はてなキーワード: 成果物とは
しかしプログラミングなどの情報系らしい活動をほとんどしてこなかった。というかサークルも一年のおわりにやめてしまったし、バイトもしたことがない。準引きこもりのような状態なのかもしれない。
工学部だったが情報系ではなかったし、バイトもしていたけれど、二年の夏にサークルは人間関係でやめた。人前で話するのが苦手だったので塾講をやっていたし、割がいいのでカテキョやったりしたが、結局今身になっているかというとそれほどなっていない。別になにもやってなくてもいいんでないの。
二年次の夏休みあたりから、今いる環境を生かせそうなものを考えた結果、多少興味の沸いたいくつかの情報系の技術分野の参考書で勉強してみようとしてみたものの、難しくてほとんど分からない。というか、技術書の独学の仕方が未だによくわからない。
大学一、二年の基礎的な数学は特に工学系、情報系の人間にとってはなにがやりたいのかよくわからんのでつまらない。ただまぁ損ではないのでこれから必要に迫られたらどの教科書を見ればいいかくらい頭のなかにインプットしておけばいいんでなかろうか。技術系の本だが、難しいの背伸びして読んでもたぶんつまらん(わからないから)。自己啓発系のコードコンプリートやビューティフルコードなんかも多分つまらんと思う(必要性がわからないから)。文法書もやめたほうがいい(あれは字引だから)。
君が買うべきなのは「10日でできるアンドロイドアプリ」(あるのかどうかしらんが)みたいな本。ほんでクソみたいなアプリを作ってニヤニヤしながら公開すればいい。たぶん誰も使ってくれないが、自己満足にはなる。Wordpressなんかで配布ページを構築してみれば何日かは潰れるだろう。本にはないだろうが、そのコードを使ってテストを書こう。テストを書くとだいぶいろんなことが分かるし、何よりテストはすぐに動く。頭も使う。たぶん楽しいはず。
ここで大事なのは、世の中には「増田?何ですかっていうか誰?」みたいな人があふれているということ。増田を知っててブックマークするような人でも実際に手を動かす人なんて少数だということ。クソみたいなアプリでも作る人なんて滅多にいない。
Wordpressをうごかすのなんて10分あればできる。だが、世の中にはそれすらやらない人がいる。Wordpressってなに?って人はもっと多い。会社に入ればxamppでlampp環境をすぐに作れるやつがいるだけで(ウェブ系でなければ)じゃぁとりあえず開発環境作っといてってたのめる。これはアドバンテージだ。
おれが学生だった頃はまだブログが出るかでないかの頃で猫も杓子もAJAXやCSSの時代だった。俺はそれで過去問配布サイトを作ったが意外に未だに後輩に利用されているようだ。だがどう見てもクソ。UIもクソ。たまたま過去問配布してたからひとがきてただけで「Welcome My Page」と何が違うのかと言われればなにも違わない。それでも作る人は殆どいない。
世の中なんてそんなもんなのだ。
モチベーションを維持することが出来ない。継続的に他者との交流を得られる場所を見つけられればそれで何とかなるのかもしれない。
別に寝食忘れて一年、二年と継続する必要はない。ちょっと気が向いて二、三日遊んで、それで飽きて放り出したっていいじゃないか。
必要に迫られれば大抵のことはできる。増田だってたぶん二十年くらい必要に迫られたり、できて当然だと思わされて、なんとなく出来るようになったことは多いはずだ。だらだらできるのなんて今のうちだけなんだから、ゲームしたり漫画読んだり、一人寂しく旅に出たり、海外に行って怖い目に遭ったり徹夜したり病気になったりするほうがずっとこれからの人生の役に立つ。
プログラミング等のアルバイトを始められればいいのかもしれない。しかしアルバイト面接に持っていけるような、今までの成果物などもとくに無い。
Web系でなくていいなら、アルバイトはそれなりにある。学生課とかいけば斡旋されていることもよくあるし、まぁそれにプログラミングなんて会社入ればどうにかできるようになるので(今後研究などでもガンガン組むだろうし)、別のことすればいいんじゃないの。工場で働いてみるとか。
明確な目標を立てて生きてる人間なんてほんの一握りだよ。それにまだ若いんだから別にいいじゃん。時間はたくさんあるんだし。
なにか自分に人並みに適正のあるものを見つけて、それを学び、モチベーションを維持できる環境を見つけたい、それが大学院なのであれば進学したい、そういうぼんやりとした希望だけが浮かぶ。学部一年のころから分かっていたそこから進歩していない。
復習は大事なのでしておいたほうがいい。どうせ図書館とかで勉強しているなら、なんとなくその辺の本をとってきてななめ読みするとか、洋書の教科書で復習するとかおすすめ。
しかしずっと一人でいると、数学など苦手な勉強の集中力はどんどん落ちるのを感じる。twitterやネットサーフィンに逃げてしまう。一日の終わりには周りとの差は開いていく一方なのではないかと不安になる。
そりゃみんなそうだ。暇つぶしは逃げ道なのだから、あればみんな逃げる。でも別段周りとの差はそんなに開いてない。気にすんな。気に病みすぎて自分を壊さないように気をつけてください。
だとすると、なおさら余計に周りに行動力のあるキラッキラした人が多くて焦るとは思うしそれに目を奪われがちだが、気にすんな。まぁ留学したいとか考えているようならもうちょっと頑張ったほうがいいとは思うが。
しかしプログラミングなどの情報系らしい活動をほとんどしてこなかった。というかサークルも一年のおわりにやめてしまったし、バイトもしたことがない。準引きこもりのような状態なのかもしれない。
二年次の夏休みあたりから、今いる環境を生かせそうなものを考えた結果、多少興味の沸いたいくつかの情報系の技術分野の参考書で勉強してみようとしてみたものの、難しくてほとんど分からない。というか、技術書の独学の仕方が未だによくわからない。
大学1-2年で学ぶ基礎的な数学にしても、周囲の同級生と比較する中で、自分には適正が無いと感じた。
モチベーションを維持することが出来ない。継続的に他者との交流を得られる場所を見つけられればそれで何とかなるのかもしれない。
プログラミング等のアルバイトを始められればいいのかもしれない。しかしアルバイト面接に持っていけるような、今までの成果物などもとくに無い。
明確な目標を立てるのがまず最初にすべき事であるのはわかるのだが、それもよくわからない。
なにか自分に人並みに適正のあるものを見つけて、それを学び、モチベーションを維持できる環境を見つけたい、それが大学院なのであれば進学したい、そういうぼんやりとした希望だけが浮かぶ。学部一年のころから分かっていたそこから進歩していない。
春休みに入ってからは、人文系の入門書を読んだり、単位はとったがほとんど理解できていなかった数学の復習をしている。
しかしずっと一人でいると、数学など苦手な勉強の集中力はどんどん落ちるのを感じる。twitterやネットサーフィンに逃げてしまう。一日の終わりには周りとの差は開いていく一方なのではないかと不安になる。
しかしプログラミングなどの情報系らしい活動をほとんどしてこなかった。というかサークルも一年のおわりにやめてしまったし、バイトもしたことがない。準引きこもりのような状態なのかもしれない。
二年次の夏休みあたりから、今いる環境を生かせそうなものを考えた結果、多少興味の沸いたいくつかの情報系の技術分野の参考書で勉強してみようとしてみたものの、難しくてほとんど分からない。というか、技術書の独学の仕方が未だによくわからない。
大学1-2年で学ぶ基礎的な数学にしても、周囲の同級生と比較する中で、自分には適正が無いと感じた。
モチベーションを維持することが出来ない。継続的に他者との交流を得られる場所を見つけられればそれで何とかなるのかもしれない。
プログラミング等のアルバイトを始められればいいのかもしれない。しかしアルバイト面接に持っていけるような、今までの成果物などもとくに無い。
明確な目標を立てるのがまず最初にすべき事であるのはわかるのだが、それもよくわからない。
なにか自分に人並みに適正のあるものを見つけて、それを学び、モチベーションを維持できる環境を見つけたい、それが大学院なのであれば進学したい、そういうぼんやりとした希望だけが浮かぶ。学部一年のころから分かっていたそこから進歩していない。
春休みに入ってからは、人文系の入門書を読んだり、単位はとったがほとんど理解できていなかった数学の復習をしている。
しかしずっと一人でいると、数学など苦手な勉強の集中力はどんどん落ちるのを感じる。twitterやネットサーフィンに逃げてしまう。一日の終わりには周りとの差は開いていく一方なのではないかと不安になる。
http://anond.hatelabo.jp/20130320171138
死ぬなよ。
去年まで、自分も似たようなことをずっと考えていた。
自分と元増田とを比べると、「先輩の価値観が世界の価値観の全てである」という発想で自分の頭が埋め尽くされている点がとても似ていると感じる。
でもそうじゃないんだ。先輩の価値観は世界の価値観の全てではないんだ。先輩に価値を認められずクズ呼ばわりされたからって、元増田が価値のないクズだってわけではないんだ。「元増田ちゃんは優しくていい子だから」とかそういう人間性に関することだけじゃなく、金を稼いで会社に貢献して給料をもらう勤め人の能力に関しても、全然クズじゃないんだ。「ソースは俺」としか言えなくて申し訳ないが。
その先輩は絶対に元増田の能力を認めないと思う。その先輩は元増田がちゃんとしてようがしてなかろうが元増田を責めると思う。その先輩は元増田の能力に関係なく元増田を責めると思う。「ソースは俺」としか言えなくて申し訳ないが。
そもそも、テンパった状態でいい仕事ができるはずがない。後輩をテンパった状態に追い込んだままにしている先輩が悪い。
自分は、「先輩の価値観が世界の価値観の全てである」という発想で自分の頭が埋め尽された状態で、先輩からの叱責に苦しんでいた。机に付箋を貼りまくって鼻で笑われて、「努力してるつもりなんだろうけど成果出てないから何も意味ない」と言われた。「お前に時間をとられて私生活に影響が及んでるんだけど、もしおれが倒れたりおれの家庭が崩壊したりしたら責任とれるのか」と言われて吐きそうになった。
しかし元増田と違って幸運だったのは、会社がそこそこ大きくて、自分と先輩とのやりとりを見る第三者が何人もいて、異動先があったことだった。1年半くらい抗鬱剤を飲みながら通勤していたけど、異動してからは状況が180度変わった。自分の成果物はお客様にも上司にも評価された。「こんだけやれてるのに指摘が多いってのは、よっぽど厳しかったんだな」って言われた。認められたなあって思った。それと、異動前の同僚に会うと「よく耐えたね」と言われた。当時もそれなりに周囲は認めてくれてたのかもしれないなあって思った。
元増田が辞めるべきかどうかはよくわからない。辞めずにやりぬくことで何か光が見えるかもしれない。でも、職場内に逃げ場がない、という点において元増田の状況はきわめて悪い。どちらがいいかは判断しかねる。
でも、「先輩に認められなくても元増田が無価値であるとは到底いえない」「鬱になってまでやらなきゃいけない仕事は、本当は、おかしい」ということを念頭に、ベストとは言わなくても一番マシな行動を元増田には取ってほしいなあと思った。死ぬなよ。
最近あるコミュニティの崩壊を目にした。過程としては典型的なコミュニティの栄枯盛衰を辿っただけの話なんだけど、問題は自分の加わったタイミングだ。そのコミュニティは明らかに自分が加わったタイミングから下降線を描き始めた。これは間違いのないことで、自分が入る前と後のコミュニティの「おもしろさ」には雲泥の違いがあるように思えた。入る前の成果物はそれはそれは輝いて見えるが、入った後からは特に目立った物を生み出していない。コミュニティは私が加わったことでパワーをすり減らしていったのだ。
能力の高い、「おもしろい」人だけで集まったコミュニティはとても大きな力を持つが、そこに私みたいな「おもしろくない」不純物が入るともうだめなのだろう。そう考えると、コミュニティには分け入らず外からそっと眺めているのが正解かもしれないが、それでは我慢できなくなった時が怖い。性的な意味ではないサークルクラッシャーな私は今後どのようにして生きていけばいいんだろう?
最近あるコミュニティの崩壊を目にした。過程としては典型的なコミュニティの栄枯盛衰を辿っただけの話なんだけど、問題は自分の加わったタイミングだ。そのコミュニティは明らかに自分が加わったタイミングから下降線を描き始めた。これは間違いのないことで、自分が入る前と後のコミュニティの「おもしろさ」には雲泥の違いがあるように思えた。入る前の成果物はそれはそれは輝いて見えるが、入った後からは特に目立った物を生み出していない。コミュニティは私が加わったことでパワーをすり減らしていったのだ。
能力の高い、「おもしろい」人だけで集まったコミュニティはとても大きな力を持つが、そこに私みたいな「おもしろくない」不純物が入るともうだめなのだろう。そう考えると、コミュニティには分け入らず外からそっと眺めているのが正解かもしれないが、それでは我慢できなくなった時が怖い。性的な意味ではないサークルクラッシャーな私は今後どのようにして生きていけばいいんだろう?
自分の長所を紹介されたり、人から好意を向けられるのが苦手で、褒められたりすると隠れてしまいたくなる。だから、特技や、評価されるであろう長所・成果も、自分から言うことはまずない。聞かれても、事実だけを述べて早めに話題を変える。
小学生くらいの昔からそうだったのだけれど、最近その理由がわかったように思う。注目されたくないのだ ※。
褒めるという行為が、純粋に行動や成果のみを対象とすることは少ない。むしろたいていの場合、それを行なった「人」が指向される。私の製作物や成果が、私と切り離されて褒められるのは、手放しで喜べる。でも、称賛が、それらを生み出した「私」に向かってくると、ちょっとした恐怖が私を包む。
うれしいんだけど、そんなに私のほうを注目しないで…成果物を気に入ってくれたのがわかるだけで十分うれしいから、私のほうはどうかそっとしておいて…というような。
だからといって、短所のアピールを始めたり、逆に悪意を向けられると興奮したりするわけではないのだけれども。
同じ、長所を謙遜するでも、こういうタイプもいるということで。
----------------------------
※ では、なぜ、私という人間が注目されることを好まないのかというと、その理由は、現在の私の行動様式が、学校社会のなかでいじめの標的になる (なった) 恐怖の上に形成されてきた、ということと関係していると思う。いじめという関係性においては、目立つことの意味あいは、プラス / マイナスどちらの方向にも一瞬で変わり得る。
※ より正確に言うと、人間の集団の中で私という人間が注目されることを避けたい、という感じだろうか。ある程度気心の知れた相手から好意をもってもらえるのは、こんなことを書いてる私でも、やはりうれしい。
※あまり正確でないまとめ
2. 長さを制限しようとするストッパーがエロゲーにはあまり無い
4. 長大化で小回りが利かなくなったので衰退した
~~~~~~~~~~~~~
積んでた夏空のペルセウスやってたらこんな記事が話題になってたので、以前考えてたことを出力してみた。
まずもって、世の中のたいていのものは放っておくと長くなる。全部突っ込めばそれだけ長くなるし、切り捨てるのにはセンスと覚悟が要求される。
論点を置き換えて「他のジャンルの作品は何故長くならないのか」と問うてみた方が話が早くて、フォーマットや制作体制や商業的事情や物理的法則に種々のストッパーを見つけることができる。テレビアニメには放送枠があるから1話30分弱に収まるし、読者アンケートの結果が悪い漫画は打ち切られる。ボリュームと制作期間と費用は通常比例するから10時間の映画はペイしづらい。観客の体力も保たない。製本技術には限界があるので京極夏彦や川上稔がある種のチャレンジャーとして驚かれる。商業作品である以上、諸々の制約と歴史的経緯によって現在のジャンルの姿がけしてベストな形ではないにしろあり、いまも着々と変化している。
ところで家庭用ビデオゲームというのはある意味で特殊なジャンルで、この手の制約が相対的に弱い。(どういう経緯があったからかは知らないが)企業の成果物として単品売り切りで販売されるために一作で完結していることをより強く求められる。連載形式や短編連作は馴染んでいない。アーケードのように課金制ではないため私的な場で長時間にわたってプレイされる。デジタルデータであるがゆえにボリュームの制約が相対的に弱い(勿論家庭用ゲーム機の歴史とは一側面ではすなわちデータ容量との戦いでもあったということを知らないわけではないが、しかしそれは、書籍のページ枚数やテレビの放送時間とは本質的に異なった枠組みだろう)。そしてエロゲーもこの例に漏れない。
いま、エロゲーを長くさせない/シナリオ量やCG枚数や楽曲数やキャスト数、ゲームエンジンの性能、その他全てを含めて総体的に立ち現れる「ボリューム」を一定程度にとどめようとするなにがしかの制約を想定してみたとき、せいぜいメーカーの経営体力とメディアの容量、それからマシンスペックくらいしか思い浮かばない。後ろ2つは開発環境が消費者のプレイ環境にある程度近いのもさることながら、そもそもPCの廉売とスペックの進歩、間接的にはブロードバンド環境の普及がエロゲーの長大化を物理面で下支えしてきたように中長期的にはむしろブースターとして働いている節がある。トップブランドのフラッグシップタイトルが折に触れて消費者側のマシン更新を促してきた事実もあるように、決定的な歯止めとなっているようには見えない。1点目にしたところで、勿論この業界の危うさ、開発企業の経営基盤の脆弱さは消費者にもつとに知られたところではあるが、零細ゆえに諸々の手段で延命可能であることもまた、たとえば半ばアパレルメーカーと化し盆と正月に衣服や楽器を売りさばく某ブランドの例から知ることができよう(もっともこの手の主客転倒した経営と現状の市場を席巻している初回特典偏重の商法が相まっていくらかのエロゲーメーカーのグッズ屋化を促進しているのだが、さすがに本論から逸れているので一旦措く)。そもそも零細的な企業体制でも比較的手軽に参入可能な市場として開発者の側からかつてエロゲーは持て囃されたという歴史もある。
ところで、「ボリューム」と書いた。実は「CG枚数や楽曲数やキャスト数」は、これはきちんとデータをとって検証したわけではないけども(誰かやってください、というかもう先行記事があるでしょう)、一部の大作を除けば体感としてはここ10年、さして増加はしていない。勿論マシンスペックの向上に伴って画質も音質も向上してきたが、数量としてはほぼ横這いじゃなかろうか。むしろ攻略ヒロイン数なんかは全体として微減の印象がある。じゃあどこに工数が注ぎ込まれて「ボリューム」感を実現しているのかっていうと演出のスクリプトとゲームエンジンの融通とシナリオ量で、だから「長大化」として語られる。そうしてヒロイン数が割を食う。
畢竟、「これ以上長くすると開発スタッフが死ぬ」以外に天井が見当たらないのがエロゲーであり(実際菜種油を搾るように業界人の首が絞められた末に納品された成果物を今われわれはプレイしている)、そして消費者はぼんやりと長大化を期待した。マルチエンディングのADVが市場の大勢を占めるようになったがために、ビデオゲームでありながら作品間で「ボリューム」を直接的に比較することが可能となったのも後押ししたのかもしれない。あるいは国内経済のデフレーションと関連付けることだって可能で、フルプライス=税抜8,800円の価格設定はここ10年以上にわたってほとんど揺らいでいない。数年前からいくつかの大手メーカーが大作に限ってようやく税抜9,800円に手をつけた程度のありさまで、であれば同一価格内での「品質向上」を求める圧力が加わるのは自然の成り行きだろう。それでなくても市場は2000年前後をピークかくしてエロゲーは長大化の一途を辿り、ジャンルとしては衰退した。
これは当然の展開で、しばしば指摘されるように現代はコンテンツ飽食の時代、趣味は時間の食い合いとなるので長ければ長いほど不利になる。そんなの知ったこっちゃねえ俺は何十時間何百時間でもエロゲーを続けるぜって御仁には頭が下がるばかりだが、ジャンルの/市場の健全性とはかようなストイシズムとは対極の、ヌルい裾野の広がりによって担保されるのであって、エロゲー修験者ばかりではジャンルは早々に先細る。複数買い&積みで支援するのも似たようなもので、そこに健全な言説(そもそもインターネット上のエロゲーについての言説が「健全」であったためしなぞいまだかつてあったのか甚だ疑問だが)は生まれ得ないし、エロゲーは他のオタフィクション同様、本質的には中・下層の大衆、賃金労働者の変種としてのオタクによって担われる速度重視のサブカルチャーの一種であるのだから、ルネサンス期のメインカルチャーのような貴族のパトロンによる全面的支援などという夢は早晩挫折しよう。
速度。現代のインターネットで語られるオタフィクションとしては何よりも速度、1単位のコンパクトさと間口の広さ、新陳代謝の活発さが重要で、そして先にも触れたように「ボリューム」と開発期間はふつう比例する。込められたアイディアも思想も発売時には陳腐化している。ゆえに、足回りの悪くなったエロゲーが往時の勢いを失うのも自然の流れだろう。
・おわりに
突っ込みどころ多いしエビデンス挙げてないし、取り扱うのが面倒でわざとスルーした話題がいくつかあるけどまあいいや。気力の保つあたりでアップしておく。
それにしても、平均年収300万円以下って、まあ天引きor確定申告前の数字なんだろうけど、俺より貰ってるじゃねーか。まあ激務やスキルやクリエイター幻想に見合わないって趣旨なんだろうけど。
この手の、市場の縮小と消費者層の年収減と割れの話はオバフロの人はじめ、色んな人が語ってるから適宜ググるといいと思うよ。
夏空のペルセウスは大変エロかったですが他に言うことがありません。minoriの歴代作品に比べて開発期間=資金の限られている中で最善を尽くしたんだろうなあ、とは思うけど。
すぴぱらの続きマダー?
http://anond.hatelabo.jp/20130213193100
私も人ごととは思えないので筆を取ります。修士卒業して4年が経つ社会人です。
当時修論が書けなくて辛くて辛くて鬱になりかけて修論がほとんど書けなかったんだけれども
ネットで下記のアドバイスを拾ってきて自分に言い聞かせて何とか書ききった。とにかく貼ってみる。
http://anond.hatelabo.jp/20090203000110
その結果こんな気持ちで修論書いた。成果物はクソみたいなもんだったけど最後までやりきって卒業した。
http://anond.hatelabo.jp/20090124212944
下らない昔話でごめんなさい。これでも恥ずかしながら旧帝です。
でもどうか修論なんかで自分を否定するようなことなんてしないで下さい。
書けなかったこと自体については社会人になってどうかリベンジしてください。
「嫁欲しい」「彼女欲しい」というのは、成果物設定がないままゴールを規定しているという、プロジェクトマネジメントとしては失敗プロジェクトのモデルケースみたいな欲求なので、「○○さんを彼女にしたい」みたいな対象物を伴った適切なゴールラインの設定をした方がいいと思う
よく調べてきたね
言われてちゃんと実行したのはえらい
でもさあ
お前って仕事とか勉強とかで「一応はやる」わりに良い結果出せないタイプだよなあ
頑張って全項目足し算までしてるのに
<strgon>おにぎりは米だけのおにぎりのデータで、牛乳は100gのデータを使っちゃってる
土台を間違えて足し算をはじめたら計算が全部合ってても答は間違いだよね
肝心なところを見分けて注意する力が無いんだなあ
何でもいい加減なとこまでしかやらないから「これは使えない」って言われて成果物捨てられるタイプ
こっちにも忘れずに返答くださいね☆
これさえなかったら頑張りに免じてこっちでデータ整えてあげても良かったんだけど
「売掛金回収!少額訴訟してみたよ。」を読んで、売り掛け回収をした日のことを思い出しました。
わたしはウェブ制作屋です。そして個人経営に近い零細会社の代表ですね。
会社デザイナー → フリーランス・デザイナー → デザイン会社代表という、この業界ではよくあるパターン。
まだ右も左もよくわからん年齢の時ってのは、方々で可愛がられる反面、舐められもします。
その極北が「振り込みが無い!」てヤツ。
「いやいや、きっと何かで遅れてるだけだろう」と一週間。
「おや?なんか様子がおかしいぞ…でもどうしよう」と二週間。
そうこうするうちに1ヶ月が経ち、あるべき振り込み額はナシ。
世の中のことが、まだよくわからん若造が、独立したのはいいけど金が取れない。
普通はちゃんと振り込んでくれます。というか、そういう会社の方が圧倒的に多い。
でもやっぱりたま〜にいるんです。スットコドッコイが。
金が無いなら発注するなよ!と言いたいけど、ポイントはそこじゃない。
そういう会社っていうのは、ハナからこっちを舐めてかかっているだけです。
「どうせ、デザインなんか遊びの延長みたいな仕事だろ?おめーら、偉そうなこと言ってるけど、実質世の中に必須な職業じゃねーじゃん、あーん?それでン十万の仕事?笑わせるよね〜へへーん」
まあ、そういう輩の前提は大体そんなところです。(間違ってるかも知れないけど)
むしろ、その会社の不正を高らかに叫んで、ネットに書きたくもなります。
でも、ここは日本。
日本は商売をしていてもマンションの自治体でも、集団原理の基礎が「共同体意識」で出来ています。
だから、そういう風に正論をワーワー言うヤツを正義とは見ない。むしろ「排除」する動きに出る。
これは正論を言った側が損をするという、かなりヤバイ構造ですが、無くならないのは、この構造を利用すれば得になると知っている人たちが大勢いるからですね。
簡単に言えば、ワーワー言う正義の方が最終的に損をする構造です。
そんでもって当時は泣き寝入りするか、どうするか迷いました。
だけど、発注しておいて成果物も受け取って「金ないから」は異常です。
そして覚悟をします。「この会社とは2度とつきあわない。これを最後にするが金は貰う」
どうしたかと言えば、ここから私はしつこくその会社の社長に電話をかけました。
当然、支払いするしない決定はこのその社長です。
さて、こういう社長の特徴ですが、借金を逃げる人というのでしょうか、同じですね。のらりくらりとかわす。
相手は私よりもずっと年上です。
そして舐めきっている。甘いヤツだと思っている。
だから、何度も何度もしつこく電話をかけます。すると、だんだん電話にも出なくなる。
こっちも、胃が痛くなるし、極度のストレス状態になります。そんな借金の取り立ての真似事なんか初めてだったから。
闇金ウシジマくんみたいに根性がすわってればいいんだけど、そうじゃない。
もうなんだか悔しいんだか、辛いんだか分からない精神状態にもなってくるわけです。
10日経ち、20日経ち、一ヶ月経ち、50回目くらいの電話でその社長は折れました。
最終的には二回に分けて全額払ってもらった。(当たり前だけど)
まあ本当に金には困っていたみたい。でも、だったら発注するなよ、でしょ?見積もりだって了承してるんだし。
で、そういう人は例外なく相手を舐めている。
だから追いかけると腹を決めたら、とことん追いかけるしかない。
泣き寝入りしたら、絶対同じ目に遭うヤツが出るんです。
フリーとか零細企業ってのは、何も言わなければ舐められちゃいます。
もし同じことが起きれば、少額訴訟よりも、私は相手会社の社長、代表者、つまりお金の決裁権を握っている人に直談判します。それでダメであればダメです。
下っ端に何を言っても通用しません。大声で正論を言っても、排除される社会です。であれば、決裁権を持つ人間と直接交渉あるのみ。
もし自分の仕事が遊びなんかじゃないんだという気持ちがあるのなら、不払いを平気でしてくる会社や相手を許してはいけません。
そういう連中は完全にこちらを「弱者」として舐めきっています。そして何もしなければ、同じ事を繰り返します。
twitterに書くのも気が引けるので。
アスペルガー当事者なのだけど、悩んでもしょうがないけど自分の障害に悩んでいる。
他の人が当たり前にできている、家庭内での心温まる会話とか、仕事の合間のちょっとした気づかいのやりとりとかができない
他の人の感情に注意が向かない分、成果物の質や、体調を崩しやすい分、食べるもの寝る時間の管理にはかなり気を使ってきて
とりあえず現在の職分(エンジニアで一番下っ端)をこなすにはなんとかやっていけてるけど
もう少し任されたり、昇進したりするためには、客先への印象の良さみたいなのも大事なんだろうなと思う
気付かないうちに、ちょっとずつ悪い印象をあたえていて「どうも信用できない人」とか「俺のことなんてどうでもいいと思ってるんだろ」とか
言ってもらえれば、個々のケースについては直せるけど、応用が利かなくて「結局俺の話聴いてないんじゃないか」とか
「コイツには何言っても無駄」「コイツなんて育てようとするだけ時間の無駄」とか思われるんじゃないか、結局見捨てられるんじゃないかとか
本当に不安、多分、まあその辺り見捨てられたことが実感できたら死ぬか、単純労働できるところで働いて、死んだように生きるかしかないんじゃないかなと思う。
それと、対人関係に障害はあるけれど、やっぱり1人は寂しくて、誰かと暮らしたかったりするけれど
会社にいる間は会社にいる間で張りつめてて、ギリギリ「ちょっとヘンな人」どまりで振る舞えているけど
それをやったあとの休息として、家ではほぼ無表情、無愛想、無言の自分と一緒にくらせる人なんて、同じアスペくらいしかいないんじゃないかと
■名乗らない
最近多いです。非常に多いです。
名乗らない、というのは、出元があやふやで、どこにあるなんて会社なのか不明という意味です。
まずメールアドレスがフリーメール。株式会社なのかどうかすら書かれていない。
担当者名はフルネームなのですが、このメール以外でどうやって連絡すればいいかが分からない。
会社の電話番号などないし、所在地もないというふざけたものもよく来ます。
何を考えているのでしょうか。
当然無視です。もしかして間違って送ってきたのかな?とも思えますからそれは。
■名刺を渡さない
名刺も持たせてもらえていない半人前と話す事などありません。人を馬鹿にしてるわけですから。
また、目の前に座っている担当者が偽名を騙っている、なんてのも多い。だから名刺を渡せないわけです。
作家にメールを出した時点で既に偽名を騙っているわけですから、これは後ろめたい事をはじめから考えてんだなというのがよく分かります。
「偽名を騙るのがこの業界よくある事だから、」なんて業界はロクなとこじゃありませんし、社会人としても、とても信用できません。
万が一打合せや面接や、あるいはもっと大きい段階のPJキックオフや初顔合わせなどで相手に名刺も渡せて貰えないようなら
ハッキリと「名刺ください」と伝えましょう。普通なら名刺今ないんですよ、なんて恥かくような真似はしたくないですから持っているはずです。
そこで渡せないというなら、以後相手にしなくてもいいと思いますよ。
また、その名刺のメルアドがフリーメールなら、対応は同じです。信用する必要などない。まともな企業さんなら@企業名.co.jpがあるはずですし。
まず、本当に法人格なのかどうかすら怪しい。
HPがない、HP見ても情報が古い、HPがすごく簡単なブログ形式、どうみてもやっつけで作ったような出来、
どう思います?尚、電話番号がHPにないのは通信情報業では普通です。
本当に会社なのかなあ?で、この会社さんは自分に一体どんな仕事して欲しいのだろうか?不安になります。
親会社だから、○次請けだから、そんな理由知った事じゃありません。発注してくるあなたの会社を事を聞いています。
そこで答えられないような会社さんは、まず、なぜ大元の発注元を公表できない(普通できませんが)から、怪しい会社だと思われているのかが
自覚していないケースがほとんどです。つまり、受注した仕事に責任など感じていないわけですから。
今日日、悪名高い人材派遣業界でさえ、派遣先は事前に公表しますよ。そうじゃないなら違法だったはず。
事前に判断する方法としては、こっちが知人なり誰かを用意して、その会社の代表に仕事を依頼する電話をかける、という方法です。
「御社のHPを見てですが」「代表者に代わって頂けますか?」とうような探りを入れる。
3回くらいかけても代表者が不在、いつ戻るか分からない、というのであれば、その会社は相当怪しい、という事になります。そもそも代表などいない会社とも言えるわけですし。
■ギャラの話を先送りにする、または渋る、異様に安い
最近増えているソーシャルアプリの絵師様で被害に遭われている人が多いようですね。
まず、1枚いくら、なんて決め方はありえません。ハンコ絵じゃないんですから。
キャラクターなりデザインなり、他に多岐に渡って制作すべき要素が多く存在します。それなのに1枚いくら・・・値切る気満々です。
また、経験が浅い若いディレクターさんに多いのが、ギャラの話は上長に聞かないと等で逃げる人。お前は一体何なんだよ。じゃその上長とやらをはじめに出せと。
こっちも商売でやってんだから同じく商売の話をできる人間を出しなさい。
スゴイ例になると、先に成果物出してからじゃないとギャラは判断できないというのがありました。何させる気なんだよそれ。サンプル描かせるだけ描かせてやっぱりダメでした、でもサンプル貰っとくね、で、そのサンプルをゲームにこっそり使う、というのは見え見えです。実際そういう被害もあったそうです。
大体そんなのは作家のHPなりpixivで腕は分かるはずですからそんな事する必要などないんですよ。
http://anond.hatelabo.jp/20110202035306
↑この人間の屑の文章をもう一度読み返したらまだまだ書きたいことが出てきたので増田に書いておきます。
論理操作能力が低い自分でも、論理操作能力が高い人間が多く集まる東大という環境にいられたおかげで、こういう論理操作能力が高い人間の中で立ち回る技術を身につけることが出来た。人類の大半は、論理操作能力が低い人間だ。みんなで、共闘して奴らを追い落とそう。
2006年に発生した福岡県筑前町立三輪中学校のいじめ『自殺』の件(→http://yabusaka.moo.jp/miwatyu.htm)は実は他殺であり、スポーツマンで彼女もいてリア充だった被害者を周囲の人間が虐め倒して、最終的には加害者が被害者に対して首吊りの真似事をやっているうちに手が滑って本当に死んでしまった(「生まれかわったらディープインパクトの子供で最強になりたいと思います」という言葉が書かれた遺書も、実は加害者たちが用意した)という話を聞いたことがありますが、この元増田の人間の屑は、要約すると「自分より優れた奴がいるのが気に食わないから、どんな手段を使ってもいいから(最終的には殺してでも良いから)社会から排除しよう」と主張しています。
「何故現代社会ではここまで『いじめ』が発生するのか?」という事を考えてみると、このような「(自分の気に食わない人間、または自分より優秀な人間は)皆で共闘して奴らを追い落とそう」という考え方の持ち主が増加しているからだろうと推測されます。
以前内田先生が「教育に市場原理が導入されると、生徒は自分の学力を上げるためではなく周囲の学力を下げる方向に努力するようになる」と書いていたのを記憶していますが、このような行動を取る人間の屑が大量発生するからでしょうか。人生において「豊かさのパイが一定で、成功は誰かを蹴落とす事でしか手に入る事ができない」と考えている欠乏マインドの持ち主は、決して他人と協力関係を結ぶ事ができないと故スティーブン・R・コヴィー氏も「7つの習慣」で書いていましたが。
こういう考え方の持ち主が、表向きは人当たりの良いように装っているけれども、何か自分の気に入らない事があった際には仲間を売ってスキャンダル写真をBUBKAに持ち込んで小金を手にして喜んでいたりするのでしょう、きっと。文章から推察すると恐らく顔も性格も気持ち悪くて正視できないような感じの人間かと思われます。
あと、
論理操作能力は遺伝的なものだから、訓練しても高くはならない。だから、論理操作能力が低い(才能がない)我々のような人間が彼らに勝つためには、「論理操作能力が高いヤツとは最初からマトモに議論しない」ということが重要だ。例えば、相手が持っていない情報に基づいて反論する。いくら論理操作能力が高くても、知らないものを知ることは出来ない。それから、論理操作能力が高いヤツの前では、自分のやっている仕事を面白そうに見せない。論理操作能力が高いヤツが自分の仕事を持って行くからだ。
人間の能力にはある程度「先天的」なものと「後天的」なものが存在する事は否定しませんが、何かの能力が先天的・遺伝的である事を認めた瞬間にその人間は努力する事を放棄するのではないか?と思われるのです。
この人間の屑が定義している「論理操作能力」とやらが、「遺伝的なもので訓練しても高くはならない」と考えた瞬間に、おそらくこの人間の屑は自分が努力したり成長したりする事を止めて、ただひたすら他人の足を引っ張ったり、他人の成果物を盗んでそれを自分の物にする事しか考えなくなるのではないでしょうか?
「このような人間の屑共が、私の人生を破壊するような行動を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返すので、その行為に応じた天誅を下し、その邪悪な魂が二度と生まれ変わって更なる悪行を積み重ねないようにこの世から完全に消え去ってほしい」
願わくばこのような人間の屑どもが今後の私の人生に関わりを一切持つことなく、私の現在手がけている事が速やかに成功に導かれますように。
自分の twitter をもとに、セルフ togetter +α してみる。
「音楽はなぜ○○になったのか」(例:売れなくなった、つまらなくなった)というエントリが方々のブログに上がっている。
発端らしい発端はだぶんこれ:
http://masahidesakuma.net/2012/06/post-5.html
その追加分
http://masahidesakuma.net/2012/06/post-6.html
※1つ目のエントリが上がった時点で「本当に良いものを作ってないからだ」「金かけることばっかり考えやがって」みたいな批判が相当数あったみたいだけど、2つ目を見ると真意は「試行錯誤するコストが掛けられない」ことであることが分かる。本当に良いものでなくても、大金を掛けるものでなくても、何かを作る時は必ず試行錯誤があるのに、ほんの少しの試行錯誤のための人件費さえ回収できないほど成果物が売れないと。
で、それにまつわる幾多のエントリ群は、大昔の哲学の「○○とは何か」論争に重なって見える。内輪で賛同したり喧嘩したりしてるけど、後世から見て全然違うみたいな。理由は、あらゆるモデルは現実から乖離するから。
■モノが売れなくなるのに理由はない
何らかの業界は、ピークを打って世の中のニーズを満たした後は縮小するのは当たり前だし、可処分所得が減れば物は売れなくなる。そこで「品質が落ちたから」とか個別な理由を持って来てもピンとはこないし、そもそも音楽業界なんて区切りが存在するのかという認識の問題で話は大きく変わる。
■売れない理由があるとすれば「代わりに買われたもの」
ソニーが「ゲーム機のライバルはケータイ」と言ったように、違う業界と見なされる物が同じ市場を取り合っていることはあるから、今まで音楽に使われていた金が丸々貯金されたのでもない限り、新しい消費先になったものが「音楽が売れなくなった、つまらなくなった」理由と考えるのが、とりあえず妥当さは高そう。
■全ての分析が必ず外れる理由
そして、そうやって業界や市場をあれこれ分析したところで、それが当たることはない。なぜなら、視点次第で答えが変わるのに、どんな視点も取れてしまうから。歴史や経済学は、後になってから「あれは実はこうとも考えられる」の連続で、いつまでも正解が出ないのと同じ。構造上、正解はあり得ない。
■どこまで遡っても…
「○○はなぜ××になったのか」という問いが噛み合わない話の応酬になるのは、「そもそも○○とは何か、それは本当に××か」という同意がないままスタートした時によく起こる。そして、ここに書いた私の考えも私の認識に過ぎないので、これが正解であるはずがない。
■おまけ
http://livedoor.blogimg.jp/kat_nitta/imgs/e/0/e0c06513-s.png
まあ色々混じってるけど、言いたいことは分かる感じじゃない?
例で言えば美空ひばりとか松田聖子あたり引き合いにだせばいいのかな?
っていっても色々混ざってるからあれかな。
音楽業界ってのは、音楽を生業・ビジネスにしてる人たちの世界の事だよね。
でも、ビジネスだから娯楽か?というと、親和性は高いけどイコールではないよね。
あと、芸術家が生み出すのが芸術なのではなく、芸術を生み出すことを仕事、そして人生にしてる人が芸術家なんだよね。
だから芸術家だって他のことしてる事だってあるだろうし、アイドルやそこら辺の人が何かの拍子に芸術を生み出すこともありえる。
そんなに甘くないけどね。
でも金になる。でも甘くない。
娯楽も金になる。でも金儲けのために娯楽を生んでいるかというと、必ずしもそうではない。
よくあるのは、人を喜ばせるのが好きだった。喜んでくれるから、とかいうの。
まあ人が喜んでくれるものには金を出す、だから儲かるってのはある。
あと、娯楽は多くの人を喜ばせるためのものだけれど、芸術は方向が違う。
人が喜ぶのは結果であって、よいもの・美しいものを目指した結果、人が喜ぶものが出来る。
どっちかって言うと、内向きで自己満足の方向だけど、結果として人が喜ぶので娯楽とも親和性ある。
多くの人が喜ぶものを、と向いた先が芸術になったりする。芸術を人に見せれば喜ぶので娯楽になる。
で、人の話。
芸術家は芸術を生み出そうとしてる人だから、人が喜ぶかどうか、そして売れるかどうかは二次的な問題。
だから業界のビジネスの話も、芸術としてはどうでもいい話なんだけど、人として食っていくには仕事がないといけない。
ようするに芸術のためじゃなく芸術を作るため、生活のために必要なわけで、そこで売れる売れないとか繁栄衰退とか言ってもあまり意味ないというか二次的問題。
娯楽を提供する人、エンターテイナーだと規模の問題があるので近い。
多くの人を喜ばせるには多くのお金と人が必要で、そのためにも業界は必要で、とかとか
あと、芸術性があった方がより人が喜ぶとか。とか。
フリーイラストレーターに発注するイラスト制作の適正価格って結局いくらなのだろう?
イラストのクオリティ、制作速度は人によってばらばらで、このくらいなら●●円、というのがよくわからない。
時間で拘束するならともかく、成果物に対価を払うならどうしてもその成果物の市場価値から逆算するしかなく、
「この絵を使う事で利益がこれだけ予想されるのでそこから計算してこのくらいの額でお願いしたい」という形でいいのだろうか。
当然「その額じゃ食べていけない」「買いたたかれている」という反論はあると思う。
しかしそうなると仮に「うちの大根は少数生産なので一本1000円で買ってくれないと生活できない」という農家があらわれたら支持されるのだろうか。
「大根を作るのにこれだけの日数がかかってるから最低時給×かかった時間÷生産された本数は保証してほしい」という主張も支持されるだろうか。
(農家はいろいろと補助があるしJAなんかもあるから例えとして悪いけど)
日本では生活できない金額で日本人に発注するのが罪なのだとしたら、そういう価値の絵はどこでどう発注するのが一番スマートなのだろう。
もしくはそのまま辞めてもらうかです。
来てないならまだ限界じゃない。
9時ぎりぎりに来て残業してるのはがんばってるうちに入らない。
7時にこい。
できたら始発でこい。
全ておさえて自分が今日ここまでやる、ということを自分にコミットしてほしい。
朝早く来て夜限界までやって初めて仕事の中身の対策に入ってあげようかという気持ちになる。
少なくとも私は。
で、朝起きるのは大変なことはわかっている。私もわかっている。
生活習慣を見直せ。
夜はどんなに遅くとも22時くらいになったらさっさと帰れ。
夜は食べ過ぎるな。酒も平日は飲むな。眠りが浅くなる。
午前0時までには寝ろ。
起きたら真っ先にシャワーを浴びろ。目を覚ませ。
飯は食うな、すぐに着替えて家を出ろ。
電車では普段と違って席に座れる時間帯だ、そこで仕事に関わる勉強をしろ、
もしくは今日やることを頭で計画たてろ、もしくはしんどかったら睡眠をとれ。
会社に来るまでにコンビニで軽い朝食とコーヒーと必要あらばレッドブルを買って
会社に着くなり一番やらなくちゃいけない重要なことを始めろ。買ってきた朝飯を食いながらでいい。
結果はともかくここまでやる人は見込みがあると思って私がどうにかひきあげる。
ここまで言われて自分の行動習慣を変えることができず、
成果もあがらないままならばもう仕方がない。リプレイスする。
いやいやコーディングは「建造(製造)」だろ。
いや、全然違うよ。
あなたが言う「設計」フェイズの成果物に対して、コードが1:1で対応してないんだから。
ビルドフェイズこそが製造であり、コーディングこそが設計だというのは、
「ソースが同一で、ビルド環境が同じであれば、生成されるマシンコードは同じ」であり、
そういう条件にあるフェイズは「ビルド」フェイズおよびその先しか存在しないからだ。
つまり、製造業にたとえるなら、ソースコードこそが設計書であり、ビルド環境が工場機器って事になる。
一方、「あなたが言う設計」フェイズの成果物から、同じマシンコードが出来るとは事実上ありえない。
FuzzBuzz程度のものだって、C言語で書いてすら、生成されるソースコードやマシンコードはソースを書く人によって異なる。
そんなことしたら、仕事そっちのけで35歳定年に備えて転職活動する奴らが問題になると思う。
たとえば、税金由来の潤沢な資金をバックに研究やら調査やらをきままにやって、その成果を公共に還元せずに転職先の手土産にする奴とかが絶対出てくるし、企業側もそれを狙ってくる。本来であれば広く公開され市民に等しく供されるべき成果物が、特定の個人や企業に独占されてしまうことになる。
個人的に知ってる話だが、某政令指定都市の農水試験場に勤めていた研究員が、その後その果実の一流ブランドになる品種の生産に成功したわけだけど、それを上に報告せずに退職し、あろうことか後から個人で特許申請して、今はその品種のロイヤリティで当人は悠々自適な生活してる、というケースがある。たぶん毎年億単位が転がり込んでるはず。自治体側も自らの監督責任に及ぶのを面倒がって放置してる。本来であればもっと安く、その自治体の税収として長く得られる予定だったロイヤリティだったんだが。
http://www.asahi.com/business/update/0124/TKY201201240616.html 24日のニュース
http://www.meti.go.jp/press/20100820003/20100820003-2.pdf その発端ともいえる二年前の報告書
始まりは、ありがちな汚職だと思えた・・・その巨大プロジェクトの実体は!
1部~2部で内容が重複してるから、ストーリーだけ知りたい人は3部から読むのをお勧めする。図表もあるのでわかりやすい。
これについてのブコメやTwitterを見ていると不祥事を叩いたり、やめた事を批判して55億賠償しろって人も結構いるのだけど、なんかもうそういう問題よりも気になる点が山ほどある。自分の感想をまとめておく。不祥事そのものより、その裏にあるプロジェクト全体や日本の開発にありがちな問題にもっと注目されて欲しいのでそういう視点で書く。
入札前の情報漏れにしても、その後のNTTDとのやりとりにしても、情報漏洩やそれにまつわる金銭の動きは犯罪だ。けどもそれが行われた動機が私利私欲のためだけとは思えない。
共有されるべき情報が共有できるようにされていない。やりとりできるべき情報ができるようにされていない。必要な情報がちゃんと流れていないから、イレギュラーな方法で流れている。特許庁, NTTD, TSOL この三社間のコミュニケーションがどこも投げやり丸投げ気味で、慢性的に情報不足だった感が伺える。ここを改善する必要があるよね。
極秘情報は必要最小限にして、より情報の共有を図るべき、入札前に必要な情報は公開できるようにすべきって報告書でも書かれている。
入札での評価が金額偏重で、マネージメント力を評価してなかったって問題。マネージメント力を評価してないのマジやばい。あ、でもマネージメント力を評価するには、全体を理解できる人材が必要だよね。で、次の問題に繋がるんだけど。
報告書だと、上流の話しか出てこない。だから、「設計もろくにできないで55億無駄にしたのか!」って話になるけど、ちょっと待って。設計しかできない人間が山ほどいても捗るわけがないってことなんだよ。特に、このプロジェクトは既存システムを0から作り直すのだから、既存システムをよく理解して、また既存システムにかかわる技術者とよくコミュニケーションが取れて、それを設計に正しく咀嚼できるスキルの持ち主が必要で、設計しかできない人材ではなく全体を理解できる人材が必要だったはず。
既存システムをちゃんと理解できてない人間だらけになったということが報告書でも繰り返し指摘されてるけど、その根底には設計しかできない人間が山ほどいても捗るわけがないという問題があると思うんだ。
6年?そもそも設計に数年ってのが、もうそういうの無理が来てるって感じ?6年経つ間に色々変わっちゃう。
どうしても、がちがちのウォーターフォールでやるなら、もっと受注も小分けにして、まずは既存システムの仕様まとめプロジェクトから開始するのが良かったんじゃないかな。
6年まとめてどん!だと中断の決断もなかなかできないよね。
これだけプロジェクトが炎上していたのに、汚職がきっかけで調査が入るまで炎上がちゃんと認知されていなかったというのがやばくね?もし汚職が見つからなかったら、炎上のまま・・・
これは国のプロジェクトだから汚職で厳しい調査が入って、プロジェクト炎上まで色々赤裸になったという見方もあるかも。民間だったらもっとなし崩し的に炎上プロジェクトを続行するケースが多いように思う。
もうね、
TSOLによる設計作業は ,平成18年当初60人体制でプロジェクトをスタートさせたが,翌年初めには遅延が 始まったため,順次増員を行い,同19年3月には200人,同年5月には450人体制とした。
(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
TSOLは ,工程の遅れの解消に向けて,大幅な人員の増強でこれに対処しようとし,平成20年11月以降に は 1300人もの体制を整えたが
(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
あたりまえのこと。TSOLでも仕様をしっかり理解してる人は少数だったのに、増員の9割は下請けだったのだから、さらに破滅の様相が想像できるってものだよ。
大量の下請け同士の連携や情報共有がされていなかった。経験やノウハウの共有がなされていなかった。と報告書にある。なんでこうなっちゃうんだろうな。何のためのプロジェクト管理なんだろ。ノウハウの管理はもっと意識されるべきだよ。
人数増やしてプロジェクトが炎上するというのは、お約束すぎる。規模の大小や分野にかかわらず、開発をやった事のある人ならわかると思う。
開発や設計って?という人にもわかりやすいように説明する。
例えば、優れた売れっ子のマンガ家がいて、老練な担当者がついていて、名アシスタントがいて、才能ある若手アシスタントがいて、10人のチームでマンガを描いていたとしよう。一方、大して技術もない凡人を100人集めて、前出のチームと同じマンガができるとかと聞かれたらどう思うだろう?殆どの人はそれは無理じゃない?と思うだろう。1000人でも無理かもしれない。
開発も同じなんだよ、本質的にはね。
でもそう思われにくいのはなんでだろう?それは多分、開発に従事する人にはマンガ家のような才能や際立った技術は必要ないと思われてるからだ。言われた所を言われたようにベタを塗るだけがプログラマの仕事だと思われているからだ。実際それをプログラマなのだと定義している会社もある。技術はお金にならない低俗なものだという偏ったイメージもこの世界には蔓延している。それが上流偏重の問題なんだ。
売れっ子のマンガ家のような設計(マンガで言えばネームや原作)からプログラミングまでこなせる技術者、老練な担当者のようなプロジェクトマネージャ、名アシスタントのような匠のプログラマ、勉強熱心な技術者は実際に存在してる。並以下の人材を倍集めたって100人集めたって彼らと同じものができるわけじゃない。
でも、どんなプロジェクトにもそんなスター的な人材が確保できるとはいえないし、単純な増員で対応できるようにする必要が、日本の大きな会社や大きなプロジェクトではあった。それを可能にするのが分業化だ。工程を徹底的に分業化することで、末端のセクションの習得コストを出来る限り低くし、品質の維持も図る。言い方を変えれば、創作を出来る限り製造にするということ。
それによるデメリットは明確だよね。新しいアイデアが実現されにくくなる。時代の流れの速さに追いついていけない。個々の持っているスキルが生かされない、技術が評価されない。技術者のモチベーションが下がる。なにより、正しい分業化とマネージメントが行われずに盲目的に人数を増やすと、ただただ炎上にしかならないってこと。お金だけが莫大にかかっていくということ。
これは間違いない。
このまま続けていたら、沢山の技術者の尊い人生がデスマに捧げられただろう。数年間のどろどろの煮詰まった成果物は、黒歴史を語るまいとひた隠しに、更なる問題を生み出しながら使われ続けただろう。考えただけで悪夢だ。
このプロジェクトのやりなおしに、どれだけ前回の経験が生かされるのか、そこにこそ注目していきたいと思う。
時間ができたら後で読む
http://www.jpo.go.jp/torikumi/system/system_optimize_re.htm
実際の業務の内容がある
http://myatsumoto.hatenablog.com/entry/2012/01/26/082554 良いまとめ