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はてなキーワード: PCエンジンとは

2018-07-10

はたらく○○

はたらく一家 / 徳永直 (1937(小説)) (1939(映画))

はたらくおじさん / NHK教育 (1961~1982)

はたらくくるま / のこいのこひらけ!ポンキッキ (1986)

働く男 / UNICORN (1990)

はたらくねこ / 渡辺電機(株) (1995~1998(連載(未完))) (2006(完全版))

はたらく☆少女 てきぱきワーキン♥ラブ / 竹本泉NECホームエレクトロニクス (1995~2001(漫画)) (1997(PCエンジン))

はたらくチョコボ / スクウェア (2000)

働くおっさん人形 / 松本人志フジテレビ (2002~2003)

はたらく魔王さま! / 和ヶ原聡司 (2011~(原作)) (2013(アニメ))

働くお兄さん! / 宇佐義大(原作)・高嶋友也(監督) (2018)

はたらく細胞 / 清水茜 (2015~(原作)) (2018(アニメ))

2018-07-02

anond:20180630185022

80,90年代もの

源平討魔伝
平景清源氏を討つアクションゲー。PSNナムコミュージアムVol4の中ににあるっぽいけど、PS4は無理なのかな?
独眼竜政宗
のぶやぼの東北政宗版。規模小さい割には面白いファミコンカセットしか出てないっぽい
天外魔境シリーズ
外人が喜ぶポップな日本PSNPCエンジンアーカイブスに数作あるけど、これもPS4は無理?
桃太郎伝説シリーズ
桃鉄元ネタさくまあきらのノリが行けるなら面白いかも。ファミコンPCエンジンで出てた
魔界八犬伝SHADA
PCエンジン和風イース
弁慶外伝
PSNPCエンジンアーカイブス眺めてたらあった本宮キャラ

00,10年代もの

遙かなる時空の中でシリーズ
女子向け歴史恋愛シミュレーションRPG。ほぼファンタジーだけど、マニアック実在人物も出てくる
薄桜鬼シリーズ
女子向け幕末恋愛シミュレーション無双
BASARA刀剣など
日本ということになってるけど要はキャラ萌えゲー

柳生関係ゲームとか、幕末あたりのゲームももっとあった気がするんだけど、思い出せない

2018-05-20

好きなゲームOP

3位 ときめきメモリアル PCエンジン

今の様にアニメ動画をそのままというのが常識になる前の頃。

80年代後半から90年代前半くらいにPCPCエンジンでまま見られた、ドットで描かれた絵を使ってムービーを作る手法のやつ。

もちろん動画枚数なんて悲しくなるくらいすくないが「ダーイ好き」あたりは今見てもぐっとくる。

2位 Another Century's Episode3

フロム信者だが一番好きなシリーズAnother Century's Episode。1、2、3、あとRのオープニングだけはいい。

1も捨てがたいが3が一番好き

1位サクラ大戦3〜巴里燃えいるか

1から2でOPのクオりティはかなり上がっており、ハードSSからDCになるのでハードルが上がっていたが、ハードルを越えて天井をブチ抜く勢いの出来。

ノートルダム寺院やエッフェル党などのいかにもパリな絵を取り込みつつ、主人公たちの日常パート戦闘パートさらに敵キャラや霊子甲冑も過不足紹介する。

いくらかかったというのは眉唾だが、その噂がそれなりに説得力を持っている傑作だったのは確か。

2017-11-08

俺はまだ一回目だ

俺が小学生だったころ、同級生が○○大学に入るとか将来は官僚になる!などの話をしていた。

俺はファミコンに夢中だった。将来の夢は高橋名人だった。(俺の名字高橋ではない)

俺が中学生だったころ、同級生が誰々が可愛いとか初体験を済ませた!などの話をしていた。

俺はPCエンジンメガドライブに夢中だった。将来の夢はゲームプログラマーだった。(プログラマーが何をするのかは分からなかった)

オッサンになった今、何故あの時勉強を頑張らなかったのか、女の子と遊ばなかったのか後悔している。

もし、いい大学に入る目標があったなら、女の子付き合うなどしていたら、どんな人生になっていただろうか。少なくとも今よりは幸せそうだ。

しかし、小学生のころに大学のことまで考えたり、中学生のころにセックスのことまで考えるのは早すぎるのではないか

よく考えた結果、同級生の一部は、何回目かの人生だったのではないかという結論に至った。

一度大人になってから記憶を留めたまま子供からやり直したはずだ。

そうじゃないと、小学生官僚になるとか考えるのはおかしい。

俺はまだ一回目の人生だ。だから何も分からなかった。

俺も二回目の人生では、きっちり勉強し、女の子と突き合いたい。

でもまだ一回目の人生の途中だ。

からいい加減に過ごして二回目の人生に備えようと思う。

2017-09-03

自称ゲーマーの糞親がやたらとファミコンやらせようとする

そういうの勧められると逆に引くから

何年生きたら人間心理理解できるのかな?

友達の家でPCエンジン見たよ

すごい画が綺麗だしHuカードすごいかっちょいいの

自称ゲーマーのくせにファミコンスーファミしか古いのないの恥ずかしくないの?

もうゲーマー名乗んなよ

2017-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20170529152321

別に高橋名人だけじゃないんだよ?ハドソン名人は。

それに高橋名人が言ってるように、ゲームを作って、宣伝して、営業が売って会社なんだよ。高橋名人プログラマーやその辺引き連れて独立でもすれば分かるけど。

何と言うか、あれだけでハドソンブラックとか言うのは青色発光ダイオードのオッサン言葉全部信じてる可哀そうな人みたい

ただし、高橋名人が言ってたように仕事を詰め込み過ぎだったのは事実。でもあの頃のハドソンを考えればノウハウないし、イケイモードだったんだろう。高橋名人が早めにギブ言わなかったのも原因だし。

でも、高橋名人たちの頑張りでPCエンジンが出来たと思えば、やっぱ高橋名人は凄いよ。

たぶん、年齢で捉え方の違う話題だと思う。

2017-05-11

PCエンジンの警告画面

バージョン違いのときの警告画面、とても好きだった。

2017-05-05

ゲーム史を振り返りつつ○○向け企画について考える

平成になりもうすぐ30年を迎えようとしている。

特定の年齢層をターゲットにした製品企画に携わる機会があり、

想定ユーザーのズレがひどいなあと閉口した。

昭和からまるで変化していない。

ゲーム史を振り返りつつ、当時のユーザーたちの現在の年齢を書く。

ハードには [ ] を付けた。

1975 テレビテニス

1978 スペースインベーダー

電波規制が緩い時代に家庭向けとして登場したテレビテニスポンテニス)は、

映像出力としてU波を使うため、近所への電波障害が酷かった。

スペースインベーダーの登場により、喫茶店がめまぐるしく様変わりをはじめた。

ここからゲームの普及はじまったといっていい。

※当時20才=1958年(昭和33年)生まれ現在59~60才

1979 ギャラクシアン

1980 [ゲームウオッチ]、パックマン

1981 ジャンピュータードンキーコング、[IBM PC 5150]

1982 倉庫番、[PC-9801]

第2次オイルショック後、ギャラクシアンパックマンが立て続けにヒット。

ゲームウォッチ床屋等の待合所にもよく見かけるようになった。

PC-9801シリーズの発売が開始され、1990年代前半まで栄華を極めることになる。

※当時20才=1962年(昭和37年)生まれ現在54~55才

1983 ゼビウスドアドア、[ファミリーコンピュータ]

1985 グラディウスドルアーガの塔スーパーマリオブラザーズボンバーマン

ファミリーコンピュータ発売。

スーパーマリオブラザーズというソフトが登場により、一般家庭にテレビゲームが普及。

タイトル誕生し、ヒットを重ねていく。

※当時20才=1965年(昭和40年)生まれ現在51~52才

1986 [ディスクシステム]、ドラゴンクエスト

1987 ドラゴンクエストII、[PCエンジン]、ファイナルファンタジー

1988 ドラゴンクエストIIIスーパーマリオブラザーズ3、[メガドライブ]、テトリス

ファミコン周辺機器として、ディスクシステム発売。

スーパーマリオブラザーズ2ゼルダの伝説メトロイドを引っ提げて。

PCエンジンメガドライブ等、家庭向けハードが次々と発売される。

ドラゴンクエストIII社会現象になった。

※当時20才=1969(昭和45年)生まれ=47~48才

デジタル放送に切り替わるあたりからテレビリモコンに大量のボタンが増え、

新しいモノにはついていけない……とボヤきつつも、

地上波データ放送ミニゲーム操作できる世代が60才を迎えようとしている。

いまのF3/M3層は、昭和の老人とは違う。

余談ではあるが、つい先日C層向けケータイを選ぶことになったのだが、

ハードも、ソフトも、明らかな子供向けデザインだった。

厚ぼったいくせに、衝撃に弱い。子供だましにしても、雑だ。

まだまだテレビ生活の中心にあった時代は、茶の間テレビを使うファミコン時間が限られていた。

1989年にはゲームボーイが登場し、家庭の生活様式にも影響を与え始めた。

現在、多くの子供たちは、DSを持ち、Wi-Fi接続してYoutube等を見る。

ここでその賛否を論じるつもりはない。それが現実なのだ

2017-03-08

俺が選ぶカッコいいゲーム機ベスト3

3位 初代プレステ

灰色のボディがいい。

10台くらいまとめて積み上げておくと、「これ、当時定価で買ったら何十万したんだろ」とか思って贅沢な気分を味わえる。

2位 ゲームキューブ

洗練された立方体フォルム。そのシンプルなつくりはインテリアとして2,3台部屋に飾っておいても違和感がない。

様々な色を選べるので、お部屋にあったものを飾ろう。

1位 ファミコンディスクシステム

単体では不可。上にファミコンを載せることで、最強にカッコいいマシンとなる。

今後、こいつを上回るカッコよさのゲーム機は登場しないだろう。まさに、名器と呼ぶにふさわしい。

とりあえず3つに絞ったが、まだまだカッコいいゲーム機はたくさんある。

PCエンジンメガCDも捨てがたいし、MSXなんかもカッコいいやつがあったりする。

あとディスクシステムじゃなくて、データックを差し込んだファミコンもたまらない。

次回はカッコいいファミコンソフトベスト3を発表する予定。

ファミコンソフトカラフルな上に、なんか光ったり、やたらデカかったり、とにかく個性的かわいいやつらが多い。

2016-11-15

http://anond.hatelabo.jp/20161114194534

同じゲーム1020年とやり込んでいる人がいるような世界から

思い込み話題の深さが似通っている人すら探すのは難しいだろう。

まあゲームを絞ればそれぞれに関してはあまり深くない限りは語る相手は見つかるんじゃないかな。

上記増田話題だと、自分なら

リメイクファミ探クリアしたけど「あゆみ」を言われても顔は思い出せない。

ラブラブチェックは分からない

カプコンロゴの音を聞くと「↓R↑LYBXA」と手が勝手に動くぐらいにはSFCスト2(&ターボ)は

 遊んだけど、メガドラ版は音(特に声)が変くらいの印象しかない。PCエンジン版はやったことない。

 ザンギの通常投げがいくつか省かれたのか少しさびしかった。

PS遊戯王プレイしたことはないけど、RTA動画ニコニコに上がっているのでいくつか見た。

 ゲーム理不尽さとゲームへの偏執的な愛情がうかがい知ることができて趣き深い。

アドバンスは暗くて見づらかったので取り付け型のライト拡大鏡が一緒になったやつを買った。SPはよかった。

3DOスパ2Xのために買いたいと思ったけど高すぎた。後はLDドラゴンズレア移植版くらいしか知らない

まあニコニコ動画検索したり、動画あげたりしたらなんらかの反応はもらえるだろう。

2016-11-14

ゲームオタクを見かけない

現実でもネットでもそうだけど、アニオタは掃いて捨てるほどいくらでもいるのに、ゲームオタクってあまり見かけない。

ゲームを全くしない人はあまりいないけど、色々語れるくらい詳しい人があまりいなくて寂しい。

こっちはファミ探リメイク版)のあゆみちゃんの可愛さを一緒に語れる人やラブラブチェックは一体どこまで上げられるのか延々と語りたいし、スーファミメガドラPCエンジンのストⅡの移植はどれが優れているかとか、PS遊戯王理不尽さを愚痴ってみたり、アドバンスを初めて起動したときの感動や、3DOダメっぷりとか、色々と酒でも飲みながらマニアックに語り合いたいのに……。

2016-11-12

PCの印象

PC。このアルファベット文字から受ける印象はしばらくPCエンジンのみだった。そのうちにパソコンが世に広まり、いつの間にかPCと見ればパソコンイメージするようになっていた。PCを見てももうPCエンジンのことは思い出さなくなっていた。PCとはパソコン意味する、そんな世界がずっと続くと思った。

しかし今PCと見れば、ポリティカル・コレクト(ネス)のことを言っているかもしれない、その可能性を思う機会が増えてきた。もちろんパソコン意味する文章も今もある。前後文脈は見なければ本当のところはわからない。でもいつかそのうち、PCと書かれているのを見てもパソコンイメージしなくなる日がやってくるのだろう。かつてのPCエンジンがそうだったように。

2016-10-08

言の葉の庭自分語り

※ 一部新海監督作品のネタバレを含むので注意してほしい

  • 前 ---

君の名は。人気はまだ続くのだろうか。自分は公開2週目位に一度見たきりなのだが、Web上で展開されている

様々な解釈念頭に置いて、もう一度くらいは劇場に足を運ぼうと思っている。

新海監督の作品は「ほしのこえからの自分だが、その中では前作「言の葉の庭」が一番好みである

50分弱という過不足無い尺。今作では少し鳴りを潜めた、現実よりやや過剰に高められた光の輝き。

ヒロインを失意の闇から救済し、精神的な絆を結びつつも、直接の対価を得ることが無い幕引き。

どれをとっても、新海誠という人物が長年その心象世界に持つ純粋な「私の世界」。

君の名は。を彼のベスト盤であると評した人がいた(本人?)ように思ったが、自分は「言の葉の庭」こそが、

最も正確に彼そのものを表しているように思う。

ただ、そういった作品性とは別に、自分が言の葉の庭を特別なものとして見るのにはもう一つ大きな理由がある。

全くもって個人的な体験に基づくもので、それを他人と共有する事に価値は無いのだとは思うのだが、

40を目前とした今、その記憶がゆるやかに風化していくにつれ、どこかにその記憶を刻んでおきたいという欲求に駆られ、

1日だけの日記としてここに記しておこうと思う。

創作では無い為物語の構成は酷く、起伏にも全く欠けるが、偶然目にする人がいたら、息抜きのつもりで読んでみて欲しい。

  • 序 ---

20年ほど前、自分は地方私立大学に通う大学生だった。高校を出て何となくの流れに乗って通う大学生活は、

地方であること。理系であること。あまりハイブロウ属性でないことなから大きな刺激も無く、

かといって腐ってしまうという程の退屈さもなく、毎日がそこそこのルーティーンとそこそこのイベントによって消費される、

どこにでもある普通日常だった。

卒業校は大学とほど近い場所にあるため、自分は時折高校時代の恩師の元を訪れ、近況の報告や、

(当時のPC弄りが好きな学生がしばしばそうであるように)師のPCメンテナンスなどを請け負っていた。

ある日いつものように師の元を訪れると、師の隣席に初めて見る顔があった。

師は、新任の先生だと言って彼女を紹介してくれた。

「今度新しく入ったH先生だ。」

「どうも初めまして。Sといいます。」

学校行事でスーツを着ていた自分を、おなじ新任か関連業者の人間と思ったのかもしれない。

彼女…H先生は突然勢いよく椅子から立ち上がり、コンシェルジュのような角度でお辞儀をしながら

「新任のHと、も、申します!よ…よろしくおねがいします!」

と、およそその完璧お辞儀からは相応しく無い焦り具合で挨拶をしてくれた。

新任教師ということだから、歳の頃は24、5だったと思う。

少しだけ長めのボブカット

新任らしいカチッとしたスーツタイトスカート

そして何より、整った、育ちのよさそうな顔立ち。

(ははぁ。これは生徒に人気がでるだろうなぁ…。)

そう、思った。

「そう言えばH君、パソコンの調子が悪いと言っていたじゃないか。せっかくだからSにみてもらったいい」

これをきっかけに、ほんの短い間ではあるものの、自分とH先生に関係が生まれた。

  • 二 ---

その後数か月間、自分はH先生のPC周りの面倒を見ることになった。勿論、数か月といっても頻繁では無い。

実のところは、精々5・6度の話でしかなかったと記憶している。そうとは言え、ほんの少しだけ年上の

とびきり可愛らしい女性が相手だ。いつもわくわくしながら通ったのを覚えている。

見かけ通り、H先生はとても可愛らしく純粋だった。

明かりの落とされた職員室。

冷陰極管の青白い光に浮かび上がる横顔。

買ってくれた缶コーヒーの温もり。

年下の自分に中途半端な敬語交じりで話し、ソフトの使い方を教えたり、FEPの不調をメンテしたり、

壊れたFATテーブルエディタで書き直す程度の事で、H先生はとても喜んでくれた。

見かけによらず、頑固でもあった。

突然の夕立に「いい」と言うのに頑として聞かず、駅まで車に乗せられた。

H先生らしい、深いグリーンのK11マーチ

エアコンが効かず、少し蒸した車内。

シフトレバーにかける細く白い腕。

まるで童貞妄想のものだった。

一度、何かの為にソフトを借りに実業系科目の教師の所へ顔を出したとき

「お前、あの人はお嬢なんだから丁重に扱えよ」

と、冗談とも真面目ともとれない顔で言われたこともあった。

…その通りだと思った。

あの時自分はどうして恋に落ちなかったのだろう?

高校時代淡い好意を持っていたクラス女の子を忘れられなかったからだろうか?

卒業校とは言え、教師という立場の相手に対しての遠慮だったのだろうか?

今となっては思い出すことができない。

ただとにかく、会いに行く時間の胸の高鳴りとは裏腹に、

自分がH先生に対して恋心を抱いたことは無かったように思う。

時が経つにつれて、H先生とは疎遠になった。卒業からしばらくOBとして顔を出していたやつが

つの間にか顔を見なくなるという、ごくありふれた、普通の流れだった。

勿論、心のどこかで気になってはいたが、明確なきっかけも無いのに顔を出すのも気恥ずかしく、

また、自分という存在が順調に過去となっていく高校に窮屈さを感じ、足が向かなくなるにつれ、

しばらくの後には思い出すことも無くなっていった。

  • 三 ---

それから季節が一巡…二巡くらいしたかもしれない。

大学生活は相変わらず少々退屈で、授業とバイトの日々が続いていた。バイト先にはコケティッシュに笑う

年下のあざと可愛い女子大生が入り、自分はその子に相当入れあげていた。

そんなある日。

高校の「部室」へ顔を出した。

自分は高校時代ややヲタクサークルに顔を出していた。それはよくあるアニメゲーム好きが集まるような

内輪志向趣味サークルで、正規の部員でこそ無かったものの、殆どコアメンバーのような立場メンバーとつるんでいた。

先輩も、後輩も、同級生も、自分の高校生時代の交友の半分は、そのサークルに由来している。

部室にはYがいた。

Yは自分が卒業する年に入学した後輩で、少々エキセントリック性格ではあるものの、

当時の世相でそういったサークル志向していた女子には珍しく、並以上とは言える容姿と、

その予測不能な反応を示す性格から、OB現役を問わず大層人気があった。当時から近い表現はあったように思うが、

ヲタサーの姫がベターワードチョイスだ。正確にはサークラ的要素も多分に混じるのだが、

方々穴兄弟にはなったものの、サークルクラッシュされなかったので、二択であればやはり姫の方が無難であろう。

Yや他の部員たちと軽く挨拶を交わし、部室に置き去りにしたPCエンジンで縦スクロールシューティングに興じていると、

唐突にYが話題を振った。

「先輩先輩。先輩はH先生知ってますか?」

驚いた。彼女が新任教師として赴任したのは自分が卒業した後であり、現役生であるYもそれは承知だろう。

卒業後に赴任した教師話題にあげるという事は、普通滅多なことではしない筈だ。

「ああ、実はちょっとした絡みがあって少しだけ知ってるよ」

事実を答えた。Yが続けた。

「H先生、辞めちゃったんですよ」

公立高校と違い、私立高校では異動というものが殆どない。私立主体の都会では事情が異なるかもしれないが、

地域内に同業が少ないこともあって、転職という選択をする教師も(教師という手堅い職を選ぶ本人の性向もあってか)

滅多にいなかったと思う。とにかく、短期での退職というものはあまり例が無さそうに思えた。

Yは表情を変え、ゴシップ好きの主婦のような声色を作って次を継いだ。

「それがね、聞いてくださいよ先輩。H先生寿退社…ってことになってるんですが、本当は…」


「本当は、生徒に強姦されて辞めたんです。」

  • 四 ---

それから数年の年月が過ぎた。

大学卒業後、氷河期のどん底という頃に地元の小企業就職したが、ワンマン社長の横暴に嫌気がさし2年と少しで退職。

しばらくアルバイトをしながら職を探したが、高卒でブルーカラー職についたり土建業に入るならともかく、

大卒が志向するようなサービス業的業種にまともな就職先はとても少なく、わずかにある条件のよいポジション

新卒で滑り込んだ者が既得権化しており、あとはそれこそ公務員くらいしか不満の少ない就職は困難だった。

それを期に、意を決して東京へ出た。

友人の家に転がり込み、転職エージェントを頼りにいくつかの会社を受けた。東京での活動は思いの外順調で、

面接したいくつかの会社から採用通知を受け、そのうち、条件はあまり良く無いものの、基盤の堅い中小企業に入社した。

入社後上司との性格の不和に苦しんだが、前職の事を思えばその程度の問題に対処することは苦労のうちには入らなかった。

給料はとても安(250程度だったと思う)かったが、それも前職に比べれば不満は少なく、初めての東京生活エンジョイし始めることができた。

そんな矢先。

アキバメイド始めたんで、良かったら遊びに来てください』

Yからメールだった。

当時の秋葉原メイドカルチャー黎明期の出店ラッシュがひと段落し、金の匂いに感づいた風俗業の面々が

続々と出店を始めた位の頃だったと思う。高校卒業したYは東京大学へ進学したが、

生来の不安定性格故順調にメンヘラ属性を手に入れ、真面目な大学生という路線は早々に離脱。

生活の為か趣味かは聞かなかったが、アルバイトとしてメイドを始めた、ということだった。

メールには多少面食らったが、Yの人と成りからすれば、想像には難くなかった。

自分の秋葉原に対するスタンスは単なるパソコンショップ詣の場所で、メイドカフェへ行くことに多少の

戸惑いはあったのだが、後輩に会いに行くと思えばいい。了承の返事を送信した。

  • 五 ---

「おかえりなさいませ、ご主人様~」

Yの働く店は正確にはカフェではなく、バーだった。

万世橋渡り少し裏手の路地の扉を開けると、今では手垢どころか擦り切れて表皮が

ボロボロになったような定型のコールで迎えられた。

やや珍しい青と白の照明で彩られた店内(まるで自作PC筐体のようだ)は、多少の安っぽさはあるものの、

常連客との適度なゾーニングもされていて、居心地は悪くなかった。カウンターの向こうで客の相手をする

Yに目配せだけをして、入り口に近いスツールに腰をかけた。

隣では、この場所にはやや不釣り合いな女性が独り呑んでいた。

「君、初めて?」

声をかけられた。

「そうですよ。高校時代の後輩がいるんで、まぁ付き合いです。」

「そうなんだ。じゃあ私と一緒ね。」

女性(T)は銀座ホステスをしていた。非番今日は、ここで働く自分の彼女の仕事が終わるまで待っているのだ、

と教えてくれた。自分も自己紹介をし、それからしばらく話をした。ホステスの会話術は流石に巧みで、

後輩に会いに来たことなどすっかり忘れ、仕事の話や高校時代のことなどを話し込んだ。

2杯目のジントニックの氷が溶けるころ、Tがはたと気付いたように自分に聞いた。

「ねぇ、SはYの先輩なんだから、N高校なんだよね?」

「そうですよ。Yは3つ以上下から、直接一緒になったことはないですけどね」

「そっか。そしたら君…」


「H先生って…、知ってる?」

  • 六 ---

ドキリとした。

自分の中で風化し、消えかけていた「H先生」という単語の響きが、急速に記憶の色を取り戻させた。

しかし、こんな偶然があるのだろうか?ここは00年代も半ばの秋葉原。しかも場末メイドバーだ。

これが地元のバーでの出来事であったとしたら不思議ではない。

100歩を譲って、自分達の高校埼玉神奈川にあったとすれば分からなくもない。

だが、自分達の高校は十分に遠方にあり、増してや、彼女がH先生であったのは6年も7年も前の話なのだ

心臓が早鐘を打つのを感じた。自分はTに話をした。

卒業生ではあるものの、偶然新任教師として紹介されたこと

ボブのかわいい初々しい先生だったこと

人の消えた職員室で一緒にコーヒーを飲んだこと

たった徒歩10分の道程緑色マーチで送ってくれたこと

大した話ではない。読んでくれている人がいたら申し訳ないが、当事者以外が聞いても何の感慨もない日常出来事だろう。

Tは、そんな自分の話を穏やかな顔で聞いていた。ひとしきり話を聞いてから、話をしてくれた。

彼女とは夜の世界で知り合ったこと

髪型が全然違うこと 化粧が派手だったこと

プレリュードに乗っていたということ

…そして、1年程前まで、自分の彼女だったということ

少しジメジメした夏の終わり頃だったように思う。

日付なんて全く覚えていない。

でも、それくらい、自分にとって忘れられない日の出来事である

  • 結 ---

言の葉の庭」は、ヒロインである雪野先生が、想いを寄せられた男子生徒への対応を誤ったことを

きっかけに物語が構成されている。劇中、男子生徒を奪われ、腹いせに雪野先生の退職を画策

(そしてそれは成功する)した女生徒主人公が抗議をするシーンがある。

客観的に見るとやや時代錯誤と青臭さがあり、本作で唯一落ち着かない場面ではあるのだが、

このシーンを見ていると、雪野先生とH先生をどうしても重ねてしまう。

勿論、自分が孝雄になる妄想を出来る程今の自分は若くない。ただ、物語は悲恋として終わるものの、

孝雄の存在は、雪野先生の人生において彼女のレールを想定の範囲内におさめる為強力に機能した筈だ。

では彼女は、H先生はどうだ?

H先生に関して一つ書き忘れたことがある。彼女は県下一の、ある業種の創業家の息女である

実業科教師の「お嬢だから」は冗談ではなく、本当だったのだ。

名士の娘が地元の高校で教壇に立つ。頃合いをみて結婚。家に入る。

時代錯誤ではあるのだろうが、そんなルート彼女の想定の範囲だった可能性は高い。

もっとも、実はそれが嫌で飛び出したということも考えられる。

これを読んで、「だからだよバーカ」と舌を出しているかもしれない。

それならそれで、構わない。彼女が想定の範囲人生を受け入れていたかどうかなどわかるはずもないし、

想定されたルート幸せだったなど、他人人生価値判断想像でするべきではない。

ただ、人生ターニングポイントにおいて、1人の人間の存在が他の1人の人生に与えうるインパクトの大きさというものは、

現実であっても、いや、現実こそ想像以上に大きい。花澤香菜がワンテイクで録ったというクライマックスを見る度、

そこに感情をぶつける肩のあった雪野先生と、もしかしたら無かったのかもしれないH先生とで、

いつも必要以上の涙が溢れてしまうのだ。

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自分語りはこれで終了だ。

最後に少しだけ、素人の新海誠評を書いてみたい。

あくま想像だと前置きするが、新海監督は幼少から無理目な恋愛ばかりをしてきたのではないだろうか?

恋愛という通常とは比較にならないエネルギー必要とする行為において

その力を一方的放出還流を受けることのできない状況は、人を極端に消耗させる。

ある者は力尽き、ある者は別の誰かから力を得た。

またある者は、運良く力の循環に出逢えることもあるだろう。

監督はどうだ?

監督は恐らく、無から力を生み出すことを選んだ。それが新海誠作品性の源流であり、

彼の心象世界価値観なのだと自分は思う。

君の名は。の2人は、時空を超えて尚力の循環を得ることが出来たように描かれている。

これをもってして彼の心象世界との乖離を突き、不安視する声がある。かく言う自分も少しばかりは、心配だ。

だが、監督は既に力の循環を知っている。言の葉の庭の2人は、実態としての結末こそハッピーではなかったかもしれないが、

雨の非常階段の2人には、明らかな力の循環があった。君の名は。は、それを実態に反映させたに過ぎない。

からきっと、大丈夫だ。また気負わずに描きたいものを描いて欲しい。

2016-02-22

http://anond.hatelabo.jp/20160222021545

先見の明ってやつは類まれなる洞察力の副産物だっていうのに

阿呆な奴は「過去先駆者最初は笑われ続けたんだ」とどうしようもない勘違いをする

PCエンジンとかゲームギアとかドリキャスとか欲しがってたようなタイプ

2015-07-28

ぼくらの16bit戦争歌詞 解釈ゲーム業界編)

単刀直入に、

解釈も何も、ほぼそのまんま書いてあると思うのだけど、

いくつか解釈見て回っても、その主旨のなかったから書く。

ささくれPさんの連作とつなげての解釈は多かったけど)




オフの誰にも話しずらいので誰か聞いてください…。そして意見ください。




【基本前提】

◆基本16bitってスーファミのことだと思ってます

PCエンジンとかもそうなのかな?PCエンジンちょっとわからん。初代は8bitってどっかで読んだ。)

どこかで聞いた話ですが、

ファミコン時代は、ライバルが少なく、

作品数も少ない時代で、言い方はあれですが

「作れば売れる」

という夢のような時代だったそうです。

そこからしばらく経って、

スーファミ時代って、

ゲーム的に技術もほどほどあり、

・儲けるために作りたくないものを作らねばならない時代に入る直前。

とっても、ゲーム的には、売り手・遊び手にとって楽園的な時代だったのではないかと思っています

◆…で、そんな時代の中、

3D出てきて~

ドンパチ、人ころすようなゲームが売れーの、

でー

ゲーム楽園求めてた、ぼくらゲーマー難民状態だよ!!

って内容かと思ってた。

以下、個人的解釈詳細。




どうしてこんな事になったんだ?

誰も教えちゃくれないんだ。

何がセイギだ 何がギセイだ

“秩序”は僕を裏切った

ゲーム業界の現状を憂いている。

(何に憂いているかは後述されるだろうが、3Dで商業で、ゲーム楽園じゃない現状と推測。)

どうしてこうなったかは、誰かが教えてくれるわけでもなく。

正義ゲーム業界大義名分。3D使ったり利益だすための大義名分

犠牲…上記のように業界が切り替わるに当たって、切り捨てられたゲーム作りの良心とか。

そういうので、

ゲームを愛して、ゲームを信じて、ゲームを作ってきた開発者の僕を裏切った。




はじめは微(ちい)さな孔(あな)だったんだ

居心地だけは良かったのにな。

プロパガンダと呑めや詠えや、

孔(あな)はしだいに誇大化した

ゲーム業界黎明期の頃は、小さな市場の卵だったんだ。

(作れば売れるような時代だったし)

居心地だけはよかった。

広告担当と、呑めや、歌えや、どんちゃん楽しくゲーム作っていた。

そうしているうちに、市場は次第に誇大化していった。




相対 と 絶対 の 飽和水蒸気圧

都合 が善過ぎた大人達の 都合 に

ひとつ また ひとつ と 未来 は 過去 を無視した

この辺ポエムでよくわかりずらいけど、

相対的に良いゲーム市場的に考えて導かれる最適な商業度のゲーム)と、

絶対的に良いゲームゲーム的に考えて導かれる最高のゲーム)が、

せめぎ合って、飽和して、

ぶつかって爆発。バランスを崩して共存できなくなった。

都合良いことばかり言ってきた大人達の都合(商業的都合)により、

ゲーム業界の将来は、これまでの歴史(詰め込まれてきた思い・経緯・あるべき姿)を無視した。




65535 の テトラ

ゼロ次元 の 理想 抱えていてもなお

ひとつ またひとつとエデンは姿を消した


(一行めはちょっとからない)

ゼロ次元理想…2次元・3次元を問う前の、コンテンツへの理想

上記を抱えていても、

結果、楽園は上記の流れでどんどん消えていった。




ぼくらの16bit戦争シックスティーン・ビット・ウォーズ)。

イデアの波に蝕(の)まれるな

残された空間で僕は

うかつに肘さえつけやしない

イデアの波に飲まれるな…イメージの波にのまれるな(2D,3Dに引っ張られるな)

残された空間で…消えていった楽園的なコミュの生き残り的な(避難できる)場所

(どこだかわからないけど、ニッチな隙間コンテンツでしょうか?フリゲとかTRPGとか?)

うかつに肘さえつけやしない…油断できやしない






うーん、疲れたので、この辺で…。

2番の続きだれかやってくれないかな…なんて。

2015-07-07

[]2015/07/07

12時間以上寝た

昨日の夜6時半から今朝8時くらいまで寝た

途中で何度か起きたけどそのまま寝続けた

でもさすがに眠りが浅くなったせいか最後らへんは夢をよく見た

ドームみたいなところでオタクイベントやっててそこに行ってる夢

グッズとかおもちゃとかがすげーたくさんあった

でもそれ以上に人がすごい多かった

会場でるときもすごい大騒ぎでそれに乗じてPCエンジンのでっかい箱を一生懸命持ち逃げしようとしてた

周りからつっつかれてもけして手放さなかったけどなぜかわからん

世代的にはずれてるはずなのに

主催者っぽい人に、こんだけ集まるなら毎年やってもいいんじゃないですかっつったら、

その人が、さすがに100億かかるのは毎回できないねーと行っていた

あとまた学校の夢を見てしまった

俺の根本には学校生活がほんとにこびりついててどうしようもないなと改めて思った

いつまでも黄金の学校生活の頃ばかり夢に見て、つらい大人の現実から目をそらしてばっかり

あと夢の最後らへんでやたら眠かった

夢の中なのに眠いという変な感覚

高校とき初めて女子で気兼ねなく話せた背の高い子がいたんだけど、

なぜかその子が教卓の前で腰振りながらスカートまくりあげてふざけてて、

途中まではチャイナドレスみたいってくらいだったんだけど、

途中から後ろ向いてすごいスカートまくり上げだしてあわやお尻も見えかけるくらいまでなって、

おいおいやりすぎだろって思ったのを覚えてる

あと初めて歯が抜ける夢みた

正確には一本抜けて一本折れた

調べたら

前歯(中切歯・側切歯・犬歯)

前歯は夢主の顔や攻撃性を表す。つまり積極性や意欲が失われることを表す。

夢主の社会的ポジションや周囲からの評判が下がったり、精神的に打ちのめされたり、発言権がなくなる。

下の歯

下の歯は内面的なこと。夢主の考え方が落ち込んだり、精神的な疲れや病気を表す。

だって

すげーマジビンゴ

まさに最近すごい鬱気味で仕事辞めかけるくらいまでいったし

2014-01-20

任天堂ハードコントローラーはいつもおかしい。

WiiUコントローラーは攻め過ぎだと思う。

だいたい、いつだって任天堂コントローラーおかしい。

前世ハードWiiなんぞ言うまでもない。

さら前世代のゲームキューブコントローラーの見た目の禍々しさ。

まあ、あれは実際使いやすいんだけど。

というか、さらに先代、ニンテンドウ64、あの頃からコントローラーに奇抜さを求める傾向はあった。

アナログスティックとか、コントローラーが振動するとか。

笑ったね。

すぐプレイステーションが真似したけど。

というかその前世代、スーパーファミコンの時でさえね、おかしいと思った。

メガドライブPCエンジンも、左に十時キー、右にボタンだったのに、LRボタンにABXYとか絶対無理って思った。

人差し指ボタンなんか押せるか!右側にボタン4つとか不器用な俺には絶対マリオ無理って思ったね。

この際だから言っておけば、バーチャルボーイ、あの右にも左にも十時キーって…まあ、今じゃけっこういろんなハードに右にも左にもアナログスティックはあるけどさ。

というか、ファミコンコントローラー、あれからして奇抜伝説の始まり

あの頃のゲーム機コントローラーって据え置きが基本だったもん。

トリガー式だったり、ジョイスティックだったり。

本体ボタンが付いてるとかさ。

握るとか、ゲームウォッチ調子のって変なの作りやがってと思ったわ。

マイクとか付いてたしな。

でも、コントローラー本体収納出来るってなんで廃れたんだろうな?

ケーブルがなくなって無線になった今でも、本体コントローラーしまうところあったほうが便利だと思うけど。

2011-06-14

http://anond.hatelabo.jp/20110613110500

CDとは関係のない話だが、コンシューマゲーム市場では、ひとつハードウェアがその使命を終えようとするとき、こぞって美少女ゲームだったり乙女ゲームリリースされたそうだ。それと構造が似てたりする? のかもしれないぜ。

コンシューマゲーム市場全体でそういった事態は確認されていない。

最後美少女ゲームばかりになるのは、そのマシンハードウェア

「静止画の表示能力メディアの容量がそこそこだが、派手な動きを演出する能力時代遅れになった」

状態で終焉を迎えた場合による。具体的にはMSX2PCエンジンPC-88/98やサターン

それはしか美少女ゲームというジャンルが、マシンパワーを必要としないゲームから

マシンパワー不足のマシン必然的にそうなるのであって、

逆に

「静止画の表示能力時代遅れになった」「全体的に寂れた」「次世代マシンと比べて容量不足」

ようなパターン、たとえばメガドライブスーパーファミコンニンテンドウ64X68kなどの場合

最終的にはシューティングパズルアクションあたりが出て終わる。

たとえばNintendoDS終焉美少女ゲームまみれになると思うか? 違うだろ。

多分どうでもいい知育系かRPGだろ。

それはNintendoDSの表示がしょぼいし、ROM容量に限界があるからなんだ。

PSP美少女ゲームまみれになる可能性がある。UMDはボイスと絵を入れまくるのに非常に適したメディアからだ。

2009-12-06

"ゲームプログラマ恋愛工学と金儲け"について考える

blogを読むときに必要なのは"どうしてだろう?"って考えること。blogを読んで何か納得するのは正しい読み方じゃない。

当該ブログは、部分的に正しいし、部分的に間違っている。特に昔話とコンピュータアーキテクチャの類には多くの異常な主張があるので(意図的かも知れない)、それを探して検証してみるのはとても勉強になると思う。

現場に関する話は、うーん、それほど悲観しないで欲しい。

ただここを読んだ若い人があまりアポロン的になってもいけないので一応警鐘。偉大な先人の多くはゲームを作るために生まれてきた訳じゃないことにもっと関心を持って欲しい。人間を形作るのはゲームづくりだけ?違うよね。

メモリバンクを導入させたのは誰?

http://blog.livedoor.jp/woopy_doo-game/archives/50938887.html

アドレスレジスタが16bitしか無い様なハードウェアしか存在していませんでしたから(ファミコンPCエンジン、みんなそうです。メガドラは違いますが)、増加するリソースへの対応が必須でありました。あのアーキテクチャは当時も我々プログラマ提言したのです。

...

呑み会に行ってもハード屋とプログラマ喧嘩ばかりでしたが、バンクアーキテクチャは我々が勝ち取ったものです。事実上無限メモリ空間を手に入れましたからね。

メモリバンクゲーム機固有の仕組みじゃない。というわけで、ゲームプログラマが提案したのは多分ゲームシステムメモリバンク(バンクメモリ? Bank switching?)を導入させたこと、と、読むことにする。

でも、ファミコンを含めた初期のゲーム機、それこそAtari2600でもメモリバンクは実現されていた。これはアーキテクチャがそのように作られていたからではなく、小規模のハードウェア追加でこの仕組みは実現できるからだ。ハードウェアカートリッジ側に内蔵されていた。ファミコン音楽に詳しい人ならVRCとかFME、いわゆるマッパーといったチップが内蔵されていたことを知っているだろう。

これらのハードウェアの追加をプログラマ提言したというのは言い過ぎと言える。技術自体は既にあり、採用するのは非常に自然な流れだった。ハードウェア技術者であっても反対しないだろう。32bitの(アドレスバスを持つ)CPUを導入するのに比べれば、メモリバンクのためのハードウェアはずっと容易に採用できる。

stramとコピー
  • http://blog.livedoor.jp/woopy_doo-game/archives/50958678.html

今やPCゲーム会社であるにも関わらず、コピー侵害とは無縁の会社と言って良いであろう。

直接的なコピーは彼らにも防げていない。彼らが売っているのはマルチプレイ用のアカウントと考える方がすっきりする。MMORPGと同様に、コピーできないゲーム体験を売るという点では一定の成功を収めている。

何もブラックボックスがないDRMは機能しない。Steamでいえばブラックボックスゲームサーバであり、PS3とかXbox360で言えばハードウェアそのものがブラックボックスになっている。

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