPの可能性はある?」とその時のKPに伺わなければ怖くて参加出来ないな……と思ったセッションだった。
遊びなので、それ以上の感情はないけれどルールや前提は同じくして遊びたいなと思った。
ーー追記ーー
自身がKPのときはPvPあり告知や確認をしています。自分が苦手なので。
今回KPを努めて頂いた方にも確認したことがありますし、以前に自分はクトゥルフのPvPは苦手だと伝えたこともあるので今回のシナリオについては必要以上に不快な気持ちを抱いたのだと思います。今回自身の身に起きたことを鑑みて自分がKPやるときはよりいっそう気をつけようと思いました。
狭いコミュニティでの出来事で不和を恐れて口に出せずにいたので書いて少し落ち着けました。
ひどい乱文、長文失礼致しました。